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はてなキーワード: 純粋とは

2016-06-30

家事プロジェクト化は絶望的に筋が悪い

家事は最小単位インフラ維持運用みたいなもんだから

純粋作業分担によって負荷の平滑化を図り

突発的なトラブルにおいてもその運用の安定を崩さないことを目指すって

意味では凄く向いてるんだけどね…

大抵の場合主導権握る側が家事マネージャ家事メンバーではなく家事職人様と家事弟子関係性を求めるから

http://anond.hatelabo.jp/20160630144518

中国では祝いの日、ハレの日には盛大に爆竹を鳴らして祝うらしい。

日本でも花火は人気だよな。

音と光。それは誰かを祝うための声であり祝福の光でもあるんだよ。

イライラしているように見えるのも、それが祝いの儀式であるが為だ。

お祭りは騒がしいもの喧騒こそがお祭り本質だ。

まり、我々は怒っていたり妬んでいたりするわけではなく、純粋藤島先生と御伽氏の結婚を祝っているのであるよ。

ASAP爆発しろ

http://anond.hatelabo.jp/20160630105257

マジで

うーんでもまあ、純粋面白さを求めてやりたいっつーよりかは、そんだけプレミア化してるエロゲがどんなもんかやってみたいっていう興味のほうが大きいからなー

持ってるなら貸してください!!!

30過ぎて、性欲の減衰を感じてる。

そんな中、51歳が20歳孕ませて結婚とかすげえなって純粋に思ってた。

2016-06-29

共産党藤野氏と、もっと話を続けて欲しかったぞ

誰か「では、外国軍事予算、たとえばおとなり中国軍隊人殺し集団なのでしょうか?」

藤「他国他国でやっていること。他国のことに干渉するのは失礼なことだ。何も言えません」

誰か「では、日本の人が他国軍隊攻撃されても何も言わないんですね、あなたは。」

誰か2「共産党さんは、そのわりにアメリカに対しては結構いろいろ言ってらしていませんか?」

誰か3「藤野さん独自のご見解だと思えばよいのですか?党としてのご見解でしょうか?」

藤「あ、まあ私の見解ということです」

誰か3「そうですか、中央にいる藤野さんが党の方針と違う見解を述べられるのですか。共産党さんは足並みが揃っていないのですかね。建前と本音といいますか、やはり藤野さんに近いお考えの方も共産党さんの中にいらっしゃるとみて、私には不思議ではなく思えます

藤「。。。」

政治言葉で作られていく以上、政治家ってのは本当に口が災いするよ。ちょっとがっかりだね。

仮免総理だの、尖閣きっかけをつくった総理だのがいる、もと自民出身も多い民進党とちがって、純粋な対抗勢力として貴重だと思っていたんだがね。「今上天皇平和に貢献している」として、せっかく参議院開会式に出席するようになって、現実を見ている感があるというか、マイルドになった感があったのに。政党助成金今日まで拒み続けてきたのに。志位さんも「たしなめて解決した」ですって?

藤島先生おめでとうございます

ふだん「純粋に絵を描く行為を楽しめる人間けが漫画家として大成できる」だの意識高いツイートしてた絵師連中が動揺しまくってるのが笑えた



いいじゃん別にオフパコするために画力磨いてますって言っても

いいじゃん別に承認欲求満たすために漫画描いてますって言っても

http://anond.hatelabo.jp/20160628211031

いやそれもちょっと違う。


アーサー王ローマブリテン島から撤退した後の混迷の時代概念


純粋ケルトでなく、先住ブリトン人(厳密に言えばブリトン人すら先住でなく先住者と外来者の融合だが)と征服者ローマの持ち込んだものが融合した、ローマンブリトン文化守護者的位置



年代順に大雑把に書くと

年代 来た民族 系統
新石器時代 先住民(ストーンヘンジ作った) 民族系統不詳
青銅器時代 ビーカー人の渡来 多分ケルト
鉄器時代 ベルガエ族等の渡来 大陸ケルト
紀元43年 ローマによる征服 ラテン
紀元407年 (ローマ撤退) --
暗黒時代 アーサー王の設定年代 ブリテン
中世初期 アングロサクソンジュートの侵攻 ゲルマン
10世紀 デーン人の侵攻 ゲルマン
1066年 ノルマン・コンクエスト ゲルマン

それぞれの時代でやってきた民族先住民と混ざり合って混合した文化が生まれる、の繰り返し。

なのでアーサー王の言うブリテンとは控えめに見ても、



以上4者が混ざった存在

ついでに、ローマ時代に一度、ブリテン島キリスト教が入ってきてるのも話をややこしくする。

これをブリテンと呼ばずにケルトと呼ぶのは割と無理があるよ、流石に。




まあ第一次世界大戦でも第二次世界大戦でも目覚めなかったねぼすけに期待する方がもっと無理だけどな!

(お前それ書きたかっただけだろ)

http://anond.hatelabo.jp/20160627231904

無理しないで。

好きなときに好きな絵を描けばいいじゃない。

貴方は、自分が知らない間に、自分が描いた絵で誰かの萌え供給していたり、誰かの支えとなっていたりするのだから

私みたいな何もしない人に比べたら貴方は十分凄いと思う。

Twitter2chにいる人なんて創作してない人の方が多いし、誰かの粗探しや批判しかしない人に振り回される必要ないよ。

純粋に絵を描くことが楽しめるようになるまでSNSはやめたほうがいいのでないかなあ。

2016-06-28

http://anond.hatelabo.jp/20160628225134

なぜホームレスと仲良くするだけで正義なんだ? 

底辺男が余りにもかわいそうだと純粋に思っているのは、自分過去投影しているからだろ? 

医者として人を救ったり? お前医者じゃないじゃん? 

お前正義なの? ヒーローになりたいの? 

 

通販スタンガンで取り戻したちっぽけなプライドおめ。

2016-06-27

アスペADHDを併発してる夫に、カサンドラ症候群になって別居中の妻が最近言ったり送ったりしたことをまとめなおしてみた。




あなたはいつもデフォルトの「あなた」がしっかりとあって、基本的に寝て起きるといつも同じ「あなたからスタートする。

昨夜言い争った内容も、私の涙も、出ていない結論も、あなたに訪れた幸運さえも、きれいに「解決」「終わったこと」になっていて、

「えっ、なにそれ?」「ごめん、思い出せない」「いつの話だっけ?」と忘れ去り、毎日まっさら気持ち気持ちよくニコニコ笑っている。



私はこんなに悶々と悩みを抱えているのに。まだ、何も解決していないのに。

どうしてあなたはそんなに幸せそうな顔でいられるのだろうと、私は静かに憤りを感じる。

そのことに、あなたは気付かない。気付けない。

でも、私の雰囲気の変化を敏感に感じて、だけどそれが何かわからないので、

「どうしたのー?」とニコニコしながら頭を撫でてもらっても、今は私の気持ち逆撫でするだけだというのがわからない。

私が「今はやめて」と言ってしまうと、あなたはどうすればいいかからなくなって、泣きそうな顔でフリーズする。

そして明日になって、今日が昨日になってあなたリセットされるまで、身体的接触自体消極的になってしまう。

まり純粋すぎるあなたを前に、私はまた罪悪感から自己嫌悪に陥ってしまう。



あなたが「昨日」を引きずるのは、心身の調子がとても悪いときだけ。

から、見ているとすぐに調子が悪いのがわかる。

常に私が話すとその場その場では真剣に考えてくれているのはわかるのだけど、何かで気が散ったりしてその場で結論に至らなかった場合、話が翌日に引き継がれることはなかなかない。

引き継がれているとき=考えすぎて身体にも異常が出てしまっている(大体急に40度近い高熱を出す)ときなので、

あなたが苦手な分野の話をするのはとても億劫になるし、熱を出させてしまうと申し訳なくなる。



毎日リセットされるので、行動も思考ほとんど変化がなく他人に影響されない。

ブレない自分を持っているあなたは、その基準の中で厳格で明快な判断を下す反面、

まるで精密機械にように、同じ結果、同じ結論に達するために同じ経過を幾度も辿るので、何度も何度も同じやり取りをして、同じ失敗をする。

あなたは気付いていないかもしれないけれど、私からは、毎日同じ段差に躓き、毎日車輪を再発明してニコニコ喜んでいるような生活を送っているように見える。

から最初からできることは確実にできるけど、できないことはなかなか、時には年単位時間をかけてもできるようにならない。

実は前の失敗を踏まえてアプローチの仕方が変わっていたり、つまずくポイント微妙に違ったりして、あなたなりに変化が全くないわけじゃないのはなんとなくわかるんだけど、

一度失敗したら、気を付けていれば普通二度と失敗しないだろう。と思うようなことで何度も失敗しているのを見ていると、面倒くさくなって頼むのをやめたり、つい手を出してしまう。

私が手を出すと、あなたはペースが乱れて混乱し、蓄積されかけていた経験値はあっという間にゼロに戻る。

あなたの歩みを見守るには、私には忍耐強さが足りないのだと思う。



一つ新しいことを覚えるのに、時間をかけて体と脳に染み込ませる必要があるし、大抵のことはリセットされて翌朝には元に戻ってしまうので、

一緒に暮らしていて相手として、相手に影響を与えている感じがしない。まるでよくできたロボット暮らしているような気持ちになる。

カレーを焦がさず作る練習の為に毎日カレーを食べ続けるのはさすがに苦痛だし、仮に特訓の果てにカレーの玉ねぎは焦げなくなっても、野菜炒めはやっぱり焦がしてしまうのがあなた

特に苦手な、自他の心情や情動の絡むことになると、そもそも全く一般的でない、突拍子もない考え方でこれまで生きてきていたりして、

一般的感覚リアクションに至る理由が全く理解できなかったり、「その発想はなかった!」ということばかりのようで、教えようとすると大変労力がかかるし、それも徒労に終わることの方が多い。



すごく頼れてしっかり者で、同年代の人よりはるか精神的に大人な部分と、普通の人は当たり前にできることができない小学生並の部分が混在していて、そのギャップが激しすぎる。

から、「ただもう少し気を遣ってほしい」とか、「こういうことを察して行動して欲しい」というような小さな不満が、

元の不満が小さいからこそ、『なぜこんな簡単なことが何度言ってもできないのか、それは私が大切にされていないからではないか』とどんどん膨らんでいく。

診断がついて、頭ではあなた特性によるものだと理解しているつもりでも、あなたの優秀な側面も知っているからこそ、「そんな馬鹿な」「できるはずだ」「私でもできるのに」と、どうしても心が納得させられない。

あなたもっとポンコツで、スッパリ諦めがつけばいいのに、諦めきれない。

あなたが私を愛してくれていることは、あなたの態度や行動からとてもよくわかるのだけれど、

あなたの表明してくれる愛情と、そういった未発達な部分からくる対応齟齬で、私の心はひどく混乱し、罪悪感や自己嫌悪に蝕まれ疲弊する。



口に出して頼みさえすれば、なんでも喜んでやってくれるのはわかっているし、その都度私があなたに言うようにすれば家庭が円滑に回るのはわかっているけれど、

全部言葉にして言わなければ伝わらなかったり、項目や手順を紙に書いて掲示しなければいけなかったり、やってくれても思わぬところで失敗したりするのがしんどくて、つい、言うよりも自分でやってしまう。

伝える労力と我慢を天秤にかけて、我慢を選んでいるのは私自なのだけれど、それでも不満が蓄積されていく。

もっと早く診断がついていれば、言わなければわからないものなのだと知っていれば、まだ言っていく方向に頑張れたかもしれないけれど。

ずっと「普通は察して自発的に動けるハズで、それをしないのはやる気がないからだ」と思っていたし、

「なぜ私ばかりが言うという労力を払わなければならないのか(なぜ分からないのか)」

「なぜ書かないとわからないし、今から書く必要のある話をするということも察せないのか」

「なぜ記録を残さないと忘れるのか」

「なぜコミュニケーションをするために、準備に労力を払って、テンポの悪いやり取りをしなければならないのか」と、今もどうしても思ってしまう。

普通じゃないのがあなたの魅力でもあり、弱点でもあるのに、私はあなたに私の思う「普通であることを強く望んでしまう。



カウンセラーとのやり取りの中で、あなたあなた自身まり意識はしないままに、幼いころから自分はなんとなく社会の中で居場所を確保できなさそうだと気付いて、

時間をかけ、工夫を重ねて、人とは方法が違っても概ね同じ結果が得られるように様々なことを訓練してきたことを知った。

その結果、表面上「ちょっと変わった普通の人」風に振る舞えるように努力し続けて、今現在社会的に自立した生活を送れていて、

それが同じような特性による不自由さを持つ人たちの中では、カウンセラー医師が投薬を渋って今後に期待をかけたくなる程度には上々の成果とされることもわかっているつもりだし、

実際、なにが問題なのかさえ正しく認識できれば、大抵のことをゆっくり解決に向かわせられるだけの自己分析能力問題解決能力もあって、

生活改善する意識もかなり高い部類であることも、本などに出てくる様々なケースを読む中でわかってきた。

けれど、それでも、私が無意識に求めてしまう「普通」と、あなたの演じられる「普通」には大きな隔たりがあって、その溝はきっと今後も埋まらなくて、それがとてもつらいし、不安になる。

2016-06-26

空っぽ人生を君に捧ぐ

2年付き合った彼女にあっさり振られてしまった。

僕は一度付き合うと、ほとんど人生まで捧げてしまう。

趣味って何なんだろう。映画旅行に行くのは好きだけど、1人だと全く楽しめない。

お酒やご飯やゲームもそう。1人だと、もはや何を知ろうがどーでもいいって思う。

今の職場を選んだ決め手は、彼女職場の近くであること。

僕を大事に思ってくれてた友人も家族地元に捨ててきた。

僕は何もない。もう、いい歳なのになー。

しかも繰り返してる。恋に、人生潰す勢いでのめり込むのは実は2度目。

まあ2人しか付き合ったことないけど。

みんなは結構1人でも人生を謳歌しているように見えて、純粋にすごいなー羨ましいなーと思う。

僕はこの人生でやりたいこと、何ひとつない。

ただ一人ぼっちはつまんないから、誰かと一緒にいたいだけなんだった。

はー。新しい恋がしたい。それで付き合えた人を大事にしたい。

僕のやりたいこと、人生って結局それしかないって思う。空っぽ

男なのにいい年なのに、自分でもほんと恥ずかしいなあ、って思う。

誰にも言えないし、こんなこと話せる相手もいない僕には、増田があってよかった。

世の中はかわいいで溢れている

http://himacco.hatenablog.com/entry/2016/02/12/190737

婚活を頑張られてる方のブログ


婚活パーティーに行って女の子はみなかわいかったと仰られてる。


そして、なぜこんなかわいい子が余りまくってるんじゃと憤られてる。




純粋に、かわいいと思える女子は5割ぐらいいるけど、

イケメンと思える男子は2.5割ぐらい(というか1割ぐらい)なんだろうと思う。

街を歩いててもそんな感じの比率でしょ?



そんな訳で我らイケメンの民は女性関係では苦労しないのだ、ガハハ

2016-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20160623124218

やはりcider_kondoは糞だな

こんなごちゃごちゃと御託を並べている冗長言い訳

純粋に我侭100%構成された「うるせー反論すんなアスペ」をいっしょにするとは

センス無さ杉

殺されたい

遊びや楽しみや私利私欲のためじゃなくて

私のためを思って純粋な愛とか善意善意?なんか違う

で殺されたい

(物理的に

2016-06-24

http://anond.hatelabo.jp/20160623184324

美とはただそこにあるだけで美しく、それに心を奪われることに年齢や容姿立場の違いなんてことは関係のないことだというのをいいたいだけだと思うんだけどな。

卑下するおっさんは確かにキモいけど、醜いものから芽生える本来純粋なるものの対比が個人的には面白いと思ったよ。

アイドルが、というよりアイドルファン理解できない

私はアイドルが嫌いだ。

というと語弊がある。

そういう文化があり、享受する人がいることを認めているし、頑張っている本人たちはとても素晴らしいことだと思う。

それでもやはりアイドルファンというか、アイドルオタクの方々には申し訳ないが私は嫌いだ。




いきなり自分価値観押し付けになってしまうようで心苦しいが、それでも言いたいので言わせてもらう。

音楽を聞く際、私は基本的歌詞メロディーアーティスト歌唱力を見る。

そのどれか一つでも素晴らしく、自分感性に響けば、私はそのアーティストを好きになり、CDを買う。

そういう過程があってからアーティスト本人に興味がわき、人となりを見たくなる。


しかし、世間および自分の周りにも数多いるアイドル好きの方々に関してはそうではない(と私には見えて)ようで違和感を覚える。




彼ら、彼女らの場合、まず見るのはやはり「顔」である

もちろん、「アイドル」という売り出し方法である以上顔は大事であるし、言ってしまえばそれが大半を占めているのもわかる。

しかし、顔の可愛さかっこよさで判断して、応援して、好きになる、というのがとてもとても理解できないのだ。


極端に言ってしまえば、それは「性別」、性を全面に出したところから判断であり、風俗と売り出し方としては何も変わらないような気はしている。


それでいて好きなアイドルたちの曲について言及しているのだ。

やれ歌詞がいい、曲がいい。


楽曲自体はたしかにそうなのかもしれないが、結局はそのかわいいかっこいい人達が歌っているから好きなのであろう?

正当な評価ではなく少し捻れた好意なんだろう?といつも問いただしたくなる。


そしてそれを実際に問うてみれば、自分感情を抜きにしても好きだとまで言う。

嘘をつくでないよ。


「じゃあその人が男(女)であっても、あるいは見た目が好みでなくてもそう言えるの?」と聞くと

たいていは黙ってしまうか、「それはアイドルというものではなくなるから問題だ」と言われる。



私の理解が足りないのか、私の心が汚れているからなのか、理解できない。




かわいいかっこいい人を好きになるのなら現実恋愛をすればいい。

それがかなわぬゆえ疑似恋愛をしたいのなら風俗ホストに行けばいい。体の関係だってなれる。

でもファンの方々は(一部は違うだろうけど)性的接触や恋愛を求めていないというのだ。

自分好みの容姿をしていて、頑張っているその人を純粋応援したい。恋愛感情ではないが本当に好きなんだと。


これはとても難しい。



本当に好きならその人のすべてが欲しくなる。でもその好きは恋愛感情になってしまう。

歴史上の偉人のように、尊敬しあこがれを抱くような好きでもない。

アーティストのようにその人の作品が好きでというわけでもない。



その人本人を好きなのに恋愛ではない。しかも見返りも求めずただ金をつぎ込む。

あしながおじさんか何かか…と私はいつも思ってしまう。



ここまでならまぁ百歩譲って理解できるとしよう。

理解できないのは、それが一人ではないということだ。



同時に他の人を好きになっていることもあるし、ある程度旬が過ぎたらもっと若い子に移っていく。

お前の好きは何だったんだと。

アレだけ騒いでいてもう次かよと。





まあ…これは「アイドル」を商品として消費して売りさばいている今の日本業界も悪いところはあるとは思うのだが

それを受け入れる大衆も、受け入れざるをえない演者も、責任があるというような気がする。




私は何を言いたかったのかまったく自分でもわからない…ただただ思いついたもの文章にしたら支離滅裂になってしまった。




結論としては、「私は、商品となっている『アイドル』およびそれを享受する受け手理解できない」ということである

吐き出せてスッキリしたというだけのチラシの裏

自分の苦手なものを認められず叩くだけの老害にはなりたくないとは思いつつ、こんな記事を書いているのでした。

増田福井県民なんて私しかいないだろうから言わせてもらうけど

福井県民はバカなの?

正確には私は結婚で夫の地元福井に越してきて福井県民歴1年だから純粋福井県民とは言えないけど


もともと東京に住んでて結婚して福井に住むことになったとき

福井ってどこだよ とんでもない田舎なんだろうなあ」

不安を感じてた


でも住んでみて

まあこんな田舎もいいかもなと思えるようになった

まず食べ物が美味い

そりゃ高い金払って高級店行けば東京のほうが美味しい店あるかもしれないけど

私のような庶民にとっては「スーパー普通に売ってるものが美味い」というのがありがたい

米も美味い

それで素材がいいのか田舎(福井)の人って舌が肥えてるのからなのか料理も美味しい



海も超綺麗

沖縄かな?ってレベルの海が車ちょっと走らせただけである

車社会も慣れてきた

毎日満員電車に揺られてきた人間としては移動時間プライベートタイムというのはなかなか快適だ



でもやっぱ都会が恋しくなる時もある



そんな中今年の春にハピリンかいう(福井にしては)でかいビル福井駅前に建った

再開発商業ビル?ということでマルイ的なのを想像して

福井にもこういう建物できて都会の良さを取り入れていけばさらに快適になるじゃん!

とこないだワクワクしながら行ってみた



結果はがっかり

正直泣きたくなるくらい失望した

ほんとに何もない

福井土産屋みたいなのと飲食店だけ

マルイ的要素皆無

一番混んでるのはバーガーキングかいう「逆にたくさんありすぎて行かない」系のチェーン店(ただし福井では初出店らしい)

1〜2階がそんな感じで上に何があるのかといえば会議室的なのとプラネタリウム()

夜中に車30分ほど走らせれば満点の生夜空が見れる田舎プラネタリウム()

それが5階までで

それより上は全部マンション


もう馬鹿すぎて失望して悲しくなった

せっかく福井が好きになってきたのに

これなら馬鹿かいイオンモールでも作ったほうが万倍マシ




ただこれ福井県民が馬鹿かというとそれとも違うみたい

夫含め福井県の人に聞いてみると

「ああ、ハピリン() どうせスッカスカの無駄施設でしょ」

みたいにスゲー冷めてる

なんでも過去にも駅前に似たようなビル建てて大コケしてるらしく

どうせそれと似たようなものになるんじゃないかというのが大方の予想で

ハピリンに関しては「やっぱりな」みたいな感覚らしい


そうなると本当に馬鹿なのは福井県民じゃなくて

福井県のお偉方ということか


あんな「どうせ田舎者はこういうの好きなんでしょ?」と馬鹿にしたようなビル建てて「再開発」とか

ほんとに田舎バカにしてるのって東京の人じゃなくて

その地方行政なんじゃないのかと思った

2016-06-23

自分に負けて同人をやめた

最近よくツイッターで「同人をやめた」文が流れてくる。

やめた人の理由は様々だ。わかるわかる、と思うことも、その逆もある。

読んだ人の反応も様々だ。「参考になる」というひとも、「もとから向いていない」という人もいる。

そういうものを読んでいるうちに、私も吐き出したくなった。

別にかわり映えしない話だし、今までの「やめた」話の中と根本は一緒で、でももっとどうでもいい理由だと思う。

誰かに読ませたい、わかってほしい、というより単に自分がすっきりしたいから書く。

私が同人をやめた理由は、自分に負けたからだ。

私は半年前に同人活動をやめた。でもピクシブは読むし、イベントにも一度行った。買い手として。

書き手としての活動は7年くらいやってた。超ピコ手文字書きだ。

どれほどのピコかというと、1イベント10部売れればうれしくなる程度のピコだ。7年目で。普段は3~5部といったところだろうか。

いわゆる旬ジャンルにいることは少ない。

正しく言うと、入ったときは旬でも、そこから平気で2~3年いるのでいつの間にか流行が終わっているのだ。

1クールアニメに3年一筋でハマっている。もちろん「そんなの全然長くない」という人も多いかもしれないし、それは全然否定しない。

ハマるのはだいたいマイナーCPだ。ピクシブで見かけるのが私の作品だけ…という経験は無かったが、書き手仲間が片手で足りる、作品数は一桁、やっと二桁、くらいの畑にいた。

大阪に近いところに住んでいるので、大阪イベントばかり出ていた。

数少ないCPだったけど、書き手さんが西に固まっていたのか、大阪イベントに参加して下さることが多かったのが幸いだった。

買い手として東京に行くこともあったが、ごくまれだった。

そんな中で、東京イベントに初めてのサークル参加を決めた。

読んでくれる人がどれほど少なくとも、やっぱり本を出すのは楽しい

それも、オンリージャンルであればなおさら楽しい

当時(やめる直前)ハマっていたジャンルはやはり旬ではなかったけれど、そこそこ大きくて、半年に1回は東京大阪オンリーが開かれていた。

たまには東京でもいいかな、と思って、日帰りの予定で申し込んだ。

原稿中は仕事の引き継ぎでごたごたして危うく落としかけたけど、「せっかく東京まで行くのに落としたらシャレにならん!」となんとか書き終えた。

出来がいいかいかはわからないが、気に入ってはいた。自分で書いたんだから当然可愛い

サンプルを上げる。ブクマがつかない。

当日売れるかはともかくとして、これまではサンプルを上げるとある程度ブクマはついた。

ピクシブ一桁CPから仕方ない。だけど、少し不安だった。

当日の結果としては、1冊も売れなかった。

1冊しか売れなかったことはあった。1冊も売れないのは初めてだった。

「本が売れない」ことにへこんだわけではない。

それなら、1イベントで3冊しか売れない人間が7年も続けてない。

売れない理由を、マイナーCP本ばかり出していたことに求めるつもりもない。

どれほどマイナーCPだろうが、上手い人の作品は売れる。

自分はその土俵に上がれなかっただけだ。要は下手なのだ

マイナーCPであることは理由の一つかもしれないが、すべてではない。


わたしには10年来の同人がいる。

彼女も私と同じく、ピコ手小説書きだ。

私ほど極端ではないにせよ、メジャー以外のCPが好きという共通点もある。

マイナー、と言いたくないのは、ある一定供給コミュニティ存在するから。そもそもこんな線引きすることも言ってることと矛盾してるとは思う)

活動ジャンルが被ることは10年で1度もなかったけど、萌えを語り、時には愚痴をこぼしてきた仲だ。同人関係無しに遊んだり泊まったりもした。

同時期、彼女大阪イベントに出た。

彼女の本は私相手にもさんざん語った妄想をしっかり形にしたものだ。

サンプルをあげた段階で「過去最高にブクマがついた!」と喜び、終わった後も「いっぱい買ってくれた、完売した」と嬉しそうだった。

嬉しいよな、わかる。めちゃくちゃわかる。私だって過去最高に売れたときは嬉しかった。

初めて、自分がみじめに感じた。

こっちに気を遣えよ、って思ってしまった。

当然そんな義理はない。必要もない。言葉にしなかったけど、それは立派な八つ当たりだった。

ちなみに彼女が売れていたというのは、今回が初めてではない。

彼女文章自分の好みとは少し外れてることもあって、ずば抜けていると感じたことはなかったけど、優しく温かみのある文体で上手だと思う。癖が無くさらっと読めて、気持ち良い。

実際同じピコ手とは言え、彼女は私が数回のイベント通販含めて1年かけて売り切る量を、1イベントで売るだけの力があった。

だけど、私は勝手に、彼女と同じだけの力のつもりでいたのだ。


ここからは、これまでの「やめた」人と同じことを書く。

わたし同人動機は、好きだから書く、書いたものが形になる、嬉しい。楽しい。それだけだった。

手に取られる量は関係ない。1人でも、知りあい以外の方がスペースに来てくれたらうれしい。

アフターはもちろん楽しいけど、それはメインじゃない。

ありがたいことに感想もらって泣いたこともある。お手紙もらった数は年数の割に少ないと思うけど、全部大事にとってる。

その気持ちが大部分であることは、未だに変わりはない。

だけど、その日1人も立ち止まられることのなかった私は、過去最高に売れたと喜ぶ彼女を妬んでしまった。心の中で八つ当たりをしてしまった。

何度も言うけど、売れる/売れないはCPよりも力の差だと思ってる。

上手い人の作品は、どんなCPだって売れる。

欲しい、と思わせる。知りたい、と思わせる。それだけの力がある。

から売れる。「上手い」ってそういうことだ。

私は、誰一人の手にも本を取ってもらえなかったこと、つまり自分が「下手だ」という評価を下されたことに耐えられなかった。

一番の問題は、自分が「下手である」ことではない。「下手であると認められない」ことだ。

下手だって、それを認められれば「もっと頑張ろう、上手になりたい」と思えるから

私もずっとそう思っていたつもりだった。「彼女に勝ちたい」でも「もっと売れたい」でもなく、純粋もっと自分の筆力をつけたいと思って工夫して、努力してきたはずだった。

本を出す度にちょっと書き方を変えてみたり、好きな本(同人誌ではなく)を真似してみたり。気付かれたことはないけれど、変化は自分がわかる。成功した時は嬉しい。

だけど、「なんで彼女の方が売れるんだ」と妬んでしまった自分いたことに気付いてしまった。

そう感じること自体彼女を見下している。

彼女だってアピールしないけど、きっと毎回いろいろ工夫している。

そんな人に対して、こんな失礼なことを思ってしまった自分は最低だと絶望した。

きっと、その「なんで」の前には「私もこんなに努力してるのに」がつく。

「私もこんなに努力してるのに、なんで彼女の方が売れるんだ」。

自分のために努力しているつもりだったのに、そうではなかったこと。

自分が感じていたいちばんの楽しみと、別の評価軸を持ってしまっていたこと。

友人に嫉妬してしまったこと。

自分の心は、すべて自分プライドに裏切られていた。

そういえば数年前、彼女に「初めて完売した!びっくりした、嬉しかった」と報告を受けたときになんとなく心がちくりとした。

その時に気付くべきだったのだ。私はもう、自分プライドを飼いならせていないことに。


私が同人をやめた理由は、自分に負けたからだ。

自分のもっている、高すぎたプライドに負けたのだ。


たかったあんスタの舞台、見たい見たいって唸ってた私よりも、そうでもなさそうだった彼女が良い日程を当てたことさえも妬ましく思ってしまって、まずいな、って危機感覚えた。私だって小西くんが見れない訳じゃないのに。


誰かに読ませたい、わかってほしい、というより単に自分がすっきりしたいから書く。

ブログ冒頭に書いたこの一文は、私が同人活動をしていた元々の理由と全く同じだ。

ここでもプライドを飼いならせなくなるのは嫌なので、私のはてブはこれが最初最後です。

女子中学生が眩しすぎる

通勤の道すがら、いつも同じ時間に反対側に向かって歩いてくる女子中学生がいる。

力強い眼差しで真っ直ぐ前を見て、いつも少し早めの歩調を崩さずに歩く。

僕はもうすっかりおじさんで、彼女くらいの娘がいてもおかしくない年齢だ。

運動には気をつけているので歳の割には若く見られる方だが、彼女からすれば醜い生き物にしか見えないだろう。

彼女中学生であることはその着ている制服でわかる。近くにある公立中学のものからだ。



彼女学校に向かう時はいつも一人だ。

一見不機嫌そうな無表情で、前だけをみて歩いている。

顔立ちは今時のアイドルといった可愛らしさではなく、マニアックシンガーソングライターのような大人びた雰囲気を持っている。

回りくどい言い方をしないのであれば、私が好んでやまなかったfra-foaという解散したロックバンドヴォーカルにそっくりなのだ

ただ顔立ちが似ているというだけではない。

彼女視線や歩調から感じる意志の強さや、それでいて身にまとう儚げな空気感のようなものまでが生き写しといっていいほどだった。

僕が彼女存在意識するようになったのは、そのことに気付いてからだ。

だが相手中学生だ。

間違っても間違いを起こす訳にはいかないし、そんな汚れた目で彼女のことを見ているつもりもない。

から僕は、僕の存在彼女人生の汚点にならないように、彼女とすれ違う時はできるだけ彼女意識していないように、彼女の印象に残らないように振舞っていたつもりだった。



そこは500mくらいの真っ直ぐな一本道で、僕はいつも左側を歩くのだが、彼女ははじめのうち向かって右側を歩いている。

そうしてその道を100mほど進むと、彼女は決まって左側に道路を渡ってくる。

彼女が右側から左側へと毎回渡ってくる理由は、彼女がその道に入るのに右に伸びる側道から入ってくるからで、その道を抜けた先にある学校は左に伸びる側道の先にあるからだ。

ただ、なぜか理由はわからないが、彼女はいつも決まって同じタイミング道路を渡った。

長い一本道でなので、多少出発時間前後しても大体どこかしらですれ違うことになる。

まり、すれ違う場所によって、彼女は右側だったり左側だったりするのだ。

はじめは彼女を少しでもそばで感じたいという気持ちに負けて、彼女が左側を歩いている時にすれ違えるようにとタイミングを見計らったりしたこともあった。

しかしそんなことが続けばいらぬ疑いをもたれかねない。

そのために、むしろ早すぎたり遅すぎたりして彼女とすれ違わない日も作るようにもした。

彼女と同じ左側ですれ違える時は、正直に胸が高鳴ることを感じていた。

そんな自分彼女にとっておぞましい存在であることは自覚しているつもりだった。



そんなことを半年ほど繰り返したある日のこと。

その日、彼女はまだ僕と反対側、道の右側を歩いていた。

いつものように彼女存在を気づかないふりをしようと歩いていたのだが、距離が近づいてくるとふと違和感を覚えた。

彼女の顔がこちらに向けられているような気がしたのだ。

気のせいかもしれない。そう思い込みたいだけかもしれない。相手に見られてる気がするだなんてよくあることだ。

自分にそう言い聞かせようとしてみた。

しかし、あっけなく好奇心に負けた僕は、とうとう彼女のほうに視線を送ってしまった。

するとどうだろう。

いたことに僕の陰鬱で卑屈な視線は、彼女の真っ直ぐな視線真正から衝突を起こしたのだ。

僕はその視線に押されてすぐに顔を背けてしまった。

彼女記憶に、おぞましいものをおぞましいものとして残してしまたかもしれない。

僕は好奇心に負けてしまったことを強く後悔をした。

それでもまだ感じる視線を払いのけるように、僕は前だけを見てひたすら歩き続けた。



次の日、昨日のことは何だったのか考えながら再び僕はまっすぐな道に差し掛かった。

すると、僕はいもの様に真っ直ぐ前を見ながらこちらに向かってくる彼女を見つけた。

その時彼女はまだ道の右側を歩いていた。

そんな彼女の顔に何気なく視線を向けてみると、その視線はまたしても彼女視線真正から衝突することになった。

僕はすぐに視線を逸らした。

まだ近いとは言えない距離にも関わらず、彼女視線は間違いなく僕に向けられていたのだ。

理由もわからず僕は真っ直ぐ前を見て歩き続けた。

もうすぐで彼女左側に渡ってくるポイント差し掛かった時のことだ。

僕は視線を動かさないようにしているつもりだったが、今度は彼女の方から僕の視線に入ってきたのだ。

そうして今度は明らかに、はっきりと彼女が僕を見ていることが分かった。

僕はできるだけ動揺をさとられないように、あたかも別のものに興味を示したかのようにして視線を泳がせるのが精一杯だった。



一体どういうことだろう。

誰かと勘違いしているのだろうか。

いくら冷静に理由を考えようとしても、彼女の真っ直ぐな視線に矢のように射抜かれてしまった心臓は落ち着きを取り戻せないままでいた。

その時、遠い昔に忘れていたような感覚が、どす黒く薄汚れた内臓をかき分けてこみ上げてくることが分かった。

自らのおぞましさを恐れずに言うなら、これは恋だ。

その言葉が僕の口から発せられることが、どれだけ気持ち悪いことなのかは承知しているつもりだ。

しかし他に説明のしようがないのだ。

まぎれもなく目覚めてしまったのだ。僕の奥底で息絶えたはずの甘酸っぱくも苦々しい感情が。

とうの昔に、薄汚れた性欲によって噛み殺されたはずの純粋気持ちがまだ僕の中に生きていたのだ。



それからというもの、すれ違う度に彼女視線を強く感じた。

勘違いだと思い込ませようとしながらも、好奇心に負けて彼女視線を向ける度に、真っ直ぐな眼差しが僕を射抜いた。

彼女は何を思って僕のことを見ているのだろうか。

動物園動物を見ているような感覚なのか、それとも万人に対し同じように興味を持ち合わせているのだろうか。

どちらにしても僕のようなこんな醜い生き物にしてみれば、彼女存在視線もあまりに眩しすぎるのは確かだ。

僕はとうとう堪え切れず、出発時間を大幅に早めることで彼女とはもうすれ違わないことを選択した。



誓って言えることは、彼女に対して性的な興味は一切持ち合わせていないということだ。

自分でも不思議と、いやらしい目で見ようと言う思いすら浮かばないのだ。

もし彼女と何がしたいのかと聞かれれば、僕はただ一緒の時間を楽しみたいと迷わずに答えるだろう。

夕暮れの土手に座って、ただ何もせず色を変えていく空をみあげているだけでいい。

二人の間を同じ風が通り過ぎていく切なさを噛みしめたいだけなのだ

ただ、もし贅沢を言えるなら、せめて手だけはつなぎたい。

彼女の体温、皮膚、骨の感触を確かめてみたいのだ。

それ以上のことは一切望まないし、望もうとも思わない。

目の前にある美しさに、ただひれ伏して打ちのめされたいだけなのだ



どうしてこんなにも醜くおぞましい生物に成り下がった僕から、こんなにも純粋で苦しい想いを成長は消し去ってくれなかったのだろうか。

彼女が近づくことも遠ざかることも、今の僕にとっては苦しみでしかないのだ。

色々なことに慣れ、無感動で欲望だけに突き動かされている獣と化している今の僕には、あまりにも耐え難い苦痛だ。

ただ、一つ理解して欲しいことはこれは僕の欠陥ではないということだ。

人間がもともと持っている欠陥に、僕は振り回されているだけなのだから

会わない日が続けば、いつか必ずこの苦しみからは開放されるはずだ。

そう信じていた。



今朝、僕は大幅に寝坊をした。

からは大粒の雨がアスファルトを叩く音が響いていた。

すれ違わないという決断をしてからもう数ヶ月は経っただろう。

彼女は進級したはずだし、もしかしたら中学卒業してしまたかもしれない。

もしそうならば、僕はまた以前と同じ時間に出勤ができるし、彼女視線から身を隠す生活を続ける必要ももうなくなるのだ。

それを確かめるべく、僕はあの頃と同じ時間に家を出た。

そうしていつものように長い一本道に差し掛かると、僕の視線には道路の右側を歩いている見間違いようのない彼女が真っ先に飛び込んできた。

期待していなかったといえば嘘になる。

喜びと焦りが同時にこみ上げては僕の呼吸から自由を奪った。

遠くから少しずつ近づいてくる彼女を、視線の芯に捉えないように、それでいて視線からさないように注意深く追い続ける。

そうして彼女は、いつもの様に左側へと渡ってきた。



視線をさとられないように、それでいて不自然にならぬよう、僕は傘を前に傾けると少し顔を隠した。

歩調にあわせては時折上下する傘によって、お互いの顔は見え隠れを繰り返した。

前よりも少しほっそりと、色白になったように見えた気がした。

それによって、彼女が持つ儚げな雰囲気はより美しさを増したかのようだった。

それ以上覗きこみたくなる好奇心を理性で必死に抑えた。

これまでもう会わないという決断を守り続けてきたではないか

そのまま、あと少し耐えれば今日までの努力は報われるのだ。

しかし、そうしてすれ違おうという時だった。

突然牙を剥いた抑えていたはずの好奇心によって、僕の決意は湿気たクッキーよりも容易く噛み砕かれてしまった。

僕は傘を上げると、堪えきれずに彼女視線を送り、今の姿を焼き付けようとした。

そして、それを待っていたかのように彼女の顔を隠している傘がふわりと跳ね上がった。

気付いた時にはすでに、透き通るような輝きの瞳から迷いなく向けられた真っ直ぐで力強い眼差しによって、しかもこれほどまでに間近かな距離から今だかつてないほどの強烈さで 、僕は脳天を射抜かれていたのだ。



一瞬の出来事だった。

彼女は何事もなかったかのように、いつも通り学校への道を急ぐ。

歩きながらも、僕の目から理由もわからず涙がこぼれた。

すでに遠く後ろを歩いている彼女には知られることはない。

僕は、何か言いようのないもの支配されていく恐怖と喜びとが、同時に全身を蝕んでいくのに身を委ねることしかできなかった。

2016-06-22

厨房時代友達同人アカウントをみつけた

本名インターネットオープンするような迂闊な人物ではなく、かつて厨房の頃休み時間の間や放課後共にBLでキャッキャウフフしていた友達同人ツイッターアカウントを見つけた。

ふと当時の彼女PNを思いだし、興味本位でググった。一発で見つけた訳ではないが、ネットの海をさ迷ううちに、見つけた。

そんな彼女作品を数年ぶりに見て本人だと確信した。厨房の頃から絵が変わっていなかったからだ。



びっくりした。

当時、学校BLが謎の流行をした事により腐女子に対する風当たりは比較マイルドだったので(ヤンキーみたいな人もリア充もけっこう優しかった)、そんな環境ですくすくと発酵が進んだ結果、割と中学生にしては絵が上手な人が多かった気がする。

中学生当時、腐女子歴の長かった彼女は私よりも色んな事を知っていて、私より何倍も絵が上手かった。彼女の作ったグラデ便箋は凄く可愛かったし、そんな便箋中学生で作っていた彼女が眩しく見えた。

印刷所に頼むなんて今よりも数倍面倒くさいのに(+親の同意を得る必要もあるだろう)それをやった彼女大人だなと思った。彼女はあの当時の厨房腐女子仲間の中では1・2を争う上手さだったと思う。

中学2年という多感なお年頃にBL同人を知った私も例に漏れそれから創作活動にのめり込んだ。

スタート地点が年単位で違うので勿論上手さが雲泥だった。当時の私は「今の俺TUEEE」と根拠の無い謎の自信に包まれながら(たぶん中二病も併発してたのだと思う)、それでも先に創作活動を始めた彼女たちの上手さにいつも嫉妬せずにはいられなかった。だけど、同時に憧れの対象であった彼女らにお願いしたり、自分もヘタクソなりに何かを描けば、自分の好きなキャラスケブに描いてくれたので、妬みこそするものの、憎しみきる程頭みそが足りていなかったのでけっこうエンジョイしていたと思う。

しかし、進学を重ねる度一人二人と同人抜けしていき、当時の仲間は散り散りバラバラとなり連絡先もほとんどわからなくなった。結局今も同人活動をやっているのは自分くらいだと思っていた。そんな折に当時の友達を見つけ、今も同人を続けていた事を知った。

彼女つぶやき作品を見た瞬間、嬉しい気持ちと久しぶりに会いたいという気持ちと、

ああこの人は成長しなかったんだなというゲス感情が湧いた。



中学生の頃からかなり時が経っているのに彼女の絵だとわかった。

あの頃から変わらない得意な手の向き、ポーズ、特徴的なパーツ。

ハンコ押しのように何も変わっていないからすぐにわかった。厨房だったあの頃、何度も彼女にねだってイラストを描いて貰っていた。何度も同じものを見ていた。あの頃から色の塗り方も描き方もすべて、変わっていなかった。

中学生にしては絵が上手な人が多かった気がしていたが、当時ピクシブみたいなサイトSNSがない時代中学生の上手いは、たかが知れていた。

鉛筆シャーペンで描いた上手さのまま何も変わらずにここまで来ていた。



似た人を思い出した。厨房の頃自分の中で一番上手いと思っていた友達だ。

の子も一緒だった。その子はもう同人をやっていないが、漫画を描きたいといつも言っている。だけど、飲みで会っても、当時のように絵を見せてくれなくなった。どうにかピクシブアカウントを教えて貰って見に行くと、当時のまま何も変わらない絵がそこにあった。

同人活動をやっていると成長につれて何かしら絵柄の変化があると思っていたけど、何も変わらずそのままである人が世の中には居るのだと感じさせられた。本人には変わらない事が「個性」で「その人らしさ」なのかもしれないけど…しかし、彼女達のピクシブの点数やブクマの数はかなり残酷だ(もちろんそれがすべてではないのだけど…)

いや単純にもしかしたら描いてないから変わってないのかもしれない…



中学生のあの頃から何年も経った。同窓会程仰々しいものは嫌だが、当時の友達を集めてひっそりと食事会をしたいなと思う事が増えた。

同人アカウント彼女同級生として久しぶりに会ってみたい。だけど、同人の話になったら腐女子独特のマウンティングが発生しそうだ。きっと自分も嫌な人間になると思う。

卓上のものが何一つ手に取られる事のなかった時代に比べれば、オンデマよりオフセットで刷る方が費用がマシ(勿論諸経費と合算すれば赤字ではあるが)な程には成長したと思っているし、私は当時の彼女たちを―…絵の技術で言えば、追い越したと思っている。

厨房時代のように純粋スケブを頼める程今の自分は綺麗じゃない。ていうか今の中学生の方が上手いと思う。

同級生として会いたいが、会っても自分同人をやっている事を隠さないと昔のように楽しく二次創作の事で話せない予感がする。

綺麗な思い出は思い出のままにした方がいいのかなあ。



…と、ここまで打っていて、一つ厨房時代の頃を思い出す。

当時、絵が上手な腐女子結構多く、表面的には仲良しではあったものの、裏では派閥が生まれていて、絵の上手さやあれこれで互いにディスしあっていた。たぶん自分底辺だったから歯牙にもかけられていなかった為、色んな人から色んな話が出てきていた。何も口には出さなかったけど、そうする自分も大概である

そう思うと、あん厨房時代も綺麗ではなかったしあれから何も変わってないよなあ…とブラウザそっ閉じした。

なんていうかなぁ

内輪同士でふざけてじゃれあったり軽く煽り合ったりしてるだけなのに、外部からいきなり純粋嫌悪感しかない罵りをし出すインターネット原始人って何考えてるの?

いい歳したオッサン池沼にありがちで不快まりない

具体例を出すとすればid:nekoraが筆頭に挙がる

せめて雰囲気くらい合わせろよ そうしてくれればこっちもあからさまな無視せずに適当にあしらって流せるから

羞恥心ないのかよ?


追記:

dogear1988 何の話か知らんが、オープン場所で内輪の話をしてる方が悪い。理由は君と同じ。相手も「不快まりない」と思ってるんだよ。そのくらい理解しろ

いや意味わかんねーから

少なくともnekoraとかが喧嘩ふっかける時点でそいつらに向けた言葉は何一つ言ってないし、不快ならブックマークしてコメントで露悪する労力をページを閉じる労力に割けよ。

おかしいんじゃねーの?


out5963 釣れますか? 本気なら、世界に開かれているという意識がないと、犯罪自慢とかしたり、個人情報さらしたりして、大変な経験するかもよ。

犯罪自慢なんてしてないし、そのベクトルで語るならそもそもはてブ個人情報書きまくったり、プライバシー権であるはずの肖像権商業肖像権混同して詭弁垂れ流してるnekoraの方がヤバいだろ

コイツの方が犯罪スレスレ行為頻発してるからね?

http://b.hatena.ne.jp/entry/287113780/comment/nekora

2016-06-21

煙草ポイ捨てする奴、なんなの?

いや、煽りでも、喧嘩売ってるのでもなく、純粋に疑問。

なんで路上になんの抵抗もなく捨てられるの?

罪悪感とか感じないの?

どういう心理で捨ててるの?

悪いことだと思ってないの?

さっき、うちのマンションエントランスの前でポイ捨てしてる奴を

目の前で見てしまったので、注意した。

人のマンションの前で何ポイ捨てしてるのかと。

そしてら、そいつは僕を睨みつけ、「すみません」とまるで反省してる様子もない顏と言い方で吐き捨てるようにいう。

「いや、その態度、ごめんなさいっていう態度じゃないよね。悪いと思ってるなら、拾ってよ」と言っても、無視

拾おうともせず、「あぁ? なんだおまえ?」な顏でガンつけてくる。

別に暴力団組員とかではない。彼女連れたちょっとかっこいい兄ちゃんだ。

てゆーか、そもそも彼女がいる横で煙草ポイ捨てできる神経もわからん

なあ、教えてよ、煙草ポイ捨てしてる人。

ガラの悪い兄ちゃんだけでない。普通の人の良さそうなおっさんや、バリバリ働いてるできるサラリーマン風の人たちも

普通にポイ捨てしてる光景をよく見かける。

なあ、なんなの? あんたら。

どういう気持ちポイ捨てしてるの?

純粋に疑問なのでポイ捨てしてる人、教えて下さい。




あと、犯罪者のみなさん。

道端でポイ捨てされた煙草を見つけたら、ビニールに入れてもってかえって、犯行現場に落としておくといいと思います

ポイ捨てする奴らはせらめてそのくらいのリスク覚悟の上でポイ捨てするべきだと思います

2016-06-20

白髪ができた

ようやく私も大人の仲間入りができた

若さにしがみつく大人死ぬほど醜いと思っていた

歳を重ねるごとに新しいことを知れると思っていた

色素の薄い毛は何度か確認してきたが、

ここまで真っ白な毛が、1本ならず確認できたのだ

私はついに、白髪が生えてきたんだ



私はここに、人生の午後を迎えたんだ。










思えば若い頃の方が、圧倒的に苦労、苦痛、苦しみ、哀しみ、怒り、憎しみ、絶望が大きかった



幾度と無く死が脳裏をよぎった

だけれど、こんな納得のいかない世の中で、なんで私が死ななきゃいけないのか、

その悔しさだけをバネにして、今日今日まで生き切ってきた



年を重ねるごとに

あんバカみたいな人間相手に苦しむ私が純粋すぎた、

というか、あんゴミみたいな人間が、バカゴミだと思うことができていなかった

それがわかるようになった

それが、今まではわからなかったのだ

アタシがバカだったが故に

若いが故に、未熟が故に、無知が故に



歳を重ねて、

老いに近づくにつれ、

知識が身についた

知らなかったこと、わからなかったことが、知れて、分かるようになった

泣きたいほど嬉しい事だった





あれだけ苦しんでいた過去の私に、

魂の力のあらん限りに、

この知識を伝えたかった―――――――



だが、過ぎ去った過去は変えられない

から私はせめて、

生き抜いてきたからこそ生まれてきたこの白髪が愛おしい

つらい過去を生き抜いて来た私を、まるで慰めてくれたかのように生まれてきたこの子




あみん

老いを憎むことは

生きてきた過去否定することだ



そうは思わんか



老いは自分が生きてきた証

今まで生きてきた自分ねぎらい、いたわり、いつくし



そういう気持ちが、あってもいいとは思わないか

2016-06-19

叩かれたことのないジャンルの無邪気なファン

ネットではあらゆるものが叩かれており、自分の好きなものが叩かれている場面をある程度ネットをしている人ならば誰しも見たことがあるだろう。

叩かれる理由は、そのもの自体が嫌いだという理由からのものファンが嫌いだというものまで嫌いな人の数だけ嫌いな理由がある。

そんな場面に遭遇した時、普通の人ならばその好きなものがこれ以上嫌われないようにしようと自らの振る舞いを改めたりするだろう。

しかし、そんなネットにおいても極端に叩かれることが少ないジャンルというもの存在する。

例えば、スピッツというバンドなんかはネットのどこを見ても知名度の割に驚くほど叩かれていない。

叩かれない理由としては、メディアへの露出が少ないとかバンドメンバーのキャタクター不祥事のなさ、バンド楽曲クオリティが高いなどの理由が挙げられるだろう。

そんな叩かれることのないスピッツというバンドファンネットでのふるまいにおいて時折無邪気さを感じさせることがある。

(別の無邪気さを持つ10の子どもは除き、)叩かれやすファンなどは、そのものについてネットで語るとき

押し付けがましくならないか」「一人だけ浮かれたテンションで語ってないか」などの謙虚さや自衛する意識を匂わせるような話し方をする。

これはネット自分の好きなものが叩かれたことや叩かれる場面を見てきたことによるネット上でのリスクマネジメント一種であろう。

一方、ネットで叩かれたことのないスピッツファンはというと、スピッツを語るときにとても無邪気なのである

嫌われたり叩かれることのないスピッツファンなので、距離感テンションなどあらゆる面でポジティブであり、不思議な事に皆まるで人は皆良い人だと信じている人のような語り方をする。

では、こんな無邪気なスピッツファンが叩かれているのかというと特別叩かれているわけでもなく、それゆえ彼らもまた無邪気さを保っている。

あらゆるもの理不尽に叩かれているネットという空間において、このような人の手が加えられていない自然のようなコミュニティ存在することに私は興味を覚える。

正直、スピッツ以外のこのような事例を私は知らないが、知名度の割に純粋さを保っているコミュニティは私が知らないだけでこの広いネット上に存在するのかもしれない。

ちなみに私も特別ファンというわけではないが、スピッツは好きである

廃課金者に寄生しているんだが、気持ち悪くて楽しい



 適当に入ったギルドマスターが超絶な廃課金者だった。

最初は規模も小さく、募集欄も空欄だったので、俺は「くっそやる気のないギルドだなー」と思って入った。

入ってみると思った通りギルドチャット欄に会話は一切なく、脱退と加入を知らせるシステムメッセージけが連なっている。

ネトゲも慣れてくると、このくらい適当ギルドの方が居心地が良くなってくるのだ。

しかしある日突然、ギルドマスターが100万単位課金し始めた。

このゲームシステムギルドメンバーの誰かが課金すると、おこぼれとして同じギルドにいる人全員にボーナス宝箱が配られる。

まり廃課金者のいるギルドに入れば無課金でも課金者に対抗できるほど強くなれる仕組みであり、それを束ねる廃課金者は世界の王者になれるのだ。



ここから本題に入る。

第一に、その廃課金者なんだが、あまりゲームが上手くない。(下手というほどでもないが)

別にそれはいい。たとえどんなに下手でも金を出せば思う存分勝利の味を楽しめる、それが課金ゲーの良さだ。

第二に、廃課金者は金を出してギルドに貢献してるからか、それなりに偉そうな態度を取る。

それも良い。どんどん金を出して、どんどん気持ち良くなって欲しい。それが基本無料ゲーだからだ。

俺もコバンザメをする形になっているので、威張りたければ存分に威張ればいいと思っている。

皮肉ではなく純粋にそう思っている。

問題は第三なのだ

こいつは金で得た力を自分ゲームの腕だと勘違いしている。

しばらくするとその廃課金者は金に釣られてやってきたkidくんにトンチンカンアドバイスと指示を出し始めた。

もちろん高圧的な態度でだ。宝箱目当てでやってきた従順な子羊はそいつの強さに恐れおののき

「わかりました!やってみます!」とか言っちゃってる。その後kidくんに悲惨な結果が訪れた事は言うまでもない。

「本当に○○さんは凄いですね!」月並みなお世辞で御機嫌を取ることも忘れない。気味の悪さで肌が粟立つ。

「○○様が課金し始めてござろうぞwwwお主らひれ伏せwwwww」テンションの上がりすぎで頭がおかしくなったのだろう。



一方、廃課金者の力自体は本当に凄まじく、ワールドそいつとまともに戦えるのは2,3人、中堅程度じゃ100人束になっても敵わないというくらいに金をつぎ込んでいる。

こうなると滅茶苦茶な事をやってもゴリ押しできるので、己の腕を認識自覚できなくなる。

やがてこの廃課金者は金の力で全てを制圧し、増長し、それなりにゲームの上手い奴らにも素っ頓狂な指示を出し始めた。

ベテラン勢はというと流石にkidくんのような事にはならず、適当にあしらってはいる様子ではあるが、文句は決して言わない。

批判をするには施しを受けすぎてしまっているし、ギルドへの貢献量も桁違いで「結果は出してるんだから…」という状態からだ。

自身も「こいつは金出してるしまぁいいか」という気持ちになってしまっている。



俺はここに至って廃課金者がトランプ氏に見えてきた。

滅茶苦茶な事を言ってもゴリ押しできるほどの金があれば人はついてくる。実力がなくてもついてくる。そして当人は謎の自信をつけ、金目当てで寄ってきた奴らの世辞追従によってさら高慢ちきになっていく。

廃課金者はリアルでは相当なやり手かもしれない。それはわからない。が、専門外の事は、少なくともゲームの腕は平凡だった。

それでもギルドメンバー廃課金者の指示を達人の深遠な一手であるかのように受け入れる。

この構造は相当危険ではないのだろうか。

金の力を自分の力だと思い込み、己のやり方を省みようとはしない。諌めてくれる人もいない。

時代の流れと周辺環境、ご先祖様の尽力による恩恵を一身に受け、金と貢献、地位権力、闇雲な努力と平凡な能力で兵を操り、時には潰していく。

兵士兵士で金を持っている者=実力者だと考え、盲従する。あいつのやり方は正しいと考える。逆らえないと考える。

このような事を言えば「お前は何様のつもりだ、偉そうに」と思われるかもしれないが、今の日本もこれを繰り返してきた結果が失われた20年なのではないか、とふと思った次第である



今日もうちのギルド掲示板は賑わい、絶え間なくこう書き綴られている。

『お前のギルドに入れてくれ』

気持ち悪くて楽しい





なお、文章の中頃に登場したkidくんは弱すぎるという理由ギルドから追放され、現在行方不明になっている。