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2016-10-01

人文院卒、就職をする。

アカデミックの道に挫折し、非常にやる気のない就活をした17卒の記録。反面教師にするもよし、馬鹿なやつだなあと一笑に付すもよし。巡り巡って誰かの役に立つことに一縷の望みを託します。

方針

労働者に向いていない自覚はある。経済活動に利する人材パフォーマンスをする。

●専門

歴史学一般的にわかやすい&経済関連ネタにしたほうが、反応が良かった。そのため、第二次大戦後経済復興ネタ研究していることにした。

●志望業界

商社コンサル金融サービスよりは修正資本主義のほうがまだ理解できる。「日本世界の人々の生活の発展に貢献したい」と語った。社会進歩を信じましょう。

学歴

某旧帝→同大学院

ES面接

書類提出:25社。(大手10

書類通過:11社。この時点で中小ほぼ全滅。

1次通過:3社。

内定:1社。




学生時代に頑張ったこと

序盤(中小書類面接)は「学生時代に頑張ったこと」という文面を真に受け、勉学・研究ネタに書く。自律性とゼミ活動企画してましたアピール。当然と言われそうだが全くウケなかった。院卒なら専門で培った能力アピールしろという話は聞いたものの、ほぼ落ちる。フィールドワークなりインタビューなりのある専門であれば別だったのかもしれん。

大手のころには、学部1年目にの経験していた大学祭委員活動文芸サークルネタに切り替え、書類も通るようになる(何年目でやったか最後まで聞かれなかった)。どちらを書くかは「求める人材像」と照らし合わせて選択学生団体同士の熱血折衝やトラブル解決ネタがウケそうなら学祭。他業種との関わりや根気アピールなら、市や大学事務やらとの関わりのあったサークルネタ。あとコンサル系なら英語プレゼン経験とそこから名刺交換交流2回目にこぎつけましたネタ

大学祭という字面のほうが活発な印象を与えられると思い、悩んだとき学祭ネタを使った。




就活動機

本音金銭不安覚悟が甘かった)+経済状況の悪化→おくすりのお世話になる。悪化し続けていたが、試しに就活を試みた結果、劇的に改善してしまった。・・・・・・就活しよ。」

建前「歴史を明らかにするだけではだめ。今生きている人の役に立ちたい。研究よりも経済活動のほうが幅広い人に影響を与えられる。」

これを熱っぽく語ったところでは面接に通った。とかく役に立たないと揶揄されることの多い歴史が専門なので、「説得力」とやらはあったのかもしれない。




教師

学部卒のときには、ある程度以上には惹かれていた。しかしまあ、30連勤で死にそうになってる友人を複数名見ているうちに、それでもやりたい、とは思えなくなった。




●その他

まだ意識高い系学生だったころ、有名企業幹部らによる某帝大限定エリート育成講演会(仮)に行ったことがある。言語決定論を実しやかに語り、優生学ギリギリ社会進化論を手放しで褒めそやし、「人の役に立つ」の「人」を疑いもしない姿勢を眺めてきた。そういうひとたちから、陰に陽に、役に立たないものはやめて、もっと経済とかを勉強しなよと言われた。リクルーター面談座談会OB訪問座談会等で、「大企業に入ったスゴい先輩」にとっても、それが世間常識というやつなのだと感じた。

社会希望を抱いていたかった。尊敬できるセンパイというやつに出会ってみたかった。所属したいと思える環境を見つけてみたかった。

前田仁の自殺配信

遺書も含めて、インパクトあったわ

人の記憶の中に自分の生きた爪痕を残したいと綴った彼の思いは果たされると思う

ちょっと忘れらんないわ



しかし、もったいねぇなと思う。28歳だもんな。

うちも裕福とは言えんかったし

小学校中学校と、いじめられっ子だったし

友達も居なかったし高校までの時代友達なんて今も居ないし

26まで童貞だったし

勉強全然出来なかったし

28歳あたりの時の俺と彼の間に差はないんだよな

一つだけ違うとすれば、親兄弟とは嫌な関係ではない事くらいか




27位まで引きこもってフラフラしてた俺も28の時はかろうじて仕事はしてたんだけど

超絶ブラック企業年収180万位だったわ。ど底辺だよ。しか東京でだぞw

支給15万から国民年金とか払ったら、何も残らなくてさ

30円の袋麺ばっかり食べてたら、栄養失調になって耳が聞こえなくなりかけたよ

治療のために入院したんだけど、払う金なんて普通になくてな

借金して支払った時は情けなくて泣いたよ

このままじゃジリ貧だと腹を決めて、その会社は辞めたけど

辞めた時点で借金が40万位あったんだよ

遊んだわけじゃなくて、その入院費とか生活費とかでな

消費者金融がなきゃ、体も直せないとか終わってる


なのに、全然仕事もきまんなくてな

考えてみれば、そりゃそうだよな

職歴もゴミ高卒無能なんて、誰も雇ってくれるはずないんだよ

あーもう俺はこのままじゃ死ぬしかねぇわって思ってたし

やっぱ大学出てないとゴミしか扱って貰えないんだって痛感させられたか

そこからは、ほんとに頑張った

普通の人は絶対にやらない様な夜の仕事しつつ大学に通って

そのまま夜の仕事しながら大学院にも進んで、それから普通仕事を初めて貰えたよ

なんとか、本当になんとかって感じで、この10年やって来て人間になれた気がする

年収もかなり増えたけれど、この10年くらいは死に物狂いだったよね

どうせ死ぬんなら、頑張りすぎて死のうって思ってた

入院費すら払えないゴミだもん

何も変わらないなら死ぬしかないんだからって思い続けてた



彼は小さい頃の記憶もしっかりしてるし

文章もちゃんと書けているし

頭はけっして悪くないと思う

しか若いから、どうとでもなっただろうに

勿体ねぇな

なんか、そう思ったよ

28の時、耳が聞こえなくて入院させられた病院のベッドの上で

耳が聞こえない程度の障碍者じゃ生活する金すら貰えないし

親にも頼れないし、彼女はおろか友達すらいないんだって絶望の中で、

死にたいとだけ思い続けていた夜

彼の遺書を読んでたら、俺の人生も変わったかもしれない

俺と彼は何も変わらない

違うとしたら俺が強い怒りを持ってる事くらいだろうな

借金しなければ入院費すら払えなかったあの日看護師の目は忘れない

再びいじめられそうだった高校時代、懐に忍ばせた小刀を机に突き立てて

死ぬとき貴様らを殺してからだ、と叫んだ日を忘れない

冥福を祈る。安らかに眠ってくれ。俺は死ぬまで頑張ってみるよ


追記

自分が今まさにこの増田氏の過去と同じような状況なんだけど、どの学部と院に進学したのか、「普通仕事」とは何をしているのかが知りたいです。

詳しく書けなればヒントでもいいので教えてほしい。お願いします。

お願いします、と言われたので。

手に職が必要だと思ったか工学部に進んで、そのまま大学院に進学した

普通仕事というのは、ロボティクス系のエンジニアって奴です

女を口説き落とそうとすることは、女性差別なのか?

先月だったか、先々月だったか、『朝まで生テレビ』にて、

竹田恒泰が「目的真意を隠して行動する」ことの例えとして、女性口説くことを例に挙げ、

それに対して会場が失笑するという面白い場面があった。



コメンテーター失笑するだけなら特別感慨もなかった(朝ナマではよくある)のだが、

その直後、三浦瑠麗が「そんな女性差別的な感覚を…」といった発言

竹田某を諌めるようなセリフマイクに拾われているところが妙に引っかかった。


うーん、女性口説くってのは女性差別的なのか?

確かに竹田某は品性に欠ける発言をしたのかもしれない。

男が女性に声をかけるのは、その最終目的として性行為をしたいからだ、

といったような文脈での発言だったからだ。



しかし、この発言女性差別だろうか?

ネットにみならず、女性たちは様々なメディアで男の草食化を嘆き、あるいは嘲笑し、

自分からアプローチできない男は情けない」と煽ってきたではないか

アプローチする目的の一つは、確かに性行為への同意を取り付けることであり、

そしてその目的は男女間の暗黙の前提として了解され、殊更明らかにしないことは常識範疇だ。

(「あのーあなたセックスしたいんですが」とアプローチするバカはいない)



草食系」(あるいは「肉食系」)の「食」という暗喩は、明らかに性行為意味している。

(そうでなければ何だ? お互いを理解し合うことを「食べる」と表現しているのか? そんなバカな)

三浦瑠麗だって20代前半に大学の先輩に「食」われて、一児を出産しているではないか

自分の夫は女性差別的とは思わないのか? それとも自分の半径5メートル内だけは例外事態なのか?



自ら声をかけることができない男は「情けない」。一方、自ら声をかける行為は「女性差別」。

一体日本女性は男に何を求めているんだろう?

世の中こうした女性による男に対する意味不明ダブルバインドが多すぎる。

甘いものコンプレックス

技術職の女です。

高校から理系選択し、大学からいままでずっと理系分野の研究や開発をしている。それも、理系分野の中でも相対的にみて女性比率のかなり少ない領域で。


私の学生時代は「スイーツ系」という言葉流行していて、女性を軽視するような感じで男性がよく使っていた。

この「スイーツ系」という言葉を、私は「頭悪そうな奴ら」と解釈していた。


中学まで甘いもの特別好きでも嫌いでもなかったのに、技術に対する関心を増やしていくとともに私は甘いものが嫌いになっていった。甘いものが好きだという印象を持たれることで、自分が「スイーツ系」にカテゴライズされるのが怖かったのだ。この「スイーツ系」という言葉とは別に女性は甘いものが好きだという社会的認識があるのだと思う。研究室会社で甘いものが好きだという前提での話をよくされたが、その度に私は甘いものは好きじゃないし関心もないということをアピールしていた。


それなのに、社会人になってから、甘いものが好きな自分アピールする男性技術者にたくさん出会った。

技術者として尊敬する人たちの中にも甘党アピールする人が沢山いた。


自分はカッコいい技術者になりたくて甘いものが嫌いになったのに、自分にとってカッコいい技術者甘党アピールしていると無性に辛い気持ちになった。もちろん、甘いものが好きなのと技術的優秀さに因果関係はないと思うのに、それでも何故かすごく複雑な気持ちになった。


今でもデパ地下のショーケースの中で輝く洋菓子を見ると何とも言えない憎しみのような感情を抱く。

肌で感じる女性軽視や、男性社会である業界の中で認められたいという強い思いから、甘いものコンプレックスをずっと拗らせているのだ。

2016-09-30

環境変化」からくる認識齟齬問題

http://anond.hatelabo.jp/20160930221521

へ。

 僕も浪人生だし、同じように早稲田に落ちた。浪人していることとマイナスとか考えてしまうけど、こういうたぐいの考えは抱かない。僕の周りで遠くへ行ってしまって、地元批判する人はあまりいない気がするし。それはそれで新天地地元比較する意欲に欠けて問題だって意識高い人に言われそうだけど。なんだかんだ遠くで大学生活送りつつも、地元もいまだに好いてる人が多い。

 いい大学に行こうが行くまいが、そもそも大学自体に行こうが行くまいが、自分に属する属性を、自分が味わっている苦しみを知らぬもの─この場合は先に抜けた、か。─にああだこうだいわれて不快になる権利は十分にある。

 それはそうと、たぶんこの増田の周りの問題って、浪人したこととかではなくて、周りの人が「地元批判」をしてるからってだけでなのではとかおもった。地元批判されて腹立つって気持ちは、マイナスを埋める優秀さがあろうとなかろうと別に普通に持って良いものだと思う。自分らが新しい環境いるからと言って、古い環境適当馬鹿にすれば、そりゃあ馬鹿にされた方は怒る。べつに当然のごとくあって良いことだと思う。そして、怒って当然のバカにされ方をしたら、それを覆すような自分の利点を探したくなるのも、また自然だと思う。

 大学に行った人は、現役で行こうと浪人で行こうと、「別のパラダイム」へと渡ったものだ。特に遠くの大学へ行ったもので、そこでの大学生活が大変楽しいというのならば、その時の「現在」を無条件に肯定し、それまでの自分、すなわちまだ「楽しい大学生活」となっていないもの否定しがたるということではないか。そして、かつての地元を、「古き批判すべきもの」の記号として消費しているのではないか。「商品記号体系を表すだけで、現実を示してはいない。」消費者キティちゃんという「記号」を消費するように、また古き悪しきものと、「別の環境に行けたもの」がやってるんだろうなあと思う。

 でも、キティグッズが「現実からかけ離れたものであるのと同じように、この地元批判もまた、記号としての価値があるだけで現実的地元敵愾心があるわけでもないんだろうから、まあそうやって捉えて気にしないでおいて置くべきだと思う。「古き悪しきもの記号」としての批判であって、地元のもの、「増田のもの」への攻撃のつもりではないんじゃあないだろうかなあと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160930221521

浪人したことのマイナス

そんなもの大学入学からは一切存在しなくなる

いか合格めざして勉強しろ

合格した後に就職について心配しろ

浪人生です

今年の3月高校卒業し、現在大手予備校に通っています

昨年度は、東北大学法学部入学しようと頑張っていましたが、二次試験不合格でした。

併願として、早慶中央法学部受験しましたが不合格でした。

今年度も同じ大学受験すると思います



夏休みに、現役で大学に進学した友人たちが地元に戻ってきました。

数か月ぶりに会う友人たちは、大学生活のことを色々と話してくれます

東京に進学していった友人は、地下鉄の何線が混んでいるとかなんとか言いながら、地元馬鹿にしていました。

この話を聞くのが4月であったなら、悔しくて悔しくて友人に悪態をついていたと思います

しかし、さすがに落ち着いたのか、話を聞いても悔しいという気持ちはなく、逆に、「来年はお前より良い大学に行くしなぁ」という感じで内心何故か優越感に浸っていたのでした。

振り返ってみると、どう考えても強がりしかなく、悔しい悔しいと机に向かう方が健全であるように思います



しかし、頭の中ではわかっているのに、そして事実浪人しているにもかかわらず、俺の方が優秀だという気持ちがぬぐえないのです。

浪人したことのマイナスを補う価値が俺にはあるという気持ちがあるのです。

この気持ちとどう付き合っていけば良いのでしょうか。

何か勉強以外で自分価値を高めていく努力をすべきでしょうか。

通勤に1時間が当然な世界が辛い

中学時代は朝7時に家を出て田舎の割に混んでる電車バスに揺られて1時間位で通学をしていたけど、高校からは雪が降るまで自転車飛ばしたほうが楽なことが分かって通学時間が1時間を切った。

大学に入ってから仕事始めて今までは親と相談したり、会社が持ってる寮を用意してもらったりで自宅~大学(会社)間を徒歩で30分も歩かなくても良くなった。

そういうことで通学、通勤は短くて当たり前と言うかこんなもんだと思ってた。

でも、今度転勤する東京会社が僕に用意してくれた寮は埼玉県の寮だった。

しか通勤時間も1時間以上(通勤時間に混む方向に乗るので更にかかるかも?)と言われて今すごく頭を抱えている。

なんでこんなのが当然のようになっているのか理解しようとすると頭とおなか痛くなってくるし、多分数ヶ月もすれば慣れてくると思うんだけど慣れたら慣れたで後輩とか同じような悩みを持ち始めた人に対して「それくらい当たり前なんだから我慢しろ」みたいなこと言ってしまおっさんになるんじゃないかと思うともっと辛くなってくる。

幸い仕事内容自体は辛く無さそうなので、東京だし給料も前よりそれなりに増えると思うしでさっさと貯金して会社の横にアパート借りて住みたい。

ある程度自由(仕事時間以外でゲームしたりヌイたり)が効くんだったら会社に住んでも良い。

藤沢数希人生は、負けて負けて逃げて逃げての惨めな人生

藤沢数希は、生まれながらのクズだった。

何の才能もなく、中学受験アメリカ留学までして博士号まで取るも、工学の基礎すら理解出来ず。

当然のごとく物理学者にも金融業者にもなれず、その研究にも従事出来ない、投資家になんてなりようもなかった。

会社都合の合併不景気で首を切られる営業や後方の三下サラリーマンしかなく、事業経営になんて関わりようもなかった。

そんなクズネットでしたことは騙すことと盗むことだった。

本当の人生には誇れるようなことが何一つ無く、そして研究者にも起業家にもなれない藤沢には僅かでも新しいことを生む力など一欠けらもなかった。

コンプレックスから来る誹謗中傷経歴詐称他人の言説の切り貼り、そして馬鹿にそれらを売ることしか出来なかった。

大学ガー、外資企業ガー、知り合いガー、ビジネスガー、嘘嘘嘘嘘嘘。人生から話すこと全部嘘。

負けて負けて逃げて逃げての、本当に惨めで恥さらしの最低最悪の人生、しょぼい年相応に老けた無知無職、それが藤沢数希人生

あなた宇多田ヒカルありがとう

http://anond.hatelabo.jp/20160930010427



私の父は厳格な人だった

ゲームテレビ子供教育に悪いと信じ込んでいて兄である私と弟はただの一度もゲームを買って貰ったことはなかったしテレビも1日の視聴時間が決められていた

お小遣いは定額制ではなく使用用途を伝えその都度貰っていたが、基本的に本や文房具以外のものが認められることはなかった

高校入学した頃には私以外の全員がケータイを持っていたが、私にそれが与えられることは遂に最後までなかった



しかしそんな厳しい父を尻目に小学校高学年までの私はとにかくよく遊んでいた

2つの習い事に加え塾にも通っていたが、休日はもちろん塾が終わった後の短い時間でさえ無駄にすることはない徹底ぶりだった



それが出来たのは、ひとえに母のおかげだった

母は父に内緒でよく私に少額ではあったがお小遣いくれ、時には習い事を休ませたりしてくれた



ゲーム漫画もうちにはなく、テレビ自由には見れなかったが、私はその分友人の家に入り浸って幼いころの自由時間を満喫していた

今考えれば迷惑子供だっただろうと思う



そして中学入学した頃、色々なことが変わった



私は休日に外出するのを禁止された

私は一切それを守らずそれまで通り遊び倒した

父はなぜ言いつけを守れないんだと怒り、私は玄関に立たされた

ふてくされて突っ立っている私をもういいよと中に入れてくれるのは母の役目だった

流石の私も少し堪えたが、頻度は減らしたものの眠ったり仕事をしている父の目を盗んでは遊びに行くのを辞めなかった

父はまた言いつけを守れと怒り、私は玄関に立たされた

母は何も言わずに私を見ていた

父は家族食卓という時間を設けた

私は休日に遊べなくなった分、平日夕方めいいっぱいまで遊び家族食卓に遅れた

父は私の夕飯はないと言い、母も反省しなさいと言った

私は遊ぶのを辞めなかった、決して非行に走ったり学校や塾を休んだりする事はなかったが、遊ぶことは辞めなかった

ある日、母は私に言った、父さんの言うことを聞きなさい、と

それからしばらく経った頃、父は急におかしなことを言うようになった、更に少し経った頃、父は急性アルコール中毒病院に運ばれた

私は怖くなり、父の言いつけを守るようになった、遊ぶことをやめ家で読書をする時間が増えた

それから少しして父は夜中、急に外に出ていくようになった

私はそれを阻止するため玄関に布団を敷いて寝た

父はよく分からない薬を大量に買ってくるようになった

私は父が寝ている間にそれを没収しては机の引き出しに隠すのが日課になった

父は朝早く起きると財布の中身を確認しては金が足りないと言うようになった

私は誰も盗っていない事を証明するため日に1度写真を撮り、父よりも早く起きるようにした

私が父の言いつけを守った時間が増え、習い事の段が上がり、学校の成績が上がる度、父は昔の父へ戻っていき、我が家平穏を取り戻していった

私以外の家族3人に笑顔が戻るに連れ、私の中には私だけが犠牲になっているという思いが募っていった

私は自分の憎しみをコントロールすることが出来なかった、心の底から父と母を憎んだし、休日自由に遊ぶ弟を卑怯だと心の中で罵った

愚かな私は他人気持ちを考える事が出来なかった、自分気持ち正当化するために家族悪者に仕立て上げた

父と母は十分に私を愛してくれていたのにそれを理解できなかった

私には望むだけの本が与えられたし、望んでも通うことが出来ない人間もいる塾や習い事へ行かせてもらったのに、ただ一面だけを取り上げ、事実を見ることが出来なかった

父の症状が殆ど寛解したある日、私は友人と1泊2日の旅行に行きたいと言った、お金のない友人が私のために当ててくれた懸賞だった

父の症状はみるみるうちに悪化していった

私はそれを無視した、頼むから行かないでくれと泣いて頼む母を無視した、兄ちゃん行かないと父さんに約束してと言う弟を無視した

私は母と弟に言った、父の症状が悪化しても毎日寒い玄関で寝て夜中の2時に一度起きてまた朝5時に起きるのは私なのだから、お前らは毎日ぐっすり眠っているのだから良いだろうと

それは事実とは違った、まずそれらは毎日のことではなかったし、母がそれを出来ないのは父の分まで忙しく働いているからだった、弟にも弟の事情があった

なのに私は全てを無視して、他人気持ちを考えず、家族を口汚く罵って、ただ自分が楽しみたいという理由のためだけに旅行へ行った

その日父は死んだ

私が高校2年生の春だった

父は書き置きを残した

私への言葉だった、お前にはもう何も期待しない、自分の好きな場所自分のしたいことだけして暮らせと、そう書いてあった



知人だけでなく親族にも自死だという事は隠した

家族3人しか知らない

父は休養しながらも仕事を続けていたので式は母の想いに反して大きなものになった

私は笑顔で父の生前の思い出を語った、嘘の思い出を、思ってもいないことを、父をなくした不幸な長男面して喋った



私には明確に父を殺したという意識がある

ふとした時、誰かと話している時、急に思う、なぜ親を殺した人間がこんな笑顔で、こんなニコニコと話しているんだろうと

同時に思う、自分はそんな可哀想自分に酔っているのだと、罪の意識など微塵もないのだと、自分が悪いなどとは考えていないのだろうと

しかし、また同時にそんな考えに至る自分に驚く、なぜ一丁前に自死遺族面しているんだと、もしかしたら誰かに受け入れて貰えると思っているのかと

そしてそんな時どうしようもなく自分を殺したくなる、罪があるのなら死ねば良いし、親を殺してなんとも思わないような人間死ねば良い、どちらにしても自分死ねば良いとそう思う



自分が死ななかったのは、その無神経さもあるだろうが

ひとえに母と弟のお陰だと思う

私は父が居なくなった後すぐに家を出た、父の最後の言葉からどうしても父の家を自分が居て良い場所だとは思えなかったか



高校に行きながらバイトをして、大学入学後もバイトを続け、最初に母から借りた引っ越し代や入学時に借りた入学金は全て返済した

お金の返済は、どうしても振込は嫌だと母が言うので現金実家まで持っていった

それ以外にも何かと母は私に実家へ来るよう約束を取り付けた、大学入学後買ったケータイには毎日朝昼晩メールが来た

母は私が死なないように心配していたのだと思う



私は外ではそう出来るように、母に対しても明るく振る舞えば良かったのだが、母と弟に対してはどうしても昔のような態度で接することが出来なかった

父がいなくなった後、私が母と話すときの態度を傍から見ていれば、私が次の日死んでしまっても不思議ではないと思うだろうがから、母には悪いことをしていると思う

でもどうしても、母と弟の顔を正面から見ることは出来なかった

時が経つにつれ私は父への想いよりも生きている母と弟への思いが強くなっているように感じる

おそらくどちらかが、私に父を殺した責任を取れと言えば私はその場で命を断つと思う

そして、こんな事を考えながらも実際の所、私は二人の気持ち確認するのが途方もなく怖い、そう怖いから二人から距離を取ったのかもしれない



今週、そんな私も20幾度目かの誕生日を迎え、母が祝ってくれると言うので、昨日は実家にいた

用意してくれたケーキを食べ母と少し会話した後3人でテレビを見ていると、母がコンビニに行くと言うので、私も帰ろうとした所、引き止められた

弟と二人きりになるのは久しぶりだったし、会話するのはもっと久しぶりだった



弟は誕生日おめでとうと言い、私は驚きながらありがとうと返した

続けて、その…兄ちゃんに俺……と言い出した所で弟は泣き出した

どうやら、ずっとごめんって、と言おうとしているようだった、でもそんな簡単言葉も聞き取るのが難しいくらいに弟は泣いていた

泣きながら、ごめんごめんと言っていた

ごめん兄ちゃんずっとごめん、と泣きながら言っていた

兄ちゃんが家を出て行く時ホントは止めたかった、でも止められなかった、兄ちゃんが俺の変わりに父さんを助けてくれてた、でもありがとうも言えなかった

ホントもっと俺が頑張るべきだったのに、兄ちゃんが変わりに頑張ってくれた、ごめん、ずっとごめんって言いたかった、ずっとありがとうって言いたかった

でも言ったら兄ちゃんが死んじゃうような気がして言えなかった、ずっと言いたかった、兄ちゃんごめん、あの時、ホントは言いたかった、兄ちゃんありがとう

弟が目を手で伏せ泣きながら喋っている間、私は弟以上に泣きじゃくっていた、本当に信じられないくらい泣いていた

本当は弟より先に私が言うべきだった、弟にごめんと、また弟の気持ち無視していた、自分のことだけを考えていた



弟は帰りに誕生日プレゼントをくれた

私はなんとなく何をあげたらいいのか分からないので昔兄弟が好きだったアーティストアルバムをくれたのだくらいに思っていた

このエントリーを読んで初めて「花束を君に」という歌のことを知った

しかしたら弟はこのプレゼント話題きっかけにしようとしてたのかも知れないし、単純に私のためにこれを選んでくれたのかも知れないが

とにかく、知ることが出来てよかった

衝動的に書いたので読み辛いだろうけど

ありがとう

なぜ大学を辞める必要があるのか

起業大学を辞める必要はない。

しろデメリットばかりだ。

それでもやめるのは意志が続かないからだ。

必要に迫られないと何もやらない。

意志が強いものはそれでもやるかもしれない。

だが、意志永遠に続くことはまれだ。

追い込まれとき人間が発揮するパワーはすさまじい。

あえて自らを死地に追い込み、前しか見ない状態にする。

背水の陣

モチベーションがアホみたいに上がる、大きなメリットだと思う

進め若者!やる気が損得勘定に消されていく前に!

野原ひろしが平均だった時代実在したのか

野原ひろしの年収は650万であり、これは2016年現在から見れば5%のエリートに属するというブログ斜め読みした。

ふむ。では当時ならひろしは平均、あるいは平均よりちょっといい程度とみなされたのだろうか。

Wikipediaによれば野原ひろしの年収650万はアニメ94話の台詞からの推測であり、これが放送されたのは1994年4月である

そして国税庁資料を見ると1年勤続者(男性)の平均年収賞与含む,単位:万円)は当時以下のように推移している。

西暦 平均年収
1989 493
1990 520
1991 547
1992 558
1993 555
1994 560

1994年の平均年収は560万である。650万は当時の平均より90万多い(ちなみに彼は35歳だが、1994年の35歳~39歳の平均給与は全体平均と同じ560万である)。

年収というやつは必ずしも正規分布しているわけではなく、一部の凄まじい金持ち平均値を引き上げる傾向がある。従って中央値基本的に平均よりも低いと見た方がいい。

その点も含めると、おそらく1994年の野原ひろし650万は中央値よりも100万ほど多いと思われる。平均給与より月収が8.3万多い計算になる。これを平均よりちょっと良い程度と思うかどうかは……まぁ人によると思うが、どちらかというとそこそこ年収のあるやつが自分年収を隠して言う時に「いや俺だって安月給だよそんなん。え?平均とくらべて?同じようなもんだよ、あー、まぁ、ギリギリ平均よりちょっとだけ良いくらい?」的な雰囲気を感じる。イラッ☆

バブル全盛期と比較してみる

1年勤続者(男性)の平均年収1997年の577万をピークとして緩やかに下っていき、リーマンショックでとどめを刺される。

野原ひろしは35歳の男性社員である。ということでこの全盛期で見ると、35歳~39歳男性1997年の平均は589万であるバブル全盛期の中央値平均値殆ど同じだったと仮定すれば、1997年のひろしの年収650万は平均よりちょっと良い、というのは、まぁわからなくはないだろう。月給にして他の人より5万円多いのを「ちょっと」というのは、多い側からみればそうかもしれないが、少ない側から見ると「あ?それちょっとっていうならよこせや」と思うところな気はするが。

なお2014年の35歳~39歳男性の平均年収は502万である。やんなるね。

埼玉県春日部市の平均年収

一方で春日部市における平均年収から見た野原ひろしはどうか(春日部市の平均収入ググると妙な数字が出てくるけど、これソース不明瞭だし計算式も公開されてないので信用に値しないと考え無視した)。

総務省統計局では都道府県別の家計調査2000年からしかないが、ひとまずこれを参照する。春日部市単独データは無いが、春日部市人口15万人以上であることから中都市に該当する。曰く、2000年賞与を含めた年平均月額の世帯主収入は466,591円である12倍すると534万。バブル全盛期をちょっと過ぎた2000年でこの数字である

650万とは実に120万の差がある。中央値はこれより更に下であることを考えれば、春日部市における野原ひろしは当時から見ても平均的、あるいはそこからちょっと良いだけとは言い難いように思う。

レール

野原ひろしのような人生は、なるほど現代からすると相当なカチグミであるように見える。しかし当時の社会背景を考えれば、こうしたレールに乗ることは平均的な能力プラスアルファでどうにかなる範囲だったのではないか

個人的結論としては、これは当時から困難だと思う。

彼は1994年当時で35歳、20年前に大学中退して(つまり高卒で)入社したとのことである。従って1979年入社であり、これは残念ながらバブル期である

当時新規有効求人倍率は1を切っていた。

加えて彼は高卒であり、今ほど大卒信仰が強くない時代はいえこれがプラスに働くことはまず無い。ゆえに就職活動において基本的には不利な立場にあったと言える。

そして彼が得た内定中央区日本橋にある商社である

どう考えてもこの時点で相当なカチグミである。これを平均よりちょっと良いレベルとは当時ですらやはり言えないように思う。

まとめ

そういうわけで、野原ひろしは1994年当時で見てもエリートだと思う。バブル真っ盛りの時と比較してギリギリ「平均よりちょっといい程度だね」と見栄込みでいうことは出来ると思うが、それ以外ではいささか厳しい。

さら国内商社年功序列給料が上がるため、2014年55歳の野原ひろしの年収はほぼ間違いなく1000万を超えているだろう。2014年の55歳~59歳の男性平均年収は631万であり、彼は最終的に平均の1.5倍を上回る所得者ということになる。

彼は今からみてもエリートだが、当時からエリートであり続けた、というのが正しい見方ではないだろうか。

そう、人格が確定してしまってから婚活とか遅すぎ

矯正できなくなってから焦っても遅い

子どもの頃から結婚できるような子どもになるように親が育ててこなかったら

娘は悲惨未来になる

うちの親がまさにそうで3姉妹全員結婚できてない

なぜなら終始母親父親や男の悪口言いまくってたか

何かにつけて男が悪いを連呼していて最初の頃は自分たちもそれを信じていた

でも大学から共学になって自分たち感覚おかしかったのを知ったか、なかなか直ることはなかった

結果、今でも全員未婚

実家にはもう4年帰ってない

(2) 知性の欠片も感じさせないブログツッコミを入れてみる http://anond.hatelabo.jp/20160930081102

続き。

意見を言うから嫌われてる?それ本当?

http://www.amamiyashion.com/entry/2016/07/24/193000

日本社会問題点として、「空気を読まずに意見を言う人間を淘汰しがち」ということを挙げてあれこれ論じています

わかる。すごくわかる。日常生活で真面目に意見をぶつけ合うことってほとんどないし、ある程度結論が見えてて(もしくは偉い人の方針があって)形式的議論してそこにたどり着くだけ、みたいなのが多すぎてバカバカしくなったりしますね。

でも雨宮さんの場合は「知らないことを知らないと認めない」「間違いを認めない」「それでいて知ったかぶりや間違った知識に基づいて、飛躍した論理意見を展開する」「そしてそのことを指摘されると逆上する」から嫌われるのでは?

そういう人は日本でなくても嫌われますよ。というか、ドイツのように議論を大切にする社会のマトモな知性を持った人ほどこういう人を嫌いますよ。

要は作法を知らないということなので。

雨宮さんの普段を知りませんが、このブログのような調子議論に参加しているとしたら、それは「散髪直後で髪の毛を撒き散らしながらレストラン入店し、入るなり大声で所望の品を叫び料理が出てきたらガチャガチャクチャクチャと耳障りな音を立てながら食し、代金を店員に投げつけるようにして退店する」というくらいの無作法です。つまみ出されて当然です。

議論好きのドイツ人といえど、議論できるレベル結構ばらつきがあります。言いたいことを言うだけ(相手意見をよく聞いていない・聞く気がない)という人も結構多いです。雨宮さんの周りにはそういう人が多いのではないでしょうか。

雨宮さん自身、せっかくドイツに長くいるのに飲食店パートタイムで働いたりセコセコ内職したり微妙大学に通ったり、ということしかされていない(学問ビジネスもされていない)ようなので、そもそもドイツ人シリアス議論をしたことがない可能性も大いにあります

可愛い日本人女の子に下心を持った男に「君は賢いね」などとおだてられて自信をつけた、というのもありそうです。ここまで来ると邪推ですが。

意見をいうときの鉄則...?

1.自分意見には根拠をつけよ
例えを使うのは王道ですね。具体的な数値を上げるのも効果的です。自分リアル体験談を引き合いに出すのもOK。

例えや体験談根拠にはなりません。根拠を補強するだけです。補助輪です。雨宮さん自信の主張に根拠があったことはほとんどありませんね。メインの車輪なしに補助輪だけでは走れませんよ。

2.意見を言ってまわりに問いかける
わたしはこう思います意見
なぜならこうだからです(根拠
からこうした方がいいと思いますが、どうですか(まとめ・提案、問いかけ)
という3段論法オーソドックス簡単かつ有効です。小論文なんかでも使われる手ですね。

えっと、これを3段論法とは呼びませんし、小論文に問いかけとか書きません。

まわりに問いかけること自体大切なことですが、上記はよく意味がわかりません。

4.反論には先に反論しておけ
説得力が増すし、相手反論ネタを奪うこともできます

「どのように反論されても言い返せるように十分準備しておけ」という意味なら大賛成ですが、だいぶ違う様子。

相手が言い返してきそうなことを予め否定しておく(ただ否定形にするだけ、根拠なし)」ということのようです。

「お前のことバカにするわけじゃないんだけど、お前って頭も悪いし不細工だし体力ないしどんくさいよなw」とかそういうことのようです。

説得力は増しません。単に「反論は受け付けません」と宣言しているだけです。図星を突かれるのが怖いから予め自分から晒すことで恐怖から逃れる、という幼稚な手法です。

5.相手共感させる

これは大事です。


ブログ全体から漂う無知

この雨宮さんという方のブログから漂ってくるのは

ということに基づく「平凡な日本人」に対する謎の優越感だけで、読めば読むほど「薄っぺらい(無知なのに尊大な)人間だなあ」という感想が湧いてくるのです。

これとか、「ご自分に向けて書いたんですか?」と尋ねたくなるほどです。 選民思想をこじらせてるただの自己中、多くない? - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

はいえ、「外国人」とか「グローバルな視点を持っている(ように見える)日本人」の言うことを無条件でありがたがってしまう人たちというのも多いので、そういう人たち相手の「ブログという芸」で小銭を稼ぐ人がいるのも当たり前だなあ、という感じです。

路上物乞いとか、不幸な身の上話をして小銭を集めて回っているような人に対するのと同じように哀れんでしまうけれど、本人が惨めに感じていないだけマシだな、とは思います

観光地陳腐な空中浮遊芸やってるようなエセ大道芸人と同じようなものですかね。

同意できる記事

彼女の書いた記事で「その通りだね」となったのは以下の2つくらいです。

雨宮さんや同類ブロガー諸氏へのアドバイス

良い本をたくさん読みましょう。インプットが「自分身の回りで見聞きしたこと」だけに偏りすぎです。

(1) 知性の欠片も感じさせないブログツッコミを入れてみる

この人 雨宮@迷走ニュース(@amamiya9901)さん | Twitter のこのブログ ドイツ発 雨宮の迷走ニュース の中から特に「アイタタタ笑」と読んでるこっちが恥ずかしくてムズムズしてしまうようなものを中心に。

※万が一ご本人が読まれていたら: 腹が立つかと思いますが、頑張ってもう少しマトモな文章が書けるようにならないと、一定以上の水準の知性を持った人たちには相手にされず、日本人相手攻撃的な落書きPV乞食する以外に稼ぐすべがなくなってしまますよ。応援しています

平気で自己矛盾していることを突っ込まれ逆ギレ

まずはこちら。 「この前と言ってることちがう」←当然でしょ、思考停止してるの? - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

1時間後にまったく逆のこと言ってたら「えっ」ってなるけど、1ヶ月や半年経てば、考え方は変わってきますよ。
あなた半年や1年経っても、まったく同じ考えをしてるんですか? それって思考停止状態ですよ?

ということらしいです。

感想」はコロコロ変わっても良い

確かに、単純に「ある物事自分がどのように感じるか、考えるか、判断するか」ということであれば時間の経過とともに変わるのも普通のことです。

これとかは変わっても良いわかりやすい例。紙の本はオワコンだと?電子書籍ってただのデータじゃん - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

ざっくりまとめると「電子書籍を読んだことはないけど、味気ないしなんかしっくりこない」という内容です。

うん。わかる。私もかつてはそう思っていた。けど初めてKindleを手にしてから30分後には「電子書籍最高だ!」「手持ちの本を迅速に自炊しよう!」「この世の本すべて電子化されればいいのに!」となっていたし、その1週間後には「うーんやっぱり電子書籍に向く本とそうでない本があるな」となっていました。

そんな具合に、物事の感じ方ってのは時間の経過とか経験とか、そのときの心身の状態によって結構コロコロ変わるものです。

分析的な(つもりの)記述結論コロコロ変わるのはおかしいよね

でも、紙の本が滅びることはあり得ない、と断言します。

こういう、自分自身以外の対象について論じたり、「断言します」とまで言うためには、根拠を示して論理的議論をして(少なくとも試みて)結論を示す必要があります

結論が変わるのは、

当然時間の経過や自身の成長とともに事実の錯誤とか論理の飛躍に気づいて結論が変わる、というのはあり得ます

しかし、1つめについては自分思考がどうのこうのという問題ではないし、2つめ3つめについては確かに自分が成長したということの証でもあるわけですが、「思考は発展するんですよ?」と開き直ったり、矛盾を指摘してきた人に「思考停止ですよ」とか噛み付くのは知的な態度と対極に位置するものです。

結論を変えるに至った、事実認識や論理展開差分を示して訂正するのが当たり前です。恐縮する必要は全くないけど、開き直ったり噛み付いたりするのは端的に言って無知・無教養さの現れです。

そもそも論理的ではない

紙の本が滅びることはないのは以下の理由によるそうです。

だって電子書籍を読む人は読むけど、読まない人は絶対に読まない。わたしみたいに。うちの家族はみんな本は紙のものです。そうういう人たちにとって、本とは紙しかあり得ない。そういう人間がいる限り、本が滅びることはない。完全電子化社会にならない限り、そういう人もいなくならない。だから滅びることはない。そう思います

この短い段落のあちこちで論理破綻しています

一番インパクトがあるのはこれですか。

完全電子化社会にならない限り、そういう人もいなくならない。だから滅びることはない。

「完全電子化社会」というのは本が全て電子化した(つまり紙の本が滅びた)社会のことを指しているようです。

結局「紙の本が滅びない限り紙の本は滅びない。だから紙の本が滅びることはない」と言っているわけです。うんうん、結論はわかったか根拠を示してね。

また、この部分を取り除いたところで「私は紙派だから電子書籍はなくならない」と言っているにすぎません。


大学教育学歴については一家言あるらしい

学歴努力した事実を示すものらしい

履歴書不要の「目隠し選考」。学歴だってちゃんと見るべきじゃない? - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース によると、

学歴なんて、社会でなんの役にも立ちません。実際そこそこの偏差値があって仕事できない人なんてごまんといるわけだし。わたしだけどね!
でも、その学歴を手に入れるために努力したっていう事実は変わりません。企業はそこを見てあげてもいいんじゃないかと。
学歴がいい=頭がいい→だから採用」じゃなくてね。「この子はこの大学に入るためにがんばった人だ」っていう評価
これはふつうにアリじゃないでしょうか。

うん、言えてる。でも大学生の本分は、学問を修めるための素養を身に着けて実際に学問を修める(せめて囓ってみる)ことであって、仕事ができるようになることじゃないよ!

それから立教大に入るのに努力というほどの努力必要って、「努力している」と自認するレベルが低いか、そもそもお勉強が苦手なだけじゃないですか?

さらにいうと、企業にとっては「努力しても結果が出ない人」とか「努力すれば結果が出る人」よりも「努力しなくても結果が出せる人」が大事なのでお間違いなく。

あなた自身大学に行った意味あったの???

Fラン大学の葛藤。日本の大学制度は終わってる - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース によると

偏差値50が平均だとして、平均以下の学問レベルの人たちが大学に進学したところで、意味がないと思っています

う、うん。言いたいことは分かるよ!勉強する気もないおバカちゃんが学歴のために大枚はたいて大学行って4年間遊び呆けてるのって国家的損失だよね!

でも、「偏差値50が平均だとして」で頭が痛くなりました。平均値を50とすることは偏差値定義に含まれています。「だとして」とかい余地のあるものではありません。「偏差値」でググってください。

素朴な疑問なんだけど、本当にそこまでの学費必要なんですか? 私大とか、なんのためにあんお金集めてるの?
ぶっちゃけ言えば、Fラン大学の授業の質が、その学費に見合うとは思えません。いや、質がどうこうというよりもレベルが低いと思います

う、うん。これも言いたいことは分かるよ!

でも私に言わせれば、立教大学で身につくもの学費に見合うとは思えません。

学歴社会日本における「立教大卒」という立派な肩書学費に見合っているのかもしれませんが。

仕事に役立つ能力」を期待するなら専門学校にでも行くべきだし、外国語が身に着けたいだけなら仕事しながらイーオンとか通ったほうが効率良くないですか?

(続く http://anond.hatelabo.jp/20160930081219)

[]2016/09/29

10時に家を出て下関へ向かった

12時前に着いてすたみな太郎で朝食

韓国団体が2つくるってんで騒がしくなりそうだなあとゲンナリ

また、団体が来るせいかおいてある料理や肉も種類が少なく感じた

それでもやっぱり久しぶりのすたみな太郎は楽しかった

最初はすごいわくわくしたけど取りすぎてゲンナリするところまでがデフォ

また当分こなくていいか

終わってトイレ個室入ってたらノックもなしに何度もガチャガチャしてきた韓国人死ね

礼儀知らずすぎる

その後川棚温泉

こじんまりした旅館温泉に入った

露天風呂と内風呂だけの小さな温泉

源泉43度ってせいか露天風呂がかなりぬるかった

でも内風呂が熱めだったから交互に入ってちょうどよかった

露天風呂のぬるいところで仰向けになって顔だけ出して目をつぶってたゆたうのがすごく気持ちよかった

時間ほどで出た

待合スペースっぽいところで中島みゆきの糸がインストでかかってた

山口安倍晋三地元から、晋ちゃんセットっつって安倍晋三の顔のイラストシールがはってあるだけの醤油が売られてた

それ以外にも車で走ってるとあちこちに安倍晋三ポスターがあった

温泉のあとは角島へ

島よりも本土と島を結ぶ橋の方が有名というところ

あいにくの天気だったけど、本土から島までまっすぐ伸びる海をつっきる一本の橋は、たしか沖縄っぽさというか北海道ぽさというか、すごく場違い感を覚えた

こんなとこが山口なんか(失礼)にあったんだーと思った

角島では灯台に行ったけど、荒天のため閉まってた

見上げると展望台のフェンスとか結構低く見えて、こんだけ強風だとそりゃあぶねーわなと思った

灯台の周りのくさむらにでっかいキリギリスがいた

人間がすぐ近くにいるのに少しだけ鳴いていた

その後は道の駅

おみやげとか買った

荒天で客が少ないせいか惣菜とか半額になってた

でも昼すたみな太郎でまだおなかいっぱいだったから買わなかった

ほっくんっていうゆるキャラめっちゃ推してた

誰々がチェーンソーで作ったほっくん像が置いてあった

でも目が真っ黒で大きくて底知れない怖さを感じた

せめて少しハイライトがあればまだ違うんだろうけど

なんか寄生獣みたいにくぱあと顔が開いてぎざぎざの歯がいっぱい生えてそうなイメージ

閑話休題

その後帰路についた

家についたときには真っ暗

夜はうどん

おなかのため?にヤクルトもどきを1本飲んだ

その後はごろごろしてたらいつの間にか寝ててさっき起きた

高校大学かでレポートを書かないといけないっていうのにゲンナリしてた夢だった

休み前にまだ残してきた仕事があるからこんな夢みたんだろうなあ

最悪

トイレ行ってフルーツミックスジュース飲んで歯磨きして今日記書いてる



そういや最近残業ばっかで休日も寝てばっかで、好きなマンガほとんど読めてないしゲームもできてないなあ

仕事のために生きてる感じで毎日がつまら

やめたくてしょうがない

近々人事制度とか給料とか変わるし今よりも全体的に下がりそうだし、それでも仕事量は増えるしがんばれって言われるんだろうし、それ逆だろと

給料減るけどがんばれってどんだけやねん

給料減るから仕事減らしていいよ

もしくは

給料やすから仕事がんばれ

だろJK

さすがに現状のままだと数年以内にやめるかなー

最低でもあと1年?くらいはがんばるつもりではいるけど

5年後はどうなってるかわからんなー

一昨日エゴグラムテストしてみたけど、↓みたいなタイプからほんと社会的生物としては終わってるわ

人生に対して積極的にとか言われてもそれができないタイプだっつってんのになんちゅう矛盾した判定結果だ

性格

自信喪失タイプであると、申し上げて置きましょう。極言すれば、貴方の肉体は自主独立の魂を欠いた、一種の抜け殻的な存在とも言える訳で、周囲の人々の圧力や示威が、世に云うテレパシーのような形で、貴方の中へ入り込んで来て、貴方言動を、あれ、これと、操縦して仕舞う訳です。いわゆる強度な自己不全観念の持ち主と云う事になります。云うなれば、人に良く思われたいと云う気持ちが、強すぎると共に、自分が役立たずや能無しではないかと云う劣等感も強く、過敏型ないしは、強迫神経症型の、性格異常を招き易いのです。今後は、もう少し自分に自信を持つ事です。自分より尚一層、下らない人間、詰まらない人間、役立たずの人間は、この世に数限りなく居るのだと云う事を、常日頃から自分に云い聞かせるようにすると共に、周囲の人々も一皮剥けば、自分と五十歩、百歩であり、自分は唯、根暗(ねくら)で表現力が無いのと、物事に正直なだけに、悩むことも人一倍多い、本当に人間らしい人間なのだと、全てを良い方へ解釈し、胸を張って開き直る事です。

恋愛結婚

まらない相手に、一度引っ掛かって仕舞うと、方向修正出直しの容易に出来ない性格だけに、一生を棒に振って仕舞うような危険性も、かなり高いタイプです。結婚後は相手に対して、箸の上げ下げにまで気を使うような、姑息配慮の仕方では無く、相手貴方結婚して、本当に良かったと思わせるような、大きな愛情、巧まざるユーモアなどを身に付けるように、心掛けるべきです。

職業適性

芸能芸術文芸などの分野には、殆ど適性が無いでしょう。事業家政治家治安関係公務員法律家金融業、質業、医師などにも不向きです。保母(父)、看護婦(士)、単純サービス業一般公務員一般事務員などでしたら、別に性格的な面から差し障りはありませんが、中間管理職などになった場合には、上下の板挟みで、かなりの苦脳を覚悟しなければならないでしょう。

対人関係

もう少し図太くなる事を心掛けると共に、人生に対して、もっと積極的好奇心や探求心を持ち、自分にも他人にも、もっと厳しく無闇矢鱈(むやみやたら)な妥協を排することです。

大学生挫折

大学生人生挫折しかけてる話を書く。

私はその原因をこう仮定している。

”心から嫌いだと感じる家族暮らしているという環境が原因で、人生肯定感を得られない”

家族関係は今までの人生の中で一番、ストレスのコーピングに大きなリソースを費やした。この家族はお互い仲が悪く、本当に居心地のいいものではない。小学校高学年の頃から夫婦間・そして兄弟間のトークは皆無。そんな状態がおよそ10年続いただろうか。しかし外部に対する体面だけはとても良くて、この10年間家族仲が悪いことは近所や学校関係の人々、また近しい親戚に対しても露呈することはなかった(ちなみにその親戚が後にそれを知ることになるが、それを知ったのは私が耐えきれずに相談を持ちかけたためである)。でも私の性格気質上”そのような環境に耐えなくてはならない”という考えが、大学の2年次程度まで抜けなかった。

中学の頃は、バドミントン部に所属していたことと、好きな子を眺めていられたという環境があったので、家族関係の悪さというストレス対処することができた。高校の頃は、周りに趣味の合う友人ができたこととTwitterで好きなことを呟きまくることによって、なんとかコーピングできた。受験シーズンになり私は、”材料工学に興味を持ったのでその研究をしたい”というでっち上げ的考えを持ち出すことで、その分野に強い地方大学一人暮らししながら通いたいという旨を両親に伝え、その受験資格を得た。実際のところ、”家族が嫌でそんな環境に身を置きたくないか一人暮らしをしたい”という気持ちが大きかった。

しかし、一浪して二度の受験を重ねたにもかかわらずそれはことごとく失敗してしまい、地元大学に通うことになった。偏差値的には充分合格圏内にいたので、これはかなりショックであった。

そして大学でもやはり思うような生活はできなかった。心機一転変わったサークルに入ろう!とか思っていたものの時期外れなおたふく風邪に罹ってしまい、様々なサークル見学する時期も過ぎ、最終的には高校の時の趣味の延長上にあったサークルを選んだ。まぁとりあえずどこかに入っとけばいっか。と言わぬばかりである。これはこれで楽しかったこともあったけれどやはり心の底から休めるかというとそうではなかった。

日々の生活進歩もクソもない、むしろ停滞、むしろ衰退していくうちの家庭環境に嫌気が増すスピードは一向に上昇していく。ある日思い切って母親に切り出してみた。

「どうして親父と仲良くしないの?」

「そうすることがストレスから。いつか家を出て行きたい」

意味がわからなかった。

この人がどのような思考回路を持っているのか理解できなかった。赤の他人意味のわからないことを言うのならそれはそれで心理学調査対象みたいなものだと思えるが、身内でこうとなれば話は違う。また、親父も親父で汗水流しながらこんな家庭を支えようとする意味がわからない。もしも自分が親になったことを想像したら、もっと子供幸せのことを考えてあげたいなと思った。

ところでこんな環境で真面目に大学卒業できるのだろうか。もし大学卒業したとしてもそれで自分で納得のいく社会人になれるのか。満足ゆく大人になれるのだろうか。そして、大学卒業する意味があるのだろうか?という疑問に当たった。現時点で大学卒業するメリットは、

就職選択の幅が広がる

海外で働きやすくなる

・親が子供自慢することができる

これくらいだろう。バイト先の先輩や近所の飲み屋、近しい親戚、親しい友人などなど相談可能な人には相談しまくったけれど、9割方は「大学卒業した方がいい。」と言った。一部少数派でやりたいことをやるのがいいという意見だった。留年は甘えというが正直今の環境では卒業というプロジェクトを完遂することはかなり高いハードルのように感じていた。

そのような環境に心折れ、私は一時期学校を休んだ。優先順位が(大学で学ぶという行為)<<<<(家族からくるストレス対処)だったため、この環境をなんとかしたいと強く思っていた。そこで休学してIT系アルバイトに明け暮れる生活をしていた。お金を稼いで一人暮らしすればいいかなと思っていた。この時点でもっと他にも方法はあったのかもしれないが視野が狭くてこうするしかないとしか思えなかった。案の定それは無理な話で惰性でお金を稼いでは一時的快楽に溶かす、という日を繰り返していた。そんなこんなで復学がやってくるのだが、ここまで来てようやく確信を得たのであった。やはり自分自身が弱かったのだと。井の中の蛙であったのだと。正直これを認識せざるを得なくなった時は鬱であった。

それでもやはり「生活環境が人間に及ぼす影響は大きい」という命題を私は強く信じたいし、どうすれば安らかな生活を送ることができるのか今後も模索し続けるのだろう。本当にこれでいいのかな。

2016-09-29

http://anond.hatelabo.jp/20160929225018

大昔ならいざ知らず、今の世の中、学力調査大学入試競争ですべて終わっているというのが共通観念から大学入試で最も信頼性のある試験を軸に評価する以外に、就職先の適正なランキングなど作る方法はないし、それを信じるしかない。東大入試が1点刻みで受験者の学力を測る最も適正な試験であることは、ドラマドラゴン桜』(およびマンガ本)などで、2005年以来周知のことであり、いまさら東大入試の適正性を疑う必要もないし、また、駿台などの大手予備校東大模試信頼性あるものとして受験生の間に定着している。したがって、このランキングが正しいと信じるのが相当であり、疑ってみたところで仕方がない。少なくとも、熾烈な受験競争などの実態を伴わない、国などの発表している大学の格付けや、職業に貴賤はないなどとったそらぞらしい嘘を信じる方が非現実的である。またそういった解釈全然実態に即していないため、誰も真底納得しないし、面白いと思う人もいないだろう。職業大学に貴賤がないなら、誰も大金をかけて自分の息子娘を東大に行かせようなどとはしない。つうか2ちゃん学歴板で10年以上にわたり散々議論されたことであり、何を今更である

あなたはどんな人間か」という問いへの答え方:就活を終えて

面接を終えた後は、いつも携帯を握りしめていた。

日中か、翌日に電話がかかってくれば次の選考を案内されるからだ。3日後までに何もなければ、まず見込みは無い。1週間後、メールが届く。選考への参加のお礼と、「貴殿の今後のご活躍をお祈りします」という空虚文章。返事すら無いことも勿論ある。いわゆる「サイレントお祈り」。


厭なことは沢山ある。

今日、初めて会った人にさも当然のように「自己PRしてみろ」と言われること。

問われたことに馬鹿正直に答えれば怪訝な顔をされること。

素朴に疑問に思ったことを伝えると、機嫌を損ねられること。

自分長所は何か、短所は何か、と問われること。

考えたこともない将来設計を語れと強要されること。


自己分析という単語がいつから多用されるようになったのかは知らないが、今の用語法は恐らく就活ビジネスの暗闇で生まれたに違いない。

分析する自己なんてない」と口にする学生をよく見かける。

やりたいことは無いし、ライフプランキャリアプランもない。自分に何が向いているのかもわからない。中二病発症する時期でなくとも、自分の将来の夢を描けないことは、別段特別な悩みではない。今の時点で自分に向いている仕事確信していても実際にやれば嫌になる、ということも大いに有り得る。「向いていない」と思っていたことが案外楽しいと思えたりすることもある。そもそも配属を決めるのは会社であって社員ではない。

だが、「どんな仕事がしたいか」と面接官に問われれば答えねばならない。そんなの知ったこっちゃない、会社が決めることには何でも従いますからとにかく入れてくれ、と言うだけでは不採用だ。



あなたはどんな人間なのか”、と問われ、必死に答えた挙句自分否定される。

「お祈り」が来ても、自分には何が足りなかったのか、一切わからない。採用基準に達していても自分の他に評価の高い人がいたのか、達していなかったのなら何処が何点足りなかったのか、学生には教えられることはない。だから就活では皆不安になる。



新卒一発勝負のこの国の就活システムは腐っている。

根本的に変えるべき時が来ていると思うし、いつか変わるだろう。しかし、今すぐには変わらない。就活に疲れ、絶望し、リ○ルート本社の前で白昼堂々焼身自殺しようとも、世の中は変わらない。文句を言っても今すぐ内定は出ない。正社員になりたいのなら愚痴を言うのは一旦止め、とにかくやるしかない。


やるべきことは単純だ。とにかく選考に出来るだけ早期に、沢山参加する。行きたくない企業でも面接を受ける。これだけだ。

早めに内々定を貰って就職活動を終えることが目標なのではない。自分の納得できる会社に行くために、早めに選考に参加することが不可欠なのだ



面接は数をこなせば必ず慣れる。馬鹿げた質問への答え方がある程度は分かるようになる。言ってはいけないこと、言うべきことを察知できるようになる。面接官とのやりとりのうすら寒さが気にならなくなってくる。

「親しい友達は多い?何人いる?」「幼い頃はどんな子供だった?」などと滑稽極まりない質問をしてくる面接官に対して、馬鹿正直に答える必要はないと気が付く。面接官が納得する答えを考え、それを表現する。演じ切る。時には嘘も吐く。それが苦にならなくなる。選考に落ちても逐一気にしないようにする。




自画自賛するような歯の浮く文章を書いたり、話したりするのはただでさえ嫌なものだ。あまつさえ沢山の会社お祈りメールを送りつけられ、自分存在否定され続ける中で、自己PR文章を一人むなしく考えていれば鬱にもなる。自分自分肯定できない時は、他人自分肯定してもらうことが必要だ。他人文章を書いてもらうのも良い。家族、友人、先輩後輩、大学キャリアセンター、頼れる人は誰でも頼るべきだ。一人でマジメに頑張る必要はない。




あなたはどんな人間なのか”という問いで自分を苦しめるべきではない。真剣に考えても答えなど出るはずもない。ただ、面接官の求める話をしに行くだけだ。それが就活だ。

実際のところは、4月から働いてみないとわからない。わからないけれど、それでも4月から挑戦しても良いと思える会社を見つけるまで続けるしかない。




当たり前の話と笑われるかもしれないのだが、9月に入りようやく就職活動を終えた今、1年前の自分に言ってやりたいと思うことを書いた。就活が嫌になって何もかも投げ出したくなった人が読んでくれたらいいなと思う。

頭脳流出幸せって何?


知り合いに二重国籍だった子がいる。日本アメリカの。日本法律のためどちらか一方の国籍選択しなきゃならなくなった頃、その子はどちらを選ぶか相当悩んでいた。



当時その子ハーバード並に超ハイスペックアメリカ大学に在学していたのだが、高校までは日本で「日本人」として過ごしていて自分の事を日本人だと強く考えていたので、その子日本国籍を捨てたくなかった。



相談された俺はその子の将来の事を考えて、絶対アメリカ国籍を選ぶように言っていたのだが、自分アイデンティティーに関わる問題でもあるので、その子は悩みに悩んだ末に日本国籍を捨てた。見ていて可哀想だった。



そしてその子卒業後、色々訳あって日本企業現地法人腰掛け入社した。



入社から半年後、その子親友が重病にかかり危篤状態になった。親友の事が心配なうえにその家族にもお世話になっていたので、飛行機で行く距離にいる友と家族を週末に見舞うことにした。そのために金曜日会社を休もうと思い日本人上司有給申請した。すると上司は嫌味と共に却下した。「でも親友危篤なんです」と食い下がると、今度は怒鳴り声と共に却下した。結局その子はそれ以上食い下がるのはマズいと判断して見舞いをあきらめた。



この話をその子アメリカ人父親から聞いた。そして「この話をどう思うか?」と聞かれた。



俺は「その子はい経験をしたな。日本に戻りたいとか日本企業で働きたいっていう思いをこれでスッパリ捨てられるかもね」と答えた。



そしたら父親はこう言った。「俺もそう思うんだよ。日本企業なら親友が死んで葬式に出たくても年休を許可しないだろ?」

http://anond.hatelabo.jp/20160929183656

孟子わけないけど

毒の問題ではなく

ブランド問題なんですよ。


早稲田大学が、豊洲に移って豊洲大学になったら

もこないっしょ。


以上!

http://anond.hatelabo.jp/20160812234513

マジレスすると


1、スタッフ部門は移す(人事、経理その他)イオンアウトレットの横にビジネススクエア作る。

2、大学はよゆーで移す。

3、ネット起業はさっさと移る。四国でもどこでも。

まずそっからやで。

税金安くしな。してるだろうけど。

藤沢数希人生は、負けて負けて逃げて逃げての惨めな人生

藤沢数希は、生まれながらのクズだった。

何の才能もなく、中学受験アメリカ留学までして博士号まで取るも、工学の基礎すら理解出来ず。

当然のごとく物理学者にも金融業者にもなれず、その研究にも従事出来ない、投資家になんてなりようもなかった。

会社都合の合併不景気で首を切られる営業や後方の三下サラリーマンしかなく、事業経営になんて関わりようもなかった。

そんなクズネットでしたことは騙すことと盗むことだった。

本当の人生には誇れるようなことが何一つ無く、そして研究者にも起業家にもなれない藤沢には僅かでも新しいことを生む力など一欠けらもなかった。

コンプレックスから来る誹謗中傷経歴詐称他人の言説の切り貼り、そして馬鹿にそれらを売ることしか出来なかった。

大学ガー、外資企業ガー、知り合いガー、ビジネスガー、嘘嘘嘘嘘嘘。人生から話すこと全部嘘。

負けて負けて逃げて逃げての、本当に惨めで恥さらしの最低最悪の人生、しょぼい年相応に老けた無知無職、それが藤沢数希人生

http://anond.hatelabo.jp/20160928210943

仕事は、社会福祉士になりたかったんです...。

こんな奴に相談業務がつとまるかはどうであれ、人に役に立つような仕事がしたくて大学進学も前向きに考えていたところでガクッと来てしまったのでショックです。

ありがとうございます