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はてなキーワード: 人口とは

2016-05-27

運動したあとにスカッとしない話

みんな運動してストレス解消とかいうけど、自分小学校のころから運動しても全然気持ちよくなれなかった。

先日偶然目にしたブログで、先天的人口の3割弱は運動してもドーパミンが出ないか、出にくいんだってね。

逆をいえば、運動してドーパミンでる=気持よくなるのが多数派なんだから

酒と同じで、世の中スポーツ強要という名のハラスメントなくならないわけだよね。



Xevraのうそつき

2016-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20160526172000

もうSUICAが登場して15年も経っていても、

まだ一度もSUICAを使ったことのない人口の方が多いんだって

2016-05-25

同一人物認定いただいたとか臭っ。人口少ないのに自演やるとか臭いすぎる

http://anond.hatelabo.jp/20160525154746

???おれの記事へのトラバ、なにを煽られたのか今ひとつ俺の脳みそでは、今ひとつ理解できないけど、

遺伝的なレベルでのIQの高さだけでいえば、

中国のほうが人口の総量がでかいから太刀打ちできない局面はあると思うけど、

環境的な要因も含めて言えば、

分野によってはまだまだ日本のほうが学習環境研究環境とかが整備されてる分野はかなり多いから、

まだまだ日本にいて勝負になると思うけど??

 

何を煽あられたのかまったくわからなかったので、解説希望

俺は何を煽られたの?

医学部だったら似たようなことは山ほど言われてる

男漁り医学部来るんじゃねえとか、せっかくの医師免許を嫁入り道具にするのはどうなんだとか、

子持ちの女が楽なバイトばっかり確保して、他が割食ってるとか。

あと田舎医学部免許だけ取りに来て、卒後に出て行くのはけしからんってのも散々言われている。

鳥取島根みたいなクソ田舎医学部が、人口比に見合わない定員抱えてる時点でしょうがないと思うが)

これも正論でぶった切るなら、どれも「個人の自由」で片付く話だ。

しかし、彼らも彼らで自分の利害が絡んでて必死から、こういうことも言いたくなるのだろう。



自分の利害が直接絡まないかのんきなことが言えるんだろうなあ。

天下の増田も頭悪いトラバばかり目立つようになって落ちたなって思う、結局ここも人口が増えたことによるコミュニティの弱点が露呈したか、次のネットイナゴ移住先はどこになるんだろうな?

うんこ

2016-05-24

小島健一 神奈川県会議員 集会での「きちがい発言前後書き起こし

https://www.youtube.com/watch?v=cnwWteGBl0w より

沖縄県祖国復帰44周年記念

国連先住民族勧告撤回を実現させる国民の会」

設立決起大会

~届いていますか、沖縄の本当の声。~

における発言書き起こし。以下より。

(45秒あたりから

えーとご紹介頂きました神奈川県議会議員小島健一でございます。えー諸先輩を差し置きまして、先にご挨拶をさせて頂くご無礼をお許しいただきたいと思います

いまあのー地元の(聞き取れず)というお話がありましたが、ちょっと違いましてですね、えー私実は、あー神奈川・・・日本けんぽう連盟会長というのをやっております

日本けんぽう連盟という、まああの日本憲法ではありませんで、武術の方の拳法でございまして、そちらの会長でーえー、今日ですね、横浜の方で15周年パーティーがある。そこで私が居ないと話にならないということで、それが3時過ぎに始まるものですから、大変恐縮ですが、大変、後で失礼させて頂きます

えー、今回、この、おー集会に参加をさせていただき、また、あいさつをさせて頂くことを大変光栄に思って居ります

えーナカム代表とは、もう既に10年来の、友人でありまして、いろんな活動をともにしてきた、その歴史を振り返ると、本当に色々あったなあと思って居ります

4年ほど前、えー沖縄(聞き取れず)40周年のときにも、私もお招きを頂きまして、沖縄に行きまして、祖国復帰のパレードに参加を致しました。

あー沖縄の方と、そして全国から集まってきた同志が一緒に日本の旗を振りまして、宜野湾の町を歩いたということを、今も思い出しております。大変清々しい行進だったと思います

えーただ、翌日の新聞は、そのパレードよりも、基地反対のパレードを、が、扱っていたような、そんな記憶もございます

ただ、沖縄・・・神奈川県議会議員ですが・・・共通点ということをちょっと考えますと、やはり米軍基地が多くあるということかと思います

えー今、神奈川は、12米軍基地があります。 去年、上瀬谷通信施設返還されておりますが、えーそんな関係で、えーやはり、あんまり言うと差別と言われるかも知れませんけれど、えーまあ・・・えー沖縄には、沖縄琉球新報沖縄タイムズという、非常にこう、明らかにおかし新聞がございます

(会場笑)

えー(聞き取れず)つぶれろと言って非常に非難を浴びた有名な作家の方もおられましたけれど、これはほんと、つぶれた方が良いと思っておりますがー・・・えー

(会場拍手小島議員笑顔で頷く。)

神奈川にも、神奈川新聞という三琇左翼新聞がございまして、これと私、いま戦っているところでございます

そしてー、同様にですね、沖縄基地の周りには、基地反対だとか、オスプレイ反対だとか、もう毎日のようにですね、騒いでる人たちが居ます

えーこれはまあ基地の外に居る方ということで、「キチガイ」という・・・風に(拍手。聞き取れず)呼んでおりますけれども、えーこれはやはり、神奈川県も同様でございまして、大変苦慮しているところでございます

えー沖縄と、沖縄のこの先住民ですね。このあのー、国連のー裏でNGOが働いて、こんな勧告を出させてきたということ。多分、多くの国民の方はまだ知らないと思います

まそれをー、どんどん、どんどんですね、拡散していって、こんなバカげたことはないという、そういう空気を伝えるのが、我々地方議会地方議員の役目だと僕は思って居ります

今日後程ですね、私の先輩であります、こが東京都議、すずきまさと埼玉県から詳しくお話しされるかと思いますけれども、我々地方議会には、意見書を出す、そういうシステムがございます

これを国に出すわけでございます

それを国民意見だと、地元意見だということで出すのが、我々、ひとつ権利だという風に思っていいと思いますが、あります

この運動をやりましょうということを、後程説明があると思いますが、あーどんどんやっていきたいという風に思って居ります

えーありがとうございます

それで、えー憲法改正の方もですね、同様に意見書一杯出しております47都道府県で言いますと、37の議会がすでに出していたりします。

この意見書を、意味ないじゃないかという風に言ってるおかし憲法学者もいたりします。小林節というという方ですけれども、これ神奈川新聞に(聞き取れず)ておりました。

地方議会意見書なんて茶番だという風に書いておりましたが、とんでもない・・・我々が一番地元に密着しているわけでして、その人たちの意見を集約して・・・意見書出していくわけですから、これは少なからず国に影響を与えるものだと思って居ります

まあ拳法改正しかり、過去外国人参政権反対の問題においてもしかり、我々が、空気を作っていく、そういう役割をこれからもしっかりとやっていきたいと思っています

今日、後程、東京都埼玉県そして神奈川県人口を集めますと3千万人。日本人口の四分の一を占めます。まあだからという訳ではございませんけれども、今回、ナカム代表この3人を話すという、話させるという趣旨というのはですね、やはりこれを国民運動にしていってほしいという意向かと思います

しっかり、ナカム代表意向を受けまして、こんなバカげた勧告撤回をさせる。そして、これもー私どもの責任ですが、多くの地方議員にもこの事実を知らせるということ、これをしっかりとやらせて頂くということをお誓いいたしまして、甚だーえー短いー話でございますけれども、私の今回のあいさつとさせていただきます

皆さんがんばりましょう。

ここまで。

http://anond.hatelabo.jp/20160524105524

東京って大阪よりもよっぽど車内のトラブル多いよな~

大阪は汚い街は元々危険だし変な奴しかまらず閉じ込めができてるからいいけど

東京人口が多すぎてそのすみわけができてないように感じる

酔っ払い同士やいい年したサラリーマン同士の喧嘩をはじめてみたのも東京

2016-05-23

『レヴェナント』のテーマ考察

『レヴェナント』を観た。

監督の前作『バードマン』に比べて難解で、現段階ではテーマがさっぱり分からないのだが、主に海外サイト議論を参考に、テーマ考察をまとめておくことにした(これを踏まえてオーディオコメンタリーインタビューが出るのを待つことにする)。

そこで以下、結論難解な理由、様々な視点から問題提起、現段階で考えられるテーマ妄想)の順に書いていくことにする。

1. 結論(先出し、めんどくさい人はここだけ読めばOK)

考えながら書いたので、思ったより文章が長くなってしまった。結論を先に書いておく。

(1) 『レヴェナント』はどういう物語

『レヴェナント』をそのテーマに基づいて要約すると次のようになる。

主人公グラスは、その人生の全てであった息子ホークを殺されたことで、生きる意味を見失い、死亡する。 しかし、息子を愛する気持ちにより、死と再生を繰り返し、野生動物に生まれ変わってまで生き残り、宿敵フィッツジェラルドのもとにたどり着く。

最後の戦いではフィッツジェラルド瀕死の重傷を負わせた末、神の代行者リーによる神罰を引き寄せ、息子の敵を討つ。 息子を失い、復讐という目的も失ったグラスの精神崩壊し、(ブチャラティ的な意味で生き延びていた)肉体もついに死を遂げる。

(2) 『レヴェナント』のテーマは何か

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

2. 難解な理由

(1) 単純なテーマに落とし込みづらい

『レヴェナント』のストーリーを単純に言えば、「復讐心に捕らわれた男が、大自然の中で死闘を繰り広げるが、最終的に復讐をやめる話」である(図式的に表現すれば、『大いなる勇者』+『デルス・ウザーラである)。

このストーリーを見たとき、すぐ連想するテーマは、①復讐のむなしさであったり、②大自然と対比された文明批判である

しかし、①復讐のむなしさがテーマだと言い張ることには疑問が多い。というのも、(後述するように)復讐をやめた後の主人公の表情は発狂寸前のそれである復讐を完遂して破滅するか、中止して救われるかの方がテーマとしては明確なはずである)し、監督自身インタビュー復讐物語を描くこと自体には興味がないと答えているからだ。

さらに、②文明批判テーマだと言うのも苦しい。というのも、この映画には文明に対する疑問が提示されることがないからだ(『デルス・ウザーラ』のデルス、『大いなる勇者』のジョンソンのように、文明対立する人物が出てこない)。

ということで、『レヴェナント』は単純なテーマ理解することが困難である

(2) 解釈に影響を与えそうな要素が満載

『レヴェナント』は昔の映画からたくさん引用をしている上、宗教的意味ありげな要素がたくさん散りばめられている。さら監督過去作品との整合性まで考慮に入れるとすると、どの要素にどの程度力点を置いて物語解釈すれば良いのか分からないという問題があり、これがテーマ理解の妨げとなっている。

(3) 特にタルコフスキー引用が難解

(2)と関連するが、『レヴェナント』ではタルコフスキーの諸作品(『僕の村は戦場だった』、『鏡』、『ノスタルジア』、『アンドレイ・ルブリョフ』)から引用が多数なされている(これを分かりやすくまとめた動画がある:https://vimeo.com/153979733)。

しかタルコフスキー作品と言えば、それ自体が難解映画の筆頭である。そこから引用となると、どういう意図なのか(タルコフスキー意図をそのまま継いでいるのか、ただタルコフスキー表現が気に入ってやりたかっただけなのか)が皆目検討がつかないのだ。

3. 様々な視点から問題提起

そういうわけで、『レヴェナント』は難解な映画なのだが、海外ファンサイトでいくつか有力な問題提起がなされていたこから、これをいくつかまとめておく。

(1) [視点Ⅰ] イニャリトゥ監督過去作品から見る

ア. うまくいかない親子の関係

まず、イニャリトゥ監督過去作品では、「うまくいかない親子の関係」が描かれることが多い。

監督の前作『バードマン』では、監督そっくりの父親が、娘に全く愛されず尊敬もされていないことに気が付き、悩む様が描かれる。また、デビュー作『アモーレス・ペロス』では、マルクスそっくりの元反政府活動家が、活動のために家族を捨てたことで愛する娘と会えず、悲しむ様が描かれている。

これらの作品に比べ、『レヴェナント』は異質である。というのも、主人公グラス(ディカプリオ)と息子ホークの関係は互いに愛し合っているからだ。

この点をどう評価するのかがまず1つの問題である問題点α)。

イ. 死と再生

前作『バードマン』で、主人公は、演技に悩んだ末、舞台拳銃自殺をする場面で、拳銃実弾を込めて自分のこめかみに発射する。その死を賭した演技が絶大な評価を受け、主人公は自らの弱さの象徴であるバードマンを打ち倒すことに成功する。

こうした死と再生イメージは、映画でよく用いられるモチーフである(『鏡』、『8 1/2』など)が、『レヴェナント』ではこれが3回(数え方によっては2回とも4回とも)も行われる。

① 熊に襲われ瀕死となり、フィッツジェラルドに埋葬されるが、立ち上がる。② インディアンに追われ、川に流されるが、生還する。③ 崖から落下したのち、馬の中に隠れ、回復する。

ではそれぞれ、何に生まれ変わったのだろうか。前作『バードマン』で主人公は、拳銃自殺ギリギリのことをすることで、弱さ(バードマン)を克服した強い人間に生まれ変わった。では本作ではどうか。

これについて、海外サイト面白い考察があった。グラスは死と再生を繰り返すたびに、野生動物に生まれ変わっているというのである

(ア) 熊

まず最初にグラスは熊に生まれ変わっている。その表れとして、グラスは熊の毛皮を着て、首に熊の爪のネックレスをしている。さらに川で魚を手づかみにし(木彫りの熊)、それを生のまま食べている。

(イ) 狼

次にグラスは狼に生まれ変わっている。その表れとして、インディアンバッファローの肉をもらう際、四つんばいになって人間にへつらっている。そしてインディアンが肉を投げると、これを貪るように食っている。

(ウ) 馬

さらに、グラスは馬に生まれ変わっている。これは冷たい夜を生き抜くために、馬の死体の中に隠れ、後に這い出ていることから明らかである

(エ) 謎の肉食獣

最後の戦いにおいて、グラスは牙と爪で戦う肉食獣に生まれ変わっている。これは、銃を放棄し、斧(牙)とナイフ(爪)で戦っていることに表れている。

上記の見方はそれ自体面白い見方だと思うが、これによって何が言いたいのか、というのはまた1つの問題である問題点β)。

なお、グラスが当初の瀕死状態から山を走るところまで回復するのは、死と再生を何度も繰り返すからだという見方があった。

(2) [視点Ⅱ] タルコフスキー引用から見る

先に貼った動画https://vimeo.com/153979733から明らかなように、『レヴェナント』ではタルコフスキー作品から引用が非常に多い。

そのうちよく解釈に影響を与えそうなものとして挙げられるのは、「宙に浮く女性」、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」、「鳥」、「朽ち果て教会」、「隕石である

このうちここで取り上げたいのは、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」である。他の引用解説が面倒くさすぎるので各自ぐぐってほしい。

この表情の元ネタは、『僕の村は戦場だったである。この映画主人公イワンくんは、ソ連少年兵であるが、母と妹をナチスによって殺害されている。問題の表情は、そんなイワンくんがナチス相手戦闘を仕掛けるシミュレーションを1人でしていたときのものである

まり、この表情は、純粋で愛に満ち足りていた少年の心が、ナチスへの復讐心で歪み、壊れかかるときのものである

これをそのまま『レヴェナント』のグラスに類推するならば、グラスの心は最後の戦いの後、壊れかけていたことになる。

しかし、『僕の村は戦場だった』と違い、『レヴェナント』では復讐を止めた後にこの表情をしている。そのため、イワンくんの内心をそのままグラスに類推していいものか、グラスは最後にどういう心境だったのか、という問題が生じる(問題点γ)。

(3) [視点Ⅲ(おまけ)] 監督目標から見る

イニャリトゥ監督インタビューで、目指している映画として以下の5本を挙げている。

黒澤明デルス・ウザーラ』② コッポラ地獄の黙示録』③ タルコフスキーアンドレイ・ルブリョフ』④ ヘルツォークフィッツカラルド』⑤ ヘルツォークアギーレ/神の怒り』

共通点は、いずれも撮影に困難が伴った映画であるということである

①『デルス・ウザーラ』では秋の風景を撮るはずが雪が降ってしまったためソ連軍を動員して人口葉を木に付けた、②『地獄の黙示録』では台風でセットが全て崩壊した、③『アンドレイ・ルブリョフ』ではソ連当局検閲が通らず製作から公開までに10年以上の歳月を要した、④『フィッツカラルド』では実際に巨大蒸気船を滑車を使って山越えさせた、⑤『アギーレ/神の怒り』では撮影過酷から引き上げようとした俳優を銃で脅した、などなどの多数のエピソードがある。

そうすると、「テーマとかどうでもよくて、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃ・・・」という疑念が湧いてくるのである問題点δ)。

(4) [視点Ⅳ] 「復讐神の手にある」の意味から見る

これはグラスが途中で出会った一匹狼のインディアン言葉だが、意味は正直言ってよく分からない。

ただ、ラストシーンでグラスが復讐を委ねた相手インディアンリー誘拐されたポワカの父親である。このことから海外サイトの中には「リー神の手、すなわち、神の復讐の代行者である」との解釈が多く見られた。

(5) [視点Ⅴ] グラスの生きる意味から見る

イニャリトゥ監督作品テーマはいずれも生きる意味にまつわるものであるが、この点に関してグラスが2つの重要言葉を残している。

All I had was my boy... but he took him from me.“

「私にとって息子は全てだった。しかフィッツジェラルドは私から息子を奪った。」

“I ain't afraid to die anymore. I've done it already.”

「私はもう死ぬことを怖れていない。私は既に死んでいる。」

息子が全てだったという台詞は、グラスの生きる意味が息子にあったことを示している。そしてこれは、デビューから親子の関係を描き続けてきた監督自身言葉でもあるだろう。

息子がフィッツジェラルドによって殺害されたことで、グラスは生きる意味を失う。代わりに「復讐」という意味見出したかのようにも見えるが、それによって再生した姿は上述したように、野生動物の姿である

このことからすると、私は既に死んでいるという台詞は、「生きる意味を失ったことで、人としては既に死んだ」ということを意味するのではないだろうか。

(6) [視点Ⅵ] グラスは死んだのか論争から見る

海外サイト掲示板などで最も熱く議論されている論点は、グラスは死んだのか?という点である

これが問題となる理由は、①復讐モノの物語復讐者の死で終わる場合が多いということと、②戦いに勝利したとはいえグラスも致命傷を負っていること、③スタッフロールが始まってもグラスの吐息が聞こえること、といった事情があるからである

さら映画外の理由であるが、④前作『バードマン』においても主人公最後に死んだのか死んでいないのかで論争があったこともこの議論に影響を与えている。

死んだ説に立つ人は①②の事情を挙げ、死んでないよ説に立つ人は③④の事情を挙げている状況にある。

しかし、これもテーマとの関係で考える必要がある(問題点ε)。

4. 現段階で考えられるテーマ妄想

これらを踏まえて、現時点で筆者なりに『レヴェナント』のテーマについて考察してみたいと思う。

(1) 問題点α:監督過去作と違い、『レヴェナント』では親子(グラスとホーク)が愛し合っている。これにより、監督連続して掲げてきた「親子」というテーマ消失・変容したか

結論

① 『レヴェナント』においても主要テーマは「親子」である

「親子」というテーマは『レヴェナント』においても依然として維持されている。

その根拠は、(a)グラスの息子ホークというキャラクター史実存在していないのにわざわざ登場させたこと、(b)監督インタビューに対して、息子を登場させたのは親子関係を題材にすることで物語がより複雑で充実したものになると考えたからだと答えていること、(c)デビューから前作まで延々親子関係テーマにしてきた監督が、ここに来て生涯のテーマを捨てたとは考えにくいこと、である

② しかし、「親子」というテーマに対する切り口が、前作までとは違う。

前作までの切り口は、分かり合えない親子の問題をどう解決するか、というものであった。『レヴェナント』はそうではなく、子供を生きる意味としてきた親が、子を喪失したとき、どうなってしまうのか、という切り口で「親子」というテーマに迫っている。

その根拠は、(a)グラスが息子ホークが人生の全てであったと言及していること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(2) 問題点β:グラスは死と再生を繰り返す過程野生動物に生まれ変わっているが、これは何を表現しているのか。

結論:息子ホークを失ったことで、グラスが生きる意味喪失し、結果、人間としては死んだということを表現している。

その根拠は、(a)野生動物へと生まれ変わるタイミングが、息子ホークを失ったことをグラスが認識した時点からであること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(3) 問題点γ:ラストシーンでのグラスの表情の意味は何か。

結論:グラスの精神が壊れ(かかっ)ていることを意味している。

その根拠は、(a)元ネタである僕の村は戦場だった』のイワン少年がやはり精神が壊れかかったときにこの表情をしたということ、(b)息子ホークという生きる意味に加え、復讐という一応の生きる目的さえ失ったグラスには、これから生きる意味が何もないこと、である

(4) 問題点ε:グラスは死んだのか。

結論:グラスは死んでいる。

この問題は前作『バードマン』で同様の問題が争われたときと同様、作品テーマから考えなければならない。

前作『バードマン』で主人公の生死について争いになったとき、生きている説が有力となった理由は、作品テーマが「『中年危機』を迎え、娘ともうまくいっていない父親が、この先どう生きていけばいいのか」というものであったという点にある。つまり主人公が死んでしまうとこのテーマとの整合性が取れないのだ。

しかし『レヴェナント』では、主人公は既に自分は既に死んでいる旨を明言し、生きる意味を新たに獲得した様子も認められず、その心は壊れかけている。

ここから解釈が分かれるところだが、『レヴェナント』のテーマは「親が子をいかに愛しているか」という点にあるのではないか

グラスは本人が言うように、息子ホークの死亡を確認した時点で、死んでいた。それにもかかわらず死と再生を繰り返し、フィッツジェラルドのもとにたどり着いたのは息子を愛する精神の力(つまりジョジョ5部のブチャラティ的な意味で生きていただけ)によるものではなかったか

フィッツジェラルドを打ち倒し、インディアンリーによる神罰を引き寄せた時点で、彼の精神崩壊し、肉体的にも精神的にも死亡したのではないだろうか。

(5) 問題点δ(おまけ):監督は、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃないの?

結論:それはインタビュー見てるとそうかもしれない・・・。

5. 結論(再掲)

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

anond:20160523170231

野球人口と柔道人口犯罪者数をきっちり統計した上での話なら聞こう

まあ日本犯罪されても泣き寝入り強要されること多いから正確な数は出ないと思うけど

http://anond.hatelabo.jp/20160523150708

面白かったコミュニティ人口の増加でつまらなくなる

そんな分かりきった唯一性のかけらもない没個性的意見をどうもありがとう

何度書いてもトラバしてくれないしブクマしてくれない

http://anond.hatelabo.jp/20160523150152

面白かったコミュニティ人口の増加でつまらなくなる

それを何度も書いてるのに同意もしなければトラバブクマもなく

こうやって思い出したかのように今の増田はクソだと突発的に書き込まれ

要するにお前みたいな雑魚が増えたのが増田がつまらなくなった原因であり証左という結論で締める

2016-05-22

北欧を推す人間が好きではない

今週は大学グループワークやら授業日が多かったりと酷く忙しかったので、ウェブに触れる時間がいつもより少なかった。

アイドルが刺されただとかどうでもいいニュースを見なくて済んだのは良かった。

ウェブを控えるメリットは他にもあって社会学芸人ズートピアを素晴らしいとか言う人間北欧を推す人間に苛立たなくて良いというのがある。

以前受けていた授業であるジェンダー論の講師社会学芸人に近いものがあって、北欧やらフランスやらを推しまくっていた。

低成長でも、高福祉女性優遇されていてワークライフバランスが取れている云々と。

しかし、北欧やらは女性優遇が凄まじく容姿が醜い自分のような人間は割を食わされる制度設計になっている。

こちらとしては堪ったものではない。

フランス作家ミシェルウェルベック容姿が醜い人間ヨーロッパでは如何に悲惨であるかというのを書いている。

最終的には、フランス現代フェミニズムやら諸々に疲れ果ててイスラム教国家になる可能性も否定出来ないなどと言い出している。

北欧ワークライフバランスが取れている云々と推す人間は、人口が少ないということとノルウェーでは石油が湧くことに触れているのだろうか。

石油で儲けた金で、年金基金として世界中株式投資をして運用益を生み出している。

ノルウェー低賃金、過重労働に加担している日本アメリカやらの会社株式を所有しているのだ。

そして、過重労働やらで生み出された配当を得て国民福祉に回される。

結局のところ、過重労働低賃金労働を誰かに押し付けることによって高福祉やらが実現しているのだから笑ってしまう。

保育園に我が子を入れることができない高収入保護すべきで、容姿が醜い人間自己責任にする選別が好きな人たちは北欧が好きなのかもしれない。

容姿が醜い男である自分には日本の方がマシである

自分容姿がマトモでセックスやらに困らない、散々な目に遭っていない人間なら北欧がどうのなどと言うこともない。

こんな下らない話をしないで、セックスしている。

持病で低身長だし、ドロドロな皮膚やらになるわで最悪である

ネットをやらなくとも、持病の関係で出来るか出来ないか良くなるか分からない整形に期待するのだ。

2016-05-20

世の中ヤリマンヤリチンが幅を利かせてる

少子化問題人口膾炙した当たりからさ、何か世の中の風向きが変わったよな。

昔だったらヤリマンヤリチンって明らかに蔑称だったに、

最近はそういう人種が「コミュニケーション強者」としてむしろ賞賛されている気がする。



確かに少子化解決するには、異性をピックアップしてセックスすることが必要条件から

そういう能力が高いことが賞賛される空気はわからなくもないけど、

鳥取自治体みたいに歌舞伎町の人気ホスト講師として婚活教室を開くとかはさすがに行き過ぎだと思う。

そもそも、そのホストは(女性経験豊富だとして)結婚してないだろ、っていう。



中高生ですらTwitterエロメンみたいな連中の垢を興味本位フォローして

女の子エロに興味あってちょっと変態がいい」みたいな与太話を真に受けて、深く内面化してしまっている。

一昔前で言えば白い目で見られるような生き方が「真面目」「ちゃんとしてる」みたいな感覚で生きてる。



仕事柄、大学生交流する機会が多いんだけど、ちょっと仲良くなるとビックリするくらい

明け透けにエロに関する話題を振ってくる女の子が多くて少し引いてる。

よく考えれば、トイアンナみたいに「お前が結婚できないのは自分から男を誘わないからだ」みたいな発言結構支持されてるし、

一昔前なら好評価が得られないような行為がかえって推奨すらされてる。男のナンパも同じ。今やナンパ自己啓発ジャンルだ。




まとめると、エロ自己啓発的になっているというか、ある意味意識高い系ジャンル化してきて

エロ話に引いてるような人間は将来の少子化助長してしまうようなダメ人間だ」みたいな空気すら醸成されている感覚

東大生HIS騒動にも見られるように、国内トップノッチ学生ですら「女を売る」みたいなことに抵抗がなくなってきているし、

その下の層にしてみれば、地下アイドルのみならず、水商売とか風俗みたいので稼ぐのすらむしろカッコイイってくらいの価値観も見受けられるし、

一億総淫乱化が進んでるっていうと言い過ぎだけど、現代日本が性規範の激変期を迎えてるってのは間違いないよね。



で、ぶっちゃけ、オッサンはついていけないッス。シラフエロトークできません(汗)

人類増田計画

日本場合苗字の種類は、世代が進むごとに減っていくため、人口が変わらないまま、無限年経ったとすると、全日本人の苗字が必ず統一される。その時、全員の苗字増田になる確率を求めよ。

みんなで始めよう

地球人口を減らす努力

2016-05-19

結婚していないといけないのか?

ハローワークの紹介で、片田舎企業面接を受けに行った。

名前住所の確認。それを全て明るい声で返答していく。

そして年齢の確認……。

「えー32歳で独身もしかして親と同居??」

はい。」

「んじゃあさぁ、朝ご飯もお母さんが作ったりしてんの??」

はい。ですが、私も作ることが多く……」

「あのさぁ?嘘はいけないよ?本当は全部親任せなんでしょ?」

最近テレビ放送してたよー?あんたみたいな独身無職実家暮らし男性がダラダラ暮らしてんの」

「………それは、また違う人の話では?」

「いやいや、でもさー一緒じゃん?働いてないし、親と同居でwww」

「それ、今話す内容ですか?関係ない話題ですよね??」

「何?面接を受けに来たんでしょ?だったら最後まで話は聞こうよ」

「………」

「今って少子化少子化言われてるよね?結婚しないとさァ、ダメだよ。それで子供を産まなきゃ!」

あんたみたいな独身男性が多いと人口が減って日本が滅びちゃうの?分かるよね??」

「さっきから関係ない話ばっかりですよね?しかも、私の尊厳を傷つけて!もうイイです!帰ります!!」

「おい!ちょっと待て!!」


バタンッ!!!


こんなやり取りが本日ありました。

中年独身だとこういう扱いを受けるんですね。心が痛みました。

なぜのか?|なぜ面白かったコミュニティグループ時間と共につまらなくなっていくのか?|なぜのか?

面白いことをしても許される場所がある、発見される

面白いことをしたい人が自然に集まる

面白いことをする

盛り上がる

露出が増えて「面白そうだと思う人」が流入する

面白そうだと思う人」は「面白い人」ではなく、基本的に「面白くない」

重要

面白そうだと思う人は「面白いことをしたいから集まった」のではなく、「楽しませてほしい」から集まった客根性の集まり

重要

面白い人よりも面白くない人のほうが圧倒的に人口が多いので利用者が増えると面白い比率は下がる。

面白くない人が面白くないことをする

面白くない人のセンス面白くないのに面白くない人同士で盛り上がる

ネタが凡人しか喜びそうにない定型化・テンプレ化して新しいネタは許容されなくなる、冒険できなくなる

面白かった人が出ていく

面白ない人だけが残る

面白いことをしたい人が参加しなくなる

ま○だ(←ここに好きな面白くなくなったコミュニティを当てはめよう!)

 

※総括

面白さを保つためにはエリートによる先鋭化が必要なのであって利用者の総数ではない。

ルールを作らずに利用者を増加させた先には多数派による凡庸しかありえない。

そこに最初にあった固有価値は既になく、ただ面白かった名残しか残らない。

しかし、面白いことをしたいが空回りしている人種たちの閉じ込めにはある程度、成功を修めるため、

マジョリティ市民に対する参加型優良コンテンツの敗北というのは、一概に無益とは言えない。

2016-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20160518063437

州として併合されちゃう人口言語とか色々問題ちゃうから植民地化がいいな。

日本なんて国はそうしてなくなったほうがいい。アメリカ奴隷になりたいネトウヨも、日本世界迷惑をかける国であることを自覚している正しき日本人もみんなが望んだ結末だと思うね。

2016-05-17

地方東京と俺

「都会人気質人間が全員都会に行ったら、非都会には非都会人気質人間しかいなくなるじゃん」というトートロジー的な思いを昔から持っている。これは、東京に行きたいのに行く根性のない自分に対する肯定から来る思いだろうか。それともこの戯れ言自体が、丸の内のシュッとした金融っぽい会社に颯爽と通勤する平行世界自分妄想なのだろうか。



四国某市で生まれ育ち、大学関西某市で暮らした。地元でも下宿先でも、味わったのは「アーケード商店街」の衰退だった。実家の近所には人口の割には人通りの多い(多かった)商店街があった。家族でよく行った「おたこう」の親父は連帯保証人になって知り合いの借金抱えてどこかで死んでしまったという噂を最近聞いた。下宿から原付きで川を渡って行った。たまに競輪も寄った。大学の居心地が悪かった俺は、好きだったアーケード雰囲気を味わいに、もしくは学生ほとんど見かけない空間でうろうろしたかったのか、その心境は定かではないがあの界隈をさまよった。人もまばらな、昔からやっていた百貨店がつぶれた。



隣の隣街のイオンに行く人間が多かった当時、俺は相当変わり者だったと思う。その頃から喫茶店銭湯巡り・レコードあさりサブカル漫画などに目覚めた。両親が無職だったため当時貧乏学生だった俺は、少年ナイフの某曲冒頭のメロディがかかる場所に行く交通費さえ惜しく、部活等の予定がなければ大抵は「市内」に出掛けていた。これを4年続けていたため、次第に都会を受け付けない体になっていった。



就活を期に坂の上に引っ越した。原宿がなくなったのでタワレコがなくなって大ショック。その時点で駄目すぎ。それでもDUKEにはよく通ったが。東亜も潰れた。街はシャッターだらけになった。年末年始くらいしか人が多くない。隣町のショッピングモールに行く奴ばかり。仕事もつまらん。彼女とも別れた。街でもモールでも小中高の知った顔に会う率が高すぎる。給料も安すぎる。なんか街も嫌いになるし文体適当になる。あの商店街にあったレコード屋って引っ越してクソになったよな~。そういえば原宿の跡地に明屋はいってたな。なんか、東京っぽい感じの。おしゃれ文具とかおしゃれカフェとかあるの。フーンって感じだった。



親戚の親戚の知り合いぐらいの人が会社をやっていて結構稼げるとのことだったので引っ越してまで転職したのに稼げなくて色々騙されたけどまた別の会社転職して、ここはある種の東京かと思ったが俺の幻想だった。もう出たほうがいいと思う。ここは京都バッタモンだ。ハリボテのような風景だ。あの美術館のおかげで戦火を逃れたという噂もあるが。引っ越し最初は新鮮だったがもう飽きた。ただ東京っぽさを出そうとしてる店も出てきた。東京東京しかないのにねえ。田舎者の考える東京という感じか。バーも、そういう感じの店が多い。



安定収入を得たのと出張で年に何回も東京に行くが、行く毎に魅力が増していく。大阪もそう。そもそも自動車社会って自体ダサいセンスない。サブカル知らない。馬鹿ドキュンが多い。皆程度が低い。一人で飲む奴・一人で外出する奴をバカにする・変人扱いする。俺はそういう事は絶対にしないぜ。車も持っているが、ほとんど使わないぜ。大体さあ、「車持ってないと生活できない」って、俺の地元の兵藤くん家族全員チャリで揃ってどこにでも行って「生活してた」けど、あいつらは「生活出来てない」の?違うだろ。単にみじめなだけだろ。もっと物理的な「クソ山奥」とかの話ではないのか。程度問題だろ。それが加速したせいでイオンばっか儲かりやがって。イオンが一番栄えてる地方都市って観光に行った時にイオンが一番なせいでそこ独自喫茶店とか洋食屋とか飲み屋とかその他ILLな店が全部潰れた後なんだよな。俺みたいに商店街自体が好きな旅行好きにとっては不遇の時代で、イオン肯定化する奴は全員敵ぐらいに思っているし最初に書きたかった事も忘れた。遊びに来る友達は皆いい街に住んでいると皮肉か何か分からないが褒めてくれる。地元の奴はこの辺には来ない。車が混むし来ても駐車場が高いから。金曜は職質されそうでヒヤヒヤしたが大丈夫だった。どの店に行ってもその話題でもちきりだった。居心地は正直いい。あと案外よそ者扱いされないというか。俺が鈍感だからかもしれんが。余談だがあの地区のはずれに、タランティーノ映画と同じ名前居酒屋があっておすすめ。あと林源十郎商店は文具好きにおすすめですねえ。あとオレ文具大好きなのでうさぎやのあるこの県は最高だなあと時々思う。長い。どうせ誰も読まないから俺の日記みたいなものか。



はてなのやりすぎで、東京絶対的な正しさに洗脳されてる気がする。シュッとしたITベンチャーでジットハブとかを使わないと死ぬ気がする。東京教、略して「東教」みたいな宗教ないのか?入信したい。ムスリムみたく一日何回か東京タワーのある方角に敬礼的なことをする地方民。そういえばこくまろ潰れたらしいな。バラも火事になって移転したらしい。南海湯も閉湯になって取り壊されたらしい。あそこ築100年くらいだったと思うんだけど。紀和温泉もよく行ったなあ。関係ないけど、あの辺って遊郭っぽい所ないか



7月から吉祥寺引っ越します。今週末に物件を探しに行く予定です。

[] 宇多津町

宇多津町(うたづちょう)は、香川県の町。

人口密度人口増加率、共に香川県内の自治体で最も高い。

町名の由来は旧郡の鵜足(うた)郡の津という事であり、古くは鵜足津とも表記された。

人口 19,012人

  

坂出市宇多津町にまたがる番の州臨海工業団地(ばんのすりんかいこうぎょうだんち)は、瀬戸内工業地域の一翼を担うと同時に

香川県における重工業の中核でもある。

宇多津町側にYKK AP拠点を構える。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%A4%9A%E6%B4%A5%E7%94%BA

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%AA%E3%81%AE%E5%B7%9E%E8%87%A8%E6%B5%B7%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E5%9B%A3%E5%9C%B0

2016-05-16

異性愛優遇されてるみたいな言い方はムカつく

同性結婚を巡る議論で、異性愛は認めているのに、なぜ同性愛は認めないのか、という意見があるが、

対立軸異性愛vs同性愛じゃないだろと言いたい。

異性愛だって、ただの恋愛であるうちは、別に優遇されない。

適齢期の男女が交際して、お互いの親に挨拶して、婚姻届を出して、初めて法律婚として優遇される。

最近じゃ、そこまで行き着く恋愛の方が珍しいぐらいだ。

そして、全ての異性愛優遇されるとは限らない。ポリガミーというのがあるらしいが、

これは日本法律だと優遇対象から外れている。

また、今でも妾を囲ってる人間というのもいるんだろうが、やはり扱いは原則としてアウトローである



全ての愛が愛というだけで優遇されているわけではない。まずこの前提が忘れられているように思う。

今の結婚制度人口再生産に軸足が置かれているから、そこに寄与しないもの排除されている。

同性愛が悪いんじゃない。同性愛だろうが異性愛だろうが平等価値がないのだ。

から、そこをすっ飛ばして、とりあえず同性結婚だけ優遇対象に入れろというのはダメだ。

同性愛以外の愛のカタチも、同時に全部認めてやらなきゃ筋が通らない。



まあ、結婚やそれに類するパートナーシップを認めるとこまではいい。差別も減るだろう。

けど諸々のお手当てまでよこせやっていうとこまで行くと、さすがにちょっと図々しいんじゃないか

結婚式は金落とすんなら好きにすりゃいい。部屋が借りられる方がいいし、病室にも入れる方がいい。

私企業アピール目的で祝い金だの何だの出すのも、どうぞおやんなさいと思う。

ただ、それらと公に経済的メリットを与えるのとでは次元が違う。



しかし、こういうのを公の場で言うと叩かれるから何も言えないとなると、もうファシズムだよなあ。

2016-05-15

なぜ女性向け同人誌男性向け同人誌では圧力負荷が異なるのか

同人やめました - おとなになりたくなかった


要するに、オナニーのあり方の違う。


男性向け同人誌は最悪書き手自身がシコれればあとはどうでもいい。賢者モード爆睡しておけば満足だ。

しか女性向け同人誌は前提として(感情としての)「共感」と(行動としての)「共有」が求められる。

女性向け同人誌という戦場には、コミュニケーション強制ビルドインされている。

そしてコミュニケーション強制は太古の昔から存在した。

リンク先の主が回顧する「古き良き時代」のサークルのあり方についての記述を注意深く読めばそのことがわかっていただけると思う。


ただ昔は共有手段限定されていた。腐女子同士がコミュニケーションを取れる場はマーケットしかなかった。

あらゆる情報オープンだった。

ところが、インターネットの普及で状況は一変する。

マーケットや紙媒体以外で「共有」の場が無数に開拓された。


腐女子の行動原理は「共感」の最大化だ。

共感」を増やすためには「共有」の場を増やすに限る。

SNSというサービスはまさに共感エネルギーを最大限効率的に生み出すための原発のようなものだった。

腐女子インターネットの各所に共感原発を立てまくった。

ところが、核施設運用は核燃料廃棄物を伴う。腐女子にとっての核廃棄物に当たるのが、リンク先のブログで列挙されていたコミュニケーション地獄である


そもそもSNS共感や共有を増殖させる方向で発達してきた。

それがインターネットのあらゆる場所戦場に変えた。

他人を褒めるために生み出されたはずのSNS評価機能戦場では武器となる。

インターネット人口の増加にともない、頭のおかしい人や悪意を持った人間も増えた。

そうしたゲリラが各地で評価機能悪用してテロを起こす。

その代表pixivの点数制だ。

男性向け同人作家にとっては「点数=俺TUEEEの値」でしかないが、腐女子にとっては「誰かの意思表示」、つまりコミュニケーションの道具だ。

善良なもの同士であれば良い互助会の肴だが、テロリストが用いるとなると凶悪兵器と化す。

ブログ主も、その「汚い兵器」に打ちのめされた一人なのだろう。


我々のインターネットは今や20世紀の頃とは違う戦争を戦っている。

どこに敵がいるのかわからない。誰が味方なのかわからない。

にこやかに握手を求める手を差し出してきた人間自爆テロ犯なのかもしれない。

もはや我々に安眠は訪れない。

共有と共感の交換あるところすべて戦場なのであり、そして今やインターネット共感や共有のない場所など存在しないのだから

2016-05-14

はてなだけ元気がないのかと思っていたら

はてなブログが開設されてからも昔のような言い合いは以前より減ったように思える。

増田人口もそうだ。だけどいざ蓋を開けて以前利用していたサイトを訪れてみるとこれが超絶過疎。

2chどころじゃない。mixiは当然のことながら数年前は注目されていたTumblerもたいして人がいない(観測範囲)。

もうTwitter一強。人がいても猛烈な数争いやPV争いやてるところが減ってきている。慣れ合いコミュですら壊滅状態

はてな最後砂漠オアシスかもしれんぞ。もっとオアシスの水は汚染水だが。

「8割は間違える」「解けたらIQ150」「全人口の6%!」

こういう類の記事なんなんだろう。一定PVが稼げるから定期的に出回るんだろうなあ。これで自尊心が満たされちゃうひとIQ低そう。