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はてなキーワード: パターンとは

2016-08-26

高畑裕太心理想像で書いてみる

高畑裕太事件では、親のせいだとか親のせいではないとか意見が分かれている。

出ている情報から想像で書くので、事実じゃないところもあるかもしれませんがご容赦下さい。

高畑裕太子ども離婚し、病気がちで母親一人で育てられたと見た。

裕太にとっては、母が全てであったんだろうと思われる。

お父さんがいなければそりゃお母さん依存になるのは仕方ない。

お母さんは忙しい人だ。

からなかなか一緒にいられない。

病気は、アトピー喘息らしい。

裕太は思っていただろう。

喘息発作やアトピーがひどい時はお母さんがいてくれる。

症状が落ち着くとお母さんはどっかに行ってしまう。

病気になっていたほうがお母さんと一緒にいられる。

喘息発作の症状の練習をしただろう。

アトピーアレルゲンとなるものをあえて近くにおいて症状を出すようにしていただろう。

だって、そうしないとお母さんがどっかに行ってしまうから

症状が落ち着いて一人で病院に行く時もあっただろう。

そんな時、お母さんは一緒に来ないのか。

病気が治ったらお母さんはどっかに行ってしまうのか。

だったら病気なんて治らないほうがいいとも思っただろう。

自分が生きるためにはお母さんしかいない。

信じられるものがおかあさんというものしかいない。

お母さんがいない中で生きていくくらいなら死んだほうがいい。

と思っただろう。

そこで、お母さんなんてどうでもいい、一人でやっていく。

やっと開放された。

と思う人もいれば、お母さんじゃないものパチンコ、酒、仕事セックスなどに依存を移していくか、お母さん依存を続けてしまうかだが、殆どの人は今までの生活環境を変えることに恐怖を感じもともとの依存を引きずって生きて行くと思う。


お母さんと一緒に入られるのはどこか。

芸能界だったんだろうと思う。

誰も相手にしてくれないけど、お母さんだけは反応してくれる。

自分がふざけたことをして、それにお母さんがどのように反応するかを見る。

そのお母さんの顔からどう行動したらいいのかを考えて行動するというパターンが出来ている。

その流れがなくなるとどう生きて行くべきかわからない。

お母さんが近くにいなくなった今、どうやって過ごしていればいいのか全くわからない状況になってかなり苦しい状態だろう。

俺もそうだ。

親父が死んだらこの世はなくなり、俺も死ぬと思っていたから。

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。


Q.「ねこみこれいむあいしてる」って何ですか。

東方Projectアレンジ曲に「ねこ巫女れいむ」というものがあり、歌詞にそういったワードがあるようだ。

匿名ダイアリーでそのワードを含んだエントリBOTの如く投稿されるので、この界隈では元ネタよりも認知されているかもしれないな。

エントリの内容は、基本的に「ねこみこれいむあいしてる」とだけと書かれていて、他に書かれていても簡素であることがほとんど。

……いや、エントリ自体エンターテイメント性がなく、クリエイティブでもないから、本当にそれぐらいしか説明することがない。

まり、「ただ単に、そこにあるから認知された」というパターンだな。

君が通学や通勤をするとき、その途中に店があったりするだろう?

君は、その店が何をやっているかもよく分からないし、かといって大した関心もないし、そこを利用するつもりも一切ない。

看板デザインも、そこまで気になるような奇抜さはない。

でも、いつも視界に入る程度の存在感はあるから記憶には残る。

ねこみこれいむあいしてる」も似たようなものだと考えてくれたまえ。

ホットスタートが嫌い

小説の書き出しとかのホットスタート

小説じゃなくて映画とかアニメとかでもなんだけど。


特に映画小説

アニメ漫画特に連載もの)はまだわかる。

2話目を見て貰えるか、それ以前に1話を最後まで見て貰えるかの勝負だろうから

映画も見せ方としてなんとか許せる。

だけど、小説立ち読みして数ページ読んでから買うか買わないか決める奴が果たして居るのだろうか?

本屋小説とかビニールに包まれて読めないことも多いし。



何故に時系列を崩してまで、アクションシーンから始める必要があるのか?

そんなふうに思ったのは、異世界チートものWEB発のラノベを読んだからなんだけど。

WEB小説って基本的にだらだらと設定説明とかからまり(作者がそんなに知識技術いから。日本での生活して、死ぬとか魔法陣巻き込まれ召喚とかのテンプレ)、だらだらと話が進み、

人気が出たり、作家に才能あったら徐々に盛り上がって行ったりそういう作品が多い気がする。

(そもそもテンプレで、ステップアップ展開あるのでそれをなぞるとそうなりがち)



で、人気が出たWEB小説小説賞に入賞したり、出版社からスカウトされたりして書籍化ってなるときに。



編集がアホなんだか、馬鹿の一つ覚えみたいに、アクションシーンをぷろーぐに持って来たりする。

すごい強敵に苦戦するとか、すごい強敵無双するとかパターンはあるけど。


で、特に謎を残すわけでもなかったりする。



いやね、書き出しが重要ってのはわかる。新人賞とかだと今でも言われてたりする。

小説学校とかでも技術ひとつとして教えてたりするんだろう。

そやかて、テンプレなぞったWEB小説ですやん?

どうせ、異世界への召喚の経緯とか過去に戻って描写するんですやん?

そんな話で、しかも紙書籍で(冒頭が立ち読みできる電子書籍に的を絞ってるんならまだしも)、

単にアクションシーンから始めたいがためのアクションシーンって冷める。


後々意味があったり、興味を引く謎とか残して、謎解きを楽しみにできるんならまだしも。

ほんとにホットスタートのための時系列いじりとどうでもいいアクションシーンスタートは止めてくだされ。


こっちはあらすじとかネットの評判とか見て最初から最後まで読むつもりで買うんだからさ。

半分ぐらいまではつまんなくても読むよ。買った本だったら最初の数ページで投げ出すことなんてしないから。

今の時代子供を産める人

お金がある+実家の協力が得られる人(自分の周囲はこのパターン

給与が安くても雇用が安定してる、公務員など

子供を育てるデメリット責任をまったく考えない人(ヤンキー

 

まり世代を重ねるほど子供スタートラインでの格差は拡大する

2016-08-25

インターネット炎上記事はどの程度の影響があるのか?

ここ最近ではPCデポの件でおなじみのヨッピーが大活躍している

以前から思っていたけど、ネットが率先して炎上させた案件って意外とその後が大したことね?

例えば、やまもといちろう氏が攻撃した相手炎上した相手で完全に消滅したパターンはないのではないか

イケハヤ氏に対して攻撃をしていた記憶があるが、案外高知うまいことやってるみたいだ

東京都知事候補者はどうせ勝てなかっただろうし

PCデポは経過観察中ではあるが、案外法的な裁きはなく、一年もすれば平常運転をしているのではなかろうか

週刊文春をはじめとする雑誌TV案件結構悲惨な末路というか

その人の仕事生命を終わらせるケースがあるけど

(舛添氏やベッキー鳥越氏、古くは船場吉兆とか)

ネットで叩きのめされた人たちって、大打撃を受けるのは小物というか

twitter馬鹿やった一般人ぐらいではなかろうか

PCデポについてだってネット民はてブ界隈が吹き上がるほど打撃を与えてるとは思わないんだよな

一時的には盛り上がるけど、一年後には元通りになるレベル程度ではないか

投資対効果の高い進学先

職場で有名大学を出た非正規職員一定数いる


皆、中高一貫私立大学進学だから学費は1000万円を下ることはないだろう。


地方出身者もいるので、2000万クラスもいると思う。


社会構造が、変わってしまったと言うこともありつつ今は大学進学ってかなり投資対効果の悪い選択肢なんだろうな。


二人の子供の親として、進学先を考えると男は公立高校出たら地方公務員になって大学必要に応じて通信夜学に通う。または外国語の出来る職人(板前など)とかで女は公立看護学校から看護師かなと。


世知辛いけど、色々なパターンを考えておかないとね

他に何かあるだろうか。

2016-08-24

ゴミ記事メタブしてドヤ顔してるバカハテナ

お前のやってることに意味は無いのでよろしく。

何階だろうがホッテントリ入りさせたり検索順位上げたりして普通にアクセス数流入のお手伝いをしてあげてるだけだ。




「明らかに間違ってるレベルの言説」なんて無限に量産可能から会心の批判を決めること自体にも意味は無い。

典型的話題がある程度決まってるニセ科学よりはるかに多いパターンゴミ記事が量産可能なんだ。だから根本的にアクセスを与えず人目につかないように放置するのが正しい。



一番良い対応は「完全スルー」一切ブクマコメントもせずそんなサイト記事存在しないかのように扱うこと。

2chスレですら民度の高いスレだとどんな嵐も釣りも綺麗にスルーできるんだがお前はそれにも及んでないぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20160824092103

守らない事でさほど害がなかったり、むしろ合理的であるような事でも、守る事が偉いと思っているからだ。

はい自分予測範囲外の部分で害があったり実は合理的だったりすることを想像できない人間典型パターン頂きました

http://anond.hatelabo.jp/20160824022916

や、違うんだ。とあるサービス管理人なんだが、アクセスログから行動パターンがわかって、当てはめると崩壊してるのがわかってしまったんだよ。

2016-08-23

母親結構な金が注ぎ込まれてる

母親がガンとの診断をうけて、もうすぐ5年半になる。

診断されたときには、ステージⅣで5年後生存率は20パーセントといわれていたが、幸運なことに、今でも調子がよいとき自分で車を運転して病院に通う程度に元気だ。




病院は、昔の社会保険病院(何年か前に制度改革名前変わった)だから、まあ公立みたいなもんで、いわゆる「保険範囲内」の治療を続けている。

最初の1年に2回ほど手術はしたが、あとは抗がん剤治療

基本的には、抗がん剤を月に一度うって、それから週一で検診をうけて、また抗がん剤うって、が基本パターンで、

だいたい抗がん剤うったあと数日はかなりダルそうにしているが、それ以外の期間は、病人とは思えないほど元気だったりもする。

その時期に人とあうと、誰も彼も「お元気そうでよかった!」というもんで、

「アタシだって病気なのに・・・」というのが数年来の悩みで、その手の愚痴はもう、聞くだけ聞いて右から左に流している。



で、ある薬が効かなくなったり、副作用が強く出てきたりしたら、新しい薬に変える。

薬が変わるごとに、医者から家族も同席した上で説明を受けるのだが、素人が聞いても分かったような分からないような話にしかならず、

結局は「先生のご判断にお任せする」しかない。




主治医は無愛想かつ若干コミュ障気味で、正直感じは悪い。

母がかかるようになった当初、入れ替わり立ち代り看護師が「愛想は悪いけど、腕は確かな先生ですよ」とフォローに来たくらいだ。

まあ、その分、ある意味で信用はしている。余計なお愛想や、変に希望を持たせることも言わないし。

でも、実際、この先生が合わなくて転院していった人が、いなくはないらしい。

なんっていうか、身もふたも無い言い方をしがちなので、そういう人がいるのはよく分かるし、

そういうときに、なんか笑顔でへんな希望をもたせる代替医療屋が近づいてきたら、コロっといってしまうのではないか、などと思う。




で、3ヶ月ほど前、また抗がん剤が変わった。

今度の薬は、数年前に認可されたばかりで、はじめは肺ガンにつかわれており、母のガン(卵巣ガン)に使われるようになったのはごくごく最近であり、

母の主治医は初めて使うらしい。

「高額の薬ですけど、保険が利くようになりましたからね」と説明を受けた。




幸い、母には向いていたのか(抗ガン剤の向き不向きは、その人の病状やら体質やらガン以外の持病やらによって千差万別らしい)、

最初の投与のときは、若干副作用が重く、体重もかなり減り、心配もしたが、

その後は、当初のときほど副作用が重くない様子で、血圧も安定し、なにより腫瘍マーカーの数値がよい。

で、食欲も旺盛で、下手したらガンになる前よりあるんじゃないか?というくらいになり、実によく食べている。

なのに体重は増えないようだ。

よく分からないが、ものすごい勢いで体内のがん細胞を殺しまくっているのかもしれない。

この夏も、暑い暑いといいながら、友人と映画見に行ったりしている。




というわけで、医学進歩は、はなはだありがたい限りなのだが、請求の明細を見ると、やはりいろいろと考えてしまう。

母の抗がん剤治療には、1回60万円以上の金が注ぎ込まれているのだ。

ところが、後期高齢者である母は、高額医療費免除勘定に入れれば、実質1万5000円程度しか払っていない。

この数字をみると、ここ数年、ほとんど医者にかかったことのない自分健康保険料が「高い!」などという気分は、吹っ飛ぶ。

こんな風では、確かにこの国は医療費でつぶれてしまうのではないか?と思わないでもないが、

そんなマクロな疑問を、目の前の親の病気というミクロな大問題を前に考えていられるほど、自分大人物ではない。




今の抗ガン剤も、いつまで使えるのかよくわからない。

一般論としては、どんなに長くても2年がせいぜい、らしい。

まあ、まだ使用例がさほど多いわけでもないので、医者もよく分かっちゃいないのだが、いずれ限界がくるのは明らかだ。

そこで、また新しい薬が出てきて、今度は1回100万(自己負担は2万数千円くらい?)みたいなことになるのかもしれないが、

そうなればまた、日本医療制度感謝して、淡々母親のことを見守ることになるのだろう。





なお、ちょっと話は変わるのだが、素人ながらに母親とその周辺にいるガン仲間をみていると、

今のところガンに特効薬は無いのだが、



1 日ごろから「ガン以外」は健康であること

2 食生活がちゃんとしていること




が、かなり大事なのだろうなと感じさせられる。

大体、ガン以外に持病があったり、肥満だったりする人は、正直、ガンになってから生存年数が短いようだ。

治療には体に負担がかかるので、「健康(ガン以外)」でないと絶えられないものらしい。

幸いにして母は、患う前、年齢の割には健康診断の星が格段に少ない人であった。


あと、やっぱり食事が偏った人や、食欲が無くなった人は、どんどん衰弱していく。

その辺は母も思うところがあるらしく、毎日時間をかけて野菜ジュースつくったり、いろいろ献立考えては買い物に行くのが

ちかごろの生きがいになりつつあるようだ。



はいえ、そんなのは対症療法で、結局は高額な薬を主軸とする治療に頼っていかざるを得ないのが現状なわけで

これから先、どのくらいの期間にわたって、どれくらいの金額が母の命に注ぎ込まれていくのか、

できるだけ考えないことにしている。



(2016/08/24)

追記書きました。

http://anond.hatelabo.jp/20160824212145

精神科心療内科に通院してる方に質問

転勤より、以前から通院してた心療内科から新しい心療内科に転院したのだけど。医者ってこんなに個人情報をしつこく聞いてくるものなのか問いたい。


例えば、自分出身地会社名、出身大学、専攻、家族出身地会社名とか。大学名は○○(地域名)の方ですとぼやかしても、だからどこ大学なの?としつこく聞いてくるし、会社名にしてもただの会社員ですとぼやかしても、だから会社名は?としつこく聞いてくる。


文章の書き方で分かる通り、名の通った大学出た訳じゃないので、結局「そんな大学知らんw」という対応。結局、症状については何も聞かれなかった。個人情報精神症状に関係あるのか、只の興味本位か知らないけど、個人情報漏洩して病気バレしたら困るし、このまま通院するのが不安


長期に渡って心療内科に通院してる方、良い医者と悪い医者色々出会っただろうけど良ければお話聞きたい。


【追記8/23

トラバブクマありがとうございます。中々相談できない話なので、大変参考になります

見たところ、今回の医者のようなパターンは稀のようですね。医者との相性や第一印象もあるかもしれませんが、この結果も踏まえて今後の通院は控えようかなと思います第一、薬の副作用とか教えてくれなかったのが恐ろしい。弱い薬とは言われたけども。

一つブクマの返信です。

>転院するときに前の病院紹介状を書いてもらわなかったの?

実は、自分自身治ったと思って紹介状貰いませんでした。今回通院を始めたのは家族の進言です。


引き続き、思う節がある方いましたらコメントどうぞ宜しくお願いします。

http://anond.hatelabo.jp/20160823112541

対策室が回収したのはコソコソ隠れて焼却前にかすめ取っただけだから焼け残りじゃねーよ?

さすがにそんな焼け残っちゃいましたテヘペロみたいなミスはせんだろ隠滅に来てるのに。

散りすぎるというのも分からない、個体撃破確認できた後にそのまま爆撃を続けて適当なところで現場に焼却班を回せば同じパターンだろ。

 

あと海中での拡散を考えるとそもそも群体化を危惧した攻撃停止もやはりケチが付く、

ゴジラ細胞だけで群体化できるなら海中から群体がどんどん今後も押し寄せてくるってこと。

そしたら毎回ヤシオリなんてできるわけがないし結局正面から正攻法での駆除を考えるしかない。

映画の中で言及されてる!よく見れてないだけ!」

「いやだからそれがおかしくね?って言ってるんだが」

このパターン大杉

NHKは本当に貧困をなんとかしたいなら嘘でもいいからせめて見栄えが良い奴をチョイスしてくれよ

ブスでキモくてしかも嘘のやらせだったとか最悪のパターンじゃん

続【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞記事批判する

前回のまとめと補足

前回『【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞の記事を批判する』という記事で、朝日新聞編集委員 氏岡真弓氏の署名記事について批判した。

その要点は、氏岡氏の記事が、国立大学協会入試委員会対応に関して、(意図的にせよ結果的にせよ)明らかな印象操作を行い、「新共通テスト記述試験大学側が採点する」という方法が極めて問題の多い案であるという事実を十分に報じないまま、この方法採用を後押ししてしまっているという点にある。

いくつかのコメント飛ばし記事であるとか文科省側のリークというような話が出ていたし、私自身もその可能性はあると考えている。

しかし、その一方で、私は文科省国立大学協会も正しく状況をレクチャしたにも関わらず氏岡氏自身が(意図的無意識かはともかく)内容や方向性の間違った記事を書いた可能性、つまり氏岡氏の持っていた見解バイアス資質問題が今回のような記事を書いてしまった原因である可能性も留保している。

これらの点を詳らかにするためにも、氏岡氏は自分自身言葉で今回の記事に関する経緯を説明してほしいと考えている。

今回批判したいこと

今回私が批判したいのは、8月19日朝日新聞4面に掲載された『<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案』という記事である

前回の内容は記事化の経緯に関する点であり、氏岡真弓氏に非があることは明らかであると(少なくとも私には)感じられる問題だったが、今回はもう少し論争的な部分を批判したい。

はじめに結論をかけば、

氏岡真弓氏は今回の新共通テストに関する問題特に採点方法問題を論じる/解説するにあたって、この問題に関する十分な見識を欠いているのではないかということだ。

私が特に重要視している記事記述は次の2つの記述に集約されている。

この問題を論じるにあたって、国立大学協会入試委員会の提出した論点整理や文科省有識者会議=高大接続システム改革会議の出した最終報告は役に立つ。

記述問題形式

氏岡氏の8.19付解説記事最初記述について考えたい。

私の批判の要点は、氏岡氏はこの記述の中で、記述問題において何を問うかという点に関する検討理解を十分に行わないまま独自解釈を述べていないか、ということである

特に、「文章理解説明する設問」と「自分の考えを書く問題」とを明確に区別した書き方をし、大学側が採点する方法を採ることにより、後者可能になったと断定している点である

国公立大学二次試験国語で問われている問題はおおむね前者にあたり、文章記述の内容把握や根拠説明要求するものになっている。

一方小論文試験や国公立でも非常に僅かだが一部の大学2016年度だと例えば滋賀県立大静岡大首都大学東京島根大など。ほかにもあるかもしれない。)の国語試験には、課題文の内容理解を踏まえる形で「あなたの考えを述べよ」という「自分の考えを書く問題」が出題されている。

では、新共通テスト記述問題で本当に後者のような問題を出すことが想定されているのだろうか。

高大接続システム改革会議の最終報告には、

国語については、次期学習指導要領における科目設定等を踏まえ、知識技能に関する判定機能に加え、例えば、言語を手掛かりとしながら、与えられた情報多角的視点から解釈して自分の考えを形成し、目的や場面等に応じた文章を書くなど、思考力・判断力表現力を構成する諸能力に関する判定機能を強化する。(p.54)

とあり、ここにみられる「自分の考えを形成し」という語句一見氏岡氏の記述合致しているように見えるかもしれない。しかし、これは、例えば選択肢を選ぶのではなく自分言葉説明することを指していると通常は解釈するように思う。

実際、

大学入学希望学力評価テスト仮称)」の記述問題については、現在国立大学二次試験で行われているような解答の自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、それを踏まえて結論結論に至るプロセス等を解答させる「条件付記述式」を中心に作問を行うことにより、問うべき能力評価と採点等テスト実施に当たっての課題解決の両立を目指す。(p.56)

と述べられていることを見落としてはいけない。最終報告のp.75に掲載されている図も見落とすべきではない。

まり「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」は、創造性・独創性芸術性の評価も含む問題であり「個別入試になじむ」と整理されている。

仮に大学が採点することになるからといって、この整理を放り出して、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」を出題するとか、

自分の考えを書く問題」を出題すると述べるのは、議論の成果である最終報告よりも明確に一歩踏み込んだ記述になっていると言わざるを得ない。

では国立大学協会の「論点整理」ではどのように記載されているだろうか。

解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大することである。また、設問の中に構造化された能力評価観点を踏まえつつ、各大学学部)はアドミッションポリシーに基づき独自の採点基準採用することができ、各大学学部)の主体性が発揮できる。

ここでいう「解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大する」という記述には、氏岡氏の言うような「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」という趣旨を読むことはできないと私は考える。

というのも、ここでいう「出題の多様性」という文章は、前半にある次の記述を受けてのものからだ。

全国共通試験への記述式・論述問題の導入は、多肢選択問題では測ることのできない能力評価するための大改革であり、適切にその能力評価するためには相当数の問題が課されるべきである。また、評価すべき能力が個々の設問の中に構造化されるわけであり、その観点からは、短文記述式(40-50 字)設問のみでは、改革の主旨に沿った十分な評価を行うことができないと言わざるを得ない。解答文字数を含めて出題の多様性が出来るだけ拡大されることが望ましい。短文記述式のみでは早晩パターン化し入試技術化する危惧あり、持続可能性の観点からも、同様のことがいえる。

これは、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題」を出題するべきというよりは、文字数は40-50字の短文記述よりは長めで、個数は多めにするべきということである。個数を多めにというのは扱う内容の多様性を確保せよといっているように私には見える。50万人が共通して受験するテスト場合、題材が1つだけだとどうしても能力よりもその話題になにがしかの知見があるかどうかなどの運の要素も出てきてしまう。十分な量の問題と十分な長さの解答要求をすることでしか「適切に能力評価」することはできないだろうと言っているように見える。ここには、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」というような観点は入っていない。氏岡氏の記述国立大学協会の「論点整理」の文脈からもはみ出していると考える。

また高大接続システム改革会議の最終報告の参考資料2には、今回の新共通テスト問題例が掲載されている。(ただし、あくまでも何を問いたいかを例示するためで直接試験で出題できる問題として掲載しているわけではないという注釈付き。)この中の「国語」の問題では、交通事故発生件数・負傷者数・死者数の年度変化を示すグラフを掲げ、「交通事故の死者数が他よりも早く,平成2年1990年)以降減少傾向になっていること」の理由について考えさせている。要求しているのは、資料から読み取れる内容の記述自分の主張を裏付けるためにはどのような資料を見ればよいか記述させることである。これは、「自分の考えを述べる」問題ではないことは明らかである

また氏岡氏は自身ツイッターで次のように述べている。

入試改革を引っ張ってきた国大協の委員会ででた案。出題の幅がぐんと広がる。注目です。

「出題の幅」とはどういう意味なのかはっきりしない。最初に取り上げた4面の解説記事記述にもあるが、「自由記述」「本格的な記述」のような書きぶりにも現れているように、言葉の選び方が不用意で十分に検討したと思われない。

しかし一方で、氏岡氏の名誉のために、次のことは指摘しておくべきだろう。

読売新聞8月20日付の記事『大学新テスト、英語「話す」で民間試験の活用案』の中で次のように記述している。

国大協は記述式の採点を、受験生の出願先の各大学が行う案を示した。(中略)国大協はテスト1月中旬実施しても、大学が採点すれば200字~300字程度の記述式が導入できると想定大学による採点が難しい場合は、採点期間を国立大学前期試験直前の2月下旬まで延長する別の案も示した。

これも国大協が大学側が採点するという案を提示したという問題のある記述をしているのだが、それ以上に、国大協が「200字~300字程度の記述式が導入できると想定」などという「論点整理」には全く書かれていない話を登場させている点に注目したい。

「40-50字の短文解答式」ではまずいという議論から、いきなり「200字~300字程度の記述式」というところへ直接は結び付かない。

上の最終報告にある問題例は、40字以内と80字以上100字以内の設問である。通常、短文解答式ではないものを、という点でみれば、いきなり200字~300字となるのではなく、80字~100字程度の文字数ということを考えるのが自然ではないだろうか?

また国公立二次試験を見ても、単独で200~300字の記述要求する大学はむしろ珍しく、東大でさえ最大文字数の問でさえ100字~120字で述べさせる問題である

もちろんこの「200字~300字」というのが、たとえば小問3個での合計解答文字数というなら話は違ってくる。(1個の大問全体での記述量が500~600字程度ということは珍しくない。)読売記事がそのあたりの正確さを欠く記事になっていることは批判されるべきだ。

今回のまとめ

まり考えられることはいろいろある。

といったことだ。

 しかしどれであったとしても、氏岡氏の記事は、高大接続システム改革会議の最終報告から乖離しているし、現状の国公立二次試験での国語の出題状況などについても十分把握しているとも言い難い。また19日時点では取材していなかったのかもしれないが、国立大学協会の「論点整理」とも乖離している。こうした点からも、署名記事を書いた氏岡氏はいったいどういう経緯と解釈でこの解説記事を書いたのか説明するべきだと私は考える。


 実は、国立大学協会論点整理の中には、次のような記述もあることを付け加えたい。

そもそも、記述式・論述問題評価すべき能力いか構造化できるかは、根源的な課題である評価すべき能力構造化があって初めて、各大学学部)はアドミッションポリシーの中に、記述式・論述問題を適切に位置づけることができる。しかしながら、国立大学全体にも大学入試センターにも、そのための知識ノウハウの蓄積は未だ十分ではない。平成 32 年度実施に向けて能力構造化に向けた記述式・論述問題設計理論構築、体系化が喫緊課題といえる。国大協としても、過去の各国立大学個別試験における記述式・論述問題に関する実績を調査分析することなど、この課題積極的に取り組んでいきたい。

これは、どのような形式で何を問うかということについて、決して十分な知見があるわけではないことを述べており、すなわちこ(「学力の三要素」といった抽象論ではなく)具体的な設計レベルでみれば、新共通テストにおける記述問題形式や内容についていまだに十分合意が取れているとは言えない現状を示している。にも関わらず、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」とか「大学が採点を担う国立大学側の独自案が具体化すれば、入試改革は実現に大きく近づく」などと断定する氏岡氏の記述に私は強い不信感を抱かずにはいられない。

http://anond.hatelabo.jp/20160822232305

公開された有用データを使うなってのは難しいよ。

MMOとまではいかないけど、同じようにマルチプレイ自体ソロだがSNS的な観点で)で楽しむ側面がある以上、公開された時点で「使わない=損」になってしまう。

ユーザー全員がデータ使用を自制するなんて不可能であり、徐々にでも使用する人が増えていく程に「使わない=損」が強まり自制が解けていく。そして使用が当たり前になったのが今の状態。まあ良くあるパターン

データ解析は否定するポーズ」は正しい行動だと思うよ。データが無ければ使わなかったんだから

また、否定されたとしても、解析・攻略サイト側も無くなりはしないだろう。有用データには確実に需要存在するから


運営データ解析をできないような作り(解析を難しくする・解析されても良いようなレベルデザインに変更する・等)にしないかぎりこの状態は続く。

この問題根本から解決できるのは運営だけであり、黙認しているような現状がある以上、叩かれるべきは運営

ユーザーを叩きたくなる気持ちはわかるが、ストレス発散くらいであまり意味は無い。

使用派:未使用派で煽り合い対立構造を作って炎上 → 運営に投げる ってのを狙っているなら策士ではあると思うが。

書くこととは書かないことと見つけたり

私にとってものを書く作業というのは、書かないことを選ぶ作業だ。

ものを書いていると、書きたいことを客観視することになる。そうすると、書きたいと思っていたことがただ単に自慢したいだけのことだったり、誰かに対して失礼なことだったりといったようなことがよく見つかる。

それでも書く、というときもあるが、多くの場合そうしたことは書かない。それに、よくよく考えてみると案外そうしたことを書かなくても本当に書きたいことを表現することはできたりするし、むしろ書かない方が本当に書きたいことを素直に表現出来る。なぜなら、そうしたものごとは単なる修辞にすぎないことがほとんどだからだ。

炎上する記事などを見ていると、その記事の論旨そのもの炎上していることはむしろ珍しく、その修辞で炎上している。言いたいことを強めるために使った修辞が強すぎるため、それが人の心を煽り炎上を招くパターンが多い。例を挙げると、「みんな稗とか粟しか食ったことないの?」や、「(アニメか?)」といったものである

その強い修辞は確かにキャッチーかもしれない。でも、それがおごりや非礼につながっていないか、今一度考えてみる必要はある。

一方で、強い修辞がなければ人を惹きつけることができない、という問題もある。だが、その強い修辞に自らの論旨を歪められてしまうのならば、やはりそれはない方がいい。

から、書かないことを見つける作業大事なのである

2016-08-22

シン・ゴジラは、 『特撮好き』なら失神レベルの大傑作で、『一般人』なら視聴に耐えうる娯楽作

シン・ゴジラの真価は、これから広がるであろう一見さんによる批評の中にこそ有る。

まり、「満点からマイナスされうる特撮映画」が帰ってきた、と言う意味だ。

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

シン・ゴジラには、決着のカタルシスが無い。

確かにその通りで、それは欠点だ。

それは、長年特撮ファンが受けたくても受けられなかった指摘だ。

特撮ファン向けの映画から一般人向けの映画に

「まあ、子供向けの怪獣映画にしては良く出来てたよね」という感想からの脱却。

対象年齢を考えても酷い」とか「大人の視聴に耐えうる人間ドラマ」とか

そういった「オヤクソクを共有している視聴者」向きの話じゃない。



まり、「ファインディング・ドリーと比べて」とか

ゴーストバスターズの脚本比較して」みたいな、

一般的な映画と比肩しうる水準に特撮映画を押し戻した。

からこそ「大傑作」であり、それ故に「まあまあ面白かった」という感想が併存しうる。

今あるものでやるしか無いんだ。

特撮は、リソースがないことをイイワケにしてきた過去がある。

平成に入ってからゴジラをどれでも良いから観て欲しい。

シン・ゴジラ比較するべくもないヒドイ作品ばかりだ。

一般人から見れば。



最近は「ゼロからプラスして積み上げる特撮映画」しか無かった。

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)特撮部分は良かった」

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)ドラマパートはヒドイ」

みたいな「邦画予算規模で制約の多い特撮映画において」という限定が常についていた。

シン・ゴジラは、正面からそれを覆してみせたと思う。

イイワケの無い、特撮映画としてのゴジラ

粗はある。荒削りでもある。

世界最高峰の映画では無く、手を入れるところもまだまだある。

それでも恐らくは邦画現場における特撮映画のベストを尽くした映画だと思う。

それは特撮ファンなら邦画の環境に絶望せずに希望を見いだせる一筋の光であるし、

一般人から見れば、「怪獣映画だけど面白いらしいよ」と観に行ける映画になってる。

まり何が言いたいかというと

日本特撮映画として100万点」のシン・ゴジラで終わるならソレまでだ。

でもきっと「世界の映画の中で70点」のシン・ゴジラだと評価してもらえる。

怪獣を通じて、日本災害を正面から描き、国のあり方をポリティカル視点から捉える。

世の中は稼いだもの正義で、投資してもらえるのは評価された作品だけだ。

その意味で、きっと一般人からみても、投資に一口のれる出来じゃないだろうか。


おまけ

ダシに使ったので、不満点に共感しつつ、違う視点提供しておくよ。

映画観に行った後のファミレスでダベってる感じで読んでもらえればと思う。

(人は感じたことが全てであり、反論しようとは思っていない)

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い』

主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネットの動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。

この時点では矢口は単なる夢想家レベルである

矢口の人物像について、多少のフォローはされている。

シン・ゴジラ主人公である長谷川博己演じる内閣官房副長官矢口蘭堂は、

竹野内豊演じる内閣総理大臣補佐官国家安全保障担当)の赤坂秀樹から

会議結論ありきで進んでいる。かき回すな」と助言を受けている。

また、エレベーターの中で、立場が上の人間に対して「楽観やこうあって欲しいという願望が、先の大戦で何百万人も殺した」とワリとハッキリ苦言を呈している。

矢口生物と断定しているのではなく、「巨大生物の可能性を俎上に載せないのはマズイ」と判断しているのではないだろうか。

ネット上の映像フェイクであれば、それを作った人間動機テロで無いことを確認するまで安心しないタイプ

ニュース映像での「巨大生物尻尾」について、ニュースの真偽を問うシーンがないのは映画の都合だと思う。

ニュース第一報だと見るのが妥当なシーンだし、それならアレは何のジョークだと笑うのが現実的ではなかろうか。

同種の別個体については、検討は並行で続けているが、映画の都合でカット、じゃないかな。

個体だとすると、観客は「ゴジラ対究極生物なのか?」という疑念を抱きながら観ることになり集中力が削がれる。


『人の死の描き方について』

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。

たぶん、残りの一箇所は、自衛隊戦車が潰れるシーンか、注入第一部隊の全滅の部分じゃないかな。

マンション荷物を詰めていてマンションごと押し倒される家族、川からの逃げ遅れ(たぶん画面の奥側に向かって走る男性)は、

災害の描き方の問題で、ゴジラによる人死を描いているわけではないと思う。

あの一連のシーンで感じる「いまどこに災害が近づいてきているか一般市民には把握できない」という恐怖は演出として一貫していると思う。

(状況把握のしようがなく、気がついた時にはもう遅いという恐怖は、5年たってやっと直視できるようになった映像だと思う)

ただ、予算の都合による表現の制限を感じる部分ではある。

病院とか今まさに災害現場は出てこず、災害が通り過ぎた後の映像だしね。

密室俯瞰した映像に寄る災害描写は、予算制約を逆手に取った脚本の作り方の問題であり、

その意味で「巨大不明生物がなぎ倒したビルにも当然人が残っている」というのを伝える手法に限界があったのかな、と思う。

ほぼあの家族しか直接の被害は確認できないのに、それ以後の緊迫感は違う。

だけど、アレ入れて欲しくない、というのも判る。


石原さとみキャラが明らかに浮いている』

浮いてると思うよ。これはシナリオの歪みが集中してるせいだと思う。

これ、後でちょっと付記するけど、「シナリオの都合の上で」リアリティラインは高く見えるようにしてあるんだと思ってる。

例えば、東京駅前に当然あるはずの広大な敷地について劇中一切言及されていない。明らかに不自然。

筋論として、日本が米国に頼り、米軍日本国内武力行使する、という流れのハズ。

仮にも主権国家に対して、他国が熱核攻撃を短期間に強行する理由がない。

米軍による強行じゃなくて、国連安保理での決議言うてたし)

日本が壊滅するまで自由にさせておき、主権が及ばないところに出てから攻撃になるはず。

ちょっと日本以外のまとまりが良すぎるというか、世界があまりにも日本に対して冷淡すぎる。

日本に核攻撃」という荒唐無稽な一手と、

ゴジラを生み出したのは、牧元教授という日本人では?」という点、

外務省駐在武官無視して政権が直接軍事について外交を行うと言う部分を抑えると

祖母が原爆による被害者であり、日系人アメリカ政権に対して一定の譲歩を引き出しうる通常外交ルート外の存在は、

石原さとみ演じる米国大統領特使のカヨコ・パタースン以外であっても、

やっぱり荒唐無稽に見えるだろうし、どうしても浮いてしまうのは仕方がないと思う。

彼女シナリオの不備による歪みを一手に引き受けて浮いているのだと思う。

まあ、じゃあどう直せば良いかって言うと、アメリカ側を描くには予算が足りなそうだな……

『ヤシオリ作戦について』

ゴジラ原子炉載せて、排熱への対処(生存本能)で進化するって道筋つけると、焼却 or 凍結ってのは判りやすい。

シナリオの都合でアメリカに熱核攻撃を担わせると、日本特撮的な花である爆発(焼却)を使うのは難しい。

そもそも「カタルシスを得られない」ということそのものが、演出意図なのではないかなと思う。



一応、血を流すことから排熱に血流を用いているのではってのは合理性があるし、血液凝固材も30種類?試して効くのは確認してる。

元素変換する相手ならどこに投与しても一緒って意味では、口に見える部分に引っ掛けて体内注入するってのは効果的とも思う。

仮定仮定を積み重ねて、地味な作業原子炉の終息にもってくってのは、福島第一原発事故対応への直喩だろうし。

「ショボい」処理で、しかも「まだ終わってない」ってのを、東京駅に凍結させたゴジラで示しているのでは、と。

政府冷温停止宣言したのも、冷やし続ける必要があるってのも、同じ構図だよね)

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。

 せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。

一応は、逃げ遅れた人がいるかもしれないけどやる?とか、線量が予定よりも多いけど続行するのか?とか、判断はあったと思う。

どっちかというと、多分最初に感じたであろう「え?総理大臣は逃げるの?残らないの?」みたいな感覚

「いや、指揮官は後方に控えてないと死んだら終わりだから」に観客の気持ちを変えたかったんじゃないかな、と思う。

それでもまあ、良くあるヒーロー映画みたいにゴジラに触れるような最前線までは最後まで行かないし、良かったんじゃないかな。

(良く言われる「陣頭指揮」を観客がどう捉えるかが、映画を見た後で変わったのではないか

『「国」のアピール

 総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、

 あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。

正直に言えば、予算の都合で、東京のみの話にしないと収拾が付かないと思う。

ただ、あれは東京一極集中への軽い皮肉にも見える。

福島第一原発事故」が「東京駅」で起こったとして、煽りじゃなくて日本としての機能がどうなったか考えるとゾッとする。

その俺の思いと重なるが、何度も「経済的」な話が出てくる。

経済的には莫大な損失とか、熱核攻撃を受けて世界から支援を受けないと復興できないとか。

損得勘定で熱核攻撃を仕方がないと受け入れる「論理」と、象徴的な意味で核攻撃を受け入れられない「感情」との対立軸にも見える。

「国」とは何なのかを観る人に問うシナリオになってたんじゃないかな、と。

まあ観たひとに届かないのであれば、そりゃ成功してないわけだけど。

その他のダメ出しポイント

まあ、観たひとに届かない思いは独り善がりなワケでダメなんだと思うけど、

最初に書いたように、そういう「普通の映画のダメ出し」してもらえるところにシン・ゴジラ価値がある。

と、思うわけで、やっぱり気になる点を俺も最後に列挙して置こう。

東京駅のど真ん前の話が無い

東京駅の正面真っ直ぐに、東京の中心である大きな空間がある。

熱核攻撃をあの付近で行うことに対して、日本人が触れないってのはあり得ない。

「彼らはここがニューヨークでも同じことをするそうだ」とはセリフにあるけど、あれ「ワシントン」じゃないんだよね。

あくまでも経済の中心であるというセリフであって、象徴的なんだけども)

陸上理由が判らない

突然地上にさまよい出た、排熱の為に進化した、冷却のために海に戻った。

突然さまよいでることも、デタラメに動くのも、再冷却の為に海に戻るのも災害っぽい。

鎌倉から上陸する理由がわかんないんだよね。

進化の方向性として陸上に特化してしまったとして、海水を捨てて地上に出てくる理由不明

牧元教授が好きにした結果、ゴジラを生み出して、意思を方向づけたなら判らなんでもないけど。

配偶者を原爆で亡くし、国と核を憎んだ牧元教授なら、先の大戦の直接の責任者である国の象徴にまず向かい、その後アメリカ上陸を目指すのは理にかなっている)

国連安保理が核攻撃容認するのが判らない

途中、スパコン計算能力貸して欲しいって海外の研究機関に依頼するときに、

一旦「ウチの技術を盗むかもしれないから断ろう」みたいなセリフがあるんだけど、

もしも「間に合わなかったら首都が熱核攻撃を受ける」みたいな状態なら、

「ひとを信じよう」みたいなのんびりした話にはならないと思う。

人類ってそんなに日本に冷淡なの?と言う。

秘密裏国連安保理が熱核攻撃容認するって、日本外交ゼロってことになる)

(そうすると、フランスと裏取引する外交技術との整合が取れない)

駆除一本槍なのに違和感がある

シナリオ福島第一原発事故念頭に置いてるからなんだろうけど、

ゴジラに対して調伏(焼却or冷却)しか選択肢が無くなってるのに違和感がある。

最初に言ってたけど、追い出すか、退治するか、保護するか。

保護が無理、退治が難しそうなら、通常は追い出しの手段検討するんじゃないか

餌で釣るのか、行動パターンを読むのか、押し返すのかは別にして。

追い出しにリソースが避けないって言う描写は欲しかったかな……

(これはほとんど「他の個体についての言及がない」ってのと同じポイントだな)

とは言え、

映画を見ながら、実際に災害になったらどう逃げようか俺は考えた。

かなり踏み込んで災害を描いてるような気がするけれども、どうかな。

夢見る貧困という闇

ストレート物言いをすると、貧困の原因は最終的には知能レベルに落ち着いてしまうのだ。

一時的貧困経験(そのまま息絶えるパターンも当然あるが)してしまう知能レベルが低くない人間もいるが、ある程度の知能レベルがあれば貧困自力解決できる問題だ。

私の身近にある貧困は本当にひどい。

自分では全く何をしようともせずに、周りの人間努力して勝ち得た幸せを引き合いに出して、自分にも幸せになる権利があるという。

その結果、その矛先は身近な人間に向かうから親族からも忌み嫌われるのだが、何がひどいといえばその子どもたちに振りかかる不幸がひどい。

素直で親思いな娘は自らをせめて自殺未遂するし、大した教育も受けないままに金を稼いで来いと言われた息子は勤務先で何年もいいように使われた挙句、要らなくなったらあっさり首を着られる始末。

教育がろくになりたっていないので子どもたちだって表通りでは働くことさえできない。

それなのにその親はまだ子どもたちに金を持って来いと言い、子どもたちがしっかりしないか自分はいつまでたっても不幸だという呪詛を撒き散らしている。



そういう人間に限って、自分には幸せになる権利があると信じて疑わないかお金の使い方がおかしいのだ。

貧困JKの話を見たが、あれをねつ造だと考える人は身近に現代社会における本当の貧困の闇を抱えた人間がいないのだろう。

彼らは貧困じゃないから高い買い物や高級なランチを食べるわけではない。

逆だ。高い買い物をしてしまったり高級なランチを食べてしまうから貧困なのだ

その実、生活バランス崩壊しているので、かたや例えばガスが止まっていることを厭わなかったり、例えば下着を半月くらいなら平気で着続けていたりするのだ。

彼らにそのことを批判するのは無意味だ。

なぜならそういう贅沢を当然の権利だと信じて疑わないし、むしろ普段生活に比べればそれをご褒美くらいに思っているのだろう。

一般的生活水準を満たすことより先に、自らが叶えたいことからお金を使ってしまう、いわば現代特有貧困がそこにあるといっていいだろう。



はじめに知能レベルという言い方をしたのはつまりそういうことであり、彼らには正しい物事判断不可能なのだ

正しい手順で物事解決できるということが理解できず、他人他人と割りきれず、自らの欲求を制御することもできず、借金や世の中の闇に手を染めることに対しても警戒心が欠如している。

問題は、そういう人間から搾取できてしまう世の中の仕組みにある。

現金主義の時は借りられる金額も限りがあったが、今はそれこそ切り売りできないものがないような世の中だ。

貧困JKは誰でも幸せになれる権利があるなどという幻想を見させておいて、その実搾取される側でしか生きていけない人間がいるという世の中に生じた歪が生み出した不幸だ。

昔のように冬を越せなかった貧困は姿を変え、死ぬ間際まで騙されていることに気付かずに周囲を巻き込みながら搾取され続ける貧困が始まっているのだ。

炎上の何が怖いのか

それはコンテンツとして祭り上げられることである



もともと、炎上に加担する人間動機はバラバラだ。単純に恨みがある者、正義の味方を気取りたい者、

とにかく何でもいいから殴りたい者、コミュニティ内で賞賛されたい者、騒ぎに乗じて利益を得たい者。

また、この割合一定ではない。

基本的には、渦中の人物に悪意を持つ「リアルヘイト勢」は時間が経過すると減っていき、

代わって騒動自体を楽しもうとする、言わば「エンタメ勢」が増える傾向にある。

最終的に彼らが大勢を占めると、もはや本人に対する悪意はほとんどなく、

しかおもちゃとしてのいじりだけは終わらないという淫夢界隈みたいな状況になる。



思うに、長期的な観点から見ると、リアルヘイト勢よりエンタメ勢の方が怖い。



リアルヘイト勢への対処は、過去の事例からある程度パターン化されている。

まずは速やかに謝れば大半は落ち着く(といっても、これが適切なタイミングでできなかった例も多いが)し、

それ以上踏み込んでくる者には法的な対処をすればいい。

前述したように、ただ時間が過ぎるだけでも、そのうち風化していく。



しかし、エンタメ勢に目をつけられた場合は別だ。謝ったところで、たぶんどうにもならない。

面白いから集まっているだけで、謝罪など最初から求めていないからだ。

「お前炎上ネタ面白がってるだけだろ!」と非難しても、「そうだよ、だから何?」と返されておしまいだ。

しまいには動画まで上がるので、ニコニコに削除を求めると、かえってそのせいで余計に盛り上がったりする。

中には楽しむためなら己の危険すら省みない者までおり、法的対処有効性そのものが疑われる始末だ。



謝って許される者、謝ることなく逃げおおせる者と、いつまでもいじられ続ける者の差は何か。

単に炎上後の対応の良し悪しだけでは決まらない。

素材としての面白さと、それを料理するネット民が集まるかどうかの方が、要素としては大きいのではないか

もはや本人そっちのけで、面白ければいつまでも盛り上がってしまうのがこの世界だ。

そして、何が面白いのか、何が出てくるか、何がウケるかも予測がつかない。

政治家スキャンダルが原因でムネオハウス流行るなど、もはや風が吹けば何とやらのレベルだ。

[]ダンガンロンパ2 4章 捜査終了

脱出ゲームメモらんとわからんレベルだったのか

点滅パターンをそのままオセロにあてはめても同じ点滅ないじゃんって詰まっちゃってたわ

それをメモったら同じパターンでてくるとは気づかなんだ・・・

建物トリック考えてみたけどいろいろ混乱してきた・・・

エレベーターにのったら建物自体が動いてると思ったらエレベーターの中で180度方位磁石かわったっつったかエレベーターが動いてるのは確実なんだよなあ・・・

あと狛枝がむかつきすぎる殺したい

黒幕はなんとなく七海じゃないかなと思ってる

今はまだなんとなくのレベルだけど

2016-08-21

女性はわき見・不注意、男性スピード出しすぎ・危険運転


車に乗っているのだが、見てきた事故や、危険なケースの殆どがこのパターンな気がする。

あぶねーな-と思う危険な追い越しは男性ほとんど。不注意のケースは女性ばかり。

性差でもあるのだろうか。

個人的に軽の女性プリウスは車間を空けてる。

http://anond.hatelabo.jp/20160821133813

せっせとプロダクトをリリースして

英語FacebookTwitterLinkedinアカウント作って拡散するのがいいと思う。

収益性模索できればなおよし。



勉強会に出て人脈作って情報収集しないと素晴らしいプロダクト作れませんって話が逆。

プロダクトがあるから勉強会オフ会で会話のネタ提供できる。

そこから人脈できて、情報がもたらされるっていうサイクルを形成できる。



誇りの話で言えば、どうせ他のエンジニアが優秀すぎて

話をすればするほど自分に自信を無くすパターンなので

都会で周囲とくっちゃべってるからすばらしい製品ができる、誇りが生まれる、なんてないない。



誇りを見出すポイント品質でも名声でもない。

持てる力を出したということ。

ありとあらゆる制約から目を背けず受け入れること。

それらを経てプロダクトをリリースしたという事実にたどり着くこと。

これに尽きる。

[]

今回は少年ジャンプ+

読切祭とかやっていたので、それに絞って感想書いてみた。

追記:漫画タイトルが間違っているという指摘あったんで、修正しとく。

ハトネコ

読切祭の一つ目。

ふむ、キャラクターや設定にリアリティ説得力が欠けるが、嫌いではない。

コマ割や構図がイマイチなのと、後半のアッサリ感はいかんともしがたいが。

あくまで謎ということで終わらせたいのだろうけれども、その上で描けることはあったと思うんだけどなあ。

時代劇で例えるなら殺陣シーンにあたるわけで、最も盛り上がる場面なわけだから



こっち見て片山先生

読切祭の二つ目

主人公である片山を、しっかり魅力的に描こうという意欲がみえるね。

主人公信条が、言動正当性担保しているという構図はよろしいかと。

即物的ではあるが、これは実直かつ目に見えないものしか信じない主人公からこそ言葉の重みが違うってことに、感想書いているときに気づいた。

ただ主人公キャラをしっかり描きすぎた反動というか、幽霊キャラの設定はメタ的に見たときまり必然性を感じなかったかな。

幽霊キャラのためにページ数割いているのがやや蛇足気味に思えた。

私の持論で「メインキャラは加算ではなく、乗算が理想」というのがあって、この幽霊はメインキャラとしては加算でしかないんだよね。



CLOWN

読切祭の三つ目。

フリークス」とか知っている身からすれば、中々にセンセーショナルテーマだ。

……の割に別段語りたいことが出てこないのは、テーマによって紡がれる話や構成演出が大したことないからかな。

フリークス」然り、同サイトの「ファイアパンチ」然り、それらの賞賛批判が強くなるのは、作品バックボーンにそれだけ影響力を持っているからだと思っていて、その点この作品は平易だ。



VRリハビリ少女ちゃん

読切祭の四つ目。

うーん、あんまり響かないなあ。

設定、ストーリーキャラクターギャグ構成するネタの一つ一つが尊大ですらなくて、そのくせ唐突から、ただただ首を傾げるんだよね。

コマ割をもう少し工夫してくれれば、印象も多少変わったかもしれないけどなあ。

まるで4コマ漫画として書いていたのを、無理やり繋げたみたいな構成から、余計にそう思う。

奇抜というほどのアクもなく、正直なところ貶すほどのものでもないけれども、かといって褒める部分もほぼない。

「読切祭か、よし作品全部の感想を書いてやろう」という気持ちじゃなければ、感想を書こうとすら思えない内容だった。



マッチョグルメ

読切祭の五つ目。

マッチョ」という「グルメ」という組み合わせ、そして画力インパクトはそれだけで面白いが、逆に言えば面白かったのは「それだけ」だったともいえる。

まあ、一発ネタですなあ。



冬春の仕事

読切祭の六つ目。

英雄の武具の扱いが難しいので、それを指導する仕事というコンセプトが面白いね。

ただ、面白そうな設定に対して、そこまで盛り上がらなかったかなあ。

結局、やらせてることがほとんど呪文の唱え方ってのがガッカリポイントというか。

あと、ちょっとノリで押し切って欲しくなかった部分があるのも残念。



TELTEL 坊主

読切祭の七つ目。

間違い電話から、それぞれの思惑が交錯し、誤解が生まれコメディになるっていうパターンはありふれているけれども、まあ面白かったかと。

ただ、終盤それら物語がしっかり集約されないのが不完全燃焼感あるなあ。

噛み合っていないものが噛み合っているように見えるから面白いのであって、それが噛み合わないままだと話としては中途半端

例えば、誘拐犯は縁のない、あくま身代金目的で動く人物として描いてみる。

更には父親も終始登場させる。

子供誘拐犯、坊主父親といった登場人物たちが、それぞれ違う目的で動く部分を掘り下げて描写する。

勘違いした坊主が、誘拐犯ではなく子供父親電話して~とかいう展開も挟み、誤解が更なる誤解を生むスパイラルを~、とかだったら面白くなると思うのだが、些か願望入りすぎだろうか。

あと二回くらい、気分が落ち込んで悪い方に進んでいって空も雨雲になる→まるっと解決で晴れになる、みんなハッピーサンシャイン!ってパターンやりそう