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はてなキーワード: 価値観とは

2016-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20161210025914

同性愛概念としていけないことだ、罪悪だというわけではない。

ただ少数派であること、弱い集団であるということは、攻撃される理由になる。



人間自分と違う相手不快に思ってしまう。

異文化異民族家族以外、身内以外、そういうのは敵になるリスクが高い存在から自然不安不快に感じる。

そして自分と違う価値観相手に対しても不安をかき立てられ不快になるもの

それでも個々人が少しずつ違っているジャンル(たとえば一人一人違う命を持っている、などだ)においては、全ての個人と全ての個人が互いに不快に思いつつも、結果としてバランスが取れてどこかに攻撃は偏らない。

たとえるなら、ビンの中に空気を入れて栓をした時、分子が一つ一つは内側からビンの壁に衝突を繰り返しているが、てんでばらばらの方向に突撃し合ってるから結果としてビンを動かすことはないようなものだ。

でも、民族とかセクシャリティとかみたいに、A集団とB集団などと認識やすジャンルで違いがある場合、A集団からはB集団への方向へ、B集団からはA集団への方向へ突撃の方向がそろってしまう。

それでもAとBの間にパワーバランスが取れていれば拮抗して攻撃が弱まることもある(泥沼の消耗戦になることもある)が、同性愛者と異性愛者の間には、マイノリティマジョリティという数の差が歴然とある

そして数差というのがパワー差である以上、弱い側がどんどん攻撃されるのはどうしようもない。

長ったらしく書いたけど要は、中学生が斜に構えて言うような「所詮この世は弱肉強食」ってのが、現代においても今なお根本原理だってこと。

マイノリティはいくら理想を語ったところで弱いまんまじゃマジョリティ迫害されるんだよ。

それが嫌なら仲間を増やしてマジョリティマイノリティを逆転させるか、頭数以外の武力とか経済力とか政治力みたいなパワーを持つっきゃない。

社会が何かの分野で昔よりも寛容になってると思うなら、それはその分野でかつて弱者だった層の人数が増えたか、力を持ってあん弱者じゃなくなって、対立側にいうこと聞かせられるようになったってだけ。

そんなん一般個人が何とかしようとしたって実現は大変難しいし、マイノリティ弱者になったらもうこの世は地獄ってことになるじゃないかと怒りたくなるかもしれんが、そうなんだよなあ地獄なんだよなあ。

はぁー生きるの辛い

http://anond.hatelabo.jp/20161209213025

ユーリオンアイスが、少なからイデオロギー的色彩があるっつうか、つまりBLなにが悪いねん、同性愛なにが悪いねん、みんな同じ愛だ!」というメッセージ性が高い作品だとしたうえで以下を書くんですけど。




一般論として、消費者にせよ作り手にせよ、BL萌え百合萌えイデオロギー的だかポリコレ的だか思想的だかな正当性を持たせようとすると、LGBT地位向上論に繋がりやすく、その論を更に磨いていくとジェンダーフリージェンダーレスにまで至ると思うんすよね。

その思想に集うからには、自分ジェンダーフリー賛同しているというスタンスになる。

しかジェンダーフリー論陣で生きるには、己がバイセクシャルアセクシャルパンセクシャルあたりの、性的対象萌え対象相手性別関係ないですって人間じゃないと居心地が悪い。

だって、好む対象男性女性どっちかに限られていたら、「お前、ジェンダーフリーを掲げてるくせに、相手の性にこだわって扱いかえてるじゃん」というツッコミが、他人から自分からも出てくるから



でも、そんなこと言ったって両性愛者にはなれないんすけどって人が多かろう。

「男同士の恋愛にとりわけ萌えるから腐女子なんですよ、なのにNLや百合にも公平に萌えるのがイデオロギー的に正しいと言われても困りますよ」って人が多かろう。

自分萌え正当化して心を安定させたかったはずなのに、理屈を詰めていくうちに、かえって己の正しくなさが明確になってしまう。



BL萌え百合萌えイデオロギーを纏おうとすると、しばしばそういう問題にぶち当たる。

BL萌えだけでなく同性愛全般萌え守備範囲を拡大しなければ、セクマイ全般萌え守備範囲を拡大しなければ、マイノリティでもメジャーでもあらゆる姿への萌えまで守備範囲を拡大しなければ、理論武装に穴が生まれしまう。

でも守備範囲を拡大するのは苦痛

困ったもんですね。




んで、ユーリなんすけど。

アレは腐女子BLといったカテゴライズ破壊しにきていて

というのはつまり上で書いたようなことで、ユーリメッセージ性の強さは、BLへの肯定だけでなくジェンダーフリーの推進にまで至っているんじゃないでしょうか。

男同士で恋愛したっていいじゃん、にとどまらず、性別なんかにこだわる必要ないじゃん、というメッセージが発されている。(と、受け取る人もいる)

けど、BLめっちゃ見たいから男同士の恋愛したっていいじゃんて話には賛成するけど、他のどんな恋愛でも残さず食えと言われても困る、性別にこだわらずにはいられない、っつー腐はいて、それが

今までの価値観が壊される危機感を感じてる

その他「腐狙い」アニメにおける「過剰な妄想の種まき」とは異なり、このアニメで2人の関係肯定されるべき清らかなものとして直接的に言及された。2人の関係がなにかしらの愛でありながら、本人も周りも性別を気にかけることなく「人によってはこんな人生もある」と認められてしまったら、そして、それを「特になんの注意書きもする必要のないもの」とされてしまったら、そこに男女か男性同士か女性同士かという境目がないとするならば。

男性同士にこだわる腐女子否定することになるのではないか

という抵抗感や居心地の悪さを生んでるんじゃないかなーと思う。




まあ自分腐女子じゃなくて百合豚の男だから全然ピントが合ってないこと書いちゃったかもしれん。






追伸

ジェンダーフリージェンダーレスは違う。ジェンダーレスならすべての性別を愛することを強制してくるだろうが、ジェンダーフリーはどんな恋愛でも肯定するだけで異性愛同性愛が偏っていると否定するわけじゃない。ユーリジェンダーフリー世界ではあってもジェンダーレスではない」

みたいな指摘もありそうだけど、たとえジェンダーフリージェンダーレス区別するとしても、異性愛者は既存体制との対立要素が少ないことにより、イデオロギー闘争において自分ジェンダーフリー陣営への貢献度が低い気がして居心地が悪くなりやすいだろうからあんまり話は変わりません。

主観的な居心地や抵抗感の問題なので。

現実ありのままを認められない日本人の異常性(精神疾患性)

噂に聞いたのだけれど、ある芸能人セクシュアリティがどうこうってことで騒がれているそうですね。

結論から言って、セクシュアリティの相異(多様性)を認められない日本社会の方が異常です。

セクシュアリティということ自体がそもそもきわめてプライベートことなのに、それが勝手暴露されていじくり回される人々って、気色悪いし危険です。

ただでさえ、シスヘテロでない(ヘテロセクシュアルでなかったり、トランスジェンダーであったりする)ってことだけでも、あれやこれやと言われたり、興味本位ネタにされたりする社会です。しかも近年は、少子化問題とか言って、結婚しろ子供産めっていう、儒教的教義道徳)を押し付け社会的圧力があって、たかホモセクシュアルでさえも狩られそうな雰囲気です(一種ヘイトです)。公言する(いわゆる「カミングアウト」)ってだけでも、人生や命が懸かるんです。

たとえ公言せずに隠していたとしても噂が流れて社会生活に悪影響が出ます。実際にはシスヘテロの人でも虚偽の噂が流れて社会生活に影響が出ることがあり、「自分シスヘテロだ」って言って噂を否定することになるでしょうが、それは結果的には世のシスヘテロでない人に対する否定的価値観を表明する効果が出てしまますヘイト片棒をかつぐことになります)。

私は生まれつき染色体異常で、幼い頃から今までもずっと、周りの人々から酷い扱いを受けてきました。皆、私に対してだけ態度が変わり、職業柄で私に接さないといけない人(店員とか教諭とか医者とか公務員とか)でさえも嫌々やっていることが露骨です。陰口叩かれたりありもしない噂を流されたりするのはいものことで、勝手ホモセクシュアルだという虚偽の噂が流されていました。面と向かって罵詈雑言を浴びせられもしてきたし、殴る蹴るや盗むや壊すといったことは学校ではしょっちゅうやられていました。私からすると、不条理です。なんで私ばっかり迫害を受けるのか。

人間というのにはどうにも、現実自分にとって都合が悪かったり好きでなかったりすると、認めたがらない性向がありますね。例えば「正常性バイアス」というのもそうでしょう。

例えば、自分の中にも若干はあるゲイ性向が怖いから、嫌だからゲイ嫌悪する男がいるのでしょう。自分のことを褒めてくれない(承認欲求を満たしてくれない)からゲイ嫌悪する女がいるのでしょう。レズビアンヘイトされるのも同様ですし、そのほか多彩に実在するセクシュアリティについてここではいちいち言及しませんが。

例えば、現実には醜いから、「美しい国」って言うんでしょ。弱いから「強い」って言うんでしょ。どこぞの首相とか大統領とかも現実を認める能力を欠いているわけでしょうし、現実を認めたくない人々の心情を利用して権力を獲ったんでしょうね。だからきっと、世の中は良くなるどころか、更に悪化していくのでしょうね。自分さえ良ければいいんでしょうし、自国さえ良ければいいんでしょ。けどおそらく、一過性の愉快しか得られず、将来へのツケを増やしていくばかりになると思いますね。

今の人々は、現実を認められないし、現実を観る能力すら欠いてきています。周りの人が言うこと、マスコミが言うこと、SNSとかで流れていることが、現実とすりかわって認識されています自分自身の眼や脳で見なくなり、自分の脳で感じたり考えたりすることを放棄するようになってきています。こうした異常性について自覚がないから、ものごとはよくなるどころか悪化していく一方なのでしょうね。

2016-12-10

キュレーションメディア問題本質価値観の貧しさである

若い人は知らないかもしれないが、一昔前は「金の亡者」という言葉を耳にする機会が少なくなかった。

「世の中は金だけじゃない」「金儲けばかり考えている奴はクズだ」という価値観が、

たとえそれが建前だとしても喧伝されていた。

つの間にか、そんなことはすっかりなくなった。

金儲けは正義であり、金を持っている奴が偉いということになった。

これは明らかに失われた二十年と関係がある。

まり日本全体が貧しくなっていったことが、金儲けを批判する力を失わせたのだ。

だって金が欲しいという現実理想が敗北したのだ。

今回のキュレーションメディアの問題にしても、ブラック企業問題にしても、

結局のところは貧相な価値観に起因している。

金儲けのためなら何をやってもいい。人を死に追いやってもいい。

自分さえ豊かになれば幸せだ。俺は嫌な思いしてないから。

そういった価値観を打破することは容易ではない。

キュレーションメディアを潰したぐらいでいい気になっていてはいけないということだ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/altavista.hateblo.jp/entry/2016/12/10/003830

だが、仮に Hearthstone をパクろうとしたと言うスタートラインで Shadowverse が企画されたものであったとしても、自分はそこにはオリジナルと言うのに十分なアイデアグラフィックプログラム存在すると考えるので、少なくともゲームについてはこれ以上ヨッピー価値観を受け入れることはない。

こいつこそ創作を舐めてんじゃねーのか

オリジナルを考え付くことがどれほどたいへんなもの全然わかってないだろ

アレンジに要する労力なんてオリジナルを生み出すことに比べれば屁のようなものなのに



高遠るいという漫画家はよく自分漫画の(一部分の)ネタをどこからパクったと紹介していたが、言われてもわかんねーよというレベルアレンジされているものほとんどだ

創作に携わるならそのレベルパクリ認定基準を厳しくしてほしいもんだな

2016-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20161209024419

アレは腐女子BLといったカテゴライズ破壊しにきていて、その今までの価値観が壊される危機感を感じてるという可能性はないでしょうか。

わたしも長年腐女子です。このアニメ1話からどハマりして見てて、そして10話で例に漏れずお墓に入りました。

でもわたしがお墓入りした理由世間腐女子がお墓入りした理由は違ってて、それで元増田を見て同じかもしれないと思ってこれを書いています

軽くネタバレ注意。

端的に言うと10話では主人公男性2人が恋愛とも師弟愛とも家族愛ともとれるかたちで愛を語り合いました。それをあの世界の友人たちは特に特別ものと捉えることなく、不自然なほど自然に受け入れた。

世間腐女子」はこれをハッピーなこととしてとらえ、尊すぎる、素晴らしすぎる、おめでたい、ということで墓に入っていたように思います

でも、わたしにとってこれは受け止めきれない大きな衝撃でした。

腐向け」でない作品で堂々と愛が語られ、それが作中でも肯定的に捉えられ、つまり視聴側にもそれを求められている。

その他「腐狙い」アニメにおける「過剰な妄想の種まき」とは異なり、このアニメで2人の関係肯定されるべき清らかなものとして直接的に言及された。2人の関係がなにかしらの愛でありながら、本人も周りも性別を気にかけることなく「人によってはこんな人生もある」と認められてしまったら、そして、それを「特になんの注意書きもする必要のないもの」とされてしまったら、そこに男女か男性同士か女性同士かという境目がないとするならば。

男性同士にこだわる腐女子否定することになるのではないか

10話以降、こんなことをずっと考えてて、まだ脳内でまとまらず、墓から出られそうにはありません。

元増田の抵抗感と通じるかはわかりませんが、わたしはこの抵抗感に苦しみつつもこの素晴らしいアニメを楽しんでいます

http://anond.hatelabo.jp/20161209173308

悪かどうかはともかく、ラノベなどと同様ティーンエイジャーの読むものという認識は欲しいね

その価値観通用するのは十台までだよという

少女漫画ある意味悪だよ

一昔まえにはなるけれど、少女漫画定番ネタひとつに、男に興味がない主人公みたいなのいたじゃん? 例えるなら、ヒーロー俺様イケメンに「おまえ面白いな」って言われるタイプキャラだよ。これがよくない。ある意味悪だ。

理由はふたつある。

ひとつめの悪影響を書く。まず、そういうキャラは男に媚びない。俺様イケメン口説かれても「お生憎様、顔だけの男に興味ないので」などと言ってバッサリ断ったりする。そして冒頭の「おまえ面白いな」に繋がるわけだ。それが、まだこの世のことを知らぬ幼い女の子にはかっこよく見えてしまう。己を貫き、その姿勢イケメンを落としてるんだからね。少女は学ぶ。自分姿勢を貫く女の方が、男にとって興味深く映るのだと。

ふたつめは、ひとつめに連続する内容で「女に慣れたイケメンモテるためには媚びてはいけない」という誤解だ。女の子にもてる彼にはツンな対応をとったほうがいいという間違った認識を生むのだ。

当然実社会ではそうはいかない。イケメンといっても色んなタイプがいるわけで、多くのイケメンが女にちやほやされているわけではない。それに根本的な問題として、男女問わず、当然ながらツンツンした人物よりも自分好意的人物の方に行為を抱く。当たり前である。「おまえ面白いな」などと言う発言が飛び出すほど行為に飽き飽きした男も、「おまえ面白いな」という言葉を引き出すほど個性的な女もまたいないのだ。

このように間違ったステレオタイプを埋め込まれ少女はどんどんこじらせていく。ちなみに普通の娘は、昔でいう少女誌や友人や先輩女子との情報交換などで、意中の彼へのアタック方法を学んでいくのだが、こじれせ少女は「漫画雑誌女性誌」というルートをとらず「漫画雑誌漫画雑誌漫画雑誌原点回帰ジャンプ」となったりするばかりか、女性誌で男にアピールする方法を見ても「媚びやがって」と頑なに少女漫画で培った価値観を信じ、自爆するのである

異論は認める

http://anond.hatelabo.jp/20161209004050

何もかも手に入れるのは最初からそういう星の下に生まれてきた奴以外には無理だけど、まだまだ新しく手に入れられるものはあるぞ。

人生社会は概ねクソだが、数少ない良いところは「何でもあり」だということだ。他のレスつけてる奴らみたいな「俺もやりがいとかよく分かんないけど毎日仕事をして家族が本当に幸せなのかも分からないけど毎日なんとか一生懸命生きてます」とかい普通のもの社会的に正しいとされる価値観なんか実は全てガン無視して良いんだ。経歴がとか年齢がとかスキルがとかそういう真っ当くせえ話は無視してよい。それを無視できる奴の数がすげえ少ないから、それだけで実は道が開けたりするもんなんだよ。

もちろんそれだと社会的に真っ当な感じの成功しづらいけどな。でもどうせ社会なんかクソなんだと思えば「真っ当な成功」にどんだけ意味があるのか怪しいもんだろ。どうせほとんどの連中は普通であることに安心して思考停止して生きてんだよ。ずっとそうやってきて歳食うと精神の筋力みたいなのが弱りきってそれ以上の思考は何もできなくなったりするからなんだけど、でも精神気合根性である程度なんとかなるんだよ。クソな現状に悶々とするだけの気力があるなら「普通」は無視してやっちまえばいいんだ。

充実していない人間政治に参加する?

資本家庶民政治から遠ざけることに成功したという記述をよく見るようになった。

確かにバーニー・サンダースも下層とされる人々が連帯をすることの難しさと希望を述べていた気がする。

自分の通う大学でも、経済格差の話に爆睡している化粧の勉強しかしていなそうな頭が空っぽな女やらがうじゃうじゃいる。

男も大概そんなやつだ。

この大学レベルが低いということが理由なのは確かなのだろう。

しかし、それだからこそ格差は考えなければいけないのではないかと思ってしまう。

知り合いが握手券をかき集めていたが、某アイドル集団の『アインシュタインよりディアナ・アグロン』とか言う歌詞は間違いではないのだろう。

性的価値いかに高めるかという闘争が結局はいちばん大切なのだ

政治というので、それは解決できない。

フェミニストっぽい人間が、この歌に激おこしたそうだが、実際そんなものだ。

怒っている人も、「ディアナ・アグロン」になりたくないとは言っていない。

なれたら、黙る。

その性的闘争に破れたりしたら、政治やらに色々と言うのだ。

女子大生を見ていると、その多くはどこまでもセックスすることと公務員試験に受かることくらいしか考えていない。

それでいいのだ。

かつて、日本戦争を仕掛けて破れたら米兵ペニスをしゃぶった。

当時は女性参政権がなかったから、悲惨だったという一言で片付けることができるが今は国民主権男女平等である

次に戦争を仕掛けて破れても、しゃぶればいいのと思っているのだろう。

あぁ、この女たちには武器がある。

政治に参加するというのは、充実していない人間という証なのだ

顔が良ければ、大概は参加しないということなのだ。

アレコレ言うと激怒する人がいるかもしれない。

大丈夫である。男も同じだ。

まぁ、政治に参加するとか、連帯かいうのは非常に難しい。

ネトウヨちっくな人間も沢山いるし、年を取ってから政治に目覚めたどこまでも他責的な女というのが自分は嫌いである。

そして、自分の不満というのは自分容姿であり政治というのはイケメンや見てくれの良い女を批判するためのものである

イケメンや見てくれの良い女と価値観なんてたいてい合わないだろう。

くりいむの有田が前に言ってたこと

有田結構好きなんだけど、テレビで話してて印象に残ってるんだよね。

おごってやった後にその分のお金を別のことにすぐ使えばいいのに、なんて言っていたわけ。

食事した後金のない後輩と買い物行って、靴が売ってたら「この靴買えばいいのに、さっきおごってやった分の金あんからさあ」なんて言って。

他の共演者もまあまあ、そうだねーみたいな反応で。

いや、おかしくないかい?

だって生活でいっぱいいっぱいの芸人の後輩ってお金があったらこれが欲しい、あれが欲しい一覧にバーッと物が並んででさ。

その中で優先順位をもちろんつけなくちゃいけなくてもし臨時収入があったらこれ買おうと思っているものを泣く泣く一つに絞っているだろうに、その順番を一切無視してたまたま自分の目についたものを「買えよっ」て、「ケチケチしてんじゃねえよ貰った金なのによっ」て。無茶苦茶すぎじゃない?おごるってそんなに偉いかって?相手の持ってる価値観まで買ったと勘違いしてんじゃねえのって。周りの演者も流されてたけどいやあれは驚いたね。

2016-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20161208125800

海外転職活動して気づいたこ

日本まれ日本育ちの自分海外転職して気づいたことをメモ

(ちなみに日本会社退職イギリス大学院へ→日本及びイギリス就職活動転職 というのがここまでの簡単な経歴。今回書く日記には特に関係しないので詳細は省略させていただく。)

 

大きく差を感じたのは、日本では『過去理由』をとかく気にするという点だ。

「何故退職したのか」「その会社で何故改善しなかったのか」「何故そもそもその会社に入ったのか」「何故会社を辞めてまで海外大学院にいったのか」

等々の質問日本では必要以上にひたすら深入りしてくどくど聞いてくる企業が多かったように感じる。果ては「こうしたほうが良いのに何故そうしなかったのか」等。

 

また、退職理由はともかく、何年も前の行動を何故そうしなかったのかやたら聞いてくる人事も少なくなかった。

確かに人格判断等には役立つかもしれない。しかし人の考え方や行動は時と場合さらに年をとるとまた変わってくるし、今現在意見や考えを聞かずにやたら過去をずけずけと、半ば説教のごとく価値観押し付けながら聞いてくるのは如何なものか。

正直余計なおせっかいである

こちらが如何にプラスの方向へ、未来へと話を繋げても戻るところは過去理由ばかりであった。

中でもベストオブおせっかいは「何故大学では○○の分野を学んだのに直接関係しない企業に入ったのか」である

何年前の選択について聞いてるのかと。当時リーマンショックやらでとにかく不況内定取り消しなんて日常茶飯事。選んでいる場合ではない。理由なんて「生活のため」以外ない。

とりあえず、当たり障りなく丁寧に説明したが、その後のおっさんのひとことにはさすがにカチンと来た。

「いやー、それでも探せばあったと思うよー」。

 

お前は一体何様だ。なにを知っているんだ。

 

対してイギリスでは、もちろん中には似たようなことを聞かれることもあったが、ほとんどが軽く聞く程度で、深入りされることはなかった。

では何を聞かれるのか。

その多くは『今』に着目しており『これから』につながるものだ。

「なにを学んできてこれからどう生かせるのか」「何ができるのか」「自分はどう役立つのか」「今自分はどう考えているのか」

等々、建設的であり、ある意味ビジネスであると私は感じた。プライベート問題やこれから業務に直接関係のないことは聞かれなかったし、ましてや面接官の考え方について語られること押し付けられることもなかった。

日本のような過去理由について聞かれてもそれは必ず現在未来に繋げていく上での話であって尋問のように感じることも一切なかった

そのままイギリス転職して1年少し。休暇で久しぶりに日本に帰ってきて思うのは、この日本のある種後ろ向きな考え方が、日本での「生きづらさ」の原因にもなっているのではということだ。

転職を恐れてブラック企業から抜けられない若者、一度違う道へ行くとやり直しできない社会うつなどのメンタル問題…すべてこういった社会の考え方や価値観からつながっていっているのではないだろうか。

もちろん、過去の失敗や行動から学ぶべきことは山ほどある。しかし、それは内々で取り組み解決や発展させることであり、他者からどうこう言われるものではないし、今現在のその人本人の評価には何ら関係がないのではなかろうか。

また先日、米国大学卒業し働いていた友人がキャリアアップ資格取得のため、日本大学学士編入の試験を受けたのだが、その面接の際もとにかくやたら「過去」に着目した質問ばかりして気が滅入ったと聞いた。

この考えで日本社会が発展しているならともかく、私が知る限りそうであるようには見えない。

 

ブラック企業問題しろ女性社会進出問題しろ何にしろ、法的整備以前にまずは、そういった日本蔓延る考え方や価値観を変えていく必要があるのだろうし、次の世代のためにも私自身も変わるべきだと、一連の経験を通して改めて考えさせられた。

 

もうすこし、生きやすい世の中になることを願って。

支援トラバです。

こういう中世ジャップランドダメさ加減をもっと書いて欲しい。

2016-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20161207165833

田舎の人も結構田舎モノの自覚ないよ。

ま、狭いコミュニティ価値観に寄り添うことは、そんなに悪いことではない。

子育て記事を読んで引っかかること

子供のことは、リアルでもネットでもなかなか話しづらい。

他人センシティブ問題に首を突っ込みかねないリスクがあるし、子供自慢しているとか、上から目線価値観押し付けて来るとかいったように相手に捉えられる危険性もある。だから自分から子供のことはめったに話さないし、他人に聞かれたら、「子育てって大変ですね」と返すようにしている。



はてブでは「子育て地獄のように大変」とか「子供可愛いと思うのは本能ではない」とかい意見スターが集まりやすい。そういう意見共感する人が多いんだろう。

いいことだと思う。世の中には「子育てしかしていない専業主婦=三食昼寝付き」とか「子供を可愛がるのが女の本能」とか「子供を持って初めて一人前」とかい概念を持つ人がまだ大勢いて、割とリベラルタイプの多いはてなでは、そのカウンターとして、「子育て地獄のように大変」「子供を愛する気持ち本能ではない」というような、子育て世代リアル本音が人気を呼ぶのだろう。そういうなかなか声に出して言いにくかったり、わかってもらいにくかったりするけども、現実に即した価値観共感を集めるのは、いいことだと思う。


子供可愛い」と言うことが誰かを傷つける場合もある。だからなるべく他人子供の話をするべきじゃないと思っている。

ただ「子育て地獄のように大変」とか「子供を愛する気持ち本能じゃない」とか「今の社会子供を持つのは正解じゃない」とかい意見を目にするたびに、ちょっと心の中に引っかかりが生まれたりする。だから娘を持つ父親として正直な気持ちを書いてみる。



娘が両手を上げならがちょこちょこ走り回っている姿も、真剣な顔でおもちゃを触っている姿も、外へ遊びにいった時の周囲への好奇心旺盛な目線も、食べこぼしてぐちゃぐちゃの汚い食事姿も、考えられないような寝相の悪さも、プリッとした粘土みたいなうんこも、とにかくとにかく全部が可愛い。エヘヘって笑っている顔は自分の頭がおかしくなるんじゃないかと思ってしまうくらいに可愛い

娘が自分に甘えてきたり、抱きついてきたり、ほっぺにチューしてくれたりすると、自分が大した努力もしていないのに(もちろん嫁は妊娠出産という大した努力をしたが)こんなにも良い子が自分のところに来てくれたなんて、おかしい、何かの間違いなんじゃないかと未だに考えてしまう。こんなにも幸せなのは、何か落とし穴があるんじゃないか、とんでもない不幸がこれから起こるんじゃないか、全ては妄想ですでに自分は狂っているか終わっているんじゃないか不安を抱くくらい、娘が可愛い公園で娘と二人で遊んでいると、「今が人生ボーナスステージだな」と、思ったりする。



子育てというのは、子供にどういう大人になって欲しいのかと考える行為でもある。言い換えれば、自分が何十年か生きてきた上で、何を大切だと考えてきたのかを問い直す機会だ。子供にどういう人間に育って欲しいのか。優しい子になって欲しいのか。明るい性格になって欲しいのか。めげない根性ある子供になって欲しいのか。競争心のある人間になって欲しいのか。何が大切なのだろうか。何を優先して教えるべきだろう。それを身につけるためには何をするべきなのか。自分はどうやってそれを子供に伝えればいいのだろう。自分が教えられる意見価値観絶対に正しいとはまるで思えない。けど子供に教えなければいけない。何を指針にして生きるのか。子供を育てるためには、自分価値観を本当の優先順位をつけて問い直さなくてはいけない。



同時にそんな考えはおこがましいとも思う。

娘はまだ1歳だが、彼女は他の子とは明らかに違う個性を持っている。公園児童館に連れていくと0歳の時から子供はみんな全然違う。当たり前なんだけれども。自分の子を観察していると、おとなしくてマイペースなんじゃないかという気がする。中学生くらいになったらBLとか読むようなオタク女子になっているかもしれない。もしかしたら思春期だった頃の自分のように「親のことを殺してやりたい」と思ったりするかもしれない。もしそうだったらと思うと、なんだかニヤニヤして嬉しくなってしまう。娘に自分に似ているところがあるというだけで、嬉しくなってしまう。自分にとっての思春期ものすごく大切なものだったように、彼女にとってもその時期が人生の根幹をなすような大事な時期になるかもしれない。全然違うかもしれない。彼女には彼女にぴったりの生き方があって、それをきっと自分で考えて見つけていくはずだから、親が子に何かを教えられるなんて考えが間違っているかもしれない。自分にできるのは娘が勝手に育っていくのを見守って、時々手助けするだけのような気もする。



何が正解かは全くわからないけども、子供が産まれ経済的なこと、働き方、夫婦関係自分にとっての優先順位とか、とにかくありとあらゆることを考えたり、考え直したりしなくてはいけなかった。それは少なくとも自分にとっては、とても価値がある行為だった。僕にとって、娘は人生で一番の価値があるものだった。子育て地獄のように大変だというだけではない。というか子育て地獄のように大変なことは間違いないが、その何倍も素晴らしい瞬間があった。そんなことを毎日思っている。

2016-12-06

あと

子供が居る女性は皆本当は専業になって子供の傍にいてやりたいと思っているはず」

「なのに保育園に入れなければならないという事は余程生活が苦しいんだろう」

「それだけ生活が苦しいのに保育園に入れないと言う事は最早首を括るしかいくらい追い詰められているのでは」

的な論調も多かったなー



はてなでは元々

「専業=寄生虫・働く母親こそ至高という価値観デフォで、金が余り余ってようが母親子供預けて働きたがるのは当然の事と思われている」

彼女らが働きたがる理由自己実現自分育児したくないからであり、別に働かなくても夫の金だけで余裕で暮らせる人が多いため、保育園落ちて仕事辞めようが生活自体別に困らない」

「働く理由が『金がないから』だとしても、それは『子供中学受験させる金がない』という程度であり、決して『共働きでないと子供オムツミルクが買えない』なんてレベルではない」

と言う事実認識している人はほとんどいなかった

こちらも広まってればまた反応は全く違っただろうな

(実際、件の増田児童手当の所得制限に引っかかる程度には金があることがバレた後は叩かれてたりしたし)

アカデミー賞受賞なるか?!

なりません。

受賞はおそらくズートピアだろう。

あるいはファインディング・ドリー




千と千尋の神隠しが受賞した2002年は、どんな年だったか




ディズニーピクサーを買収するのは2006年90年代から2000年代初期、ディズニー作品はパッとしなかった。良作はあるが、大作かと言われると…という感じ。作品テーマが明らかにマンネリズムに陥ってみえたのもこの頃。過去作のオリジナル続編のOVAを乱発したりしてな…。ジョン・ラセターの介入によって今のディズニー作品存在すると言える。ちなみに2002年ディズニー作品からノミネート作はリロ・アンド・スティッチトレジャープラネット

モンスターズ・インク2001年(ノミネート)。その次のファインディング・ニモ2003年(受賞)。2002年ピクサーの新作が公開されなかったのだ。アカデミー賞はその年にアメリカで公開された作品審査対象になるので、この年にピクサー作品はなかった。なおピクサーは06年以降1年に1作は必ず新作を公開している。




アカデミー賞受賞作一覧をウィキペディアでみてみよう。

長編アニメーション部門が作られたのが2001年

それから15回のうち

03、04、07、08、09、1012、13、14、15年の10作品

ピクサーまたはディズニー作品なのである




千と千尋の神隠しが洗練された表現形式と優れたエンターテインメント性を兼ね備えた映画だったことは疑わない。

しかし、アカデミー賞の受賞までいったのはタイミング問題が小さくなかったのだろう。

長編アニメーション部門ができて二回目という時期もあっただろうか?

いや、なによりも、運良くディズニーピクサーの脅威がなかった年にノミネートできたのである



アカデミー賞は、アメリカ国民映画祭です。

選考ハリウッド業界関係者によるものです。

基本的アメリカ映画が受賞します。

そんな中で、様式の異なる海外アニメーションを出品して、ノミネートされるってだけでだいぶすげえことしたってレベルですよ。




いま、ディズニーピクサーの勢いが衰えないうちに日本アニメ映画が受賞までいくことはおそらくない。

ディズニーピクサー表現技術が日夜進歩を遂げており、エンターテインメント性も損なっていないのであれば、会員たちにとってあえて海外の異なった様式アニメーションに受賞させる必要がない。

なにか根底から価値観を覆されそうな、とてつもないもの提示されない限りは。




からね、千と千尋の神隠しが受賞したからって、簡単に、受賞するか?! って言わない方がいいよ。

しないから。




だいたいね映画批評家協会賞とかいうの、あれってアカデミー賞前哨戦なんて報道されるけれど、それならLA映画批評家協会賞をとったかぐや姫の物語アカデミー賞受賞にならないのはおかし空気だったと思うんですよね。

ほかにもボストンとかサンフランシスコとか、各地の映画批評家協会賞とやらをとってたんですよ、かぐや姫は。

さらに、各地の映画批評家協会賞でかぐや姫と競い合っていたのは、ベイマックスじゃなかったし。

ヒックとドラゴン2とレゴムービー3Dだったんですよ。

でもレゴムービーに至ってはアカデミー賞ではノミネート漏れまでしてるし…。



2014年に受賞したのはベイマックス

かぐや姫の物語ではなく、ベイマックス

ヒックとドラゴン2でも、ソング・オブ・ザ・シーでもなく、ベイマックスなのだ

まだまだディズニーピクサーの天下です。





というわけで、まずはノミネートするか?! を期待するのが妥当だと思います

細田守作品ですらまだノミネートはされたことはないのだ。

ジブリ作品以外はまだ日本長編アニメノミネートまでいったことないんだぞ。




しか個人的にはレッド・タートルのほうが会員には好まれそうだなって思う。

2016-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20161203194209

自分他人評価する時、それをクリアできる人が少ないということは、どこかハードルが高いんだと思う。

増田場合「人として最低限の思いやり」って言っちゃうところが難しい感じする。

何をもって最低限とするかは、育った環境とか文化とかそういうものでも異なってくる。違う基準で生きてる人を「人以下」として切り捨ててるのは増田では。

おそらく増田が望んでるのは正しくは「自分と思いやりに関する感性が合う人」なのだと思う。そうなると結構希少価値になってくる。

差別をしない」も、それと似てる。

たとえば、さまざまな事情から、身だしなみをきちんと保てない人がいる。うつ病とか発達障害とかが原因だったり、貧困が原因だったり。

そういう人たちを増田対象外として切り捨ててるけど、それは差別じゃないのかな。

増田差別すべきでないという局面で、同じように差別しない人」を求めているのであれば、やっぱり結構ターゲットは少なくなるはず。

というか、むしろ自分と思いやりに関する感性が合う人」とか「差別に関する価値観を共有できる人」という認識を持てば、そういう人は意外と見つかるんじゃないかと思うんだけど「思いやりという点において人間合格の人」とか「差別をしない人」を見つけるのは難しそう。

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普段感想書きではなく、趣向を変えて書いてみる。

今回のテーマは、「ちょっと敬遠したくなる作品」。

それでも、アクの強さに見合った魅力があることも確かだと思った漫画

現在連載中、或いは最近完結した作品のみを対象ピックアップし、核心に迫るようなネタバレも避ける。



ゲハ

人間と蝶の未熟児みたいな謎の生命体を、主人公が不純な動機で飼うことから始まる。

この漫画は全体的に「不快感」を意図的に漂わせている。

タイトルの『オゲハ自体、その謎の生命体に主人公が「汚いアゲハ蝶みたいだからオ(汚)ゲハ」と名付けたかである

謎の生命体の生態や、登場人物たちの事情を全て俯瞰して見れる読者だからこそ分かる、綱渡り状態の危うさが度々提示されるのが見所だ。

だが、意図的はい作品全体に漂う不快感はいかんともし難く、冒涜的ととられる表現も多い。

序盤で描かれる、オゲハ相手にほくそ笑む主人公に眉をひそめる人は多いことだろう。

そこらへんを漫画必要演出として割り切れるなら、どうぞ。



不登校日常

タイトルの通り、不登校児の主人公のを日常を描いた漫画

雰囲気コメディ調で、主人公は何か重苦しい理由のせいで不登校というわけではない。

そのため不登校という要素から連想される後ろ暗さはなく、重苦しい漫画ではないものの、それ故に主人公の身勝手言動は同情の余地がない。

主人公家族は善良なので、その身内たちに一方的迷惑をかけながら惰眠を貪る主人公は、コメディである前提を考慮しても眉をひそめる人も出てくるのは仕方がない。

そこを許容して、あくまコメディとして楽しめるなら、どうぞ。

まあ、正直なところ今回紹介した中では、これはかなりマイルドな部類なので万人受けしやすい方だと思う。



ファイアパンチ

1話から大きく注目された漫画だが、あれで作品方向性を読み違えると肩透かしを食らうかもしれない。

「強力な力を持った主人公を中心に、復讐のために道中の敵と戦いながら活躍するヒーローもの」みたいなものを期待すると裏切られる

まず、主人公は不死身に近い再生能力説得力を持たせるため、敵にいいようにやられることが多い。

主人公目線物語が語られたり展開することは意外にも少なく、サブキャラたちだけのやり取りが圧倒的に多く、群像劇の側面が強い。

1話カニバリズムや、炎で焼かれ続けるなどのトーチャーポルノ表現もそうだが、以降も獣姦などの異常性癖狂言キャラ出張る、ディスコミニケーションの連続など、無批判で受け入れるには厳しい要素がどんどん出てくる。

あと、アクションシーンはお世辞にも上手くない。

それでも、作風方向性から漂う個性というものは間違いなくあるので、そこに魅力を感じたのならどうぞ。



ラフィリア~人間椅子奇譚~

対人恐怖症の主人公が、想い人の生徒会長に気付かれないよう、かつ傍にいたいがために生徒会室の椅子を改造して、その中に自分が入る。

プロットから分かるとおり、とんでもない変態マンガである

誰得椅子の改造方法を詳しく解説したり、主人公生徒会長に対する情念たっぷり独白など、「変態」な人間表現するための描写をかなり念入りに行う。

ただの変態人間独白だけで物語は進まない。

周りに認知されない存在からこそ偶然知ってしま登場人物たちの秘密を、主人公垣間見しまうのだ。

事件が起こり、それを隠蔽しようとするとある人物の一連のシーンが、これまた丁寧に描かれていて、妙なところにリアリティを追求している点も見所だ。

プロットインパクトに負けない、圧倒的な描写や展開が魅力でもあるが、構成されるほとんどの要素がアウトローな上、それをやたらと丁寧に描いているので、そこに拒否感を覚えなければどうぞ。



間宮さんといっしょ

この漫画の何が面白いかといわれると、正直なところ私はうまく説明できない。

要人物の多くが独自価値観を持っており、しかもそれを前面に出して展開される。

もちろん、そんなことをしてまともなコミニケーションなど成立する筈もなく、不可解さや不愉快さは読者にも伝染しやすい。

それは主人公たちの人格も同様で、読者が共感できるような普遍的な是非で物事判断しないし、動かない。

それでも、一見すると作中ではなぜか成立しているような気がする人間ドラマは何とも奇妙だ。

私が解釈するこの作品テーマメッセージは、「社会的な、或いは政治的観点での『正しい人格』の押し付け拒否し、確固たる自我確立を目指すこと」だと思う。

それでも、露悪的な言動をする主人公や、我を通す人間イニシアチブをとりつづける世界観は、結局のところ側面的には『正しい人格』を別のものに摩り替えただけで、読んでいて気持ちのいいものではない。

それでも魅力を語るならば、主要人物たちの関係性や、ディスコミニケーションのまま成立する人間ドラマの妙さだと思う。

2016-12-04

仕事とか出世とか色々諦めたか人生方向転換する

働きすぎと睡眠不足身体を壊した。

ああ、限界が来たと思った。そりゃこんな生活をずっと続けていればこうなるなと。

まだ30前半なのに、から、もう30前半なんだな、と思ってしまった。

自分能力と体力の限界を感じてしまった。



そこからは早かった。会社辞めようと思ったけど、いったん休職にした。

同僚からの信頼も失うだろうし、会社から不安視されるだろうから出世も諦めた。

遅かれ早かれ会社は辞めることになるだろう。



でも、これでいいんだと思ってる。

身体を壊すまで働いて何になるのか。

そういえば、この1年仕事しかしておらず、人生の充足となる何かは得られた気がしない。

人生の転機が来たんだと思うようになった。

新たな価値観に巡り合う時が来たんだろうな。

この道が突き当りなら違う道を探すだけのことだ。

ちょっと前の自分ならありえない選択だったけど、割と今はポジティブに捉えられているか不思議なもんだ。

回避グセを直したい

所属してるグループで飲みに行こう、と話が持ち上がっても、行けない、と言ってしまう。予定が空いていたら埋めてしまって行けなくする。

当日、ツイッターから楽しそうな様子を想像して、胸の中がモヤモヤした感情で一杯になって吐きそうになる。

辞められない。この負の感情支配されてる時、ああ生きているなぁと唯一思える。

でも本当は僕もその場に行って楽しい時間を過ごしたい。たぶん。


なんで行かないんだろ。

1つは、行かないって言ったら相手が残念そうな顔をするので、それでグループから疎外されてない、承認されてると感じられるから悪趣味だけど嬉しいんだ堪らなく。

1つは、僕が行くと場が盛り下がるかも知れないから。自分がこの場にいない方がいいと感じる瞬間が、この世で一番嫌い。いてもいなくてもいい、透明人間になったような、誰から必要とされていない瞬間。周りが動いているのに、自分だけ止まっていて、流れに竿を差している瞬間。


まだ実家暮らしてた頃。

僕は4人家族長男なんだけど、両親の愛は弟によく注がれていた。彼らの僕ら兄弟に対する向ける表情が違った。弟との会話と僕との会話で彼らの声のトーンが違った。4人で話していても僕は時たま無視され、弟と両親が笑っているのを僕は遠くから見ていたものだ。

そりゃあ、つまらない人間ですからね。

でも親に気に入られたくて、勉強は頑張ったし、反抗もしなかった。弟は勉強避けて反抗もしてた。なんだよ!!!

分かるけどさ。手がかかる子ほど可愛いんだろうし、僕の不満は己と親の価値観を同じだと思ってたから。

だけど透明人間だった僕の嫌な思い出は消えてくれない。


自尊心を守るために回避行動をしている。

毒たる僕が、わきまえて身を引いている。そう思ってる自分に酔ってる。

そんなことないよ来てよ、と言われて更に酔いが深まる。とても気持ちいい。


でも本当に欲しいのはコレじゃない。本当の人間関係が欲しい。

愛想笑いして付き合うことに何の価値がある。同調圧力なんて大嫌いだ。

違いを認め合っている関係、ていうか僕を受け入れてくれる人!!

依存か?

絶対に受け入れてもらえなければダメなんだ。

から、ある程度仲良くなったと思ったら、暴言を吐く、距離を置く。それでも僕を見捨てないでくれる人よ。僕はあなたに捧げよう。僕の真心全部。


こんなキモい奴は誰からも受け入れられない。

変わりたい。

死ぬ間際に、一人きりで後悔したくない。

http://anond.hatelabo.jp/20161203210820

独女の私の視点で書かせてもらいます



まず、自虐を言うのは、これ以上傷つかない為の予防線かと。

独女は常日頃「ほら、だから独身なんだ」というレッテルを、他人から自分からも貼られてるのです。

最初に「私はかわいそうなんです」という立場を取ると、相手はそれ以上攻撃したりマウンティングしたりしてこないので、

不意打ちを受けて傷つくことを防げます



SNS女子会趣味を書くことについて。

あなたの友人達ではなくて、私の気持ちを書きますが、

多くの友人が結婚/出産報告をしている中で「婚活が辛い」「仕事が辛い」という内容をアップする気にはなれないです。

自分がみじめになるだけなので。

結果的女子会趣味のことを書くことになります



第一結婚って、色々な出会いとご縁のパターンがあって、その方法に正解はなく、

どれかが結婚に結びついたら大正義になるものです。

毎週のように婚活デートすることで成婚に至ることもあるでしょう。

でも友人はそれが上手く行かなかったんですね。私と同じなら、心身消耗して回復時間をかけているのかも。



ただ私は、毎週末婚活に費やしている人よりも、自分趣味を持ってて同性の友人がいる男性の方が安心できます

もし男性にもそういう価値観の人がいて、(女子会する)友人の結婚式趣味を通じて出会えたら、

週末婚活しないで女子会趣味時間費やしてるよ」って言ってきた既婚の友達とはもう会いたくないなと思いますね。

でもあなたモヤモヤしているだけで本人達に言ってないようだから自虐自衛効果があるのでしょう。


から旦那の友人を紹介するとか、そういう具体的な行動がないなら、

もう放っておいてください。

あなたが関心を持つべき人たちは、あなたのすぐそばにいるのではないでしょうか。

http://anond.hatelabo.jp/20161204135042

うんつまり日本死ねというフレーズを使わず保育園問題話題にならない社会を望んでいるゴミムシ君ということなので論外ですね。

保育園問題重要視されない社会に声を上げたのであってだからこそ自民党死ねじゃないんだろつまり与党野党云々の問題じゃないバカかよコイツ

典型的自民ダイスキー民進党は役立たずぅ~価値観ネトウヨだったか

人を動かす情動

心理学はやったことないけど、

好きという感情と嫌いという感情が最も人を動かす情動だと思う。

それを支えている感情

美醜や、楽しい楽しくない、であり、

その下に

世間の決める良し悪し、優劣、などの価値観があるような気がする。


それら全てを見張っているのが、

善悪

なのだろうか。



どの価値観を優先すべきかは、場合によって異なるけど。

趣味に関しては、良し悪しよりも、自分の好き、嫌いという感情を優先していいが、

仕事人間関係は、良し悪しを、自分好き嫌いよりも優先させねばならない、みたいな。

知力の低さと真面目さ

http://anond.hatelabo.jp/20161203200232

一般的な正しさにもゆらぎがあるんだけど、増田にとっての正しさは、自分が幼少時代から積み重ねてきた価値観コレクションしかないと思う。

そういうものに苦しまされている同じような人に向けてのエールだと思うが、

増田自身自分の正しさに対する見方の狭さと、自己肯定感が低いがゆえに正しさに自分価値を求めてしまっている視点の狭さ、

想像力の弱さについて言及していないので、別の依存先を見つけてしまうのではないか危惧

一番使えない兵士は真面目な無能とあるように、考える力が弱い人の真面目さってのは時には暴力にも害にもなり得るので、

増田が今後すべきことは想像力の強化と正しさについて考えることだと思う。

多分増田の抱えた問題は未だに解決していないだろう。