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2016-09-25

弱いことがネガティブだと理解してない

「心優しい」なんておかしファンタジー自己評価してる

弱いやつはただ弱いんだよ

力も魅力もない

それでも愛されるべきだと人道に訴えるのは辞めてくれよ

あんたに人として生きる権利はある、当然だ

からって平均値の凡人に愛される権利があるとは思わないでくれ

自分は凡人だ

普通に強い人間が好きだ

でなきゃ自分に近しいもの

弱い人間保護できるほどの愛なんぞどこにも持ち合わせないんだ

映画聲の形』は商業的なマイナス要素を極力排除して再構成することで売ることに逃げ切った作品

観終わった最初感想は、漫画聲の形』が映像化されないことを確信したショックだ。

 

まず先に断わっておくが私が言いたいことは原作を崇めて原作未読者や映画馬鹿にするといった内容ではない。

映画製作に携わる人間が『聲の形』をどういったつもりで再構成したのか、

またその再構成の結果として商業的な成功を収めたことや、

そのせいで映画聲の形』(以下、映画しか漫画聲の形』(以下、漫画)に触れていない多くの人に誤解させてしまったということ、

そしてこの世で漫画聲の形』が漫画聲の形』という作品しか伝えられなかった、他のラブストーリー青春物語ではできなかったこと…映画からは外されてしまったことについて触れる。

この日記を読んで少しでも漫画に興味を抱いたのなら、漫画にて『聲の形』というコンテンツを全て消化すべきであり、

本当の答えを噛みしめ、確認しなければ作品聲の形』には全く触れないで人生を終えるといっても過言ではないと言っておこう。

これはステマではない。

なお漫画ネタバレになりかねないよう、これから漫画を読む人間にとって害にならない程度に極力抑えるつもりだ。

これはステマではない(繰り返し)。

 

そしてあくまでも日記なので読みづらさや誤字脱字などは勘弁してもらいたい。

 

制作スタッフが行った再構成とは

単純に2時間半に収めるには物理的な無理があったため、大幅にカット再構成されている。

その点だけでも漫画映画は全くの別物と言っても差し支えない。

しかしこれは映画1本に収めるという制約上仕方のないことで、これに関しては特に言及するつもりはない。

要は、漫画が伝えたかった要素をコンパクトにして映画で伝えられたらいいだけだからだ。

まり、私が問題にしているということはその再構成漫画が伝えなければいけなかったことを大部分が外されているからだ。

 

制作スタッフ映画を見に来た観客にできるだけ「負の感情」を強く抱かせないように気を使って再構成している。

分かりやすく言うと「なんだよこのクソ鬱映画!!」みたいな感想にならないよう、できるだけイライラ不愉快になるような要素や、

生々しい要素をオミットしている…その商業的にも負になりかねない要素たちだけ、

この映画への梯子が外されて下に蹴落とされている…といったイメージだ。

漫画では読者の心をえぐってくるような要素が宝石箱のように詰め込まれている。

主人公石田にともすれば殺意を抱かせるだけの強いクズ描写がされており、

小学生時代石田を無条件に悪だと読者は強く確信でき、そこに同情の余地もなければクラス手のひら返しにも憤慨するだろう。

映画ではかなりあっさりと流されていて、このせいで不快な思いをだいぶ軽減されているが、

石田の「俺は清算して死ぬべきだ」という気持ち映画視聴者に軽く受け取られやすくなってしまった、薄っぺらく見られやすくなってしまっている。

漫画の特色として、読者の暗い感情をこういった不快いじめや生々しい描写で刺激しつつ、

当事者である石田がどうやってそれを乗り越え、まともに生きることはできない、けれど死ぬこともできなくなったところを出発点に歩き出した、

というのが最初石田西宮出会いで、だからこそいじめた本人である自分友達になろうとするという不条理を進まなければならなくなったという経緯がある。

まり最初の死への渇望とその道を閉ざされた石田心理描写を読者に刷り込ませるためには、

石田所業が到底擁護できないくらい行き過ぎた描写であることが『聲の形』という作品には不可欠なのだ

それを見た読者の底にドロドロと横たわりだした感情を燃料にして、出会いが種火となり燃えながら、時には火が消えかけながら、それでも何とか大きくなろうとする炎の様子が、本当の『聲の形』の姿だ。

作品として、「読者(視聴者)の負の感情」が必要なのだが、これは前述したとおり耐性のある人間を選んでしまうため商業的に足かせともなりかねない、

判断され軽減・外した、というのが制作スタッフ再構成で行ったことだ。

ピンと来ないなら激辛だと食べれないから中辛にした、ということだと思って欲しい。

そのおかげで結果として極力不快要素を外し京アニ作画力とキャラの可愛さで万人が食べれる作品へと変化し、

商業的に成功を収めることができ、映画映画として勝利した。

映画聲の形』は売れることに邪魔になる重りを捨て去り新品のランニングシューズを履いて走り抜けた。

でもそれは漫画が這いつくばってたどり着いたところとは違うゴールであり、

その漫画がたどったコースとゴールは今後二度と映像化され現実化されないということを確信し、制作の手腕の勝利も同時に確信し、私はショックを受けた。

 

映画だけを視聴して誤解してしまった人々

帰ってレビューに目を通すと、やはり石田心理描写が把握しきれていなかったり、

よく分からなかったという感想もちらほらと目立った。

障碍者としての西宮葛藤や苦悩もかなりあっさりされているので重いテーマだったという感想はありつつも、

そこから広がりを感じるような形としての感想が出てこず、実は何も考えさせられてないというのが観察できた。

西宮がなぜ笑い続けなければいけなかったのか、西宮がなぜ思い詰めてしまったのか、

石田も同様になぜ最初に思い詰めて、それでも西宮と違い諦めなかったのかということに説得感を出すためには、

やはり前述した「読者の中に生まれたドロドロとした暗いもの」を燃料にするための不快要素がオミットされたことが原因である

 

聾唖の人たちから意見も、この不快要素オミットのために発生した説明不足、その他ところどころに出てきてしまった脈絡のないように見える行動もこのオミット行為副作用となっている。

から必要なのだ

聲の形』という作品を完成させるためには必要な要素だった。

ただ、それは商業的な成功には必要なかったし、事実それで勝利を収めてしまった。

これは作品の特色であってもビジネス上で不利益とみなされたものは無かったことにしていいという資本主義思想に対する芸術創作の完全敗北と言い換えてもいい。

とにかく大多数に対して理解されやすければ、消化しやすコンテンツであるならばいくらでも特色を消してしまっていいという姿勢だ。

それに深く静かな絶望を覚えたのは、漫画既読組には少なからずいただろう。

家に帰ったあとそれは視聴した沢山の人のレビューを読んで感じているかもしれない、私みたいに。

一体、映画を見た人の何割が石田自分を重ねることができたのだろうか。

嫌な汗はかくことができただろうか。

 

漫画聲の形

漫画の『聲の形』は、一度死を望んだ石田自分が行ったことを思い知らされ、なおかつ死ぬという逃げ道すら断たれたことで、

前を向いて、半ば仕方なく、半ばやけくそで行動する・西宮友達になるというスタート物語が始まる。

石田のやったことがどれだけ許されないことなのか、また当時の登場人物たちが流され、無力で、愚かで、間違えてきたことが心をえぐられる程度に描かれている。

この最初の導入でしつこいまでに鬱要素をぶっこむことで読者は自分過去やってしまった罪の意識を思い出し、無意識石田に重ねる、石田は読者の暗い過去だ。

今風にいうと黒歴史人物化したキャラクターとしてこれで形作られる。

過去が黒ければ黒いと形をはっきりしてくるキャラクターだ、それは視聴者の闇の色と同じ色をしているからだ。

それをやらなかった映画石田に対する感情移入がバラバなのは、つまりは、その黒歴史へのアクセスが不十分になってしまたからだ。

 

そして、死ぬことを閉ざされた石田が、つまり黒歴史から目を背けずに、常に意識して生きなければいけなくなった「あなた」は、

どうやって生きていけばいいのか、どう周りと接していけばいいのか、取り返しがつかない過去石田あなたはどう向き合っていけばいいのか。

それが『聲の形』の作品としての本質だ。

決して障碍者と涙ホロホロ最後ハッピーなだけの作品ではない。

石田黒歴史を貼りつけながら歩き続けるプレイヤーとなり、読者は過去が脅かすことに石田と共にドキドキしながら、辛さを共有しながら、

最初不快感を感じていたはずの石田自分に、いつしか何とかしようと奔走する石田応援しだす。

過去は取り返しがつかないかもしれない、

けれどこれから西宮未来は泣かせないように行動することができる。

それを問いかけてくる作品なのだ

それが『聲の形なのだ

 

過去の追跡がどれだけ辛く暗いものなのかが、このテーマを重く受け止めるために必要な手順だ。

ところが、何度もいうがこれをオブラートに包むか削除してしまったため、このテーマが盛大にぼやけてしまった。

漫画では西宮の家庭環境小学校教師との再会や映画作り、いてもいなくても一緒だった真柴のちゃんとした存在意義など、この暗さと前向きにもがく様を描くための要素が何度も繰り返されている。

その最後の結末が、読者のこれから背中を押す形で終わっている。

生き続ける石田現実に生きる私たちへの、エールへと繋げられている。

それが『聲の形なのだ

 

そしてそれが他のラブストーリーにできなかったことで、『聲の形』だけができたことだった。

他のラブストーリーに、何とかしようとして上手くいかずに古傷をえぐらせるような真似をして、

それでも読まざるを得ないという状況にもっていけるだけの能力がない。

「これはどうなってしまうのか?(他人事とは思えない感想)」と思わせるのがこの作品面白さでもある。

 

聲の形』にとって障碍者という要素はいじめの歴史を作るためのただの道具の1つに過ぎず、それが本質ではない。

本質は、変えられない過去と変えられる未来、そして過去を受け入れるというこの3つの要素だ。

消極的に変わらざるを得なかった石田が変えられない西宮を救い、

一緒に変わっていこう、と2人とも前向きになるという完全に内面の話なのだ

そして変わりたいけど変われなかったという気持ちの重さ、辛さ、ドロドロした暗い時間の積み重ねを描き切ったのが漫画だ。

読んでいる人間石田の状況に嫌な汗をかき、そして小さくホッとする作品なのだ

その作品映像化はできていない。

できていないのに、商業的に成功している。

 

変わることの重要性を訴えた作品が、

そのメッセージの大部分を消失しながら、

大ヒットをしている。

 

まず私はその現実に立ち向かわなければいけない。

そう、思った。

 

…私はこの映画を予約するのに3時間かかった。

ネット予約操作方法が分からないのではない。

映画館聲の形から心をえぐられることに2時間半耐えられるか悩んだからだった。

ところが実際は、別のことでえぐられるとはそのとき私は思いもしなかった…

サイバーもびあんぐらいまともだったら良かったのに

と思ったが、びあんはびあん普通以下でつまら人間だな

リツイートしてるつまら有名人で分かる

 

サイバーは頭おかしいし、更年期詐欺師BBAおかし

あん普通以下で話がつまら

 

もっと知性でおもろいやつおらんのかい

情報処理に限った話である

専門学校に行ったところで大したことは学べない。

国家資格を取ったところで大したことはできない。



専門学校良識のある人物は少ない。

まともにプログラムを作ったことのない人間プログラミングについて教える場所である



自分で調べてもよく分からいか専門学校にいこうとか、国家資格持ってないと恥ずかしいか受験しようなんて考えは甘い。



私は上記のような甘い考えで専門学校へ進学し、国家資格応用情報技術者)を取得したが、二つから得られた知識社会で生かされたことは一度もない。



専門学校国家資格をそういった甘い考え挑むべきではない。

結局のところ、膨大な情報の中から筋の通った知識や造詣が深い人間自分で探すしかない。



この記事学生時代を振り返るいいキッカケになった。

https://teratail.com/questions/46657

聲の形」見たのでおすすめする

はじめに

公式の書き方や、巷で燃えてる情報だとどんなところが魅力なのか分かりづらいなと思ったので

見るかどうか迷ってる人に向けて

どういうところが面白かったかなど書きます

 

ある程度あらすじを書かないと正直何も言えないので

導入部分だけネタバレします(いじめあたり)

 

もちろん大事な部分はネタバレしませんが

情報ゼロで見たい人は読まないようにしてください

 

ちなみに原作は読んでいません、あと私はおっさんです

  

全体的な感想ネタバレ無し)

正直予想を遥かに超える良い作品でした

Key作品を手掛けていたときのような京アニ彷彿とさせます

キャラの繊細な心理描写が、鼻に付かない程度に上手く表現されていて

一冊の小説を読んだかのような読了感を覚えました

 

テーマも非常に面白いです

一般的物語というのは人と人の関係によって生じるものが多いですが

この作品は「いじめっ子いじめられっ子障害者)」です

このような加害者被害者という関係性の作品は無いこともないですが、ここまで真正から

アプローチして面白くできていることに驚きました

まるで新しい味のラーメンを食べたときのような、「なんだこれ、旨いな」感がありました

 

原作シナリオ大分改良を重ねられているらしく、映画もできすぎているくらいによくできています

特に登場人物の心の変遷が面白いです

 

おすすめできる視聴者層ネタバレ無し)

この話は、もし小説だったなら学校図書室に置いてありそうな話です

なので、老若男女問わずおすすめできると思います

 

もちろん、もっとハチャメチャな展開を希望する人にはおすすめできませんし

小学生には難しいかもしれません

 

導入部分のあらすじ(ネタバレ

物語主人公石田将也が自殺を図る意味深なシーンからまり

そもそもなぜそうなったか小学校時代に遡ります

 

石田は小6の頃、元々粗暴なガキ大将タイプ少年でした。

どのクラスにも一人はいるような悪ガキですが、割りとクラスに溶け込んでいました。

 

そのクラス聴覚障害者西宮硝子が転校してきます

障害を持った児童普通学級に入ることはままありますが、様々な要因により、このクラスではうまく行きませんでした。

やる気のない教師。陰口を叩く女子。やがてそれはエスカレートしていき、明確にいじめに発展していきます

 

石田も、何を考えているかからないような彼女に対して「気持ち悪い」と思うようになり

途中からはいじめ筆頭として直接手を下すような存在となっていきました。

 

しかし、補聴器を何個も紛失させるなど度が過ぎたため、ほどなくしていじめがバレます

そしてクラスメイトはその罪を全て石田に負わせました。

それどころか、今度は仲の良かったクラスメイト石田いじめターゲットとするようになります

 

母親にもバレ、大金を弁償するという苦い思いをする石田

その石田に、いじめられていた西宮けが優しくしようとします。

しかしその行為理解できず、石田さら西宮に辛くあたるのでした。

 

そのまま何も解決せず、西宮は転校してしまます

 

石田は小6から高3まで「いじめっ子から近づかない方がいい」という理由いじめられます

それによってか、西宮硝子に対して行った罪の重さを自覚し、結果すっかり自己否定人間不信のような鬱屈した人間と変貌します。

人の顔すらまともに見れなくなった石田は耐えられなくなり、母親が払った弁償金をバイトで稼ぎ、そのまま死ぬつもりでいました。

 

そんな中、石田は通っていた手話教室で5年ぶりに西宮硝子と再開します。

果たして2人はどうなってしまうのか!

 

※ここまでが導入部分で、こっからスタートだと思います

おさえておきたいポイント

要点

 

疑問

これらが分かったとき、私は「いい作品だ」と思いました

その後の展開は?

 

石田西宮クラスメイトを中心に展開しま

 

個人的面白いと思った点

 

石田とともに罪悪感を覚える

最初石田○ねとしか思いませんが、いつの間にか感情移入していきます

すると西宮とどうなろうが、必ず罪悪感がつきまとい、優しい行動にすら違和感を覚えていきます

「俺なんかが話していいのか」「嫌がっていないか」「喜んでもらうにはどうすればいいのか」

そんな感情ラブストーリーで感じるものに少し似ていますが、罪の意識が強い分、別の何かです

喩えるならヤマアラシジレンマでしょうか(エヴァネタ

このモヤモヤ感は是非味わってほしいです

 

登場人物の変遷が面白い

西宮という存在によって、登場人物が思い悩みます

そして西宮自身も思い悩みます

 

そのどうしようもない中で、状況だけが変わっていきます

その登場人物の心情や状況がどんどん変遷していく過程面白いです

  

小学校時代西宮登場前と後、高校時代西宮登場前と後と、フェーズが多く

その上家族まで関わってくるため、なかなかに層の厚い話に仕上がっています

 

登場人物の配置

周りの登場人物が、いじめ筆頭から部外者まで連綿と配置されているところも面白いです

現実でも問題の中心に近い人だけが存在するわけではありません

西宮と他の者、石田と他の者の距離感一定ではないのですが、そのことで良いテイストが出ていると思います

  

加害者被害者

加害者被害者というテーマは実際のところ非常に難しいです

バランスを欠くとどちらかにご都合的になったり、ダレたり、気持ち悪さが残ります

でもこの作品はそういう灰汁が出てないんですよね

 

永束くん

永束くん

 

おわりに

聲の形はいいぞ

 

俺は文章を書いていてようやく落ち着け人間なんだと最近知った。

問題は特段文章うまいというわけではないことだ。

文才があれば随筆なり小説なりで己を維持できたかもしれない。

しかし俺の文章支離滅裂だし、

視点はありきたりだし、考察はぬるいし、結論も無いし、

実に読むに耐えない。

するとそれはそれで違うフラストレーションがたまっていく。


ようするに酒が切れたから誰か買ってこいよと言いたいのだけどね。

フリーになって気づいたこ

世の中こんなにバカを騙そうとする人間が多いとは思わなかった。

契約に無いことを平気で要求してきて、そんな仕事約束してませんよとメールしたら

「そうですよねー」ってと平然としてやがる。

少しでも気を抜くとその隙をついてこようと必死元請けが小さい会社だとその傾向が飛躍的に高くなる。

レベルの低い企業しか入れない奴はもうバカを騙すしか生き残る術がないようだ。

[]映画君の名は。

パンツが見えたので★5つです(前置き)

前半1/3はい意味新海誠っぽさがなくて面白かった

コマガイジンのYEAH!!!!って方の感じで見てた

でも中盤から最後にかけては2コマガイジンのシーンって方の感じになった

最後は秒速5cmの焼き直し、もといバタフライエフェクトシュタゲでさんざんみた演出の焼き直しだし

RADの歌は邪魔なだけだし

唯一氷菓できる部分は10年かけて秒速5cmの鬱屈を晴らしてくれたことに尽きると感じた

ありきたりでもバタフライエフェクトでもシュタゲでもなんでもいいか最後はそれっぽく見る人間に納得させるような終わり方

それをやってくれたからすっきりした

秒速はあまりにも救われなさすぎたか

フィクションでくらい都合よくていいよね

でもRADはいらんかった

そいやバンプテイルズやったりしてたっけ

スピッツハチクロに使われてたっけ

中盤の停滞と最後らへんで悪い意味新海誠っぽさが出てしまってて首を傾げる出来になっちゃってた

Z会PVの続き見てるようにも感じた

結局このパターンか、みたいな

今はまだいいけど、これしか引き出しないってみんながわかったらソッコー見捨てられそう

しろ最初からそれをやりつづけてここまでこれてるから今後も問題なくやれてくのかな新海誠

あーあほんと最初1/3はよかったのになあ

ソーシャルフォビアについて考える。

話題になりがちなのはGBTフォビアで、LGBTは政治活動をしてLGBTフォビアの撤廃を求めている。しかし次のとおり、なぜLGBTフォビアだけが取り上げられるのかについては疑問がある。


第1に、数こそ不明だが、特定属性に対するフォビアには様々なものがある。アンドロフォビアやジャイノフォビアもあれば、ストレートフォビアや低学歴フォビア、低身長フォビアや、日本人フォビア、血液型によるフォビアなどというものないとはいえない。逆に言えば、フォビアの対象になりうる要素は、多かれ少なかれ、誰でも持っている。


第2に、女性恐怖症を含むフォビアとは、治療可能な恐怖症なのか、本人の資質として放置するべきものなのかが明らかでない。治療方法存在していても、医師らが患者に対するフォビアを持っているために解決しにくいということも考えられる。


第3に、つまり、LGBT派自体異性愛者フォビアではないかという疑問がある。LGBTの人がトランスフォビアやホモフォビアである場合もあるという。


第4に、LGB差別撤廃活動が偽旗である場合も考えられる。政治家などがLGBT派を利用し、LGBTフォビア撤廃を主張するのは、実質的には、多数派異性愛者に罪悪感を与えるとともに「差別撤廃に取り組む意識の高い人間」として自己正当化を図る目的に過ぎないかもしれない。そうした政治家は、もしフォビアの治療方法があっても、表に出そうとはしないだろう。


なお子供に対する性差別は深刻だ。現代では性別を知って中絶することができる。例えば一般的に女の胎児のほうが中絶されやすかったり、児童ポルノ被害に遭いやすいとすれば、それこそ深刻なジャイノフォビアだ。結局女は、LGBTや低学歴でなくとも差別を受けやすいということだ。

2016-09-24

役人とは、他人人生管理する仕事である

とある件により、「クレーマー問題が再浮上している。今から書くのは、一種の「クレーマー擁護である。ただし、電車問題関係ない。

自分は、今、貧困問題に関わる活動に参加している(ちなみに、いわゆる「デモ」は参加していない)。当然生活保護受給者ホームレス人達と毎週のように接している。汚い身なりだし、クセも強いけど、普通はかなりいい人で、よく笑いながら一緒に過ごしている。もし同じ中学クラスとかだったら、仲良く過ごせたかなーと思える人達ばかりだ。

ところが、そういう人達が、役所に行くと、途端にクレーマーに変貌したりする。実際に知っている人でも、ホームレス役所から住宅を割り当てられたというのに、物件が気に入らず散々ケチをつけて、意地はって路上に入るくらいだった。なんでそんな風になっちゃうのか。

99.9%の人にとって、役所というのは、単に手続きをとる場所に過ぎない。パスポートをとったり、結婚したり、身内が亡くなった時に出向いて、いいところ一時間くらいの付き合いで終わる場所だ。けれど、これが貧困障害家庭内問題(親、子の暴力など)に遭遇した途端、最後の拠り所になる。そして、その拠り所に何かを否定される(申請した手続き拒否される)というのは、政治的死刑宣告に等しい。

というのも、現代役所というのは、人が生まれた時から死ぬまでを徹底して管理する存在からだ。そこから否定されるということは、世の中に存在してはいけないと言われるのと同じだ。

僕の知っている人でも、若いホームレスで、自分関係する団体出会って、ようやく次のステップに行けると思った時に、「役所に行く」と言い残して、その後失踪した。おそらく何か拒否されたのだろう。無事見つかったものの、以前から患っていた鬱を悪化させたみたいだ。

ニュースでも、「旦那暴力に耐えかねて飛び出したけど、その直後に孕んだ子供手続き旦那の娘になると知って、旦那との関係を持つことを恐れて、無戸籍のまま放置した」「生活保護申請を断られ、一家心中しようとしたけど自分だけ生き残った」なんて話を聞くが、そういう際の「役所に断られた絶望感」というのは、経験しないとわからない。自分も、著しい困難にぶつかり、「役所の手を離れると、世の中こんなに住みづらいのか」と実感した。自分に関しては、かなりイレギュラー手続きもとってもらい、役所の人にはとても感謝している。

クレーマーになるか自殺を試みるかは人よりけりだけど、役所との関係はそんなに変わらない。よくある「生活保護打ち切り宣言したら途端に暴れ出した」なんてのは、ある意味断られた方に同情してしまう。

最近は「行政サービス」なんて言い方をすることもあって、自分たちを「サービス業」と任じるような人もいるけど、本当はそうじゃない。彼らは「人間管理者なのだ。それがどうしたと思うかもしれないけど、少なくともそういう論点を持たない限り、行政クレーマー問題は終わらない。それがいやなら、公務員にならない方がいい。

うまく描ききれてないけど、僕の言いたいこと、わかってくれる?

双極性障害二型だった。

現在24歳。短大中退してずっとフリーターで今半年無職やってる。




精神科に通いはじめたのは20歳

治療に本腰入れはじめたのは1年半前。

主な症状は不眠、気分の波、自傷、拒食などなど。

私の意思先生には「病名があったとしても私には伏せて治療を進めてください」と言ってやってきた。

やっぱり病名ついたら甘えちゃうんじゃないかみたいなのあったし。




今はデイケアに通いながら社会復帰めざしてるし、大好きなかれぴっぴと夢の同棲生活なんかしたり

それなりに幸せな日々で、就活とか視野に入れて生きてて「やっと人間らしく生きれるかな〜」

なんてぼんやり思ったりしてましたよ!




でもなんか最近おかしくてな〜、毎日泣いちゃうとおもったらケラケラわらったり。

すごい楽しくなって毎晩外食したり、ちょっとお高い服買ったり。

全然どうでもいい冗談で泣いたり、ピアスたくさんあけちゃったり

夜中にハイテンションになったりでな〜。




今までもそういうことあったけどさ、独りだったか別に良かったの。

でも今は付き合ってる人がいてしか同棲中って。

同棲中のかれぴっぴ可哀想だし自分でもわけわからいか

前述した先生との約束を破棄して聞いてみたら、タイトルってワケ。




短大心理学専攻してたんだよ私は。要するに躁鬱ってことでしょ?

って調べたら「一生付き合っていくしかない」とか「自殺率が高い」とか。


短大心理学なんてたかがしれてるな〜なんて思いながら

今までも自分の中にあったんだけど「私は人間じゃない」っていう感覚がどんどん膨れ上がってくんだよな。

みんな私と同じ構造をしているのに、みんなができることが私にはできない。なんでだろう、なんでだろう。

やっと生きてて良かったってこれから頑張ろうって思えるようになってきたのに。


毎日毎日毎日毎日薬飲んで眠って、呼んでもないのに毎日が来るし。

それでも寝てご飯食べてれば良くなるって信じてたのに。あほらし。


なんでみんな生きるために眠るのに、私はそれができなくて薬飲んでまでして生きてんだろ。

あほくさ、あほくさ、あほくさ。そこまでして生きる価値もなんもないんだけどさ、それでも生きる価値を探して惨めだねえって自分ねぎらってるの。


27クラブの仲間入りまであと3年だから頑張っちゃう???

なんてなー!!!!!




今日眠剤つまみにして晩酌だよ!おやすみ

http://anond.hatelabo.jp/20160923215453

然るべきときに然るべきことだけ喋ればいい。

ダメコイツ脳味噌腐ってて話にならない。

まり被差別時の議論においてはしゃべっていいってことねOKOK

いつでもどこでも「キズを晒すことを許せ」と言うようになるのは、人間差別者被差別者しか二分できないという思想から出ている

はいバカ特定のキズを晒したからといって別のキズは論点になってないから。

被差別者を見て不快になるクズバカが黙れと言いたいがためにこじつけすぎ。

差別を受けていると称している人間の中にも口が悪い奴がいたら、差別別にして口の悪さをを指摘する必要があるだろ?その他にも色々あるはずだ

うんだからこういうこと言うバカって当事者意識もないくせに差別が悪いなんてみんなわかってるというエクスキューズさえすれば自分不快になる言い方をたしなめる権利がある~でも明日には忘れるけど~というだけのクズだと散々言ってきたけど一ミリも人の話を聞いていないわけだよね

そんなバカ自分の話を受け入れてほしいとか言ってもあー馬鹿すぎてそりゃあ誰も話し聞かなくなるわなぁという感想しか湧かないわ


差別以外に本人の人格が原因で所々の問題が生じていると疑わしい場合、それを指摘するのは悪手か?

本人の自己申告だけでは差別がそもそも生じているかどうか疑わしい場合、それを検証するのは悪手か?

こういった場合でもとにかく「被差別者だ」と言う人間意見を丸呑みしろと?

うんだから百万回言ってるよね事実性がどうかという検討がやりたいなら一人でやってろよ

キズを負わせるリスク無視して爆弾投げ込んでからあれは間違いでしたすいませんでも差別ダメってエクスキューズたからいいよね!というスタンスゴミクズが人様と話そうとするなひとりきりで部屋の片隅で日光だけ浴びて24時間過ごしてろ

おまえの開示には付き合わないがオレの自称有益情報議論には付き合え、あぁおまえの被差別性には興味ないし明日には忘れるけどなというスタンス他人から受け入れてもらえるとか想像力がなさすぎ

当事者を置き去りにして当事者感覚のない議論したつもりの自己満オナニーに黙って付き合え!!ってことなんだよなぁ

そりゃあそういう議論ではマジョリティ様が勝つよね、ネット上の議論でもだいたいが自分にとって心地良い意見が出た時点でそれを結論とするクズばかりなのだから

それ故にポリティカル・コレクトネスが求められているのに部外者でありながら不快を感じたくないマジョリティ様がワーワー騒ぎすぎ

長谷川豊が、今、書くべき謝罪文

正直、言葉狩りがどうとかは低レベルすぎて泣けてくる

  • 殺せと言う文言を入れた事は謝るべき
  • その上で主張の骨子は間違ってない事を改めて主張する
  • そしてアホは煽る

これが入ってれば、致命的な問題回避しつつ炎上も持続できるし、これでいい


例えば、

直接的に生死に関わる言葉を使った事は、仮に違法でなかったとしても不適切発言だった事は確かです。

この点については、世間をお騒がせした事と、また必死努力にも関わらず発病した透析患者の皆様に不安を与えた事は謝罪したいと思います

大変申し訳ございませんでした。



しかしながら、私が謝罪たからと言って、透析患者にかかる経費が削減される訳ではなく、

また自堕落人間自業自得透析患者になる事実に一切の変化はありません。

ただでさえ8万人もの患者の全員に年間に500万以上の治療費が生涯にわたってかかり続ける事は、日本の皆保険制度を脅かす要因の一つです。

その上、透析協会などと保険制度に巣食って利益を生まずコストを食い潰す団体までいる始末です。

この様な皆保険制度制度上、必要とされる莫大なコストを、どの様にすべきかという事は、我々日本人共通問題でしょう。

保険制度は素晴らしい制度であり、今後も維持し、子どもたちの世代へと引き継ぎたいと、多くの日本人同様に私も望んでいます

社会保障コスト問題という重要課題に対する議論を、私の不用意な発言で歪めた事をふがいなく思うとともに

多くの日本人にたいして申し訳なく思っています



今後も皆保険制度を維持するためには、コストの削減をしなくてはなりません。

少子化による税収の減少、老人の増加による医療費の増加は制度を維持するための楽観的予測を全て砕くほどです。

8万人が年間500万を必要とする事実をどうすべきかという議論は、皆保険制度崩壊していく過程で、必ず生まれるでしょう。

では、どうすべきかといえば、遺伝など十分に医学的にも統計的にもやむをえないと見なせる患者以外

自業自得」で発病したものは、他の病気同様に3割負担にする所から始めるべきでしょう。

なすべくなく保険制度崩壊させてしまえば、完全に補助が打ち切られ、透析患者殆どが死んでしまう事になるのです。

この様な重要議論を、私の失言を攻める事で歪める事も、どこまでを補助の対象とするかの議論を避ける事も

透析患者を殺す事と同義であると言ってもいいでしょう。皆さんは、殺人を犯したいのでしょうか?

しか一部の人間は、憲法25条を唱えれば、無限に金が湧いてくるとでも思ってるかのように愚かです。

彼らには、誰一人救うことが出来ない。

彼らの様に愚かでなく、責任ある大人として子供たちに引き継ぐ社会の姿を憂う皆さんに、

私は今後も問いかけていきたいと考えています



「殺せ」という感情の極まった一言で、世間をお騒がせする事になりましたが、

我々が誇りにし、頼りにしてきた皆保険制度を持続させるためには、今まさにコスト圧縮考慮すべき段階に来ていることを

皆さんにご理解いただければ幸いです。



最後ですが、遺伝などの要因で、必死努力もむなしく透析患者となった皆様に無用不安を与えました事を改めてお詫びします。

こんな感じやろ

自分趣味については寛容さを求め他人趣味には不寛容でありたい

そういう人間のほうがネットでは賛同を集めやす

俺は皆に好かれたいだけなんだ

ブログ収益でメシが食えるとか

ブログ収益でメシが食えるとか言ってる人のブログ見たけど

広告も無ければアフィも無い。

なんでだろうと思って気がついたら、ブラウザ広告ブロッカー入れてた。

オレみたいな人間いるから、ブログ収益化をはかりたいブロガー

広告ブロッカーブロッカーを導入したほうがいいね

記事のタダ読みするやつ多いもん。

クリスチャンの私が)これから読みたい本リスト

1.自然科学

クリスチャンになると自然自然科学に興味が湧く(ダジャレ事故)。

光文社からたまたま出てたダーウィン種の起源』が分かりやす面白かったため、自然科学古典を読んでいきたい。

あと社会科学系の本ばっかり読み過ぎて飽きてきたのもある。

ガリレオ望遠鏡で見た星空の大発見

星界の報告』の新訳。望遠鏡で観た星空の様を感動と共に書いた本、らしい。あと地動説が論じられてるとか。

和田純夫プリンピアを読む』

ニュートンの『プリンピア』を中学高校レベル数学で平易に解説した本、らしい。別にこの本じゃなくてもいいんだけど、要するに『プリンピア』に何が書いてあんのかをざっくり知りたい。

チャンドラセカール『「プリンピア講義』なる本も定評があるらしいが、難解らしいので警戒している。

2.小説

池澤夏樹編『宮沢賢治/中島敦』(日本文学全集16)

図書館解説だけ読んだら、あの難解な宮沢賢治の内容がものすごく分かりやす解説されていて驚いた。本作はその解説(読み方)に従って作品配列した全集

といってもどう見てもキリスト教に引っ張られた解釈(「完全な自然と不完全な人間の対比」)で、どこまで鵜呑みにしていいのか分からんけど。

ちなみに有名な『雨ニモマケズ』は、昔からキリスト教っぽい詩だなぁと思っていたのだが、モデルの男と目されている人物斎藤宗次郎)がクリスチャンらしい。ホントかどうかは知らんが興味深い。

ヘッセ『クヌルプ』※追記

ブコメで勧められたのを検索してたら発見人生をやり直したいという主人公に神が答えるシーンがものすごく良い。

ドストエフスキー貧しき人びと

ドストエフスキーデビュー作。といっても彼が社会主義者で、ゴリゴリクリスチャンになる前の作品。なぜか光文社から新訳が出た。

どうも金と愛の話らしい。

3.社会科学

シュンペーター資本主義社会主義民主主義ⅠⅡ』

クリスチャンになる前はマルキストだったので、この本には昔から興味があった。

古い訳で分厚くでかいしかなかったので敬遠していたのだが、このたび何故か新訳された。マルクスブーム万歳である

ついでにヒルファディングの『金融資本論』も新訳してください。



とりあえずこんなところ。

電通不正請求広告業界全体の問題

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/092300445/

ついに起こってしまたかという感じ。

この件については電通に同情する余地はなく、徹底的に膿を洗い出して欲しいと思う。

ただし「広告代理店不正を働くものからもっとノルマ監視を厳しくしてコストを下げてやれ」という方向に流れがいくことが個人的には一番怖い。この件は電通組織的問題だけではなく、広告業界全体の問題、ひいては企業広報担当者メディア関係者含む、広告に携わる全ての組織人間関係する問題だと思うから

知らない人多いと思うけど、電通日本デジタル広告を扱う代理店の中では最も先進的な取り組みをやっていて規模も大きく、ここ最近M&A含めかなり強引にデジタル化を進めて、テレビ一辺倒の収益体制からの脱却を図ろうとしていた。

誓っていうけどおれは別に電通の回し者でもなんでもないし、つい先日まで広告代理店デジタル広告をやっていた。もう辞めたけど。後で書くけどデジタル広告業界漆黒なほどブラック業界だ。これを業界全体が改善するきっかけになったらいいと思ってるけど、さらに悪い方向に進む可能性もあると危機感を持っている。こうやってる今も死にそうな顔で仕事をしてるかつての同僚がいるに違いないし。


まず今回の問題を乱暴に一言で言ってしまうと「日本広告業界デジタル広告の未成熟さ」に尽きると思う。

何が未成熟かというと色々あるが、中本副社長も言っている通り「組織管理体制」「恒常的な人不足」がまず大きい。元も子もない話だけど、「発注する側も受注する側も、デジタル広告についてあまり分かってない」ので。

広告代理店は「代理店」なので、発注者が面倒臭い、できればやりたくないことを代理でやることでお金を頂戴している。広告戦略策定・具体プラン提案運用レポート反省点と次に生かすべきポイントを報告、などなど。会社にもよるし人にもよるからこれが全部じゃないけど、基本的企業広報担当代理店から提案を受けて、確認をし、問題があれば改善指示を出し、よければ社内決裁を通すだけの場合が多い。この社内決裁がまた面倒だし、最近は定時もうるさいので発注者側はデジタル広告について勉強しない。そもそもあまり興味がある人もいないかもしれない。それでもデジタル広告国産/海外産含め新しいテクノロジー広告メニュー毎日のように発表されるし、それを活用した新たな事例や手法がどんどん登場する。代理店担当者はこれらを常にチェックして、発注者のためになるプランメニューを作り、適切に受けた発注運用を行なっていかなくていけない。

ただしこれができる代理店人間は、もう本当にほんとーーに少ない。代理店人間の大部分は、細かい数字ばっか追っていくような仕事をそもそもやりたがらない。でもニーズはめちゃくちゃある。だから発注を受けたら子会社グループ会社人間に丸投げすることになる。

そして子会社グループ会社人間は、残念ながら優秀な人間は少なく、大きな戦略を作ったりすることはおろか、与えられた目の前のタスクボロボロこぼしていく有様だったりする。そりゃそうだ、給料低いんだもん。経験の少ない若者か、経験はあっても能力の低い人しか雇えない。

代理店はその中でも比較的マシな人間代理店に出向させて名刺をもたせて権限を与えてデジタル広告担当として業務押し付ける。そこで成長してバリバリこなす人もいるけど、たいていは津波のように押し寄せる業務呆然となってしまう。日付の確認ミス金額の記入間違い・指示を勘違いして間違った発注をする、間違ったバナーを掲出する等々、細かいミスケアレスが多発していく。呆然となりながら業務をしているとミスをしたことすら気づかず、次々とやってくる業務をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。受注を取ってくる営業がそんな細かい運用の話をわかるはずもなく、売り上げのことだけを考えて、ミスが含まれレポート請求書を、分からないまま得意先に報告することになってしまう。

デジタル広告運用結果は数字に表れるから、得意先は代理店から報告された数字を見ながら、提案されたプランの中で、予算に合っているメニューを選んでいくんだけど、その数字には「どれだけの人間が稼働して作ったものか」が一切現れない。デジタル広告担当毎日朝帰り休日出勤当たり前が恒常化している。体を壊して休職する者も多い。

広告代理店発注者の「これやりたい!」を何とかして叶えてやることで食っている商売から、それは組織としてやりたいを叶える体制を作らないといけないんだけど、管理職オヤジどもはデジタル広告現場で何が行われているかからず、かつて自分達がテレビコマーシャルの受注を取ってきたようにイケイドンドンで売り上げを伸ばそうとして無茶なノルマ現場に課すことになる。

現在広報部長宣伝部長を務める人も同様で、何となくデジタル重要だということは知ってるけど、具体的にどういうことなのか全く分かっておらず、面倒臭いことは嫌だからかい数字の話は避けて、「とにかく最先端でかっこいいことをやって目立って話題にしてほしい」と言う。そもそも得意先の言う「やりたい!」がどう考えても達成出来ない無茶苦茶要求である場合も多いのだ。

これは広告業界蔓延する悪癖のようなもので、特に電通は「いまの広告最先端はこれですよ!?え、あなた会社はまだですか?遅れてる!」といって発注主も代理店も煽って焚きつけて商売にしようとしてる。電通報とかその権化のようなサイトだ。

http://dentsu-ho.com/

そもそもデジタル広告をまともにできる人間全然育ってないのに、業界全体で「デジタルデジタルだ」と掛け声だけは威勢が良く、組織的サポートほとんどなく小会社グループ会社下請けに丸ぶりし、一部の責任感の強い担当者が過労で疲弊する中でミスが起こり、ミスに気づかず間違いのまま発注主に報告や請求が行く。

今回の電通のケースもそんなものだろうと思う。


広告デジタル化は避けては通れず、今後も需要は高まっていくのは間違いなく、今は完全に個人が人力で回しているのをいかにして組織的に回していけるようにするかが課題だ。

一番の問題発注者側も、代理店側も、「デジタルはやらないといけないのは分かってるけど、面倒臭いことはやりたくない」というマインドであることだ。

電通不正を追及するのは最もだけど、本質はそこではなく、業界に携わる人間全員が腹をくくってデジタル広告を正面から取り組むこと、そしてそのための組織的サポート体制を作ることだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160923124336

なぜ3次元女性はあまりさせてくれないんだろうね。

まりいからみんなブコメしょうがないにゃあ」が出て来るわけですよ。

あれはネット上ではあるけど一応3次元モニタの向こうにいるってことで奇跡的な出来事なのです。

最近出没されているスーパーサセコサンならお分かりになるのかな。

させてあげると男はびっくりするくらいご機嫌になる。

逆は100%ではないけど女性がさせてあげる分には高い高い確率でひとりの人間幸せにすることができる。

から女性あなたの持っている資産有効活用してほしいなと願うわけです。

ジョン・レノンの「Woman」はそういうことを歌にしたものです。

安全自殺未遂する方法教えて

最近になって周囲の人間に「こいつは追い詰めると自殺しかねない」と思わせる必要が出てきた

でも死にたくはないし、後遺症が残ったりするのも困る

からといって「あいつ実は死ぬ気なんてまったくなかったんだろうな」と判断されてしまうようなやり方では

「追い詰めると自殺しかねない人」になりきれない

一体どうすればいい?

http://anond.hatelabo.jp/20160923135337

一定レベル超えた暴言吐いてる人って、言われてる側から人間に見えなくなるんだよね。

吠えてる動物相手反論しても仕方ないと言うのが普通の反応。

はてブだったら非表示ボタン押せば見えなくなるしね。

反論されないか大丈夫だと思ってるのは増田だけで、知らない間に他人から消されてる。

もっというと、非表示登録されてるとかのデータはてなに握られてるわけで、

たくさん非表示登録されてるユーザは悪質ユーザとしてリスト化したりもできるよね。

まあ、データを売るということはないとしても、たとえば、はてなが別の企業に買われたら?

そう考えるとあまり行儀悪い振る舞いしていいということはなさそう。

http://anond.hatelabo.jp/20160924091920

関係なくはない。それによってフィルターかけられる人の評価上下するのだから

また、元の主張はフィルターを掛けられる側の人間にだけ訴えてるわけじゃない。

http://anond.hatelabo.jp/20160924082202

「べき」なんて言っても現実にそのフィルター機能しているのだし、

フィルターにかけられる側の人間がそんなべき論語ったって意味ないじゃん。

このまま生きていける気がしない

幼い頃からずっと人の気持ちのわからない子どもだった。

小学生の頃は他人罵詈雑言ワガママをぶつけながらその自覚がなく、当たり前のように孤立していた。

中学時代にこの言動トラブルを起こしてからは一転して徹底的にいい人を演じるようになった。高校生とき自分からまれてもいないクラス仕事をどんどんやって、聖人扱いされた。だけど受験前に心の余裕がなくなっていった。偏差値が上がらなくて泣いているクラスメイトに余計な言葉をかけて神経を逆撫でしてしまったこともあった。化けの皮が剥がれて、卒業するときは周りの人からしかけられることも少なくなっていた。

大学に入るときにはリセットしようと思って焦りすぎた。空回って周りと打ち解けられず、気づけばみんな仲の良い友達を見つけていた。周りが談笑しているときには何が面白いのかわからない。サークル新歓でも私が喋ると空気が冷える。高校生ときよりずっと寂しいけど、もう取り返しがつかない。誰とも会話がかみ合わない。まともな人間関係が成り立たないのだ。

幸いなことに、長期休みごとに遊びに行くような友達は片手の数ほどだがいる。けれど、その人達にはもっと楽しく笑って遊べる別の友達がいて、私はお情けで一緒にいてもらっているだけな気がする。その友達が悩みを私に話すことがなく、息のあった会話もできないのは、私が自分のことで精一杯で人の悩みを聞いたり、その人の1番いってほしいことを言えるような人間ではないからだ。自覚はある。でも、どうすれば他人気持ちよくなれるのか、私にはどうしてもわからない。頭でわかっていても実行はできない。

そして、私も遠慮と不信感が重なって本当の悩みは言えないし自分は出せない。心を開いていないことを悟らせないように、口からから次へと薄っぺらくてつまらなくてひどい言葉が湧いてきて、止めることも誤魔化すことも下手だ。そのうちに話すことに疲れて、相手にも興味が持てなくなる。そのことを相手もわかっているから、お互いに心の扉は閉じたままだ。

もう20歳になるが、心から笑って話せるのは家族だけだ。精神的に疲れたときに甘える相手母親しかいない。それ以外の人だと、相手許容範囲がわからずに疲れさせてしまうから

周りの同級生は、やすやすと人と打ち解け、スケジュール帳をびっしり埋めて、楽しく生きているように見える。彼らにも彼らなりの悩みはあるはずだ。でも、私はそこにすら到達できない。いたずらにだした話題面白いと思っているのかつまらないと思っているのかわからない。相手話題に素直なリアクションがとれない。何もかも壊れたあとで気づく。

こんな私でも中学ときよりはマシだと思う。結果が残せたとは言いづらいけど、それでもあのとき変われたのだから、とも思う。けれど、20年も続いてきた自分本位な考え方を変えたり、あるいは誰かに依存せずに済むように自分の足で立つことが、果たして社会に出るまでにできるのだろうか。

要領は悪かったけど勉強だけはできたから、そのことで自尊心を保っていたけど、大学に入った今、私より頭のいい人が星の数ほどいることぐらいはわかっている。それなのに自分知識無意識のうちにひけらかしてしまうこともある。技術も社交性もない私に一体なんの価値があるのだろう。頭でっかちで半端な知識を撒き散らす壊れたスピーカーだ。

幸か不幸かギリギリのところでレールからは降りずに生きているけど、そろそろ限界が見えてくる。いつまでも親に甘えて頼り切ってしまったら、いつか親が私を支えられなくなったとき共倒れだ。そのときに親を支えられるような人間になれるだろうか。そして辛いときに支えになる人を、大人世界で私は見つけられるだろうか。そしてその人が倒れそうなときにも支えられるようになれるだろうか。その人を笑わせたい、悲しませたくないと素直に思えて、そのために心を尽くせる人はできるだろうか。

今すぐにでも動かなきゃいけないはずなのに、エラーしてでもトライしなければならないのに、さもなければもっと知識技術をつけて強くならなければならないのに、そのどれも私はできずにいる。永遠に家で何もせず暮らせていけるものだと心のどこかで信じている。そんなことはないのに。

一体私という存在にどんな意味があるのだろう。ネットの海で痛みをごまかそうとしたけど、無数の「ふつうのひと」の言葉ますます無力感自己否定を招くだけだった。こうしている間にも夜が明けて、私はまた1日を無駄にする。足踏みを繰り返す。頭だけが空回ってオーバーヒートする。なんの解決にもならないパニックを起こす。

頭で考えたことを実行するのがいつからこんなに下手になったのだろうか。

このまま消えてしまいたいけど、それも勇気がなくてできない。こんなの20歳の悩みじゃない。真面目なせいで単位は揃っているから、順調に大人世界が近づいてくる。

何者にもなれず棘を生やしたまま腐っていきたくない。嫌なことがあって夜に叫びたくなったので文章にした。

ここまで書いてもなお、見える答えを直視できない自分がいる。

映画聲の形」への的外れ批評とその醜さについて

聲の形」という作品は、読み切りから映画まで、一貫して「障害」や「いじめ」はテーマではない。

この作品テーマは「コミュニケーションと成長」だ。

それを読み解くこともせず、眼前に広がる一見ショッキングな"状態"に"反射"して思考停止し、瞬間感じた嫌悪感武器批判しているだけの批評散見されていて、反吐が出る。

罪と罰、救いを一元的に見る人間のなんと多いことだろう。

決して自らの罪を許さない将也と、どこまでも内罰的な硝子の二人が、すれ違い続ける悲哀に満ちた少年少女物語にむかって、

加害者目線ファンタジー」だの「障害者を使った感動ポルノ」だの、

あげく、以下のありさま。

https://twitter.com/sssugita/status/778894069380427776

将也は言わずもがな。そして硝子は許すも何も、自分害悪加害者だと思っている。なんでそれがわからないんだろう。

勧善懲悪な、白か黒かのふたつしかない世界を行きているのであれば、それはなんて貧しいことだろうと思う。

人の心はいだってグレーなのに。