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はてなキーワード: 物語とは

2016-06-28

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.前口上のコレ↑って何ですか。

「この物語フィクションです」とか、「この後スタッフがおいしく頂きました」と同じだよ。

コンプライアンス的な(?)都合でね。

虚実の分からない人間ネットは向いていないが、現実として皆が見分けることはできていないからな。

送り手がどうとか、受け手がどうとか、是非の話はまあ置いといて、だ。

実際問題としてそういう可能性が「ある」のなら、それ前提で臨むのがベターという話さ。

心にもないことを書いているか本心で書いているかということも分からないだろう。

万が一、真に受けたところでどうしようもないし、その気もない。

から、こういうところで書いているわけだしな。

まあ、普通他人言動なんて無条件で信じるものじゃあないんだが。

ましてやここみたいに、匿名idすらなくて個の判別すら困難な場所で書かれたものを、マジに受け取る甲斐なんてない。

事実かどうかはもちろん、どういう気持ちで書かれたかすら分からないのに。

常識的に考えたらありえないが、世の中には変なところで純真な人もいるからな。

或いは、(心から信じるかどうかはともかく)書かれたもの全面的に本当で、かつ本心で書かれたものだという前提で臨まないと話にならないというのもあるが。

これも、他のFAQと同じ人間が書いているという確信なんてないが、同じということで読むだろう?

学ぶべき教訓は「増田を利用するときは、気持ちを明るくして、現実から離れて利用してね」といったところか。

本気になるからこそ楽しいこともあるだろうけれど、ネット人生切り貼りしすぎると十中八九ロクなことにならないだろうから、ほどほどにすることだな。



Q.「この後スタッフがおいしく頂きました」って本当ですか。

答えは「いずれにしろ一緒」だ。

2016-06-27

[]PSP「セカンノベル彼女の夏、15分の記憶~ 」プレイ開始

前置き~いか積みゲーと化したか

から6年前に発売されたアドベンチャーゲーム

ミーハーエロゲライターヲタだった俺は、あの「書淫、或いは失われた夢の物語。」のライターの新作!?しか予約特典小説ロミオ瀬戸口廉也!?ってだけで、後でプレミアついたら困る!!!と思って、

まれてはじめてPSPゲームを新品で予約した

基本すげーケチ中古しか買わん自分からしたらすげー思い切ったよ

まあ結果がどうだったかっつーと、プレミアどころか値崩れしまくりングでただのカネドブだったんだけどね・・・

今じゃ特典つきで1000円くらいだもんなー・・・

結局買うことが目的で、当時は他にいろいろRPGとかもやってたからずっと積みッパだったんだよね

それからずっと長い月日がたって、ようやくやるべきときがきた

他に買ったやつはあらかたプレイ終わったか

うPSPでやる最後ソフトになってしまったww

これ終わったらpsp処分する予定だから

後回しもここに極まれりって感じだな

プレイ開始

まず思うのは「解像度荒くて文字読みづらい」っていうことね。

パソコンiphoneアプリギャルゲーに慣れてるせいか、すげードットが荒くて字が読みづらい

そんで立ち絵とかSEとかBGMが切り替わるときにシャーシャーロードがうるせーしおせーしのダブルコンボがすげー地味にストレス

PSPギャルゲーやるの初めてだけどこんなうざいもんだったのか・・・

10分プレイするのが限界ですぐ飽きる

なんかひぐらしtipsみたいなちゃちいゲーム性があって、ただ読めばいいってだけじゃなくて地味にめんどいのもストレス

でもこれだけはクリアしたい

正直書淫は高くてプレイしたことないんどす

書淫のライターの書くものを、別作品でもいいから味わってみたいんどす

いったいクリアまでどんだけかかることやら・・・

ストーリー忘れない程度にちょこちょこやるしかないんだけども。。。

2016-06-26

インターネットの向こうには現実しか無かった。

からVRの向こうにもきっと現実しか無い。

仮想現実に対する驚嘆は第二の現実誕生を祝う言葉ではなくテクスチャレンダリングへの賞賛以上の意味を持たない。

そこではやはり我々の現実の延長だけが存在する。

そこでプログラミング予測不能の行動を起こすのはそこに人の手を離れた力が介在するのではなくただ人間の見落としによってメモリに格納された数値に以上が発生しているだけだ。

インターネットの向こう側には第二の現実誕生することはなく。

常に現実の延長線上の物語事象があり、極めて不特定多数回線を共有したテレビ電話拡張版以上の存在であることはなかった。

仮想現実もそこは変わらないのだ。

我々は新しい現実を手にすることはない。

科学技術が新しい現実を我々に与えるのはまだ先の話だ。

ただただ思う。生まれ時代を間違えた、と。

魔法システム必要か ― 西洋ファンタジー界に起こりつつある異変【コタクベスト】:コタク・ジャパンブロマガ:コタク・ジャパンチャンネル(コタク・ジャパン) - ニコニコチャンネル:社会言論

http://ch.nicovideo.jp/kotaku/blomaga/ar346629



「俺の魔法精霊契約して・・・」って言うからには、物語精霊が絡まないといけない。

物語精霊が絡まないなら上の解説は要らない。たとえそういう設定だったとしてもだ。

なぜなら俺は3行以上読めない。物語関係ないトリビアで紙面を消費してくれるな。

分かる人には分かるレビュー

今回レビューするのは「」。匿名性の強さからまれた「増田書き手11人説」というネタを用いて、主要人物を全て増田と括っている一発ネタ出オチ作品読み切りで終わらせる分には「全部同じで分かりにくいなあ」というネタとして消化できなくもないのだが、なんと本作は連載である

さて、本作は一言表現するならば「分からない」作品だ。構成登場人物ネタ面白いかどうかも分からない。誰が誰なんだかさっぱりだし、何をしてるかも意味が分からないし、内輪ネタかどうか判断に困るし、分かったところで面白いかどうか判断に困るし、とことん「分からない」作品だった。分からなくても面白い作品や、分からないことがむしろ面白さになってる作品はいくつかあるけれど、これはそのどちらでもない。分からないし、面白くない。多分、作者本人も面白いと思って書いていないんじゃないだろうか。

まず上述のとおり登場人物区別が困難なので、構成理解するための読者の負担は計り知れない。後ろに(数字)をつけるというみっともない差別化を図るものの、焼け石に水である。そもそも(数字)をつけられても、読者はキャラクターを把握しきれていないのだからからない。もし、ちゃんと理解するなら0話で説明された設定を別ウィンドウで開いて、各話を読むことになるだろうけれど、果たしてそこまでして読みたいと思うような読者が何人いるか(少なくとも私にはそこまでする気力はなかった)。

からない作品だが、コンセプトは明らかだ。「内輪ネタを散りばめた、なんちゃって作品」で、これは最語まで一貫している。なのに失敗しているなら、それはコンセプトが失敗しているからだろう。最近だとアニメにもなっている「ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?」とかは、ネットスラングを知っていたほうが楽しめる作品ではあるが、知っていなくても楽しめるのは作品構成している主な要素が「内輪ネタ」ではないからだ。

本作の失敗は、内輪ネタを主な構成要素にしたことだ。内輪ネタというものは、知っていなければ基本的面白くない。もし、それを話の主体にすれば、話そのものについていけないことになる。当然、増田を利用しているからといって、はてブ増田で使われているネタを全ての利用者が把握しているとは限らない以上、意図的であろうがなかろうが、この構成は無謀でしかない。

作者が、この難点を理解していなかったといえば、恐らく理解はしていただろう。内輪ネタちょっと捻った表現をして、馴染ませようとしている箇所がいくつかあるからだ。そうすることで、それが内輪ネタだと分からなくても読み進められるように配慮したのだろう。だが、そもそもが「内輪ネタ」を主体にした作品なので、それを理解できない状態で読み進めても面白くない。むしろ、捻って内輪ネタ表現したせいで、本来なら理解できたであろう読者すらふるいにかけており本末転倒である。結果、誰も本作をちゃんと理解して読むことはできない。

総論として、出オチ作品を連載で続けた時点で無謀もいいところなのに、読者に優しくない書き方、内輪ネタの使い方を誤った救いようのない作品だ。仮にそれらを乗り越えて読んだとして、面白いかと問われると、これまた何とも……。批評を書くにあたって全文読んだんだけれど、ツラくて後半は流し読み気味だった。読者にあそこまで負担を強いる構成なのに、それに見合った面白さを提供してくれない。本当に疲れた。仮に評価できる点があるなら、難産で生まれたのが奇形児なのに、それを育てきった作者の根気だろう。むろん、奇形児を生むのもそれを育てる判断をしたのも作者自身なので、同情も賞賛もするものではないのだが。

周りの反応や結果もそれを物語っており、この作品賞賛する人も酷評する人もほぼいない。大半の人にとってそもそも評価対象としてみられていない証拠だ。作者の前作が、面白いかどうかを判断することが容易な程度には読者に優しかった点を考えれば、本作は文章が重たくてそもそも読む気が起きない作品といえる。別に「分かる人には分かる作品自体ダメというわけではない。読者に寄り添わない点ではダメだが、分かる人にはカタルシスを与える点でダメとは言い切れない。問題は本作が、誰にとって「分かる作品」なのか分からないことだ。

2016-06-25

なぜ表現職業にすると辛いのか

俺が書く物語は俺を表現するものだ。

他人が書く物語は俺を表現するものであるべきだ。そうでなければ読まない。

故にプロは俺を表現する物語のみ書くことを求められる。

しかしながらお前らの思う俺は、俺ではない俺だったりする。そこのところに激しく遺憾を覚える。

http://anond.hatelabo.jp/20160625044540

スチパン美的面白さがある、という目線がすっぽぬけているし、史実SF的なこじつけ(味付け)を無理やりつなげている。

物語内のスチパン歴史的起源なんてものは実はどうでもいい。

仮にそれがハードSFだとしても、おそらくSFファンならハードのところにしか興味が無い。

増田意見歴史的な経緯であってサブの要因。

ジャンルの前提からして夢物語なら、演繹的に考えて到達し得ない物語は全て夢物語だ。スチパンだけにケチがつくわけでもない。

歴史的にスチパンの辻褄があわない物がほとんどの中、経済的な閉塞感を表したものメタとして提示していればそれで足りる。

そうした解答はFF6で返答している。ラピュタの例はあくまスチームパンク定義を再検討させるに十分だったというだけで、

歴史考証に口を挟んだわけでもない。

http://anond.hatelabo.jp/20160624165045

要するに、科学技術歴史過去のどこかから枝分かれさせて、

ある技術現代以上、"その他の技術現代未満の発展具合"、と

言わばステータス配分を異にしたものが「スチームパンク

って事でいいんじゃなかろうか。

スチパンは語義的に蒸気機関進化したもの限定って主張も分かる。

でも広義に上述のニュアンスを指して言う人もいるのだろう。

なぜって、それを「スチームパンク」以外にどう表現するか分からんから

言うとしたらサムシングパンクとか?進撃なら立体機動パンク

でも、スチパンの元になったサイバーパンクだと、よりSF色が強くて、

科学技術はぜんぶ現代上位互換ってことが多いけど

スチパン現代より劣ってる部分があってその制約が物語を引き立てる事が多い。

そういう要素はやはりスチパン特有なので、

「スチパン」って単語にその感覚を仮託するしかないわ、みたいな。

2016-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20160623182131

小説物語じゃないのか?

あたまだいじょうぶか?

http://anond.hatelabo.jp/20160623181942

物語いうとるやん。語るにオチとるやん。

http://anond.hatelabo.jp/20160623180257

えっ・・・物語舞台が昔でさえあれば歴史物と呼んじゃう宗派がある事に

驚きを禁じ得ないんだけど・・・どこの密教なの・・・

星界シリーズアニメは未完結のままなの?

最近勧められてバンダイチャンネルで一気見したんだけどね。

ジントとラフィールの物語はアレで終わりなの?

何か凄く微妙な所で終わってる様に見えるんだが気のせい?

特に戦旗2の後、3はOVAなんだけどアレ?終わり??って所で終わって感動もあまりない。

その続きが見たいんだけど、原作はもう完結してるんじゃないの。

アニメだと原作ストックも十分だろうし、OVA最後10年以上も出てない。

何か昔のファンタジー物や戦記物って全く終わらせる気のないアニメが多かったけど

シリーズで何作もやって完結してない古いのって多分これかスレイヤーズ位じゃないかと。

とにかくもう一度星界が見たいものですよ。

助けを請う能動透明人間

自分しか意味の分からぬ様なポエミィな文章や、

わざと主語述語などを省いた文章を書く様になり出したのはいからだろう。

叫びたいけれども腹の底は見られたくない、

聞いてほしいけれども裸にはされたくない、

吐き出された私の感情を知ってほしいけれど、

私が何者であるのか、知られたくない。

辛くて辛くて仕方ないのだけれど、

それを私のことを少しでも知っている人間に言うと、

その程度のことで、とか、みなよくあることだ、とか、

こうすればいいんじゃないか、とか、呆れられたり、他者比較されたり、気遣われたりするのが嫌だ。

具体的にどうこうすればいいとかい分析突入されるのが嫌だ、嫌だ、いやなんだ。


『どうするべきだ』という義務感が苦しみの一つだから

相談結果は私の薬にはならないんだ。相談プレッシャーを増やしていくばかりなんだ。


己が辛いということを知ってほしいという、なんとまあ、文字にしてみると、なんともいえない気持ち

何がどう具体的に辛いのか語りたくて語りたくて仕方がなくて、本当は、すごく、すごくかまってほしくて、

物語を、物語を語りたくて、でも唾を吐いて語る自分というもの俯瞰すると、

かっこ悪くて、すごく情けなくて、痛々しい。だから何も言って欲しくなくて、

ただ、こちらを見て、私を見て、聞いてくれているだけの相手がほしい。

私のことを何一つ知らない、ただの聞いてくれるだけの人がほしい。

次の患者さまとかい制限時間や、スタンプを押すような診察券が要らない人。

ありがたいお話なんて、仏の教えの書かれた紙なんて、いりません。

ただ、私と赤の他人という関係を維持したまま、私の嘆きを、抱え込みすぎた秘密を、を知って欲しいんだ。

後ろめたいものを、友人知家族には知られない遠い何処かの誰かに、託して、杉の木の下に、埋めて欲しい。


痛々しい自分の姿を肉親友人知人全てに知られたくない。冷めた目で見られたくない。

けれども痛々しい様な自分語りで肩の荷を下ろしたくて下ろしたくて仕方がない。

それだけなのかもしれないが。


チラシの裏に書くのじゃ満足できない。

やっぱり誰かの目に触れてほしいんだ。

よくわかんないけどなんか苦しんでる奴がいる、って。

赤の他人に知られるだけでなんか、ほっとするんだ。

2016-06-22

エンタメテーマ関係ない

エンタメ面白さはテーマの正しさを担保しない

http://anond.hatelabo.jp/20160621224149

創作関係テキストを読んだことがないと思われる。その辺りのことは当然の初歩として解説されているので、読めば理解も深まるのでは。

エンタメ面白さはストーリー面白さだ。演出はそれを支える材料だ。ストーリー面白さを伝えるのだから作品で間違ったことを描いてもいいというのは、創作の前提条件だ。

テーマの正しさ」という言葉も変だが、正しさを問うならそれは物語ではなく説教寓話になる。ただしこれにはさらに注意が必要で、正しさを売りにするのは詐欺師がよくやる手段で、道徳的正しさを利用しようとして江戸しぐさのようなものも生まれているのだ。

また、間違ったことを語れるし何が正しいか判断しないのが物語だが、テーマが何かということも作者は規定しない。テーマは読者が読み取るもの文章には書かれない。

通常、読者はそのような作品との接し方を知っているものだが、ネットにより現代では本来物語必要としない人たちの声が大きくなってしまった。彼らは自分ルール常識としておかしな説を唱えるため、これらの扱いについて妙なねじれが起きているように感じる。物語主体ではなく自分の話の出汁物語を使うからテーマの正しさな付加価値を求める。

物語はそれ単体で存在することに価値があるのであって、そこに正しさを求めるとかコミュニケーション広告の道具にするとか、他のものに繋げようとするのは本来範疇とは別のものだ。それらは別々に評価されるべきだ。

まり青汁を売らんかなと感動を押し付けてくるCMはいやらしいが、青汁CMの出来はとてもいいのだ。俺は何を言っているんだ

堀北真希という存在が、女の子宮に格差があることを物語ってるよね。

理由のない備忘録 2

自分が考えていたネタのどちらかをここに納めようと思ったが、そのうちの一つだけ愚痴らせてもらう。



まだ大学生という身分ではあるのだが、大学自体に行くことそのものを疑問に感じながらも結局のところ親が主導権を握っていることをいつも思ってる。

今日はそんなことを書き留めたい訳ではない。



自分20代であるものの、「いつまでも絶えない30~50代くらいが想像する若者レッテルは何故生まれしまうのか」を最近無駄に考えていた。

特に見ているとしたら大学内の学生になるだろう。

しかし、「若者」とはいってもどこぞの綺麗な表紙で飾られているような清楚な若者ばかりではないのだ。



喋りや風貌からして融通の利く有能そうな奴もいれば、明らかに口だけは達者で具体的な中身がボロカスみたいな奴だっている。

そこで自分が見ている部分では、性格が合わなさそうな相手だとしてもどのような意見を持っているのかを確認している。

今の就活状況は某アニメーション映像みたく、グループディスカッションを行いながら共同で作り上げることが多くなっているかもしれない。

自分も何回かやってみたが、正直言って他力本願他人に頼り、その内容をまるで自分がやったように自己満足している状況しかなかったように思える。



そういった経験から感じたのは、「若い人で限定した場合集団の中で使えそうな駒がいれば、そいつに全て人任せにして得た利益を同じく貰おうとしている」という考察に至った。

何故若い人がマスコミによってあたかも中身のない無能馬鹿みたいにされているのかがなんとなく理解してきたのだ。

若者馬鹿だと玩具にされる→あまり具体的なプロセスまで組み立てる思考を停止させている→そのことから現実問題に置き換えると、できそうな奴に全て用件を投げ捨てて楽をしている」ということであるのかもしれない。



これはあくま自分がそういった人物としか当たらなかった運の悪さなのかもしれない。

だが、もしこれが1つの講義として成り立つのであれば、日本教育先進国の中で遅れていると言われたらその意見同意するだろう。

大学自体がこういった双方で行う講義積極的に盛り込むのであれば、学生側がただの談笑するレベルで進むようなことは時間と金無駄だ。

前期でもグループワークの授業を取ることになったが、選考の仕方がコンピューターで分けただけという馬鹿馬鹿しい話だったし、志望動機は長々と打ち込めずたった1コースごとに3,4行程度だけというこの始末。

そう思うと教員はそこまで学生を見る暇もないし、説教反省させるような態度を取るようであれば、そのようなリスクを生まないよう選考することが一番の回避策だったはず。



こうなるとバブルの時に大学を作り過ぎてしまったツケがだんだん悪化しているのかもしれない。

学歴として早慶クラス学士博士を取得したとしても、Fランク大学教授としていること自体意味があるのか。

そもそも研究機関である大学なのに特に文系学部に関しては研究成果が公開されないのだろうか。

しかも、そういったことは学祭の時だけに公表しているという。


個人的意見としては、大学として本当に機能しているのは理系学部と十分な研究費用材料存在する上位の大学であると思う。

そして、一番の問題として進学することが当たり前の世の中で、何故小さなから勉強以外で自信の持てる個性を身につけさせないのかということである

日本同調集団社会であること自体変わらない。欧米欧州のような確立されたシステムの中で自らのキャリア構造若いうちから立てられるチャンスが存在する。



しかし、今の日本子供を産んだ時点からレースが始まっている。それは「受験である

小学校からまり幼稚園ではしつけや漢字を読ませるなどのことを徹底している。

このことから子供たちにとってはそれが当たり前の日常ではあるが、逆に親はどういったものを彼らに与え、何を見せているのだろうか。

最近朝のニュース番組を見ていたら、親がある日本古来の物語の一部分を子供に向かって言うと、残りの部分をスラスラと答えていた描写があった。

他にも子供偉人の本を読んで楽しいと感じていた。



日本では教育施設機関に行かせることが中学まで義務付けられている。

そして最終的な目標受験とされている世の中で、学校に対して縋っている、甘えているのかもしれない。

学校に行けばやりたいことが見つかるのであれば、子供がが成人になるまでに彼らのやりがいが感じられる選択肢を助言することも一つの教えではないのか。



神経質な感じではあるが、自分としては金と空気を読む力さえあれば生きていけるのならそうしたい。

ただ、創造性や発展させる力に関する教育学習が欠けていると思う。

学歴、経歴だけの外見だけではなく、その人間本質証明できる機会が増えればいいなと感じている。

2016-06-21

BUMP OF CHICKENアルバム"orbital period"のブックレット、「星の鳥」につい

王様が何で王様かというと、王様王様王様と決めたからだ」

という文章から始まる”星の鳥”という物語。この物語について心理学観点から少し考察してみたいと思う。この文章を読むにあたって、筆者はまだこの心理学について勉強の途中であり、未熟な考察が多々あるかもしれないがお許しいただきたい。この日記から、また星の鳥という物語に、BUMP OF CHICKENというアーティストのすばらしさに気づいてもらえたら幸いである。


この物語は、”王様と呼ばれる彼”が、もう一人の彼である星の鳥と出会い、”本当に王様と呼ばれる彼”になっていく物語である


私の学ぶ心理学では、”自己実現”という言葉がしばしば登場する。それは端的に言うと、”自分自分出会う”という体験であり、”出会った新たな自分を、自分の中に統合していく”ということだ。自分が今まで見てこなかった、気づいていなかった、切り離してきた自分人間こころは、それらの自分出会おうとするエネルギーを持っている。学術用語では、「こころ全体性」なんて言い方をする。

王様と呼ばれる彼は、星の鳥という物語を通して、深く、そして厳しい自己実現の道のりを歩んでいる。


自分自身王様と呼ぶことを決めた彼は、自分のことを”王様”としか見ていなかった。だからこころ全体性を求めるエネルギー現実世界へ溢れ出し、様々なもの王様は欲しがっている。しかし、そのどれもは自分のものであって、自分じゃない。満たされない思いは、”胸のあたりをぎゅうっと”させる。

そんな時に、彼は星の鳥と出会う。”星の鳥”は彼がそう名付けただけのものであり、実際は何なのか、物語の中では描かれない。彼が見た星の鳥は、他の誰にも見えることはなく、彼にしか見えていない。星の鳥は、本来自身であるべきものなのである。彼の中にある、”王様”以外の自分ーー彼はそれを星の鳥と名付け、それを自分のものにすることを求めた。

そして、そのために非常に厳しい道のりを歩み始める。

様々な試行錯誤を繰り返し、体に傷を負い、他のものたちに笑われーーそうして彼は気づく。星の鳥と自分自身が似ているということに。

そして、この自己実現、つまり、星の鳥を自分のものにすることは自分一人ではできないことに気づく。自分の力がないことを認め、他の動物たちへ頼む。自分の唯一のアイデンティティであった王様であることすら放棄し、それまで自分の一部だと思っていた大切な宝物も差し出し、それも一蹴され、、彼にとっては相当辛い体験だったはずであるしかし、自分を一度やめるところまで深く、厳しい体験をしなければ、星の鳥を手に入れることはできなかったのだ。


彼は、たくさんの仲間と共に星の鳥を作り始めた。しかし、やがて”死”が訪れる。

私の学ぶ心理学では、”死”を単純なイメージとして扱うことはない。”死”は変化の象徴として扱われることもあり、必ずしもネガティブイメージではない。ここでの彼の死は、象徴的な意味での変化を表しているのではないだろうか。本当の彼自身になるために必要な、死。星の鳥を自分のものにするためには一度死の道を通らなければならなかった。

彼は星の鳥の中心部へ埋葬される。

星の鳥が完成し、王様としての彼の象徴であった冠が彼の墓にかけられた時、彼は猫として生まれ変わり、世界に再び生を受ける。星の鳥である自身王様である自身へと統合され、より高次の存在であるネコへと再生されたのだ。


ここで面白いのが、物語最後に、統合されたはずの星の鳥が再び登場するということだ。

これまで考察してきたように、星の鳥は自己実現過程必要な、自分自身が気づいていなかった自分自身である完璧人間はすべての自分自身を余すところなく統合し、認知下に置いていると言えるが、完璧人間などこの世には存在しない。どんな人間のどんな時にも、切り離してきた自分自身存在するのだ。それを象徴するものが星の鳥であると私は考える。

そのため、一つ星の鳥を自身統合できたからといって、星の鳥は消えない。星の鳥は、再び新たな自分自身を連れて、ネコの元へやってくる。


自己実現”について長々と考察をしてきたが、自己実現はすればするほど良いというものでもなく、そう簡単にできるものでもない。星の鳥の物語に描かれているのは、非常に厳しい自己実現の道のりである簡単にできる自己実現などは、この世に存在しない。しかし、全く自己実現を行わない人間もいないーー。


ーーだから、「思い出した 星の鳥だ」くらいに考えておけばきっと良いのだろう。

[]小野不由美丕緒の鳥十二国記)」

短編

トータルで言うと求めてたものとは違った

せめて前作華胥の夢からそんなに時間あいてなければ、華胥の夢は本編絡みの短編集、こちらはほとんど関係ない下々の短編集ってことで面白かったと思うけど、

こんだけ待たされた挙句がこれだったらファンとしては残念すぎる

ネタバレあり増

丕緒の鳥

慶には祝い事や新王即位時に作り物の鳥を作ってそれを射る儀式があった

その鳥を作る官が主人公のおはなし

この短編だけは以前にどっかで一度読んだことあったけどもっかい読んだ

十二国記的でそれなりに面白かった

ちょこっと陽子も出てきた


落照の獄

裁判官みたいな官が主人公

はした金のために子どもを殺した(それ以外も殺しまくった)人間死刑にするかどうかいろいろ悩む

事前情報としてamazonレビューで、鬱の人が「鬱の人は読むべきじゃない」って言ってたかちょっと気になってた

確かに暗い・救いのない話ではある

でもそれはそれとして、十二国記でこんなありふれた死刑存廃問題議論をだらだら読まされることになるとは思わなんだ・・・

すこーしだけ十二国記世界観からめてあって「一度死刑を許せば、それ以降タガが外れて死刑濫用される恐れがある」っつうのは書かれてたけど、それ以外は十二国記である必要がまったくなかった

つーかラストの読後感、ブラピセブンとまったく同じで既視感ありありで、特にインパクトも感じなかった

どんな結論だすんだってうそれだけを期待して読んだのにすごくがっかりさせられた・・・

なんか昔読んだような気がしてて、犯罪者が逃げ出して主人公の子どもまで殺されて、それで一転当事者なっちゃって・・・

みたいな展開だった気がしてたから、二重の意味肩透かしだった


青条の蘭

ブナの木が石化する奇病が発生する

それを一生懸命救おうとするイチ小役人が主人公

どこの国の話かもわかんなくて、最後らへんで王宮名前出てきたけどそれでも王宮名前なんか覚えてなかったから調べたら雁だった

作中で新王即位っていってるのは今の延王が即位したってことだったのか

wikipedia時系列の項目にもまだ反映されてないんだな

どこの聖火リレーだよって感じのラスト24時間テレビ見てる気分になった

唐突にいろんな人間境遇と何かに突き動かされるところのスピード感はよかったけど、「青条の蘭」っていう短編として見ると、構成が粗いように感じて、雑だなあと思った

ラストの余韻のある終わり方はよかった

でもさすがに序盤から中盤が長過ぎ・だらだらgdgdしすぎだと思う

ディテールが細かすぎるわりに十二国記である必要性あんまりない話だから、ただの技術書読んでるような気分だった


風信

慶で前女王が女殺しまくったときの話

家族幼なじみもみんな殺された少女が、暦を作成する家にお世話になる

外は嵐(殺伐としてて女子供殺されまくってる)なのに、この家の中はみんなセミの抜け殻集めたり空眺めたり、浮世離れしたことばっかりやってると怒る少女の話

オチがあっさりしすぎてて「え?これで終わり?」ってなった

一応最後にひと波乱きたことはきたけど、それによって物語が大きく動くこともなく・・・

なんかgdgdのダラダラで終わった・・・

ディテールは細かったけど、結局十二国記である必要性の感じられない自然観察とか暦作りのウンチクっぽいのが文章の大半占めてたし





全体的に作者の興味の持ってることに十二国記エッセンスちょっとふりかけてみました程度で、

十二国記である必然性がないものばかりでがっかりした

まあ下々の者には、長編のようなドラマチックなことなんてそうそうないってことを伝えたいのかもしれんけど、それでもあんまりな気がした




さーてこれで長編短編全部読んだかな・・

あ、あと漂泊が残ってたか・・・

ざっと読んだだけだったからもっかい読むかな・・・

あと同人のやつも。

そこまで全部読んだら、ようやく今年でるであろう新作長編に備えができたと言えよう

2016-06-20

十二国記の今後の執筆予定

月刊ぱふ別冊 活字倶楽部Special 5」(1997年雑草社

著者がインタビューにおいて「十二国記の本編はあと二か三作くらい。外伝希望があれば書きます」と発言

ダ・ヴィンチ」(2003年7月号、メディアファクトリー

著者がインタビューにおいて「一連の事件についてはあと一作書けば決着する。」と発言

TOKYOPOPから英語版が発売された際のインタビュー記事2007年3月

今後も十二国記を書き続ける意思のあることを表明している。

十二国記新潮社公式サイト2014年12月

十二国記」新作の原稿は1000枚を超えています。そして、執筆はまだ続いております

十二国記新潮社公式サイト2015年12月

十二国記」新作は、とても長い物語になる予定です。2016年中の完成を目指し、着々とご執筆が進んでおります



wikipediaより

やっぱりこの世にはアカシックレコード必要

今日実家に帰ってきて、自分の部屋の隅にあったぬいぐるみを見てふと感じた。「怖い……」と。

ゲームセンターUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみを何体かつなげて、壁にぶら下げてあったのだ。

別にそのぬいぐるみの形相が恐ろしかったとか、そんなわけのわからないことをした自分が怖くなったとか、そういうわけではなかった。

そのぬいぐるみをつないで、壁にぶら下げた、その行為をした記憶はある。でも、そのとき自分が何を考えていたのか、どういう気持ちだったのか、それをしたあと自分が何をしたのか、まったく覚えていないのだ。

記憶が飛んでいたというわけでもない。単純に時の流れによって記憶から抜け落ちてしまっただけ。

でも、それが怖くなった。その時の自分気持ちを覚えていられるのは自分だけのはずなのに、その自分すら忘れてしまっているのだ。ほかの誰が知るはずもなく、つまり世界から完全に消え去ってしまったのだ。

この単純な事実が途方もなく怖くなった。時が経つにつれて確実に何かが失われていく。そしてそれは、長い宇宙時間の中で、数限りなく行われてきたであろう喪失いくら努力したところで、もう絶対に知ることはできない。

祖母が死んだときに感じた恐怖とまったく同じものだった。

祖母自分中学生とき、百歳の少し手前まで生き、そしてこの世の摂理に従って亡くなった。

それ自体は恐ろしいことでも、悲しいことでも何でもない。むしろよく長生きしたな、大往生だ、よかったよかった、ぐらいのものである

事実親族一同、悼むことはあっても、嘆き悲しむというようなことはなかった。

自分別に必要以上に悲しむことはなかった。だが、ふと彼女人生について考えたとき、途方もない恐怖を覚えてしまったのだ。

彼女の九十余年もの間、いろいろなことがあっただろう。大正に生まれ学校に行き、祖母を生み、戦争を生き延び、戦後経済成長経験し、ひ孫の顔まで見た。

他愛のないこともたくさんあったであろう。その時々で、彼女は何かを見て、感じて、そして思ったはずなのだ

しかし、それらを知ることはもう我々にはできない。数多の物語が、真実が、情報が、失われてしまったのだ。

それが、とても怖かった。

こういうことを音のない夜、ふと考えて眠れなくなることがよくある。

そういうとき、思うのだ。アカシックレコードさえあれば、と。この世のすべてを記憶していてくれる機械えこの世にあれば。

好奇心学問必要性を感じてのことではない。ただひたすら、情報喪失という恐怖から自分を守ってくれるものがほしい、そういう理由アカシックレコードがほしくなる。

今日はそういう夜だった。

みんなが一緒に創りあげる物語、それが増田

今日はなにする?

2016-06-19

幸福

自分幸福を分けるに「家族」、「趣味」、「社会的成功」の3つに分類できると思う。

趣味」は幅広く、自分自身快楽や欲求を満たすことである

自分にとっては今は物語に触れることや、

ソーシャルゲームリズムゲームPCを触ることも入る。


「家族」自分の両親、親類との関係自分の家庭を築くこと、友人関係も含まれる。

大切な人を見出し、その人と家庭を築き、子供をなすこと。

自分の周囲の人間幸福であることによる幸福である


社会的成功」は広く社会の中でどのような人間であるのかということである

簡単には出世であるかも知れないが、自分がやりたい仕事社会と関わることや、会社に関わることがあげられる。

自分が関心を持てるITの分野で、自分の出来る能力だと今は感じている経理能力を活かして、誇りの持てる仕事をすることである


これらの自分にとっての幸福はどれも重要である

一方で短い人生優先順位をつけることは必要である

またこれらの幸福定義は今はこれが幸福かもしれないが、今後変化していくかもしれない。

それで構わない。その時の自分目標を捉えて合わせていくしか無いのだから

しろ今のような若い時期はそのような価値観の変容が起きるような経験を積むべきなのかもしれない。


これらの幸福を実現していくために、何が必要になるのか、そのためにどういった行動を取っていくのか。

考えて実行していく。


これまでは優先順位付けを疑って、他を蔑ろにしているように感じて動けなかったけど、

それぞれの幸福独立しているようで関係しあっている部分があると感じることができた。

から一つづつ真剣に取り組んでいこう。

共産党政権を取れば経済問題は完全に消滅する

アンチ共産主義の連中はあらゆる経済問題共犯であり原因

肉屋と豚の例えでいえば共産党投票しない人間はすべて豚であり殺されても自業自得

こんなことはマルクス以来ずっと常識であり続けてきたのだが資本主義に脳髄をレイプされた彼らはアンチ共産主義叫び続ける

すぐれたエンタメはすべて共産主義であることからみても資本主義メリットなどない

例えばエヴァで全人類液状化し混ざり合うのは共産主義を讃える表現であることは有名

そもそも一般的物語構造というものが「資本主義により生じた問題共産主義により解決する」という形をとっているので共産主義はあらゆる問題解決策であり、このことから経済をよくしたいのに共産党投票しないというのは頭がおかし

月に吠えらんねえの5巻を読んだ。近代史を題材にした内容もさることながら、物語の運び方とか見せ方とかがすごく独特で唯一無二な漫画になっていると思った。

5巻を読んだってくらいだから1巻から買ってるんだけども、この漫画を五冊一気に読むのは今まで一度も試したことがない。ちょっとキドキするけど今度やってみよう。あたま変になりそうだけど。

この漫画、内容が掴みづらいってのもあるんだけど、何よりも悪夢のような場面転換がめまぐるしい。Amazonの1巻のレビューに悪酔いするって評価があるけどあながち間違いじゃないもの精神的にやられている時に読むと、ぐわんぐわんときて目が回るってしまうかもしれない。それももまた面白いかもしれないけど。

何なんだろうね、この漫画は。BLっぽい描写最初からあるし、4巻や5巻なんて更に踏み込んだエロスを描いてるんだけど、いつの間にか主人公は性転換しかけてるし、不意に不穏な雰囲気を醸しだしたかと思ったら銃で打たれて登場人物が目の前で殺されるし、町外れの大樹には降ろすことのできない正体不明な首吊死体があるし、そのどれもこれもが作品の本題と密接に関わっていそうだし。

それらひとつひとつ映画リングホラービデオみたいなザッピング具合で次から次へと現れるもんだからジェットコースターみたいというか薬でもやってトリップしているかのような感覚に陥ってしまう。画面の描き方がとても映像的なんだよね。おかげで一冊読み終わってからちょっと放心してしまった。すごいものを見た、って思わされてしまった。すごいものを読んだ、じゃなくてね。

とは言えこ作品は読めると間違いなく面白いに違いないから一度しっかり読みなおしてみよう。アニメになったらスタイリッシュ映像表現ができそうだと思う。なかなかできなさそうだけど。

2016-06-18

暴れろ!来るべきヒップホップのためのアジヒラ(キメたもん勝ちとしての、自由になりたい人のための)

ヒップホップラップがいま再び台頭しようとしている!!!!!!!!!!!!

火をつけたのは「フリースタイルダンジョン」のブレイクだろう!!!近年、フリスタ文化の静かな熱狂体感していた増田だったが、この番組のヒットによってフリスタ文化を知るようになった人が増えたように思う!!!!!

ここにネットラップの台頭を付け加えてもいいし、少し前になるが田我流などのスマッシュヒットを補足しておいても良い!!!いずれにせよ、様々な面でヒップホップが新たな流行を迎えようとしている!!!!!



こんなツッコミが聞こえてくる!フリースタイルとは下らないプロレスである!!!

大して嫌いでもない相手を無理矢理ディスり、色々あって最終的には和解へといたる!!!

これは「自己世界との間に見せかけの距離を設定した上で和解へと導くそからくり」ではないか!!!!!!!!!

あるいは、最近流行ヒップホップとは結局のところいわゆるマイルドヤンキー文化である!!!

地元との予定調和的な和解劇は退屈である!!!

あるいは、彼らが大事そうに提示するマリファナとは結局健康志向の裏返しに他ならない!!

果たして健康志向文化面白かったためしがあるだろうか?!?!?!?!?

あるいは、ツイッターアニメアイコンの連中を見れば分かるように、ヒップホップは彼らによって「再領土化」されてしまった!!!!!

無論そこから領土化のラインを見定めて言祝ぐことは可能だが、しかしいずれにせよつまらないものになってしまったと。!。!。!。!



これらの言説に頷く面はあるし、他方認識を正したい面もある!しかし、ここではその道をとらない!!!

YENTOWNというグループがある!!あえて詳しく説明しないほうが楽しいと思うので、いくつか動画を貼っておく!!!

https://www.youtube.com/watch?v=bQIPF2wwM34

https://www.youtube.com/watch?v=3TWgJFrhbw8




ご覧いただければ分かるように、「キメたもん勝ちの世界である!!!

この「キメる」は先ほど述べたように、最終的に健康志向に回収されるものではない!!!単にキメたくなったからキメるのだ(実際どうなのかは知らないが)!!!

あるいは、フリスタに見られる「対立和解構造であったり、地元志向であったり、女をはべらすなどといった紋切り型がここでは華麗に退けられている!!!!!!!!

人間、どうしようもなくメチャクチャなことがやりたくなったときメチャクチャやるのだ!!!!!(怒)そんな気分にさせられる!!!

予定調和的な物語うんざりしている人、退屈なコミュニケーションに飽き飽きしている人、そして何より、自由を強く求めている人にはこの音楽を強く勧めたい!!!!!!!!!

そろそろ、これを密かに言祝ぐ楽しみも消えていくのだろう!!!!!!

なぜなら、最低なネットの連中による再領土化は、おそらく今も水面下で進行しているだろうから!!!!!!!!!!!