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はてなキーワード: パロディとは

2017-04-16

増田のバズをdiffする

増田のバズを科学する 20170416041346版と

増田のバズを科学する 20170416052620版の違いは

短文ではなく、一定以上の文字数のある「きちんとした文章」を書く

土日の早朝に投稿する

意味のある情報提示する

リストになっているか、なっていないか

増田のバズ」の解明という情報特殊性、ある程度キャッチータイトル、そして日曜4時台という投稿時間

増田のバズ」の解明という情報特殊性、ある程度キャッチータイトル、そして日曜5時台という投稿時間

ここの時間だけだった。

別人のわかりづらいパロディのような気もするが、本人によるわかりづらいギャグ可能性もある。

http://anond.hatelabo.jp/20170416041346

http://anond.hatelabo.jp/20170416052620

2017-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20170405113842

意識高い系のアレってmoonしか思いつかなかった。

あの時点では割と斬新めの発想だった気が(コンシューマーにおいては)するんだけど、明らかなパロディとして成立したのはいつだろう。

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170403184647

"性的"なキャラクター(男女問わず)を愛でるだけじゃバツが悪いかカモフラージュを求める奴が多いんだろ。

それが作品毎に小難しい設定やグロや他のマニア趣味との結合や旧作リバイバルや危ないパロディ符丁を散りばめることだったりするだけで。

2017-03-29

スペース☆ダンディ増田で勧められてみている

パロディ盛りだくさんだけど気合の入った読み方を強制する話ではなく、力を抜いておバカな一行を楽しむもんだと思った。

それはそうとして、10話のレビューを読んでいて色々違和感があった。

基本的にあの話は繰り返すブルーカラー日常、という非常にキツイテーマだったにも関わらず誰もそれに突っ込んでいない。

探せばはてな界隈には何人もいそうだが、検索トップやそれに引っかかるまとめ系では見て見ぬふりでもしてるんじゃないかというくらい。

ミャウの親父さんがガンダム部品を作ってるという笑い話のみ抽出して、下層工程に携わるもの産業全般を知らないことには誰もツッコまない。

地元のマドンナが地元風俗業で日銭を稼ぐ労働者相手をしてるとか、何年も変わらない家財家電だとか地元田舎地獄のもの

しかもそれが繰り返している。海外まとめを見るとこちらも誰も気づいていない。デトロイトニューヨークでは別世界ということか。

正直10話は全く笑えなかった。あれは帰りたくないわ。

森友学園MAD

「あのMADは安原作品ルーツ

流れとしてはそうじゃなく、兵庫の安原作品の前時代であった大阪芸大周辺(「アオイホノオ」の上映会シーンを思い出してほしい)がMADルーツ。そもそもMADテープ発祥の地だし。

で、たぶん「MAD」だと思ってるそれ(総統シリーズ)はMAD系譜と別で、電通ホットペッパー吹き替えシリーズ(今はハイジか)。ただ、そういうのが出てきた土壌は「関西バカミリ」の系譜

原作品大阪的な「パロディ」「笑い」への逃避に陥らない姿勢があったので、ああい感想なっちゃうんだろうか。

と思ったんだけど、右翼一家に婿入りした籠池さんと、すでに関西ミリ空気存在した中で発表された安原作品類似性があるのかもしれない。すでに存在した環境への同化、という。

2017-03-26

田中圭一

パロディ全然面白くなくて秩父山の方が好きなんだけど

そういや秩父山もパロディネタイマイチだったな

2017-03-18

横だが俺はつねづね思うよ。アニメ見ている人やラノベ見てる人の目線が俺とぜんぜん違う。

おれは話の構造に興味があるのに、大体のオタクは何を継承していて何のパロディで、という自慢話が大好きだ。

実践にするための知識の蓄え方ではない。まあもっと小説漫画ではまたシーンの構造が変わってきたりするんだが。

俺が何やってるかなんて他の増田にとってもどうでも良いことだが、

基本的はてなの中では知識が蓄えられていて何もやってない人が割と人受けが良い。

自分はそこが謎なんだよな。すげえ知識マウントとるから偉いんだという。

「極端に言えば(と括弧しておかないと主語厨がうるさげ)」そんな風潮が意味不明

2ch同人板系とかCG板の住人だったけど、珍重されるもんがぜんぜん違うんだよな。

はてなクリエイティブを消費するけど作り手は知識人ではないか小馬鹿にする、みたいな人もいて矛盾してるよ。

こっちから言わせりゃ「お前何もしてないじゃん」というか。

2017-03-17

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである


しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。




1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。



村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。



ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。



しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!



これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。




2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。




3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。




4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。




5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。




さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから





……


………


…………



……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。






6.特殊性


それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316120756

え、そこをパロディとして解釈しちゃいけないわけでもあんの。

http://anond.hatelabo.jp/20170316115601

君本当に見た?

1話は壊滅した艦隊戦艦に取り残された館長と船員のやり取りから始まって、すぐにそれが主人公父親だと言うことが説明されて、しかも詳細が把握されていないか世間では汚名を着せられていて

そうした前提から立場の弱い主人公が学園にやってきたコーチに見出され、周囲の嫉妬いじめに挫けそうになりながらも学園トップパートナーの座を勝ち取る話だぞ

もしかしてパロディ馬鹿展開だと思ってるのか?

これが馬鹿展開だと思うんなら俺とは完全に文化圏が違うわ

http://anond.hatelabo.jp/20170316115038

マジでしょ。別に俺が説明しなくてもWikipediaにこう書いてある。

本作はパロディを中心に始まりつつも、次第にシリアスな内容になっていく物語構造を持ち[1]、

まあそういうこと。

http://anond.hatelabo.jp/20170316102742

で、お前の中では「最終話」と「最終話手前の数話と最終話」、って厳密にやらなきゃいかんわけなの。めんどくさいね

あと2016年限定っていうお前の時期限定提案には乗れないな。乗る必要性がない。



例えば『キルラキル』だったらおバカ路線ではなく最終的には自分の肉親を倒すという深刻なものへと変化していった。

男組』のパロディだとしてもそこまでやんなくても成立はしただろう。まあただし『キルラキル』の場合急激にとはいえないか

FREEDOM』もそうだな。途中までロードムービー風だったのに急激に政府主人公みたいな展開へ向かっていった。

世界征服謀略のズヴィズダー~』では09話まで温泉回とかやってのんびりしている。

もちろん総理などの伏線は敷かれているが、作風のんびり展開はシリアス路線とは言い難い。

まりシリアスコメディバランスがやや悪い。

例えば有名なシュタゲなんて、伏線を敷きながら空気だけは全く日常的で10話まで動かなかった。

その後急展開を詰め込んで変わったがこれは例外的に良かったと思う。

あと初代トップ最初馬鹿展開そのものだったが、最終的に宇宙の存亡と地球の存亡を天秤にかける話に発展している。

多分共通しているのは空気継承するための幕展開が急転しすぎる、というところにあるんだろう。

2017-03-11

さよならAC

2011年3月11日、未曾有の大災害東日本を襲った。影響は各方面に及んだ。福島原発は爆発し、首都圏を含む広域な交通網は打撃を受けた。多くの人が亡くなり、多くの人が家をなくした。

この震災を受けて、企業各社はCM放送自粛した。震災時のCM放送が法によって規制されている訳ではなかったが、CM放映による非難企業自主的に避けようとしたのである。代わりに、テレビ局人畜無害ACCMを流した。 繰り返されるCMにより、ACは一躍その名を高めていった。

震災から一週間が経った。震災による犠牲者は一万人に迫ろうとしていた。テレビでは未だACCMばかりが流されていた。企業としてはそろそろ通常のCM放送したい気持ちだったが、もし自分会社けがそうすることによって「不謹慎だ!」と言われてしまってはたまったものではない。ネットではとあるACパロディ動画があげられていた。それは冷静に見れば面白くもなんともないものだったが、きっと他に見るものもなかったのだろう、驚くべき再生回数を記録した。その人気にあやかろうとしたのだろう、次々とACCM関連の動画アップロードされた。大の大人が「ポポポポーン」と叫ぶという、滑稽とも見苦しいとも取れる動画群であったが、人々はそれを不謹慎とは受け取らなかった。

二週間が経った。各国から支援が続々と寄せられていた。人々は(被災していなかった地域を含む人々は)それを見て「A国は素晴らしい」だの「K国はやっぱりクソ」だの言っていた。その頃、国会ではある法案が審議にかけられていた。アンチコマーシャルメッセージ法案通称AC法案である。この法律では、震災復興を達成したという判断政府が下すまで、企業テレビCM放送禁止規定していた。何故こんな法律が審議されることになったのかはよく分らない。しかイメージダウンを恐れて企業法案に反対できなかったし、当然のことながら猛反対の立場をとるテレビ局各社は盛んにこの法律弊害を訴えたが、震災報道ヘリコプターを使って被災者迷惑をかけたり、衝撃的な映像をまくし立てるように放送し続けたりしたテレビ局視聴者は既に愛想を尽かしていた。結局AC法案は難なく両院を通過し、テレビで映るCMACのものだけになった。

一ヶ月が経った。とある実業家による億単位義援金や、さるスポーツ選手によるツアーの賞金全額寄付宣言世間では話題になっていた。テレビ局スポンサーに働きかけるのに必死だった。自社のCM放送されないのに企業お金を出すなんてことはおかし論理だったが、それを認めたらテレビ局は立ち行かなくなってしまう。結局、「番組内で可能な限りスポンサー商品を紹介する」ということに決まった。出演者スポンサー企業ロゴ付きの服を着ることが常識になったし、番組の中でそれまでの流れとは関係なく唐突商品の紹介が始まることになった。それでもスポンサーから今まで通りの料金を徴収することは叶わず、経費削減の為にギャラの高い大物芸能人は締め出され、金のかからない素人芸人の起用が急速に高まっていった。ネットではAC関連動画の盛り上がりが、最高潮に達していた。

三ヶ月が経った。全く前例のなかった計画停電が行われ、都心優遇ぶりに一部の人々は憤慨していた。結局テレビは何とか放送を続けられていたものの、以前との差は歴然としていた。番組の内容もそうだが、間々に挟まれCMが全てACの為、テレビ自体一種カルト宗教的色彩を帯びていたのであるAC側もCMバリエーションを増やしはしたが、それも焼け石に水と言える程度のものだった。もはや国民ACの名を知らぬものなどいないという有様だったが、多くの国民は良い感情を持っていなかった。余りにもCMが繰り返された為、段々ネットACパロディにする人も減ってきた。

半年が経った。さる地方テレビ局が、番組内で東北地方のお米をセシウム米と表示したことが大変な物議を醸した。ただてさえスポンサーからの金が期待できなくなっているのに、その上この不祥事ではもはやなす術がなかった。結果、番組のみならずテレビ局までもが潰れた。テレビ局が潰れるなんてことは前代未聞だった。この事件の後極度にテレビ局各社は不祥事を恐れるようになり、人々の反感を買いそうな発言ますます避けるようになった。ネットでは、(直接的な関わりはなかったものの)ついにACは局を殺したと言われた。

一年が経った。大震災の模様が改めて各メディアに取り上げられた。問題は未だ山積みであったし、それとごろか原発を中心とした被害は更に拡大していったが、人々はというと大震災のものより、原発は推進すべきだとか廃止すべきだとか、与党を変えるべきだとか変えないべきだとか、そういった話題に興味を持っているらしかった。AC以外のCMが消え失せてしまったことも、もはや当たり前のこととして受け止められつつあり、誰かが思い出したようにACネタにした動画を作るだけだった。

二年が経った。被災者を除くと、人々は既に震災に関する興味を失っていた。時代は変わった。震災後急速に衰えていったテレビに代わってインターネットが主要なメディアと見なされるようになった。人々はテレビを見なくなり、テレビACCMしかやらないことなんてもう誰も気にしていなかった。企業は力を失ったテレビに代わってインターネット上での広告に力を入れるようになった。ユーザーの好みにピンポイントで合わせた商品宣伝から、見るだけでお金が貰える斬新な広告までもが生まれた。それはかつてのテレビCM以上に多彩で、ユニークで、興味深いものだった。テレビなんてものパソコンが使えない情弱だけ見てればいい。そんな声が強くなっていった。

 五年が経った。この年大震災テーマにした映画が公開された。それは大変な好評を博し、歴史に残る名作とまでも言われた。しかし、人々は未だ故郷に戻れぬ仮設住宅暮らしを強いられている被災者がいることを知らなかったし、被災地寄付することなんて思いもよらなかった。震災は感動という名のビジネスの道具となっていた。同じ年、政府によりAC法案の解除が発表された。瀕死テレビ業界はこの宣告に狂喜したが、すぐに期待は裏切られた。なぜなら、AC法はこれより四年後、2020年東京オリンピックの開催と共に解除だということが知らされたからだ。明らかに、国が立ち直ったことを国内外アピールするための政府戦略だった。このころになると、テレビは見てはいけないものとさえ思われるようになり、まだあどけない子どもたちが何かの拍子にテレビを見て、「ポポポポーン」なんて言った日には親から叱られる始末だった。

 震災から九年が経った。遂にテレビCMが復活する時が来たのである。既にテレビは最盛期を思えば哀れになる程衰退しており、CMを復活させたところでかつての威光を取り戻すことが不可能なことは誰の目にも明らかだった。各局はなんとかスポンサーを見つけようとしたが、もはやあえてテレビで自社のCM放送しようと考える企業はいなかった。「もうこの業界は終わりだ」最後希望を打ち砕かれた業界関係者たちは嘆いた。

 そしてその日がやってきた。オリンピックの開催とともに、首相によって震災から復興が全世界に高らかに宣言された。AC法も解除された。人々は56年ぶりの首都でのオリンピック熱狂した。散々興味がないと言っていた人までも試合の経過を見守ったり、見たことのない程人で溢れかえる東京に驚いていたりした。オリンピックは、成功裏に終わった。

 その一方で避難者は七万を下らなかった。福島出身の子供に対する苛めも収まらなかった。東北地方の食に対する信頼も回復しなかった。原発放置されたままだった。しかし、そんなことに心を痛める人はもういなかった。人々は震災被害なんてものは遥か昔に回復したものだと思っていたのだ。

 それから人々が震災のことを忘れるのに時間はかからなかった。いや、震災のことだけじゃない。この九年間で人々はテレビを忘れた。テレビだけじゃない。テレビで嫌というほど繰り返されていたACのCM―かつてはネタにして面白がった、それから先は忌み嫌うものとして見なしたCM。特異な状況であれほど繰り返し放映され、国民全員がこの先忘れることはないだろうとさえ思ったCM。そのCMのことすらも、震災に関する全ての記憶とともに、忘れていたのだ。

2017-03-10

中国アニメマジでつの例外もなく全部クソつまらない

最近家電PC市場中韓メーカーに脅かされているように「アニメ界も遠くない未来中国技術を身に着けて日本を追い抜いてしまう!」というような危惧する論調をたまにみかける。

最近日本でも割りと中国作のアニメ公式日本語吹き替えされて配信されてるので、日本アニメを超えるアニメを見れるのなら見た方が得だろいうということで結構いろいろ見てみた。

で、結果はタイトルの通り、マジでつの例外もなく全部クソつまらない。本当にひとつ例外もなく。

中国への激励もこめて大体は最後まで見たが、まあ普通に日本アニメと同じ枠で放送されてたら余裕で1話切りしてたレベルだろう。

客観的指標として、日本円盤売り上げが1000超えた、もしくは超えそうな、と思えた作品は0個だった。テレビなどでまともに配信されていないというのもあるが、まあ配信されたところで評価は似たようなもんだろうと思う。

日本文化パロディ時事ネタ満載の絶望先生ニャル子さん日本人以外が理解しにくいみたいな現象もあるだろうけど、お硬い作品パロディやらが少ない作品でもまあつまらない。

ディズニーなんかはアメリカ文化が違えど日本でも高い評価をされているし、自分中国アクション映画が大好きなので文化の違い、として片付けるのは違う気がする。



大魚海棠のように超作画アニメをもう既に作れることから作画』で日本中国に超えられることはそう遠くない未来にあるだろうが、『作品』として日本アニメが追い抜かれることは今のところ日本人鼻くそほじりながらアニメ作っててもまだまだ遠いの未来のようだ。

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309111748

作者の伊藤ヒロ悪ノリ満載のパロディが得意な人で、この長文タイトル悪ノリの一環なんだよ。

器用な作家から低俗作品を書こうと思えば、いくらでも低俗に徹することができる。

おそらくは低俗作品から低俗タイトルを付けているわけで、そこにツッコミを入れても作者の手のひらの上だぞ。

2017-03-01

自分の中でやりすぎな部分を神に付託するのは神にしつれいでありそんなお告げを神はしないひるがえって日本天皇麻原彰晃もそのパロディである安倍普三もどうでもいい(悪い意味で)2017

反省材料のある1週間だ もちろんいい悪いがきっかけでしかないというのは重要な点だ なんらしか気づきに何をとすというんだろう 抱えるのは

2017-02-26

ゲーム実況見ていて、面白い人・人気のある人って語彙が豊富だったり知識が広くて、上手い下手はそれほど関係ないんだなあって思う

今見てる実況の人、一生懸命喋っていて楽しませようとしてくる所がいいなと思うんだけど

ゲーム内に登場する某人物パロディキャラクターを同ジャンルの全く別の人物とずっと勘違いしてたり

割りと有名な映画スポーツ選手パロディにも気づかなくてナニコレナニコレイミワカンナイって言ってたりするのがむず痒い

2017-02-17

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今回はやわらかスピリッツ

ダンジョンほとりの宿屋の親父 第13話

ネタ構成自体は繰り返し気味なんだけれども、ちゃんと笑わせつつ後半の展開に繋がる伏線を散りばめてて上手いなあ。

王子ジルとヴォルクの設定、大剣より大切なものや、幼女腹パンの件がちゃんとオチに繋がっている。

ただ、今回はネタ天丼ものが多くて、インパクトのあるギャグがそこまでなかったのが残念かなあ。



人魚姫のごめんねごはん 第3話

序盤で魚とのドラマがある分、より悲壮感が演出されているね。

食べるかどうかの葛藤演出が二転三転して、壮大なフェイントまでかましてくるのはやられた。

大げさで馬鹿馬鹿しい表現は読ませてくれるけれども唐突パロディ安易に感じて、正直あんまり好みじゃないかな。

単行本ときに削られる部分とはいえ、編集までコメント悪ノリしているのはちょっと苦笑い



青猫について 第10

青猫の行動は予想以上に一貫しているんだなあ。

目的のためなら、過程ポリシーもそこにはなくて徹底している。

カラスある意味利己的に自分本位な殺しをするのに対し、青猫はあくまでヒヌマへの復讐

殺しそのもの無頓着というか、ヒヌマへの執着と強く結びついているのが、カラスとの決定的な違いだろうか。

カラスはそれを恋慕のように表現していたけれども、あくま比喩なのかそれとも実際そういった感情も青猫の中にあるのか。

いずれにしろ、大した勝算も打算もなく嬉々として走り、共に旅をした仲間に一瞥もしない姿は、ある種の高潔さすら感じた。

2017-02-15

マンガラノベRPG世界観について物申す

よく異世界生モノ小説とかJRPGパロディ風の物語が、いくつか言いたいことがあるので並べて記述する。

仮説「最近は大作JRPGも出てないから馴染みもないし、MMORPGってそこまで普及してるもんじゃいかMMORPG演出が当然のように記号化されているのが納得いかない」

1.評論家は「若者ゲーム演出に馴染みがある」と言う。言うほど若者ゲーム演出に馴染みがあるのか?

2.日本RPG世界観ベースになったと思うドラゴンクエストファイナルファンタジーMMOを除いて近年のナンバリング作品が出た年数を挙げる

3.ドラゴンクエストIXFINAL FANTASY XIIIは共に2009年、8年前の作品2016年FINAL FANTASY XVはとりあえず除く)

4.よく異世界転生のモチーフにされるMMORPGって日本ではそもそも馴染みがあるの?そこまで普及してる印象ないんだけど。

5.調べたらMMORPGドラクエ10Wii版だけで売上100万本超えてた…

6.最近MMORPG基本無料からPSO2(同時接続最大13万人)とかネクソン系のやってる人多いのかな……意外と若者の間でMMORPG普及してんの?マジで

7.そもそも若い人の定義が間違っていた。私は若者10代だと思っていたが…

8.ライトノベルしろマンガしろ主な購買層は20代後半~30代だった。その世代JRPG直撃世代か。なるほど。

9.結局MMORPG演出が多用されるのってなんでなの?テンポ良くなるためのおまじないなの?

10.こんなこと延々と書いておいて言うほどラノベアニメも見てないんだろ?って言われるとその通りとしか言えない。どうせ偏見しか書いてない。

11.私の趣味ゲームだけどRPGほとんど遊ばないので結局私のイメージだけで書いてるだけじゃん

12.収集が付かなくなった。終わり。

RPGパロディ世界観ってそれはそれでもう日本的RPGから独立したマンガ小説ジャンルになってるのかね。

RPGパロディものゲーム化してRPGになるとそのパロディ感はただの三流になっちゃう…なっちゃわない?パロディパロディじゃなくなる瞬間とは。

そもそもJRPGの源流がTRPGファンタジー小説じゃんというツッコミがきそうだ。

<追記>

こんな投げやりな増田でも反応くれるはてな民は本当に尊い

消費者よりも製作者側にとって馴染み深いもの舞台装置になりやすいのは当然といえば当然なのかも。

5年後は世代も切り替わってソシャゲベース世界観とか出てきたら面白そうだよね。

そろそろAIも発達してきたので人間AIの見分けがつかないゲーム舞台にした物語とか読みたい。

将来的には人間よりもAIと遊ぶ方が快適になるとバンナム原田Pも言っていたので。

SAO映画の新作は予告で見たけどARとかMR描写脚本にとても力を入れているみたいなので、ああいうのは良いと思いますSAOの本編見たことないけど。

HoloLens流行流行れ…

2017-02-06

オタクJASRAC批判するのは理にかなってる

同人(二次創作)文化はどうやら著作権者に対価を支払わないことによって成り立っているようだから、結局のところ自らの権益のために振る舞ってるのはオタクの側も同じだ。

ただ一次創作の側を萎縮させてまで二次創作を守る値打ちがあるのか。同人屋のやっていることは剽窃であって、パロディオマージュではないのだが意図的混同しているように思う。文化人質に取っても同人屋のやってる二次創作は守れないだろう。

著作権を盾に自由創作文化を犯すJASRACとそれを守る我々(オタク)という構図にしたいのだろうが、二次創作が犯しているものによくも無頓着でいられる。

理想コミケPixiv同人ショップJASRACのような権利団体包括契約して権利者に利益還元されるといいのだが。

2017-02-04

不相応な評価を真に受けると絵描きはどうなるか

とある絵描きの話。

その絵描きは本格的に書き出して3年前後、正直まだ上手いとは言えない

レベルだ。主にTWitter二次創作投稿するのが主な活動らしく

RTいいねもだいたい2桁いくかどうかで2桁前半で留まるぐらいの実力だ。

そのことに嘆いたり愚痴をこぼすこともあったが自分なりに

努力はしていた(ようには見えた。)そんなある日、その絵描き

ある絵を投稿した。それは現在人気なジャンルを掛け合わせた

パロディ絵、それも本人の絵柄からは遠く離れておりおおよそ

模写が入ったものだった。それはRTいいねも4桁を越える人気な

絵描きであればよく見る数字であったがその絵描きにとってはとんでもない

反響努力が報われたと思えているだろう。しかしその絵描きはそこで

終わってしまったように感じた。その絵を投稿してしばらくしてその絵描き

言動が大きく変わってしまった。今までになかった自分語りが多く

自分能力を褒める、絵について持論を語る・・・また、同人誌を作って

それなりに数が掃けたらしく次は100冊用意するなどといいだしている。

別にそれらが何か悪いことではない。ただここで成長が止まってしまうの

だろうと感じただけである。まずその絵描きは実力がついてRTいいね

4桁を越える絵を描けたのではなく、自身の絵柄を完全に捨てた模写の

パロディの力で取れただけなのであるアイディア評価できるが

決して自身画力ではない。おそらくそれを勘違いしていている。

まり自分Twitterで4桁取れる実力がある人気な絵描きだと

思い込んでしまったのである

現在も絵を投稿し続けているがやはり実力は変わっていないようで

RTいいねも2桁、いつか折れる日がだろうか。

2017-02-03

"ハナハルうどん"

1 件 (0.30 秒)




ねこじるうどんパロディかな?

2017-02-02

巨顔の美女欲情する性癖について詳しく追記 その6

巨顔の美女欲情する性癖について詳しく追記 その5

http://anond.hatelabo.jp/20170202164127

より続きます

顔が巨大な美女欲情だって? むしろキモいよ、怖いよ

id:mujou03

自分は逆だわ 顔のドアップ見てると気持ち悪くなる

id:sakotako

顔だけ大きく加工された画像が怖くて比率が異常なキメラ怖い怖いと忌み嫌っていたが、まさかある意味似た部分に注目している人がいたとは…

こちとてホント生理的ものなので、自分真逆にそういう人がいるのはよくわかる。現に自分も幼い、本当に幼かった頃、そういうCM広告を見て怖くて泣いたような記憶もある。それがある日突然、逆の反応に変わった。自分でも相当戸惑ったはずだけど。嫌いすぎて反応が真逆にひっくり返ってしまった、という説もありえるんじゃないかって思ってる。

id:SndOp

小顔ダメというなら何となくわかる。鳥とか小型恐竜イメージと重なるんだよな。

id:paradisemaker

顔なんだ。身体が大きい女の子は好き。

いや、小顔小顔でこういうのもあるんですよ? これはこれで割と好きです。

参考:バージンモバイルCM

https://vimeo.com/26086751

なぜオカズ自作しないのか?

id:h5dhn9

自作した方が早いのでは? 今の技術なら割りと簡単だろうし。

id:aoi_tomoyuki

普通に自分美人さんの顔の写真を集めて、適当身体に合成するようなものを作ればいいじゃん。動画は難しいだろうけど静止画簡単だ。

id:KGV

そんなのフォトショで加工すればいくらでも自作できるじゃないかと思うかもしれないが、こういう性癖の人はあくまでもそれをどこからか見つけないとダメなんだ。

確かに自作に挑戦した時期もあった。自分で使うだけなので別にどこにアップするわけでもないが、どこかのモデル撮影会写真自分の好みかつ高解像度データをゲットして、それを加工した。まぁ使えなくもなかったが、フォトショスキルがついただけで費用対効果がよくなかったのですぐやめた。加工にはある程度の時間がかかるので、加工前の写真を見すぎてしまったのが原因だと思う。あと、写真ならともかく、動画となると自作ハードルは一気に上がる。生きた生首フェティッシュの人が動画投稿し続けるYouTubeアカウントがあるが、これもクオリティの低さは個人レベルなので限界があった。この人はずっとコラ画像専門の職人だったのだが、あるときから動画制作シフトした。コラ画像のほうがそこそこクオリティが高くて好きだったので、画像世界もっと続けてほしかったのだが。動画のほうも2年くらい前から更新ピタッと止まってしまい、現在廃墟状態。残念だ。

参考

https://www.youtube.com/channel/UCbFyeD5G7n4uSfMSrxfiHOA


参考

http://greg20033.deviantart.com/art/Why-her-584173334

個人レベルでそこそこの品質を維持しているのが以下のアカウント既存映画の場面を上手く加工するパロディ動画一種なんだが、女性キャラが多ければ多いほど個人的評価は高くなる。

参考:Big Head Parodies

https://www.youtube.com/playlist?list=PLLHMipOGa6G2XarB3krN7BY-4I0gYuvo1

id:kuroyuli

最近画像処理技術考えたら、スマホアプリで既にありそうな気もするが、増田が街中で盗撮しまくって捕まる危険性もありそう

これもあるにはあるが、素人レベルでは精度に限界がある。それから素材はネットの海に腐るほどあるので、盗撮する必要はない。

突き詰めるとfloating headへ

id:srnkahtn

電波少年みたいに顔だけが浮かんでるのではダメなんだろうか?

id:nisisinjuku

ARとVRを混ぜればどうにかなりそうだなw 進め!電波少年でやってたみたいなのだね…。 同好の士が見つかることを望みつつ。

これもいい線いってるんだけど、違う。なぜかって、処理が雑だから最初は世の中にはすごい番組があるもんだと大興奮したが、すぐに沈静化した。原因は松本明子があまり美女だと思えなかったことと、首周りの処理が雑だったこと。ブルーバックの簡易合成処理(よくニュース天気予報で使われる、CGの天気図の前に気象予報士が立つようなやつ)を使っているんだから当たり前だ。処理が雑といえば、ダチョウ倶楽部が初期の「天才テレビくん」にグースケ、チョッキー、パータンというキャラクターで出演していたとき、やはり「電波少年」と同じ要領で被り物をしているダチョウ3人の顔面部分以外が消されていて、しばらく反応が続いていたことがあった。「いい加減卒業しよう」と決意したのは確かこの頃で、汚い顔したおっさん欲情した自分が情けなくなったものと思われる。ただ、美女に関してはやっぱり卒業できず、思春期を過ぎて、本格的に対象女性に向かっていくことになったわけだ。そういう意味ではごくごく健康に、まっとうに育ってはいるはずだ。この性癖が残ってしまったこと以外は。

ところで、「天才テレビくん」で画像検索したら、ストライク画像発見した。ある時期のオープニングが実写とアニメの合成だったらしい。

http://haryjura.blog40.fc2.com/blog-entry-605.html

これはなんとしても動画を探すしかないと息巻いていたが、いざニコニコで見つけた画質ガサガサの動画を見てみたら、顔部分は全部静止画だったんで、画像だけで十分ですね。ごちそうさまでした。というわけで、静止画動画にかかわらず、美女の顔が浮いているのもかなりイケる。というか、今回の滝クリのような純粋な巨顔など滅多におめにかからないので、普段はもっぱらfloating heads主食にしている。顔と一緒に手も浮いてたりするとなお良い。

参考:ミュゼプラチナム広告

http://i.imgur.com/pRdZ0N8.jpg

その7へ続く。

http://anond.hatelabo.jp/20170203152756

次がようやくラストです。

ふみこふみおのブログみて箱作継承ってのみて、あっこれはただの魍魎の箱のパロディなんだなと思ったけど誰も突っ込んでなかった

ふっ気づいたのは俺だけのようだな

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