「人間」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 人間とは

2016-08-25

長年死にたいと思っている人間が、「自殺を止める人の気持ち」につい

私が、なぜ死にたいか、社会的ステータスや状況なんかは別の記事として投稿しようかと思います



今日記事が目に入ってなんとなく。

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040




現実世界では(インターネット上の話ではともかくとして)エゴがどうとか以前に、無意識的に止めようとすると思う。

例えば、ちらほら人通りのある橋から目の前で人が飛び降りようとしていたとする。

格好や目つきや動きがよっぽど変ではないかぎり、止めようとすると思う。

止めようとするのが怖くても、警察電話の一報くらいはしようとは思う。


高校生の頃に、飲食店で財布を忘れて戻ってきた客が急に怒りだして暴れだしそうにしていたことがあった。

隣にいた友人や他の客はすぐに止めに入ったし、私もすぐに警察に連絡した。

意識を失っている人がいたら救急車をすぐに呼ぶと思う。

現実世界自殺を止めるってのは、そういうことと似たものだと思う。





自分所属している社会コミュニティ(会社学校、旧友、家族)なんかが

どう反応するのか、なぜ反応するのか、というのも気になる話ではある。



もし、自分が新しいコミュニティに移行したとして、初めからかなり自分勝手に振る舞って、周りからの印象が最悪、1ヶ月くらいでいなくなったとしよう。

そういう人は、誰から自殺を止められないし、どうでもいいって思う人がほとんどだと思う。



仕事が出来なくて、怒鳴られている人がいたとする。同僚や上司とある程度の会話を普段しているなら、

仕事的には邪魔でも、長く過ごすと少しは情や想像力が働くので、無意識的に心配してくれるときもある。



一般的には、所属する社会がある程度健全機能しており、自分も人並み程度に人と情のやり取りをしていれば、不登校の子どもにはプリントを持っていくシステムがあるように、

人の死を心配するってのは自然に組み込まれてるもんだとは思う。それは割合的には小さくはあるものの、一応多数の部類だとは思う。



会社にしても、学校にしても、ワタミ過労死一橋大学アウティングのように

責任を有しており、追求される可能性があるので、大きなリスクを小さくするためにも自殺というものは避けさせないといけない、

そういう論理からの力場も存在するとは思う。



ある人が自殺を止める理由については、一概にこうだから、とは言えないとは思う。

自分生存ルールなんかを把握できるほど人間は頭がよくないし、学問的に分析しようにも世界中コンピュータを集めても計算量は足りないと思う。



はてブの、矢口ベッキー狩野英孝不倫記事コメントを見ると、その人がそれぞれ違った叩きと擁護と無関心をしているように、

自分でもよく考えずに自殺を止めたり止めなかったりするんだと思う。動物的な本能人間的な社会性や自分経験、保身、いろんなものが混じってると思う。





エントリー主は、自分死にたいはずなのに、どうして他人自殺通報したんだろうというところに何か引きづられているのだろうけど、

「何を読んでも、自分死ぬべきだと思う」と思っているからこそ、自分の考えと発言矛盾で混乱しているだけで、

少なくとも現時点で死んでいなかったり、変な行動や犯罪的なことをやり警察連行されていないということは、

生の論理や生の執着、死の恐怖結構こびりついていて、現在の生と将来の生への逃避ばかりに目が行っていて、

それが同時に存在するということに目が行っていないだけだと思う。

通報した理由は、ハッキリとはわからないけど、自分の考えたり想像したりしていることが、死だけではなく、生についても自分の知らない裏側できっちり考えていることは確かだと思う。




>「しかしなぜ、自分を変えられるからあなたは変われるから死ぬべきではないと言えるのだろうか。」

これは、現実的な人がいう自分の変わると、印税をもらえる人のいう自分の変わる、自分の想定する変わる、を分けて考えた方がいいと思う。

私は、3年間くらい死にたいって思っていて、今も、今すぐに死ぬボタン、みたいなのがあったらその日のうちに押すなーとは思っているけど、

死にたいって思い始めた当初と現在を比べると、変わったことはたくさんある。

少なくとも、前向きに生きてみようかな、と思い始めている時期は数ヶ月間あったり、

普通に何気ない会話も心地よい気持ちでできるし、

超たま~にではあるが、温泉行ってみようだとか、シンゴジラ見に行ってみようだとか、楽しみを実行したいという気持ちも生まれることもある。

昔は、外に出て誰かが歩いているだけで陰鬱気持ちになっていたのが、今は特に何も思わなくなっている。

その程度には変われるし、いい出来事も起きたりはする。

けど、長い間生きることをメリットとは思っておらず、やっぱり死んだ方が楽だろ、とは思っていて、そこは変わっていないと思うし、

あと数ヶ月したらいつの間にか死んでいるかもしれない。




死ぬ時は、死んだ何日か後に増田記事自動投稿するようにPCに仕掛けておいて、死ぬ思いなんか残しておこうかと思う。それは死ぬ前の楽しみ。

その時はブクマお願いします。

世の中には、気持ちよく反論をする、あるいはよどみなく自説を述べることで自分をより論理的(な風)に見せるという目的のために、批判対象議論勝手矮小化単純化する輩がいる。

冷房はつけっぱが良い」という話は、ただ「つけっぱの方が電気代が安くなった」という話だけでなく(諸条件によってはこれもありうるが)、「変に我慢して暑さが頂点に達するまで待っても、暑くなったところから一気に冷やすためには涼しい時間からゆるゆるとつけとくのと『同じくらい』電気を使う」(我慢するだけ損/不健康)とか「さらにその場合最高出力を全世帯で同時刻にかけることになり『ピーク電力』が上がる」とかのデメリットも勘案しての話であり、詳細は自分の状況に応じて考えようという程度の「提案である

しかるにこれら議論を全て捨象して単純に「エアコンつけっぱで電気代が安くなるわけないだろ」などと言い捨てて得意げな奴らが大量に発生した。

 

似たような事象は数年前「朝バナナダイエット」に注目が集まった時にも見られた。

これは本来カロリーコントロールをすべきだ/したい」という目的意識と意欲があるものの、「では具体的にどこから手を付けよう」というところがわからない、もしくはそこを研究している時間がないという「意識は高いが忙しい層」に向けて、朝食をバナナに置き換えると「総カロリー抑制」「朝食は抜かず、一日の活動に支障がない」さらに「食物繊維も取れてなお良し」ですよという考え方のヒントを与えたものに過ぎない。

バナナを食べれば食べるだけ痩せる」なんて話はどこの誰もしていないのに、勝手にそのようなものの様に決めつけて「反論」し、気持ちよくなっている猿が雨後の筍のように現れたものである

 

節電カロリーコントロールといった生活の知恵に限らず、大抵の知識テクニックとはこういうものである

絵描きに「どうすれば絵がうまくなりますか」と質問すると、「デッサンをすると良い」とか「模写をする方が早い」とかいろんな答が返って来る。

結局は人の数だけやり方はあるという事だが、一点だけ誰が何を挙げている場合にも共通する前提がある。「それら練習を通して、自分の絵を客観的反省し、描きたいものイメージを鮮明に思い浮かべられるようにしろ」ということである。それをいちいち言葉にしないのは、それこそが「絵を描く」ということに他ならないかである。「絵を描く」ことをしたいと望む人間が、その時点での自分技術問題点認識し「こういうところをもっとうまく描きたい」という問題意識を持って『いない』とか、「構想段階でもっと良いアイデアポンポン出て来ると良いのに」という野心を持って『いない』とかいう事は、そもそも想定する必要すら意識に上らないかである

にも拘らずこの場合もまた、現れるのである。その程度の常識的問題意識も持たず、「デッサンをやってもうまくなんてならないぞ!詐欺だ!」なんてことを言い出す連中が…

 

おおよそ全てのアドバイスティップスと呼ばれるものは、「問題意識」が相手にある事を前提に、その「問題意識」に取り組むとっかかりのヒントを与えるだけのものであって、問題意識の有無に係らず万人に適用可能な、ただああしろこうしろという指示のままにエスカレーターに乗っていれば勝手問題解決されていてくれるような、甘ったれにありがたい『完全な答』を教えてくれるような神様仏様はこの世に存在しないのである

しかるにその程度のことも、人生十数年か何十年か生きてるのか知らないが、理解できないくそったれの甘ったれが世には溢れている。

あまつさえ、そうやって自分問題意識がないだけのことを逆に笠に着て、問題意識のない自分にもすぐにご利益を与えてくれるドラえもんとはなれないアドバイザーをかように「論破」してみせたり無能呼ばわりしたりする。

自分では「頭の良い俺が不完全な証明喝破してやった」なんて悦に入っているが、何の事はないただ自分の中に問題意識が足りなかったために相手が役に立つ話をしているのが何も理解できなかっただけである

 

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ」とはよく言ったものだ。

実際は、動かないどころか、そんな自分正当化し、あまつさえ相手より有能な人間かなにかの様に錯覚し出す。そうして誰にも「論破」されない全能感を、何も『しない』ことで肥大化させ続けるというアクロバティックを通り越してもはや永久機関的ですらある自己完結に至るのが真に無能な輩の生態なのである

考える脳味噌のない連中ほど、自分の頭が良いものか何かのように思い込み、考える脳味噌がないゆえにその状態矛盾にも気づかずますます確信を深めていく。

自分から動き、問題意識を蓄え、種々の知識がその問題意識解決しうるものかという観点のみをもって議論評価する、ということが出来ないのはただの前提条件に達してすらいない無能中の無能なのである、ということを、この永久機関の中に引きこもった連中が理解する日は来るのだろうか。

無能である問題解決能力がない、ということの闇は、深い。

nekora って中身スカスカのアホだよね

例のエントリーに便乗っつーわけじゃないんだけどさ。偉そうなこと言うわりにブログを覗いてみるとエセ科学的な誤謬にハマってたりするし、ただ単に報われない日常鬱憤ネット上にヘイトとして撒き散らしてる大脳が壊れて人間になり損ねた精神病患者だよね。

大人になっても寒い」やつってどういう神経してるんだろう

年を重ねるにつれ人を笑わすのが上手くなる気がする。

これは面白い発想力が身につくってそんな高度な話じゃなく、どんなことに人が関心を寄せるか、そして笑いにつながるかってのが分かってくるからだと思う。

子供のころはケンカときに酷い言葉を投げつけたけど、大人になった今はしないってのと同じ構造だ。

こんなこと言ったら怒るだろうな、傷つくだろうなっていうのが段々わかるようになってくる。

簡単にいうと人の気持ちを考えられる人間になるっていうことだ。それが大人になるっていうことだ。



何度も言うが、物凄い話術で爆笑をかっさらうってことじゃなく、何気ない会話の中でくすりとさせるぐらいのことは出来るようになるはずだ。

だけどたまに滑り倒してるやつがいる。うちの会社にもいる。彼は何なんだろう。何で俺たちがそんなことで笑わないってことが分からないんだろう。

別に人を傷つける発言をしたり、デリカシーがないわけじゃないので、人の気持ち全般が読めないというわけでもないらしい。

ただ物凄くつまらない話を延々と面白そうにする。

彼はなんなんだろう。

アメリカ大陸ヨーロッパの人が移動した時から、ってかそのもっとから

知識のない人が騙されるってのは基本的原理なんじゃないの?

そりゃ、社会感情を害すだろうから

バレたら企業として厳しい状況になるのかもしれないけど、

そのリスクをとってリターンを得てたってだけに思えるな。

他で安く売っているものを高く買うなんて、どこでもあるんだから問題ない気がするんだよね。

スーパーコンビニで同じもの売ってても、

自分の時給がいくらで、移動する距離の差がいくら

こっちがお得なんて考えて選択してる人なんてほとんどいないでしょう。

値段なんて相対的ものなんだから

その値段相当の価値があるって買い手が判断したら

契約成立だよ。

判断力がない人間契約自由を与えてるのが問題なんじゃないの?

"人間は考える葦である" って昔の人がいってた気がするけど、

えれなくなっても人の形をしてたら人間なんだろうか?

図書館で借りた本がとんでもないクソ本だった

ルネサンスの魔術に興味があってその分野の最も有名な本『ルネサンスの魔術思想』(D・P・ウォーカー)を図書館に借りに行ったのだが、コンピュータ検索したところ棚ではなく倉庫の方にあるということで司書の人が取りにいく間10分ほど待つことになった

それでルネサンスの棚を見ていたら澤井繁男という人の『魔術師たちのルネサンス』という本があり、手に取って著者紹介に目を通してみたところルネサンス関係の著書や訳書がいろいろあり、とりあえずこれも借りるか、と一緒にカウンターへ持って行った

で、帰宅してこの『魔術師たちのルネサンスから読み始めたわけだが、本文を読み始めてすぐおかしいことに気付いた

まりにも文章が下手なのである

一口に下手な文章といっても色々あるが、この本の場合小学生が書いたような稚拙さで、とても大人の鑑賞に耐えるものではない

Googleで著者の名前検索してみたのだが、どうやら小説なども書いているらしいと知ってますます困惑してしまった

学者専業の者が書いた専門書が徒らに晦渋な文章で埋め尽くされていたのならばある程度は笑って許そうという気にもなるが、散文芸術にたずさわる人間にたいしては期待することが許される最低限の文章力というものがあると思う

この著者の場合は明らかにそれに達していない

前書きにはどの章から読んでも構わないと書いてあるが、どの章を読んでも均質に稚拙文章が並んでいる

なにしろこれまでの人生出会った本の中でも並ぶものがないほど文章が下手なので本当ならこんな本はゴミ箱に捨てたいところなのだが、図書館で借りた本なのでそうするわけにもいかず、返却日まで机のスペースの一部を占領することになる

しかしそれでは今後二週間毎日ヒエロニムス・ボッシュを使った表紙が目に入るたびに怒りと軽蔑がこみ上げてきそうで精神衛生上まりよろしくない

明日これだけでも返しに行こうかな

2016-08-24

ヨッピーが「ジャーナリスト」ではない理由説明する



ヨッピーYahoo!個人投稿した「PCデポ 高額解除料問題 大炎上の経緯とその背景」という記事が爆発的な勢いで拡散している。Yahoo!個人ページビューに比例して報酬が支払われるから沖縄で一週間過ごしてもお釣りが来る程度の収入になったのではないか

ところが一部のブコメが見るに堪えない。「ヨッピージャーナリストに転身か」などと書いている者が少なからずいる。えっと、取材にかけた労力を上乗せして大甘な評価を付けたとしても、ヨッピージャーナリストはいえないんだよね。大手マスコミ関係者なら誰もが「この記事はアウト」と断言するはずだ。

しかヨッピーは、自身では風俗ライターなどと茶化しているが、以前に書いた記事を見れば有能さは一目瞭然。寝起きのような顔写真は嫌みのないセルフブランディングになっているし、顔アイコンを並べた軽妙なやり取りはいまやネットメディアにおけるパブ記事テンプレと化している。その上で文章にはジャーナリスト的な風味が加えられていてインテリを唸らせる部分もある。個人的にはよくやっていると思う。

しかし、それはあくまで「ジャーナリスト的」なものに過ぎない。大手マスコミで、駆け出しの記者が件の記事のような原稿を書いてしまったらどうなるだろうか? 赤を入れられるどころか、「当事者に肩入れして一方的すぎる」と完全にダメ出しを食らうのが関の山なのだ

ジャーナリストだって人間だ。義憤かられることもある。だが、その視点は常に公正中立ものでなければならない。公正中立とは、悪を断罪するという意味ではない。被害者(と主張する)側だけでなくPCデポ側の意見併記するのはもちろんのこと、悪印象を植え付けるような印象操作炎上を煽るようなことをしてはならない。最終的な判断は読者に委ねるべきなのだ

このあたりで「大手マスコミスポンサー配慮して書けないのだ」といった頭の悪い批判をする者が現れるだろう。だが全く次元が異なる。言っちゃ悪いが、PCデポとき配慮する理由など大手マスコミには欠片もない。記者倫理によりそうした報道はできないというだけだ。

今回、ヨッピー世間の期待に応えようとするあまり勧善懲悪ストーリーを下敷きとしながら、ジャーナリスト的な視点を入れて記事を完成させたのではないだろうか。以前に氏が活躍したバイラルメディア批判からも読み取れるように、心のどこかでジャーナリストに憧れている部分があるのかもしれない(本人は否定するだろうが)が、これに味を占めてはいけない。自身が本当に正しい方角を向いているか、一度振り返ることをおすすめする。

信じられないレベル美人

会社お金で参加した異業種交流会にすごい美人がいた。

今までの人生の中、肉眼で見た人間の中で最高の美人だった。

大橋菜央

http://mirepapa.jp/1113.html

この方もたいがい美人さんで、僕の人生マックス美人もこのレベルだったけど、

簡単三段飛びで超えてくるぐらいの女神だった。

美人に生まれたらどうとか、こうとか言われてるけど、あれは男の人生を好きに出来るし、たぶんやって来ただろうな。

女性には気軽に声をかけられるタイプ人間として生きて来たけど、怖くて話しかけられなかった。

次回どうしようかな。

日本人は優しい

人に優しくできるというスキルは当たり前にもってる。

から、下に強く言える人間出世する。

若者マスメディアへの信用離れ

昨今の若者テレビ新聞といったマスメディアを信用することから離れているように感じる

昔であればテレビ新聞公表された情報は精査せず鵜呑みにし

たとえ嘘の情報であったとしても何も考えず大多数の人は信用していたはずである

それを信用できないとはなんとも嘆かわしいことである

このままではいずれ世の中がまとまら不安定な情勢になるではないか

最近ではインターネット上に情報錯綜

ブログTwitterFacebookなどのソーシャルメディアによって

テレビ新聞やらせ偏向報道などが公開される始末

少数ではあると思うが

少しずつでもこのような自体が明るみに広がってくれば

ますます新聞テレビといったマスメディアの信用が堕ちてしま

昔であれば人経由で少しは広がっていたことかもしれないが

基本的には一部のコミュニティまでで収まっていたはずである

しかしながら昨今では瞬きの間に爆発的に広がってしま

それも長期間に渡って消えずにだ!

これもそれも一般人間が誰でも気軽に情報を発信できるようになった

インターネットのせいであると私は考える

このままいくとテレビ新聞存在価値が遠からずして

減少していく一途を辿る事になると思われるので

これ以上マスメディアにとって不利益情報拡散させないためにも

一般人が閲覧、発信できる情報規制をかけるべきだ

それに伴い新聞テレビを見る事を義務化するべきではないか

良識と見識のある責任感のある大人たちの賛同を求む

釣りクマー

無限時間があれば無限の道を通ることができる。

無限時間があれば無限の道を通ることができる。それは自明のことであり、そこから言えることはなにか、それは世界バランス理由であり、生命誕生であり、永劫回帰証明である


時間に始まりがあれば終わりがある。そして始まりと終わりの間がある。始まりと終わりの間が「時間」でないのであれば、始まりと終わりは時間的接続される。

時間のないところには時間が始まる無限可能性があるからだ。

時間が発生した理由があるなら、時間が終わった瞬間に、かならず次の時間が発生する理由が生まれ、また次の時間が始まる。

いま、時間があるのであれば、時間が始まった理由は必ず存在し、時間は始まりと終わりを繰り返す。もしくは時間は終わることな永遠に続く。

まり時間は中断がある場合もない場合永遠に続く。

無限時間があれば無限の道を通ることができる。

生命が生まれ確率10の230乗分の1であり、宇宙の生まれ時間から考えるに生命は(神の存在なしに)生まれえないとの説がある。

しかし、無限時間があれば無限可能性がある。確率はもう意味をなさない。

進化について理由を求める人々がいる。原子生物が猿になり人間になるには進化論では説明がつかない。地球の生まれ時間から考えるに進化は(神の存在なしに)考えられない。

しかし、無限時間があれば無限可能性がある。世界認識する「人間」が存在するまで無限時間が繰り返され、無限宇宙が生まれ無限生命誕生したのだ。

無限時間があるのであれば、無限の道を通り、無限宇宙を繰り返す。

「私」の想像する、そして想像しない、あらゆる世界が繰り返される。

「私」は無限に生まれ無限に死んでいく。

私の人生無限に繰り返される。

無限人生無限の道を通る。

私の人生とほぼ同じ人生。ただ一度、一言だけ発する言葉が違う人生

わずかな差異しかない人生も、あらゆる差異で繰り返される。

実現しなかったあらゆる「もしも」。それらは無限宇宙で実現される。

人生におけるあらゆる選択無意味であり、あらゆる道はすべて通っている。そして無限に繰り返し通ることになる。

あらゆる可能性があり、あらゆる人々が私で、あらゆる人生を送る。

無限人生可能性。

子供しか見えない文字

↓↓↓↓↓↓

↑↑↑↑↑↑

ちなみにこの文字モスキート文字といいます



※裸の王様が着ているのは心のきれいな人にしか見えない服なのでモスキート服ではありません

透明人間は雨に濡れないと見えないのでモスキート人間ではありません

はてなーが案外やさしかった件と、その他のもろもろ

母親結構な金が注ぎ込まれてる」(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626 )を書いた元増田です。




まずは予想をはるかに超えて、多くの方からかいコメントをいただいたことに感謝したい。

こんなにブコメがつくとは思わなかったし、ついたとしても、もう少し甲論乙駁するブコメになるかとおもっていた。





お金ことなど気にすることはない」という趣旨コメントを多くいただいた。

本当にありがたいし、そういうコメントに対してこんな返し方をするのも失礼なのかもしれないが、

本心を言えば、多分、そういう言葉をくださる優しい方々が心配するほどには気にしていない。

母は、当然の権利行使しているのだと思っている。



ただ、やっぱり現実に「60万円」という金額を見ると驚かざるを得ないのは事実だし、

どちらかというと気にしているのは「俺らが後期高齢者になっても、これが続けられるのか?」ということなのだと思う。

日本現在人口ピラミッドをみれば、そう思わざるを得ない。

その解決方法が、少子化対策なのか一億総活躍社会なのか、はたまた移民の受け入れなのか、難しいことはよく分からないが。






「きちんとQOLが保たれているから、ちゃんとしたお金の使われ方だ」「寝たきりに金を注ぎ込むのとは違う」という趣旨コメント散見された。

それはそうなのだが、ただ、では、どこで線を引くのかと言われると、それはそれで難しいのではないかと思う。

一度線を引いたら、その線の位置だんだんずらされていくのではないか? という危惧もあるし。


母はガンの罹患前、「あたしは別にそんなに長生きしたいとも思わない。元気なうちにポックリいきたい」という趣旨のことをよく言っていたが、

逆にガンと戦い始めてから生への執着が強まったように見える。

多分「長生きなんてしなくていい」というのは健康が当たり前な人の贅沢なのであって、

実際、死を意識し始めると、すこしでもそのタイミングを先に延ばしたいと思うのが本能なのではないか?と、最近考えている。

「いつ死んでもかまわない」といっている人に、「じゃあ、あした死んでもらいますね」というと、大多数は「え? ちょ、ちょっと、もう一日待ってくれ」と言い出すのではないか

で、「もう1日」が毎日続くのだろう。






自分の書いた増田リツイートされて回ってくるというのも、初めて経験した。

そのなかで @natorom さんが「はてな匿名ダイアリー抗がん剤加療中のstage 4の母親の話。医療費がメインのエントリーだけど、

現在抗がん剤治療リアル副作用がないわけではないけど普通に生活可能)が描かれている」

と、拙文を紹介してくださっていたので、この辺のことも触れておく。


母が抗がん剤治療を受けている、というと、患者ことなど考えない医者にやたらめったら薬を打たれ、

副作用でのた打ち回って悲惨きわまる闘病生活を送っているに違いないと勝手に思い込んで慰めてくれる人が、少なからずいる。

はっきりいって迷惑だ。

確かに、副作用がないわけではなく、特に新しい抗がん剤に切り替わった直後などは、食欲も落ち、夜中も何度もトイレにたって、

日中ほとんど寝たきりになっていることもあるし、母がレディースアデランスの愛用者になっているのも事実だ。

初めての薬を投与して、一週間後の最初の検診までの期間は、当人家族も緊張はする。

どの程度の副作用がでてくるのか、医者だって正確なところはわからないし。

薬を変えてはみたが、どうやら医者が当初想定したほど腫瘍マーカーが下がらなかったらしい、という局面にも遭遇した。



からといって、その他の期間は、時に温泉旅行に出かける程度に回復するわけだし、勝手イメージで同情されても困る。

そういう人に限って「自分想像しているような、苦しそうな闘病生活」を送っているわけではない母をみると

今度は、「あら~、大変かと思ったら元気そうじゃない! よかったよかった! もうすっかり良くなられたのかしら!」などと、トンチンカンを言う。

「アタシだって病気と闘っているのに・・・」という母の愚痴を聞くのは、こういう人とあった後だ。


確かに、今ほど抗がん剤進歩する前は、いろいろと悲惨な状況もあったのかもしれないし、病状によっては、かなり大変な副作用を併発することもあるのかもしれない。

だが、別にがん患者がすべて、あなた想像するような悲劇の中で生きているわけでもないし、だからといって病気の大変さがないというわけでもない。

おそらく大半の現場医療関係者は、真摯に最善の治療法を(保険でまかなえる範囲で)考えているし、

製薬会社だって別に人の命を食い物にして儲けることだけ考えているわけでもあるまい。

とりあえず、何十年前の知識で、抗がん剤批判を繰り広げて金儲けするのはやめろ、近藤誠

(実際、母親世代には、まだまだ近藤誠信者と思しき人がいる。そういう人との付き合いは、なんとしても切るのが吉だ)



早期発見できた人は違うのかもしれないが、「ステージⅣで発見」という状況だと、「基本的に治ることはない」というのが、周りの人間にとっても難しいところだ。

当人もっと大変なのだろうが、自分当人ではないので、本当のところは分からない)

普通病気のように「頑張って、治しましょうね」という励まし方はあり得ない。

いかに上手に付き合っていくか、いかに現状を維持していけるか、というスタンスで付き合えないと、患者家族双方にストレスたまることになろう。

しかも「いつまで続くか分からない」「いつ悪い方向に進むかわからない」という不安を抱えながら、である

この辺、バランスを取れなくなった人が、「奇跡治療法!」とかに走るのだろう。

奇跡はめったに起きないか奇跡なのであって、その奇跡自分には起こると考えてしまうのは「逃げ」だと思うけれど。




先日、とある観光名所にいったとき、「健康」とか「長寿」とか「家庭円満」などと書かれた名産品が売られていた。

ちょっと考えた上で「長寿」のヤツを、母の土産に買って帰った。本当の意味で「健康」を回復することがない人に、「健康」を祈願するグッズを渡しても白々しいからだ。


ちょっと迷ったが、母に「『健康』ってやつもあったんだけどさ、まあ、いまさら健康』ってのは無理だから、『長寿』にしたよ」と言ってみた。

母は、「そうねえ、もうちょっと早く『健康』のヤツがほしかったけど仕方ないわよねえ」といって笑っていた。

ああ、この人は強いな、と思った。



長くなってしまったが、最後にもう一つだけ。


60万超の治療費にたいして1万5000円という負担に関して。

これは、母が後期高齢者で、かつ、健康保険の仕組みにおいては、もっと収入の少ないカテゴリに分類されているので、この金額になる。

(なお、自分とは世帯は別)

もし、母がもっと若かったり、年金以外に収入があったり、夫(自分の父)が生きていて収入があったりしたら、もっと請求されている。

まり、母は医療費世界において「相対的貧困者」とされているおかげで、この程度の負担で済んでいるということだ。

ここで「でも、温泉旅行いったり、映画見に行ったりしてるんでしょ? もうちょっと払えるんじゃないの」とか

「息子、治療費全然だしてないのかよ。親子なんだから出させろよ」とか非難されたらと思うと、ぞっとする。

だが、どうやら世間は、子供貧困に対しては、似たようなことを平気で言うようだ。

ぶっちゃけていえば、あと長くても10年は持たない老女よりも、この先何10年もこの国を支えていく若者のほうが、

ROIは確実に大きいと思うのだが、なぜこうなるのかは、考察に値すると思う。




いずれにしろ、この話題は、増田でこそいろいろ吐き出せるネタであった。

この世に増田があったことに、感謝したい。

http://anond.hatelabo.jp/20160824210219

自分ありのまま言ってるけど

その相手欠点を許せないのが最大の結婚への障害だって気づかないの?

結婚生活始めてから初めて知る相手の側面なんていくらでも出てくるんだぞ?

完璧人間なんてこの世にいないし、あんたもそうだろ。

そのたびについて行けないとか言ってたら生活できるわけがない。

結婚式したいだけならお一人様でも結婚式できるから予約してこい、今そういうサービスしてるから

結婚とは何があってもお互いが許し合い支え合うという約束の元に結ばれるものから

赤の他人同士が一つ屋根のしたで家族になるってそれほど固い誓いがあって初めて成立するんだよ。

何となく気に入った財布をゲットしたいならパパ活してろよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160824204851

その人はすごい細かい人でした。

私は割と素朴な人間で、人生は愉しければそれでいいじゃないと思っているんだけど、

その人は、あれもしなきゃいけない、これはこうでなくっちゃいけないって、細かい人でした。

お金とか世間体にすごくこだわる。そんな、世間が何をしてくれるっていうの?

私はのんびりさんだから、ついていけなかった。

でも音信不通になった後、しばらく待っていました。

どこかで元気でいてくれたらいいなとお祈りしてます

できれば、元気な顔を見たいな。

付き合うとか結婚できなくていいから、あの時と同じように、

元気で明るくやっててくれると嬉しい。

http://anond.hatelabo.jp/20160824204007

お前はさんまの家庭の話を一回でも聞いたことあるのか?

さんまのような人間面白い人じゃないっていうなら

それはもう最上級要求の「私の白馬王子さま」クラスだぞ

増田にきている時点でつまらない人間だということが確定してしまっているので

面白い人はあなたによってきません

あの頃の俺のような人を救うにはどうすれば良かったか

あの頃はもう死ぬしかないと思っていた俺だが、

結局セーフティネットと運によって、家を買い、良い同僚に恵まれ趣味にも打ち込んでいる。

家族さえ持てはしなかったがそれでも幸せに暮らせるまでに救われてしまった。

そんな今思うことは、あの頃の俺のような人間に対し、今の俺が何かできることはあっただろうかということだ。



セーフティネットもっと分厚くするよう国に働きかけられないだろうか。

そして分厚くしたセーフティネット恩恵を受けるべき人に受けさせることは出来ないだろうか。

運を手に入れるキッカケは偶然応募した会社のお陰だったが、そういった会社出会う機会をもっとやすことは出来ないだろうか。

ブラック企業をこの世から根絶することは出来ないだろうか。

「例えばか……

例えば、そうだな…

デパートなんかの個室が2つしかない狭い便所があるだろ?

その個室に入って、オレっちはクソを垂れるんだ。表のスタンドで売ってるホットドッグみてぇな立派なヤツをさ(笑)

勿論、もう一つの個室にも先客がいてよ、ウンウン唸りながらブラッドソーセージを捻りだしてる訳。お気の毒に。

一息ついてると、足音が聞こえてくる訳だ。ご存知の通りもう個室は埋まっちまってるだろ?客人は「Shit」とかつぶやくのさ。

これからクソを垂れるっつーのに気が早いヤツだよな?アイツに100m走やらせたら9.80秒切るんじゃねーか?

まあ、そんな事言ってもココ(個室)はオレっちのモンじゃねーって訳。独り占めはよくねぇ。ママがいつも言ってた。神様は見てるからな。

ここでイジワルしたら週末ケビンの家でやるパーティーでやるビンゴゲームで一回も上がれないかもしれねえ(笑)

で、個室を出たら隣のホット・ドッガーも一緒に出てきたって訳。客人は喜んだろうよ。

いきなり目の前にレディー・ガガテイラースイフトが現れた訳だからな。勿論オレっちがレディー・ガガだぜ?

客人はレディー・ガガか、テイラースイフトを選ぶ訳だ。そんな時、迷わずレディー・ガガであるオレっちを選んでほしいのさ。

オレっちはここぞって時に選ばれるような人間になりたいって訳。わかるだろ?」

ネット上にアップされた2人の人間が対談したりする音声のことを「ラジオ」と言ったりするけど

よく考えたらラジオじゃなくね?

「対談する様子の音声ファイル」とかじゃね?



例:

凸ノ・カメントツのラジオ漫画犬015「シン・ゴジラ女子高生の巻」

http://omocoro.jp/rensai/88953/

http://anond.hatelabo.jp/20160824150146

宇宙には人間以上の知的生命体もいるはず」って言われて

安心するか、希望を持つか、絶望するかは人それぞれ

http://anond.hatelabo.jp/20160824150146

人間タンパク質のカタマリだからだれでもおなじっていってるようなもんだよな

星の数ほど女はいるってなぐさめもおなじ

俺は他の誰でもないあいつが好きだったんだからあいからふられたら代わりは何もないのに

全然わかってない

sya kai jin

他社の人に話すときとかメールするとき自分会社人間呼び捨てにするルールしっくりこない

役職ある人ならなんとか「部長の○○」とかって表現できるからすわりがいいんだけど

別に「さんづけ」くらいよくね?

高畑裕太の件について

ただ「有名人」というだけで彼への量刑憶測)は重過ぎると思う。果たしてどこまでの「行為」に及んだか、ニュースからは窺い知れないが、かつてオレが部下の娘にヤッた行為の方が重いだろう。犯してはいないが、数人への強制的フェラ懲戒解雇されたが、高畑氏は未遂だったのではないかと思う。その後、結婚して家庭を持ち難なく(?)とりあえず過ごしているが、紙一重の行為をヤッた人間として、あんまりだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160823232626

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生から見た不況対策https://www.amazon.co.jp/dp/4794220863



ぜひ増田にはこの本を読んでもらいたい。

この本には、財政再建をするという名目医療費等の社会保障費を削る緊縮財政を行ったことろ、当然のように多くの人命が失われた上に、その惨劇財政再建資するどころか逆効果をもたらした(つまり悪化した)という悲惨事実が書かれている。

著者の一人は医師で、医療現場描写も多い。ギリシャにおける財政再建のための"医療改革"の犠牲者として、ある癌患者の事例が紹介されている。肥大化した腫瘍が皮膚を突き破り、体液が染み出すところまで癌が進行したところでやっと治療を受けることができたそうだ。担当医は「その場の誰もが涙を流しました。癌が進行するとこのような状態になることは皆知っていましたが、実際に目にするのは初めてでした。それまでは、ギリシャ国民なら誰もがもっと早い段階で治療を受けていましたから」と語っている。

そして問題は、こうした犠牲者を出した経済政策が、財政再建になんら役立たなかったどころか状況を悪化させたということだ。この癌患者はなんの意味もなく苦しみを味わったということだ。

この本を読めば、社会保障を削れば財政再建ができるという単純な理屈はただの思い込みに過ぎないこと、そして、人間健康生活蔑ろにした緊縮財政が如何に愚かである理解できると思う。