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はてなキーワード: 理解とは

2016-07-25

教科書を読んで世界理解したつもりになっていた

自慢だが昔から勉強ができた。当時は自分が周囲より努力しているので成績が良いのだと思っていたが、おそらくそれだけではなく人より記憶力が良かったんだと思う。今は全然何も覚えられないが。

加えて深く考えずに勉強ができる性格だった。分数の割り算はなぜ分母と分子をひっくり返してかけるのか?そういうものからだ。マイナスかけるマイナスがなぜプラスになるか?そういうものからだ。大学生になって家庭教師アルバイトをした時に「英語主語動詞をひっくり返すと疑問文になるのはなぜか?」と質問されて「そういうものからとにかく覚えなさい」と指導した。家庭教師には向いていなかった。

社会科系も頑張って覚えていただけ。受験とともにさっぱり忘れ去ったが。

それでもう自分勉強さえすれば何でも分からないものはないと思っていた。社会学における分類が、社会を観察した結果「こうやって分類したら分かりやすいんちゃう?」という世界理解する方法の一つであるというのが分かっていなかった。もともと分類があって全てどこかに帰属するものだと思っていた。まだまだ分からないことが世の中にたくさんあるということも分かっていなかった。

大学に入ると覚えるだけでは勉強についていけなかった。でも勉強についていかなくても適当にしてれば単位の取れる大学だったので簡単卒業した。別に大学に入ってから社会学を志したわけではない。ただ大学に入ったら全然世の中分からないことだらけだなと気付いた、それだけのこと。

http://anond.hatelabo.jp/20160725001908

そういう世の中はおかしいっていいたいんだろ?

なんでそんなこというのかといえば、

自分能力に見合わない扱いを受けていて、世の中に蔓延るこういう思考が原因なんだ

と考えているか

しょうもない考えに踊らされる愚民のせいで聡明な自分が損をしているというわけだ

でもそれってあんたが勝手に仮説立ててこね回した話じゃん

そもそも友達Forever21で買い物してる姿見ただけでなのになんで「コミュ障」に話が飛ぶんだ?

あんたの中ではそれが繋がって当然だと思っているだろうから理解を示さない奴は全部馬鹿者と切り捨てるんだろうけど

http://anond.hatelabo.jp/20160725000529

コミュ力とかファションとか

>人の能力絶対的な物として画一化された競争みたいに捉えるあんたのその癖、すごく変だよ

  

文意が伝わってないのかな。

俺はそうは思わないけど、世の中一般コミュ力とかファッションとかで画一的競争で見てるみたいだね。って話をしている。

俺には理解できないが、そうなってるみたいだねって話。

俺はなぜそうなってるか理解できないがしょうがないみたいだねって話だぞ?

2016-07-24

ファッション』というコミュニケーション障壁

本日人生初、友達と服を買いに行った。

俺は、お母さんから買ってもらった服しか着たことがない27歳。

  

まったく理解できないが、友達(女、男、俺の3人組)が服を次々と選ぶ。

靴も選ぶ。

4万くらい。

  

ポンプフューリーフォーエバー21、スウェットなど、聞いた事も無い単語が飛び交う。

  

俺は、全然理解できなかったが、なるほどなって思った。

ファッションってのは女子からすれば当たり前に理解できるが。

からしたら先天的ものでは無い。

そういう先天的でない部分での完成度をもって『コミュ力』を判断するんだなって思った。

  

俺は、学歴とか年収とか社会的地位とか、あるいは今までに作った実績だの発見だの。

あるいは、スポーツなら技術なり大会記録なり。

そういうものしか人を見なかったんだけど。

他人のそういうものって良さはマニアしかからない。

他人にこれは絶対勝てるみたいなものを持っていても他人には『分からない』

そういう部分がある。

そういう分からない部分で個性を出すってのが俺にとっての人間理解だった。

  

でも、ファッションってのは確かに、誰でもできて、産まれによる差が少ない。

馬鹿大学だろうが、中卒だろうが、親がキチガイだろうが。それこそ中身なかろうができる。

ファッションというもののもの価値はマッタク無いけど。それによる『コミュニケーション』なんだろう。

ファッションができない奴は、俺みたいに「ファッションが分かる感覚が無い&それを教えてくれる友達がいない&興味が無くても他人に合わせる実力が無い」そういうのが分かる。

分かるわけないけど、分かること前提で話が進んでいる。

  

俺としては、ファッションできるMARCH学生より、東大医学部卒のキモオタのほうが100倍魅力的なんだけど。世間的にはそうじゃない。

ファッションによって『お互い分かり合える』ことが大事らしい。分かり合えない部分での尊敬とかそういうのはおそらく俺の自己満足っぽい。

でもさ。論理的に考えれば、凡人でも誰でもできるファッションより、研究なりで成果だすほうがいいに決まってるのにさ。そこのあたりの非論理的な部分が俺は理解できていなかった。

でも、今ならなんとなく分かる。

コミュ力』ってのが無いと一緒に居られないんだろう。悲しいことに、そういうどうでもいいはずのファッション基準なっちゃってるから世の中は。そして、できない奴はやっぱりおかしいという目で見るのが合理的なんでしょう。

  

ファッションをそこまで重視するなら、なんで義務教育なり、なんなりで教育しないんだろうねえ。

不思議だわ。

増田哲学 Ver 0.0.1-2

情報空間でこれだけ匿名思想が交換されているのに、その淘汰の中で哲学が生み出されるのは不自然ではないだろう。

ネット社会普通になったし、そろそろそれにあった思想とかがうまれても普通じゃね?)

物理空間に拘束されている人が、その時に必要だと感じられた概念を生み出してきたように、物理世界電脳世界境界はない今の「日常」に、最適な思想も生まれしかるべきだからだ。

逆に言えば、物理空間に拘束されていた人々が生み出し且つ淘汰されてきた思想は、そのような外的環境における状況に最適なのであれば、現在「日常」に当てはめるのには限界があるのだ。

従って、物理世界電脳空間の双方に存続する知性に最適な思想というものを構築する必要がある。

ネットが無い時代にうまれ哲学っていうのは、ネット現実ひとつになるなんてことを考えていたわけじゃないから、いまの時代フィットするわけがないよ。だから

 ネット現実ひとつになった時代に生まれた俺たちがゼロから考えるべきなんだよ。これまでのことはとりあえず意識しないで)

まず、匿名で知識が共有されるとき特定人間神格化するというのは適切でないだろう。つまり、それぞれが匿名で考え方を晒し、取捨選択の中で淘汰されて生まれ思想特定のひとが「所有」するという状態は生まれるべきではない。

増田なんだから、これは俺たちみんなのモノっていうことで)

更に言えば、生成される思想は、「静的」なものでなく「動的」なものである必要がある。たしか思想の交換の中からは「不変のモノ」も生まれ得る。しかし、「更新」を前提にすることこそが、情報空間における相互依存が前提である知性社会においての哲学のしかるべき姿なのだ

(みんなで考えるから過去現在未来と常に変わらない考え方も出るとは思うけど、基本、バージョンアップされるのが前提だよね)

まり 増田哲学において、その思想は「無所属」、つまり特定の人、組織、それに準ずるものに、現実仮想において属するものになってはらない。

更新」も前提にするべきものである時代とともに、新たな情報が交換される中で新たな知がそこに統合される必要があるからだ。それこそが情報空間で生まれた「哲学」の所以である

「増殖」も基本的前提となる。「拡散」、「改変」、「複製」、「転載」も自由だ。様々な、改変、解釈が行われていっても最終的に優れたものけが淘汰されて残り、それが改めて集約されることで思想自体の「更新」へと繋がるからだ。

(だから増田哲学の前提は、「ここで生まれ思想はそれに関わる皆に所属するということ」、「常に更新されるべきということ」、「コピペ、改変、新解釈拡散、すべて自由」。あとは、増田住民がそれが正しいかどうかを判断するよ)

同時に、その思想が追及すべきなのは電脳仮想、または現実空間に関わらず、「術からず知性を持つ存在幸福」であり、その幸福を達成するために準拠しうる行動指標を示しうるものであるべきあろう。そして、その本質的な部分は恒久的な、または長期的視野からみた「大いなる良」を達成するうえでの「相互補完」ということになる。「相互補完」とは各知性の「個」を尊重しつつも同時に

「他」の存在なしには持続的存続はあり得ないということを理解し、「他」を「自」と同様に意識する状態を指す。そして、「大いなる良」とは、「相互補完」の意識が浸透した「個」が相互に、そして「全体」と連結することで、存在しうるあらゆる知性がそれぞれにとって最適な存続環境を作り出すうえでの均衡状態を持続的に維持することを実現する思想であり行動様式を指す。

増田哲学をとりいれることで、人間も、宇宙人も、A.I.も、クジラシャチイルカなど独自言語体系を持つ高等生命も全てがハッピーになればいいよね。出来れば永遠に。)

両親が離婚していた

単身になった方が介護施設やらなんやらの補助金が多いらしく、限りある年金生活だと差額が馬鹿にならんかららしい。んなアホなと思ったが、事実としてもう離婚したらしいのでそっちはもういい。

実態として何が変わるわけでも無いし、別に書類上の婚姻関係なんて今更どうでも良いのだろう。うん、理解できる。




でもこれってさ、結婚コスパが悪いとか言ってる連中と同じじゃないの?実利を取るのは決して間違ってないどころか正しいとさえ思うけど、それでも、喩え書類のものだけだとしてもお金問題離婚してしまうのはとてもとても哀しいと思う。


あ、こういう綺麗事を信じてるから結婚できないのはわかってるし、幻想抱きすぎだとはてブで叩かれるのはもう慣れてます

仕事を頑張っちゃダメなんですか。

入社1年目。

仕事を頑張りたいと思っている。(まだ1年目だからそう思えるのだろう)



でも同期はすでに、飲み会休日に楽しみを求めている。

社会人サークル結構本気でやっている人もいる。

私も土日や飲み会を待ちわびていないわけではない。

でもそれは仕事を頑張ったから楽しめる報酬だと思っている。



弱音を吐くのが苦手だし、私は環境に恵まれていると思っているからそんなに愚痴を言わない。

愚痴を言っている人を見てても楽しくないと思うからだ。



でも周りはそんな私を困ったように見る。

仕事は頑張らなくてもいい、

仕事はやらないに越した事はない、

もっと愚痴言ってもいいんだよ、

みんなで集まってワイワイ、どんちゃん



一時的快楽では根本的に問題解決できない。

仕事を楽しめないと根本的な解決にならないと思っている

から仕事プライベートも本気で頑張りたい



別に社会的意味のある仕事をしているとは思っていないが

でも、頑張りたい。

頑張りたいんだーーー



でも愚痴っている人のことも理解できる。本当に辛いのだと思う




それでもそれでも、頑張ろうって言える仲間が欲しい

仕事について熱く話せる大人に会いたい

ポケモンGOソシャゲとして駄目な理由廃課金ユーザー説明するよ

こんにちは廃課金ユーザーです。

ここ2日ポケストッ交差点に陣取り、ルアーモジュール刺し、おこう焚き、しあわせタマゴをフル稼働、

フォックスコン労働者の如く単純作業を延々と繰り返し、トレーナーレベル23を迎えた変態です。

このゲームの酸いも甘いも大体理解してきたので一休みがてら書き綴ります


課金ゲームとしての意味を成していない課金ゲームポケモンGO

このゲーム最大の特徴は課金要素があるのに課金意味を成していない、

ソシャゲとして破綻しているという点が挙げられます


課金ゲーム課金とはTIME IS MONEYが基本であり(一部アイドルガチャとか除き)、

課金ユーザー享受するメリットゲーム時間の短縮にあります

ただポケモンGOはそれが難しい。廃課金ユーザーですら時間を短縮できない。

その理由は「ほしのすな」が課金アイテムとして提供されていないことにあります


「ほしのすな」はポケモン育成に使う必須アイテムで、

ポケモンを捕まえるかタマゴを孵化させるかで手に入ります(ほかジム戦)。

これの配分バランスゲームバランスが明らかにおかしい。

ポケモン1体捕まえて一律100しか貰えない。

それで育成1回に1000単位必要となる(初期は数百程度だが)。

これが課金アイテムとして提供されない以上、課金ユーザーもまた無課金ユーザーと同じ土俵

フォックスコン労働者の如くポケモンをゲットし続けなければならないのです。

いくら課金してようが関係なく。

課金アイテムで多少なりにポケモン遭遇率を高めることができても、

労働時間のものを短縮できる訳ではありません。

本来ソシャゲならこの無課金労働時間課金で埋めるのですが、

ポケモンGOでは労働のための道具しか課金で購入できません。

課金ユーザーが無課金ユーザー同等の時間を使わなきゃいけないなんて課金意味ねーじゃん。


ポケモンGOはたぶんソシャゲじゃない

ここ数日がそうでしたが、労働時間を購入できない以上、労働時間を確保しなければなりません。

正直オーバーワーク感は否めない。課金してるのに。

課金ではなく労働時間重要という意味ではIngressであり、

おそらく時間をかけブルーカラー労働を続けていれば結果は出るでしょう。

そうした意味ポケモンGOソシャゲではない。ただのゲームだ。暇人御用達ゲームだ。

中途半端ゲームを極めようとせず、無課金淡々と延々と続けていくのが良いのかもしれない。

課金ユーザーは早々に退場するだろうが。

2016-07-23

幸福がわからない

「飯食ってくか。魚買ってくるわ」

お湯を沸かしてお茶を入れて、冷蔵庫で冷やした上で氷を入れる。近くの海でとれた魚をおろし刺身にするなりして、茗荷とすりおろし生姜醤油に、お茶碗 1/3 くらいの白飯と香の物で食事をする。できれば、家族や来客にも、同じように質素料理でぶっきらぼうにもてなす。

私は上場企業経営 xx 年目になるサラリーマン経営者だ。東京のど真ん中で働き、オフィスから徒歩 5 分の場所家族暮らしている。四半期の売上進捗が思わしくないだの、誰それが辞めると言っているだの、どこそこの部門空気が悪いだの、どれだけ頑張っても、寝る寸前まで自分まとわりつく焦燥感。具体的な内容を思い出せないほど数が多く、ただただそれら事実の寄せ集めが名も無き不穏となって後頭部にはりついている。

自分人生自分が何を求めているのか、理解できないことは不幸だ。不鮮明な希望輪郭をなぞってみても、それが実際にどのような形をしているのか、想像も及ばない。その形に、一般的欲望帰結を仮説として当てはめてみたところで、違和感けが残る。西麻布ラウンジや高級ブランド、美しい異性や異国の風景にどれだけ金銭時間を投じても、TwitterInstagramキラキラアカウントのようにシンプル幸福への最短距離を走ることができるわけではない。なんならキラキラアカウントたちも、当人希求する毎日を、インターネットアカウントという時間軸をぶつ切りにしたパラパラ漫画のような、仮想的な人格投影しているのだろう。

人生幸福について考える際のパラドクスは、このタイムライン化にあると思う。冒頭の段落は、私が考える幸福を具体的なシーンとして描写したものだ。それだけ読むと、ああいいな、と共感してくれる人もいるだろう。しか現実には、このような丁寧で質素生活は、2, 3 日で飽きるのだろうし、日々の一瞬を、最高到達点で切り出して静止させ、その画像のような人生に満足感を得る意味はない。画像画像の間こそ生活であり、人生からだ。

1 日に 1 回あるかないかの一瞬のピークをパラパラ漫画化して、数万枚アップロードされた Instagram のような何かが、お前の人生だった、というのはどうも侘しいのではないか

それでも私は、人生における幸福画像として想像することをやめられない。その 1 秒以外の 23 時間 59 分 59 秒を無視しなければ、脳みそ計算機オーバーヒートしてしまう。どうやら私はいつまでも、自分が求める日々を理解できそうにない。

[]

結構、貯まってきたので見出しカテゴリ化した。割とライブ感強めで書いているで、これを後で見返すほどのことはないのだが、増田で他のものを書いて編集するとき探すの面倒だしね。

今回は裏サンデー

ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス 10

状態だけれども、リンク普通に喋れるのか。

或いはテレパシー的なものかもしれないが、ふきだしは普通だし、やっぱりそのまま会話しているのかね。

まあ、そこらへん細かく言い出したら、そもそもゲームでは狼状態とか関係なく基本的リンク喋らないから、どういうのが正解だとは言い切れないが。

さて、本編の内容だが、ミドナと協力するまでの掛け合いだけだから、話としてはそこまで進んでないね

ただ、ミドナの行動には、何かの大きい理由があるのだろうというのを匂わせる描写があったので、導入部分としては割と重要

wiiで出た当時に一回クリアしただけだから記憶曖昧だが、そこらへんはオリジナル描写かな。

ミドナって結構受け手がムっとするような言動をよくするので、それを緩和するためにここで先に描いておくのはアリだと思う。

あと、ミドナ小悪魔的な感じが出てて、よろしいかと。

「スワレ犬っコローーー!!」はちょっといいね



銀狼ブラッドボーン 32話

主人公吸血鬼と戦う力を得るためにどうしたかっていうのが簡単に語られて、中盤すぐに戻ってきてホッとした。

このタイミングで、過去話を長々とやられたらテンポよくないしね。

主人公人間規模で見た場合、明らかに異質な強さだったのだが、かなり過酷な背景だったようだな。

それ位しないと、単純なスペックで勝る吸血鬼とは戦えなかったと。

間接的に、吸血鬼の格を下げない描写にもなるから、こういう説得力補填大事だな。

かつての宿敵と並ぶ絵は、ベタだけれども、いいね

それにしても、美形のオネエキャラはもう完全にテンプレ化した気がするなあ。

出てこない方が珍しいレベル



ヘビのたまご 6話

奴隷制反対派の一人が登場。

反対派となったきっかけ、理由個人的なあたりが、かえってリアリティがあっていいね

同じ派閥であっても、そこに属する理由や個の価値観が同じとは限らないわけだから

中盤の、むまにの動力子供ならではの純粋さと短絡さが混在しててすごいな。

仮に国王を殺せたとしても、それで奴隷がなくなったり、問題解決するかっていうのは別の話なのに。

それにしても、むまにの勘と運がよすぎる上、途中で出会う人物との運命的な出会いご都合主義すぎるだろ(笑)

で、王子暗殺される、と。

このあたりの相関関係もう少しゴタゴタ描写するのかと思ってたのに、展開早いなあ。



桐生先生恋愛がわからない。 26話

いや、「ヤバイ、ヤられるー!」の例えは極端というか不適切だぞ、おい。

ただ、恋愛対象ではない、性的に興味のない相手から、突発的に直接的なアプローチをかけられたらヒくっていうのは分かる。

スーパー銭湯で、初対面にも関わらずやたらと下半身を触ってくる人に出くわしたことがある身としては理解できる。

そういう拒絶の心って、もう理屈の外を越えるんだよね。

後半の起こった事件は、まあそれぞれが何か不器用だなあ。

先生の割り切り方はアサシンには納得できないし、言い分も分からなくはない。

けれども、だからといって先生からすればアサシンに怒られる筋合いはないわけで。

さて、現状の関係結構メンドーなヒビが入ってしまった状態なわけだけれども、ここからどう修復するのやら。



ケンガンアシュラ 149話

サーパインが有利なのは、要は相手の火力不足ということか。

しか殺人術を、不殺精神で使っているから尚更。

そして、サーパイン自身も徐々に動きを見切りつつある。

ダメージの蓄積では勝っているけれども、サーパイン必殺の頭突きが一発でも入れば話は別。

このままでは不利と零も思ったのか、どうやら相手の命に関わるかもしれないレベルの技を使う模様。

手札的にまだまだ底が知れない感じで、サーパインが勝つのは厳しそうだが、この漫画主人公以外の試合マジで勝敗分からんからなあ。

性教育セックスや男女の機能について正しい知識が学べたとしてどうなる?

コミュニケーション問題解決されないことにはどうにもならないよね。

セックス相手との信頼ややすらぎを共有するコミュニケーションなんだから、それって結局コミュニケーションが下手な人間には苦痛飢餓感を与えることに変わりはないだろ。

性教育セックス存在と意義を幼いころから教えられたとしたら、他の皆はセックスという健全コミュニケーションをしているのに自分だけその環に入れずに除け者にされていたら、その孤独感たるや相当なものだと思う。

男女双方にセックスという問題に対して、歪なコミュニケーションをとってしまったり、コミュニケーション健全に育めなかったり、またはコミュニケーションをそもそも取れなかったりする人たちはどうなるのだろう。

セックスという日常的なコミュニケーションよりも一歩精神的にも肉体的にも上質なコミュニケーション存在すると教えられて、その機会を上手く育めない子どもたちの気持ち悲惨だ。

イジメ不登校、仲間はずれというディスコミュニケーションを無くすことが出来ない社会では、セックスというさらに進んだコミュニケーションを上手く体験できる男女と上手く体験できない男女の間に出来る心情的な溝は今よりも深くなるだろう。

セックスってこういう健全もので、男女の体の違いはこうなっているんですよ」と幼い頃から一律に教育された場合集団の中で生まれ優越感ゲームの種類が一つ、より強く浮き彫りになるだけだ。

人間コミュニケーション心理的優越感や劣等感教育では上手くコントロールができないし、また性善説的な方向に進むという綺麗事が言えるものではないと何年も生きてきた人なら当然知っていることだ。

そんな社会で、セックス健全コミュニケーションだと教えられたなら、健全コミュニケーションを育めない立場に追いやられる悲惨男の子悲惨女の子劣等感孤独感をよりいっそうつのらせ、心に影を落とすだろう。

教育という名を借りて健全セックスを学ばせるなら、それこそセックス挨拶レベル自然現象にするしかない。

羞恥心を取り払い容姿による差別をなくし、セックスを万人が気軽に取り組める世界にしなければならず、奥ゆかしさや男女の駆け引きなんてもの撤廃した方がいいだろう。

セックスとは健全コミュニケーションによる安らぎや安心感の共有を求めるもの」という認識を一律に与えるならば、その機会もまた一律に平等に与えられなければ教育において青少年の発達を阻害するのは当然である

童貞処女は恥ずかしく世間知らずで未成熟人間」という認識嘲笑する対象として許容されている状況で、一律にセックスをする機会が与えられなければ青少年の発達を阻害するのは明白。

機会が与えられたとしてもアセクシャルの人や性自認問題にも配慮した自己選択子ども自身が行う必要もまた残されており、その際、彼らに対してセックスによる健全コミュニケーション体験出来ないことの気持ちのやり場やわだかまりをどう解消するかは、またさらなる課題として残される。

まりセックスに対して正しい知識や意義を学ぶだけで十分だと思っているのは全くの片手落ちで、セックスというコミュニケーション健全性、重要性を教育するならば、学校教育においてコミュニケーションをとるカリキュラムがあるのと同等に、セックスを介したコミュニケーションを育める機会と性的マイノリティの子どもがセックス自分がどう向き合うのか考える機会が設けられなければ不十分であり、幼いころからそれが教えられているならば、なおのこと青少年精神的な発達を阻害する重大な要因になってしまうと考えて良い。

親や集団に受け入れられなかった青少年へのケアと同時に、セックスに受け入れられなかった「不健全」に育ってしまった青少年性的マイノリティ青少年ケアもまた新たな課題として上がってくる。

セックスなんて正しい知識教えといて、あとは各自自由に任せれば上手くいくでしょ」という考え方では、セックス健全コミュニケーションとしての側面を十分理解出来ておらず、またコミュニケーションを育めなかった青少年の心の傷も理解することは出来ない。

セックスなんて恋人との軽いコミュニケーションと軽い快楽だよ」というコミュニケーション強者的な教え方、考え方では、その体験が出来て当然ではなかったコミュニケーション弱者青少年の心の傷を理解することは出来ない。

2016-07-22

死ぬ権利が認められないのはおかし

どんなに助けを求めても解決策が見つからない、どんなにあがいても苦しみから逃れられない人間はやはり存在する。その人達が死によって苦しみから逃れたいと望むとき、せめて安らかに死なせてあげることが、なぜ許されないのか。

生きることに絶望したとき、逃げ道がなければ精神を病んでしまうかもしれない。「つらい、死にたい」と言った時点で、もっと周りの手助けがあったか、もしくは死ぬことができていたら起こらなかった犯罪もたくさんあったと思うのだが。

まれたくて生まれ人間など一人もいない。最終的に生む判断は親のエゴだ。そこにはなんの規制もない。

どんな素質を持って生まれるか、どんな環境で育つか、その結果出来上がる人格の違いを単なる個性と言ってしまえばそれまでだが、集団にとって好ましい個性強者となり、好ましくない個性弱者となる。集団から理解が得られない限り、努力不足ゆえに弱者になった者として切り捨てられる。

いわば、生まれ落ちた時点で負け組人間だっているのだ。生まれ落ちた時点で勝ち組人間には理解できない苦しみもあるのだ。

その苦しみを乗り越えて生き抜く姿は確かに美しいだろうが、犯罪に手を染めるまで追い込まれ人間を思うと、きれいごとだけで死ぬ選択肢をなくさないでほしいと思う。

シロクマ先生(というか医者)に地方ネタを語ってほしくない

だって、彼らは条件が気に食わなければ、よそへ行くこともできるわけでしょ?

もちろん人間関係組織のしがらみはあるだろうが、腹さえくくればどこでもやっていける。

田舎を出て別の田舎にも行けるし、田舎と都会を往復することも可能だ。

それも、生活レベルを落とさずに。



地方絶望はいろいろとある

交通が不便だの、似たような店しかないだの、似たようなヤンキーしかいないだの。

でも、忘れちゃいけないのが、そこから身動きが取れないことだ。

クソな環境とクソな住民に馴染めず、それでもここを離れると、

縁もゆかりもない場所に行かなければならない心細さ。

地方が窮屈というのは、個人的にはそういうのを含めてのことだと思っている。

しかし、いつでも地方から逃げられる人が、それを語って語り尽くせるものだろうか?



地方重力に体を引かれる辛さは、いったんそれを振り切る術を得た人間にはわからない。

もし、昔はそれを体感していて、今頭で理解することはできたとしても、

たぶんもう体は忘れていて、肌感覚に蘇らせることは二度とできないはずだ。

お前ん中ではそうなんだろう

まあ理解されないことはわかったようで何より

http://anond.hatelabo.jp/20160721153003

私の父親であった男は自分が既婚者である事を母親が未婚で妊娠するまで隠し、バツイチだと嘘をついていた。

の子供は流れてしまったが、母親バカだったので「別れてくれるなら付き合う」と言って本当にバツイチになって来た男と愚かにも交際継続し、再婚して二人の子供を成し、案の定不倫の病の再発した父親に捨てられた。

独りになっても母親バカだったのでまた既婚者と関係を持ち、怒り狂った本妻が家へ押し掛け、小学生なる子供の前で母親と堂々と不倫相手に関する言い争いをした(注)。

一時期は不倫相手結婚できるならお前なんか捨てても良いと子供本人に向かって言い放つ程頭の狂っていた母親だが、母親がわりであった祖母(私から見て曾祖母)の死を転機として目を覚まし、不倫相手と縁を切って独身男性再婚した。その男性が父となってから実家では概ね平穏な家庭が続いている。

(注:なおこのとき私は不倫相手をパパと呼ばされており、まだ不倫という概念を知らなかった。その言葉を初めて知ったのは、子供たちとの帰宅時に家の前に座り込んでいた本妻を見た母親が泣きながら女友達の家へ駆け込んで通報し、やって来た警察官にその友達が『彼女(母)とその女性旦那さんが不倫関係で』と説明をしていた時の事だった。度重なる本妻の来訪に悩まされての事だろうが自業自得案件に呼びつけられる警官も気の毒な事である



このような家に育った私は、年を経る毎に次第に自分の家に何が起きていたのかを悟るようになり、そして深く不貞というものを憎むようになった。

血のつながった両親はもちろんの事、便所ブラシと肉便器の間に産まれた、母親不倫相手本妻やその子から殺されても仕方がない薄汚れたクソガキである自分自身の血も憎くて仕方がなかった。

丁度インターネット黎明期10代後半であった私は、ネット世界自分と同じ思いをしている子供がいないか子供にそんな思いをさせている親は何を思っている/いたのか、それから何年もかけて探して回るようになった。

そうして20代の私はミソジニーかつミサンドリー煮込みうどんとなった。両親共不貞加害者であった自分には増田のように片方の性を神聖視する選択肢がそもそも無かった。




今は違うが当時の世論ネットも本当に酷いもので、不貞に異議など唱えようものなら男の場合浮気をする甲斐性がある有能な男を妬んでいるモテない駄目男、女なら男をつなぎ止める魅力と寛容さのない裏切られて当然のゴミ女、と罵倒されるのが当たり前の場所だった。要するに男の浮気には異様に甘く女の浮気独身女が既婚の男に股を開くパターン以外の選択肢があり得ない、昭和男尊女卑の一番酷いところを鍋底にこびりつく焦げカスになるまで煮詰めたような場所だった。

増田と同じように私には、不貞などせず縁もなく、普通に生きている人たちの姿は誰ひとり目に入らなかった。この世にはまだ裏切っていない人間と裏切った人間と裏切られた人間の三種類しかいないと本気で思っていた。男も女も皆クズでどうせ裏切り者以外は100%裏切られるのだからモノだけを心のよりどころとしていれば良い、そうすれば傷つかずに済むと20代の前半はずっと考えながら生きていた。



はい日常的に他人攻撃的な言動をとっていた訳ではない。表面上はごく普通に接していた。

(ただ一度もうすぐ結婚するという高校時代女友達が、結婚報告と同時にそれが略奪婚であると明かし、「彼(二股をかけていた便所ブラシ)と一緒に裸でベッドにいる時に元彼女が訪ねて来て凄く怖かったの」とかい寝言を吐き始めたときだけはどうしても取り繕えなかった。裏切られた元彼女は男と同じ職場であったらしく、結婚式の招待状を元彼女にも出そうかと男に尋ねてわざと楽しんでいるという話を聞いた時点で「最低だね」という感想をついに黙っていられず縁を切った)


それ以外はリアル不倫をしている人に会っても概ね知らぬ振りをしていられた。

幸いにも私の周囲には、自分のしている不貞本能からと男は皆不倫して当たり前とかい理由正当化しようとするバカはおらず、私も「でしょうね男はみんな不倫しますよ私の父もそうでした○○さんのお父さんもお祖父さんもひいお祖父さんもみんな不倫して奥さんを泣かせて来たし娘さんも結婚したら旦那さんに不倫されて同じ目に遭いますよね楽しみですね」とか「まあそれはご勝手ですけどお子さん間違いなく股ユルになるかだめんずになるか誰とも付き合えない人間不信メンヘルになるかの三択ですね、よかったですねソースは私と妹です」などと大人げの無い嫌みを言わずに済んだ。

一方ネットはそういうバカを見つけるたびに上記の言葉を投げてやって楽しむ自傷行為日常茶飯事だった。一度「俺の親を侮辱するな」とか言い返して来た客観性という概念を知らないほんまもんバカがいて今風の表現を借りれば大草原不可避であった。




そんな中である2ch浮気不倫板に親に不倫された子供スレというスレを立てた。

スレ立て当初は滅茶苦茶に荒らされまくり、親が不倫したのはお前のせいだ、お前らは捨てられて当然だと書き込まれる事も幾度となくあったが、それでも細々と何スレか続いた。リアルタイムで親の不倫を知って苦しんでいる中高生を慰め、昔親の不倫に苦しんだが今は幸せだという年長者に慰められ、何より「不貞なんかして家族を傷つける奴はクズだ」という意見を誰にも否定されず堂々と言える場ができたことに心のよりどころが生まれた。

(何しろそんな事リアルで言おうものなら「世の中白か黒じゃない、大人になれ」「ご両親も苦しんでいたのだから理解してあげろ」とかい説得力もクソもない思考停止押し付けられる選択肢しか当時はなかったのだ。毒親に苦しむ子供に対して子供を愛さない親はいいから親を許せと平気で言うバカが幅を利かせていた時代なのだから当然と言える)

そうして私は少しずつ立ち直って行った。



気づけば周囲の状況も随分変わっていて、不貞をしている者を見れば男女を問わず咎められる空気が徐々に優勢となっていた。

しかすると初めからそうで、前段に書いた「当時の世間」は一部のバカに惑わされた私の視野の狭さによる思い込みしか無く、ただ私が自分を傷つける意見の方に自ら近寄って行っただけなのかも知れない。「そんな人たちばかりではない、良い人を見つけたら幸せになれる」という声は今も昔も確かにあった。ただ誰がそんな人たちで誰がそうではない人たちなのか明確に見分ける術のない自分には何の救いともならなかっただけだ。

最終的に「クズとそうでない人を見分ける事におびえる必要はない。誰がクズだか分からいから全員を断ち切る必要もない。相手クズとわかったら即座に切ればいいだけ」と自分で出した答えがとりあえずの結論となった。




元増田世界には小学生スマホオナニーを、中学校で公開キス動画を、高校円光大学で数股変態プレイを、会社や家庭で不倫を楽しむ女しかいないのだろう。増田の母も祖父母も妹もそういう女たちなのだろう。男も増田自身を含めてそうした性の乱れた同類ばかりで、そうした人間たちとその価値観を厭わしく思い咎める者は男女問わず誰もいないのだろう。それでいいと思う。

私自身そうしたものには何一つ縁無く生きて来たしそういうものには自他を問わず永久に無縁であってほしいが、増田にそれを証明してやる義理も縁もない。増田にとっては長らく喪女として生きて来た私のような者は女ではなく産廃としてカテゴライズされている可能性も高いことだし。



私の世界には男と女がいて、その中に割合は分からないがクズが混じっている。どこの誰がクズか分からないのは今も同じだが、それを悪として捉え被害者の心に寄り添える人が私の他にも沢山いると知っている。その対処法も彼らから沢山学んで来た。

クズとわかれば捨てれば良い。わからないうちは自分が親しくなりたい人と親しくしていれば良い。自身自身の憎むクズに落ちぶれなければ良い。今はそう思って生きている。

自分と同じ事を思っているのが自分だけではないと知らなかったらきっと私も一生煮込みうどんのままだったろう。

生活保護についての認識が甘すぎる

今朝の朝日新聞で、母子家庭生活保護を受けていたのに息子がバイトをしていたことが福祉事務所に「発覚」(この表現を使った記者むかつく)して、75万円の返還しろと言われて困ってるいう過去朝日新聞記事が昔掲載されたけど、その後それを支援したいという人間が出てきて、その人らが全額肩代わりして返してあげたってのが美談として載ってたけどすごくムカつく

息子は「バイトしたカネで大学入って~みたいな夢描いてたのに借金を背負わされてつらい」みたいにコメントしてたのも、いや違うしと思ったし、

その記事読んだ人が制度の欠陥だとかい意見があったのも違うって今ならわかる

なぜなら、「健康で文化的な最低限度の生活」っていう福祉事務所新人主人公漫画でほぼ同じシチュエーションお話があったから。



その漫画ではバイトとかするんだったらお金さないといけないってのが書かれた契約書みたいな書類に息子もサインしてて、ほらここに書かれてて、あなたサインたから、仕方ないけど返さないといけないのって結論になった

母親が息子に説明してなくてごめんってあやまったりもしてた

主人公めっちゃ悩んだよ

でも決まりでそうなってるんだよ



生活保護がどういう趣旨支給されてるかを考えれば、別におかしくもなんともない

生活保護を何もせずにもらって、バイトしたカネは全部自分のために使うってのは筋違いだし、制度理解してないだけだ

パチに使う人間とかもいるし、支給要件は厳しくなってる

生活保護保証されてるのはあくまでも最低限度の生活なんだよ

それを超えてバイトしたりしたらその分減らされるのは当たり前

被害者ぶらずに自分無知を呪え



つーか生活保護受ける条件に健康で文化的な最低限度の生活漫画読ませろ

最低時給より高いとかいうのが取り沙汰されることもあるけど、生活保護を受けるにあたってあまりにも無知が多すぎる

無知から生活保護受けるハメになったんだとしても、それなら受給するにあたって知ることは必要

本当に必要人間には支給されずにパチで使う人間がいる一方で餓死する人もいる

生活保護役割範囲についてあまりにも無知すぎる人間が多すぎる

貧すれば鈍するなのか?もうどうしようもないのか?

年上女性が好きだと思い込んでいた

幼稚園初恋保母さんだった。

小学校ときに好きだった人は友達のお母さんだし、中学校の時は先生高校生の時は友達のお姉さんだった。

社会人になってはじめてお付き合いした女性職場の6つ上の先輩だった。

その後、同じ齢の女性告白されて付き合ったこともあった。ただそれは長く続かなかったし、なんというかつまらなかった。



自分はませているのだという自覚はあった。

振り返ればそこそこ特殊だった家庭環境が原因だと思うが、性別に限らず自分と同じかそれより下の人間とは基本的に話が合わなかった。

感情的であり衝動的であり、短絡的な相手と話をするのが辛かったのだ。



35歳の時にお見合い結婚をした。相手自分より2つ上だ。すぐに意気投合して、トントン拍子に話が進んだ。

駆けこむように2人の子供が生まれ、あっというまに40歳になった。

妻は育児疲弊して、気づくと愚痴ばかりをこぼしてくるようになった。

結婚した時は理知的好奇心と実生活とが高い次元バランスが取られていたのに、今は生活の消化と過去を懐かしむ毎日を送っている。

少なくともそれは、私の好きな年上女性像とは遠くかけ離れていた。



そう考えて周囲を見回すと、自分にとっての年上女性は大半が同じような生活を送っていることが分かった。

今まで自分は、年上女性自分よりも人生経験が豊かで落ち着きがあり、自分現実主義的過ぎるところを理解してくれるから好きなのだと思っていた。

しかし、今の自分より年上の女性は、言ってみれば超現実主義といえるほど、未来を諦めてしまっているのだ。

それに気付いてから最近の悩みが一つ解決した。

それは、最近では自分より年下の女性を好む傾向にある自分理解できないでいたことだ。

そうはいっても20代のようなエネルギーに溢れる若さを求めているわけではない。

30前後の、現実的で落ち着きのある女性が好みなのだ



男性はよく、女性が若ければいいという批判を受けることがある。

自分自身も、冗談交じりに妻にそう言われたこともあった。

それについては昔から懐疑的だったが、今ならばはっきりノーだということができる。

わたしは、年下の女性が好きなわけでも年上の女性が好きなわけでもなかったのだ。

ちょうど30歳前後に現れる、落ち着きや好奇心バランスが取れた女性が好きだったのだ。

年上好きと思い込んでいたのが誤解だったことは驚きだったかが、年下好きという下卑たレッテルを貼られることを回避できたことは何よりだった。

これからは胸を張って言おう。わたしアラサー女性が大好きだと。

うーん

ペット子供表現する感覚は、理解はできるが、気持ち悪い。

たぶん、二次元を嫁と呼ぶ我々オタクも、こういうふうに気持ち悪がられているのだろうな。

ふたなりという設定で女湯に入ってもいいの?

性同一性障害という設定で女子トイレに入ってもいいの?

たぶんみんなノーって答えるよね

日本LGBTに対する理解度なんてそんなもん

LGBT乳酸菌か何かだと思ってる奴までいるし

LGBTっていうのは男でも女湯に入れたり女子と一緒に着替えが出来るものなんですよっていうのが理解されてない気がする

一流の数学者になったからってカネかせげないひとだっているじゃん

それはお前にとっては何者にもなれてないってことなんかね

それとも一流の数学者になれないなら何者でないか価値がないって事なんかね

だとしたらそんなもんになってない人間の方が大半でしょ

何者でもない人間のほうが圧倒的に多いですよ今の世の中

でもそんなの普通ですから

一流の人間でなきゃ生きる意味がないってんなら勝手に死んで下さいよ

そもそもなんで尋常レベル以上のカネが欲しいのにサラリーマンやってプログラマになったのかが理解できませんけども

娘が熱を出した夜の気持ちを書きつけさせてください

私は間もなく30歳を迎えるシングルマザーで、4歳の女児を育てている。その娘が今夜熱を出した。もともと体の弱い子で、熱を出すのは珍しくないのだけれど、今夜の彼女はうんともすんともつらさを口に出さず、寝かしつけようとして体に触れるまで、彼女発熱していることに私は気づけなかった。

娘の体は本当に私によく似ている。体型や肌や顔も似ているし、周囲の感情に敏感なところ、音の刺激を嫌がるところ、その反動か、自分想像世界に静かに沈むのが好きなところ。彼女を見ていると、お世辞にも上手に渡れているとはいえない自分人生を、同じように繰り返してしまうのではないかと怖くなることもある。

私は、「こういう親になりたい」という模範像を持っていない代わりに、「なるべく毒親になりたくない」というのを考える。血を分けた娘が一番の理解であるように感じてしまうけれど、配偶者がいない心細さを娘にぶつけたくない。かといって必要以上に距離を置いたり突き放したいわけではない。自分離婚の際に性嫌悪気味の感覚をもってしまったけれど、それを無意識に娘に継がせてしまいたくはない(ああ、でも、きっと彼女はもう知っているのだろう)。

生きていくのは怖くない、楽しみをもっていいと自己肯定感のある子に育って、いつか私が先に死んだ後も幸福に、自信をもって暮らしていってほしいといつも願っている。

今日増田に書かせてもらおうと思ったのは、娘の体の痛みを同じ感覚理解できる自分は、自分だけは、何があっても彼女感覚否定しないであげようという感じが、急に降りてきたからだった。どうしても感じてしまう痛みやつらさが今ここに紛れもなくあると、そこを撫でてやること、文字通り「手当て」をすること、きっとそれが私の仕事なんだと思った。どんなに忙しくても疲れていてもそれだけは必ずしようと思った。今夜の娘は夏風邪なのだけど、もしかしたら彼女10代にさしかかる頃には、私がそうであったのと同じように、婦人科系の不調や自律神経の不調をきたすかもしれない。そのとき自分仕事はまず手当てだと思った。

私の家は両親が共働きで忙しく、長子だった自分は小さい頃からきょうだい世話役をすることが多くて、寂しい気持ちがなかったと言えば嘘になる。高熱の娘を撫でていると、なんだか寂しかった子どもの頃の自分にも手当てをしてやっている気持ちになる。これでいいかな、いいということにさせてほしい。仕事に家庭に、精一杯だった母も、あれでよかった。

書いていて思い出したけれど、自分も母も甘え下手というか、必要以上に苦労性の部分がある。娘には、遊んだりさぼったり誰かと助け合ったり、そういうことを自然としてほしい。きっと口で言うだけではなくて、母親自分自然にそういう姿を見せられないと、なんだかいけないことのように感じてしまうのだろう。子どもを産んでからずっと張りつめた気持ちで過ごしてきて、暮らすのに精一杯という感じだったけれど、もうちょっとやわらかに生きたっていいのかな、自分も。

1人の人間をこの世に送り出した責任、すさまじく重く感じてしまうのだけど、あんなにやわやわだった赤ちゃんを数年間生かしてこられて、本当によかった。「幸せにする」なんて傲慢かな〜と思いつつ、娘が幸せそうにしているのをこれからも見ていられるように、私自身も笑えるようにしよう。子どもの頃の自分は「ママ笑って」とよく思っていたから。

2016-07-21

やっぱりダサいつの気持ちはわかられないわ

自分はダサくないと相対的にいけない気がするし、そもそもおしゃれがわからないっていうのは本当におしゃれ上級者やまともな服装センスがある人にとって理解されない。

そもそも変化に対してかなり消極的だし、男物の服は意外と高い。おしゃれな人はトライ&エラーセンスを高められるけど、かなり大人になった段階でダサいことに気付いても、変化の段階の微妙な服を買ったりしている時の自分他人の反応に耐えられなくないか?そうではないのか?どうしたらいいのか?

スタンドも持ってない馬鹿ロードバイクに乗らないで

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20160720/roadbike_stand

http://goldhead.hatenablog.com/entry/2016/07/21/225736

http://anond.hatelabo.jp/20160721222328

弱ペダオタとか、最近漫画から入ってきたローディは意外と行儀がいいんだが

このブログみたいに、

スポーツバイクは軽量なのに、わざわざ重量が付けられるかw

お前ら貧乏人に買えない高級車が壊れたら弁償してくれんの?w

そんな金を稼げるオレサマが怪我したら保障してくれんの?w

みたいな事言う奴は、老害俄かローディに多い。

はっきり言って、馬鹿なので消えて欲しい。

重要な事なので、もう一度言うと、馬鹿は消えて欲しい。

たかが数か月、ロードバイクにまたがった程度で知ったかぶってんじゃねぇよw




ロードバイクには、フレームに取り付けなくてもいいスタンドが沢山あるし

それらはたいして高くもないし、重くもない。アップスタンドに至っては60gと軽い。

お前らのブクブクと太ったみっともない腹の脂肪の一つまみにもならないっての。

レースに出るでもなく、町中でのるのであれば、60gが邪魔になるなんて事があるはずがない。

ついでに言っとくと、ホイールや機材に手をだして1㎏を削る位なら、1㎏脂肪を減らせ豚

1㎝乗車姿勢を低くしろ、10Wでもより強く出力する筋力をつけろ無能

スタンドを付けたくない?

持ち歩け、カス。他のローディ迷惑を考えろ、ゴミクズが。

ホイールや二台目を買う位なら、パワーメーターやローラー台を買えアホw




しまなみ海道とか、ロードバイクを誘致したいサイクリングロード周辺では、ロードバイクを室内に持ち込んでもいい宿や

空気入れとか水の補給とかまでさせてくれる店が普通にあるし、あちこちにラックもある訳だが、それは周辺経済への影響を期待されてのことでWInWin

から道路を走る事も住民理解がある程度は得られているし気持ちよく走れる。

だが、普通に都内ラックを常設してもローディ以外の得にならん。なくて当たり前だ。

言うなれば、我々のロードバイクは、他の歩行者自動車などにお目こぼししてもらって走らせてもらって

時には一時的路上駐車させてもらってる立場で、これからその権利を認めて欲しいと思ってる立場でもある。

まして、トラック仕事をしてる国道の峠道とかを、自称「坂バカ(笑)」が登るとか恥を知れと言いたい。

Swiftラルプ・デュエズでも登ってろよ、坂バカ



つう訳だから

当たり前の様に何時間路上ガードレール地球ロックで駐輪したり

信号無視してまで路上を高速で疾走したり

レーパンで町中のレストランに汗だくで入ったり

そんな行為は、以ての外だ。

そんな連中のバイクは盗まれしま

事故って二度と乗れないほどの怪我を負え

腹の出たレーパン姿をJKに笑われてしま

ロードバイクすててマラソンしてろ、フルームですら山を走ってんぞ




それにしても、今年のキンタナは玉無し野郎だな。まさにナイヨキンタマ

バイクラック記事を発端に目立っている方々へ

なぜバイクラックの話で俺があんなことを書いたのか - 今日も得る物なしZ

http://kyoumoe.hatenablog.com/entry/20160721/1469075424

この記事の方やロードバイク乗りの方は、なんでこう威圧的というか好戦的な方が多いんでしょうか?

スルーしておけばいいのに、2極構造にもっていってマウントとれたら飯がウマいんでしょうか。

そんな目先の飯のうまさより、どうすれば自分達が自転車乗りやす環境になるかと考えたら

建設的な意見なりだして歩み寄るべきでしょう。

ドイツでは自転車理解あるというコメントもあります

http://b.hatena.ne.jp/Fondriest/20160721#bookmark-295131654

ただでさえイメージ悪くなってる中、待ってればママンが交通インフラを用意してくれるんですか?

日本後進国たらしめてるのは、理解のない一般人もいるでしょうがこういう威圧的理解を求めようとするあなた方も問題でしょう。くだらない反論記事書いてる場合ではありませんよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160721150537

その「自転車に優しい社会」とやらが、「バイクラック」が無ければ成立しないんだが

原因として上がるのが「スタンドなんかつけられるわけないだろっ!!11」だから炎上すんだよ。


車椅子配慮する「障碍者に優しい社会」ってのは、ハンディキャップに対する社会的配慮だ。

ロードに乗ることはなにかのハンディキャップの結果なのか?頭か?


自転車全般の話として、歩道から追い出され、車道も満足に走れず、自転車専用レーンの実装を望むのなら全然理解できる。

けどもさ、スタンドをつけないスポーツタイプに特化した事情としてのバイクラック求むには、全然同意できん。