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はてなキーワード: 卑怯とは

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323175344

忖度するのは好きだけど忖度されると卑怯者呼ばわり

http://anond.hatelabo.jp/20170323101358

そういう男(女)って一定数いると思うよ

実際私もそういう男に引っ掛かってひどい目にあったか

この好きになった気持ちはどうしてくれるのって思ったけど、

そうやって逃げるだけできちんと話をしよう、向き合おうとしないヤツにしがみついても意味ないなって

今それを乗り越えて一緒になれたとしても、何かある度に無視という手段を必ず使うよ

無視すれば自分の言うことを聞くと思い込んでるんだから

無視=逃げなのにね

自分に負い目が有るから逃げるんだよ ないなら無視なんていう一番卑怯な手を使う必要ないんだから

どんなに短かろうとも一緒に暮らしてた相手に対して失礼過ぎる

相手曰くの正当な理由があったとしても無視という手を使う言い訳にはならない

そんなヤツは放置放置

2017-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20170322114104

多分増田消しては忘れかけた頃に手を変え品を変え再投稿してるからなかなか見つからないんじゃない?

卑怯だよな

http://anond.hatelabo.jp/20170322001722

まずね、小説映画だとしたら、詩歌写真なの。

旅行写真でも卒業写真でもなんでもいいけど、自分にとっては大事な一瞬をとらえた写真って、知らない人が見たら「なにこれ?」ってなるでしょ。でも撮った本人はその一枚でもあのときのことを思い出せるから、わぁーいいなあってなる。そんなふうに物語のものではなく物語痕跡から全体像をを想像して味わうのが詩歌の楽しみ方のひとつから、詩は本来、書いた本人にしかからないのが普通なんだよ。

から詩はあなたにも書けるし、けれどもその詩は他の誰かには全く理解してもらえないかもしれない。あなたにとっては切実な場面でも、「なにこれ?」ってなっちゃう。

だったら他人他人詩歌をどう評価できるんだっていうと、みんなまず物語以外の部分をかみしめてるみたい。言葉って意味だけじゃなくて音や文字もあって、たとえば漢字がいっぱい並んでたら理屈抜きで「うわ、めんどくさ!」ってなったりするし、ミラバケッソとかヒノノニトンとか意味関係なく音として気持ちよくて頭に残っちゃうことって結構あると思うの(卑怯CM多いでしょ)。写真でも、単純にきれいなものが写ってたら誰がいつどこで撮ったか以前に「わーきれい!」ってなるでしょ、文字だってうつくしい言葉がきれいに並んでたらそう思えるかもしれない。写真だとモチーフが左右対称に並んで写ってたらそれだけで気持ちいいように、定型句でも575の音数に合ってたらそれだけで気持ちいいとか。この辺が、作品それ自体の内側へと入り込んでいく楽しみ方の例。

逆に作品の外側に目を向けると楽しいこともある。写真なら、たとえば撮った人や撮った場所に注目してみるとか。普通写真でも、自分の知ってる人、好きな人が撮った写真だって聞いたらそれだけで「どんな気持ちで撮ったんだろう」って想像したくなってこない? あとさ、ライオン大口あけてる写真とかだと「この人どうやって撮ったんだよ、撮った直後に殺されたりしてないだろうな」とか想像して怖くなったりもしそうでしょ? 他にも、京都タワーを手で支えてるような構図だったりしたら「ピサの斜塔かよww 京都タワーじゃかっこつかないでしょうがwww」なんて元ネタと比べて楽しむとか、それ自体では補えない情報量が実はそこかしこに見つかったりするものなの。

そうやって自分必要情報量を探していく、補っていくっていう探偵じみたプロセス詩歌の楽しみだと思うし、これって実は小説でも他の芸術分野でもおんなじだよね。さらに言うと、いろんな作品詩歌小説に限らず)を見ていくと、自分を泣かせる笑わせるために必要情報量ってじつはそれほど多くない、このツボさえ抑えてれば自分は大体泣けるっていうポイント抽出できたりする。物語全体じゃなくって特定の要素があれば人間勝手想像できちゃうし、人からもらうより自分で作った方が味付けも変えられておいしいのは料理と一緒。でもそうやってツボを探していくと、面白いことに、その自分だけのツボって実は他の人も泣かせてしまったりする。自分のためだけに作ったものが何故か他の誰かまで撃ち抜いてしまったりする。

究極的に個人的ものは、実は最大限に普遍的でもあるんだ。その普遍性だけを切り取って残そうとする挑戦が、詩歌を作る苦しみであり楽しみなのだと、わたしは思う。


あとは渡邊十絲子の『今を生きるための現代詩』って新書がすげーオススメなので一読されたし。自分詩歌詳しくないけど、わからないなりに楽しくなるよ!

すてきな紹介記事→ http://d.hatena.ne.jp/mmpolo/20130531/1369926781

2017-03-22 20:42 追記(返信など)

でも現代純文学はそういうツボに反感持ってるよね

自分文章読み返したら「ツボ」の例を泣ける笑えるに限定しすぎたのが失敗だった。「泣ける」が分かりやすい例だっただけで“面白い”のツボって千差万別からね。

でも自分なりのツボはすべての書き手が持ってるだろうし、それを分かってくれる人も必ずいるんだよ、なぜか。・・・いや、よき受け手出会えるかどうか、そもそも作り手がそのツボを自分表現で押さえることができるかどうかは別として。

青木淳悟でも木下古栗でも岡田利規小笠原鳥類橘上でも誰でもいいんだけど、たとえ共感を得やすいツボに反感を持ってたとしても、その人には別のツボがあるし、人間表現である限り普遍性を完全に排することもできない・・・とわたしは思う。

だってすべての表現コミュニケーションから。読者としての自分自身とすらコミュニケーションしない表現なんて、ヘンリー・ダーガーでも無理なんじゃない?

今を生きるための現代詩kindleにあったので買ってみました

わーいやったー! ありがとうございます、せっかくなのでその先の本もいちおう置いときますね!

入り口としては『今を~』がすばらしいけれど、もしそれで現代詩自体に興味がわいたら新書館から刊行されてる『現代詩の鑑賞101』がとってもいいです。やさしい解説つきで101篇も読めばだれか一人くらいは推し詩人も見つかりそうでしょう? つまんないのはどんどん飛ばそう。

歴史の流れが知りたければ野村喜和夫の『現代詩マニュアル』がなかなか手っ取り早いけど、ごめんなさい、なんかスノッブくさくて個人的にはちょっと・・・。

もっと深く勉強したい人は現代詩手帖特集版『戦後60年“詩と批評”総展望』などをどうぞ。谷川俊太郎が「やっぱ売れ専をバカにしないで売れる詩をちゃんと作んなきゃダメだろ、ジャック・プレヴェール見習えよおまえら」とか言っててわろた。

ちなみにわたしの推しは入沢康夫渋沢孝輔です。入沢翁、ツイッターはじめててびっくりした。俳句短歌の話は、ごめんなさいぜんぜん分かりません。だれかオススメおしえて。

好きになったアプリパクリばかりだった

好きなアプリができた

自分の中で殿堂入りするほど好きなキャラもいた

でもある日、そのアプリパクリだって知った

まだ好きではある

でも探せば探すほど黒い話ばかり

ちょうどその頃、スマホの容量がパンパンになった

消してしまった

まだ少し未練はある

CDを出しているようなアプリなので、それを聞きながらなんとなく未練があるなあって思う

でも、なんだか楽しめなくなった自分がいる




追記

匿名ダイアリーで言ってもアレだけど、トラバで言われている投稿と私は別人です。

どの投稿かはわかりませんが、そのような内容の投稿は知っていますし、まだ存在しています

Google検索からでも探せますトラバ見て先程探し当てました。

何度も言いますが、その投稿は私とは違います。信じるか信じないか(ry

なので、卑怯者とか言われることはしていません。

2017-03-18

歴史に学ぶということ

教科書には、第一次世界大戦から総力戦になったとか書いているだろうが、戦国時代から既に総力戦になっている。戦国時代後半には足軽という非正規雇用が進み、職業軍人だけで戦争をしているわけではなくなった。安土桃山時代には、鳥取の飢え殺し(かつえごろし)という事件が起こっている。兵糧攻めでも降伏しなかったので、領民までもが餓死し、共食いも起こったらしい。死体を食ったようだ。

経営者管理職自己組織の対面を維持しようとすれば、非正規雇用から犠牲になる。戦争ともなれば、兵士でなくとも犠牲になる。

桃山時代には刀狩りが行われ、つまり民間人に対する武装解除が行われて、職業軍人時代に再び戻された。

今でも、兵士民間人区別して、「民間人を巻き込むな」と批判することは一般的だ。しか現実には、民間人普通に兵士として使われる。

大東亜戦争」では、通称赤紙」が乱発されるが、これは民間人に対する徴兵軍事工場普通に空爆しても、そこで非戦闘員労働している。学徒動員かいうのは、職業学生軍事産業就労させたわけであり。さらにクソ愚かなことに、竹槍持たせて戦闘訓練をしたりとか、焼夷弾空爆されるのにバケツリレーで消火しようとか、これが現実じゃなければ爆笑ものである

国民一丸となって戦おうとか言うと、もしかするともしかして美談に聞こえたりもするのかもしれないし聞こえないのだろうけれど(笑)一般人犠牲にしてでも体面を維持して、少しでも有利な条件を引き出そうとする卑怯な、組織論理だぞ。しかしこの手法がまともに通ずるのは前近代戦争までさ。

前近代戦争ならば、敗戦するのにも一矢報いて有利な条件を引き出そうとしたわけさ。例えば戊辰戦争にしても箱館に立てこもって楯突いたのがいたわけで、戊辰戦争後には、既得地位を奪われた人々に対して北海道知行するという補填が行われている。そうして大名移住して開拓したり、下級士族屯田兵転職したりしたわけさ。けど、こういうのは前近代的な、取引としての戦争だ。

絨毯爆撃して沖縄戦しても屈服しないうえに、特攻してくる連中見て、アメリカ人ビビったんだが、ビビたからなおさら無差別殺戮してきたさ。そいで、広島長崎原爆実験台にされたんだぜ。結果、敗戦したうえに、天皇制維持をかろうじて死守しただけだろ。交渉になっていない、むしろやればやるほど失われたってこと。同胞捨て駒にして、なんの得も無かったんだから、実に、実に、クソバカだ。

歴史に学んでいない。歴史を学んでいないんだろう。今も学んでいないのだろう。教えられる奴も居ないんだと思う。まだまだおんなじことやり続けるんだろうね。今でも、人は国家社会歯車だろ。会社人間とか企業戦士とか、そして社畜とか、丁稚奉公時代から変わっていないしな。丁稚奉公時代から未だに毎年数度は「帰省ラッシュ」が起こるだろ。滑稽で笑われるような現象だけど、異常だという自覚すらないようだね。休日国家が決めていて、皆それに合わせないと生きていけないとかいう(以下略)(笑

景気が悪化し続けるのも当然で、国家のために増税したり、企業のために人件費削ったりして、組織構造を優先して、所得雇用を減らすことばかりやっているからね。遣えるカネないんだから、消費は増えない。採算をとるために人件費削るのに必死で、企業すら多くは遣えるカネ無いしね。建前では戦争やってなくて平和ってことになっている今も、実質的には戦時中だな。

既得権益者の逆ギレと、日和見菌パラサイト

安倍以来、激鬱で生活行動すらまともにやれていないので、ましてや書くことも辛くて、思考はいくらでも自動的に出てくるのだが書けないという日々が続いている。だから論理的にちゃんとしたことを書く気力がないので、跳躍的に短絡に書く。

近年の現象は、既得権益者の逆ギレと、社会の既成構造に馴れ合う人々のパラサイトで生まれている。そうやって、プーチン安倍トランプも生み出されている。

自然界の多くは、普段は役に立たない日和見でできている。人体の細胞のかなりの割合は、役に立っていない。人体に棲む細菌の大多数は日和見菌であり、「勝ち馬に乗ろう」とする。生きていくためには多少のことは辛抱するというそこそこ恵まれ人間が、人数としては多い。こいつらは日和見である

残念ながら、弱くて卑怯な奴は日和見をするし、組織論理で行動する。自分の命が惜しかったり、部下や親類や友人のしがらみの社会では、日和見で行動する。本当に正しく善い人でいるためには、ときには人間関係を絶たねばならない。だから友達(笑)である。妻や恋愛友情なんかでは、保身のエゴイスティックな行動を取るという生存欲求という意味で強くなれるだけであり、そこには正も善もない。あるのは、人間社会利己主義に基づいた正義だ。そういう意味で「強い」のであって、正しいかどうかは別の問題だ。

既得権益者は、贅沢な地位民主党政権時代抑制され、被害妄想に陥った。恵まれ身分を奪われたら、「差別されている」とすら思い違いもする。もはやコント漫才かのような笑い話だが、困ったことにフィクションではないから困る(笑)。例えば、このオッサン社会なのに、男が差別されるようになったとすら思い込んでいたりする(笑)所得があって恵まれているのに、俺のカネを無駄遣いするなと言って税金ケチらせようとし、社会保障費は貧困者に負担させようとする。

逆ギレである

ちょ、おま(笑 である。面倒くさいからその一言だけでもいいと思う(笑)

けど実害が甚大だから困る。物凄く困る

社会の既成構造政体があって、そのなかで権力権利をもっている階級身分っていうのが未だにある。封建。カースト制のようなものだ。そうして、そのカーストに基づいて人生を過ごしている人間には、その身分に基づいて生きたがるのも居る。沢山居る。世襲政治家のイエというのは贅沢な身分でもあるが、ときには針のむしろであり、人生牢獄である。けれどもおそらくは多くの人から羨ましがられている。

同様に人生牢獄だが羨ましがられるとは限らないものに、夫にパラサイトする女という「孟母三遷」的な封建的人生をえらびたがる人々がある。男尊女卑差別されているのは明白なのにもかかわらず、男にパラサイトして人生を終えたがる人というのは残念ながらかなり多い。そして実際、ひとりのちからではこの社会構造を変えることはおよそ不可能みえるし、異論の声を上げるだけでも既成社会で生きていくにはデメリットでもあり、そしてついには、既成社会適応して疑うどころか心底賛同するという社会適格者化すら起こる。

残念ながら、とにかく実際、女に生まれたら、結婚しないで生きていくのは困難な社会であろう。

男が外でカネ稼いで、女がそのサポートをするという、そういう武家社会かなんかの慣習が拡大再生産され相続されて、今に至っていて、未だにある。

保守」というのは、「古来を守っている」のではない。決して、ない。単に、既成構造を死守しているということ。奴らの言う「古来」は、既成事実封建制度。この封建制度ってのも、たかだか近世のもので、古くはない。古来の古代のものではない。とき儒教封建であったり。カトリック教会封建であったりするかもしれないが、そういうカースト社会構造。そして、そうした構造奴隷にわざわざなりたがる人はかなり多いってこと。たとえば、解放をいやがる奴隷だって沢山いたくらいだし。おそらく今でもインドに行けば、客が自らセルフサービスでやったら、俺の仕事奪ってくれるなと言うカーストの下層者が残っているだろうと思う。

こうした遺物洞察して反省して革新しないと、いつまでたっても人類はクソ未満なんだろうと思う。

菅野完ウヨクにもサヨクにもうってつけの人材

まずウヨクからすればこんなに操作やすい奴もいない

功名心が強くて女にもカネにも弱い

ちょっとした罠でコロっといく



そして菅野完を罠にはめるには、敢えて脇の甘い理由で挙げる

証拠不十分とか別件逮捕のようなやり方で、敢えてな

そうすればサヨクからしても、

「微罪逮捕で疑獄を誤魔化そうとしている!政権与党はやはり巨悪!!」

という十年一日の如き反政府運動の旗印にもってこいの理由を添えることができる

サヨクにとって最も必要なのは疑獄の解明ではなく、疑獄の追及にこそあるのだから

闇の中に葬られそうな疑惑こそ大好物なわけだ

卑怯卑劣な巨悪と戦うサヨクという構図を提供してくれるのだから、これほどありがたいことはない



これでほぼ手打ちだろ

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315214349

本気になったら切れたりストレスを溜め込んでしまうから、その予防行動として逃げる。

そういうくせが身についているので戦う場所チキン自分認識できない。チキン自分を認めたくないから。

ただし本気にならなくていいか、とあっさり考えている人の場合はなしは別。

段落目の話と噛み合わない場合でも回避行動であるのは確かなので、闘いと向き合った時の自分と向き合えるかどうかが鍵。

友人を捨てるのも自分プライベートな深い部分を知られた瞬間に「相手から」捨てられるという恐怖がある。

から先に切ってしまえば自分が傷つけた方になるという心理が働いていている。

臆病は卑怯に転じやすいと私の知り合いは言ったが、その症状の一端が出ている。

2017-03-13

ぼくはきみの服の中のオッパイを見たかった

Mはぼくと同じ高校で一学年下の女の子だった。


まるで男の子のようなショートカットの髪、金八先生に出ていた時の上戸彩みたいにCUTEな美少女だった。

ぼくの君に対する第一印象はただひとつ「胸がでかい」それ以外のことをぼくは何一つ思いつかなかった。

小柄なきみのカラダに不似合いなほど、その胸の隆起は際だっていた。


きみは一時期、ぼくと同じ学年の男子と付き合っていたね。

から学校への道を並んで来る姿、帰る姿をぼくは覚えている。

そのときぼくは思ったよ。

あいつはあの大きな胸が目当てなのか」と。

もちろんそんなことはなく、彼は知的でCUTEなきみが好きで胸なんかはただのおまけだったのかも知れない。

しかし、どんな言い訳をしたってきみの第一印象が胸であることは疑いのない事実なのだ

それに「どうせ胸が目当て」だなんて高校生の言うセリフじゃないだろう。

自慢じゃないがぼくのいた公立高校男子童貞率96%、つまり童貞クラスに一人くらいしかいなくて、

しかも在学中に処女童貞を失った場合浪人率は100%という恐ろしい世界だったから、だから禁欲正義だったんだ。

もちろんぼくも受験勉強に精を出し、オナニーで精を出す一人の純朴な高校生だった。

受験勉強甲斐あってぼくは現役で大学合格し、その喜びもつかの間、片想い女の子にはあっさりとふられ、童貞期間更新中だったぼくは、翌年の春にきみが関西のある有名私大合格して大学生になったことを知った。

当時のぼくは手紙をよく書いたよ。在学中にちょっとした面識があったのできみにも合格のお祝いと自分大学生としての近況報告のような手紙を書いた。そうしたら一度京都を案内して欲しいという返信が来た。そしてぼくは思いがけずきみとデートできることになったんだ。


大学生になったきみの胸はさらに巨大化していた。

巨乳というのは裾野が広いんだ。

富士山裾野が広く伸びていてるみたいにね。

「えっ、こんなところから胸がはじまるのか!」と思うほどにきみの胸の隆起はクビのすぐ下からはじまっていた。

ぼくはきみの目ばかり見て話をしていたが、視線を下に落とせばそこには胸があった。

かい合ってる男が自分の顔ではなく胸を見ながら話してるなんてすごく不愉快じゃないか

からぼくはいつもきみの目を見て話をしていた。視線を伏せることなんてできなかった。


今思うとなんてもったいなかったのかと思う。サングラスでもして視線を隠して、思う存分胸を見ればよかったじゃないかと。でも、当時はそんな才覚はなかったんだよ。


京都でのデートの後で、ぼくは卑怯にもきみへの手紙の中に「好きだ」というフレーズを書いた。

しかし、そのときのぼくは本当にきみが好きだったのか、それともきみの胸が好きだったのか、正直言ってよくわからない。

ぼくは知的でCUTEなきみを本当に素敵な女の子だと思っていた。

しかし、その100倍くらいぼくはきみの胸が好きだったんだよ。そんなこと手紙に書くはずないけど。




秋になって、いろんな大学学園祭の季節になって、ぼくはMを伴ってN女子大学園祭に出かけた。

高校で同じクラスだったことがある仲間由紀恵みたいな黒髪の純日本風お嬢さんに誘われたからだ。

実はぼくはその仲間由紀恵のこともかなり好きだった。もしもその美女を射止めることができたならば、ぼくは同じ高校のあのさえない童貞軍団を見返してやることができたはずだし。そう、ぼくのあこがれの大本命は実は仲間由紀恵であり、Mの存在価値は「自分とつきあってくれる女」という点にあったわけだから



女子大学模擬店でぼくは仲間由紀恵にMを紹介した。仲間由紀恵はMをみて、Mの胸をちらりとみて、それから妙につっけんどんな態度になった。


あなたはこんな乳のでかい頭の悪そうな女が好きなのね!」と仲間由紀恵は思ったのかも知れない。


そんなことはないんだ。Mは決して頭の悪い女なんかじゃない。

とっても聡明で話していて退屈しない女なんだ。


でもそんな言い訳をするチャンスはなかった。

だって仲間由紀恵はその後ぼくに手紙をよこさなくなったし、彼女が風の噂にお医者さんと結婚したと聞いたのはその数年後のことだ。



女子大学園祭の後に控えていたのは京都大学11月祭だった。ぼくはそこでMと腕を組んだり、手をつないだりして歩くことができた。

普通カップルのように彼女学園祭デートをするなんて幸福をぼくは手に入れた。


しかし、ぼくは手をつなぐ以上のセクシャル領域に足を踏み入れることはどうしてもできなかった。

その理由簡単だ。ぼくは童貞だったから。どうやってその先に進んだらいいのか、ぼくは全くわからなかったのだ。

手を伸ばせばいつでも触れられるような距離にありながら、その胸はぼくにとって相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであったのだ。



そのままお正月が過ぎ、春になった。ぼくはMと初詣住吉大社に出かけ、そこから阪堺線チンチン電車に乗って浜寺公園に出かけた。

潮の香りのするコンクリートで固められた護岸の上の散歩道をのんびり歩き、座って話をした。おだやかな一日だった。



あの頃ぼくたちはいったいどんな話をしていたのだろう。

そうして休日には手をつないで歩き、一緒に映画を見たりしたぼくたちはまぎれもなく「つきあってる」という状態だった。

しかしぼくにとってきみの胸は相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであった。

どうすればぼくはその二つを可能にできたのだろうか。

まだ20歳にもならない自分はその方法を何一つ知らなかったのだ。

もしもできることなら今の自分が当時の自分に憑依して、知りうる限りの恋の手練手管を用いてその困難を可能にしてあげただろうに。


ぼくは免許を取り、中古車いすゞジェミニを買った。それでMとドライブすることになった。

Mに向かって「どこに行きたい?」と聞いたら「鞍馬」という意外な答えが返ってきた。ぼくたちは鞍馬おもちゃみたいなケーブルカーに乗った。

汗ばむような陽気の中で、同じようにデートしているカップルが居た。

ぼくたちとの違いは彼らがキスをしていたことだった。


ぼくは赤面した。


キスとは、ああキスとは、それは限りなく遠くに存在する行為じゃないか

まだぼくは胸を見たこともないのに・・・


いや、それは違う。少なくとも胸を見るという行為は、キスという行為さらに先に位置するものであるはずだ。

ということは、自分が胸を見たいとか触れたいと思っていたことは根本的な間違いであり、それを実現させたかったら

先にキスという段階をクリアしておかなければならなかったのだ。キスとは、胸を見るための必要条件である

もちろんキスをしても胸を見るところまで到達できない場合もあるだろう。しかし、キスをしないで胸を見るなんてことはどう考えても変だ。

まり自分は、「胸を見るためには先にキスをしなければならない」という恋愛の発達段階の重要法則をそのとき発見したのだ。

ストレートに胸に到達しようと思っていた自分が間違っていたのだった。



乳首を舐めたかっらたまず相手の唇を舐めろ!」



ぼくはその真理をここに理解したのだった。


しかし、破局は突然にやってきた。

Mが教会に通い始めたからだ。

学生のぼくたちがデートできるのは日曜日に限られていた。

その二人のための貴重な日曜日を、Mはこともあろうに私ではなく神に捧げてしまったのだ。

ぼくは一度Mにくっついて教会に一緒に行ったことがある。Mのスクーターの後を、ぼくは実家にあったヤマハパッソルで追走した。

当時はまだ原付ヘルメット着用の義務はなかった。そうして教会に出かけたのも一度きりだ。

ぼくにはきみの胸を見たいという願望があったが、教会聖書を見たいとは思わなかった。

僕に必要なのは聖ではなくて性であり、聖書ではなくて早くぼくを童貞から卒業させてくれる性書こそがぼくにとって必要書物であった。

「汝、姦淫するなかれ」という神の教えは、その反動でぼくの心をますます君の乳房への思いでいっぱいにした。

ぼくは教会についていくのを止め、ぼくたちの仲は自然消滅した。

ぼくがMと最後に会ったのはぼくが大学卒業した春だ。

そのとききみはブラウスボタンを二つもはずしていたから、ぼくは思わず「うっひょ~」と心の中で叫んだ。

そのとき、きみのオッパイはぼくの心の中で永遠憧憬になった。あれから34年経つけど、今でも君の胸は成長を続けているのかい

2017-03-11

頭が突然回らなくなった

入社5か月目。昨日は会社で一番最後に帰社。今日も朝から休日出勤

今日の正午過ぎ、上司から命じられた報告書を出したところ、訂正箇所数十か所を明日までに直せと命じられた。

その訂正作業を行おうとしたところ、突然頭が全く回らなくなった。

訂正作業段取りとかそういったことが全く考えられなくなった。

エスタロンモカコーヒーで流し込めば状況は良くなるかと考えたが、待てど暮らせど頭は回らない。

「やらなきゃやらなきゃ」と考えても全く作業が手につかない。

体調が悪いとだけ上司にいい残し、職場をあとにした。報告書の訂正には一切手をつけていない。

過労という線も考えたが、今月に入ってからたかだか30時間ぐらいしか残業していない。そのため、過労という線も考えにくい。

結局仕事から逃げる理由が欲しいだけの卑怯錯覚しかないと、帰りの東山線の中で考え込んでいた。

自分無能卑怯で、そのくせ権利だけ要求する下劣人間だ。

 

締め切り厳守だし、上司命令絶対だ。ただ、明日中に訂正作業は済むか不安で仕方がない。

いや今のような状態でも這って出社しなければならない。それができないかもしれないということが一番怖いが。

2017-03-10

発達障害話題がよく出るけど発達障害ってひとくくりにしないでほしい。俺の周りの発達障害はきちんと社会に馴染んでるし、コミュ力の高いやつもいるから。社会でやってけないタイプの頭の悪い発達障害はきちんとカナー症候群と名乗ってほしい。朝鮮人のふりする日本人と同じだよ。すごく卑怯だと思う。発達障害でも社会で過ごせないわけではないし、スティーブジョブスのようにトラブルはあるかもしれないが大成功する人もいる。カナー症候群の人は発達障害と一括りにすることによって俺たちは優れているんだぞ。って言いたいんだと思うけど違うからジョブだって人生楽しむためにLSDしたり、マリファナしたりしたけど、騙されて精神薬飲んで人生苦しんでないから。

2017-03-06

なんども…

https://twitter.com/waraino_naikaku/status/838440214703976449

笑の内閣上皇‏ @waraino_naikaku

わしに対してこんなやり方は卑怯だ。とか言われても、わしは発達障害普通に働けないかしょうがないじゃないか。こんなやり方は見たくないというなら、(銀行口座番号が書かれているので以下略

暴力的活動家も同じこといいそうで怖い。活動家のものかも知れないが。

彼の言動肯定的な"お仲間"は助けてはくれないのか?仕事だって発達障害でも可能なのが色々あるだろうに。

いじめってむしろあったほうがいいと思う

そもそもなくせないことを証明したほうが早いのだが、まずは説明を試みる。

基本的な考え方としては2点。

遺伝子的淘汰が進んだほうが社会は良くなる。

・授業や業務の進行を維持するために、多様性重要度を全員に理解させるより、一人が犠牲になっていたほうが合理的



いじめられる側環境が選べるはずで、どこか一つの環境いじめられているからと言ってそれで人生全てが否定されてしまうというのは詭弁だ。

自分一人がいじめられることに耐えられないからといって、グループ全体の利益犠牲にさせるのはいじめに対する報復としては大きすぎると言うものだろう。

それでも尚、いじめられる側が全ての正義を発揮してよいと言えるのだろうか。



ときいじめ議論を見ていると、個人幸せというものが全てにおいて優先されると勘違いしている姿を多く目にすることができる。

しかし、生物とは常に淘汰と戦い続けている。それはいじめる側でもいじめられる側でも同じだ。

自らの淘汰の恐れを、いじめという言葉一つを免罪符相手の淘汰へと置き換えるのはいささかやりすぎているといってもいいだろう。



しかし、いじめがあったほうがいいということを証明するのは私ではない。

今この文章を読んで、その考えの多様性を認めることよりも正しさのもとに鉄槌を厭わないその気持が望んでいることなのだからだ。

いじめがないほうがいいに決まっていると殴りかかろうとするその気持こそが、全てのいじめ共通する正義感という欺瞞に他ならないのだ。

それこそが始めに言ったとおりに、なくせないことを証明するほうが簡単だとした理由である



いじめられることを恐れる人間よ。どれだけ正論を重ねてもそのいじめを無くすことはできない。

そんなものに正面からかい合って疲弊するよりも真っ先に逃げよ。

相手対象が強くなれば強くなるほど強くなる。これ以上相手に武装を与えさせるな。

相手の知らぬところで体力を回復し、相手に知られぬように戦う準備を整えるのだ。

しかしそうして戦う相手は今までいじめてきた相手ではない。

もっと正しく活躍できる場所で、社会と正しく戦うのだ。

いじめられた経験があるだけ強く優しくなれる。正しい場所で戦えばいじめてくるような相手に負けることはない。

これこそが始めに言った通りの、いじめ存在したほうがいいという理由だ。

卑怯者の卑怯土俵で戦う必要はない。どうせ死に場所を選ぶのなら自らの全力を出し切って戦える場所を選ぶべきだ。

これだから日本の「日本民族精神は…

それはそうと、また日本自称右翼に落ち度のない日本人たちが叩かれているのでしょうか。私の妹のtoto1等当選がばれた後にいたずらメール殺到しています

「お前は日本人を名乗るな」と。

もう慣れたというか、飽きたというか・・・。まったくもう・・・。本当に馬鹿の一つ覚えですね・・・。

なんであなたたちはそんなにワンパターンなんですか?洗脳でもされていらっしゃるのでしょうか?

その頭は飾りですか?自分の考えで動けないんですか?

どうせいじめるなら、もう少し頭を使ったほうがいいんじゃないですか?

貧乏美徳だ!』

そんな妄想時代はもうお終いなんです。

あなたがたのような卑怯陰湿民族は、現実社会ネット社会日本社会だけじゃない。

外国でも排泄物のように嫌われているんです。

それは外国人による日本掲示板の『日本人に対する批判非難』を見て頂ければ、

一目瞭然です。

ネット自警団??

胸を張ってよくそんな恥ずかしい名前が名乗れるものです・・・。

外国からは『ネット愚連隊』『ネットヤンキー』としか思われていない事に、そろそろ気が付きましょうよ・・・。

2017-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20170305190935

はてブはまとめ媒体という感じはしないけど

つの問題に執着してろくに事実確認せずなんでもホットエントリに入れたり、

しかブクマコメント邪推したものばかりで大量の星付いてたりとか

別の意味で糞であることはよくわかる。

 

それとidコールなしのコメントへのブクマとか

こっそりと二階建てやってる奴らは卑怯で嫌いだ。

2017-03-03

子供裏切り者いじめっ子になったらどうしたらいいのかな

子供の頃に近所の子不登校になってグレた。

理由は虐められっこを庇ったら自分が虐められっこになってしまい、庇った相手は虐めグループに入ったからだ。

元虐められっこは最悪の裏切り者だ。

でも虐めは恐ろしい、虐められる恐怖で卑怯者になる恐れはそれなりにある。

もしも自分の子供がこのタイプいじめっ子になったら親はどうすればいいのだろう。

相手に謝っても許してはくれないだろう。

子供に虐めをやめさせても虐めそのものは止まらない。

子供が再びいじめれっこに戻るのも恐ろしいが人として最悪な真似を許すわけには行かない。

考えても答えがでない。

2017-02-28

ブラック日本的ムードに殺される前に、ゆとりムードを殺そう

ゆとりブームを生んだ日本社会は、このたびゆとり世代社会問題をめぐる自身見解を発表したのだが、これがゆとり評価は「意図と大きくかけ離れた結果」だと、「日本人イメージアップとしては成功だった」と、開き直りが酷い。

結果的に、1987年前生まれ1997年以降生まれは猛反発している。しかし、国民みな兄弟という国柄か、ゆとり世代特殊世代としての緊張関係を持たず同じ「日本一家」の横並び意識があるので、彼らがゆとり世代の歪んだ問題点を厳しく批判非難することは、できないのである

これは大げさな話ではない。ゆとり以前の日本人間性個人自己同一性がしっかりしていて、向上心の高さが評価の的だった。欧米人中国台湾人を見習ったようなものになれないぶん、差別化をはかっていたのである

しかしその時代教育がパッとしなかった。テコ入れ必要になり、順次まともな教育スタイルを打ち切って、今みたいな和製韓国人の巣になったのが1988年1996年まれ世代環境である。で、これで不良の人口はほぼゼロ人に、学歴レベルは平均的に底上げとなったが、人間の質という点では最悪になった。結果、韓国人みたいな精神を持つ人が増えて、究極的に没自アイデンティティで、現実を冷笑し理想を求める努力すらしない、韓国人北朝鮮人の間並みにダメになった人間が氾濫し、いじめが不良校でないところでも起きるようになり、行き着いた先がブラック日本的ムードだろう。先人の求めた夢や努力など壊死しているのである

すべては日本社会のを蝕む「ゆとり残滓問題である世代名前が変わり、ネット原住民、没民族主義になって、既存王道型のモデルがうまくいかなくなった時に、ひねくれた形で、せこい形で、低劣な手段弱者をだますやり口に転換し、すべてが単調で低級に卑劣になっているというわけである

で、ゆとり世代卑怯精神性がわず20年で中高年を筆頭とした日本人全体に染まった。日本右傾化SEALDsもそうだし、それに感化された支配層もそうで、愛国精神日本版阿Q精神という形で国民性もっとひどくなり、メディアネットのこれでもかと続ける冷笑・サブカル悪化を右から支えて助長している。

しかし、虚偽放送ヘイト番組社会問題になっているように、この手の世代精神社会的に与える悪影響はあまりに大きく、韓国社会精神をまねたようなマインドがまかり通れば、やがて彼らが日本人である証拠がなくなる。それでもかまわないと麻痺しきって、ユーチューバーや(一部の)商業小説漫画作家並みにイカれた連中がますます幼稚になっているのが、今のブラック日本たる原因の象徴である

ドイツナチス精神の克服ならぬ、中韓日帝残滓克服ならぬ、ゆとり残滓の克服こそ必要なのである大人努力次第で、きちんとした社会環境や本人のセンスさえあれば私みたいな三十路独身中流現役2ちゃんねらーでも不良を更生させられる時代で、まして上流が人間的に落ちぶれてもそれなりにパワーがあって様々なノウハウもあるのだからゆとり世代の再教育ゆとり残滓の精算は思い切り次第で簡単にできるはずだ。

日本社会よ。今こそ人間的に落ちぶれたゆとり世代を、再教育させ、立ち直らせよ。欧米どころか中台にさえ抜かされた名誉を取り戻せ。人間性から社会環境から商業社会から、あらゆる常識世界水準に底上げしなければならない。支配層も。今、ゆとり社会を脱しなければ、一生ゆとり社会、リトル韓国のままだぞ。

2017-02-27

まさに白人論理ワロタ

全ての人が救われる「正しさ」なんてものがあると思っているの?本論とずれた反論を弱者を利用して無敵の人としてつつく事が、結局最大多数の幸福を縮小させる最も卑怯な論法であるってこと。何がトランプだよ。 - tanakaittousai1986 のコメント / はてなブックマーク

マイノリティ貧乏人や弱者需要を満たす方が全体の効用はより大きくなる、厚生経済学的にはこれは事実

だけど最大多数がちょびっとだろうが損はしたくない!リスクを負いたくない!と喚いてる対立がいまのアメリカでしょ

どうせすべての人を救うなんてムリだしぃ、最大多数(おれたち)が効用最大化できればそれでいいだろ?って思考こそまさにトランプを生んだ白人論理じゃん

http://anond.hatelabo.jp/20170227005158

2017-02-26

http://anond.hatelabo.jp/20170226112542

そうだ、経済政策優先のネオリベラリズム視点を忘れていた。

彼らはそういう欲得づくの動機に基いていながら、

表面的には人道主義的な理屈で持論を通そうとするから卑怯だな。

[]

さびさに中島敦山月記』を読んだら、だいぶ読み方が変わって驚いた。

以前は、強烈な自尊心ゆえに友人や先生に教えを請えないエリートが没落した様を描くことで、「つまらないプライドは捨てて生きていかないとロクなことにならないよ」という教訓を言う話だと思っていた。

が、この読みはどうも浅薄というか、人生の敗北者にとっては厳しすぎるのである。というか結論だけ抜き出せばそこらの自己啓発本と変わらないような気がしてきて、作品価値矮小化しているような気さえしてくる。

そこで、もう少し人生の慰めになるような読み方はないか。と考えていたら、これは「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないか、と思い始めた。



中学生の頃に読んだときは、李徴は周囲に教えを請いたりできないプライドの高い男だな、と思ったが、(浅い)人生経験を積んだ今、改めて読むとそうでもない。

李徴が詩人を志したのは、(功名心もあっただろうが)第一には心を揺さぶる先人の詩があったからだろう。そうなると、そうした詩を書く者が周囲にいれば、これに師事したり教えを請いたりしたはずである

それにもかかわらずそうしなかったのは、自分の追い求める詩人像に値する者が周囲に居なかったからだろう。



自分の追い求める理想像と、②世で「名を成す」者とがズレることは、現実社会でもしばしばあることである

李徴は、このズレに気付かないまま自分理想像を追い求めていったことで、世で「名を成す」ことができなかったばかりか、周囲の人間と折り合いがつかなくなり、「努めて人との交を避けた」結果、「一匹の猛虎」となった。

他方、周囲にいた「己よりも遥かに乏しい才能であ」る者は、世で「名を成す」道を「専一に磨いたがために」、「堂々たる詩家」となった。



李徴は理不尽な世の中に自分を合わせられず、ひたすらに理想を追い求めた結果、社会的に失敗してしまったのである



これはカフカ『変身』で、社会の求める市民像──(ⅰ)家庭の善良な息子、(ⅱ)有能なセールスマン──を演じていたグレーゴルが、自己本来性の自覚を持ってしまった瞬間、褐色の虫に変身してしまったのと似ている。

現代社会ルールでは、人間自己自身本来性を保持することを許さないのである



そして、李徴が不幸であったのは、上述した社会ルールに、他ならぬ李徴自身支配されていた点にある。

李徴としては、徹底的に社会を突き放し、自分理想像を追求するという途もあった。

しかし、「元来詩人として名を成す積りでいた」李徴は、世で「名を成す」努力をできなかった自分を徹底的に断罪するのである

事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ

李徴の詩を聴いた袁の評価によれば、李徴の詩は「長短凡およそ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりであるとある

第一流の作品となるのには、何処どこか(非常に微妙な点に於いて)欠けるところがある」とは言え、この自己評価は言い過ぎである

それに、はっきり言って実社会でこんな話は”よくある”ことなである



ここで想起されるのは聖書の『ヨブ記である

神の手により不幸のどん底に落とされる義人ヨブを、自己責任論に基づいて徹底的にこき下ろす友人エリファズの話だが、どうも李徴の中にはヨブとエリファズが同居しているように思える。



さらに、上記のヨブ記ラストにおいて、ヨブは「仲保者」(=キリスト?)の存在確信することで救われるが、李徴にこのような仲保者は現れない。

ただ、「向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。」というだけである



また、カミュ異邦人』も想起される。

これも社会ルールに合わせられないムルソーという男の不幸を描いた作品である

ムルソー物語ラストで、このような自分排除せず「優しい無関心」を示す自然存在に気が付き、幸福を得る。

他方、李徴は「獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。」というだけである



ここに来て、山月記という作品は「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないかと思うのである

2017-02-25

恋愛経験ゼロから婚活に挑んだ話。

掲示板では規制が避けられず書けなかったためこちらに記す。

と言っても人に話せる話ではないので思い出を吐き出すログとして。

秋。気が付けば29歳になっていた。

特段怠惰に生きてきたつもりはなく

むしろ真面目に、誠実に自分の目標に向かって

生きてきた。

小中高と、特に目立つことはしていないが

毎年学級長に推薦されるくらいには交友関係も築けていた。

そう、真面目で目立たないので、恋愛経験は乏しい。

仲良くなっても「付き合うとかそういうのじゃない」そうだ。

高校に行けば、大学に進めば、いい人に巡り合えるのではないか

「この人こそは」そんな幻想を繰り返し、片思いで玉砕することばかりだった。

「今は勉強を頑張ろう」「今は仕事を頑張ろう」

そうやって大学卒業後も恋愛に縁がないままだった。

一人暮らしさえすればきっと」と思って、それもいつもの

現実逃避だと気づいた時には、そう、29歳になっていたのだ。

結婚したい。

いつものようにアダルトサイトを巡回して、賢者タイム。涙がこぼれる。

恋愛をほったらかしたまま、29歳。アラサーど真ん中じゃないか

同級生がどんどん結婚していく。

私はといえば、これまでデートのようなものはしたものの、

ことごとく進展はない。(一度酔ってキスをしたが、相手は覚えてない

と言っていた。ノーカウントな扱いで納得いかない)

彼女などなく、付き合ったこともない。童貞というやつである

最初はみんな初心者だから、できなくて当たり前。

どんな世界にも言えることかもしれないが、29歳の童貞には

恋愛できるようになる道が全く見えない。積み重ねられる時間

あまり残されていないのではと焦るばかりである

今、動かなければたぶん一生恋愛なんかできない。

30歳はわかりやすい分岐点だ。それまでになんとか

恋人をつくろう。追い込まれながらも、自分を追い込む。

しかし何から始めればいいのか。

婚活なんか怖いイメージしかないし出会い系とかで

出会ってもどうしていいかわからない。


・・・・ただただ怖い。

みんなこんな事で悩んだりしないんだろうなぁ。

恋愛と結婚をいっぺんに手に入れようとか、無理な話か。


できそうなことを探そう。

メル友だ。これならきっと。


メル友なんてずいぶん久しぶりに聞くのだが

メル友サイトはけっこうあった。

無料使用できて、人がいそうなサイト

そのうちのひとつに登録してみた。

プロフィールを設定して、ちょっと待つ。

当然反応はない。

プロフの検索から気になる人に声をかけたりするらしい。

あとは掲示板があり、そこに書き込んで、意気投合して

個人的にやりとりしたりするようだ。

歳が近い人で、趣味が合いそうな何人かにメッセージ

送ってみた。

返事を待つ間、掲示板に行った。

甲斐もなく50代のおじさんが、しりとりをしていた。

未来自分の姿なのかもと想像すると怖くなる。

掲示板でのやりとりは無謀に思えた。60代くらいの人が

短歌を詠み、返歌でコミュニケーションを取ったりしていた。

若い人が立てたスレッドEXILEやAKBの話。

顔文字が踊り、「やばたん」「つらたん」「からもー」

あぁ、つらたん(´・ω・`)

若いつもりでも、30手前はおじさんだよなぁと改めて考えさせられる。


後日、メールの返信があった。

そう、あったのだ!

「誠実そうな人だと思ってメールしました」みたいな文面だった。

たわいもない話をしながらも内心バクバクである


毎日2往復程度。至福の時間である


2、3日もすると、もっと話したくなる。聴きたくなる。

顔も見たことない、会ったこともない彼女を想って身悶えする。

文字にすると我ながらキモいが、そういう状態だった。

有頂天で、知っていること、知りたいこと、いろいろ話した。

不思議なことに、知りすぎると相手は去っていく。

突然メールが来なくなる。

そうか。プロフィールからの減点方式なのだろう。

そう思えば不思議はない。妄想の光に包まれた相手の姿が

見えることは、「好きな人ではないかもしれない」という

不安を確かなものにしていくのだ。

いやいや、メル友に恋愛を求める方がどうかしてるのか。

結果的に好きになるのは仕方ないとして

これでは出会い厨というやつじゃないか

私は何人かとやりとりしながら、冷静にやり取りできる心を手に入れた。

正確には、舞い上がるのは早いということを学んだのだ。

それとコツのようなものもわかってきた。

女性のメールほとんどには段落があり、その段落を意識した

返信をすることで会話が続く。

要件だけを抽出した返信では会話のリズムが合わない。

例えば

 天気の話。

 会社の話。

 好きな本の話。

のようなメールが来たら、本の話が本題なんだと判断するが

 今日はこっちは晴れてたよ!(天気の話) 

 お仕事ご苦労様。信頼されてるんだね(会社の話)

 その本は読んだことない。(本の話)

まで下書きを書いてから、膨らませたい話(この時は本の話)を書き換える。

 面白そうだね!その作者は有名だよね。でもその本は読んで

いからこんど探してみる!教えてくれてありがとう

ミステリーだと○○も面白いよ。

といった感じになる。ほめるところ、膨らませるところのフィーリング

が合えば、話は続く。

それから大事なことは失敗から学ぶことである

住んでいるところは離れているけど、いつか会いたいという話が飛び出した人がいた。

その日も彼女に自分の考えていることを話し、知的な自分演出していた。

彼女が「私ってどんな人に見える?正直に言ってほしい」と話を振ってきた。

これまでの彼女とのやり取りを再点検し、持てる知識を総動員して

彼女の言葉の欠片をつなぎ、彼女の輪郭を探った。

音楽の趣味は合わずテレビでよく流れているものが好きだと言っていた。

テレビが好きで、朝まで撮りためたドラマを見てしまうのだと言っていた。

ファッションには疎いので、友達と買い物に行くのだと言っていた。

今は仕事をしているので出会いがないのだと言っていた。

流されやすいので、自分を持っている人が好きなのだと言っていた。

あなたの全てがわかるわけではないが、と前置きして

「流行りものが好きで、受動的。

活動的な人に憧れるが、自分で行動に移せないで悩んでいる人」

だと言った。なるべく端的に表した。

「ひどい。私が何も考えてなくて、馬鹿みたいな言い方。信じられない」

彼女は激怒した。

メールは怖いもので、取り消しが効かない。言葉ニュアンスも相手の

受け取り方次第である

あなたの全てがわかるわけではないと言ったはずで、もっといろんな話を

しながら教えてほしい。」と懇願した。

「もう話したくありません!」

正直であることは、常に必要なことではない。特に恋愛においては。

また、メールは、相手が何を言ったのかではなく、何を言ってほしいと

思っているのか、であるということを学んだ。

メル友チャレンジして、半年近くが経っていた。

何も手元に残らず、夏が近づいていた。

メールでのやり取りは、時間がかかる。時間をかけてもどうなるか

わからない。一度しくじれば、挽回はほぼない。

そもそも出会いを求めてメル友というのも変な話か。

まぁ苦くも良い経験になったし、次は出会い系というやつに挑戦しよう。

恥は捨てて、出会い厨出会い系に挑戦だ。

結婚したいが恋愛は向いてないのだとしたら、これも無駄チャレンジ

になりそうだなと思い、より本気の、結婚したい人が使っていそうな

流行りのマッチングサイトに挑戦した。

有料会員になれば認証マークみたいなのが付き、信頼が増して

申し込まれる確率が高まるそうだったので、金で解決。払うことにした。

プロフィール作成し、結婚観についての質問に答えると相性が良さそう

な人を探してくれるというものである

写真もついている人が多く、田舎の都市でもそこそこの人が見つかった。

美人も何人かいたが、メールを送っても梨のつぶてだった。

あとは年齢が高めだったり、喫煙者だったり、旅行趣味

だったりで、これは!という人は見つけられなかった。

しかしこちらが探すということは、女性側も探しているということである

何人かからメッセージをもらった。やり取りをしてみると、メル友

時の教訓があるからか、わりとスムーズだ。

写真がなく、価値観ちょっと離れてるかもしれないけど、という人から

連絡があった。

試しにメールをしてみる。たわいもない話なら慣れたものだ。

彼女は「メールではお互いのことがわかりませんから、直接会いませんか」

と言ってきた。

過去にメル友半年を費やした私は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

「そうか、会えばいいんだ」お見合いだもんね。

彼女は写真こそなかったが、聡明で趣味も良さそうだった。

何より、断る選択肢はない。こちらにとっては人生における大きな一歩なのだ

待ち合わせの時間。フリフリのオシャレなスカート

淡いピンクノースリーブサマーセーターを合わせ、

高いヒールを履いた、ソップ型の力士のような女性が現れた。

私よりちょっと体重が重い人だったがでここまで違うのか!!

(後で知ったことだが、スレンダーな女性は想像以上に軽い。

 皮下脂肪は筋肉より軽いのだから、筋量が比較的少ない女性と

 同体重であるとすれば・・・

 数字から想像する際には注意が必要である

・・・さん、ですよね?」

声をかけられ、絶句した。こうなる可能性は否定しきれないのは承知なものの、

まさかこんなわかりやすい事態に遭遇するなど、想定していない。

ソップ型とは言え、力士は全然好きなタイプではない。

ぎこちなく返事をし、どうやり過ごそうか、緊張したまま予約したカフェへ。

努めて個人的なことは出さずに、聞かずに、やり過ごす。

天気の話。スポーツの話(相撲以外)。本、映画のはなし。

「思ってたより話しやすいです」

笑顔の彼女に、申し訳なく思う。

家に帰り

今日ありがとうございました!緊張してしまいましたが楽しかったです。」

とだけ送った。彼女からの返信はなかった。

会わなければわからない事は確かに多いが、自らの妄想を利用し、警戒なしに

会うのは無謀である。ということを学んだ。

プロフィール見直しマッチングされる人を少し見直してみると

いろんな人がいる。

写真はなかったが、マッチングレベルが高い人がいた。

とにかく始めなければ始まらない。メッセージを送る。

たまたま音楽の趣味が合ったので、会話がはずんだ

写真が見られないのが引っかかるが、小食らしいので自分を納得させる。

いい人そうなのは、すぐに分かった。

「一度お会いして、お話ししませんか?」

お見合いもの。今度はこちらから誘ってみた。

ちょっとまだ怖いので、もうちょっと話してみてからでもいいですか?」

私の時とはエライいである。大人だね。

考えてみれば、男性と女性では会う危険は桁違いなのだ

あの時は力士とカフェに行く選択をしたが、ダッシュでその場を

逃げ切る自信はあった。手を出して来たら払う自信もあった。

逆の立場だったらどうだろうか?多くの場合実力行使に出られると

女性が弱い事が多い。

考え直して言う。

不安を与えてごめんなさい。会いたいけど仲良くなるために

会いたいので、不安を拭えるよう、もっと会話を楽しみましょうね」

「私の決心がつかないだけなのですみません。めんどくさいですよね」

と彼女。

メル友の失敗から学んだことは「何を言われたか、ではなく

何をしてほしいと考えているのかを察しろ」ということだったはずだ。

「一人で舞い上がってしまってあなた気持ちも考えずにすみません

私は自分を変えようともがいていたところで、あなた気持ち

察することができませんでした。今はお会いすることは重要ではなく

お互いが信頼できるまでよく話がしたいです」

そんなことを書いた。

「私も自分を変えようと思ってここに登録したんで、少し時間をください」

首の皮一枚つながった。

サイト上のやり取りから、お互い一歩踏み出すため、ケータイメール

交換した。(ラインはお互い必要を感じず、やってなかった)

週に何往復か。とてもゆっくりしたペースでメールをした。

仕事も忙しくなったが、彼女とどこかでつながっていると思えば

つらくなかった。

あぁ、私は惚れやすい性格なんだ。きっと馬鹿だ。でもいい。

そのくらい今は気分がいい。

夏が過ぎ、秋が来た。私は30歳になった。

「今度カフェに行きませんか?」

彼女の方から声が掛かった。

ィイエッッス!!!!!!!!!!!!!!

そんな気分である

「いいですね。ぜひ行きましょう!嬉しいです(^^)」

待ち合わせに現れた彼女は、とてもキレイな人だった。

ネイビーのブラウスに、白いスカート。女優の常盤貴子さん

のような凛とした顔立ちに素敵な笑顔の人だった。

「なんか緊張しますね」とお互いに笑い、そのぎこちなく

恥ずかしい感じがとてもよかった。

ご飯を食べながら、いろんな話をした。

自分を変えようとしているんです」彼女はまた、そんな

話をしていた。「あなたのおかげで、自分を変えられそうな

気がしています」とも言っていた。

私も饒舌になって、ほめちぎって、いろいろとアドバイス

いたことを言っていた。と思う。

後日「追いかけている人がいて、あなたのおかげで勇気が出

ました。いままでありがとうございました!」とメールが来た。

彼女の偉大な一歩に祝福を。私の惨めな日常憐れみを。ということだ。


絶望した。

だって30だよ!まだ付き合った人0だよ!

なんだよ!ずるいよ!いや、誰がずるいか問題ではなくて

私が報われてない感じがするのが納得できない!

恋愛ってなんなんだよ。もう。大人になってからどうにか

しようと思っても手遅れなの?何この社会

と、ふてくされること沼のごとし。ドロドロである


周りのせいにしても仕方がないので、できることをしよう。

手持ちのカードを並べてみる。

女の子と話せる

メールできる

カフェに行ける

昔酔ってキスしたことがある

手をつな・・・げないな。

惚れやすいし、好きになったらテンパるからな。

理解した。慣れだ。そう。挽回できないやつ。

小学生のころからコツコツ積み重ねてきた人には勝てないよ。

スポーツもそうじゃん。最初は全然できないけど

できないなりに繰り返していくと、急に上達する日を迎える。

そういう神経回路を鍛えないとダメよ。

しかし、挽回の策はなくはない。金で解決だ!ゲスいぜ!

女を買う。これほど陰鬱な響きがあろうか。

性風俗について調べる。

いろいろあるとは思っていたが、こんなにお店があるのか。

しかし後ろめたい。

卑怯な私は遠くの都市シティホテルに宿泊して

デリヘルを呼ぶことにした。

だってお店に行くとか怖いじゃん。家に呼ぶのも嫌だし。

そのホテルデリヘルを呼べるのか、呼べないのか、利用者

教えてくれる集合知のようなサイトを参考にホテルを選んだ。

4万円。高いところからちょっと下って選んだ。

安い理由と高い理由があるとしたら、接客だろう?

ただオナ ニーしたいわけじゃない。知りたいのよ。

若い女性との接し方を。あと、私の体についても意見を聞いて

みたかった。好きになった人と、いざ!というとき

拒否されたらしばらく立ち直れそうにないもの

優しそうな人を探す。みんなブログとか書いてるのね。

利用してここに悪口とか書かれたらやりきれないね。

怖いなぁ。デリヘル。大金払って人を呼んじゃうよ。

意を決して電話をすると、男性が出た。

「150分で。・・・さんでお願いします。はい。駅前のホテルです」

電話を切って。ソワソワ。

来るのかぁ!来るよなぁ。4万!バカだなぁ。はぁ怖い。

ケータイが鳴る。女の子から。部屋番号の確認をした。

ピンポーン。ドアホンがなり、脈が早くなる。

震える手でドアを開けると、小さな女の子が立っていた。

化粧映えする顔立ちで、とても可愛らしい人だった。

例えばバスの待合室で2人きりになったとして、声をかける勇気

出ないくらいに可愛い

部屋に招いてお金を払った。

「よろしくお願いします。」

緊張する私に合わせてくれたのだろう。ぎこちない挨拶

を交わして、2人で苦笑い

服を着たまま、彼女はベッドに腰かけ、私は椅子に掛けた。

これまでの不安モヤモヤを、全部彼女に話した。

恐らく私よりずっと年下の彼女は、黙って聞いてくれた。

手のつなぎ方から、キスの仕方、その先も、教えてほしいと

お願いした。

私は立ち上がりシャツボタンを外す。

彼女は少し驚いて「そうですよね。しますよね。」と言った。

彼女によれば、自信がなくて、話だけして終わる人も

たまにいるのだとか。

さて、ここまでで1時間近く経過していた。

服を脱ぎ、うがいをして、二人でシャワーを浴びた。

こういう時、髪は洗わないんですよ。と教えてくれた。

石鹸を付けた彼女の白い手が、ヌルヌルと私の体を這う。

我慢できないくらガチガチのままの体を洗う。

初めて間近でみる女性の身体は美しかった。目のやり場に

困るところをこそ、じっと見つめていた。

彼女は恥ずかしいと言っていた。

シャワーを終え、ベッドに横になる。抱き合って

唇を重ねる。触れるという表現が適切だろう。

意識が集中して研ぎ澄まされた唇に、柔らかい感触

なんとも心地よい。

触れて、離れて、触れて、留まって。目が合うと

恥ずかしくて気持ちいい。顔が紅潮しているのが自分でも

わかる。

口を開け、舌を出してみた。

彼女の唇の間から、柔らかい舌が出てきた。

舌先が触れ合うと、なんともいやらしい感触だ。

味は特に感じなかった。

ゆっくり。徐々に盛り上げていくのだと教えてくれた。

態勢を変え、彼女が馬乗りになり、私の体にキスをしていく。

彼女の髪が体に触れるとくすぐったくて思わず声が出てしまう。

されたら気持ちよかったことを、女の子にもしてくださいと

教えてくれた。

へその辺りまで下がった彼女と目が合うと、暴発寸前のソレに手をかけた。

先端に唇が触れると、また脈打って膨張する。

なんども声が漏れしまって、恥ずかしくて

目を背けたかったのだけれど、何をされているのか

興味が涌いて仕方がない。人体ってすごいぜ。

彼女も一生懸命がんばってくれたようで、

終わった後は息が上がっていた。

もう一度シャワーを浴びて、裸のままベッドで話をした。

ベッドの淵に腰かけた彼女に後ろから抱き着く形で、

しばらく黙って過ごした。

「私は大丈夫なんだろうか?」と心の声が漏れしまった。

大丈夫ですよ。全然嫌な感じしませんでした。

きっとすぐに彼女できますよ。」

「変じゃない?」

「変じゃないです。」

見つめあって、もう少し、キスをした。

アラームがなり、彼女は帰った。

帰り際に握手をした。「またね」とは言えないことを

思い出して「ありがとう」と伝えた。

なんとなく勇気はもらったが、登るべき高峰は遥か彼方。

何もやる気が起きず、マッチングのヤツは放置していた。

来月には有料会員の期限が来るし、もういいや。

そこへ、メッセージが来ていると、サイトからメールが来た。

写真ありの、近所に住んでる、3歳年下の女性。

小柄で明るそうな人だった。

正直好きなタイプではなかったので

めんどくさい気持ちだったが、ただ30歳になってしまった

自分を戒め、メールをした。

日常会話は大丈夫。その先よ問題は。

と、思う自分に、ちょっとした進歩を感じる。

彼女はインドア派で、面白い漫画アニメを教えてくれた。

そういう話をしているときは本当に面白かった。

会いましょうという話になった。

ちょっと・・・困った。

待ち合わせ場所に現れた彼女は、女の子らしい

恰好をしていた。

好みは分かれる顔立ちだと思うけど

ハンターハンターのビーンズにちょっと似ている。

いろんな話をしたけれど、現実感がわかない。

え?付き合うとか、結婚

そんな感じではなかった。

選べる側ではないのは確かなので自分を戒める。

性格で選んで結婚

「かわいくないけど好きになる」

「好きじゃない顔 慣れた」

などで検索を続ける。洗脳である

誰も幸せにならなくないか

と、よぎる度に「でもいい人じゃん!」

と言い聞かせる。

もう一度デートしようという話になった。

ここで、何かしら自分の中で結論を出さなければ

いけないと感じた。

車を走らせ、海に行く。

ひととおりはしゃいで、カフェへ。

なんか、いい感じじゃないかい?

コーヒーカップ越しに

間近で見ると、胸がざわつく。

やっぱり、一緒にいるって、大変だよ。

こんな気持ちで付き合うとかないな。私は最低だ。

意を決して、付き合う気になれないことを伝えた。

わかりました。潔い返事だった。けど。

帰宅後、彼女から今後はお友達として会えませんか?

メール

ありがとう、でもやめましょう。と返事をした。

冬が終わり、春が来る。

マッチングサイトは終わりにした。

さて、いよいよ、どうしていいかわからない。

会いたい人はどこにいる?

みんなどうしてるの?

人類はどうしてきたの?

何もしないで31歳になるわけにはいかない

のだが、どうにもやる気が出ない。

結婚したくないわけではなく

誰かと進展があるたびに自分の事が

疑わしくなったり、やり取りにひどく疲れる。

この年まで恋愛をほったらかしてた遅れを

取り戻そうと思えば当然なのかもしれないが

すり減る。

真剣に「お見合いいいんじゃない

と考え始める。

自分で探すより、客観的に見て

この人がいいと思うけどどう?って

薦められた方が、お互い傷つかないし

最悪断ってもいいし。

地元結婚相談所を調べてみたが

料金体系が納得いかない。

カネをドブに捨てるようなもんじゃいか

と怒鳴ってる人がいたら

後ろから「そうだ!」くらい言っても

いかな、と思うくらいに会員が少ない。

ここでいなかったら諦めがつくかな、

というくらいに会員がいるとこないの?

という視点で探して、結局ネットの相談所

お見合い相手紹介サービス?)的なところにした。

またマッチングサイトの延長じゃないかと、

立ち止まろうとしたが、他に当てがあるわけでもない。

アドバイザーもいるようだし、1人で悩むよりマシだろう。

その間に友人からの紹介で連絡先を交換した人や

以前からの顔見知りで、ちょっといい感じだった

人もいたが、お互いに踏み込まないのでそのままに

しておいた。

好かれない割に、要求も高いのだ。

妥協してしまおうと努力した苦痛は思い出したくもない。

もう少し、自分可能性を信じさせてほしい。

20万円近い大金をはたいて、入会した。

おいおい、もう後戻りできないぞ。婚活怖い。

所得証明やら独身証明やらいろいろ提出して

プロフィールを書いた。

ちょっと一言。という欄があり、ここでアピール

するとのこと。悩んでも仕方ないので、自分のこと、

求めること、できること、大事にしたいこと、

理想の将来像などを書いた。

アドバイザーは、「とってもいいです!」と褒めて

くれたが、アドバイスはあまりなかった。

大丈夫ですよ!」ってそうじゃないからここにいるのよ。

目標は1年後には結婚してる、ということにした。

お見合いだから、そういう人も多いのだとのこと。

あっという間に過ぎたこの1年半を思い返し、

「そういうものですか。頑張ります」と苦笑い

会員サイトで相性の良さそうな人の写真をみて、

メッセージを送ることができ

2017-02-10

"ちょろそうな奴"を狙っているなら宗教勧誘ナンパキャッチも同じ

私は20代前半、「彼氏いない歴=年齢」の喪女です。

理由があって結婚出産は望んでいませんが、望んだとして叶うことはないに違いありません。

そのような私はきっと「産業廃棄物」と非難されるのでしょう。

から書くのは、この自意識過剰産業廃棄物鬱憤ですので、お暇な方はお付き合いください。

書いていたら長くなりすぎたので要約しておきますと、地味な奴をなめてかかって路上で狙うのはやめてくださいませんかということです。

決して「路上で人に声を掛けることを規制しろ」ではありません。

以前メモ帳を落としたときに拾ってくれたお兄さん、ありがとうございました。

道を聞いてくださる方にはわかる範囲でお答えしています。お役に立てなかったとき申し訳ありませんでした。

私は外見が地味なぶん人畜無害そうに見えるのか、町で道を聞かれたり、怪しげな宗教勧誘を受けたり、キャッチに狙われたりすることがよくあります

以下の内容を書いてどのような反応が飛んでくるかはだいたいわかっているつもりです。

「なら外出するな」、「こういうことを言う女は容姿が云々」、「年を取ったら声を掛けられなくなる。若い女への嫉妬」とかそういうことですよね。

無駄想像力が豊かな人たちですね。勝手に言ってください。私も勝手文句を言います

最近インターネット上で「誠実系ナンパ」なるものマニュアル記事を見かけました。読んでしまった私が全面的に悪いのですが、それでも文句は言います

清潔感や親しみやすさを重視した服装女性慣れしていないように装う、そういうやり方です。

適齢期の女というだけで、形容できないほどひどい顔の私でも、そういう近づき方されることがあるのです。

(99.9%は詐欺だと思っています。残りの0.1%は私のしょうもないプライドです。ゴミのくせに。)

正直、とても嫌な気持ちになります。それなら手当たり次第に女に声を掛けている人の方がマシです。

ときどき、「イケメンに声を掛けられたらホイホイついて行くんだろ」などとおっしゃる方をお見かけしますが、そのような気は一切ありません。

私は人さまの顔の美醜について判断する能力もなければ権利もありませんので、そのことについては言及いたしません。ただし、私自身の顔については前述のとおりです。

その内容はといえば、初心者はまず自己評価の低そうな女から手を付けろとか、ではその自己評価の低そうな女の特徴はとかそういう内容です。

この「自己評価の低そうな人の特徴」は、ナンパに限らず「ちょろそうな人の特徴」を言っているのでしょう。

当然、喪女の私はほとんどの項目に当てはまります。好きでやっているのでそれを変えるつもりはありません。

自己評価の低い女性男性に声を掛けられただけで舞い上がるだとか、女性だって声を掛けられたがっているのだとか、迷惑行為正当化しているようです。

冗談休み休みにしていただきたい。

誠実"系"というだけあって、誠実というのはその名称だけで、実態は初対面の人間に対する最低限の敬意さえ持ち合わせていないのです。

自己評価の低そうなおとなしそうな女性は、自分女性と話すことに慣れるための練習台だと思っているのでしょう。ただでさえ低い自尊心ゼロになりそうです。

何も私は「女性蔑視だ」などと叫びたいわけではありません。そんなことには興味ありません。

からすれば、大して困ってもいないのに路上で見知らぬ人に声を掛けること自体迷惑です。

ナンパされて嬉しそうにしたり、自慢げに話したりする女性はご自身女性性に自信のある人なのでしょう。

産業廃棄物の私が人として敬意を払ってもらおうとすること自体が間違っているのでしょう。

それでも私は、顔は醜いかもしれないけれど体は清潔にしているし、人を不快にしない服装を心がけているつもりなのです。

不快な思いにさせられたくはありません。

交差点信号待ちをしているときや、駅のホーム電車を待っているときなど、逃げにくい状況で勧誘する人も卑怯だと感じます

私はただ穏やかに過ごしたい、少なくともひとりで散歩しているときに、「ちょろそうだ」という理由だけで路上で見ず知らずの人に話しかけられたくない、それだけです。

からといって、「声かけないでバッジ」みたいなものが出回ったりしたら自意識過剰だの容姿レベル(そんなもの存在するのか知りませんが)がどうだのと叩かれるに違いありません。

ここでいう「声かけないで」は宗教自己啓発セミナー勧誘ナンパキャッチ、すべてです。

緊急時以外は話しかけるな」を伝えるためには、ピアス穴をたくさん開けたり、髪をもっと派手な色に染めたり、ヤク中になったりするしか方法はないのでしょうか。

それとも一切外出しないか死ぬかということでしょうか。残念ですが、それはできません。

2017-02-06

リスク分散ビビリなのか?

リスク分散策をビビってるとかそういう理由で叩く人ってなんなの?

例えば収益源を複数用意しておいて、どれか一つが潰れたら他で補うようにするってのは、事業の上ではそこまでとんでもなく悪いことには思えないんだけど

なんかどれか一つが潰れるのが前提としているから後ろ向きだとかそういう理由で叩いてる人がいてびっくりした。

一つに賭けてしまうってのは、フィクション作品ストーリーとしては熱い展開で面白いかもしれんが

現実にやるんならリスクヘッジ別にビビってるとか卑怯だとか言われる筋合いないと思うんだけど。

生き残るための手段として、リスク分散必要であるのも事実なのではないかと思った。

http://anond.hatelabo.jp/20170206173519

消してる人みて俺も消しとくかーとなるパターンあるけど

言い負かされてブチ切れて消してるヤツは同一人物だ!卑怯だ!って騒いでるマン

定期的にDELLね!

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