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はてなキーワード: システムとは

2016-08-25

長年死にたいと思っている人間が、「自殺を止める人の気持ち」につい

私が、なぜ死にたいか、社会的ステータスや状況なんかは別の記事として投稿しようかと思います



今日記事が目に入ってなんとなく。

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040




現実世界では(インターネット上の話ではともかくとして)エゴがどうとか以前に、無意識的に止めようとすると思う。

例えば、ちらほら人通りのある橋から目の前で人が飛び降りようとしていたとする。

格好や目つきや動きがよっぽど変ではないかぎり、止めようとすると思う。

止めようとするのが怖くても、警察電話の一報くらいはしようとは思う。


高校生の頃に、飲食店で財布を忘れて戻ってきた客が急に怒りだして暴れだしそうにしていたことがあった。

隣にいた友人や他の客はすぐに止めに入ったし、私もすぐに警察に連絡した。

意識を失っている人がいたら救急車をすぐに呼ぶと思う。

現実世界自殺を止めるってのは、そういうことと似たものだと思う。





自分所属している社会コミュニティ(会社学校、旧友、家族)なんかが

どう反応するのか、なぜ反応するのか、というのも気になる話ではある。



もし、自分が新しいコミュニティに移行したとして、初めからかなり自分勝手に振る舞って、周りからの印象が最悪、1ヶ月くらいでいなくなったとしよう。

そういう人は、誰から自殺を止められないし、どうでもいいって思う人がほとんどだと思う。



仕事が出来なくて、怒鳴られている人がいたとする。同僚や上司とある程度の会話を普段しているなら、

仕事的には邪魔でも、長く過ごすと少しは情や想像力が働くので、無意識的に心配してくれるときもある。



一般的には、所属する社会がある程度健全機能しており、自分も人並み程度に人と情のやり取りをしていれば、不登校の子どもにはプリントを持っていくシステムがあるように、

人の死を心配するってのは自然に組み込まれてるもんだとは思う。それは割合的には小さくはあるものの、一応多数の部類だとは思う。



会社にしても、学校にしても、ワタミ過労死一橋大学アウティングのように

責任を有しており、追求される可能性があるので、大きなリスクを小さくするためにも自殺というものは避けさせないといけない、

そういう論理からの力場も存在するとは思う。



ある人が自殺を止める理由については、一概にこうだから、とは言えないとは思う。

自分生存ルールなんかを把握できるほど人間は頭がよくないし、学問的に分析しようにも世界中コンピュータを集めても計算量は足りないと思う。



はてブの、矢口ベッキー狩野英孝不倫記事コメントを見ると、その人がそれぞれ違った叩きと擁護と無関心をしているように、

自分でもよく考えずに自殺を止めたり止めなかったりするんだと思う。動物的な本能人間的な社会性や自分経験、保身、いろんなものが混じってると思う。





エントリー主は、自分死にたいはずなのに、どうして他人自殺通報したんだろうというところに何か引きづられているのだろうけど、

「何を読んでも、自分死ぬべきだと思う」と思っているからこそ、自分の考えと発言矛盾で混乱しているだけで、

少なくとも現時点で死んでいなかったり、変な行動や犯罪的なことをやり警察連行されていないということは、

生の論理や生の執着、死の恐怖結構こびりついていて、現在の生と将来の生への逃避ばかりに目が行っていて、

それが同時に存在するということに目が行っていないだけだと思う。

通報した理由は、ハッキリとはわからないけど、自分の考えたり想像したりしていることが、死だけではなく、生についても自分の知らない裏側できっちり考えていることは確かだと思う。




>「しかしなぜ、自分を変えられるからあなたは変われるから死ぬべきではないと言えるのだろうか。」

これは、現実的な人がいう自分の変わると、印税をもらえる人のいう自分の変わる、自分の想定する変わる、を分けて考えた方がいいと思う。

私は、3年間くらい死にたいって思っていて、今も、今すぐに死ぬボタン、みたいなのがあったらその日のうちに押すなーとは思っているけど、

死にたいって思い始めた当初と現在を比べると、変わったことはたくさんある。

少なくとも、前向きに生きてみようかな、と思い始めている時期は数ヶ月間あったり、

普通に何気ない会話も心地よい気持ちでできるし、

超たま~にではあるが、温泉行ってみようだとか、シンゴジラ見に行ってみようだとか、楽しみを実行したいという気持ちも生まれることもある。

昔は、外に出て誰かが歩いているだけで陰鬱気持ちになっていたのが、今は特に何も思わなくなっている。

その程度には変われるし、いい出来事も起きたりはする。

けど、長い間生きることをメリットとは思っておらず、やっぱり死んだ方が楽だろ、とは思っていて、そこは変わっていないと思うし、

あと数ヶ月したらいつの間にか死んでいるかもしれない。




死ぬ時は、死んだ何日か後に増田記事自動投稿するようにPCに仕掛けておいて、死ぬ思いなんか残しておこうかと思う。それは死ぬ前の楽しみ。

その時はブクマお願いします。

2016-08-24

一時期、クラウドワークスやらに、1記事いくらかで仕事がでていた。

おそらくこの記事参加者で1人数垢作ってブクマをつけ合って釣り上げてるんだろう。

妙なヨイショコメント利害関係にあることが原因だろう。

こうやって、はてブ内で記事をあげていけば、1記事いくらかの報酬は稼げるというわけである

出所不明パクリ記事捏造記事でも、もともとのサイトの信用力での集客ではないのでやり放題だ。

問題が起きれば、閉鎖し新たなサイトを立ち上げ、利害関係者がそれをはてブに持ちあげたらよいのだ。

 

はてなはこのエコシステム放置するのか?

このままではてブ自体の信用は担保できるのか?

収入支出を全部公開して、頭のいい人に全部の支出決めてもらえば貧困叩きは起こらないのでは

貧乏人はお金の使い方がわからないのだからという話が結構出ていて共感を生んでいたので思いついたので書いておく。


世の中に正しい偉い人がすべて管理するような仕組み作れば良いんじゃなかろうか。システム管理してもいい。

収入支出全部公開して、あなた収入だとこんな高いもの買ってはいけないと。


朝昼晩の食事メニューから栄養バランスと飽きの来ないメニュー構成と、近所のスーパーの安売りなどから全部考慮して作って欲しいものだ。


全部管理し、しかもお互いに管理し指摘し合い殴り合い。良いじゃない。

瞑想における仏教って、宗教色はないみたいなこと言ってるけど、基本はみんな出家しろよな、的な面があるから

色々だわな。

キリスト教のような懺悔というシステムとは違うわけで。

イスラム教断食とか、イベントがあるんだよね。

身近で、見たことはないが。

インドから来ていた科学者ヒンズー教の人のは、自分ちのへのコーナーに神様の絵というか、お札みたいなのを貼っていたな。

(例のゾウさんが書いてある独特なエスニックな絵柄)

宗教ってなんなんだろうな。

  

日本人だと、トイレ日めくりカレンダーがあって、格言が書いてあるようなあれも、労働者に対するもんだよな。

会社の社訓とか会社の歌とか歌わされたなー。

家電修理業務も利便性から故障箇所の修復から故障部分を含むユニットを丸ごと交換することに変遷していった

昔は基盤の修理とか故障したピンポイント部品、たとえばコンデンサの交換とか故障部分を診断してそこを直してたけど

故障場所ピンポイントで診断するのは時間がかかるし、テスターつかって細かく見ないといけない。

から今は、故障する部品を丸ごと交換する方法をとるようになった。

 

いまの家電の修理は修理と言うより故障箇所の交換だ。

その方が故障箇所を細部の部品まで特定せずユニット単位からよっぽど速いし、教育も最低限で済むのだ。

 

利点はもう一つあって、このシステムだと修理部品の保持期限を越えると修理できなくということ。

まりいつまでも金を払って古い製品保守し続ける必要もなくなるし、断る理由も作れる。

最近よく上がる互助会案件

一時期、クラウドワークスやらに、1記事いくらかで仕事がでていた。

おそらくこの記事参加者で1人数垢作ってブクマをつけ合って釣り上げてるんだろう。

妙なヨイショコメント利害関係にあることが原因だろう。

こうやって、はてブ内で記事をあげていけば、1記事いくらかの報酬は稼げるというわけである

出所不明パクリ記事捏造記事でも、もともとのサイトの信用力での集客ではないのでやり放題だ。

問題が起きれば、閉鎖し新たなサイトを立ち上げ、利害関係者がそれをはてブに持ちあげたらよいのだ。

 

はてなはこのエコシステム放置するのか?

このままではてブ自体の信用は担保できるのか?

2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160823095346

うちの会社名前.苗字会社ドメイン

実名一致の方針らしく、結婚して苗字が変わるとメルアド変更になる。

昔はイニシャルでの登録ができたけど、数年前にきっちりフルネーム方針で変更された。

仕事顧客相手メールするから、とのことで。

メルアド変更しても昔のアドレスエイリアス設定か何かで残して、転送されたらいいよね。

うちの会社システム部がそんな便宜をはかってるかは知らないが。

チケット転売ヤーから買うのは、ファンなのか?

チケット高額転売取引問題の防止」を求める共同声明意見広告の件だが。

無策なコンサート興行側を非難するブコメ散見されるが、ズレてると思うんだよなあ。

共同声明にもチケット販売システムを見直すし体制整えるとか書いてあるんだけど、それ枝葉でしょ。

キモは、「転売NO」のハッシュタグ作るみたいなファンへの周知徹底でしょ。



チケット転売ヤーから買うやつは、ファンじゃないよな?

ソコまではオッケイ



って、前提づくりでしょ。

ファンからこそ転売屋から買ってでもコンサート行きたいんだ!」ってのを

「いや、アーティストは反対してるし嫌だって言ってんのに、するんだ?ファンじゃないよね?」って

なにイイワケしたって嫌がることしてんだからファンじゃねえ来るなってヤツでしょ。

前提作って、転売チケットアングラ化するのが目的広報でしょ。

アングラなんだし、当然チケット使えなくても文句言うなよお前ファンじゃねぇしってヤツね。



Twitterで○○警察は大量に揃ってるから、まあ転売チケットをおおっぴらにやり取りするのは減るんじゃねえの。

何事も文章正式に周知徹底しとかないと「知らなかった」って居直る奴はいから無駄に思えても必要な手順なんだと思うけどね。

転売商売から、ワリに合わんと思えば撤退するだろうし。

たぶん撤退しないだろうからまた無駄本人確認作業が増えるような気がするがなー

カネあるオトナはええけど、中高生は大変よな。

コンサートチケット転売撲滅って

できるん?

今はライブ人気が高まってアーティスト収入源の大半になってきてるから

慌てて転売撲滅を掲げてるけど。

  

チケット転売されたくないのなら価値を落とす(安くする)か、

転売されにくいシステムを整えるかだと思う。

  

この際、音楽協会チケット交換センターみたいなの作って

当日行けない人の権利チケット)回収&返金手続き&当日券販売ってのを

整備スべきではないのか。

そういうのやる気はないの?

続【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞記事批判する

前回のまとめと補足

前回『【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞の記事を批判する』という記事で、朝日新聞編集委員 氏岡真弓氏の署名記事について批判した。

その要点は、氏岡氏の記事が、国立大学協会入試委員会対応に関して、(意図的にせよ結果的にせよ)明らかな印象操作を行い、「新共通テスト記述試験大学側が採点する」という方法が極めて問題の多い案であるという事実を十分に報じないまま、この方法採用を後押ししてしまっているという点にある。

いくつかのコメント飛ばし記事であるとか文科省側のリークというような話が出ていたし、私自身もその可能性はあると考えている。

しかし、その一方で、私は文科省国立大学協会も正しく状況をレクチャしたにも関わらず氏岡氏自身が(意図的無意識かはともかく)内容や方向性の間違った記事を書いた可能性、つまり氏岡氏の持っていた見解バイアス資質問題が今回のような記事を書いてしまった原因である可能性も留保している。

これらの点を詳らかにするためにも、氏岡氏は自分自身言葉で今回の記事に関する経緯を説明してほしいと考えている。

今回批判したいこと

今回私が批判したいのは、8月19日朝日新聞4面に掲載された『<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案』という記事である

前回の内容は記事化の経緯に関する点であり、氏岡真弓氏に非があることは明らかであると(少なくとも私には)感じられる問題だったが、今回はもう少し論争的な部分を批判したい。

はじめに結論をかけば、

氏岡真弓氏は今回の新共通テストに関する問題特に採点方法問題を論じる/解説するにあたって、この問題に関する十分な見識を欠いているのではないかということだ。

私が特に重要視している記事記述は次の2つの記述に集約されている。

この問題を論じるにあたって、国立大学協会入試委員会の提出した論点整理や文科省有識者会議=高大接続システム改革会議の出した最終報告は役に立つ。

記述問題形式

氏岡氏の8.19付解説記事最初記述について考えたい。

私の批判の要点は、氏岡氏はこの記述の中で、記述問題において何を問うかという点に関する検討理解を十分に行わないまま独自解釈を述べていないか、ということである

特に、「文章理解説明する設問」と「自分の考えを書く問題」とを明確に区別した書き方をし、大学側が採点する方法を採ることにより、後者可能になったと断定している点である

国公立大学二次試験国語で問われている問題はおおむね前者にあたり、文章記述の内容把握や根拠説明要求するものになっている。

一方小論文試験や国公立でも非常に僅かだが一部の大学2016年度だと例えば滋賀県立大静岡大首都大学東京島根大など。ほかにもあるかもしれない。)の国語試験には、課題文の内容理解を踏まえる形で「あなたの考えを述べよ」という「自分の考えを書く問題」が出題されている。

では、新共通テスト記述問題で本当に後者のような問題を出すことが想定されているのだろうか。

高大接続システム改革会議の最終報告には、

国語については、次期学習指導要領における科目設定等を踏まえ、知識技能に関する判定機能に加え、例えば、言語を手掛かりとしながら、与えられた情報多角的視点から解釈して自分の考えを形成し、目的や場面等に応じた文章を書くなど、思考力・判断力表現力を構成する諸能力に関する判定機能を強化する。(p.54)

とあり、ここにみられる「自分の考えを形成し」という語句一見氏岡氏の記述合致しているように見えるかもしれない。しかし、これは、例えば選択肢を選ぶのではなく自分言葉説明することを指していると通常は解釈するように思う。

実際、

大学入学希望学力評価テスト仮称)」の記述問題については、現在国立大学二次試験で行われているような解答の自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、それを踏まえて結論結論に至るプロセス等を解答させる「条件付記述式」を中心に作問を行うことにより、問うべき能力評価と採点等テスト実施に当たっての課題解決の両立を目指す。(p.56)

と述べられていることを見落としてはいけない。最終報告のp.75に掲載されている図も見落とすべきではない。

まり「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」は、創造性・独創性芸術性の評価も含む問題であり「個別入試になじむ」と整理されている。

仮に大学が採点することになるからといって、この整理を放り出して、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」を出題するとか、

自分の考えを書く問題」を出題すると述べるのは、議論の成果である最終報告よりも明確に一歩踏み込んだ記述になっていると言わざるを得ない。

では国立大学協会の「論点整理」ではどのように記載されているだろうか。

解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大することである。また、設問の中に構造化された能力評価観点を踏まえつつ、各大学学部)はアドミッションポリシーに基づき独自の採点基準採用することができ、各大学学部)の主体性が発揮できる。

ここでいう「解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大する」という記述には、氏岡氏の言うような「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」という趣旨を読むことはできないと私は考える。

というのも、ここでいう「出題の多様性」という文章は、前半にある次の記述を受けてのものからだ。

全国共通試験への記述式・論述問題の導入は、多肢選択問題では測ることのできない能力評価するための大改革であり、適切にその能力評価するためには相当数の問題が課されるべきである。また、評価すべき能力が個々の設問の中に構造化されるわけであり、その観点からは、短文記述式(40-50 字)設問のみでは、改革の主旨に沿った十分な評価を行うことができないと言わざるを得ない。解答文字数を含めて出題の多様性が出来るだけ拡大されることが望ましい。短文記述式のみでは早晩パターン化し入試技術化する危惧あり、持続可能性の観点からも、同様のことがいえる。

これは、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題」を出題するべきというよりは、文字数は40-50字の短文記述よりは長めで、個数は多めにするべきということである。個数を多めにというのは扱う内容の多様性を確保せよといっているように私には見える。50万人が共通して受験するテスト場合、題材が1つだけだとどうしても能力よりもその話題になにがしかの知見があるかどうかなどの運の要素も出てきてしまう。十分な量の問題と十分な長さの解答要求をすることでしか「適切に能力評価」することはできないだろうと言っているように見える。ここには、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」というような観点は入っていない。氏岡氏の記述国立大学協会の「論点整理」の文脈からもはみ出していると考える。

また高大接続システム改革会議の最終報告の参考資料2には、今回の新共通テスト問題例が掲載されている。(ただし、あくまでも何を問いたいかを例示するためで直接試験で出題できる問題として掲載しているわけではないという注釈付き。)この中の「国語」の問題では、交通事故発生件数・負傷者数・死者数の年度変化を示すグラフを掲げ、「交通事故の死者数が他よりも早く,平成2年1990年)以降減少傾向になっていること」の理由について考えさせている。要求しているのは、資料から読み取れる内容の記述自分の主張を裏付けるためにはどのような資料を見ればよいか記述させることである。これは、「自分の考えを述べる」問題ではないことは明らかである

また氏岡氏は自身ツイッターで次のように述べている。

入試改革を引っ張ってきた国大協の委員会ででた案。出題の幅がぐんと広がる。注目です。

「出題の幅」とはどういう意味なのかはっきりしない。最初に取り上げた4面の解説記事記述にもあるが、「自由記述」「本格的な記述」のような書きぶりにも現れているように、言葉の選び方が不用意で十分に検討したと思われない。

しかし一方で、氏岡氏の名誉のために、次のことは指摘しておくべきだろう。

読売新聞8月20日付の記事『大学新テスト、英語「話す」で民間試験の活用案』の中で次のように記述している。

国大協は記述式の採点を、受験生の出願先の各大学が行う案を示した。(中略)国大協はテスト1月中旬実施しても、大学が採点すれば200字~300字程度の記述式が導入できると想定大学による採点が難しい場合は、採点期間を国立大学前期試験直前の2月下旬まで延長する別の案も示した。

これも国大協が大学側が採点するという案を提示したという問題のある記述をしているのだが、それ以上に、国大協が「200字~300字程度の記述式が導入できると想定」などという「論点整理」には全く書かれていない話を登場させている点に注目したい。

「40-50字の短文解答式」ではまずいという議論から、いきなり「200字~300字程度の記述式」というところへ直接は結び付かない。

上の最終報告にある問題例は、40字以内と80字以上100字以内の設問である。通常、短文解答式ではないものを、という点でみれば、いきなり200字~300字となるのではなく、80字~100字程度の文字数ということを考えるのが自然ではないだろうか?

また国公立二次試験を見ても、単独で200~300字の記述要求する大学はむしろ珍しく、東大でさえ最大文字数の問でさえ100字~120字で述べさせる問題である

もちろんこの「200字~300字」というのが、たとえば小問3個での合計解答文字数というなら話は違ってくる。(1個の大問全体での記述量が500~600字程度ということは珍しくない。)読売記事がそのあたりの正確さを欠く記事になっていることは批判されるべきだ。

今回のまとめ

まり考えられることはいろいろある。

といったことだ。

 しかしどれであったとしても、氏岡氏の記事は、高大接続システム改革会議の最終報告から乖離しているし、現状の国公立二次試験での国語の出題状況などについても十分把握しているとも言い難い。また19日時点では取材していなかったのかもしれないが、国立大学協会の「論点整理」とも乖離している。こうした点からも、署名記事を書いた氏岡氏はいったいどういう経緯と解釈でこの解説記事を書いたのか説明するべきだと私は考える。


 実は、国立大学協会論点整理の中には、次のような記述もあることを付け加えたい。

そもそも、記述式・論述問題評価すべき能力いか構造化できるかは、根源的な課題である評価すべき能力構造化があって初めて、各大学学部)はアドミッションポリシーの中に、記述式・論述問題を適切に位置づけることができる。しかしながら、国立大学全体にも大学入試センターにも、そのための知識ノウハウの蓄積は未だ十分ではない。平成 32 年度実施に向けて能力構造化に向けた記述式・論述問題設計理論構築、体系化が喫緊課題といえる。国大協としても、過去の各国立大学個別試験における記述式・論述問題に関する実績を調査分析することなど、この課題積極的に取り組んでいきたい。

これは、どのような形式で何を問うかということについて、決して十分な知見があるわけではないことを述べており、すなわちこ(「学力の三要素」といった抽象論ではなく)具体的な設計レベルでみれば、新共通テストにおける記述問題形式や内容についていまだに十分合意が取れているとは言えない現状を示している。にも関わらず、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」とか「大学が採点を担う国立大学側の独自案が具体化すれば、入試改革は実現に大きく近づく」などと断定する氏岡氏の記述に私は強い不信感を抱かずにはいられない。

2016-08-21

活躍担保とは

考え方や価値観の相違というのはあるものから特にそのことに異を唱えるつもりはない。「反論」というほど論ではない。ただこちら側からは「考え方」でなく「想定」が異なるのではないだろうかという風に感じた。

一つ目。社会成熟により、能力は明らかになりつつあるのでは、という意見については「『今のこの社会』ではね」としかいいようがない。あげられた能力のどの一つをとっても、全く的外れとは言わないが、定義あいまいな上に一元的に数値化もできなければそもそも測定できないし、三つの比較(たとえばコミュ力100%論理的思考100%ではどっちにどのくらいの価値・優位性があるのか?)も不明であり、結局、先に私が述べた通りそもそも人間に優劣を付けること自体が無理という結論には影響しないと思う。もし増田に「完全に人間の優劣を測定する基準とその方法」を示していただけるなら(※)まだ納得するのだが。どうも増田は「今の社会がそれほど大きく変わることはない」という素朴な想定に頼りすぎているように私には見える。たとえば人工知能研究が一段階進んだだけで、社会で求められる「能力」なんてあっという間に大きく変わると私は思っているよ。

二つ目増田が私の考えを「要は(現時点での)劣位者の飼い殺し」と捉えているのは、大変不思議に感じた。私が言いたいのは、たとえ社会的にさまざまなハンディを背負って生まれたとしても能力を十分に開花させられるような社会にしておくことが、特に転換期においては全体としての利益が大きいということだ。そういう社会であってこそ、万一何かあったときにそういう人があたかも突然登場してきたかのように前面に出てくることができる。そういう社会システムの整え方の話をしているのだが、それを「飼い殺し」と捉える増田の想定には、人材を「育成する」という観点がすっぽり欠落しているのではないか。さまざまな人間がそれぞれの完成を目指すことができ、それが認められる社会と、「最低限の金を与えて飼い殺し社会」とは、だいぶ違う。

http://anond.hatelabo.jp/20160821181828


※たとえば「コミュニケーション能力」という言葉などいかにも怪しい言葉である友達がたくさんいる奴はその「能力」が高くて、少ないと低いのだろうか。いざというとき頼ろうとしたらそれは全然無理、みたいな連中と上手に付き合いつつつるむ能力、いわゆる「集団で浮かない能力」と、一人の人間に徹底的に信頼され、世界を敵に回しても一緒に戦ってやるぜ見たいになってもらう能力とは、能力の質も内容も結果する行動も全然違うと思うが、増田定義ではどっちが「コミュニケーション能力」が高いのか。ディベートうまいやつはコミュニケーション能力が高いのか。入社試験には受かるかもしれないが、恋愛市場ではめちゃめちゃ敗北しそうだが、そこはどうなのか。いろんな異性をとっかえひっかえできる人の「コミュニケーション能力」は高いのか。一人の異性と添い遂げる人の「コミュニケーション能力」は低いのか? そういうことを、増田はきちんと定義できているのだろうか、と疑問に思う。これは単に一つの例に過ぎないが、まあそういうことだよ。

貧困問題を解消するのは当然「功利的」理由である

増田は「利己的」と書いていたが「功利的」と言うべきだろう。その上で「功利である」ことには同意だが、その理由は異なる。その理由を少し述べる。

増田の論は、人間能力というもの一元的に数値化できるという架空仮定に基づいているが、これが根本的に的外れである人間能力というのは非常に複雑なもので、社会全体の生存を考える上ではその多様性担保することがもっと戦略的には正しい。たとえば日本社会で非常に高く評価される「空気読む」能力は、世界の中ではほとんど不要能力であるが、狭い環境下で長期的に社会関係を維持しなくてはならない場合(たとえば長期にわたる宇宙船内での作業員等)では、非常に有効能力である可能性がある(ただし、現代日本人が比較的不得意な「異文化の受容」に関わる問題クリアできた上での話であるが)。

知能というのも残念ながらその測り方が日々検討されているような状態で、たとえば現下のセンター試験で測れるような「能力」が今後役に立たないとはよく言われているところであるが、しかしだからといってそこに全く正当性がないということもないし、また、「役に立たない」という人々が、それに代わる明確な測定方法を示しえているわけでもない。

江戸時代、「能力のある武士」をそれなりに取り立てるシステムも全く機能していなかったわけではないし、実際幕末幕府高官が無能ぞろいだったわけではないが、明治維新を成し遂げ、またその後の新政府をそれなりに運用したのは下級武士…すなわち江戸幕府からは「能力が低い」とみなされていた人たちだった。変動期にどのような「能力」が重要なのか、社会予測することは難しい。



から、ある社会が持続可能であろうとするならば、さまざまな能力可能性を排除すべきではない。いまのシステム下で測定できない「能力」をもつ人間は、この社会のあらゆる地域、年齢、階層の中に眠っている可能性があり、必要ときにそれが脚光を浴びることができるように多様性担保しておくことは重要なのだ。これが、社会貧困問題に適切に取り組むべき「功利的な」理由である

http://anond.hatelabo.jp/20160821164908

可哀想貧乏人はもう居ない

未来に向けて正しい努力をすれば、日本貧困になる事はまずない。

昔は市や県で一番の成績でも進学を諦めざるを得なかった苦学生が居た。今はそこまで出来るなら生活費付きの奨学金が出る。

県や市でトップまで行かずとも、普通の人よりちょっと能力が有る人は、普通仕事をして貧困層から抜け出せるようになった。



今、貧困層から抜け出せない成人は、一般人が救う価値を見いだせない人だ。

怠惰能力が無く、不細工で自制心が無く、約束を守らない嘘つきで、人脈も人的資産も無く、お金はもちろん持ってない。

そんな親に育てられた子供も9割方は同じ道をたどる。



誰もが救済を納得する貧困層はもう居ない。そんな人は自力で上がれるシステムが整っている。

次に行うのは、普通より劣った能力意思しか持てない、それでも生きている人間を救う事。

しかし我々は、そのような「劣った人間」に金を分け与える事を良しとするだろうか?



正直に言えば、放置したい気持ちが有る。が、貧困層は生きている。

絶望の中に放置すれば、彼らは世間に牙をむくだろう。



なので、貧困層を助ける理由は、あくま利己的なものとなる。

自分安全の為に、彼らに生活の糧を分け与える。それと同時に、なるべく多くの人を中間層に引き上げて、世の中を過ごしやすくしたい。

もちろん、出来る範囲でね。



http://anond.hatelabo.jp/20160820004448

映画館に行った話

よく知らないタイトル映画だった。朝のテレビ番組とかで紹介されていたような気もするが、タイトルすら覚えていないあたり関心がなかったのだろう。それでも、叔母の代わりに私は映画館に足を運ばなくてはならなかった。

叔母はその映画自体か、或いは出ている役者だかのファンなのかは知らないが、何度も観に行くリピーターだった。だが急な仕事が入り、前売りチケットもあるだとかで、来場特典だけでも貰ってきてくれと私に頼んできたわけだ。

気乗りはしなかったが、叔母の心象を悪くしてまで断る理由を私は持ち合わせていない。叔母もそのことを分かっているから、私に頼んだのだろうけれども。こういうとき、融通のきく職業はツライと思う。



映画館に行く前日にネット場所は調べておく。その際に映画概要などにも目を通したが、やはり私の趣味ではないと感じた。どういうニーズに向けて作られたかは明白だったし、そこに私はいない。観てみたら、意外と面白いと思える可能性なんてものは期待できない。この時点で、当日のプランはある程度できていた。



当日、その映画を観そうな顧客タイプを推測し、浮かないような服装で向かった。自分ガタイを考えると、お世辞にも似合っているとは言いにくいコーディネートだったが、仕方がない。気分が重たかったが、こんなことのために知り合いを誘うのも迷惑なので一人で行くことにした。



もっぱら家で映画を観るようになったのがいつからかは覚えていないが、なんだか最近映画館は随分とシステマチックになったようだ。不慣れな私がまごつく可能性を考慮して、当日は早めに映画館に着いておいた。とはいっても、予想よりもすんなりチケットを買うことができた。席はあらかじめ指定できるらしく、私は誰も選ばないような後ろの隅っこあたりにした。



入場できるようになるまでの時間フードコートで過ごし、しばらくするとアナウンスが聞こえる。目的の特典を少し懸念していたが、入場の際にしっかり貰えて一安心。なるほど、特典は申し込みチケットで、実物は後日というシステムか。かさばらなくて、ありがたい。このチケットを用いて、期限内に申し込めば貰えるから、それは叔母がやるだろう。



やるべきことを終え、私はトイレの個室で一息つく。休日ということもあり館内は人が多く、その喧騒に軽く酔っていたのだ。そんな場所でも、個室のトイレは一人にしてくれるので助かる。私はそこで数分ほど時間を潰すと、おもむろにバッグから着替えを取り出した。



着替え終わると、ワックスで軽く髪型をいじった後、来る時に着ていた服をバッグに詰めてトイレを後にした。出口の場所によっては必要なかったかもしれないが、ここは入り口と同じ場所にあったので持ってきて正解だった。映画も観ずに出てくるところを見られて、特典を転売する輩と周りに思われたくはないので、別人としてこの映画館から出るのだ。我ながら小癪だし、周りの目を気にしすぎだとも思ったが、まあ自分自身精神衛生上これが最適解だったと思いたい。

丁度、他の映画を観終わったであろう人たちがいたので、紛れるように出入り口に向かう。これだったら、着替えはいらなかったかもしれないな。

はいっても、謎の後ろめたさも覚えた。どんな理由であれ、「映画を観ずに特典だけ貰った」という事実がそうさせるのだろう。だが、仕方がない。私はあの映画に関心がなかったし、その時点で「観る」という選択肢はなかった。仮に観たところで苦痛だっただけだろう。私は悪くない。だが、あの映画が悪いというわけでもない。映画のためにも、私のためにも、これでよかったのだと思い込むのだ。

映画館を出たあとは、せっかく遠出したので近くのショッピングモールで色々巡った。飼う予定はなかったがペットショップで亀を眺めたり、アロマショップ香りを嗅いでいると気分が晴れやかになった。帰る途中で寄ったラーメン店は中々のアタリだった。



後日、叔母に特典の申し込みチケットを渡す時「どうだった?」と尋ねられた。一瞬、何のことかと戸惑ったが、恐らく映画の内容について感想を聞きたかったのだろう。いま思うに、特典も目的だったが、布教目的だったのかもしれないな。

私は「よく分からなかった」と答え、話はそれで終わらせた。

2016-08-20

http://anond.hatelabo.jp/20160820225906

昔は俺もそう思ってたけど、最近は全く逆で手を抜いて、足引っ張ってもたいして給料変わらないので、まだ会社のために働いてるの?って思ってしまう。そういう彼らをそうさせるのも全て会社組織システム責任だと思うようになった。

男は働いて女は家を守る昭和のやり方

実は効率的なんじゃね?と思うようになった。

女性はいくら環境が整備されたとは言え、様々な差別障壁が有るし、妊娠出産の期間仕事を休まないといけないから、ずっと働く男との競争は不利だ。

男も本気で働くとなると、家で洗濯掃除しているヒマは無い。家政婦入れると家事解決するかもしれんが、孤独で病む。

そして男女とも、若い間は子供なんて不要と言っても、年をとると産めばよかったと言う。これ、数十人に聞いたが今まで例外が無い。

皆無とは言わんが、子無し夫婦の大半が産めば(産めれば)よかったと思っているのではないか



男女差別とか平等とかのお題目は美しいが、世の中の仕組みを変えるよりも適応して生きた方がQOLは高いのではないだろうか。

男は死ぬほど働く、1日12時間は働く。女は家事をやって子供の面倒を見る。これを比較優位の分業と見れば、効率的ではないか

ぶっちゃけ日本企業残業した人から昇進していくシステムなので、労働時間を1人に集約した方が効率的だ。2人で8時間×2働くより、1人で12時間働いた方が昇進が早く給料も良い。



男女共同参画とか、女性活躍とか煽っていても、現実制度がまだまだ甘いし、生理的機能の差で20~30代の数年を妊娠出産育児に取られる女性が働くのは非効率だ。

ならば世の中に合わせて生きるという選択肢も有ってよいのではなかろうか?

自分の生きたいように生きる権利を認めた上での、効率的生き方提案という話だが。




事故病気や離職で詰むとの意見ですが、共働きでも同じでしょうね。

そもそも、共働きで片方が不測の事態で働けなくなった時、家計問題が無い家庭がどれだけ有るのでしょうか?

働き手を片方に限定する事で、少なくとも住宅ローンは団信によってリスクヘッジが容易になります

12時間働きたくないとの事ですが、共働き8時間家事育児を並行してやる方が疲れます

8時間働いて暗い家に帰ってきて、そこから食事の準備や洗濯をして、風呂に入って風呂掃除明日の買い物まで。

子供が居ればお迎えと寝かしつけ、高額な時間外保育料金の支払いも。掃除機をかけられるのが休日だけだから、そこまでやっても家は埃っぽい。

そんな生活の方が疲れると思いますね。



男女共同参画を推進する人は、ここまで考えの浅い人ばかりなのでしょうか?

バグの優先度はテスターが決めろよ

バグ管理システムっていうやつ?

BacklogとかRedmineとか。

あいうやつ。

あれにテスターバグ報告を出してくわけ。



でもさあ、

例えばアプリクラッシュするとか、

これ以上先の画面に進めないとか、

「これこのままリリースしたら即炎上するだろ・・・

とおもうヤツあるでしょ。

そんなんはお前らで優先度を高にしといてくれやって思うわけ。



キミらテスターユーザーなのよ。

「QAとは、"世界最初ユーザーになる"ことである

って訓練されたテスターも言ってるぞ。(タイトル以外読まなくて良い)

https://blog.sixapart.jp/2014-08/what-is-quality-assurance.html

から

「キミらがやばいと感じること = ユーザーが糞アプリと断じること」

な訳。



そんなバグはテメェで高にしとけよ。

増田さん!ここ落ちるんですけど早めに直した方が良いと思います!」

とか言いに来る暇があったら優先度高にしようよ。

あのさあ!自分で考えようよ!ガキじゃねえんだからさ!!



逆に、木っ端の報告は優先度下げろよ。

画像位置微妙にズレてます

とかさあ。

そんな報告でいっぱいになったら、

優先度が高じゃなきゃいけないやつがどれなのか分かんねえだろ。

あのさあ!優先度全部同じじゃ分かんないよ!ガキじゃねえんだからさ!!



でも優先度間違ったらキレるからね。

優先度低にされた微妙にズレてる画像が、実は著しくUXなう系だったりしたらマジギレするからね。

「あのさあ!分かんねえことあったら自分から聞こうよ!ガキじゃねえんだからさ!!」

って言って怒鳴るからね。



っていうかBacklogの優先度切り替えマジだるい

あれが諸悪の根源だよ。

他のBTSでもあんなにダルいの?

あのさあ!Backlog要望出しても全然通らないんだけど!ガキじゃねえんだからさ!!

貧困JKうららちゃんを叩いている奴はまとめサイトしか見てないだろ

このトラバへの返信。

http://anond.hatelabo.jp/20160819231741


>話の筋が違う。趣味に使う金があるならPC買えるだろってのがこの話の本筋。うららはiPhone持ってるしSoftBank契約から月7000円以上は払ってる。

いや、うららちゃんは中学生の時にパソコンを買ってもらえなかったっていっているんだぞ。もう一度いうけど中学生ときだぞ?みんながパソコンを持ってるのに自分のうちだけ持ってなかったか自分貧乏だと自覚したという話であって、高校生の今パソコン必要だという話じゃないんだよ。

パソコンアニメグッズを天秤にかけている人は元のNHK映像をちゃんと観てないでしょ?

https://www.youtube.com/watch?v=kwoEjfpPnTY

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160818/k10010641551000.html

高校生のうららちゃんは、パソコンよりオタク活動のほうに金を出すべき物事だと判断しただけだよ。先のエントリでも解説した通り、学生にとって趣味に使う金も交友関係を維持するための必要経費。一方でパソコンなんて今の高校生は全く使わない。もちろん絵の勉強したいならパソコン必要だろうけど、専門学校へ行くかどうかわからない今、すぐに買うべきものじゃない。だから趣味の方に金を使うのを優先させているだけ。

貧困JKうららちゃんがPCを買ってもらえなかったのも、クーラーが家にないのも嘘をついているわけじゃないよ。母親一人のアルバイトではPCを買うのも、クーラーを買うのも相当難しい。で、うららちゃん自身アルバイトが出来なかった中学生まではガチで切り詰めた生活をしていたのだろう。そこで自分が「貧困」にあたると自覚した。ただ、高校からアルバイトができるようになったので、多少は趣味に使う金も出来たし、それで交友関係を維持する必要性も出てきた。一方で50万の専門学校入学金を自分アルバイトだけで工面するのは厳しいし、その後の学費を払えるかもわからない。だから、困っています、というのが今のうららちゃんの現状。

 うららちゃんは進学できなくて困ってるのであって、今PCが買えないから困ってるんじゃないんだよ。

 そこは理解してくれ。

あとさ

>俺の知ってる貧困家庭PCどころか、一家で見るテレビすら20インチ1台だぞ?子供はもちろん親すらスマホ持ってない。スマホ買ってやれないからって5000円くらいの激安デジカメ買ってやってるそうだ。よくうちに遊びに来てPCドラえもんゲームやってるよ。長女の年代がうららと同じだけど彼女Twitterなんて知らない、知ってたとしても一度もやったことないはず。

逆に聞きたいんだが、その貧困家庭ってどういう家庭なんだ?ひとり親のアルバイト家計支えているうらら家ですら、娘がアルバイトすれば自分スマホ代は払えるのに、スマホも持ってないなんて。その家はよっぽどヤバい事情だろ。親がマジで病気してて働けず「絶対的貧困」の状況にあるのか?それだったら色々指摘されてる通り、絶対的貧困相対的貧困を比べるのはナンセンスしかいえん。絶対的貧困者は相対的貧困者より困っているのは確かだろうが、相対的貧困にいるやつだって十分困ってるんだよ。ブラック企業200時間残業してる奴にお前は北米開拓時代黒人奴隷より労働条件がいいか我慢しろなんて言えないだろ。あるいは娘さんがよっぽど親孝行で稼いだアルバイト代全部親にあげてるとかそういうの?進学費用のために本気で切り詰めて貯蓄してるとか?。でもそれは、その娘さんが相当偉いのであって、他の貧乏人にまでそれを求めるのは酷だろ。子供貧乏してるのは子供責任じゃないんだぜ?前世カルマを積んだ奴が貧乏な家庭に産み落とされるというシステムだったら、金のない子供死ぬほど努力しろという話になるが、貧乏子供前世の業によって貧乏になったわけじゃないからな。それに努力だって才能だぜ。努力できる子供努力できない子供はいる。勉強みてればわかるだろ。一部の死ぬほど努力できる子供を例に挙げられても困るわ。

ひまわり話題だと思ってた

周りの話題ひまわりつぶやく的なシステムだと思ってた…

まわりの話題なのか…そのまんまじゃん…

2016-08-19

特定の人にしか挨拶をしない人

特定の人にしか挨拶をしない女性社員がいる。

みんながおはようございまーっす、ってオフィスに入って来ても、基本無視

でも私がおはようございまーっす、ってオフィスに入っていくと、私にはおはようっていってくる。

私も含め数人だけ会社彼女お気に入りの人がいて、お気に入りにだけ返事するシステムのようだ。

ふっつーにみんなに言えばいいのに。挨拶しないならしないでみんなにしなきゃいいのに。

つーかなんでたか職場人間関係でそんな敵味方を作ろうとするんだろ。

挨拶に限らず仕事全てこんな感じでとにかく好き嫌いがはっきりしてる。

嫌いな仕事は頼まれてもやらないし、やってた仕事でも途中で嫌になるとキレ始めて一切やらなくなる。

それは私のやる事じゃないと思います!みたいな。

私も、たか職場人間関係もやもやして馬鹿みたい。

はぁ、ムダ毛処理でもしよ。

2016-08-18

チケット手数料

2日間のフェス的なイベントチケットを買おうとしている。

例えばこんな感じ。

1日目

 チケット 10,000円

 駐車券 1,000円

2日目

 チケット 10,000円

 駐車券 1,000円


チケット販売(?)サイトでこれを買おうとすると4回購入しなきゃいけない。

※買い物カゴ機能が無いので、チケット毎に決済しなきゃいけない。

すると、購入毎にシステム利用料/振込手数料/発券手数料がかかって、それら手数料を合わせると約3000円もかかる。

カード決済なのに振込手数料ってなんだw)

チケットぴあの窓口とかで買えないのかな。

年収を上げたいなら、webを出ている場合ではない。

なんかイラッとしたので反論したい。

ちなみに年収主題かもしれないが、

言っていることも矛盾が気になった。

あと、自分匿名感情的な指摘なので、支離滅裂していることは最初に謝っておきます

やはり、web世界にいるだけじゃダメですね

どの会社web仕事はしていても、お客さんはweb世界だけではないので、

言うほど閉鎖的なものではない。

スタートアップとかは、web × 他業種だったりして、

他業種について、本業の方と同レベルで詳しくなることもあるんじゃないかと。



できる人とそうでない人の違いはどこにあるかというと、仕事の幅なんだそうです。

別にweb関係ない。どの業界でもそうだろ。



技術の幅が狭いエンジニア、例えば「JavaScriptしかできません」のような専業エンジニアがいる。これは東京に多いんだよ。

逆に、大阪には、仕事の幅が広いエンジニアがいる。大阪場合、「なんでもやれる」と言えないと仕事がとれないから、結果、フルスタックエンジニア生まれる。

なんとなく言いたいことは分かる。だが、

一方、大阪エンジニア自己評価が低く、基礎的な技術をしっかり学んでいるそうです。PHPからRubyといったように言語浮気をしようとしないんだとか。

おいおい他言語浮気はしないけど、一言語だけではダメとかどっちなんだよ。

何でもできるんですか、それとも知ってることだけですか?

フロントとバックの違いは浮気にならないとでも言いたいのでしょうか。

でも、言語としてはjsphpの2言語となるので1言語以外をやるなら、それは浮気ととれるでしょう。

結局、言葉遊びで「言語浮気」って使いたいだけだろ。浮気定義からやり直せ。

加えて、東京大阪の違いは分かった。だが、東京ディスる必要はない。

他人から聞いてきた話を引用するなら、不快になると分かる箇所くらいオブラートにつつめ。

今はweb仕事が多くなったけど、インターネットがない時代にはもっと他にもエンジニア仕事があったわけ。

別にだってweb以外はあるだろうに。なんなら、エンジニア不足って言われているんだよ?? あと、IoTでググって。

あと、web世界だと35歳になったプログラマーが悩むなんてことがよくある。これは、35歳定年説を信じてのことなんだけど、気にする必要はない。そんなの実際はないから。

おそらくですが、「35歳定年説」をそのまんま鵜呑みにしてるのは、webで働いてない人がほとんどかと。

web系の人は、ずっとプログラマーでいく意識が強い。生き残るために新しい言語を求めてしまうけど、そうじゃなく、仕様書を書いたり、情報処理勉強をしたりして基礎的なことを学ぶ方が賢いよ。

プログラマーバカにし過ぎ、基礎をやってるやってないは個人差。プログラマという職業関係ない。

ギャルIQが低いといっているのと何も変わらない。

実際は勉強のできるギャルはいくらでもいる。

から、稼ぎたいなら銀行システムを作ったほうがいい。ペースもゆっくりだし。銀行システムは作るのに数年単位かかるしね。

数年かかるのはいいが、終わらないのは困る。「みずほ銀行 システム開発」でぐぐれ。


特にweb世界はまだ単価が低く、紙の方がギャラが高いというのが現状。なので、割のいい仕事をしたいなら、やはりwebを出ないといけないんですよね。

また、手を動かす仕事から離れる話でも、最近思うところがあるんです。先日、界隈の人と話した時に「目立ってる人より、影に隠れている人の方が稼げてる」なんて話を聞いたんですよね。

これって、ライター世界にも当てはまっていて、注目を浴びているライターよりも、その人に仕事を振る人、編集をする人の方が効率的に稼げてるなんてことがあるんですよ。

単価の話関係ないじゃん!!

用は、管理職系の方が給料高いんですよって言いたいんでしょ。

ついでに具体的な年収記載してから言ってください。

仕事を振る人の方が効率的に稼げていることもあるでしょう。

あ、もしかして、この文章アウトソーシングですか?(煽り

なので、この記事を読んで、その重要性に気づいたエンジニアデザイナーライターなどの専門職の方は、ぜひ将来のキャリアについて考えてみてください。

その重要性ってなに?

フルスタックになること? 情報処理資格をとること? 管理職を目指すってこと?

それとも、Webをでること?

締めで使う「その」という指示語の範囲が広すぎる。記事の内容をまとめた後に使ってください。

それと、年収をあげるのは、別にプログラマのままでもできるんじゃない?

基礎を勉強して、フルスタックになって、

プレイングテクニカルディレクターとかになれば、

そこそこ給料はよくなりそうだが??(そんな職種があるかは知らんが)

金額会社次第でしょ。



提供:らふらく(@TwinTKchan))

お前が聞いてきたはなしじゃねえのかよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

社長から聞いてきたーというくだりもそうだけど、

89世代意識高い「系」だったら、平成生まれ視点での言葉を言ってほしいわ。


この増田を読んで、煽り重要性に気づいたブロガー意味のある煽りについて考えてみてください。


「聞いた話をうまく活用しているサイトはやっぱアソコだよな」

エロサイトか。

http://anond.hatelabo.jp/20160818004416

引き継ぎできないシステムの抱え込みとかエンジニアとしてもクソ雑魚ナメクジ過ぎやしないか

取引先に恐喝いたことを行ってくるやつがいるんだが

自分下請け

先方の担当者は1人で担当してる部門で、自分が一部の下請けしてる

そいつはおおむね、やり手っぽい対応をしてくるんだが

ごくまれに「お前が組んだシステムを全部吸い上げて、保守だけならうちのエンジニアでもできるんだからな」

てな恐喝をたまにはさんでくるわけだ

ぶっちゃけ相手先は俺のシステム必須で、

俺が抜けると保守はできても年数回の更新不可能から

首にするのは不可能ではなくても実質難しい

普段はこっちを持ち上げ来るくせに、いきなりそういうこと言ってくるやつって

どう対処したらいいんだろうな?

悶々としてメンタル病みそうだ