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2016-06-25

買い専腐女子人生ふりかえり

年齢27

タイトルのわりに薄っぺら自分語りです。

中学時代

から祖母少女漫画雑誌を買ってくれていたこともあり、アニメ漫画は好きでした。

姉がいたので、姉がりぼん、私がなかよしを買ってもらって回し読み。

腐女子BLも知っていたし、男同士のやりとりにキュンとすることはありましたが、仲良くしてる男性アイドルを見てる気持ちだと思ってました。

高校生になって

クラス女子からおもしろいよ」と借りた漫画おもしろくて一瞬でハマりました。

その日の帰りにコンビニで連載雑誌立ち読みしそのとき出ていたキャラに衝撃が走り、完全に腐女子として覚醒しました。理屈じゃないんです。

当時はすでに携帯電話パケット使いたい放題プランはありましたので、携帯電話サイトを巡りました。携帯サイト主流の時代ですね。

しか腐女子として目覚めたことは誰にも言いませんでした。

漫画を貸してくれた子も、クラス女子オープン腐女子でしたが黙ってました。

今でこそスクールカーストという言葉がありますが、私は自分容姿に自信がなく当時で言う「イケてるグループ」「派手なグループの子達とつるむわけじゃないけれど、挨拶をしたり雑談はする中間位置キープしたかったのです。

ここでオープン腐女子と一緒に騒いでしまっては「普通の子グループから転落するのではと思ったのです。

そんな思いで隠れ腐女子としての人生が始まります

漫画を借りてから1ヶ月後にはサイトを作ってました。日記萌えを語り大好きなカップリング作品をたくさん上げました。

イベント同人誌即売会ですね。

もちろん興味はありましたが右も左もわからず一緒に行く人もおりませんし、なにより笑ってしまう話ですがイベント会場でクラス女子に遭遇したらどうしようという恐怖が一番にあり縁のない別世界のことのように思っておりました。

ありがたいことにサイトでは毎日のように感想がもらえるようになりました。

匿名web拍手が主流だったので気軽にメッセージをくださってたんだと思います

サイト運営されてる方からメッセージをいただけ、相互リンクバトンなどして交流しておりました。

しかしこれも笑ってしまう話ですが、交流が続いて会おう、オフ会しようとなったらどうしようと、身バレしたりブスだと思われたらどうしようという思いが強くなり苦痛になりました。

高校生でしたので、日記では少し「イケてるグループ」を気取っていたのです。

交流苦痛になったのでサイトは閉鎖しました。しか萌えを吐き出せないのはもっと苦痛でした。

性懲りも無くまたサイトを開設しました。休止や閉鎖を繰り返しました。

ちなみに、最初にハマったジャンル意外にもハマり、ほぼよろずサイトとしてやっておりました。

今ほど注意書きもなく好き勝手にしてましたね。

気付けば高校卒業です

わたし就職しました。当時の日記では萌えを語ることな愚痴日常のみだったような気がします。

当たり前ですが更新のペースが落ちました。時間感覚も変わりましたので自分はいいペースで更新してると思っても更新履歴を見たら2ヶ月が経過してたり。

そのうちなにも生み出せなくなりました。19歳の頃すっぱりサイトをやめて萌えを吐き出すことなく過ごしました。

変わらず漫画アニメは好きでしたが、このまま腐女子卒業かなと思っておりました。

しかし、22歳だったでしょうか、アニメを見て急激にハマる作品出会いました。即サイト開設。

マイナージャンルだったのでカウンターの回りや感想の数など寂しいものでしたがその作品が好きでただただ楽しかったです。

そんなときアンソロジーお話いただきました。オフ経験はありませんので悩みましたがお誘いいただけたことが嬉しくて参加させていただきました。

満足のいく作品が出来ましたが、なんといいますか、発行後の主催者様の対応に疑問を感じました。本は何ヶ月待っても届かず、お礼としてお菓子を同梱してくださってましたが賞味期限が届いた日の翌日だったり。

から気づいたことですが主催者様は熱しやすく冷めやすタイプの方ようで発行のときにはすでに別のジャンルのことで頭がいっぱいだったようです。

アンソロジーといえど初めてのオフ活動、がんばった作品結構なショックでジャンルに罪はありませんがもうそジャンルは見れなくなってしまいました。

集めたグッズなどはすべて売りました。

そして、今まで家族共有のパソコンが1台しかなかったのですが、自分パソコンを購入しました。たくさんのサイトを巡りました。pixivというものも知りました。

この頃すでに携帯サイトは下火だったと思います

大好きなサイトではイベントしかった!とよく綴られておりました。

アンソロジーの件は被害者のような気分でいましたが、オフのことを分かっていない自分にも問題があるのではと思いました。

初めてイベントデビューしました。

昔のように怯えることもなくパンフレットの注意事項もしっかり読み向かいました。

結果、とても楽しかったです。

ただ本を買うだけでしたがこんなにも楽しいのかと感動しました。よくわから一般のお店のように本を取ってこれくださいと渡したりしてしまいましたが。

それからよくイベントに行きました。

最初にハマったジャンル、もう誰も活動していないあの頃ハマったジャンル、大好きだったサイトの方は今このジャンルにいるのか。いろんな思いがありました。楽しくて楽しくてしょうがなかったです。

腐女子友達は相変わらずおりませんので、本を読むことで萌えを語り合ってるような気になったのでしょう。

少しでも萌えるジャンル出会うとすぐ同人誌を購入するようになりました。自分では創作しようという気は一切なくなっておりました。

25歳で衝撃的なジャンル出会いました。ジャンル自体は大きいものでしたがハマったカップリングマイナーでした。新幹線に乗ってイベントに行くようにもなりました。

このカップリングで久しぶりに自分で書きたいという思いが生まれました。しかし何年も遠ざかっておりましたのでうまくいきませんでした。買うことに慣れてしまったのでしょうね。

うまくいかなくても18歳のころより更に時間感覚が変わっています。あっと言う間に日だけが過ぎます

そして急に最近の話になりますが、某ソーシャルゲームに大きな動きがありました。

とても大きなジャンルなので私も例に漏れずハマり先ほどの衝撃的なジャンルほどではありませんでしたが、いかんせん少しでも萌えると際限なく買うようになっていたので、ジャンル内でもトップクラスの人気カップリングを大量に購入してました。

そうです。そのトップクラスの人気カップリングに大きな動きがありました。

急いでゲームを立ち上げわくわくしながら見ました。しかし私は首を傾げてしまったのです。

今まで受けだと思っていたあの子は攻めだった、こんな関係性なのか、まったく萌えませんでした。

このジャンル特殊なのは承知です。燃料になった方も逆燃料になった方もいらっしゃると思います

ふと、家にある1500冊を超える同人誌の山を見ました。

このジャンルアニメは見てたけど原作読んでないな。そんなものばかりでした。

最初にハマったジャンル、同時期にハマったジャンルほとんど同人誌を持っておりません。高校生でしたしね。

19歳まで二次創作していたジャンルは今でも大好きです。25歳で出会った衝撃的なジャンルも大好きです。どちらも原作を読むときはいい年してお恥ずかしながらドキドときめきます

しか同人誌を買っていただけのジャンルは本当に好きなのか分からなくなりました。

絵が好きだから買う、作家が好きだから買う、文の組み立て方が好きだから買う、皆さんいろいろな理由同人誌を買われるでしょう。

もちろん義理買いという言葉も存じております

私は買うことだけがしかっただけなのかもしれません。何度も読み返す本は一部です。

コレクター気質なのでサークルさんの本はすべて揃えたい気分になります

買ってるだけのジャンルの、原作はもうあまりわくわくしません。読んでないものもあります

イベントデビューしてからたくさんのジャンルにハマりました。たくさん同人誌を買いました。

ソーシャルゲームの件で気付きました。あまり二次創作は読まないほうがいい、と。

もちろん二次創作は最高です。大好きです。しかし私は二次創作だけを追うようになって原作を捨ててしまっておりました。

アンソロジー主催者様を熱しやすく冷めやすいと少々批判してしまいましたが、私がずっと創作を続けていたらそうなっていたのだろうか。それとも今でも最初ジャンル二次創作をしていただろうか。

後悔はしておりません。

1500冊の同人誌には楽しい思いをさせていただきました。手放したものもあるので、実際は倍は読んでいる気もしますが。

今、女性向けのジャンルはとても目まぐるしく動いております。サイクルがとても早いです。同人誌は時期を逃すと手に入りません。

しかし、今一度しっかり自分萌え原作への愛を確認することが大切だと気付きました。

最後に、これは某ソーシャルゲームへの批判愚痴ではありません。

腐女子としての自分愚痴です。

長くなりましたがお付き合いくださりありがとうございました。

物心ついたときから

死にたいと思ってた

6歳くらいの時から親に叱られると私なんか死ねばいいと思ってるんでしょって大泣きしてた

何に泣いてたのかは自分でもわかんない

怒りなのか悲しみなのか

その時からずっと死にたいと思ってた

小学生の時は忙しすぎて死にたいとは思ってなかった気がするけどその後の

中学高校大学ずっと死にたいと思ってた

でもまだ生きちゃってる、なんでかはわからない

恐らく今より幸せだったとしても死にたいと思ってると思う

何事につけても生きるという選択ができない体質なのかもしれない

最近なんかは薄々死ねないことに気づいちゃってて死にたいという気すら起きずに

しかばねみたいに生きてる

死にたいっていうと死ねか生きろかそんな話にしかならないけど、

そういう話が聞きたいんじゃないんだよ

2016-06-24

ひとりぼっちはさみしい

学校卒業して今年の春入職した

仕事は慣れてきたかな、という感じなのだけれど、

就職して一人ぼっちになってしまった。

僕はずっと友達には不自由してこなかった。

数は少ないけれど深い付き合いをしてきたと思っている。

そんな友達中学にも高校にも大学にもいた。

今付き合っている彼女友達から発展した。

けど、今はひとりぼっちだ。

職場に同期は居ないし、上司の方には気を使ってしまいうまく話せない。

中学高校から友達は連絡を取らなくなってフェードアウトしてしまった。

大学友達は、みんな新しい職場で新しいグループを作って楽しんでいるようだ。

彼女は忙しい職場毎日忙しく過ごしているようで1カ月会っていない。

前にあったときは、手を繋ぐのも嫌がられた。

仕事恋愛感情が薄くなったらしい。つらい。

はーーー女々しい。みんなが羨ましい。地元に帰りたい。都会になんか出てくるんじゃなかった。

仕事がない日は、1人でぼんやりして過ごしている。

さみしい。つらい。

2016-06-23

決意

元増田ありがとう

これ私が書いたのかと思って読んで、厳しいブコメに殴られた気分でした。

とくに響いたのが「受け身タイプ」っていうコメント

自分が受け身だったって初めて気付いた。



今まで人見知りで友達がいないのを

雑談が辛い、人といると疲れる、基本的に一人で居たい」

「人の顔も名前も話したことも覚えられない、人に興味が持てないんだろうか」

あたりの悩みから人間が苦手なんだろうなと半ば諦めていたんだけど、

受け身っていうのが大きな要素かもしれない。



思い返せば中学に上がった頃、私は「た」から始まる苗字なんだけど、普段一緒にいたのは

「田木さん」「高木さん」だった。

クラス替え最初あいうえお順に並んで、前後になったから話しかけてくれた人とずっと一緒にいた。

別に話や価値観が合うわけじゃなかったけど、話しかけてくれたから。

自分から他のクラスメートと話そうとはしなかった。

上記の2人とは中学卒業後疎遠になり、それきりだ。

今に至るまでずっとそんな感じだった。

高校大学バイト職場と、必要上話す人と過ごして、友達にはならず、その場が過ぎれば疎遠になって、

そして今「雑談が辛い」という理由退職して独立してしまったのでマジで一人である



でも友達が欲しい。一人でいるのは大好きなんだけど、何だか成長も変化も先もない。

必要なのは「こんな人と会って話したい」と自分が思って自分からしかける積極性かもしれない。

人が苦手、で止まらないで自分から話してみるのが大切かもしれない。

と、元増田投稿で思った。



ブコメに「居酒屋やバーに行け」みたいなのも多かったから、友達まで行かずとも誰かと話してみるかと思って

さっき店を探して歩いていた。

飲みに一人で店に入るのに抵抗はないんだけど、「人と話さなくていい」のが条件だったか

日高屋とか、カウンターしかない客がいない中華屋とか、そういうところしか入ったことがない。

誰かと話すと決めて店を探すのは怖かった。



で、あたりを付けていた店がグループ客が多くて尻込みして帰ってきたよ。

私のバーカ!弱虫!!

でも、人と話そうと思って店を探したのは事実なので自分を褒めてあげよう。



あと、近々オフ会がある。

オフ会行っても友達できないと思う」ってブコメあったけどそれがまさに私で、

今までオフ会でも人と話すのを避けていたけど、今回は自分からしかけようと思う。

色々失敗するだろうけど、経験値を積まなければいけない。



人に対して受け身。

このこと、20年前に気付きたかったな。中学生の頃に。

友達以外にも、親との関係とか色々変わった気がする。

でも気付いたんだから遅くないさ。



以上お礼と、これから頑張るという決意でした。

元増田友達できるといいね

女子中学生が眩しすぎる

通勤の道すがら、いつも同じ時間に反対側に向かって歩いてくる女子中学生がいる。

力強い眼差しで真っ直ぐ前を見て、いつも少し早めの歩調を崩さずに歩く。

僕はもうすっかりおじさんで、彼女くらいの娘がいてもおかしくない年齢だ。

運動には気をつけているので歳の割には若く見られる方だが、彼女からすれば醜い生き物にしか見えないだろう。

彼女中学生であることはその着ている制服でわかる。近くにある公立中学のものからだ。



彼女学校に向かう時はいつも一人だ。

一見不機嫌そうな無表情で、前だけをみて歩いている。

顔立ちは今時のアイドルといった可愛らしさではなく、マニアックシンガーソングライターのような大人びた雰囲気を持っている。

回りくどい言い方をしないのであれば、私が好んでやまなかったfra-foaという解散したロックバンドヴォーカルにそっくりなのだ

ただ顔立ちが似ているというだけではない。

彼女視線や歩調から感じる意志の強さや、それでいて身にまとう儚げな空気感のようなものまでが生き写しといっていいほどだった。

僕が彼女存在意識するようになったのは、そのことに気付いてからだ。

だが相手中学生だ。

間違っても間違いを起こす訳にはいかないし、そんな汚れた目で彼女のことを見ているつもりもない。

から僕は、僕の存在彼女人生の汚点にならないように、彼女とすれ違う時はできるだけ彼女意識していないように、彼女の印象に残らないように振舞っていたつもりだった。



そこは500mくらいの真っ直ぐな一本道で、僕はいつも左側を歩くのだが、彼女ははじめのうち向かって右側を歩いている。

そうしてその道を100mほど進むと、彼女は決まって左側に道路を渡ってくる。

彼女が右側から左側へと毎回渡ってくる理由は、彼女がその道に入るのに右に伸びる側道から入ってくるからで、その道を抜けた先にある学校は左に伸びる側道の先にあるからだ。

ただ、なぜか理由はわからないが、彼女はいつも決まって同じタイミング道路を渡った。

長い一本道でなので、多少出発時間前後しても大体どこかしらですれ違うことになる。

まり、すれ違う場所によって、彼女は右側だったり左側だったりするのだ。

はじめは彼女を少しでもそばで感じたいという気持ちに負けて、彼女が左側を歩いている時にすれ違えるようにとタイミングを見計らったりしたこともあった。

しかしそんなことが続けばいらぬ疑いをもたれかねない。

そのために、むしろ早すぎたり遅すぎたりして彼女とすれ違わない日も作るようにもした。

彼女と同じ左側ですれ違える時は、正直に胸が高鳴ることを感じていた。

そんな自分彼女にとっておぞましい存在であることは自覚しているつもりだった。



そんなことを半年ほど繰り返したある日のこと。

その日、彼女はまだ僕と反対側、道の右側を歩いていた。

いつものように彼女存在を気づかないふりをしようと歩いていたのだが、距離が近づいてくるとふと違和感を覚えた。

彼女の顔がこちらに向けられているような気がしたのだ。

気のせいかもしれない。そう思い込みたいだけかもしれない。相手に見られてる気がするだなんてよくあることだ。

自分にそう言い聞かせようとしてみた。

しかし、あっけなく好奇心に負けた僕は、とうとう彼女のほうに視線を送ってしまった。

するとどうだろう。

いたことに僕の陰鬱で卑屈な視線は、彼女の真っ直ぐな視線真正から衝突を起こしたのだ。

僕はその視線に押されてすぐに顔を背けてしまった。

彼女記憶に、おぞましいものをおぞましいものとして残してしまたかもしれない。

僕は好奇心に負けてしまったことを強く後悔をした。

それでもまだ感じる視線を払いのけるように、僕は前だけを見てひたすら歩き続けた。



次の日、昨日のことは何だったのか考えながら再び僕はまっすぐな道に差し掛かった。

すると、僕はいもの様に真っ直ぐ前を見ながらこちらに向かってくる彼女を見つけた。

その時彼女はまだ道の右側を歩いていた。

そんな彼女の顔に何気なく視線を向けてみると、その視線はまたしても彼女視線真正から衝突することになった。

僕はすぐに視線を逸らした。

まだ近いとは言えない距離にも関わらず、彼女視線は間違いなく僕に向けられていたのだ。

理由もわからず僕は真っ直ぐ前を見て歩き続けた。

もうすぐで彼女左側に渡ってくるポイント差し掛かった時のことだ。

僕は視線を動かさないようにしているつもりだったが、今度は彼女の方から僕の視線に入ってきたのだ。

そうして今度は明らかに、はっきりと彼女が僕を見ていることが分かった。

僕はできるだけ動揺をさとられないように、あたかも別のものに興味を示したかのようにして視線を泳がせるのが精一杯だった。



一体どういうことだろう。

誰かと勘違いしているのだろうか。

いくら冷静に理由を考えようとしても、彼女の真っ直ぐな視線に矢のように射抜かれてしまった心臓は落ち着きを取り戻せないままでいた。

その時、遠い昔に忘れていたような感覚が、どす黒く薄汚れた内臓をかき分けてこみ上げてくることが分かった。

自らのおぞましさを恐れずに言うなら、これは恋だ。

その言葉が僕の口から発せられることが、どれだけ気持ち悪いことなのかは承知しているつもりだ。

しかし他に説明のしようがないのだ。

まぎれもなく目覚めてしまったのだ。僕の奥底で息絶えたはずの甘酸っぱくも苦々しい感情が。

とうの昔に、薄汚れた性欲によって噛み殺されたはずの純粋気持ちがまだ僕の中に生きていたのだ。



それからというもの、すれ違う度に彼女視線を強く感じた。

勘違いだと思い込ませようとしながらも、好奇心に負けて彼女視線を向ける度に、真っ直ぐな眼差しが僕を射抜いた。

彼女は何を思って僕のことを見ているのだろうか。

動物園動物を見ているような感覚なのか、それとも万人に対し同じように興味を持ち合わせているのだろうか。

どちらにしても僕のようなこんな醜い生き物にしてみれば、彼女存在視線もあまりに眩しすぎるのは確かだ。

僕はとうとう堪え切れず、出発時間を大幅に早めることで彼女とはもうすれ違わないことを選択した。



誓って言えることは、彼女に対して性的な興味は一切持ち合わせていないということだ。

自分でも不思議と、いやらしい目で見ようと言う思いすら浮かばないのだ。

もし彼女と何がしたいのかと聞かれれば、僕はただ一緒の時間を楽しみたいと迷わずに答えるだろう。

夕暮れの土手に座って、ただ何もせず色を変えていく空をみあげているだけでいい。

二人の間を同じ風が通り過ぎていく切なさを噛みしめたいだけなのだ

ただ、もし贅沢を言えるなら、せめて手だけはつなぎたい。

彼女の体温、皮膚、骨の感触を確かめてみたいのだ。

それ以上のことは一切望まないし、望もうとも思わない。

目の前にある美しさに、ただひれ伏して打ちのめされたいだけなのだ



どうしてこんなにも醜くおぞましい生物に成り下がった僕から、こんなにも純粋で苦しい想いを成長は消し去ってくれなかったのだろうか。

彼女が近づくことも遠ざかることも、今の僕にとっては苦しみでしかないのだ。

色々なことに慣れ、無感動で欲望だけに突き動かされている獣と化している今の僕には、あまりにも耐え難い苦痛だ。

ただ、一つ理解して欲しいことはこれは僕の欠陥ではないということだ。

人間がもともと持っている欠陥に、僕は振り回されているだけなのだから

会わない日が続けば、いつか必ずこの苦しみからは開放されるはずだ。

そう信じていた。



今朝、僕は大幅に寝坊をした。

からは大粒の雨がアスファルトを叩く音が響いていた。

すれ違わないという決断をしてからもう数ヶ月は経っただろう。

彼女は進級したはずだし、もしかしたら中学卒業してしまたかもしれない。

もしそうならば、僕はまた以前と同じ時間に出勤ができるし、彼女視線から身を隠す生活を続ける必要ももうなくなるのだ。

それを確かめるべく、僕はあの頃と同じ時間に家を出た。

そうしていつものように長い一本道に差し掛かると、僕の視線には道路の右側を歩いている見間違いようのない彼女が真っ先に飛び込んできた。

期待していなかったといえば嘘になる。

喜びと焦りが同時にこみ上げては僕の呼吸から自由を奪った。

遠くから少しずつ近づいてくる彼女を、視線の芯に捉えないように、それでいて視線からさないように注意深く追い続ける。

そうして彼女は、いつもの様に左側へと渡ってきた。



視線をさとられないように、それでいて不自然にならぬよう、僕は傘を前に傾けると少し顔を隠した。

歩調にあわせては時折上下する傘によって、お互いの顔は見え隠れを繰り返した。

前よりも少しほっそりと、色白になったように見えた気がした。

それによって、彼女が持つ儚げな雰囲気はより美しさを増したかのようだった。

それ以上覗きこみたくなる好奇心を理性で必死に抑えた。

これまでもう会わないという決断を守り続けてきたではないか

そのまま、あと少し耐えれば今日までの努力は報われるのだ。

しかし、そうしてすれ違おうという時だった。

突然牙を剥いた抑えていたはずの好奇心によって、僕の決意は湿気たクッキーよりも容易く噛み砕かれてしまった。

僕は傘を上げると、堪えきれずに彼女視線を送り、今の姿を焼き付けようとした。

そして、それを待っていたかのように彼女の顔を隠している傘がふわりと跳ね上がった。

気付いた時にはすでに、透き通るような輝きの瞳から迷いなく向けられた真っ直ぐで力強い眼差しによって、しかもこれほどまでに間近かな距離から今だかつてないほどの強烈さで 、僕は脳天を射抜かれていたのだ。



一瞬の出来事だった。

彼女は何事もなかったかのように、いつも通り学校への道を急ぐ。

歩きながらも、僕の目から理由もわからず涙がこぼれた。

すでに遠く後ろを歩いている彼女には知られることはない。

僕は、何か言いようのないもの支配されていく恐怖と喜びとが、同時に全身を蝕んでいくのに身を委ねることしかできなかった。

2016-06-22

厨房時代友達同人アカウントをみつけた

本名インターネットオープンするような迂闊な人物ではなく、かつて厨房の頃休み時間の間や放課後共にBLでキャッキャウフフしていた友達同人ツイッターアカウントを見つけた。

ふと当時の彼女PNを思いだし、興味本位でググった。一発で見つけた訳ではないが、ネットの海をさ迷ううちに、見つけた。

そんな彼女作品を数年ぶりに見て本人だと確信した。厨房の頃から絵が変わっていなかったからだ。



びっくりした。

当時、学校BLが謎の流行をした事により腐女子に対する風当たりは比較マイルドだったので(ヤンキーみたいな人もリア充もけっこう優しかった)、そんな環境ですくすくと発酵が進んだ結果、割と中学生にしては絵が上手な人が多かった気がする。

中学生当時、腐女子歴の長かった彼女は私よりも色んな事を知っていて、私より何倍も絵が上手かった。彼女の作ったグラデ便箋は凄く可愛かったし、そんな便箋中学生で作っていた彼女が眩しく見えた。

印刷所に頼むなんて今よりも数倍面倒くさいのに(+親の同意を得る必要もあるだろう)それをやった彼女大人だなと思った。彼女はあの当時の厨房腐女子仲間の中では1・2を争う上手さだったと思う。

中学2年という多感なお年頃にBL同人を知った私も例に漏れそれから創作活動にのめり込んだ。

スタート地点が年単位で違うので勿論上手さが雲泥だった。当時の私は「今の俺TUEEE」と根拠の無い謎の自信に包まれながら(たぶん中二病も併発してたのだと思う)、それでも先に創作活動を始めた彼女たちの上手さにいつも嫉妬せずにはいられなかった。だけど、同時に憧れの対象であった彼女らにお願いしたり、自分もヘタクソなりに何かを描けば、自分の好きなキャラスケブに描いてくれたので、妬みこそするものの、憎しみきる程頭みそが足りていなかったのでけっこうエンジョイしていたと思う。

しかし、進学を重ねる度一人二人と同人抜けしていき、当時の仲間は散り散りバラバラとなり連絡先もほとんどわからなくなった。結局今も同人活動をやっているのは自分くらいだと思っていた。そんな折に当時の友達を見つけ、今も同人を続けていた事を知った。

彼女つぶやき作品を見た瞬間、嬉しい気持ちと久しぶりに会いたいという気持ちと、

ああこの人は成長しなかったんだなというゲス感情が湧いた。



中学生の頃からかなり時が経っているのに彼女の絵だとわかった。

あの頃から変わらない得意な手の向き、ポーズ、特徴的なパーツ。

ハンコ押しのように何も変わっていないからすぐにわかった。厨房だったあの頃、何度も彼女にねだってイラストを描いて貰っていた。何度も同じものを見ていた。あの頃から色の塗り方も描き方もすべて、変わっていなかった。

中学生にしては絵が上手な人が多かった気がしていたが、当時ピクシブみたいなサイトSNSがない時代中学生の上手いは、たかが知れていた。

鉛筆シャーペンで描いた上手さのまま何も変わらずにここまで来ていた。



似た人を思い出した。厨房の頃自分の中で一番上手いと思っていた友達だ。

の子も一緒だった。その子はもう同人をやっていないが、漫画を描きたいといつも言っている。だけど、飲みで会っても、当時のように絵を見せてくれなくなった。どうにかピクシブアカウントを教えて貰って見に行くと、当時のまま何も変わらない絵がそこにあった。

同人活動をやっていると成長につれて何かしら絵柄の変化があると思っていたけど、何も変わらずそのままである人が世の中には居るのだと感じさせられた。本人には変わらない事が「個性」で「その人らしさ」なのかもしれないけど…しかし、彼女達のピクシブの点数やブクマの数はかなり残酷だ(もちろんそれがすべてではないのだけど…)

いや単純にもしかしたら描いてないから変わってないのかもしれない…



中学生のあの頃から何年も経った。同窓会程仰々しいものは嫌だが、当時の友達を集めてひっそりと食事会をしたいなと思う事が増えた。

同人アカウント彼女同級生として久しぶりに会ってみたい。だけど、同人の話になったら腐女子独特のマウンティングが発生しそうだ。きっと自分も嫌な人間になると思う。

卓上のものが何一つ手に取られる事のなかった時代に比べれば、オンデマよりオフセットで刷る方が費用がマシ(勿論諸経費と合算すれば赤字ではあるが)な程には成長したと思っているし、私は当時の彼女たちを―…絵の技術で言えば、追い越したと思っている。

厨房時代のように純粋スケブを頼める程今の自分は綺麗じゃない。ていうか今の中学生の方が上手いと思う。

同級生として会いたいが、会っても自分同人をやっている事を隠さないと昔のように楽しく二次創作の事で話せない予感がする。

綺麗な思い出は思い出のままにした方がいいのかなあ。



…と、ここまで打っていて、一つ厨房時代の頃を思い出す。

当時、絵が上手な腐女子結構多く、表面的には仲良しではあったものの、裏では派閥が生まれていて、絵の上手さやあれこれで互いにディスしあっていた。たぶん自分底辺だったから歯牙にもかけられていなかった為、色んな人から色んな話が出てきていた。何も口には出さなかったけど、そうする自分も大概である

そう思うと、あん厨房時代も綺麗ではなかったしあれから何も変わってないよなあ…とブラウザそっ閉じした。

私が今まで受けてきたものライト虐待だったのだろうか。

アラサー世代女性で、小さい頃から父親から叱られる=父親から叩かれたり、頬をつねられたり、つまりは痛い目にあうことがデフォルトだった、という方はどれくらいいるのだろう。

叱られるのにはきちんと理由があって、自分でも「ああ、これが悪くて叱られているのだな」と思えるのだけれど、とにかく痛いし怖い。そして「お前はこういうことして叩かれているのだ、わかるなバカ者!」というような言葉サービスで付いてくる。すぐに思い出せる幼少期の記憶だと、リビングに貼られた九九表の前に私が立ち、泣きながら8の段を言っていて、間違えるたびに大声で「違う!!!!」と怒鳴られ、叩かれる情景が浮かぶ。思い出していて気付いたけれど、昔の父親記憶で怒られたこと以外の記憶ほとんどない。お風呂冗談で突き落とされて泣いたことを急に思い出したけどそれは今回あまり関係ないのでこれ以上思い出すのはやめようと思う。

私が叱られる原因の8割から9割は勉強のことだった。父親勉強至上主義で、「この世の中で勉強が1番楽しい」が信条だった。そしてそれを娘の私に身をもって体験させてくれた。お陰で私は幼少から東京に住み、一人っ子長女としてすくすく育ち、訳も分からないまま中学受験の為の塾に通い、やっとのことで第2志望の私立合格(補欠)、進学校を謳っている学校大学受験に向けてまた勉強、やっとのことで大学合格(滑り止め)した。

特に父親語学に厳しく、中学に進学してから私に徹底して英語を教え込んだ。

その頃は彼が単身赴任だったため、私としても気が楽だったが、中1最初英語の小テストが悪かった私に電話越しで大激怒。以来ほぼ週末ごとに帰ってきては何時間も何時間も私「と」勉強、私も夏休み連休の時には彼の元へ赴き、何もない暖かな田舎街でいつ飛んでくるか分からない鉄拳リモコンに怯えながら英語勉強をしていた。

叱られて叩かれるのが嫌なら自分勉強をして成績をあげれば何も言われないのでは、と思う方がたくさんいると思う。私もきっと昔はそう思っていた。自分なりに勉強したつもりで彼に備えていた。でも、私の一生懸命と彼の一生懸命が違えばまたそれで叱られることになるのだ。父親の彼が正しいと思う「ものさし」は鉄のように硬くて、私のような非力な子どもには曲げることができなかった。

そうなると、どうせ何やっても叱られるんだから何もしないでその場限りで痛い目にあってしのごう、という考えにシフトしていく。そうすると、どんどん「叱られている」という感覚が鈍くなっていく。「またいつものやつだから耐えよう」というある種のルーティンだった。反抗するなんて考えたことも無かった。それは「おとなしくしていればいつか終わるし、反抗なんかしたら絶対殺される」と思っていたからだ。寝ている間に殺されたらどうしようと眠れない夜を過ごした時もあった。反抗はしなかったけれど、殺られる前に殺ろう、とは思った。けれど、犯行がばれて自分人生を棒に振るのがもったいなくて実行はできなかった。母に迷惑もかかる。

そういえば母は私をこっそり助けてくれたけど叩かれている私をかばうことはしなかった。母も父親には逆らうことができなかったからだ。私も母が痛い思いをするのは嫌だったので何で助けてくれないんだろうという気持ちよりは母にとばっちりがいくことの方が心配だった。

いろいろ思い出しながら書いていたので長くなってしまったけれど、結局私はやっと終わると思っていた父親との勉強暴力コンビが終わらなかったことに耐えかねて(大学の授業には必修で語学がある為)、初めて反抗期を迎え、やる気を失い、いろいろあって今現在アラサーニートである

ここまで娘がおかしくなってしまったので(父親プランでは娘の私は大学を4年で卒業し、そこそこ名前の知られた企業就職して、今頃は結婚して子どもがいる予定だった為)最近では暴力を振るったことに対する謝罪も聞くことができるようになったが、あくまでも彼の暴力教育の一環、延長であり、虐待とは違う、という思いであるらしい。あと、教育以外のことにはほとんど口出ししてこなかったではないか、とも。確かに交友関係などには口出しされた覚えはないけれど、でもマンガ捨てろとか、スカートが短すぎるとか、化粧濃いとか髪の毛染めるなとか、言われてたぞ。勉強関係ないことをやりすぎとか、思い出してみると結構言われている。


周りに私のような体験をした人がいないので、とても気になって今回色々と書いてみた。こうやって育てられたけれどもきちんと優秀な成績を修めて大学卒業して就職して今幸せ、という人にはどうやって親を克服したのかぜひ教えて欲しい。

それから条件付きとは言え子どもに手を上げてしまうような教育をしている方は即刻やめてほしい。状況とか回数とかそういう問題ではないから。少なくとも私にはそうだった。頭を殴られた痛みはしばらく続くし、またそういうことをされると思うと萎縮してしまう。放たれた暴言はわんわんと脳みそに響きわたり、ふとした瞬間に思い出されて苦しい。多分教育効果もない。上にも書いたけれど、自分行為反省するきっかけにはならなくて、暴力暴言に耐える修行みたいになってくる。

あとお子さんが私のように大人になってから爆発すると、親子関係がとてもギスギスする。お互いの距離感が掴めなくなるからだ。距離は縮まることはほぼないと思う。

タイトルには、虐待だったのだろうか?というタイトルをつけたけれど、これが虐待だろうがそうでなかろうが、今となってはどうでもいい。痛みに耐えるだけの思春期はもう遥か昔のことになってしまって、取り戻せない。ただ自分が考えているより今までがしんどかったので今回文章にまとめてみた。お前よりもっとしんどくて苦しい人はいると言われたって私の辛さは私だけのものだと思っている。長くなってすみません

進学校辞めたい

 結論から言うと、学校の造りと、教師のつくりが合う気がしないことだ。 

これがばれて何か処分が下っても結果として目的は達成できるのでフェイクを入れずに書いていく。

 中学時代、私は運良く勉強に恵まれ、第一志望としていた県でもトップクラスと呼ばれている進学校(といっても偏差値は70弱)の公立高校へと進学することができた。都内に住んでる人からすると公立高校は滑り止めの印象があるかもしれないが、地方中枢都市であるこの県では、中学受験をしなければ基本的に逆の立場であると考えてもらいたい。当然その結果を報告すると、周りの大人達はほめた。「親孝行だ」という人もいたはずだ。私は当然満足した。文化祭学校説明会に訪れ、親の勧めとはい自分自身で決定した行動だ。さらにその高校には美しい校舎、ハイレベルな進学実績、なんと公立高校であるにも関わらずエスカレーターまで完備されていた。ここまで書くとその県に住んでいる人は特定できたかもしれない。おそらくそ高校で合っている。わからない方はのんびりとした高校生のやりとりが特徴の春アニメの校舎を参考にしてもらいたい

 入学してから私は気づいた。この高校設備の劣悪さ、そして学校に漂う嫌な空気である

 まず、デザイナーがこだわった「美しい校舎」と「素敵な設備」のひどさである。端的にいうと、高校使用する造りではないのだ。第一に、通気性が悪いのである高校特定した方々は驚くかもしれない。教室の片側はほぼガラスの窓であるにも関わらず、その殆どが開閉もできないのである。そして、開いても微々たるものである。その空間高校生がひしめき合うのである地獄だ。次に、本校の大きな魅力であるエスカレーターに甘えきった造りである。なぜか上りのみのそれによって、階段が少なく、そして狭い造りとなっている。普通の校舎の造りであれば問題はさほどないかもしれない。しかし、なぜか校舎の最上階にすべての普通教室がまとまっているのだ。下校時の混雑は苦痛と呼べるそれがある。

 ……と、校舎の造りのひどさについて語ってきたが、こんなものは大きな理由ではない。大きな理由は、その学校に漂う空気である

 この高校対外的には進学校と呼ばれている。しかし、当の生徒たちからは、「浪人工場」と呼ばれているのである。どれだけ浪人が多いのかというと、地元国公立大学(高学歴芸人として地元芸人が出られるレベル)の合格者の3分の1が浪人である東大合格者もほとんどが浪人である

 浪人が多いだけでは、辞めたいと思わない。最大の問題浪人をあたか美徳であるかのように考えている教師たちである。第一志望を貫くのはいいことであるかのような考え方だ。そして異常なまでの国公立信者である最初から私大を選ぶなといった空気を醸し出している。校内にはられている大学関係の掲示物もかなりの割合を国公立が占めている。あの見えない圧力気持ち悪い。まるで浪人予備校のようだ。

 こうやって書いてきたが、当然他の生徒が嫌なわけではない。むしろ人間関係で言えば中学時代のほうが苦しかった。ただひたすらに、この学校があるのとそこで働く人間の考え方が気持ち悪いと感じただけである。拙い文章でで申し訳ない。

追記…拙いって言ってるだろ!文章についての批評をするなクソワナビ

理由のない備忘録 2

自分が考えていたネタのどちらかをここに納めようと思ったが、そのうちの一つだけ愚痴らせてもらう。



まだ大学生という身分ではあるのだが、大学自体に行くことそのものを疑問に感じながらも結局のところ親が主導権を握っていることをいつも思ってる。

今日はそんなことを書き留めたい訳ではない。



自分20代であるものの、「いつまでも絶えない30~50代くらいが想像する若者レッテルは何故生まれしまうのか」を最近無駄に考えていた。

特に見ているとしたら大学内の学生になるだろう。

しかし、「若者」とはいってもどこぞの綺麗な表紙で飾られているような清楚な若者ばかりではないのだ。



喋りや風貌からして融通の利く有能そうな奴もいれば、明らかに口だけは達者で具体的な中身がボロカスみたいな奴だっている。

そこで自分が見ている部分では、性格が合わなさそうな相手だとしてもどのような意見を持っているのかを確認している。

今の就活状況は某アニメーション映像みたく、グループディスカッションを行いながら共同で作り上げることが多くなっているかもしれない。

自分も何回かやってみたが、正直言って他力本願他人に頼り、その内容をまるで自分がやったように自己満足している状況しかなかったように思える。



そういった経験から感じたのは、「若い人で限定した場合集団の中で使えそうな駒がいれば、そいつに全て人任せにして得た利益を同じく貰おうとしている」という考察に至った。

何故若い人がマスコミによってあたかも中身のない無能馬鹿みたいにされているのかがなんとなく理解してきたのだ。

若者馬鹿だと玩具にされる→あまり具体的なプロセスまで組み立てる思考を停止させている→そのことから現実問題に置き換えると、できそうな奴に全て用件を投げ捨てて楽をしている」ということであるのかもしれない。



これはあくま自分がそういった人物としか当たらなかった運の悪さなのかもしれない。

だが、もしこれが1つの講義として成り立つのであれば、日本教育先進国の中で遅れていると言われたらその意見同意するだろう。

大学自体がこういった双方で行う講義積極的に盛り込むのであれば、学生側がただの談笑するレベルで進むようなことは時間と金無駄だ。

前期でもグループワークの授業を取ることになったが、選考の仕方がコンピューターで分けただけという馬鹿馬鹿しい話だったし、志望動機は長々と打ち込めずたった1コースごとに3,4行程度だけというこの始末。

そう思うと教員はそこまで学生を見る暇もないし、説教反省させるような態度を取るようであれば、そのようなリスクを生まないよう選考することが一番の回避策だったはず。



こうなるとバブルの時に大学を作り過ぎてしまったツケがだんだん悪化しているのかもしれない。

学歴として早慶クラス学士博士を取得したとしても、Fランク大学教授としていること自体意味があるのか。

そもそも研究機関である大学なのに特に文系学部に関しては研究成果が公開されないのだろうか。

しかも、そういったことは学祭の時だけに公表しているという。


個人的意見としては、大学として本当に機能しているのは理系学部と十分な研究費用材料存在する上位の大学であると思う。

そして、一番の問題として進学することが当たり前の世の中で、何故小さなから勉強以外で自信の持てる個性を身につけさせないのかということである

日本同調集団社会であること自体変わらない。欧米欧州のような確立されたシステムの中で自らのキャリア構造若いうちから立てられるチャンスが存在する。



しかし、今の日本子供を産んだ時点からレースが始まっている。それは「受験である

小学校からまり幼稚園ではしつけや漢字を読ませるなどのことを徹底している。

このことから子供たちにとってはそれが当たり前の日常ではあるが、逆に親はどういったものを彼らに与え、何を見せているのだろうか。

最近朝のニュース番組を見ていたら、親がある日本古来の物語の一部分を子供に向かって言うと、残りの部分をスラスラと答えていた描写があった。

他にも子供偉人の本を読んで楽しいと感じていた。



日本では教育施設機関に行かせることが中学まで義務付けられている。

そして最終的な目標受験とされている世の中で、学校に対して縋っている、甘えているのかもしれない。

学校に行けばやりたいことが見つかるのであれば、子供がが成人になるまでに彼らのやりがいが感じられる選択肢を助言することも一つの教えではないのか。



神経質な感じではあるが、自分としては金と空気を読む力さえあれば生きていけるのならそうしたい。

ただ、創造性や発展させる力に関する教育学習が欠けていると思う。

学歴、経歴だけの外見だけではなく、その人間本質証明できる機会が増えればいいなと感じている。

僕の彼女ミス・ユニバース

僕の彼女ミス・ユニバースだ。

世界で一番、可愛い

整った顔立ちも、僕に会うときだけ見せるハーフアップも、"平均的な20代女性"みたいな感じで教科書に載ってそうな身体も、すべて世界一だ。

高学歴なところも、人一倍優しいところも、実はプライドが高いところも、全部だ。

僕の中では。

いままでいろんな料理を食べてきた。

ミシュランがどうだとか、海外の最高級ホテルが出してるやつとか、そういうのもたくさん食べてきた。

でも彼女手料理世界で一番だ。あとおばあちゃんのも。

どんな高級セラピーも、死ぬほどエロいAVも、彼女には勝てない。

僕はこの世に愛なんてないんじゃないかと思ってた。

今の僕を昔の僕が見たらお花畑野郎と罵るだろう。歳になって平和を歌うようになったロック歌手卑下するように。

彼女のおかげで僕は圧倒的に成長できた。人生どうなるかわからないけど。

中学の頃、会えたことに、感謝している。

一週間後、このクサい文章を見て恥ずかしくなっているかもしれない。

でもこれからもずっと大切にしたいということだけは変わらない。

僕を好きでいてくれてありがとう

愛しています

追記 : 中学ほとんど行けなかった夫

http://anond.hatelabo.jp/20160621052125

に追記します。



皆さんのコメントを読んで、自分が間違っていた事に気がつきました。

しろ大きな問題点があったのは私の方で、国語の授業で答えるような正解を考えるのが当たり前のように思いこんでいたのだと思います



夫と自分の違う所がわかっただけなのに、夫の方が普通でないと勝手に決めつけて勝手に1人で心配してしまいました。

愚かだったと反省しつつ、音読ドリルをめくっていたら

金子みすずの「私と小鳥と鈴と」に

「みんなちがって、みんないい」と書いてあって、

ああこれだった…とやっと気がつく事ができました。

夫と一緒に読んでいて内容もわかっていたのに、どれだけ上っ面での理解だったのかと恥ずかしい気持ちでいっぱいです。



雨ニモマケズ」の感想を聞いた時は考えもしていなかった内容に驚いて、すぐ検索玄米4合の背景について諸説調べて夫に伝えていました。

でもデクノボウについては、「人から評価は気にせず、良いと思うことを地道にやっていきたい…みたいな事だと思うよ」と適当説明をしてしまっていたので、トラックバックで教えて頂いた「矛盾研究」などを知る事ができて良かったです。

この点だけ見ても、夫の視点の方が正しかった事がよくわかりました。

グスコーブドリの伝記」も読んでみようと思います



音読ドリル夏目漱石坊ちゃん」の冒頭を読んで

坊ちゃんバカだね。続きは?」と気にしていたので、

ドリルが終わったら坊ちゃんを勧めてみようかなと思っています



(資格試験などで問題文章を読んで理解するのに時間がかかって、

答えはわかるのにギリギリ合格できず残念がっていた事があるので

本人の興味のもてる範囲内での読書などで何とかできたら…という気持ちはあります。)



元々、夫に何か無理にさせるような事は考えていませんでしたが、

これからは夫との違いを興味深く楽しんだり補いあったりしていきたいです。



先ほどは、ドリル巻頭の「お口の準備運動」というページで

「あめんぼ赤いな、あいうえお

と読んでいましたが、

「あめんぼって赤くないよね??

そういえば、あめんぼ最近見ないね

と言われました。

これから、あめんぼのことも一緒に調べてみます



コメントして頂いた皆さん、ありがとうございました。

2016-06-21

言葉問題だと思ってたけどそれ以前だった

大学生男です。

中学高校と同じ部活だった友達女の子がいる。

の子言葉の使い方っつーか意味が時々かなり独特なんですよ。

話が噛み合わないなーって思った時に、この言葉ってこうだよねって確認すると、その子の中では違う意味だったりする。

そんで、その子が親ともめてるらしくて愚痴を聞いてたんだけどさ、親が自分の事を全然わかってくれないって言ってんのね。

から俺は真剣に考えて、また独特な言葉の使い方してんじゃねーの、わかってほしいんなら自分言葉意味を調べてから話したら?つったわけ。

そしたらマジ切れされたよね。余計なアドバイスすんなって。

あーはいはい話聞いてほしかっただけなんだね。

つか何でもめてるのかって援交がバレて怒られてるっつーね。

そりゃ言葉意味以前の問題だわね。全然ダメアドバイスして悪かったわ。

って、お前援交してたんかよ。知らなかったよ。

ダメだもう、話しててもこいつと3万弱でヤれんのかとかしか思えない。

友達やめるわバイバイ

この前焼き鳥屋で初めて出会ったおじさん(子連れ)が、特に会話もしてなかったのに帰り際に急に

「あぁぁぁ!お兄さん! ロックロックどうです!ロック好きっすか!? 僕は今年もフジロック行くんですよ!!あぁーーッ!!」

ってがっちりと両手でこちらの手を包むような握手をしながら言ってきたけど、あのおじさん、ちゃんと子供迷惑かけずに家帰れたのかなあ……?

ロックってやっぱヤベェのかもしんねぇなってゴツゴツした大きな手のぬくもりを感じながらちょっと思いました。



音楽ジャンルとか気にして聞かないから、この人がロックですよ一覧表みたいなのがないと「あ、この人の曲好きです」とも言えなくて申し訳なかったなあ。

ナルト主題歌になりそうなやつで速いのは大体ロックなんじゃねーのぐらいの認識から音楽自体は好きだけど音楽を通して語りたい人とは結構な断絶がある。

そういえばビートルズってロックなの?中学音楽の授業でヘイジュードだけ聞いてなんか静かだしゆっくりだし辛気臭いなあって思ったけど。

多分BGMとかで他にも色々聞いてるんだろうけど、曲と曲名アーティスト名が紐づいてない。

中学ほとんど行けなかった夫

先日「毎日音読をすると言葉がすらすらと出てくるようになる」という記事を見て、いつも上手く喋る事ができないという夫に音読を勧めてみた。

直後から美容師と会話する時に言葉が出てきやすくなった!」と効果を感じたそうで、会話も少しスムーズになってきたり、側から見ても良い感じに変化があったので、これからも続けていこうと思ってる。



でも大きな別の問題点が浮き彫りになった。



小学生用の音読ドリルを買ってみたら各種名文が使われていて、授業やなんかで一度は目にした事がある詩や小説の一文、枕草子徒然草古文など懐かしいものが沢山あった。



でも中学生の頃に家庭環境がひどくてほとんど学校に行ってなかったという夫にはどれも初めて触れるものだそうで、一応スラスラと読む事はできるし現代語なら概ね内容も理解しているようなのだが、感想はどれも「よくわからん」と言う。



特に詩みたいなものは全く心が動く事がないようで「で、何が言いたいの?」という感想ばかり。

例えば一番長感想を言った、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」では

「こんなにあちこち行って色々頑張ったり良い事をしてたら、デクノボウなんて呼ばれないでしょ?あと玄米4合って多すぎ。」

と言っただけだった。



ただ読書感想文が書けない子ども状態なのか、それとも元々何か大きく欠けたものがあって情緒的なもの感じる事ができないのか、どちらかわからない。



もう結婚して長いけれど、映画やなんかで泣いてるのを見た事がないし本人も泣いた事がないと言ってる。

でも可愛いキャラものが好きだったりふざけたりいたずらもするし、まるきりロボットのようなわけでもない。PCを使った複雑な仕事も日々問題なくこなしている。



でも文章理解力の低さと、情緒表現理解が乏しいのは間違いない。



Twitterの短い文章でも、若い子の書く遠まわしな表現文体とか、添付の写真を見てやっと意味理解できるような文章とか、夫に見せてもなかなか理解してもらえず、説明してやっとわかってもらえる事がよくある。



普通に小中高と過ごしてきていてこうだったら、ただこういうタイプの人なのだと思えるんだけど、もし義務教育を受けられなかったせいだったら「今からでも何かできる事がないか音読じゃなくて小学校国語からやり直したらいいのか…」「できる事なら今から中学校に通わせてあげたい」とか考えてしまう。




※追記しました↓

http://anond.hatelabo.jp/20160622003021

中学担任自殺した理由は恋だった

生徒のOさんに恋してしまって自殺したと噂だった。

だがOさんの言った言葉は「気持ち悪い。」だったので死んで良かったのだろう。

2016-06-20

先週痴漢に遭った

中学高校地方都市チャリ通だったか痴漢に遭ったことは一度も無かった

大学上京したけど徒歩圏で一人暮らししてて痴漢と無縁だった

珍しいケースかもしれないけど痴漢との初遭遇は社会人になってからだったよ

会社の近くの家なんて家賃高すぎて借りられないし長時間電車通勤不可避

意外だったのは朝より帰りの電車のほうが痴漢に遭うこと

それも仕事が忙しかったりミスして怒られたりしてクタクタのヨレヨレで

ベースメイクも崩れて実年齢より老けて見えてんじゃないかって時に遭うんだよね

確かに疲れきってて早く家に帰りたくて通報する気も起こらないか

通報されずに痴漢成功する件数を増やしたいとしたら賢いのかもしれんね

賢かろうが賢くなかろうが、疲れが増すし邪魔から痴漢には死んで欲しい

仕事などで本名肩書きをお互いに把握した状態で知り合う男性らというのは

飲みの場で「女が俺のためにお洒落して努力してくれたりするのは嬉しい」なんて言うけど

匿名ネットだとそういう意見は「女に媚びた意見であって本音ではない」という人もいるね

無抵抗で犯されっぱなしになりそうな弱った女や無知な女に欲情するのが本音という男もいれば

「俺にかわいいと言われたくて頑張っている知能の低くない健康な女」にぐっとくるという男もいる

何がそれらを分けるのか、専門家でもないし調査したわけでもないけども

知能の低くない健康な女が俺にかわいいと言われたくて頑張ってることに

リアリティを感じられるか否かって大きいかもね

リアリティを感じられなければ性犯罪か、買春か、生きた女を諦めてフィクションに行くか、女への興味を失うか

他はなんでもいいけど性犯罪だけはやめてほしいんだよね

疲れるし死んで欲しい 邪魔

なんでどこにも異常が無いのにポンコツなのか

中学から発達的に(勉強ができないわけではないがコミュニケーションとか努力とかができなくて)周りについていけなくなって会話とかできなくなって

以来友達とかひとりもできず無い内定大学卒業して無職やって

観念して派遣工場行って単純作業やってるけど段取りとかが苦手で会話とかできなくて死んでる

なんでどこにも異常が無いのにポンコツなのか

中学から発達的に(勉強ができないわけではないがコミュニケーションとか努力とかができなくて)周りについていけなくなって会話とかできなくなって

以来友達とかひとりもできず無い内定大学卒業して無職やって

観念して派遣工場行って単純作業やってるけど段取りとかが苦手で会話とかできなくて死んでる

就活に失敗する人

いろんな人がいるけど、就活まで「進路を選択する」ことをしてなかったんじゃないだろうか?

小学校中学校はそのまま進学できる

中学高校は進路を選択できるものの、結局のところ自分学力にあった高校を選び、そして入学するのだ。

そこに「選択」というもの存在するのだろうか?

高校大学もほぼ同じだ。自分学力にあった大学。それなりに地頭が良ければMARCH関関同立、近くの国立大選択肢はそんなにない。受かったところに入ればいいのだ。

 

そしてここまでで一番のポイントは「合格に明確な基準がある」ということだ。

いくらかの勉強をして、決まった点数を取ればよかった

だいたい決まった道を、用意されたハードルを、与えられるまま超えてこればよかったのだ。

 

そういった人は就活で積む

なにせその後には道などないのだから

ハードルを与えられない

それは恐怖だ。何をすればいいのか分からないのだ

そして道のない原っぱに立ち呆然と後ろを振り返ったとき絶望するのだ

 

「ただ道を歩いてきただけの君は、面接で何かアピールすることができるのかな?」

バイトはした?」「資格は取った?」「サークル特筆できる活躍をした?」「友達はたくさん作った?」「恋人はいるの?」

 

そんなものはない。そんなハードルは道の上に置かれていなかった

とりあえず勉強をして単位を取って大学の2年を過ごしたのだ

 

だがもう戻ることはできない。

今までしてきた通り、周りを見て、同級生と同じレベル会社を受けて、そして…

 

当たり前のように内定は出ない

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160619223801

今まで中学高校大学とどのように過ごしてきたか、その集大成評価就活において内定という形で表れているだけだ

社会人になる段階で、自分の今までの人生価値がつけられる場なんだ。自分価値と向き合え

ネタか本気かわからないが、、


社会のせいにして泣き寝入るのも不毛だと思うけど、この増田みたいにな就活マッチョ的な人がきっと一定数人事とかにいそうで(マイナビリクナビ社員にもいっぱいいそう)そりゃ就活生も苦労するわなって思う。大学生時代までにもっといろんな本を読んだり(特に伝記)いろんな人にあったりして世の中新卒採用人生まらんってことを知れば「内定か死か」みたいな発想にはならないんじゃないかなあ

就活が上手くいかないのを社会のせいにしたい人

就活が上手くいかない、日本就活おかしい、私は被害者

こういう書き込みとか日記とか見ると、すごいイライラする

逆にどういう人が就活成功してるのか考えたことはあるのか?



1、東大京大といった高学歴

君たちが遊びほうけていた高校時代をひたすら勉強にささげたのが彼らだ

なんでそこで努力しなかった?いい学校に行きたくなかったのか?



2、体育会サークルボランティアなどで実績をあげた人

なぜ体育会サークルに入らなかった?なぜボランティアをやらなかった?

18年生きてきたら1個くらい何か好きな物あるだろう。本当になかったなら新しいことに挑戦すればよかったのに



3、インターンなどに参加した人

なぜ参加しなかった?内定が欲しくなかったのか?



4、アルバイトに打ち込んだ人

なぜ打ち込まなかったんだ?サークルボランティアと違って興味がなくても何かバイトくらいできただろ

仕事が嫌だったのか?なんで就職したいんだ?



5、学業に打ち込んだ人

なぜ学業に打ち込まなかったんだ?その時間で何をしていた?ネットか?家で恋人イチャイチャしていたか

なんのために大学に行ったんだ?



6、コミュニケーション能力が高い人

コミュニケーションが苦手ならなぜ改善しようとしなかった?

サークルに入るのでも良い接客バイトでも良い、大学というコミュニケーション練習に最適な場所で4年間何をしていたんだ?



7、資格を持っている人

なぜ資格を取ろうとしなかった?



8、就活大学キャリアセンター就活支援団体をフル活用した人

なぜしなかった?内定が欲しくなかったのか?




甘えるのも良い加減にしろ成功者はお前がサボった努力をしてるんだ。その報酬を貰っているだけだ。努力しないで報酬だけ欲しいとは何事か

今まで中学高校大学とどのように過ごしてきたか、その集大成評価就活において内定という形で表れているだけだ

社会人になる段階で、自分の今までの人生価値がつけられる場なんだ。自分価値と向き合え

思春期男女の友情おかしいのか

JKをやっている。わたしには小学校から中学高校ずっと一緒な幼なじみふたりいて、ひとりは女の子(この子幼稚園からずーっと)、もうひとりは男の子である女の子とも男の子とも、3人で帰ることが多いけど、どちらか片方が用事あるときとか、登下校とかふたり普通にする。ときどきふたりアイスを食べて帰る。少女漫画のように「ただの幼なじみだと思ってたのにドキドキ」とかまったくない。怖いくらいにない。というか男の子という感覚もない。なんというかわたしはまあ、好きな人が男だったり女だったりする人だからかもしれないが、友だちに性別関係ないし、恋愛感情を持たないフォルダに入れてしまえばもうまったく意識しない親友である。だけどほかのJKはそんなわたしたちが信じられないようで、めちゃくちゃ彼氏に間違われる。ちなみに幼なじみには両方彼氏彼女がいる。わたしだけ独り身であるちくしょう。いろいろごちゃごちゃするので幼なじみ(男)をa、幼なじみ(女)をbとさせてほしい。aの彼女わたしがaとふたりでいるとすこし気にしているようである。こちらからしてみればなんだか申し訳ないけど同性同士の友だちと変わりないので、自分とaとしてはこれで離れるのもなんだかなあと思いつつも、aとこっそり話し合っている。やっぱり彼女というのは、彼氏女の子の友だちがいると気にするのだろうか。割り切れてしまっているわたしにはよくわからないのである幼なじみも鈍感なのでわかってないようで、こりゃダメ状態である

aとふたりで帰っていると、aと同じクラスの子とか、はたまたわたしと同じクラスの子とかが横を通り過ぎてからこそこそ話していたりするし、単刀直入彼氏?と聞かれたりする。そのたびに違うよと笑っても、じゃあなんでいつも一緒に帰ってんの?の一点張り。友だちと帰ることの何がおかしいのか?男女だからか?その子たちが同性の友だちと当たり前のようにやっている一口交換も抵抗なんてなかったけど、まわりが信じられないような目で見てくるのでいつの間にか3人でいるときもbとしかしなくなった。

もうおかしくてもいいからほっといてほしいというのが本音である。住んでいるところが田舎からかもしれないが、なぜか目立ってしまう。後ろめたいことはなにもないのに遠慮するのもなんだかいやだし、bはもちろんaも友だちとして大好きだし、ずっと一緒だったから、いまさら離れるのもおかしいし悲しい。男女がふたり恋人という風潮をなんとかしてほしい。

わたし男女の友情は成立すると思っているし、なんだったらいまわたしとaに成立している。これからもb含め、ずっと良い親友だと思う。いろいろな人の意見を聞いてみたいなと思ってこれを書いた。ぜひ聞かせてほしい。

2016-06-18

処女喪失した話

何度も処女ネタをここに投げてきたけど、とうとう本番挿入をはじめて果たした。生じき今まで何度もキス前戯も(出合い系で)してきたけど、なんかもう守る必要ないなーなんて思ったので今まであった中で一番のイケメンに捧げてきました。

案外痛くないし割と気持ちよかったのは前戯だけならわりと回数したからかなーなんて思った。

中学の頃からあんまり初めての経験に大してこだわりがなくて、キスセックスも好きでもないイケメンになら捧げたいなーくらいにしか思ってなかった。好きな人となんてじつは一度も考えたことは無かった。

まぁ、ともとも性欲が強いほうだし、このさいこんな形で卒業したって後悔もない。これからヤリマンビッチ淫乱女(彼氏いない歴年齢)として生きていきます

LGBTだけどふつうバイト落ちた

お金もないし夏休みもあるしアルバイトをしようと思った。

落ちた。



「こちらはシュレッダーにかけておきますので」



大手カラオケ店でのアルバイト面接。店の部屋で先方が用意した履歴書に記入し、1シート800円の証明写真1部を添えて面接官の店員に手渡す。面接には決まった手順があるようで、最初の「志願理由確認」にチェックが入ったあと、店員は言った。

「当店には服装規定がありまして……身だしなみとして、男性の方の長髪では働くことができないんですね。……もちろん個人の価値観等はあるでしょうから無理強いはしませんけども、飲食物を扱いますし、耳が出るくらいに……改善が見られないのなら、面接をしてもお互い時間無駄ですが……」

ぼくの履歴書は、のりの付いていない顔写真は、カラオケ店のシュレッダータンクの中に細切りの状態存在するのだろう。



肩に付かないくらいの短いボブカット美容院だって2カ月に1回だけど行っているし、ボサボサってことはないと思う。ワックスでかためたりもしてないし、こんな感じの髪型をした女性しょっちゅう見る。でも、それは男性がするには奇抜でふさわしくないらしい。



18年間生きてきて、耳が出て襟足の短い髪型をずいぶんとしていないことに気がついた。中学高校も通わず高卒認定センター試験だけで大学受験をしたので、その間のNEET時代髪型を気にすることはなかった。大学に入って髪型についてあーだこーだ言われることはない。16歳で始めた性ホルモン剤で、黙っていれば男物の服を着ていても相手はぼくのことを女性だと認識する。

NEETな、本来高校生であるべき時代に同年代トランスジェンダー診断書名前変更について話していた。そんなこと気にせずに自由自分らしく生きればいいと、自室のPCの前でTwitterを眺めていた。

社会に出ようとして、働こうとすると髪を切らないといけない。当たり前のことに、ようやく気がついた。かけずに耳が隠れない長さまで髪を伸ばすのはぼくには無理だ。当時のTwitterフォロワーはそれを知っていて、診断書学校への理解を求めていたのだ。



自分ジェンダーとかよくわからないし、戸籍変更とかどうでもいいかなって思っていた。日本MtFが戸変するには、膣に類似したものを手術で作らないくてはならない。新車が買えるくらいの費用がかかって、生殖機能なくなるんだけど、日本ではそこまでして裁判したいと戸籍性別を変えることはできない。

茶髪OKなバイトだけど、性別変更しないとふつうアルバイトさえできない。就職のことを考えたら憂鬱になった。髪のことをトレードオフしても求められるような技能を持つ人材にぼくはなれるのだろうか。



団地11階と12階のあいだの踊り場で、下を向いて立っていた。救命される未来が見えて、やめた。

吉祥寺に住んでいるから、吉祥寺の男の人を見ていたけれど、みんな耳の下まであるような髪型はしていなかった。



まれときに決まった性別ですべて決まる。

グラデーションを生きるのはしんどい