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はてなキーワード: 目的とは

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170227175803

判断基準が周囲の人間になってるね。

難しいかもしれないけれど、自分意思判断を強く持つことが大切だよ。

何を目的で志望したのか、漠然とした目標だと自分を律することも難しいと思う。

グッドウィルハンティングという洋画を観てみると良いよ。

2017-02-27

テレビ必要論

http://izumojiro.hatenablog.com/entry/2017/02/27/194152

テレビ生活必需品ではない、という主旨の記事である

なるほど。たしかに今の時代テレビから取得する情報よりもインターネットで得る情報のほうが価値があるかもしれない。

インターネット情報選択可能性を有している。インターネットにおいて、関心のない情報は見なくて済むし、気分を害するような記事コンテンツ意図的に取り除くことができる。

Twitterを始めとしたSNSも、その強みの本質情報効率化だ。

気が合わない人のアカウントブロックすればいい。馬が合う人とだけ相互フォロー関係を結んだ上で情報を共有する。無駄のない社会、素晴らしい。

では、ここでひとつ知的好奇心を満たすという前提で、テレビは本当に必要ないのだろうか?

リンク先の記事担い手は、テレビ無しで生活をした上で実感を語っているだけである記事書き手に罪はないので、それを言及するつもりはない。

ただ、教養知識を蓄えようとするならテレビ必要不可欠なアイテムだと私は思う。

理由としては、テレビ情報にも価値はあるからである。むしろ、近頃はインターネット掲載された中身の浅い記事wikiよりも、NHKドキュメンタリー放送大学講義のほうが体系化された智慧として有用性が高いように感じられる。

なぜなら、傾向としてインターネット知識は皆一様に同じもの選択することになり、情報が共有できてしまう以上、その情報価値がないからだ。

知人に大学講師が数人いるが、試しに話を聞いてみると、インターネットニュース記事も読んでいれば、テレビ番組もしきりにチェックしている。もちろん熱心に本も読む。

あくまで私の周りの傾向なので、いやいやそれは違うだろと云う人もいるとは思う。

何はともあれ、私はテレビ不要論にはわりと辟易としている。これは個人意見なので、どっちが正しいかいかという線引をすることがこの記事目的ではない。

それでも、インターネットのほうが便利だという意見はげんなりするほど耳にする。一昔前よりもテレビの優先度が減ったことだけは確かだが、そこまで必要のないものだとも思えない。

匿名はてなを居場所にしているような人達テレビ不要なのだろうか?

人生ハードモードADHDがギリノーマルモードになった話

ADHDという診断が降りてから、ストラレラを夜40mgと朝コンサータ45mg飲んでいる。

仕事IT系で、作ることがメイン。プログラマーのようなものだ。

薬物治療する前までは、ほんとに人生ハードモードだった。

遅刻する、物忘れが多い、居眠りが多い、スケジュールを立てられない、締め切り破る、仕事は遅い、マルチタスクができない。

休みの日は寝っぱなし、友達との約束遅刻ばかり。

得意なことと苦手なことの差が激しすぎる。



薬物治療をはじめるまで


仕事で地味に困ったのは、電話の取り継ぎだ。

マルチタスクができないから、聞きながらメモするということが難しく、短期記憶も苦手で数秒前ことが思い出せない。



ついでに算数障害(ディスカリキュリア)も併発していて、数字を上手く数として捉えられず、簡単計算もできないから指を使うか紙に書かないと難しい。

困ったのは、割引率が分からなかったり、気づけばお金がなくなっていることだった。



ずっと会社では愛想は良いが、仕事ができないヤツだった。



とあることがきっかけで心療内科へ行くことになり、当初の目的とは違ったが悩みを先生に打ち明けてみた。

話を少し聞くだけで『それはADHDだろう』と言われ、色々質問などをされた。

そして心療内科に通って3ヶ月後くらいから、ADHD用の薬であるストラレラとコンサータを処方してもらった。




簡単に薬の説明


ストラテラ

非中枢神経刺激薬

不注意や多動・衝動的で落ち着きがないなどの症状を改善



コンサータ

中枢神経刺激薬

神経伝達物質ドパミンノルアドレナリン)を増加させ、神経機能活性化し、注意力を高めたり、衝動的で落ち着きがないなどの症状を改善



薬物治療をはじめてから


薬を飲み始めてからは、仕事がずいぶんしやすくなりストレスも減った。

仕事中の居眠りがなくなり、作業優先順位をつけられるようになった。

頭の中の多動もマシになり、作業をやろうという気になったり、集中できるようになった。



残念ながら先延ばしは薬を飲んでもなくならなかった、だから締め切りはいつもギリギリになる。

そういう時は過集中で乗り切って、今の所どうにかしている。

過集中をある程度コントロールできるようになったのは、薬のおかげだと思う。



しかしたらストラテラを増やせば先延ばしがマシになるかもしれないが、副作用吐き気がつらくて40mgが限界



仕事をできるだけノーマルモードに近づけるために


以前は接客契約を結ぶ仕事だった。

しか説明ミスや記入漏れ会計ミス商品間違い、事務処理のミスなど失敗ばかりだった。



から仕事環境を変えることにした。

作ることが好きで、webに関わる仕事がしたかたかIT系転職

事務処理とか苦手なことは相変わらずできないが、興味のあることと結びつければ勉強できるし覚えられる。

プログラムなど特定作業で過集中しても、それが仕事から怒られることはない。

あと、IT系は社風がゆるく出社時間も遅い多いかADHDには向いているなと感じた。




スケジュール作成した資料上司や同僚に共有しチェックをお願いしてる。

作業を一人で全て完結しないようにした。

上司や同僚には手間をかけてしまうが、後から大きなミスが発覚するよりマシだろう。




ADHD場合自分に合った仕事を選ばないと、たぶんとてもしんどくなる。

少しでも自分が楽になるように、何が得意か、どんな仕事ならできそうか考えないといけない。

社会人になって10年、普通の人は仕事を選べるが、自分場合特定仕事じゃないとできないと痛感した。




副作用依存について


ストラテラコンサータ両方とも食欲減退がすごい。

一度にたくさん食べられないから、2,3時間ごとに細切れにしておむすび1個やパンを食べるようにしている。

夜は普通に食欲が戻っているから、夜ご飯の食べ過ぎには要注意だ。



あと口がめっちゃ渇く。だから水と飴をつねに携帯している。



ストラテラは飲むと想像力がなくなってしまうというのをよく見るが、自分場合はそんなに感じていない。

デザインを考える仕事もしているが、特に薬のせいでアイディアがでなくなったということはなかった。



依存は今の所感じていない。

平日と用事のある休日に飲んでいるが、明日から飲むなと言われたらすぐやめられる。

離脱症状特にない。

ただ、薬は効き方や副作用離脱症状は人によって全く違うから自分にあった飲み方を探していくしかない。

ストラテラコンサータがなければ人並みに働くことができないから、自分にとってはとてもありがたい薬だ。



ADHDの薬物治療をはじめて約2年。

やっと人生をノーマルモード近くまでもっていけた。

まだ周りに迷惑をかけているけど、前に比べればずいぶんと仕事をしやすくなった。

自分にあった仕事環境を選び作り上げていくことが本当に大切だと感じた。



ADHDかもしれないと悩んでいたら、一度病院へ行ってみよう。

悩んでいるだけじゃ、時間は何も解決してくれない。

薬物治療をはじめて2年経過してみて、病院相談して良かったと思っている。



あと1ヶ月もすれば、新しい年度がはじまる。

1年はあっという間だなぁ。

ADHD管理職をやっている者なんだが

週末の借金玉氏(id:syakkin_dama)のエントリやそれを受けて書かれたわかり手氏(id:ganbarezinrui)のエントリhttp://anond.hatelabo.jp/20170227005158 あたりのブコメとか読んでいて、随分と世知辛いねえ、と思ったのだけれど、良い場所が無いので増田にこれを書いている。たぶん超長い。

俺はタイトルに書いてあるようにADHD(診断済み)だ。典型的な注意欠陥・多動性が認められ、一方でASDの症状はゼロという純正ADHDマンである。なので先のお二方のエントリは全力で泣きながら、共感しすぎてヘドバン状態で読んだ。でもわからない人には何が「なので」なのか本気でわからないんだと思うし、それで正常なんだろうということも理解している。

んで、一般的IT関連の企業管理職をやっている。それなりに多様な部下もいる。業界的にブラック香りがするWeb開発関連の仕事だけれど、自慢じゃないがだいたいニコニコ定時上がり、サブロク遵守、月間平均時間外は毎月20時間以内に抑えることに成功しているスーパーホワイトである。一点ウソついた。これは自慢である

俺はこういう属性人間なので、自分自身のことを照らし合わせて借金玉氏の主張は痛いほどわかるし、このような性質の人がいることを十分に評価理解した上で全体的な労働条件改善に努めたいと日々考えている。残業含め労働時間は減らしていきたいとも思うし、人の個性多様性への対応労働条件改善は両立し得ると信じているので、ADHDの人のぼやきイコール残業問題に結びつけて批判するのはあまりに極論に過ぎるというか、違和感を感じてしまう。皆がそれぞれのフレンズのすごいところを理解し合えるやさしい世界になれば良いのに。

そもそも、俺なんかは借金玉氏の記事を読んで「お前は俺か状態になる性質であるものの、何とか自分を飼いならして社会サバイブできている時点で生物として人より劣っているとは思っていないし、仕事も(やり方やプロセスにクセはあるのかもしれないが)たぶん人並みにはできる。つまり、おそらく自分弱者ではないし、どちらかと言うと強者の側に所属していると認識している。id:p_shirokuma先生的に言えば「よく発達した発達障害」ということになるのだろう。もっとADHDと言っても程度の違いがあるのかもしれないし、ただ単に俺は運が良かっただけなのかもしれない。普通の人だって大小あれど皆それぞれモチベーションのムラとかはあるわけで、ブコメに付いた「ADHDマン無能」、「世の中は正常と異常の二者択一」、「席を空けて退場するべし」みたいな言説を見るとヤバさしか感じないし日本大丈夫か?と思う。こういう「性質」の人が少なからずいることを正しく理解した上で適材適所人材活用を目指すべきだし、だいたいからして発達「障害」という言葉自体が良くないんじゃなかろうかと思わざるを得ない。

バックボーンなど

自分語り目的ではないのであくまモデルケースとして。ちなみに年は先の方々よりたぶんちょい上くらい。

端的に言って俺は相当に運が良く、理解者のおかげで生きていられる。上司は何度も変わっているが、往々にしておもしろ重視の管理者とは相性が良く、労働集約型のマネジメントをするタイプ管理者とは相性が悪かった。

で、自分自身がこういう人間なので、定時内にピークタイムを持ってくることができない問題についてはフレキシブル対応したいと考えている。

今の会社労働条件について

今後ありたい姿を考える前提として、俺の職場は現状こんなふうになっている。

基本は定時勤務だが、企画関連などの職務については裁量労働制存在している。とは言え、裁量労働会社側の論理で不当労働の温床になりがちなので、ホワイト企業的には定時勤務できちんとタイムマネジメントして、時間外が出たら残業代はきちんと払うよ、という当たり前の考え方を推進している。

ただし、職種的に均等な業務が苦手な人もいるので、カミングアウトしている人については個別対応もあり得る。当然ながら他のメンバーから「なんであい日中フリーズしてんの」みたいな白い目で見られると職場雰囲気が悪くなるし、本人の健康管理問題もあるので十分な配慮と周囲の理解必要

業務マネジメントについて

先述の記事ブコメにもあったけど、多種多様人材活用して成果を最大化するのはマネジメント責任だ。「9時17時で時計刻みに動けない奴は居ね」っていうのもマネジメント手法ひとつかも知らんが、少なくとも俺んとこはそういうふうにはしたくないと強く願う、つーか俺自身が生き残れない。んで、職場スロースターターにはこんなふうに対応している。

自分担当にもちょっと該当しそうなメンバーがいるのでこんな感じでやってるけど、今のところまあまあうまく回っている。むしろ一番の問題自分なわけなんだが、時間外付かないマネージャーなんで帰れないときがあっても勘弁してつかあさい。「マネージャーがいると帰りづらい……」ってことなら考えるけどウチのメンバーは俺がいても定時で容赦なく上がるので今んとこたぶん大丈夫。まあ、「あの無能上司、昼間フリーズしてて何もしてない……」と言われるとダメなやつなので、そうならないように自分自身努力しなきゃならないけど、ある意味俺にとっての最大の生存戦略が「自分自身管理者になる」だったかもしれないな。※もちろん、帰れる時は率先して帰ってるよ。

書いて読み返してみると、自分にとってはすごく一般的普通のことしか書いてない気がするんだけど、先のホッテントリを見てて世間一般的普通なのかどうかちょっと自信が無くなった。

よくスロースターターに対して「仕事定型化するべし」「ルーチンで行動するべし」なんてアドバイスをするライフハックを見かけるんだが、本当の本気で大真面目にそれが体質的にできない人ってのがいるのよ。そして、そういう人がみんな無能かっていうと決してそんなことは無くて、そういう人が画期的アイデアを出してきたり、ブレイクスルーを行うような機会ってのは実際に、ある。業務の種類や内容によっても正解は異なる。

繰り返すけど、出力にムラがあるなんてのは程度問題であって誰かしらあると思うんだよ。もちろん、定常定時に常に安定して均等なパフォーマンスを出せる人を尊敬するし、評価も高くなることに疑いは無い。でも「無能滅ぶべし」「健常者だけ揃えれば万事解決」みたいなことを言ってる人たち、本気か?はてなでそこそこホッテントリ取ってるブロガーでも「生産性の低さを一生懸命努力カバーするのは結構だが、出来れば職場の外でやって頂きたい。」なんてツイートしてたりする人がいて、なんつーかこう地獄しかない。

そりゃあ、安定マンのみでチームを構成できればラッキーかもしれんけど、世の中そううまくはいかないよ。どこも人材不足だ、いろんな人がいて、いろんな個性と悩みがあって、いろんな仕組みがあってその中で一番いいパフォーマンスと一番いい労働条件の両立を目指しましょうね、がマトモな議論なんじゃないのか。残業については言っていることはたぶん普通の人と同じだ。ただ、理解を深めて個人別最適な対応ができるようにしたいですね、長期的視点で皆にチャンスがあるようにしたいねと言っている。

何もポリコレ棒を持ち出してくるまでもなく、何も皆が必ず同じ時間評価軸で同じ定型定性で判断されるような職場ハッピーなわけではないし、単純に、多様性を認めない職場で働くのは俺は嫌だし、多様性を認めるための努力は惜しみたくないと考えている。けものは居てものものはいないんだぜ。

そんな感じ。

ポケモンGOでの不正行為について

kkzy9

あなたコメントが気になったので、ちょっと書いておきます

読んでもらえると嬉しい。

ポケモンなのに通信対戦も交換もできないっていうのが致命的だった。

あと廃人勢が必死になりすぎてどのジムも強キャラ個性とか全く無し。」



ええと … これ実際にジム戦を監視していると分るんだけれど、

まずジムレベル10に到達するまでと、到達後の状況が違うのだよ。

レベル10になるまでは、ジムポケモンの種類は結構さまざまなのだ

そしてジムレベル10に到達すると「乗っ取り」が起きる。



乗っ取りには「ダブルアカウント(時に位置偽装との複合)」が使われている。

ジムレベルが上がるほどジム加入の難易度も上がるのだけれど、

レベル10場合様相が変わるのだ。



攻撃者はまず「門番(一番下)」のポケモン攻撃して追い出す。

もちろん自分のチームを攻撃することは不可能なのでダブルアカウント

別のキャラは別のカラー所属させているわけだ。



門番ポケモンを追い出す為の「名声減少」はほんのわずかにとどまる。

なぜなら、自分が入り込む為の労力は最小限にしたいから。

敵チームが攻撃している場合ジムは数万単位の名声減少を被るので

それが敵チームによる攻撃ではない、というのはすぐにわかる。



不正行為者はそうしてまんまとジム侵入し、長くジムに留まって

不正にポケコインとほしのすなを手に入れる為に強いポケモンを置く。

現状では「カイリュー」というわけだ。

それが繰り返されると、10段全部がカイリューというタワーが誕生する。



こういった部分は、ジム戦の仕様が変更されない限り続くことになる。

乗っ取り」は楽だからね。




それでね。

ポケモンなのに通信対戦も交換もできないっていうのが致命的だった。」

の部分は多分こういった不正行為の結果起きているのだよ。

強いポケモン不正を繰り返してまで作成する目的RMT

まりポケモン現金化だろうと考えられるので。



さらに、配置されているポケモン名前を見ていると、

位置偽装によって日本国外からおかれていると考えられる事例も存在する。




ポケモンRMT貨幣価値)が付加されるのは好ましくないだろう?

からそういった部分が解決できない限り「通信対戦も交換も」無理だ。

ポケモン権利者達はそういった汚点を望んでいないので。




不正解決策としてジム戦歴の公開を提案しているけれど、どうなるか…

戦歴公開なら不正痕跡は明白だからね。



あいずれ対処される時には

何カ月も不正を続けて強化した(とほくそえんでいる)ポケモン消滅するが

それまで不快な状況が続くわけだ。


気長に通報するけどね。

http://anond.hatelabo.jp/20170225153320

まずはじめにお金はつかうためにためるのにためることが目的になってるとかいうところにはいきつかないんだね

あと将来の夢とか夢ってものハードルあげすぎてない?

将来の夢ってきくときもかたるとき自分と取り巻く環境 社会とか世間みたいなものとの距離感表現じゃん?

わらしべして手に入れる手段の話をするときの最終地点がどこかとどういう経路でいくかって起承転の話でしょ

私という起はいうまでもなくここで 承がなにをしてなにをつかってこれが自分社会距離感で 何のためにが転だから

お金をつかって城を買うとか お金持ちに城をゆずってもらう買ってもらうでもいいでしょ

そのお金をどうやってためるかが自分社会距離感のものじゃん?

現実にそぐわない超偶発的な可能性のことを夢っていうほど幼くはないでしょ?

2017-02-26

渡辺竜王への弁護を検証してみる

※追記 頑張って計算して書いた日記だけど、書いている間に元のページが消されたらしい(Webアーカイブ)。消されたということは取り下げたということだろうからおかしいと気づいたのかも知れない。

1.初めに

三浦九段不正疑惑について、渡辺明竜王を弁護するという記事を見た。

なにやら、観戦記者 小暮克洋氏(三浦九段から名指しで批判されていた、あの小暮克洋氏だ)から渡辺竜王を弁護してほしい、というよく分からない依頼を受けた弁護士が、裁判でもないのに勝手渡辺竜王を弁護しているらしい。

幸いにして、私はこれまで弁護士のお世話にならなければならない事態になったこともなく、この文章で本当に渡辺竜王が弁護できているのか判断するのは困難である

しかし、少なくとも、この中で取り上げられている計算を(具体的に数値が挙げられているところであれば)検証してみることはできるので、ちょっと考えてみようか、と思った。

2.一致率の検討

そもそもこの件に関しては、ソフトの一致率がやたらとフォーカスされていたが、それ以外の点でも重大な事実誤認があった。例えば、前出の弁護文においても、

対局中の離席については、そもそも証言の一つであった30分の離席といった事実がないことが確認された。また、離席の事実をもって、三浦九段への疑惑根拠付けることはできないとの判断がなされた。

と書かれている。

また、ソフトの一致率がいくら高くても、それが疑惑証拠となるわけではないことは第三者による調査によって既に示されている。

しかし、弁護文の中では主にこの一致率をもって、「渡辺竜王告発を行ったこともやむを得ないことであった」としているようなので、私もその点を検討する。



ソフトとの一致率とは、ある局面将棋ソフトに読み込ませて、その将棋ソフトが指した次の手と実際の手が一致した割合のことらしい。

それだけでなにやら本当に証拠とできるか怪しいと(普通なら)なりそうなものだが、

この違和感は、渡辺竜王要請で、名人竜王羽生三冠など、現代トップ棋士が数名がかりで検討したときにも、多くのトップ棋士たちが共有した違和感であった。

とのことらしいので、まあ色々私も違和感を覚えつつも、少なくとも棋界では説得力のある話だったということにしておこうかと思う。

この文章目的も、棋界の重鎮を糾弾しよう、というものではない。



さて、件の弁護文の中では、一致率を疑いの根拠とした理由が、以下の具体的な数値として書かれている。

三浦九段の4局の点数は、普段の彼の実力からすると、当方計算では、出現率でいえば、良くて10%程度である。そんな出来の良い将棋が、疑いをもたれた短期間に、4局もでてきている。

第三者委員会の報告は、三浦九段の「疑惑の4局」程度の一致率の将棋は、35局中9局あったと指摘している。つまり三浦九段にとっても、上位4分の1に入るような出来の良い将棋だったことになる。そのような出来の良い将棋が、疑いをもたれた短期間に、4局も出現していることになる。もちろん、そのような偶然があり得るというのは、第三者委員会の指摘する通りではあるが、常識的にはめったに生じない事態である

この主張から読み取れるのは、「10%以下の確率で起こる事象が、短期間(?)で4回出現した」ということだろうか。

第三者委員会の主張とは割合が異なっているようだが、算出方法が異なるようである。異なる理由はおそらく、上記弁護文の『10.「手の分かれる」局面での「技巧」との一致』あたりに書いてある手法によるためであろう。

ここでは、その手法の是非は問わない。



そうは言っても、この主張はどうにも曖昧である

短期間で、というのは一体どの期間で、その間に何回の対局があったのだろうか。

よくて10%というのは、一体実際は何%だったのだろうか。

ここらへんが解決できないと、正しい検証はできない気もするが、とりあえずここは簡単にするために、「10%の確率事象が4連続した」場合を考えてみる。

10ダイスを4回振ったら、毎回1が出た、ということだ。これは単純に1/10の4乗なので、1/10000の確率である。従って、「常識的にはめったに生じない」とする。



……本当にそうだろうか?

この結論には、重大な欠点がある。「試行回数は4回でない」ということを考慮していない。

正確には、「1/10確率で起こる事象Aをn回試行したら、そのうち4回はAが連続した」ということになる。

ここで、試行回数nはすなわち、三浦九段の対局数である。対局数は将棋連盟のWebページに載っているが、三浦九段場合は962回らしい。

さて、もう一度計算しなおそう。

「962回の試行の間に、1/10確率で起こる事象Aが4連続する確率である

これをざっと概算する方法は、以下のようになる。



n回の試行の中で事象Aが少なくとも一度は4連続する確率をP(n)、n回目の試行事象Aが初めて4連続する確率をQ(n)とする。

このとき、n≧5の場合において、

P(n) = P(n-1) + Q(n)

であり、

Q(n) = (1-P(n-5)) * 9 / 10000

となる。

また、P(4) = 1/10000, Q(4) = 1/10000であり、n<4のときは、P(n) = 0, Q(n) = 0となる。



この漸化式において、n=962の場合計算すると、P(962) ≒ 0.0827314となり、約8.3%であることが分かる。

なお、この計算横着をした。この計算ミスっていると私の主張が通らなくなるので、もしミスを見つけたら指摘をお願いしたい。



このようにして、三浦九段棋士としての経歴の中で、上位10%にあたる好対局が4回連続する確率は約8.3%であることが分かった。

これは確かにやや珍しいと言えるだろう。しかし、起こり得ないことではない。これは言い換えれば、12人に1人の棋士が同じような成績を残しているということであり、また、三浦九段を疑うなら、全棋士の8.3%が同じように疑われることになる、ということである

ちなみに、「良くて10%」という部分をもっと厳しめに見積もると、「あり得ない確率」と言うことができるレベルにすることは可能であるが、その場合はその確率をきっちり示さないといけない。例えば5%で見積もると、約0.57%という結果が現れる。

また、今回は「4回連続」という厳しい条件で計算したが、「短期間で4回」という条件だと、確率的には逆にもっと高くなる。

ちなみに、第三者委員会の言う「35回に9回」という結果を使うと、96%近い確率でこのような成績が出ることになり、珍しくもなんともない。



したがって、一致率を元に疑いの目を向けるということが妥当であるかというと、確率論的には全く妥当ではない、と言わざるをえない。もちろん、上記のように、計算の元となる事象Aの出現率が相当程度に低ければ、疑いを向けるに足るかも知れないが、その場合は「短期間で4回」「良くて10%」などといった、曖昧表現はいけないのである



3.終わりに

弁護文は、「三浦九段不正をした」ということを追及している訳でなく「このような理由から渡辺竜王が疑いを持ったのはおかしくない」という主張である

上記のような計算ができず(これを考えるのはそれなりに難しかった)、また弁護文に書かれているような誤った確率計算からおかしいと思い込んだ、という主張であるならば、確かにあり得ることである

少なくとも悪気はなかったのだ、という結論を出すことは可能であろう。



ただし、その結論を導くには、「渡辺竜王確率論に関して明らかに間違った計算を行った」という前提に立たなければならない。

三浦九段から名指しで批判された観戦記者勝手に弁護を依頼して、その結果、計算間違いを大々的に主張されてしまった渡辺竜王が、私はちょっと可哀想になってきた。

http://anond.hatelabo.jp/20170226224244

一般的医療費制度にまで染み出すかどうかは不明だけど、ベーシックインカム目的にすり替わってる連中ならやりかねないね

さっきから全然論理的じゃねぇし。怖いわベーシックインカム信者

絵師になれなかった私

「絵も描かずに『神絵師を目指す人々』を描いた漫画破壊力高すぎて大ダメージを受ける人続々」(https://togetter.com/li/1084759)を読んだ。

この手の話は、まとめのコメントにもあるように「とにかく描くこと」という結論に落ち着きやすい。

しかし、当たり前の話だが、こんな結論を知ったところで何も解決しない。これは、受験勉強で「とにかく勉強すること」を解決策とすることと何ら変わりがないのだ。

高い目標を達成するためには、地に足を付けて自分に合った形に目標を設定し直さなければならない。

さらに言えば、達成難易度が高い目標場合攻略法必然的に複雑になる。ここをまず勘違いしてはならない。

以下、私が大学時代実践した方法を示す。

(1)最終目標を明確にする

絵師とは何なのか。ある程度数値化できるレベルに具体化する(「即売会で1000部完売」等)。

しかし、萌え絵死語?)を描きたいという欲求を持った人は、数値的な目標よりも、それを手段とした他者とのコミュニケーションが最終目標とされる場合が多いと感じる。

これでは目標抽象的すぎて具体的な行動に落とし込むのが難しくなる。

その場合目標から演繹的に方法考察するのでなく、具体的な行動指針を逐一検証して積み上げていく戦略を採ることになる。

なお、私はコミケで50部完売目標に設定した。

(2)今の自分確認

自分の現状を把握するために、何か課題を設定しておく。そして、数か月後に同じ課題に取り組む。

この課題はきちんと記録として残しておく。そうすることで自分の成長を確認できる。

私は、「涼宮ハルヒの全身絵を描く」という課題にした。

(3)基本方針

基本的には、メニューを決めて、実践問題点検証の繰り返しである部活でいう筋トレみたいなものである

とにかく、何か決まっていないとだれてしまう。メニューはとにかく負荷の少ないものとする。

継続の負荷をいかに少なく気楽にやれるかである。これが一番難しい。

気持ちで乗り切ろうとするのが一番最悪で、とにかく感情を挟まないように環境を構築するのが良い。

負担負の感情喚起されるパターンをとにかく書き出す。そして、その原因に対する対策を立てる。

対策は、気持ちで乗り切る以外の方法環境構築を基本にする。

(4)私の方針

私は、最初は○(まる)をB5用紙いっぱいに描くというレベルに設定した。これ以上は欲が出てもやらない。翌日も描きたいという欲求を残しておく。

大学入学後、夏休み前まではひたすら絵を描くことに慣れるという抽象的な目標があり、具体的な目標としてB5用紙1枚いっぱいに図形を描いた。

なお、その期間に、好きなイラストレーター漫画家アニメーターについて調べた。自分目標とする、好きな絵柄の方向性をきちんと把握するためである

気に入った人がいたら、その人の資料をとにかく集める。なお、私は冬目景が好きである

そして、夏休み以降は、その好きなイラストをひたすら模写する。

年明けに、毎日模写1枚と自由1枚にし、それをひたすら1年続けた。

(5)情けない結果

結果、約2年で私の画力は飛躍的に上がった。

その後、カラーイラストに嵌っていくのだが、その練習方法論は基本変わらない。

というか、教本が充実しているので、その方法論を具体的なトレーニングメニューに落とし込めば良いので楽だった。

しかし、ある程度描けるようになって気が付いたのだが、私は別に絵を描くことが好きではなかった。

絵を通じてコミュニケーションをするのが目的だった。そして、その目的は、ある程度描けるだけで達成できたのだ。

したがって、ある程度描けるだけで満足してしまった。

あと、美大にいった友人の絵(萌え絵ではない)をみて、ちょっと美術世界の深さに圧倒されてしまった。

から、そこでトレーニングはやめた。

人工知能意思を持って人間を滅ぼす」という言説が子供妄想しか思えない

そりゃ100%ありえないとは言い切れないけど,今の人工知能なんて目的関数最適化するだけじゃん.「意思」なんてものを持てるとは到底思えない.SFの見すぎで僅かな可能性がが過大評価されてるよ.

人工知能に詳しい人で意思を持つまでのプロセスを思い描ける人がいたら説明して欲しい.

http://anond.hatelabo.jp/20170225153320

「夢」の捉え方はそれぞれで良くないですか?


>私にとっての夢は特定の職に就くことではなく 自分の好きな時に水族館や、展覧会や、映画を見たり、何か素敵な体験をする事なのでそもそも社会と夢の捉え方がズレている。

特定の職に就職することが夢とされるのは何故だろう? 仮に先生になりたいとして、大学に行って勉強し、教員資格を取り、めでたく学校採用されたとする。これで先生と呼ばれる立場にはなったけど、それは法的にそうというだけで経験的にはまだ新米のはずだ。それを夢が叶ったと表現するのは私には違和感がある。


ある人にとってはあなたのように何処かに行くこと、体験することを夢とし、ある人にとっては職に就くなどの自己実現を夢とする場合もあります。人によって異なります

そしてその夢を実現し、次の夢を考えます。その繰り返しです。


>もしテーマパークに行くことが夢ならばその場所に足を運べば達成した事になるが、仕事継続するものなので採用が決まった時点で先生になった!夢が叶った!というのはおかしいと思う。どんな事でもそうだけど採用が決まった時点で完成している人などいないはずだ。


つの異なる事柄比較しているので、比較になっていません。


>生きていく為にはお金必要だ。仕事お金を稼ぐ手段であり目的ではない。

好きでやっていたことが仕事化し、社会貢献につながり、それでお金をいただくという事もあります


お金がほしいか仕事をしていたはずなのに、いつの間にか仕事をする事が目的になり、会社の皆もやっているしと流されてサービス残業…なんてことになってないかな。

誰しもがお金がほしいという目的だけで仕事をしていません。


>私は子供の時、学校の授業で夢を発表しなければならなかったのにどうしても浮かばなかったのででっち上げてその場を凌いだ。「将来の夢」という言葉は「将来の仕事」を指す言葉になっている。

全員仕事について話していたでしょうか。子供の頃の記憶なんて曖昧です。

それに、学校では「将来の夢というテーマについて考える事」を教育していたのではないでしょうか。


仕事も私の夢もやりたい事には変わりないと思うけど、「将来の夢」の認識は変わってほしいと思う。

今後どのような道に進むかを考えることは重要だけど、別に仕事が夢じゃなくてもいいはず。もしかして夢見ることさえも許されてない?

あなた「夢」に関する認識が変わってほしいと切に願います

Facebookキモすぎ!

大学同級生が「昔好きだった子とのエピソード」として私との出来事を書いていた

最初は「ふんふん」って感じに読んでいたけど、それが私のことだと思ってゾワッとした

なになに? 何が目的なわけ? 私が見る可能性もあるのに公開の場で書く理由は?

というか、周辺の人たちは私だって気づく可能性もあるわけなんですけど

ちなみにそいつとは特に仲良くもなく(2人で遊んだこともない)

たくさんいる友人のうちの1人という印象

それが急に彼のロマンチックな思い出の登場人物にさせられて、マジでビビった!

あー怖

これを投稿するってことはいいねされると思っているんでしょ?

マジで死ね

意外と見落とされがちなリベラル派の難民問題に対する認識問題点

難民難民入国トラブルになる最たる例が、受入国雇用難民が圧迫するというもの

それが難民排除に繋がり、最終的には難民支持派の政治家選挙で落とされるという事態にまで発展した。

そこで修正案として、例えば最近ではスウェーデンが、その国にいる既存労働者雇用を優先するという政策を発表した。



ここからが本題だ。

スウェーデンのこの政策は、紛れもなく自国第一主義だ。

トランプ政権の「アメリカを再び偉大に」というスローガンも、表現は大げさでレトリックにまみれたものだが、その本質自国第一主義にある。

まり、その究極的な目的は「他国難民よりも自国国民が優先」ということだ。



いわゆるリベラル派は、この難民よりも自国民を優先することを、

差別、或いは不正義とみなしているのではないか



昨今は難民問題で大きな論争が起きているが、まずそもそも大元問題として、

上記の命題に対する是か否かという論点が、非常にあやふやなまま放置されているのではないか

というのが私の主張したいことだ。



国民国家という枠組みを前提とするなら、難民より自国民を優先するのは当然の発想だ。

だが国際的問題視野を広げ、ただ自分たちだけさえ良ければ良いという考えこ先進国欺瞞だ、

その欺瞞が抱える矛盾こそがシリアなどの戦争歪んだ形で現れている、

従って先進国自国利益を削ってでも難民を助けるべき、という考えもまた当然出てこよう。

またあまりにも理想主義がすぎるが、自国民雇用も維持、かつ難民も受け入れて共生を図ろう、とするのも選択肢としてはあり得よう。

ただこの場合現実性があまりにも乏しく、従って支持する人が非常に少ないことは想像に難くないが。



難民問題について議論するには、まず上記した2+1選択肢のいずれによってたつか、その主義を明確にした上で始めるべきだろう。

また或いは、2+1以外の選択肢もあるならそれを提示した上で、それを選択すると発言した上で議論すべきだろう。

前提条件すら確認もせず立場曖昧なまま議論を進めるから議論はいつまでたっても一向に成熟しないのではないかと私は考えるのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170225204203

今回のような問題の周辺にはどういう問題があるか、あり得るか、

という問題圏を示すための部分には

結論自分意見を表明する以外の目的存在するんじゃないですかねえ。

anond:20170225195916

"Google翻訳オープンソースプロジェクトに使うのはダメなのか? " についての反論

いい記事なのだが、いくつか反論や補足が必要だと思ったので書く。

GPLコンパイラの例

このGPLコンパイラとはGNU bisonやGCC(GNU Compiler Collection)について指しているのがほぼ明確なのでそれらについて書く。

確かに著作権法を元にしたライセンスは、ソフトウェアの出力結果に対してソフトウェア著作権ライセンスが影響しないと解釈するのが妥当であるというのは正しい。

ただしこれは"著作権ライセンス"に限った話である、つまり著作権ライセンスでは不可能な制約がEULAなどでは課すことが可能であるということを意味する。

詳しくはGNUの書いた記事の"契約を元にしたライセンス"という項を読むと良い。以下に引用する。

https://www.gnu.org/philosophy/free-sw.html

ほとんどの自由ソフトウェアライセンスは、著作権を元にしています。そして著作権によって課することができる要求には制限があります。もし、著作権を元にしたライセンスが、上記に記した自由尊重するならば、まったく予期しない他の種類の問題があることはありそうもないでしょう(予期しないことはまま起こりますが)。しかし、ある自由ソフトウェアライセンスは、契約を元にするもので、契約もっと広範な制限を課することが可能です。これは、そのようなライセンスが、容認できないほど制限が強く、不自由でありうる、いくつもの形態がありうることを意味します。

わたしたちは、起こりうるすべてのことをあげることはできないでしょう。もし、契約を元としたライセンス利用者を(著作権を元としたライセンスでは無理な形で)異常に制限するならば、そして、それがここで正当だと述べられていないのならば、それについて検討しないといけないでしょうし、そのライセンスは、不自由である結論づけるかもしれません。

また元の記事の著者はGCCやbisonがGNU GPLのような強いコピーレフト保護されたソフトウェアでも、それによって作成された著作物GPLにならない(つまりコンパイラやパーサーのライセンス継承しない)ことを根拠考察しているようだが、実はbisonやGCCGPLにはライセンスに対する例外付属していることを考慮すべきである

GCCやbisonの著作権保持者であるFree Software Foundationは著作権法の話をするとき、たいていアメリカ合衆国を想定しているがこれらの自由ソフトウェアが広く使われるあたって、著作権法とそれを元にしたライセンスが異なった解釈をされることがありうることをおそらく危惧している、そのため出力に対してソフトウェアライセンスが影響しないことを確実にするためにこれらの例外規定しているのではないか

この二つの理由から、元記事議論世界中に対して広く配布するFLOSSディストリビューションでは(非常に残念ながら)鵜呑みに出来ないと私は考える。

フェアユースについて

フェアユース規定は例えば日本では存在しない、

加えて言えば、たとえフェアユース規定が全世界的に利用できて、営利目的でなければ利用できたとしても、

フリーソフトウェア/オープンソース定義の中に

自由.0: どんな目的に対しても、プログラムを望むままに実行する自由

(i.e. オープンソース定義 6項 利用する分野に対する差別禁止)

がある限り、そのような制限ディストリビューションは受け入れられないだろう。

またOracle vs GoogleJavaAPI訴訟はケースとしてはかなり特例であり、

一般に広く適用すればlibcすら当てはまるのではないかと私は思っている、

これを根拠にしてよいのならばそもそもコンピューター業界がひっくりかえるのではないか

Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェアで使うべきか、そうではないか

少なくともUbuntuのようなプロジェクトにおいて、私は断固反対である

というのは現状ほぼすべてのWeb翻訳(例外があれば教えて欲しい)はプロプライエタリないし、それと同じ結果をもたらすSaaSSだからである

Webブラウザを介して使う翻訳サービスはSaaSSの代表例であり、ユーザーコンピューター計算コントロール

つべであるという自由ソフトウェア思想と明らかに相容れないものである

このようなサービスを利用することの弊害として、(例えば)Google翻訳翻訳処理の計算依存することにより、ユーザー入力Googleが常に把握することが挙げられます

もちろんこれはあまり良いことではない。

多くのFLOSSシステムディストリビューション自由ソフトウェアを主に入れるというガイドラインを持っている。

アーカイブのごく一部にnon-free(Ubuntuならrestricted/multiverse)なソフトウェアがあるが、

これは事実上妥協産物であり、排除しても大した問題がないならば配布から除外することに多くのディストリビューション関係者異論を挟まないだろう。

また例えばDebianはあるソフトウェアがDFSG(Debian フリーソフトウェアガイドライン)に適合するフリーソフトウェアであったとしても、それがガイドラインに適合しない著作物依存する場合、contribというセクションに閉じ込めており、それは公式システムの一部ではないとしている。(建前ではcontrib/non-freeセクションはユーザー向けの付加サービスとされる)

Ubuntuコミュニティ新規に作られた著作物コミュニティ哲学に反する物に依存するというのは、かなり致命的である

たとえ奇跡が起こり、例外的Google翻訳や一部のプロ翻訳ツールBSDライセンス(Launchpad上での翻訳ライセンス)での出力を許したとしても決して褒められたものではない。

Ubuntubug#1に"Ubuntuソフトウェア自由である。常にそうであったし、今後も常にそうである自由ソフトウェアは万人に望むままの方法で使い、望むままの人間と共有できる自由を与える。この自由は多大な利点である。"とプロジェクト創始者であるマーク・シャトルワースが書いていることをよく考えるべきである

https://bugs.launchpad.net/ubuntu/+bug/1

この反論を読んだ読者の中にはあまりGNUプロジェクト寄りに思想が傾いていると思う者がいるかもしれないが、

いわゆる"Linuxディストリビューション"の中には数多くの重要GNUソフトウェアシステムの根幹をなす形で入り込んでおり(例えばGCC,bash,glibc etc...)

またUbuntu派生元となったDebianの成立経緯にはやはりFSFが関わっている。

さらに言えば、システム保守を手伝う人の中にはシステムフリーからボランティアで頑張っているという人もいると思う。(ほとんどではないかもしれない)

のでUbuntu周りの話に限ってはこういった観点で見てもよいと思ったので書いた。

追記

Ubuntu Japanse Teamの関係者に読まれたようなので満足しました。(2017/2/27 22時)

けものフレンズ流行理由癒し肯定に求める奴はわかってない

あるいは目に映るものすべてを自分欲求に寄せて語ることに憑りつかれている。

 

まりこの言葉は使いたくないんだが、そもそも「普通に面白い」じゃん。けものフレンズ

ファンの間ですらあまり評判がよろしくない第一話を例にしても、

メインキャラクターの顔見せ、おおざっぱな世界観説明主人公目的設定までを最初の5分で過不足なく終わらせた上で、

1話の中である程度の盛り上がりを作って2話までのヒキまでちゃんと盛り込んでるんだぞ?

その後も各話それぞれ起承転結(おまけに主人公がその性質いかして活躍する)があって、しかも話が進む毎にちゃんと目標へと近づいて行っている。

おまけにかわいらしいキャラクターがキャチーなセリフを吐きながら入れ代わり立ち代わり出てくるときたもんだ。

今も昔もアニメ見渡して、これがきちんとできてる作品が全体の何割あるかって話。

 

「話」の部分で深夜アニメ特有品質に対する覚悟不要で、かつ話題にしやすいんだからそりゃウケるに決まってるんだよ。

参加の敷居が低いエンジニア勉強会の話

主催者が勤務先の採用目的で開催してる場合がある。

そこそこの規模の会社エンジニア紹介にそこそこ報奨金出してくれるからコンスタントに紹介していけば良い稼ぎになるらしい。

残業の多さ、職場環境の悪さなど悪い側面を一切告げず応募・入社させられた人を複数人観測している。

LTだけとか、特定言語テーマフォーカスしない勉強会、ほぼためにならないし主催者リクルーティングが鬱陶しいか自分はもう行かない。

2017-02-25

合理性

まず目的を定めないことにはやってることが合理的なのかどうか判断できない

そして目的というもの価値を達成するために設定されるものである

ろくな思想宗教も持たないジャップ価値というもの何だかからない

まりジャップ合理的になることができないのである

「【キャラクター名】の夢女子はありえない、なぜなら【キャラクター】とくっつくから」と鍵なしアカウントつぶやく腐女子の人


個人の悲しみ日記です。

前提の思想

二次創作に貴賤なし

偶然、タイトルのような趣旨ツイートを見つけた。

それってさ、A×Bの好きな腐に、A×Cが好きな腐が「AはCとくっつくからA×Bはありえない」と言ってるのと同じじゃないかなって。

同じ腐相手なら言わないであろう解釈違いゆえの呟きの発信を容易に行う理由って何かな?夢なら数が少ないから叩いてもいいって思った?

自分が納得できるのはカップリングだけだから自分のTLにはカップリングしか流れてこないから?

中学生高校生ギリギリ大学生までならわかるけど成人済みってプロフに書いてあった。

悲しくて憎くて腹立たしくて上手く表現できないのですが、二次創作って総じて原作への異物混入だと思っています

それを自分と、自分観測しうる範囲でのマジョリティ世界しか物を見ようとしないうえに夢というものを聞きかじった知識判断しようとする。

または夢という概念アップデートをしないまま夢を語る。それがとっても腹立たしいです。

別に改めろとか謝れとはいいません。ただその言葉には責任を持ってほしいと思いました。ツイートは鍵をかけない限りWWWに発信され、全世界人間が見れるんです。

悪意がない暴言が許されるのは中学生までだと個人的には思います

「【キャラクター名】がほかの女とイチャイチャするとかもってのほか

「【キャラクター名A】が【キャラクター名B】以外と幸せになるなんてありえない」

「【キャラクター名A】との夢女とか正気?【キャラクター名B】がいるのに?」

「【キャラクター名A】と【キャラクター名B】の間を引き裂くなんて」

等々、冷静になりきれなくなりそうな言葉が沢山発信されています

特定を避けるため趣旨を損なわない範囲で改変しています目的は叩きではないので。

たとえば固い絆でむすばれた二人の同性キャラクターがいるとします。

その二人の片割れをずっとファンとして応援しているのも夢です。

夢小説/夢絵の範囲は広く、キャラクター恋人にも、親にも、兄弟姉妹、息子に娘、よくいくレストラン店員、駅員、アパート管理人、飼い猫などの視点を借りることができる、またはなれるものが夢だと思っています

ですから二人を引き裂く、片割れから割れを奪うものとして罵倒(そのつもりはなくともここまでひどいこと書かれたら罵倒と取りました)するのはお門違いだと思います

腐と夢は対立項ではないと個人的には思います。だからこそ、昔書いていたり読んでいたかもしれない夢小説をその時の知識のまま語らないでほしいともいます

からと言って夢を勧める意図はありません。ただ中途半端知識で語ってほしくないと言うか。批判するなら言葉を選んでほしいというか。

例えが近しいか不明ですが、A×Bが本命CPだったとして、C×D信者にA×Bの的外れdisを見たらイラッとする、そんな気持ちなんだと思います

まさかとは思いますが、#夢小説あるあるかいう未だに正気で使っている人が存在するのが信じられないクソタグ夢小説を知った気になっていないと信じたいです。


ただ、こうなってしまったというか自分発言がどこまで見えているのか想像できない状況を生んだのは時代のせいだと思っています

フォローしているひとの情報しか基本的に流れてこない状況だったらそれが世界のすべてだと思ってしまうのはしょうがない状況で、改善は難しいものと思います

しょうがない状況ではありますが、腹立つものは腹立ちます。逆CPからCP批判されてたらイライラしますよね、多分そんな気持ちなのかなって思います

以上、とりとめのない愚痴でした。

Google翻訳オープンソースプロジェクトに使うのはダメなのか?

免責: これは法律専門家によるアドバイスではありません。この情報にしたがって行動した結果に対して責任を負うことはできません。

最近プログラマの間で

Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェア(OSS)の翻訳に突っ込んではいけませんという話」

http://blog.goo.ne.jp/ikunya/e/37e5a52e10ab26fcbd4f7ff867e9eace

が、話題になってますね。

Ubuntu翻訳プロジェクトで発生したトラブルの話です。

この話では、「もちろん、利用規約的に問題なければWeb翻訳の結果をOSS翻訳に突っ込んでも*ライセンス的には*問題ありません。」という追記がされてます

ですが、プログラマの間で単にWeb翻訳OSSに使ってはいけないんだという認識が広まってるように見えます個人的には、この認識が広まってしまうのはいやだなと感じたのでこの文を書いています

どういう話かというと、自分個人で開発しているオープンソースソフトウェア(OSS)のドキュメントの日英訳をするにあたってGoogle翻訳を利用するか検討して権利まわりの情報をしらべた結果、これは白に近いグレーだろうという判断したので下訳に使ったという話です。(日英両方についてのドキュメント自体も、オープンソースライセンスで公開しています)



注意書き

念のため言っておきますが、これは元記事問題になっている人を擁護するようなものではありません。翻訳コミュニティの人たちが自分たちのものにグレーなものを入れたくないと思うのは当然でしょうし、権利問題以外にも翻訳クオリティやその他の問題行動の話もあります

コミュニティ思想にそぐわない人が、そのコミュニティの中で作業していくのは難しいでしょう。



Google翻訳利用規約について

もとの記事のとおり、Excite翻訳利用規約には私的利用を超えた利用についての禁止が明記されています。こういった明確に禁止されているものについての話はここではしません。

ここでは、Google翻訳に焦点を当てた話をします。Google翻訳利用規約はどうか?というと、Google利用規約については翻訳結果の利用についての記載がありません。

https://www.google.com/intl/ja/policies/terms/

記載がないということは、使用してよいのか?使用してはいけないのか?いったいどちらなのでしょうか?



GPLコンパイラの例

機械翻訳権利問題と似た構造の話に、GPLGNU一般公衆ライセンス)で許諾されたコンパイラによってコンパイルした結果の利用があります

GPLの本文には、GPLプログラムの出力結果自体GPLのものを含む場合にのみその出力結果にGPL適用されることについての記述がありますが、GPLのものを含まない出力結果についてどういう許諾がされているか記載はありません。

これについては、コンパイラによるコンパイル結果に対して、コンパイラ著作者はなんら権利を持たないと考えるのが一般的です。

GNU自体もそういう見解を持っています

https://www.gnu.org/licenses/gpl-faq.ja.html#GPLOutput

著作権法は人々があなたプログラムとかれらのデータを使って作った出力結果の利用に関して、あなたに何の発言権も与えていません。

コンパイラ機械翻訳ツールとの違いが、対象が人工の言語であるか、自然言語かので違いしかないと考えるならば、Google翻訳の結果をOSSに利用することも問題ないということになります



ウィキメディア財団見解

ウィキメディア財団法務チームは、Google翻訳した文書ウィキペディア内での利用についての見解を公開しています

https://meta.wikimedia.org/wiki/Wikilegal/Copyright_for_Google_Translations

これはアメリカ法律に基づく話ですが、CC-BY-SA 3.0やそれに類似するライセンスコンテンツGoogle翻訳翻訳してウィキペディア使用してもGoogle著作権侵害する可能性はとても低い(very unlikely)と結論づけています

要点をまとめると以下の通りです。

ウィキメディア財団見解には含まれていませんがアメリカ法律でいえば、さらにもう一つ「フェアユース」にあたるのではという話があります。これはGoogle自体がよく知っている話かもしれません。



Oracle vs GoogleJava API訴訟

これはAndroidAPIJavaAPIが流用されていることについて、OracleGoogle訴訟したものです。

これについて、Java APIについての著作権が認められたものの、Androidでの使用は「フェアユース」に該当するとGoogleは主張し、カリフォルニア州サンフランシスコ地裁では著作権使用料支払いの対象にはならないという判決が下っています

(この裁判自体はまだ続いているようです)

フェアユース」というのは、アメリカ著作権法上の概念で、以下の4要素を判断指針として考えて公正な利用と認められれば、著作権侵害とはしないと考えるものです。

Google翻訳結果のOSSでの利用をこれに当てはめると

ということになり、4つの要素どれをとっても、フェアユースであると認めることに対して有利に働きます。これは、AndroidJava APIの流用と比べても、さらにフェアな利用であるように見えます

さて、ここまではアメリカ法律での話でした。

(ちなみにGoogle利用規約には、「カリフォルニア州抵触法を除き、本規約または本サービスに起因するまたは関連するいかなる紛争に関しても、アメリカ合衆国カリフォルニア州法律適用されます。」と書かれています)



文化庁見解

今度は日本法律に基づく話です。

著作権情報センターサイトに、 コンピュータ創作物についての文化庁報告書記載されています

http://www.cric.or.jp/db/report/h5_11_2/h5_11_2_main.html

この報告書は、機械翻訳ユーザー機械翻訳システム使用するために行う原文の編集や出力の編集創作的寄与となりうることを認めている一方で、機械翻訳開発者翻訳物の著作者になるということについては否定的です。

なお、原文解析等のプログラム作成者及び汎用的な辞書データベース作成者は、一般的翻訳物の作成の精度、正確度等を高めることに寄与することとなるが、特定翻訳物の作成自体にかかわっているわけではないので、その著作者とはなり得ないと考えられる。

これは平成5年とかなり昔に書かれた報告書であり、それから機械翻訳技術は大幅に進歩しましたが、創造個性表現を目指して作られているもので無い機械翻訳であれば、やはり翻訳の結果の利用について問題がないようにみえます

これにしたがえば、単純に文章をそのまま機械翻訳に投げ入れた出力結果は、原文の著作者著作物機械翻訳に投げ入れる前や後に十分な編集をしていれば、加えてその編集した人間二次著作物になるということになりそうです。



白に近いグレー

これまで、どうしてGoogle翻訳の結果をOSSに使うことが白に近いと言っているか説明してきました。

では、どうしてグレーなのかというと、新しい種類の権利問題なので判例がないからです。実際に訴えられたら負けました、ということもまったくありえない話ではないでしょう。



グレーなものを作ることの良し悪し

だいたい、ここまでが話したいことの半分です。ここからはグレーなものの良し悪しの話をします。

著作権などの権利問題についてグレーなことをやっているOSSというのはそれほど珍しいわけではありません。

有名なところでいうと、Monoが思いつきますAndroidDalvikJavaAPIを真似したものであるのと同じように、MonoMicrosoft.NETフレームワークを真似しています。つまりMonoについても訴訟リスクはあっただろうということです。

しかし、OracleGoogle対立したのとは対照的な道をMonoはたどります

2016年Monoプロジェクト運営していたXamarin社は、そのMicrosoft自身によって買収されました。権利的にグレーだったMonoMicrosoft公認プロジェクトになったというわけです。

権利的にグレーだからといって、プロジェクトとして失敗に終わるわけではありません。



Ubuntu日本語化プロジェクトでの良し悪し

すこし元の記事に話をもどします。冒頭にも書いた通り、Ubuntu日本語化プロジェクトに対してWeb翻訳の結果を突っ込むという行為は、批判されるべきだと思っています

まずは質の問題です。現在Google翻訳などは、UI翻訳に向いていません。UIほとんどは、意味合い文脈依存する単語や短文です。UI翻訳は、実際にその機能を動かしながら、動作にあった訳語を割り当てていくべきです。

Google翻訳などを使って一括で、訳語を割り当てても良いUI翻訳はできません。

UIにとっての良い訳については、元記事のいくやさんがとても良い話を書いています: https://github.com/ikunya/howtotranslatelibo/blob/master/howtotranslatelibo.md#ふさわしい翻訳の考え方 )

次に、白に近かろうがリスクのあるものを入れることになるということです。Ubuntu日本語化ローカライズであれば、すでに多くのユーザー使用しているでしょうし、そういうものについてリスクのあるものを後から入れることになります

そういったことを独断で黙ってやるというのは、歓迎されたものではありません。少なくとも、コミュニティに対して事前に方針を聞いたりすべきだったでしょう。

まりクオリティが低い上にリスクのあることを黙ってやったわけで、もちろん批判されるべきでしょう。



自分場合

はいえ、OSSには個々の事情があります。次は自分場合の話をしてみます

まずは質の話です。

自分プロジェクト場合Google翻訳を使ったのはドキュメントです。日本語で書いたドキュメントをあたらしいGoogle翻訳に入れてみたところ、そこそこのクオリティ翻訳が出力されており、自分ゼロから翻訳するよりも、原文を翻訳やす修正したり結果に対して修正を加えていったほうが質と速さの両面でよいと判断したので、Google翻訳使用しました。

次にリスクの話です。

OSS企業権利問題訴訟されるということはめったにありません。OSS公益性の高いものなので、むやみに訴えれば社会からの反感を買いますし、ほとんどの場合は訴えても大した金になりません。

訴えられるとすれば、そのOSSが十分に儲かっている場合です。もしOSS大金が儲かったらGoogleから訴えられてしまう!どうしよう!と考えるのは、宝くじに当たったら強盗におそわれてしまう!どうしよう!と考えるのに似ています

まず宝くじは当たらないですし、宝くじが当たったらそのお金対策を行えば良いだけの話です。

実際Linuxでは、特許周りの対策としてOpen Invention Network(OIN)を設立していますLinuxなどソフトウェアに対して特許を主張しないことに同意した企業から特許を買収して、そういった企業に対してロイヤルティー・フリーで許諾を行っている会社です。

これによって、Linux関連のソフトウェアに対して訴訟をしてきた、いわゆる「パテント・トロール」に対して訴訟をやり返すなどの対抗手段を得ているわけです。

別の視点でのリスク

それにOSSにまた別の角度のリスクがあります

権利問題訴訟されたことによって失敗に終わったOSSというのはほとんどありません。多くのOSSは、作者が飽きたり、面倒な作業うんざりしたり、誰にも使われなかったり、競合に勝てなかったりしたことで、フェードアウトしていきます

そういったこともまた、OSSリスクなわけです。

結局のところ、自分場合Google翻訳をつかったところで、Googleにも、自分にも、ユーザーにも、世間にも不利益はなく、むしろドキュメントの質は上がって、Google翻訳改善するためのデータを得られます

わずかなリスクを避けるために、時間を割いた上、質を落とすというのはくだらないですし、そんなことに時間を使うくらいならコードを書いていたいものです。



Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェアで使うべきか、そうではないか

結局、Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェアで使うべきか、そうではないか?というのは個別の話でしかなく、ひとまとめにWeb翻訳の結果をオープンソースソフトウェア翻訳にいれてはいけないとか、使うべきとかそう簡単には言えません。

質が悪いしリスクがあるのであれば単純に禁止で済む話ですが、機械翻訳が向上して、質が良いがリスクのある例が増えると話はさらにややこしくなります

OSS翻訳者コミュニティ機械翻訳の利用についてそのプロジェクトで使って良いか方針を定めてやっていくしかなく、後からコミュニティに入っていくような人が機械翻訳を使いたい場合コミュニティ方針確認した上でやっていくしかないんだろうなあと思うところです。

就活戦線、接近間近

地獄の釜が開くまで、残り一週間弱と言ったところか。

地獄の釜とは就活の話。

駅の構内で、大手就活マスコミ広告をよく見かけるようになった今日この頃

現在、私は就活中の大学三年生です。

去年の11月から少しずつ就職活動を始めて、最終面接に辿りついた会社が2社。エントリーは7社くらい。それほど悪い途中経過ではないが、最終面接が終わるまで油断はできない。

自身の本性を覆い隠しながら(嘘を付いたことはない)面接に挑んでいるが、度重なるストレス尋常ではなく、早くも脳味噌から血が噴き出そうな時分だ。無論、エントリーしろ面接の場数にしろ経験が少ないことは自認している。

でも、辛いもんは辛いし、苦しいもんは苦しい。

主観ではあるが社会不適合者濃度75%ほどの私にとって、就職活動ガス室に閉じ込められているようなものだ。

強固な自我を有した学生人文科学系の学問を極めた果てに社会不適合者になった学生コミュ障を拗らせた学生、遊び足りないがゆえに社会に出る目的を見出だせない学生

ひとくくりにできない事情の数々が、人の数だけ存在する。その事情とやらを社会人練習として、見栄えよく加工し説明するのが就職活動だ。

そうは言うものの、それが難しくて苦労するのが就職活動でもある。文章にしてみると簡単そうに見えるが、現実非情だ。

そうした世の中の価値観とズレた感性を持ってる学生、この記事に目を通した人がいたら、是非教えてほしい。

支離滅裂とした独り言になってしまったけれど、これを読んでいる就活生は自分自身とどのように折り合いをつけて戦場に繰り出すつもりなのか。

将来の夢とは何か

あなたの将来の夢は何?」

私は今までにこの質問をされてもうまく答えることができなかった。


なぜかというと、私にとっての夢は特定の職に就くことではなく 自分の好きな時に水族館や、展覧会や、映画を見たり、何か素敵な体験をする事なのでそもそも社会と夢の捉え方がズレている。


特定の職に就職することが夢とされるのは何故だろう? 仮に先生になりたいとして、大学に行って勉強し、教員資格を取り、めでたく学校採用されたとする。これで先生と呼ばれる立場にはなったけど、それは法的にそうというだけで経験的にはまだ新米のはずだ。それを夢が叶ったと表現するのは私には違和感がある。



もしテーマパークに行くことが夢ならばその場所に足を運べば達成した事になるが、仕事継続するものなので採用が決まった時点で先生になった!夢が叶った!というのはおかしいと思う。どんな事でもそうだけど採用が決まった時点で完成している人などいないはずだ。


生きていく為にはお金必要だ。仕事お金を稼ぐ手段であり目的ではない。

お金がほしいか仕事をしていたはずなのに、いつの間にか仕事をする事が目的になり、会社の皆もやっているしと流されてサービス残業…なんてことになってないかな。


私は子供の時、学校の授業で夢を発表しなければならなかったのにどうしても浮かばなかったのででっち上げてその場を凌いだ。「将来の夢」という言葉は「将来の仕事」を指す言葉になっている。

仕事も私の夢もやりたい事には変わりないと思うけど、「将来の夢」の認識は変わってほしいと思う。


今後どのような道に進むかを考えることは重要だけど、別に仕事が夢じゃなくてもいいはず。もしかして夢見ることさえも許されてない?

セクハラされているぐらいのほうが楽だから良い。」

フェミニストはどうしてネット上の女尊男卑指摘などという、くっそどうでもいいものと戦おうとするのだろう?

戦うべき事柄現実社会の中にいくらでもあるだろうに。



例えば明大集団昏睡事件慶應インカレレイプ事件など、毎年のように習慣的に繰り返されている大学サークル内における強姦事件を予防する為の取り組みとか、

西原理恵子が期せずして暴露してしまったいまだはびこる芸能界での枕営業強要とか、

それらに象徴されるような女性尊厳をすさまじく損なうような事柄というのは、まだまだ溢れていると思うのだけど、

なんでまた表現規制だの男性憎悪だのといった果てしなくくだらないことに躍起になるのだろう?それって女性の権利擁護する為に必要な事?



もっともっと男を苦しめて本当の「女尊男卑」にした方が男もちょっと大人しくなる気がする。



と言っているから、いまフェミニズム的な言動が男を苦しめているという実感があるみたいだけど、例に挙げたような真の女性蔑視者たちは一切苦しんでないと思うよ。

苦しんでいるのは女性とあまり縁のない弱者男性だけだろうね、一体なんでフェミニズム弱者男性蔑視別称になってしまったのやら。



友人にとても美人女の子がいるのだけど、彼女セクハラについてこう言っていたよ。

セクハラされてるぐらいのほうが楽だから良い。」って。

どういう事かというと、別にセクハラされても何も気にならないという意味ではなくて、もちろんセクハラは嫌だし気持ち悪いが、

いざ本当に気に食わない場合は訴え出れば自分は"被害者"という有利な立場に立てるし、

平素はそれさえ我慢しておけば女の子としてチヤホヤされ、大抵のことは大目にみられるので楽である。って。



私は、なんて意識低いんだろうこの子は、と思ったけど、でもこの男女差別的な社会で生きていくには正しい処世術なのかもな、とも思ったね。

フェミニストってそういう世の中を変えたくてフェミニストやってるはずだったよね?でも実際はこの子とやってること変わってないんじゃない?

被害者という美味しい立場を手放さないことそれ自体フェミニズム目的になってしまってるように見えるな。



http://anond.hatelabo.jp/20170224151556

2017-02-24

プレミアムフライデーで思うこと

そんなに早く帰れるわけない!と騒いでる人が俺のタイムラインには沢山いるんですが、何をそんなにムキになってんのかなと思ってしまう。

早く帰れる人が帰ればいいと思うし、消費活動を促すのが目的ならこのキャンペーンやること自体はそんなに間違ってない気がするけど…

俺の頭が悪いのかな?

月末のクソ忙しい時に!みたいな意見も見かけたけど、それ今急に始まったこと?

忙しいの分かってたら調整すればいいんじゃないの?

それにプレミアムフライデーはまさに今日から始まったばかりでまだ社会への浸透率も悪いかイマイチかもしれないけど、時間が経って定着してきたら、社会全体的に「月末の金曜日から早めに終わらせよう」みたいな空気にもなってくんじゃないの?

前向きすぎるかな?

昔は土曜が休みじゃなかったけど、今は土日休みじゃん

多分だけど、土日両方休んだら仕事おわんねーよ!って当時のサラリーマンは言ってたと思うよ

俺はその頃子供だったから知らないけどさ

でも今はもう土日休みが当たり前じゃん

しろ週休2日ないとダメじゃん

あとはビジネス街飲食店が打撃受けるとか、サービス業にはプレミアムフライデーないとか見かけたけど、そんなの仕方なくない?

みんな同じタイミングで休めないのは昔からそうじゃん

誰かが働いてくれてるから電気もガスも使えるし水も飲めるし夜中にコンビニ行ってもあいてるじゃん

1ヶ月おつかれさま!

月末の金曜日、パーっといきましょうよ!

って施策がそんなに悪いとは思えないんだよなあ

なんでみんなそんな怒ってんの?

文句ばっかり言っても仕方なくない?

会社が15時で帰らせてくれないとか言ってるのもみたけど、それこそ社員みんなで協力してさ、そういうムード作ってけばみんな早く帰りやすくなるよねって思ったら変かな?

みんな早く帰れる人への妬みかな?

それとも言いたいだけ?

ま、俺は残業中だけど

人類を生みだした存在こそが人類にとって最大の敵だったのかもしれない

地球から来た古代シュメールの神であるアヌンナキが鉱山奴隷としてこき使うために類人猿遺伝子操作して造ったのが今の人類

目的鉱物を手に入れたアヌンナキはすでに地球から去っているはず

地球にいて人類から身を隠せるとは思えない

人類創造主であり奴隷主であり敵であった古代神アヌンナキに捨てられた哀れな存在

もう何も存在理由レゾンデートル)がない

これは実は人類にとって最大の爪痕だと思う

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