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はてなキーワード: サブカルとは

2017-01-22

西野の絵が一体誰のフォロワー名前が幾つか挙げられるが、それを指摘する人は誰もいない。

自分元ネタの人たちのファンなのでここで言いふらすのも気が引ける。

はてなはつくづくサブカル商業に詳しいのに、インディーズ同人なんかには全くマニアックじゃないんだね。

多分ファッションなんだろうなって思う。のめり込んでなくてファッションとして知識を身につけてる。

文書いていたけど諦念を感じて消した。

2017-01-19

オタクマイナーものを推す←間違い

マイナーななものをあえて推すのはサブカルだ。

オタクというのはメジャーマイナーを問わず、その推し方の深さにある。

ディズニージブリに対して常人ではないほどの知識愛情を持っている人が、ディズニージブリであるからという理由オタクに分類されないことがあろうか?

オタクだってメジャーを推す。

したがってメジャー層が強いときオタクが選ぶランキングメジャーだらけになるのは不思議なことではない。

また、メジャーが上位にくるからといってそれはオタクの選んだものではないと言うことはできない。

マイナーものが上位にくるランキングがみたいならば、サブカルの選ぶランキング作成すればよろしい。

2017-01-15

ネットで男女論カルト洗脳された人見ると思わず笑っちゃうよね

マッドマックスフェミ要素がある…素敵」みたいのとか

おおかみこどもの雨と雪ミソジニー」みたいのとかさ

社会学にかぶれた意識高い系が畑違いの映画的外れ評論してるのたまに見る

溢れ者やマイノリティの疎外感を描いた映画には 育ち良い意識高い系人達感情移入共感できないんですね

そこで「せや!誰もが男か女なんだから男女論に持ち込んだらワイらマジョリティでも感情移入共感できるやろ!」って脳内物語を作り変えちゃうわけ

マジョリティ強者にかかれば マイノリティ障碍者貧困戦争や疎外感を描いたどんな映画も万人に共通ヌル〜い男女論の話題に変えられてしま

ほんとウンザリ

機能不全家族だったり発達障害だったり貧困だったり共同体の疎外感などの生きづらさに悩んだことのない楽に育った人間達が楽に受け売り理論で語れる…それが男女論なんです

社会派の多い映画文化は男女論カルトにとって畑違いなんだから口出しすんな

一生サブカルテレビアニメでも評論してろ

「超潔癖主義」の非現実性

くさや問題が表した潔癖主義

ファブリーズの件もそうだが、今の日本は「超潔癖主義」に蝕まれすぎではないかと思う。くさやが臭いのは誰がどう考えても事実なので、地元はこのCMに便乗するくらいでいいと思う。

何かにつけて「地域差別ガー」というバカにはあきれてしまうが、つまるところ地域の抱える不都合な事実を外部が指摘することを拒絶するけつの穴が小さい子供である。それこそ、彼らの好きな言葉を借りれば「言論弾圧愛好家」ではないか。文化や社会には二面性がある。

私が生まれて間もない頃の話だが、1980年代1990年代鉄道文化が洗練されていたという話題がSNSや掲示板で流行している。はっきり言って、不良が巣を作りそうな文化がそこにあったわけだが、それでも鉄道ファンは誇らしく思う。「鉄道王国」も日本文化だと自尊心を持っているはずだ。

本来文化・社会性とはそういうものではないか2000年代新自由主義旋風だって文化や科学技術などの高度化の裏に犯罪の高度化や富裕層人口インフレ問題もあった。2010年代1960年代の再来のようなのムードの裏に貧困問題があった。オートバイブームの裏にはシビアな封建もあった。


オタク文化マイルドヤンキー問題共通点

オタク今日社会全般で受け入れられているという。あれといえば、昭和負の遺産にもかかわらず迷惑者が誰も輩出しなかったことを「世界に誇る日陰者」と自画自賛する書き込みが拡散されたことが多くの人に衝撃を与えたものだった。案の定オタク自身の努力で出世が実現するとスゴイ発言まみれになった。

冷静に考えてほしいのだが、同じ大衆の同胞であるべき人達がそれと村八分にされる時点で、そもそもすごくなんてないのである。そもそもオタクとは昭和時代学歴社会実験の失敗に伴いヤンキーと共に発生した負の遺産である本来ここで必要な発想は、負の歴史として再発防止策を考えることであり、恥かしく思うべきことである

仮にもしオタクがすごかったとしてもそれは個人個人がすごいのであってオタクはすごくないのである社会が立派だったとしても、それは日本人の寛容性のことである。もしあなたが大衆の一員であれば、さほど無関係ではないか

私は「オタクスゴイ」とそっくりな問題を抱えているのが「マイルドヤンキー」ではないかと思っている。地方リア充話題が出ると、なぜか不良とこじつけ話題が出てくる。不良とは縁のない人でもヤンキーのように扱われる、あの変な社会空気である

当たり前だが、リア充すべてが悪人なわけではない。大体ヤンキー本来の意味は実は汚い。もともとはアメリカ人白人を罵る言葉として生まれたものだ。ジャップと同じ意味合いアメリカ人が「ヤ○○」の言葉を使うものとしてとらえてほしい。

マイルドヤンキーに代わる言葉はあるだろ。とんでもなくダサそうな文化を謳歌しているのは一握りの地方民のうちの一部とか、不良経験者だけではないかと思う。あのグダポンの撒き散らす固定概念への批判としてもいうが、私は地方を何度も見てきたが、北関東でもマイルドヤンキーなんて一握りの数しかいなかったよ。

そもそもマイルドヤンキー言葉根底に都会人による地方人への偏見がある。車好きを例に挙げるまでもなく、外国には日本人が思い浮かべる都市部人間殆どいない。むしろマイルドヤンキーの特徴として挙げられる、「買い物先でショッピングセンター依存している」人は日本を出れば都市部ですら腐るほどいる。国土全体で鉄道依存社会が成り立つ国は、日本を除けば、オランダみたいな地形に恵まれる地域シンガポールのような都市国家以外にない。


「超潔癖主義」の究極である子供ファシズム

私はこの潔癖の究極が「子供至上主義だと思う。日本人はみな車嫌いで鉄道好きというおかしな風潮も、子供のために嗜好を装う仕草だという。必死すぎる。大人な人は、それが普通なしょうがないと受け入れるべきではないか。一番ひどいのは私鉄だ。

子供日本人美徳だと、道徳的な人を表す言葉として普及しているが、これはあの押しつけがましい「道徳」と同じうさん臭さを感じて、私は不気味に思っていることである子供って要は非現実的理想の追求であり、病気だ。

そもそも日本私鉄社会の根源は鉄道公有化の失敗だとか戦争連続による財政難だとか、歴史上におけるネガティブもの副産物である。今でも「幼稚」とかいう。それはつまり堂々とした対等な存在としてリスペクトするものではなく、結局これは子供なる年齢を使った言葉で「恵まれない現実にある人達」を見下している、前時代的な、差別を連想する表現である

欧米圏を見ればわかるように、鉄道弱者というか、つまりよそ者、あるいは貧乏人や弱者のためにある公共施設であって、所得関係なしに使うことをよしとする、ましてや商売の道具としてみなす日本おかしいのである

一昔前ですら日本ではここまで「子供」はうるさくなかった。子供大人らしい事由成熟した男女を目指した途上段階であり、気づけば加齢で大人になっていた、あるいは10代ですでに見た目も中身も大人同然という人もごろごろいて、それがわずか15年ほど昔までの常識だった。

あるいは「リア充な美しい大人は好きですか」というように、青年性を脱した兄や姉であるべきだった。正しさではなく「美しさ」が評価された。この美しさという言葉自体清潔を意味するもので今の異常な潔癖主義に通じたのも、もちろん事実ではあるけどね。


不都合現実」を受け入れた理想の発展が必要

特定環境を聖域化し、あるいは特定の人を「聖人」化してみなし、それを潔癖性を極めた発想とともに崇拝し、潔癖と反する不都合な事実を見て見ぬふりをしたり、あるいは無理してでも隠蔽させようとしたり、それを指摘する存在を許さない、あの感覚。グダポンの言葉を借りればこれは畳精神である

昔の高校を題材にした作品から黒髪すっぴんさんの描写を削減し、わざとそうでない人を代わりに差し替える。これも聖域を作る発想に由来することではないかと思っている。

その点、例えば私が韓国学生をみて感動をしたのは、日本において学生というと黒髪が少ないイメージなのかもしれないが、実際には黒髪のおりこうさんが多くいたこと、そういう風潮がそこかしこにあったため、他人に緊張することがなかったかである

バス停留所で会話したローカル若い女性は、なんかお茶目で、自分生活圏にやってきた外国人を楽しませようというホスピタリティがあって、ものすごく魅力的だったが、やっぱり大人オタクで、至上主義のない国のほうがよほど大人も魅力的だなと感じたのだった。

これは地方にも言える。マイルドヤンキーの連中なんてありゃ「普通リア充か重度なオタク」だ。オタク?ってくらい偏執的で、大衆らしさに欠けている。いわゆる元ヤンさえ良くも悪くもリア充らしさがない(事実、彼らが外国に行くとサブカルオタク扱いになる)広い意味での問題なのだ

日本に出てくるテレビタレントには個性らしさがない。オタクがいない(例外はあるが)。根っこからのおりこうさんであることを売りにした俳優・声優がいないし、変わった趣味を売りにする者もいない。誰もがそうなるありのままもないし個人差もない。

これは、日本人一定割合。どちらかといえば韓流ファン経験のある人たちで、同じくマイルドヤンキーか学がありそれなりに品格のあるような人が、ものの感じ方の成熟が遅れたことにあるんじゃないか、と私は思っている。子ども時代や貧乏なときは誰もが感性が幼稚で極端な理想を抱くものだ。

しかし、大人になり、10代になり、豊かになれば、あらゆる体験を通して現実を知るというか、様々な存在を知って、自分自身の肉体と考えの成長もあって、そういう非現実理想を一度捨てることになると思う。代表大学生における運転免許取得ラッシュだ。「免許取得者は学のない人のほうが多い」とか「都会人は一生免許と無縁」の虚構に気づく。

私達ネット原住民的には中二病とか高二病とも揶揄される、つまり冷笑主義にも陥るのだが、その現実実在不都合性を含めた事実の中にある魅力に気づき、そこから新しい夢を見出だしたりするのが、普通の諸外国ならハイティーンか遅くても20代経験する段階で、日本人もかつてはそうだったのではないか

そういうわけで、高学歴だろうと、立派な社会的地位にいようが、年齢が中高年だろうと、マイルドヤンキーと変わらないような潔癖主義理想を振りかざして現実を拒絶したり自由創造表現ユーモアを叩くあの感じは非常に納得がいかない。幼稚な人が多すぎる日本現実がほんとつらいです。


(韓国などの例外を除く)外国コンテンツは、優れた表現ほど徹底的に不都合現実事実に向き合っている。だが、それをただそのまま描いたり、不穏に誇張するだけではなく、そこから楽しさや夢を見出だそうとする傾向があると思う。その際にはお堅い因習を破ることになる。

だがその独創性第一段階にある「お堅い因習を破ること」を全力否定するのがグダポンのいう「畳精神」であり、右派や私の言う「コリアニズム(文化的右傾化)」である。つまりどんな理不尽でもそれがしきたりで、その空間では聖域性を守るために自分が屈しなきゃいけないし、適応しない他者は咎めなきゃいけないという枷を兼ねた同調圧力も発生する。韓流ブームものすごく親しんだ人ほど危ない。

ティーンエージャーになる前の現実離れした理想主義(と、それを理想を向けられた側がそのまま受けとめなければいけないということ)に畳精神コリアニズムはとても相性がいいのである。新しい幼稚な感覚と、古い老いた因習コラボさせると、アニメ漫画特撮ドラマビデオゲームまがいな、子供ヤンキーだという狂うジャパンがあふれるのである

私が現代の日本はともかくとして一昔の韓流華流コンテンツ敬遠したのは、アメリカコンテンツとは違い、理想主義を極めたあのディズニーでさえ、そのテーマパーク映画などに「不都合現実を受け入れた上でのイマジネーション」がないからだ。理不尽もの批判的に描くこともなく、拒絶せずにそれを受け止めることすらしない。現実逃避ありきなのだ

私の記憶する限り韓国中国テレビドラマアニメには、日本人ネガティブ過ぎるとして驚いた自転車乗りの姿が描写されていない。1990年代2000年代(2010年代)に日本型暴走族話題になったが、それを風刺するような作品は出てこない。当たり前だが韓国人中国人オタク風刺するような作品もない(日本ですらオタク風刺作品はあるが)

そういう子どもたちはこうしたコンテンツの変わりに漫画小説(ライトノベルを含む)やゲームいかれた様子を見ることで、それを教訓にすることができるわけである日本作品で言えば喧嘩番長龍が如くに出てくる「不都合現実を誇張した」不健全卑猥日本風景も、実は意外にも理想や夢とどこか通じるものがあるし、その中にもやはり社会に対するメッセージもある。

そう考えると、欧米程でないにしても自由な創意工夫性は日本においてはなんとか健在であり、その自由表現の娯楽を通して成長につながることもできたりし、その上でまた新しい夢が見れるというのが、本当にすごいと思っていて、韓国中国にもそういうクリエティティを獲得するには、まず日本同様に現実至上主義と畳精神解体を加速させることが必要なのだ

2017-01-13

芸術性が重要とか言ってるサブカル界隈の人たちから見て村上隆芸術はどう映ってるの

[] 『ああ播磨灘』について質問です。

ああ播磨灘、の『ああ』の部分は四つに組んだ時の感度の良さでしょうか。

それなら『ああん播磨灘』のほうが適切ではありませんか。

もしかして観客の声かも。それなら「ああ、また感度のいい播磨灘か」という意味で通じますね。

個人的には『ああっ 播磨灘』にするとサブカル進出コスプレ嬢との結婚可能になりそうなのですが。

さだやす圭も惜しいことをしたと思います

2017-01-11

沖縄本島ってどんなところ?



最後

2017-01-07

昔っからサブカル中のサブカルが好きで、2017年アニメでも戦隊ヒーロー スキヤキフォースとか戦国鳥獣戯画とか変なものに目がゆく。

からゆるキャラブームとかサブのサブがメインになった感じがして不思議だった。

みうらじゅんとはなさんの仏像マニアみたいなもんでしょうあれって。

そんなビール瓶の王冠集めるようなサブサブが世間で注目をあびるのは非常に面白いなって。

2017-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20170105003438

アニメ以外の創作物でもよくて、活字が嫌いでなければ、国内外わず小説に手を出すのはありかと。

自分はもともと映像作品よりも、小説漫画とかの紙媒体のもののほうが自分タイミングで消費できるから好きなんだけど、一生のうちに読みたい本や漫画を全部読み切れる気があまりしない。

温故知新と思って、過去作品に遡るのもありだと思うよ。

お金をかけてもいいなら、舞台とかミュージカルとかもどうかな。

創作世界底なし沼だし、オタクならサブカルでもメインカルチャーでもはまる素養はあると思う。

娯楽って教養あったほうが楽しめるとはよく言ったもんで、色々と知識増えると楽しめる分野や範囲も広がるよ。

2017-01-04

王道ラブコメ時代は終わったのか

ある日ふと思ったのね。

王道ラブコメはもう流行らないのだろうか?高校生ドタバタ恋愛物語みたいなやつ。


ラブひないちごスクランハヤテ王道ラブコメは一通り読んできたし、どれも大好きだ。(あれは後半グダって終わっただろ!とか作品評価をし始めると話が逸れるのでここでは割愛する)


それらの作品が連載されてた数年前と比べると今はラブコメも少なくなってなんか寂しくなっちゃったなあと個人的には思った。


ラブコメ単独勝負ってのは漫画界的にはもうオワコンで、バトル漫画オカズとして恋愛要素をちょっとつけたしたり、あるいは一夫多妻ラッキースケベシマシのリアリティ完全排除ハーレムラノベみたいなのしかウケないのかな?

私も有名どころはおさえてるとはい他人に自慢できるほどの漫画オタクではないのでそこらへんは想像しかない。



今や悪名高きニセコイも各ヒロインキャラ像(オタク好みの容姿とか性格とか)がしっかりしていて、その上で読者の期待値の高さみたいなものがあったからこそあれだけ叩かれたんじゃないのかなあと。

ラブコメ時代遅れだったから失敗したわけじゃないと思うんだよね、たぶん。ああいう感じのラブコメまだまだいけると思うよ私は。


SNSとかネット口コミ効果意識してるのか何なのか知らんが、最近漫画って斬新な設定でまず最初に読者に注目してもらえることに力を注ぎすぎてるように思う。

けれども、あえてこの2017年王道ラブコメ勝負してくる漫画を私は読みたいなあ、なんて愚痴ってみたり。












(追記 17/01/06 0:22)

すげえ長文でいろいろ思ったこと書きます。暇な方は読んでください。


酒飲みながらチラ裏感覚適当に書いたのですが思いの外コメント多くて驚いてます

コメントざっと読みましたが「お前の言う王道定義ってなんだよw」「お前の好きな漫画センスねえなwww」みたいな感じですかね。



その「王道ラブコメ」の定義なんですけど、書いておきながらこんなこと言うのもなんですが自分でも言葉にするのは難しいです。フィーリング適当にこれとかこれが王道だってずっと思ってたので。笑

上でも何作品ラブコメの具体名挙げましたけどそれだって自分がぱっと思いつくもの挙げただけで満場一致の傑作ラブコメはこれだ!とは一言も言ってませんしね。人それぞれ好きな漫画が違うように王道定義もやっぱり人によって違ってくるのではないでしょうか。

(話それますけど、こういう場合満場一致の傑作ラブコメっていうとめぞん一刻とか挙げておけば異論出ないんですかね?残念ながら私はその世代ではないので読んだことありませんが)





で、1日じっくり考えてみたんですけれども、私の考える王道ってのは、簡単に言っちゃうといろんな層に人気で売れてる漫画です。たぶん。


売れてる漫画なんて今でもいっぱいあるだろ!と思うかもしれませんが「いろんな層に」という条件について考えるためここで3つの例を挙げてみます




少女漫画・・・特徴としては心理描写の多さ。失恋の痛みだとか三角関係の苦しさとかなんとかかんとか。リアリティある作品が多いですし実写化されてもそこまで違和感なかったり登場人物共感できたりという作品が多いように思います。具体例はいいのが思いつかん

私がネックだと考えているのは、ずばり恋愛経験乏しいモテない男オタクが読むとキツイ作品が多いこと。

ラブコメからは逸れるけどハチクロなんかは男が読んでも面白い少女漫画ってよく言われますけど(実際私も好きです)、非リア充にはなかなかエグい内容ですよねあれ。




ラノベギャルゲ・・・「冴えカノ」アニメ1期だけ見たんですがあれが分かりやすい例ですかね。序盤から好感度ゲージ高めの美少女ヒロイン複数人に囲まれゲーム作りって、モテない童貞オタク視聴者自分主人公見立て欲求を満たすには最適の世界ですけど現実にはあんなのあり得ないですよね。

片や理想恋愛(orスケベ)、片やギャグ漫画の側面を持つラブコメリアリティを求めるのはナンセンスにも思えますがあまりにも現実離れしたのは登場人物感情移入できないし逆に萎えしまうというのが私個人の感想。あとこの手の作品って童貞オタク美女からモテモテになりたいっていう願望ありきで作ってるので女性目線心理が欠落している一方通行な印象も。そういう意味では少女漫画系と対極にあると思ってます




サブカル系・・・文字通りで、私が最近辟易している、サブカルオタしか寄り付かねーだろって世界観のものですね。世界観とか設定とかクセが強い。




「いろんな層に」ウケるなら上記3つのような極端なカラー作品はあまり好ましくないし、少女漫画ラノベギャルゲ中間あたりが大正義ラブコメなのかなと思いました。まる。

好感度ゲージは最初からマックスじゃなくて、徐々に上げていく過程が欲しい。かといって心理描写増えすぎてもドロドロして楽しめない(これ、最近アニメオタクが毛嫌いする「誰得シリアス展開」ですね)

心のすれ違いとかも見どころではあるけれどやっぱりラブコメの基本線は明るいトーンのストーリー進行であってほしいというのはある。


ラブコメのラブの方ばっか書きましたがもちろんギャグセンスも問われます恋愛モノ書くの下手でも一話完結のギャグ漫画センスあれば売れることもあるでしょう。

ギャグパートゲラゲラ笑い、そして「俺も○○(登場人物)のような恋がしたかったな、こういう青春送りたかったな」と読者に思わせることができれば文句なしでしょう。


ここまでいろいろ書いたんですけれども、これを満たす王道ラブコメってどれって聞かれるとなかなか具体名は思いつかないですねw



まあ何度も言ってる通り私は漫画通でもなんでもないのでもしラブコメに自信ニキがいて私の記事異論とか文句があれば自分理想漫画論について自分でいろいろ書いてみてください。こんなこというとほならね理論みたいですけど。笑





(あとかぐや様完全に忘れてた。あれは最近のだとかなりいいよね。)

インターネットユートピア

現在私は大学生です。高校くらいか2ch自分趣味に関するスレを見たり書き込んだりとか、なんとなーくまとめサイト巡回してみたりしていたんだけれど、自分がまとめを見はじめた時に見たネタで盛り上がってるのを見て「こういうサイトは今までのネタを何度も焼き回してその時の中高生が入れ替わりで楽しんでるんだなぁ」ということに気付いて見るのを止めました。(こうやって新陳代謝していくのだと思う

次にはてなを閲覧するようになって、はじめは民度が高いインターネッツもあったもんだなぁ~なんて思ってたりもしていたんだけれど、ちょっと攻撃的な言葉や心に余裕のない言葉を多く見かけるようになってきました。(コミュニティサイトの性だとも思う)

起業する大学生を寄ってたかって攻撃したりしてるいますが、まとめサイトが「厨2病な奴が~」とか「サブカルクソ女が~」みたいなタイトルTwitterアカウント晒しあげて「コイツ痛ェwww」みたいに盛り上がったりするのと同じではないでしょうか?

はてなユーザーの人々はもういい歳だと思うし自分より未熟だなって思った人をかわいいと思う気概(ばかにしてる意味ではない)くらい持てそうだなと思います

結局そうやって程度やレベルによって馬鹿にすることはキリがないと思いませんか?

自分あなたたちのことをかわいいと思う(何度も言うけれど馬鹿にしてるニュアンスではないです!)から叩く気にはならないけど、ちょっと生意気アドバイスしました。


~~~~~~~~~

環境というのは不思議もので自らが発信したり交流しなくてもネット上の文字を見るだけで心に影響を及ぼすものだということを最近身に染みて感じています。(現代においてネットは人々の環境たりえる!)

それでは、争いが無く、心に余裕がある人が集まるユートピアはどこにあるのでしょうか?

おそらくインターネットコミュニティにおけるユートピア実態ではなく概念であって、流動するものなんだと思います

コンテンツがはじまってから廃れるまでのひろゆきの有名なコピペがありますが本当に的を得ていると思います。(賢い人々は無駄な労力をかけて争う不毛さを知っているから黙って出ていってしまう。はてな場合だったら上場した時点でコミュニティとしての見切りを付けた人が多いのではないか?)

結論として、自分の様にインターネットコミュニティにおいて心に余裕を求める人、選民思想が強い人(おもないやつ増えたらやだな、みたいなニュアンス)は情報に敏感になり、新しいコミュニティサイト発見してはその都度見切りを付けていくしかないのではないかな?と思います。(何かおすすめ方法があったら教えてください)

なんだかんだいって、知らない不特定多数の人と交流できるインターネットほど面白いものはありませんね!

2016-12-31

1985年まれの「21才」タイムスリップ経験者だけど?

1985年2月27日誕生 大阪で過ごす。当時の両親兄姉の5人だった。

今住んでいる家族とは遺伝子関係がない(話の味噌

迷子から誘拐からタイムスリップで1987年から1997年に来た(タイムスリップ横浜市内に)←これ重要

現在の家庭は両親と妹(1年違い)の4人家族

高校学力テストパンフレットで常に表紙に名前が載ってたのになぜか情報系の短期大学

タイムスリップ後の両親は大手企業関係者だった。

つのまにやら広い部屋の家に

高齢化による定年でジリ貧

卒業独立し、まもなく私塾を開いて教育デビュー

作家志望←now!!

タイムスリップ

父親オタクになり、母親サブカルにはまる。

兄は公立大学鉄道研究にはまる・姉がヤンキー漫画走り屋漫画の影響でバイク乗りに目覚めた。

私は最後まで邪険に扱われていた。

タイムスリップ

帰省のために家族京都に行くことがあるが、その際に両親にタイムスリップ前の実家のあった場所に連れて行かせた

・改造コードを使って2Pプレイときにずるを良くする

カメラを借りてビデオを撮りまくっていた

・当時駅前でよく見かけるようなギャルのまねをしていた

小学生時代

・初めてオタクにはまる、9歳違いの先輩にさそわれたか

ラノベエロ漫画を読むようになった、夜更かしして読んだ

・親に隠れて深夜アニメを見た

中学生時代

エロ小説を書くようになり、小説ラノベの応募で母親におねだりした(テーマは学園もの)

絶版になるまで、母親が書いたことにさせた。原稿料印税母親持ち

高校生時代

自分PCプログラミングをして宿題の回答でずるをした

・高1の夏休みときに友人ら3人と一緒に自転車で長距離移動し、宿泊ではネカフェで過ごした

・高2のとき私利私欲のために自宅の自室を使って小中学生用の私塾を開いて学校問題になった

高校卒業

・夏冬休みは、アルバイトか休む。アルバイトのない日は5日間かけて友人のバイクに二人乗りして地方都市を回った

短大卒業までメールマガジン生活費を稼いだ

私塾での評判はあまりよくない

私塾仕事をサボって、何度もギャンブルやってるうちに生徒にみつかって言い訳したら通じた

年末年始ネットで生配信

2016年懺悔詩(5)「オタク腐女子

日本の街の東京の都会

人の群れが歩いている

夜の繁華街で花が咲いて

洒落人達がはしゃいでる

郊外から観光客

歓楽街で楽しんでる

日本各地の市街地

働く者が生きてる

テレビラジオから

娯楽の匂いがあふれてる

大人たちは何かのために

今日も働き続けている

だけど全てが変わってしまった

全てが変わってしまった

住人の声も消えちまった

観光客の声も消えちまった

大人の声も消えちまった

国民の姿も何もかもが

気違えてしまった人たちの

瞳をどうやって見つめればいい?

俺たちが歩いてきた道は正しかったのか?

したたり落ちてく命の

最後最後の一滴を

外国人に突きつけてみた

今一度問いかけてみた

僕たちが歩いてきた道は 本当に正しかったのか?

東京の街のサブカルタウンの

だらしなくなった客層達

ネットテレビラジオマスコミ

命の音が聞こえない

全滅していた生活の中

壊れたチンピラスケバンけが歩いていた

俺はただ立ち尽くし空を見上げて泣いた

社員は泣きながら宴会に行っている

来る日も来る日も毎日

泣きながら社員として生活している

疲れては働いて疲れては働いている

高橋まつりはSNSでつぶやいた

「これ以上生きられないかもしれない・・・」

あの電気街

も一度電気を楽しみたい

あの公園

も一度自然を楽しみたい

あのビアガーデン

ウマ酒を飲み交わしたい

夜の街を照らす街灯に

も一度抱かれて歩きたい

生きたいと叫びながら

消えてった大人子供

生きたいと叫びながら

消えてった外国人

生きたいと叫びながら

消えてった高橋まつり

やさぐれ若者たち

瞳をどうやって俺は見つめればいい?

東京の街の秋葉原

オタク婦女子の群れが歩いてる

ビルの向こう

何も知らずに開かれている

空の下で今年の夏冬も

サブカルイベントコミケが開かれていた

壊してくれ日本

壊れてくれ今すぐ

大学から社会に出て行き

大人として生を受け

一人暮らしをする新社会人の

瞳をどうやって俺は見つめればいい?

行きたいたいなあ

戻りたいなあ

理想の世界

行きたいなあ

命の音を抱きしめて

秋葉原オタク腐女子が道を歩いていく

オタク腐女子よ走ってくれ

公園で 足速く

速く 速く 速く 速く 速く

走ってくれ

若い頃病でなくしたおじいさんが

神様に導かれ

転生したわが友の

瞳をどうやって俺は見つめればいい?

2016-12-30

個人主義ってなに?

90年代00年代個人主義は、それこそスタンドアロンコンプレックスと言いたくなるような、個人自意識が、幸福も成果も責任もすべて引き受けられるとするものだった。でも、人間物理的にも心理的にも一人では生き続けられない。ここまで利便性が高くなっても、だ。だからそれは間違っていた。

https://twitter.com/twit_shirokuma/status/814453926615339008?lang=ja


個人で完結しようとする個人は、老後までその個人として完結できる可能性は、ある。だが、このイデオロギーは子子孫孫を増やして繁殖するには適さなイデオロギーから世代を経るごとに減っていく。繁殖するのは、そのようなイデオロギーを強くは信奉していない者達とその子孫と思われる。

https://twitter.com/twit_shirokuma/status/814455896403156993?lang=ja



私が地方出身の未文明であるいか、それとも無自覚内面化してしまっているせいか個人主義が何なのかよくわからない。それは具体的に誰が言い出したことでどのような思想なのか。小此木-土居-和田みたいな精神科医の一派が西洋的な個人主義とか言っているらしいが、アメリカはタウンシップの国だったし、ヨーロッパカトリック集団宗教であり共産主義は共同主義だ。ロマラブ幻想を輸出しまくったのも西洋であるスタンドアロン個人主義「者」というのもよくわからないが、ニューヨークとかで知的クール容姿端麗でばりばり稼いでる感じの人たちのことだろうか。



私が子供時代に一番多く過ごした町はヤンキー街のさらに奥、そもそも無人だった山を削り原っぱを焼き払ったような土地で、寺も神社も無い祭りもない、元々共同体存在したことがないような町だったが、「友人・恋人・家庭は何よりも大事。それなくして幸福無し」というイデオロギー支配していた。金も宗教共同体も無いからそれしか頼れることがないからかもしれないとも思えるが、間違いなくTVを中心にその他のメディアもそういうイデオロギーをまき散らしていたとも記憶している。スタンドアロン個人主義なんて「個性」なんかと同じで、バブルに沸く東京で一瞬だけ流行ったもの評論家精神科医が拡大視しただけのものじゃないだろうか。もしスタンドアロン個人主義支配的だったなら、非モテだのコミュ障だのに悩む人間などいなかったし、わざわざスタンドアロンでも満足しようという思想を捻出する必要もなかった。温かい共同体夢想する孤独ネトウヨが増殖することも無かっただろう。



これからどういう遺伝子イデオロギーが淘汰されていくのか見立て曖昧みえる。具体的にどういう層が繁殖すると想定しているのだろう。わが町(市)は少子化が進んでいるがヤンキーが多い。ヤンキーが多い(かつては早婚が多かった)にも関わらず少子化なのか、ヤンキーが多い(低所得)がゆえに少子化なのか、考えても仕方なさそうである少子化全国的ものからだ。わが町特有問題でもヤンキー特有問題でも無さそうに見える。オタクサブカル問題でも無いだろう。この草食時代オタク恋愛しない理由分析したところで特有自己愛形式なんて出てきはしない。



fromdusktildawnさんの2026年試験管内の、精子と卵子の繁殖行動と淘汰



この記事が書かれたのが2006年であり今は2016年の終わり、2026年との中間であるスタンドアロン個人主義者にはどのような淘汰圧がかかっているのだろうか。

記事id:fromdusktildawn氏の説とid:p_shirokuma氏による他の淘汰に関する記事と合わせて考えると「性淘汰を経た、容姿コミュニケーション能力に優れた男性」且つ「グローバル資本主義を勝ち抜いた抜群の頭脳を持った稼げる少数の男性」が事実上一夫多妻形成することで少子化傾向が改善され“新しくて賢い人間”へとevolutionしていくという主張のようだ。おや、“新しくて賢い人間”、私が想定する「スタンドアロン個人主義者」(ニューヨークとかで知的クール容姿端麗でばりばり稼いでる感じの人たち)そのものではないか

2016-12-23

http://anond.hatelabo.jp/20161223204208

ネトウヨって統一的な思想とかじゃなくて生活様式みたいなものからだろう

サブカルメンヘラやれる程度には暇があって自分探しちゃうような性格だけど

思想政治について深く理解できるような頭もないか

とりあえずそんな自分でも生きさせてくれる国に感謝しとこうみたいなね

あと中流の生まれでも在日韓国人等が多い地域で荒れ気味なとこで育ったりするとそっちの影響もあったりするね

それどこ大賞」の審査員の末席をつとめさせていただいたのですが、

http://srdk.rakuten.jp/entry/2016/12/22/110000

実は当初、審査コメント文字数このくらいでよろしく、という指示をすっかり見落としてしまい、最初に間違えて書いたロングバージョンがありまして、せっかくなのでここに公開しておきます。受賞者のみなさんおめでとうございます

http://aonbo.hatenablog.com/entry/2016/10/12/220000

「買い物で人生が変わりました」と言われても「それはまあそういうこともあるだろうな」としか思わないかもしれません。「買い物がテーマブログコンテストなのだから、一番ど真ん中だよね、あざといよね」と穿った見方もできるかもしれません。けれど20年にわたる人生の変化と、その中心にあった買い物とをこれほど簡潔に描き、心から「ああ、買い物で人生は変わるのだなあ」という感慨をもたらしてくれる記事は、これを除いてほかにありませんでした。

「45で買ったストラトキャスター」という素っ気ないタイトルの「45」。その〈価格=45万円〉を表すようにも読めなくはないけれど、冒頭2行ですぐ、筆者にとっての「45」が〈年齢=45歳〉であることがわかります。「35で転職。37で離婚。/それから8年が経っていた。」。そして3行目に「子どもと妻がいなくなった生活。」と続きますわずか2~3行に濃密な行間を含み、 id:aonbo さんの10年間のほんの一部が明かされます

10年前、臨時収入を手にした、ゲーム趣味の45歳。「(うーん、このお金で何か自分にごほうび?)」の「自分にごほうび」という表現も、ちょうど10年前っぽい気分です。そんな中、とあるきっかけが id:aonbo さんに「(そうだよな。もうオレ45だよ。ゲームはそろそろやめようかな。)」と小さな一歩を踏み出させ、そこから一本のストラトキャスターを買うことによって、物語がはじまります。こうやって生きていけるのだな、と思いました。この記事は、ひとつの小さな人生賛歌です。

ところでこの記事、読後感は「ああ、人生」という感じなのですが、実は「人生」ということばは一度も出てきません。一貫して「生活」と書かれているところにも、ご本人のパーソナリティが感じられます。ぜひ賞金の30万円で、また次の10年の「生活の楽しみ」になるような買い物をしてください。おめでとうございます

http://akasofa.hatenablog.com/entry/2016/10/19/182759

つい「買い物」だけで満足してしまうことも多いですが、あくまで「買い物」はスタート地点で、使いこなせるようになっていく歓びこそが醍醐味なのだと感じさせる記事でした。「上達」を言葉で伝えるのはむずかしいですが、「カメラの上達」を伝えるのにブログというメディアはぴったりですね。

親バカ目線子ども目線がちょうど交わるところに結果としての写真がある、という感じもほほえましかったです。親が「美大生」とか「サブカル」とか評するにつれ、「最初美大生も、子どものような純粋好奇心のもとにシャッターを切るんだな」ということにあらためて気づかされたりしました。

子ども視点からしか写せない写真の魅力というのもありますね。子ども使い捨てカメラを渡して撮られた写真だけを集めた『Childlens』(リトルモア2003)という写真集があります。このまま id:akasofa さんのお子さんのカメラの腕がさらに上がっていってついにプロ写真家になったりしたら、その上達していく軌跡をまとめた写真集をぜひつくってください。ぼくは買います

http://walking-gourmet.hateblo.jp/entry/2016/10/15/164806

『買い物』することを一番最初楽しいと感じたのはいつだろう」というストレートな書き出しから、その「楽しさ」のルーツとして、子どものころの買い物の記憶、それと結びついた場所記憶を辿る旅なのですが、行き先がまさかの「屏風浦」。id:s06216to さんがご存知かどうか定かではないですが、「赤い電車」を歌ったくるりのもうひとつ京急ソングとして、その名も「屛風浦」という隠れた名曲があります。ぼくの「屛風浦出身という人もいるのだなあ」というどうでもいい感想は本当にどうでもいいのですが、ノスタルジック主題からしてもBGMとしてこれほど最適なものはないので、よろしければぜひ「屛風浦」を聞きながら読んでほしい記事です。

迷いながらも、風景をたよりにこっちかなと進んでいく感じ、「久しぶりすぎてどっちに行けばいいかすら怪しいけれどぼんやりとした記憶を頼りに歩き始めた」という感じが、写真もとてもきれいで、鮮やかに描かれています。ぼくも久々に自分が通っていた駄菓子屋に行ってみたくなりました。住んでいた部屋や遊んだ公園はなくなっていた、そして、探しものも見つからなかった、という話で終わるのかと思いきや……というところもよかったです。ちなみにぼくは、一枚20円のころでした。

2016-12-22

http://anond.hatelabo.jp/20161221121840

サブカルクソ男に祭り上げられて売れた女優アイドルは思いつくけど

サブカルクソ女から祭り上げられて売れた男優って星野源くらいかな?

はてなサブカル糞女が多いのはどういうことなんだろう

2016-12-21

煽り論破、そんなんばっかりでもう疲れた

なんで争わなきゃいけないの?

煽っても議論なんか深まらないよ

知識をつけて、あとは意見をすり合わせればいいじゃないか

意見が合わなくても、それはそれで発見の一つ。

喜べばいいじゃないか

だいたい、知識が圧倒的に不足しているよここにいるひとたちは。

ちゃんと教育を受けてきたとは思えないよ。

PHPがクソ言語ってまかり通ってるし、

GDPGNPの違いも判らないし、

最近の糞みたいなアニメを礼賛してるし、

星野源を愛するなんてサブカルかぶれと変わらないし、

これもみんな知識がないせいだよ。

そんな奴ははてなに来るなよ。平穏生活を返せよ

2016-12-20

サブカルクソ女という言葉

正直、意味をあまり分かってないで使ってる層も多そう

自分も分かってなかった。まぁクソがつくぐらいだからうざい存在なのかな、とは思う

あとスイーツ(笑)という言葉

別に流行に乗るのは悪いことしてなくない?とよく思う

コンビニスイーツって言葉今日日聞く

コンビニデザートより語呂もいいし

スパゲティ食べ行こうより、パスタ食べ行こーのが言いやすいだろうし

オタク流行アニメにすぐ乗っかるから同族嫌悪なんだろうけど

2016-12-19

なんで「サブカルクソ女」だけ叩かれるんだよ納得いかない

なんでサブカルクソ男は許されるんだ

2016-12-18

サブカルという言葉

定義は難しいのでネット上で安易に使わない方がいい。

お前のサブカルはお前の中にあり、

俺のサブカルは俺の中にあるのだ。

サブカルを探すために人の心の中に入れるとでも言うのかい

「今までオタクでしたけどおしゃれに目覚めて彼女作りたいです」

「今までポップミュージックばかり聞いた自分馬鹿だった。ジャズは崇高だ」

サブカルなんか安っぽい。やはりメインカルチャー映画は最高」



ついでにもう一つ。

過去自分黒歴史を笑ってやりたい。今の自分が最高」

きっと今の自分未来自分あざ笑う

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