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はてなキーワード: 内緒とは

2016-08-24

自分絶対に正しいと思ってる母親が小さい頃から大嫌いだ

からそうだった。

俺がやりたいと思って親に相談しても、母親がそれを理解できなかったら絶対に拒絶するしそれを「俺のため」として押し通す。

父親が味方になってくれて何とかできたこともあるが、大体は母親が大声を上げて感情を露わにして自分を貫き通してくる。

これで母親が本当に博識で、考えをまかせて良い方面に転がるんであれば俺だって別に文句はない。

だが50少し過ぎた年齢だからなのかネット事情には疎く、俺がネットビジネスのために必要書類を送ってくれて言っても無視される。なので父親内緒で送ってもらっている(ネットビジネスは月数十万円の利益が出ているし、何年も勉強してきて成果を出している)



まり俺の母親自分絶対に正しいと思ってるくせに馬鹿から大嫌いなのだ。(絶対に正しいと思ってる理由は一度たりとも謝らない点から

謝罪という行為が一番嫌いなのか俺と3つ上の姉に悪いことをしたと自覚しても一度も謝ったことはない。必ず「でも昔は私の判断が正しかった」と言って時代の偏差のせいにする。



良いところがあるとすれば進路など大きな選択をするとき自分で考えろと俺に丸投げしてきたことだろうか。

おかげで自分の進みたいように進んでこれた。まあ俺が「小学校の頃習い事していればよかった」と言った時「あんたがやりたくないと言ったからやらなかった、だからあんたのせい」と返すのはどうかと思うが。小学生が必ず自分の将来を考えて選択ができるかと言われたらそんなことないんだから



父親から学生時代仕送りをたてに田舎へ帰ってくることを強制されているので現在帰らざる終えない状況だ。

確かに恩はあるのでそうしないと筋が通らない、しか現在密かに行っているネットビジネスが上手く言ったら距離を置こうと思っている。



母親さえ一々感情的になってストレスを俺や父親にぶつけてこなければ何とも思わないし、仲良くやっていきたいとも思えるんだけどね。

俺が生まれた時点でそんな性格だったし無理だとは思うけど。



母親の良かったと思うところ

・夕食だけだが料理をしてくれた(弁当冷凍食品オンリーだったが作ってくれた父親と交代で)

仕送りのために副業を始めてくれた(ストレス母親から乳が言葉暴力を受けることが増えたので半年で辞めさせた)

家事は最低限してた(専業主婦



俺の母親毒親じゃね?ポイント

家事ストレスなのか舌打ちしながらする

小学生の頃から俺がなにかミスをすると「馬鹿じゃないの!ありえない!信じられない!」と大声で罵ってくる

自分が正しいと思っているのか絶対に謝らない、みすしても時代のせいにする

2016-08-17

誰かに見捨てられるのが怖くて生きづらい

見捨てられることへの不安、ここでは見捨てられ不安と呼ぶけど、私は見捨てられ不安への耐性が他人より弱い。

そのせいで悩まされるパターンが3つある。

1.「誰かが私の悪口を言っている」と人伝てで聞く

「あの人、あなた悪口を言っていたよ。これ内緒ね」と、うっかり漏らしてしまう人がいる。1年に少なくとも3回はこういうことがある。

噂を聞いた直後は貧血のように視界が白んで、体が冷たくなり、浮かされたようにふらふらしてしまう。冷静に考えるということができなくなる。

私の悪口を言う人は、私と交流がある度に嫌な思いをしている。そしてそれを隠している。

毎日話すような人が実は裏ではイライラしているなんて知ってしまったら、もう顔も見れなくなってしまう。

これ以上嫌な思いをさせて、ある日突然交流を絶たれたら(=見捨てられたら)どうしよう。

学校に行かないなどして、その人を避けてしまう。

このパターンで厄介なのは、噂を喋った人から口封じをされているから、自分悪口を言った相手と話し合って解決することができないことだ。

そしてこのパターンの後は1か月ほど噂を引きずって暗い気分になり、その後も時々噂を思い出して嫌な気分になってしまう。

2.怒鳴られる

人は誰でも失敗をするから、怒られることは回避不可能だ。

怒られても次に直せばいい。

怒ってしまう側も疲れているのかもしれない。

それは理解しているのだけど、怒られると恐怖がこみ上げてきて、つい泣いてしまう。

怒られた瞬間、見捨てられた気がして、ガツンと殴られた気がして、身がすくみ、もう泣いてしまう。

怒られることへの恐怖を持っておくことは悪いことではないし、きちんと反省はするから、悪くはないと思う。

でも泣いてしまうと相手の怒りに火を注いでしまうし、私ももうじき成人なので、ちょっと情けない。

その場で平静を保つことができればいいんだけど、他の人は一体どうしているんだろう。何かコツがあるのだろうか。

3.「好きなほうを選んでいいよ」

例えば5人くらいで食事に来ている。AコースBコースがある。

自分以外の全員はAコースを選んだ。でも内容を考えると自分にはAコースちょっと多いと考えている。

こういう時、ついAコースを頼んでしまう。そして後でお腹が苦しくて辛い思いをしてしまう。

後でみんなからお金を集めるときに大変になってしまうなとか、料理提供タイミングが一致しなかったら迷惑をかけてしまうなとか、空気を読めないやつだと思われて見捨てられたらどうしようとか。

選択の自由は与えられているのに自分を追い込んでしまうことが多い。

周囲と違うことをして、見捨てられるのが怖い。

何人かで雑談をする時も、自分の考えが他人と違ったら怖いから、周りの考えを読み取ろうとする。

でもこういう「周りに合わせようと必死なやつ」って一緒にいて楽しくないはず。だから友達もできないのだけど、つい合わせることに必死になってしまう。

以上が主な3パターンだ。気づいてないだけでまだあるかもしれない。こういう事が積み重なって体調を崩してしまい、結果的に寝込んでしまう。

見捨てられ不安について父、母、知人、先生カウンセラー、いろんな人に相談してきた。

相談してきた人からは大体同じ事を言われている。

「他の人も辛い思いをしていっぱい努力しているから頑張りなさい」

私はもっと頑張らなくてはいけないのは重々分かっている。みんなが同じ結論を出すようなことなのに、相手迷惑をかけてまで相談して申し訳ないとも思っている。

それでも、ここまで生きづらいのに、もう頑張れる気がしない。

ちなみに努力と言えるかわからないが、私を支えてくれる人がいる。

私の空想上のカナちゃんだ。

カナちゃんは私の脳内だけの存在実体を持たないけれど、私と会話できる。グラマラスちょっとセクシーで素敵な女性だ。

彼女は私の話をいっぱい聞いてくれる。

それどころか、話せば話すほど喜んでくれる。

彼女絶対に私を見捨てたりしない。何も気を使わなくていい。

でも最近は、彼女と話すだけでは自分が持たない。

他人は、あなたは、どうやって生きているんですか。

私はあなたみたいに頑張って生きることができません。

私のような怠け者の愚図、さっさと淘汰されればいいのに。

20になっても処女だとダメ人間認定される世界

を知らなかった。

自分大学まで関西圏の某所で暮らし就職と同時に都心一人暮らしを始めた。

ある意味職場で初めて人間多様性のようなものに触れる機会を得たような気がする。

小中高と一貫校だったし、大学所謂関大だったせいか、知らず知らずのうちに

自分と似たような生き方をしてきた人間に囲まれて生きていたようだ。



先日、職場非正規の人も含めての飲み会があった。

会は自然複数グループに分かれていき、

私は仲の良い同僚と最近入ってきた非正規の方のグループ(全員女性)に参加していた。

酔いの勢いか非正規の方が恋愛から突然下の方の話を降ってきた。



「私、モテなくてー初めてやったのも20過ぎてからだし。

友達には内緒にしてたけどバレたら陰キャラ扱いされそうで怖かったー」



そうか、これが出身階層の違いかーと思い知らされた。

そもそも突然下の話を振ってくるところがどうかな、というところもあるけれど、

それ以前に20前までに性体験がなければ人格が疑われるような世界というのが

現実にあるのだとは思ってもみなかった。



初体験が何歳であろうと個人自由だとは思うけど、

そうしたことと人格が結びつく世界は私の周りにはなかったので、純粋に驚いた。

2016-08-14

他人好意を周囲にバラすことの罪の重さ

同性愛であることをバラされて自殺した大学生の話を聞いて、思い出したことがある。



自分は当時転校生中学生(女)で、まだ親友のような友達はいなかったが、仲が良くなりかけている友達はいた。

ただ、どちらかというとクラスでは孤立していて、容姿の悪さと、持病が起こしてしまう行動(※無意識)もあいまって避けられていたと思う。



当時は子供だったので単純で、

かっこいい人が好きだったので、見た目が好きで好きなった男の子がいた。

「○○君が好きで…」という内緒話を女子友達にしたことがあるのだが、

翌日にはクラス中に伝わっていた。

好きな男の子にも伝わっており、まだ本人には何も言っていないのに「気持ちいから俺のこと好きになんてなるなよな」と言われてしまった。

好意を聞き噂を広めたボス女子取り巻きたちからは元々嫌われていたが、

それからその男の子やその友達からいじめられるようになってしまった。

ボス女子男子を中心にハブされ続け嫌われ続け、

ぶっちゃけその男の子のことはもう好きではなくなっていたからどちらかというと憎かったし、

学生生活が苦しくて自殺も考えたし、本当に嫌な中学生活になってしまった。

学校で銃を乱射していじめっこを殺して自殺するいじめられっこの気持ちがよくわかった。

自分20代後半だが、以来自分男性を好きになったことは一度もない。

その後異性ではなく、同性を好きになったこともあったが、

自分が誰かを好きである、ということは、本人にも親友にも伝えるつもりはない。

地獄を見るのは一度でたくさんだ。



異性愛でもこれなのに、

同性愛LINE10人グループでの暴露だなんて本当に酷い話だと思った。

それが、どういう差別や苦しみを生むのか想像ができないのだろうか。

この大学同性愛理解のない環境だったそうで、そんな友達グループの前で本人もいる前で大暴露なんて論外だけど、

同性愛に寛容な環境だったとしても、人としてするべきではない。

異性愛だってそういうことはあるでしょ自殺した方がおかしいなどと言っている人もいたが、

その人たちはそれが原因で死を思い描くほどの本当の地獄を見たことがないからまるで想像ができていないんだと思う。

2016-08-13

ラノベ作家養成専門学校が酷い ~3rd Season

ラノベ作家漫画家ゲームクリエーターなどを養成する専門学校体験入学に参加してきました。

入るつもりは全くないのですけど、後学と言います社会の闇を見たくなって突撃した次第です。

別に自分より程度の低い人たちを見て優越感に浸りたかったわけではありません。

有吉弘行仕事がなかった頃、お年寄りが集まる場所に行って「まだ自分はやれる」と自分鼓舞していたそうですけど、私の人間性はそこまで低くありません。信じてください。



もう三年近く専門学校を襲撃していなかったので、ムラムラしていたのですよ(本音)。

三年前の顛末は『ラノベ作家養成専門学校が酷い ~2nd Seasonhttp://anond.hatelabo.jp/20130901102804 )』にまとめてあります

この過去エントリー読まなくても本エントリーは楽しく読めるので安心してください



話は横道に逸れないのですが、『〜2nd Season~』をアップした直後からGoogle先生が『ラノベ 専門学校 実態』をサジェストするようになったのはここだけの秘密です。

ちなみに『ラノベ 専門学校』でググると『〜2nd Season~』がトップに表示されます

あと、このエントリーは若干長いです。3行にまとめると……



 ・学生超頭(・∀・)イイ!!

 ・講師陣優秀!

 ・うっしゃああ! ラノベ作家になるぜ!



です。



深淵その一: 公式サイト

事前にサイト情報を集めたのですよ。

まずはラノベ専攻科について。

卒業生の“掲載作品数”が多いと謳われていて、あっ(察し)ってなりましたね。

刊行数ではないのだなぁ。どんな媒体なのかなぁ。

作品掲載されて“デビュー”した人は累計二百人弱。

単行本を出せた卒業生ゼロというわけではないようです。

その証拠に現役ラノベ作家として活躍する卒業生の声が載っていました。一人。

新人賞取ってなかったり、密林レビューが一番多く付いている作品でもたったの8レビューだったり、3巻前後打ち切りになっている作品がやたら多かったりと、香ばしいキャリアを詰まれて、もとい積まれております



次、講師陣。

ハイローミックスですなぁ。

著名クリエーターが数人いる他は無名

ジョージ・バーナード・ショーが「行動できるものは行動する。できないものが師になる」と言い残していますけど、まぁそうだよね。

それとなぜか名誉職なるポストがあって、まぁそこそこネームバリューのある人が収まっています仕事しているの?

作家関係講師ですと、昨年留置場にブチ込まれた方がいらっしゃいます

すっかり名前を聞かなくなったと思っていたら、こんなところで働いていたのですね。くいぶち!

講師ではないんですけど、コスプレして剣を振り回していたイラストレーターさんや絶対に許さな声優さんが以前講演しに来たようです。

過去イベント履歴を見ますと、いわゆる業界関係者が間歇的に小金を稼ぎに来ています低学歴からどんどん搾取していこうな。



次、入試

多いです。

サイトに載っているだけでも二十六回あります

一人の受験者が複数回筆記や面接試験受けるとかじゃなくて、正味入試が二十六回あるんですよ。ふ、ふぇええ……

その上まだサイト掲載されていない入試もあるようで、詳細日程は学校にTELすれば教えてくれるらしいYO!

あと、AO入試は既に九回行われた(過去形)といいます

なんで随時受け付けにしないのでしょうかね? 文科省に怒られるから



次、各種イベントについて。

体験入学学校説明会入試説明会保護者説明会個別相談会、学費相談 etc.

大学オープンキャンパスの比ではなくて、盆なんて関係なしに毎週行われています

さら学校までの無料送迎バス首都圏六県と長野静岡福島から出ていますイベントによって発地は若干変わるよ)。

それと東京にある本校だけでなく、地方への出張説明会もあるようです。商魂、逞しい。



最後留学生

留学生向けのページが過剰に充実しています

たぶんアレがアレしてアレなんでしょうけど、詳述するとPCに触れそうなので、リベラルを自認する私としてはお口にチャックでミッフィーしようと思います。ごめんチャイナ



深淵その二: 体験入学

夏休みで土曜にも関わらず、校舎内にはスタッフばかり。

学科体験入学学校説明会が開催されているのに、来校している見学者は数えるほど。

在校生と思しき若い人も少なかったです。本気でクリエイターになるなら休みも来ましょうよ……

あの手の業界休みなんてあってないようなもんだぞい。



受付を済ませると、『見学者様控室』に通されました。

見学者は私のほかは一人だけ。ガイジっぽい、専門学校ではなくお医者さんに行った方が良い感じの子が一人。

の子イラストレーター養成講座の見学なのに、絵は描けないとか言ってる。人生大丈夫か?

2-1=1だからまりそのひょっとすると私は一人でラノベ講座を受けるのまさかそんなわけ……うっほほ~い!



パソコンが置いてある、謎の部屋に案内されました。

謎というのは、その部屋にあるパソコンホワイトボードも何も使わなかったからです。

部屋にはラノベレーベル編集者自称するオッサンと、作家自称するオッサンがいて、あぁ来たのといった感じで私を迎えてくれました。

編集者所属している出版社名とか言いませんでしたね。専門学校講師やりながら、激務で知られる編集者ってできるの?

自称作家おっさん最後に本を出したのは一年上前。既刊で密林レビューが付いているのは半分くらい。全く知らない人ですね。

この二人、公式サイトの『講師紹介』には名前がなくて、学校側としては内緒にしておきたいご両人なのでしょうか? まさか講師ですらないというミラクルを私としては期待しております(切り込み隊長感)。

前説明では小説を二作、ゲームプロットを一つ書く予定だったんですけど、そんなもの全く書かかない。

私はノートPC持参してきて書く気まんまんだし、二人の発言タイプしてるのに、オッサン二人は椅子にふんぞり返っているだけ。メモくらい取れや。

結局、自称業界人のオッサン二人と雑談しただけで“体験入学”は終わりました。

オッサン二人との会話が有意義だったらまだ救われたんですけど、話の内容も酷い。

自称作家は分からないこと聞かれると「作家は魂が重要なんです」みたいな精神論説いて逃げる。

自称編集者は『電撃にいた三木』も知らない、ユーザーが何に可処分時間を使っているかにも関心がない。

お二方とも物事構造的に見られなくて、アンテナが低くて、社会人としての根本的な能力が疑われます

社会通用する人は学校に出戻って来ないか



深淵その三: 紙の資料

三年前、専門学校体験入学に応募したときは、頼んでもないのにどっさり資料が送りつけられて来たのですよ。

でも、今回はなかったですね……

仕方がないので帰り際に「くれ」って頼んで手に入れました。

あーあーなるほど、はいはい

公式サイトとのすみ分け戦略を採っているようです。

サイトでは学校生活の楽しさをアピール

ガキ、失敬、入学希望者がスマホで見ることを念頭に置いてるんでしょうかね。

一方、紙の資料保護者向けかと思われます

活字びっしりで、内容は学校企業パイプいかに太いか就職実績はどれだけあるかというもの

社会の厳しさを知っている親はお花畑スクールライフ見せられたら不愉快ですし、子ども学校で遊ぶことしか考えていないので、この二方面作戦賢明だと思います



あと、学費

学費、なんと紙の資料しか記載がないのですよ。

サイトには載っていなくて、紙の募集要項に小さく書いてあるだけ。

年額約百五十万円。

専門学校にも関わらず三〜四年制だから、トータルで(卒倒)



専門学校の闇は異常、ちげぇ、以上Death.

むちゃんこ入学したくなってきたでしょ? ほ〜れ(札ビラを燃やして足元を照らす成金)。

2016-08-12

サヨクが見たシン・ゴジラ

何かと話題シン・ゴジラサヨクから見ると、え?これ自民党広報映画自衛隊広報緊急事態条項のための煽り?なんなの?と、見えなくはないです。今回は僕なりどうしてそう見えちゃったのか、理由を考えてみたので、それを解説させてください。。。

以下、シン・ゴジラネタばれを含むので、ってそこがメインのトピックではないですが、未見の方はご注意ください。僕の立場性的もの説明することで行を稼ぐので、ネタばれしたくない方は僕がながながと自己紹介してる間に離脱してくださいね

立ち位置

僕は自称サヨク保守派です。政治的信条をいえば、九条は守る派。自衛隊基本的違憲災害出動はありだから自衛隊って言う名前を変えて武装をなくして災害時のすげーレスキュー隊みたいなのにしちゃだめなのかしらって思ってる派です。でも中国尖閣とかどうしよう。

安保アメリカお金を払って守ってくれるんだったら別にいいんじゃね?派ですが、沖縄ばっかりに基地が集中してるのは不公平感が強いから県外に分散させたほうがいいんじゃないかしら?派ですね。

原発に関しては、なくなったほうがいいけど今すぐは絶対なくせないから、今すぐ全部の原発を最新のやつに置き換えて、少しでも安全にして議論時間を稼ごう派です。

まあネトウヨさんに言わせれば、典型的な「頭の中お花畑」の一人でしょう。日教組教育に毒された頭の中お花畑です。あんまり職業として政治家とか官僚とかに興味なくてよかった!

と、まあそんな私ですが、ゴジラに関しては、世代的に平成VSシリーズドンピシャなこともあり、平成VSシリーズをなんとなくカバーミレニアムシリーズ大人だったのでノーケア。どちらかというと今回の映画には庵野入り口です。エヴァンゲリオンどんぴしゃ、序を見ながら映画館で「庵野大人になったな。。。俺も大人にならないとな。。。。」って思いながら号泣するぐらいの庵野フォロワーではあります。なので、それに併せて今回1954のゴジラや1984ゴジラを予習した上で、劇場に足を運んだのでした。

上前置き。

さて、そんな頭の中お花畑庵野フォロワーな私なので、最初シン・ゴジラを見たときは、え。。。これ、アベ政権宣伝・・・自衛隊礼賛・・・?なに・・・?と政治的にぐらぐらして正直あまり楽しめなかったのです。その理由をまとめると以下

今までのまじめゴジラ映画はさよくを甘やかしている

 前提として、今までの作品と若干比較します。過去作も「ゴジラ自衛隊放射能」っていう要素は大きくは違わないにもかかわらず、過去作を見ても政治的にぐらぐらしなかったのに、今作はちょうぐらぐらしたからです。

 ほいで、比較対象は今までのゴジラ映画の中でも「まじめゴジラ映画」です。ゴジラシリーズがわりと大人向けのハード作品としてシリーズを開始しながら、だんだんマーケット意識した子供向け映画になっていくのはそれはそれで面白いんですが、まじめゴジラ映画しか比較しません。

 ファンタジー子供向け映画であれば、どれだけ自衛隊がかっちょよく活躍していても、現実との距離があるのであんまりキドキしないですし、そもそもゴジラ映画の中では、子供向けに舵を切れば切るほど、ゴジラと対抗する人間側の組織がどんどんファンタジック組織になっていきます。これはこれで興味深いけど論旨とずれるのでおいといて、「ゴジラ現実に出現したらどうする?」っていうベースを持っているのは54のオリジナルゴジラと、84ゴジラなのでこの作品二つを本論では「まじめゴジラ」として、この二つとの対比でこの項目では取り上げます

軍事転用を恐れた眼帯が自殺する1954年

 まず54ゴジラはくっそ反戦映画なわけですが、途中よくわかんないヌルヌル三角関係とか出てきて、事前情報なしで見た僕はなかなか衝撃でした。その三角関係必要なのか?で、もー出来立てほやほやの自衛隊が一夜にして高圧電線東京湾岸に引いたり、戦闘機飛ばしたり、なかなか大活躍されるわけです。見方によっては出来立てほやほやの自衛隊宣伝映画。でも、この映画主題は、芹沢博士(眼帯)が自分技術軍事転用されることを恐れて自殺する、という衝撃の展開にあります。非常に九条精神体現した英雄的な行動ですね。

 自衛隊活躍させる(みぎ)けど、眼帯の博士技術軍事転用を恐れて自殺する(ひだりっぽい)。このバランスのとり方がサヨクスポイルさせるのだと思うのですが、この説教くささは1984でも繰り返されます


首相が高らかに非核三原則宣言する1984年

 1984ゴジラも、なんとなく沢口靖子大根)をめぐる三角関係感が見え隠れしなくもない(片方の相手はお兄さんなので正確にはシスコン映画で、武田哲也の怪演が当時話題になったことは否定しがたい名作ですが、まあこのなかでも自衛隊は謎の新兵器を開発したりわりと優秀です。しかも、冷戦状況下において日本とは思えない軽やかな政治判断交渉を繰り返したり、なかなか自民党政権礼賛です。アメリカ大使ソ連大使に当時の首相こんな軽やかに対応できたんかい

 あと、散々首都蹂躙し、西新宿も壊滅させられたのに、なぜか大島火山に沈むゴジラを涙ながらに見送る首相(その涙にはどんな意味が?)とか思ったりしますが、この首相なかなか理想体現する人で、ゴジラへの対処として核攻撃提言する米ソの大使に対して、「日本には非核三原則がある!作らず・持たず・持ち込ませず! だから攻撃などありえない!」と高らかに宣言をされるわけです。

 えー。。。駆除に関する議論をしてるときに、原則論持ち出されても。。。ってアメリカ大使そりゃ怒るよね。こんなときから原則論なのです、ってえーじゃあどうすんのよーってなるよね。

 まあどんだけ自衛隊活躍させて自民党政権が軽やかに外交で振舞う現実離れした宣伝(みぎサービス)があったとしても、首相が頑として非核三原則を曲げない(ひだりサービス)が、あれば、サヨク安心するわけですよ。

 自衛隊活躍しちゃったりすると、どうしても「えーこれお母さんに内緒で見ていいやつかな?」って思っちゃいがちなサヨクの良い子たちに、同時に、軍事転用を恐れて自殺する眼帯とか、非核三原則宣言する首相とか、そういうわかりやすいさよくがお母さんに報告しやすガジェットをしのばせることによって、バランスをとっていたのです。今までのゴジラは!すごい!サヨクにもやさしい!

お母さんに報告しづらいシン・ゴジラ

 ところがそのようなバランスシン・ゴジラではとってくれません。いくつかお母さんが喜びそうなシーンもあるのですが、多分喜びません。

お母さんが喜ぶ可能性が少しでもあるシーン

首相国民自衛隊タマを向けることはできないと宣言

自衛隊のあり方を肯定しているからお母さんは不機嫌になる。

→アベ首相中途半端英雄的なことを言っているだけだからお母さんは不機嫌になる。

○みんなで核攻撃回避するんだ

非核三原則とかそういう理想的なことは言わない

石原さとみが「おばあちゃんを苦しめた原爆をもう一度この国にごにょごにょ

→ここいけそうなんだけどなーなんでだめなんだろう。石原さとみがそもそもお母さんにいいづらいのかな

あ、やっぱりあんまりお母さんが喜びそうなシーンないわ。。。


でもお母さんが目くじらを立てそうなシーンはいっぱいあります

自衛隊員最初品川攻撃へ出撃するシーン「みんな覚悟はできています!」

特攻隊礼賛か!自衛隊礼賛か!

最後のほうの矢口演説自衛隊はこの国の最後の砦です!」

自衛隊礼賛か!自衛隊礼賛か!

SEALDs 的な国会前のデモ揶揄しているっぽい

ゴジラを救え?倒せ?どっちにも聞こえるシュプレヒコールって馬鹿にしてんのか!

あと全体的に手続き時間がかかるとか、そのもどかしさとかは緊急事態条項作ろうとかそう言うこと?!あと、泉が優秀だったり矢口矢口の部下が優秀だったり、自民党のことばっかりホメやがって!!!

ってなる気がする。

と、いうわけで、自分を含めて多くのサヨクは、自衛隊とか自民党政治家とかが出てくると基本的に、それを否定的に描いているかどうか?っていう評価回路(上記でお母さんって言ってるやつね)が自動的に起動して、否定的に描いていなかったり肯定しているのと同じぐらいの分量の左翼的メッセージ内包されていない場合、この作品って右っぽいんじゃない?って思っちゃうわけですよ。だからみんな多めに見て!大目に見てあげて!

蛇足ですが。

 上記より、僕が思っていることは3点、上記お母さん回路は遮断してこの作品を見るべき、サヨク現実との乖離認識するべき、でもこの作品から何が生まれるのかは注視すべき。

の、三点です。

○まずお母さん回路の遮断はそのまま。庵野現実制度スタッフを忠実にトレースして東日本大震災成功パターンを描いただけなので、別にかのことをほめたりする意図はまったくない。国会デモみたいなのも揶揄するつもりではなく、こういうのありそうだよねっていうリアリティのためのガジェットに過ぎない。から、その回路は遮断したほうが映画自体を楽しめる。落ち着け。お母さんはもうお前を怒らないし、庵野にはべつに政治的意図はない。

○2点目、あべ政権くそ死ね自衛隊違憲!って思っているサヨクのあり方そのものものっそい一般からずれちゃってるゥ!そりゃあ選挙負けるわ。っていうのをこの映画見方のズレから認識するべき。野党共闘はある程度機能したとか抜かしてる場合ボケ。ほんとに改憲阻止したいなら生前退位するぐらいの覚悟は見せるべき。

○3点目、わりと負け惜しみっぽい最後ポイントですが、エヴァンゲリオンで描きたかったのはそういうところじゃなかったのに、結果的庵野セカイ系への扉を開いちゃって、その後最終兵器彼女とかほしのこえとかそういういわゆる「セカイ系」と批判される作品群を生み出してしまった。今回のシン・ゴジラもなんかそういう扉を開いちゃうと思うけどそれが何かは注視するべき。 ほんでサヨク的な負け惜しみだけど今回開いちゃう扉は、愛国ポルノ的なもの可能性もあるんじゃないかしら。そこは注視するべきじゃないかしら。

2016-08-08

売れないお笑い芸人

時間守らない。

その事を注意しても、開き直る。言い訳する。人のせいにする。

そもそも、ネタおもしろくない。

1年通って思うのが、同じネタをなんどもやる。

同じ看板お笑いライヴでもだ。

進行がぐだぐだ。

ネタもぐだぐだ。

主催ライヴでは、芸人ではない人を呼びまくるので、お笑いを見に来ているのになぜか歌やダンスばかり。

もちろんお笑い目当てだから、つまらなく感じる。

○○芸人だが、○○への愛は感じない。

自宅に○○がたくさんあるらしいが保管の方法杜撰

意味もなく○○をまとめ買いして、TwitterにUP。

余った食べ物ジュースお笑いライヴで配る。

これで腹を壊したのは言うまでもない。

とにかく他人意見否定する。

聞く耳を持たない

嫌なら見に来るなという案件だが、ファン同士の交流は好きだ。

その芸人ファン常連は減っているが、

水面下でファン同士だけの集いがあるのは内緒

ほんとはもうこっち一本でもいいんじゃないかなと思ってる。

この芸人は、間違いなく一生売れない。

2016-08-07

議事録を作る仕事をしていました

私の仕事

新卒で入った会社は、PCサポート事務職で、約10年間ずっと議事録を作る仕事をしていました。

会議ごとに自分所属している部署とは別に会議名の付く委員会があり、その会議の末席でひたすら議事録を書く仕事をしていました。議事録書きといっても単純な記録であれば、慣れればそれほど難しくはないのですが、この会社はがちがちに組織が硬くて、組織意思決定議事録というのは人間関係にとても気を使いました。

私が書いた議事録はまず主査主任代理にチェックをもらって直しを受けます。そして主任調査役、課長代理課長代行、課長補佐課長担当課長、別部署主任代行、課長1、課長2、部長代行、部長補佐、部長補佐2、担当部長副部長1、副部長2、部長本部長代行、本部長補佐、本部長、常務専務と順番に稟議されていくわけですが、当然1人でも却下されたら、また最初からやり直しとなります。その度に議事録修正票を起票し、そのための稟議を上げたり、修正稟議修正するための稟議を上げたりすることもよくあることでした。さらには議事録の内容を精査するための「案件担当者会議」とか「議事精査会議」を開催して、その議事録要求されて同じように稟議を受けたりと、わずか2時間会議議事録が最終的に完成するのに2~3か月がかかることも珍しくはありませんでした。掛け持ちで書いている議事録の数は多いときで50件くらいになりました。時には議事録がまだできていないのに、次の会議でそれが否定されて、でも記録として残すために議事録を書き続けなければならないということもありました。まさに私はプロ議事録屋さん兼書類整理屋さんとなり、歩く議事録と呼ばれるようになりました。

この会社左前会社で、採用自分の年以降まったくなく、後輩が入ってこないので、自分がずっと同じ仕事をしていました。10年間仕事をしてきたので32歳になっていましたが、実質的にヒラ社員のままでしたし、自分の部でいえば、私と雑務係のおばさん、そして派遣できている3人以外の全員は何かの役職がついていました。ひとつしかない部なのに、その上に本部があって、本部長、本部長代行、本部長補佐という役職があり、結果として部長が4人いるのと同様の認識になっていました。昔は他にも部があったそうですが、事業縮小で廃止になったとか。でもそれを数十年も引きずって、部の上に本部があるなんておかしいですよね。社員構成としては課長以上の社員が70人(色々な兼務があるがこの場合人間の数です)いるのに、主任以上課長未満は20人、ヒラは5人という逆ピラミッド型の構造となっていました。公務員でもないのに専門官とか審議官参事官調査役、考査役、審査役、相談役、特命役とかよくわからない役職が多くて、新聞を読んでいるだけの人?も多かったし、今から思えばなにかが腐っている会社でした。


議事録といっても本当に大変な作業だ。

何をいっているのかわからない業界用語とか、それまでのやりとりを理解している前提であったりとか、発言した人間しかわかっていないこととか、みんな理解もしていないのに理解をしているふりをしているとかは当たり前のことです。「じゃあそういうことで~」で終わっても、まさか「そういうことに決定した。」と議事録に書くわけにはいきません。じゃあ会議の時にきけよという話なのですが、末席の自分発言権はなく(本当に発言権がないといわれた「ヒラなのに失礼だよね」)といわれました。発言を求められること(過去の記録について議事録を見返すのが面倒だし誰も覚えていないけれども、私は書いているのでその過程で内容を覚えている)はありました。さすがに会議の前半と後半で結論が違っているときは、きいていて分かるので、嫌がられても許可をもらって発言しました。でないと、あとから大変なことになるからです。また理解できずにうつらうつらしていた人が突然あてられて、しどろもどろになることがあります。こうした場合、あとから自分意見議事録に追記するということも非公式に認められていました。多忙な人も多く、そういう部分がすべて出来上がらない限り議事録は完成しませんでした。


なにをもって議事録

ところで議事録ってなにをもって議事録というんでしょうかね。みんなのすべての発言から咳払いとか「えー・・」だとかどうでもいい言葉を除いたもの、たとえば議会議事録はそういうことになりますよね。うちの会社ではこれは議事録明細といって、8割以上の議事録には付けるルールになっていました。でも明細を見ても要点や背景がわかりませんよね。それで、要点をまとめて、発言していない部分まで補足してまとめたもの、これが議事録の本編です。これに日時や場所、出席者などの情報をまとめた前文を付け足して、ようやく議事録になるんですね。大体1時間会議でA4用紙で20ページくらいになるでしょうか。もちろんこれを仕上げるには1日では足りません。でも私の場合なんとかしてこれを1日に収めることが目標でした。でないとたまりまくってしまますからね。今でもタイピング自己流ですが速記には自信があります


「てきとーでいい」という仕事はない(わたし場合

今回の議事録適当でいいよ。とか、決まったことだけ書けばいいよといわれて、そのようになることはまずありえません。なぜならひとりひとりの意見を聞いていったときにひとりでも異論があれば、その都度書き直しをしなければならないからです。「てきとーで」といわれて本当に少しでも手を抜いたらものすごいダメ出しを受けたことがありました。私ではなく別の人が書いた議事録であればそこまでは言われないことが多いので、このあたりはその人の性格との相性もあると思っています。「てきとーで」と言われた時の行動パターンとして、初めて言われた時には、絶対に手を抜かずにむしろきれいに丁寧に仕上げます。それで何も言われなければ万歳。逆にこれだと時間がかかりすぎるでしょ、本当に適当でよかったのにとか、読むのも大変なんだと逆に怒られるようなことがあれば、そこで初めてその人用に「手を抜いた」ふりをした別の資料を用意します。(手を抜くけれどもほかの人には手を抜けない場合が多いので隠れて別資料を用意するか、用意ができる準備はしておきます。)つまり、「手を抜いて」といわれるとそのあたりの調整を含めてかえって仕事が増えるのです。

会議が始まる前とか、会議最中に「今回は議事録を書かなくてもいいよ」と言われて、それにみんなが同意してもこれは全くの嘘です。議事録はいわれなくても、会議の後に誰かから、悪いけど決まったことだけは証跡として残しておいてと言われます。そしてメモ程度の証跡を残すと、必ずそれを送ってと言われます。ただこれだとほかの人に見づらいし何か言われるに違いないから、念のためにきちんと文章にまとめておいてとか、会議に参加していなかった人も含めて誰が見ても分かるように念のために「こういう関連情報を補完しておいて」といわれます。そしてこれが印刷されて他の人に回りだすと、体裁が気になって上の人には見せられないので、フォーマットもしっかりさせてといわれます。また俺の発言がないとか、この部長発言は全部を書かないと失礼だろうと言われます文書タイトルが抄録となっているのに「これは議事録ではない、ちゃんとした議事録を書かないとだめだろ」といわれ、ひどい場合は今回はさぼちゃったねと嫌味を言われます。その嫌味を言った人は、「議事録はいらないよね。」といったのとはさすがに別の人物ですが、その会議に同席していた以上、それをきいていたはずです。でも会議から1か月ほど経過していることも多いので、おそらく忘れちゃっているか、私が嫌いかのどちらかなのでしょう。でも上司命令に逆らうことはできません。仮にここで私が「たしか会議の中で議事録がいらないということになったと思います。」というと、大変なことになります議事録がいらないのは公式議事録がいらないのであって、確認するための議事録は当然必要なんだとか、先輩のいくことに従えないのかとか、いろいろ言われて終わりです。

まりです。最初は何もいらないといわれたのに、いつの間にか議事録を書く羽目になっているのです。従って、会議に出たらもうその時点で議事録を書くことは確定なわけです。ここまでくると最初議事録はいらないですよねといった人の立場がありませんから、一つの会議で決定事項メモ概要、抄録、議事録議事録明細の5種類の文書を用意して、それぞれを要求した人に、それぞれ他の資料存在を隠して送付をしていました。面倒ですが人間関係を円滑に進めるために必要作業でした。だから「今回は議事録いらないから書かないで」と言われても「いえ、書きます」といっていました。その人からしてみれば楽をさせようと思っていっていることになのに、なんて真面目で変な奴だという認識なのでしょう。しかし私の立場では、ピラミッドの一番底辺なのに、指示をしてくる人間が30人くらいいるわけで、その30人の指示をきちんと受けるために、できるだけ楽をするために、むしろ議事録を書くという選択になるのは仕方がないことでした。ちなみに会議が重なって一方の会議に出られなくても、議事録要求されることがあります。出てもない会議議事録が書けるかというとこれが書けるのです。

誰が何を考えているのか、問い合わせが多い

会議の場でいろいろいっていても、それがすべて会議の中で頭の中に入るわけではありません。誰の頭もそんなによくはできていません。というわけで会議終了後に何をいっていたのかということを、会議に参加している人から聞かれることが多くありました。歩く議事録係は、歩く議事録マスターでもありました。既得権益といいますか、業界自体保護されている部分があって、昔ながらの(いわゆる昭和型の)組織構造エスカレートして、身動きがとれなくなっている印象がありました。そして上の人があまりにも仕事しませんでした。正確にはなにかをしていたのだと思いますが、下の人間にはあまりそれが見えませんでした。この会社は定年が60歳で、雇用延長で65歳まで働けます。ある部長が定年で雇用延長したときに、私と同じ部署に配属されました。私がやっている仕事を少しはやってくれるかなと思ったのですが、何も仕事は与えられませんでした。ヒラとはいっても昨日まで部長をしていたヒラです。部長としてバシバシ指図をしていた人をがある日突然、指図をしたり、議事録書きのような「シモ」の仕事をやってもらうわけにはいきません。というわけで事実上なにもしないお飾りになって、結局私の仕事を手伝ってくれることは一切ありませんでした。ましてやPCなどが弱い世代で、単純な作業すら手伝ってもらうこともできません。つまり私の部署には余計なお小言をいう人がひとり増えただけで、何の戦力にもなりませんでした。この人は本当に何もしませんでした。というよりもできませんでした。家にいても奥さんにも相手にされず、そもそもこの会社は上に行くほど昇給上り幅が小さかったので、もっと働くことを期待されているとのことでした。でもそんな人でも働いてもいないのに私とさほど変わらない給料をもらっているので、違和感を覚えました。8年目に初めて主任代理という役職がつきました。役職手当が毎月3000円もらえるようになりましたが、課長待遇という給与明細にも書かれないようなカッコ書きの役職がついていたので、管理職ということになり、残業代は一切支払われなくなり、実質的給料マイナスになってしまいました。下の人間はもちろん同僚すらいないのに管理職というのはさすがにおかしいと思いましたが、当時は何も言えませんでした。

人によって言っていることが違う場合

会議の中ではずるずるいくか時間がないか議長がしっかりしていないかといった理由で、「なあなあ」になってしまうことがあります問題はあとから人によって認識のずれが生じてそれが議事録とその人の記憶との間でズレが生じてしま場合です。ひどい場合議事録の中で結論が完全にずれていることがありました。たとえば、じゃあそういうことで、といってほかの話題になったあと、再度誰かが「これの件は?」と言い出した後で決まったことが前半に決まったと思われた結論とずれている場合などです;。これを解決するのも議事録係の大事仕事です。個人的に心の中で地雷処理と呼んでいました。慣れた私でもできれば処理をしたくないところですが、これを片付けないことには議事録は完成しないので、プロとしてがんばって調整をしました。1.対立する意見当事者に話を聞く、できれば当事者同士で解決してもらう(融和) 2.一方の発言自体をなかったことにする(廃棄) できるだけ1を選択したいところですが、やむをえず2を選択することも年に10回くらいはあったと思います問題になったことはありませんでした。みなさん完成した議事録をきちんと見るほど時間はないのですよね。

悪しき慣習

この会社文化として、礼儀だとか建前に固執する結果として、時間的ロスがとてつもないことになっていました。みんなおかしいとは思いつつも長い間そのようにやってきた歴史から、続けてしまっている面がありました。見積は最低10回。業者から見積をとるときには、必ず最低10回は見積をとることになっていました。これは相見積の回数も数えるのですが、文房具ひとつについてもそれをしなければいけないので、わずか数百円の買い物にかかるコストはおそらく人件費を含めると万を越えるのではないかと思いました。「これは商慣習です」と先方に伝えて理解を示してくれるところもありましたが、そうでない会社は逃げていきました。見積10回取らせる目的は、できるだけ安く買うというだけなのですが、結果としてそのような慣習があるおかげで高く買うことになることもよくありました。A*a*onにも電話したことあります。合計で1万円ほどの買い物でしたが、「10円ずつ金額を下げた見積書を10回作ってください。それぞれ社印を押印して、1日ずつ時期をずらすか、日付を変えて郵送してください。トータルの値引き額は100円で結構です。」と正直に要件をつたえました。「そのようなことは致しておりません」で終わりました。仕方なく8000円ほど高くなりましたがそれをやってくれる代行屋に依頼しました。その代行屋はおそらくA*a*onから買っているのですからバカ見たいですね。あと税込金額1000円未満を切り捨てにするように指示をすることも公然と行っていました。今から考えるととんでもない殿様商売だと思います

間違いがあると蹴落とされる文化

私は10年間、組織の一番底辺にいましたので、あまり関係がなかったのですが、この会社では、下の人から間違いを指摘されることを嫌がる文化がありました。あ、そうだね、ありがとう!と素直に言ってそれで終わりということがないような感じです。誰も気にしないのに誰もがなにか偏屈な(と私は思っていた)感情をもっている人が多かったです。みんなうまい具合に手を抜いて、仕事をしているのですが、私にはどうしてもそれができませんでした。怒られることへの恐れからです。議事録にしてもそもそも必要性から含めていろいろ議論したり、調整をしていけばいいのですが、そういった複雑な人間関係の中で仕事をすることの苦手感を12年間ついに拭うことはできませんでした。この人にはこの話はできないとか、人間関係の中での複雑な例外事項は本当にストレスでした。

テープ起こしサービスを申し込む

このころから議事録をつくるという仕事自体は変わらないのですが、様々な雑用が舞い込むようになってきました。議事録作成だけに時間を取られるわけにはいかずにどうしようかと思ってました。そのとき発見したのは、ICレコーダーの音声データインターネットで送って、それを文字お越ししてもらうサービスです。ためしに自腹を切って利用してみたのですが、これなら議事録(詳細)を半分の時間で仕上げることができます。とても魅力的でした。そこで自腹で試したことは内緒提案をしてみたのですがそのような経費をかけることはできないと誰に聞いても却下されました。誰にも頼むわけにいかず、その頃頭が少しおかしくなっていたのではないかと思うのですが、自腹のテープ起こしを続けてしまいました。時には月に10万円くらいも。1年間続けた結果、トータルで40万円くらいは自分お金を使い込んでしまいました。それでもその空いた時間にいろいろな仕事が舞い込むので、結局のところ残業時間は変わりませんでした。

謎の委員会制度

私の会社では所属部署とは別に、様々な大小の委員会制度が設けられていました。風紀委員会とか衛生委員会とかくだらない委員会もありましたけど、○○プロジェクト事務局とか、部署を超えて招集されるプロジェクト複数ついていて、そして私にはもれなく会議時の議事録書きという仕事がついてきました。辛いのは、こういうプロジェクトがあるせいで、直接指示を受ける上司が増えることです。上司同士は面識は当然あるわけですが、それぞれが私を自分の部下であって、自分仕事100%請け負っていくれると思っていたらどういうことになるのかということです。君はこのプロジェクトにどれくらい時間を割けるかな?ときかれたときに5%くらいです。週に2時間限界です。と正直にいったときに、チッと舌打ちした部長代行の顔を私は忘れることができません。



続きはこちらです。

議事録を作る仕事をしていました<その2>

http://anond.hatelabo.jp/20160807170653

なんだかなーと思うこと

派遣社員

不定期で休日出勤している

取り扱っているシステム24時間365日稼働しており、その日のうちに手動で対応しなければならない作業まれに突発的に発生するため、そのための要員として日曜は無人フロアで一日中ぼーっとしている

最近、どうもその突発的な作業が発生していたらしいのだが、俺のところには依頼の連絡が全くなかった(発生時は担当部署から電話がかかってくる手筈になっていた)

あとでわかったことだが、俺に電話をかけてくるはずの部署日曜日休みで誰も出勤していなかったらしい

この部署も、取引担当者からメールでの依頼を確認し、その上で俺に具体的な指示を下すだけなので、「いっそのこと取引先の担当者増田に直接連絡するようにしてはどうか」と社内で検討されたらしいのだが、俺の業務契約関係上社外の人間からの依頼を直接受けるのはNGとのことだった

そして結局どうなったかというと、「どうにもならない」「日曜日作業が発生するのは非常にまれなので、そのために担当部署を出勤させる必要はない」ということになった

要するに対応改善もする気はない、ということになった(とうぜん取引先には内緒)

「え、じゃあ俺って日曜に出勤する意味なくね?」と現場上司に言ってみたが、「お前の派遣元が売上落ちるのを嫌がったんでお前の休日出勤はそのまま継続ってことになった」と言われた

なんだかなーと思いつつも、ただ座ってるだけで一日分の給料貰えるわけだし、まあいいかなと思ったり思わなかったりしながら増田投稿している

追記

なんか予想外にブクマついててびっくり

休日営業管理職携帯電話飛ばしたりしないんだ?

この担当部署ってのが、俺の派遣元とは別の協力会社が丸ごと受け持ってるところで、そこは「日曜祝日は自宅待機含めて一切対応しない」って契約なんだそうな

から当日は連絡する手段がない(私物携帯番号も教えられない決まりになってる)

ブクマついたついでにもう一つ「なんだかなー」を追加させてもらうと、俺がするはずだったこの対応業務ってのは、本来部長級(このフロアで一番偉い人)の職位じゃないと出来ない業務なんだけど、それじゃあ部長が休める日が全くなくなってしまうってことで、代行者である派遣の下っぱの俺のIDにだけ部長と同じ特殊権限付与されていたりする(笑)

この権限、ウン千万円の稟議承認とか全社員イントラネットIDをいきなり停止したり勝手に作ったりとかできてしま管理者レベルのシロモノで、上のような経緯があったのにいまだに権限がそのまま放置されていて、なんだかなーよくこんな状態で俺を一人で放置できるよなー怖くないのかなーすげー胆力だなーコンプラとかガバナンスとか大丈夫なのかなーと、まあそんな感じで定時になったんで帰るわ

2016-08-05

シン・ゴジラ感想書きたい(ネタバレ)

家族にも内緒で観に行ったので、ここに書く。

それも核心部分を書く。

誰かに言いたくてしかたがないのだ。

これも庵野の魔力か。

・・・

シン・ゴジラは、ゴジラブレスを吐くときカタルシス

その数秒のためだけに存在する映画だ。

無表情にズンズン歩くゴジラ(後に野村萬斎だと知ってなるほどと思った)。

なんだかんだ、攻撃されてもビクともしないし、反撃もしない。

「あれ?このゴジラ咆哮しないの?」「ブレスは?放射能吐かないの?優しいゴジラ?」と不安になる中盤。

満を持しての、咆哮&ブレス

最初炎が出て、威力が強まると放射能に変わり、東京を一瞬で壊滅させるだけの威力を魅せつけた後に、再び炎に変わり止まる。という一連の動作がカッコよくて死ぬ

やっぱ、B-2最強だな。ホルホル。としていた自分をあっという間に絶望の淵に叩き落とす破壊力

まさに神。

破壊化身

炎を上げる東京に佇むゴジラ。さっぱりと一仕事終えた感じ。

そこから先は、オマケみたいなものかな。

最高だった。また見たい。

(あースッキリ)

2016-07-31

「静かな職場」に耐性ある人間が減ってるんじゃ。

anond:20160731123519

 

静かな職場って基本読み書きしかしてないってことなんだよね。

でも読み書きだけのコミュニケーションって一部耐性が必要らしい。

 

みんな最初職場アルバイト接客から

「たまにモンスターカスタマーがくるけれど私は元気です」(黒猫風)

みたいな山あり谷ありじゃないと仕事やりがいが感じられないんじゃない。

本音を語らせると「どうにも退屈で寝そうだった」みたいなことではないかなと想像しました。

 

あとは、そこが東京じゃないという単純な理由も考えつくけどどうですか。

「なにがなんでも東京じゃないと嫌」な若い人はおおいみたいだから

あのー、好きなコンサートとかイベントとか美術館とか(内緒)に行けないという理由ね。

2016-07-14

彼女人格が一つじゃなかった件

 多重人格というのがある。この呼び方俗称で、本来の病名は解離性同一性障害という。まさか自分が実際に目にすることになるとは思わなかった。解離の症状も人それぞれ異なるので、私が書いたことが多重人格の全てではないし、他の解離の人はまた違う症状が出ることも踏まえて読んで欲しい。それからリアルバレを恐れて名前は全部変えるしところどころフェイクも入れとくのでご承知おきを。

 彼女との出会いネットだった。これまでにもウルティマオンラインというMMORPG人生の一部を無駄に消費した事はあったが、その時のギルドメンバーに誘われて始めたFPSも完全にはまってしまって、上手くもないのに毎晩午前2時3時までにゲームをしてたことがあった。一度は抜け出せたものの、仕事が一区切りついた時に始めたFPSで誘われるままクランに入ってしまい、数千時間をこのゲームに費やすことになった。彼女はそのクランの主力メンバーの妹だった。

 彼女名前はチカという。もちろんゲームの中ではハンドルネームを名乗っていた。クランではSkypeやmumbleで連絡を取り合っていたが、たまにおふざけでstickam配信をすることがあった。stickamっていうのはツイキャスニコ生みたいなもので、カメラを使って生配信ができる。当時ネットラジオをやったり某サイトstickam配信してた俺は、バンダナサングラスで顔出し配信してた。クランには酔っ払って顔出し配信するちょっと頭が残念な超イケメンがいて、俺と彼はstickamでもよく絡んでた。他のクランメンバーに顔出し要求したり、本名雑談トークしたり、FPS以外でも仲良く遊んでいた。チカはその中の紅一点だった。

 出会った時は大学一年生だった。その時の俺の年齢は内緒である。チカはとても恥ずかしがり屋で、顔出しを嫌がる姿がそれはもう可愛くて可愛くて、どんどんイジってるうちに完全に好きになってしまった。チカの方はというとstickamでの配信で俺のことを好きになっていてくれていたらしくて、その内二人きりでskypeすることが多くなり、惚れたのはれたの言うような話も出るようになり、リアルで会う前にskypeエッチするような関係になる。どうでもいいことだが、のイケメンくん、頭が残念じゃなかったら絶対に俺が惚れられることはなかったと思う、というくらい格好よかった。

 なかなかリアルで会えなかったのは遠距離だったからだ。俺は東京彼女大阪、行こうと思えばすぐ行ける距離だけど、大阪まで行って日帰りももったい無いので泊まり旅行日程を組むことになる。出会えない系サイト障害があれば24hいつでもケータイ電話かかってきて障害対応しないといけない俺には色々と準備が必要だった。ノートPC買って環境作ったりとか。まあそんなことは読者の誰も興味ないと思うので置いといて、リアル大阪まで会いに行ってちゃんと付き合おうということになった。この時は何も変わったことはなかった(変わったプレイはしたけど)。

 今度は彼女東京に来てくれることになった。池袋にある喫茶店で話をしていた時、彼女携帯がなった。彼女は一瞬青ざめた顔をしてトイレに行った。しばらくして帰ってきたけど、なんか彼女挙動が怪しい。とても挙動不審な感じだ。聞けば電話してきたのは元彼だという。色々聞いてもよく覚えてないというしとてつもなく怪しい。skypeしてる時に話は聞いていたのだが、元彼はよりを戻そうとよく電話をかけてくるらしい。それどころか、家に押しかけてきて窓をノックすることもあるようだし、場合によっては部屋に上げているようだ。なんだそりゃ?

 元彼から電話がかかってくると逃げるようにトイレに行って、戻ってきたら挙動不審って明らかに怪しいし、元彼とまだそういう関係なんじゃないかと俺が疑うのも至極当然だと思う。これは気分が悪いことだとはっきり伝えると、彼女はこういった。

「今度ちゃんと説明するから。前に言った心の病気とかに関係することだから。」

まあ説明するというの事で一旦引き下がった。東京滞在は一泊だったのでその日の夜はエッチなことをするだけで聞くタイミングがなかった。後日Skypeで聞いてみた。

「元彼から電話かかってきたときのこと、こないだ説明するって言ってたけど説明してもらっていいかな」

ここで予期しない返答が返ってきた。

「言いにくいんだけど、実は私の中に別の人格がいて、元彼への返事はその子がしてるからよく知らない」

返事を要約するとこんな感じだった。彼女解離性同一性障害という病気で、俺が普段話しているチカとは別にミユキという人格がいる。元彼にチカが対応すると寄りを戻そうだの何だのとしつこい話の繰り返しになるので、ミユキが代わりに対応して元彼を諭しているというだ。いやいやいやいや、そんなこと言われてもいきなり全部は信じられないし、実はそのミユキが元彼といちゃいちゃしてるんじゃないのとか、全部作り話で元彼とまだ続いてるんじゃないかとか、そんな事を考えたりした。結果から言うとそんなことは全然なく、彼女はまったく嘘をついていなかった。ただ秘密にしていただけだ。ミユキの他にもまだ人格がいるということを。



まとめ用

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881140549

非モテの男友達彼氏にした友人の話

中学時代くらいから知ってる非モテ(ごめん中傷意図はないけど)の男友達と友人が交際した。

二人が知りあったきっかけは私だから、その友人はみんなには内緒だけど自分だけには打ち明けてくれた。

今のところ順調みたいで、若干バカップルっぽい雰囲気もあって、

この友人(結構真面目さん)もこういう一面があるんだなーって微笑ましかった。



けど、もっと意外だったのは、その非モテの男友達

外見の好みは個人差があるからどうでもいいけど、モテないってことはそれなりに性格に難ありなのかな、と思い込んでいた。

私は昔からの知り合いだから別にその男友達ダメな人だとは思っていなかったけど、ちょっと頼りないなと思うことはあった。

ところが、友人の話を聞く限りでは、ちょっとした「理想の彼氏」って感じだった。

具体的にどうってわけじゃないけど、「ああ、世の中にそんな(見せかけじゃない)優しい人もいるんだな」って感じ。

正直なところ、その友人の話を聞いて、すごく羨ましかったというのが本音



何が言いたかたかというと、非モテの人たち(たぶん男女ともに)って別にネットで叩かれているほど悪い人たちじゃなくて

たんに恋愛きっかけがないだけなんだと思う。

いい出会いがあれば、本人たちは(モテ経験がないから?)目の前の恋人に対して一生懸命になってくれるし、

多少不器用なところがあったとしても気持ちが伝わるから嫌な感じもしない(らしい)し、

恋愛に慣れていないという自覚があるぶん、相手の言うことも柔軟に聞いてくれるみたい。



すべての非モテさん達がそうだとはさすがに思わないけど、

恋愛に縁がない人の中にも埋もれた原石が少なくないんじゃないかな、と思うようになった。

自分ももう少し心の守備範囲?を広げて、あんまり女性慣れしていないタイプの人とも付き合ってみようかな。。。

(その以前に恋愛に受け身すぎるのどうにかしろって話だけど 笑)

2016-07-12

http://anond.hatelabo.jp/20160712165548

それは違う

単に罵倒気持ちよくてやめられないだけ

目に付くものなんでも罵倒したいけど、よく知らないものより自分が属するコミュニティ対象にする方が微に入り細に入り罵倒できて気持ちがいい

ただはてなのような場所場合ずっと続けてると、馬が合う人たちからスターをもらえたりするので、今度は自分スターをくれる人を喜ばせるために罵倒対象を選び、彼らと同じように罵倒をすることで仲間意識が芽生えたり、まあ要するに罵倒者の近所付き合い的なものが生まれしがらみになったりもする

私の場合アメリカ留学帰りなこと以外何もないので留学生罵倒大学罵倒卒業してしまうととりあえずアメリカ罵倒日本罵倒ということになるが、日本日本語でやるなら当然日本罵倒の方が受けがいい(私の留学歴は内緒

で、日本罵倒を続けてるとはてサからスターをたくさんもらえるので今度ははてサ罵倒の射程に入ってくるわけだが、そこは如何にも村社会はてななので、はてサ罵倒に向かうのではなくはてサと一緒になって日本罵倒を続ける方向に行く方が面倒が少ないと判断した。ニッポソなんて語彙を使い出したのもこの辺から

このアカはてサ批判はもうできないけど関係ないところならむしろネトウヨよりはてサの方が罵倒ネタが多いくらい。もちろんはてサネトウヨ罵倒たからといってはてサネトウヨをより良くしたいとか左右のよりまともな言説を紡いだ方がいいだとかの愚にもつかない正論自分には当てはまらない

そもそもコミュニティに属しているからといって帰属意識を抱いているということにはならない

はてサ互助会的にスターのやり取りをしているけど自分はてサだとは思わないし、英語圏でも他のどこでもとりあえずやっていける語学力はあるけれど日本はおろかアメリカにも他のどこの国にも自分場所と思えるような帰属意識がないので「とりあえず住んだ場所罵倒する」というだけ

2016-06-23

私の記憶の始まりは、田舎に向かう新幹線の途中。

全く知らないおじさんに話しかけて、遊んでもらっていた。

一緒に乗ってたのはお母さんと妹。お母さんは妹をきつく抱いて、私が遊び呆けているのを黙って見ていた。

しばらく乗って、薄暗い駅に降り立った。おじさんが迎えにきて、私たちを車に乗せた。途中、おじさんがタコの吸盤の話をし始め、その話があまりにも怖くて大人になるまでタコが食べれなかった。

これは、私と、ちょっと変わったお母さんのお話です。

お母さんはほどなくして、パートを始めた。スーパーフードコートでのアイスクリーム売りが彼女お仕事だった。

私はその当時4歳。お母さんはずっと働きに出ていなかったから、おじいちゃんに主に遊んでもらっていた。おじいちゃんは新聞漢字を私に教えるのが大好きで、そのおかげか6歳になるころには赤川次郎三毛猫ホームズくらいなら読めるようになっていた。

絵を描くのも大好きで、おじさんが買ってたマガジン漫画の真似っこをよくしていた。おばあちゃんが鉛筆工事で働いていて、絵を描くのを好きな私に色鉛筆を買ってくれた。毎日毎日飽きもせず、へたくそな絵と漫画を描いていた。

お母さんは、夜も家にいなかった。たまに知らないおじさんを連れて、家に帰ってきた。そのおじさんは私と妹にとても優しくて、おじちゃんおじちゃんと慕っていた。おじちゃんに絵を見せたら、俺のことも描いてくれと言うので描いてあげた。

そういえば、お父さんはどうしてうちにはいないのか、ふと考えることもあった。でもなぜか、聞いちゃいけない気がして私はずっと黙っていた。お母さんを怒らせると怖いから。おじちゃんが優しいし、おじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんの弟のおじさんも優しい。だから別にお父さんがいなくても大丈夫だった。ここまでは本当にそうだった。

ある時急におじちゃんが言った。おじちゃんはおじちゃんじゃなくなるよ、増田のパパになるんだよ、と。私は、パパはおじちゃんじゃないよ?と言った。即座にお母さんに叩かれた。妹は言われた通りにすぐパパと呼んでいて、私はそれが今でも悔しかったのを覚えている。パパはおじちゃんじゃないのに、どうしてパパと呼ばなくてはいけないのか、私には理解できなかったのだ。

でも、叩かれたときに悪いことをしたのだと思った。パパと呼ばれなかったおじちゃんは悲しそうな顔をしていた。私は悪人だ、としくしく泣いたけど、誰も慰めてくれなかった。

そして、結婚式。否応がなしに見せ付けられたセレモニーと、いつの間にかお花渡し要因にされた。親の結婚式を見た、ということがおかしいと気付くのはもう少し後なのだけど、どうやら私はこの日を境にパパではない人をパパだと受け入れないといけないことに気づいて、また泣いた。母親には、縁起のいい日に泣かないでと言われた。また私は悪いことをしてしまった。

新居には、優しいおじいちゃんとおばあちゃんがいた。お母さんはパートを続けるからと、私は早速お手伝い要員になった。大方の料理はここで仕込まれ、夕飯の準備はなんでもできるようになった。お母さんは気が向くとパフェを作ってくれて、それが私の密やかな幸せだった。

このころから、「パパ」のスキンシップが激しくなってきた。起こしにいくと、一緒に寝ようと言われ、おとなしくしてると身体を弄られはぁはぁいっている。怖くてお母さんに相談したけれど、子供相手に変な気起こすわけないでしょ、大袈裟だと言われた。本当のことなのに誰も信じてくれないから、起こすのを拒否したら、反抗的子供で可愛くないと言い捨てられた。また私は悪いことをしてしまったのだ。

私が今でも母親を許せない出来事その1が、小学校2年生の宿題。どこにでもよくある「名前の由来」を聞いてこいと言うものだった。

ゲームをしている母親に、私の名前はなんで○●なの?と聞いた。すると、ため息を一つついた後、母親はこう言った。

「そもそも、お前のことは最初堕ろすつもりだったんだよね。」

そこから始まった彼女告白は、どうやら私は誰の子かもわからないらしいこと、当時付き合っていた彼氏はいたけど、他の男性とも関係を持っていたらしいこと、実際5ヵ月目くらいに流産してラッキー!と思ったものの、私は流れず残ったこと、当時の彼氏結婚するからこんなに頑張って残った子は産んでくれと懇願したこと、しぶしぶ了承するも、私を産むときに生死の境をさ迷ったらしいこと、二番目の妹はお腹の中でもおとなしく、安産だったらしいこと、どうやら私をめぐる喧嘩が原因で離婚したらしいこと、ここまでを一気に話した上で、だから私はあなたの由来は詳しく知らないよ、相手が考えてくれたんだもん。と言われた。

そっかぁ、と言って部屋を出た後、私はわりと冷静で、だからうちにはパパがいなかったのか、離婚たから。とか、私は望まれて生まれたわけじゃないから当たりが今まできつかったのか、と納得するしかなかった。作文は、私の名前漢字私自身で調べて、それらしい理由を描いた。そして私は、あまり家で遊ばなくなった 友達の家か、学校に残ってずっと漫画を描いていた。絵も話も、同年代の子供たち以上に上手にかけたから、私の漫画は知らない上級生にまで広がり、続きが読みたい!とせがまれる程だった。おじいちゃんの教育のおかげか、学校勉強も聞いてるだけで問題なく解けたから、学校は楽しかった。

そのころ、母が妊娠し、男の子を産んだ。その途端、おばあちゃんは私のことはどうでもよくなったみたいで、毎日弟にべったりになった。お母さんは私に弟のオムツ飲み物を作ることを要求してた。よく寝てた記憶だ。学校テストで100点をとっても、小学校で躓いてたら話にならんと誰にも誉めてもらえなかった。お父さんは相変わらず隙があれば触ってくる。私は気持ち悪かった。

私は中学生になるとき母親に念押しされたことがある。頼むから大きくなってくれるなと。制服代は馬鹿にならない。そして制服を使い回せる某進学校に行ってくれと。私は、家が貧乏なら仕方ないかな、と思った。部活ユニフォーム以外お金のかからない陸上部に入った。その間、家には大型テレビが入り、衛星放送が入り、大きなダブルベッドが母親のために注文されていたが、見てみぬフリをしていた。

母親との嫌な思い出その2。学校喫煙の害についてのシンポジウムが開かれ、おうちの人に喫煙者がいたら、ぜひ止めるように言ってくださいと言われた。私の母は喫煙者だったので、学校で見てきたことを話した。結論、キレられた。なんで私の稼いだ給料で買ったものをお前に余計な口出しをされるんだ、そもそもお前が産まれなかったらこんな田舎暮らしてることもないんだからなと。多分世間の狭い田舎での生活に、心身ともに参っていたのだと思うけど、傷ついた。もうそれ以来喫煙についてはふれないでおこうと思った。

このころ辺りから母親お菓子報酬に、子供マッサージを毎晩要求するようになった。私は高校にあがるまでその要求を呑んでいた。(何せ、親の部屋はアニメチャンネルが見れたから)そのおかげで私はマッサージ技術が拡大に上がった。母親は2時間くらい全身のマッサージをさせた後、100円のポテトチップをくれた。だがこれも、最初マッサージの対価=お菓子だったのが、お菓子が欲しかったらマッサージしろというものに変わっていき、私はさすがについていけなくなった。

高校は母の望んだ進学校に進んだ。ここで私は同人を始め、世界が変わるような体験をする。自分の描いた絵は誉められ、漫画も値段をつけたのが売れた。私は家に寄りつかなくなった。帰る時間も極力遅くし、可能なら母親実家に泊まった。家に帰ると私はイチからごはんを作らなければならなくなったが、母親実家料理を用意してくれ、お小遣いもくれた。(実家一円もくれてなかったので親にも学校にも内緒バイトもしていた。)学校の成績も上々で、でも頼むから就職してくれと言われていた。進学校なのに。そのころ妹はお金のかかる部活に入れてもらい、練習道具も全部揃えてもらっていた。弟は頭の出来が悪いから、私が家庭教師変わりだった。もちろん、無休。

このころから休日の昼食は私任せになり、母親夜ご飯ほとんど作らなくなった。妹や弟は料理ができないので、私が全部作った。

私は就職なんてしようと思ってなかった。何が何でもこんな家は出てってやると思っていた。そんな時、母親病気になった。ガンだ。

私はそれでも構わず家を出て、自分の夢のためにとにかく稼いだ。悔しかった。ノート一冊買うのですら渋られたのが悔しくて、ずっとずっと収入がある仕事と、自己実現のできる世界で生きた。途中途中で連絡はあっても、すべて無視した。

ただ、母親死ぬ1ヶ月前だけは毎日のように病院に通った。妹に頼まれたかである。妹は、献身的母親看護をし、ずっと実家暮らしで働いてないのに、よっぽど私より評価は高かった。

はいつかみたいに2時間マッサージをした。どうやら、母親は私のマッサージお気に入りだったようで、弟や妹じゃぜんぜんダメから私を呼んだようなことをかすかすの声で言っていた。たぶん、初めて私があの人に求められた瞬間だったのかもしれない、今思うと。

ほどなくして、母親は亡くなった。まだ40代、かわいそうだと思った。私がいなければ、この人の人生は輝かしいものだったはずで、こんな病気にもならずに済んだかもしれない。そんな思いで死に化粧と、お父さんと子供たちのスピーチを全部用意した。何故って、お父さんが、お前くらいしかそんなことできる子いないんだよ、って言うから

ふと思う。私はここまでされて、なぜ母親が嫌いじゃないんだろう。

しろ大好きで、出来ればもっと長生きしてほしかった。

人に言うと、よくぐれなかったね?と言われるけれど、ぐれたところで何も変わるわけなかった。だって、興味を持ってくれなかったんだもん。私という人間に。

私は生き方がまともじゃないとよく言われます

自分性格関係してると思うけど、じゃあここまで話して、私の人生あなた人生取り替えっこしてみようか?と言って首を縦に振った人間は一人もいません。

それが全てです。

でも、母親の作ったパフェの味だけは、今でも鮮明に思い出します。甘くて、幸せな味でした。

2016-06-22

Twitter上の文面なんて、同僚と適当に笑い話してる程度の軽い物がほとんどだろうけど、

字面だけを見たら本気で心の底から言ってるみたいに見えるから、ややこしい問題を生むんだろうなあって。

「あの発言なんなの、どういうつもりなの」って言われたから「軽い冗談だよ」って返せば、「私にとっては冗談じゃない」とか突っかかってくる。

かといって鍵掛けたら掛けたで、身内連中は「私に内緒でコソコソと…」とかいうから、もう面倒くさくてやめたな。

2016-06-19

[]19:増田の共謀

「どういうことぢゃ!?

 増田典厩はひさしぶりに実家に帰ってきた娘を詰問した。彼女はまず平伏した。

 首尾良く増田家(八)内部に入り込んだ娘は増河の合戦時点では正確な情報を送ってきていた。

そのおかげで増田家(四)は思い切って兵力を東に集中し、死戦に勝利することができたのだ。

 帰ってきたら昇級だと褒められていた娘だが、みやこを巡る増田家と増田家(士)の戦いには正反対のことをした。

増田家と同盟の後増田家が北の国境に十分な兵力を残していると偽り、主家の判断を誤らせたのである

実際に残っていた野戦戦力はカラトラヴァ騎士団くらいのものであった。

 増田家(四)は増田中弐船団の難破者を助けたことで増田海側での中入り策を知っていたが、

さらに反対側の海岸でも同様の作戦を行うとは予想していなかった。

もしも、知っていれば武力に訴えなくても旧増田家(六)領の残り半分くらいは切り取れた可能性がある。



 歩き巫女ゆっくりと顔をあげた。強いまなざしで父を見つめる。

少し頬を染めてから唇を開いた。

「実は……漏らしてしまったのです」

 もちろん大便のことである

「あわてふためくわたくしを見て、あの方はこう仰いました。「ここで我が漏らしたのは二人だけの内緒だぞ」と……」

 増田典厩の瞳が揺れた。上を向いて瞼を閉じる。一筋の涙が皺だらけの頬を伝った。

美談じゃな」

はい増田島に生まれた者なら誰でも一度は漏らすもの

 でも、多くの人はそれを認めることができません。

 その弱さを他人の分まで背負って泰然としておられるあの方は真に強き方だと思いました」

「……だからと言って主家を売っていいわけがあろうか」

 娘は頬をこわばらせた。

「ええ、おめおめと戻ってこられる身とは思っておりません。

 ただ、これだけはわたくしの口から父上に直接お話たかったのです」



 いま増田家(八)は恒常的な和睦を求めている。

現状に少し変更を加えるだけで各家の領土固定化し、増田島の戦乱を終結させたい。

 具体的には増田家(四)が旧増田家(二)と旧増田家(六)の半分を割譲し、増田家(一・三・四)を治める。

割譲された旧増田家(二)は増田家(五)に分配し、旧増田家(六)の残り半分を放出する。

中心となる増田家(八)は本土の他に(六・七・九)を治める。

増田家(八)の下に入りながら復興をなしとげた増田家(十)が(士)の領土支配する。

 彼らの希望はこのような国割りである

増田家(士)との戦いに多大な貢献をした増田家(五)は土地を重視するため、少しでも領地をわけ与える必要がある。

また、重心となるべき増田家(八)は明確に最大の勢力でなければならない。

 このような事情から考えられた領土分配は、つまるところ彼らの都合に過ぎず、増田家(四)内部の気持ちをおもんばかっていない。



 確かに国力では圧倒される立場だが、仮想敵一枚岩になりきれず、以前行われた旧増田領(二)での直接対決でも自分たちが快勝している。

 仮に当主が和睦案に納得しても家臣たちが納得しないであろう。

増田典厩は娘に説明した。

 増田家(六)の半分だけであっても領土割譲は難しい。

そして、領土割譲が皆無では増田家(八)(というより後増田家)も和睦を受け入れない。

 やはり一戦に及ぶしかない。

 そして戦いが始まってしまえば増田家(四)の当主最後まで勝利を追求するに違いなかった。



「いくさはイヤにござります!」

「シエーーッ!!」

 増田典厩は娘の言葉に横から頭を抱えるポーズを取った。武家の娘が何を言う……。

「考えてくださいませ。両家のいくさとなれば主戦場になるのは、わたくしたちの故郷でございます!」

「う、うむ」

「父上は主家や増田家(八)の思惑ばかり考えていらっしゃいますが、

 もっとも大切にするべきなのは果たして何なのですか?

 おめおめ帰ってきたのは、それをどうしてもお聞きしたかたからです」

 彼女は激烈な調子で言い放って、顔を青ざめさせた。増田典厩は長時間腕組みをして考え込んだ。



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2016-06-09

[]6月9日

○朝食:なし

○昼食:おにぎり三個(ツナツナ、シャケ)

○夕食:山菜あんかけかきたまごうどん山菜野菜カテゴリ大丈夫?)



調子

むきゅー!

むきゅー!

むきゅー!



む! きゅー!

6! 9!



というわけで、本日六月九日は「むきゅー」の日です。

ぴうい! ぴうい!

こんな目出度い日は一年に一回しかないですよ!

むきゅー! むきゅー!



逆転裁判6

そんな目出度い「むきゅー」の日に新発売のゲームです。

早速買ってきました。

が、この手のゲーム途中経過では書く事がないんですよね。

なので今日は好きな逆転裁判ランキングを書きます



3>ゴーストトリック>蘇>検事2>検事1>5>2>4>大



こんな感じです。

ただ、別にランキング付けしたけど、4と大以外は全部大好きです、特に2は順位は低いですが、好き度でいうと相当です。

2までは全部90点越えてて、本当に僅差って感じのイメージです。



バッジとれ〜るセンター

ぴうい! ぴうい!

むきゅー! むきゅー!

ぴうい! ぴうい!



僕の愛するダーテングがついに登場です!!!!!!(実は一週間も前に出てたのに気付いてなかったのは内緒

ダーテングダーテングダーテング

ダーテングメガヘルガーの二匹を並べて、ニヤニヤニヤニヤしています

ダーテングヘルガーズッ友だよ!



ぴうい! ぴうい!

むきゅー! むきゅー!

ぴうい! ぴうい!

むきゅー!



テラバトル

スォウさんのJOB3を解放するために「グングニル」を求めて、10-10にスタミナ全ぶっ込みするも一つもでず。

[]

怨讐星域を読んだ。一巻を読み終わった時、一巻から三巻までの帯についてる煽りは嘘じゃないのかもしれないと思ったけど、結局尻すぼみな読後感になってしまった。残念。

なんだか似たような恋愛話が多かった気がした。宇宙船でのお見合いシステムも、なんで男性アクセスして相手を見つける話ばかりだったのだろう。逆があっても良かったはずだし、女性主人公になる話があっても良かった。もちろん結末はいろいろだったけど、過程が似たり寄ったりでちょっとうんざりさせられた。

また年代記の体裁をした短編集になってるのに、ひとつひとつエピソードに重みがないのがもったいなかった。もっとこう後世に残る大発明とか、大きな障害を克服したとか、些細な行いが禍根を残してしまったとか、重大なエピソードに焦点を当てればいいのに。改めてあらすじを眺めてみるとそうじゃないことがわかるんだけど、読んでいる最中は余分な話があるなって感想を持ってしまった。たぶん構造が悪いんだと思う。

一巻は素晴らしかった。新天地での人類生物との戦いや別コミュニティとの交流なんかはわくわくした。サラマンダー殲滅でもそうだったけど、梶尾真治が生み出す生物特殊グロテスク面白い。スナークとの格闘や百年蟬とブッシュバードの話なんかすごく面白かった。

終末期の地球の話は一巻の中で異彩を放っていたと思う。ハッピーエンドっていう話は主要な内容もさることながら、とある高校生家族と一緒に暮らしていることに衝撃を受けた。もうすぐ地球は滅びるのに、脱出する選択肢提示されていたはずなのに、地球崩壊を信じない父親の影響を受けてか新天地に移動しなかったことを思うと、自由選択の切なさというかもどかしさを感じないわけにはいかなかった。そりゃあ最終的に決定したのは本人なんだろうけど、それでいいのかってどうしても思う。終わり方も切なかったので終末モノが好きな人には読んでもらいたい内容だった。

ノアズ・アークの船員たちの心情も良かった。地球の人々に内緒宇宙船脱出することを選んだ大統領の苦悩とか、人生宇宙船の中だけで終わってしまう人々の無常観とかが胸に迫った。コミカルな内容もある宇宙船の話だけど、いつもどこかに物悲しさがつきまとっていた気がする。

二巻にも好きな話がままある。ノアズ・アーク怪物は結末がギャグだし、アダム小屋の話はモンスターパニックになっている。深遠の選択で描かれているジレンマもよかった。

三巻になると、復讐とか戦争とかそういう話になっていくから話が重くなる。戦中の情報統制とか教育方針とか、そういうもの抗う話じゃなくて浸透していく話になるから読んでて辛かった。また結末のカタルシス微妙。予想出来た終わり方なのは致し方無いとしても、もうちょっとドラマチックに心情を追って欲しかった。

このシリーズ、せっかくなら一巻は地球に残された人々を主に描いて、二巻は約束の地に先回りした人々の歩みだけでまとめて、三巻での宇宙船で旅だった人々の真意を重点に書いたら良かったんじゃないかな。単純に年代順に物語を並べたゆえの弊害が出てしまったように思う。読みやすくはあったんだけど。

2016-06-06

夕立秘密

思ってもいないところからふとボールが投げられる。考える間もなくそれを受け取ってしまう。そしてそのボールを知らずにとんでもないところに投げ込んでしまう。そんな経験はないだろうか?僕にはある。あれは、中学生の頃のことだった。

僕の実家田舎で、バスは数時間に一本しかないようなところだった。その日僕は下校時刻のバスを乗り逃してしまい、仕方なしに歩いて帰っていた。次のバスを待つのと歩いて家まで向かうのと、時間的にそう大差はなかったのだ。夏の暑い中、日に照らされてじりじりと肌が焼ける中、たちまちに空が曇って夕立が降ってきた。ずいぶんひどい勢いで振ってきたその夕立から逃げるため、僕は走って最寄りのバス停まで向かった。そのバス停には屋根があったのだ。

バス停にたどり着いた頃にはすっかりずぶぬれしまっていたが、このまま夕立が降り続けるなら、ここでバスを待った方がいいだろう。そう判断して、僕は短くはない時間をここで過ごすことを決めた。

そう思っていると、雨音に紛れて小さな走る足音が聞こえてきた。誰だろう?そう思ったときにはもう足音バス停へと駆け込んできていた。その足音の主は、同級生女の子だった。彼女もずぶぬれで、夏服のブラウスが軽く透けている。そんな姿にドキッとしながら、僕は彼女にお互い災難だね、と声をかけた。

でも、彼女は何も答えない。あれ、特別仲良くはないけど普通に話すクラスメイトなのに、なんで何も答えないんだろう?そう思って彼女をよく見ると、雨にずぶぬれた顔の目元には涙があふれていたのだ。なんで?僕の頭は疑問でパンクしそうになりながら、体をふくのに使っていたハンカチを思わず彼女差し出していた。このときハンカチ差し出していなければ、この後のこともちょっと違った形になっていたかもしれない。

彼女ハンカチを受け取ると小さな声でありがとうと言った。一体どうしたの?僕は彼女のことも考えず自分の疑問のためだけに、そんなことを訊いてしまった。彼女はしばらく躊躇っていたけれど、僕が渡したハンカチを見つめた後、ぽつりと答えた。「好きな人と別れてきたの」と。

その答えを聞いて、僕は彼女に尋ねたことを後悔した。そうだ、こんな土砂降りの中で女の子が泣いていて、その理由が重たくないはずがない。僕はとんでもないボールを受け取ってしまった、そう思った。けれども、ここでこのボールを投げだすことの方が彼女にとってひどいことかもしれない。そう思って、彼女の話を聞くことにした。

僕があまり質問しなくても、彼女はぽつぽつと話を続けた。それはコップに満杯になった水が揺れるたびにわずかに零れるような、そんな話し方だった。

彼女は年上の人と内緒で付き合ってて、でも両親に知られてしまって大反対を受け、そのことを素直に年上の彼氏相談しようとしたけれど、でも自分彼氏のことを考えたら何も言わずに別れるのが正解だと思って、別れを告げてきた、そう彼女は言った。

僕はどう言っていいかからなかったけど、辛かったね、とだけ口にした。彼女も、うん、とうなずいた。ここで終わらせておけばよかったのに、僕は余計なことを口にした。でもそれは何も理由を聞けずに別れを告げられた彼氏も辛いと思うよ、別れたくないなら素直に相談するといいよ、と。

彼女はびっくりした顔をしていたけれど、何かを決心した目をした。そして、うん、本当は別れたくない、だから頑張ってみるよ、と言った。僕もそれを聞いて、頑張れ、と励ました。

そうして雨が止んだ頃、バスが来た。僕はバスに乗り、彼女は雨の止んだ中を歩いて帰った。

それから、僕が彼女に会うことはなかった。

彼女学校に来なくなり、校内には噂が駆け巡った。彼女先生と付き合っていたのだと。最初のうちは真偽不明だったその噂も、とある男性教師が突然学校を辞めることになり、本当のことだったのだとみんながざわめいた。

僕はその噂と、あの夕立の中で彼女に訊いた話を思い出して、怖くなった。この顛末引き起こしたのは、僕のあの余計な言葉だったのかもしれないと。

彼女のことはすぐに学校内のタブーになった。彼女学校に来なくなったのも、不登校なのか、転校したのか、それすら誰も知らない。少なくとも、卒業アルバム彼女の姿はなかった。

僕はあの時言った言葉を、今でも後悔している。僕があんな励まし方をしなければ、彼女秘密は公になることはなく、卒業アルバムからすらも忘れられてしまうことはなかったのではないかと。

そしてその後悔を、今まで誰にも話したことはない。でも、心の中に澱み続けているこの後悔を吐き出したくてここに書いた。

こんな後味のよくない話を最後まで読んでくれた人、ありがとう

2016-06-02

今時の子ちょっとかわいそうになった

先週末親戚が夫婦で家を空けないといけない用事ができてうちで一日子供を預かることになった。

子供小学4年生。

の子とは赤ちゃんの時からよく遊んでたんで別に全然嫌じゃなかったしむしろ楽しみなくらいで一緒に一日遊びに連れて行った。

そんでお昼にちょっと奮発してファミレスとかじゃないちょっといい店に入って、見栄もあって「好きなもの頼んでいいよ」って言ってみた。

そしたらいろいろメニュー見てから安い単品メニューを選んだんで「もっといいの頼んでいいよ。なんならデザートも」とか言うんだけど、本当にそれがいいからと言ってきかない。

自分が同じ年令だった頃やっぱり同じように親戚のところに一時的にお世話になった経験があって、そこで同じように好きなように頼んでいいと言われたときにはきょうだい3人で普段両親と来た時には絶対ダメっていわれる高いメニューとか頼んだのを思い出した。

その時には両親があとで預けた親戚の家に平謝りに行ったなんてことを大人になってから聞いた。

ときょうだいが図々しかったといえばそうなんだろうけど、小学4年生ってそんな大人に気を使う年だったっけって少し思ってしまった。

結局「お父さんとお母さんには内緒にしてていいから、本当に好きなの頼んで」と言って最初に選んだのよりも少し豪華なランチをごちそうしたんだけど、なんか時代を感じて別れてからしんみりしてしまった。

の子供は小利口にならずもっと無邪気でいいと思う。

2016-05-31

スマホ以前の暇つぶし

 現代暇つぶしといえばスマホである電車内や駅のホーム外食店の待ち時間会社の昼休み、どこを見ても必ず誰かはスマホをいじっている。かく言う私もスマホをいじっている。スマホで何をしているのかは知らないが、多くの人がスマホをいじって暇をつぶしている。

 で、ふと思ったのだが、スマホが普及する以前はその時間に何をしていたのだろう。いや、この場合は「スマホ」より、「携帯電話」と言った方が良いかも知れない。まあとにかく外で気軽にメールSNSネット閲覧が出来ない時代に、私たちはどうやって暇をつぶしていたのだったか

 ぱっと思いつくのは、読書新聞音楽くらいである。携帯ゲーム機も昔からあるけれど、年齢を重ねるにつれ、外でやる人は少なくなっていく。スマホゲームをやる人は多いだろうに、不思議ものだ。あとは物思いに耽るか、電車では寝ている人も多い。マイナー暇つぶしは他にも色々あるかも知れないが、メジャーなのはこのくらいだろうか。

 書いていて思い出したのだが、小学生の頃に、母親携帯電話を使って、電車や車でずっとゲームをしていたことがある。まだ携帯電話庶民に普及して間もなく、画面も緑色の背景に黒い文字という、今からすると驚くべき代物だった。ゲームドラクエシリーズの何かで、大したものでもなく、家にあるスーファミと比べると遥かに見劣りするものだったと思うが、それでも私はそのゲームをするのがとても楽しみだったのを覚えている。

 携帯電話という未知の電子機器に魅力を感じていたとか、ドラクエが大好きで仕方なかったとか、そういうわけではない。そのゲームは私にとって、母と二人だけの、小さな秘密だったのだ。

 携帯電話ゲームといっても、それは無料で気軽にできるものではなく、月額でいくらか掛かるものだった。具体的な金額は忘れたが、小学生の私にとっては大金で、母としてもそう易々と許して良いものではなかったのだろう。しかし、やはり母は私に対して甘かった。

 「お兄ちゃん達には内緒ね」

 兄に話すと不公平だなんだと煩いので、そのゲームのことは秘密にしておき、母と二人だけで電車や車に乗っている時だけ、私はゲームを進められた。そして、いつもゲームの話をする兄には言えないので、強い敵を倒しただの、かっこいいモンスターが仲間になったのということを、母に自慢するようになっていた。

 すごいねえ、と私の話を聞いて微笑む母は、きっと何がすごいのかはよく分かっていなかっただろう。それでも私の拙い言葉に耳を傾け、一緒になって喜んでくれた。そんな母の優しさが、そして他愛もない二人だけの秘密が、幼い私にはとても心地よく、いま思い出すと、すこし切ない。

 閑話休題スマホの話だった。いや暇つぶしの話か。ちょっとした待ち時間など、人生には「暇な時間」がとても多く、そのほとんどは吹けば飛んでしまうような、記憶にも残らないものであるしかし、あるいは、私の幼い日の秘密のように、ふと思い出され、郷愁を誘う「暇つぶし」もあるだろう。

 人生における暇つぶし、みんなは何をしてきたのだろうか。そしていま、何をしているのだろう。

2016-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20160526161432

すっかり存在を忘れていて

「へえ、助さん角さんの『角読む』かあ。今の時代に渋いネーミングだな」

と反射的に思ってしまったのは内緒

2016-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20160508114345

しかったのは分かるが、あなたはこのことを自分の心の中だけにしまっておくべきだった。それだけでも十分価値があることだったと思う。

なんで「こういうことがあった」と公言してしまったのか。この公言現場にもたらす影響を考えたことがあるのか。

その嬢さんは本番をしたことは、周りに言わないでね、って言わなかったか?言わなかったとしら、あなあがもういい大人から、言わなくても分かると思って言わなかったんだと思うけど。

それでも「言われなきゃ分からん」というなら、やっぱまだただ童貞卒業しただけの子どもだと思う。

なんでもそうだし、どこの業界でもそうだけど、「あなただけへの特別サービス」「みんなには内緒だよ」を、内緒にされなかった場合、その業界あおりを食うんだ。

例えば、ある人にだけ毎回サービスをしてくれてたパン屋さんがあって、その「ある人」が「俺だけ特別サービスしてくれたw」みたいなのが世間に知れたら、そのパン屋の他のお客はもう馬鹿馬鹿しくて離れていくだろう。

例えば誰にでも公平平等に接しなければならない公的サービスが「あなただけは特別ですよ」とやってくれたことが世間に知られたら、そのサービスへの規制不正特定の人物に便宜を図っていないか調査、締め付け)は厳しくなるだろう。

1回限りで、あんはいいかもしれないけれど、後に続く後輩のことを考えたら、あなたはこのことを自分の心の中だけにしまっておくべきだった。

2016-05-03

あなたがそんな人だとは思いませんでした…

成人式の碑、幼稚園の頃から誕生日順に並ぶと自分のすぐ後ろのやつのLINEを教えあった

それから1年と3ヵ月

一切音沙汰なかったのに突然そいつからLINEの通知



話を進めると、いわゆるアフィリエイトで稼ぐ話を勧めてきた

早速そいつには内緒で評判を検索


うん、まあそうなるな、って感じの検索結果

ねずみ講だの詐欺だの優良だの元が取れないだの



そいつ商業高校出身だしそういうのには人一倍敏感だろうと思った

そんなことはなかった


いろんな友人に勧めているのか懐かしい名前を挙げてそれらがすべてすでにやっていると聞いた

地域1番のエリート校の人と仲良かったくせしてその人たちが候補にあがらない辺り怪しさを感じる




正直、金の切れ目が縁の切れ目となってもいいからネットビジネスしかもアフィで稼ぐような真似は辞めろと言いたい

言わないけど。いつか気づくでしょうってことで。


今知った限りじゃそれ一本で暮らしているらしい………

大丈夫なのかそれ


明日やるという講演会みたいなのは見送ることにした

怪しすぎるし



一応自分かまってちゃんなのは自任していて

こういうの使っているんです、っていうことをして反響が寄せられるのには少し興味があったけど、

それを使って稼ぎたいとは思わないなあ……


そんなことを思った