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2017-02-27

メンヘラ出身ヲタクTwitter

Twitterが無くなるかも〜って話題は定期的に上がるよね。

私はTwitterが無くなったら、いや、もし、Twitterというツールがなかったら

もうすでに死んでたのでは?と思うこともしばしば。

はい、お気づきしょうが、メンがヘラヘラしてます

いえいえ、最近全然大丈夫なのですよ!

時々現実を見て考えすぎて闇に飲まれ思考になりますが!

腕を切り刻むことをもうほとんどしてないですし、付けた傷も今では白くケロイドになっています

人の目が気になるので、腕まくりも半袖も着ませんがね。

そう、Twitterの話です。

もう数年も前ですが、学生の頃、私のメンタルヘラヘラが最高潮だった時の話をします。

私は頭が悪く、赤点祭りが開催され、留年危機だぞ!と言われてましてね、

勉強しても身にならない!やり方が悪いし、もともと記憶力もない!

そして最大の敵、サボり癖!

そんなこんなで、クソみたいな成績を叩き出してた私ですが、

当然親に怒られるのです。

メンタルヘラヘラの原因は完全に親だけです。

コミュ障ですが、人当たりは悪くないと自負しているので、

いじめなどそれに似た類はないのです。

それなのに、メンタルヘラヘラが加速するのは親の小言とお説教

勉強しろから始まって、留年したら私が恥ずかしすぎて外を歩けない!とか、

からほっぽり出すぞ!とか、この家はお前に貸してやってるだけだ!とか、、

まぁ、私を心配しているのではなく、自分の保身が溢れる言葉を幾つもかけられましてね。

思い出すだけでムカムカしてきますね。

そんなこんなで、テスト中。全く解答がわからない。

もう、焦ったのか、自己嫌悪なのか、泣きそうになったのですが、

通学中、ツイ廃気味に何気なく呟き、当時仲の良かった子からテスト頑張れ!応援してる!」みたいな

リプが来たので、そうだ、そうそう、頑張れって言われたから頑張ろう。って思えたのです。

泣きませんでした。よかったよかった。

現実の人にいくら親切に、優しい言葉をかけられても、私の性格がひねくれているのか、

素直に受け取れず、その言葉の裏に隠された言葉は?と、考えてしまます

何か悩んでるなら相談乗るよ?と言われても、晒した弱みに付け込むのでは?

誰かに吹聴するのでは?と思ってしまい、一線を引いてしまます

現実の人に、弱みを見せてはいけない。と思っているからでしょう。

しかし、ネットで繋がっている、顔の見えない誰か。

ボタン一つで全ての関係を断てる、誰か。

その誰かに、私はとても安心します。

そして、現実の誰よりも、信頼をします。

住所を教えたり、とかの信用ではなく、その人の言葉を、大切にします。

現実の誰よりも、ネットの誰かを、大切にしている節があるのです。

私は、Twitterがなかったら、死んでいたでしょう。

一人で抱えて抱えて、ストレス発散で切り刻まれた腕を持って、

通学中候補に挙げたビルマンションから華麗にダイブをしていたはずです。

愚痴現実で言えない。悩みを現実で言えない。そんな私は、Twitterに救われたともいえるでしょう。

結局、私は、学校卒業できたし、現在は好きな事をやることをあと1年甘やかされて、フリーターで、

今まで生きてきて一番幸せな時期ですが、

それでも、死ぬことを考えてきた時間が長すぎて、いつでも死んでもいいと思っている。

あと1年以内に、今度こそ死ぬかな?って地点に近付いて来てますが、まだ大丈夫。今考えることじゃない。

その地点に行って、身の周りの環境はどうかと、Twitterで聞いた話を吟味して、選ぼうか。

頭の可哀想な話で、失礼いたしました。

これは、私が私のために吐き出したかった話。

Twitterだと、なんだか恥ずかしくて言えなくってさ。ははは。

2017-02-23

恋愛とは一緒に飯を食って他愛もないコトを話すことだった。

ずーーーっと童貞期間が長くて、

30過ぎて、やばいなーって思って、

お見合いアプリつかったり、

友達の紹介とかに顔出すようにし始めた。



で、5年ちょっとで数人の方とお付き合いさせていただいた。



最初全然会ってもらえなかったり、

1回のデートでさくっと振られちゃったり、

1年くらい付き合ってたけど結婚はないなーとなって

ダメなっちゃったりと色々あったんだけど、

今日はそこは本題じゃないので割愛



で、数人と恋人関係になって気付いたことがある。


それは、恋愛とは「飯を食いながら話す」

スタートでゴールだということ。



自分童貞だった頃はこの感覚が全く分からなかった。




恋愛って、映画館行ってとか、遊園地行ってとか、

旅行行ってとか、夜景の綺麗なシティホテルセックスしてとか、

そういう「デート」っぽいコトをするのが

お付き合いしてるってことだと思ってたのよ。



でも、そうじゃない。



もちろん、そういうデートもたまにはする。

でもお互い社会人だし、週末それぞれに予定もあるし、

ちょっとでも会うか=夕飯に行くかーになる。



こないだ、エスニック食べたか今日蕎麦屋にしようとか、

たまには、彼女の家で鍋でもしようとか、

そういう感じで「飯食って他愛もないコトを話す」

が9割9分なんだよね。



気になる子と二人でご飯を食べに行くのが、恋愛スタートなら

彼女と二人でご飯を食べるのが、恋愛のゴールなんだよね。

ようはそれが楽しくないと恋愛は、無理ってこと。



もし、彼女欲しいと悶々してる男性

とくに俺みたいな30過ぎ童貞になってしまった人は、

二人でご飯を食べに行く力を鍛えた方がいいと思う。



美味しいとお互いが感じられる店を探したり、

食事中に気楽に楽しく話せる内容考えておいたり、

そういうの失敗しつつ段々上手くなったら、

ちゃんと彼女ができるようになったから。



分かってる人には当たり前すぎることなのかもだけど、

自分ではちょっと大きな気づきだったので、

増田に書いてみました。

2017-02-21

今の時代子供生むのって馬鹿金持ちかのどっちかだよね

ぼくたちのような優秀な人間は『気づき』始めてるってわけだ

2017-02-18

初めて生で女の子の裸を見た時の感想

裸ってあっけないんだなって。AVでは勿体ぶってもったいぶって裸になるのに、

現実は数枚ぺっぺ~~~と脱がしたらもう裸。

そして、肌の色味の生々しさ。人間だなってなる。

ここで気付かされる。自分AVで見ていた裸は、

照明によってドレスアップされた、いわばお土産屋のお菓子みたいなもんだったこと。

実際の裸は、艶かしく輝いてはいないし、リアルのもの

そりゃそうだよな~女の子にんげんだもの

自分の裸なんて普通に自分の裸だもんな。

女の子側の目線で見たら、自分の体なんて、

ただの自分の体なんだもんな。なんも特別なことはない。

僕はただただあたりまえのこの事実に気づいてしまったのだった。

■追記

相手素人です。

彼女ではありません。

付き合ってないし、僕は好きじゃないのに失礼な気がして最後まではしていません。

結果的に断る方が失礼だったと後から気づきました。

あそこがびっくりするくらい無臭でした。

肌は決して汚かったわけではありません。むしろキレイな方だと思います

2017-02-16

塩水洗浄を日本ネット流行らせたことに懺悔したい

ここまで大きな話になっていることを、正直、申し訳なく思います



1998年1999年頃(当時大学1~2年頃)に自分便秘解消のために実践し、実際に効果があったと感じたのが最初です。

私が一人で勝手にやってればよかったのですが、ネット検索しても同じことをしている記事日記などは当時まだ無く、無いならこれは誰かと共有したいと思い、ネット上のあちこちのCGI掲示板などに出向いては、塩水で腸内洗浄できるよということを投稿して、自己顕示欲を満たす日々を続けていました。



から水分が勢い良く出ることに妙な快感があり、正直、病みつきになった時期もあります。頻度として週に2回以上行っていた時期があります耳かきにハマるのと同じくらいの感覚です。一方で、塩水洗浄のし過ぎで痔ができやすくなり、疎遠になった時期もあります

塩水の飲み過ぎは体に悪いという自覚はありましたが、若さゆえ死ぬことはないだろうという根拠なき自信のもとで行っていました。



さて、当時なぜ塩水を大量に飲むと腸内洗浄になるのかのメカニズム自分でもよく分かっていませんでした。

一方で、ちゃんとした海水塩だと効果が大きく、いわゆる精製塩(食塩)ではほとんど効かないということも体感として持っていました。



次第に、塩水洗浄に必要な成分は、海水塩そのものではなく、海水塩に含まれる「にがり塩化マグネシウム)」によるものが大きかったのかな??と感じることが増えてきました。いつだったかおもいっきりテレビ」とかで「にがりダイエット」として放送されていたことが、気づきのキッカケになったと思います。「あるある大事典」だったかも。うろ覚え



一旦気づきはしたものの、わざわざドラッグストアで買うほど積極的に「にがり」を入手したいわけでもなく、結局はそれを試すこと無く、手元にある「伯方の塩」などの海水塩を使用して続けました。

その後mixiに招待されてアカウント作成してからも、塩水で腸内洗浄簡単にできることをかなり長いことアピールしていました。

こうした投稿に対しあまり批判もされなかったことから、そこまで体に悪いことはしていないのだろうという感覚もありました。



次第に「塩水洗浄やってみたー☆」といった日記が増えてきたことに、嬉しさがありました。さらに「塩水洗浄ダイエットとは?」といった記事も増えてきて、このときは、いよいよ一般化してきたのだなあ、と、寂しさを覚えました。



(所で「ソルトウォーターバッシング」という言葉は、ごく最近に知りました。内容は同じです。ただ、この英語って塩風呂のことじゃなかったでしたっけ?いつから意味が変わったんでしょうか。)



いずれにしてもキッチンにある調味料だけで実践できることが、塩水洗浄が流行やす理由の一つであろうと思います

私自身は塩水洗浄に対して、今もそこまで批判的な立場ではありませんが、医療関係者の皆さんたちが警鐘を鳴らす通り、体に悪いということは今になって理解できます

ただ、長いことやっていたのもあり、どうしても洗浄欲が出てくるため、最近は塩水を使うのではなく、マグネシウム系の下剤を使って同じ結果を得ています

現在腸内洗浄目的で塩水を使用している人、あるいは、ちょっとやってみたいかもと思っている人は、できれば海水塩を使うのではなく、せめて「にがり」を薄めて飲むか「マグネシア」など市販マグネシウム系の下剤をたくさんの水と一緒に飲むほうが安全ではあると自分なりに思っていますしかし私は医療関係者でも何でもありませんので、絶対おすすめしません。



以上、私個人体験を書きました。本当に申し訳ございませんでした。

2017-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20170215131727

別の部位を怪我して、その血がついたまま触ってしまったってことでは

手についた血も拭くことで同時に無くなるから気づきにくいと思う。

あかぎれときとか特に気づきにくい。

2017-02-13

鳥の神様

ある時、鳥の神様人間達にこう言いました。



「みなにひとつずつ、卵を与えよう。

この卵は何者でもないお前達に、世界中からたくさんの承認をもたらすだろう。

そしてお前達はこの世界スターとして、ネット上に輝き続けるだろう。」






「ただし。

卵はただでは孵らない。

お前達の通勤時間を、趣味時間を、仕事時間を、この卵に捧げるのです。」








神様は気まぐれでした。こんな試みをしたのも、ほんの出来心からでした。

しかし、人間達は神様の予想を遥かに超えて、この卵に身を費やし、承認を求め続けるようになりました。




人間たちが最も欲していたのは"ファボ”と”リツイート"でした。

人間たちは食事時間も、恋人との時間も、寝る間も惜しんで、時には人の卵を盗んでまで、"ファボ”と”リツイート"を稼いだのでした。




やがて人間たちのステータスは、外見や能力ではなく、”フォロワースウ"になりました。

フォロワースウ"の多いもの尊敬され、少ないものは虐げられるようになりました。






この時ようやく、人間たちは気づき始めました。




この卵は一生孵ることのない、悪魔の卵ではないかと。




しかしもう、戻ることは出来ません。

卵を持っていない者は、この世界存在しないも同然です。

卵を捨てたら、また、”何者でもない者”に戻ってしまうのです。

それが怖くて、人間は卵を捨てることができません。

この、孵らない卵を。

2017-02-11

気がついたこ

麺大盛り無料!って

うっひーって思って嬉しかったんだけど

もしや大盛りが定価な訳で

普通盛りが小盛りってことで

お店的には大盛りがデフォルトなんじゃ!

ということに気づきながら

ラーメンをすするのよ。

ずるずる

2017-02-09

ソシャゲってやっぱ面白くねえわ

ニュースーパーフックガールをさっきクリアしたのよ。

んでEDで「諦めなければどんな所にでもたどり着ける」って言葉があってさ。

それ聞いて何かこうパーっと自分ゲームに求めてた物がハッキリしたんだよね。

諦めないことがたどり着ける事の条件となる高い場所を俺は求めてたんだよ。

低い場所じゃたどり着いても達成感がないし、かといって諦めずに続けてもいつまでも辿り着けないような場所じゃ辛いだけじゃん。

才能や運の要素もあるけど基本的には積み重ねによって辿り着けるような程よい高さの場所って現実にはそんなにないんだよね。

その過程に楽しみと適度な苦難があってそこにたどり着いた事を誰かが褒めてくれるような所となるといよいよ少ない。

でもゲームはそれを提供してくれる。

から自分ゲームが好きなんだよ。



対してソシャゲな。

ありゃダメだ。

金さえあればたどり着けちまう場所になんてゲームの中で行ってもしょうがねえ。

それなら高いクルマでも買うわ。

自分ゲームの中で行きたい場所ってのはその中でしか通用しないような努力を積み重ねて適度な苦難を乗り越えた場所なんだよ。

病気になった時に使おうと思った金に手を付けて後はポチポチするだけで辿り着くような場所なんて行っても面白くねえんだ。

まあこれはあくま自分の考え方だけどな。

現実よりもスケールの小さい場所札束ビンタのかましあいをしたいって人種はある程度いるだろうからそれは否定しない。

でも自分はもうこれっきりソシャゲはやらないと決めたね。

自分の求めてるゲームではないとハッキリしたからな。

今日はい気づきをした。

じゃあおやすみ

2017-02-05

リスカ=美味しさのハートランドだったはずだ

リスカうまい棒であり、ハートチップルであり、コーンポタージュだ。

値段の割に、サクッとしっとりチョコうまいじゃないか、まさに美味しさのハートランド

大きくでたな、な、日本一なが〜いチョコが値段の割にうまいじゃないか、まさに美味しさのハートランド

キャ・、キャ・キャベツ太郎リスカじゃないの?

キャベツ太郎菓道だ。しかし、増田たちよ、安心するんだ。菓道リスカ社長の弟さんの会社だ。なんだか味が似てるよな。

かくゆう私は、玉ねぎさん太郎ファンだ。

もうお気づきだろう、そうだ、ほぼすべてがやおきんでつながっている。

幼き日に食べていた駄菓子はほぼやおきん

road to yaokinなのだ

2017-02-03

転勤族なめてた、地方なめてた

知り合いに毎度愚痴るのも申し訳ないので、ここで。

転勤に帯同、某地方都市に住まって5年程。

未だにこの土地に全く溶け込めない。

自分関東出身なのだが、仕事見つけてこっちで知り合い作ろうにも、

ここの人たちは都会アレルギーでもあるのかってぐらい壁作る。

(あと都会に対する勝手な劣等意識

勝手に敵視されるので、いちいち気分が悪い。

観光客の振りしてるほうがラクだと最近気づきました。

いわゆる妊活してるけど、子ども絶対この土地で育てたくない、とすら思ってしまう。

から全然からないのか。はは。

まり思わないようにしてるんだけど、年に2、3回

自分は何のために生きてるんだろう」とどうしても思ってしまう。

そして自分のことを「我慢が足りない」と責め立ててしまって、毎度つらい。

転勤族の妻やってて楽しそうにしてる人もいるらしいけど、

どうやって気持ち保ってるんだろうと心底不思議になる。

ここにいらっしゃる先輩方、ご教授願えませんでしょうか。。。

[] #14-3「生活教」

「他に印象的だった事例だと、『サソリ事件』か」

「なにそれ?」

「我もよくは知らないが、一昔前にとある宗教団体サソリをばらまくっていう事件があったらしい」

「なんでそんなことを?」

「ああ、分かった。サソリ神様かい宗教なんでしょ」

「まあ、そんなところだろう。当時の批評家は開放を求めていたと分析しているらしいが」

「開放?」

「終わらない日常破壊だの、見えない未来への道しるべだの……我も自力で調べてみたことがあるんだが、頭が痛くなるだけだ」

本当は説明しようと思えばできたのかもしれないが、既にこの時点でシロクロは話を聞くフリすらやめており、ウサクは興が削がれつつあった。

「まあ、その批評家によると年代ごとに漠然とした不安があって、そういった不安に応える側面が宗教にはあるんだとよ」

「あの『生活教』も、何かの不安に応えているってこと?」

弟はそう言って教祖を中心に集まっている人たちを指差した。

「恐らくはそうなんだろう。だが、それは今のところ読み取れない。目的みえいから、余計に胡散臭いと感じるんだろう」

その時、ピピピッと音が近くから聞こえて、一同は慄いた。

妙な緊張感が漂う。

が、ウサクの持っていたスマホの着信音だったことにすぐに気づき、弟たちからため息が漏れた。

ウサクは電話に出ると取り留めのない会話を始め、数十秒ほどすると電話を切った。

どうやら今この場所が“アレ”だから、友人との待ち合わせ場所を変更する、という話をしていたらしい。

「じゃあ、我はこれで失礼する」

「ね、ねえ。結局あの『生活教』は、何かヤバいことを起こしたりするの?」

「さあな。俺はただ過去の事例を話しただけだ。何も起こらないかもしれない。起こったところで大したことがない、我らには関係のないことかもしれない」




弟たちの「生活教」に対するモヤモヤ言語化できないままでありながら、ウサクとの会話でより疑念が強まる一方であった。

既に弟たちの中で「生活教」は、何かとんでもないことをしでかす前提になっていたのだ。

「ウサクの兄ちゃんは、サソリばらまき事件があったっていってたけど、『生活教』の奴らは何をばらまくつもりなんだろう」

「私、気づいたんだけど、野菜野菜よ。さっき野菜の話をあいつらしてた」

野菜なんかばら撒いてどうするんだ」

荒唐無稽な会話だったが、弟たちの頭脳であるミミセンまでも思考を巡らせていた。

「なるほど……ほら、いま野菜って値上がりしてるじゃないか。もし、それをばら撒いて市場野菜を減らしたら……」

「そうか! 野菜は更に値上がりする!」

奇妙な話だったが、その時のミミセンの考察にマスダたちは悪魔的発想だと慄いた。

普段、冷静に物事を考える彼までが追従してしまうと、もはや論理常識も仲間たちにはなくなるのだ。

「でも、野菜を値上がりさせてどうする?」

市場を縮小させて、自分たちで高く売るんじゃないかな」

「私、テレビで見たんだけど、動物園野菜消費量ってすごいらしいの。もし、野菜が減ることで人間に行き渡らなくなったら……」

「なんてこった。人間界から動物はいなくなる!」

「つまり、あの『生活教』の真の目的は、理性の人間と、野生の動物の選別。いや、人間以外の生態系の選別なんだ!」

たどり着いた結論に、一同は自ら驚きを隠せなかった。

そして、そのような結論を導き出した以上、彼らが次にやることも決まっていた。

みんなの思いはほぼ同じだったが、その口火を切ったのはリーダー存在である弟であった。

「こうなったら確かめないと。あの教祖のあとをつけるんだ」

(#14-4へ続く)

2017-01-31

細菌達による多様性物語

1.

細菌A、BとCがお皿の上にいます

細菌Aはコロニーの8割を占め、細菌B、Cを囲むように外側に広がっています

そのため、1割づつの細菌B、Cには十分な栄養が行き届いておらず、我慢の日々です

細菌A:栄養素を取り込む力が非常に優れている

細菌コロニー危機が訪れます。なんと、お皿に抗生物質が投与されました

細菌達はなすすべもなく、絶滅してしまいました

細菌達は、抗生物質など知る由もありませんでした。

BAD END



2.

コロニーの内側の方の細菌Aのある個体が、少数派の細菌B、Cの性質自分と違うことに気づきました

実は、細菌BとCはこんな特徴があります

細菌B:抗生物質に晒された際、一定確率で生き残り、耐性を得る

細菌C:細菌Bが持つ薬剤耐性を素早く獲得し、更に細菌Aにも素早く渡すことができる

しかし、抗生物質など知る由もない細菌Aは、違いの意味がわから自身の増殖に集中しました

細菌コロニー危機が訪れます

抗生物質が投与され、細菌達は絶滅してしまいました。

BAD END


3.

細菌Aのある個体が、別の個体に話をしま

細菌A1細菌BとCってなにか俺らと違うよな。よく分からんけどRNDとかい思想持ってるし」

細菌A2「そうだな」

細菌A1「なんか今あいつら栄養素が少ない中心に追いやられてるじゃん。あれっていいのかな」

細菌A2「仕方ないんじゃない?栄養素の取り込み効率悪いんだし」

細菌A1「うーん...」

しばらくして、抗生物質が投与されました

やはり、細菌達は絶滅してしまます

BAD END


4.

細菌Aのある個体が、細菌B、Cの個体と話をします。

細菌A1細菌BとCって、俺らとなにか違うのか教えてほしい」

細菌B「僕らはRNDという思想を親から教えられているんだ。なぜかは分からないけど」

細菌C「私達は教えるのが得意なの」

細菌A1はその話を持ち帰り、別の個体と話をしま

細菌A1「なぁA2、細菌BとCってこんな違いがあるらしいよ」

細菌A2「でもそれ栄養素取り込むのに役に立たないじゃん」

細菌A1「そうなんだよな・・・。なんで違うんだろうね?」

抗生物質が投与されました。

BAD END


5.

細菌A1「A2さ、よく考えてくれ。今の彼らが置かれている場所(中心)はどう考えても不平等だ」

細菌A2「別にいいじゃないか栄養素の取り込み速度が遅いのは細菌B、Cの性質で、当然の結果だろう」

細菌A1「いや、違う。いくら栄養素が取れるからといってもっと栄養が多い外側を独占している俺達にも問題はある」

細菌A2「だったらA3からA100,000,000,000まで説得してみな」

細菌A1・・・

BAD END


6.

細菌A1細菌A2、ちょっと助けてくれ。細菌B・Cにも栄養素の多い外周を分けたい」

細菌A2「しかし、どうする。外周は大量の栄養素を得たエリート細菌ばかりで、説得するのは容易ではないぞ」

細菌A1「全員(外周)は難しいかも知れないが、外周の一部の理解ある層にだけでも説得できれば」

細菌A2「最終的に外周を平等細菌A、BとCで分け合おうというわけか」

細菌A1既存のAコロニーからの強い反発が予想される」

細菌A2「他の細菌達にも声をかけよう」

...

..

.

細菌A1ダメだ、既存のAコロニーの反発があまりにも強すぎる」

細菌A2「外周を平等に三分割しようといった時のAコロニーの反発といったら」

細菌A1平等ルールは、既に栄えているコロニーにとっては不平等となってしまう...」

BAD END



7.

細菌A1「みんな、聞いてくれ。外周の一部を、細菌B、Cにも分けたいと思う」

細菌A3~100,000,000,000「ふざけるな!なぜ栄養素を活用もできない細菌BやCなんかに、外周を分ける必要があるんだ!」

細菌A2「確かに細菌B、Cは栄養素を俺らほど活用できていないかも知れない。だが彼らには特有性質があり、それも尊重されるべきなんだ!」

細菌A3~100,000,000,000「俺らに生活レベルを落とせというのか!我慢しろというのか!」

細菌A1「それは、細菌B、Cがずっと通ってきた道だ!」

細菌A3~100,000,000,000「・・・

細菌A5「確かにそうだ」

細菌A495「知らず知らずのうちにB、Cに我慢させていたのは俺らの方だったのかもしれない」

細菌A90,000「細菌1の言う通りかも知れないな」

細菌A300,010,321細菌B、Cに外周をわけよう。いきなり3分割とはいかないが、少しづつ外周を開くんだ」

外周が一部開かれたことにより、細菌B、Cは2割づつ、従来に比べて2倍も増殖することができるようになりました

その結果、細菌Aは6割まで下がってしまいましたが、8割から6割のスペース減はなんとか我慢できる程度のものでした

ルール

細菌Bが2割以上存在すると、細菌Bは薬剤耐性を獲得する


細菌コロニー危機が訪れます。なんと、お皿に抗生物質が投与されました

細菌達はなすすべもなく、絶滅するかと思われたその時

耐性菌Bが現れました。多剤排出ポンプを獲得し、抗生物質細胞外に排出できるようになりました

その耐性プラスミドを受け取った耐性菌Cが、まだ抗生物質にやられていない細菌Aに耐性プラスミドを受け渡しま

人間「なん・・・だと・・・


そうして、耐性菌A、BそしてCは抗生物質の投与という危機を乗り越え、仲良く共存していくのでした。

おわり

2017-01-29

「誰が主体か」を履き違えるとややこしくなる。

保育士の件でもそうだけど、色んな意見を見てるにつれ、

意見の内容として「誰が主体か」を履き違えたような反応というか非難が多く、ややこしくなる原因なのではないかと思った。


女児が」~と思うかもしれない

に対して

普通の親は」そう思うはずはない

批判してるのとか、明らかに主体が違ってるから話が噛み合ってない。

論客体も履き違えたらよろしくない。

「誰が」「誰に」なのかをちゃんと考えることも必要なのではないか

勿論女児と親を履き違えると言うのは極端な例だが、第三者目線当事者目線をごっちゃにしたり、「普通の親」と「何らかの事情がある親」を取り違えたり

そういう意外と気づきにくいところにも罠はある。

2017-01-25

女性誌を横断的に読むと死ぬ

dマガジンというのに登録してみて

おそろしいことに気がついた。


それまで読んでいたファッション誌が、

めちゃくちゃダサく見える。


1年前まで、隅々まで読んでいたのだ「CLASSY」を。

その前は「GINGER」だったか

一回トチ狂って「大人おしゃれ手帖」に移行したが

今は無難に「FUDGE」とか「CLUEL」…

という遍歴はどうでもいいんだけど。


とにかく「CLASSY」とか「GINGER」とかに載っているコーデをはじめ、

それを彩るキャッチコピーひっくるめてまったく受け付けない。

でもこれをバイブルとして、なんじゅう万もかけて、服を買っていたんだよな。

はいったい何に対して金を払ってたのか、本当にわからなくなった。



ふつう卒業したファッション誌ってもう読まない。

次のマイおしゃれスタンダード(笑)を見つけたら

それをひたすら信じて進む。


でも電子で並列されていると、つい見ちゃうんだよな。

そして気づきたくなかったことに気づく。

よく考えれば、いやそんな考えなくても、

おしゃれというのはそもそも不可能なんじゃないか

だって、おしゃれと感じるコードクラスタによってまったく違うし

同じおしゃれクラスタの女に対しては批判的に品評はするにせよ心から賞賛なんかしないし、

ぜんぜん別のコードに従っている女など、見ちゃいない。

いくらお金かけてがんばっても、おしゃれって全部無駄なんじゃねえの。




おそろしくなって夫にdマガジンを見せて

どの雑誌がおしゃれか、を問うたら

みんなきれいだよ、と言った。

なんだか泣けてきて、dマガジンを解約した。

anond:20170125000434

なるほど。

あなたには、もっと数段低いレベルから話をしなければならなかったのですね。


まずお前は西野主人公と完全に信じ込んでいる

完全に信じ込んでいるのではなく、繰り返し言っているようにそのように解釈できる作品周辺の「事実」があるから、そう解釈しているだけです。

私の解釈が間違っていると言うのなら、根拠をあげて反証し、あなたがルビッチをどのような人物だと解釈しているのかを述べてください。



そもそも、創作者が作品をつくる際、作者が現実世界でさまざまな事象からくる感情を内的衝動として作品にぶつけ、登場人物に作者自身が重ね合わせることはよくあります


アンデルセンが、自分モテなすぎて「人魚姫」という悲恋物語を書いたように、

スピルバーグが、両親が離婚して寂しい思いをしたから彼の映画の多くが「崩壊した家族」を描いているように、

宮崎駿が、本当は飛行機乗りになりたかったのに体が弱くて断念したのを「風立ちぬ」の堀越二郎にそのまま重ね合わせたように、

つい先ほどアカデミー賞14部門ノミネートされた「LA LA LAND」のダミアン・チャゼル監督が、ジャズドラマーの夢を断念した想いを最近の2作品に込めたように、

そのような作品を挙げていけば、キリがありません。


すべての作品が、作者の現実的体験に基づく内的衝動からつくったものというわけではありませんが、

上に挙げたように多くの作品、そしてその登場人物には作者の個人的体験の反映が見られます


まり作者のこれまでの人生現実に起こっていることから作品意味を読み解くことは、批評の基本のキ、王道的な批評方法の一つなんですけど、そのことをご存知なかったのですね。

現実虚構区別がつかなくなっている

この部分を読んで、ようやくそのことに気づきました。



西野炎上主人公迫害って別物じゃね!?

西野炎上主人公迫害も同じものだと信じ込んでいる

私の評に対するあなた理解は、まったく間違ってます

最初の私の評文をよく読んでください。


私の解釈は、

「プペル=ゴミ大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」(これは作者のあとがきにある通り)

「ルビッチ=作者の西野氏」です。


2人の役割はそれぞれ違います

その2人の関係については、最初の評文で私は次のような解釈を書いています

この物語は、現実世界で「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる」作者・西野自身が、清くて純真な「夢の残骸(プペル)」の尊さを自分けが理解し、・・・

私の評文に対して何かを言いたいのなら、せめてきちんと読んでからにしてくださいね

2017-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20170120194256

ちょうど在学中にブルマからホットパンツに変わった世代だけれど、当時はそんなこと気づきもしなかったな。女子少ない某科生だったからかもしれないけれど。

ジャージに関しては確かに公式のものはなかったので、部活の有志で作ったものを着てた。

ただ、水泳の補習と体力テスト、龍城クロカンに関して言えば、私の在学時より厳しくなっている……というより、話を聞く限り「異常」だよね。

さすがに体罰はなかったし、体力テスト不正もなかったよ。

例の事件きっかけに、健全精神は(略 なノリで体育教員校長あたりが暴走し続けてるのだろうか。


入学直後の応援団による歌唱指導はあった?

けが人が出たり、気絶する女子がいたり時代錯誤もいいところだった。

これでも私の世代あたりから、「指導」の際に新入生の身体に触れることが禁止事項に追加されたような。

2017-01-20

[]

今回はガンガンオンライン

青春Re:トライ Re:10

視点で同じ時間軸を描くのか。

樹側のテーマが新たな視点による気づきに対し、遥側のテーマは行動することの重要性ってのは一貫していて、今回もそうだったね。

ただ、まあ時間軸が同じこともあって、わざわざ別の話として描くよりは、平行して描けばいいんじゃないかなあとも思わなくはないが。

ただ、ラストの展開はちょっと不意打ちだったなあ。

確かに伏線はあったか考察する余地はあったんだけれども、このタイムリープ兄弟にとって重要意味を持つと思っていたから、そういう可能性は無意識に追いやってた。



私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!109

夜の学校とかもそうだけれども、今回みたいないつもと違う状況で過ごす学校の、独特の雰囲気って楽しいよね。

個人的にニクい演出は、本を通じて発生した奇妙な縁かな。

それが間接的に繋がって、他人話題主人公名前とか挙がっていると不思議気持ちになる。

その普段ではありえない特別空気がそうさせるのか、もこっちが苦手なタイプ人間言葉で思わず笑うシーンとかが象徴的に見えた。

なんかいいなあ、こういうの。

毒っ気というか悲愴感が恋しくはあるけれども。

あと、大したことじゃないんだけれども、登校時にマスク着けている生徒と着けていない生徒がいて、その微妙な違いが無駄に気になった。



ななしのアステリズム 第21話

ちょっと驚いた。

そんな言語化が難しい感情も描いていくのか。

人が持つ感情には表面的には同じであっても様々な側面がある。

「好き」ってのは、その側面が特にクローズアップされやすいよね。

昴は自身他人の持つ側面がないのに、その側面に自分が引きこまれたような感覚が嫌だったわけだ。

ざっくり言えば、他人物差し人格を測られるのが嫌だってことなのかもしれない。

恭介はその感情一般化しようと試みるんだけれども昴はピンとこなくて、そもそも無意義だともとれる。

このあたりを踏まえると、「他人による人格形成安易カテゴライズ拒否」だと私は解釈した。

まあ、確かに多くの人が自分自身でもよく分かっていない側面というものは大なり小なり存在していて、どうしてもそれを明瞭にする必要があるかといわれれば何とも言えないのだけれども、その状態では少なくとも他人にそれを決められたくないだろうね。

このあたりの人格に明確な言語化や是非を決めないっていうのは、複雑な思いが錯綜する本作を読み込む上で、かなり重要テーマかもしれないなあ。

ただ、そこをフワフワさせた状態のまま話を進められることが、物語スムーズに消化したい人にとってはヤキモキする要因にもなりそうだけれども。

2017-01-19

「ポンコツのイケメン」ができあがるまで

ポンコツのイケメンとは

「ポンコツのイケメン」とは、顔はいいのにそれを台無しにするレベルに話しがつまらなく、全然モテないイケメンのことだ。普通、人は年齢を重ねるごとに「人から好かれる気遣い」「楽しませる会話」、いわゆるコミュニケーション術を学習していくが、ポンコツのイケメンは顔が良くいるだけでよかったゆえに、何も学習してこなかった。

そんな「イケメン」が、「人間顔だけじゃないよね~」と女性気づきはじめる20代後半からイケメンから「ポンコツのイケメン」にジョブチェンジするのだ。

ポンコツのイケメンが出来上がる理由

これはイケメン自業自得だろうか。いや、違う。普通モテなくなってきた頃「やっぱ顔だけじゃダメか…」と気づく。でも、それに気づかずにポンコツのイケメンになる。

それは、周囲の男友達のせいだ。

周囲の男友達がフラれた話や、好きな子に振り向いてもらえなかった話しに「でも何だかんだ言ってお前イケメンからな~」オチをつけ、甘やかしてきたのだ。


ファーストインプレッション合コンなど)は良いポンコツのイケメン最初モテる。けれど話したらくっそつまんねーし、相手を楽しませようって気がないので、継続してチヤホヤはされない。付き合ったって、フラれる。

けれど、男友達はそのファーストインプレッションの場だけしか見ていないので「やっぱおまえはモテるよな」と勘違いするのだ。そして褒め、ポンコツのイケメンができあがる。地獄輪廻

いつポンコツのイケメンから「ポンコツ」はとれるのか

どうだろうか。ポンコツのイケメンは、分別がついた同年代女性からは見向きもされなくなるが、「内面より顔!」という価値観を持つ女性が多い若いからは、相変わらずモテる

それで自信をつけ、いつまでもポンコツのままでいるんじゃないだろうか。


だいたい内面より顔を重視するのは、20大学生くらいまでだと思うので、彼女たちの「年上大好きなの~♡」が何歳までOKかによる。40歳くらいだろうか。

それまでにハゲず、太らず、失職もせずいたら、ポンコツのイケメンモテつづける。


ポンコツのイケメンはかわいそうだ。

もし、あなたの周囲に「顔はいいのに、全然彼女ができないし続かない」と思うイケメンがいたら、女性とのコミュニケーションの様子を見てほしい。

そして、「こいつはポンコツのイケメンだ」と気づいたら、「イケメンからな~」と甘やかすのはやめてみたらどうだろうか。

それが本当の友達ってものではないだろうか。

2017-01-18

宇宙人みたいに生きてきた

小さい頃から、どこか周りから浮いている、人をイラつかせてしま子供だった。

大人たちに、「変わっている」とか「ちょっとおかしい」と言われてきた。

責任感がなく、ぼんやりしていて、空気が読めない。

人と話すのも、頓珍漢だったり幼かったり、独りよがりな受け答えをしていたようだった。

なぜだかわからないけれど、バカにされていじめられることが多かった。

今になって思うと、あの子と遊んじゃいけませんと言われるタイプだったと思う。

学校に行くようになっても変わらなかった。

同級生たちからからかわれ、先生には妙に嫌われたり目をつけられて、スケープゴートのように大勢の前で説教されることが多かった。

たまにこんな自分でも一緒にいてくれて、バカにするのではなく面白がってくれる人たちがいて、そういう奇特な人たちと仲よくなったけど、環境が変わると、その人たちとの距離感がわからなくなり、疎遠になる、ということを繰り返していた。

体育は大の苦手で、球技特にダメだった。ドッジボール最後まで残り、恐怖で逃げ惑う姿を笑われながらボールを投げつけられた。

勉強だけは比較的得意で、特に記憶系の教科は得意だった。

でも数学物理は、概念全然からなくて雲をつかむようだった。

父がアル中だったので、大学でなんとか家を出たいと思った。

から、苦手な数学物理は、たくさんたくさん問題を解いて、解法をたくさん記憶して、なんとか受験を乗り切った。

大学でも人とは仲よくなれなかった。大学受験燃え尽きてしまったのもあり、人と仲よくするパワーも残っていなくて、家賃生活費のためになんとかバイトして、あとは引きこもっていた。

就活はもちろんうまく行かなかった。一次面接でどの会社でも落とされた。面接では大人たちが自分の顔や受け答えを見て、渋い顔をしたり、首をひねったりしていた。

そろそろ、社会から必要とされないダメ存在だということに気づき始めていた。

自分の何がダメだかわからないけれど、自分は何かが他の人たちと違う。自分判断はいつも間違っている。自分宇宙人のようだった。

けれど、本当にラッキーなことに、一社だけ縁があった会社があって、宇宙人である自分は、なんとかそこに職を得ることができた。

その会社の中で、優しい人たちに見守られながら、それでも必死に、「普通の人らしい振る舞い」「常識」を身につけた。

からさまに自分からかったりいじめる人はいなくなった。眉をひそめられることも減った。

結婚し、子供もできた。

それでも、まだ、自分は人をイラつかせてしまう。

ああ、自分おかしいんだな、と思うことが日に一度はある。

自分おかしいんだな、と最も実感する時は、会話の中で妙な空気になった時だ。

自分は、会話で何を話したらいいかからず、例文を読み上げるように会話をする。

自分の心に浮かんだことは基本的には話さない。膨大な例文集の中から、今自分がいるシチュエーションに合っていそうな会話文を持ってくるのだ。

どうやらそれを間違えたらしい、と気づいた時、いつも絶望する。

また失敗した。

頭がおかしい、人をイラつかせてしま自分

最近自分は何のために生きているかからなくなってきた。

こんな、言葉も習慣もわからないままの宇宙人状態で、周りに合わせて生きていくことをまだまだ続けなければならないのか。

でも、型にはまるふりをしなければ終わりだ。

変わった、頭のおかしいやつ、として、また、いじめられるのかもしれない。

職も、せっかく得た家族も失ってしまうのかもしれない。

一人では生きられない。

宇宙人でも、一人では生きられない。

2017-01-16

ソーシャルチートが増加した

ポケモンGOジム戦のソーシャルチート対策がどういう形で可能だろうか?

という話の続きです。

http://anond.hatelabo.jp/20170116081742



ソーシャルチートの報告に対して次のような返信が有りました。



"ご報告ありがとうございます

他のトレーナー言動についての議論はできませんので、

本件について追加で情報必要場合は改めてご連絡いたします。

  • NianticOps"


今回の話は「不正ツール使用する」という形の不正よりも悪質です。

それは「味方への信頼」に対する裏切りなので。



昨日「ジム戦の戦歴を開示する」という形でのソーシャル監視で、

ある程度の不正抑止が可能かもしれないと書きました。



活動時間からおそらく子供中学高校)であろうチートプレーヤー

自分の行動の記録が残っている事がわかれば「ズルは周りの全員が見ている」

という事に気づき自分の行動が「恥」であることを認識できるでしょうから

何度も同じ不正行為は起きないと考えたのです。



でも、「不正にはペナルティーを科す」という運営からアナウンスが無い為

ソーシャル不正行為は既に大きく広がってしまっているのかもしれません。



今日も目の前で不正が行われるのを見ていました。

ジム攻撃され、名声49560に低下して門番ポケモンが追い出された直後に

新しいポケモンが入ってきました。




私以上のスピード現場に駆け付ける事は不可能です。

私はそのジムが壊されてから2分以内にそこに到達しまから

その事実は、ジム攻撃した「敵」と入り込んだ「味方」が

実際には協調行動をとっていたことを示しています




子供には、不正にはペナルティーが有る事を

自分のずるが、実は多くの目によって監視されている事を

しっかり教えるべきだと考えます

「ばれなければ何をしてもいいんだ」と間違わない為にも。




もう一度書きます

今回の話は「不正ツール使用する」という形の不正よりも悪質です。

それは「味方への信頼」に対する裏切りなので。



多分アナウンス必要なのです。

ソーシャルチートが起きている事は把握している」という運営側からの。

そして、ゲーム内部での他のプレーヤーとの唯一の接点であるジム

同じチームのメンバーとの連絡が行える機能実装が。



ソーシャルハックに対してできる事はおそらく「共同体による監視」のみです。

ゲームの公正さを守る為にも、きちんと対処すべきだと考えます




コードは「プログラムが作り出す世界の法」です。

そして「データは消さない限り消えない」のです。

当たり前に思っていたそれらを、もう一度考えます

2017-01-15

「超潔癖主義」の非現実性

くさや問題が表した潔癖主義

ファブリーズの件もそうだが、今の日本は「超潔癖主義」に蝕まれすぎではないかと思う。くさやが臭いのは誰がどう考えても事実なので、地元はこのCMに便乗するくらいでいいと思う。

何かにつけて「地域差別ガー」というバカにはあきれてしまうが、つまるところ地域の抱える不都合な事実を外部が指摘することを拒絶するけつの穴が小さい子供である。それこそ、彼らの好きな言葉を借りれば「言論弾圧愛好家」ではないか。文化や社会には二面性がある。

私が生まれて間もない頃の話だが、1980年代1990年代鉄道文化が洗練されていたという話題がSNSや掲示板で流行している。はっきり言って、不良が巣を作りそうな文化がそこにあったわけだが、それでも鉄道ファンは誇らしく思う。「鉄道王国」も日本文化だと自尊心を持っているはずだ。

本来文化・社会性とはそういうものではないか2000年代新自由主義旋風だって文化や科学技術などの高度化の裏に犯罪の高度化や富裕層人口インフレ問題もあった。2010年代1960年代の再来のようなのムードの裏に貧困問題があった。オートバイブームの裏にはシビアな封建もあった。


オタク文化マイルドヤンキー問題共通点

オタク今日社会全般で受け入れられているという。あれといえば、昭和負の遺産にもかかわらず迷惑者が誰も輩出しなかったことを「世界に誇る日陰者」と自画自賛する書き込みが拡散されたことが多くの人に衝撃を与えたものだった。案の定オタク自身の努力で出世が実現するとスゴイ発言まみれになった。

冷静に考えてほしいのだが、同じ大衆の同胞であるべき人達がそれと村八分にされる時点で、そもそもすごくなんてないのである。そもそもオタクとは昭和時代学歴社会実験の失敗に伴いヤンキーと共に発生した負の遺産である本来ここで必要な発想は、負の歴史として再発防止策を考えることであり、恥かしく思うべきことである

仮にもしオタクがすごかったとしてもそれは個人個人がすごいのであってオタクはすごくないのである社会が立派だったとしても、それは日本人の寛容性のことである。もしあなたが大衆の一員であれば、さほど無関係ではないか

私は「オタクスゴイ」とそっくりな問題を抱えているのが「マイルドヤンキー」ではないかと思っている。地方リア充話題が出ると、なぜか不良とこじつけ話題が出てくる。不良とは縁のない人でもヤンキーのように扱われる、あの変な社会空気である

当たり前だが、リア充すべてが悪人なわけではない。大体ヤンキー本来の意味は実は汚い。もともとはアメリカ人白人を罵る言葉として生まれたものだ。ジャップと同じ意味合いアメリカ人が「ヤ○○」の言葉を使うものとしてとらえてほしい。

マイルドヤンキーに代わる言葉はあるだろ。とんでもなくダサそうな文化を謳歌しているのは一握りの地方民のうちの一部とか、不良経験者だけではないかと思う。あのグダポンの撒き散らす固定概念への批判としてもいうが、私は地方を何度も見てきたが、北関東でもマイルドヤンキーなんて一握りの数しかいなかったよ。

そもそもマイルドヤンキー言葉根底に都会人による地方人への偏見がある。車好きを例に挙げるまでもなく、外国には日本人が思い浮かべる都市部人間殆どいない。むしろマイルドヤンキーの特徴として挙げられる、「買い物先でショッピングセンター依存している」人は日本を出れば都市部ですら腐るほどいる。国土全体で鉄道依存社会が成り立つ国は、日本を除けば、オランダみたいな地形に恵まれる地域シンガポールのような都市国家以外にない。


「超潔癖主義」の究極である子供ファシズム

私はこの潔癖の究極が「子供至上主義だと思う。日本人はみな車嫌いで鉄道好きというおかしな風潮も、子供のために嗜好を装う仕草だという。必死すぎる。大人な人は、それが普通なしょうがないと受け入れるべきではないか。一番ひどいのは私鉄だ。

子供日本人美徳だと、道徳的な人を表す言葉として普及しているが、これはあの押しつけがましい「道徳」と同じうさん臭さを感じて、私は不気味に思っていることである子供って要は非現実的理想の追求であり、病気だ。

そもそも日本私鉄社会の根源は鉄道公有化の失敗だとか戦争連続による財政難だとか、歴史上におけるネガティブもの副産物である。今でも「幼稚」とかいう。それはつまり堂々とした対等な存在としてリスペクトするものではなく、結局これは子供なる年齢を使った言葉で「恵まれない現実にある人達」を見下している、前時代的な、差別を連想する表現である

欧米圏を見ればわかるように、鉄道弱者というか、つまりよそ者、あるいは貧乏人や弱者のためにある公共施設であって、所得関係なしに使うことをよしとする、ましてや商売の道具としてみなす日本おかしいのである

一昔前ですら日本ではここまで「子供」はうるさくなかった。子供大人らしい事由成熟した男女を目指した途上段階であり、気づけば加齢で大人になっていた、あるいは10代ですでに見た目も中身も大人同然という人もごろごろいて、それがわずか15年ほど昔までの常識だった。

あるいは「リア充な美しい大人は好きですか」というように、青年性を脱した兄や姉であるべきだった。正しさではなく「美しさ」が評価された。この美しさという言葉自体清潔を意味するもので今の異常な潔癖主義に通じたのも、もちろん事実ではあるけどね。


不都合現実」を受け入れた理想の発展が必要

特定環境を聖域化し、あるいは特定の人を「聖人」化してみなし、それを潔癖性を極めた発想とともに崇拝し、潔癖と反する不都合な事実を見て見ぬふりをしたり、あるいは無理してでも隠蔽させようとしたり、それを指摘する存在を許さない、あの感覚。グダポンの言葉を借りればこれは畳精神である

昔の高校を題材にした作品から黒髪すっぴんさんの描写を削減し、わざとそうでない人を代わりに差し替える。これも聖域を作る発想に由来することではないかと思っている。

その点、例えば私が韓国学生をみて感動をしたのは、日本において学生というと黒髪が少ないイメージなのかもしれないが、実際には黒髪のおりこうさんが多くいたこと、そういう風潮がそこかしこにあったため、他人に緊張することがなかったかである

バス停留所で会話したローカル若い女性は、なんかお茶目で、自分生活圏にやってきた外国人を楽しませようというホスピタリティがあって、ものすごく魅力的だったが、やっぱり大人オタクで、至上主義のない国のほうがよほど大人も魅力的だなと感じたのだった。

これは地方にも言える。マイルドヤンキーの連中なんてありゃ「普通リア充か重度なオタク」だ。オタク?ってくらい偏執的で、大衆らしさに欠けている。いわゆる元ヤンさえ良くも悪くもリア充らしさがない(事実、彼らが外国に行くとサブカルオタク扱いになる)広い意味での問題なのだ

日本に出てくるテレビタレントには個性らしさがない。オタクがいない(例外はあるが)。根っこからのおりこうさんであることを売りにした俳優・声優がいないし、変わった趣味を売りにする者もいない。誰もがそうなるありのままもないし個人差もない。

これは、日本人一定割合。どちらかといえば韓流ファン経験のある人たちで、同じくマイルドヤンキーか学がありそれなりに品格のあるような人が、ものの感じ方の成熟が遅れたことにあるんじゃないか、と私は思っている。子ども時代や貧乏なときは誰もが感性が幼稚で極端な理想を抱くものだ。

しかし、大人になり、10代になり、豊かになれば、あらゆる体験を通して現実を知るというか、様々な存在を知って、自分自身の肉体と考えの成長もあって、そういう非現実理想を一度捨てることになると思う。代表大学生における運転免許取得ラッシュだ。「免許取得者は学のない人のほうが多い」とか「都会人は一生免許と無縁」の虚構に気づく。

私達ネット原住民的には中二病とか高二病とも揶揄される、つまり冷笑主義にも陥るのだが、その現実実在不都合性を含めた事実の中にある魅力に気づき、そこから新しい夢を見出だしたりするのが、普通の諸外国ならハイティーンか遅くても20代経験する段階で、日本人もかつてはそうだったのではないか

そういうわけで、高学歴だろうと、立派な社会的地位にいようが、年齢が中高年だろうと、マイルドヤンキーと変わらないような潔癖主義理想を振りかざして現実を拒絶したり自由創造表現ユーモアを叩くあの感じは非常に納得がいかない。幼稚な人が多すぎる日本現実がほんとつらいです。


(韓国などの例外を除く)外国コンテンツは、優れた表現ほど徹底的に不都合現実事実に向き合っている。だが、それをただそのまま描いたり、不穏に誇張するだけではなく、そこから楽しさや夢を見出だそうとする傾向があると思う。その際にはお堅い因習を破ることになる。

だがその独創性第一段階にある「お堅い因習を破ること」を全力否定するのがグダポンのいう「畳精神」であり、右派や私の言う「コリアニズム(文化的右傾化)」である。つまりどんな理不尽でもそれがしきたりで、その空間では聖域性を守るために自分が屈しなきゃいけないし、適応しない他者は咎めなきゃいけないという枷を兼ねた同調圧力も発生する。韓流ブームものすごく親しんだ人ほど危ない。

ティーンエージャーになる前の現実離れした理想主義(と、それを理想を向けられた側がそのまま受けとめなければいけないということ)に畳精神コリアニズムはとても相性がいいのである。新しい幼稚な感覚と、古い老いた因習コラボさせると、アニメ漫画特撮ドラマビデオゲームまがいな、子供ヤンキーだという狂うジャパンがあふれるのである

私が現代の日本はともかくとして一昔の韓流華流コンテンツ敬遠したのは、アメリカコンテンツとは違い、理想主義を極めたあのディズニーでさえ、そのテーマパーク映画などに「不都合現実を受け入れた上でのイマジネーション」がないからだ。理不尽もの批判的に描くこともなく、拒絶せずにそれを受け止めることすらしない。現実逃避ありきなのだ

私の記憶する限り韓国中国テレビドラマアニメには、日本人ネガティブ過ぎるとして驚いた自転車乗りの姿が描写されていない。1990年代2000年代(2010年代)に日本型暴走族話題になったが、それを風刺するような作品は出てこない。当たり前だが韓国人中国人オタク風刺するような作品もない(日本ですらオタク風刺作品はあるが)

そういう子どもたちはこうしたコンテンツの変わりに漫画小説(ライトノベルを含む)やゲームいかれた様子を見ることで、それを教訓にすることができるわけである日本作品で言えば喧嘩番長龍が如くに出てくる「不都合現実を誇張した」不健全卑猥日本風景も、実は意外にも理想や夢とどこか通じるものがあるし、その中にもやはり社会に対するメッセージもある。

そう考えると、欧米程でないにしても自由な創意工夫性は日本においてはなんとか健在であり、その自由表現の娯楽を通して成長につながることもできたりし、その上でまた新しい夢が見れるというのが、本当にすごいと思っていて、韓国中国にもそういうクリエティティを獲得するには、まず日本同様に現実至上主義と畳精神解体を加速させることが必要なのだ

頭を強く打って死亡

「頭を強く打って死亡」とはニュース隠語で、原型をとどめていない場合や脳の露出場合などに使われる。

と、ネットで見て、「へーそうなんだ」と思っていたのですが、それは違うということをお伝え致します。

交通外傷で心肺停止の方が救急に運ばれて来たのですが、頭部は原型をとどめておりました。

検死にて後頭部から出血気づき、おそらくこれが原因ではないかということになりました。

翌日のニュース記事にて「頭を強く打って死亡」と書かれているのを確認し、上記の先入観があった私は多少驚きましたのでご報告いたします。

こちらからは以上です救急外来新米看護師より。

2017-01-14

なぜ今、革新を訴えるべきか

日本人公共サービス問題について議論になると、いつも同じ質問を聞かれます

「どこまで鉄道趣味批判すれば、鉄道界隈の暴走が止まるのか」という質問です。

はいつも素直に答えています

日本人私鉄社会時代錯誤性に気づき公共交通として進歩するまで続けなくてはならない。彼ら鉄道趣味公共交通革新妨害した原因の一つだ。」

そう答えています

この私の答えには、鉄道利用者一般市民殆ど全員が納得し、同意すると思います

鉄道オタクのみなさんが公共交通本来目的理解し、革新要求を聞かなかったと言う過ちを認めるまでそれを続けるべきです。

鉄道企業お客様と「大きなお友達」と資本家だけのものですか?

違いますよね。そもそもインフラ公共すなわち市民国民全体の財産です。

非難と訴求は永遠に続けるべきですが、だからといって車社会のほうがましとかいうつもりはありません。車社会車社会で大問題です。

いずれにしても私鉄社会いつまでも認めるつもりもないし、革新要求は強くなることはあっても、弱くなることはありません。

東京インフラ近代化は不十分だし、まだまだ足りません。

その証拠日本鉄道は、運賃の一本化を実現できていない地域が多い。

鉄道バス運賃一本化が実現になって、革新成功段階です。

正直言えば、2020年東京オリンピックを機に、外国から見ても時代錯誤鉄道インフラ料金システム改善すべきです。

1位全国区公営鉄道、2位道路交通、3位都市地方密着私鉄、これが陸上交通の正しい順位であるべきで、その為にも私鉄社会車社会同様に全時代的な交通システムとして認識すべきです。

ずさんな都市計画改善すべきで、居住地域を所得職業柄によって分離して、治安におけるトラブルを解消すべきです。

日本人は、公共交通都市近代化を達成するまで革新要求する権利責任があるのです!

日本で量産コピペプログラマが生まれるのは仕方ないかもしれない

https://medium.com/@kuranuki/%E9%87%8F%E7%94%A3%E5%9E%8B%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%82%92%E6%92%B2%E6%BB%85%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%84-570302a5c243#.vygpwmlaa

を読んだ。刺激的な内容だが、もやもやしてたのが言語化された感じで「はっ」とした。

と、同時に現状コピペプログラマが生まれるのは仕方ないことだとも思ってしまった。



1つは、根底意識。もう一つは日本という環境が原因だと思っている。

そして、それらは一朝一夕解決しうるものではない。



私は縁あって外国人が多い会社で働いている。そこでWebエンジニアをしている。

一緒に働いている外国人エンジニアが、まぁ優秀なのだ最近大学を出たばかりの人もいるが、優秀になるレールを歩んでいる。



一緒に働いてると日本人(俺)ってヤベーな。と思うことが多々ある。プログラムに関する意識が出発点から違うのだ。

彼らは以下の共通認識があるように思える。



1.ソフトウェアエンジニア地位は高い

2. プログラムは難しいものという意識

3. 英語ができるのは当たり前



1. ソフトウェアエンジニア地位は高い

海外ではソフトウェアエンジニアは、医者に次ぐ人気職であるそうだ。今は帰国したが、一緒に働いてたインド人エンジニアは、大学受験をした際、医者エンジニアで迷った。と言っていた。

彼ほどではないが、同世代の中でも優秀な若者が、明確なエンジニア希望をもって専門の過程を経てエンジニアとなる。

Linuxネットワークなどの底レイヤーから自分の興味ある分野(バックエンドフロントアプリ開発)まで、ある程度できる人がインターンを経て入社する。

私の経歴はというと、かなりお粗末なものだ。お世辞にも良いと言えない大学文系卒で、大きいプロジェクト動かすマネジメントカッケーって思ってSIer就職口の一つとして選んで入った。大学卒業時にはJavaJavaScript区別がつかなかった。

そんな私でも独学と、勘と、経験によりある程度のことはできるようになったとは思っている(思いたい)のだが、優秀な彼らを見ると、コンピュータサイエンスを学ばずしてエンジニアを名乗ってる自分が恥ずかしくなる時が周期的に訪れる。

まり、0ではないと思うが、文系卒、更には未経験就職プログラマを選ぶという選択肢日本に比べると圧倒的に少ない。

そのため、外れプログラマは少なく、腐ったリンゴが少ない彼らは腐る確立が低いのだと思う。



2. プログラムは難しいものという意識

コピペプログラマは悪」

私自身もその口だったし、今も抜け出したとは言えない。

しかし、彼らは違うように思える。その根底にあるのは、コンピュータサイエンスを学んできたが故、プログラムは難しいという意識と、造詣の深さだと思う。

もちろん、彼らとてExampleなく出発することはできないが、コピペで済ますことは極力しない。

ちゃんと手を動かして、表面だけでなく、どうやって動いてるかを理解しようとしている。1つの機能実装する時は、3つほどルートを探したり、必要パラメータオプション以外もちゃんと調べてコーディングしている。

そのため、簡単にできます。とはあまり言わない。例えば、form一つ作る時も背景を理解して実装を行う。様々なセキュリティリスク考慮して、フレームワーク選択している。

自分なんて、必要な部分しか見なかったし、そもそも調べる意識がなかった。ある時、私は仕事が早くなったと息巻いてたが、今思うとなんてことはない。単にググるのが上手くなっただけだったのだ。



3. 英語ができるのは当たり前

少し変わった環境で、いろんな国籍の人が働いている。スペインイタリア、聞いたことのない国の人もいる。しかしながら、彼らは一貫として英語がしゃべれるし、書ける。「え、公用語でしょ?」と言わんばかりだ。

からなのか情報キャッチアップが早い。わからないところはissueを漁るし、質問する。まず当たるのは公式だ。英語英語のまま取り入れる。

総意の認識であると思うが、プログラムの1次ソース英語だ。私たちの目に触れる多くは優秀な日本人エンジニア翻訳した情報である。そもそも張っているアンテナが違う。



あと、上手くは言語化できないのだが、そもそも降りてくる情報自体が綺麗に整ったもの、絞られたものが多いのだ。そのため、泥水をすすることが少ないと思う。だからなのか、過程をすっ飛ばして答えを求めるサイトが多いような気がする。



では、この意識の違いはどこから来るかというと、日本という環境が大きいのかもしれない。



まず日本は、他国に比べて内需で食っていけるような環境である

企業の発展にはエンジニア必要不可欠。そのため専門知識を学んでなくとも、大量募集 - 大量採用が行われたのだと思う。

猫も杓子もコピペエンジニア誕生である

その後、海外の優秀なエンジニアが入ってテコ入れするかと言うとそうではない、日本語という既得権で守られているからだ。



これらによりプログラム世界では日本鎖国状態だと思う。

なので私たち気づきにくい。世界トレンドとか、プログラムの書き方とか、考え方とか。そのためコピペエンジニア自分コピペエンジニアと知らないまま成長し、なまじ仕事ができて自信を覚え、次のコピペエンジニアを育てる仕組みが出来上がっていると推測する。

ここ数年でエンジニア主体とする会社が増え、そのような意識が変わってきていると思うが、浸透するにはまだまだかかるはずだ。



根本的な解決となると、日本のあり方、教育を変えていく必要が出てくる。一例あげると、新卒一括で学部関係なくなんでもなれることはそもそも間違いなのだ。(自分はその経緯でエンジニアにならせてもらったことは棚にあげる)



しかし、それらは海外の優秀な人たちと同じステージに立つことを意味する。私たちは様々なジレンマを抱えている。

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