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はてなキーワード: 論文とは

2017-02-20

修士論文の意義

二重生活という映画を見た.

修士論文がメインである映画が他にあるだろうか.




主人公である珠は哲学科のM2で,彼氏同棲しており,冒頭から濡れ場がある.

珠は修士論文ネタとして人はなぜ生きるのかについて研究する.

当初予定していた手法100人アンケートをとるというものだったが,指導教員が一人を意味のない尾行してはどうかと提案し,珠はそれを実行する.

もはや意味不明であるが,珠は対象A尾行するためにタクシー乗ったり,高そうなイタメシ屋でカルパッチョを食べてとワイン飲んでたりしていた.

タクシーに乗る場面では上がっていくメーターと野口英世が2枚しか入っていない財布を交互に見ており,カネに余裕はないようだった.

彼女修羅場に遭遇しつつも,夏から冬にかけて修士論文を完成させる.指導教官はそれをかなり評価していた.

珠の彼氏は,意味がわからないという評価をしていた.私もまったくの同意である

桜が満開になるころ,珠は引っ越した.そのとき彼女の手には修士論文があった.



私は情報工学科のM2で,一人暮らしをしており,外出先は研究室イオンが大半である.

B4からの三年間で英語論文を3本書いた.

最初の2本は指導教官に与えられたネタで書いた.無事に国際会議アクセプトされ,一週間ずつアメリカカナダにいけた.

3本目は自分ネタを考えて,自分だけで書き上げた.今週末が締め切りの国際会議投稿する予定である

修士論文の締切は2月の頭にあり,3本の論文をつなげて,はじめにとおわりにと謝辞を書いて終わった.

発表も日本学会で発表したときスライドを流用した.

修士論文および発表会は完全に作業であり,3本めの論文障害しかなかった.




あなた修士論文人生において誇れるものですか.

2017-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20170218125316

飛ばしで売れてるようなやつはだいたい客員教授だの臨時講師まりで中には入っていけないんだけどな。

コネだの派閥だのはあるだろうけどあまりにも適当だと教授にもなれずに消えていく。

客寄せパンダにはなるだろうけどあくま客寄せパンダのままなので結局はまともな事を言えなくなると追い出されていく。

飛ばし論文が書けるほど世の中は甘くないと思うけど。

2017-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20170214114736

「誤字・脱字・構成ミス1つせずに万年筆原稿用紙400枚の論文を書くことはできないのか? 難しいかもしれないが、十分に気を付けていれば防げるのではないか?」

誤字・脱字・構成ミス1つせずに、かつリーズナブル作業時間、これが実現できたらノーベル賞ものだ。

誤字・脱字せずにできるか怪しいものだが、仮に可能だとしても、果たして実用に耐えうる時間内に完了するだろうか? この手の問いを発する人は、いつだって実用に耐えうる時間内で」のような暗黙の前提を明示しないし、その暗黙の前提を守れない旨を指摘すると途端に「それは困る」「そんなことも守れない奴はプロ失格だ」とのたまうものだ。

2017-02-14

大川隆法の経歴笑っちゃうよね

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B7%9D%E9%9A%86%E6%B3%95

来歴

生い立ち

1956年6月徳島県麻植郡川島町(現在吉野川市)に、畜産コンサルタントであった[4]父・善川三朗[2](本名中川忠義)と母・君子次男として生まれる[4]。出生名は「隆」。吉野川市立川中学校徳島県立城南高等学校卒業。幼少期の頃は、GLA高橋信次生長の家に感銘を受けて日本共産党活動家から転向した父[9][10]に「聖書」や「無門関」について教えられる[4]。10歳の頃、将来の夢は学者外交官だったという[4]。一浪の後1976年東京大学文科一類入学し[4]政治コースに進む[2]。ハンナ・アーレント研究論文作成した時には、教授からマチューアー(成熟している)」という評価をもらったという[4]。その後、司法試験国家公務員上級試験受験したがいずれも不合格となり、また学者の道に進むこともなかった[4]。大川は、司法試験について論文問題学者的な視点過去判例批判する答案を提出したために合格できなかったとし、大学に残らなかったのは自分師事すべき教官がいなかったと悟ったためと自らを振り返っている[4]。1981年法学部卒業し、総合商社トーメン(現豊田通商)に入社[4]。翌年1982年8月ニューヨーク本社研修生として派遣され、その間にベルリッツ語学学校ニューヨーク校を卒業[4]、ニューヨーク市立大学大学院センターで国際金融論を学んだ[8]。

大学卒業して商社マンとして勤める一方、この時期に宗教家としての「霊的覚醒」が始まったとされる[8]

東大法学部出て,ビジネスマンやって,法的に問題ない金儲け思いついただけじゃねーか

せめて,キリストブッダアッラーばりの逸話作れや

http://anond.hatelabo.jp/20170213025232

おいおい、未成年抗うつ剤ヤバいんだぜ…

http://www.afpbb.com/articles/-/3089875

最も入手しやす抗うつ剤は、深刻なうつ病を患う子ども10代の若者に対して効果がなく、一部は安全でない恐れもあるとする研究論文が9日、発表された。

医学ランセット(Lancet)に掲載された論文によると、有効成分を含有しない偽薬比較した際、より高い抗う作用がみられたのはフルオキセチンのみだったという。

一方、ベンラファキシンは、偽薬や5種類の他の抗うつ剤と比べて、自殺願望自殺衝動リスク増加と関連性があると指摘した。

さらに、これらの薬剤が若者に及ぼす影響について適切に計画された臨床試験が十分に行われていないと警告。国際研究チームは、若者抗うつ剤を服用する場合特に治療を開始したばかりの時期には、薬の種類を問わず若者から目を離さないよう勧告した。

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170203162721

論文文法じゃなくて中身ってブコメにもあるけど、ほんと重箱の隅をつつくような文章のお作法とか最高にくだらない

理系ありがちな「読点なに使うか問題」で言い争いになったことが一回あって(しかも話をやめようとしてもピリオドカンマにするべきだと食い下がってくる)それ以来そういう指摘する奴が大嫌いになった

どーーーーでもいいだろそんなん

そこにこだわるくらいなら内容とか図表にこだわれよ

2017-02-10

耳のリハビリ

片側性の難聴です。

慢性期になったらお医者さんはさじを投げます。急性期に

治療を施して回復しなかったら、見捨て。

耳のリハビリって観点治療ほとんどといっていいほど

抜けてると思います

音楽療法論文岡崎研究所から発表されて

話題になったけどあれは例外的存在

健常耳で聴取すればいいやって感じで脳みそのすべての

認識領域はそっちに集中するよね。俺が脳みそだったら

そうする。病側耳の原因(炎症とか水腫とか)が取れても

聴力はそう簡単には回復しないと・・

半身まひとかリハビリするよね。王道治療だよね。

なんで片側性難聴場合リハビリしないんだろう。

TRTはリハビリみたいなものかな。

耳のリハビリで長年の難聴が治ったっていう実例

ないんかな?

2017-02-08

日本の一部の心理学者にはもう少しちゃんと研究をしてもらいたい。

過去の関連論文をちゃんと読んでいないくせに引用している人が多すぎる。

孫引きにつぐ孫引きが横行しているというような印象で、適当引用して適当な序論を書く人が本当に多い。

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170207223033

面接とかで取る入試制度を取ってる大学もあるよ。全部が完全にペーパーテスト大学はかなり少ない。勿論難関大学でも私立はそうだ。

まあ、ほぼ合否に関係ない名目上の書類提出とかは勿論そういう入試形式でも有りうるけど。



しろ今の入試制度は、ペーパーテストだんだん軽視されつつある。

一般入試こそペーパーテストだけど、他の形式の占める割合が大きくなってきている。

僕も昨日今出川大学を受けてきたけど、私立入試は何回設けれるから「一発勝負」じゃないし。

地元で受けれるから負担も昔より減ってるし。まあ僕もちょっとあとにはW大受けるため新幹線を使わないといけないわけだけど……。



ただ、学問を学ぶ意義もないのに最難関大学就職のために行くってのが問題だってのはとても良く解る。

例えば論文高校生のうちに、仮に稚拙ものであっても「意欲」が図れるようなもを書く風習があったほうが良い気はしたし僕もそれを活用して大学を目指しただろう。

あとまあ国公立だとチャンスが限られてくるってのもアレかもしれん。




しかし、面接などで「意欲」を図るのは、ペーパーテストなどよりもよっぽど真の力が図りにくい。

時間に渡る試験でも図れないようなパワーを、数十分の面接でどうこうできるとは思えない。所謂コミュニケーション」出来るだけで、学ぶことの適性なき人間が有利になりかねない。

就職予備校は十分かもしれんが、学問を学ぶ場所としてのにそれはまずい。現状はペーパーテストが一番「マシ」なのだと思う。それを、推薦、AO特殊科目入試などで補っているのが現状だと思う。



なお、科挙廃止されたのは、アヘン戦争敗北から洋務運動・戊戌の政変などで「西洋近代化」が推し進められる中で、

科挙の出題科目は「儒学」であったことが、守旧的とみなされてなくなっただけのようにも思える。「古典を暗記して、解釈をする」だけが入試範囲だった。

今の入試は違う。どの科目も、なんだかんだ行って大学学問をやるには役に立つ。あと、科挙あくまでも「官僚採用試験」であり、官僚の適性を見るのが役目だった。それに古典しかないというのも問題だった。大学入試とは訳が違う。



まとめると、ペーパーテストはそれなりに合理的。回数を増やすことで、一発勝負不安定感も一応軽減している。

形式で、ペーパーテストで図れない力をみる入試もやっている。

それでもやはり、大学就職予備校とみなして、学問を学ぶためでないのに入ろうとする人達は困りものだしそういうのと学びたい人を分けることのできる仕組みはやっぱり存在したほうが理想ではあると思う。ただ、現実にはそれはとても難しい。


自分もまだ19歳、よくわかってないところもあるだろうけど、取り敢えず書き立ててみた感想ってことで。

2017-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20170204225930

この文章で騙される人はピュアだと思う

これ多分嘘でしょという気がする。子供の言い方が強調されているというかやけに細かいので、これは子供大人を言い負かすというお話になっている。大学名(東大)とか自傷の話とかのノイズ子供の話に対して膨らみを持たす役割になっていると感じる。

嘘だろうなと思って読むと興味深い

面白いのを引用してみる

> 院進しなかったから「学問のもの価値」について説明する資格もないし、そんなもん分からない。

大人である著者が大学院に進まなかったという事をあげ、それが「学問のもの価値」について説明する資格がないというもっともらしい事で結論が出せないことから逃げている。これとても上手いな。説得力がある用に思えるが、中学生が納得する勉強する必要性が何かを考えた時、必要資格がいるとも思えないんだけど、「学問のもの価値」というのが有ってそれが東大院に行かないと分からないことだと敷居をぐっと上げて読者から遠ざける、そうして結論を出さないために話題をズラしている。この一言最初に持ってくることで、結論を出さないことに対する違和感を消している。

この文章目的釣り(見ている人たちが自分意見を言って拡散すること)であって、結論はなくていいのだ。そのためのテクニックだと思うと興味深い。

もう一つ引用

> かろうじて「勉強すれば、くだらない嘘に騙されなくなる。水素水とか、EM菌とか、怪しい新興宗教とか」と言うと、「水素水の何が嘘なの」と返された。

これも面白いですね。この短い中で面白いのが2点ある。

まず1点目は「水素水の何が嘘なの?」で、読者は何を馬鹿なことを言ってるんだこの子供は、という印象を持つが、この後の「嘘だってパパがちゃんと立証したの?論文かなにか読んだの?」でハッとさせられる。すごいですね。この後続けざま「みんなが嘘って言ってるから嘘って思ってるだけじゃないの?そんなの水素水を信じてる人と変わんないよ」と畳み掛けることで信頼性をなるべく高めているのだろうと思う。水素水の何が嘘かっていうとただの水だからなんだけど、話をずらして言いたいことを言っている。

2点目は「怪しい新興宗教とか」が特に気を使っていて賢い点だと思う。「宗教とか」では困るのだ。そもそも勉強宗教否定することには繋がならないからね。勉強をすると宗教に騙されない、だと明らかにそれは間違いでさら論点がずれる。だからそこを「怪しい新興」と補足をつけて怪しい新興宗教は間違いという正論を使っているのが興味深いところだとは思う。でも、だからこそ、そこにテクニックを感じる。


まだ興味深いので引用


> 「そういう話じゃない。パパが勉強して得たものは、知識自分の頭で考える能力じゃなくて、信頼のおける情報元とそうでない情報元を識別する能力だけなんじゃないの?学問って権威に服従することなの?」

これ、面白いなあ。だって情報源の話なんてしてないでしょ(後半の権威もいい味出してるが)。ここで、著者の言いたいことは、誰が書いたかからないアノニマスダイアリー自体が信頼の置けないもののはずなのに、読んだ人はつい騙されてしまっているということだよね。まあ自分が話をずらしといてそういう話じゃないってところもなかなか良いと思う。

2017-02-04

なんで勉強するのか

ここで細かいプロフィールを書いても釣りっぽさが増すだけだけだが。

私は東大卒なんだよ(学部卒、就活に失敗した負け組)。で、中2の娘がいる。めっちゃかわいいくそかわいいぞ。うらやましいだろ。反抗期だけどな。

さて、この前、娘に「なんで勉強するのか」と問われて、答えに窮してしまった。

院進しなかったから「学問のもの価値」について説明する資格もないし、そんなもん分からない。

就活に失敗して自殺未遂までした身だから、「勉強すれば良いトコに就職してお金持ちになれる」と言うこともできない(余談だが、自殺未遂とき救急車を呼んでくれた人がいまの妻)。

かろうじて「勉強すれば、くだらない嘘に騙されなくなる。水素水とか、EM菌とか、怪しい新興宗教とか」と言うと、「水素水の何が嘘なの」と返された。「健康効果があるって言ってるけど嘘だよ」「健康効果があるって具体的にどういうことを言ってるかちゃんと調べたことある?それに、嘘だってパパがちゃんと立証したの?論文かなにか読んだの?」と言われてしまった。「みんなが嘘って言ってるから嘘って思ってるだけじゃないの?そんなの水素水を信じてる人と変わんないよ」「いまちゃんと調べて反論しようか」「そういう話じゃない。パパが勉強して得たものは、知識自分の頭で考える能力じゃなくて、信頼のおける情報元とそうでない情報元を識別する能力だけなんじゃないの?学問って権威に服従することなの?」

娘の言葉遣いは本当にこんな感じだった。中二病なんやろな。

はいえ、「反抗期つらい」じゃすまされないなあと思った。

言ってから気付いたが、オウム真理教幹部高学歴が多かったのはあまりにも有名な話であって、「怪しい新興宗教に騙されない」って例示はあかんかったなぁ。

そりゃあ、私にも、東大受験するために毎日勉強していた時期もある。毎日毎日英単語帳を捲り、世界史教科書を隅から隅まで読み、文系なのに手が痛くなるほど計算していた。でも、「勉強していた自分」が遠い遠い過去になってしまったいま、なぜ子ども勉強するのか、なぜ私は勉強していたのか本当に分からなくなってしまった。

追記1:娘に読まれてもバレない程度にはフェイクを入れている(妻に読まれたらおそらくバレる)。ただ会話や内容の本質は損なっていないはずだ。

追記2:結構伸びてて嬉しい。娘の頭が良いというコメントがいくつかあるけれど、少なくとも勉強に関しては、数学が異常にできるのを除いて、これといって優秀なわけではないよ。最低限のことはやっているみたいだけど、そもそも勉強が全く好きではないっぽい。「勉強しないと社会普通に生きていくことができないか勉強するのだとしても、ではなぜ社会私たち勉強要求するのか」あたりが質問真意だったと思う。

つーか今気づいたけど、娘も私も「勉強」と「学問」という言葉ほとんど区別せずに使ってた。これが問題だったのかもしれない。

追記3:娘は、私が答えに窮しているのを察するや否やさっさと消えてしまったので娘の本当の気持ちは分からない。私の推測でしかないが、「一応東大卒父親」を試したんだろう。娘よ、期待に応えられなくてごめん。

自分東大を目指して勉強したきっかけを考えてみると、何かやりたいことがあったとかではなくて、「周囲の人間尊敬されたい」「親を喜ばせたい」「モテたい」あたりの気持ちしかなかったと思う。もちろん勉強自体きらいではなかったし、だから続いたのは確かだけどね。

追記4:親が言うのも変だが娘は多分文化系リア充グループ所属している。先生に怒られるような問題をおこしたことが皆無で、成績も中の上、似たような同級生たちと楽しく生活している中学2年生の女の子に、「将来の選択肢が増える」とか言っても実感が湧かないのかもしれない。娘は教員に怒られるようなことはしないけれど、内心では先生学校を酷く軽蔑しているようで、「中学システムはぜんぶクソ、教員馬鹿ばかり、数学教員数学を分かっていない」などとよく言っている(娘はいつも先生のことを教員と呼ぶけれどこれも中二病かな)。勉強強制されているという感覚がある一方で、(勉強が好きではないけれども)学問に対する憧れはあるのかもしれない。というのはこの前、娘の部屋で中島義道哲学教科書」を見つけたから。自分利益不利益からもっと勉強しておけばよかったなんて思ったことはないけれど、娘に適切な助言をできないのは本当にかなしい。大学に入ってからも誠実に勉強しておけばよかったと心から思う。

追記5:当たり前だが追記にもフェイクを入れてある。

2017-02-03

学術論文文法

文章を書くのが好きで、小学生の頃から今に至るまで非現実的世界観短編小説を書いて遊んだエッセイを書いては懸賞に応募したりしている。

いくつか賞ももらったし、研究室先生雑誌(学術誌じゃなくて業界専門誌みたいな月刊雑誌)に寄稿するときわたし校正してあげたりしているし、

文章を組み立てることが人より多少は得意だと思っている。

けど、学術論文わたしがいままで培ってきた叙述法とはかなり違う文法の元に成り立っていた。

今、わたし理系大学4年生なので卒論執筆に忙しい。卒論の内容は、マイナーチェンジを加えて学会報に投稿するつもりだから先生もしっかり目を通してチェックしてくれる。

初稿をチェックしてもらって、返ってきた原稿アドバイスや注意点の青ペンで真っ青になっていた。

たくさん論文も読んだし、要旨のチェックのときにも確認したし、かなり論文文法は覚えてきたつもりだったんだけどなあ。

並列のときは(たとえば「赤と青と緑にそれぞれ色付けられた~」とか)英語に倣って「赤、青、および緑に色付けされた~」みたいな書き方を一律でしなきゃいけない。これはだいぶ慣れたけど、いつもそのときそのときで一番読みやすそうな、より語感のいい書き方を心がけてきたわたしにとっては抵抗感が大きいものだった。「赤、青、緑に~」はもちろんだめだし「赤と青、そして緑~」もグレーゾーン

「だった」「~で、」も「であった」「~であり、」とかに統一。一文の長さはできるだけ短く。

筆者を示す主語ほとんど登場させず、「我々はデータを~~に従って分析した」みたいなことを言うときには「データは~~に従って分析された」とかいう書き方になる。

英語的な表現が多くて、読みやすさの点で言うとあんまり読みやすくない。でも、できるだけ筆者の言いたいことをできるだけそのまま読み手解釈してもらうという意味ではこういう統一された文法が便利なのかもしれない。

まり読んでて気分がよくなる文章にはならないけれど、しかし、この文法を完全に身につけて必要ときに使えるようになったら、それはそれですごく大きな力になるだろうな、とも思った。

2017-02-02

過去わたしに言いたいこと

大学4年生。春から院生。専攻は言ったら特定されるくらいニッチな分野。日本語の関連論文探したらうちのゼミ卒業生名前ばっかり出てくる。バイトは2つしてる。春からは減らしたいけど。正直言えばもう今だって減らしたいけど。

これが現状。

学会の準備とか論文執筆とか(まだ慣れなくてひとつ文書くにもすごく時間をかけちゃう。早くたくさん書けるようになりたい)資格試験の準備とか(指定科目の単位を取れば受験資格がもらえるよ系のやつ。かっこいいから取るけど正直将来は履歴書資格欄を埋める以外の役には立たなさそう)、あと引越しの準備で非常に忙しい。これだけならまだマシなんだけどこれにバイトが2つ捻じ込まれてる。増田眺めてほーんとか言ってる場合じゃない。けど、どうしても論文以外の文章を書きたい気分だし書かなきゃずっと考えっぱなしになっちゃうから書く。


未就学時の幼いわたしへ。

きみはどうしようもないブスだ。親はブスと言いつつも可愛がっていいブランド服とか着せてくれるけど豚に真珠とはまさにこれ。馬子にも衣装とすら言えない。祖母は「整形すれば大丈夫よ」とか言う。大丈夫じゃねえよ。

でも、案ずるな。成長とともに自然にマシになるから。今だって美人とは言えないけど、平均的な女の子って感じの顔立ちにはなれてる。高校に上がる頃から親とかも「あんた可愛くなってきた?」みたいになるから。案ずるな。

それから、2歳の頃にあなた自主的公文に行きたいって言い出して親に通わせてもらってたけど、それはめちゃくちゃ英断。2歳でその英断ができるあなた神童。結局あなた高校2年くらいまでずっと公文を続けることになるし、そこで培った学力だけでなく、継続したという事実が今のわたしを形作っている。

でもな、将来の夢「りんご」って、お前りんごにはなれねえよ。椎名林檎だってまだデビューしてないだろ


小学生わたし

過去の一時期まで、わたしはずっと小学生の頃が人生ピークだと思っていた。そう思っていたくらい、小学生わたし生活は充実していた。そのまま元気に生きて。でもね、ピアノもっと楽しく弾いていいものだし、楽しく弾けるまでは苦しいけど、もうちょっと努力してもよかったんじゃないかな。あと、男の子もっと優しく接してあげなさい。かわいそうでしょ。噛んだりしちゃだめ。


中学生わたし

髪、伸ばした方が可愛い気がするよ。あともうちょい痩せろ。デブまではいかないけど、いや、やっぱデブかも。あと3kg落とすだけで大分よくなるよ。体育が苦手で辛かったね。高校に入ったら周りが似たり寄ったりの運動音痴だらけになって体育が楽しくなるからちょっとだけ我慢しな。

今になって思い返すとあなた友達ほとんどいなかったし、時々嫌がらせとかされたりしてうわぁって感じだけど、そのことで一切気に病むことなく、ひとりでも明るく生きてたのは本当にすごい。でも、授業中に授業内容を理解してるわけでもないくせに関係ない私語でギャーギャー騒いだり生意気な口を聞く子たちが本当に嫌いで心底死ねと思っていたよね。その嫌いな気持ち死ねと思う気持ち、口や行動に出すべきではないけど、でも、大切にしてね。そういう尖った感情も、成長につれて抜けてしまものひとつから。今、わたし偏差値でいうと10〜50くらいのアホな中学生の面倒を見るバイトをしてる。彼らはまさにあなたが嫌いな子たちと同じ雰囲気を纏っている。うるさい。でも、わたしはあの子たちが可愛くて仕方ない。年上の余裕ってやつかもしれないけど。ウザい死ねと本気で思えるのは今のうちだけだから、精一杯憎みなさい。

高校生わたしへ。

つらいことがあります。どうしようもないことです。でも、少しだけ。もう少しだけ、あなたに行動力があれば、同じ結果でもまだマシな気持ちになれたかもしれない。いずれにせよ、その出来事は避けられません。あなたはしばらくそれを引きずる。でも、あまり悲しみすぎないで。忘れないでいることは大事だけど、ずっと覚えていることはずっと悲しんでいることではない。あまりにも大きすぎて周りが見えなくなっているかもしれないけど、あなたの周りには素敵なもの楽しいことも溢れている。それも、忘れないで。セーラー服自転車に跨るのが楽しかったこととか。セーラー服自転車なんて、高校生ときしかできないサイコーキラキラしたやつだから、存分に走り抜けてね。坂道キツくてヒーヒー言ってると思うけど、まあそのうち慣れるよ。

あと、海辺は風が強くてすぐスカートがびゃーってなるから、ちゃんと中にスパッツなり短パンなり履きなさい。

あと、勉強、サボらないでよね。あなたのおかげで今のわたしハチャメチャ苦労しています。そんなんだから第一志望落ちるのよ。でも、あとでいろんな意味で落ちといてよかったって思うようになるから、それはそれでまあいっか。


大学に入ったばかりのわたしへ。

初めての一人暮らし、慣れないことだらけだろうとは思うけど、ちゃんと部屋の掃除とかしてね。第一志望ダメで後期滑り落ちてきたところに進学したからって、あんまり腐らないように。ここにも面白い学問がたくさん転がっています。やりたかったことへの道が閉ざされたからって盲目にならないように。そもそも道を閉ざしたのは己の勉強不足なんだし。

途中、突然鬱病になります。腕はずたずた、酒に溺れ、暗い部屋に一日中引きこもって動けなくなります。鬱になることは仕方ないとして(?)、現実的アドバイスをしておくと、剃刀とかカッターでのリスカはやめといたほうがいい。明らかにうわっリスカ痕じゃんみたいなのが残る。まあ時間が経てば綺麗になるけど、それでも近くで見たらまだわかっちゃう。じゃあ何ならいいのかっていうと、百均でノコギリ買ってきなさい。それで、ギコギコしちゃだめ。腕に叩きつけろ。簡単に流血するし、皮膚が切れるだけじゃなくて単純に打撲の衝撃も加わるからダメージは大きいけど、百均クオリティのおかげで傷は深くならないし、一つ一つの傷が小さい点だから治りが圧倒的に早い。治ったあとも綺麗。ノコギリを使いなさい。

そのうち、目が覚めます

自分自分人生主人公であることを思い出して、主人公らしく生きてください。

いいところとだめなところを挙げていったらだめなところのほうが多い人間ではあるけど、それでも、わたしあなたを愛しています。これからも愛し続けられることを望んでいます

声に出して文字を読む

漫画小説論文など文字を読む時って、心の中で声を出して読んでいることが多いんだけど、これって普通なの?

2017-01-31

先輩に自分の書いた卒論コピペされていた

つい最近修論を提出したばかりの、理系大学院M2

4年生のとき、当時M1だったAさんと同じ班員として研究をしていた。

そのAさんははっきり言って無能だった。4年生の4月研究が始まって、1か月経つ頃には「この人を信用したら大変なことになる」と悟った。

というのも、Aさんが描いた図面をもとに部品制作していたら、全然寸法が合わないので、よく調べたら全然違う寸法が入ってたり、実験ノートフリクションペンで書いて、ちょくちょく消しながら実験してたり、そのせいで条件とデータ関係が分からなくなってデータを取り直しになる(しかもこれはAさんはやらないで自分がやらされる)とかそんなことばかりだったからだ。

しかもその上にいたM2の先輩も責任感のない人だったので、自分はすぐに相談にいけて、頼りになる存在がいないままだった。そんな状況で、大して知識経験もないままやってるので、たまにある進捗報告で指導教員ボロボロに言われる。

結局、あまり価値のない卒論しか書けなかった。教員にも半ば放置されていたので、先輩や教員に厳しく指導されながら研究をやっている同期が、うらやましくて仕方なかった。それでも、当時はSTAP細胞問題話題になってた頃でもあったので、コピペなどあってはならないという気持ちをもって卒論を書いた。

自分のいる研究室は「序論とか実験手法過去の卒修論コピペすればいい」みたいな風潮があって、実際に過去の人たちが書いた卒修論を読んでいると「ここは誰かの論文コピペだな・・・」と気づいてしまうことがよくある。実際、実験装置などは同じものを使っているし、手法も変わらないので、結果的に同じものを書くことになってしまうこともある。だからといってコピペが許されるわけではないし、いくら研究室内で保管されるだけとはいえ、将来、誰かに読まれ可能性は高い。しかも、研究内容としては価値がない以上、自分文章を書く、というところだけは譲らずに書こうという気持ちがあった。図や装置諸元引用したりはしたものの、基本的には自力で書いて提出した。

同じ研究室大学院生になって研究を進めてくる中で、卒修論については上述のような事情があることは分かっていたので、昨年修了したAさんの修論を読んでみようなどという気持にはならなかった。ただ、自分と一緒に研究をしている4年生が、過去の卒修論の中で、役に立ちそうな論文としてAさんの書いた修論を持ってきていた。一応Aさんの修論発表は聴講しに行ったのだが、発表を聞きながら「これ、自分卒論でやったこととほとんど変わらないじゃないか、こんなので修論として認められるのか」と感じていた。その修論が後輩の机の上に置いてあったので、どうせAさんのことだから大した出来ではないのだろう、と思って、目次をちらっと見てみた。

最初は、あれ、という違和感だった。「従来研究」として目次に書かれている論文が、自分が4年生のときに調べて卒論に書いたものと同じだったからだ。どんな風に引用しているんだろうと思ってそのページを開いた。

違和感確信に変わった。手元にある自分卒論ファイルと見比べてみると、一字一句変わっていない。「序論はコピペでいい」という論理で、後輩が過去に書いた卒論を、修論コピペするなんてことがあり得るのか、と愕然とした。

しかし、そんなのはまだ序の口だった。さらにページを読み進めてみると、実験手法、解析方法モデリング方法計算結果、考察結論ほとんどが自分の書いた卒論コピペだった。しかも、英数字フォント自分のものとは変わっていて、図表番号や設定条件などだけは置き換えられているので、「間違って使ってしまった」などということはありえない。さらに、自分卒論と違う部分は追記されたりしているので、その修論を読んだだけでは誰かの論文コピペしていたとは気づかないだろう。でも書いた本人が見ればすぐにわかる。こんなことがバレないとでも思ったのだろうか?

しかし、一つ違和感があった。というのも、Aさんに自分の書いた卒論データを渡した覚えがないのである。だからどうやってコピペをしたのかが不思議だった。

しばらく考えてから思い出した。自分がM1のとき卒論を書いている後輩に参考資料としてデータを渡していたのだった。その後輩はAさんの近くで研究をしていたので、おそらく後輩がAさんにデータを渡したのだろう。その後輩は自分とは研究テーマが少し違っていたので、「せっかく卒論ファイルをもらったけど、あまり参考にはならなくて、引用もできなかった」と言っていた。

Aさんの修論発表を見ていたときに「自分卒論とあまり変わらない」と感じたが、むしろAさんがコピペして修論を書いていたのだからそう感じるのも当然である

Aさんがコピペしていたことに気が付いてすぐ思ったのが、どうしてこれで指導教員は何も言わなかったのか、ということである。「他の大学研究と変わらない」「新規性がない」とかのレベルではなくて、「昨年の○○が卒論でやった研究と変わらないじゃないか」と一蹴されるレベルである。数年前のことならまだしも、1年前に卒論で書かれていた内容を忘れているはずがない。

これはあくまで推測なのだが、おそらく指導教員はAさんの指導放棄していたのではないか留年させても仕方ない、何も進めないなら叱ってでも何かやらせるけど、無価値な内容とはい修論を書いている(かどうかが怪しいのだが)し、修論発表も一応乗り切っているので、とりあえず修了させたのではないかと。

卒論コピペされたことで頭に来ているのかというと、Aさんがいか無能かはよくわかっているので、今更どう感じるわけでもない。ただ、コピペされた側として、このことについて指導教員に話をするくらいの権利はあるはずだ。

今は修論の審議がなされている段階なので、波風を立てるようなことはしないでおいて、修了が確定してから、訴えてみようと思う。

Aさんの修了は取り消すべきなのではないか、と。

2017-01-30

増田だなんて適当場所文章にいちいち学術論文かなんかなのかってぐらい「書き方の思索」がそもそも必要なんでしょうか

僕が研究室を変える理由

現在、僕は修士1年。

修士2年では研究室を変えようと思っている。

学部から修士に上がった時に研究室を変更するというのはよくある話だけど、

修士2年で変えるというのは周りではあまりいたことがない。



じゃあなんで僕が変えるのかというと、それは指導教員が嫌いになったからだ。

不満が積もり積もって、「もう限界」というところまで来てしまった。



その不満というのは主に「時間」に関することだ。

僕の指導教員は非常に時間ルーズである

打ち合わせを予定していたのに平気で1時間、2時間遅れてくる。しかも謝らない。

理由は様々だが、一番腹が立つのは「前の打ち合わせが長引いた」だ。

しかに、そういうことはあるかもしれない。

1回、2回なら「仕方ない」で済ますこともできるが、これが増えてくるとそうもいかない。

僕たちが打ち合わせのために報告書を書き、そのために準備をしているのに気づいていないのだろう。

学生時間や予定はフリーいくら変更しても構わないとでも思っているんだろうか。



次に指導方針だ。

まずなんでこの研究室に入ったのかというと、それは指導教員

「この研究室では、勉強会もやるし、ソースレビューもする。gitも教えるし、ちゃんと研究の面倒もみる。」

と言ったからだ。

純粋だった学部3年の僕は、この研究室に入れば論文書いて学会にも参加して、という風に理想研究生活が送れて圧倒的成長ができると思ってしまった。

実際に蓋を開けてみれば、風呂敷をできるだけ広げるタイプ人間だった。

勉強会にはやソースレビューには遅れてくるし、学生だけでやることもあった。

gitはまぁ使えるようにはなったがほとんど独学だ。



じゃあ研究の面倒は見てくれたのか。

これは見てくれたほうなのだろうか。ほかの研究室を知らないので何とも言えない。

しかし僕が嫌だと思ったのはそこではない。

打ち合わせの時の口癖が「俺にもわからない」「教員も3割バッター」など。

「じゃあ大学准教授ですらあまり分かってないことをぺーぺーの学生ができんのかよ」と無駄不安にさせられる。

研究結果はどうだったかというともちろんネガティブな結果になった。

ネガティブな結果は往々にしてある」と言われたが、もう「はいそうですか次は頑張ります」とは思えなくなってしまった。

次の研究ネガティブな結果で学会には1つも参加せず卒業するという未来が見えてしまったのだ。



「変えたい」から「変える」に変わったのはつい最近だ。

研究方針がよく分からなくなってるから打ち合わせがしたい」と送った連絡が無視されてる時に、就活系のガイダンスがあった。

就職が決まっている1つ上の先輩が面接で何を話したかについて教えてくれた。

主に研究の話だそうだ。自分がどういう研究をしてどういう結果が出て、そういう話だ。

その時僕は思った。

じゃあ僕はどうなのだろうか、研究について話せることはあるのだろうか。

2年間やってきて何もない。

これは僕の能力不足が多く含まれるだろう。

しか教員との相性もあるだろう。

2年間二人三脚でやってきて(すくなくとも僕はそう考えている)何も生まれなかったら、それはもうあと1年やっても意味ないだろう。



から僕は研究室を変える。




研究室に迷っている学部3年生に言いたいことは、

研究室を決めるときは、自分のやりたいことでも、先輩の話でも、教員大風呂敷でもなく研究成果を見よう。

WEBページなどに先輩の論文が実績として掲載されているかどうが指標になる。

WEBページが毎年更新され、実績も掲載されていれば、少なくとも研究の面倒を見てくれる研究室であろう。

2017-01-29

「具体例」なんてのはどこまでいっても所詮「具体例」であって

論説の根幹的要素は「論理」であり「抽象的部分」なんだから、具体例の部分に噛み付いて長文の批判必死で書いても

ああこの人文章の本論には反論できないんだなあって思われるだけだと思う。

「辛い食べ物、例えばカレーは~」

って言う文章に「自分はいかにカレーが嫌いか」を語ってるんだろうなあって批判必死で送りつけてくるみたいな人。

あくまでも辛い食べ物一般を論じているのであって、カレーはこの文章において具体例でしか無い。


追記:すみません学術論文とかの難しい話ではなくて、ちょっと増田に書いた適当文章の具体例に変な文句をつけられたのでかっとなって書いただけです。

カレーの例で示した通り、具体例で嫌いなものが出てきただけで異常に反発する人みたいな、非論理的なのを批判してるだけで、そもそも具体例がおかしいとか、本論に間違いがあるとか、そういうものへの批判否定しているわけではありません。

2017-01-27

主張したいことがないと論文かけないなら博士課程なんて辞めてやる

だって大学院入ったばかりの頃はもうちょっと希望に溢れてバリバリがんばるぞ!とか思ってたはずなんだ。

工学部機電系就職も恵まれてたのにそれを捨てて理学系に来たんだ。当然そのつもりだった。

研究室セミナーで数々のマスハラをうけても、進捗報告で「それは違う、君の言ってるここはおかしいでしょ!」って毎回のように炎上しても、それでもちゃんと耐えていられると思ってた。



甘かった。



いつ頃からか、毎週の報告会が近づいてくると脈拍がおかしくて胃がひっくり返りそうな感覚で何度も嘔吐するようになってた。

たぶん酸蝕のせいか前歯が欠けていることも、言われて初めて気がついた。

精神安定剤睡眠導入剤は一度それに頼るようになると増えることはあっても減ることなんてない。

ただでさえ立派な肩書きのついたおじさんってだけで私にとっては威圧感を感じるのに、私のためだけに一対一で圧迫面接を毎週やってくれるのだ。こんなに効率的に削られる環境もそうそうないだろう。



処世術を身につけた私は、報告会の時にはなるべく断定的なことをいって詰められるより、ボスの気分を害しないよう曖昧な返答に終始するようになっていた。

詰められるかわりに今度は「何言いたいの?意味がわからないんだけど。」と言われる回数が増えていった。

でもあからさまにマスハラ受けるよりはそっちの方がずっとマシだ。ボスよりずっと私のことをよく知ってる友人たちにもよく言われてることだし、たぶん自分でも言ってる意味がわかってないことのほうが多いから。なんで間違ってるか自分でもわからない詰められ方してる時より、そうだよなあやっぱりわかんないよなあ、って自分でも納得できたから。

D進するかどうかは悩んだけど、親類縁者で理系大学院にいくのなんて私が初めてで両親はそんな私を誇りに思ってくれてた。研究テーマが決まってなくて学振すら出せなかったけど、それでも両親は支援してくれた。まだいける、まだいけるはず。



療養のために半年休学したりもしたけど、なんだかんだで3年乗り切ってきた。幸いなことに後輩の卒研指導などの役割分担からは外されていた。自分のことだけで精一杯な現状に引け目を感じつつがんばって、なんとかようやく原著論文投稿にお許しをもらった。レフェリーコメントが帰ってきた。introduction からなかなcriticalな指摘がきてる。進捗報告の時に改定案を見せなきゃ。



見せたところで帰ってきた返事は「言ってる意味がわからない、つまりどうしたいの?」。いつものことだ。昔の私じゃない。こういう時はどうするか?ボスがどのように理解したがってるかなんてこっちは知ったこっちゃない。こちらが取りうるほぼ唯一の戦略はどうとでも取れる玉虫色の返答をジャブとして繰り出して、相手の出方に応じて適切な返答を作る。即興ながら官僚の作る国会答弁問答集にだって負けないぞ!私の頭はキレッキレだ。

いつものこと、どう返事したかなんて細かいことは覚えてない。その代わり、呆れ返った声で彼が返した言葉はジャブどころか私に向かってストレートに投げつけられてきた。

「あのねえ、◯◯さんがこの論文でどういう事を主張したいのか、まずそれをはっきりさせてくれないことにはこっちだってアドバイスしようがないんだよ」

なんで今更そういうことを言ってくるんだ。私が何を主張しないべきかだけはあれだけしっかりわかってるくせに。辛い。苦しい。私は何を主張したいべきなんだ?わからない。わかってたらもっとはっきり自分意見を今までも言えてきたはずだ。でも私が知ってのは、ただただ「私は何をしないべきか?」。それだけだ。



「何をしないべきか」を彫刻刀で一つづつ削っていったら、版画みたいに「何をするべきか」がネガとして浮き上がってくる、そううまくはいってくれなかったようだ。

私は何をしたいべきなんだろう??最初論文の主張の話だけだったはずなのに、考えれば考えるほど、この問いに人生のものまで絡め取られていってる気がする。

何をしないべきか?逃げ出すことが敗北なのはわかってる。ボスだけじゃなく共著者みんなに対しても無責任なことだ。中退なんて高校だけでもうたくさんだ。でも、いくら「何をしないべきか」を潰していっても、どこからも「何をするべきか」は浮かび上がってこない。あとどれだけ「何をしないべきか」を潰していけばこの暗闇の中から一筋のネガが見えてくるんだろう。



疲れた。来週もまた研究室に行ける気がしない。レフェリーへお返事書く期限もたぶん間に合わない。「何をしないべきか」だけははっきりわかる。もっと別のことを私はわかりたかった。とにかくもう疲れた

2017-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20170119160109

早野龍五の動きは事故後すぐから詳しく追われているね

一貫して事故被害矮小化工作に動いているよ

2011年3月22日春雨じゃ濡れてまいろう

鈴木寛と画策して避難抑制

給食まるごと検査で各食材汚染を隠す

訴訟不毛といって賠償抑制工作

・100mSv閾値論の拡散

・初期被曝セシウム以外の汚染隠蔽

論文には一切書いていない健康影響論を広報

根拠なき甲状腺がん過剰診断論で検査妨害

・めでたく放射性影響研究所就職

https://togetter.com/li/398228

ヤバい

2017-01-24

ポスドクだけど、自分の手で研究テーマを広げられない

情報系のポスドク
現在所属先で取り組んでいる研究テーマは楽しんでいるが、自分の手で新たな研究テーマを考えたり広げたりすることがすごく苦手。
現在研究テーマから広げるのもなかなかできずに上司頼みになってるし(考えてはみるのだけど最終的には上司アイデアが表に立ってくることが多い)、一から新しいテーマに手を出したい気持ちはあるけど実際にはそこまで意欲が湧かない(し時間もない)。

周りのポスドクを含む若い研究者の方々は、自分で「こんな研究したい」というのがどんどん思いつくし、それを休日を使ってでも取り組もうとする人が多いのに対し、自分にはそういうのがない。
全くないということはないけど、少なくとも「今後論文に結びつきそう」というものではない。せいぜい「趣味作ってみたもの」くらいのものしかない。
少なくとも現状の自分では、PIとなる研究者になれそうにはない。

アカデミックにこだわりがあるわけではないし、次の仕事アカデミック関係ないところに求めてもいいんだけど、だとしたらどういう仕事がいいのか、というのが悩み。
もしアカデミックで粘ったほうが仕事上有利というならそれもありだと思うし、もし「新たな研究テーマを考え付くような意欲が出る」方法があるならそれを試してもう少し頑張ってみるというのも手かもしれないが。

文科省だけじゃない!教員天下り問題

文科省から天下り問題が注目を集めているけど、教育業界天下りはそれだけじゃないよね。

例えば、教育大学学部)への教育委員会経験者や「有名教師」の天下り

教育大学学部から昔ながらの教育研究者を減らして、現職あがりの教師准教授とかで迎える動きがここ数年でずいぶん進んだ。

これって、実践的な教師を育てる名目で推し進められているけど、実態学生教員採用口利きするためのものになってる。

結果的に、学生は有力教員に擦り寄るだけになるし、お上にペコペコ頭を下げるイエスマン教師けが排出されるようになった。

現場を知らない教育研究者ダメダメであるにしても、実践しか知らない教授准教授が増加して意味不明論文かいてたりする。

教育大学予算削減を狙いとして、研究系の大学教員をどんどん外に追い出して、現職上がりの教員だけとったら教師になれる学生は増えるかもしれないけど、頭を使う教師は増えない。

いま、教育大学予備校化してる。

これまでの教員養成が良かったわけではないだろうけど、実務家教員だけで良くなるとは限らない。そればかりか利権の温床にもなってる。

そのうち崩壊すること間違いなし。

2017-01-22

怪しい情報をどこまで咀嚼するか?

大学院の先輩の話

 

その研究室教授は言うことがコロコロ変わったり、意味不明アイディア意見バンバン言うタイプだった

お陰でその研究室メンバーは徐々に、教授が何か言った瞬間に「またなんか言ってるよ」「前と言ってることが違うじゃないか」と信じなくなっていった

 

だが先輩はそうではなかった

喩え話だが、先輩は、その教授が「これはハンバーガーだよ」と言って石を差し出してきても

「ひょっとしたらハンバーガーかもしれない」と考え石を噛み、咀嚼した上で「これはハンバーガーではないですね」と突き返すような人間だった

 

その際に教授は「当たり前だろう」なんて言うので、先輩も毎日ブチ切れていたのだが

「こんなのハンバーガーじゃない!」と石を咀嚼せずに突き返すことはしないのだった

そのおかげで、先輩の論文は深いものに仕上がっていたし、他の人が気づかないことにも気づいていた

もちろんそのお陰でスピードは落ちるのだが、研究者ならそのくらい熟考できなくてはいけないのかもしれないと私は思った

 

私は先輩のようにはなれないが

情報咀嚼の長さ」というものを柔軟に変更できる人間になりたいと感じた

何でもかんでも自分過去常識を信じ込み、「そんなもの間違っている」と断じてしまうといずれ前進できなくなる

相手が信用できないからとか、誰が言ったからとか、常識的ではないとか、そういうのを少し脇に置いといて

「ひょっとしたら真実を言っているかもしれない」と少しだけ考える癖をつける

 

まあ大抵は「石じゃねーか!!」となるのだが、たまーに、ひょっとしたらハンバーガーな時もあるのではないだろうか

その時私は「皆が石だと思っているものが本当はハンバーガーだ」と気づいている、数少ない人間になるわけだ

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