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はてなキーワード: 小学校とは

2016-05-25

放課後モンスターペアレンツ

ある日夕方散歩がてら近所ブラブラと歩いていた。

子供たちがもう、下校していたのにもかかわらず、

小学校の校庭の隅から先生相手キーキーキーキーと、声を張り上げて騒いでいる、

いわば、モンスターペアレンツのようなお母さんがいた。

先生もさー、忙しいんだよ?

先生攻撃する前に、自分自身の足元を見つめ直したら?

と、そんな放課後モンスターペアレンツを見て思った。

しかし、学校というところは、子供たちが帰ったあとも、

夜遅くまで職員室の電気が煌々と点いているのだ。

遅くまで勤務している先生たちには頭がさがる。

そんな先生たちのことを知りもせず、

自分エゴを押し通すモンスターは、子供学校へ行かせる資格はない。

そういうモンスターペアレンツいるから、

先生精神的に追い詰められ、休職や離職に追いやられる先生も多いだろう。

ホントお疲れ様です、と言いたい。

ゆとりさんなママさん。

幼稚園でも小学校中学校でも、

まりPTAとかで役員というのは出来るだけ避けていきたいものである

その誰もがやりたがらない幼稚園役員というのをやっているわけだけど、

やりたくないなりにみんな、なんとか、幼稚園のため、子供達のためにやりきろうとしているんだが、

ある日の役員会議にて、

まぁ、見た目からして、イマドキな感じのママが、

はー、やりたくなーい。

お腹すいてイライラしてきたー。

その一言を聞いて、頭の血管がプチーンと切れた感じがあった。

やりたくないなら帰ったら?

と、言いたくなったが、ここは大人対応で、我慢した。

ゆとり世代の人を全部が全部そうでもないと思うが、

ロクに社会にも出ないで子供ができちゃったか子供を育てているだけのバカ親がこの世の中多すぎる。

そういうバカ親育てられてる子供はロクな人間に育ちはしないだろうなと、

そう思うと子供がかわいそうにも思う。

ロクに社会にもまれずに育ったものこそ、ゆとりさんなんだろうな、と思う。

少女バイオリン

今日は僕の思い出話を聞いてもらおう。

もう、15年も前になるだろうか。小学校卒業式謝恩会だったと思う。不登校気味だった同級生女の子が、バイオリン演奏することになっていたのだった。それまでいつも、ぽかんとあい彼女の机を見てはたして僕はその子のことを何秒間考えたことがあっただろうか。不登校気味のあの子が着飾って堂々とバイオリン演奏するとは想像できたのだろうか。必死演奏する彼女の姿をみて、僕は心のどこか深い部分を打たれたのだった。だから、あの子エルガーの「愛の挨拶」を演奏していた瞬間、弓を引く腕は真っ白で、その腕に掛かった髪はどこまでも黒かった。

僕はまったく楽器ができない。小学校で習ったリコーダーすらまともに吹けなかったが、あのバイオリン演奏する風景はとても好きだった。あの子私立中学へと進学してったから、それから行方を聞いたことはない。いまあの子はどうしているんだろうか。ふと蘇った思い出。

子供の頃の俺の家は一夫多妻みたいな状態だった

うちの家系で俺の父だけが唯一経済的一定成功を収めていたということを最近知った

そして俺の親類縁者の多くが、俺が生まれてすぐくらいの時期に大きな借金を背負っていたようだった

そのため、父は路頭に迷いそうになっていた親類縁者の世話をそれなりにしていたらしい

の子時代母親記憶が非常に曖昧なのもそれが原因だと知った

俺の母親は父と共に今も健在なのだが、俺自身の「母親」の記憶に実母の印象はあまりない

何故ならば、当時の俺の家には母と同年代女性が何人も住んだり出入りしたりしており、全員が何らかの形で俺の母親の役を演じていたからだ

母の姉妹、父の妹(要するに俺の叔母)、父の従姉妹と、時期や期間にばらつきはあるが、俺が「母親」と認識していた女性は(実母も含めて)5人か6人いたと思う

幼稚園卒園式、小学校入学式、毎年行われる運動会授業参観小学校卒業式中学校入学式あたりまでは常に前述の女性陣の誰か一人か二人が出席していた記憶がある

あるとき親しい友人にそれを話したら「まるで現代一夫多妻制だな」と呟いてなるほどと感じた

もっとも、父と母以外の女性達の間には特にこれといったものはなかった

実際のところ俺が十歳になるまで父と母と俺は同じ部屋で川の字になって寝ていた

居候していた女性も一人は最初から既婚者で、残りは俺の家から離れた直後に結婚していた(むしろ結婚が決まるまでの間だけ俺の家に住んでいた、というべきか)

特にそれ以上のドラマオチがあるわけではない

何となく今思い出したのでここに書いてみた

2016-05-24

ラウンド前髪に、青いボーダーシャツ男の子

先日、クラフト市みたいなイベントに行ったら

丸くカットされた前髪(全体はおかっぱのような感じ)に

青いボーダーTシャツ、短パン小学校入る前くらいの男の子がいて、

「あっ!あのブログ男の子そのまんま!」と思ったのだけど、

そのブログがなんだったか思い出せない。

はてな界隈でちょくちょく見かけてた記憶はあるんだけど。

手足が細くて目が小さくて、特徴的なあのイラスト

なんのブログだったのか、気になって仕方ないので、

だれか分かる方、教えたいただけませんでしょうか。

2016-05-23

所属したくない

学校が嫌いだった

小学校入学式が終わり、1年1組の教室に入った瞬間から

私は学校が大嫌いになった。 どうして自分が1年1組にいるのか分からなかった。

自分名前存在を無断で使われている不快感が、

ワックス液の臭いと一緒になってムッとこみ上げてきた。

目を伏せると、新品の上履きとお古のランドセルの黒ずんだ肩紐が

ラグラと視界の中で揺れた。

頬の中を噛んで、あとからじんわりと血の味が口の中に広がった。

名札に書かれた名前自分のものかどうかすらわからなくなった。



それからの私は、私自身すらゲストとして扱うようになったんだと思う。

あの瞬間から大学を出るまでずっとだ。



学校も、家庭も、クラブ活動も、塾も、模試の結果表も、小説も、論文も、

ネット掲示板も、飲み会も、mixiも、Facebookも、人混みも女子トイレも、

ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、何処にいても、私はゲストだった。

何処にも所属できていなかった。名簿に名前があるだけだった。

周りの人間も、私自身も、私が加わるとどこか居心地が悪そうだった。



匿名性が高ければ高いほど安心して、名前立場が明確になるほど居心地が悪かった。

教室の授業は平気だったけれど、少人数クラスになるとほとんど拷問のようなものだった。

誰かと15分間話すくらいなら、渋谷の人混みの中を12時間歩き回るほうがよっぽど落ち着いた。

国とか、世代とか、誰かが私を含む集団主語に話しているのを耳にすると、

たちまちどこか知らないところに行きたくなった。


そんな私がいま、どこで何をしてどうやって生きているのか、

私自身もよくわからない。

なんとか病院ブタ箱には所属しないでやっていけてるけど、

その理由もわからない。


どこかに所属しない人間は生きてはならないと、誰もが言うくせに、

私を所属させる心づもりは誰も持ち合わせていない。

相思相愛で、全会一致で、誰も私を受け入れない。せいぜい、ゲストだ。

だって彼らと同じ意見。もう今更どうしようもなくなってしまった。

このまま、ただ、部屋の中からぼっと外を眺めて生きていければ、

私は最低限の自由の中でゲストとして死んでいけるのだ。



私の名前が書かれた電気代の督促ハガキが、じっとこちらを見ている。

殺害予告都市伝説

「これから○○小学校で息を殺します」とツイートして逮捕された事案の噂を聞いたのだが、どんなにググっても出てこない。都市伝説なのか。

2016-05-22

何度も繰り返す片想い煉獄の中を歩く私

あの日記を書いてから、二年が経とうとしている。





長年ひきずった失恋、暁闇の中を歩く私





私は相変わらず独り身で恋人もいない。この二年間、素敵だなと思う人は、ことごとく既婚者だった。

私は自分の想いを伝える間もなく、失恋することを繰り返したのだった。










初恋失恋10年もひきずった後、素敵だなと思った人は、軽薄かつ敏腕で、妻子持ちの人だった。

8歳年上の相手から見れば、若いと言うだけで丁寧に扱ってくれたのかもしれない。

異性として接してもらえることが嬉しく、淡い想いを抱いても都合の良い存在だった。

でも、ただ、それだけ。自分にとっては初歩的なリハビリのような出逢いだった。






次に素敵だなと思った人は、どことな常識ズレした、ユーモアのある好青年だった。

初めて見かけた時に、何故だかわからないけれど、仲良くなりたいなと思ったのを覚えている。

ある日、飲み会の席で話し込む機会が巡って来た。思いの外、弾む会話。

このまま少しずつ距離を縮めて行けるのかもしれないと考えていた矢先、翌月には入籍することを知る羽目に。

報われないと判りつつ、心が魅かれる事実に目を瞑ることは出来なかった。

自分の正直な気持ち否定しなかっただけでも、前向きな片想いと言える出来事だったのかもしれない。





そして。

私はこないだ、決定的な失恋経験した。





その人は、少年のように無邪気な人で、最初から気兼ねなくやり取りできる存在だった。

インターネット交流を経て親交を深めた仲で、数年もの間、お互いの本名はおろか、出で立ちすらも知らないままだったが、

事の流れで思い立って会うことになったのである



実際に会ってみて、私は本当に驚いた。信じられないほどに馬が合う。趣味も、笑いのツボも、好き嫌いも、何もかも。

私の心は乱れに乱れた。彼はとっくに結婚していたのだ。

もちろん、向こうはこちらの想いなど知る由もないだろう。

私が想いを伝えたとしても、応えてもらえる訳がなく、たとえ応えてもらったところで、そこから先、どう足掻いても希望がない。





素敵だなと思う人に出会うたび、相手がことごとく既婚者で、自分の想いを伝える前に失恋することを繰り返した私は、

自分は誰からも選ばれない」

そんな気持ちを強化していた。

何故、どうしてと後悔の念が渦巻く最中、私は唐突に、幼い頃の失恋を思い出した。





小学校六年生の時、好きな男の子がいた。

その男の子とは男女グループで仲が良く、一緒にふざけたり、CDを貸し借りしたり、感覚が似通っている存在だった。



夏休み、仲の良い男女グループ肝試しをすることになり、あみだくじでペアを決めると、

その男の子は、私が一番仲の良い女の子とペアになったのだった。

そして、先に肝試しへ向かった二人が、私から遠く、手を繋いでいるのを目撃した。



私が一番仲の良い女の子は、私がその男の子に想いを寄せていることを知っていたはずだったが、

その女の子に対して、不思議嫉妬心はなく、仕方がないなと、ただただ思った。

その女の子可愛いし、明るいし、人気者だし、やっぱり自分は選ばれないんだなと、ただただ思ったのだった。





「もう二度と、あんなに素敵な人と出逢うことはない」

「もう二度と誰とも付き合うことは出来ない」

結婚はおろか交際すら出来ない自分は魅力の欠片もない」

そう思い込んでいたほうが、新しい出逢いで傷付くこともないから楽だったのかもしれない。

でも、今回の失恋で、私は思い直すことが出来た。



『ただひたすらに、縁がなかった』



物事が動く時は偶然が重なったり、成り行きで結果が出たり、自分に非があると言うよりも、運命ではなかったこともあるんだろうと、

そう思えたのだ。










それから暫くして後、つい先日の出来事。

友人を介して知り合った人物と数年振りに再会したのだが、会えることをずっと心待ちにしていたと思わぬ告白を受けたのだ。

先方も独身であることは確かだが、どうやらパートナーはいるようなので、ただの社交辞令かもしれないし、相手発言真意自分にもわからない。

だけど、これだけは確実に言えると思う。自分で行動した分だけ、縁は広がっていくのだと。










私は今でも、初めて交際した人に関する夢を見る。

何故、未だに彼の夢を見るのか、正直言って自分でもよくわからないし、苦しい。過去をあまりにも理想化して、想い出にすがっているのかもしれない。

しかし、あの頃、私が愛した彼がもういないように、彼に愛された私ももういない。

お互い生まれ変わり、それぞれの縁にたぐり寄せられ、それからどうなるのか、それは誰にもわからない。

前世記憶のように、時々あの頃を夢に見て、人生不思議に想いを巡らせることだろう。





片想い業火に焼かれながらも、歩みを止めることなく私の旅は続いている。

同性からセクハラで、性的ものが受け入れられなくなった

小学校の時、受験のために塾に通っていたが、6年生の時一人の男の子が新たに入ってきた。

授業の合間の休み時間に、簡単自己紹介をした後に、彼はこう聞いてきた。

子供の作り方って知ってる?」

今思うと「こうのとりが運んでくる」やら「キャベツ畑で拾った」など、面白い答えを相手は期待していたのかもしれない。

当時、その方面の知識が皆無であった私は、何も考えずに「知らない」と答えた。

その後、彼はそもそも性行為とは何なのかを教えてくれた。物凄く丁寧に。

それから受験本番まで、休み時間の度に彼は性の知識を私や他の同級生披露してきた。

彼は、「入れる」や「なめる」など普通言葉をワザと性的な意味で捉えたり、当時流行していた歌の歌詞下ネタに替えて歌ってきたりしてきた。

休み時間、時折彼は股に手を当てて唸る真似事をしていたが、意味理解するのは後になってからだ。

女子がいる前でも彼は平気で下ネタ披露していたが、私と彼が受けていた第一志望特訓授業では、男子しかいないので普段よりもエスカレート

何度も私は彼に「止めてくれ」「下ネタはもういいから違う話がしたい」と伝えても、彼は「恥ずかしがることはない」「本当は聞きたいんでしょう?いい子ぶるなって」とお構いなしに続けてきた。

受験の結果、私は違う中高一貫男子校に通うことになったが、彼がどこの学校に行ったのか、今でも分からない。

中学高校は一貫制の男子校だった。とりわけ中1の時は性への関心が異常に強い級友もいたが、そのような話題を好まない生徒も一定数いるので、そのような人たちと仲良くしていた。別に下ネタを話さなくとも、別の話題友達は作れるので、一向に困らなかった。私が「下ネタは苦手」だと伝えると、きちんと配慮してくれる友人にも恵まれた。

なお、1年近く彼から性的言葉を聞かされ続けた結果、性的言葉下ネタを耳にしたり目に入ったりする度に彼のことを思い出して吐き気を催すほど気分が悪くなるようになってしまった。

電車の車内広告にある、グラビアアイドル写真や、男性向け週刊誌の際どい見出しなど、彼のことを思い出すので、そもそも目に入れたくも無かった。性描写が際どいライトノベルなど、挿し絵を見ただけで吐き気がしてしまった。

そもそもエロサイロ動画など、全く興味が持てなかった。

男子校だったので、そのことが問題だとは全く思わなかったし、そもそもどうして苦手になったのかすら話せなかったから、自分から触れたくもなかった。

次第に、彼の事例を元に、このような考えにいたった。

女性性的対象として見て、単なる性欲の捌け口として扱うのは失礼だ」。

例の彼は、女性を「モノ」扱いして独りの人間として扱っていないような気がしたからだ。

今でも基本的な考え方は変わっていない。

高3の時、予備校に通い同年代女子と話す機会があったが、特に問題無く話せた。あくまでも性的話題が嫌いなのであって、女嫌いなのではない。

ところが、大学入学後、状況は一変する。

年代女子とは普通に話せるし、気分が悪くなることは無かった。

しかし、私が下ネタが苦手であることを伝えると、一定数、恰も私の人格問題があるかのように接してくる人が現れたのだ。中には、私が同性愛者ではないかと「心配」してくる人も。

不思議なことに、男子校出身男子は「下ネタが苦手な人もいるよね」と一定の理解を示してくれるが、女子や、共学出身男子は上記のような対応をしてくる人が多かった。特に男性場合お酒が入ると下ネタが入ってくる人がいるので、飲み会が苦手な私には二重の苦痛となった。

初めの内は、「苦手なんですよね~」とお茶を濁していたが、きちんと話さないと色々と後で困ると考え、信頼出来る人には男女関係無く話すようにした。

話していて、どうも世の中には「男性女性性的な関心をもって当然」との「常識」があるのだと察するようになった。

後日、「セックスレス」という言葉を知った時、「愛し合う男女の間には定期的な性交渉があるのが当然なのか?」と疑問に思った。恋愛と性行為がどうしてセットになるのか分からない。

私には理解しがたい世界

とある女友達の「男の子ってそういうの好きなんじゃないの?」の一言は今でも忘れられない。その人は事情説明したら理解してくれたのが幸いだったが。

別に私は女性嫌いなのではなくて、下ネタばかり言う下品人間が嫌いなだけなのに。

そのまま時が流れた。

私は現在大学院博士課程。下ネタを聞いても吐き気を催さない程度には克服出来たが、依然苦手なまま。

信頼出来る女友達はいるが、彼女はいない。

研究職志望なので、将来の収入は安定しないし、そもそも出会いの機会に恵まれないだろうから、一生独身で終わることを覚悟している。

2016-05-21

ダンス嫌いを克服した

http://anond.hatelabo.jp/20160520232557

私と同じかわいそうな目にあった人をみかけたので、ダンス練習法を残しておきたいと思う。いくつかの条件があるので、役に立たないかもしれないが…。



私も体育のダンスはとても苦手であった。小学校運動会で踊ったRYDEENも辛かったし、中学校体育祭ダンスコーナーも最悪だった。休んで逃げたかった。高校フォークダンスは休んで逃げた。

運動も初期値でパラメータが高いわけではないので、体操系やマット運動などは嫌いであった。本当に公開処刑だよね。体育が嫌いな諸先輩方の主張の通り、体育は練習や訓練の場ではなく、ぶっつけ本番の発表の場なのだ



バレーボールでもバスケットボールでもサッカーであろうと、やっているというだけで、スポーツとしての本質に迫ることはなかった。

体育のサッカーは、みんながボールに群れるような状態で、戦略的コートの中を移動するクラスメイトは皆無であった。キャプテン翼サッカーのすべてのような情報量だったせいもあるのかもしれない。キャプテン翼再現としては顔面ブロックをして鼻血をだしてりもした。

社会人になってから誘われたフットサルでは、ボールがこなくても、キャプテンの指示のもと、コート縦横無尽に動くことを要求された。ボール位置相手ポジションに応じて、おのおのが相手戦略邪魔するようにコートを最大限の運動量で走り回らなければならなかった。

ボールがこなくても自分の動きで次第で、相手の動きが大幅に変わってくるので、それだけでも面白かった。

指導者の力量によって、スポーツの楽しみは大きく変わることが分かった。

私が出会った学校教員はそこまでの能力がなかったのであろう。指導者が悪くても学校は逃げ場がないんだよね。



閑話休題。話をダンスに戻そう。

ダンスに取り組んだのも社会人になってからだ。

いろいろな事情で、ハレ晴レユカイを踊らなくてはならない状況に追い込まれた。事情想像していただきたい。いっしょに指導してくれる人もいた。

その人から聞いたポイントは、以下のようになる。

・早い動きのところで、同じ動きを2回するところは1回に省略(見ている人は気が付かない)

・足のボックスの動きをずっと練習(とりあえず踊っているように見える)

指導者おすすめYouTubeの「踊ってみた」を見ながら振り付けを覚える(アニメ映像情報量が少ないことと踊る人によって、細部の解釈が異なっている)

・かっこいいところは練習量を増やす(それらしく見える)



指導者からノルマの通り、アニメED版の1分30秒を1日に10踊ってみた。正確には、フルコーラス版を1番で終わるようにつなぎ合わせて編集をしたバージョンだ。アニメED版は、1小節カットされているのだ。

2週間後にはなんとか体が動くようになった。そして、なんとか、本番のステージを乗り切ることができた。



この試練を乗り切ったあと、副産物として、体の動きについて、洞察力が深くなった。

たとえば、振り上げた指先の動きであったり、手のひらが体の前のほうを向いているか後ろを向いているのかなどといったことが区別がつくようになった。

さらフレーズというのか、定型的なダンス向けの体の動きがあり、それの組み合わせで、ダンスっぽく見えることが分かった。プリキュアEDダンスくらいであれば解析と再現可能となった。が、ほとんど使い道のない知見なのであった。



学生時代にその域まで達していれば、別の人生があっただろうにと思うととても残念に思う。しかし、視野が広がったのはよかったと思う。



ここまで書いてきて、サッカーときダンスときでいくつかの共通項がある。一つは、指導者存在だ。人に教えることがうまい人との出会いは上達することを容易にする。二つ目自分でやろうとする意志だ。やらされている体育ではここまでの持続的な情熱は持てないだろうと思う。



と、ここまで書いてきたのだが、この年になるとあのステージ以来、ダンス披露する場はない。もっぱらカラオケネタしか使えないのであった。

2016-05-20

学校ダンスの授業が嫌いだった

本来ダンスを綺麗に踊るためには体の動かし方とか、体・関節の柔らかさとか重心移動のあれやそれとか…とにかく技術や体の素養がいるんだと思う。例えば高橋大輔選手熊川哲也さんの踊りやステップが美しいのは、練習量も勿論だがリズム感、体の柔らかさなどの身体能力の高さにあると思う。だから上手い人と同じ振り付けダンスを踊っても、体が固かったり踊り慣れてない人の踊りは只の運動神経悪い芸人になる。

個人的ダンスの授業は大嫌いだった。体が固く、運動神経も鈍かった、踊り慣れてない、ついでに背が高かったので下手な踊りが目立つ、この四拍子のせいで基本運動神経悪い芸人みたいな動きになる。しか学校ではダンサーが使うような前面が鏡ばりになった教室で踊らされたので、常に自分の醜い姿を見せられるのである自分の顔でさえ直視に耐えがたいのにダルダルな踊りまでついてくるとかなんの罰ゲームだと当時は思った。最終的に踊っている最中は全力で鏡の中の自分から目を逸らしていた。先生には「恥ずかしがらず鏡見なさい」と注意されたが自分の心が崩壊しそうだったか無視した。ゲーム画面に写った顔を直視し続けるようなものだったのだ。

嫌いな理由はまだある。それは皆でダンスを踊らされる場合である自分学校進学校であると同時に、ダンス部が全国大会に行ける程強く、学校ダンスに力を入れていた。(入ってから知った)なので体育祭などもダンスが目玉といった感じだった。体育祭ダンス振り付けは基本ダンス部の人が考える…のだが全国行くまでのガチ集団である、踊りのレベルが高い。足をめっちゃ上げさせる振り付けや、片足でずっと停止させる振り付け、激しく動く振り付けなどがあった。激しく動くのなんかダンス部がやると凄く綺麗になるのだが自分みたいな奴がやるとそれはもう只のイソギンチャクになる。落差。

また限界まで足を上げているのにダンス部の人達に「もっと上げて!」と言われることもあった。ごめんなさい無理です昔から全然上がらないんです。

嫌いな理由はまだまだある。テストだ。最近学校はどうだか知らないが、自分学校は基本数人ずつ皆の前に出て、横一列となって踊るというのが体育のテストだった。「みんなのまえ」であるしかも横一列である。上手い奴と下手な奴の差が如実に表れる。プロ集団運動神経神経悪い芸人の共演であるテレビだったら死ぬ面白い絵面だろう。しか自分芸人ではないので笑われてもお金は貰えないしというか仕事でもない。只の公開処刑だったことは言うまでもない。笑うんだったらせめてお金欲しい。

最後の嫌いな理由は「練習であるイソギンチャクみたいな踊りしか踊れないなら練習すれば良い…先生時間練習を推奨していた。しかし、自分はそれが嫌だった。何故体育の授業以外でダンスを踊らなければならないのだろう。確かに練習しないと皆に笑われるし、体育の成績も悪くなってしまう。だが学生に許された時間無限ではない。私はダンスに費やすなら勉強部活に費やしたかった。受験もあるし、進学校だったので勉強もおろそかに出来ないし。しか勉強に比べてダンス技術なんぞ将来ダンサー以外には何の役にも立たない。チームワークや協調性?それは部活やら他の文化祭の催し物やらで身につくだろう。寧ろダンスは下手な人上手い人が分かれてしまう分チームワークに亀裂が入ることの方が多いような気がする。

応当時は少し体育の授業以外でも、友達と一緒に練習をしたこともあったが…ちょっと練習するだけでは運動神経悪い芸人から特に脱出出来なかった。

因みに自分学校期末試験の終了数時間後に、体育祭ダンス練習をさせる高校だった。流石にこの時はダンス部の人も「眠いよ!」と嫌がっていた。

しか学校ダンスに力を入れていたが生徒全員というわけではない。寧ろ進学校ということで勉強に力を入れてる子が大半だった。特に受験に力を入れてる子にとっては試験直前、直後にも打ち込まれダンスの授業を嫌がっていた。


他校だと高校は体育選択なんだろうか?自分の所は何故か必修で週2くらいあったが。

数年前ダンスが必修化したと聞いて驚いた。運動音痴かつ、目立ちたがりでない人にとっては下手したら苦痛時間しかならなそうだったからだ。実際はそうでもないんだろうか…?皆ダンスの授業大好きだったりするんだろうか

自分ダンスを嫌いになった理由は主に「高いレベルの踊りを強制的に皆の前でやらされ笑われた、しかも出来が評価にも響く」だったのでこの辺が改善されれば、まだダンスが好きでいられる人はいるんじゃないんだろうか。

実際小学校の頃のダンスの授業は好きだった。体を動かすこと自体楽しいからだ。そこに評価も人の目も絡まないなら普通に楽しい


後、運動神経悪い芸人は笑ってもいいと思う。芸人が笑わせるためにやってる芸だと思うからだ。芸人も笑われて本望、寧ろ笑われなかった方が嫌だろう。しか普通の人にとっては自分運動してる姿を笑われるのはショック以外の何物でもない。体育の授業で皆の前でテストさせるのやめた方がいいと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160520211617

わざわざ弱者とわかりきった連中をあえて叩く連中ってどんな人種なのか興味ある。

小学校とき、実務学級にいる障害児をからかったり、イジメたりする連中は、

大抵スクールカーストの下位にいる連中だった。上位の人は障害児なんて相手にしないし。

2016-05-18

結婚して子供が産まれたらすぐに働けと言われるけどさ0歳高い

東京都は認可保育園が最早3人に1人しか入れないから0歳で即預けろと会社に言われるんだけどさ

0歳が一番保育料高いし、預けたら共働き世帯年収1000万超えるからそもそも保育料高いんだよね7〜8万って…

夫は2人産んで小学校に上がるまで家に居た方が良いと言っているし退職時なのかも

http://anond.hatelabo.jp/20160518140530

地頭IQが高いなら、小学校算数が分からないなんてことはあり得ない

プログラミング義務化による劣等生の逃げ場所

2020年から小学校でもプログラミング義務化されるらしい。

プログラミングを学ぶことはいいことだとは思うが、

学ぶことによる挫折も当然あり、また義務的学校先生に教えられることの弊害もありそうだ。

また、今までは学校が嫌い、勉強が苦手のような子でも、

パソコンが使いこなせることや、インターネットできることに優越感があったり、

そこに居場所があり、ある意味逃げることができたような気がする。

しかし、それが学校の授業となり、誰でもそのようなITを学ぶ機会が与えられたら、

どうなるのだろうか。

IT逃げられない子供はどこに逃げればいいのか。

それでも広いインターネットの中のどこかに逃げるのだろうか。

ただこれからの子供たちはそれが当たり前なのだから

こういう考え方は間違っているのかもしれない。

そういう目線での意見も聞いてみたいところだ。

2016-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20160516210856

地方の共学の進学校に通っていたけど、女子は黒板にクラスイケメンと思う男子ランキング談義してたらしく翌朝にそれが消されてないまま残っていたりしたことがあった。

逆の話で「(恋愛対象として)あいつはありえないと思う男子」というワーストランキングクラス女子ほぼ全員話し合ったという噂もわざわざ周囲から広まって知れ渡ってきて、何話してるんだよ…と思ったし、そんな話は狭い中で密かにやってバレないようにやれよと思った。


そんな感じだから、多少の話し方の違いはあれど、相当知性の高い面子に恵まれていないとどこでも誰でも糞みたいな話が行われていると予想される。

まあ男子もそういう話の女子verを話すことはあるのだが、大々的にはやらない印象はある。2~3人の間でやったり。

好きな女子のことは話し合っても、あいつはありえないと思う女子という話題をわざわざ話題にするのは基本小学校卒業している気がする。

嫌いなことをネタにして好きなこと以上に盛り上がれてしまうのが女子特性かも分からん

最近は男も女性化している所があるので似たようなものかもしれないが。


あとJKが来るようなファミレスとか飲食店に行くと、JK達が騒音レベルで会話を繰り広げている場によく遭遇する。

今日は店に耳が不自由人達がいたな」と連れとよくネタにして話してた。

まあそんなうるさい連中がいると、自分達の会話は自分達だけに聞こえるようにできるという意味では悪く無いかも知れない。

静かな店で話すと、会話が周りに聞こえてしまうから

2016-05-16

まだ静岡

どこまで行っても静岡、まだ静岡、通り過ぎる紙パルプ工場田園そして紙パルプ工場、田園、そして紙器工場

僕は静岡に囚われたまま東京に向かう

大井川を超える頃、妻から電話が掛かってきた

新神戸を出る時に生まれ子供小学校に上がるとのこと

富士山が見えてきた頃、また妻から電話が掛かってきた

新神戸を出る頃、あんなに元気だった父が病に倒れ長い闘病の末に亡くなったとのこと

僕はまだ静岡

新横浜さえまだ遠い

世の中の大半の「優れていない人」はどうやって生き抜いている?

自分はそこそこ能力体力もあって、努力もしてきたし環境にも恵まれ、成果も出してきた。なのに、なかなか生活が辛い。主観的には恵まれてると感じているのだけど、収入大卒平均程度だし、住んでいる住居は築40年超のボロボロだ。自分が満足してるからいいや、と思ってたのだけど、妻や子どもがその環境に満足しているかというと微妙である収入はやはり最も一般性のある幸せ基準だ。

ふと振り返ると自分よりも学力評価が低かった人がいたことを思い出す。彼らははたして、安定して幸せ生活を送っているのだろうか。

学力というのは目安の一つに過ぎず、中学校の広域テスト偏差値50以下だったとしても大した問題ではないのかもしれない。真面目さや性格など、他の要因で十分カバーできるような適当仕事があるのかもしれないし、自分には想像もつかない手段で荒稼ぎしている人がいるのかもしれない。あるいは、そもそも収入はなくても楽しく暮らす人々がいるのかもしれない。地元に根をはやし、実家で代々暮らすような、自給自足に近い生活があるのかもしれない。

学力というのは本人や家族努力よりも偶然が大きく左右するのだとすれば、偏差値が50以下になる確率はかなり高い。毎朝元気に小学校に通っている子どもを見るが、その半分は偏差値50以下と判定されるのだ。この子どもたちが将来にわたって、ある程度幸せ人生を送れるという説明がほしい。

自分努力して苦労して学力を維持して結果を出した。それでもなんか生活の質が低いと感じるのは結局年収がぱっとしなかったり、人間偏差値みたいなものが低いからなんだよ、というふうに説得されたい。

2016-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20160515195826

上の私が書いたんじゃ無いけど、私もあれ女だと思ってたわ。

ヒカルの碁小学校低学年には難し過ぎる漫画あんまり面白く無かった記憶

匿名希望腐女子自分語り地雷

自分語りします。特に何かを伝えたい、というわけではありません。得になることも益もありません。 こういう腐女子もいるんだ、という理解をしてくれたらいいなあ、と思いながら書きました。



私は元々母親腐女子で、同性愛の含む(もしくはそれに似たものを感じ取れる)コンテンツ小学校の頃から読んでいました。 念のため言いますけれどこれは母親が私に強制したわけではありません。手の取れる位置にそれがあって、漫画で絵が綺麗だったから読んだだけです。今でもたまに読み返します。紫堂恭子はとてもいいぞ。

BL腐女子、と言ったワードを知覚したのは小学校6年かそこらだと思います。 でもその時は「わたし腐女子ではなく、ただの漫画オタクだ」と思っていました。 パタリロ好きな人間全員腐女子か?という問いかけに対する答えと似たようなものです。 BLが好きというわけではなく、あくまでその作品が好きだったから読んでいた、それだけです。

中学にあがり、深夜アニメなるものを見始め、そのうちとあるジャンルにどハマりしました。 web漫画で、好きな声優デフォルメされたイケメンの声をやっていて、面白いギャグで、好きなキャラクターができた。 pixivで調べるうちに、その主人公二人のBLが目に入った。 そしてちょうど同じタイミングTwitterをはじめ、そのジャンルの人をフォローするうちに、そっちの世界に入りました。


わたし腐女子になりました。




わたし本命cpはその二人にはならず、サブキャラ二人を推していました。 しかし周りはどんどん主人公二人に群がっていきました。

作者がTwitterでその学パロやコスプレを「関係ない奴、非公式」と言いつつもアップしました。 腐女子はそれに便乗したものを描きました。 いつの間にかpixiv百科にそのキャラ派生のページが作られ、設定なんてひとつもないのにいつの間にかそのキャラの設定が浸透していきました。わたし最初は「面白いぜヤッフー」と思っていました。




ふと、眺めて見ると、それは異常でした。



その時に、そのジャンルに対する熱意というものが失われていったように思います

わたしはそのままジャンルを離れました。 そして、この時にきっとわたし地雷は作られていきました。



わたしは一つのジャンルに留まれない人間です。

そのあり方は賛否両論かもしれませんが、イベントに参加しているわけでも、同人紙を買っているわけでもないし誰にも迷惑かけてないからほっといてほしい、というのが本音です。

わたしジャンルにハマると1日中サーチをかけ続け、思ったことを語りまくります。 この期間はおよそ1ヶ月ほど。その間は他のジャンルの話はあんまりしなくなります。 語り尽して話すことがなくなると、他のジャンルの話や最新話の話やとにかくいろんなことを話します。 次にどハマりするものが出てくるまで。

話すことがなくなったから話さないだけであって、けっしてそのジャンルが嫌いになったというわけではありませんと思います最初の件を除くならば。



わたしは弱小お絵描き人間(ブクマ貰えるとしても多くても10人、とかほんとにそういうレベルです)なので、「イナゴだよろずだ」などといちゃもん(になるんですかね?)や嫌味を言われたことはないのですが、そう思われても仕方ないな、という気持ちではあります








さっきちょろっとだけ触れた、地雷の話をします。 これ滅茶苦茶賛否両論というか否定が多そうなので先に言いますけれど、わたしが嫌いなだけであってその考え方や在り方を否定しているというわけではないので悪しからず。





わたしは、友愛家族愛や主従愛を恋愛に置き換えられるのが果てしまく嫌いです。腐女子の癖に何言ってんだ、と思う人もいると思うのですが。

とある結構昔にハマったジャンルでは、孤児主人公とその主人公を拾ったお金待ちのお嬢様がいました。 その二人は後々、女神とそのお付きの戦士になるのですが、まあこの二人のCP地雷でした。 しかし、その二人が一緒にいることが嫌いというわけではないのです。

この二人は人としての主従関係と、神と人間という主従関係の二つの関係が複雑に絡んでいる二人でした。 その二人の、前世から因縁を、恋愛、と言われたくなかった。 それはあまりにも雑すぎる、と思った。それだけです。

最近のでぃずにーの映画(わたしは見てません)もそういう「この二人は恋愛じゃないから云々」みたいな話をTwitterで見かけましたが、あれと言ってることは同じです。 原作の複雑な関係を、二次創作テンプレートに当てはめるのはあまりにも原作に対して失礼ではないのか、それは本当に原作二次創作と言ってもいいのか。

これはNLを例に取りましたが、BLでも同じです。 公式で最高の友情をやっている二人や、美しい兄弟愛を見せる二人が同じようなセリフを言って、同じようなシチュエーションで、同じようにエロをする。 それはわたしの求めるBLではないな、と思うと自然メジャージャンル全般地雷になりました。





うそう、夢も地雷です。

お前どんだけ地雷あるんだよ、と言われそうですがそれでも結構ちゃんとやっていけてるし、Twitterとかに流れないようにここで語っているので許してください。





物語物語を語る上で邪魔になるものは配置していません。

わざと隙間を作る作品もありますが、大体のものは「他人が介入する隙間のない人間関係」を物語提示しています

そこに、都合のいい女(もしくは男)を介入させる。 それがわたしには無理だった、という話です。

原作ですでにお相手のいるキャラクターだとなおさら不倫とか寝取られみたいに感じてしまって見ることができません。夢を見るつもりで夢を見たことはないんですけど。





最近ソシャゲをよくするようになりました。 その時に性格提示されていない主人公が受けに回るのがあまりにもダメで、しかも何故かそれが流行りに流行っていて(そのゲームはむしろ男向けなのに)、公式では「相棒」みたいだったキャラ主人公Twitterpixivではカップルのようにいちゃこらしている。 世界危機なのに。






わたしの心はとても狭いです。 こんな風に王様の耳はロバの耳って叫ぶようにどこかで主張しないとイライラが収まらないほどに。

別にわたし不快からどうにかして!」っていう話ではありません。 好きな人は好きなようにすればいいし、嫌いな人は嫌いなままでありつづける。 それでいいと思います。 つーか好き嫌い押し付けほんとよくない。 そういう人間とは手を切るべき。

最初に言ったように、「世界のどこかには貴女の好きなものを食べられない人間もいるし、貴女必要いからと捨てているもの大事に抱えている人もいる」ということをわかってほしい、わからなくてもいいけど認識はしといてほしい。












追記として、最近、軽い男性恐怖ができたのですが、その後BL読んでたらエロ展開が見れなかった。 R展開のもの全てがおぞましく見えました。時が過ぎれば過ぎていくほど地雷が増えていく自分がこわい。いやまじで。 ホモ見れなくなったらどうするんだよ。

という話を友人にしたところ、「RのないBLなんてBLって呼べなくない?」みたいなことを言われたのでもう彼女BLの話もソシャゲの話もしない。

解釈違いは相容れない、そう思った五月の昼下がり。

2016-05-14

初心者向けの勉強本って、基本的高校までの知識を持ってる前提ばっかり

要するに学者にとっては初心者向けなんだけど、

偏差値底辺校から、それなりの大学を目指す人向けの小学校の知識から学びなおせるような勉強の本ってあんまりない。

そういう人って、自分がつまづいた時代勉強ドリルを買って勉強しなおしてから、やっと勉強ができる。

 

学びなおすために必要な本が、普通の人の倍以上になってしまう。

学びたいのに学び方にアクセスできない人が、貧富の差の加速で増えてるのに

勉強するための本は、一億総中流の時代を想定した本ばかり。ある程度みんなお金を持っていて

義務教育でも親が教育に多少興味があれば、学ぶための最低限の知識が手に入る。そういう時代はもう過去なのに

出版とか、一部の業界がまだそういう底辺があふれた時代についていけてないような気がする。

自分価値のない人間だと決めつけてしま

最近ではなくてだいぶ前、おそらく幼い頃から自分価値のない人間なのではないかと思ってきた。

両親が厳しい人で、あまり褒めてもらうという体験をしたことがなかった。習い事勉強をたくさんやらせてもらったが、(半ば強制だったが)頑張っていたが認めてもらえたことは少なかった。いつもここが出来ていない、もっとこうしろと注意ばかりされ、時に叩かれることもあった。それに対して兄は私と比べて出来が良く、いつも「お兄ちゃんは良い子ね」と親が兄を褒めている光景を横で見ながら育っていた。

父は私のことを甘やかしてくれることもあった。が、私が小学校高学年ほどのとき、父が不倫をしていることを偶然知ってしまった。父と母はあまり仲が良くなくて、私の記憶の中では二人が笑顔で話している光景は数少なかった。なので父の不倫ある意味必然だったのかもしれない。しかし、それまで家庭内では父が心理的に一番近い距離にいたため、そんな存在の父に裏切られたという思いでいっぱいになったことを覚えている。それ以来父に嫌悪感を抱くようになり、だんだんと父との距離も離れていった。

そんな不安定な家庭状況のせいなのか分からないが、成長した今でも、私は「他人に認められたい、褒められたい」という欲求で胸が押しつぶされそうになることがよくある。その気持ちの強さのあまり夜一人で過ごしていると涙が込み上げてくる日も少なくはない。

そしてまた、私には自分価値のない人間だと決めつけてしまう癖がある。本当は自分自分価値見出してあげなくてはならないのだろうが、それができずに他人にその役割を求めてしまうのだ。つまり、私の価値を図るバロメーター他人自分に対する行動であり、私はそのために、他人の行動の端々に敏感になり、ときに敏感になりすぎて必要以上に心をすり減らすことがままあった。

このままではいけない。何とかして自分を好きになり、自分自分を認めてあげるようになりたい。そう思いながら、少しずつ私は自分を好きになろうとあがいている最中だ。

本当はこんな悩みを抱いてしまうことだけでも甘えだと思うし、面倒くさい奴だなぁと自分を思ってしまうのだけれども。

それでも私は毎日、一瞬一瞬を生きることを選択し続ける。

2016-05-13

やっと金曜だー

GW明け5連勤は思ったほどきつくはなかったけど、やっぱり5日連続で働くってのはしんどい

週休3日で水曜休みにしてほしい

その分給料減っていいか

つーかハッピーマンデーかいらん

週の中日休みあったほうがいい

小学校ときとかほんとうれしかったし

年がバレるな

http://anond.hatelabo.jp/20160513010353

元増田だけど、自分場合幼稚園小学校の時からすでにぼっちで一人でぽつんとしてた記憶があるから

きっかけとかはよくわかんないんだよなー。

高校大学のころは無理にたくさん知り合いを作ってみたりもしたけど

結局卒業したあと縁が切れてしまったし

人付き合い一切やめた方が気が楽かなとも思うんだけどわかんねーや。