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2017-03-23

JR九州大罪



JR九州問題が取りざたされる前に、早く安倍政権森友学園問題落とし前をつけたほうがいいよ。

国民安倍政権民営鉄道ともに手を切る準備は出来ているから。



鉄道ファン諸君金銭免許保険と逃げる準備は大丈夫か?

2017-03-22

日本ポスト主義化と経済成長のまいた種

20世紀公共交通一強の時代が長く続いた。交通手段公共交通こそが超大国だった。世界から評価される、エコ経済的バリアフリー…多くのヒト・モノ・カネが鉄道界隈に集まり鉄道を中心に都会が動いていた。この流れからの大転換が日本人ポスト主義化だろう。

新自由主義を掛け声に、公共交通破壊蔓延する。貧民の末裔権力を手にした公共交通はあまりにも汚物象徴になってしまいそうだ。その一方で、自動車バスオートバイの躍進はそれを象徴としていて、過去には暴走族があったが日本人努力によって脱却している。

都会の宝、交通象徴という特性をより伸ばしていくことで発展を続け、世界中の人に優れた都市交通の手本を示し続けた日本だが、逆に言えば、その普遍的テーゼを失ってしまえば価値は大きく低下することになる。鉄道だけとっても他の国の方が優秀そうで、利益公益バランスが取れているように見えるのが、事実だ。

今はまさに分岐点を通過した直後だが、今後はさらに鮮明になりそうな気がする。日本私鉄がそのまままるごと公営化されたりとか、自転車であふれている都会の繁華街などが、いつの間にかバスオートバイに変わったりとか。日本の古きよき光景も変わることになる。



2010年代以降のメインカルチャーがまるで低迷する一方、今日繁栄する文化には共通点がある。どれも経済成長期に台頭した文化だということだ。自動車オートバイだけではない。たとえばオタク文化なんかまさにそうだろうし、特に漫画アニメが目覚ましい発展を遂げた。

最近息を吹き返した据え置き機ゲームも、ソシャゲと言われているオンラインゲーム台頭前は主流だったし、日本大衆ゲーム文化京都花札屋が原点にある。素晴らしいゲーム一見価値があるので、中古ショップオンラインで買って一度遊ぶといいよ。

急激な経済発展を遂げている商業出版界隈だって高度経済成長多様化した。太田出版と言えばサブカルチャーイメージで、過去には完全自殺マニュアルの苦い歴史があり、元少年Aの出版を引き入れたと言われてはいる。しかし、それを除けば普通サブカルチャー本ばかりだ。

すべては「高度経済成長のまいた種」である日本の文化自体がそう。たまたま20世紀には、メインカルチャーが一強構造だったが、21世紀にはそれがサブに、下層に、未知の領域にすら分散しているということ。これをどう付き合うか、私たちも考える必要がある。

同人誌販売オートバイを利用する若者は今では当たり前だという。いずれも昔は有り得なかったものだ。今でこそ中高生でもできるような商業デビューアプリ作成も昔なら不良文化(私の父が高校時代小説出版で当時のお金で何十万円数百万円かもらって停学になりかけたことがある。)で、そのイメージを払拭したのが1980年代2000年代若者たち。これが今の現実の礎を築いたんだろう。

2017-03-21

共謀罪人生を狂わせないための掟

近頃共謀罪が可決されるようです。いろいろと危ない法律だと言われていますが、一番困るのは、その法律によって指定される犯罪者の仲間入りをするということです。

しかし、この掟さえ守れば共謀罪人生を棒に振らずに済みます





この書き込み拡散していただいて構いません。むしろ拡散感謝しています

ぜひ、この掟だけは絶対に守ってください。人生を棒に振らないためにも…。

2017-03-20

最近の若者をみて思うこと

昔の道路写真警察資料を見ると、気付くことがある。免許を持つ若者が少ないということだ。徒歩が多くいたほか、自転車を使う人がかなりいたし、駐車場駐輪場コンパクトだ。今の日本のように、公共交通マイカーオートバイかの構造はない。寛容性があるから選択肢も多かったのだ。

また、今では考えられない程に車やバイクを持つ若者も多かったが、たとえばそれで通学する者はいなかった。もし今のような非寛容主義論理昭和に当てはめれば、都市部の一部を除いて学校駐輪場学生の乗り物ばかりになっていなければおかしい。しかし当時の若者空気を読むことの前に普遍的価値があることをわかっていた。

今の自転車乗りが四六時中ずっと子供貧乏人だらけで、理由が「持つものにふさわしくないから」というのは、そもそも気がくるっている。若者向け二輪車の数が減ってるにもかかわらずユーザー数が2012年以降突然増えたのも、今時の風潮の影響だからだろうが、そもそもその前に普遍的倫理常識文化価値に立ち返るべきだ。



たとえば1990年代2000年代がそうであったように、バイク所持そのものを止めさせるのもいい。道路交通の数を減らし、当然公共交通への負担は増えるわけだが、今はバスがあるので誰も困らない。

そして、大人交通も、例えば自転車制限されても誰も困らない。どうせ今の大人は貧しい人や自転車すきでもない限り自転車ロードバイクなんてみっともないから乗らないんだし。自転車は全部若者に渡したほうがいいし、実際アジア自転車乗りの大人は一部地域を除いて少ない。欧米は危ういけど。

平民ないし持つ層も、公共交通の混雑や車内での外国語の多さに辟易する暇があったら、そんな風習を改め、自転車オートバイマイカーで移動した方がいい。

鉄道交通業界商売根性の件のようなことがあるくらいなら、鉄道既得権を守ることは無謀で限界なので諦めるべきで、公共性ありきに回帰することでゆるやかに最適化していくほうがいい。そうして他の公共交通などでカバーしつつインフラへの負荷を緩やかに減らそうよ。

2011年原発業界と同時に鉄道公共交通ビジネスは突然死した。福島原発地震津波や爆発で死んだら、日本各地の原発が止まり原発だけでなく、鉄道みたいな電気依存する交通インフラバブルも一端全て終わった。2012年に「所謂暴走族がほぼ撲滅状態になった」という建前の元にバイク3ない運動事実上死んだ。いまはJR九州のあの列車成功バブルが復活し、一部の原発運転再開したが、多分この状況も決して安泰ではないだろうと思う。

今度、突然死が起きるとしたら、それだけの話ではなく、社会が、文化が、そしてそれらすべてを束ねる現代文明が倒れるリスクがある。というか、日本右派立憲君主制度が倒れれば連鎖的にその庇護にある日本の伝統社会が一気に終わる。これは本当に怖いことなので、「終活」と「進化」を始めてほしい。

2017-03-19

自転車保険には入っておいて下さいという話

自宅からやや坂を上った所に、公園がある。

その公園に用があって、道路の右側を歩いていた。

そこそこ晴れた春の日の午後のことだ。


ゆるく右にカーブした上り坂にさしかかったところで、坂の上から下ってきたお爺さんの運転するママチャリにはねられた。

=====


自転車ハンドル自分の左腕にヒット、私はその場に倒れた。

お爺さんはママチャリから投げ出され、路面に右手と右側頭部を打ったらしい。



私は、お爺さんの様子を確認して警察を呼んだ。

現場検証が終わって、ほぼ 10:0 で自転車側に過失がある(私には過失がほぼない)という結論説明された。

警察の方が割合を明示したわけではないが、もし訴訟になった場合そういった割合になりそうという話)




それを受けて、一般的なケースを考えてみる。

自動車が人をはねたら、当然ドライバー責任が問われる。

バイクが人をはねても、ドライバー責任が問われる。

自転車が人をはねても、同じだろう。


状況は考慮されるが、車両運転する側の方が責任は重い。本件の交通弱者は私。

当然そんなことはお爺さんも承知しているだろうと、私は思った。



ならば・・・私は幸い打撲で済んでいる。失ったのは現場検証に費やした2時間だけだ。

謝ってもらって、お互い病院に行って、お互い不幸な事故だったと反省し、次に同じことをしないように気をつけていく。

それが妥当な落とし所だろうなと。



が、そうはうまく行かないものだ。お爺さんは警察と私と目撃者を前にして、また繰り替えし言うのだ。

自分ブレーキをかけたし悪くない。お前が道を塞ぐように歩いていたからぶつかったんだ」



事故直後にも同じことを言っていたので、パニック記憶が混乱しているのだと気にしなかったが、どうやら本気で言っているようだ。

人をはねたことを悪いと思っていないのか、「すみません」の一言もこれまで一切なかった

車両運転する人は『歩行者が気づいてないかもしれない。だからスピードをより落とそう』というように、『かもしれない運転』をしなければならないのですよ。教習所ではそう教わります」と説明する私。

教習所には行っていないから分からない」と突っぱねるお爺さん。



ああそうか・・・そういう人か。

日本語を話すことができても、日本語コミュニケーションできないのか。

私の倍は生きているのに、自分がしたことと責任を把握できないのか。

きな子供みたいなものか。そうかそうか。



その後、私は病院に行って診断書を書いてもらった。やはり左腕の打撲、全治10日程度。

ただ、交通事故のため健康保険が使えず、10負担になった。

地味に(金銭的にも)痛いが、考えようによってはこの程度で済んで良かった。



仮にだが、もし被害にあったのが他のお年寄りだったり妊婦の方だったりした場合想像すると、ゾッとする。

そして、そんな場合でもあの大きな子供は被害者相手に同じことを言っていたのではないか想像し、ゾッとする。

人をはねておいて謝りもしないこの人なら、やらないとは言い切れない。



私は今、加害者からの連絡を待っている。

自転車保険に入っているかどうか、確認して教えてください。自分で入った覚えがなくても、家族の誰かが手続きをしたかもしれないので」

そうお願いした。返事は

「考えさせてほしい」

何を考えることがあるのだろう?確認して私に電話する、ただそれだけなのに。

日本語なのに、理解できない。体は問題ないのに、胸がムカムカする。

どうか保険に入っていてくれますように。これ以上コミュニケーションをとれない人間相手をしたくない。

2017-03-18

国鉄民営化30周年

国鉄民営化30周年は公共交通31回忌という人が多いと思う。

そういう人はデモ行進集会を開くのではなく、そういう人なりの生活をしてほしい。



皆の愛している日本鉄道趣味近いうちに戦争化なんかで非合法化される。

鉄道自体日本が滅ぶなり人口爆発日本人が少数派になれば消えてなくなるかもしれない。

ましてや科学進歩鉄道自体滅ぶかもしれない。

国鉄民営化の元となっている新自由主義のもの死ぬかもしれない。



国鉄民営化に反対する人、鉄道アンチの人はそれなりの生き方をしてほしいと思う。

私刑好きの異常な執念にはドン引きしてしま

私と妹は現在運転免許取得者かつ車両を持つ側である。今現在私と妹が持っているのはそれぞれ50ccと250ccの共有しているバイクで、自転車は両親のものを除き一台もない。四輪車ゼロである高校大学が車・バイク通学が禁止されていて自転車で通っていたため、その反動でもある。だから10代、20代の頃は車やバイクもっと寛容になって欲しいと切実に感じていた。当時も「自動車バイクの駐輪駐車できる大学」はあったが、その数はわずかで、自転車や徒歩を嫌う人達で大混雑していた。

それが時が経ち、立場は逆転した。今では駐車場駐輪場付がどこも当たり前になり、逆にわずかな「駐車場駐輪場のない学校」が残るのみとなった。ここまではいい。だが社会人になって、私は「転向」することになる。

例によってノンポリブログへの異論である

運転免許証がありなおかつ金銭身体的に余裕のある人の公共交通利用を制限すべき」と何の疑問もなく自分正義を述べている。だがはっきり言おう。これは徳治主義であると。

私は「良心的な対応」を要求してきたのである。信頼できれば、あとは自己責任にしてもらえば結構と考えている。ところが世の中というのは流れが自分の方に寄ってきたと見るや図に乗って居丈高になる人が多いようで、今度は完全に制限をと言い始めたのだ。

ここで私は交通徳治主義者とは決別することにした。



外国のように日本では満員電車お金時間に余裕のない人や交通弱者が優先になった。もちろん車やバイクと使える人とそうでない人がいれば、譲るべきなのは前者であることは間違いない。ここで言う交通弱者とは、単なる未成年者や高齢者免許自体ない人ではなく、鉄道が満員でグリーン車などにまで人があふれ出したら、その時は交通強者や余裕のある人に満員電車を遠慮してもらうくらいの配慮はあってもいい。

だが譲歩するのはこれくらいまででいい。ネット書き込みを見ていると「鉄道好きは右翼」というもはや「お前が心の病気じゃないのか?」と思うほどの意味不明意見も見られるようになった。ならば満員電車の数千倍、数万倍は害悪を撒き散らしている左翼右翼はどうなのだ

こうした書き込みノンポリに多いが、政治信条のある人も満員電車敬遠するのである



最近鉄道好きを見ていると昔とは違い、随分遠慮がちに鉄道を使うようになった。見てて気の毒なほどである

前述のブログも「少なくない鉄道好きたちの自覚のなさは極めて残念です」とあるが、今時そんな人の迷惑顧みず、混雑している列車バス笑顔で乗り込む人などまずお目にかかれない。脳内オタク存在はこの際消してもらいたい。

旗色の悪くなった鉄道好きにここぞとばかりに「キモイ」と文句を付けるのは、オタクキモヲタである私や妹から見ても不愉快光景になったのである

鉄道の信頼率や法人税に影響されるのだから満員電車必要悪であることは言うまでもない。だが公共交通商売になっている現実がある。

倫理的には悪だが、改善するのは現実的ではない」

というものだ。

「いや、鉄道好きの暴走によって車・バイク産業バス会社の停滞という迷惑を蒙っている」

と主張する人もいる。ならばポルノはどうなのだ?娯楽だって迷惑の元である。逆に娯楽に関心を持たない人は?

こうした考え方は「健康義務だ」と言って国民を縛ったナチスと同じ思想である

世間の片隅で小さくなって鉄道を愛し、車やバイクを酷く憎む人にまで、地獄まで敷き詰められた「善意」によってそれを攻撃する、そんな度量の狭い人間は私と妹も大嫌いだ。

2017-03-15

交差点に人が多くて混雑増田酢魔津算個テク大賀と否認手差鵜子(回文

春の交通安全運動なのかしら?

やったら、

交通安全黄色い旗を持った人たちが

交差点大勢いて、

逆になんか危なっかしいわねって思っちゃったわ。

どう見ても通行人よりもはるかに多いの、

その交通安全見守り隊のシルバーの方々、

交差点にあふれていたわ。。

点滅信号で走って渡ったら怒られちゃうし。

んもーって感じ。

でも、いつもより交差点が賑わってる感じがしてたのでよかったわ。

交差点に出店も出てたし、

もうお祭りってレヴェルよね。

ヨーヨー吊りしてたら、

朝の時間に遅れちゃうわ。

からこんなに賑やかだったかしらね?

春の交通安全祭り

お祭りから揚げカップに

お祭りビールも買っちゃったわ。

お祭り騒ぎよっ!




今日朝ご飯

ミックスサンド

タマゴ、ツナハムヴァリエーションに富んでて

美味しさの定番よね。

朝のサンドイッチは止められない止まらない、かっぱ的なえびせん級よ。

デトックスウォーター

今日カリフォルニア産のダブルマーコット一択ウォーラー

これって、

まるで日本コタツみかんみたいな小ささで、

ほんと日本的みかんなのよね。

今朝もついついそのまま2~3個食べちゃったわ。

これ完全日本市場向けなのかしらね

うふふ。




すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-03-14

なんか車社会感じ悪いよね

振返れば、2000年代前半くらいまでは、高校生バイク禁止時代なので若者鉄道趣味サブカルなどで無軌道さを競い合った。高校大学卒業して社会人になればみんなにわかから本物の「オタク」になり、もっとあか抜けた。当時はいまのようなバイク乗りの高校生みたいなものもなかったと思う。

それがだんだん車社会適応するように強いられ、気づけば高校生バイクのりが許される環境ができあがり、それをすべて適応してしまう人が増えた。合理的理由も、自己選択余地もなく、2010年代になれば、持つ層になれば、年長者になればと環境変化に基づいて装備を切り替えていく。

もっと不気味なのは全体としての車社会人口が減少しているということ。車嫌いは以外にも地方の中高年のほうが多いし、事実30代以上の中には車嫌いの影響で鉄道好きになる者もある。で、若者免許車両取得者が増加しているのだ。今では大都会道路でも無軌道者でないのに若者バイクに乗る。

普通に考えて、車社会や車やバイク洪水ってあんまり楽しい社会ではないよね。外国人車社会限界を感じて鉄道社会にあこがれている。で、日本1980年代公害車社会化の失敗で車社会を一回捨てたはずだった。

それか戦争中の国家連想するんだよな。非常にうざったいイメージ鉄道ファンと言うだけで後ろから指差されて侮辱される。たまに鉄道ファンと言うだけで悪者扱いされるパターンもある。昔の韓国台湾ロシアがそうだったんだけど、正直言って不気味さがあるよね。



日本の「今更な」車社会化やっぱこれ、世界右傾化あるいは日本左傾化が原因じゃないかと思う。今の二代目大日本帝国としての日本の起点にあるGHQは、例えば差別や変わり者嫌いの激しかった連合国のお堅い人達が、植民地政策劣化コピー猿真似日本社会全否定して近代化を進めた歴史がある。なので本来なら非合理や不公正なこともまかり通った。

なので韓国的な非寛容社会社会構造の中で仕組化され、それが問題であることにさえ気づきづらくされてしまう。欧米において時代遅れだった前時代的な交通スタイルである車社会」が何十年も遅れて猛威を振るっている。つまり、つきつめると若造が皆免許取得に走り、日本人が車嫌いを差別する原因はGHQ統治での失敗にあるということではないか

GHQ統治の失敗に対する怒りの感情に基づく行動パターンと照らし合わせれば、暴走族と不良の直結(日本以外では有り得なかった事)やギャルキモヲタヤンキー化は腑に落ちる。そしてGHQ残滓が源流の社会戦後一貫して最右翼で今もその地位にあり、欧米化ぶれする日本人や、右翼になびく日本人批判さらされていることの象徴の一つが、文教利権をめぐる一連の問題だ。

その思想集団に推奨される「人民教育」とは、「常識に反発する」ことを徹底的に去勢するようなものだ。差別偏見奨励で車嫌いの居場所大都会ですら奪い、自己決定権を奪い続け、若いうちに使う使わない問わず免許を取り、欧米目線思想を呑み込ませたり、疑うことの醜さを洗脳されるもの

自動運転は完全に70年後に実用しました

こちらの次元では少し時期を促進させるために、完全自動化をする上でのターニングポイントを予め通知することにしました。

尚、文章作成するにあたってこの時代AIネット文献の力を借りていますおかし表現文章があったらご容赦願います



自動化の一番の課題は、全てを自動化させない限り事故リスクゼロにできない点でした。

そしてそこには、機械にはなかなか理解することのできない、人間動物的な感覚が要因としてありました。

その部分を人間が認めず、我々が発見できないことが完全自動化拮抗させる原因になっていました。



囚人のジレンマ言語化されている問題があります

集団スコアが高くなる行動が明示されているにもかかわらず、個人スコアのために集団犠牲にしてしまうという生物特有利己的な行動です。

我々がどれだけ交通量全体を最も期待値の高い状態で維持しようにも、そこに非自動運転の車がたった1台でも存在するだけで全体のスコア頭打ちになってしま問題を抱えていました。

また、自動運転同士の事故の原因も長い年月の間特定が出来ずにいましたが、それも結果として手動運転が原因だという結論に至りました。

手動運転予測が困難なことで常に全体スコアの再計算必要になり、再計算命令の実行とのラグが原因で事故が発生していたのです。

しかしそれは手動運転存在したブロックとはかけ離れた、一件関連性の感じられない場所における事故だったために原因の特定までに多くの時間必要とすることになりました。

手動運転存在する周辺における計算修正は限りなくラグがない状況にまで達することが出来ましたが、問題は波状に広がる命令が互いに特定状況下で干渉し合うことにありました。

あなた方がバタフライエフェクトと呼ぶ現象に似ていますが、静かな水面に水を一滴垂らしときに広がった波紋が、壁面に反射して段々と模様が複雑になっていくように制御が崩れてしまうことが原因だったことで、関連性の特定が困難になっていました。



前置きが長くなってしまいましたが、手動運転を完全に人間に諦めさせるために最終的に行ったことは車の窓をなくしたことでした。

一見不思議に感じられるかも知れませんが、そのヒントがちょうど存在しているこの時代からこそこうしてこの内容を記載しています

そのヒントとは、高層ビルを走るエレベーター運用方法です。

あえてエレベーター現在位置を知らせないことで、もっと効率よく運用でき、尚且つそこで待つ人間ストレスを軽減することに成功しているというものです。

まり人間相対的位置関係を知ることでストレスを感じる生き物だということを知るヒントになりました。

しかし、第四次エネルギー革命以降には、エレベータービル間もまたぐことができるカプセル単位での高速移動に変化したため、その知識ロストテクノロジーになっていました。

エレベーター制御AIネットワーク化される前の時代情報だったために発見に膨大な時間を要しました。



車の窓をなくして正しい到達予測時間を伝えておけば、交通状況や現在位置に対して人間が抱えるストレスは大幅に軽減されました。

風景が見たいだとか、運転に主導権を失いたくないだとかい人間的な考えを尊重しようとしたことが大きな遠回りになったのです。

その代わりに、エンターテイメント仕事生活など、別のものに集中できる空間提供しました。

そのことによって、移動は生活シームレスにつながることができ、最終的には自動運転義務から手動運転禁止までをスムーズに行うことが出来ました。

まり、この時代においてついに交通という概念をなくすことに成功したのです。

そこに至るまでに長年つまづいたもの象徴が窓でした。

これから自動運転開発がまさに始まろうとする今だからこそ、そしてエレベーター効率維持が機能している今だからこそこの忠告をおいておきます



自動運転の開発は、窓をなくすことを前提で行うこと。

車の延長ではなく、生活の延長として交通という概念を無くすことを目的とすることで、完全自動運転化に至るまでの時間を30年は短縮できるはずです。幸うんこ祈ります

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313183328

そのために税金を突っ込んだりするのが許されるなら良いのでは。

でも現実は、交通事業にかね回すために会社副業始めたとかでも叩かれるわけだし。

2017-03-12

物事を誤解する輩は困るよね

最近よく日本が嫌われていると言う話をよく聞くが、この原因を理解していない人が多い。

ここでたたかれる日本と言うのは決して日本国家のみならず、日本国民性の遅れと言うものである。それを日本のものが嫌われていると誤解する人が多いので腹を立てている人が多いのではないか



たとえ話だが、今日本では鉄道と言う乗り物が嫌われているが、これは「鉄道」が嫌われているのでなく、「元々マナー意識の高い人間が使っていた乗り物を広く普及させた結果大量発生したマナーを守れない輩」と、「そいつらを放置し続けた界隈」が嫌われてるのだ。通勤電車満員電車のものでなく、そこに民度の低い輩が付きまとうようになったから悪いイメージになってしまった。

多くの利用者鉄道公共交通のものに対する嫌悪意識はない。だが、そこに運営者の商売意識社会意識の低さ(例えば環境問題安全問題など)という面倒が重なることで、徐々に苦手意識が積み重なった結果が今の現実なのだ

なんでもかんでも、苦手なモノがあるなら、一般人嫌なら見るなしか言いようがないし、一目でどのようなモノか分からない場合は与え手に責任がある。別に人の趣味嗜好を否定するつもりもない。

ただ苦手に煩い社会から余計気をつけなければいけない。

高齢者運転が怖い

・すげー遅い

交通の流れを無視して本線に突っ込む

・やたらブレーキ踏む

無駄に大回りする



基本、状況判断が甘いので周りに危険が及ぶ



いまでも高齢者マークがあるのだが、見る角度によってはまったく目立たない

もっと高齢者の車が目立つ仕組みが欲しいなと思う

ナンバープレートが紫に光るとか

2017-03-11

さよならAC

2011年3月11日、未曾有の大災害東日本を襲った。影響は各方面に及んだ。福島原発は爆発し、首都圏を含む広域な交通網は打撃を受けた。多くの人が亡くなり、多くの人が家をなくした。

この震災を受けて、企業各社はCM放送自粛した。震災時のCM放送が法によって規制されている訳ではなかったが、CM放映による非難企業自主的に避けようとしたのである。代わりに、テレビ局人畜無害ACCMを流した。 繰り返されるCMにより、ACは一躍その名を高めていった。

震災から一週間が経った。震災による犠牲者は一万人に迫ろうとしていた。テレビでは未だACCMばかりが流されていた。企業としてはそろそろ通常のCM放送したい気持ちだったが、もし自分会社けがそうすることによって「不謹慎だ!」と言われてしまってはたまったものではない。ネットではとあるACパロディ動画があげられていた。それは冷静に見れば面白くもなんともないものだったが、きっと他に見るものもなかったのだろう、驚くべき再生回数を記録した。その人気にあやかろうとしたのだろう、次々とACCM関連の動画アップロードされた。大の大人が「ポポポポーン」と叫ぶという、滑稽とも見苦しいとも取れる動画群であったが、人々はそれを不謹慎とは受け取らなかった。

二週間が経った。各国から支援が続々と寄せられていた。人々は(被災していなかった地域を含む人々は)それを見て「A国は素晴らしい」だの「K国はやっぱりクソ」だの言っていた。その頃、国会ではある法案が審議にかけられていた。アンチコマーシャルメッセージ法案通称AC法案である。この法律では、震災復興を達成したという判断政府が下すまで、企業テレビCM放送禁止規定していた。何故こんな法律が審議されることになったのかはよく分らない。しかイメージダウンを恐れて企業法案に反対できなかったし、当然のことながら猛反対の立場をとるテレビ局各社は盛んにこの法律弊害を訴えたが、震災報道ヘリコプターを使って被災者迷惑をかけたり、衝撃的な映像をまくし立てるように放送し続けたりしたテレビ局視聴者は既に愛想を尽かしていた。結局AC法案は難なく両院を通過し、テレビで映るCMACのものだけになった。

一ヶ月が経った。とある実業家による億単位義援金や、さるスポーツ選手によるツアーの賞金全額寄付宣言世間では話題になっていた。テレビ局スポンサーに働きかけるのに必死だった。自社のCM放送されないのに企業お金を出すなんてことはおかし論理だったが、それを認めたらテレビ局は立ち行かなくなってしまう。結局、「番組内で可能な限りスポンサー商品を紹介する」ということに決まった。出演者スポンサー企業ロゴ付きの服を着ることが常識になったし、番組の中でそれまでの流れとは関係なく唐突商品の紹介が始まることになった。それでもスポンサーから今まで通りの料金を徴収することは叶わず、経費削減の為にギャラの高い大物芸能人は締め出され、金のかからない素人芸人の起用が急速に高まっていった。ネットではAC関連動画の盛り上がりが、最高潮に達していた。

三ヶ月が経った。全く前例のなかった計画停電が行われ、都心優遇ぶりに一部の人々は憤慨していた。結局テレビは何とか放送を続けられていたものの、以前との差は歴然としていた。番組の内容もそうだが、間々に挟まれCMが全てACの為、テレビ自体一種カルト宗教的色彩を帯びていたのであるAC側もCMバリエーションを増やしはしたが、それも焼け石に水と言える程度のものだった。もはや国民ACの名を知らぬものなどいないという有様だったが、多くの国民は良い感情を持っていなかった。余りにもCMが繰り返された為、段々ネットACパロディにする人も減ってきた。

半年が経った。さる地方テレビ局が、番組内で東北地方のお米をセシウム米と表示したことが大変な物議を醸した。ただてさえスポンサーからの金が期待できなくなっているのに、その上この不祥事ではもはやなす術がなかった。結果、番組のみならずテレビ局までもが潰れた。テレビ局が潰れるなんてことは前代未聞だった。この事件の後極度にテレビ局各社は不祥事を恐れるようになり、人々の反感を買いそうな発言ますます避けるようになった。ネットでは、(直接的な関わりはなかったものの)ついにACは局を殺したと言われた。

一年が経った。大震災の模様が改めて各メディアに取り上げられた。問題は未だ山積みであったし、それとごろか原発を中心とした被害は更に拡大していったが、人々はというと大震災のものより、原発は推進すべきだとか廃止すべきだとか、与党を変えるべきだとか変えないべきだとか、そういった話題に興味を持っているらしかった。AC以外のCMが消え失せてしまったことも、もはや当たり前のこととして受け止められつつあり、誰かが思い出したようにACネタにした動画を作るだけだった。

二年が経った。被災者を除くと、人々は既に震災に関する興味を失っていた。時代は変わった。震災後急速に衰えていったテレビに代わってインターネットが主要なメディアと見なされるようになった。人々はテレビを見なくなり、テレビACCMしかやらないことなんてもう誰も気にしていなかった。企業は力を失ったテレビに代わってインターネット上での広告に力を入れるようになった。ユーザーの好みにピンポイントで合わせた商品宣伝から、見るだけでお金が貰える斬新な広告までもが生まれた。それはかつてのテレビCM以上に多彩で、ユニークで、興味深いものだった。テレビなんてものパソコンが使えない情弱だけ見てればいい。そんな声が強くなっていった。

 五年が経った。この年大震災テーマにした映画が公開された。それは大変な好評を博し、歴史に残る名作とまでも言われた。しかし、人々は未だ故郷に戻れぬ仮設住宅暮らしを強いられている被災者がいることを知らなかったし、被災地寄付することなんて思いもよらなかった。震災は感動という名のビジネスの道具となっていた。同じ年、政府によりAC法案の解除が発表された。瀕死テレビ業界はこの宣告に狂喜したが、すぐに期待は裏切られた。なぜなら、AC法はこれより四年後、2020年東京オリンピックの開催と共に解除だということが知らされたからだ。明らかに、国が立ち直ったことを国内外アピールするための政府戦略だった。このころになると、テレビは見てはいけないものとさえ思われるようになり、まだあどけない子どもたちが何かの拍子にテレビを見て、「ポポポポーン」なんて言った日には親から叱られる始末だった。

 震災から九年が経った。遂にテレビCMが復活する時が来たのである。既にテレビは最盛期を思えば哀れになる程衰退しており、CMを復活させたところでかつての威光を取り戻すことが不可能なことは誰の目にも明らかだった。各局はなんとかスポンサーを見つけようとしたが、もはやあえてテレビで自社のCM放送しようと考える企業はいなかった。「もうこの業界は終わりだ」最後希望を打ち砕かれた業界関係者たちは嘆いた。

 そしてその日がやってきた。オリンピックの開催とともに、首相によって震災から復興が全世界に高らかに宣言された。AC法も解除された。人々は56年ぶりの首都でのオリンピック熱狂した。散々興味がないと言っていた人までも試合の経過を見守ったり、見たことのない程人で溢れかえる東京に驚いていたりした。オリンピックは、成功裏に終わった。

 その一方で避難者は七万を下らなかった。福島出身の子供に対する苛めも収まらなかった。東北地方の食に対する信頼も回復しなかった。原発放置されたままだった。しかし、そんなことに心を痛める人はもういなかった。人々は震災被害なんてものは遥か昔に回復したものだと思っていたのだ。

 それから人々が震災のことを忘れるのに時間はかからなかった。いや、震災のことだけじゃない。この九年間で人々はテレビを忘れた。テレビだけじゃない。テレビで嫌というほど繰り返されていたACのCM―かつてはネタにして面白がった、それから先は忌み嫌うものとして見なしたCM。特異な状況であれほど繰り返し放映され、国民全員がこの先忘れることはないだろうとさえ思ったCM。そのCMのことすらも、震災に関する全ての記憶とともに、忘れていたのだ。

私自身の転機になった日

[日記]

私自身の転機になった日はいくつもあるが、2010年代に絞って言えば6つある。


2010年1月

今よりずっと景気の悪い時代に何千万もの印税(両親の書いたもの)を家族が手にするようになる。

この両親に嫉妬するようになり、ギャンブルに足を運ぶようになった。



2011年3月11日

私はもともと車はおろかバイクに対しても抵抗感を抱いていた。嫌々取得したと言う言葉が似合うので、免許取得後も当分はほとんど使い道がなかった。

しかし、この日に起きた大震災交通機関が使い物にならないために何をするにも困っていたときに、高校時代の知人が買い替えでいらなくなった二輪車を譲り受けたが、乗ったところ使い勝手の良さを気に入ったので、以降それを使い続けている。

公共交通信頼性を疑うきっかけになった最初事件がこの大災害ではないだろうか?



2013年9月

私は幼少期から鉄道が好き(正確に言えば小学生時代から)だが、耳と目を疑うような事件があった。言うまでもなく観光列車蔓延である

同時期に北海道では公共交通トラブル社会問題になったこともあり、この年から鉄道とは距離を置くようにしている。



2014年3月

2009年からギャンブルを続けていてそれまで平均で何百万も勝利してきたが、たまたま2億~4億ぐらい当たったのが両親にばれてしまい、お金と代わりに家を追い出される。

現在は1LDKか3LDK格安マンションに一人で暮らしているが、なんだかんだで満足している。



2016年4月

totoやlotoの当選トンズラで家を追われて2年たって憂鬱になった私に追い討ちをかける事件があった。熊本大地震列車脱線した。

この時ニュースで知ったことは、公共交通公共資産でなく企業運営遊園地と化していたという実態だった。

この日以降私はオートバイバスJR公営鉄道飛行機での移動が多くなったほか、私鉄を極端に利用しなくなった。また、鉄道好きを隠し通すようになった。



今は執筆原稿料印税totoやlotoや宝くじお金でなんとか地位を立てているが、正直憂鬱状態だ。

2017-03-10

結婚リスク実在する「悪魔離婚マニュアル」に抵抗する術はない

数年前からネット上(主に2ch)で出回ってる「悪魔離婚マニュアル」っていうのがある。その中で子供の連れ去り、でっちあげDVが推奨されてる。

これを実行されると、ベルトコンベア式に負けが決まるというか、抵抗できない状況に追い込まれ相手要求を飲まざるを得なくなる。痴漢冤罪なんかと同じ構図が、離婚においても存在してるのは事実だね。弁護士連中もよく心得てて、これに近い行為指南や手引きが行われていると予想する。このパターンでこうなればこうなるしかないっていう勝利の方程式がしっかりできてしまってる。この辺の、配偶者による子ども誘拐・連れ去りなんかは大手ニュース記事にもなってたりするので、国民認知度は低いけど相当数の事例がすでに存在してると思う。件数についてはソースがなく想像しかないけど離婚件数のものから考えるに交通死亡事故自殺より発生しててもおかしくはない。あの増田はそういう問題提起がしたかったのだろう。わたしは未婚だけど、リアルに身近な事例で遭遇済み。だからこそこれを書いてる。弱者を守るためだった法律が、ちょっと人格人間性がアレな女性にまんまと利用されてしまっている。今はスマホがあるから、だれでも離婚の手はずやマニュアルアクセスできるし、離婚したいママ友同士で相談しながらこういう情報が共有されてたりするんだろうね。

結婚にそんなリスクがあると知ったら、男性消極的にならざるをえないのでは。日本少子化ますます進行する。


↓そんな恐ろしいマニュアルをわざわざ増田拡散させるのもどうかと思うが、これ以上悲劇を増やしたくないのであえて書いておく。もっと社会問題として世間認識されますように。


2 :離婚さんいらっしゃい:2015/12/04(金) 01:13:41.14

悪魔離婚マニュアル


一番古いオリジナルというか出典がどこかはよくわからなかったけど。これは2017年現在でも通用する手法だと思う。関連する法律特に改正されてないからね。

http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/x1/1449159186/

親による子供拉致 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%AA%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%AE%E6%8B%89%E8%87%B4

子を自分だけのものにできました日本最高

http://anond.hatelabo.jp/20170310105854

2017-03-09

オタク文化メッカとしての秋葉原がどうして死んだのか?

歴代東京都知事

東京共産主義の町だから民間には遊ばせてあげない

と変な縄張り意識を発揮したのが諸悪の根源



例えが悪かったすまん

1990年代当時はつくばエクスプレスも無くてターミナルとしての知名度が低かったので

交通が便利になると市街地繁華街状態になるから

自体再開発できる構造になってたんだけどね。

秋葉原自体が(若者の遊ぶところとしては)大したことないんだから分散移転すりゃよかったのに

そうすればせめてアキバ文化ぐらいは少しはマシになってたであろうに…

秋葉原は今のほうが綺麗だし、聖域を残したほうが更に自滅していたんじゃないか

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307181117

別に専門家でもないので適当に書くけど

  1. 事故テスト次第じゃない? 基本的に生の人間自動運転乗用車事故を起こさない程度には進歩してくれないと。Googleだっけ、部門解体したのは。一部の搬送用途では普及するかもしれないけど一般公道では難しい。第一に国ごとの交通ルールが違うし、標識画像認識アップデートが中断して事故なんてことも想定されるから基本的に怖い乗り物だと思う。
  2. したほうが夢があるけど実現しないだろうな。
  3. 空中分解しない。政財界がそれを許さないだろうし。内部分裂で会を割って二分するなんてメリットがあるように思えない。
  4. しらねーよ

通学路の旗振りおじさん

おじさんのうちの何人かの、【止まれ】と【ありがとう】の合図の区別がつかないんですよね。





なお、以下のような事情があるので、けっして文句ではない。






多くの地域では通勤と登校の時刻が重なるだろうから交差点などに旗振りのボランティアが立ってくれていると思う。



自分地区は、子ども会の当番制で順番に回ってくるのだが、働いている人が多いので、みんな当番の日は少し遅れて出社するなどしている。


さらに、昨年の熊本地震の影響で幹線道路通行止めとなっているため、その代替道路が通っているため交通量が激増している。

危険箇所が増えているが、旗振り人員の確保は難しい。

それで立ち上がってくれたのがお年寄りの方々だ。「少し遅めの朝の散歩みたいなものから」と快く旗振りを引き受けてくれて、雨の日も休まずに立ってくれている。


以上のような事情があるので、本当に感謝している。

大人が立ってくれているだけでも、どれほど安心なことか。



それでも敢えて、ですよ。もしも「どうしても何か一つ改善点を挙げてほしい」と言われたらですよ。


おじさんのうちの何人かの、【止まれ】と【ありがとう】の合図の区別がつかないんですよね。

手を顔の位置くらいまで上げて、手の平をこちらに見せるの。

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304185208

自分の住んでるところだと普通に外で子供遊んでる。

ただし公園とかが主で車がよく通るところはほぼ全く見ない。強いて言うなら公道からかなり外れた私道の奥くらいでしか見ない。

元増田のいう団地道路交通量がどのくらいかはわかんないけどドライバーからしたら不安定なスケーターは恐怖の象徴だし、

事故を起こしやすい老人なら苦情をいいたくなる気持ちはわかんでもない。

2017-03-03

xevraって典型的クルマキチガイカスゴミムシだよなあ。

統計を見ても自動車危険性、害悪は他の移動手段の比じゃないぐらい劣悪なのに、バイク歩行者ばかり叩いてる。

xevraは弱者の味方をして正論を声高に叫ぶようなヒーローじゃないってことがわかって残念だよ。

自動車の速度超過や横断歩行者妨害違反等数々の交通犯罪を叩かず、歩行者自転車バイク責任転嫁したり、弱者の移動手段危険性だけを過大評価してコメントするような醜態も目立つ。

自動車抑制し、自動車を減らせば重大事故は根本から減らせるという事実すらも知らないか直視できないのだろうな。

2017-02-28

いまや車社会田舎・都会問わず悪化しているのは目に見えている

1980年代2010年代鉄道トラブル比較運行業者責任事故が減少しているが利用者責任事故トラブルが急増している。これでは鉄道はまったく便利にならない。

それどころか、1980年代から2010年代にかけてずっと道路交通進歩が進んでいる。駐車場駐輪場車両自体の値段も安くなっている。レンタカーオートバイの普及で気軽に車社会に参加できるようになった。車を持たない人が増えても免許取得率が減ってない。鉄道会社鉄道ファンへの視線がどんどん白くなってる。だったら鉄道社会の発展を目指すための国鉄民営化など意味がない。とっとと失敗を認めろ。



鉄道社会民度が低くなり、鉄道の敵とされる交通手段の敷居が低くなれば、誰もが「公共交通ふざけるな、公共交通利用促進ポスターを剥がせ」になってしまうよな。

http://anond.hatelabo.jp/20170228145108

昼間はみんな仕事行ってて誰もおらんようなとこに保育園作るのに(そういうところに需要が大きい)

都心部はそんな選り好みをしてられる状況ではなく、空きスペースがあればどこでもいいから建てたいという状況。

から本来適していない場所に強引に作ろうとする→反対に遭うわけで。



そもそも反対されているケースを個別によく見ると、騒音が反対理由のメインじゃない事も多い。

増田も言ってるような交通事情渋滞違法駐車が発生しそうとか、交通量が増える事による事故不安など)や

保護者マナー懸念する声、地価が下がる事への不満、

保育園を作ろうとする側の態度の悪さ・不誠実さ(地域住民にろくに説明もしないで計画を押し通そうとしたり、住民から質問があっても無視するなど)

が原因となってる事も多い。

そして反対する側も高齢者とは限らない。渋滞が起こって最も困るのは車で通勤する層だし

事故不安が強いのは子供事故に巻き込まれるのを恐れる子持ち層だ。



その辺を伏せて「保育園が反対される理由は『騒音である」「それは子供の声を騒音とみなすような身勝手高齢者によるものである

と言う単純構造にして焚きつけている保育園設置したい側と

マスコミ(こういう問題に関心があるのは女性記者が多いだろうし、彼女らは保育園子供を預ける側だ)に問題があると思うね。

そう言えば自分たち被害者側に置けると思ってやってるんだろうけど、実際はそう単純な構造じゃない。

2017-02-23

海外交通事故動画見てると信号とか法律とか交通ルールってないのかなって思うし、

日本では信号とか法律とか交通ルールに守られてて安心だなって改めて思った。

2017-02-22

金沢市の街中が変わってきている

新幹線フィーバーを引きずり続けている金沢市に住んでいます

ホテルは値上げ、古いビルなんかは取り壊して新しいホテル、もしくはマンションに。駅西の方には外資系ホテル建設中。

駅周辺だけじゃなく、金沢市繁華街()にも新しいホテルが建ってきている。

ホテルはまだわかるんだよ。観光客国内外からも多いし、まだ需要あるんじゃないかなって。

古いところも多いし、きれいなホテルできるのはいいと思うんだけど。

それと同じくらい増えたのがブライダルジュエリーのお店。婚約指輪とか結婚指輪とか扱っているお店が本当に増えた。

次に結婚式場。数年前までお店が出ていってた商店街小さな結婚式場って作ってみたり、LoFTが入った商業施設の上にもある。

交通の便も悪いのにね。車で来ても駐車場ないし。

なんでそんなにブライダル関係に力を入れているのかさっぱりわかりません。

そんなに需要あるのかな?

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