「感情」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 感情とは

2017-03-28

憎しみについて。

factはもうどうでもいいのだろう。

各人が自分にとって好ましいと思われる主張だけを取り入れ(「好ましくない」主張は排除し)ひたすらにナイーヴな、個人のinterestのみにかかわる声だけをあげつづけている。

現代もっとも重視する感情は「ヘイト」だ。「ヘイト」は被害者意識から発する。「わたしが手にするはずの権利利権が××によってそこなわれている」。その××が憎悪対象となる。それを裏付け根拠付けるはずのfact論理手続き正当性といったものは全て無視される(結論の正しさは必ずしもそれに到るまでの手続きの正しさを保証しないというのに)。

自分のinterestをおびやかす(ものとされている)相手――もっといえば「わたしが嫌いなあの人(たち)」――を叩いて、自分存在承認してさえくれれば――それはあくまで「承認」だけにとどまり、その先の恩恵は何一つ(それこそfact論理による)保証をもたないのだが――手続きレベルでなされた詐術や背後の事実関係などをすっ飛ばして、直ちに支持してしまう。

未だに(不幸なことに)「大きな物語」と「小さな物語」の対置というリオタール的な図式は有効で、実感のない「大きな物語」より自分にとってより切実に感じられる(ように錯覚される)「小さな物語」としての"身の周りのこと"を優先する態度だけが前面にあらわれて、その「わたし」「わたしの嫌いなあの人(たち)」「わたしの嫌いなあの人(たち)を――事実裏付け論理的正当性はともかく――叩いてくれるあの人(たち)」の三項からなるごく卑近な図式を通してしか、他のレイヤーに存するはずのあらゆる社会的問題も捉えられない(ああ懐かしの「セカイ系」!)

ライフハックとかQOLとかに端を発する「個人の(あなたの)生活第一!」という恐ろしくプラグマティック思考が幅をきかせ、みんながみんな自分(と、自分と利害を共有する「身内」)にばかり甘くなる。「身内」によって構成された「内輪」の外にいるのは、「わたし(たち)と利害を共有しない」がゆえに「わたし(たち)の生活を害して利を得ている」ものてされて――その判断客観的事実による裏付けは全く必要ない――「ヘイト」を集め、排除された人びとだ。その「排除された人びと」もまた別個の「身内」どうしで固まり、これらの集団はそれぞれ互いを憎み、排除しあう。かくして現代の「分断」の構図は生まれるのであった。

もちろんこの文章もまた、何らの論理的正当性個別的客観的factによる裏付けももたない、何か実体のない相手に対する「ヘイト」と被害者意識から書かれ、そしてわたしとinterestを共有する「身内」に向けて発せられた言葉にすぎないのだが。

http://anond.hatelabo.jp/20170328013406

大方そんなかんじでふわっと吸い始めたんだろうなぁ。

自分は好きなバンドマンに憧れて試してみたけど、ダメだった。よかった。

そんなんだから、吸っている人にどういう感情もない。

ただ、マナーが悪い奴。お前らは死ねと思う。何度前方の歩き煙草に殴りかかろうと思ったか

食事処と同様に、喫煙処のみで吸ってほしい。副流煙自分達で吸ってほしい。

そういう店作りなよ。

基準

どこか親を参考とする基準みたいなものがある。

結婚した年齢とか就職した年齢とか大学に入った年齢とか。

親の基準より上回ったり下回ったりしても別に感情が変化することもないが、どこかでなんとなく意識している。

そんなよくわからない基準

いい年して使ってるスマートフォンiPhoneAndroidかで選民意識と言うか

差別感情というかそういうのをむき出しにしてるオッサンとか非常にきついんだけど

そういうのって普通なの?

いや、勿論おばさんでもきついけどさ。

疑似家族的な

家族以外の他人に疑似家族的な関係を求めてることに気づいた

よく遊ぶのは自分を含めて男1女2のグループ 1人の女は彼氏持ち、他は交際相手はいない

自分が育った家庭環境は決して悪くはなかったと思うけど、今家族との関係は良好ではない

自分いじめを受けたときの親の対応失望したらへんから親のことは好きじゃなくなった

悲しいことがあってもじっと耐えてきた気がする

高校生になって異性と交際して人に甘えられるのが嬉しくてヤンデレみたいな状態になった

その人とつきあうことになったのは自分、その人、後輩と仲がよかったか

つきあい始めたときは3人で遊んだりもしたけどだんだんなくなっていった

少ししてからその人が後輩をあまり好きではないことを聞かされた 3人で遊ぶことはもうないのだと悲しくなった

しばらくしてからその人とは別れ、いまのグループにいる

なぜか今も昔も3人のグループにいて、そこだと親の前だと考えられないくらい素直ににこやかに話すことができる

自分は昔考えていた「理想の家庭」を友人との間に再現しようとしているのだと最近気づいた

から異性と仲良くなることがあっても恋愛感情を持つことはできなくなった 関係性が恋人に改められると疑似家族崩壊するから

2017-03-27

就職関係でウンウン唸ってる時にリクルート関係エンジニアがイキってる記事を見ると黒い感情が湧き上がってくる

虚業しか思えない就活ビジネスを回して貰う金や待遇はさぞ素晴らしいものなんだなぁ

愛はハーゲンダッツストロベリー

たとえばデパートで手に入るような高級なものではなくて。はたまた有名なパティシエが手掛けた感じのブランドものでもなくて。

きみが心から欲していた“幸せ”って、本当はハーゲンダッツみたいなものだろう。

きみの求める幸せなんて、近所のコンビニエンスストアで買える。そんなことにはもうとっくに気付いていたくせに、わざわざ遠回りをして、遠くで見つけたものほど価値があるんだって錯覚していたんだ。

遠くへ遠くへ彷徨った挙句に疲れ果て、長旅に気が済んだ人から順々にここへ帰ってくる。いらっしゃいませ。おかえりなさい。




他のアイスクリームに比べると確かにちょっと高価かもしれないけど、手が出せないような値段ではない。高価だから好きってわけじゃないし、広告イメージがカッコいいから好きってわけでもない。

ただ単純に、それを口にするだけで無条件に幸せになれたんだ。そんな体験がきみにもあっただろう。きみの頭が憶えていなくても、きっときみの味覚が憶えている。今はただ、思い出せないだけで。



手を合わせて何かを祈ることが宗教だというのなら、きみもまた何かの信者だといえるだろう。

誰かがきみのためハーゲンダッツを買ってくる。それは、きみのことを考えて選ばれたストロベリー味かもしれない。きみのためストロベリー。きみだけのストロベリー。愛の発明とはその特別さに気づけるかどうかだ。

付加価値自分自身で見いだせる。物や感情事象に、特別価値を付け加えるのは自らの想像力だ。そしたらもう誰にも騙されないよ。先生にも、広告代理店にも、教祖さまにも。



<愛はコンビニでも買えるけれどもう少し探そうよ>

あるシンガーがそんなふうに歌ってから20年が経った。

この20年で、きみは一体いくつの愛を見つけることができただろう。一体いくつの愛を見過ごしてきただろう。

きみの愛はここにある。

愛はハーゲンダッツ

愛はハーゲンダッツストロベリー

刑務所入りたい

刑務所入りたいなって思う。刑務所ってどんな感じなのかなあって興味でなく、ホームレスでいるくらいなら刑務所でという経済的理由でなく。

最近自分は無価値存在であるという認識を改めるために、考え方や行動を変えているのだけど、抑えがたい「無価値観を感じたい」という衝動に駆られる。下僕に成り下がり、使い捨てされ、無視され、ただロボットのように言うことをなんでもやり、惨めな思いになるのを噛み締めたくなる。

それが耐えられないほど嫌だから、変えたはずだったのに、なぜなんだ。

ちゃんと、自分の思ったことを素直に表に出し、自分を信じ、感情をだす生き方ができたらどんなに気持ちいいだろうかと思ってる。本音で思ってる。

かつて好きだった異性、自分を無価値存在として扱った人とはもう二度と顔を見たくないし嫌な気持ちになるようになった。

しかしやっぱり無価値観には安らぎさえ感じる。

刑務所ならば、罰せられるべき存在として生きることができる。

ここがつらいよ鉄血のオルフェンズ

ああああああーーーーー

つらいーーーーー

ハッシュが死んだよーーーーー

何で死なないといけなかったかなーーーー血が足りねえ?

あっそうーーーーーー!!そうですか!!!!!



私何で見てるのかな鉄血のオルフェンズ

もう次最終回だよ!

足掛け2年つきあったからさ~~~、言わせてくれる??



49話の話からね。

ガエリオは生きててよかった…えっ生きてるよね?

アインも生きてる(広義)よね?

正直こっちの脳がシャットダウン気味だったからよくわからんけど…。



ガエリオが「俺を見ろ!」つってたね。

いいシーンだった。

これが2期の前半ならね!!!



こっちはさあ、1期と2期の間

マクギリスがガエリオを殺すに至るには、相当な覚悟があるか、

相当なサイコパスなんだろうな~って思ってたからさ。



マクギリス、革命英雄でもなけりゃサイコパスでもないんだよね~~

1期が終わった後、

マッキーが何を思ってああしたか、納得いく説明なんかしてもらえるの?」

って話してたんだけど、

公式説明する気なんか無かった。

叩いてもアグニカ・カイエしか出なかったのびっくりする。

えっ何マッキーアグニカ・カイエルって何?

怒りの中で生きてきたのはわかるけど

何でアグニカ・カイエらないといけないの???

1期でそんなこと言ってた?何話か飛ばしたか!????



そこで私のマクギリスが死んでしまった。



ガエリオ必死にマクギリスに対峙してくれたけど、そのマッキー、死んでっから

暖簾ダイスレイブだよ。

からガエリオは死んだらダメだよ。

そんな等価交換じゃないもののために、一度助かった命を懸けなくていいよ。

なので生きてて欲しい。

てか命が助かったのも別にマクギリスの手心じゃなさそうだから

マクギリスの間抜けさ、何のためなの??



そんな人と手を結んだばっかりに鉄華団主人公サイド)は死にますーーーってなるの、お話として面白い!?

エンタメになってる???

誰得???

大丈夫???BOX売れる???



結局マクギリスの軸さえブレてなきゃ、そんなに荒唐無稽な話にはならなかったと思うんだよね。

ずっとブレてないのかもしれないけど、それならそれで

「その軸で何で最後まで行けると思ったの!?

「せめて1期で小出しにしようとか思わなかったの!?

って問い詰めたい。



もう一つしんどいのが、女と大人立ち位置…まあ主に女かな…。

1期の時はクーデリアもアトラも、

俺だーーーー結婚してくれーー!って気持ちにさせられてたのに、2期の二人は何なの。



別にアトラが三日月とクーデリアと家族になりたいというのはいい。

モデル名瀬のところだから仕方ない。

公式赤ちゃん作ってしまうのもいい。

子どもがいれば三日月を引きとめておけるかも…ってアトラが思うならそれはそれで仕方ない。



それなら、

子どもがいても三日月は遠くにいってしまうかもしれない、自分は間違えていたかもしれない」

ってアトラに思わせてあげろよ。

だって三日月の子作り後の行動のどこに安心が得られる要素があるのか。

(クーデリアに後を託したところを聞いていないのをさっぴいてもだ)

子ども三日月子ども三日月しか言えなくなったアトラは

優しさと勇気自己犠牲で健気に生きてた1期のアトラと、

私の好きだったアトラと同じ子なのかな!????



クーデリアも…もうクーデリアを1期のような形でジョーカーにできないのはわかる。

ただでさえ天丼なのに、クーデリアの演説一発で解決しちゃいけない。



でも、クーデリアは1期で成長したじゃん…全然違うアプローチから何とか活躍させてあげられなかったのか……。

戦後処理で頑張ってくれるんだろうけど、あまりに…1期でお役御免感が強くて馴染めなかった。



そしてメリビットの扱いがどうしても納得いかない。

雪之丞とそういう仲になるのはいい。嫌いじゃない。

でも彼女が1期で「このままじゃいけない…」って言ってたのを、

2期で「腹を括った」って思考停止させるのは何なんだろう。

好きな人がいる場所からって言ってないけど

そういう思考ならマジぶっとばすぞ!!!(話を決めた奴を)



彼女がある程度視聴者の代弁をしてると思ってたので、

何か結論を出すなら我々を納得させるイベント必要じゃないのかな。

エドモントンの闘いで充分だった、っていうこと?

じゃあ、机上の空論よりも現在血を流している子たちの中で支えて行こう、って決意するシーンが欲しかった。

カットでいいんだよ。





言いたいことはまだまだあるけどさーーー

これ以上時間をかけてると、こっちが萎える。

多分最終回後だと、見たことを記憶から消したくなるんじゃないかな。

それが怖くて今書いてる。



個々の人間関係はすごく丁寧に描いてるけどさ。

シノとヤマギとかさーーーー1期から隙あらば入れてたじゃん。

めちゃくちゃ丁寧に。匠かよ。

そりゃ良かったよ。

なら何でアグニカ・カイエっとかなかったの1期で!!!





人が死ぬのは仕方ない。

最初からそういう話だったのは知ってる。

ガンダムだしな。



でも死ぬかもって不安ストレスかけて

死なない→ストレスから解放

死ぬカタルシス

の繰り返しで話を引っ張るの、あまりにも知恵が無さすぎない?

そりゃあエモーショナルドラマをされたら感情は動かされるけどさー

ドラマには縦軸と横軸が必要

縦軸がぐにゃぐにゃ過ぎない?



我々をどこに連れて行きたいのかわからないし、目の前虚無だし

何がしたいんだい。

「足掻いても変えることができない現実もある」、そういうリアルを描きたいのかな。

えっでもリアルって何?まあまあチート展開してたでしょ?

第一そんなリアル、2年がかりで絵で見せられなくても

こちとら現実で嫌というほど味わってるよ。



「彼らが世の中を変えたりはしない」って最初の頃から監督エクスキューズらしいけど、

こうして2015年から2017年まで画面の中で彼らが生きて来て、

世の中は変えられなくても、彼らは何か得るんじゃないかって思いたいじゃん。

アトラの子が~次の世代が~~~~とか言ってんじゃねえぞ!!!

!!!今報われたいんだよ!!!

三日月やオルガやユージンやシノや昭弘やダンテチャドが報われてえって話なんだよ!!!



最終回でこっちも、あー最後まで見て良かったなーって言いたかったけどさ。

そう思ってここまで来たけど

何もねえよ。

ある気しないよ。



はてなガノタにーちゃんも多いんだろ?

どうすりゃ良かったのか教えてあげてよ。

話作った人に。




ちなみにババアはさ、Z、ZZ、Vガン、Gガンリアタイしてっけど

何をどうすりゃいいのかわかんねえよ。

話聞いてくれてありがとな。

別れたいと思ってしまった。

なんとなく付き合ってしまった相手と別れたい。どうしたらすっぱり切れるだろうか。人間性は好きだし、話は合うので友人関係でいたいといったらムシが良すぎるだろうか。



別れたい理由


1、相手が一回り年上である

2、転勤する関係で、遠距離になる(交通費などの負担

3、相手無職

4、年上なのにあまり奢ってくれない。

5、性格は好きだが、顔がタイプじゃない。

6、会いたいという感情が湧かない、めんどくさい。(会ったら会ったでそこそこ楽しい




やっぱり別れる時は思い切り嫌われた方がいいんだろうか。

付き合えば好きになれるかと思ったんだけど、恋愛感情ではなかったみたいだ。単に性欲を満たすために関係を持ったことを猛烈に反省している。

それにしても好き好き言ってくれる相手を好きになれないっていうのも辛い。

セフレなんだろうな多分

10歳以上年上の会社の先輩と飲んだ勢いで寝て、

その一ヶ月後に会って、寝て、

来月また会う、たぶん寝る。

都合の良い女だと思われているんだろうけど、私にとってもセックスできるいい相手だとおもってる。

プライベート携帯の番号さえ知らないから、

社用の携帯メッセージでやり取りするだけ。

必要最低限だけのそっけない感じの。

先輩「お疲れさまです。来月都合良い日あります飲みに行きませんか?」

私「お疲れさまです。●日なら空いてます仕事があるので少し遅くなるかもしれませんが…」

みたいな。

もともと社内飲み会たまたま隣になっただけで、会社であっても挨拶するだけ。

話もしなければ目も合わせない。

社用の携帯だけど、電話もしない。

ショートメッセージだけ。


恋愛感情持ち込んじゃだめですか、

真剣に考えてもいいですか、

って聞きたいけど子供扱いされそうでなんとなく踏み込めない。

今はまだ諦められるとこで、これ以上好きになったらもうズブズブ沼にハマってゆくだけな気がする。

度会ときなんて言おう。

[] ~メンタルについて~

貧乏人を見下す一般庶民のお前らに、金持ちになるための人生設計を教えてやる。

まず第一必要なのはメンタルだ。

金があってもそれに耐えられる人間的な器が必要なのだ

例えば、宝くじで億の金を当てた人間人生破滅させるってのは、そいつにそれだけの金を受け入れる器がなかったってこった。

から、常に金があったら何をするかっていう具体的な計画と、自分金持ちだという自己暗示をかけることが重要なんだ。



金があったら何するかってのは、家を買うとか車を買うとか、そういう庶民の夢じゃねーぞ。

人生幸せに生きるためになにするかっていうことな

例えば、不労所得を得て一生安心して暮らすとか、あと寄付みたいな慈善事業に使うとかもやりたけりゃやったらいい。



次に自己暗示だが、これが地味に難しい。

とにかく自分金持ちだと思い込ませる必要があるのだが、毎晩鏡の前で「俺は金持ちだ」と100回唱えればいいってもんでもない。

しろ、そんなことをしたら無意識に反発してしまって逆に「自分は金が無い」っていう暗示がかかってしまうかもしれない。

じゃあどうするかっていうと、自分のふるまいを変えろ。

電車に乗って行くところをタクシーで行くとか、高級な腕時計を買って身につけるとかな。

金持ちっぽい自分を装え。そうしたら自分をうまくだますことができる。

ただ、よくある間違いだが、セコイ贅沢すんなよ。

コンビニおにぎりを、いつもはシーチキンマヨを買うところ納豆巻きにしたとか、

こういうのは贅沢じゃなくて、貧乏くせえっていうんだ。

自分はこの程度の贅沢しかできない貧乏人だといういい暗示になる。間違ってもするな。



じゃあどうしろっていうんだと思われるかもしれないので、自分の例もあげとく。

俺はアメックスカードを作った。年会費は3万、ポイント還元率は0.5%と安いが、海外の付帯保険などが手厚い。ラウンジ無料だ。まさにVIP

利用上限無制限ゴールドカード様だ。

これをことあるたびに目の前散らつかせて周囲をビビらせるだけで、俺の金持ちマインドは加速するんだ。

年会費3万は確かに痛手だが、金に換えられない金持ちマインドを手に入れられると思えば、長い目で見れば得だ。


あと、金持ちになる本とか本屋でよく目にするが、別に買ってもいいんだが中古で買うなよ。

中古で買うと貧乏暗示がかかる。アマゾンで見て1円で出品されてて喜んだ瞬間、貧乏暗示が一歩前進だ。

から見向きもするな。「中古???何それ」っと思え。もっというならば、中古文字が、その存在が、目に入らないくらい眼中にないくらいの境地に達しろ

金持ちになるには、こういった日頃のちょっとした行いが重要だ。



これで、今回は終わりだ。お前らただでいろいろ学べてよかっただろ。

でも、これで得したなんて思った瞬間に貧乏暗示がかかるからな。素直によかったとだけ感じろよ。

あくまで、とある増田の親切を受け入れただけだ。それ以上の感情(得したとか)は余計だ。

実際の所、俺はこれらを実践して金持ちマインドになった。必要以上の金はいらない。

それより、日ごろ世話になってる友達とかに奢ってやったり、寄付したりしたいと思ってる。



次回は、肝心の金の稼ぎ方を伝授してやる。その次は金の増やしかただ。

それまで、すこしでも金持ちマインドを高めておけよ。これは宿題だ。

ちゃんと女になりたい

わたしは二十代後半になる女だが、恋人ができたことがない。

自分には恋愛感情関係として発展させる才能がない。と、思っていた。

最近は、できたことがないのではなく、作る努力をしてこなかったのだと感じている。



学生の頃、お洒落や化粧、恋愛一生懸命だった周囲は別世界の人のようだった。

そういうことに興味を傾けずとも自分は充実していると思っていたし、実際、好きな音楽や本だとか、趣味に没頭する時間が好きだった。



はいえ、恋愛をしていなかったわけでもない。

人並みに誰かを好きになることはあった。

同級生たちと違ったのは、相手が手の届かない大人ばかりだったということだ。

成就するはずもない相手だという希望の無さに一種安心感を覚えて、好き勝手に思いを募らせていた。



年上に惹かれるのは完全に好みの問題だが、恋愛に対する能動性を放棄し続けてきた要因にはこうした好みも含まれるのだと思う。



わたしには自信が無い。

とくに、女としての自信が無い。

親友と呼べるほどの間柄にいつも可愛らしい女の子がいて、年上に惹かれるようになる前、同級生に恋をしていた時代意中の人は悉く彼女らに夢中になった。

彼女たちのように可愛くなりたい。

そう思うより先に、私は女の子として愛してもらえる存在ではないのだと思った。

恋をすることが怖くなった。可愛い女の子たちと比べられること、女として評価を下されることに耐えられなかった。



異性(とくに同世代)に対して、女として扱ってもらうことを諦めたのは十代半ばくらいの頃だ。

手が届かないほど年の離れた人に惹かれるようになったのもその頃だった。

年齢だとか、立場だとか。障害が多く、どう転んでも関係を発展させられないという事実は、わたし美少女だろうが醜悪な面だろうが覆らない。

才能の有無によって結果が左右されないことが嬉しかった。(今でこそそれも立ち回り次第だと思うが)

逆に言えば、何の努力をしなくてもいい。女として評価されることが怖かったわたしには、この上ない逃げの口実になった。

完全に好みの問題だとは言ったが、書いてみると年上に惹かれる理由はこうしたところにもあるのだろうと思う。



女として傷つかない安全なところで、好き勝手に一人で恋をして、恋が成就せずとも(結婚できずとも)生きていけるようになる。

それを第一に掲げ、学生生活を突っ走った。

ただ、それでいいと思えていたのは学生時代だけの話だ。



十代の頃であれば、年の離れた人といっても二十代や、せいぜい三十代前半。独身が多かった。

でも今は違う。今のわたしと比べて年の離れた人、と言うと、世代的にも家庭を持っている人が多い。

そういった人たちの余裕に惹かれるところがあるのか、ここ数年は妻帯者ばかりを好きになっている。



立場も、学生社会人であった昔とは違う。

同じ社会人だ。否が応でも同じステージで女としての評価を下される。

何気ない言葉中途半端希望を抱いては、現実に歯噛みした。

それさえ初めは「思わせぶりな態度でその気にさせられた」と思っていたのだから、笑うに笑えない。

恋愛一つ誰かと共有できた試しのない女が、既婚者相手勝手に思い上がっていただけだった。



違うことは他にもある。

二十代に入って困ったのは性的欲求が発散できないことだった。

十代の頃にも年相応の知識はあったが、自慰を覚え、知識身体感覚が噛み合ってから他者と繋がりたい欲求が募っている。

はいえ、恋愛一つままならないわたしにとって、性交渉などさらに高みにある高次コミュニケーションだ。

前段階も突破できずにいたのだから、それこそ手の届かない次元の話だった。



だが、そういう中でも希に異性からアプローチを受けることがあった。

社会人になってから知り合ったその人には、こうしたコンプレックス鬱屈した部分の一部をうち明けていた。

異性としてというより、人として感じる安心感から話したような記憶がある。下らない自己嫌悪真正から受け止めてくれたことが嬉しかった。

そうしているうち、経験を積んでみたら変わることもあると言われ、全てを委ねた。

他者と繋がりたい欲求と、変われるなら変わりたいという焦燥が強かった。これを逃したら二度とそんな経験はできないかもしれないとも思った。



その人が妻子ある人だと知ったのは、後の話だ。

全く不用心というか、愚か者の極みでしかないと思う。

自分立場がありながら誘いを持ちかけてきたその人に対してというより、ここまできてしまった自分に呆れた。

あれほど女として扱われることを、評価されることを怖がっていたのに、逃げていたつもりで雁字搦めになっていた。

本当は、女として生きてみたかったのだと痛感した。



わたしには自信が無い。

とくに、女としての自信が無い。

自信を育てる努力をしなかったのだから当然だ。



今となっては、私の周囲にいた可愛らしい女の子たちが、彼女らなりの努力をして女の子としての地位を獲得していたのだと思う。

若いうちから彼女らはきちんとショーケースに並び、自身を磨いていた。

今はそれに見合う成果を得ている。恋人だとか。結婚だとか。

一方、わたしは女としてショーケースに並ぶだけの度胸がなかった。努力放棄した。

相応の結果として今がある。



それでも、女として生きてみたいことに気がついてしまった。

自分だけと、後ろめたさなど一切無い関係を結んでくれる人がほしい。

愛することを許されたい。愛してもらいたい。



どんな風に努力を重ねれば、今更でも、こんなわたしでも、女という性を自分のものにできるのだろう。

もはや諦めるしかないという気持ちと、女であることを諦めきれない気持ちとが堂々巡りしているので整理したくて書き込んだけれど、結局まとまらなかった。

2017-03-26

行き場を失った感情、というよりこの身に沁みついた行動様式プロセスがその発露しどころを求めてさまよっている。

プロセスチーズはそんなに好きじゃない。

いわゆるエリート的な発言をする人が、他の見下している人たちの体験をすべて経験たかのような振る舞いで接する事自体には違和感がある。

あるいは予測できると高をくくっていることにうける不可思議さというべきか。

五感から発生する感情記憶はそう単純なものではないし、今はハイソサエティ文化もかつては下町文化だった。

下町文化といえば粋と無粋が支配するある意味では非論理性の強い世界で、しかしそこにある一種体感価値あるものとして存続して現代に残る。

ヤンキー的なきっぷの良さや向こう見ずは一種カタルシスをもっている。感覚が受ける価値は各ゾンビの中に入ってみなければわからない。

ゾンビだけを見てゾンビだということは多分簡単で、外形から勝ち(価値)が決まっている社会では決めつけやすい。

自分という個別的内面は全能の五感記憶を持っているのだろうか。

最近気になる人ができてしまってもやもやしてる。

多分向こうは振り向いてくれるタイプじゃない。

でも好奇心というかその人に興味は湧く。それを好きと言うのかはわからないけれど。

長い時間恋愛から遠ざかってたし、自分から誰かに興味が湧くなんて10年ぶりくらいだから戸惑いの方が大きい。

夢にも出てきてしまって、感情をもて余してる。

あなたが気になるんですって言えたなら楽なのに。今の関係を壊したくないんです。

ただただわたしはずるい人間です。

http://anond.hatelabo.jp/20170325194531

こうして、地球環境破壊しながら、科学技術文明肯定する一方で実際には金のために主体性を奪われ当然の感情無視して生きるしかない生が蔓延していくのだ。

明日世界が終るとしたら好きな人の放尿が見たい

私には年の離れた従姉がいる。

彼女は私が8歳ぐらいの時に息子を生んだ。やたらと懐いてくれた。

の子が3歳くらいの時、全力で一緒に遊んでいたらトイレに着いてきて欲しいと言われた。

何を思ったのか個室まで一緒に入った。衝撃的だった。

の子が力む度に、小さな男性器がぴょこんと立つのだ。力を抜くと下がるのだ。めちゃくちゃ面白かった。

爆笑してたらその子も楽しくなって来たらしく、何回も動く姿を見せてくれた。

たぶんこれが性癖の始まりである。他に思いつかない。

話を戻す。いつごろから放尿が見たくなったのかは覚えていない。

大学生になる頃には当時好きだったアニメキャラ(以下○くん)の放尿が見たくてたまらなかった。

目の前に仁王立ちになってほしい。できれば手で受け止めたい。口で受け止めるかどうかはその時になってみないと分からない。

その前の記憶では○くんを物理的に食べたいと思っていたはずなのに。いつから私はSからMになったのか。それともやはりSとMは表裏一体なのか。

そんな私ともお付き合いをしてくれる人が現れた。以下彼とする。

恋人という関係になって数年、互いの裸を見せ合う事にも慣れてきた。

そうしたら、忘れていたはずの感情がよみがえってきた。放尿が見たい。

ある日冗談交じりでトイレに着いていきたい。放尿が見たいと言った。言ってしまった。すぐに冗談だと取り繕った。

彼は冗談だと信じてくれて、それにしてもその発想はなかったと笑われた。

それから私はことあるごとに放尿を見せてほしいとお願いした。語尾に冗談だけどとつけて。

案の定、前から思ってたんだけどそれ冗談じゃないよね?と笑われた。嫌われはしなかったので、それをいいことに冗談だけど、という語尾が取れた。

はいまだに見せてくれない。代わりに私の見てもいいからと言ったら、興味がないと言われた。

○くんのアニメはいまだに続いているが、放尿シーンももちろん放送されるわけがない。

別に放尿という1ジャンルが好きというわけではない。

以前AV女性の放尿を見た時は何も感じなかった。男性の放尿シーンはむしろ、いいな、この女の人はご主人様の放尿が見られるんだとうらやましくなった。

でもよくよく考えてみれば、あのシーンは奴隷役の女性性器の中に放尿していたので、実際は見ているわけじゃないのか。おあいこか。

とにかく、ただ放尿が見られれば誰でも良いわけではなかった。

私は好きな人の放尿が見たいのだ。

○くんの放尿が見たい。それがだめならせめて彼の放尿が見たい。

この間、彼と電話で話した。

トイレに行きたいからそろそろ電話を切ると言われた。

そのままカメラを起動させてトイレ言ってくれとお願いした。

そうしたら、そういえばこの間実際に放尿を見せる夢を見たよと言われた。

その時は何も感じなかったが、電話を切った後ふつふつと、何か言いしれない気持ちがわいてきた。

ずるい。ずるいじゃないか

私はこんなにお願いしても彼の放尿が見れないのに、夢の中の私はただ彼の夢の中に存在しているというだけで放尿を見ることができたのだ。

どうやってみた。背後からか、それとも正面からか。手で受け止めたのか。

そもそも現実の私がこうして数年頑張ったから夢の中の私が見ることができたんじゃないのか。

ずるい。うらやましい。

ふと思った。もしなんらかの形で明日世界が終ってしまったら。もし明日、私が車にでもひかれたら。

私は彼の放尿も○くんの放尿も見れずに一生を終えてしまう。

一生、誰の放尿も、見れないのだ。

悲しくなってきた。たぶん成仏できない。

誰かの放尿を求めてトイレの地縛霊になるも、きっと好きな人の放尿じゃないから満足できず、そのままよくわからない悪霊になってしまうのだ。

そんなのは嫌だ。彼は優しいし、今度会ったらもっと真剣にお願いしてみたい。見せてくれるかもしれない。

従姉息子は、前回会った時もう15歳になっていた。それでもやたらと懐いてきた。うれしかった。

同じ女の子に数年片思いしているけれど、喘息だしいいところ見せられなくて悲しいと言っていた。

その恋が成就する事、そしてその女の子が放尿が見たいなんて言わないまともな女の子である事を祈っている。

http://anond.hatelabo.jp/20170326011447

そこまで粘着することもなかろうとは思うが、言ってることはよーく分かる

結局はてなーって被害自己申告してきてる連中しか救わないんだよ

「悲痛な叫び」をあげてれば弱者認定なわけだ

マイルドヤンキーだのクソ田舎だのとキャッキャ言いながら知らない世界おもちゃのように扱う大多数のブクマカの方がよっぽどゲスなのに、

爆サイを知らなかった無邪気な差別主義者そっちのけで「悲痛な叫び無視している!」という繊細チンピラな反応するのはどう考えてもお門違いだわな

死ぬほど醜悪って表現はあまりにも強すぎる言葉だし、

その言葉あんたが言うように爆サイ民に対する無自覚差別意識にこそ向けられるべきだろう



思うに、はてなー限界ってそこなんだよね

分かりやす弱者しか救いたがらないっていう

分かりやす弱者無視してわかりにくい弱者の方を指摘すると「死ぬほど醜悪」って言っちゃう感性って、

悲痛な叫びへの共感を是とする人が持つには迂闊な感情だなとは思う



だってそれって、

叫び声も上げられない苦しい人たちはひっそりと死ねって言ってるに等しいことだから

そこ。2ch民は良くも悪くも感情空気判断するので、A氏が分かっててもB氏には目障り、という状況の俯瞰が出来ない。

全員とは言わんけどな。

2017-03-25

感情論で線引きしてる時点で炎上アナウンサー同類なんだよ

から弱者の救済だの福祉だのはひたすら杓子定規にやるべきだとずっと言ってるんだけどな

将来的には人も感情も一切関わらず回るようになればいいとすら思ってる

底辺とか言ったら角が立つけど、共通する要素の少ない人同士関わったってストレスたまるじゃん

「なんでこいつは助けるのにこいつは助けないんだ、かわいそうだろ?」とか不毛なだけじゃん

そもそも同情できるか否かでグラつくようならセーフティーネットなんて言わない

それならいっそ非人間的な方がマシだ



別に同情すんなとは言わない

それほど思い入れがあるなら、自分の手で救いたいものを救えばいい

別に文句言ったりしないか

でもそれはあくま個人感情による行動であって、公平だの公正だの名乗られても困っちゃうわけ

アニメオタクがうらやましい

都内に住んでいるが、アニメ柄の紙袋を下げているグループ今日何組も見た。

調べてみると、アニメイベント有明国際展示場で行われているそうだ。

気の合う仲間と談笑しながら、自身趣味を何の屈託もなく披瀝する彼ら(彼女ら)にうらやましさを覚えた。

 

自分は中高時代より、アニメ漫画ラノベといった文化に対していい印象を持っていなかった。

ぼっちだった中学時代に『脳内汚染』と『いまどき中学生白書』を読んだおかげで、アニメ漫画といったもの低俗であるという図式が頭の中でできあがった。

自分ぼっちで周りから認められないのは、低俗コンテンツが氾濫してその悪影響を受けているからに違いないのではないか

そしてアニメラノベなどに興味を持つことは大罪である社会構成する一員として絶対に許されざる行為だ。自分はそう信じていた。

少年犯罪が起こり、アニメ漫画の悪影響が取りざたされるたびにそれらの報道を目を皿のようにしてみた。やはり自分は正しい。アニメラノベなどは悪だ。

 

時代下り高校時代部活強制だと思いこんでいたため、一番楽そうだからという理由文芸部所属していた。そこはアニメラノベ大好きな連中の集まりだった。

他の部員に対し、低俗下劣コンテンツを貪り食う愚者の群れと白眼視していた。自分はああなるものかと、他の部員反面教師にした。

結果ほかの部員はみんな仲良し、自分だけ空気(成分で例えるとNOxSOx、CO)のような扱いを部内で受けていた。

他の部員と仲良くしたいという卑小な理由のためだけに、アニメラノベに手を出すことは絶対にあってはならない。

 

その後高等教育機関で、メディア論コミュニケーション論を専攻した。学生生活を通じ『脳内汚染』と『いまどき中学生白書』は東スポUMA記事未満の信憑性しかないことが分かった。

しか学校を出て働いている今でも、アニメラノベに対する悪感情はぬぐい切れなかった。今日までは。

今日アニメ柄の紙袋を持っている人を見て、初めてアニメオタクに対する羨ましさを強く感じた。それとともに、心の中で抑え込まれていた感情が一気に噴出してきた。

本当は中高時代知識教養をつけるため眉間にしわ寄せて小難しい本や朝日日経を読むよりか、アニメラノベを見て友達とわいわいキャッキャ言っていた方が幸せだったのではないか

自分はどこで間違えた?

もし中学時代、『脳内汚染』と『いまどき中学生白書』を読まなければアニメラノベなんかにに手を出していたのだろうか。

もし高校時代、他の文芸部員の趣味に合わせ、アニメラノベのようなコンテンツを貪り食うようになれれば良かったのだろうか。

答えは見えない。

もっとも、ぼっち気質が強い自分のこと。アニメラノベを貪り食っていても、友達がいないのには変わりないような気がするが…

http://anond.hatelabo.jp/20170325122918

知性よりも感情を優先するのかね


科学的なエビデンスがある治療法よりも、

共感できる実体験(事実かどうかは関係ない)を優先するのかな

http://anond.hatelabo.jp/20170325112126

そもそも実際ロリコン(とみなされてる人たち)がよくターゲットにしているJCJKだけど、早ければ14歳ぐらいか

子供作れるわけだし、実際には作れないのに認識不足で2,3歳ずれて考えてしまうことも

自然界ではあったりしないんだろうかって思った。

ロリコン扱いされてるけど、実際に対象にしているのは普通に20過ぎた女とかいタイプロリコンとか

もはや場合によっては本当に子供作ってもおかしくないわけだし。

だいたい子供作れるベースで考えたら、自分まだ子供作れない状態恋愛感情を抱く人間もたくさんいるじゃん。



子供作れない相手欲情してるなんてのはペドじゃないのか?

こういう文章は何を狙ってるんだろう。やっぱホッテントリ入り?

徹夜の早朝テンションとか言いたいことは分かるけど、いかにも大衆メディアだなっていう切り口で。

期待される答えは「分かる」「増田は〇〇するといいぞ」みたいな、やくたいもないコメントかな。

青二才とかね、大衆が望んでる感情を冒頭に持ってくる能力は秀でてると思うんですよ。

でもそれってプロデュース能力であってそれ自体流行っちゃ本末転倒だと思うんだよね。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん