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はてなキーワード: 立場とは

2016-09-28

君の名は。性的描写男性恋愛物を作る難しさ

君の名は。」で口噛み酒のシーンが気持ち悪いと言う話になっている。

http://togetter.com/li/1029154


口噛み酒自体は新海監督のある種のフェティシズムの発露であるというのはインタビューでも言っていたのでまぁ気持ち悪く感じる人がいるのもわからなくはない。

本来性癖は人によって千差万別でかなり慎重に扱うべきものからだ。

一方でエロは万人にほぼほぼ普遍的存在するものなのである程度の公約数的な部分を確保してしまえば多くの人間にフックするという強みもある。


新海誠監督は今まで過去作においてエロティックな場面をほとんど描いてこなかった。

その理由は私にはわからないがある種の特徴の一つでもあったと思う。

そういった点がこじらせた「童貞」臭さと言われる一端でもあった。


※ちなみに新海監督は童貞臭いと言われることを一定程度評価している旨をラジオ番組発言している。

おそらく童貞臭いという評価に内在する純粋さ・ピュアさが新海監督がターゲットにしている思春期の男女にまさにクリティカルにHITする部分だと思っているからだろう。


今回はそこから一歩踏み出し、フェティシズム一定程度健全エロさを作中に含ませようと考えたのは恐らく言の葉の庭の足フェチ描写が観客に評価されたかであると思う。

「意外と若い男女ってエロティック描写に寛容じゃん?」

ということに気づいたのだと思われる。

東宝に出した最初企画書の時点で三葉の胸を揉む描写が既にあったことが見て取れる。

ベタベタ描写、みたいなことが注釈で書いてある。


一方で性欲を丸出しにしてしまうと下品すぎて観客が引いてしまうことは恐らく既に把握していて、言の葉の庭では足を触る描写エロティックだが徹底的に崇高かつ審美的に描き下品さをかき消すと言う手法を使った。

それに対して今回使った手法ベタベタと言っているように定型的で既に出来上がった文脈手法をそのまま持ってきた形だ。

まり笑いを使うことでエロさに健全さをくっ付けることで観客が引くことを回避させようと言う手法である

まり観客にこのシーンを見て笑ってもいいんだぜ?

という言い訳をつくることで安心させようと言うわけだ。

そこまでエロくないですよ、健全ですよ。

というわけだ。


最近エロ手法を取り入れたにしてはこの辺の技巧に非常にしびれたし、単純にうまいなと思わされた。

なんとなくこの辺で瀧君を「ちょっとエッチ東京から来たイケメン」という卑近さを生み出すの成功しているような気がする。

股間に手を出すのはアウトだが、胸ならギリギリという非常に危ういラインだ(瀧が三葉の状態トイレに行く描写がないのはそういうことだろう。三葉in瀧ではあるのに)。

その他こまごました部分を含めてその辺の舵取りはかなりきっちり詰めたのだろう。

お見事でした。


しかし、この入れ替わりシーンは置いておくとして問題になっているのは口噛み酒のシーンである

特に四葉が三葉に口噛み酒を販売すれば売れる!

と言うシーンである


ここにオタク男性感性をどうしても感じてしまうと言う点である

四葉女性性的価値少女でありながら感じていることに違和感を感じると言うことだろう。

しかし、正直この点に男性性をいきなり感じてしまうというのは少々飛躍しすぎではないだろうか。

実は作中に少女向けのファッション雑誌が部屋に転がっていると言うカット存在する。

まり四葉はそういう点にわりと自覚的であるのではないかというエクスキューズをわざわざ用意してあるのだ。

あるいは三葉の言うとおり「思春期前のお子様」であるのでそういった視線知識はあるもの無頓着である

という解釈もできるかもしれない。

いずれせよ、安易一方的男性性を見出すには少々待ったをかける必要はあるはずだ。


ネット上の論評をいくつか見て回って、少し思ったことがある。

思ったのは新海誠男性であるからといった点が論評において強く作用しているのではないかという点だ。


もちろん秒速5センチメートルが強い男性目線から作品であったのは事実だと思うし、実際作中のモノローグの量はタカキの物が大半だ。その様な作品男性性を強く見出すのはわかる。

しかし、だからといって一足飛びに「君の名は。」をすぐに男性であると決め付けすぎるのはすこし早すぎる気がする。

もちろん過去作の文脈をまるごと無視するというのはさすがに無理があると思うが、言の葉の庭における雪野の描写彼女と彼女の猫女性主人公であるという点を無視しすぎである

海外では新海誠映画は男女比率がわりと均衡しているという。

一方で日本では従来の男性ファンがあまりにも多すぎた気来がある。

そのせいかどうも、評論すら男性目線から見たものが多すぎる気がする(特に上白石萌音が秒速でどちらかというとコスモナウトに感情移入したというのは示唆的だ。ネット上であまりその視点から言及した記事を見たことがない。)


女性自分性的価値認識していないというのは少々一方的過ぎるだろう。

でなければ女子中高生アイドルがいることの説明がつかない。

女性受けを狙ってアイドルをやっている人もいるという説明もまぁそういう人もいるだろうが、皆男性から目線意識していないなどというのは少し純粋性を女性に求めすぎだ。

特に三葉が口噛み酒販売に対して斜め上の回答をしたのはまともに回答するのが恥ずかしいからであり、それは三葉に対するジェンダー的抑圧の強さを示している部分でもあると思うし、「イケメン男子にしてください」という台詞もつながる。

わりと重要な部分だと思うので安易監督男性性に固執するのは危険だと思う。


勅使河原の口噛み酒の部分もあれは作品メッセージではなく勅使河原認識とみなすのが相応だろう。

同じ縁故に縛られた立場として土着にまつわる行為否定されることにある種のシンパシーから擁護であるとも取れる。

※つまり必死こいて神事を行ってるのに友人まで否定するのは酷ではないかという同情的心理。縛られていることに息苦しさを覚えていながら糸守に愛着があるという描写を事前に行っているのはその辺の示唆なのではないか。三葉がどう思うかは別である

理想上司ゴミクズ以下な件

・気軽に話しかけて気遣ってくれる

自由仕事を任せてもらえて信頼してくれている

・叱る時は厳しく叱り褒める時は喜んで褒める

リーダーシップがある

最後にはきっちり責任を取って部下を守ってくれる

しくじり先生見てたらこんなテロップが出てきた。

何だこりゃ。こんな人材ゴミクズすぎる。

こんなことをやり始めるのは、自分の成長が止まった人間だ。

自分ではもう結果を残せなくなった人間自分立場を守るために、人望という盾を作ろうとするとこうなるのだ。

それにまんまと騙されて甘い環境でグズグズ育った人間に有能な人間がいた例しがない。

出来上がるのは従順面白みのない、それでいて少しでも環境が悪くなれば文句ばかりいうクソ社畜だ。

有能な人間とはどのような環境下でも自らの役割見出し活躍する人間のことだ。

どんなに人間性が破綻していたとしても、金を稼げる人間がそこにいるならば、そんなことは期待せず黙って働き金を稼げば良い。

自分無能を棚に上げてこんな理想ばかり人に押し付けからいつまでたっても無能なのだ

日本未来を嘆く前に自分のゆるい人生を嘆きなさい。

綺麗事ではなく生存とは戦争のものだ。

その時代にあった戦い方を身に着けずして生き残ることは不可能だ。

2016-09-27

太田市ゲーマー臨時職員がクビにならないよう嘆願署名を集めよう

 誰だってあるでしょ?

 ちょっと自分を大きく見せるために、イキってついたウソ自分の手から離れて膨らんでいっちゃう経験

 彼もさ、記者会見前に色々悩んだと思うんだよ。

 でも、上司から「おまえ凄いな! 俺ゲームとかよく知らんけど、アニメゲーム町おこしするのが今はやってんだろ? いっちょ我が市の観光に貢献してくれよ! あ、会見場もう予約しといたから」って肩叩かれたら苦笑いするしかないじゃん。そこまで来たらもう「すいませんウソでした」とかいえないじゃん。

 最初飲み会で酔っぱらって気になる女子の気をひこうとしただけだったのに(当然その女子ギルティギアなんぞに興味はないため「へ〜そうなんですかすごいですね〜」とスルーされたが)。


 彼は確かに良くないことをやったかもしれない。人を騙したかもしれない。

 けれど、誰が彼を攻められる?

 この中で的はずれな虚栄心のおかげで赤っ恥かいたことのないものけが石を投げなさい。


 彼をクビにしてはならない。

 大新聞に、市に、上司に恥をかかせた彼はおそらく解雇される。臨時職員という立場の弱さから、きっとそう強制される。

 そんなことを許してはならない。

 彼はこのまま今の職場に留まるべきだ。

 オラが町のゲームキングとしてリスペクトされつづけるべきだ。


 そうして、社員旅行先の温泉宿で古いゲーセン発見した同僚と

「おっ! ぷよぷよ(通?)あるじゃん! 風呂上がりにみんなでぷよぷよ大会やろうぜ!」

「賛成〜。わたしぷよぷよ自信あるんだよね〜家族いちばん強かったもん!」

「おれもおれも」

「……」

「あ〜〜〜〜でもでもでもぉw」

「んっんー、そうだな〜、うちの市役所には世界チャンプがいらっしゃるからな〜っw」

「……アノッ」

チャンプに勝ったら田中さん仮名)が次のチャンプってことじゃないですか〜〜〜w」

「プヨプヨジャナクテ……ギル……」

「え〜〜よしてよ〜〜wっw」

「ヨッ、世界チャンプ〜〜〜wwwwww」

 と温かい団欒を繰り広げてほしい。

 彼の未来は、私たちにかかっている。

http://anond.hatelabo.jp/20160927151155

小売業存在しないと消費者まで届かないけど、転売ヤーは同じ消費者立場から買い占めて値段釣り上げてるだけじゃん

別に存在しなくてもほとんどの消費者はその商品を買えるんだから不要というか害悪しかない

転売ヤーがお前んちの近くに店舗作ってなるべく在庫切らさずに適正な値段で売って不良品対応してくれるわけじゃないだろ?

anond:20160927112628

別に叩いてないじゃん。

 

ツイッターが「つぶやき」のように消えるものではなくグーグルでごく容易に捕捉されてるように、

ヤバい同人誌の売上もとらあたりでがっちり数字で捕捉されるよ。

ばくはくぶつのつくりかたサイトへのアクセスはIPごと捕捉されてるかもしれないしなんなら公安のおじさんが勝手にちぇけらすることもあるだろう

時代は変わってるよ。ネットでなにしてもログは残るよってごく常識でしょう。

 

ここだけよめばゾーニング云々までも言ってないし、どっちの立場ともとれないけどな。

ついでに見たら「パブリック・エネミー」って自己紹介

まあ自主警察属性をかくさない人が増えましたねー。

それはそれである意味表現の自由じゃないですか。

性善説を信じる

やっぱり世の中、性善説で回っているような気がする。

最初から誰かを困らせようと思っている訳ではなくて、

それぞれの立場で正しいと思う事をしていれば、自然

誤解とか争いが生まれているだけなのかもしれない。

http://anond.hatelabo.jp/20160927122438

はてなは血族主義とか権威主義とかそういうものとは反対の立場いるから、そういうことだろ。

http://anond.hatelabo.jp/20160927012652

業務の引継ぎとかあるんだから上司立場から話さざるを得ないでしょ^^;

ユッキが可哀想

(※二次創作の話です)

いやさ、12歳の小学六年生の無邪気な、それも自分と付き合う前の発言なんだから、そんなことを気にしていたらツラい事はもっとたくさんあるだろうけど……

あるんだろうけど、もし自分がユッキの立場で、ありすの口からあん発言を聞いたら、本当にツラくてツラくてどうしようもないよ……

そのさ、飛行機発明されるまで人が空を飛ぶ事が夢物語だったのと同じように、

いつかの未来では、2人の間にも子供が出来るかもしれないけど、

でも、少なくともアイドルマスター世界ではまだなわけじゃん……

まだなわけじゃん……

これはツラいよ、だって努力のしようがないもん、

努力するにしたって、今からユッキにiPS細胞勉強をさせて、自分たちが生きているうちに法律問題とかをクリアさせて、とかあまりにも非現実的すぎるよ。

ツラい、本当にツラい。

今まで、ユッキ頑張れ、ユッキ頑張れって思い続けてきたけど、

これは折れてもしょうがないよ……

もう……

いやまあ、だからって、ユッキ本人が頑張ってるのに、こっちが先に挫けるわけにはいかないよな……

応援するよ。

頑張れ! 頑張れ! って応援するしかないよ。

これからも、2人の間にはツラい事がたくさんあるかもしれないけど、

こればっかりは、もう2人の間で納得し合って解決するしかないよ、

これを逃げさせちゃ2人の今が終わっちゃうよ

頑張れ!!!!!

聲の形って超王道ラブコメじゃね?

西宮さんっていう東城綾がいて、上野っていうちょっと嫌な北大路さつきがいて、結弦ちゃんっていう南戸唯がいて。

なんか知らないけど将也がモテモテで、主人公取り合って女同士でバチバチやって、あかほりさとる作品なのかなってくらい主人公としては嬉しい立場なはずでしょ、客観的に見て。

手話で話すところとか、完全に二人だけの空間でいちゃいちゃしてるじゃないですか。お互い通じ合ってる的な。

「いや、主人公は常に葛藤している。あれは将也が成長する話」って言うけど、西宮視点で見ると、完全に恋する乙女少女漫画じゃん。少年漫画ヒロインの皮をかぶった少女漫画だよ。

君の名は。は、なんでお互い好きになったのか全くわからなかったけど、聲の形は、過程を描いてくれてるので素直にラブコメとして見れた。

いじめ描写しんどいとか、見ててきっついとか、いろんな感想あるけど、ラブコメとしてはハッピーエンドじゃん?後味も悪くない。

あんかわいい健気な東城綾告白されて、嫌味なさつきに猛プッシュされて、ボーイッシュでいい子な唯に信頼されて、言うことないだろ?

もっと気軽に「いいラブコメだった!」でいいだろ。

2016-09-26

レビュー(感想)を書くこと自体について考えたこと

最近話題シンゴジラ君の名はを見に行ってきた。

個人的にはどちらもとても楽しめたが、それは置いて置いて。今回は巷に沢山ある作品レビューについて考えたこと

例えば君の名はを見たあとに閲覧した以下の方の記事

http://ohrmsk.hateblo.jp/entry/kiminonaha.jp

有名なブログらしく、この方は批判的な立場から感想を書いておられるが、コメント欄を見ると賛否両論(特にブログ主に対する批判)が沢山書き込まれている。

特に否定的レビューをした場合、こういうことになりやすい。そしてたいていの場合は「嫌なら見るな」「お前がそう思うならそうなんだろう。お前の中ではな」といった批判否定的レビューをした人に対して向けられる。そして「こんな記事書くな!」という結論になりやすい。一方で「共感しました!」という意見も出てくる。

ここにレビューの難しさがあらわれてくる。

そもそもレビュー目的とはなんだろうか。

大きく分けて二つあると私は思う。

①見る前の人に見るべきかどうかの材料提供するため

②見たあとの人が感想を分かち合う喜びを得られるようにするため

このうち②に対しては何を書いてもなんの問題もない。作品に対して肯定的な人は肯定的レビューを読んで満足すればいいし、否定的な人は否定的レビューを読んで納得すればいい。

でも②での意味のみでのレビュー経済的価値は、ぶっちゃけ低い。だって映画はもう見てしまったわけだから感想だけなら誰でも書けるし。それよりも大事なのは①だ。私たちは限られた時間お金を何とかやりくりして生きている。長い時間お金をかけて好みではなかった映画を見るのは避けたい…。同じ時間で別の面白い映画も見られたかもしれないし、同じ時間バイトすることもできただろう。現代人は忙しいのでなおさらだ

じゃあどういうレビューが役に立つかというと、「こういうタイプの人はこの映画を見るべきで、こういうタイプの人は見るべきではない」と細かく中立的視点から解説しているレビューだろう。こういうレビューをするブログ評論家はあまり多くはない。ほとんどの人は自分感想を述べているだけだ。

しかし仮にそういう中立的完璧レビューがあったとしても、結局やっぱり自分で見てみなければわからないと気になってしまって見に行ってしまうのである

からレビューを書くということ自体無駄なんじゃないかとすら思えてくる。

この辺がその、私がいわゆる「評論家」と呼ばれる人達が世の中に本当に必要職業か疑問に思ってしまうゆえんである

加えてステマとかネガキャンといった意図的レビューも溢れてる現在では、なおさら他人レビューはあてにならない。

結局ドラマアニメ映画感想は、人によって異なり、実際に見てみるまでわからない。

から嫌なら見るな」という批判はどう考えても的外れで、「見たからこそ嫌だった」わけだから、それはしょうがない。せいぜい映画の途中で退席してしまうくらいだが、そういう映画に限ってラストどんでん返しがあったりするから気が抜けない。

私たちは貴重な時間を掛け金に、映画を一本見るというギャンブルをしているのである

あなたにとって面白ければあなたの勝ち。時間と金無駄にしたと思えばあなたの負けである。(これは「だからどんな映画でも楽しんだ者勝ち」という意味ではない。つまらないものはつまらない)

これは非常に分の悪いギャンブルで、事前情報であるレビュー広告は、自分面白いと思うかどうかを判断する材料としてはほとんど役に立たない。

もっとマクロな目で見れば人生とはそういうギャンブル連続であり、つまるところ運なのだ。そして自分の賭けに覚悟を持つことなのだ。

から見た映画がつまんなかったとしてもそれは自分覚悟の上であり、甘んじてその結果を受け入れるしかない。製作陣も配給会社広告会社映画館も勧めてきた友人も誰も非難できない。見るという判断したのは自分からだ。

話がそれたがとにかくレビューは事前の判断材料としては役に立たず、同じ感想を持った人たちと感想を分かち合うためにしか書かれる意味がない。だからレビューを書くときに「この作品批判しているやつはおかしい」とか「こんな作品を見に行く奴の気がしれない」とかみたいに意見の合わなかった人に干渉するようなことを言っても意味がない。

月並みな話だが、やはりなるべく肯定であれ否定であれ、個人の感想にとどめるのが無難だろう。

そんな風に結論づけつつ、結局私自身を振り返ってみると、ネットレビュー広告ばかりにつられて見に行っているなぁと思う。シンゴジラ君の名は話題作だから見に行ったわけだし。時間お金がない中で、マイナーだけど良い映画に当たるためには、どうすりゃいいんだろうね。

2016-09-25

ラブライブ!サンシャイン!!全話感想

1話 … 75点:導入だしこんなもんか。曜ちゃんがいい子。

2話 … 70点:あんまり盛り上がらないけどまあ無印1期も2話までは準備期間だったし…。

3話 … 60点:時間間違えたはない。ダイヤと千歌の問答はまあまあだが、無印神回だっただけに落差が大きい。

4話 … 85点:花丸と本の世界をうまく絡めた。ただ大きい流れは無印と一緒なので新鮮味はない。

5話 … 75点:ノリノリで中二→でも実は発作なので常識人になりたい→でも実はアイデンティティだし堕天使が好き、と無駄にひねって分かりにくくなった感。

6話 … 55点:面白いところが何一つない。せっかくのPVランタンしか印象に残らないテイタラァク。

7話 … 75点:繋ぎ回だが犬ネタがない、梨子がまともなだけで評価が上がる。

8話 … 90点:曜の「やめる?」の使い方、千歌の細やかな心情描写と終盤の台詞が素晴らしい。

9話 … 75点:果南の独善的お節介しか見えないのがきつい。ダイヤ言うところの鞠莉の立場とやらにもう少し描写があれば。

10話 … 70点:ギャグあんまり面白くないが、曜ちゃんの負けレズネタで盛り上がる。

11話 … 100点:神回百合でなく普通に友情とみてもいい話。千歌が曜の想いを理解してないという批判もあるが、そこまでやると完全にレズアニメからこれくらいでいい。

12話 … 70点:μ'sの後追いをやめること自体は歓迎するが、そこに至るのが千歌のよく分からない自己完結なのがちょっと…。

13話 … 70点:モブ不参加の下りと寸劇が長すぎるのはアレだがそれ以外は無難最終回かなーと思ったらめっちゃ叩かれてて驚いた。



平均 75点



ちなみに無印1期は11話まで90点、12,13話は30点。

2期は85点。映画は90点。

君の名は。』で、新海誠監督はそれまでの作品性を捨てたの?

君の名は。』に色んな意味で心鷲掴みにされて、もう何度も何度も劇場に足を運んでいるのだけど、

この作品の大ヒットに関して、ブコメも含め様々な場所個人的ちょっと気になることを目にしてる。

しかもそこそこな頻度で。





海監督が、『君の名は。』で、「アーティストとしての作品性作家性を捨てて、万人受けを狙った、そして売れた」って感じの意見ね。





いやいや、『ほしのこえ』当時からハマって追っかけてきたオタとしては、ちょっと待ってって思うのよ。

作品性」や「作家性」って、新海監督は別に捨ててなくね?って。



君の名は。』では新海監督の強いこだわりで魅力でもある画面のライティングや構図であるとか、

大きな力で引き裂かれる思春期(とそれ以後)の2人と恋愛喪失だとかは、

何にも変わってないよね。

ボーカル曲に合わせてMVか!って感じで見せていく手法もそのままだし、

ナルシシズム漂う独り語りも、ロマン主義も、センチメンタリズムも、そういう作品の特色なんかも昔と同じ。



なんか、個人制作の『ほしのこえ』と、感動とトラウマを多くの人に植え付けた『秒速5センチメートル』っていう過去作のインパクトがあまりにも大きくて、

あいものこそが新海作品だ、万人受けしなくても、一部の人に響く強烈な作品やこだわりを志向するのが新海監督なんだ、

ラストで結ばれないものを観客に容赦なく突きつけるのが新海作品本質なんだっていう考えを持ってしまった人が結構いるような気がする。



でも新海監督を昔から追ってる一個人妄想としてはさ、

海監督は「わかる人だけが自分作品をわかってくれればそれでいい」という立場より、

「万人に受け入れられたい」そして「メジャーな規模で売れたい」という立場自己顕示欲や願望のほうが、

からずっとずっと強かった人のように思うんだよ。

大ヒットでインタビュー受けまくってる姿なんて、ほんと昔から目指していたことが叶って嬉しい、って気持が、なんかありありと伝わってくるし、

『秒速』は見た人を励ますつもりで作って、「鬱だ」って反応が予想外だったって新海監自身も言ってたし。

過去だって、『エヴァ』とか、『最終兵器彼女』とか、ジブリとか、村上春樹とか…、とにかくメジャーで大ヒットした有名作品とかにそこまで寄せなくても…って思うくらい寄せてくるし。



ほしのこえ』『秒速』みたいな作品は、ニッチな層にだけ強烈に響くこと意図的志向して制作していたわけでなくてさ、

たぶん、単に個人制作・小規模制作視野が狭かったり、監督個人スキルが低かったり、お話の引き出しがワンパで、

結果的にああいものばっかになってたんじゃないかな?

(そして今作でも周りの大人たちやDQN客みたいなのは、相変わらずびっくりするくらい定型的でチープで、そことのやりとりも上手く描けないから省かれてたり)

決して『秒速』みたいな作品や、あの作品への反応みたいなものこそが新海作品本質だ、作品性だ、ってわけじゃないと思うのね。

君の名は。』はわかりやすエンタメ目標にしたわけだけど、

そもそもが新海監督は、わかりにくいものや非エンタメ作品志向してたわけじゃないんだから

描きたいこだわりを省いた、作品性作家性を捨てた、と言うより、

周りのスタッフとの共同作業を通じてスキルアップしたって言い方のほうが正しい気がする。

川村元気Pから新海誠ベスト盤を作って」って言われて、描きたいものを描いて出来たのが『君の名は。』なわけだし。



ともかくも『君の名は。』で、メジャー映画監督の仲間入りした新海監督だけど、

個人的には次回作も楽観視してる(『君の名は。』を超える興収をあげるかどうかは別にして)。

優秀なスタッフと関わることで成長していく可能性もあるだろうし、

逆にそこまで成長しなくて、また底の浅い引き出しかワンパターン思春期男女の話を作ったとしても、

その時それは「ああ、今度のも新海さんっぽいねー」って言われてると思うの。

ジブリっぽい」って言葉と一緒でさ、オタだけじゃなくて一般に広くそう思われるようになったら、

それはブランドになるし、ある意味もう勝ちなんだよね。

思春期のこの手の話をああいう絵力を交えて魅力的に見せれる作家って、実写含めて今は新海監督が一番だと思うしさ、

次回作が仮にワンパターンものになってたとしてさえも、たぶん、きっと大丈夫



それに新海監督は興収やら評判やらがしょぼくて落ち込むことはあったけれども、

とりあえず興収で一定の結果を残せさえすれば、庵野監督のように大ヒットしたのに深く苦悩する、そういうことに陥るような人とは実は違うタイプだとも思うから

2016-09-24

国家による恣意的な投獄につながる、罪刑法定主義軽視を行う人に関して。

http://togetter.com/li/1028423

このまとめを読んで思ったことを書く。

 問題は、このまとめで挙げられている人たちが、法律規定されていない「犯罪」を持ち出していることである。様々な疑問があるとは言え、日本社会は一応、建前上は法治主義国家である。よって理想はともかくとして、法治国家としてのあり方に沿うような配慮が、政治的発言にあたっては求められることもあるのが現実である

 だから何かを犯罪認定するのならば、その根拠法を示さねばならない。しかるにこの件では、特定性癖である」というだけで犯罪であるとの呼ばわりがなされている。そういう理由で触法行為であるとみなす法律存在しないし、実際に「する」ことを伴わずに罰するのは、この件においては内心の自由侵害するため、憲法違反となって法律ができたとしてもどうせ無効であるし、既存法律内心の自由規制できるように解釈するのも不適切とみなされると思う。

 日本国憲法第31条に、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」とある。これは罪刑法定主義規定していると解されている。罪刑法定主義否定するようなやり方による「犯罪者認定」は、この精神に反する。

 そして本論であるが、この罪刑法定主義否定は、為政者による恣意的な投獄などの措置につながるのではないか法律案の国会による審議を経て必ず成立する法律ならば、勿論それでも様々な問題点はあるとは言え、一応国民意見が反映された法律と言えよう。この法律に従って犯罪認定し、取り締まるのは形式上正当である。ここで、法律によらず、「犯罪者認定」することがまかり通る世の中になればどうなるか。法律問題云々以前に、警察官個人的恣意留置所送りなどを行うことも可能となるのではないか

 もちろん、この言い方は極論であり、実際に罪刑法定主義無視された取扱が行われるのは、ありえないだろう。しかし、リベラル立場に立ち、人権擁護する主張をするものが、このような人権無視されるディストピアにつながる観念肯定してしまうというのは、そもそもふさわしいことではないと思う。昨今の日本では、リベラル的な言論が衰退していると考える人もいるらしいが、さもありなん、である。勿論ネトウヨのようにリベラルで無かったとしても、この国の法律尊重する立場であるというのならば、あのような言いようは許容され難いだろう。というかこの件、「ネトウヨ」(この集団もまたまったくの無問題ではないが)とされている人たちのがよほど罪刑法定主義内心の自由言及し、尊重しようとしているように思える。

 たしか犯罪行為は良くないことだ。批判されるべきだ。刑法なりなんなり、なんらかの法律規定された犯罪を犯した人物批判されるべきだろう。しかし、「犯罪者批判されるべき」という常識悪用して、自分に気に入らない思想思考人物犯罪者認定し、「批判されるべき」としてしまうのは、タイトルに書いたとおり危険な考えなのではないだろうか。

9/25追記

togetterの方で一悶着あったようで、まとめの内容はだいぶ変わっているようですが、本論は同じだと思います

ネットにおいてはマスコミより電通の方が親近感を持たれてる不思議

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/092300445/

ここのブコメを見るに、

おのれ!電通

より、

さすが!電通!(広告代理店ってだけあって、口先がうまいな!炎上しないや!)

って雰囲気がある

それなのに、

それにしても、マスゴミはやっぱり報道しない自由を使ってる!

と、矛先がマスコミに向かう

マスコミ利益重視で、特定報道を避けるようになったのはこの、電通のせいで、ポジション的にはマスコミより電通の方が有利な立場にあって、マスコミは下手に報道すれば利益が減る

しかに、それは報道の自由とはかけ離れた姿だけど、マスコミの方が電通手綱を握られている状況

でも、ネット諸君がやっているのは、資本家批判するのではなく、資本家不正によるヘイトを下部の労働者にぶつけてるようなもん

すこしは、電通に感心して、マスコミに怒りを覚える前に、電通不正に憤りを感じてくれ

2016-09-23

http://anond.hatelabo.jp/20160922210335

>男友達が居た。


男の立場で言うと女友達などというもの存在しない。

不当な一般化などではないぞ。



性欲の対象にもならない女と付き合う男は居ない。

誰かどんな気分なのか教えてくれ

自分はそこそこの企業に勤めている。

今の立場で頑張れば、給料がアップするかもしれないし、昇進もあり得る。もっと給与のいいところに転職もできるかもしれない。だから、そこそこのやりがい仕事に向き合えている。

だけど、20代後半や30代ぐらいで、警備員や清掃業に就いている人は、どんな気分で仕事しているんだろう?

給料の上昇も、もっといいところの転職も望めない。そんな状態で、あと20〜30年働かなきゃいけないのを、どんな気分で過ごしているのか。さっぱりわからなくなってしまった。誰か教えてくれ。

透析患者死ね」の長谷川氏は全然悪くない

長谷川氏の言う、透析患者にかかる金を減らせば医療費削減になるという意見同意する人も多いだろう。悪いのは長谷川氏に「糖尿病患者自業自得」と吹き込んだ医師である

http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48497760.html

仮に不摂生がたたって糖尿病を患ったとしても医者としては患者教育を施そうとする最大限の努力必要で、病気の怖さを教え、生活改善を助ける糖尿病教室などのリソースもある。コンプライアンスの悪い患者もいるが、前提として我々医師の使命は病気を少しでも無くしたり和らげたりすることにある。予防医療により医療費を軽減させることもあるが、逆に先進のがん治療など結果的医療費を沢山使うことになることもある。納税者として無駄遣いする気はないが、医療費削減は我々の本来仕事ではない。

3分診療などと揶揄されるように患者とじっくり向き合う時間などないと愚痴を言う医者もいるだろうし、そもそも病院にすらこなくなる患者もいる。そういう患者は面倒見きれない、と言い放ってしまえばそれは長谷川氏の自業自得論に加担してしまうことになる。内輪で不満を言う分には他愛がないが、長谷川氏には医師としての立場を離れる事なくせめてもう少しよそ行きの言葉で話すべきだったろう。

そもそも自業自得の線引きをしようとすること自体ナンセンスなので深入りはしないが、医療世界にはこんなことはいくらでもある。料理中に包丁で指を切っても不注意からくる自業自得断じてもかまわないであろう。今のところ、交通事故労災などを除いて患者の扱いに線引きは行われない。コンパで飲みすぎた急性アルコール中毒大学生救急車を呼んでいい。

反論した医師id:fujipon特に間違った事は言ってないが、長谷川氏の言論を「弱者叩き」と反論しているにすぎない。当たり前の事を書いたせいで逆に長谷川氏に煽られてしまっている。

長谷川氏に言いたいことがあるとすればただの一つである食生活の不摂生からくる糖尿病透析に至ったとして、それは純粋個人の不摂生自業自得によるものだと断定できるかどうかは今の医学でもってしても非常に難しい。おそらくは生活改善すれば、糖尿病の進行は抑えられるだろうが、それでも本来個体差遺伝的素因を全く無視しても良いとは言えそうにない。

さらには不摂生改善されない理由として、知的レベル精神的な気質や基礎疾患の影響もある上に、貧困一人暮らしなどの社会的な要因であることも多い。不摂生はもはや個人意志でどうにかなる問題ではない場合もある。どのような理由があるにせよ、我々、医師科学者努力が至らないせいで透析患者は未だに無視できない程度に存在し、患者はもとより納税者負担になっていることは申し訳ないと思っている。長谷川氏の自業自得論がどうしても不摂生をやめられない患者に対するエールだとすれば、どうか透析患者またはその予備軍に取材し、対話をしあらためて感じたことを記事にして頂きたい。

駅員いじめてちゃいけないけど鉄道会社にはもっとねじ込みまくるべき

あいつらは独占企業です。

どれだけミスろうが怠慢しようが消費者に嫌な思いさせようが

電車の本数少なくして消費者ミチミチに詰めることで利益率アゲようが

競合他社に乗り換えられてしまうと言うことが容易には起きないすごい強みがあります

立場としては地方公務員の中の悪質な部類と殿様商売が合体した究極生命体です。

NHKとか東電の親戚ですよ。



国鉄JRなんか特に酷い。

あいつらは消費者の利便なんか全然考えてません。

ちょっとトラブルが起きたら電車止めて、他の鉄道会社でも考えられないような長時間停車して、

そのあいだずーっと「振り替え輸送で他の線にお回りください」って喚き続ける。

利用者を客と言うより邪魔家畜のように思っている。



JR品川駅はずーっと利用者数に合わない酷い狭さの階段ホームを直そうとしない。

利用者をどれほど苦しませても利用者減らないから金や手間を掛けてまで直したくない。



こういう企業に対しては

電車が止まるたび遅れるたびに

それこそマナー悪いおっさんが猛烈にねじこんで泣きべそ掻くぐらい追い詰めてやらないといけない。

腐敗役人と殿様が合体した究極生物にはそれぐらいして日々ストレスと緊張感を与えなければ

あっという間に腐るんです。組織も人も。

2016-09-22

まれつきマジョリティであった人にはわからない心理

自分が何らかの分野でマイノリティであるという意識は、おそらくこんな場末はてななんかで増田やってる人なら持っているんじゃないかと思う。

LGBTであったり、中卒や高卒といった低学歴であったり、特定地域出身であったり、人に褒められない職業をしていたり、オタクだったり。

だけども例えばオタクだけど高学歴だったり、LGBTだけど安定した正社員だったりといったように、ある部分ではマイノリティだけどある部分ではマジョリティだったりする。

社会生活を送っていてよくあるのが、そんな自分の中のマイノリティマジョリティがぶつかる場合だ。

極端な例で言えば、「今後この会社では○○の人間は昇進させない」といった方針が出されたような場合だ。

○○の部分には、「オタク」「偏差値一定以下」「LGBT」などの世間的にマイノリティとされる分類が入るとする。

そんなとき、何食わぬ顔して自分には関係ないとばかりにその方針に従うか、それとも自分自身もそうした被差別的扱いを受ける立場であることをカミングアウトして世間に訴えるなりするかというところで対応が分かれると思う。

もともとずっとマジョリティとして生活しており、今後もずっと自分マジョリティであるということを疑わずにいる人にとっては、わざわざ訴えて波風立てなければ自分もいい扱いをうけるはずなのにどうして余計なことをするんだろうと思われると思う。

だがそれまで世間的にマイノリティという部分を持ってきた人の多くは、その「わざわざ」をしてしまいたくなる。

もっと言うと、高学歴正社員だけど、オタクで、女性で、LGBTで、障碍者といった複数マイノリティ分野を持つ人の場合、なぜだかよりマイノリティである立場としての行動をしたくなるものだ。

マイノリティマイノリティであることこそがいつのまにかアイデンティティになるのではないか最近思ったりする。

真正から立ち向かう

何かしら戦うことがあったとして、正々堂々真正から受けて立って勝つのは、よほどこちらのレベルが高くないと無理

レベル拮抗していて、よい試合をして辛勝をおさめたとしても、おそらく満身創痍になってしまうだろう

から、どうしても立ち向かわなければならない場合を除き、受け流したりして試合を成立させない、時間稼ぎで横から崩していく、などがいいのではと思う


職場ですっげー嫌な奴がいて、微妙な論をかざしていて、うちはこれでやっていくべきですみたいのを発表とかしちゃって、どうですいいでしょうみたいな感じになってた

そのなかでは名指しではないが、こういうのがとくに駄目なんですみたいなケースをあからさまに出して、そいつが嫌いな奴を排除したいみたいな資料になってた

そんなわけでそいつの鼻を明かしてやりたいと思ったが、正面からだと正直コミュニケーションてきなところでは勝てないし、同じ穴のムジナにはなりたくなかった

ので、その方式アンチパターンであり、駄目だと言われたケースをさらに洗練させ、本来はこうしていくべきなんですよね、みたいな実績を作っていき、まずはチームのメンバーの心をつかみ、

その上司も納得させ、聞かれればその人がかざしている論が正しくないという証明をし、外堀から雰囲気作りをしていった

とうとう彼は実力こそ持ってはいものの、社としては害なのではないかという認識経営層がするようになり、どうやらその立場剥奪され、失脚させられそうになってる

聲の形 クズ度格付けができたぞ

AAA 植野高校生になっても反省してないド屑 エロいのでエロマンガでひどい目にあってほしい)

AA+石田高校生になっても感情的になって友達に酷いことを言うゴミクズ 小学校時代いじめ凶悪さは言うまでもない 金を返したり今かわいいかどうかもわからない女のために手話を覚えるなど評価できる行動もある)

AA 川井八方美人なので糞ムカつくけどいじめに関しては直接手を下したわけではない)

A 島田(元友達高校生になってもいじめ続ける陰湿さ 人命救助はして当然なので加点にはならない)

Aー 教師(いい歳した大人なのに子供たちの凶悪いじめを黙認)

ーーサイコパスの壁ーー

BB+ 島田じゃないほうのデブ友達を裏切るのは論外だが島田ほど積極的いじめていたわけではないように思える)

BB 西宮(全体を通して概ね被害者立場であるが、自殺の件は擁護できない)西宮母(結果論だが娘の為を思うなら西宮を適切な学校に入れるべきだったのでは?石田母のピアスを引きちぎったり再会した主人公を突然殴るバイオレンスさはなかなか) 石田チャリを盗んだやつ(借りパクは立派な窃盗である高校生にもなって校内で恐喝。チクられる可能性は頭になかったのだろうか)

B 真柴(よく知りもしない小学生ときのいざこざに感情的になる屑 もっと友達を信じよう)結弦(姉を思っての行動とはい主人公を1週間の自宅謹慎に追い込む屑 その後謝罪も無し かわいいので許す)

ーークズの壁ーー

CC 佐原(概ね聖人のような振る舞いだがすぐ逃げるのは玉に瑕)

C 石田母(全体を通して完全な被害者である このような母親からなぜ石田のようなクズが生まれたのか 悪いことといえば金を燃やしたくらいだが事故なのでノーカウント

D うんこ頭(なぜこんないいやつに石田のような友達しかいないのか理解に苦しむ 空気読めないところはあるかもしれないがマジで良い奴)

原作も読んであったけど映画基準評価しています

2016-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20160921180414

残念だがそれは顕著な発達障害

子供向けだからと甘く見て自分絶対有利で安全ルールを守ってあげるそれ子供向けだから大人自分はらくらくこなせるよという

スタンスでないと見聞きすることすらできない

外見上はよくなったようにみえるので深く社会に潜むことができるけど社会の深みで爆発すると

最近たまにでてくる陰惨な凶悪事件火種になる



大人にならなくていいんだよ 大人もそれを望んじゃいない

ルールを守れない人を ルールの中に押し込む危険性をわかっている大人に 頼ったほうがいい


今でも餌がもらえる以外にルールを守る利点がわからないでしょう



ルールを守る利点は ルールを守っている自分のその姿をだれかが見たとき それは良い服を着ているとかみたいなカッコよさを感じる

それは自分にとってメリットのある行動をしてくれたものに対する感情

自分がそれを受けていることを感じることができなくて ルールを守らされている自分自分で感じていることに恥ずかしさやストレスを感じる

それを根本的に理解できない 自分を他の立場と入れ替えて第三者的に見ることができない

これは機能的な欠損なので 餌付けでどうにかなるものじゃない


サーカスの熊やライオンが人を傷つけてしまうのとおなじ 制御下にあるからといっても使える場面はそう多くはない

生半可に見た目をつくろうよりも わかってくれる大人にたよったほうがいい

http://anond.hatelabo.jp/20160921153436

現場の駅員が悪くないなら何処へねじ込めばいいのか窓口の案内はして欲しいよね




俺はモンスターカスタマーにはもちろん与さないけど

公共交通機関に対してはうるさいクレイマーみたいなのもいたほうがいいと思ってる

だってあいつら無敵の存在なんだもん

どんだけミスってもサービス悪くなっても客が他社を選ぶってことがきわめて難しい

人間そういう立場だとどんどん客と向き合わなくなり傲慢な殿様・お役所商売体質になっていく

誰のことも怖くない誰からも叱られない立場のせいでそうなるだろ




から電車遅らせた時は

現場ランダムに発生する頭おかしおっさんが駅員や鉄道会社ねじ込む意義がある

あれのイベントがたまに起きることで多少は目が覚めるだろ

どれだけ利用者不在のお役所意識になってても