「立場」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 立場とは

2017-01-17

ジャニオタだった私がダンオタになった理由

私はダンオタである

一年前の今日、某テーマパークに行きパレードに出演している男性ダンサーを好きになった。

ダンオタというのはテーマパークダンサー好きな人たちのことで、だいたいどこのテーマパークにもいる。夢の国にも、関西映画の国にも、忍者村にだっている。

流行りの服装で一眼を持ってショーやパレードを待っている女の子がいたら、ほぼダンオタだと思って間違いないだろう。

では、何故どこのテーマパークにもダンサーオタクはいるのか。それは私がのめり込んでしまった起因でもある。

ダンサーは、パレードの主役じゃないからだ。

一般的テーマパークには多くのキャラクターがいて、ショーやパレードの主役はそのキャラクターたちだ。

ミッキーキティちゃんエルモアンパンマンなどなど、テーマパークで行われるショーの主役は彼らであり、彼らを中心に物語が描かれる。

キャラクターだけいればショーは成立するのでは、そう言われればそれまでで、最もその通りなのだが、テーマパークの広大な敷地のすべてにキャラクターを配置することはまず不可能だろう。そして、それが可能だとしても、絵面は寂しくなりそうだ。

そこで、テーマパークダンサーが現れる。主役のキャラクターを引き立て、ショーを盛り上げる。あくまでも、引き立て役であり脇役なのだ

なら、どうしてそんな脇役にオタクがつくのか。

私は元々ゴリゴリジャニオタだった。月に一回は何かしらのコンサート舞台に行き、自担くんの出演舞台は全通もした。チケットいくらかかったかはもう想像できない。大学生の時ですら、年間3桁の額を使っていた。

自分の服や化粧、食費は最低限で、バイトをいくつも掛け持ちしていたし、友達ゼミ飲み会には一切参加しなかった。今思うと、悲しすぎるキャンパスライフである

しかし、それでもよかった。365日のうち300日はどこかで踊っている自担くんが大好きで、彼を見に行けるなら他のことな必要なかった。

どうして自分自担に対し盲目的でいて、そこまで必死に頑張れていたのか理由は分かっていた。

私の自担は、Jrだったからだ。

ジャニーズJrというのは、デビューしている先輩もしくは後輩のバックで踊っているダンサーのことで。Mステなんかで嵐が歌っているとき、やけに背景がうるさいなと思ったことはないだろうか。そういうときバックで踊っているのがJrだ。

Jrでいる間は事務所をいつ辞めるのかは自由で、昨日までいたのに今日はいなくなっているということはザラな世界だ。しかも、いつ辞めるという知らせは一切ないどころか、辞めたかどうかすらはっきりと分からない。

そんな儚い存在ジャニーズJrが目指すものはみな一様にデビューだ。CDデビューをして初めてJr卒業する。それまでは、バックダンサーという立ち位置しかなれない。

そう、コンサートの主役を引き立てる脇役なのだ

長くJrをやってデビューすると、こう言われがちである、「Jrの方がよかった」。せっかくデビューして事務所を辞める心配がなくなって、なおかつCDを買ったりコンサートツアーをやったり、活動する場所はどんどん増えていくのにだ。そして、何より夢にまで見た主役になる。

しかし、広いステージの真ん中でマイクを握る姿より、ステージの片隅で踊っている姿の方が良かったと思えるのだ。

世の中、なんでもそうだと思う。漫画人気投票で主役よりも脇役の方が人気なことは多いし、コンテストで優勝した人よりも審査員特別賞の人の方が売れたりする。真ん中に立ち、スポットライトを浴びることだけが魅力ではないのだ。

ライトが一切当たらない暗がりを見ている人はいて、その暗がりにいる脇役を見つけたときは何とも言えない優越感がある。主役は誰にだって見える、というか見せるためにいる。主役が見えることは当たり前で、見えたときの感動はそう大きくない。

大勢の人が主役を見ている中で、私は脇役を見ている、私だけが脇役の演技を知っている。その感覚が常に私を頑張らせていた。

Jrは夢を持つ、目標を持つ。その誰にも見えない夢を私は応援たかったのだ。

Jr好きな人がみなこんな理由応援しているとは限らない。たまたま私の自担舞台仕事バックダンサーが多かっただけで、バックにつかずテレビに出て活躍しているJrの子もたくさんいるし、そういう子のファンは違う感覚を持ち合わせているはず。

ただ、少なからずこういう感覚もあるということだ。

そして、件のテーマパークダンサーだが、彼らもまるでジャニーズJrのようだなと私は感じた。

テーマパークという枠に囚われ仕事を与えられ、主役になることを夢見ながら脇役として仕事に徹し、いつの日か音もなく目の前から消えていく。

誰かに気づいてもらいたいと思いながら懸命に踊る姿は、見た人の胸にそれは刺さるだろう。

私の場合も、「笑顔かわいい人だなぁ」と思って見ていたら目が合って、手を振ってもらったのが始まりだ。「見つけた」「見つけてくれた」の瞬間である

そんなこんなで、テーマパークダンサーJr担の性癖に見事にジャストミートした。

皆が皆、同じような気持ちダンオタをやっているとは思わない。ダンスが素敵だったから、顔がかっこよかったから、理由は人それぞれだが、ショーの脇役を見て好きになった境遇は同じなはず。

まり脇役脇役いっていると怒られそうなのだが、ダンサーもショーの重要な一部だということは分かっているので悪しからず。

そんな私も盲目的にテーマパークのしきたりを守りながら追い続け、今現在は顔と名前を覚えられているところまでいった。パレード最中に目が合うと「あっ」という顔をされ、今も「見つけた」「見つけてくれた」の関係は続いている。しかし完全にその立場は逆転し、今は私が見つけてもらう側になっている。なんでもそうだが、オタクが優位でいられるのは一番最初、好きになった瞬間だけであるから、これはもう致し方ない宿命だ。

これは私事だが、ダンオタというのはジャニオタに比べれば懐に優しい趣味だが、ダンサーというJrよりも一般人に近い存在オタクをしている性質上、メンタルが抉られる事案が多いなと感じる。距離が近いため、手紙に書いた内容が次の日のパレードに全てダイレクトに反映されるのだ。そのレスポンスの速さたるや、自動返信サービスかと思う。

ファンサされたり、干されたり、機嫌の良い悪いですぐ態度をころっころ変える一般人に振り回される毎日だが、それでも楽しくてやめられずに1年経った。

ちなみに私の自担くんは今もJrだ。デビューはもうできないだろうと言われている。

脇役だろうとなんだろうと、私は好きな子はいだって主役だった。

スポットライトを浴びることを夢見て踊る姿は、誰よりも輝いていたし、この子を好きでいることは自慢だ。

Jrテーマパークダンサーも、儚い存在だけど何よりも強い存在感を放つ。それが人を惹き付ける魅力なんだと思う。

自担くんは今日劇場で踊っている。テーマパークダンサー今日パレードに出演している。

きっと、今日も誰かの主役になりながら。

今まで人生において自分はどちらかというと被害者立場になることが多かったと思っていたんだけど、ふとふいに高校の頃に友達にひどいことを言ってしまったこを思い出した。思い出した瞬間、ものすごく申し訳なく思ったし謝りたいと思ったけれど、恐ろしいことにそのことを思い出したのは本当に「ふと」で、それまでは忘れていたわけではないもの記憶の海に沈んでいたんだよね。加害者はすぐ罪をわすれるけれど、被害者はずっと覚えているのは本当だ、と改めて「加害者」側として強く思った。今までは「被害者」の立場で、ずっと覚えている側だったのだ。

その友達とはもう連絡がとれない。謝る機会もないだろうし、謝るという行為について、「自分が許されたいがためにそうしたいのだ」ときっとどこかで思っている。純粋謝罪ではないのではないか、ということにひっかかりを覚える。それに謝ってどうこうなる問題でもないし、もし逆の立場であっても「今更そんなことを言われても」としか思わないだろう。

今できることは、二度と同じようなことを起こさないようにすること、その友達幸せを願うことくらいしかないな。

2017-01-16

若い頃は俺も悪さしたもんだ」

みたいなエピソードはてなーは大嫌いな筈なのに。

尾崎豊の歌をすら叩くのに。

ゲーム履歴書親の金くすねたエピソードは叩かないのな。

掃除のおばちゃんにプレイさせて『バーチャファイター』開発。時代を先取りした鈴木裕ゲーム開発哲学鈴木裕氏×『鉄拳原田勝弘氏】 : http://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/virtua_fighter

原田 勝弘 「ゲームにハマりすぎて、親に泣かれましたけどね! 財布から100円を拝借して怒られ、古銭コレクションを売って『アウトラン』につぎ込む毎日。いやあもう、家族の仲を引き裂かれましたから!

批判コメなし。

親の立場からすれば洒落にならない。

親のクレカ盗んでソシャゲに突っ込むガキと何が違うのか。

結局、はてなー正義なんかなく、嫌いな相手理屈つけて叩きたいだけ。

http://anond.hatelabo.jp/20170115194932

 いわゆるキュレーションサイト問題ってのは、叩きのための野合になっているから、何を問題視するのかはそれぞれ違うし、各人の主義主張によって変わるのだろう。

元のWELQ問題は、あくまで「監修をつけずに医療情報を又聞きで掲載する」「免許を受けていない業者医療情報集客を行う(儲ける)」ってことが問題だった。なので他のまとめサイト普通に便利だから読んでいて残したいと思う人や、従来の著作権に不満を持つ人でも、WELQ問題視した。

 そこに著作権問題で乗っかったのは、コンテンツ発信する側のブロガーたち。自らブログ写真で稼いでるから転載まとめサイトを潰したかった。ブロガーとして発信力を伴ってるからWELQ問題を「まとめサイト著作権違反問題」にシフトチェンジして、他のキュレーションサイト全般コンテンツ転載問題にすることができた。その中でも、「企業転載集客を行う(儲ける)ことが問題個人転載容認」派から個人転載も全て断罪」派まで、その中間も含めて様々に立場は分かれる。

 少し毛色が違うのが、2ch系まとめサイト叩きを担う嫌儲層。WELQNAVERも潰したいし、2chまとめも潰したいのでどちらも叩くが、自分たちは何でも転載したいという考えだから逆に叩かれる立場でもある。そもそも2ちゃんねらーがここ10年の間、ネットで「他人コンテンツをゆるく使う」という意識の低い著作権文化を普及させる役割を担ってきていたのだ。

 はてなには、そのどちらもいるから差が出るのは当たり前

朝ドラ化する大河ドラマ

という、ずいぶん前から言われている批判がある。

まあ、2~3年に1回女主人公というのは明らかに多すぎるし、だいたい資料ほとんどないとこから始まるから

創作の要素が濃くなるというのも非難を受けやすいのだろう。

それから、ただ歴史が題材なだけの、ホームドラマみたいなのも増えた。



はいえ、そうするしかないというのも理解はできる。

女性ねじ込むしかなかったのだろうし、歴史そのままに描いてもどっかから叩かれそうだし、

それ以前に、日本史ドラマ映えしそうな主要人物は、おそらくだいたいやり尽くしてしまったのだろう。

また、これは朝ドラにも共通しているが、町おこしネタとして使う必要があるため、

題材がメジャーかどうかよりも、逆にローカル性が求められているという事情もあるのだろう。



そもそも、今更硬派なものをやったとして、果たしてうまくいくだろうか。

とりあえず、それを狙った平清盛は大コケした。

コーンスターチのせいで画面が汚いとか王家とか、あのドラマ自体問題もあったが、

武士の世の中とかいう大きなテーマを扱った時点で、流行る要素がなかったのではないかとも思う。

そんなものに今更誰が共感するだろうか。

テレビはもはやジジババのためのメディアであり、日本はもはやこれから一流国から転がり落ちる立場である

まり大河がしょぼくなったのは、すなわち日本がしょぼくなったことの反映ではないかと思うのだ。



立身出世だの天下取りだのやっても、たぶんもう流行らない。

それよりは、どうにもならない流れにどう抗っていくかとか、巨大勢力を前にしてどう生き残るかとか、

そっちの方が現代日本人にとって、はるかリアリティのあるテーマなのだろう。

anond:20170115194932

大はしゃぎだったid:akghuaiooajtの「痛ニューとかブコメしてたら面白いな」と思って検索してみたらあっさりヒットしたので、念のためにブコメではしゃいでる他の人の過去ブコメもチェックしてみたよ。

kj03

http://b.hatena.ne.jp/entry/313482232/comment/kj03

bigchu

http://b.hatena.ne.jp/entry/315249988/comment/bigchu

iloki

http://b.hatena.ne.jp/iloki/20151209#bookmark-273132208

ninosan ※ただしまとめはほぼ2階に付けているのでミスかと思われる

http://b.hatena.ne.jp/entry/288043044/comment/ninosan

user8107 ※最近はナシ

http://b.hatena.ne.jp/entry/293078913/comment/user8107

seamlesssingles

http://b.hatena.ne.jp/entry/303603731/comment/seamlesssingles

sdtrd セフセフ

roll8

http://b.hatena.ne.jp/entry/309476725/comment/roll8

lions 存分に叩いてよし

akghuaiooajt

http://b.hatena.ne.jp/entry/310465402/comment/akghuaiooajt

yukinkotan ブコメ少なすぎでなんとも

m_shinzaki

http://b.hatena.ne.jp/entry/306504561/comment/m_shinzaki

naox21 過去には幾つかあるがセフセフ

ちなみに自分ブコメはたくさんあったので叩ける立場じゃないです。

しかし胸を張って石を投げるのは難しいですね。

おたがい気をつけて行きましょう。

Nintendo Switchは何者にもなれない

ニンテンドースイッチには居場所がない。

このハードが目指している場所は外でも内でも使えるハードだと思われるが、結果としてそのどちらにも居場所がない。



まず、外で遊びハードとなるには大きさと機能中途半端だ。

外で青武ゲーム機としてのニンテンドースイッチには3つのライバルがいる。

スマホタブレット携帯ゲーム機だ。

外で時間を潰すだけが目的ゲームならばスマホで十分である

ガッツリ遊ぶゲームにしても既に存在する携帯ゲーム機の方が持ち運び易さにおいて勝る。

同じ大きさのタブレット端末であればゲーム以外の様々な事がスムーズに行える。

これらとの競争を勝ち抜かなければ生き延びる道がないわけだが……流石に相手が悪い。

技術がほどよく枯れて安価で軽量になる事によって実現されたこのコンセプトだが、同じ技術ライバルはより強くより効率よく運用している。

付け入る隙がない。

しいていえば携帯ゲーム機比較的与し易い競争相手なのだが、ここで自社のDSシリーズが目の上のたんこぶとなる。

もしも両方を生き残らせようと中途半端な手を打とうものならスマホタブレットゲームの成長速度に簡単に追い抜かれまさに何者でもなくなってしまうだろう。



次にリビングで家庭用ゲーム機として戦うには性能が足りない。

いまどきスカイリムが出来るから凄いなんて言ってる時点でそのズレが分かる。

発売から4年経っているゲームを最新鋭扱いするのは流石に無理がある。

4年程度の遅れならと思うかも知れないが、それは目の前しか見えていない意見だ。

ゲームハード寿命はだいたい5年。

そうなると今4年ほど遅れてるハードは最終的に約10年遅れた性能になる。

その時が来た時、今ですらVRやオープンワールドといったハイスペック要求されるジャンルがあり、今後は次なる高要求スペックゲームジャンルが作られる中で10年遅れのハードに何が出来るのだろうか。

それこそ数年後にはタブレット端末やスマホにすら性能が抜かれてしまい家庭用ゲーム機としての立場は完全に失われる可能性すらある。

中途半端携帯機と家庭用ゲーム機の両立を狙った末路がこれだ。

ニンテンドースイッチは何者にもなれないハードだ。

昔話のコウモリのようにあっちへフラフラこっちへフラフラと踊っているうちに自分のいる場所がどこにもなくなった哀れなハードだ。



ゼルダが出来る。

マリオが出来る。

確かにそれらは素晴らしい事だろう。

ハードだけ素晴らしくてソフトが駄目ならどうしようもないのだからソフトが素晴らしいのはいい事だ。

だが、その言葉は逆にその素晴らしいソフトもどうしようもないハードという制約によって頭を押さえつけられてしまう事を意味する。

ソフトハード二人三脚

弱い方の力が結果を決める。

強い側によるリードもある程度は可能だが、それはある程度だ。

しろ私は声を大にしていいたい。

素晴らしいソフトが作られると決まっていたハードになぜこんな中途半端なことをした!と。

ソフトが素晴らしいのならなおの事この腑抜けたコンセプトが恨めしい。

完全な迷走だ。

俺が求めているのはニンテンドー64のようなゲーム業界リードする存在だ。

こんなちょっと値段の張る十徳ナイフを思わせる器用貧乏な保身ハードじゃない。

遊びへの挑戦だ。

Nintendo Switch貴様任天堂がほこるハードなら何者かになってみせろ。

俺の予想を覆してみせろ。

マウンティング

自分のまわりの話なんだけど、人の上に立ちたがる人(マウント)が思いの外多い。

自分はその立場にも現場にもいないのに、やたら上から物言うのは何が目的なの?

自尊心を満たしたいのかな。噛みつきたいのかな。

物理的にも立場的に責任取れない人が、責任論を振りかざしても意味ないでしょう。

ポジションの無い人が偉そうに言っても評価できないです。

ああ。また、あの人と顔合わせるのか。憂鬱

2017-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20170115211005

お前は手法問題視しているせいか全く本質が読み取れてないよ。訪問してきた人の立場とか労力とか常識的に考えれば分かる範囲なんだが。

「「居留守の失敗で、親は何の責任を取るのか?」(中略)取るべき責任存在し、それは○○である、が無いのですから。」

は?さっさと応対してテレビありませんって言えばいいだけだろ。マジでそんなこともわからないの?

「応対する義務はない」といえばそりゃそのとおりだけど、その場合訪問してきた人の立場とか労力とか全部無視してるよね?そんなDQN対応でいいんだ?娘が引き起こし事態に対して。



読解力と想像力をもう少し身につけて欲しいよ。第三者おせっかいってほんと的はずれなこと多いから。

http://anond.hatelabo.jp/20170115065511

いじめっ子自分立場が悪くなったり、逆襲を受けるとすぐ教師や親にウソの報告をする。クレーマー気質と同じである

反対に、いじめられっ子はいじめを受けているという自分のみじめな状況を教師や親に報告したがらない。または何もされていないとウソを言う

大人は黙っている者より報告してくる側を信用するからいじめる側は常に有利である

いじめられっ子の内向性が一層彼らを不利な立場へ追いやる。だから基本的いじめられっ子自助努力を求めるのは見当違いであ

2017-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20170114232806

なるほどです。

まぁそうですよね。童貞であれ、風俗に行ったことがあるのであれ、きっかけがなければ言う機会もないだろうし、積極的に言うようなことでもない。

それに逆の立場に立って考えれば、自分女性過去は知りたくないだろうし、どちらにしても黙ってるのが大人の態度なんだと思います

http://anond.hatelabo.jp/20170114203629

不思議なんだけど、子供を産まない人は昔なら年を取ったら首をくくるような立場なのが、今は社会、つまり他の人が生んだ子供に助けてもらい施しを受けて生き延びる事ができる、年金医療日本破綻に追い込みかねない程に社会負担をかける存在だと解っているんだろうか

何で子供を産んだだけの他人を偉そうに批判しまくってるのか、自分子供を産んだ人より素晴らしい判断をしているように誇れるのか本当に解らない

将来子供世代が重税や薄い社会保障などで不幸になる原因のくせに

http://anond.hatelabo.jp/20170114184813

店員にきれる男も、パートナーにキレる女も共通点は、相手が弱い立場であるということなんですね。

そして、犯罪被害者人口の1%にも満たないのに、女にキレられたことのある男は人口の半数近くが経験しているわけで、

圧倒的に数が違うんですよ。

2017-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20170113172817

分別があること

分別と言うのは自分立場や執着から離れて物が見られること




これは他人事って意味とも違う

だってネットでは他人事で怒り狂う人も一杯いるでしょ

あれは自分感情を当てはめて見てるし、その感情に身を任せてる




逆になんでもすぐ怒ったり

その怒りを持ち続けて頭おかしくなったり

なんかえらいもの欲しがって

それ手に入れるために変なことしたり、手に入らないから落ち込んで暗くなったり

っていうのがよくない人格




自分立場感情に身を任せてると

どんどん頭悪くなるし人格も悪くなる

でしょ?




自分が怒ってることにすぐ気付いてそれをその場で客観的に見て消す

というのが人格の向上

「俺が怒るのは当たり前なんだだってあいつがだってこれが」

って怒りでグルグルするのが人格の下降

韓国民団少女像コメントってどっちの国から見てもいまいちじゃね?

韓国民団少女像撤去求める 「在日同胞共通の考え」:朝日新聞デジタル変更する

http://www.asahi.com/articles/ASK1D5JXGK1DUTFK00V.html



 呉氏は新年会後、記者団に対し、

韓国政治にはできるだけ関与しないというのが民団立場。ただ、この問題で一番の被害者在日同胞だ」と強調し、

韓国政府撤去を求めるなどの活動に取り組むとした。

駐韓大使らの一時帰国通貨スワップ再締結協議の中断といった日本政府対抗措置については

「大変厳しいが、早く問題解決してほしいという日本側の思いも理解できる」と述べた。

武田肇




いや実際難しい立場になってるとは思うけど

そこで「一番の被害者在日同胞だ」とかいう?

ていうかそこで「被害者」って言葉選ぶ?




これじゃ韓国人立場で聞けば

自分達の為の身の可愛さのために母国が道を曲げろと言ってるのか」

「お前らなんか知るか裏切り者

ってなるじゃん。




日本人立場から

「また最被害者争いを始めるのかい

「その論法母国慰安婦で騒いでる人達と全く同じ論法では…」

ってなるし。




そこはやっぱり自分達の身や自分達の都合の話をするんじゃなくて

「我々が身を捨ててでも両国仲裁・橋渡しをしたい」

みたいな言い方するもんじゃない?




あくま公式な話する時のレトリックの話ね。

実際わたしら板挟みで困るわー

っていう感覚や都合まで捨てろって言ってるんじゃないですよ。




日本人からすると引っ掛かるものいいなんだけど

同じ民族韓国人には響く言い方なのかしらん、

と思ったら韓国人にキレられまくってるし。

http://oboega-01.blog.jp/archives/1063723302.html



うーん…

http://anond.hatelabo.jp/20170113151338

悪いけど横からちょっと口突っ込ませてもらう。

あんたと相手のやり取りだけツリーで読んだ。(元増田は重そうだから読んでない)



俺には、結局、増田は苦しんでいる被害者に対して形だけ同情する風をしながらその実何の当事者意識ももってなくて、そこからそういう台詞が出てきてるだけなんじゃないかと思えるんだがどうだね。

増田俺氏あんた)もそこは別に変わらなくないか

どっちも別に被害者の為に何もする気はないし、現にしてないわけじゃん。

そこはあんたも相手も全く同じ立場なのになんで相手非難できるの。

http://anond.hatelabo.jp/20170113142357

LGBTタトゥー温泉に入らせろも「察しろ運動なんだよな

いや察したところで嫌だと思う人間がいる事実には変わらんのであって

単に殴る方と殴られる方の立場を入れ替えただけ

煙草も昔は吸わないとカッコ悪いみたいに言われててどこいっても煙草吸ってたのに

今じゃ殴る方と殴られる方が逆転

どこに正義があるのか、この手の運動は本当に下品だと思う

ホモが嫌いなやつでもホモ自己主張を聞かされ続けるということには

ホモが嫌いなやつには人権は無いという主張で黙らせて来る

これはなんにでも当てはまる

強いやつが弱いやつを殴ってるだけ

世の中は全部これだ

http://anond.hatelabo.jp/20170113102146

違う違う。

人権無視してでも、日本は女に子供を産ませるべきだろう、と言っているの。

国がどうすべきかという議論に、俺の個人的立場関係ない。

そのたとえなら、俺がニートならふんじばってでも国は俺を働かせるか殺すべきだし、

高額納税者なら優遇すべきだ。

日本がやるべきこと」という議論には俺の意志立場関係ない。

それが俺にとって都合が良かろうが悪かろうがね。

今更ながら、この世界の片隅に、がめちゃめちゃよかった件

CMを見て能年玲奈の演技がお世辞にも上手いとは思えないし、本人の顔が思い浮かんでしまってちょっとなぁと思ってた。でもキネマ旬報ってやつで1位になってるし、まぁ面白くなかったら寝てもいいかってぐらいで1人で見に行った。めちゃめちゃよかった。

自分と同じように思ってる人は騙されたと思って見に行って欲しい。

以下ネタバレ含む。

素晴らしい所は山程あるし、色んな所で語られてるから、今更自分があれこれ言ってもとは思うけど、語りたいという欲求には逆らえない。振り返ってみると、この作品の設定のユニークさに改めて感心したので、その事を書いていく。

1.日常の中に、非日常を描く

一般に、映画小説、ひいては音楽というのは非日常を描くものだと思っていた。例えば、君の名は。は体が入れ替わる。この作品も、戦争と言う非日常を描いている事に変わりはないが、日常と非日常バランスが異なるように思う。初めこそ童話的なエピソードから始まるが、すずが北条家にお嫁にいってからは、炊事などの日常が主に描かれる。そこから戦争という非日常が始まる。場合によっては、日常を描く事は、非日常を際立たせる演出上のテクニックのようにも感じられてしまうこともある。しかし、この作品では、日常を描く事自体が1つのテーマとなっていると思う。つまり日常を際立たせるために非日常を描いている、とも言えるのだ。それほど力強く生き生きと日常が描かれている。

能年玲奈クローズアップ現代+のインタビューで「ご飯を作るのって楽しいんだとか、洗濯をすることがとても誇らしいと思えるようになった。」と言っていたことがこの事を上手く表していると思う。

2.どこにでもいるような人の視点から歴史的出来事を描く

映画小説では非日常が語られる故に、主人公は、人並み以上の能力持っていたり、特別立場であることが多い。例えば、風立ちぬでは、零戦設計者だった。一方で、この作品では、絵が上手くて、すこしとぼけている、どこにでもいると思わせるような女性である第二次世界大戦という歴史的出来事を、どこにでもある視点から、描くという点が非常に新鮮だった。戦争は、主人公が全くあずかり知らぬ所で起こり、理不尽にやってきて、そして唐突に去っていく。状況も殆ど理解できないし、ただただその状況に身を任せ、やれるだけの努力をするのみである。そのどこにでもある視点は、すなわち自分が、もしその時代に生きたらという視点であった。

3.物語への没入感

物語演出の素晴らしさに加えて、上記の2点の設定上の妙により、物語へ没入してしまった。物語への没入感は、本当に面白いと思える作品の条件だと思うが、日常をどこにでもある視点で描く、ということはこの条件を成立しやすくしている。戦争といった非日常的なものは、非日常的に語られる事が多い故に、他人事だと思ってしまいがちである。例えば、歴史の授業で心を傷める人は稀だ。この作品では、日常をどこにでもある視点で描き物語へ没入した状態で、非日常が起こる。その当事者意識や衝撃度は凄まじい。

日常をどこにでもある視点で描き、そこに起こる非日常追体験させる。こういう手法って今まであったのかな?自分では思いつかなかったので、映画でも小説でもあれば見てみたいので、教えて頂けると嬉しい。シンゴジラが、現実の中に虚構(ゴジラ)を描いたっていう点は非常に面白かったし、ちょっと似ていると思う。でもそれは虚構を際立たせるための現実であったし、視点特別ものである

最後に、映画を見終わってからテレビで、能年玲奈セリフを聞いたけど、やっぱり違和感があった笑

でも映画を見てる時は、全く気にならなかったし、寧ろハマっていたのは間違いない。それ程物語に没入していたということであると思う。

2017-01-12

[]

今回はガンガンオンライン


魔法陣グルグル2 第51章

アニメ化かあ。

あの頃特有体験はあの頃のものとしてそのままにしてきたから、私にとって待望の、ってわけではないけれども。

ただ、時期的には『グルグル』を当時体験していない新たな世代が、この新たなグルグルに触れる機会ができたということ。

それって俯瞰してみるとコンテンツというものが長く続いていることを加味しつつ、私のような立場人間はまた特別体験ができるとも解釈できる。

これはリメイクでもあり、リブートという意義も持つということなので、まあ面倒くさいだけの古参にはならないよう、このコンテンツがどうなるか見守っていきたいところだ。

余談はここまでにして、今回の話。

相変わらずキタキタが要所要所で意味不明活躍をしつつ、さすまたが大活躍

穴掘りにまで活用するとか、さすまたを無理やりにでも活躍させるという強い意志を感じる。

そして何やかんやでボスは倒したんだが、オヤジ邪魔消滅の瞬間が見えない。

これに対しての反応が「やったか!?」っていう失敗フラグセリフなのが個人的にツボだった。

ああ、そういう「やったか!?」の使い方もあるんだなあ、と。

ダンジョンボスの謎が明かされたのだが、中々に興味深いね

初めはちょっとした小休憩的なエピソードかと思いきや、今回のラスボスであろう魔王ルーツが秘められていたっていう展開。

現在魔王のものが語るのではなく、過去痕跡や思い出から人格を読み取るって構成が好きなんだよね。



月刊少女野崎くん 連載5周年記念アンケート企画番外編

千代の弟主体エピソード

前提となる解釈が間違ったまま話を続けるせいで、どんどんおかしなことになる、っていうズレたやり取りを楽しむのが本作の基本的スタイルだが、今回は事情を全く知らない登場人物主体になることで、改めて関係性や設定の妙も含めて楽しむ、っていう構成ね。

まあ、明らかに不自然なのに、途中で解釈方向性を変えないまま話を進めるあたり、この弟も大概ではある。

そこまで目新しい展開はないけれども、所々セリフの尖り方は見所あるね。

特に弟の「お姉ちゃん気持ち悪いって事しか伝わって来ない」とか、「すごく目に優しい!!!」とか、「サインくそダサいけど」とかキレがある。

オバマトランプだったら、おれはトランプを選ぶだろうって話

俺がアメリカ人だったらね

なんでオバマなんだよ、対立候補ヒラリーだろ?って言われそうだけど

大統領の話なので、候補まりヒラリーは考えたって無駄かなと思ってオバマ比較しようと思うんだ



君らがトランプをたたくとき無意識自分自国)への不利益念頭に考えると思うんだけど

でもさ、アメリカ人だったらと考えてみなよ

わりと悪くないと思うぞ

恫喝政策だのツイッター芸人だの言われてるけど

一言いうだけで自動車業界を動かせた

一方でオバマだよ

しか写真写りはいいみたいだけど、大統領仕事ってなんだろうって考えちゃうよね

演説うまいとか、アイドルほめてんじゃないんだからさ、そういうほめどころしかないのかねって思う

これって鳩山元首相とおなじだよね

人柄はいいんだけど、リーダーとして無能ってやつ



とにかくアメリカリベラルのそれって精神勝利なんだよね

スマートでかっこいい、人柄が素敵、演説うまい

あるいみ外国人にとってちょろい相手だったんじゃないか

から俺はオバマが好きだったのかもしれない

そして、すごい厄介なトランプ候補

日本を名指しで批判するそれはかなり厄介だけど

はてなトランプ批判って巧妙に、自分たち日本の都合をのっけて、便利なレイシストトランプという肩書を利用してる人いるよなって

ビジネスがうまくいかなくなる、金儲けできない

っていうとあれだから差別発言を利用してトランプ政権批判するのが多いと思うんだよね



からよけいに、あれ?アメリカ人立場からしたらトランプってわるくないよね

って思うんだよね

そんでトランプ批判の的になって、つぎにリベラル大統領にすれば、元通り良いアメリカ演じられてラッキーなわけだし

いや~トランプ大統領時代はよくなかったよってトランプのせいにすれば俺は悪くないができるわけだし(ドイツヒトラーのせいにする戦略みたいにね)

知識なんか要らない

自分は大抵の知識不要だと思っている。

上手く大学入試に通り過ぎて、難易度の高い大学に入ることが大切なのだ

そして、他者よりも良い立場について優越感を得るのがいいのだ。

別に知識が何か役に立つというよりも大学に入ることだろう。

慶応大学にご進学された、高校の時の同級生の顔が可愛い女の子幸せなのだろう。

知識というのは大抵の場合、多くの人間にとって不要だし、彼女たちにだって不要だ。

ペニスでもしゃぶったり、キレイに立ち回ったりして上手くこなすのだ。

一番大切なのは容姿よく生まれことなのだろう。

自分は頭が悪くて、大した三流大学の四流学部しか入学できなかったが自分は益々知識など要らないと感じることが多い。

結局は、ウェイウェイして楽しく過ごせることが大切なのだ

それはお顔がよく生まれることが必須だ。

別に高江でヘリポート建設されようが、人々の自由が狭められそうな状態でも彼らは楽しそうだ。

別に同級生の女や彼らは上手く立ち回れるから良いのだろう。

自分だってそうなりたい。

自分容姿が心底醜いから、世間からサンドバッグにされたり濡衣を着せられるリスクが高い。

そして、孤独だし惨めである

知識もどきをつけて、なんとかしようとしている。

それはとても虚しいし、容姿がよくなりたいと欲するのだ。

持病の治療薬で酷いニキビ跡やらがついて、美容整形外科では服用している免疫抑制剤で断られた。

自分は虚しくニュースでも見て、見てくれの良い人間を見て泣く。

http://anond.hatelabo.jp/20170112134931

歴史的に考えれば太上天皇上皇)となるけど

今の日本における天皇立場を考えるとふさわしくじゃないか?ってことで

ちょうど今呼び方を考えてるところ

http://anond.hatelabo.jp/20170112083357

日本国内に関してはその通りだと思う。

ダブルスタンダードと言えば、表現の自由を守る立場だったら

韓国国内少女像撤去を求める日本政府姿勢に対しても

NOを突きつけなければならないのに、黙認するどころかネトウヨをはじめ加担する言論が目立つのにはうんざりする。

僕のお母さん

僕のお母さんは頭が悪い

 

僕の家はお父さんのおかげで割と裕福で、そんなお父さんもお母さんを見た目で選んだのか、お母さんも美人だ。

お母さんは僕に小さい頃から英才教育を施してくれた。

そのおかげでいろんな知識を得るようになった。

お母さんはそれを自分の手柄のように誇った。

小さいながらもこれは愛情でもあるが、自分の達成感と虚栄心を満たすためにやっているのだろうなと感じた。

それがストレスになるので、お母さんと人間メタ的な視点での会話をしようとしたけど、お母さんは形而上の話は理解できないようだった。

 

ある日、お母さんの友達が家に遊びに来た時に、僕がkに合格したことに対して頭がいいねと褒めてもらった。

僕は「ありがとうございます。」と答え、次いで「でもお母さんは頭が悪いですが。」と敢えて発言した。

場に気まずい空気が流れたけど、こうでもしないと僕の声はお母さんには届かないと思ったのだ。

 

その日以降、なぜかお母さんも一緒に勉強するようになった。

高校も碌に行かなかったようだけど、お母さんはMARCH模試でA判定はとれるようになっていた。

もちろん、僕にとっては大したことの無い結果だったけど、スタートラインを考えるとすごい努力だと思う。

当然お母さんは学力をつけた自分を誇った。

でも、相変わらず自分他人感性を分けて考えたり、フランシス・ベーコンの言う、所謂イドラという概念に準ずるもの理解できないのだ。

国語という言語パズルの読解はできても、自分自身分析し読み解く力は身につかないようだ。 

 

「お母さんは勉強ができるようになったけど、それでも頭が悪いと思う。」

この言葉に対して、どうすればいいのかと問われたけど、僕はどうしようもないと思った。

その頃は大学発達障害というものを知り、自分で色々調べたが、同じ仕組みで動いていても、

人間にもまたたくさんの種類の人間がいるのだと納得した。

結局、彼女はその機能が備わっていないのだと思う。

自分から生じる欲に対して、逐次対処していくのみなのだ

 

大人になってわかったが、周りは彼女のような人で溢れていた。

学力テストという、記憶力と反復練習をする根気のみを試すゲームではトップクラスでも、自分の半径3mくらいのことにしか興味を抱かない。

塾の講師に胡散臭さを感じていたが、その胡散臭さはやはり正しかったのだと今になって思う。

頭のいい人に時々出会うと嬉しくなるが、なぜか彼らは不遇な立場であることが多く、もったいないなという思いを抱いた。

いや、頭がいいからこそ不遇な立場を選ぶのかもしれない。

いいやつほど早く死ぬというが、若くして死んでしま患者さんには頭のいい人の割合が多いようにも感じる。

 

お母さんのような、頭の悪い人が資本という力を得やす環境の中では、頭のいい人というのは生きづらいのかもしれない。

人間とはなんたるかを考えるとお母さんは果たして人間なのだろうか。

僕にとっては、生物学的な定義をして人間人間判断するのは傲慢に思えてしまう。

 

 

途中書き。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん