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はてなキーワード: 玄関とは

2017-03-23

母を幸福にしてくれない宗教が嫌いだ。母を幸福にできない自分も嫌い

私は某宗教三世だが、某宗教死ぬほど嫌いだ。

親戚の手前、はっきりと口に出せずにいるが、信者との接触のたびに腹わたが煮えくり返り、その日、一日中気分が悪い。

うちは祖母が熱心な信者で、他宗教には排他的他者にも信教を強制しようとする、ネットで語られる新興宗教信者体現したような存在だった。独善的独裁的で他者反論を許さな祖母が私は大嫌いだった。

娘の母は二世で、家庭環境から価値観としての信仰はあるものの、他者布教はしない消極的な(熱烈信者からはよく思われないタイプの)信者だった。祖母とは真逆のやさしい人で、私は母が好きだった。

私自身は記憶もないうちに入信させられた三世で、新年に謎の会館で数珠で遊んでいたり、自宅で行われる謎のイベントに参加した記憶はあるものの、物心つくと次第にその慣習が疎ましくなっていた。

思春期を過ぎた頃には、内心では完全にアンチと化しており、会合の誘いはのらくらと断り続けたし、選挙活動もその場は適当に応じながら、絶対に票は投じなかった。

近所で信者挨拶されるたびに苦笑いと胃のムカムカが止まらず、挙句の果ては、当てつけのようにこれまた新興宗教の某証人の話に耳を傾ける始末だった。

この憎しみにも近い激しい感情がどこから来ているのか、ずっとわからなかった。

私は「母を幸せにしてくれない」から宗教が嫌いだった。

そして、私は「母を幸せにできない」自分も嫌いだった。

母は数十年、うつ病に苦しんできた。

うつで寝込んでいる母を、祖母信心が足りないとなじり、私に母のために信心するよう強制した。

祖母への反発が強かった私は、祖母の前では頷きながらも、絶対に祈らなかった。

私が祈らないから、母は治らないのかもしれない。

母のために祈れない私は冷たい人間なのかもしれない。

私が母を不幸にしているのかもしれない。

私は「母を幸せにしてくれない」宗教を憎むことにした。

「母を不幸にしている」自分を憎む代わりに。

私は「宗教」というフィルターを通して、「自分」を憎んでいた。

宗教を憎めば憎むほど苦しくなるのは当たり前だった。

自分罵声を浴びせ続けるようなものだったからだ。

私が某宗教を嫌いながら、表面上それを表に出せなかったのは、私の行動の責任が母にまで及ぶことを恐れていたからだ。

私が脱会することで母が信者内で悪く言われるかと思うと絶対脱会できなかった。

玄関先に挨拶に来た議員候補を追い返したかったができなかった。

宗教を捨てることは、母を捨てることだった。


幼い子供は親が怒っていたり悲しんでいたりすると、自分のせいだと思い込む性質がある。

両親が不機嫌だったり、落ち込んでいたりする家庭で育った子供自己肯定感が低くなるのはそのせいらしい。

親を幸せにできなかった挫折感は、「自分は人を不幸にしている」という呪いになる。

殆どの人は、その呪いに気づけないまま、一生、謎の生きづらさを抱え込む。


私は母の幸福を諦めることにした。

引っ越したら脱会届を書くつもりでいる。

結局、私は母を捨てたのかもしれない。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321111709

「ただいまー」「はーい」「お腹すいたー」「はーい」のやり取りをしたあと玄関の敷物と家の匂いの違いで気づき、逃げたことが何度かあります

このマンション幽霊が出るって噂になってるわ・・・

また出たよ~こわいよ~

http://anond.hatelabo.jp/20170320163736

実家マンション)で別の階に降りてしまい何か違和感を感じながらも鍵のかかっていない戸を開けて

「ただいまー」「はーい」「お腹すいたー」「はーい」のやり取りをしたあと玄関の敷物と家の匂いの違いで気づき、逃げたことが何度かあります

9階の奥さんごめんなさい。

最近でも年に1回ぐらい何故か下の階に降りてしまい鍵を突っ込んで「は!入らない!なんで??」と数秒やってからはっと気づいて逃げます

7階の人、怖かったよね、ごめんなさい。

で、書いてて気づいたけど間違って下の階に行くことはあるけど間違って上の階で降りることはない。

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追記:下のエピソード現在の自宅のことね。すまん。

http://anond.hatelabo.jp/20170320222848

生活保護受けたら? 受け付けてくれなかったら 市役所玄関座り込み野宿

酔ってマンションに帰ってきて階段登っていつも鍵かけないもんだからそのまま真っ暗な部屋の玄関のドア開けて右足の靴を脱いで電気消して靴履いて逃げるようにもう一つ上の階の俺の部屋にたどり着いた心臓バクバクしてるけど一番ビビったのは下の階の人だと思う電気つけた途端ガタタタって音聞こえて完全に酔い覚めたわちゃんと謝って来た方がいいのかな下の階の人が警察呼ぶんじゃないかと今もドキドキしている3ヶ月ぶりぐらいに部屋の鍵閉めた

2017-03-19

国産なんて今はもうないよ、そうあの人はいった。今となっては何もかもが中国製で、国産メリットもない。

海外増田の増え過ぎで増田には日本語はなくなってしまった。スパム制限が緩和されたおかげで記事中国語しか無い。

はてなリソースベータ版である増田が一番であり、それを認めないままはてなトップページの9割がベータ増田と化した。

中国語タイトル中国語格差問題中国語ラーメン批判中国語の嘘記事日式増田とでも書こうものならトラバで即煽られる始末だ。

こうした顛末はてなは自ら望んだ。なぜなら国内増田はすべておじいさん、おばあさんになってしまったのだから

足りない人員はほかから引っ張ってくるしかない。はてなメインコンテンツが他ならぬ中華増田である以上だ。

ある時JKと名乗る人物煽り気味の記事を書いた。自分記憶が正しいならば、あれはもう50年も前のことだったはず。

まりJK中の人は婆さんであり、おそらくJKではない。

自分ばかりか周囲の中国人すら煽らないJKは奔放に振る舞ったが、日がたつにつれてJK老師と呼ばれるようになっていった。

それはかつて有名なAV女優中国圏にて人気を博したことと似ていた。

JK老師、と呼ばれたおかしな語感はそのまま拡散してゆきJK老師伝説となった。

自分嫉妬した。JK老師は日文を書きながら中文文化にてブレイクを起こすことに成功したのだ。

日本サイトであるはてな日本人である自分が何も書けなかったのに、彼女はそのままの姿で認められている。

そういえば、このPCは何年前のものだろうとふと関係のない出来事が頭をかすめた。

玄関にはラブレターが詰め込まれ、目の前には白骨死体があった。

自分は浮遊しているようにも感じたし、PCはずっと動いていないようにも思えた。

あれはしかし、現実ではなかったのか。目の前のディスプレイ特にちらつきもせず60Hzの増田を映し続けている。

自分」の記憶は少々まだらだ。たくさんの増田が冷たい天井から透けて見える。

そう言えば自分JK老師だった、と思った瞬間に何かが変わり、日式記事に目をやった。

JKは「私」が眠っているときに顔を出し、JKが眠っているときに私は顔を出し、JKも私もいない時は白骨死体記事を書いている。

そうじゃないとほら、こんなに大量の中文、一体誰が書くんだい?

2017-03-18

自宅の不思議

私は中層8階建て格安3LDKマンション住まいだ。(そのマンションで一番安い部屋に住んでいる)ちなみに、近所には1LDKや2LDKや1DKや2DKの家もあるが、このマンションのこの部屋が一番安いと言うことで住んでいる。



自宅最寄のコンビニ = 玄関向かって右隣の部屋の人がオーナー

自宅最寄の質屋 = 玄関向かって左隣の部屋の人がオーナー

自宅最寄の駐車場駐輪場 = 下の階の人がオーナー

自宅最寄の古本屋 = 上の階の人がオーナー

自宅最寄のバイク屋 = 以前元オーナーが私の部屋に住んでいた。



OTL

http://anond.hatelabo.jp/20170318071657

個人経営喫茶店バイトを初めた

つもりだった

研修20

その日はバイト仲間もいてなんとかなった

2日目は急に違う場所でやってるお好み焼き居酒屋の方に行ってくれといわれた

居酒屋研修5分

それから店主のおっさんの二人で切り盛り

お手拭きの場所確認するために質問すると

ムッとした顔で「忙しいからいちいち聞くなよ。一回説明聞いたんだからよ」といわれ

それから注文時以外ほとんど口聞いてくれなかった

飲食店での勤務経験は皆無で四苦八苦しながらもホールをこなす

終わったと思ったが甘かった

いから入ってくるなといわれたキッチン奥の流しに連れて行かれて

山盛りになった食器とギットギットのコテを前に「とっとと洗え」とおっさんがいう

おっさんはそう言い終わる間も無く玄関ドアの向こう側へ行った

そしておっさんはその場に立ち煙草を吸いながらこちらをちらちら見ていた

山盛りの洗い物が溜め込まれいたことにため息をついてしまったが

とにかく洗うしかないので汚れの酷いコテから取り掛かった

水につけるでもなく放置されたコテにはソース生地がこびりついていて

なかなか落とせるものではなかった

必死コテの汚れを落としようやく食器に取りかかれると思った矢先

頃合いを図ったかのようにおっさんが戻ってきた

おっさんは流しの前に立つ僕を押しのけると

「皿を洗うくらいのこともちまちまやりよって生きる価値あるんかこいつ」等と悪態をつきながら

ソースがはねたくらいで大して汚れていない食器を雑に洗った

最後の一枚をすすいだ後おっさんは僕の顔を見るでもなく

もっと使えると思ってた。もうここには来ないで」といった

バイト初日から2日目のことである

僕は自分の至らなさを謝罪しつつクビの撤回を求めたが

2日分の給料は出すから1ヶ月後取りに来いとしかおっさんは答えなかった

1ヶ月雇って実働2日だったということにしたかったようだ



当時の僕は自尊心が低く、

自分普通の人とは違い劣った存在だと

思い込んでいて

僕のような人間相手に非を求めることは絶対してはいけないのかもしれないと

本気で考えていたので、

心の奥底でこれはないんじゃないかと思いながらも、

波風立てることもなくこれに従ってしまった

もうだいぶ前の話だけどね

その時は、もしかしたら自分障害者

から頭がおかしくて他人と対等な関係を築くことができないのかもしれないとか

僕がいるだけで物事は全部立ち行かなくなるのかもしれないだとか

そんなことすら考えてた

実際は病的な卑屈さで物事認知が歪んでいただけで

しろ自分他人と比べて著しく劣っているなんてことはないし

物事が失敗するすべての原因が僕にあるなんてこともあり得ない

ということをようやく受け入れられるようになった

それでやっとあの頃の経験おかしいことだって認められるようになったんだ

2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-11

喪女なので

自慰をするのだが

居間パソコンエロ動画を見て気持ちを高めたあと、

ブクマしているエロSS巡回したらそのうちのひとつに新作が来ていたので

オッじゃあ今回はこれをオカズにすっか!と

画面をオートスクロールにして読み進めながら右手でクリ左手で膣内を刺激していたところ

玄関で物音がした。家族が帰ってきたようなので急いで画面を閉じ、何事もなかったかのように両手をキーボードの上に置く

はぁーーーー…………

大学生兄弟帰省しているのでここのところ「家に誰もいない時間」が少なくなかなかゆっくり自慰ができない

自分の部屋ねえの?って思われるかもしれない。自分の部屋はある

しかし自室は寒いスマホ操作しながらだと片手がふさがるのでなかなかにきつい。両手でするより手がとても疲れる

また、私は普段まり自室に行かないので不審がられる可能性がある

別に一階に姿が見えなくても

「あれっ喪子ちゃん一階にいないなあ、自分の部屋で漫画でも読んでるのかな?珍しいなあ」くらいで済ませてほしいのだが

母がちょっと想像力のないあれな人なので、私が一階にいないと分かったら

「あれーっ!!どこーーーっ!!!?喪子ちゃあああああん!!!!どこなのおおおおおおお!!!!!!!!」と

夜中になっても娘が帰ってこないおかしい!!くらいの勢いで発狂する可能性がある

イヤまあちょっと話は盛ったが

一緒に洗濯をたたむのを手伝ってほしいから暇なら一階に降りてきてほしいとかそういうちょっとしたことでも

「喪子ちゃん来てえええええええええええ!!!!!!」と大げさに大声を張り上げて

迅速に返事をしないと「喪子ちゃんどうしたの!!?自分の部屋にいるんじゃないの!!?」と発狂するくらいのことをする可能性は十分にある

めんどくせえ

もし「喪子ちゃんは二階で漫画でも読んでるのね」と思ってくれたとしても

母は野生動物か?と思うほど物音に敏感なので私の部屋からミシミシミシミシと音がしたら

おかしい!!漫画を読んでるような音じゃない!!!!何かが起こってるの!!?」と大騒ぎする可能性がある

あ~~~~~~~いやだいやだ。オナニーをさせろ!!

ヤマトさん大変みたいだからみんなでこうしない?

名前の前に「☆」をつければ玄関前に置き去りにしてもいい荷物っていうサイン

山田太郎:不在時はいつも通り再配達

・☆山田太郎:不在だったら玄関前に置き去りOK

どうです?

2017-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20170306024059

玄関あけたら一番奥まで全部見えて隠れるところもない

っていうのは広くても独房っぽくないですか?



奥行が京都町屋みたいに深いならまだ少しはいいんですけどね。

(それでも独房っぽいとは思いますけど。)

2017-03-02

言わなくてもわかってると思ってる人

実家にいると家族に手伝いを頼まれることがよくある。

基本的に快く応じるけれど、うちの親は何も言わなくても家族ならわかってるだろうという態度でイラッとする。

遠くの部屋から大声で何度も呼ばれて、自分作業を中断して駆けつけると「○○して」と言われる。

その○○が何のための作業なのか私から聞けば答えるけど、自分からは言わない。

さっきも、玄関にいる母に大声で呼ばれて向かうとサンダルを手渡され「手伝って」とだけ言われた。

母はそのまま足早に玄関から外に出ていこうとするので私もついていこうとすると、「こっちじゃなくて家の中を通って倉庫に行って」と言うので「倉庫で何をするの」と聞くと「冷蔵庫を動かす」とのこと。

いや、だったら自分玄関に行く前に私のそばに来て「倉庫冷蔵庫を動かすから手伝って」と一言言ってくれればよくない?

家族間とはいえ、人にものを頼むならこっちの都合も考えてもらわないと困る。

 まるで夢の様な日々でした、小奇麗な装いの老婆は、そう言った。

 老婆と言ってよいのだろうか、自称齢四八、その肌は不健康に黒ずみ、深く無数の皺が刻みこまれ、骨の浮かんだ頬は、即身仏を思わせる。

 その手は、あらゆる労働の深さを思わせるような、傷の浸みついた、枯れ木だった。

 どんなにつらい事があっても、その思い出だけで、全て耐え抜いていける、そういう、素敵な思い出です。

 彼女は、冷めた茶を、ストローで啜る。

 そこには礼儀作法とは別次元の、厳かな上品さが感じ取れた。

 たった、五日の事で、ですか、私は尋ねた。

 たった、五日だから、です、彼女は答えた。

 それ以上、共に過ごせば、きっとどちらかが、何かに幻滅した事でしょう。

 私達は、だから、とても賢い選択を、お互いに自然と、選んだ事になるのでしょう。

 正直に申しまして、今日あなたがこうして訪ねてくれるまで、ここ何十年、彼の事なんて、ほとんど忘れていたのですよ。

 でも、思い出というものは、不思議ものですね。

 ある日突然、こうして目の前に、驚くような輝きを伴って、現れてくれる。

 とても、素敵だわ。

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 男は玄関口に私を待たせたまま、慌ただしく部屋を行き来し、封もしていないA4の使い古しの茶封筒を持ってきた。

 これ。

 素っ気なく、私に、突き出した。

 住所とか、中に入ってる。

 あまり綺麗とは言い難い、それなりの金額の皺の入った紙幣が、乱雑にばらばらと、それと幾つかの広告紙片のような物が、ぐちゃりと納められていた。

 先程までの態度と違い、何故かひどく、不機嫌になっていた。

 あの、これだけのお金だったら、書留とか振り込みのほうが、いいのでは。

 それだと、多分、受け取らん。

 でしたら、渡したら、報告とか、した方が、いいですか?

 要らん、もう連絡とかしないでいいから。

 持っていってくれ。

 後はもう、知らないから。

 どうでもいいから。

 頼んだから

 ろくな挨拶見送りもなく、私はぶっきらぼうに茶封筒押し付けられ、玄関から追い出された。

 五分にも満たない、嘱託儀式であった。

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 まぁ、言ってしまうと、私はあの人の、姪なんです。

 私が、熱海で働きはじめた時に、あの人は二度目の結婚式を控えていてね。

 ある日突然、一人で、誰にも連絡もしないで、ここにやってきたのよ。

 五日間、私が彼のお世話をしたの。

 それ以来、彼とは会ってもいないし、連絡も取っていない。

 親類経由で消息を知るぐらいでしたから、多分その時の事の、お金のつもりなんでしょうねぇ。

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 地方のバーに一人でふらりと入ると、気持ち良く酒を飲めるなんて事は滅多になくて、大抵は周囲の常連の大声の雑談を、なんだかやるせない気分で盗み聞きしたあげく、しおらしく退散するのがほとんどである

 だから、その日は年に一回あるかないかの、珍しく楽しい夜だった。

 その壮健で闊達な老人は、私が、次は熱海に行こうかと思ってるんです、と言うと、妙に食いついてきて、おすすめ観光場所や宿を勧めてきた。

 でも、あんな所、もう寂れとって、何も無かろうて。

 いや、なんか駅ビルがすごいの立って、少し盛り返してきているらしいですよ。

 ほうかぁ。

 何だか良く分からない名前日本酒キーボトルを、持ってこい、とママにぞんざいに言い放ったその男は、少しだけ僕の方に体を寄せ、今日奢るからよォ、熱海行くんだったら、ちょっと、お遣い、頼まれてくんねぇか。

 零時を越えた頃、店を出て、老人と共に、彼の家まで、ゆるりとした足取りで向かう事になる。

 泊めてやろうか?

 いや、ホテル取ってますから

 どこよ?

 駅前東横インです。

 遠いぞ。

 タクシーで。

 老人は次第に口数少なになり、足早に先を歩きはじめた。

 宿泊を断ったのが、気に障ったのかな、私はその時は、そのように思っていた。

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 でも、見も知らぬ貴方を信用して、こんなお金を託すなんて、不思議な事ね。

 きっと貴方は、人を惹き付ける、素敵な何かをお持ちなんだわ。

 私は、言うべきか迷ったが、口にする事にした。

 ごめんなさい、実は経費として、少し多めにネコババさせてもらいました。

 申し訳ないが、僕もお人好しでは無いし、それなりの手間もあったので、返す気はありません。

 あと、多分、あの人は、このお金がどうなろうと、どうでも良かったんだと思います

 別に、僕の事を信用した訳では、無かったと思います

 渡した金がどうなろうと、関係なかったんです。

 きっと自分の元から、金という形で、重荷が離れて行く事だけが重要だったんじゃないかと、思うんです。

 あら、悲しい。

 随分と、正直な事ね。

 そう、そうかも知れないわね。

 けれど、人間なんて、そういう物よね。

 でも、そういう距離がありながら、こうして想いが人に伝わっていく事は、掛け値なし奇跡で、とても素敵な事だと思うわ。

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 現実残酷しか有り得ない、と言った詩人が居た。

 だから人は、物語の中で現実を切り取り、紛い物の幸福を築き上げるのだ。

 いつの時代も、物語幸福な結末は、恣意的な「切断」により完成する。

シェーン」が、その背中にどれ程の希望を背負い立ち去ろうとも、彼等にその後待ち受ける人生は、一筆の価値も無い、塵芥に等しい物であろう。

 何もかもは、新鮮に見えて、いつも退屈だ。

 気が滅入るような醜い老人達との、無駄陳腐吐気を催すような邂逅も、つまりは「編集」によって、幾らでも、美しくなれる。

 そうして、虚ろな現実は、突然にして、眩い歴史に置換されていく。

 これは、その確認作業である

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 有難う、これで、何の悔いもなく、素敵な気持ちだけで、過ごしていく事ができそうです。

 いつかまた、どこかで、会えたら嬉しいわね。

 彼とも、勿論貴方とも。

 約束なんかせずに、偶然のように、どこかで会える事を、祈っているわ。

 はい

 それでは。

 いずれ、また、どこかで。

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170301143837

荷物相手先の玄関を一緒に写真にとって、配達に伺った記録とするくらいなら簡単にできるんじゃない?

https://togetter.com/li/1085915

オウムあん大事件をおこすとは思ってなかったけれど、なじみのない団体でもなかったんだよな。

かといってそこまで脅威も感じてなかった。

変なのーとかキモいwwwとか言ってたけど、人の生き死にに関わるとは思ってなかったから。

事件の内容はニュースやらなんやらで繰り返されるけど、そこに至るまでの間の一般ピープルの受け止め方っていうか。

時代の気分(?)ってどんどん再現するというか伝えるのが難しくなっていくのかもしれない。

これ読んで、ああ自分はちょうど吉田豪春日太一の間に生まれたんだなーと。

(ああいう兄とこういう弟に挟まれたらスゴイwけどそういう意味じゃないよ)

テレビをそんなに見ない家だったので、とんねるずとか朝生とかに出ているのを詳しく見た覚えはないんだけど。

じゃあどこでオウムを見聞きしていたのかーって考えてもどうでもいい思い出しか出てこない。


多分、最初記憶小学校の頃に近所の誰かが入信したとかい母親どうしのうわさ話。

70年代にじゃんじゃんばりばり造成した横浜の外れに住んでいたので、クラスの中でサラリーマン家庭じゃない家は商店街にお店を構えてる子1人しかいなくて。

一方で、新興宗教に入っている家の子は2人いたし、同じ学年じゃなくても近所にポツリポツリいたのね。

今思えば新興宗教から見れば良い狩場だったんだと思う。

から受験に失敗した●●さんちのXX君がヨガにはまってオウムに入ったとか聞いても、なるほどなーくらいの。

入信してから生前分与を求めているとか聞いても、なあにそれ?みたいな。へぇ大変なのだねーくらいの。

中学の頃は真理党選挙活動をしていたので、学校帰りに選挙カーを見た友達が「ショーコーショコー」って真似してて超笑った。

から「しょうこ」って名前友達の語尾を伸ばすとすごい嫌がられた。

ロングヘアの小汚い人をオウムっぽいって中傷するのもこの頃流行った。地味目の女子には非道言い草だったと思う。

高校に通ってた時には、たまに最寄り駅のバス停に「原始仏典講義」という麻原の顔写真付のカラーポスターが貼ってあってギョっとした記憶も。

なんでギョっとしたかというと、ロータリーに立ってる案内板とか屋根とかの柱という柱に全部貼ってあったから。

今なら軽くTwitter炎上しそうだけど。

同じポスターがある日、自分の住んでいる街中に貼られた事もあった。

さすがに人の家の塀には貼れないから、空き地公園とかの基礎部分のブロックにまとめて5-6枚ずつ貼ってあって。

歩いても歩いても同じポスター出会うのはシュールだった。

でも翌日には何もなかったように剥がされていて、母親に言っても「そんな事あったの?」と言われて狐につままれた気分だった。

この頃ずっと隣の駅に住む坂本弁護士一家失踪したままだったけど、近所に住む子とは誘拐かなー怖いねーって言い合ってた。

大学では、貧乏友達がマはポーシャのパソコン研究をしていた。

なんたって安い。

起動する時に怪しい画面と音楽が流れるけど、変なサブリミナル効果洗脳とかされてないといいなぁとか言って笑ってた。

どれもいろいろと変なんだけど、背後にどんな意図があって目の前にしているのが何の片鱗なのかちっとも分かってなかった。

今で言うならおもしろ画像とかビデオでわっと拡散して、ああまたやってるなぁキショいなぁって終わる感じと似ているかもしれない。

同じ新興宗教でいえば、家にやってきては玄関先でギターを弾くエホバの証人とか、

子どもにいろんな「しつけ」をする学会員の家に町内会用事であがるのにどうするのか、とかの方が身近な脅威だったせいかもしれない。

サリン事件はちょうど春休み縦走登山している間におこった。

下山して新聞を見て、あんまりの非現実ぶりと、距離の遠さで、クラクラした。

山に登る前にいたのと同じ世界に降りて来たのかなぁ・・なんて事を思った。

都内通勤・通学している家族が巻き込まれていたかもしれないとか、その時は思いもよらなかった。

家に電話して全員の無事を告げられてから「これで誰か亡くなりでもしていたら他の世界線に迷い込んだと一生信じただろうなぁ」とか思った。

10日後に国松長官が撃たれた時、心臓が三回止まったけど国の威信をかけて蘇生したみたいな話は新聞記者になってた先輩から聞いた。

国の警察トップオウムにやられてたまるか、って現場はピリピリしてたとか。

なるほどー私みたいな一般人が間違って撃たれた場合心臓1回止まったら死ぬんだろうなぁ、なんて思った。

どうでもいい思い出を連ねてみても、確かに何も出てこない。

そんなに受け入れていた気もしないけど、潰さなければ殺られる!といった危険を感じた事もなかった。

でもどこかに決定的に不味い兆候が見えていたはずで、それを乗りで見落としちゃったに違いないとも思っている。

それに、何も分かってなかった自分がいま生きているのは単純にラッキーからと知っている。

新興宗教を信じるのは自由だけど。

関連おもしろニュースをおちょくりながら、節穴をらんらんと光らせて昭和生まれ今日も行くのなぁ。

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170225230615

昔の自分なら考えられないことだが、疎遠になった

美人にはもはや興味ない。不思議感覚である

心の余裕というか、同時並行だと

腹の底からしかたないよね」と割り切れる。

こういうサービスでも使ってなかったら良心の呵責

から1人ずつ対応して何度も燃え尽きそうになるところ

から精神衛生上いい。

はいえ、彼女ができたわけではない。

イベントで会った女性食事に行った。

かなり盛り上がった。ラインも使いこなして

冗談を言い合ったりしていい感じだ。

彼女仕事ピークが終わったタイミング

おでかけしたいね、という話がでていた。

結婚って難しく考えてたけど、一緒にいて楽しい

とかで決めていいのでは、と彼女は言った。

そうかもしれないと思い始めていた。

そんな時、同時並行でやり取りをしていた女性から

「今度会いたい」と言われた。

会えば決意が揺らぐこともありそうで、乗り気ではなかったが

こういう経験もできるものではないなと思い

会うことにした。

同時並行の女性は、実際に会うと写真よりずっと

可愛かった。そして声が可愛い

足立ってしまうほど可愛くて動揺した。

落ち着け今日は話を聞きに来たんだ。

結婚は居心地の良さだ。フィーリングだ。

彼女は緊張しながらも、自分理想家族について

言葉を紡いでくれた。

子どもがほしいです。

目を見て、こんな可愛い人に「子どもがほしい」

と言われたら。ねぇ。

尿意をもようして、トイレに駆け込むと、

カウパーでドロドロである

その日、場所を変えながら6時間近く話をしていた。

「また会いたいです。」

彼女は言った。

「そうですね。」

イベントで仲良くなった女性の顔がよぎったが、

心はもう傾いていた。仕事ピークを終えた頃に

連絡することになっていたが、こちらからは連絡をしなかった。

同時並行の女性と毎週のように会うようになり、

ラインフェードアウトされた女性気持ちが分かった。

やはり後ろめたい。

「とても素敵な人と会うことができました。あなた

いろいろお話できて、自分がどんな人と結婚したいのか

自分の中で具体化することができました。ありがとう

ございました。」というような内容のメッセージを送った。

「そういうシステムから気にしないで。お幸せに」

と言ってくれたのがせめてものいである。

同時並行の女性と付き合うことにした私は、

それ以外のやり取りをすべて切って、彼女一本に絞った。

彼女公園に行ってボートに乗るのが夢だと言っていた。

好きな人と乗りたいと、小さいこから思っていたそうだ。

休日公園ボートに乗った。

めちゃくちゃ恥ずかしいし、めちゃくゃ幸せだ。

池の上を静かに進む。

あれ?これは意を決してしまシチュエーション

そうなの?目が合わないけど、そうなの?

オーケー了解した。これは私の役目だろう。

「お付き合い、しませんか。」

はい結婚はまだわかりませんけど、もっと一緒にいたいです」

ボートすごいね。いや、万能じゃないとは思うけど

憧れてる人はいるんだね。はい彼女ができました!

お見合い彼女よ。これは結婚までもうちょっとじゃん?

視界良好!

それからデートの中でも二人の将来に

ついて話をする時間が増えた。

思い切って、家に誘うことにした。

ヤラシイ話ではなく、紙を広げながら具体的に

将来のビジョンを作り、価値観が違うところはどの程度

違うのか、よく話し合おう、ということで。

家族計画子ども教育方針しかり、結婚後の仕事

予定とか親との同居、親戚づきあいとかね。

お互いの家族構成価値観についてはサイト

プロフィールである程度知っていたからそんな大きな

驚きはなく、確信を深める機会になった。

帰り際、彼女をそのまま帰すのが惜しくなってしま

玄関で「またね」と言ってハグをした。彼女キラキラした

目が忘れられない。

お見合いから結婚までの流れをネットで何度も調べる。

やはりプロポーズ前に致してしまう婚前交渉は好まれないらしい。

ハグの先は、プロポーズだな。と肚をくくる。

私の誕生日が迫っていた。

普通彼女誕生日プロポーズじゃないの?いいの?と思ったが

彼女誕生日はまだまだ先で、そこまで待てない。 

誕生日どうしようか?と相談して、私の家で彼女

料理を作ってくれることになった。

プロポーズのお供はやはり花だ。

バラの花束を用意した。恥ずかしい気持ちが先だって

四の五の言わず店にあった15本近くを全て束にしてもらった。

店を出て、その中から状態が悪いものから抜いていく。

12本まで減らしたところで完成。

家に帰って、彼女が到着する前に掃除だ。

トイレキッチンも入念に掃除して、バラを戸棚に隠す。

ドラッグストアでそそくさと買ったコンドームも隠す。

できれば緊張も隠してしまたかったが、しま場所がなかった。

彼女が来た。

エプロンをした彼女も素敵だった。

夫婦みたいと、二人で笑った。

手際よくトマトソースパスタが出来上がった。

その間、手伝えることはないかと聞きすぎて

やんわり邪魔だと言われる。なんとなく本を眺めて待っていた。

パスタを食べ終わると、ケーキが出てきた。

ケーキを食べ終わると、プレゼントが出てきた。

キレイな織のネクタイだった。

今まで生きてきた中で一番嬉しいプレゼント

今だろうな。

「私からプレゼントがあります。」

戸棚からバラを取り出す。

驚く彼女の前に花束を掲げ

結婚してください」と伝えた。

彼女の顔が紅潮して、目が潤む。

バラを受け取り「はい」と言うと泣いてしまった。

花束を気にしながら彼女をそっと抱きしめる。

バラの役目はここまでだ。

そっとわきへ置かれた花束

再び彼女の腰に手を回して、優しく抱きしめる。

ゆっくりと唇が触れると、幸せ身体が震える。

お互い恥ずかしくて言葉が出ずに、何度もキスをする。

「セッ クスしたいです」

彼女に言わせてしまったのは申し訳なかったけど

彼女の声で聞けた喜びは何物にも代えがたい。

シャワーを浴びようと提案し、服に手をかける。

彼女はそそくさと電気を消す。

暗闇で白い彼女身体が露になる。

胸の膨らみ。その美しい曲線の先に触れたくなる。

キドキするねと素直に白状して、二人で体を洗う。

「こういう時に髪は洗わないんですよ」といういつかの

言葉がよみがえり、目の前の彼女申し訳なく思う。

二人は身体を洗い終えてしまった。

裸のままベッドに腰かけ彼女に、

ゆっくりいかぶさるように抱きつく。

キスをする。今度は舌も使って。

ほとんど恋愛経験がないから、こうした方がいいとか、痛いとか

あったら教えてね。」と、これも白状した。まぁそうよね。という

返事が聞こえそうな視線を感じたが、何も言わなかった。

彼女はきっと以前にも彼氏がいただろう。聞かないけど。

髪の毛から首、鎖骨、肩、背中、脇から胸へとゆっくり触れて

背中からお尻、骨盤を経由して下の方まで下りていく。

それからしばらく触っていると「ん。」と甘えた声をだした。

「いいの?」と聞くと「ん。」とうなずいた。

準備してあったコンドームに手を伸ばしいよいよ装着。

ギッチギチで入り辛かったけどなんとか装着。

Gガンダムスーツみたいなピチピチ加減でちょっと痛い。

コンドーム普通がよくわからなかったけど

サイズはちゃんと確認した方がいいね

後日Lサイズを購入したんだが全然違う。

スムーズに着けられるし気持ち良い。

手探りながら最後まで終わって

「これからもよろしくね」とキスをする。

頭がボーっとして、眠たくなる幸せ時間

再びシャワーを浴びて、その日は並んで寝た。

寝る前に彼女家族電話している。

今日は彼の家に泊まるね」と話していた。

彼と言われるとものすごくくすぐったい。

昼前に起きた。彼女が傍にいるのが嬉しい。

秋、31歳になった私はフィアンセと共にいた。

おしまい



いやいや、入籍までが婚活です。

相談所の登録はそのままだったので

二人で同時に退会の手続きをした。

二人とも同じアドバイザーだったようで

とても喜んでくれた。

さて、とんとん拍子に結婚約束をしたわけだが

お互いの家族にも会って挨拶をせねば。

私の家族サバサバしている。

今度結婚する。と言ったら最初詐欺心配をしていたが

最終的に向こうの親に失礼のないように

ちゃんとしろというだけだった。

彼女の話では、彼女のご両親も手放しで喜んでいる

しかった。お見合いサービスへの登録も親の

意向がかなり反映されていたらしい。

一度、それぞれの家に行って挨拶をしたが

私の親ともうまく話せていたし彼女のご両親には

本当に歓迎していただいたので安心した。

後日、ちょっといい個室のあるレストラン

両家の顔合わせを行った。

二人とも披露宴はしたくないと思っていること

についてもその場で了承してもらった。

私の親としてはやってほしかったようだが、

彼女意向を優先させたいということで理解してもらった。

結納の日取りを決めて、フォトウエディングの予約を入れた。

彼女披露宴はしたくないが、写真は撮りたいとのことだった。

家族だけの結納だったが、披露宴をしない分

いろいろこだわったので指輪も合わせると50万円近くかかった。

ウェディング恐るべしだな。

結納のあと、役所婚姻届けを提出して婚活は終了。

新婚生活突入だ。

彼女との結婚が早いということで、心配の声もあった。

幼馴染は「絶対後悔する」と豪語していたが、実際に

会ったらそのあとは何も言わなかったので、多分大丈夫だと

思ったのだろう。

確かに浮いた話が一切ないところから

結婚するって聞いたら驚くか。

付き合った経験もないのに結婚だもんな。

我ながら能天気ものだと思うが、全然不安はない。

1人でいる時に感じた不安や寂しさに比べたら

この先どうなるか、なんて大した問題じゃない。

この先も1人でいると想像する方がずっと不安だ。

選べる立場じゃないところから、偶然妻に出会って

お互いに不安の穴を埋めあって、一緒に歩んでいこうと

いう結論に達したのだから、お互いを信じて楽しく過ごす

ことに注力したい。

もうすぐ、結婚から一年が経つ。

二人の仲はより良いものになっていると思う。

子どもはまだだけど、鋭意取り組んでいる。

妻が希望するこどもの数が、結婚する前より

一人増えてるのはご愛嬌

メル友から始めて、入籍まで。

己の未熟を痛感する出来事連続で折れては

立ち上がり、の繰り返しだったけど「この人こそは」

と思う人と結婚できて幸せです。

書き始めたら思い出がいろいろ蘇って

長くなってしまいました。すみません

目を通していただきありがとうございました。

モラハラ親に育てられていない彼氏

いやあびっくりしたんですよ

健康的な親って、子供に怒った時に子供の持ち物を玄関に投げて捨てたりしないんだなーって

テーブルの上においてあるコーヒーぶっかけられたりしないんだなーって

家事ひとつやり忘れても火がついたように怒ったりしないんだなーって

親にあう時に緊張したりしないんだなーって

親に怒られるってことに怯えたりしなくていいんだなーって

新幹線でね、彼氏地元に帰って

駅で親が待ってたんだけどね

地本駅が近づくたびに気分が悪くなって、きみ、ちょっと本気で異常だよという内容のことをオブラートに包んで言われた

そんで親の話になってさ。上に戻る

歴史は繰り返さないぞって、誓いあった

私は真の意味自由になるぞ

2017-02-25

湊かなえの新作映画

病院に行くと異様な雰囲気

静寂。そして多くの人が皆一つの方向を注視している。

カットという叫び声。

撮影中なのでそこに入らないでくださいと注意してくるスタッフ



自分邪魔をしてしまったらしい。

でもそれなら玄関撮影中と書いておけよと。



はいえこんな片田舎撮影に来てくれたことは普通に嬉しい。

スタッフの人に何の撮影か聞いてみたら、映画撮影しか説明してくれなかった。

でも周りのおばちゃんが湊かなえ原作の新作映画だと教えてくれた。(本当かはわからない)

告白で有名な作家だと気付き、びっくりして女優男優を見るも、

正直誰なのかさっぱりわからず、自分にはこの分野の教養が無いのだと再確認した。

まあともかく、こんな世界の片隅の中の片隅の片田舎に来てくれてありがたいというただそれだけの田舎民の感想でした。



この作品名検索してもわからなかったので知ってる人がいたら教えてください。

2017-02-21

まれた!

昨日無事に男児出産

自分の記録用を兼ねて、初産を控えたママのためになればとメモ

2/18 土曜日 (39w1d)

アマゾンtvで、[結婚できない男]を夫と深夜12時まで視聴中、弱い生理痛のようなものを感じる。

前駆陣痛か?!と思いつつも念のため間隔を図ってみる。6-10分おきとバラバラ。痛みは強くなる一方なので、入院準備を開始。玄関付近カバンを用意したり、夫にやって欲しいことリスト作成するなど。夫はすでに熟睡。

2/19 日曜日

土曜深夜から寝ようとウトウトするも完全には眠れず徹夜で朝を迎える。今までは前駆陣痛らしきものがあってもとりあえず寝てみたら朝まで爆睡というパターンだったため、痛さで起きてしまうこの時点で前駆陣痛じゃないかも!との思いが強くなる。陣痛間隔は7-11分とまだバラバラ。(これは今思うと、測り方がよくわかっていなかったのも一つの原因。子宮がきゅーと収縮開始した時だけアプリ陣痛を開始する。収縮の合間にあるちょっとした痛みとかまで入れてしまうと間隔が変になる)

14時頃病院電話。様子を見てくださいとのことで、間隔が五分おき、持続時間が1分なるのが目安ですと教えてもらう。

夕方あたりから、痛みが更に増してくる。陣痛の間は歩くことすら出来なくなる。立ってる時に陣痛が来るとうずくまってしまうほど。そのため基本ベットで横になって休む。家事食事は何もできない。寝れるなら寝ようとしてみる。一方で陣痛間欠時は比較的平常モード。話もできるしテレビも見れる。

夫はこの日あまり事態を把握していないようでのほほんとテレビを見ている。夕食の買い出しと作成、茶碗洗いをお願いするがなかなかやってくれない。陣痛が来ている時にソファに寝ている私にピタリとひっついてちょっと寝るとかいってきたため、痛さとイライラでキレてしまう。泣いて寝室で寝ていると買い出しと買い物をした夫がよびにくる。夫、ごめんね。夫が買ってきてくれたイチゴを少し食べる。

この日もウトウトするも痛くて眠れず。徹夜2日目。

このままじゃ体がもたん。このまま出産になっても体力がもたない。日付が変わった瞬間に病院にもう一回電話しようと強く思う。

2/20 月曜日

上述の理由、および12時を超えれば入院費用が一日分かからないというせこい理由でとりあえず日付が変わるまで様子見していたが、am一時に早速病院電話

声の感じ的にまだ大丈夫ですよーと言われる。え?結構痛いときマジで痛いんだけどな...とちょっとイライラ。言われた通りの陣痛時間なんですけど...と弱めに主張してみると、「若いし、体重増加も大きくない。28週の検診内容から見てもまださほど進んでなかった。声の感じからもまだ大丈夫だと思うよ。」と丁寧に教えてもらう。とこうなれば朝9:30の診療開始まで待つか、と腹を据える。その方が安いし。(せこい)

ただ、これから病院に行くまでは結構きつい時間だった。今思うと大した痛さじゃないけど、痛み逃しの呼吸をしないとぷちパニックに収まりそうな程度には痛かった。バリ人形を見ながら呼吸法を続ける。ちなみに増田普段から瞑想をしているので呼吸法は得意。間隔も5分間隔を切っており、持続時間も1分になっていたためこれ以上痛さが強くなったり間隔が短くなれば移動自体が困難になるなと判断。9:00になったら病院にテル。まだ来なくていいよー!という感じだったが、どうしても今から行きますと強く主張してそんなに言うなら...という形でオッケーが出る。今思うと、この判断を下した私グッジョブ

入院後に続きます....

2017-02-20

NHKの集金業務応援したい

我が家にはアンテナがない。

その理由は、まだ独身マンション生活していた頃の話にある。

終電帰りが何十日と続いたデスマーチを終えてやっと手に入れた休日に、朝から玄関の呼び鈴が響いた。

インターフォン越しに画面を見ると、スーツ羽織った一応は身なりのいい人間が立っていた。

管理人か?先日警察官が問い合わせに来たことも合った。セールスならここで追い返せば良い。

そう思って呼び出しに応える。

すると先方はNHKの集金係だった。

前に住んでいた人が転居してから、この部屋の契約がまだ行われていないとのことらしい。

「ああ、テレビ見てませんから」その一言で終わらせようと思った。

しかしこれは事実でもある。

まず第一仕事で忙しくて見る暇などない。

そして第二に、テレビを付けたところで大して面白くもない内容を編集煽り文句だけでいたずらに引き伸ばし、それを知りたいと言う興味が煽られては裏切られるテレビの作りに、とうの昔に辟易していたからだ。

ところが相手は食い下がってきた。

「頻度の問題ではない。」「見られる状況にあれば払う必要性がある。」「とにかく一度玄関先まで出てきて欲しい。」

一体どんな権限を持っていたらそれほど偉そうなことが言えるのだろうか。

契約を取り付ける営業マンの中で、これほどまでに高圧的な人間がいてよいのだろうか。

人前に出るにははばかられる格好をしていたが、それほどまでに言う根拠を聞いてやろうとボサボサの頭で玄関先まで出向くことにした。

目の前に立っていたのはインターフォン越しよりはしっかりとした印象の細身の中年男性で、しかし、お役所のようなでもそれとは少し違うような気難しさを漂わせていた。

そこで改めてそもそも仕事が忙しくてほとんど家にいないこと、テレビ番組なんてものはつまらなくて全く見たいとも思わないことを告げる。

しかし細身の中年男性は更に質問で切り返す。

「見ないということはテレビは設置されているのですね?」

映画お笑いDVDを見る趣味が有るので言われる通りにテレビは設置されていた。

まらぬ嘘をつくつもりもなく、そうだと素直に答える。

「ならばいつでも見られる状況にあるのだから契約必要です。」とさらに食い下がってくる男性

食い下がるどころかむしろ勝利確信たかのように顎は少し上を向いていた。

せっかくの休日を見事に朝から台無しにする態度である

更に畳み掛けるように男性は口を開いた。

「それに受信料の支払いは国民義務ですから。」

その一言で完全に頭にきた。

この男の高圧的な態度は、全てがその一言に集約されていることがわかったからだ。

彼は自分職務義務を果たさぬ人間を罰するためにわざわざ出向いているつもりくらいに考えているのだ。

から玄関先まで出てくることを強要することに躊躇がないし、こちらのことを嘘をついて支払いを免れようとする悪人か何かだと思っているのだ。

頭にきた自分は無言で玄関先を離れると、テレビと壁を繋ぐアンテナ線を引き抜いて男の前に差し出した。

テレビを見ていないのでこれは必要ありません。契約書と一緒に持ち帰って下さい。」

そういうと、まだ何かいいたげな男性を尻目に玄関の扉を閉めて鍵をかけた。

扉の向こうから「こんなことされても困ります。これは置いていきますがまた来ますからね。」という声がかろうじて聞こえてきた。

その日以来、我が家にあるテレビにはアンテナ線と言われるものが一切繋げられることはなくなった。



それから10年ほどして、現在結婚もして幼稚園に入る年頃の子供も2人いる。

その頃のマンションでは手狭になり、郊外に小さな一戸建てを建てて数年になる。

どうやら僕が留守の間に何度か集金に来たらしいのだが、妻がいくら対応しても家主と話をする必要があると何度も訪ねてくるらしい。

それでとうとうこの土曜日に、午前中を見計らってか彼らがやってきた。

インターフォン越しに対応しようとすると、お決まりの「玄関先まで直接のご対応をお願いします」の一言

相変わらずのその偉そうな要求はどんな根拠のもとに行われるのだろうか。

見ると今回の担当者普段着若い男性で、耳にはbluetooth通話マイクが刺さったままだった。

「新居を建てられてからNHK登録がまだのようですが」

多少は言葉遣いを心得ているらしい。

しかしこの日、この瞬間を待ち焦がれていたのは僕だ。

満を持してこの言葉を言ってやろう。

「うちはテレビを見ていません。そもそもアンテナがありませんから。」

「えっ?」と驚きを隠せない職員

そこに畳みかねるように続ける僕。

「以前職員さんに、見てもないテレビに対する支払いを「義務」と言われたことがあり、あまりにも腹立たしかったのでそれ以来アンテナもつないでいないし、新居にはそもそもアンテナを付けませんでしたので。」

返す言葉を失いすごすごと引き返す職員



事実我が家にはアンテナがないし、当然テレビもつながれていない。

妻にはその時の話をしたら痛く同意してくれて、子供にもテレビ無駄時間を過ごさせたくないと同調してくれたからだ。

しかし、NHKに支払う受信料があれば映像オンデマンドサービスを2つ以上契約ができる。

こどもたちにはその中からアニメバラエティ番組を見せるようにしているが、内容も選べて時間差で同じものを見ることができて全くもって不満はないし、最近ではテレビよりYoutubeのほうが面白いテレビ離れは加速する一方だ。

他にも娯楽はいくらでもあるし、映像コンテンツ面白さだけで言えばオンデマンドサービスのほうが奥が深く種類が豊富だ。



職場テレビドラマ話題になることなんてここ最近であっただろうか。

テレビを見ていないことで世間ニュースから取り残されたことがあっただろうか。

しろテレビ情報源としている人間のほうが、視野見解限定されていることのほうがほとんどではないだろうか。

テレビがなくなって困るのは、テレビを見続けている人間だけだ。

そんな状況の中で、わざわざ人間が何度も出向いてまで集金した挙句に、ユーザー離れを加速させているコンテンツ未来がある訳がない。

テレビ未来を急激に破滅へを追い込んでくれるNHKの集金業務をこれから応援しています

2017-02-18

23歳くらいまで家族と一緒に住んでいた。母子家庭だったが母親はがんがん働いていたので、おかげさまで生活に困ることなく成人できた。むしろ品のいい車を乗り回すくらい裕福だった。(お金や車、家を持っていたのは母であって私ではないが)

私と弟が大きくなると、母は週末、当時の彼氏(現再婚相手)のもとへ車で出かけていた。反抗期のけんかくらいはしても親子仲は良好だったし、彼の存在家族内で公認だったので行ってらっしゃいという感じだった。

土曜の夜はたいていいなくて、日曜の夕飯前に帰ってくる。週末いないことに特別さみしさやいらだちは覚えなかった気がするのに、やはり日曜の夜に母が帰ってくるのは嬉しかったらしい。

私の部屋は2階にあって、駐車場で車が出入りする音がよく聞こえる位置にあった。日曜の夕方小一時間夕寝をする習慣があったが、母が帰ってくると独特のエンジン音がするので、それが目覚ましだった。どんなに眠くても、バイト仕事で疲れていても、エンジン音がすると嬉しくて安心して、ふらふらしながら1階の玄関まで降りて「おかえり」と言って、母が買ってきてくれるご飯やおかずを受けとる。冬は母の手がいつも冷たかった。

独特なエンジン音とは、某社のわりと高級車だからだと思っていたが、どうもその頃その会社製品に搭載されるようになった当時の新しいエンジンだったようで、戸建てが並ぶ近所には同じ会社の車はあってもどれも違うエンジン音だった。

今では町中でそのエンジン音を耳にする。そのエンジン音を聞くと、今でも母がご飯を買って帰ってきた日曜の夜を思い出して、嬉しさと安心がよみがえる。

2017-02-16

おいパルシステム!ピンポンダッシュすんな‼︎

『ピンポーン。ピンポーン。』

インターフォンが鳴ったので、玄関モニター確認した。

誰もいない。

インターフォンが鳴って、モニター確認するまで、わずか1.5秒以内。

インターフォンの録画ボタンを押して確認すると、パルシステムジャンパーを着たスタッフだった。

つい先日チラシを突っ込まれていた矢先のアタックだった。

つーか、インターフォン押してすぐににげ立ち去るなよ!

迷惑だろが‼︎

何しに来たんだよテメー‼︎

契約取れない嫌がらせかよ‼︎

次やりやがったら警察呼ぶぞ‼︎

2017-02-15

誤字脱字等報告 20160421[548]~20161004[612]

●各報告記事へのリンク文字数制限があるようなので複数記事に分けてあります

・「誤字脱字等報告 20160421[548]~20161004[612]」(このエントリ)

・「誤字脱字等報告 20161013[617]~20170125[655] および総合更新履歴等

・「誤字脱字等報告 20170131[656]~20170303[670]

・「誤字脱字等報告 20170306[671]~更新中

 

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「612 遊び場」

 

 境界門と国境門が開いているために転移陣と海の向こうに白い砂漠が見えていた光景虹色の扉が閉ざされたことで見えなくなっていた。

境界門と国境門が開いていた時には転移陣と海の向こうに白い砂漠が見えていたが、虹色の扉が閉ざされたことで、その光景は見えなくなっていた。

 

 ハンネローレ様は元の飼い主のところへヴォルヘニールの返却にいらっしゃいました

→ハンネローレ様は元の飼い主のところへヴォルヘニールを返しに行っておられます

 

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「610 ランツェナーヴェの船 後編」

 

 できるだけエーヴィリーベの剣を振るう者は多い方が良いし、

→エーヴィリーベの剣を振るう者はできるだけ多い方が良いし、

 

 フェルディナンドはわたしが渡した魔紙に魔法陣をスティロで描き始めた。

→フェルディナンドはわたしが渡した魔紙にスティロで魔法陣を描き始めた。

 

 耐撃性

→耐衝撃性

 

 周囲の視線ちょっと気になる。

→周囲の視線ちょっと気になる。

 

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「608 ランツェナーヴェの船 前編」

 

 空よりも一段暗い海の上に

→空よりも一段暗い海の上で、

 

 門柱の屋上班長指揮官達が高度を下げていく。

→門柱の屋上に向かって、班長指揮官達が高度を下げていく。

 

 シュミルの乗り込み型騎獣を中心にした

→シュミルの乗り込み型騎獣を中心にして

 

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「607 新しいアウブ」

 

 完全には回復していると思えません。

→完全には回復していないと思います

→完全に回復しているとは思えません。

回復が完全だとは思えません。

 

 知らないうちに皆殺しされるという事態は防げたらしい。

→知らないうちに皆殺しにされるという事態は防げたらしい。

  

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「606 ツェントとグルトリスハイト

 

 よほど効率は悪いと思う。

→よほど効率が悪いと思う。

 

 マニュアル本的なグルトリスハイトが作られた。誰にでも使える物ではないように地下書庫の奥に収められる。

マニュアル本的なグルトリスハイトが作られ、限られた者にしか使えないように地下書庫の奥に収められた。

 

 女王は何人かい子供の中で

女王は何人かい子供の中で

 

 君の居場所については考えてみよう。ひとまず、目の前の問題から片付けるとしよう。

→君の居場所については考えてみるとして、ひとまず、目の前の問題から片付けるとしよう。

 

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「603 アーレンスバッハの礎と供給の間」

 

 大きな球状の礎の中には淡い緑に光る液体が揺らめいているが、半分にも満たないように思える。

→大きな球状の礎の中には淡い緑に光る液体が揺らめいているが、その量は半分にも満たないように思える。

 

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「599 二人の情報と名捧げの石」

 

 こちらにあった姫様の情報行方不明でしたか

→こちらにあった情報では姫様は行方不明とのことでしたか

 

 どのようにしてフェルディナンドはわたしがメスティノーラの書を得たことを知ったのか、わからない。

→フェルディナンドがどのようにしてわたしがメスティノーラの書を得たことを知ったのかは、わからない。

 

 わたし意味ありそうな目で見つめる。

わたし意味ありげな目で見つめる。

 

 フェルディナンドの危機を救うために今だけです、と

→フェルディナンド様の危機を救うために今だけです、と

 

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「591 守る方法

 

 そんなことを平然と命じられる養父様でなくてよかったとさえ思う。

→そんなことを平然と命じられる養父様でなくてよかったと思う。

 

 どうやらその聖典の部分が可動するようで、鍵穴があるようです

→どうやらその聖典の部分が可動式になっており、鍵穴があるようです

 

 神殿図書館神殿登録されていない者は

神殿図書室は神殿登録されていない者は

 

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「588 礎の魔術」

 

 と意味を込めて微笑むと、

→という意味を込めて微笑むと、

 

 突然の話題変換に

→突然の話題転換に

 

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「587 帰ってきたわたし

 

 それは、それは面倒くさそうに

→それはそれは面倒くさそうに

 

 グレーティアと視線が同じなったことを実感すると、

→グレーティアと視線が同じになったことを実感すると、

 

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「586 閑話 ジギスヴァルト視点 ローゼマイン失踪と帰還」

 

 フラウレルムとは誰だったのか、とジギスヴァルトは記憶を探り、

→フラウレルムとは誰だったか、とジギスヴァルトは記憶を探り、

 

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「585 メスティノーラの書」

 

 流れ込んでくる知識について考えようした途端、

→流れ込んでくる知識について考えようとした途端、

 

 わたしはエアヴェルミーンが本当に記憶を見れることに感心していると、

わたしがエアヴェルミーンが本当に記憶を見れることに感心していると、

 

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「580 親睦会(四年)」

 

 玄関ホールにはエーレンフェストのマントをまとった学生でひしめきあっている。

玄関ホールにはエーレンフェストのマントをまとった学生達がひしめきあっている。

 

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「576 アウブの面接とエントヴィッケルン

 

 自分の側近達の上級貴族

自分の側近の上級貴族達を

自分の側近から上級貴族達を

 

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「575 トゥ-リの成人式

 

 無理難題を振りかけるかわかりません。

無理難題をふっかけるかわかりません。

 

 写本がすごく楽になるになるはずだ。

→写本がすごく楽になるはずだ。

 

 ハルムートから受け取って祝福を与えた。

ハルムートから魔石を受け取って祝福を与えた。

 

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「573 フェルディナンから手紙

 

 ライゼガングとの繋がりになります

→ライゼガングとの繋がりだけになります

 

 後の皆は荷物仕分け

→他の皆は荷物仕分け

 

 部屋がなかなか与えられなかったことようで、

→部屋がなかなか与えられなかったようで、

 

 一番忙しい中に

→一番忙しい時に

 

 仕事量は依然と比べものにならない程に増えたそうだ。

仕事量は以前と比べものにならない程に増えたそうだ。

 

 しなければならない理由にならないはずだ。

→しなければならない理由にはならないはずだ。

 

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「561 カルステッド宅でのお話 前編」

 

 結婚するとレオノーレは仕事を止める

結婚するとレオノーレは仕事を辞める

 

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「557 閑話 望みと出口」

 

 優秀な者は若手に多いと分析されているらしい。

→優秀な者は若手が多いと分析されているらしい。

 

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「556 領主会議奉納式」

 

 加護が増加する神事とは興味のあるものだったようだ。

加護が増加する神事は興味のあるものだったようだ。

 

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「552 王族との話し合い」

 

 魔力がなくなかったからといっても崩れることなどない。

→魔力がなくなったからといって崩れることなどない。

 

 他の大領地ならば影響力を増えるので

→他の大領地ならば影響力が増えるので

 

 魔力でわたくしに一年分の時間を売ってくださいな。

→魔力でわたくしに一年分の時間を売ってくださいませ。

 

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「550 地下書庫の更に奥」

 

 登録者許可のない者が

登録許可のない者が

 

 まさか弾かれると

まさか弾かれるとは

 

 其方を兄上の第三夫人というのは

→其方を兄上の第三夫人に迎えるというのは

 

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「548 相談

 

 アナスタージウス様にもお話いたしま

アナスタージウス様にもお話しいたしま

 

 マグダレーナはエグランティーヌ様を見つめる目を

→マグダレーナはエグランティーヌを見つめる目を

 

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