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はてなキーワード: 対象とは

2016-08-26

ゴルのスタ

折角ヲチ対象として極めて興味深いコンテンツだったのに、どうやらtwitter界隈の方たちによって潰す流れに入ってるっぽいのが極めて残念

コンテンツ刹那的消費が深刻

2016-08-25

サラダたるもの男子に取り分けられるために畑を捨てなければならない

レタス飲み会自分のトングにてサラダの取り分けをやらせないと

トマト丸つぶれで栄養価がなくなるサラダがあるそうだ。

 

そういう野菜に生まれ栄養価の高いモロヘイヤサラダになった男は、

彼女を捨てるかタネや皮を捨てるか選ばなけらばならない。

 

お前はサラダのためにタネを捨てられるのか?

お前はサラダのために三角コーナーに表皮を捨てさせられるのか?

って聞かれるとスゲーバジル

この問題はみじん切りで振りかけられるのを願うしかないのか?

 

 

パプリカ

そういえば、フリルレタス話題になった時に高原レタスでうたってる有名なシーンは、

ロメインレタスの人が理解のない農家と決別して出荷されていくのと同じで取引できるって聞いたけど、

サラダのために畑から収穫する兼業農家達ってケースだとシーザーサラダとかチョレギサラダとか、

キャベツまで対象を広げれば葉物野菜はたくさんあるわけだな。

( 野菜じゃないものの類例がちょっと思い浮かばなかった。「さつまいも」か?

百合根は百合茶碗蒸しに入れ直して副菜化したら良くない?id:entry;831831831 )

 

ただ、面倒な八百屋の間の値段の下げ合いとか上下関係とか(肉屋でもあるんだろうけど)、

そういう緑黄色野菜からの逃亡って健康に悪くて誰から摂取されないだろうから

コブサラダみたいなサラダが作られることはないんだろうなと思って満腹になった。

 

元ネタ

男子たるものサラダを取り分けるために故郷を捨てなければならない

http://anond.hatelabo.jp/20160825185547

男子たるものサラダを取り分けるために故郷を捨てなければならない

男は飲み会自分彼女にてサラダの取り分けをやらせないと

面子丸つぶれで居場所がなくなる社会があるそうだ。

 

そういう社会に生まれプライドの高い女が彼女になった男は、

彼女を捨てるか故郷や仲間を捨てるか選ばなけらばならない。

 

お前は愛のために故郷を捨てられるのか?

お前は愛のために相手故郷を捨てさせられるのか?

って聞かれるとスゲー困る。

この問題次世代解決されるのを願うしかないのか?

 

元ネタ

サラダを取り分けなくたって女の恥ではない。 - 限りなく透明に近いふつう

http://ninicosachico.hatenablog.com/entry/2016/08/24/111410

 

 

【おまけ】

そういえば、アナ雪が話題になった時に雪原でうたってる有名なシーンは、

LGBTの人が理解のない親と決別して出ていくのと同じで共感できるって聞いたけど、

愛のために社会から逃亡する人達ってケースだと曽根崎心中とかロミジュリとか、

ヘテロまで対象を広げれば類例はたくさんあるわけだな。

( 悲劇じゃないものの類例がちょっと思い浮かばなかった。「俺いも」か?

曽根崎心中百合ハッピーENDに書き直してアニメ化したら良くない?id:entry;8958700 )

 

ただ、面倒な男の間の意地の張り合いとか上下関係とか(女でもあるんだろうけど)、

そういう社会からの逃亡って格好悪くて誰から共感されないだろうから

アナ雪みたいな作品が作られることはないんだろうなと思って憂鬱になった。

何かを一生懸命頑張らない方がいい

自分が何かに必死になっていると、その対象に興味を持たない(普通そうである他人、知人、身内のことが、「こんなに尊いものに対して一生懸命やっている自分無視・軽視して認めてくれない・支えてくれない敵」みたいに思えてくる。つまり仕事仲間とその仕事ファンやお客さん以外の人間が敵に見え恨みの感情を持つようになる。こうなったら人間終いや。

しかし案外多くの人間がそうなるのを見たので、結論としては何かを一生懸命頑張りすぎない方が良い。

母親に掛けられた呪いの話

私の家庭は両親が上手く行っていなかった。殴る、蹴るといった直接的な暴力は少なかったとはいえ、所謂父親から母親DV行為が行われている家庭だった。

何か問題が起きた時、決まって母親から聞かされる言葉があった。「男は馬鹿だ」と。

今となってみればそこには男性のものに対する批判性は少なかったと思うし、母親自身まり異性経験の多い方では無かったそうで父親=男とするのも無理は無かったのかもしれない。

だが、幼い子供からすればそうはいかない。ただただ額面通り言葉として受け取るしか術がなかった。母親への同情と同時に「この世の男は馬鹿クズで、軽蔑すべき対象だ」という刷り込みが行われていった。



私が女性であったならばただ男性差別主義者ミサンドリーとなっていただけだろう(勿論そういった主義を良しとする訳ではないが)。

しかし私は性自認を含め男性であるのだ。女性に生まれたかったと思う事は多々あるが、性自認の話とは別問題だろう。

これは男性に限った事ではないが、自己性別軽蔑するというのは大変生きづらい。

同性同士特有のノリ――異性関係における武勇伝であるとか、男性であるなら風俗ギャンブルの話であるとか、そういうものに対して特別嫌悪感がある。

時にはその嫌悪感は「男性である自分」へまで及ぶ事もある。

女性に恋をする事だってあるし、性欲も人並みにはある。しかし、「馬鹿クズ男性である自分女性に対してアプローチを掛けて良いのか?危害を加える可能性は?そんな事を考えると、男性嫌悪から飛躍して自己嫌悪にまで陥る。

女性への嫌悪を感じる事もある。

男性批判を行う母親はこの文脈におけるところの女性だ。そんな女性に少なから嫌悪感を覚えていたのだろう。

今でも、テレビ番組などで女性タレント男性批判をしている時、嫌悪感と同時にどうしようもない居たたまれなさを覚える。

ここまで来ると男性女性嫌悪している自分は一体何者なのかが判らなくなる。



母親からすれば家庭内の拠り所が子供しか居なかったのだろう。

その事に対しては本当に同情しているし、その時々で思いつく限りはサポートしてきたつもりだ。一般的母子関係よりも仲は良いとすら思う。

それでも、やはりこの刷り込みに対しては負の感情が大きい。これが無ければもう少し人生は変わっていたのだろうかと。



もしもこれから親となる方がこれを読んでいたなら、家庭環境悪化した際にはできる事ならば拠り所は家庭の外に作ってほしい。

最後の手段として子供にそれを求める事になったとしても、性別のもの批判してはならない。

幼い子供は繊細で、あなたの言う事を素直聞いてしまう。その、呪いにも近い言葉大人になっても克服する事が難しい。

2016-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20160824221518

そんなところに注目してるの、お前みたいな被害妄想非モテ独身左翼だけだぞ。女子高生が性の対象じゃなく、これから羽ばたこうとしている娘、というイメージを持つ人だっているんだ。おれって健全だな〜

2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160823212605

気持ち悪い奴に好かれたのが嫌だったんだろう

彼氏いないアピール対象はお前じゃなかった

http://anond.hatelabo.jp/20160823071453

いやそんな人だろうがイナゴ達に好き勝手言われたり重箱の隅をつつかれて炎上するよ

女だからって叩ける奴らにはどんな人でもただのネタしかない

これは取材対象の人選ミスではない、日本ネット自体問題だよ

貧困女子高生について思うこと。

私が高校生だったころ、一時期保健室登校だったのだが、毎日睡眠をとりに来る女子がいた。

彼女は一学年下で、睡眠時間を削ってバイトをしているため、寝にきていた。

それは、先生たちも承知の上だった。


そもそも、私の通っていた高校バイト基本的禁止

だけど彼女の家庭は、かなりの問題を抱えていた…らしい。

私は、睡眠のために遅れてしま彼女学業の面倒を見ていた。そのとき、ちらほらと話をしてくれた。

両親ともにパチンコ狂いで、共働きだけど給料は全部パチンコに使ってしまう。

もちろん、彼女学費も、まだ小学生の弟・妹の給食費その他学費も出してくれない。

から彼女バイトをして、自分学費・弟妹の給食費などを出している。

そのバイト代さえ、ときどき親が持って行ってしまう…。

学校側はできる限りのことをしているようだった。

まず、彼女バイト先は学校が紹介したところだった。

なるべく時給がよく、でも危険ではないバイト

昼間は学校に通っているから、自然バイト夕方~夜間になる。

から、その時間帯に働いていても女子高生というブランドを持つ彼女危険さらされないような(つまり風俗だとかそういういかがわしい界隈ではない)仕事を探して、紹介していた。(私が高校に通った当時は援助交際真っ盛りで、女子高生というブランドさえあれば、いかがわしい方法で数万円稼ぐのは楽な時代だった)

そもそも、彼女の家は収入自体がないわけではないから、どんなに日常生活に困窮しても生活保護は受けられない。

収入自体が少ないわけでもないから、奨学金対象にもならない。

福祉課の人や学校の人が何度足を運んでも両親はパチンコでいないか、いたとしても話を聞かない。

あんな親ならいないほうがいい、と、彼女は何度か泣いた。

私は、かける言葉が見つからなかった。うちの親もある意味で毒親で、そのせいで私は病んだけど、彼女と違ってお金に困ったことはなかった。

からとにかく、彼女学業の遅れだけは取り戻させてあげようと、頑張って勉強を教えた。

彼女の、夢の話は聞いたことがない。

彼女が何かをやりたいと思っていたとしても、おそらく進学は無理だろうし、まだ小さい弟・妹のために高校卒業したら働く、と言っていたから。

高卒での就職は、希望する就職先に成績順で割り振られる。「ここに就職したい」という生徒が二人いたとしたら、成績が上の子面接権利を得られるのだ。

から就職希望であっても成績はいいにこしたことはない。

出席時間数はぎりぎりで調整していて、それだけでも不利だからちょっとでも勉強頑張ろうね、と励ました。

そして、(幸い私も勉強だけはできたから)彼女に教えられるだけのことを教えて、私は一足先に大学に進学した。

大学入学してからも、時間に余裕があるときは母校の保健室に行き、彼女勉強を教えた。

そして彼女卒業のころ、保健の先生が、彼女希望していた就職先に就けることが決まったと教えてくれた。

金融関係仕事で、お給料高卒としては高いほうらしい。

できるだけ早く独り立ちして親から離れ、弟と妹の面倒を見ながら暮らしたいと言っていた。

よかった、と思った。

就職が決まったお祝いに、ちょっといいペンケースと筆記用具一式をプレゼントした。(大学に入ってからは私もバイトしてたから、そのお金で)

同情とかじゃなく、純粋彼女応援たかたから。だから勉強を教えたし、卒業後も時間を見つけては保健室に顔を出した。

たぶん彼女は、趣味に使うお金なんて持っていなかった。趣味に使う時間もなかったと思う。

彼女の家庭は、収入だけ見れば「貧困家庭」ではない。だから生活保護奨学金も受けられる対象にはならない。

だけど、彼女は間違いなく例のうららちゃんより「貧困」だ。

救われるべき「貧困女子高生」だったと思う。





型にはまった貧困家庭NHKの例の番組でいうと、家にクーラーないとか、パソコン買えなくてキーボード練習とか)は、わかりやす視聴者イメージさせるための「演出」かもしれないけどね。

でも、ちょっと詰めが甘いんじゃないのかなぁ。

貧困女子高生って設定で番組に出すなら、ツイッター関連なんかあらかじめ調べておくべきでしょ。

女子高生なんてツイッターやってる可能性高いんだし、すぐ特定されるようなことしてるから炎上ちゃうんだよ。

しかも例のうららちゃん、ツイッター削除する前に捨て台詞で「貧困じゃない」みたいなこと書いてたとか。

あと、最近うららちゃんの姉とかいう人が現れてたり。

ぼろが出すぎなんだよ。

スマホも普及して、これだけみんなが簡単ネットアクセスできる状況で、暇を持て余してる人だっているわけで。

あん簡単ツイッター特定されて、散財っぷりがさらされてるのは、NHKの落ち度だよ…。

テレビって、いまだにヤラセをがつがつやってるけどさ…。(業界の人が一般人装って街角インタビューされるとか)

そんなの、すぐ特定されるってそろそろ気づいたほうがいいんじゃないのかなぁ。

貧乏ですー学費ないので学校いけません」とか言いながら、あれだけ散財してたら、そりゃ叩かれるよ。

うららちゃんが、私が勉強教えた子みたいな感じだったのなら、叩かれなかったと思うよ。

探せばもっと適切な人材はいたと思うけどね。

うららちゃん側から売り込んできたのか、NHK側が打診したのかわからないけど…。




これからあい番組やるなら、「ツイッターで散財っぷりを公開してないですよね?」の前確認絶対必要だね。

2016-08-22

シン・ゴジラは、 『特撮好き』なら失神レベルの大傑作で、『一般人』なら視聴に耐えうる娯楽作

シン・ゴジラの真価は、これから広がるであろう一見さんによる批評の中にこそ有る。

まり、「満点からマイナスされうる特撮映画」が帰ってきた、と言う意味だ。

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

シン・ゴジラには、決着のカタルシスが無い。

確かにその通りで、それは欠点だ。

それは、長年特撮ファンが受けたくても受けられなかった指摘だ。

特撮ファン向けの映画から一般人向けの映画に

「まあ、子供向けの怪獣映画にしては良く出来てたよね」という感想からの脱却。

対象年齢を考えても酷い」とか「大人の視聴に耐えうる人間ドラマ」とか

そういった「オヤクソクを共有している視聴者」向きの話じゃない。



まり、「ファインディング・ドリーと比べて」とか

ゴーストバスターズの脚本比較して」みたいな、

一般的な映画と比肩しうる水準に特撮映画を押し戻した。

からこそ「大傑作」であり、それ故に「まあまあ面白かった」という感想が併存しうる。

今あるものでやるしか無いんだ。

特撮は、リソースがないことをイイワケにしてきた過去がある。

平成に入ってからゴジラをどれでも良いから観て欲しい。

シン・ゴジラ比較するべくもないヒドイ作品ばかりだ。

一般人から見れば。



最近は「ゼロからプラスして積み上げる特撮映画」しか無かった。

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)特撮部分は良かった」

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)ドラマパートはヒドイ」

みたいな「邦画予算規模で制約の多い特撮映画において」という限定が常についていた。

シン・ゴジラは、正面からそれを覆してみせたと思う。

イイワケの無い、特撮映画としてのゴジラ

粗はある。荒削りでもある。

世界最高峰の映画では無く、手を入れるところもまだまだある。

それでも恐らくは邦画現場における特撮映画のベストを尽くした映画だと思う。

それは特撮ファンなら邦画の環境に絶望せずに希望を見いだせる一筋の光であるし、

一般人から見れば、「怪獣映画だけど面白いらしいよ」と観に行ける映画になってる。

まり何が言いたいかというと

日本特撮映画として100万点」のシン・ゴジラで終わるならソレまでだ。

でもきっと「世界の映画の中で70点」のシン・ゴジラだと評価してもらえる。

怪獣を通じて、日本災害を正面から描き、国のあり方をポリティカル視点から捉える。

世の中は稼いだもの正義で、投資してもらえるのは評価された作品だけだ。

その意味で、きっと一般人からみても、投資に一口のれる出来じゃないだろうか。


おまけ

ダシに使ったので、不満点に共感しつつ、違う視点提供しておくよ。

映画観に行った後のファミレスでダベってる感じで読んでもらえればと思う。

(人は感じたことが全てであり、反論しようとは思っていない)

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い』

主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネットの動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。

この時点では矢口は単なる夢想家レベルである

矢口の人物像について、多少のフォローはされている。

シン・ゴジラ主人公である長谷川博己演じる内閣官房副長官矢口蘭堂は、

竹野内豊演じる内閣総理大臣補佐官国家安全保障担当)の赤坂秀樹から

会議結論ありきで進んでいる。かき回すな」と助言を受けている。

また、エレベーターの中で、立場が上の人間に対して「楽観やこうあって欲しいという願望が、先の大戦で何百万人も殺した」とワリとハッキリ苦言を呈している。

矢口生物と断定しているのではなく、「巨大生物の可能性を俎上に載せないのはマズイ」と判断しているのではないだろうか。

ネット上の映像フェイクであれば、それを作った人間動機テロで無いことを確認するまで安心しないタイプ

ニュース映像での「巨大生物尻尾」について、ニュースの真偽を問うシーンがないのは映画の都合だと思う。

ニュース第一報だと見るのが妥当なシーンだし、それならアレは何のジョークだと笑うのが現実的ではなかろうか。

同種の別個体については、検討は並行で続けているが、映画の都合でカット、じゃないかな。

個体だとすると、観客は「ゴジラ対究極生物なのか?」という疑念を抱きながら観ることになり集中力が削がれる。


『人の死の描き方について』

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。

たぶん、残りの一箇所は、自衛隊戦車が潰れるシーンか、注入第一部隊の全滅の部分じゃないかな。

マンション荷物を詰めていてマンションごと押し倒される家族、川からの逃げ遅れ(たぶん画面の奥側に向かって走る男性)は、

災害の描き方の問題で、ゴジラによる人死を描いているわけではないと思う。

あの一連のシーンで感じる「いまどこに災害が近づいてきているか一般市民には把握できない」という恐怖は演出として一貫していると思う。

(状況把握のしようがなく、気がついた時にはもう遅いという恐怖は、5年たってやっと直視できるようになった映像だと思う)

ただ、予算の都合による表現の制限を感じる部分ではある。

病院とか今まさに災害現場は出てこず、災害が通り過ぎた後の映像だしね。

密室俯瞰した映像に寄る災害描写は、予算制約を逆手に取った脚本の作り方の問題であり、

その意味で「巨大不明生物がなぎ倒したビルにも当然人が残っている」というのを伝える手法に限界があったのかな、と思う。

ほぼあの家族しか直接の被害は確認できないのに、それ以後の緊迫感は違う。

だけど、アレ入れて欲しくない、というのも判る。


石原さとみキャラが明らかに浮いている』

浮いてると思うよ。これはシナリオの歪みが集中してるせいだと思う。

これ、後でちょっと付記するけど、「シナリオの都合の上で」リアリティラインは高く見えるようにしてあるんだと思ってる。

例えば、東京駅前に当然あるはずの広大な敷地について劇中一切言及されていない。明らかに不自然。

筋論として、日本が米国に頼り、米軍日本国内武力行使する、という流れのハズ。

仮にも主権国家に対して、他国が熱核攻撃を短期間に強行する理由がない。

米軍による強行じゃなくて、国連安保理での決議言うてたし)

日本が壊滅するまで自由にさせておき、主権が及ばないところに出てから攻撃になるはず。

ちょっと日本以外のまとまりが良すぎるというか、世界があまりにも日本に対して冷淡すぎる。

日本に核攻撃」という荒唐無稽な一手と、

ゴジラを生み出したのは、牧元教授という日本人では?」という点、

外務省駐在武官無視して政権が直接軍事について外交を行うと言う部分を抑えると

祖母が原爆による被害者であり、日系人アメリカ政権に対して一定の譲歩を引き出しうる通常外交ルート外の存在は、

石原さとみ演じる米国大統領特使のカヨコ・パタースン以外であっても、

やっぱり荒唐無稽に見えるだろうし、どうしても浮いてしまうのは仕方がないと思う。

彼女シナリオの不備による歪みを一手に引き受けて浮いているのだと思う。

まあ、じゃあどう直せば良いかって言うと、アメリカ側を描くには予算が足りなそうだな……

『ヤシオリ作戦について』

ゴジラ原子炉載せて、排熱への対処(生存本能)で進化するって道筋つけると、焼却 or 凍結ってのは判りやすい。

シナリオの都合でアメリカに熱核攻撃を担わせると、日本特撮的な花である爆発(焼却)を使うのは難しい。

そもそも「カタルシスを得られない」ということそのものが、演出意図なのではないかなと思う。



一応、血を流すことから排熱に血流を用いているのではってのは合理性があるし、血液凝固材も30種類?試して効くのは確認してる。

元素変換する相手ならどこに投与しても一緒って意味では、口に見える部分に引っ掛けて体内注入するってのは効果的とも思う。

仮定仮定を積み重ねて、地味な作業原子炉の終息にもってくってのは、福島第一原発事故対応への直喩だろうし。

「ショボい」処理で、しかも「まだ終わってない」ってのを、東京駅に凍結させたゴジラで示しているのでは、と。

政府冷温停止宣言したのも、冷やし続ける必要があるってのも、同じ構図だよね)

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。

 せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。

一応は、逃げ遅れた人がいるかもしれないけどやる?とか、線量が予定よりも多いけど続行するのか?とか、判断はあったと思う。

どっちかというと、多分最初に感じたであろう「え?総理大臣は逃げるの?残らないの?」みたいな感覚

「いや、指揮官は後方に控えてないと死んだら終わりだから」に観客の気持ちを変えたかったんじゃないかな、と思う。

それでもまあ、良くあるヒーロー映画みたいにゴジラに触れるような最前線までは最後まで行かないし、良かったんじゃないかな。

(良く言われる「陣頭指揮」を観客がどう捉えるかが、映画を見た後で変わったのではないか

『「国」のアピール

 総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、

 あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。

正直に言えば、予算の都合で、東京のみの話にしないと収拾が付かないと思う。

ただ、あれは東京一極集中への軽い皮肉にも見える。

福島第一原発事故」が「東京駅」で起こったとして、煽りじゃなくて日本としての機能がどうなったか考えるとゾッとする。

その俺の思いと重なるが、何度も「経済的」な話が出てくる。

経済的には莫大な損失とか、熱核攻撃を受けて世界から支援を受けないと復興できないとか。

損得勘定で熱核攻撃を仕方がないと受け入れる「論理」と、象徴的な意味で核攻撃を受け入れられない「感情」との対立軸にも見える。

「国」とは何なのかを観る人に問うシナリオになってたんじゃないかな、と。

まあ観たひとに届かないのであれば、そりゃ成功してないわけだけど。

その他のダメ出しポイント

まあ、観たひとに届かない思いは独り善がりなワケでダメなんだと思うけど、

最初に書いたように、そういう「普通の映画のダメ出し」してもらえるところにシン・ゴジラ価値がある。

と、思うわけで、やっぱり気になる点を俺も最後に列挙して置こう。

東京駅のど真ん前の話が無い

東京駅の正面真っ直ぐに、東京の中心である大きな空間がある。

熱核攻撃をあの付近で行うことに対して、日本人が触れないってのはあり得ない。

「彼らはここがニューヨークでも同じことをするそうだ」とはセリフにあるけど、あれ「ワシントン」じゃないんだよね。

あくまでも経済の中心であるというセリフであって、象徴的なんだけども)

陸上理由が判らない

突然地上にさまよい出た、排熱の為に進化した、冷却のために海に戻った。

突然さまよいでることも、デタラメに動くのも、再冷却の為に海に戻るのも災害っぽい。

鎌倉から上陸する理由がわかんないんだよね。

進化の方向性として陸上に特化してしまったとして、海水を捨てて地上に出てくる理由不明

牧元教授が好きにした結果、ゴジラを生み出して、意思を方向づけたなら判らなんでもないけど。

配偶者を原爆で亡くし、国と核を憎んだ牧元教授なら、先の大戦の直接の責任者である国の象徴にまず向かい、その後アメリカ上陸を目指すのは理にかなっている)

国連安保理が核攻撃容認するのが判らない

途中、スパコン計算能力貸して欲しいって海外の研究機関に依頼するときに、

一旦「ウチの技術を盗むかもしれないから断ろう」みたいなセリフがあるんだけど、

もしも「間に合わなかったら首都が熱核攻撃を受ける」みたいな状態なら、

「ひとを信じよう」みたいなのんびりした話にはならないと思う。

人類ってそんなに日本に冷淡なの?と言う。

秘密裏国連安保理が熱核攻撃容認するって、日本外交ゼロってことになる)

(そうすると、フランスと裏取引する外交技術との整合が取れない)

駆除一本槍なのに違和感がある

シナリオ福島第一原発事故念頭に置いてるからなんだろうけど、

ゴジラに対して調伏(焼却or冷却)しか選択肢が無くなってるのに違和感がある。

最初に言ってたけど、追い出すか、退治するか、保護するか。

保護が無理、退治が難しそうなら、通常は追い出しの手段検討するんじゃないか

餌で釣るのか、行動パターンを読むのか、押し返すのかは別にして。

追い出しにリソースが避けないって言う描写は欲しかったかな……

(これはほとんど「他の個体についての言及がない」ってのと同じポイントだな)

とは言え、

映画を見ながら、実際に災害になったらどう逃げようか俺は考えた。

かなり踏み込んで災害を描いてるような気がするけれども、どうかな。

シン・ゴジラ後乗り感想

あんまりにも絶賛以外の初期批評ボコボコにされるのを見て恐れをなし増田に投下する所存

ネタバレあります


矢口描写

現実派の赤坂理想家の矢口という対立描写がされていたが、矢口が非常にできる人オーラを出しているのであまり対比が感じられない。

冒頭で矢口が巨大生物云々という空気の読めない発言をするが、観客からすれば「真実」を指摘しているわけで、この時点での矢口の未熟さを感じる人はあまりいないと思われる。

赤坂が「空気を乱すな」とたしなめるが、この時点で赤坂矢口感情移入する観客からすれば嫌な人でしかない。

その後も矢口は周囲のフォローを受けながら巨災対を回していくわけだが、失敗描写殆どないのでやはり矢口は有能に見えてしまう(よく見ると矢口1人では全く回ってないのだけれど)

よりわかりやすく示しても良いと思った。決定的な失敗をするとか、巨災対に陰口言われるけど成長して信頼されるとか。

はいえ、現状の構成にも利点はある。矢口感情移入すれば(そしてそれは容易であるヒーローとして楽しめるし、深読みすれば矢口成長物語としても楽しめるので。

実際この2人と、矢口-松尾コンビのやり取りは楽しく見ることができた。


■カヨコ

さんざん言われているけれど、やはり浮いている。怪獣映画であるとしても浮いている。たまにゴジラが一番リアリティないだとか、ヤシオリに向けたリアリティラインの降下要因だとか言われるが納得できない。

対人物と比較したときにカヨコが浮いているのは紛れもない事実である

人とゴジラ対話してチームでも組むならカヨコの存在違和感いかもしれないが、そんな荒唐無稽なことは起こらない。

ゴジラリアリティがないからカヨコにリアリティがなくても良いという主張は、実質映画の全てを免罪し映画自体評価を下げてしまうのであまりよろしくないと思う。

カヨコがいたかリアリティが感じられなくなりヤシオリを素直に楽しめたか?NO。

あのテンプレアメリカンキャラ付けルー語は勘弁して欲しかった。

個人的には老獪な紳士とかだと良いなぁと思います萌えるので。


ゴジラの生態

これはこの映画最大の魅力ではなかろうか?

前段で書いたこと、これから後段で書くことはあくま映画をそれっぽくするためのオマケ。

ゴジラの設定は最高だった。あのぶるぶるするちょっと残念なサンショウウオが画面に現れたときですら大興奮だった。その後のそれっぽい科学説明科学的に正しいかは問わない)もそれに拍車をかける

絶望感を盛り上げるWho will know (24_bigslow)/悲劇(熱線の時のBGM)もいいが、 Persecution of the masses (1172)/上陸も不気味さと不安感を煽る絶妙音楽だと思う。

日本武力の総力を投入しても基本的にはただ平然と前進し続けるゴジラ。お決まりの「やったか!?」。この古典的台詞ですら場面を盛り上げる。

そして熱線。かっこいいの一言に尽きる。まずガスをはき出してそれに引火し、炎が収束していくあの描写オタク心を存分にくすぐってくれた。ギャレス・エドワーズの熱線描写で大興奮していた自分にとって、あのシーンだけでもこの映画価値がある。

ガメラ2ラストのような火の海の中で暴れ続けるゴジラを遠くから描いたカットも最高。そして全てが終わった後、エネルギー切れのロボットのように眠りにつくゴジラ。1連の流れは”美しい”の一言に尽きる。この場面だからこそWho will knowも生きる。いきなりIf I died~で始まる歌詞無駄示唆的でよい。

その後東京にたたずむゴジラを見たときは少々ギャグっぽいなと思ったが、熱線を掃き終え眠りにつく描写のかっこよさはそれを上回る。

熱線描写までは積極的破壊をしないところも評価したい。サンショウゴジラはただ進んでいるだけだが、それだけで甚大な被害をもたらすという絶望感は心地よかった。それは見慣れたゴジラの姿になっても変わらない。

従来策のように、なんでビルに戦いを挑むのかと思わせられる部分はなかった。


■前半と後半の乖離

前半部分の完成度の高さに比べて、映画後半はどうしても見劣りする。

ゴジラという強大な存在感に支えられていた映画が、外国という相手しかも顔も言葉も見えない!)にその対象を変えたことで一気に魅力が薄れてしまった。

この映画に出てくる外国人は、漫画テンプレか、顔の見えないよくわからない相手である。正しく世相を反映しているのかもしれないが、ずいぶんと内向的な描き方だと感じる。

さて、後半魅力が薄れた理由は核攻撃とそれに対する主人公達の反応に説得力がなかったからだと思う。露悪的な見方かもしれないが、突然嫌悪感を前面に押し出す主人公達の反応があまりにも唐突に感じられる。

攻撃有効性は巨災対の中でも認められている。勿論自分絶対にノーだが、この映画は前半で日本にとって東京いかに大切かを延々としゃべらせているので、地方在住の自分としては「地方だったらここまで抵抗するか?」と穿った見方をしてしまう。

理想化の矢口の反応はわかるが、ここで赤坂感情的になるのも解せない。日本人皆の共通認識と言えばそれまでだが、もっと説得力のある反対理由が欲しかった。ぶっちゃけ核がゴジラにきかないのでは...?という手応えが欲しかった。

既に東京ゴジラにより破壊汚染されているわけだし。

ヤシオリ作戦カタルシスに欠ける。絵のシュールさも勿論、電車爆弾程度でゴジラが転ぶのか?と思ってしまう。脚本の都合上仕方ないかと思うが、観客に仕方ないと思わせている時点で失敗といえる。

地面を爆破してバランスを崩すとか、そういう描写の方が説得力があったかもしれない。

口に散水車で液体を流し込む絵もあまりにもシュール。ヤシオリというかヤケクソ。

前半は素晴らしく没入感のある映画だっただけに、後半冷めてしまったのは本当に残念。とはいえ前半があったが故に後半もまあ許せるかぐらいの気分にはなれるし、この映画を良作たらしめている。


政治云々

初代ゴジラには議会ゴジラ情報を統制したい与党っぽいおじさんと、事実公表しろと迫るおばさんのやり取りがあったりする。

一方シンゴジラでは政治描写殆どない。基本的には現内閣とその下部の各省庁から集められたチームが職務をこなす様であって、あれは行政と呼ぶべきだろう。

ゴジラが海に帰った後、国会でのやり取りがあっても良かったかも知れない。それこそ初代のようなやり取りを。民主主義云々言うのなら国会野党を欠くのは片手落ちである

科学者へ無邪気な信頼を置いているのも気に掛かる。今作はわかりやすいほどに震災モチーフと言われているが、であればあのとき科学がどういう状況だったかを考えるとこの映画は無邪気すぎる。

あのとき間違えたものも正解したものもいた。にも関わらず今作の巨災対の科学への絶対的信頼は怖い。

彼ら・彼女らは行政人間ではあるが同時に科学知識を持つ専門家としても描かれている。そのギーク達が超人のごとき活躍。本当に福島を扱いたいならあまりに呑気ではないか

これは穿った見方をすればギークが有能な指導者に見いだされ日本を救う物語とも取れる。この設定は映画の魅力を損ねるわけではないが、高める訳ではない。

また日米の主役である矢口とカヨコは両者とも世襲政治家で若くして高い地位についている。きっと矢口支持率も高いのだろう。親の七光りも存分に使っている。

これが皮肉なのかどうなのかはわからないが、その上矢口は(危機はいえ)小休止時にシャワーもせずに働きづめで有り、皆もそうであることを賞賛する。

庵野が描いた主人公がこのような仕事人間なのは興味深い。


総評

良作。見て損だと思う事は絶対にない。見た人を必ず楽しませてくれるはず。

一方で気になる欠点存在し、その欠点を吹き飛ばすには後半の尻すぼみもあり傑作とまでは言えないと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160822131602

あの部屋を見て

「本当に貧困なのかな?」

という思いが浮かばないようなら記者としては無能でしょう

取材対象として適切かどうかを再検討するなり

貧困ながらもやりくりをして、好きなことを云々

とか話を持っていくのが正しい報道じゃない?

http://www.huffingtonpost.jp/yumiko-watanabe/satsuki-katayama-want_b_11637776.html

片山批判しているのは

とうの家庭が貧困であるかどうかではないでしょう

NHK事実の一部を伏せて恣意的報道をしているのではないかということの検証

もし記者取材対象の浪費を知りながら、一方的経済的に困窮していると

報じるなら、それは適切な報道とは言えない

だいぶ前に参加したお見パの参加者の事を覚えている限り書く

高収入男性対象パーティー

これまでのパーティー比較するなら、ふんぞり返ったおっさんと目が¥マークになった女性達の狩猟場みたいな印象を抱いていたが、双方そこまで気合は入っていなかった。

男はラフ、女はセミフォーマルorラフ、くらいの温度差。

欠席者は各一名ずつ。待たされる。

コンタクトがやたら痛くて目薬さしてた。




 9:限界までおしゃれした吉田沙保里。似てますね!って言ったら銀メダルにされると思って耐えた。話してみると武骨なイメージとは違って話しやすく、好印象をつけた。

10:無職。都会から結婚して来たが離婚してここに残ってるらしい。タリーズチョコなんたらが好きらしい。三十半ばの年齢に対して幼い印象。あとやたら受け身。話しかけられるの待ち。

11:なんとかキリコ漫画に出てきそうなデザインの顔立ちと髪型ダルそうな料理人。性転換したらチャラ男になる感じ。フリートークでやむなく話すが、初対面と話すの大変とぶっちゃけてた。

12:シンママ子供は九歳の男の子子供サッカー大好きでお尻以外真っ黒に焼けてるそう。アフリカの子か。お母さん自身も黒め。会社員

13:シンママ子供は九歳の男の子子供サッカー大好き。あれ? さっきの人と同じじゃね?と思うがどうやら知り合いでもなんでもない様子。化粧と雰囲気的に明らかにお水。

14:パチ屋事務。胸の開いた服で視線誘導。幼少時育った場所が俺の赴任先と近く、豪雪話やようやく達した文明の光ことコンビニの話をする。フリートークでも話したが会話内容忘れてて御免。

15:邦楽師範免状持ち。まあ若い方。邦楽話で割と話せた。我の強そうな顔だがまあまあの容貌なので好印象つけた。

16:みごとに覚えてない。

17:欠席者の席。俺の隣の奴も欠席だったので、相手のいない者同士16番と斜向かいで気まずい数分間を過ごした。だが16番本当に覚えてない。

 1:みごとに覚えてない。

 2:やたらきつい顔立ちを黒のブラウスパールネックレスでやわらげた茶髪ロング。許可を求められてから名前を控えられた。多分常連スキンケアに苦労してそう。比較的好印象。

 3:太めだが小動物系印象にうまく転化できてる感じの三十代。会話の印象もやわらかい比較的好印象をつけた。

 4:出席者の中で一番美人上戸彩。の肌を黒ずませ鼻に黒子つけた感じ。まあ十分にかわいい。会話運びも上手。病院管理栄養士医者捕まえられるレベル

 5:院内薬局薬剤師。というかこいつらなんで職場関連で医者捕まえずに、遠方のパーティーなんぞわざわざ来てるのか。人脈作りか何かですか。むしろお仕事の延長ですか。

 6:みごとに覚えてない。山奥出身豪雪話をしたような記憶がうすぼんやりと。

 7:出席者の中で二番目に美人ストレートのロングヘア、ピンクの上着、長身。顔立ちも整ってる。33。名刺出して大手勤めをアピった。

 8:年齢欄に記入がないという恐るべき所業に出たババア。こうしたレギュレーション違反クソ女がたまにいて、運営普通に見過ごすのがXO伏字)のダメな部分。厳密に職種訊かれたが濁した。 



好印象は47915につけたが、向こうからつけられた好印象は11のみ。まさに俺を好きなのはお前だけかよ状態

フリートークは47を狙うがまず初めに4狙いに動いたのが裏目と出て、結局どちらとも話せず終わった。

最終投票は47923。何で15を外したのかって話だが、単に席の位置関係上15が見えずにカウントから外れ、そのまま時間に追われて記入したためだろうと思われる。

結果発表。17対17で7組成立だからこの手のパーティーじゃかなり率高い方で驚いた。

俺か? 成立しなかったに決まってるじゃないかね。




パーティー後は痛みのぶり返してきたコンタクト外して、野良の子達に餌あげに行った。

普通に17匹くらい出てきた。

いやまったく、こいつらには1対17くらいでモテモテなんだがな。

以上。

はてぶでのエンタメとしての炎上を防止する方法

最近、はてぶで炎上してる案件をみて思うけど、エンタメだよなーと思う。

しばらくして飽きたら次のターゲット探しにうつる

軍隊ありみたいなものターゲットを見つけると食べ尽くすまで止まらない。

扇情的コメントほどスターを集めやすくて、それが主要な意見のように見える。

それって在特会がやってることと対象が違うだけで一緒だよね。

でもこれは人間本質なんだと思う。

アメリカによるイラク攻撃も、アメリカ以外の国はアフガニスタンはともかくイラク関係なくね?と思っていたと思う。

でもあの時のアメリカ国内の風潮は反対するもの売国奴だという雰囲気が醸成されていたし、反対すればテレビ新聞イラク侵攻は正しいと全力で叩いてた。

ドイツ首相アメリカイラク侵攻に反対すると、もうドイツは敵だといわんばかりの雰囲気だった。

一方向の意見がなんとなく形成されると、あとはそれにひっぱられてはてぶ世論が傾いていき、中には凸するやつが出てくる。

はてな民は頭の良い人が多いと思う。

なので、そういうのを感知したら止めにはいってほしいと思うし、止めに入りたいと思ってる人も多いのではないかと思う。

そこで提案です。

これ異常にバイアスがかかってるなと思ったら「エンタメ炎上案件」とハテブして、それに同意する人はスターをつけていくというのはどうでしょう

同意する人がおおければスターがいっぱいついて人気コメントになって上に表示されて、いま油を注ごうとする人を落ち着かせることになるのではないか

逆に同意する人が少なければエンタメではないと見ることもできるし。

2016-08-21

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ?? <追記アリ>

最初に「煽りタイトルである事に謝罪しておく。

 

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

この一週間ほど感想記事などをいろいろ巡ってはみたが、いくつかの批判記事もあまり共感できる内容でも無かったので、ひとつ増田にでも吐き出してみる。なお、いろいろと確認意味も込めて昨夜もう一度シン・ゴジラは再視聴している。

 

 

という訳で以降シン・ゴジラへの不満点を列記する。

 

 

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い

 まず冒頭の10分か20分くらいで気になった部分。主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネット動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。この時点では矢口は単なる夢想レベルである

 演出意図としては「唯一真実リーチしている主人公」のように見えるのだが、それならもっと巨大生物という予測に納得感が無ければ意味が無いように思う。もし矢口をそうした「夢想家」的キャラクターとして描く意図があったのならば納得がいくのだが、以降は基本的に「有能な政治家」然と描かれるのでそれも考えづらい。

 基本的に高いリアリティラインで進む映画のため、このシーンで不自然映画の先を予測した発言があるのは違和感が大きかった。さらにそれに続く、会議室尻尾ニュース映像が流れるシーンがその印象を後押ししていて、あの映像だけであれを「巨大生物尻尾」と判断できるというのもかなり不自然に思う。映画の進行のためにさっさと登場人物全員に対象を「動物」だと認識させたい+ゴジラの全体の姿をここでは見せたくない、という意図からあいったシーンになったのだろうが、やはり不自然は不自然だ。

 比較的序盤のこの2シーンで、「映画の都合で登場人物理解力直感力が劇中で変動する映画では?」という疑念が生まれしまった。

 ゴジラに対する登場人物リアクションとしては、最終形態が現れたシーンでも、あれだけサイズ形態も変化していれば、別個体可能性への言及があっても良かったのではないだろうかと思う。ここでも映画の進行のため、そうした選択肢登場人物に不自然に与えていなかったように感じられた。特に「あらゆる可能性を」と発言していた矢口最後まで同種の別個体存在言及しなかったのが不満として残った。

 

 

・人の死の描き方について

 ネットでは「死がちゃんと描かれていない」「いやアレでちゃんと描かれている」という論争がいくつかあったようだ。

 個人的には全体を通してあくま被害俯瞰的に描いていたのは面白かったと思う。「対策ルームに篭って黙々仕事をする政治家」が主人公という映画なので、むしろ現場被害をことさらクローズアップせずに描いたのは正しい。

 が、むしろそれならその描き方を徹底して欲しかったという不満があり、2,3箇所ほど不自然に急に人死にがクローズアップされたシーンがあり、そこが「ちゃんと死を描いていますよ」というアリバイ作りのシーンに見えて正直気持ち悪かった。

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。「全体としては面白いとは思うのだが、細かい不徹底が気になってガッカリしてしまった」というのはシン・ゴジラ全体に対する不満でもあるので、その意味でも言及しておいた。

 

 

石原さとみキャラが明らかに浮いている

 これは褒めている人の中でも言及している人がチラホラ散見されたが、カヨコのキャラクターリアリティラインを高めに設定しているこの映画の中で明らかに一人浮いているように感じられてかなり気持ち悪かった。正直ここまで不自然に浮いたキャラクターをこの映画に投入した作劇意図がよく分からない。

 とある感想で、「カヨコの突飛なキャラクターによりリアリティラインが下がったために、その後のヤシオリ作戦が受入れやすくなっている」という説明があったが、ちょっと納得しづらい。ヤシオリ作戦はかなり無茶な内容の作戦ではあるものの、劇中の他の展開で「これしか残された作戦はない」という納得感は十分作れており、カヨコの存在が無くても十分受け入れられたと思う。そもそも、対ゴジラ作戦リアリティライン登場人物ドラマリアリティラインとは(相関してはいるだろうが)別の話であり、突飛なキャラクターいるからと言って突飛な作戦が受入れやすくなるものだろうか? 単に「不自然に浮いたキャラがいた」というだけに見える。

 全体通して極めて「大人」な登場人物物語が進んでいるだけに「なんでこんなキャラクターを入れて雰囲気ぶち壊すんだろう?」と感じた。

 

 

・ヤシオリ作戦について

 当のヤシオリ作戦についてであるが、例の無人在来線爆弾など独特のケレン味の魅力は確かに素晴らしいとは思うのだが、最後の決着の味気の無さが気になった。有り体に言うと「ショボい」。

 意図自体は分かる。派手な秘密兵器などを使うのでなく、人々の地道な対策奔走による勝利を描きたかったのだろう。だが、結局それと特撮的な絵の盛り上がりとバッティングしてしまっているのは悪手だったのではないかもっと同じ演出意図を満たしながらも、絵的に迫力あって盛り上がる「決着」を描く方法が何か無かったのだろうか、というのがどうしても不満。

 注入量を読み上げる緊迫感あるシーンで、「放水した分を全て飲んだ計算して大丈夫なのか?」「そもそもあの生物「口からモノを飲む」という習性自体あるのか?」などの疑問が脳裏をよぎってしまったが、そうした疑問ももっと絵的な盛り上がりがあれば勢いで誤魔化されていたのにな、と思うので、ここも「悪くは無いんだけど、もう一歩足りないなあ」と感じた部分。

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。まあそれをやると矢口ヒーローっぽくなりすぎるきらいがあるのでまた違うんだろうなとは思うのだが。

 

 

・「国」のアピール

 別に国威掲揚だ」とか「日本スゴイきめー」だとか言うつもりは無いが、そうでなくても妙に「国」や「日本」のセリフ唐突さというか、無理やり挿入した感があって首を捻った。矢口の「皆休まず熱心に仕事してくれる」から「この国はまだまだやれる」のセリフに繋がるのに飛躍を感じる。前段階として「政治家としてこの国に失望しかけていた矢口」という描写でもあればドラマとして納得しやすくはあったのだが、そういう個人ドラマフォーカスする映画では無かった。「ニッポンゴジラ」というテーマのために無理に接続した感がある。

 また、これも同意見を多少ネットで見られたが、総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。劇中でモブセリフ地方軽視へのエクスキューズ台詞があったが、正直言い訳程度にしか感じられず、物語として組み入れられてはいなかった。話を2時間にまとめることを考えれば、そこまで舞台拡散させるのは難しいというのは分かるが、映画全体で「日本」や「国」を強くアピールしていた事との整合性がとれていなかったように思う。

 

 

 

 他、細かい部分は置いといて、強く気になったのは以上の点だ。

 「細かい事を気にしすぎ」と言われるかも知れない(というか知人に話したらそう言われた)が、気になってしまったのだから仕方ない。面白かったは面白かったが、改善できそうな部分、徹底されていない部分がチラついてしまった、というのは何度も繰り返す通り。「大傑作」の評に期待して見に行ったため、「ここがクリアされてないのか…」というガッカリが先行してしまったきらいはある。

 リアルの知人と言い合いになっても後味悪いので、増田で一通り吐き出させてもらった。以上。

 

 

<追記>

続きと種明かし

http://anond.hatelabo.jp/20160822181856

日本仏教ひどい

何回忌だとか盆供養だとか月の供養だとか何かにつけて高齢者から搾取している様子、少しも仏教的じゃないよなー。

葬式も、仏教的な部分が形骸化しすぎていて、なんのためにやっているのかわからない。

仏の教えを広める気があるのか?勿体ぶってわけのわからんお経を読むだけ読み散らかされても、有り難みなんてない。

でも田舎の爺さん婆さんにとっては菩提寺というのは共同体を牛耳る大きな権力で、なぜか尊敬対象らしいので逆らえずに寺のいいなりになってしまうようだ。

その息子世代にはそういう自由意志無視されるような状態おかしいという感覚があるため、世代交代に伴い寺は減退していっているのだと思う。

絶好のカモの今の後期高齢者世代が死に絶えたら、寺はどうやっていくんだろうね。

まぁ変化に取り残された結果だから仕方ないね。南無〜

正しくはないけど間違ってない感じ

http://togetter.com/li/1014493

このマンガ意味はわかる。

後半の引き合いに出した映画にたとえた料理意味はわからないが。

ポイントゴジラ白飯とお新香だけってところ。

オタクと呼ばれる人がもてはやしているものってそういう風に見えがちなんだよね。

エヴァの評判を最初にきいたときにそれ(白米とお新香ではないが)を連想したことを20年ぶりに思い出したわ。

クイックジャパンなんかで竹熊健太郎が大騒ぎしだしてやっとどれどれとみるまでは

この白米にお新香をありがたがってるだけだろ?的な感じがあったなと。

もちろんみたら大熱狂してましたけど。

藤島じゅんはみてもなおそう思ってた。それは別に問題ない。

この場合の引き合いに出した映画とたとえた料理の種類のセンス、というより料理比較したのは筋が悪いと思った。

単純に訳がわからない理屈で煙に巻いているように感じられたから。

なんで白米とお新香なのか、別のなにかはそうじゃないのか?そこいらはもうちょっとだけ丁寧にやるべきだな。プロなんだし。

金こそ発生してないけど商売のところでアヤがついたら損じゃない。

もうひとつバリバリ反発しているブコメレスついても。

これもまたエヴァとき熱狂を薄っすらと思いだす。

エヴァときネットがこれほどではなかったけど「エヴァおもしろがれない人失格」って感じがあった。

集団ヒステリー排他的

この傾向がここんところまた高まっているね。

吉田沙保里銀メダルをあやまることを「なかなくていい」なんていったミッツ・マングローブが叩かれているのにも同じものを感じる。

オタクオタクということで「悪」として排他対象になっていた時期を過ごしてきたものとしてはもうちょっと余裕持とうぜとは思うのよ。

それぞれに逃げ場所と居場所を与える余裕を持たないと自分にも与えてもらえないなと。

貧困JK擁護派と批判派の視点の違い

擁護派は遠くを見る視点批判派は近くを見る視点、かなぁと。もうちょっとわかりやすく言うなら、擁護派は理想主義批判派は現実主義

批判派は一貫して『このJK個人』が救われる対象に足りうるかということを問うている。

一方擁護派はJK個人を見ているのではなく、『このJKのような属性にある人』を見ていると一連の意見を読んで思ったよ。

で、JK本人は○○ちゃん募金のように『自分個人』を救ってくれとは言っていない。自分のような人がお金問題で門戸を閉ざされることがないように、ということで活動をしていると。

まぁそこで彼女をそんな活動に誘い込んであまつさえNHKインタビューに出させた何者かがいるわけだが、そこは置いておこう。

さて、JK批判派は現実主義と呼んだが、あくまで正確な表現は近くを見る視点、だ。つまりJK個人と、それに比して自分を見ている。自分身の回りと比べて、このJK個人がそんなに貧しそうには見えないし、しっかりすれば貧困ではない生活が送れる、と判断している。

でもさ、問題はこのJK個人にあるのではなくて、似たような貧しさを持つ人々全体にあるだろ?って言っているのが擁護派。だから擁護派はJK個人が浪費していたかどうかは重要視しない。彼女お金問題で進路をあきらめた人、という属性を重視している。その属性を重視するからこそ浪費と貧困についての持論をぶったりもしている。

JK批判派は自分お金感覚自分の肌感覚がだいぶ近い人々だろう。

一方、擁護派は自分お金感覚が肌ではなくて脳の中にある人なんだろう。

どちらが正しいかを考えるのは意味がない。正しいかどうかなんて自分感覚しか計れない。

この件で一番大事なのはお金感覚が同じ日本人でもこんなに違う、というのがあらわになったということだと思う。批判派にとっても、擁護派にとっても。

なぜ自分とは違う意見の人がいるのか?自分の知らない世界がこんなにも身近に広がっている、その当たり前だけど見えにくい事実が見えた一件だと思う。

2016-08-20

入れ墨がある風俗嬢

実質、値下げ対象らしい。

交渉次第で負けてくれるんだって

http://anond.hatelabo.jp/20160820113253

絶対的貧困相対的貧困を比べるのはナンセンスしかいえん

相対的貧困改善って、全体主義とか、共産主義とか、社会主義みたいにならんと無理でないの?

相対的貧困だよね?

みんな同じ生活しなきゃ、絶対なくならんよね。

その上で、「相対的貧困でも生活レベルを上げるべきって話になると、それ支援でやるんじゃなく経済回復させようとかそういう話。

それでも支援対象はいるはず、みたいな話に踏み込むなら、限りあるリソースをどう振り分けるかって話だから、「絶対的貧困」が優先される。





何が話したいんだ、この馬鹿

九州東北に関する個人的偏見

#九州で女性として生きること のタグが闇すぎてにわかには信じがたいと話題に「目が点になった」 - Togetterまとめ



九州の人は、不平不満が多い。

自分の意に沿わない事態が起こると、それはすべて他人のせいだと考える。

自分の思うとおりにさえなっていれば何も悪いことなど起きなかったはずで、何か悪いことが起きたらそれは他人が悪いのである

そのため他人攻撃することをいとわない。

また、主に「自分より力を持っていそうなだれか」のせいだと考える。

そのまんま上司立場の強い人に噛みつく場合もあるが、

実際にはそうではないのに、「この人は裏で不正に力を持っている」などの妄想を膨らませ

その対象を悪の権化のように言い散らすこともある(上下関係には弱いので、そういうことのほうが多い)。

神話時代から国の興りを自分たちの住処からだと称し、江戸幕府に対して300年恨みをため込んで、とうとう明治政府自分のものにしてしまった人たちを感じる。

彼らは本当は、この世は自分のものであり、自分世界の中心だと信じている。それぞれに。




東北の人は、あきらめが早い。

自分の意に沿わない事態が起こると、「ああもうしょーがないね」とすぐにあきらめる。

基本的に、あらゆる物事について、自分意思など大して影響力のない微々たるものだと思っていて、

なりゆきにまかせ合わせていくしかないと思っている。

東北人間にとって、冬に降る大雪や、夏に吹く冷風や、東京の人たちのお達しや、だれか他人意見はすべて、

逆らいようのない何事かである

あきらめは早いが、さっぱりしている訳ではない。むしろねちっこい。

雪に降り込められた家の中で、欝々と春を待ちながらあきらめたことを執拗く数えている。

数えているだけで、それに対する打開策などは考えない。自分たちは等しく無力だと信じている。

から時々、打開策を考えて自分から動こうとする人が出た時の、同調圧力からくる足の引っ張りようは尋常ではない

坂上田村麻呂時代から虐げられ、そして最後には江戸幕府に殉じ、結局いい目など一度も見たことのない人たちを感じる。

彼らは心の底から自分たち辺境人間であると信じている。その分だけ、無責任である

NHK貧困問題

NHK貧困問題捏造だと大騒ぎになっているのが分からない。

取材対象劇団員でした!」「実は世帯収入2000万円超!」なら、分かるけど。



特になぜか叩かれているキーボードの件。

PC練習をするとして購入パターンとしてありえるのは、

キーボード(1000円)」「キーボード本体(それなりなら5万円以上)」

キーボード本体インターネット契約(生涯支払額は2百万円以上)」の三つ。

インターネット契約しないとPC活用できないと考えれば、

本体を購入しないのは、一番経済的選択と思える。



専門学校費用についても入学金払えても、トータル200万円以上かかるし、

一時的な娯楽費用とは段違いに高い。

貧乏人はコンサートや劇を見に行くな!というのは差別に他ならない。

貧困家庭PS4を買うな!PS1で我慢しろ!」「貧乏人は麦を食え」

といわれたら余計なお世話なのに、コンサート非難されるのはおかしい。



そもそも相対的貧困ラインを調べると、「親子4人世帯で年額244万円」(手取り

が目安らしい。その収入なら、数十万円の出費は耐えられても、数百万円

の追加出費は耐えられないでしょう。



ある家庭が貧困かどうかをきめるのは、NHKでも視聴者でもなく統計定義

年収200万円の家庭の子供が、断食しても豪遊しても、区別なく相対的貧困です。

貧困JKの件は記者あかん一択では?

貧困JK特集担当したNHK記者講演会のバックにいたのか…

かながわ子どもの貧困対策会議 - 神奈川県ホームページ

戸田 有紀 (NHK報道局 遊軍プロジェクト 記者

貧困問う青年の主張 県対策会議に高校生ら|カナロコ|神奈川新聞ニュース

フォーラムは、県の「かながわ子ども貧困対策会議」の取り組みの一環。

開催当日の夜にニュースにする手際は素晴らしいけどさ

もっと取材対象選ぶとか、手間かけりゃ良かったのに

テーマのもの重要なのに、すっげーしょうもない燃え方してるじゃんよ

JK本人の個人攻撃なっちゃってるのもかわいそうだし

もう少し手綱握ってやれよ!!って話では?