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はてなキーワード: 感情とは

2017-05-30

詩織さんの顔出しは確かに勇気があるけれど

ジャーナリスト山口氏の「準強姦もみ消し疑惑」で、被害女性とされる詩織さんが顔出しして訴えた。

確かに、皆が称えるように、なんと勇気があるのだろうと思う。

だけど、同時に言いようのない感情も、多くの女性が覚えたのではないだろうか。

詩織さんがあまりにも「美人過ぎる被害者である事。

それは、詩織さんが「顔を出して訴える勇気を持てた」というその事自体彼女自分の美醜についての自覚があって、大いに同情を得られるという事をわかっているからこそなのだ、という事を直感したくなくても直感してしまう、そんなドス黒い思考だ。

言うまでも無く、レイプされたと訴える事は、男性に性の対象としての自分連想させ、提示する行為だ。

「こんな美人からヤっちゃたんだろうな」「このレベルを無理矢理ヤっちゃうってバカだな」

彼女はそんな男性視線に、まともに晒される事を選んだという事。

その上で「こんな美人を無理矢理ヤっちゃうなんてけしからん!」という男性の怒りを味方に付けられる確信があったという事。

やらせてあげたのにTBS落ちた」という感情がなかったとは言わせない

詩織よそこは認めよう。

高橋名人に言われた言葉の謎が解けた

高橋名人は、当時小学生だった僕の一番の憧れだった。

当時からゲームが大好きだった自分にしてみれば他の芸能人有名人なんかより本当に輝いて見える存在だった。

家には昼間から飲んだくれている父親麻雀ゲームをしたいがためだけに買ったファミコンが置いてあった。

当然他のゲームなんて買ってもらえるわけもなく自分の小遣いでも到底手が届くようなものでもなかった。

おもちゃ屋に並ぶファミコンカセットのものでさえ宝石のように輝いて見えていて、しかもそれを自在プレイする名人はまさに神の如きオーラをまとっているかさえのように見えていた。

テレビ自体も家では禁止されていたために、学校帰りに本屋雑誌立ち読みしては彼のゲーム攻略を目を皿のようにして見入っていた。

そうして妄想世界名人と肩を並べては、有りもしないゲーム攻略を語り合う時間ゲームの出来ない僕にとって一番に楽しい時間だった。

当時の自分にとってのゲームとは、そうして紙の上にある情報想像だけでつなぎ合わせながら楽しむものだった。

少ない小遣いを握りしめて、かろうじて手が届いたのがその頃に連載されていた高橋名人物語コミックだった。

親が離婚して母の親元に引き取られたのち新しい生活に馴染めない自分にとって、高橋名人物語を読んでいる間は唯一の救いだった。

今でこそ下品な内容だが、名人が幼少期にうんこをちぎっては投げるシーンを見ているだけで、何もかもを忘れて笑うことが出来た。

何をちっぽけな常識に捕らわれて悩んでいるんだ。その気になればなんでもできる。

まるで自分にそう言い聞かすかのような名人から応援に思えていたのだろう。田舎特有の冷たい視線にされされては、僕は心の中でうんこを投げた。

中学を出て働き始めた自分にとって、ゲームは縁遠い存在になってしまった。

街に出て一人暮らしをはじめた頃、ゲーム攻略雑誌編集部面接にいった事もあったが、実際のゲームプレイ経験ほとんどない自分採用されるわけはなかった。

そんな中、高橋名人と遭遇する機会はあまりにも突然訪れた。

数年前のこと、当時拾ってもらえていたパチンコ店在籍中に出向いたアミューズメント向け展示会に彼は来ていた。

はいってもステージの上にゲストとして出演していたとかではない。

ゲームとは全く無関係ブースで、アイドル写真集の売り子をしていたのだ。

高橋名人に気づく人さえわずかで、彼の周りにはほとんどといっていいほど誰もいなかった。

そんな状況に戸惑いつつも恐る恐る近づいていくと、そこに立っているのは紛れもなく高橋名人だった。

まりの嬉しさと緊張で声が上ずってしまったことを記憶している。

高橋名人ですよね?子供の頃からの憧れでした。とくに高橋名人物語が大好きで、何度も何度も読んでました。」

そういって握手を求めると、彼からは全く想定していなかった反応が返ってきた。

軽く鼻で笑いながらやや面倒くさそうに握手に応じると、一言「あぁ、君もその口か。」とだけ返してきた。

正直何のことかわからなかった。

なぜ彼がここでアイドル写真集の売り子をしているのかもわからなかったし、なぜ彼がそんなことを言ったのかもわからなかった。

なんとか「応援しています。」とだけ返すのが精一杯で、言いながら何を応援すればいいのかもわからなかった。

すでに30歳を過ぎ、それなりに大人になったつもりでいたが、その一言は怒りや悲しみといった感情よりもただショックでしかなかった。

帰ってから調べると色々あったことだけはわかった。でも、だからといってあんまりだ。僕は心の中で彼に向かってうんこを投げることでこの出来事を乗り越えようとした。

それまで別格のように憧れていた存在だった彼は、一転して最も忌むべき存在になってしまった。

それから数年して、彼がしくじり先生に出るという話を耳に挟んだ。

それはどうしても見る気になれなかったが、翌日、彼のブログが各所から流れ込んできた。

番組は見ていないけど話題になるってことは何かしでかしたのだろう。

そんな程度のつもりで軽く読み飛ばすくらいなら見てもいいかと思い、開いた。

それでやっとあの時の彼の言葉の謎が解けた。

それまでは、落ちぶれた自分を見られたくない気持ちの裏返し程度に思っていた。

でも違った。彼は苦しんでいたのだ。

独り歩きする自分の姿と、独り歩きした自分にあこがれていく子供たちに嘘をつき続けなくてはならないことに。

まさに自分がそうだということに気がついた。

僕が憧れていたのは、他でもなく独り歩きしていた彼だ。

彼のあの一言は、そうして騙された子供たちを幻想から解放するための一言だったのだろう。

そして彼にしてみれば、そんな呪いから逃れるための言葉だったに違いない。

その証拠に、今や彼に対する憧れは自分の中から一切取り除かれてしまったのだから

からあえて言わせてほしい。

あの時を乗り越えて今の自分があるのは、高橋名人のおかげに他ならないと言うことを。

高橋名人でいてくれてありがとう子どもたちの笑顔を守ってくれてありがとう。あの頃の僕を守ってくれてありがとう

やっぱりこれから応援しています

http://anond.hatelabo.jp/20170529234941

著作者名に変名は含まれるか?

無論含まれる。

匿名変名は含まれるか?

それは別。著作権法にも「無名著作物」という文言がある。つまり変名匿名

引用タイトル著作者名が公表された状態にはならないのか?

それが「公正な慣行

著作者意思表示があれば公表できないのではないか

引用は「いついかなるとき強行規定になるとはいえないのではないか」という議論文部科学省ワーキンググループでもあったようだ。

ただ、著作権という制度を、著作者経済的利益を守るためのインセンティブとして自然権とは別に創設された権利だとすると、本来は完全に自由であるはずの著作物の利用をわざと法定の権利著作者に独占させていることが不自然なのであるから、その著作権制限する引用などの規定可能な限り強行規定として読み込むべきだろうと思われる。

恥ずかしいという感情著作者利益を害しているのか?

害してはいるが、

といった代替手段が容易なため、引用禁止するほどの利益衡量に見合わない、というのが通常の裁判所判断と思われる。

人の彼女を寝取ろうとした人間の戯言 2

まず彼女とKの関係は大きく改善され、彼女もKを好きだとはっきり言えるようになった。「今までで一番好き」だと。そしてKが彼女のことを一番に思ってくれることを感じるから本当に今幸せだと。今までKに対して抱いていたモヤモヤを僕のおかげで形にすることができ、そして本当の意味で互いに好きだと言い合えるようになったと。

それと同時にKは僕が彼女に手を出したことを知ってもう二度と関わりたくない、顔も見たくないと言っていることも知った。もう長い長い、本当に長い付き合いだった大切な友人が消えた。覚悟はしていたけれど、本当に心が痛んだ。ズキズキと痛んだ。そして僕がKの彼女に手を出したと言う情報は一部の間で広まっていて、僕は同期数人の信頼を失い、また友人を失った。

僕は彼女に対し、今でも好きだということを伝えた。伝えなかったら絶対に後悔しただろうから。それに対して返って来た答えは、「それは嬉しいけど、今はもう自分のKを好きだという感情がゆるぎなくなっていて、今まで見たいな不誠実なことはできないから、君の感情を受け止めることはできない」との答えだった。だから、「受け取っておく」と言う表現で終わった。

全てが終わったんだと僕は思った。僕は最大限の努力をもって、そして最大限の自己犠牲によって、当初達成する予定だったKと彼女関係改善を見事達成し、それどころか彼女の中の「好きという感情は何なのか」という疑問に対する大きなヒントを与えることに成功した。そして二人は真実の愛で結ばれたんだ。めでたしめでたし

僕は当初達成する予定だった目標を達成したに過ぎない。そう、そうなんだ。僕は立派に任務を果たした。

僕は彼女のことが本当に好きだったし、どんな話題に関しても面白い着眼点を与えてくれ、聡明な彼女のことを一種尊敬の念も含めて本当に心から愛していたし、彼女も僕のことをほぼほぼ好きになりかけていた気がしたけど、そんなもの幻想だったんだ。

彼女大学受験に関しても心から応援していたし彼女の夢を語る横顔も、彼女自分の状況に苦しむあの涙も、楽しそうに笑うあの笑顔も、そして時に僕を強い言葉で注意するあの強い眼差しも、何もかも僕は受け止める努力をしたけれど、そんなものは全部最初からあくまで添え物の一つでしかなかったんだ。

あくまで僕は主役じゃない。主役級の脇役に過ぎなかった。

もう終わったんだよ、僕と彼女は。

だってそうじゃないか。どんなに幸せイチャイチャしてても、喘ぎ声の中にKの名前がなんども混じってたじゃないか彼女は僕とKのことを何度も間違えたじゃないか。結局僕は永遠の二番手に過ぎなかったんだよ。なんでそれに気づかないふりをしてたんだ、僕は。結局代用品だったんだよ。そこにツッコミを入れると虚しくなるから、結局僕が代用品に過ぎないことを思い知るだけだから、見て見ぬ振りをしただけじゃないか。ヒントは最初から出てたんだ。

僕はやるべきことをやって、その結果いろんなものを失った。僕と彼女関係は友人関係に戻ったに過ぎないけれど、思い出までリセットされるわけじゃない。複雑な感情を抱えたまま元に戻れと言われて、仕方なく引っ込んだに過ぎない。

僕はカッコつけて、「君が幸せならそれでいいよ」とか言って、「君が僕に身を引けというのなら素直に身を引くよ」なんて言って。本当はそんなはずないのに。一歩たりとも引きたくなんかないのに。本当に好きで好きで仕方ないのにな。なんでそんなこと言ったんだろうな。多分嫌われたくなかったんだよな。優しさなんて糞食らえだ。なんでそんな状況に至ってもまだ僕は彼女に優しくしようとするんだ。

「今も僕は君のことが好きだ」って、なんだそれ。未練タラタラのしょうもない男じゃねえか。本当に本当に大好きなんだよ。どうすればいいんだよ、この感情は。

彼女との思い出は僕の中でずっと色褪せないし、忙しくて本当につらかった時も長期休暇で帰省してまた彼女と会えると思ったらどんな苦労も乗り越えられたし、僕はそのために必死になって頑張っていたのに。大学を辞めたいと思っていた僕は必死勉強する彼女を見て大学卒業するために努力したし、仕事だって残業休日出勤も耐え忍んだのに。彼女と見たい映画もあったし、彼女仕事愚痴だって話したかったし、彼女学校の話や思い出話を聞きたかった。

僕は遊びなんかじゃなかった。本気だった。でも同時に、彼女を落とす直前まで行ったのにそこであともう一押しができなかった。最後最後日和った。イチャイチャしてる時も、「早く私を落としてよ」って言われてたのに、最後の一手が指せなかった。

世界に女が何人いるかなんて考えても仕方ない。ここまで僕が好きになった人はいないし、一つ一つ、日常のつまらないことすらも共有し合って心から面白いと思えたのも彼女だけだ。他の女性とそんなことしたって、ただ退屈なだけなんだ。

でも僕は変なところで真面目と言うか、まあヘタレから、Kと彼女関係を引き裂くために努力することは絶対にできなかった。そんなことは僕の良心が許さなかった。その中途半端さ、中途半端な優しさが、結果として全てを失う結果を招いたんだ。

人の彼女に手を出しておいて何言ってるんだという話もあるだろうけれど、そんなこと言えるのは同じ状況に陥ったことがない人だ。ただのイマドキのJK興味本位で会ってみたら、そのJKが本当に僕と気があう人だったんだ。そんな状況で、しか彼氏との関係は冷え込んでいる。そこでそれでも手を出さずに努力できる人は尊敬するし、聖人だとも思うけれど、同時に僕は信頼できない人だとも思う。

女子高生だったから、可愛かったからじゃない。彼女彼女だったから、僕は好きになったんだ。

好きになってしまったことが悪い。でも好きになる以外選択肢がないと言う状況だったんだ。

ももう、全ては終わった。

もう僕はい彼女とまた恋人関係になっても構わないように、僕は自分人生を生きることにした。虚しい希望かもしれないけれど、今の僕にはその虚しい希望にすがりつくしかないんだ。彼女との関係が切れたわけでもない。僕はただ彼女に相応しい人間になることだけを目指そう。そうして生きていく中でいつかまたいい出会いがあるだろう。そう思うことにした。あの時の占いは正しかったのかなと思う。

こんなことになるぐらいならあの時連絡が来た時に無視していれば良かったとも思う。でもそうしたら僕は大学卒業することもないままフラフラしていただろうし、こんなにも自分が成長することはできなかった。父から「お前はこの数ヶ月でずいぶん成長した」なんて言われたけども、それだって結局は彼女出会たからだ。彼女にとって相応しい男になろうと必死努力した結果だ。

運命出会いなんて信じていなかったし、運命出会いなんて僕は一生使うことがない単語だと思っていたけれど、確かに彼女との出会い運命出会いだった。そして彼女出会えたことで僕は大きく変わることができた。

から僕は彼女出会ったこと、そして彼女に恋に落ちたことについて全く後悔はない。手を出したことについても何一つ後悔の念はない。

今はまだ全く諦めがつかないし、毎日LINEで「ただいま」って言う相手がいないというのは非常に寂しい。でもいずれこの寂しさにも慣れて諦めがつく。そうやって人は生きていくんだって。そうやってみんな少しずつ日常に戻っていくんだって。でもそうやって寂しさに慣れて諦めるということは、僕はそれをとても悲しいことだとも思ってしまうんだ。

それでも僕は、悪いですか?

人の彼女を寝取ろうとした人間の戯言 1

あれは去年の冬、僕が22歳の時だった。大学が嫌になってしまって実家帰省していた僕は地元バイトをしたりしながら、フラフラしていた。課題もたまっていたしやるべきことが溜まっていたけれど、そう言うことから逃げるために実家に帰っていた。そして毎日毎日意味もなくバイトをする中でインターネットけが僕の癒しで、特にSNSを楽しんでいた。

そんなある日、僕の元に知らないアカウントから連絡が来た。なんでも自分高校の5つ下、17歳の後輩の女子しかったけども、プロフィール出身校など書いていない僕をどこで知ってなぜ連絡が来たのかはっきりわからなかった。けれども、とりあえず連絡を取り合って見た。

そして彼女から話を聞いていく中で、僕は驚きの事実を知った。高校の同期の非リア非モテ童貞だと思っていた友人が実はその5つ下の後輩と付き合っていた上にすでにセックスをしていたと言うことが明らかになったのだ。リア充童貞だったわけだ。ただ彼は彼女に対し自分高校時代について多くを語ろうとしなかった。だから親友である僕に彼の高校時代などについて一度話を聞いて見たいと連絡が来たのだ。

正直彼は容姿いいわけではなく、オタク権化みたいな見た目で、彼自身も非リア芸をSNSで展開していたし、それは疑うことのない事実だと思っていた。しかしそうではなかったんだ。正直裏切られたと同時に、やることやってんだな、とも思った。

高校の同期が女子高生交際している上にセックスまでしている、それだけなら同期で集まった時にみんなで話して盛り上がるゴシップの一つに過ぎなかったのかもしれない。でも話を聞いていくと同期のクズっぷりが少しずつ明らかになった。

初のセックスに関しても彼の童貞卒業、そして彼女初体験にもかかわらず全く愛がないセックスでげんなりしてそれ以来セックスはしていないと聞いたし、記念日プレゼントもなければ普段愛情表現もなくて、一方的彼女が彼に奉仕している、そういう関係だった。髪型彼氏指定する髪型強制させられていて、彼女はなぜ自分彼氏のことを好きなのか理解できないとすら言っていた。それを聞いた僕は奴隷だな、と言うのが素直な感想で、僕は義憤に駆られたけれども、どうすればいいかからなかった。そんな折、彼女から二人でカラオケにでも行って一度彼氏愚痴を聞いて欲しいとの誘いが来た。

行くべきか悩んだ末、興味本位で僕は行くことにした。

カラオケボックス彼女から話を聞くにつれ、彼女の健気さに僕は惹かれた。正直可愛かった。可愛いと言う感情は弱い生き物に対して抱く感情のそれであると以前聞いたことがあるんだが、まさにそれだ。それに僕と彼女は本当に馬が合った。本当に盛り上がって、かなり長時間カラオケボックスに居たものの全く飽きることなく、そしてカラオケにもかかわらず全く歌を歌うことなく終わった。

でもその中で、彼女と僕は盛り上がりすぎた。最初ソファの端と端に座っていた僕らは少しずつ距離が縮まっていって、いつしか隣同士になった。健気な彼女努力と、彼氏愚痴を聞いていく中で彼女努力を褒めるために彼女の頭を撫でると、彼女は甘えた声を出し始めて、一気に触れ合う面積が増えた。少しずつ彼女の息も荒くなって、彼女は「キスしよ?」と禁断の提案をして来た。

その頃僕は東京彼女が居た。でもその彼女とはただ単に互いに異性が欲しいから仕方なく繋がっていただけの、愛のない関係だった。実際実家帰省していたからといって寂しいと言う感情もなく、こまめに連絡を取り合うこともなかった。そういうある意味冷めた距離感というのが居心地が良かったのでもあるが、まあとにかくそういう関係だった。

それでも僕は彼女持ちだ。僕は迷うべきだっただろう。しかし僕は全く迷わなかった。正直に言うが全く迷うことなく、僕は彼女と唇を重ねた。彼女は小刻みに震えながら、僕と濃密なキスをした。いろんな女性キスをして来たが、今までで最高のキスだった。もう僕は止まることはできなかった。彼女の小さな体を抱きしめ、何度も何度もキスをした。

22歳にして、17歳の女子高生カラオケボックスで抱きしめ、キスをした。彼女親友恋人でもある。でも僕はもう、彼女が好きになっていた。たった数時間会っただけにもかかわらず。禁断の関係だった。もはや漫画小説かと言うレベルの話である

そして彼女も、「もし先輩に先に出会っていたら、先輩を好きになってたと思う」と言って来た。もう僕たちは停車位置を大きくオーバーランして、暴走していた。

最後彼女は「これは『共犯』だからね」と言って、互いに今日カラオケボックスで何があったかは互いの恋人に対してだけでなく、多くの関係者や友人に対しても秘密にすることを約束した。

そして僕たちは『共犯』という名の元に、互いに恋人がいるにもかかわらず、いわば「セックス抜きのセフレ」として、今後もイチャイチャして行くことにした。僕たちは互いに本命恋人いるから本気にならないようにしながらも、イチャイチャしていこうという約束だった。でも僕はすでに本気だった。しかし同時に彼女親友彼女でもある。

この感情相談するのに適切な人間はなかなかいない。高校同期の友人に相談しても手を出すことを制止されるに決まっている。そんなわかりきった綺麗事なんて僕は欲してないんだ。ただ、この複雑な状況において、この僕の走り出した熱情に対し、手を出しちゃいけないならなぜいけないのかを納得させてくれる、そう言う人間必要だった。

から僕は恋愛経験豊富な年上の知人男性にどうすべきかを聞いた。その時その人は「その女子高生を落とすしかない」と言った。その知人は僕と東京彼女の冷めた関係についても知っていたので、そこまで本気で好きになったのなら、いくところまでいくべきだと言った。そして両方を目指すのはダメだ、どっちかにしないといけないとも言われた。

僕はそれを聞いた数日後に、東京彼女に対して別れ話を提示した。色々あったけれども、互いに冷めた関係でもあったので大きく揉めることもなく、すんなりと別れた。

また同じ時期に東京飲み会に参加した時のこと。普段占いなんて気にしない僕だったけれども、飲みの席で占い勉強していると言うとある女性自分運勢を占ってもらった。すると、恋愛運はあまり良くない。そして運命の人とはまだ出会っていないと出た。ちょっと参ったな、と思いつつもその時はあまり気にしなかった。

そして実家に戻った僕は、「高校同期と彼女関係健全化を図る」という名目のもと、彼女会合を重ねた。その時の僕は同期との友情も維持しつつ、あわよくばJKと仲良くしたい、付き合いたい、そういう感情だった。ただ僕はまだ本気で彼女のことを狙っていることを明かしていないのでそこまでガツガツ行くこともなかった。

JK彼氏(そして僕の高校同期)のことをここでKと呼ぶことにする。

バイトの合間を縫って彼女の家に行ったり、カフェで待ち合わせしたりして僕は彼女愚痴を聞いたり、彼女がKにどういうことを求めているのかなどを聞いて、Kと彼女関係を取り持とうとした。とにかく僕は目的だけは真面目だったので彼女の家に行く際もマナーや態度にも最大限を気を使っていて、彼女のご両親からも認められていた。今の彼氏(K)よりも僕の方がいいんじゃないか、みたいなジョークすら言われていた。

そんな後ろ盾を得た状況だったので今思えばKに対してなかなかひどいことも言って、申し訳ないことをしたとは思う。でもあの時僕は義憤に駆られていたし、間違ったことを言ったとは思っていない。ただもう少し表現方法は色々あったかもしれないなと今反省している。

しかし僕はいずれ彼女のことを本気で好きであることを明かさねばならないとは思っていた。そして彼女もある程度察していたのか素直に自分欲求を言ってみて、と聞いてきた。だから僕は素直に彼女のことが好きであると言うこと、そして東京彼女と別れたことを説明した。彼女特に驚くことはなく、「それなら奪い取るために頑張ってみて」と、対立構造明確化させた。こうなった以上僕も男だ。やるしかない。

僕は彼女の家にしょっちゅう通った。行くのは彼女から来て欲しいと言う相談がある時だけで、僕から行きたいと言い出すことはない。もちろん目的彼女と話をしてKのどういうところが問題なのかを聞き、そしてより良いKと彼女関係の構築を目指してどこを着地点にするのかということを僕が第三者的視点から検討するという目的だった。

役人出会い系バーに行って問題になったりもしているけれど、僕の場合は本当に調査目的だった。それは事実

でもカラオケボックス燃え上がった僕と彼女関係簡単に消え去るほど弱い火ではなかった。

彼女と会うたびに僕は彼女を抱いた。とにかく抱いた。それは彼女から求めて来た。僕が先に手を出すのは良心の呵責に堪えなかったからだ。でも僕が彼女に求めていたことでもある。互いに『共犯』という名目のもと、とにかくイチャイチャした。それに僕は少なくともKよりはセックスが上手いという自信があった。実際彼女は僕とイチャイチャしてる時、ものすごく感じていた。そしてある時には一緒にホテルに泊まってイチャイチャすらした。

体の相性って存在するんだな、と思った。多分体の相性が良かったんだと思う。とにかく楽しくて、正直離れられそうになかった。

肉体関係だけじゃなく、普通に喋っていても楽しかった。しょうもないことから大事なことまで、いろんなことを話している中で僕と彼女の考えは非常に近かったし、話していて本当に楽しかった。ここまで女性と話していて楽しかったことはない。彼女は聡明で年上の僕の話にもついてきて自分なりの考えを臆することなく話すので、話していて楽しかった。女の子と話しているのではなく、一人の大人と会話している感覚だった。正直尊敬の念すら抱いた。

イマドキのJKみたいなくだらないこと、当たり障りのないことをグダグダ喋るようなタイプではなかった。例えるならPulp Fictionのミアみたいな女性だった。気まずい沈黙は嫌うけれど、それを回避するためのつまらない話も好まない。そう言う、少しめんどくさいタイプではあったけれど、考えが近かったぶん色々話しやすかった。

やがて僕は彼女とKと僕の3人で集まって話す機会を何度かセッティングし、関係改善突破口としようとした。表向き僕はレフェリーとしてその場に存在していた。その中でKは幾度となく彼女を泣かせた。僕の目の前で僕の好きになった女を泣かせるKという男が僕は憎かった。幾度となく傷つけ、そして傷つけたことへのリカバリーも十分ではなく、それがまた彼女を傷つけた。なんで、なぜ、そんなにも無神経になれるんだと。なぜわかってあげることができないんだと。本当に僕は怒りで体が震えた。

そんな状況だから僕と彼女は本当の意味で互いに好きになり始めていた。最初は僕が一方的に本気になっていただけなのに、彼女の方も本気になりかけていた。本当に幸せ時間だったし、僕は彼女のあらゆるものを欲した。

そうして僕たちは幸せイチャイチャし続けていた。でもそれと同時に僕はKと彼女関係改善のための努力も続けていて、Kは確実に良い方向へと変化し始めていた。僕は完全な悪にはなりきれなかったから、Kと僕との関係も守りたかったし、Kと彼女関係最初の対等じゃない関係を改めて改善するつもりだったし、僕と彼女関係に関してもこのまま幸せになりたいと思っていた。

しかしその3つは最初からどうあがいても両立できないものだと今ならわかる。でもあの時の僕はとにかく今Kと彼女関係マイナスになっているのでそれを僕の努力で0にまで戻してやり、その間に僕が彼女との関係で大きくプラスを稼げば彼女は確実に僕を好きになるだろうと。そしてその結果僕とKとの関係が多少冷え込んだとしても僕の努力についてKは僕に感謝するだろうし、長い付き合いだから関係が切れることはないと考えていた。それにもしKとの関係が切れたとしても彼女を手に入れることができればそれでいいとすら思っていた。

そうして僕の計画軌道に乗り始めたところで僕は年度末が迫って来て忙しくなり、東京に戻って大学職場関連の手続きなどに追われ、彼女にあまり会えなくなった。それでも僕はずっと彼女のことは好きだったし、片時も忘れることはなかった。

そして僕がつらい時期を乗り越えることができたのも、彼女のおかげだと今も思う。彼女からもらった励ましの言葉や時には彼女に叱責されたことも思い出して、そうして僕はつらい時期を乗り越えた。ただ優しくするだけなら誰にでもできる。僕のためを思って叱ってすらくれる彼女を僕は本当に心の支えにして、必死に生きた。必死だった。

僕はその頃メンタル面に問題を抱えていて、父からもそのことについてよく怒られていた中で、彼女が本当に僕のメンタル面の改善において決め手となる後押しをしてくれた。これが僕の中では本当に嬉しくて、Kも変わっただろうけども僕も変わったぞと、はっきり胸を張って言えると思っていた。

そうしていつしか冬が終わり、春になった頃。Kと彼女関係改善に関しては僕の努力によりある程度目処が立って、一時かなり冷え込んでいた二人の関係も多少回復していた。

それでも僕は絶対彼女が選ぶのは僕に違いないと信じていた。そこに根拠はない。でも僕は絶対にKよりも僕の方が彼女幸せにできると確信していた。それは内面もそうだし、就職も決まっていて収入もそこそこ確保されていて、より現実的選択肢だと自分のことを思っていたからだ。

しばらく会えなかった中で彼女3月末に久々に会うことになり、一緒に花見をしながら互いの話をする中で僕と彼女はやっぱり馬が合うなと確信したし、彼女公園であるにもかかわらず僕にすり寄ってきて、僕のことを好きだと言った。僕はほぼ勝利確信した。

そして新年度が始まり、ある程度忙しさの峠を越えて、先日僕が久々に彼女とまとまった時間話す機会を得た。と言うより彼女から話したいと言って来た。久しぶりだ。「今話しても大丈夫?」と聞いて来たので僕は少し嫌な予感がした。でも僕は大丈夫だと答えた。

内容はKと彼女と僕、3人の関係についてだった。

↓続き

http://anond.hatelabo.jp/20170530080621

全く、この腹立たしさと最高の気持ち

何処に落としたら良いのか分からなかったから、こんな所へ来てしまった。

実に、実に、最高に良いライブだったんだよ。これは本当に。

キャストの皆さんのこれまで以上のパフォーマンス

4年待ち続けた彼等が大歓声で迎えられた瞬間

思い出すだけで、今も胸が高鳴るよ。

でも同じ位、悔しいとか辛いとか腹立たしいとか、そんな気持ちでいっぱいだ。

スタッフも碌に居ないし誘導もしない、リストバンド交換所に何千人も満員電車みたいに押し込められた。

段々と開演時間が迫るのに、列にどう並んだらいいのかさえ、客はほとんど理解していなかった。

皆ピリピリしていたし、罵声も飛んだ。

私は直接見てないけど、体調を崩して倒れた人も居たと後で聞いたよ。

かねた有志が人を整理しようと頑張っていたけど、私が見た限りではあまり上手くいってはいなかった。

リストバンド配布の列が解消するまで開演しないとスタッフが言っていました」という誰かのTwitterで、私たちは開演が遅れる事を知ったんだよ。

その場に居るのにね。

もっと早く来ていれば間に合った。

間に合った人もたくさん居た。

皆が協力したらよかった。

そういう意見は最もだよ。

納得できないけど、理解はできる。

だけど、あの場所ギリギリまで何もしなかった事だけは許せないし、許したくない。

あの場所は本当に異常だった。

事故が起こって、たくさんの人が怪我をしていたかもしれない。

誰かが大騒ぎをして、混乱や暴力沙汰が起きたかもしれない。

そうなってもおかしくない雰囲気だったんだよ。

ライブは本当に、本当に、最高で夢のような時間だった。

でも、だから最後キャストあんな風に言わせてしまった事が、悲しくて仕方ない。

私たちファンの力が足りなかったから?

そう思う人にとっては、そうかもね。

でも、私はそう思えない。

作品ライブを続ける為には、そんな事言うべきじゃない?

今回以上の「何か」が起こった時が、作品の終わる時だよ。

何度でも言うけど、最高に楽しくて、今思い返しても夢みたいで、今まで大好きで良かったって思えるライブだったんだよ。

でもそれを思い返す度、悲しかったり腹立たしいって気持ちも湧いてくる。

どうこの感情を処理したらいいのか、まだ分からないんだよ。

どうしようね。

痩せたいのか太りたいのか分からない

25歳女、会社員SE。いま、職場は男多め。というかおじさんが多い。という環境で過ごしている。

私はもともと、男の人に女(メス)扱いされるのが嫌いだ。大人になるにつれ慣れるのが普通なのかもしれないけど、嫌悪感が抜けない。

大学ときは女扱いされたくなくて、というかセクハラ的ないじりが苦手で結構太った。太ると女扱いされないし、いじられるけど、女の子に敵意向けられないし、性を意識しない男の友達がたくさんできた。

社会人になって、彼氏ができた。人間として尊敬しあえる、メス扱いしてこないいい彼氏彼氏は痩せているので、並んで歩いて恥ずかしくないように、彼氏のために10㎏くらい痩せた。

痩せるとやっぱりメス扱いされることが増える。それを喜ぶ女の人もいるんだろうけど、どうしても気持ち悪い。

男同士がやってる下ネタとかは全然笑えるんだけど、男女のエロエピソードトークとかは全く笑えない。

エロネタを私にふらないでくれ。

先日、尊敬していた年上の男性から、夜のお誘いをうけた。

嫌いなわけじゃないし、イヤな気分にはならなかったけど、嬉しいとはかけ離れた感情だった。自分がそういう対象としてみられていることに衝撃を受けた。あのひととはもう笑えないかもしれない。

メス扱いが受け入れられなくて、また太りたくなった。

そしてちょっと太った。

でも、太ってると自覚すると、職場に僅かにいる女性が見下してみているような感覚に陥った。ただの被害妄想だけど。だから、また痩せた。

痩せても地獄、太っても地獄

仕事彼氏承認欲求充してるから見た目のコンプレックスなくなったつもりだったんだけどな。

疲れた

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529222951

大人もっと怒りを露わにした方がいいと思っている

物凄く不愉快出来事に遭遇した。

自分尊厳が傷つけられるほどの。

その日一日は怒り新党....じゃなかった、怒り心頭でとてつもない怒りの感情内包したままに過ごした。

世間一般感覚では立場ある人間は容易に怒りを露わに出来ない。

それはまさに私なのだが、しかあの日出来事は看過出来なかった。

いや、しかし結局感情を表にすることなくやり過ごしたので、我慢して我慢して気持ちの中に消化した。

しかし何故あれほと理不尽発言に私が我慢をしなければいけないのか。

我慢をするから相手は付け上がるのだ。

こちらが何も言わない、何もしないということを知っているから平気でヅケヅケとえぐってくるのだ。

武器は持っているだけじゃダメだ。

攻撃に使わなければ。

怒りの感情を露わにして、全力で相手を叩き潰す勢いで反論するのだ。

それが大人だ。

それが真の大人である

大人のくせになどという戯言、今更何を言うか。

畜生

とにかく胸糞悪い。

きっと明日こそはぶちのめしてやる!

※ごめんごめん、相手大人ね。子供相手にどうとかいう話じゃないから。

うんこが流れない

水流で一旦見えなくなったうんこが再び姿をあらわしたとき無力感はすごい。ボス必殺技を食らわせて「やったか」と思うも、砂埃が消えると無傷のボスがいたとき主人公も同じ感情だと思う。

pixiv論文問題の落としどころを考える

公表された(と見なすべき)作品自由に利用できるかどうか、そして作者に不快感情を抱かせる利用形態についてどう対処すべきか、実用的な面から考えてみたい。

pixiv論文日本文学研究者引用について語ってみる

http://hibi.hatenadiary.jp/entry/2017/05/28/130000

上記の記事では、「公開」「半公開」というカテゴリを作り、後者の「ネット上にあって、閲覧資格制御することによって、公開のあり方に制限がかかっている」場合には配慮必要だとしているけど、ポイントはそこではなく、「個人コンテンツ作成者が公開状態自由制御できる」という点ではないだろうか。「公開」「非公開」を自由制御できるというウェブサイトのあり方は、学術世界の中ではあまり想定されていなかったことで、現時点で有効対処が出来ているとはいいがたい。

例えば、

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

NHKウェブ版の記事引用するときとか、政治家の人のホームページ引用するときとか、めちゃくちゃ大切な情報が書かれている個人ブログ引用するときとか、くっそ面白いウェブ小説文学作品として研究するときとか、Wikipediaデタラメが書かれているか批判したいときとか、そういう個々のコンテンツそれ自体価値があって第何版を見たのかが大事ときにはURL必須だし閲覧日も載せるべきです。

これは至極真っ当だし大抵のガイドラインにもそう書かれていると思うけど、Wikipediaみたいに過去の版にアクセス可能ウェブサイトでもない限り(=ほとんどのウェブサイトにとっては)、意味が無い。過去にどういう情報掲載されていたとか実質的には検証不可能からね(魚拓を取って魚拓URLを載せるとか、著作権法的に大丈夫なんだろうか)。個人個人責任において公開するコンテンツにおいては、「気持ち次第」で公開を取りやめてしまうケースだって考えられるわけでしょ(もちろん企業ウェブサイトにおいても考えられるが、ここでは取り扱わない)。だから研究使用することによって「非公開」(=利用不可)とならないように許可を取るべきではないだろうか。

このような考えは、例えば「腐女子にとって二次創作小説著作者人格と切り離せない云々」という説明よりは遥かに納得しやすいと思う。(もちろん、腐女子に限らず(今回のケースでも全ての作品BLではなかったように)個々の作者の事情理解する/理解してもらうことは必要かもしれないけど、納得してもらうのにはかなりハードルが高い。)そして、今後想定されうるであろう、「Webで公開された二次創作小説文学的研究対象としてガチ研究する」ケースにも対処できるんじゃないだろうか。

ちなみにだけど、「ものごとをうまくまわすための配慮」なんてのは古典に限らず近代でも現代でもやってる。遠巻きに「研究」するのなら著作者を怒らせようが何しようが構わないんだろうけど、例えば著作者や遺族から作品の成立にまつわる資料を得ようとする場合、彼らとうまくやっていく必要があるわけなんだよね。

ただし難しいのは、「私の配慮」が「相手にとっての無礼」と受け止められるケースがあるわけで・・・。そうなってしまった場合、「配慮してますよね!」「この無礼者が!」と延々と殴り合わないようにじっくり話し合ってくださいね(無理な場合もありますけどね(体験談))

ずるずるした人間関係

最近友達との付き合いに悩んでいて、ネットで色々と調べるうちに「いい人だけどすげえうざい」という増田記事を見つけた。

まさしく、これだ。

友達とは10年程の付き合いになるが、本当に良い人だと思っている。

よく気が利き、ボタンが取れれば繕ってくれたり、すぐに「大丈夫?」と声を掛けてくれる。外出する時はわざわざ私の最寄り駅からの経路だって調べてくれる。「そこ段差だから気を付けてね」と先回りして教えてくれる。家にだって送ってくれる。とても優しい人なのだ

ただ、それが10年程経ち、「気が利く人」から「鬱陶しい、おせっかいな人」になってきた。

そして、「いい人だけどすげえうざい」ことに加え、「趣味をしつこく押し付けてくる」というプラスアルファがある。

友達熱狂的というよりも宗教的にあるアニメを崇め続けている。

そして朝まで徹夜友達の好きなアニメDVDを見せてきたり、所謂布教が凄まじい。

そうなれば微塵も興味がなくとも知識は嫌でも身についてしまう。

その状況に「○○はこれが好きなんだ」と勘違いするのか、「○○はこのキャラが好きなんだよね」と言ってきて、拒否してもかれこれ何年間言われ続けている。本当に微塵も興味がないのだ。

ここ最近では、「これのイベント行きたいよね、何時のにしよっか?」「これのアンソロジー寄稿して!」など、さらに踏み込んだことも言ってくるようになったが、全て拒否したら「えぇ〜!?ショック…」と何回も何回も言っていた。

詳しくは分からないが、友達精神的に不安定なような気がする。高校中退して現在引きこもりなのも、友達がいないことも、何やら怪しげなセミナーに行っていたことも。「私には○○しかいないから」と口癖のように言ってくることも。よくよく考えてみると何か、メンのヘラ的なものがあるのかもしれない。

最近友達と会っていない時にも、「そこ危ないよ、気をつけて。」「おっ、大丈夫?」「○○しか友達居ないから」「○○はこのキャラ好きだよね」という言葉や声が頭をよぎり、とても嫌な気持ちになってしまう。

そのような感情を抱え込むことが辛くなり、爆発しそうだったので、今回増田に書かせてもらった。不快にさせてごめんなさい。

突き放すこともできずにズルズルと関係を引きずり、はっきりと嫌だと伝えなかった私も本当に悪いと思う。

そのせいで今更拒否すれば友達を深く傷つけてしまうのも自覚しているが、本当に嫌なのだ

ただ、友達はとても優しい、過剰に優しすぎちゃう人だから申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

2017-05-28

[]

紙の動物園を読んだ。短編集だったんだけど、あえて一貫したテーマを当てはめるとしたら「正しさ」になるんじゃないのかなあって思う。

表題作の神の動物園では正しさと後悔をつなげて物語にしているような気がしたし、続く月へでは正しさを法を扱っていたと思う。以下、ほかの短編でも正しさになんやかんやを掛け合わせた一編になっていた。

でもって物語テイストがそれぞれ違っているもんだから読みごたえがあった。始まりと終わりに、それぞれ違った味わいで涙を誘う物語をもってきているのも印象に残っている。

個人的に紙の動物園文字占い師は強く感情を揺さぶられた。作者が狙った通りの感情を植え付けられた気がして居心地が悪いんだけど、やっぱりお涙頂戴ものに弱い気がする。

結縄で描かれてる資本主義のあり方とか、愛のアルゴリズムで示されている思考のあり様とか、オーソドックスだけど外さないように的を射ているところもよかった。

ただまあSFっぽさは薄かった気がする。訳者が紙の動物園ファンタジー色が強めだって書いてるから、もう一つの短編もののあわれではSF色を期待したいと思う。

失恋をして気づいたこと。

何度か失恋をして気づいたことがある。きっとみんなが思うことで何も面白いことはない。

初めて恋をしたのは6年生の時。地味でも派手でもない普通男の子中学に上がってからお前としゃべりたくないみたいな話を風の噂で聞いた。泣いた。後に両思いだったことも風の噂で聞いた。

その後高校大学普通に進学し色々あって、彼氏もできた。特に何もないので19歳まで割愛する。

19歳夏。運命かと思う人に出会った。付き合いたいだなんて思ってなかったが、今考えると一目惚れかもしれない。飲み会で同じ席に座った先輩のUさん。話している姿を見てさらに惹かれた。少しでも相手にしてもらいたいと思ったから可愛くなりたかった。あの人の好きな女の子になりたいと思った。

20歳3月頃。4月から社会人になるバイト先の先輩と急接近して、GWに付き合うことになった。スポーツマンで爽やかで別に嫌いじゃなかった。別に好きでもなかったが、告白されたので付き合った。

20歳6月。1年ぶりにUさんに出会った。去年と変わらずフリー。相変わらずかっこよかった。去年よりいっぱい話して、連絡先も交換した。それから毎日Uさんと連絡をし合った。回数は少ないけど長文。なんか賢そうな文章だなあという頭の悪そうな感想をもった。

2週間後、大勢飲み会の後に2人で飲んだ。朝まで飲んで、いつの間にか彼のお家に行っていた。当時、処女であった。結婚する人としかしたくないと思ってた。いっぱいチューして同じベッドに寝転がって、告白された。朝、帰るときも私は処女だった。

1週間後、Uさんと付き合うことになった。バイト先の先輩とは前日にラインで別れを告げていた。振り返ってもこの事に罪悪感は感じていない。最低だと思うが、私は好きな人幸せになりたいと思ったし、その人が私を好きなら私の幸せを望むだろうと楽観的だった。

21歳になった頃、初めて他人自分の中に受け入れた。21年間で一番幸せを感じた。彼には私しか見えてなくて、私にも彼しか見えてない。大袈裟かもしれないが、世界には2人しかいなかった。それが続くことを信じてやまなかった。

彼とは2回目はなかった。2ヶ月後くらいに別れを告げられた。SNSで「酔ったら誰でも可愛く見える」と呟いていた。好きだけど、そうじゃないと言われた。よく考えると彼とシラフで会った回数は数える程度だった。彼にとって私は彼女であったが、それ以上に「穴」だったのかもしれない。1回きりということは穴すらも満足させられなかったのかもしれない。お酒を飲んでいないと何の魅力も私にはなかったらしい。それを知っても私はあの時を後悔できない。あの時一番大好きだった人で初めてを過ごすことができて、幸せだった。恋愛でこんなに自分が変わってしまうことや、人にも自分にも向き合う必要を感じさせられた。彼の存在は私のこれからにおいて、とても大きな物になっている。

その後何人かと付き合ったが、どれも比べてしまって続かなかった。

21歳6月。紹介で1つ上のOくんと出会った。好きなもの趣味も合って、優しくて穏やかな性格だった。夏に告白してくれた。

21歳秋。告白の返事もしてないまま、30歳のKさんと知り合い、関係をもった。ご飯を食べて相手の家でするだけ。毎日連絡をくれた。恋人ごっこは何も考えなくて良くて楽だった。

21歳冬。Oくんと付き合うことにした。Kさんはすぐに切ってそれっきり何の連絡もしていない。Oくんのことは男性として好きか分からなかった。きちんと誕生日を祝ってくれたりクリスマスを過ごしたり、普通デートをしたのはOくんが初めてだった。今までの人と比べられないくらいOくんは「普通」の人だった。

現在半月前にOくんと別れた。交際期間149日。別れの2週間前には初めてホテルに行った。恋人とするのは久しぶりだったが、何の感動もなかった。優しい言葉をかけてくれたのは嬉しかった。

恋人ではないKさんとの関係を持つことで、こういうことをしても心が埋まることはなくて、埋まるのは物理的な穴だけだということを知った。彼氏のOくんとした時も、Uさんの時ほどの感動を覚えることはなく、埋まるのは穴だけだった。特に絆が強まった気もしなかった。むしろ、そろそろ終わるんだろうなと悲しくなり、不安も募って、辛かった。Kさんとする方が楽だったかもしれない。Oくんは何も悪くない。

別れた原因は小さいことだった。1週間もライン電話も返事なしだが、SNSは使ってる。だいたい毎日ラインをしていたのでとても不安だったのに、SNSには楽しそうな写真が載っていた。今までの私なら見なかったことにして、何も言わずに待っていた。でも、どうしてか我慢ができず、終いには自然消滅したいならはっきりしろと迫った。夜中に電話がきて、私達の関係は終わった。私はOくんをとても信頼していて期待して甘えていた。向こうも最後までいったことで私に対して緩みが出てたと思う。私は彼を理解たかったが、歩み寄ることを拒否されたらどうにもならない。お互いがお互いのことを考えられなかった。好きか分からないくせに、別れたくなくて泣いた。

Oくんと別れたくなかった理由を考えた。彼は良い大学に行っていて、家族構成職業も良かった。顔も不細工ではなかった。ただ、優しくて穏やかだと思っていたが何が優しさか分からないし、穏やかというより面倒事は起こしたくない、という感じだった。私は「できる」彼氏を失いたくなかっただけだった。彼の事は最後まで恋愛として好きか分からなかったが、好きだと思っていた。別れも辛かった。自分自身将来有望彼氏との自分未来を壊してしまたからだ。戻ろうと言われれば戻ると思う。でもきっとOくん自身が好きだからではない。

彼氏ができたらそれが私のスペックのように感じてしまう。何もない私に付加価値が付いたような。それがなくなるのが悲しい。自分可愛いやら好きやらと言ってくれる人がいると自分自身価値があるような気もしてくる。別れて、心がぽっかり空いたような気分。それは彼自身や彼との未来を失った悲しみではなく、自分付加価値としての彼を失った悲しみ、承認欲求を満たしてくれる彼を失った悲しみだ。あったものがなくなったから悲しいという当たり前の理由だった。Oくんじゃなくて、誰でも同じように感じていたと思う。

恋人がいない自分にはどこか欠損があるように感じてしまう。恋人がいることは私にとって心の拠り所になる。励ましの言葉や、連絡で支えてくれるのを期待してるわけではない。服を選ぶ時、美容院に行く時、料理を作る時、決められないか恋人基準に考えてみる。誰かのために何かをする私が好き。誰かに必要とされる自分でいたい。私には価値がある、生きていていいよって思いたい。結局、私は自分のことしか考えていない。別れて自分未来が見えなくて不安になっているだけ。そこにOくんは絡んでいない。

先にも書いたが、Oくんは普通の人だった。それが心地よかった。今までギャンブル好き、バンドマンなど難がある人と付き合ってきた。適当に扱われるのが当たり前で、それを我慢して彼を支える健気な私を演じていた。悲劇のヒロインになりたがっていたのだろう。Oくんと付き合うことで普通に愛されるのは幸せなことだと知り、普通未来を考えた。無意識のうちに安心、と言えば聞こえは良いが実際には依存だったのだろう。普通の彼と別れて、私自身が普通ではないような気がして辛かった。

Oくんと別れてから3日間は彼を思ったが、その後、彼を思い出すことは難しかった。憎い、嫌い、地獄に落ちろ、やっぱり好き…何の感情もなかった。これが無関心なんだろう。今後も失恋を繰り返すだろう私のために、このような文章を残すことを決めた。この文章を書いてる間、Uさんを久しぶりにしっかりと思い出し涙が出た。彼に未練があるわけではなく、きっと感傷に浸っている。その涙くらい許されるものであってほしい。この感情はOくんには生まれなかった。彼の代わりはいっぱいいる。

「君も型ハズレの恋愛をしたらいい」とKさんに言われ、馬鹿を言うなと返したが今になってその言葉が正しいのではないかと思う。

最後に、Uさんは自分には恋愛は向いてないと私に言ったが、私の後に付き合った彼女と1年を迎えている。私は149日で終わっている。向いていないのはどちらだったのだろうか。

末筆ながら、UさんとOくんが健康幸せに溢れた人生を歩まれることをお祈り申し上げます

どうか、お幸せに。

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(追記)

しばらくは誰かの為に、ではなく自分の為に生きていきたい。将来の仕事も考えなければならない時期だ。何かを決める時も自分がしたいことをしよう。コメントして頂いた「こうしたらどうなるかな?」は今まで考えたことがなかった。私は何も考えていなかったことに気付かせていただいた。

そんなことを言っているが、キープの公務員を昇格させようと思っている。もちろん彼のことは恋愛として好きかは分からないが、彼氏がいないことが不安で仕方ない。私の心の平穏の為にも、とりあえず誰でもいいから繋いでおきたい。

学んだことを何も生かさず、一歩も進まず、私はこれからも思慮の浅い人間であることに変わらないのだろう。

[]5月28日

○朝食:なし

○昼食:麻婆豆腐定食(ご飯、漬物たまごスープ麻婆豆腐唐揚げ杏仁豆腐

○夕食:夏の15品目サラダ、さばの生姜焼き弁当(ご飯、さばの生姜焼きたまごやき、サラダひじきポテトサラダクリームコロッケ

調子

はややー。

びっくりするぐらい、なにもやる気が湧いて来ず、ぼけーっと何もせずにぼーっとしてた。

ゲームしたり、本読んだり、お散歩したり、Netflix見たりしたいんだけど、もうほんとにぼーーーっとしてた。

一応、Netflixアニメとかドラマを見たんだけど、どれも別に本当にただ流し見してるだけで、とくになんの感情も湧いて来ないタイプダメ見方をしてしまった。

(ただ、スナックワールドというアニメマヨネちゃんが可愛かったのだけは、妙に印象深い)

これは反省しよう、さすがにもったいない、もうちょい有意義に過ごそう。

火曜日はゆうきゅー! を役所に行くために取っているので、

役所に行った後はフリーなので、何かしよう、うん、何かしよう。

はややー!

3DS

ポケとる

デイリー要素と、メインステージ535:ハクリューまで攻略

iPhone

○はねろコイキング

トレーナーランク16。

コイキングは、14代目で、CPは7.69k(世代交代したばかり)。

ビーリーグをクリアした。

飽きてきた。

コマスター

ログボのみ。

BLAME!劇場版をまた見てきた

http://anond.hatelabo.jp/20170521221400 の続き。

計四回見ました。

・1,2回目: 川崎チネチッタ 東亜重音7.1ch LIVE ZOUND

・3回目: イオンシネマ幕張新都心 DOLBY ATMOS 東亜重音アトモス ULTIRA

・4回目: 立川シネマシティ 東亜重音極上爆音上映

この三か所の比較では、シネマシティが最高でした。「マッドマックスFR」のとき音響に力を入れてるという話題を見て知ったのですが、これはさすがだなと。低音が腹に響く感じが、花火大会打ち上げ花火を近くで見ているようで、迫力がありました。

ドルビーアトモスは良さがようわからんかったです。たまに「ああ、上や横のスピーカーから鳴ってるね」と思うくらいで。見にいった三か所すべて音響がよいと謳っているところなので、並みの劇場よりはよいとは思いますが。私はIMAXも「ああ、立体だね」くらいの感慨しかなく、IMAXスクリーンが大きいし明るいからこのクオリティ2Dのを普通に見たいなとか思うくらいなので、映画館3D演出というものに対する感受性が死んでいるのかもしれません。あと、座席位置にも依るかもしれません。

チネチッタLIVE ZOUND は派手なんですがザラザラしているように感じて微妙でした(シネマシティの方は派手かつ綺麗な気がしました)。あと、画面が暗いのがイマイチでした。イオンシネマ行ったとき画面明るくて驚きました。何が映っているのかよく見える、って。シネマシティもちゃんと明るかった。

霧亥 シボ サナカン については、さすがに四回も見ると違和感は消えました。原作との差異とか言い出すと今や原作者の絵柄が一番強烈なので、原作と同じであって同じでないということがすんなり吞み込めるようになった。

霧亥は見た目がマッシブになってるので、声も低いのが正解だと思います。どっしり構えた頼れるアニキって感じ。

声優パフォーマンスでは、終盤での「……はどうなったんだ」と聞かれて口ごもるヅルの演技がすごくよかったです。明確な言葉は出てこないんだけど、声が震えて泣きそうになってるのが伝わってくる。その直後におやっさんが割って入って解説したのは、きっと彼女負担をかせさせまいとしてのことで、ええ人やねと思うのですが、せっかくドラマ感情がノってきて面白くなってきたのに平板説明ゼリフでぶち壊しになったなとも思うわけです。

これは「BLAME!」に限ったことではないのですが、声優の方はぶっちゃけ作品のことをどう思ってるのか知りたくなることがあります批判的な意見を持つこともあるはずなんですよ。でも表には出てこない。利害関係者ですから。本作に関しては特に島﨑信長に聞いてみたい。

いや、いいんですよ別に、人が死んだのがショックで動けないとか足手まといになるとか、そういうのよいと思いますよ。でも、好きな子が死んだショックで呆けてますって、それまで誰が死のうが微動だにしなかった超構造メンタルのくせに、何の冗談かと。そのあと急に元気になって仕切り出すのも、もしかしてそれで少年の成長譚を描いたつもりなんですかと。おかげでサナカン棒立ちというえらい間抜けな図にもなったし。モチーフ優先で不自然だなあと(既視感あるなと思ったら「ダークナイト・ライジング」)。

渋谷の GALLERY X BY PARCO でやってる「「BLAME!」の世界展」にも行ってきました。

プロジェクターメイキング映像が流されてて、セルルックになる前の映像とかも見れて面白かった。

音声で「俺は、ネット端末遺伝子を持つ人間を探している」の台詞がずーっと繰り返し流れているのは繰り返しギャグみたいな気がしてくるのでカンベンしてほしかったです。「シドニアブルーレイの特典マンガみたいに、モノマネされたら笑っちゃう

VR体験しましたが、面白かったです。コントローラー握ってる自分の手を見ると「射出装置持ってるー」ってなる。自分であちこち眺められるので没入感高いですね。自分アングル変えるってのは原作読んでるとき脳内でやってきたことなので、原作宣伝文句で「読むVRだ」とか言うとキャッチーかも。

一番印象に残ったのが「ポリゴン・ピクチュアズ設定資料」のパネル展示でした。霧亥が首に巻いてたのがゴーグルだとはじめて知りましたし、建築物も知らないことだらけでした。「集落全景」で初めて集落の立地が腑に落ちたし、「野営地」を見て自動工場へ行く途中に泊まったビルあんなにデカかったのかと思ったし、「大平盤と起動路CA」を見て工場との間に広い空洞があって高架の軌道で繋がっていたのかと理解できました。これ作中で写せばよかったのになあ。建築描写意図的に抑えたとは思いますが、禁欲的になりすぎだったのでは。おやっさんの顔がアップになるシーンを少し減らして、建築物遠景のシーンを少し延長してもバチは当たらないと思います。女体関連のフェティッシュねじ込む余地があったなら、男性のもやっときゃよかったろうし、増してや建築物においてをや。

フェティッシュといえば、自動工場に行くぞって話をしているときに霧亥のケツがアップになるのはひょっとしてサービスシーンだったのでしょうか。腿のあいから見える背景の照明が妙に気になって股間をガン見してしまいました。

シリウス」誌(2017/6)の小川彌生「けいそじょし」を読みました。

最高なのが、プセル「ドモ×イコで妄想したほうがなんぼか楽しい」、ダフィネ「え? イコくんは「ブラム学園!」で」、プセル

「それ腐女子界では無かった事になってるから」の流れ。至言ですね。

イコの萌えショタジジイという時点ですでに完成しているというのに、実は女の子だとか、極上のスイーツハチミツをぶちまけるがごとき行為ですよ。甘いから一緒だろと混ぜてはいかんのですよ。映像化する際には女性声優でさえあればBL理解できないクソオタでもイチコロなんで是非とも改善してほしいところです。

思えば映画の方でも雨宮天洲崎綾でヅルタエという新鮮な素材を用意しながら、何もせずに腐らせてましたから。ウエット人間ドラマやるなら、ちょっとだけタエの人格が戻るとかベタなのやっときゃよかったんすよ。

氷川竜介 が旧OVA版の推薦文を公開している https://mine.place/page/cd0aec41-6355-4c5a-bfb8-f32d8b5a7227 を読みました。アニメ特撮ライターとして有名らしいとしか知りませんが、いや巧いですね、「ビジュアルに身をゆだね、感覚体験し、描かれていない部分を妄想することで、作品世界の奥深くへと参加するタイプ作品だ」とか、「動き色彩カメラワーク音楽音響というマンガにない要素を加え、BLAME記憶を増幅する」とか。

映画みて久々に思い出したのですが、ドモチェフスキーって、リュック・ベッソン監督サブウェイ」(1985年)でクリストファー・ランバートが演じる主人公モデルかもと思ってました。「サブウェイ」は地下鉄が主要な舞台で、構内を駆け抜けたり( https://www.youtube.com/watch?v=7FGA3bpbuQQ )、乗客が入らないような暗いところをさまよったり、地下空間描写が秀逸で、Blameに通じるものがあると思いますGoogle画像検索で「subway 1985」を検索( https://www.google.co.jp/search?q=subway+1985&tbm=isch )すると出てきますが、蛍光灯を手に持ってるポスター原作の「LOG. 5」の扉絵を思い出します。

緑色ボールペン好きな人名前を書いた消しゴム

使い切ると両思いになれるみたいなおまじない一生懸命やっていた。

ノートに相合傘も書いた。

意地悪な女子に見つかって、クラス晒し者にされた。

必死ノートを返してもらおうとした。

きな子は少し離れた場所で「ないわー」と私を全否定していた。は

それから、誰かに恋をしたということがない。

というか、自分に好かれても嬉しい人なんていないだろうなと思うようになって、誰が好きとか嫌いとか、そういう感情がなくなってしまった。

それとなく誘ってくる人のことは避けてしまうし、あからさまに誘ってくる人は全否定してしまう。

たくやくんを好きにならなければよかったなぁ……

【追記】

まじない大好き系女児だったんです

2017-05-27

ダブスタじゃないって言う奴がダブスタになってね?

立命館のやつね。長いけどこれでも短くしようとしたか大目に見て。

自分気持ち吐き出したいんだ。どう思ってるかまとめたいし知ってほしい。

①始めに

二次創作は「創作自由」があるから著作権的に認められてない活動が出来ている。引用を認めないのであれば、それは論文を書く「表現の自由」を蔑ろにしたダブスタでは?

って発言

・取り上げられた10作品の中には、権利から二次創作規約で認められているものもありますが、そのことはいかがお考えでしょうか。私達はダブスタではありません!

と噛みつく場面を見かけたんだけど、あーはいはい、ニトロの「刀剣乱舞」ってジャンルね。

あのジャンルからダブスタじゃないって言う奴、ダブスタになってね?

前提:刀剣乱舞は盗用で大炎上した時期がある。
(いまだ調査中のままのものもある)

以下、刀剣乱舞ダブスタ奴を「刀:」表記します。

・今回の刀=立命館問題での行動。

・以前の刀=刀剣乱舞というゲームで盗用が発覚した時の行動。

(補足)


立命館論文引用引用でない=法律違反だと仮定して

今回の刀:引用引用になってない。法律違反から、あの論文は許されない。

以前の刀:刀剣乱舞というゲームアイコンキャラクター、はてはゲームUIまで盗用という法律違反だけど、私たち萌えられるから許される。


今回の刀:法律違反から即刻潰すべき。大学電話で抗議するし、教授学生未来はないと思え。

以前の刀:当事者間の問題から外野私たちは黙って今までと変わらずゲームをするべき。課金もするし二次創作もするし、盗用問題スルーして公式舞台化という未来を示してくれて嬉しい。

(この時、公式に疑問の声を上げたユーザー集団で責め立てられアカウントを消すなどに追い込まれるなど、Twitter内で言論統制じみた状況に)


二次創作は「公」ではない。「私」である仮定して

今回の刀:プロではない趣味作品を引っ張りだしてくるなんて言語道断。即刻消せ。

以前の刀:公募のお弁当コンテスト入賞者、アマチュア日記写真プロ水墨画etcを盗用しても、発覚して数か月経ってから差し替えたんだから無問題

プロのは比較的はやく対処してたのは笑った)


規約無視である仮定して。

今回の刀:pixivからひっぱってきたのって規約違反じゃ…?法律よりも優先されるべき!許されない!

以前の刀:個人趣味ブログゲーム素材で、利用規約が定めてあって、刀剣乱舞ではその規約違反してるけど、ネットアップロードしてるんだからこうなるのは覚悟済みでしょ。嫌ならやめろ

記憶曖昧ですが、確かブログ削除される)


お気持ちを察するべきであったと仮定して

今回の刀:論文使用するなら利用許可を取るべき。ましてやR-18だ。倫理観を疑う。

以前の刀:使ってやったんだから、むしろありがたく思え。

刀剣乱舞R-18ゲーム


⑥②~⑤を総括しての気持ち

お前ら矛盾しすぎだよ。立場変われば言うことも変わるとかいレベルじゃねーぞ

自分感情善悪変えて、著作権振りかざしてんじゃねーぞ!


二次創作が認められてる著作権関係ないジャンル」じゃなくて「そもそも原作著作権違反してるジャンル」なんだよ。

そんなゲーム尊いしてて、著作権語るのを自分でオカシイなって思わない?あ、思わない。自分萌えられれば良いのか。

自分の楽しみを奪うもの「悪」で、「善」たる法律コネコネして適用させて殴って、数を力にもみ消せば良いのか。


感情とか配慮とかの言い訳立命館に対して大口叩いてたけど、それもダブスタでしょ。

実在する刀と一言一句同じ名称キャラクター創作するのによく配慮せずにいられるよね。

刀の銘で検索して「チ●コ大好き~ザー●ン美味しい♡おま●まん疼くのぉ!」って文字や絵が出かねない事、刀の現在の所有者さんやそのファンの人に対してどう思ってんの?


盗用発覚から差し替えまでどれだけ時間かかったか分かってんの?

その間お前らゲーム続けてたよな?一時利用停止にしない公式を崇めてありがとうって言ってたよな?

今回どうよ。速攻論文消させて、当たり前って言ってたよね。開いた口が塞がらないよ。


「私は以前の刀:みたいなファンじゃない」って主張が絶対あるだろうけど、ゲーム続けてファン名乗ってる限り同類だよ。

容認」してるんなら何も違いはないよ。

それでも私は違うって声上げられる奴って、どれだけ自分のみ治外法権だよという感想しか湧かない。


最後

二次創作を認められてる」⇒「引用になってない論文に、私たち著作権違反で声をあげられる」

原作が盗用で著作権違反をしている」⇒「法律違反ダメだけど、私たち萌えられるならOKです。気にしません」


さてはおめぇの存在ダブスタだな?


⑧3行でまとめろ

二次創作認められてると息巻くジャンル

原作そもそも盗用ゲーム

お前ダブスタじゃん


ユーリオンアイス萌えてる奴も同様。


刀剣乱舞というゲームの盗用問題についてはgoogleなどで検索すればwikiが出てきます。詳しくは自分で調べてクレメンス

 私はもう拒絶反応で吐く。記憶曖昧な部分とか間違ってるとことかあるかもだけど、確認するのに見返したくもないんだ。

※親殺されたの?って思われそうだけど、自分の中の二次創作への思いとか、このジャンルに色々殺された。

摂食障害から病院行けとか言ってるやつ

病院行っても治らないよ。

日本では摂食障害を専門的に診れる精神科医ほとんどいない。

それに摂食障害効果的な治療法がほとんど確立されていない。

唯一、過食に有効というエビデンスのあるフルオキセチン日本では販売承認されていない。

代わりに日本ではフルボキサミンセルトラリンがよく使われるが、あまり効果は期待できない。

薬物療法以外で効果があるとされるのは認知行動療法だが、これを外来実施できる医療機関日本にはほとんどない。

認知行動療法自分勉強して1人で実施しても効果はあるので、セルフ認知行動療法お勧めする。

ここまで書いておいてなんだが、元増田摂食障害ではないのではないだろうか。

だって「食べることが楽しくて」好きで食べて太ってるんでしょ。

これを病気と言ってしまったら、世の中の食い過ぎデブはみんな摂食障害になってしまう。

私も過去に拒食から反動で過食に走った経験があるが、食べたくないのに食べてしまう、食べることが苦痛苦痛でたまらないのにやめられないといった激しい感情を伴っていた。味わう余裕もなく食べ物を口に詰め込むだけ。それはまさに地獄で、抑うつ状態も伴っていた。

結果、半年で20kg太り、食費のおかげで貯金ゼロになった。

私の場合薬物療法ほとんど効果はなく、セルフ認知行動療法が非常に役立った。

元増田摂食障害であろうがなかろうが、自己客観的に見つめる手段として、認知行動療法お勧めする。

http://anond.hatelabo.jp/20170526184716

アイドルオタクセフレができました

気付いた時からテレビの中の異性に夢中だった。

リア恋、ガチ恋、になったことはない。「好きな人はいないけど応援してる人はいます」みたいな状態だった。

アイドルが好きだから同じクラス男子がちっぽけに見えてしまうし、ていうかアイドルアイドル言ってる女モテないし(笑)なかなか好きな人は出来なかった。好きでもない男の子にご飯に誘われたとしてもその時間を家で自担番組編集したり見返したりする時間に使いたくて断ってた。

好き、いいな、と思う人はたまに現れたけど、だいたい私みたいなミーハーアイドルオタクが付き合えるような人じゃなくて、かっこよくて優しくて、憧れの君。みたいな存在で終わってしまってた。まともな恋をしないで学生時代が過ぎてった。

今は20代前半、社会人2年目。

アイドル応援してる毎日楽しいけど、それは恋じゃなかった。いっそのことガチ恋とかになれればよかったのかも。自担に知って欲しいとかそういう感情は全くないから、男性欲は満たされなくて、当たり前だけど、あー自担は抱きしめてくれないんだな、でも自担に抱きしめられたい訳じゃない、でも私は抱きしめられたいなって思った。現実に目を向けようと思った。

憧れの「好き」しかからなかったので恋がなかなかわからない。一方的好意を寄せることしかしてなかったから、好意を寄せられると逃げたくなる。今も。

付き合うってどういう事なんだろうか、付き合ったら記念日に会わないといけないんどろうか、クリスマス誕生日に何万円かのプレゼントをあげないといけないんだろうか。ずっと一緒にいなきゃいけないんだろうか。

私は会いたい時に会えれば良くて会ったとき優しく抱きしめてくれて尚且つ顔がかっこいい彼が欲しかった。

そんな虫がいい話が……あった。

私は顔がいいセフレが出来た。

無理に合わせて会ったりする必要もない、お互いが会いたい時に会って、お酒飲んで、ホテル行って、一晩経ったら、じゃあまたね、会える日あったら連絡するね。

私のアイドルオタクとしての生活も守られるし、程よく欲も満たされて、これが私の1番楽な方法なのではって思った。

でもなんか、虚しい。相手は私以外にも私みたいな相手がいるんじゃないかとか考えてしまう。アイドルなら向こうが隠れて彼女がいたってよかった。そういうものから。実際自担は既婚者だ。でも、現実の男となると期待してしまう。私も何人かセフレを作って取っ替え引っ替えすればいいのかもしれない。でもそれは本末転倒だ。私はアイドルオタクとしての生活も守りたいから。私は掛け持ちオタクから現在の男も掛け持ちしてる場合ではない。





セフレケーキをたくさん食べた時があった。量が多くて最後の方は無理矢理食べた。

お腹いっぱい、美味しく感じる量だけ食べたい」と私が言ったら彼は「なんでも程よくが1番だよ」と誰かからLINEを返しながら言っていた。私もそう思った。自分の欲しい時だけ欲しい分をくれる、「私だけの」顔がいい男なんて都合がいい話はないのだ。


彼は毎回20分くらい遅刻してくるし、連絡もマメじゃないし、言ったことなかなか覚えてくれないし、ちょっとダメな子なのかなーって思ってる。でもそこが好きだし、指摘したりはしない。あと顔がいいから許せる。でもちゃんと、付き合うってなるとちょっと違うのかもしれない。向こうもそう思ってるのかもしれない。だから私達はずっとこのままだ。

最近ふと気付くと自担より彼のことを考えてる、好きってなんだろう、幸せってなんだろうって思ってる。好きとか付き合うとか、わかんなくて中学生みたいだ。でも今のうまく自分のものにならないこの感覚が好きなのかもしれない。こんな自分が好きなだけなのかもしれない。



6月シフトが出たら、彼に休みの日を連絡する。推しの出演番組がない日を。

電車内でアグレッシブな老人をみた

今日常磐線の夜20時頃の電車であったことを記したいと思う。

180cm以上ありそうな背の高い女性のことを

『君、そんなにタッパ(身長)あったら、スーパーモデルになれるよ!アメリカスーパーモデルになるには180cm必要だし』と、

長州力尊敬の念を抱いているような髪型白髪がいいかんじの60代の人が熱っぽく話しかけていた。

  

これはリアルパラダイスキスか、と僕は思った。

当方パラダイスキスを視聴してはいないが、

番宣でそういうシーンが流れていたことを思い出す。

しかし、傍若無人な態度で大きい声で、豆知識を交えて、一方的に話しかけていた。

しかも、両手に透明な資源ごみを集めてますみたいな袋を持っていた。

次の駅に停止をすると、車両を変える乗客もぽつぽつ現れた。

しかしそんなことはお構いなしに、長州力風の男は車内轟く大きさで熱っぽく

あんスーパーモデルだよ、俺のこと無視してるのかわからないけど」

あれ、この場面進研ゼミでやったところだ。という感じで、僕の中に急速に思い出されてきた映像が流れた。

電車内で女性が嫌がっているところを助けてから恋がはじまる、電車男だ。

ここで僕がうまく対応できれば、このスーパーモデルの人と恋が始まるかもしれない。

とここまで妄想をしたが、実際には行動に起こせず。

始終見守りたかったけど、

僕は途中で降りてしまったので、この先、二人ないし新キャラが絡むリアル物語を知らない。

あの二人がどうなったのか知っている人がいらっしゃったら、コメントください。

実際、こういう場面(声の大きなおじさんが一方的に話しかけている)でどう対応するのがいいのだろうか。

巻き込まれたくない気持ちもあるが解決したい気持ちもあった。

しかし、僕の語彙力やネゴシエーション力で、

このおじさんの中にある「おい……見てるか谷沢……お前を超える逸材がここにいるのだ……!! それも……2人も同時にだ」という安西先生と同じ気持ちになっている人を止めるイメージがわかなかった

それなら、身の危険をていして、スーパーモデル長州力の真ん中にしれっと立っていて、あたりをさける方がよかったのだろうか。

この行動をしたら、僕に「おれはモデルがみたいんだよ」と暴力的手段にでるのではないだろうか?

感情任せで確信もっちゃっているおじさんの対処法も勉強したい。

論理交渉するのはどう?とおもったりするけど、会話は共通理解だと思ってるから論理通用しなさそうな人には効果いかなと。。。

---

読みづらい中、コメントしてくださった方、御覧になった方、ありがとうございます。m(_ _)m

今後の方針と、具体的な選択肢になりました!

  

(編集:2017/05/28 ご指摘ありがとうございます

×→白髪がいいかんじ60代の人に熱っぽく話しかけていた。

〇→白髪がいいかんじ60代の人が熱っぽく話しかけていた。

編集:2017/05/30

×→白髪がいいかんじ60代の人に熱っぽく話しかけていた。

〇→白髪がいいかんじの60代の人が熱っぽく話しかけていた。

) 

2017-05-26

英単語は暗記してはいけない

さて、今回は私の英語学習法の核心、「英単語の暗記をしない」ということについて語ってみたい。

英単語を覚えた」とはどういう状態

http://anond.hatelabo.jp/20170524213622

ここで前回リスニングについて語った内容には、凄まじい反響があった。私は1500というブクマ数にoverwhelmされてしまった。

いきなり何を言ってるのか、と思われるだろうが、私の感覚の中では、1500ブクマという気分を一番表せるのは、日本語の「圧倒された」ではなく、英語の"overwhelm"だ。

この単語はただ「圧倒された」だけでなく、「圧倒的な力に晒されて、疲弊してしまった」という感覚がある。もしこれが増田でなく普通ブログだったら、プレッシャーで何も書けなくなっていたかもしれない。

他にも、前回の「英語をあるがままに受け入れなければならない」という結論の部分は、最初は「英語をあるがままにembraceしなければならない」と書いてあったのだが、伝わらなさそうなので書き直した。embraceは「抱擁するように受け入れる」というような感覚だが、日本語で書くと何のことやらわからない。

英単語を覚えるということは、こういった単語に伴う感覚を一つ一つ身につけていくことだ。そうすれば英単語自分のものなり、ライティングスピーキングでも自然単語が湧いてきて、自由に使うことができるようになる。

英単語それぞれに固有であるこの感覚をどう身につけるのか、というのがここで語りたい話題である

日本語訳語を覚えるのは有効

英語学習世界で良く出て来るスローガンに「英語英語のままに理解しなさい」「日本語に訳して理解してはいけません」というのがある。

しかし「英語英語のままで理解しろ」と言われても、初心者には何のことか分からず、何か魔術的な、自分には絶対にできない思考法によってしか英語理解できないのではないか、という気にさせられてしまう。私も高校生の頃に、このスローガンを聞いて、そんな絶望感に襲われたことがある。

日本語しかできない日本人にとって、言語思考する際に使える唯一のツール日本語だ。英単語意味を知りたいなら、日本語訳語なり、日本語で書かれた説明によって理解するしかない。

日本語訳語を当てはめ、文法ルールに従って語順を並び替えて、並び替えた日本語から文意をつかむ。ノンネイティブである学習者はそこからスタートするしかない。そして大学受験レベルになっても、難関校を受験するのでなければ、その方法論で通用するだろう。

そのレベル英語力が欲しいならば、訳語を覚えることは有効だ。

ただ、「英単語を覚えるぞ!」と単語帳を開き、そこに記された訳語や例文を見たり、書いたり、発音したりしてみても、それで記憶できるのは記憶力がいい人だけで、普通は無理だ。

そしてそのレベルの、日本語訳語並べ替えるような英語力では、現実世界にあるほとんどの英文は読めず、あまり役に立たない。日本語英語はあまりにも違いすぎるので、逐語訳、直訳はほとんど通用せず、日本語訳語をそのまま適用しても英文理解することは出来ない。

なので、受験関係ない大人にとって、日本語訳語による英語理解は、目指すべき目標にはなりえない。

英英辞典を引くのは有効

「『英語英語のままに理解しなさい』か。ならば英英辞典を使って英語意味を覚えよう!」と考えるのは自然な発想だ。しかし、これもうまくいかない。

日本語を介して英語理解する段階を超えるには、英単語の持つ固有の感覚を覚える必要がある。

英単語から日本語訳語が想起されるようではいけない。それと同様に、英英辞典に書いてある語の定義が想起されるのも、その隣に書いてある同意語が想起されるのもアウトだ。そういった余計なものが出て来るようでは、リスニングはできるはずもないし、リーディングにも苦労を伴うことになる。

日本人にとっては、日本語単語が持っている感覚を想起するのは容易い。一方、英語から感覚を想起するのは難しい。英単語感覚を結びつけるという意味では、日本語訳語を介したほうが早い。

しかし、日本語訳語英単語では、意味に違いがある。日本語訳語を介して英単語理解しても、不正確な理解しかならない。しかしそれは、英英辞典に書いてある定義にしても、同意語にしても同じことだ。同意語といっても、単語が違う以上はニュアンスの違いがあり、辞典の短い説明でそれを完全に言い表すことは出来ない。

なので、単語を覚えるために英英辞典を使うべきではない。(*1)

英単語の本当の意味

英和辞典英英辞典では、英単語が持っている本当の感覚を掴むことはできない。

英単語の本当の意味は、その単語が実際に使われたシチュエーションの中にあり、その中にしかない。その単語を発した人の感情であったり、伝えたいメッセージがその単語の中に込められる。それを感じ取ることが出来れば、その単語の本当に意味するところが伝わってくる。

もちろん人によって、単語に込める意味には多少の違いがあるし、一度や二度その単語出会っただけで、その感覚を本当に自分のものに出来るかはわからない。その単語に何度も出会い修正を重ねながら、感覚を確かなものにしていく必要がある。

いずれにしても、実際にその単語が使われている生の英語を、深く理解し、言葉を発した人物気持ちシチュエーションをしっかりと読み取ることで、そこに出てきた単語の本当の意味を掴むことが出来る。辞書定義や、ぶつ切りにされた例文からでは分からない。

小説映画を介して英単語を学ぶ意味

小説映画シチュエーションを深く感じ取って理解し、記憶の中に蓄積していくことで、そこで出てきた英単語イディオムといった英語表現意味を、実感を伴って理解することが出来る。やがてその英語表現自分身体の中に染み込んで、感覚的に使いこなすことができるようになる。

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

私が以前ここに書いた学習法では、「辞書を引きながら小説を読む、映画英語字幕を一時停止しながら解釈する」といった事が勧められている。それは小説映画が、人物の心情があり、シチュエーションがある生の英語の塊だからだ。そして「自分が楽しめるものを見る」ことを勧めているのは、そうでないと登場人物の心情に寄り添ったり、シチュエーションハラハラすることが難しくなり、英語感覚的に深く読み取ることができないために、著しく学習効果が落ちてしまうからだ。

ここで使う辞書はもちろん英和で構わない。ただし辞書記述はヒント程度にとどめ、単語の本当の意味作品の中から感じ取ることが重要だ。辞書から単語感覚理解することは出来ず、実際に使用されたシチュエーションを蓄積することでしか単語自分のものとすることは出来ない。

英語英語のまま理解する

単語イディオム等、全ての英語表現は、小説映画実体験などから記憶の中にその表現使用されたシチュエーションが蓄積されることで、その表現に固有の感覚が醸成されていく。

そのシチュエーションが印象深いほどに、感覚はより明確になり、記憶への定着率も上がる。そしてシチュエーションの数が増えるほどに、感覚はより正確に、記憶はより強固になっていく。

シチュエーション自体は時とともに忘れてしま場合が多い。しかしその表現に染み付いた感覚は、シチュエーションを忘れた後も残っている。

そして英語表現からその感覚が直接想起されるようになれば、日本語を介さず「英語英語のまま理解する」状態に至ることができる。その状態に至れば、その英語表現感覚的に理解し、適切な時に適切な形でアウトプットすることも出来るようになる。

作品を味わうために必要英語

そうはいっても、「私の英語力では小説映画もとても歯が立たない。それは語彙力が足りないからだ。まず単語を覚えなければ」と考える人は多い。

そして単語学習のあまりのつまらなさ、記憶の定着しなさに絶望して諦めてしまうというという人が後を絶たない。しかしそれは根本が間違っている。

辞書というものがある以上、英語解釈するのに語彙力は必須ではない。テスト問題を解くためには、辞書なしで英語を読み解く力が必要かも知れないが、小説映画を味わうために必須ものではない。

単語を調べるためにいちいち辞書を引いていたら、話が先に進まず、読書体験がぶつ切りになるので楽しめない」という考え方もあるだろう。しかし私は「辞書を引きながら頑張って読んだからこそ、心に深く残る読書体験になる」と考えている。

通常の母国語読書では、立ち止まり辞書を引き、文法構造を考え、熟考しながら読み解くというような作業はまず行わない。学習者が文章理解するために行うそれらの作業は、文章を深く読むことにも役立っている。

最初に読んだ一冊、私の場合は"There's a Boy in the Girls' Bathroom"という児童書だったが、当時の私には非常に難しく、何度も立ち止まり辞書を引き、検索し、英文法に立ち返り、悪戦苦闘した。ただ、これは本当に素晴らしい本で、読む価値があると思えたから頑張ることができた。登場人物の心情に寄り添い、シチュエーションハラハラしながら、苦しいながらも素晴らしい読書体験をすることが出来た。

一冊目を終えれば二冊目はずっと簡単に読めた。三冊、四冊と進むに連れて英語力がぐんぐんと増していき、読書から苦が減り喜びが増していった。やがて「ゲームの達人」のような大人向けにも手が出せるようになり、刑事ハリーボッシュシリーズにハマる頃には映画英語字幕で存分に楽しめるようになっていた。

そして今はKindleがある。単語を長押しすれば辞書が引ける、検索も直ぐに出来る、洋書はなんでも安くダウンロードでき、スマホに入れて持ち運べる。これは英語学習のために存在するような素晴らしいツールだ。

Kindleがあれば語彙力は読書障害にはなりえない。ただし、児童書レベルでも英文を読むためには、ある程度の文法力が必要だ。そのためには受験参考書活用してほしい。日本受験英語界には素晴らしい文法解説がたくさんある。

日本語訳使用してもよいのか

日本語を介してしまうと英語を深く感じ取れないため、基本的日本語訳は使うべきではないと考えている。

ただ、どうしても理解できない英文出会うことはある。いくら時間を費やしても理解できない、そういう時には、日本語訳を見る。日本語字幕であったり、訳書であったりだ。プロフェッショナルの訳からは、独習では得難いものが得られることも多い。

作品から単語を覚えるのは非効率ではないか

世の本屋には「基本単語1000」とか「TOEIC必須単語3000」といったような、頻出単語とその意味を並べた参考書が大量に並んでいる。

英文に登場する単語の90%は1000語に含まれる、だからこの基本語をまず暗記して、それから英文を読むのが効率的だ」などと言う人もいる。しかしこれはほとんどデタラメである

英文に登場する単語の大半が基本語なのは確かだ。しかし500ページそこそこの参考書に1000個も意味が書けるほど、基本語の内容は浅くない。私は今でも日常的に、基本語を辞書で引いている。そしてその単語のさまざまな使い方を見て、基本語の奥深さを噛み締めている。

英語は読むにしても、書くにしても、聞くにしても、話すにしても、基本語は身体の一部になるぐらいまで深く理解する必要がある。実際の英語の中で気が遠くなるほど何度も遭遇し、使用シチュエーションを蓄積し、自分でも使ってみる、そういった積み重ねの中でしか、その本当に意味するところは分からない。参考書レベルで基本語を分かった気になっても、少し派生的な意味で登場しただけで分からなくなるのがオチだろう。

そして英語の語彙の中で特に難しいのは、基本語の組み合わせによって発生する熟語イディオムであるイディオム意味単語意味するものから大きくかけ離れていることが多く、故にイディオムと呼ばれるわけだが、この知識参考書ではほとんど得られない。このように、90%とされる基本語の中にも、参考書に含まれていないものが大量にある。

「それでも、頻出単語基本的意味だけでも抑えておくのは重要ではないか小説などでランダムに出て来るのに任せたら、時間がどれだけかかるかわからない」そう思う人もいるだろう。

しかし、頻出語は頻出するから頻出語と言われる。基本単語1000ぐらいなら、小説を1冊読む頃には否応なく頭に染み付いているはずだ。それも単語参考書で得たものとは違って、単語から想起される感覚を伴った、生きた英単語として身についている。

TOEIC3000語も、何の本でも数冊読めばほぼ頭に入っているはずだ。3000語を感覚的に理解できるようになれば、その3000語で構成された文は、日本語を介さず感覚的に理解できるようになり、「英語英語のままで」理解できるようになる。そうなれば読書スムーズに進むようになり、インプットスピードが上がり、それが英語の上達を加速させる好循環に入ることができる。成長の実感は英語学習モチベーションを高め、それがさらに成長を加速させる。3000語を感覚理解できる頃には、英語学習にドハマリして抜け出せなくなっているはずだ。

高難度の単語

高難度の単語は出現頻度が低くなるので、そういった単語網羅的に学習するのは、小説映画ばかりを偏って見ているノンネイティブには難しいかもしれない。体感ではウェブリオLv16ぐらいからは厳しいのかなという感じがしている。

そういった高難度の単語網羅的に学習したい場合は、単語参考書を使うのは有効だろう。高難度の単語なら基本語のように意味派生したりイディオムになったりということは少なく、参考書レベル理解でもなんとかなるかもしれない。

ただ、参考書による単語学習はやっても覚えられないので、私はやらない。無数にある見たことのない単語の予習に励むより、知らない単語が出てきても、話を追い続ける力を磨いたほうが現実的だと考えている。

自分がやるべき学習法とは

何の学習法でも言えることだが、自分が今やるべきでない学習法、自分に合ってない学習法は、やってみると身体本能的に拒否する。そういう学習法は、無理にやっても身が入らないのでやらないほうが良い(もちろん私の勧めている学習法も含めて)。

気持ちよくて、クタクタに疲れられる学習法と出会ったら、それをやるべきだ。疲れているということは脳が働いているということで、気持ち良ければずっと続けられる。

そのうちに慣れると疲れなくなってくる。トレーニングしても疲れていない場合、上達は見込めない。そうなったら学習法をアレンジし、負荷を上げて、気持ちよく疲れられるところまで調節する。誰かに教わった学習法でも、こうして自分の今のレベルに合った形にアレンジすることで、効果を高めることが出来る。

追記:

長くなりすぎてしまった。ここまで読んでくれてありがとう

英単語の暗記は日本人英語ができない原因の根本にして全て、ーにして全、諸悪の根源マスターマインド、He's pulling the stringsWho do you think is calling the shots around here? ぐらいに思っている。ただ、目の敵にしすぎて気持ちが入りすぎてしまったようだ。いずれリベンジ(和製英語)したい。

 *1 しか英英辞典自体は、それを使いこなせる英語力が身についた後ならば、英語学習の強力な武器になる。
 私は普段オックスフォード英英辞典を使っている。グーグル使用言語英語にして単語ググると、一番上にオックスフォード記述が出てくるので、まずこれを見る(出てこない場合検索語にdefinitionを加える)。Kindle無料でついてくる英英辞典オックスフォードだ。
 オックスフォードでは、英単語をより難しい英単語説明している。その単語辞書で引くことで、際限なく難しい単語出会えるため、いくらでも語彙を増やすことが出来る。単語定義も難解で味わい深く、その文章に触れること自体英語力を向上させてくれる。

加計学園の件ってようするに獣医学部っていうマイノリティに対する普通一般市民様の差別感情が爆発したって要素もあるんじゃねっておもった。

たくさん食べたい

おばあちゃんに育てられたので、めちゃくちゃ食べて生きてきた。

おばあちゃんの作る煮物が大好きで、それだけでご飯3杯ぐらい食べてキャッキャ幸せ〜〜てしてた。

(おばあちゃんって、食べたいだけ食べなよ〜〜っていっぱい作ってくれませんか?うちだけかな。)

思春期になってくると、周囲の女の子たちが「太る」「痩せなきゃ」「食べ過ぎた」ていうのを聞いて、はじめて食へのマイナスイメージ(?)みたいなのに触れた。

でも気にせず食べてた。美味しいもんは美味しかった。ていうか、給食の余った牛乳ですら争奪戦をする男の子に混ざって、その上勝利し、ガッツポーズしながら一気に飲んでた。恥を知らないデブだった。

色々あって、2年だけ母と二人暮らししたら、驚いた。

作ってくれる食事の量の少なさ!

母はめちゃくちゃ料理が上手くて、いつもいつもすごい美味しいものを作ってくれる。

からこそ物足りない。

なにこれすっごくおいしい!ご飯のお代わりしていいかな?茶碗を持って立ち上がると、母は「もうご飯全部終わってるよ」と。

えええ!!?!?

ていうか、このちっちゃいのは炊飯器だったの!?

そして、「増田ちゃん、あなた、こんな言い方したくないけどね、デブなんだよ。お母さん協力するから、少しずつ痩せよう。」なんて追撃を食らった。心臓にヒット。

ひどい苦痛を味わった。

デブ!?肥満ラインには達したことはないぞ!!!!?でも、でも、内心周りの子より太いのは知ってた。だから、すっごく美味しい、少ない食事を、我慢して食べた。美味しいからこそ、たくさん食べたいと思ってしまうから、本当に厄介だった。

2年かけてやっとちょいぽちゃ?ぐらいになれた。

それで、今度は一人暮らしになった。

元の体重から10キロ増えるレベル生活をした。半年ぐらいで10キロ増えた。

スーパーのお惣菜を買ってきて、米を毎回一合ぐらい食べてた。袋麺に肉入まくって、油揚げとかも混ぜて、麺すすり終わったら米入れるとかしてた。コンビニが近所にあったので、一番でかいポテチおやつに食べた。バイト先のまかないで、丼系大盛りとミニうどん食べてた。毎週末には気になるラーメン屋ギョーザライスセット食べてた。

食べる量に関しては不満がなかった。幸せだった。でも質はというと、週末のラーメンの日しかおいしい!ってもんを食べれなかった。(週末のラーメン屋が外れると、普通のものをいっぱい食べてるだけになった。)

母の作ったあれこれそれを、腹一杯食べたいなあ。と思いながら、生きていた。

久々に母に会うと、普段しかったはずなのに、「痩せろ!!!」と口調も声色も変えて怒ってきた。あんなのテストで30点取った時だけだったのに。うっそぉ…そんな太ったかな?とか思ってたけど、そう、先述した通り10kg増えてた。身長は1センチしか伸びてないのに。BMIがいう「健康体重」の枠を飛び出しかけていた。

友達カラオケで大騒ぎしている最中、小さめサイズで買ったワンピースの脇腹が、破けた。

ちょっとした距離を歩いたら、膝を壊した。

このときやっと、この生活は、体に悪いんだなと気づいた。

友達監視してもらいながら、おやつ禁止。その子さらに気を使ってくれたのか、結構な頻度で喋ろう、街散策しよう、と言って歩く機会を与えてくれた。

自分でも食事の量を減らしたり、週末ラーメンをやめて月1にした。バイトの賄いはサラダのみにした。

…それで、いまやっとこ7kg落としたところなんですけど、

たくさん食べたいんです。

たくさん食べたい!

目一杯食べたーーーい!!!

豆腐を2パックぐらい食べて落ち着けたり、もやしいっぱいチンして食べたり、米食べないように気をつけてます

でも、炭水化物がたくさん食べたい。

できたら、お母さんの作ったおいしいおかず付きで、もう目一杯お米を食べたい。おばあちゃんの煮物も一緒に出して欲しい。

実家に帰っても、おねだりできない。痩せたねー、もう一息だよ!とニコニコする母を前に、目一杯食べることを要求できない。

家で一人でも、なんだか、いっぱい食べれない。一日一食にして、いっぱい食べる日を作ったりはしてるけど、1日中いっぱい食べるのが、なんか怖い。

思春期女の子たちがご飯に抱いていた感情てこんな感じなのかな…だったら、あんなに若いうちになんて思いをしたんだろうと思う…。

何はともあれ、昔みたいにおいしいものを、気兼ねなくいっぱい食べたいよ…。

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