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はてなキーワード: 感情とは

2016-06-26

恋愛感情が持てない

恋愛=その相手セックスしたいと思うか、を基準とするならば、

男性にも女性にも恋愛感情を抱いたことがない。

ついでに言うと、女性男性どちらが好きなのかも分からない。

恋愛感情がよく分からいから、その代わりに同性の友達には深い兄弟愛を感じている。

別に恋愛感情が分からなくても死ぬわけじゃないから良いじゃないと思うんだけど、

そんなの人間じゃないって言われるとぐっさり来る。

世の中の人間があまり恋愛脳過ぎて、嫌気がさしてしまう時がある。

好きな人がいないから、結婚する気がないと言うと、

良い歳をして高望みをするな、

恋愛出来ないなんてみっともない、セックスアピールしろって言われる。

モテない言い訳に聞こえるらしい。

そもそも結婚したいと思っていないのに、高望みも何もない。

恋愛なんて誰だってしてるんだから自分くらいは同性の友達が大好きだっていいじゃない。

恋愛感情理解出来ない自分は、人間として欠落している異常者で、

病院に行ったら、もしかしたら何かしらの病名をつけられてしまうのかもしれないけれども、

今が不幸ではないので、別に何も変わらなくて構わないと思っている。

http://anond.hatelabo.jp/20160626063732

私は女だけど、セックス快楽は女のほうが深いというから

まれ変わるならまた女がいいや。

エクスタシーときに分泌される脳内物質が桁違いなんだって

そういえば、男性エクスタシーの後に失神したりしないものね。

感情のひだも女のほうが細かい

以前、ある男性が「先日レディコミを初めて読んだんだけど驚いた」と言っていて。

キスシーンに3コマも割かれていた。男向けのマンガだと

 キスシーンなんて1コマで終わりだぞ」って。

1回のキスでも、感じ方が男性に比べて何倍も濃厚なんだから、女のほうがお得。

その分、鬱になりやすかったり、生理出産など煩わしいことも多いけど。

あ、出産はむしろ女に生まれて良かったというメリットのほうかも?

2016-06-25

母親にしても彼女にしても女性自分の不満などの感情吐露する時って悪魔みたいな顔をするなあ。

自分はそれに怯える存在しかないのではないかと思う...。

反移民感情については難しい問題ですね。

私は肌の色などの外見に基づく差別絶対に許せないと言い切れますが、宗教生活様式が原因である場合には「差別だ」と切って捨てられないものがある。

宗教表現の自由と同じく、その自由が他の基本的人権侵害する場合もあるので。

極端な話、神の為の生贄を必要とする宗教当事者が納得していたからといって受け入れていいものかという。

ヒンドゥー教カースト制やイスラム一夫多妻制はたとえ当事者が納得していたとしても、近代国家の下での基本的人権には反するものではないか

たまたまサーフィンしてた本の紹介ページで見つけたので引用。下に1〜4段階が示されているが、大抵の本は4番に終始している。コメントで「まぁモテ本に限らず、自己啓発本の多くが「俺論」だからねぇ。俺論が一番語りやすい分野は4番なんだろうね。」とあったけど、まさにそう。ちゃんと1〜3の基礎から実践出来る内容の本を買うべきだと思った。以下コピペ




モテる人間になるためのステップは4段階あると思う。

1.意志の力でどうにもならない無意識を変性し、努力で何でも達成出来る / 自己実現快感だと感じるようになるステップ

2.恋愛・魅力の基本的構造を学ぶステップ

3.それらの価値観を身体化するまで本を読み込む・慣れる・練習するステップ

4.いわゆるモテテクニックを身に付けるステップ




ところが巷に溢れる本は4番、モテテクニックを語り尽くしているだけだ。結局それだけ読んでなんとかしようとする男は、一個一個のテクニックを使ってもちぐはぐで違和感丸出しの痛々しいヤツになるだけである。俺たちは、根本から改善しなければいけない。努力しようと思ってもなぜか行動出来ないのなら、その行動出来ない動機となっている無意識を探し出して破壊する必要がある。モテテクニックが上手く作動しないなら、モテテクニックが成り立つ論理、すなわち恋愛という感情がどうして生まれるのかを知る必要がある。結局、基盤となる前段階のベースをしっかり作らなければ、魅力的で誘惑的な男にはなり得ないのだ。

読んで覚えられないところは何度でも音読し、行動すべきところは実践し、鏡に映して確認し、もしくは他人に見てもらってしっかり身に付けよう。出来るまで何度も繰り返すことも重要だ。継続は力なり。反復学習が長期記憶を生成し、次第に身体化されてくる。

(以下この本の内容だったから省略。この本、高すぎて手がでないけど、安ければ絶対買ってた。)

どうやって女の子と知り合ったらいいんだ

恋愛をしたいしたいと宣ってみるものの、まず女の子出会わないから好きとかい感情が芽生えないし、したがって恋もできない

男子校から工学部に行った時点で人生詰んでるのか?

EU離脱派勝利のことについて一生懸命書くのでブクマ200くらいください

EU離脱派が勝利を収めましたが、この原因は貧困層いじめすぎた・甘やかさなかったせいだと思います

原因というか富裕層にとっての敗因でしょうか!?

 

貧困層は今回の選択が必ずしも自分たちメリットになるとは考えていません!

もちろんデメリットとなることが分かっている者もいるかもしれませんが大半はそれも分かっていません!

ではなぜ、メリットになるともデメリットになるとも詳細が分からないことを決定したのでしょうか?

それは、嫌がらせからです!

 

自分たちの持つ富裕層に対する不安・不満・疑念

個人では力が無い故に形にならなかった感情

それが団結することで明確に力になろうとしている!

旧・民主党政権誕生した民衆心理完全に一致しているのです!

自民党に不満がある、でもそれを形にして表現するだけの力が無い、

その状況に上手くのっかかれたのが民主党だったのです!

まり民主党民主党自身のチカラによって当選したのではなく、

民衆の想いが具現化する対象に選ばれただけだったのです。

ですから、まともな政治主導もできずに野党に逆戻りしたわけですね。

これは自民党が「貧困層の動きを軽視しすぎた」ことに支払わされた代償であり、

決して野党の大勝利ではなかったのです。

そして自民党政権にすぐに戻ったのも民衆自分たちの想いが具現化したもの

正義戦士」ではなくて自分たち短剣で刺し回る「悪魔」だったことに気付いたからでしょう。

そして野党政治主導する力がそもそも無いことを今の世代に露呈させたことから

今の野党の弱体化に繋がったと考えられます

まり結局は反省して元に戻したんです。

本当に選択が正しければまだ民主党政権が続いてるわけですから

 

イギリス民衆も同じようにEU離脱することで自分たちの不満を具現化したかったのです。

低所得者ありがちな現実問題の解消よりも心理的充足を優先させる傾向が大衆にも当てはまったのです。

これから先にイギリス貧困層は今までよりもさらに多くの負債をかぶさり、

自分たちが生み出した「悪魔」に心臓を刺されていることに慌てて気づき、遅まきで後悔するのだろう。

後悔先に立たずとはこのことですね!

たちが悪いのが、勇ましく泥を被ろうぜと富裕層にけしかけた結果だとしても、

富裕層よりも所得の低い貧困層や直接的な被害にあった株に手を出していた貧困層~中流層は線路に飛び込んだのではないでしょうか?

 

これは数が増えすぎたせいで自ら暴走して死に至らしめる「蝗害」とどこか似ています

不安や不満を具現化するのが目的、と言いましたが

民衆すら気づかない真の目的は「私たち暴走しない範囲で上手く騙すか、

恩恵を与えて欲しい」というメッセージを切実に富裕層に向けて送ることなのです。

コチラの方が本当の脅しなんですよね。

私たちが蝗害になってしまう前に、貧困層いじめをやめて欲しい」というメッセージが本当の真意だったのです。

このことを今の富裕層がきちんとキャッチしないことには、人類滅亡まで永遠に貧困層由来の蝗害は発生し続けます

 

お互いが不幸にならないためにも本当に変わらなければいけないのは?

教養もない、お金もない、選択肢もなければ、才能もない、覚悟も無い、時間もない、味方もない。

そんな貧困層は変わりません、奴隷のための存在ですから

奴隷奴隷で居続けるための最低限のボーターを調整することが富裕層義務なのです。

全体を調整する役目が選ばれた人間には責務としてあったはずです。

大衆管理されることを望んでいますが、

虐げられることは望んでいないのです。

 

いじめ駄目!絶対

http://anond.hatelabo.jp/20160624171747

引用tweetしろ元増田しろ、当たり前のように離脱判断を「愚かだ」と捉えているようだが、それこそ愚かさ故の驕り高ぶり、想像力の欠如ではないかと思う。

なぜ英国人離脱を選んだかということについて、我々はどれほど理解しているというのだろう?

現地の人がどういう苦しみを普段味わっていて、どういう感情が芽生えているか、なんてことは、それに寄り添った文章をいくつか読んだところで圧倒的に解像度不足ではなかろうか。

から、人の下した判断安易に「愚か」と言うのではなく、思いを斟酌して大いに尊重し、貧困富裕層若者老人すべての人の一票を等しく重く見てさしあげること。

こういう性根が、民主主義根本なのではなかろうか。

そうでないなら、自分たちは賢いと確信する権威者という名の愚か者たちによって、狂ったパターナリズムが敷かれる時代に立ち返ることになる。

http://anond.hatelabo.jp/20160625021219

本当にそう…

アジカン好きだったのに…普通に音楽だけやってくれよ…」以外の感情まれない。

もう全存在恋愛など絶対にしない

裏切られるだけの人生だった。

高校生のころから3年付き合っていた彼女には浮気して振られた。メール一方的に別れてくださいと言われた。なんでと聞いても理由は答えてくれなかった。知人から彼女浮気していたことを聞いた。ありふれた話だが僕にはとても耐えきれるものではなかった。そして僕はタバコを吸い始めた。

その後半年付き合った彼女にもまた一方的理由なく振られた。最後になかばレイプのような形で愛情を示すために襲い掛かった。しかしこれでもかと拒絶された。

それから半年たってさみしくなってデリヘルを呼んだ。同い年でとてもかわいくてきさくな彼女に言い寄ったが当然、拒否された。その後デリヘルホームページ彼女が500分で呼ばれて抱かれていることを知りひどい嫉妬を覚えた。

もうどうでもいい。恋愛義理を持ち込む僕が馬鹿だったのだ。もう愛することなどしない。ただセックスするためだけに口説くし同情などしない。女は簡単に裏切る。簡単になくくせに寂しいなんて腹の底では思っていない。女の涙なんか金輪際信じない。女の恋愛感情なんか信じない。好きになって惨めになって頭を下げたってこれっぽっちも情を寄せてくれたりなどしない。少なくとも僕は裏切るようなことなどしなかったし嫌だと思うだろうことは全て自制してきた。しか関係が続けば結局裏切らないほうが裏切られるだけだ。

もう全存在的に愛することなどしない。僕は簡単に裏切ることにするし嘘もつくし浮気もすることにする。もう女を手放しで信じることはやめる。もういい、もうどうでもいい。金輪際女など信じない。

2016-06-24

オラオラ系に弱いのに、人権語る女って馬鹿なの?

オラオラ系に蹂躙されて人権捨てて喜んでるのに、

童貞気持ち悪いわ~」だの、「結婚するなら金、恋愛感情で選ぶなんて無い」

みたいなのって、どういう気分なんだろう。

イヤイヤ、お前ら人権捨てて喜んでるのに、人間ぶるなよと。

  

から中古気持ち悪いって結論なのに、童貞からというわけの分からない煩労をするのはどういう頭なんだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20160623203537

誰も教えてくれなかったみたいだから教えてあげるね。

悲しみや怒りは自分で解消するものなの。健全な人はそれが普通にできるの。

幸せカップルや長続きする夫婦には愚痴悪口、嫌味や喧嘩が少ないの。確か統計もあったはず。

どうしても怒りや悲しみに執着して逃れられないって人は、脳の情報処理の仕方に問題があるの。

それは生まれだったり親の教育だったりで染み着く、自覚のない認知の歪みなんだけどね。

大抵の人は思春期に親が絶対正しい訳ではないと知って、自ら我慢する事を覚えたり、許す事を覚えるの。

他人自分の怒りや悲しみをぶつけるってのは、親になら許される行為他人に恥ずかしげもなくする人、つまりから自立してない子供ですって周囲には見えるし、ああこの人は他人サンドバッグにして罪悪も感じない人なんだな、って思われるの。

あなたサンドバッグを欲してるし、気の合う方の彼女モラトリアムパートナーを欲してるんだなって目で見られるの。

そりゃあ恋人にできないよね。彼女の方が自分性格自覚的みたいね

ま、一生若いつもりでモラトリアム生きるおっさんになってもいいと思う。自分感情コントロール出来ないだらしがないおっさん満員電車でよく見るよね。

アイドルが、というよりアイドルファン理解できない

私はアイドルが嫌いだ。

というと語弊がある。

そういう文化があり、享受する人がいることを認めているし、頑張っている本人たちはとても素晴らしいことだと思う。

それでもやはりアイドルファンというか、アイドルオタクの方々には申し訳ないが私は嫌いだ。




いきなり自分価値観押し付けになってしまうようで心苦しいが、それでも言いたいので言わせてもらう。

音楽を聞く際、私は基本的歌詞メロディーアーティスト歌唱力を見る。

そのどれか一つでも素晴らしく、自分感性に響けば、私はそのアーティストを好きになり、CDを買う。

そういう過程があってからアーティスト本人に興味がわき、人となりを見たくなる。


しかし、世間および自分の周りにも数多いるアイドル好きの方々に関してはそうではない(と私には見えて)ようで違和感を覚える。




彼ら、彼女らの場合、まず見るのはやはり「顔」である

もちろん、「アイドル」という売り出し方法である以上顔は大事であるし、言ってしまえばそれが大半を占めているのもわかる。

しかし、顔の可愛さかっこよさで判断して、応援して、好きになる、というのがとてもとても理解できないのだ。


極端に言ってしまえば、それは「性別」、性を全面に出したところから判断であり、風俗と売り出し方としては何も変わらないような気はしている。


それでいて好きなアイドルたちの曲について言及しているのだ。

やれ歌詞がいい、曲がいい。


楽曲自体はたしかにそうなのかもしれないが、結局はそのかわいいかっこいい人達が歌っているから好きなのであろう?

正当な評価ではなく少し捻れた好意なんだろう?といつも問いただしたくなる。


そしてそれを実際に問うてみれば、自分感情を抜きにしても好きだとまで言う。

嘘をつくでないよ。


「じゃあその人が男(女)であっても、あるいは見た目が好みでなくてもそう言えるの?」と聞くと

たいていは黙ってしまうか、「それはアイドルというものではなくなるから問題だ」と言われる。



私の理解が足りないのか、私の心が汚れているからなのか、理解できない。




かわいいかっこいい人を好きになるのなら現実恋愛をすればいい。

それがかなわぬゆえ疑似恋愛をしたいのなら風俗ホストに行けばいい。体の関係だってなれる。

でもファンの方々は(一部は違うだろうけど)性的接触や恋愛を求めていないというのだ。

自分好みの容姿をしていて、頑張っているその人を純粋応援したい。恋愛感情ではないが本当に好きなんだと。


これはとても難しい。



本当に好きならその人のすべてが欲しくなる。でもその好きは恋愛感情になってしまう。

歴史上の偉人のように、尊敬しあこがれを抱くような好きでもない。

アーティストのようにその人の作品が好きでというわけでもない。



その人本人を好きなのに恋愛ではない。しかも見返りも求めずただ金をつぎ込む。

あしながおじさんか何かか…と私はいつも思ってしまう。



ここまでならまぁ百歩譲って理解できるとしよう。

理解できないのは、それが一人ではないということだ。



同時に他の人を好きになっていることもあるし、ある程度旬が過ぎたらもっと若い子に移っていく。

お前の好きは何だったんだと。

アレだけ騒いでいてもう次かよと。





まあ…これは「アイドル」を商品として消費して売りさばいている今の日本業界も悪いところはあるとは思うのだが

それを受け入れる大衆も、受け入れざるをえない演者も、責任があるというような気がする。




私は何を言いたかったのかまったく自分でもわからない…ただただ思いついたもの文章にしたら支離滅裂になってしまった。




結論としては、「私は、商品となっている『アイドル』およびそれを享受する受け手理解できない」ということである

吐き出せてスッキリしたというだけのチラシの裏

自分の苦手なものを認められず叩くだけの老害にはなりたくないとは思いつつ、こんな記事を書いているのでした。

ひとりぼっちはさみしい

学校卒業して今年の春入職した

仕事は慣れてきたかな、という感じなのだけれど、

就職して一人ぼっちになってしまった。

僕はずっと友達には不自由してこなかった。

数は少ないけれど深い付き合いをしてきたと思っている。

そんな友達中学にも高校にも大学にもいた。

今付き合っている彼女友達から発展した。

けど、今はひとりぼっちだ。

職場に同期は居ないし、上司の方には気を使ってしまいうまく話せない。

中学高校から友達は連絡を取らなくなってフェードアウトしてしまった。

大学友達は、みんな新しい職場で新しいグループを作って楽しんでいるようだ。

彼女は忙しい職場毎日忙しく過ごしているようで1カ月会っていない。

前にあったときは、手を繋ぐのも嫌がられた。

仕事恋愛感情が薄くなったらしい。つらい。

はーーー女々しい。みんなが羨ましい。地元に帰りたい。都会になんか出てくるんじゃなかった。

仕事がない日は、1人でぼんやりして過ごしている。

さみしい。つらい。

2016-06-23

女子中学生が眩しすぎる

通勤の道すがら、いつも同じ時間に反対側に向かって歩いてくる女子中学生がいる。

力強い眼差しで真っ直ぐ前を見て、いつも少し早めの歩調を崩さずに歩く。

僕はもうすっかりおじさんで、彼女くらいの娘がいてもおかしくない年齢だ。

運動には気をつけているので歳の割には若く見られる方だが、彼女からすれば醜い生き物にしか見えないだろう。

彼女中学生であることはその着ている制服でわかる。近くにある公立中学のものからだ。



彼女学校に向かう時はいつも一人だ。

一見不機嫌そうな無表情で、前だけをみて歩いている。

顔立ちは今時のアイドルといった可愛らしさではなく、マニアックシンガーソングライターのような大人びた雰囲気を持っている。

回りくどい言い方をしないのであれば、私が好んでやまなかったfra-foaという解散したロックバンドヴォーカルにそっくりなのだ

ただ顔立ちが似ているというだけではない。

彼女視線や歩調から感じる意志の強さや、それでいて身にまとう儚げな空気感のようなものまでが生き写しといっていいほどだった。

僕が彼女存在意識するようになったのは、そのことに気付いてからだ。

だが相手中学生だ。

間違っても間違いを起こす訳にはいかないし、そんな汚れた目で彼女のことを見ているつもりもない。

から僕は、僕の存在彼女人生の汚点にならないように、彼女とすれ違う時はできるだけ彼女意識していないように、彼女の印象に残らないように振舞っていたつもりだった。



そこは500mくらいの真っ直ぐな一本道で、僕はいつも左側を歩くのだが、彼女ははじめのうち向かって右側を歩いている。

そうしてその道を100mほど進むと、彼女は決まって左側に道路を渡ってくる。

彼女が右側から左側へと毎回渡ってくる理由は、彼女がその道に入るのに右に伸びる側道から入ってくるからで、その道を抜けた先にある学校は左に伸びる側道の先にあるからだ。

ただ、なぜか理由はわからないが、彼女はいつも決まって同じタイミング道路を渡った。

長い一本道でなので、多少出発時間前後しても大体どこかしらですれ違うことになる。

まり、すれ違う場所によって、彼女は右側だったり左側だったりするのだ。

はじめは彼女を少しでもそばで感じたいという気持ちに負けて、彼女が左側を歩いている時にすれ違えるようにとタイミングを見計らったりしたこともあった。

しかしそんなことが続けばいらぬ疑いをもたれかねない。

そのために、むしろ早すぎたり遅すぎたりして彼女とすれ違わない日も作るようにもした。

彼女と同じ左側ですれ違える時は、正直に胸が高鳴ることを感じていた。

そんな自分彼女にとっておぞましい存在であることは自覚しているつもりだった。



そんなことを半年ほど繰り返したある日のこと。

その日、彼女はまだ僕と反対側、道の右側を歩いていた。

いつものように彼女存在を気づかないふりをしようと歩いていたのだが、距離が近づいてくるとふと違和感を覚えた。

彼女の顔がこちらに向けられているような気がしたのだ。

気のせいかもしれない。そう思い込みたいだけかもしれない。相手に見られてる気がするだなんてよくあることだ。

自分にそう言い聞かせようとしてみた。

しかし、あっけなく好奇心に負けた僕は、とうとう彼女のほうに視線を送ってしまった。

するとどうだろう。

いたことに僕の陰鬱で卑屈な視線は、彼女の真っ直ぐな視線真正から衝突を起こしたのだ。

僕はその視線に押されてすぐに顔を背けてしまった。

彼女記憶に、おぞましいものをおぞましいものとして残してしまたかもしれない。

僕は好奇心に負けてしまったことを強く後悔をした。

それでもまだ感じる視線を払いのけるように、僕は前だけを見てひたすら歩き続けた。



次の日、昨日のことは何だったのか考えながら再び僕はまっすぐな道に差し掛かった。

すると、僕はいもの様に真っ直ぐ前を見ながらこちらに向かってくる彼女を見つけた。

その時彼女はまだ道の右側を歩いていた。

そんな彼女の顔に何気なく視線を向けてみると、その視線はまたしても彼女視線真正から衝突することになった。

僕はすぐに視線を逸らした。

まだ近いとは言えない距離にも関わらず、彼女視線は間違いなく僕に向けられていたのだ。

理由もわからず僕は真っ直ぐ前を見て歩き続けた。

もうすぐで彼女左側に渡ってくるポイント差し掛かった時のことだ。

僕は視線を動かさないようにしているつもりだったが、今度は彼女の方から僕の視線に入ってきたのだ。

そうして今度は明らかに、はっきりと彼女が僕を見ていることが分かった。

僕はできるだけ動揺をさとられないように、あたかも別のものに興味を示したかのようにして視線を泳がせるのが精一杯だった。



一体どういうことだろう。

誰かと勘違いしているのだろうか。

いくら冷静に理由を考えようとしても、彼女の真っ直ぐな視線に矢のように射抜かれてしまった心臓は落ち着きを取り戻せないままでいた。

その時、遠い昔に忘れていたような感覚が、どす黒く薄汚れた内臓をかき分けてこみ上げてくることが分かった。

自らのおぞましさを恐れずに言うなら、これは恋だ。

その言葉が僕の口から発せられることが、どれだけ気持ち悪いことなのかは承知しているつもりだ。

しかし他に説明のしようがないのだ。

まぎれもなく目覚めてしまったのだ。僕の奥底で息絶えたはずの甘酸っぱくも苦々しい感情が。

とうの昔に、薄汚れた性欲によって噛み殺されたはずの純粋気持ちがまだ僕の中に生きていたのだ。



それからというもの、すれ違う度に彼女視線を強く感じた。

勘違いだと思い込ませようとしながらも、好奇心に負けて彼女視線を向ける度に、真っ直ぐな眼差しが僕を射抜いた。

彼女は何を思って僕のことを見ているのだろうか。

動物園動物を見ているような感覚なのか、それとも万人に対し同じように興味を持ち合わせているのだろうか。

どちらにしても僕のようなこんな醜い生き物にしてみれば、彼女存在視線もあまりに眩しすぎるのは確かだ。

僕はとうとう堪え切れず、出発時間を大幅に早めることで彼女とはもうすれ違わないことを選択した。



誓って言えることは、彼女に対して性的な興味は一切持ち合わせていないということだ。

自分でも不思議と、いやらしい目で見ようと言う思いすら浮かばないのだ。

もし彼女と何がしたいのかと聞かれれば、僕はただ一緒の時間を楽しみたいと迷わずに答えるだろう。

夕暮れの土手に座って、ただ何もせず色を変えていく空をみあげているだけでいい。

二人の間を同じ風が通り過ぎていく切なさを噛みしめたいだけなのだ

ただ、もし贅沢を言えるなら、せめて手だけはつなぎたい。

彼女の体温、皮膚、骨の感触を確かめてみたいのだ。

それ以上のことは一切望まないし、望もうとも思わない。

目の前にある美しさに、ただひれ伏して打ちのめされたいだけなのだ



どうしてこんなにも醜くおぞましい生物に成り下がった僕から、こんなにも純粋で苦しい想いを成長は消し去ってくれなかったのだろうか。

彼女が近づくことも遠ざかることも、今の僕にとっては苦しみでしかないのだ。

色々なことに慣れ、無感動で欲望だけに突き動かされている獣と化している今の僕には、あまりにも耐え難い苦痛だ。

ただ、一つ理解して欲しいことはこれは僕の欠陥ではないということだ。

人間がもともと持っている欠陥に、僕は振り回されているだけなのだから

会わない日が続けば、いつか必ずこの苦しみからは開放されるはずだ。

そう信じていた。



今朝、僕は大幅に寝坊をした。

からは大粒の雨がアスファルトを叩く音が響いていた。

すれ違わないという決断をしてからもう数ヶ月は経っただろう。

彼女は進級したはずだし、もしかしたら中学卒業してしまたかもしれない。

もしそうならば、僕はまた以前と同じ時間に出勤ができるし、彼女視線から身を隠す生活を続ける必要ももうなくなるのだ。

それを確かめるべく、僕はあの頃と同じ時間に家を出た。

そうしていつものように長い一本道に差し掛かると、僕の視線には道路の右側を歩いている見間違いようのない彼女が真っ先に飛び込んできた。

期待していなかったといえば嘘になる。

喜びと焦りが同時にこみ上げては僕の呼吸から自由を奪った。

遠くから少しずつ近づいてくる彼女を、視線の芯に捉えないように、それでいて視線からさないように注意深く追い続ける。

そうして彼女は、いつもの様に左側へと渡ってきた。



視線をさとられないように、それでいて不自然にならぬよう、僕は傘を前に傾けると少し顔を隠した。

歩調にあわせては時折上下する傘によって、お互いの顔は見え隠れを繰り返した。

前よりも少しほっそりと、色白になったように見えた気がした。

それによって、彼女が持つ儚げな雰囲気はより美しさを増したかのようだった。

それ以上覗きこみたくなる好奇心を理性で必死に抑えた。

これまでもう会わないという決断を守り続けてきたではないか

そのまま、あと少し耐えれば今日までの努力は報われるのだ。

しかし、そうしてすれ違おうという時だった。

突然牙を剥いた抑えていたはずの好奇心によって、僕の決意は湿気たクッキーよりも容易く噛み砕かれてしまった。

僕は傘を上げると、堪えきれずに彼女視線を送り、今の姿を焼き付けようとした。

そして、それを待っていたかのように彼女の顔を隠している傘がふわりと跳ね上がった。

気付いた時にはすでに、透き通るような輝きの瞳から迷いなく向けられた真っ直ぐで力強い眼差しによって、しかもこれほどまでに間近かな距離から今だかつてないほどの強烈さで 、僕は脳天を射抜かれていたのだ。



一瞬の出来事だった。

彼女は何事もなかったかのように、いつも通り学校への道を急ぐ。

歩きながらも、僕の目から理由もわからず涙がこぼれた。

すでに遠く後ろを歩いている彼女には知られることはない。

僕は、何か言いようのないもの支配されていく恐怖と喜びとが、同時に全身を蝕んでいくのに身を委ねることしかできなかった。

助けを請う能動透明人間

自分しか意味の分からぬ様なポエミィな文章や、

わざと主語述語などを省いた文章を書く様になり出したのはいからだろう。

叫びたいけれども腹の底は見られたくない、

聞いてほしいけれども裸にはされたくない、

吐き出された私の感情を知ってほしいけれど、

私が何者であるのか、知られたくない。

辛くて辛くて仕方ないのだけれど、

それを私のことを少しでも知っている人間に言うと、

その程度のことで、とか、みなよくあることだ、とか、

こうすればいいんじゃないか、とか、呆れられたり、他者比較されたり、気遣われたりするのが嫌だ。

具体的にどうこうすればいいとかい分析突入されるのが嫌だ、嫌だ、いやなんだ。


『どうするべきだ』という義務感が苦しみの一つだから

相談結果は私の薬にはならないんだ。相談プレッシャーを増やしていくばかりなんだ。


己が辛いということを知ってほしいという、なんとまあ、文字にしてみると、なんともいえない気持ち

何がどう具体的に辛いのか語りたくて語りたくて仕方がなくて、本当は、すごく、すごくかまってほしくて、

物語を、物語を語りたくて、でも唾を吐いて語る自分というもの俯瞰すると、

かっこ悪くて、すごく情けなくて、痛々しい。だから何も言って欲しくなくて、

ただ、こちらを見て、私を見て、聞いてくれているだけの相手がほしい。

私のことを何一つ知らない、ただの聞いてくれるだけの人がほしい。

次の患者さまとかい制限時間や、スタンプを押すような診察券が要らない人。

ありがたいお話なんて、仏の教えの書かれた紙なんて、いりません。

ただ、私と赤の他人という関係を維持したまま、私の嘆きを、抱え込みすぎた秘密を、を知って欲しいんだ。

後ろめたいものを、友人知家族には知られない遠い何処かの誰かに、託して、杉の木の下に、埋めて欲しい。


痛々しい自分の姿を肉親友人知人全てに知られたくない。冷めた目で見られたくない。

けれども痛々しい様な自分語りで肩の荷を下ろしたくて下ろしたくて仕方がない。

それだけなのかもしれないが。


チラシの裏に書くのじゃ満足できない。

やっぱり誰かの目に触れてほしいんだ。

よくわかんないけどなんか苦しんでる奴がいる、って。

赤の他人に知られるだけでなんか、ほっとするんだ。

想像力」はけして人間を救わない。

 よく貧困やなんかの社会問題系の記事で「一番の問題想像力の欠如だ」みたいな言われ方がされている。

 しかし、想像力とはそんなに万能なものだろうか。

 そんなに簡単想像できるものだろうか。

 人間基本的自分の見たもの経験したものについてしか考えられない。

 それ以上の領域踏み込むためには類推だとか連想だとかが必要で、それにしたってある程度の下知識が求められる。

 そういうものをぶちやぶって想像力を飛躍させるレベルともなると、これは一つの才能だ。だから小説家なり漫画家なりで金を取れる。


 誰もが小説家になる必要はない、弱き隣人に思いを馳せるのにそんなに大したコストはかからないと人は言うかもしれない。

 だが、大したコストなのだ

 社会問題を考えるうえで必要とされる「想像力」とはすなわち、「他者の痛みについての想像力」だ。

 痛みこそ、自らが体験あるいは目撃しないと想像することができない最たる感覚だ。

 実際にその痛みを体験したものでさえ、いったん過去としてしまえばすぐに同じ痛みを味わっている他者に対して冷酷に振る舞える。ルサンチマン。卑近なところでは、体育会系年功序列がいい例だろう。


 そもそも共感に訴えるロジックは、その感情を共有できない人間包摂できない問題を抱えている。

 共感能は誰にでも備わっているようで、グラデーションがあるものだ。映画で人が刺されるシーンを観て自分まで同じ箇所がキリキリ痛むような人もいれば、サイコパスと呼ばれる人々はまったく共感というものを持たない。その二つの極のあいだで我々は「すぐもらい泣きしてしまう人」や「反応が薄い人」として生きている。

 たしか共感に訴えるショッキング事件は、短期的には法改正などにつながりやすい。しかし、よほど特異でセンセーショナルなケースでないと大衆は食いつかない。たとえば未成年集団で残虐な事件を引き起こす、だとか。

 そこが難しいところだ。貧困など、恒常的で身近な問題共感通用しにくい。


 状況を良くしたいのなら、我々に「想像力」などないと認めるところからはじめるべきだ。

 人間他者に対して無関心なのは今に始まったことではない。その状況を了解したうえで、どうやってゲームに勝利するかだ。

 となると、やはり構造的に問題の根を断つ方法を見つけなれけばならない。なるべく人的コスト必要としない方法がいい。

 てっとりばやく、ゲームルール策定する側に回れれば話は早い。

 権力

 権力

 権力を手に入れろ。


 増田たちよ、栄達せよ。


 日本支配するのだ。


 そうして、クソを漏らす自由を。


 そうして、朝の山手線すっぽんぽんになる権利を。


 ハイルしなもん

 ジーク増田


 増田たちよ、権力を手に入れろ。

 

2016-06-22

厨房時代友達同人アカウントをみつけた

本名インターネットオープンするような迂闊な人物ではなく、かつて厨房の頃休み時間の間や放課後共にBLでキャッキャウフフしていた友達同人ツイッターアカウントを見つけた。

ふと当時の彼女PNを思いだし、興味本位でググった。一発で見つけた訳ではないが、ネットの海をさ迷ううちに、見つけた。

そんな彼女作品を数年ぶりに見て本人だと確信した。厨房の頃から絵が変わっていなかったからだ。



びっくりした。

当時、学校BLが謎の流行をした事により腐女子に対する風当たりは比較マイルドだったので(ヤンキーみたいな人もリア充もけっこう優しかった)、そんな環境ですくすくと発酵が進んだ結果、割と中学生にしては絵が上手な人が多かった気がする。

中学生当時、腐女子歴の長かった彼女は私よりも色んな事を知っていて、私より何倍も絵が上手かった。彼女の作ったグラデ便箋は凄く可愛かったし、そんな便箋中学生で作っていた彼女が眩しく見えた。

印刷所に頼むなんて今よりも数倍面倒くさいのに(+親の同意を得る必要もあるだろう)それをやった彼女大人だなと思った。彼女はあの当時の厨房腐女子仲間の中では1・2を争う上手さだったと思う。

中学2年という多感なお年頃にBL同人を知った私も例に漏れそれから創作活動にのめり込んだ。

スタート地点が年単位で違うので勿論上手さが雲泥だった。当時の私は「今の俺TUEEE」と根拠の無い謎の自信に包まれながら(たぶん中二病も併発してたのだと思う)、それでも先に創作活動を始めた彼女たちの上手さにいつも嫉妬せずにはいられなかった。だけど、同時に憧れの対象であった彼女らにお願いしたり、自分もヘタクソなりに何かを描けば、自分の好きなキャラスケブに描いてくれたので、妬みこそするものの、憎しみきる程頭みそが足りていなかったのでけっこうエンジョイしていたと思う。

しかし、進学を重ねる度一人二人と同人抜けしていき、当時の仲間は散り散りバラバラとなり連絡先もほとんどわからなくなった。結局今も同人活動をやっているのは自分くらいだと思っていた。そんな折に当時の友達を見つけ、今も同人を続けていた事を知った。

彼女つぶやき作品を見た瞬間、嬉しい気持ちと久しぶりに会いたいという気持ちと、

ああこの人は成長しなかったんだなというゲス感情が湧いた。



中学生の頃からかなり時が経っているのに彼女の絵だとわかった。

あの頃から変わらない得意な手の向き、ポーズ、特徴的なパーツ。

ハンコ押しのように何も変わっていないからすぐにわかった。厨房だったあの頃、何度も彼女にねだってイラストを描いて貰っていた。何度も同じものを見ていた。あの頃から色の塗り方も描き方もすべて、変わっていなかった。

中学生にしては絵が上手な人が多かった気がしていたが、当時ピクシブみたいなサイトSNSがない時代中学生の上手いは、たかが知れていた。

鉛筆シャーペンで描いた上手さのまま何も変わらずにここまで来ていた。



似た人を思い出した。厨房の頃自分の中で一番上手いと思っていた友達だ。

の子も一緒だった。その子はもう同人をやっていないが、漫画を描きたいといつも言っている。だけど、飲みで会っても、当時のように絵を見せてくれなくなった。どうにかピクシブアカウントを教えて貰って見に行くと、当時のまま何も変わらない絵がそこにあった。

同人活動をやっていると成長につれて何かしら絵柄の変化があると思っていたけど、何も変わらずそのままである人が世の中には居るのだと感じさせられた。本人には変わらない事が「個性」で「その人らしさ」なのかもしれないけど…しかし、彼女達のピクシブの点数やブクマの数はかなり残酷だ(もちろんそれがすべてではないのだけど…)

いや単純にもしかしたら描いてないから変わってないのかもしれない…



中学生のあの頃から何年も経った。同窓会程仰々しいものは嫌だが、当時の友達を集めてひっそりと食事会をしたいなと思う事が増えた。

同人アカウント彼女同級生として久しぶりに会ってみたい。だけど、同人の話になったら腐女子独特のマウンティングが発生しそうだ。きっと自分も嫌な人間になると思う。

卓上のものが何一つ手に取られる事のなかった時代に比べれば、オンデマよりオフセットで刷る方が費用がマシ(勿論諸経費と合算すれば赤字ではあるが)な程には成長したと思っているし、私は当時の彼女たちを―…絵の技術で言えば、追い越したと思っている。

厨房時代のように純粋スケブを頼める程今の自分は綺麗じゃない。ていうか今の中学生の方が上手いと思う。

同級生として会いたいが、会っても自分同人をやっている事を隠さないと昔のように楽しく二次創作の事で話せない予感がする。

綺麗な思い出は思い出のままにした方がいいのかなあ。



…と、ここまで打っていて、一つ厨房時代の頃を思い出す。

当時、絵が上手な腐女子結構多く、表面的には仲良しではあったものの、裏では派閥が生まれていて、絵の上手さやあれこれで互いにディスしあっていた。たぶん自分底辺だったから歯牙にもかけられていなかった為、色んな人から色んな話が出てきていた。何も口には出さなかったけど、そうする自分も大概である

そう思うと、あん厨房時代も綺麗ではなかったしあれから何も変わってないよなあ…とブラウザそっ閉じした。

これからアイドル声優は顔が可愛いとなれない時代になるんじゃないか

ここ15年のトレンド

アイドル声優と言われる若手声優が急増

競争が激化して、声優スキル以外に顔で差別化する人が激増。結果よっぽど実力が突出していないと外見で勝負するしかないという結果に


ここからが俺の仮設。

なぜこれから時代顔が可愛いアイドル声優としてやっていけないのか。

答えは、嫉妬。可愛くない子に彼氏が出来たり、おしゃれすれば微笑ましさから素直に応援できるが、

可愛い子だと素直に受け入れられない屈折した感情日本人全員が共有しているから。

それがここ最近顕著になって人々が気づき始めた。twitterや2chなんかを見ても

盛り上がるのは顔が微妙アイドル声優ばかりだ。

もうこうなったらこの流れは止められない。

もうかわいい子の声優押すのはやめようよという流れが確実に来ると断言できる。

それらの流れを念頭に置きながら、これからアニメを見守り続けたい。

他人の死を喜ぶこと

上司が亡くなった。がんであっけなく。俺はその上司パワハラまがいのことをされ続けていて、殺したいと思うことがあるほど嫌いだった。だから、亡くなったという話を聞いて正直少しだけ嬉しかった。



でも、これって相当やばい感情な気がする。他人の死を喜ぶなんて、人として最低だなと思う。そんな感情を一瞬でも抱いた自分気持ち悪いし、キリスト教徒ではないけどなんらかの形で懺悔をしたいなと思っている。



Twitterなんかでは他人の死に対して平気でざまぁかいい気味とか言ってる人達がいて、なんとなく社会としては「嫌いな奴が死んだんだから喜んでもいいだろ」って感覚がひろがってる気がするけど、俺はやっぱりそういうのは良くない気がする。「お天道様が見ている」っていうと馬鹿にされるかもしれないけど、そういう感覚がどんどん薄くなって社会の基盤が少しずつ崩れてきているような気もする。



自分が死んだ時、誰かに喜ばれたりしないような生き方をしたい。

恋愛無理ゲー

無理ゲー理由が3つある。



まずモテないという問題がある。

それはどうでもいい。物好きはどこにでもいる。無理ゲーというほどじゃない。



次に、好意を寄せられると怯んでしまう、という問題がある。

親身になってくれるのは嬉しいんだけど、そういった意味での好意をはっきりと示されるのはなんかだめだ。



最後に、私自身が、好きな相手との恋愛関係を望んでない、という問題がある。

恋愛とかするなら、互いにどうでもいいと思っている相手がいい。

別にきじゃないのになあ、とか言い合いながら、一緒に北海道とか旅行したい。



ていうか恋愛に興味がないのかもしれない。

相手ジェンダーとか関係なく普通に人を好きになるけど、恋人じゃなくて、むしろ親しい友人になりたいという気持ちがある。

どうしろというのか。死ねばいいのか。



話が合って、なんでも討論できるざっくばらんな友人が欲しい。



恋愛無理ゲーだし、恋愛理解できない。

友達失恋してずっと落ちこんでるけど、まあそれは当人性格問題もあるんだけど、不思議な感じだ。



私がもし好きな人に嫌われたら、まず落ちこんで、次にそれを抑圧するために、好きな人を内心で攻撃する。

そうやって自己正当化して、相手を嫌いになって、感情の波が落ち着いたら、また好きになる。



そこで終わりだ。

感情が一度落ち着いているので、思い煩うことはないし、その人に対する印象もまあまあフラットになっている。

ていうか、これが普通な気がする。どうなんだろう。



恋愛は難しい。

アルファベット6文字

動画の整理をしていて久しぶりにD-motionPVを観た。

本当に惜しい存在がこの世からなくなったと改めて思う。

断片的にあの会社のことを長い事見てて……あそこ商売下手でしょ?!

今のEXILE族の台頭を見れれば、このままいじらず成長させていたらこんなことにはならなかった可能性もあったのではって思うしな〜。

自社の掲げるテンプレに、もう時代があってなかった。5年前の段階でもうあってなかった。

そうはいってもファンは古来から脈々と続くテンプレアイドルを望んでると思ったのかもしれないけど、それは若い子に任せればよかったんだよ。

実際そういうのが好きな人は下の世代に流れていった。

20代後半にさしかかろうとしてる男性たちにキラキラかわいい振りしたテンプレさせるなんて不自然まりないし、それこそ一般的感覚から言ったら「キモい」でしょ。

かっこいいの、かわいいの、わるっぽいの、真面目っぽいの…同世代にいくつかグループがあったのに、方向性分けを明確にしないで全員大きなテンプレに押し込めて、年齢的には同世代の後輩はデビューさせてもらえず飼い殺し。そら同じのがもっと増えても意味ないもんね。

グループから一人主役でドラマやらせ主題歌やらせて。もうそういうのじゃ釣れないでしょ。

しか指名で来てもいい話はもっと人気のあるグループタレント)にもってかれて。からバーター。いやバーターなんて珍しくもないけど露骨ハンパないでしょ。一作主役やったら必ずバーター

うそういう時代じゃないんだって。いや、かなり前からそういうものがうけない時代になってるのに、人気のある先輩グループ成功したパターンから逸脱しないことばかり。

消費者ファン)のこと…大事にしようとかそういう感情とかではなく、ニーズをわかってないもんね。殿様商売すぎて本気で買わせる気あるのかな?って思うし。

音楽の面でもっと柔軟性を持たせて、各自のやりたいことをもっと自由やらせてあげてたらこういうことにはならなかったんじゃないかなと思うとホントにあそこはクソ。

男性だって遅くとも30代も過ぎたら結婚して当然。私生活まで管理するってどういうことだろう。逆に制限されて生きて行けるのか?って思うし。

アイドルはそういうもんだって流れを作った事自体クソ。自分好き嫌い別にして、女性処女性を求めるのは古来からある思想ではあるので女性アイドルに関してはよくわかんないけど、世の中に未婚なのに誰かに恋することを制限される職業なんて他にどれだけあるんだろう。皇族の方くらいしか思い浮かばない。あ、職業じゃなくてこの場合血筋とか立場か。

なんか話が凄くそれた。

アルバムを聴いて、当然クソみたいなアイドルソングもあるけど、それにしたって12o'clockとかHELL,NOとか変なテンプレ、枠をブレイクするーした作品はたくさんあったし、普段アイドルなんんて見向きもしない人だって「おっ」と思ってくださることだってあっただけに本当に惜しいと思う。今の時代テレビ音楽性を鑑みても。

magnitudeとかpindonとか全然遜色ないでしょ。

好きな音楽をさせて、好きな服を着させ、好きなダンスをさせていたら絶対に違う世界を見れていたと今改めて思う。本当に、惜しい。

打算を嫌う人間は悪

結局、人間というのは打算で生きていますしかし、これは極めて普通のことです。

 

人と約束するということ一つとっても、七日しかない一週間の中で、なぜこの人と会う約束をしたのかということはまさに限られた時間計算が行われます。もし、そのような計算がないというのならばその人はただの暇人しかない。

 

人間は打算でしか生きてないのに、そうじゃないと言い張る嘘つきたちが多い気がします。そういう人たちは「お前が打算で生きるあくどい人間なだけだ」と言うのでしょう。

 

まず、そういう人たちがやっているのは、大体、人の二分化。人を「損得勘定だけで動く人」と「情熱や思いで生きる人」と神にでもなったつもりで二分化し、自分後者であると高らかに宣言しているわけなのです。

 

しかし、情熱系はそもそも、自分を偽って生きていることに気づいていない。能力や結果が出ていないからこそ情熱かいう誰でも持てるものを持っていることを自慢し、さも自分が素晴らしい人間の側にいるとジャッジ安心感を得ているだけなのです。自分の持っていないものを持っている人間を不誠実な悪だと決めつけて。

 

何様なのでしょうか。

 

たいていこういう人も、腹の内を聞いてみると、将来車がほしいだのタワマンに住みたいだの、いい女を抱きたいだのとぽろっと言っており、自分の中で内部矛盾を起こしており、なのに自分は清らかだと勘違いしているので一緒にいて気分が悪い。

 

まずもって人間本質に直面できていない。そもそも、人間は打算で生きてる。それがいいとか悪いとかじゃなくて事実だ。

 

からこそその中で、ほんの数パーセンたまに見せる、人に対して人が与える、なんの損得勘定もない無償の愛がとても美しいものに見えるのです。寝てる好きな人の布団がはだけているのでそっと、かぶせてあげるような場面に人が優しい気持ちになれるのがそれに近いでしょう。

 

さらにいうと、自分が打算だらけの醜い人間だということを受け入れて初めて、相手の打算に満ちた醜さや不誠実さを許せるのです。そうやって人を許すことで初めて本当に人を愛していけるのではないでしょうか。

 

から言わせれば、人を損得系と感情系とに二分する二分論者が最も人を貶める醜い存在です。

一生、純愛には気づかないでしょうね。

面倒なヲタクからヲタクが嫌い

自分オタクからか、心の奥底では自分を含めたオタクが嫌いなんだと最近気付いた。



ツイッターフォローフォロワーは当然オタク系の人ばっかりになってるのだけど、何年もやっていると幾つかのグループがある事に気付く。

この人とあの人はいつも遊んでるとか、あの人たちはリアルで面識があるようだ、とか。

コミケみたいなイベントに行くとどうしても近くにいることになるので、何度か誘いみたいなものを受けた事があるけど全てはぐらかした。自分の醜い容姿晒すのも嫌だし、相手容姿感情を持ってしまうのも嫌だった。



だけど他のオタクから見るとそれは凄く奇異な感情で、何で会わないの?と疑問に思うものらしい。

せっかくお互い美少女キャラアイコンを設定してるのに、なんでキモオタの顔を晒し合わなきゃならないんだよ!!と自分は思ったのだが、よくよく考えるとそれは自分を含めたキモオタ蔑視している感情根底にあったのだろう。どうせ自分とこんな会話してる奴なんだ、自分と同じで拗らせた童貞のクソ野郎に違いない、うわキモっと。

結局、自分オタクを逃げ道にしただけの、オタク蔑視するオタクですら無いクソ人間だった。

2016-06-21

四月は君の嘘を読んだ。何回目かの再読だったんだけど、びっくりするくらい涙が溢れてきた。正直自分自分にひいた。ないわー、ほんと。ないわー

個人的に、これまでこの作品の涙ポイントは決まって七巻の公生ママ独白だったんだけど、今回はいろんな巻の色んな場面で目頭が熱くなってしまった。

結末を知っているからこそだけど、まだ元気な時のかをりちゃんの言動に隠された心情をちょくちょく想像しながら読んだもんだからその時々で胸が詰まった。一巻のバイオリン発表会の際に彼女は何を思っていたのか、演奏後公生に感想を訊ねて、本人の言葉で返事をもらった時どんな気持ちがしたのかとか、思いを馳せるとすぐに涙腺が緩んでしまう。一番裏を読みたくなる人物だよね。

紘子さんが抱えている負い目も切ない。祭りの場面とか、演奏会の時とか、台詞がない表情だけのコマで何を表しているのか、そんな面持ちで何を考えているのか、ちょっと読むスピードを落として覗き込んでみるとじんと胸に突き刺さる、言葉にならない思いが垣間見えた気がして思わず視界がぼやけてしまった。

今回特にびっくりしたのが、前はそんなに感じ入らなかった最終巻で目がうるうるしてしまったことだった。公正が表現者として伝える対象者を聴衆にまで広げる展開が早過ぎるのは前読んだ時と変わりない感覚だったんだけど、通しで読んだせいか没入感が凄すぎてドラマチックな演出に流されるままに涙を流してしまった。くやしい。

他にも色んな場面でいろんな登場人物の思いや行間なんかをじっくり想像する度に、どういうわけかじんわり涙が浮かんできて馬鹿正直に感動させれてしまった。

出てくる登場人物がみんな血の通った真人間なのが素敵なんだよなあ。綺麗過ぎるって感想もあるけれど、これはこれでいいと思います柏木さんが素敵です。渡は本当に良い奴です。

この作者は表現方法面白い。いろんなところから引用しているのが一点と、エピソード台詞の対比を効果的に使うところが上手いと思う。特に関心したのが七巻。公生が演奏している映像を紘子さんが見ている場面で、感情が高ぶるあまり繋いでいた娘の手を強く握りしめてしまった後、娘に「いたくしないんなら手つないであげる」と返される展開が、幼い公正と母親との関係がそういかなかったことを連想させて、余計と公正の母親が自らのことをひどい母親だと後悔する回想を引き立てているように感じた。椿の時間が止まるという台詞もそうだし、ものすごいわかりやすい例で言えば公正の母親とかをりちゃんの車椅子なんかもそうなんだと思う。

要するに伏線が上手いってこったな。さよならフットボールでも何気ない会話の中で出てきた一言象徴的な決めシーンで繰り返したりしてるから、すごく意識して作ってるんだと思う。どこか忘れてしまったけれど、四月は君の嘘のあるコマを見た時に精緻に積み上げたロジックが完成したかのような一致感を覚えた時もあったから。

残念なのは、ところどころ描写が急な箇所があること。最終巻の公正が決意するシーンもそう感じたし、かをりちゃんが病院慟哭する場面も勢いが良すぎて少し没入感が削がれてしまった。また楽譜に忠実な演奏の描き方が物足りないのも惜しい。おかげで武士の凄みが最後の方まで今ひとつ迫ってこないのが残念だった。

唐突に思い立って読み直したら久々に感動できた気がする。やっぱりいい作品です。後日談が八月かそこらにでるらしいから見逃さずに買わなくちゃ。




全然違う作品だけど、ワンダーランドっていう漫画は二巻になってから面白くなった。一巻はまるまる一冊パニックホラーだったけど、やっぱり状況がわかってくると面白さも倍増するんだと思った。