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2016-12-11

田中あすか謝罪が足りない - TVアニメ響け!ユーフォニアム2』#10

#10見たけど……、1期から通じて初めて明確に不満の残る回だった。理由タイトルの通りでそれ以上でも以下でもないのだが一応こまかく書きつける。

 

あすか回に見せかけた久美子覚醒

#10は表面上あすかの復帰回だった。晴香や香織に「コンクールへは出ない」と言い続けていたあすかは久美子の強い説得を受け、そして全国模試で好成績を残したことからそれを盾に母親を説得し吹部への復帰を果たす。事実ベースで書くとそうなるのだが、実際は久美子と姉である麻美子とのわだかまりが解消され、そのやり取りがあすかへの説得につながるという久美子の変化がピックアップされた回だった。

「まああんたもさ、後悔のないようにしなさいよ」

下宿先へと戻る前に姉がかけてくれた一言。それに背中を押され久美子は、鉄面皮と極論で説得を煙に巻こうとするあすかに敢然と挑みかかる。

親にいい顔をして本当は続けたかったトロンボーンを辞めた姉。

母親の言いなりになり本当は出たいはずの全国大会を諦めようとしている先輩。

幼い久美子は大好きな姉といっしょに吹けなくなって悔しい想いをしただろう。そして今またいっしょに吹きたい先輩が、本心を曲げてユーフォニアムを置こうとしている。姉の言う通り、もう後悔したくない。だから久美子は子供じみた説得を涙ながらに続けたのだ。それは1期#12の「うまくなりたい……!」に比肩する、久美子の体の奥からとめどなく溢れる“本心”だったろう。

このシーンは本当に良かった。“本音”はうっかりこぼすくせに、“本心”はなかなか言えない久美子(入部時にトロンボーンをやりたいとあすかに言い切れなかった)が、「私はあすか先輩に本番に立ってほしい! あのホールで先輩といっしょに吹きたい! 先輩のユーフォが聴きたいんです!」と剥き出しの“本心”であすか鉄仮面に殴りかかっていく。それは圧巻の一言に尽きる。

ここで終わればさすが京アニだね神回だったねで済むのだが、そうは問屋がおろさない。

 

なぜ京アニあすかにケジメをつけさせなかったのか

ほんとタイトル通りなんだが、戻ってきたあすかはなぜ部員に対して謝罪しないんだろうか?

練習も出ない、本番も来られるか判らないひとなんて迷惑以外の何物でもない。私だったらぜったい嫌だな~」

「先輩には事情があります

事情あるコなんて他にいくらでもいるよ? しかも私は希美の復帰に反対しちゃったしね~。それが自分とき例外ですなんて、言えると思う?」

からコンクールには出ない」ってキッパリ言ってたわけで。

晴香や香織がなんど説得しても翻意せず、久美子には悪意をぶつけるような言い方までした。(吹部における)Bパート練習してた(はずの)夏紀に急な代役を押しつけ、部には混乱と不安感を与え。

なのに特に謝罪もなく戻ってくるとかありえなくね? ふつう部員全員の前で頭を下げ、詫びを入れてケジメつけるところじゃないのん

そりゃこれが放課後ティータイムならそんなのいらないと思うけど、数十人規模の部活でそういうのナァナァにしたら組織としての体が保てないし、『ユーフォ』はそういう部のいざこざとかマネジメント描写してきたし、特に1期であれだけ“責任”について描いてきた物語なのになぜ急にそこの手を抜くのか本当に判らない。部長はいえ晴香は一日休んだだけでちゃんと謝ったのに(1期#7)。

いやそりゃあすかのは母親が悪いとか、模試の件を伏せてたのは期待を持たせたくなかったとか、裏で滝や晴香は香織には謝罪してるんじゃないかとか、夏紀先輩にはいちおう謝ってるとか、みんな望んでるんだからいいじゃんとか擁護はできるんだが、それでも必要だと思うんだよね、ケジメってやつは。

なぜなら何の説明もされてない一般部員(≒視聴者だって振り回されたことに違いはないのであって、その感情に向き合わないと「なんだあすか特別からそういう横暴をしても許されるのか」って空気が出来ちゃうでしょ。そんなのさすがに描かないと思うけど、そういった負の心理描写も掘り下げてきた『ユーフォ』だからこそ大切にしないといけない感情だと思うんだ。

あすかが部全員に対して真摯謝罪する、それを晴香がみんなを代表して赦せば丸く収まりつつついでに部長としての成長も描けて一挙両得な気がするのに……。

なぜやらなかったのかマジで謎。つーか、あすかがもう嫌いになるレベル不快

 

こだわるのは全国大会あすかのターンだから

で、ここまで謝罪にこだわるのは全国大会あすかのターンだからってのも大きい。

ユーフォ』のコンクールが盛り上がるのはコンテクストをちゃんと踏まえてるからだ。府大会ペットソロオーディションを巡る軋轢の解消、関西大会みぞれ希美和解

全国大会は間違いなくあすかの音は父親に届くのかというところに焦点が当たる。本来なら心の底から応援できるシーンが、このままじゃ「でもあすかって……」と心に急ブレーキがかかってしまう。本当に勘弁してほしい。

 

料理つくるシーンは本当に良かったんだけどな~

今回は黒沢ともよ無双ということで、AパートBパートともに久美子の泣くところが最高だったんだけど、シーン的には料理つくってるところが好み。

お姉ちゃん料理がまったくできず、久美子はそれなりにこなせる。これって、母親が出来の良かった姉にはご飯の支度を手伝わせずに勉強を優先させ、出来がいまいちな久美子には勉強より家事手伝いを優先させた結果なのだ(1期#1でも姉がいるにもかかわらず久美子にだけ夕飯の支度を手伝わそうとする母の姿が描かれている)。

そして姉はそんな妹を羨み、妹はそんな姉を羨んでいた。姉妹がそれぞれ親からどういう扱いを受けてきたかが、姉は焦がした鍋を洗い、妹が料理をつくるという光景象徴されている。

正直なところ、あんな繊細なシーンはなかなか描けるもんじゃないと思う。そんなことを軽くやってのける京アニあすかの件に気づかないはずはないので来週あたりで解消されるんじゃないかと期待したいというか解消してくれって気持ちでいっぱいなんだがはてして……。

2016-12-10

瞑想を始めて分かったことがある

今年の6月に瞑想を始めて半年が過ぎた。

最近ようやく分かったことがあるのでここに書き留めておくことにする。

コミュニケーションには大雑把に言って2種類ある。

1つ目はほとんどの人が思い浮かべるであろう人との会話。(以下これを「表コミュニケーション」とする)

2つ目は私が「幻聴」として否定し続けてきたもの。(以下これを「裏コミュニケーション」とする)

コミュニケーションは通常の音量(60デシベル)くらいで行われる会話で、警察の取り調べやスーパーでの買い物、世間話などありとあらゆる場面で使用され

必要な場面では記録もされる。

一方裏コミュニケーションは大抵は小さな音量で行われ、表に比べて率直な(時には罵詈雑言表現がとられることがほとんだ。前者と同様にあらゆる場面で行われるが基本的には記録されない。

日本社会はこの2つのコミュニケーションがお互いにバランスを取り合って形成されているようだ。(海外は分からない)

表は「建前」裏は「本音」と表現しても差し支えないだろう。

私は自覚はないがとても大切に育てられたのだろう。「表コミュニケーション」が全てだと思っていた。

推測だが両親は「表コミュニケーション」を家庭で徹底的に教え込み、「裏コミュニケーション」は学校や外の社会自然と教わって欲しかったのだろう。

思惑が外れたのは私がとても内気で面倒くさがりで学校でただの1人も友達を作ることができなった点だ。

年をとるにつれて道行く様々な人たちからまれる「裏コミュニケーション」にただただ混乱した。

多くの場合自分に対する中傷だったが、時には両親を侮辱されることもあってかなり傷ついたのだと思う。

瞑想を始める前までは裏を幻聴しか認識できず、オロオロしたり泣きながら寝ることで逃避するしかなかった。

ヴィパッサナー瞑想自分感覚を実況中継すること、現象感情タグ打ちし確認することにより少しずつだが落ち着いて対応することができるようになったと思う。ただ「裏コミュニケーション」では罵詈雑言が当たり前のようで、未だに相手に対して悪口を返すのが嫌だ。自分が傷つけられる痛みと傷つける痛みを比べた場合、前者の方がまだ度合いがマシなのだ

例え眼鏡小学生男の子に「お前、ゴキブリ以下なん?」と言われたとしても「ゴキブリ生命力いからどの人間より上だよ」が限界だ。

それが裏コミュニケーションが得意な人々には物足りないのだと思う。彼らはどうやって自己嫌悪の痛みに耐えているのだろう。



また何か分かったことがあったら投稿しようと思う。

『本格フィギュアスケートアニメ』を見たかった

スケートアニメを見始めたのは、1話が放送されて2週間ほどたってからのことだった。

初めて見た時、主人公が「僕はいたって普通人間です」的なことを言っていて「いやいやいやwww」と苦笑したのを覚えている。

そんなことを言ってしまうような気弱な性格の彼だが、後半部で流れるスケートには彼の持って生まれセンス努力垣間見え、とても感動した。

しかトップ選手がそんな彼の演技をたまたまネットで見て、心惹かれ、コーチに名乗り出るなんて!

面白いじゃないか



1話の時点で「面白い!」とはまった私は、気づけば10話まで見ていた。



その間には「あれ?これってBLアニメだったのか…?」と疑問に思ったシーンも多々あった。

特に7話のキスシーン(ハグシーン)ではファンたちが大変にざわつき、自分も少々思うところがあった。

でも、まぁ、ハグだなと私は思ったし、あれは主人公スケーティングへの感動や、これから一緒に本気で金メダルを目指そう…だとかいう色々混じった感情の爆発に見えたので、あの瞬間を見た私は「あぁ、スケートアニメだなぁ。スポーツしてる!!」と感動を覚えた。



それがどうだろう。10話。どうした?



これは、フィギュアスケートアニメじゃなかったのか?

恋愛アニメだったのか???

同性愛だろうが、ヘテロセクシャルだろうがどうでもいい。

これは『本格フィギュアスケートアニメ』なんだろう?



フィギュアスケートはどこへいった?



そんな気分で今は一杯だ。

ちょいちょい違和感に覚えたシーンも、10話を見た後では納得いく部分ばかりだ。



これはフィギュアスケートアニメじゃなくて、恋愛を描いたアニメなんだ、と。



10話を振り返っていこう。

最初、各キャラクターたちは本番のリンク公式練習を行っている。

練習時間も終わり各選手リンクから散っていく中、主人公コーチが次にやることとして選んだのは観光と買い物だった。

観光。買い物。…観光?買い物?

大切な試合が翌日に控えているというのに、観光に買い物?

遊ぶなとは言わない。だって息抜きって大切だ。

でも、そういう息抜きは前乗りして済ませておくのでは?

精々短い時間で済ませるべきでは?

なのに、彼らのお遊びは夜まで続けられ(おそらく公式練習は午前中にあったんだと思われる)、しまいには観戦に来ていた姉とバレエ先生強請られファイナル出場選手たちとディナーを共にするという。



なんだそれ。練習しろ練習



初めに、主人公くん。

君はカナダ選手と比べられ「このままの構成じゃ勝てない」と言われているんだ。

公式練習が終わったら、スタッフを集めてこれからどうするかのミーティングをするべきではないのか?

演技構成を変えるのか、それともこのままいくのか、その辺きっちり相談をすべきだろう。

なのに、観光に出かけ買い物に行き、夜まで遊びまわる。

陸上トレーニングとかイメトレとか、氷の上以外でもできる練習は山ほどあるだろう?

なんだそれ。

それでもファイナル金メダルがほしいと言った人間か。

次にコーチくん。

何故選手荷物を全部持たせるんだ。

自分で持て、自分で。選手が疲れるだろう。

7話で君はコーチとしての自分自覚したんじゃないのか?

荷物選手に持たせているのを見る限り、リビングレジェンド傲慢さを感じさせる。

しかも、夜まで買い物に付き合わせるとか…おい、主人公練習させろ、練習を。



姉とバレエ先生もどうかしているとしか思えない。

自分たちテンションが上がったからと言って、弟に強請って他の選手を呼び集めてもらうか?

せめて弟だけにしておけ。

他人迷惑を掛けるな。



ロシア選手ファンたちの描写気持ち悪くてしかたない。

ファンの行き過ぎ行動としては、精々ホテルでの出待ちまでだろう。

なのに、作中のファンたちは選手が出かける先にまで付いて回り、しまいには「これ!彼の髪の毛だわ!匂いがする!」てなもんだ。

ストーカーかよ。

選手に多大な迷惑掛けるファンアニメ描写されると、フィギュアファンが誤解されそうで心配だ。

「ああ、リアルもこんなことやってそーw」って。

ロシアコーチホテルロビー自分選手ファン迷惑しているというのに、何もファンに注意をしないのも違和感だった。

彼は選手が大切ではないのだろうか…?



そしてまぁ、例の指輪

人が二人・ペアリング(ウエディングリング)・教会指輪の交換・頬を赤らめる。

上記の単語結婚婚約というイメージをしない人はあまりいないのではないだろうか。

彼らの愛の対象が男だろうが女だろうが無機物だろうがなんでもいい。

でも、それまでの過程葛藤を描かずに、散々ぼやかしてきて、いきなり指輪の交換というのは納得がいかない。

『お守り』なんて予防線を張らずに、ちゃんと「付き合おう」だとか「結婚しよう」だとか言わないと違和感しかない。

決して同性だから違和感、と私は言っているのではない。

これがたとえ男女の間柄だったとしても、私は違和感しか覚えない。

だって彼らは1年を通して選手コーチとして付き合い、そして念願のファイナル出場までこぎつけたのだ。

そこに過剰なハグや裸体の見せあいキスがあったとしても、一言も彼らは「好き」とは相手に伝えていないのだ。

ああ、そうか。

いつだか「離れずにそばに居て」と言っていたな。

あれが告白か…。



EDでは特別EDとして、作中で行われた昨年のバンケットの様子が流された。

バンケットフィギュアスケート大会後の打ち上げパーティー的なものだが、選手間の交流社会での作法を学ぶ場としての位置けが大きい。

ダンスだってするし、お酒だって飲む。

だけど、そこには一定の品が求められる。

でも、そんな場で彼らはパンツ一枚になってポールダンスに興じたのだ…。

なぜ?

酔ってふらふらの男がいきなり脱ぎだし踊り狂うのは下品以外の何物でもないのでは?

そんな醜態晒していたのに、主人公は「覚えていない」とのことだった。

ここが10話を見て一番信じられなかった。

酔って記憶を無くすというのは、よく話に聞く。

私は記憶を無くすまで酔ったことが一度もないので、本当かどうかは実のところ半信半疑なのだが…。



酔って記憶をなくしました、はい、終わり!



と、いうのが理解できないのだが、誰かこれがどういう意味なのか納得いく説明を私にしてくれ。

覚えていなくたって、主人公コーチスケート連盟などから注意されて当然では?

まわりの選手たちも「君のダンスは最高だったね!」だとか「酔ったからって、脱いじゃダメだよ」なんてことを主人公に言っていてもおかしくないのでは?

なのに、主人公は何も覚えていない。

この世界スケート連盟選手たちがが「面白かったね」と言えば「ははー!」と頭を下げる程度のポジションなのか?

からあれか。

ロシアスケート連盟は、自国の現役トップ選手が飛び出して他国選手コーチになることに何も言わないんだな。

あー。

やべぇ、この世界



しかバンケットで「コーチになってよ~」と主人公がねだっているので、冒頭に書いた『彼の演技をたまたまネットで見て、心惹かれ、コーチに名乗り出るなんて!』という部分はまるっきり意味の無い話。



と、まぁ、10話を振り返っていたら長々となってしまった。

他にもまだ疑問に思った所はいくつかあるのだが、この辺にしておこう。



そんで、なんだ。

あー、あれだ。



原案を描かれている漫画家の方がツイッターにて『(略)この作品世界の中では絶対に何かを好きになることで差別されたりはしないです(略)』と呟いておられた。

そうかー。

このスケートアニメ世界では、誰を、何を好きになっても差別されない世界なのか。

いい世界だなぁ。

でも…なら、なぜ主人公コーチの愛にしか焦点が当てられないのだろう。

他の愛は、ギャグや嫌味でまみれていた…。

カナダ人選手婚約者は「あんたのファンって最低ね」みたいなことを言って、他の選手を煽るような嫌な女だった。

イタリア人兄妹選手依存関係ギャグで〆られた。

黒髪ロシア人選手失恋には、仲間が大笑い。

女と男男のカップルだけで、女女のカップルなんて皆無だし、多性愛の人とかも出てこない…。



ああ、なんだろう。

この微妙にずれている感じ。



私だけだろうか。

このような色々な違和感を感じて、このアニメを見ているのは。

最初のころは試合や演技にドキドキしてた視聴者たちの多くが、今は主人公コーチの今後がどうなるかにしか興味を抱いていない感じ…。

彼らのフィギュアスケートはどこに行ったんだろう?

フィギュアスケートは、彼らの愛の踏み台だったのだろうか?



愛を描くなら、ちゃんと愛を描く。

フィギュアスケートを描くなら、ちゃんとフィギュアスケートを描いてほしい。

どちらも描きたいのなら、今の状況ではどちらもお粗末に思える…。



とりあえず、私は『本格フィギュアスケートアニメ』を見たかった。

恋愛アニメを見たかったんじゃない。

もう2度と見たくないアニメ

現在放送中の某アニメ

制作発表があった頃からものすごく楽しみにしていました。

元々題材にされている競技が好きだったんです。

ソチオリンピックからなのでにわかなのですが、ソチをみてからずっとシーズンの度に中継を観戦し、多くの選手応援してきました。

そんな競技が大々的にピックアップされたアニメ放送されるということですごく楽しみにしていました。

最初PVの曲も雰囲気もよく、これは期待できる!と思っていました。

ここであることに気づけていたら、Twitter二次創作もやめることはなかったかもしれません。

放送が開始された10月

1話は某テレビ局オンデマンドでみることができたため、放送直後に視聴しました。

地方のためリアルタイム視聴はできません。

1話は少しイメージと違うなというシーンはあるものの、競技シーンはすごく作り込まれていてこれからの展開に期待が持てました。

主人公よりもそのライバルキャラが気になるのはいものことなので、この子はこのあとどうなるのかと翌週の放送が楽しみでした。

1話は何度も再生したのですが、2話以降はこれは自分が思い描いている競技アニメとは何か違うと感じ、オンデマンド視聴のため課金しましたが、1度しか視聴していません。

お金を払ったので毎週みてはいます

見た上での感想なのですが、私の知っている競技と全くかけ離れているように感じました。

「本格」の看板をひっさげて現実大会と同時進行で盛り上げているはずなのに、競技に対するリスペクトがまるで感じられない。

主人公とそのコーチ関係もよくわからない。

私は腐女子ですが、この2人の関係には全く萌えません。

もともと主人公カップリングを好きになる傾向にはないのですが、サブキャラにもライバルキャラにも惹かれるキャラがいません。

「本格」の看板がなく、男同士の恋愛をメインに描いた作品だったならば笑い飛ばせた気がします。(全く萌えませんが)

しかし、「本格」を謳い、競技関係者が多く関わっている作品であるはずなのに、その競技に対する扱いが雑に感じるのは私だけでしょうか。

また元々セクシャルマイノリティを題材にしたアニメではないですよね。

どこかで主人公やその周りの人がカミングアウトしていましたか

主人公はいたってノーマル的嗜好だったように思いますし(幼なじみに対する恋愛感情など)、他のキャラクターもそういったことは口にしていないと思います

それなのにLGBTへの賛辞だ!って言えるんでしょうか?本当にセクシャルマイノリティに優しい世界なんですか?

主人公にそのつもりはなく、また作り手側も全くそのようなことは考えていないと思います

原案の方が何やらよくわからないことをおしゃっていたようですが、最初からそういったテーマなら理解できますが、これって某競技アニメですよね?

競技に興味を持ってもらうためのアニメではないんですか?

全く競技の紹介になっていないと思います

ジャンプや演技構成、会場での緊張感、選手達の意気込み(家族への感謝ファンへの思い)など、実際にテレビで観戦している方がよっぽど感動できます

とても楽しみにしていたアニメだけにとても残念です。

競技に対する間違った知識とある選手に関する見当違いな意見競技そっちのけで主人公暴走

これ以上競技に対する侮辱がないことを祈ります

書きたいことはまだまだあるのですが、何を言ってもこのアニメを持ち上げている人々には届かないのだと思います

いつか気づいてくれることを願っています

このアニメのどこが素晴らしいのか、私には全くわからないのでコメントにて教えていただけたら幸いです。

以前付き合っていた人をネット上で見つけた。

勤めている企業採用ページに載っていたのだ。

10年ぶりに見たその姿はあのときと変わらず。

ひとつ変わっていたのは、名字だけ。

ただ、その名字が僕の名字になっていたかもしれない、

という可能性を想像してしまったとき

なんとも言えない感情が僕の中に生まれしまったのもまた事実だ。

この先も彼女人生と僕の人生が交わることはないだろう。

一度交わったその瞬間を大切に守り続けること、

その難しい仕事をやり遂げられるときは来るのだろうか。

2016-12-09

黒人気持ち悪い

あの秀でた額に分厚い唇、黒光りする肌に、手の甲とまったく色が異なる手のひらなどを見るとどうしても気持ち悪いという感情喚起されてしまう。

もちろんこのような感情の表明はPC的に悪だ。

私も匿名でなければこのようなことを表現することはなかっただろう。

しか気持ち悪いという感情の表明は言葉だけに限らない。

道行くときにすれ違うとき日本人より一歩大ききく離れてしまったり、、話しかけられたりしたときに、眉をしかめてしまったり、小さく悲鳴漏れしまったり。

そういった言葉ではないとっさの感情の表明をどう自制すればいいのか、私にはわからない。

はてなーの皆様の中に初めて黒人を目にしたとき気持ち悪いと思った方はいらっしゃらないでしょうか?

もしいたら克服の仕方をぜひご教示いただきたくお願い申し上げます

すぐにできるメンタルの整え方

長期的にじゃなくて、あーキてるなー涙出てきたやばいなー生活めっちゃ荒れてるなーいい加減ここらで立て直さなきゃーっていうときにできること




・まず深呼吸

・気分が軽くなる通勤BGM

個人的にはアイドル



仕事は流しで

休暇取れそうな日が直近であったら申請しておく。



自炊絶対にしない

野菜とるぞ!中から元気に!」とか思っても自炊で体力もってかれる。コンビニとかの健康っぽいものを軽めに。



・酒は飲まない

一時的はいい気分になれるけど疲れがとれない。



帰宅したら即シャワー

メンタルキツいときって風呂シャワーが異様にしんいから、帰って即キメる。「湯船につかってリラックス♪」も体力持ってかれるからやらない。



パジャマを着る

部屋着じゃなくてパジャマを導入したらリラックス捗ってよい



感情はいったんシャットダウン

いちいち自分に構うと深みにハマるからいったん横に置く。



・あったかくして早く寝る

寝れなくても目だけでもつむる。ただ早く寝ると夜中に起きちゃうのに悩んでる。




こうしてみるとひきはじめの風邪対策みたいだ。他になんかあるかな

http://anond.hatelabo.jp/20161209035004

統合失調症共通する症状は、精神分裂症(精神機能の分裂症)と呼ばれる状態で、思考感情がまとまりにくくなる。自閉や連合障害からくる脳の疲弊によって、一部の患者では特徴的な幻覚妄想発症する頻度が少なくない。そのため、罹患者が本来有している知的水準身体能力から期待される役割遂行能力が顕著に障害されることがあり、回復には治療社会的援助が必要とされる。

お前そのまんまじゃん。統失の症状。

用語間違ったり、断片的な台詞を延々と続けたり。

症状がわかってよかったな?

2016-12-08

もう恋愛生理的に無理になった

Twitterで、ホリエモン大島薫の熱愛報道を見た。

淫夢あたりの人が「ホリエモンホモセ云々」とか言ってたのはそれだったのかと思った。

私は恋愛自体が無理なのかもしれない。

でも性的指向全性愛者だ。

最近バルサ選手萌え目線で見てる。恋愛もしたいがそれは乙女ゲーム的な恋愛だ。

セックスも勿論したい。AVみたいにね。

でも、現実選手恋愛したりセックスするとなると尻込みする面もあるんだよね。

例えばネイマールと付き合うとするじゃん?

そしたらネイマール仕事で家を空けることもしばしばってことじゃん。

無理だよ現実では。

これ、「バルサ選手」を「ジャニーズ男の子」や「K-POP男性アイドル」に変えても通じると思う。

私の知ってる限りでは、韓流男子とヤリたいとかジャニーズ男の子SEXしたいって感情はあまり抱かない人が多いと思う。

持ってる人も当然いるだろうけどね。

実際友人のジャニヲタもそういう性的感情とは違うって話は聞いたことある

しかしたら私、恋愛報道とか全く興味ないんかもしれへん。

ベッキーゲス川谷の時も興味なかったし。

サッカー選手の奥さんとか死ぬほど知りたくないし興味ない。

でもNTR好きなんで興味本位で調べちゃう面もあるし複雑だあ。

(´・ω・`)

http://anond.hatelabo.jp/20161208161047

現状大きな相手に対して、現実問題ポピュリズム以上のことができないという認識でいる

法律のように整合性が取れるようにするのはもちろん理想だけど

まずはユーザー感情解決できそうなところをポピュリズム解決していくのは一つの手ではないか

その「炎上歴史」が、業界内での「判例」みたいになって、企業は攻めなくなってくるし

 

その次にあるとしたらボーダーラインユーザーにキチンと把握させることがあると思う(教育

中々骨の折れる作業だと思うけど

その認識ができたら「あの会社コンプラ的にアウトな会社だ」という社会認知ができると思うんだよね

ただその方法も、国内だけ解決したらOKという話でもないから、非常に根が深い問題なんだよね

 

やっぱり何かしら技術解決できるのが最終的には一番かなぁ

法整備にはあまり期待できないし(訴訟大国アメリカでさえアレだ)

http://anond.hatelabo.jp/20161208142131

じゃあそういうのをどうすればいいか? と言えば、すごく現実的な話になるが社会的監視するしかないのではないかと思う

世界的に)企業は怒られない限り限界を攻めてくる

そして法律が及ばない領域が確かにあるし、企業間win-winなら外野が怒ってもしょうがないという事情もある

そうなったとき支配するのはあくまで「感情」でしかない

皆でキレて、皆で燃やし、株価暴落させるくらいしかできない

そうしないと企業簡単暴走するんだ

もちろん全てを解決するシステムができれば、それが一番いいのだけれど(世界を敵に回しそう)

それじゃ単なるポピュリズムになってしまう。

例えばキュレーションサイトへのバッシングに対して、コミケ二次創作へに関しては極めて寛容な現状は矛盾している。同人作家や読者、二次創作に寛容な著作者などのマジョリティ利益のために、そうでないマイノリティ権利が捨て置かれる現状は看過できないと思っている。現に法に則って著作権者に問い合わせて許可を取ろうとする者がバッシングされるなど完全に倫理崩壊している。

http://togetter.com/li/869021

マジョリティの機嫌ひとつで潰されたりお目こぼしされたりするディストピアに住みたかないよ。

画像ロンダの話はモヤモヤするね(著作権サービス世界的な流れ)

パレット画像ロンダの件あるけど、もやもやするね

これだいぶ根が深い話だよ

 

 

CtoCサービスにおいて、黎明期著作権侵害放置することで伸びたサービスが有る

世界的な名だたるSNS

Youtubeニコニコ動画

Pinterestなどの素晴らしい写真共有サービス

 

こういうサービスは、著作権侵害しちゃダメですよとか言いつつユーザーの行動を黙認することで一定の水準まで規模を拡大してきた

個人的に印象に残ってるのがimgurhttp://imgur.com/

世界的なアングラ画像うpろだだと思ってたら、一昨年に40億調達してる

 

彼らのスタンスは巧妙だ

著作権的にアウトだったり、エロ的にアウトな画像などは「通報されたら消す」「やるユーザーが悪い」というスタンス

その主張は武器商人に近い

(ちなみにこれらのサービス、私は大好きだ)

 

 

 

それらを利用するのがキュレーションサービスを持っている企業

彼らはSNSなどにアカウントを作り、そこを通してサービス内のコンテンツを利用する

 

[コンテンツ] → [誰かがアップロード] → CtoCサービス → [解析用アカウント] → ぶっこ抜き → キュレーション(見せ方を工夫する) → ユーザー

 

著作権違反責任を「アップロードした誰か」に全部かぶせることで、多くのサービスが成り立っている

既に上場しているキュレーションメディアでさえ、ほとんどこの手法を使っているか過去に使っていたと思っていい

 

今回パレット側で画像ロンダ燃え始めたのはもちろん「誰かがアップロード」の部分を自分たちでやっていたからというのと

あくまキュレーションというサービスがBtoC(B側はライター編集者だけど)なので、批判されたときに「ユーザー指導しておきます」などと言い訳できないからだ

(BtoC新規サービスが非常に難しい原因となってる)

 

でもじゃあこのCtoCサービス問題ないの? と問われるともちろん問題ある

問題あるが、世界的な慣例で行われすぎて、誰が騒ごうがどうにもならないレベルにあると思う

それほどまでに彼ら泥棒サービスは成長してしまったし、コンテンツ業界としても「無視できないビジネスパートナー」になってしまった

今更「Youtube著作権侵害助長している!」と声を荒げたところで株価に何ら影響すら無い

それどころかコンテンツプロバイダー側が「Youtubeが無くなったら困る」時代にすら突入している

 

パレットはそこら辺の根回しがお粗末だったと思う

コンテンツプロバイダーにとって利益になるなら、アングラ文化だったゲーム実況文化ですらあそこまで広がるのだ(とても意外だった)

 

 

 

もう既に「勝ち逃げした」憎いやつらへの感情は脇に置いておくとして(炎上したら皆で叩く)

これから立ち上がるサービスでも、まだまだそういったコンプライアンス的にアウトなものが多い理由もある

 

一つは規制されていないこと(規制が難しいこと)

規制されていないとやったもん勝ちになる

キュレーションメディアも、襟を正そうとかじゃなく、もっと燃えないように巧妙にやることしか考えないはずだ

襟を正した瞬間他に負ける

まさに武器商人

 

一つは勝ち逃げした奴らがいること

彼らがペナルティを負ってないから「火の輪をくぐって逃げ切ったら勝ち」という考えが

ベンチャー業界蔓延していること(世界レベルで!)

もちろん焼け死んだらアウトなので、常に「超えちゃいけないライン」を必死になって模索している

welq騒動で他のキュレーションサービスボーダーラインを変更してきたのもそういうアレだ

(※一応擁護すると、多くのベンチャーは何かしら社会的価値あるテーマを取り扱っているが

  それを成長させるためにどれだけ無茶をするか、という悩みを常に抱えていると思う。狂気必要だが、やり過ぎると燃えると言う状態

 

最後に、皆逸脱行為をしているせいでボーダーラインがわからなくなっているということ

著作権違反というのは、ユーザー個々としては楽しいので多くの人は批判しない

これはP2P問題になったときもそうだった

困るのはあくまクリエイター側や著作権側だ

そのうちに、著作権リテラシーが低い人(IT業界創作業界内にすら相当多い)は、ボーダーラインがわからなくなる

特に若い人ほど顕著だ

 

個人的に印象的なのがLGTM文化だ(例:http://www.lgtm.in/  https://www.google.co.jp/search?q=LGTM&source=lnms&tbm=isch&sa=X

Webエンジニア以外はわからないと思うので説明すると

プログラム修正レビューをしてもらった際、レビュアーが「いいと思うよ」という時に画像を用いてLGTM!と言う流行りがある(LGTM=Looks Good To Me)

その時使う画像gifは、どこかからか拾ってきたもので、もちろんほぼ著作権無視

しかしこの文化シリコンバレーから火がつき、今や多くの日本企業でも「素晴らしい文化だ」と受け入れられている

(※個人的経験から言うと、法務部がきちんとあるような上場大企業では「普通にダメでしょ」という空気だったので、どこかにボーダーがありそう)

 

要はWeb系に居る、最先端サービスを開発している人間会社にとって、コンテンツ著作権とはその程度の認識なのだ

Twitterに居るアニメアイコンと大差ないレベル

 

気にしているのはあくまで怒られるか、怒られないか、怒られたら致命的か、という点だ

(それらがどこに端を発しているか考えると、おそらくGoogleOSS思想に行き着くのだろうと予想している。

 検索でいろんなコンテンツがヒットするようになってからボーダーラインはよくわからなくなった)

 

slackskypeやその他のチャットシステム、あるいはSNSURLを貼るとサムネイルが表示されるが

厳密に言えばあれもアウトだそうだ

皆それを知っているのだろうか

 

 

 

じゃあそういうのをどうすればいいか? と言えば、すごく現実的な話になるが社会的監視するしかないのではないかと思う

世界的に)企業は怒られない限り限界を攻めてくる

そして法律が及ばない領域が確かにあるし、企業間win-winなら外野が怒ってもしょうがないという事情もある

そうなったとき支配するのはあくまで「感情」でしかない

皆でキレて、皆で燃やし、株価暴落させるくらいしかできない

そうしないと企業簡単暴走するんだ

もちろん全てを解決するシステムができれば、それが一番いいのだけれど(世界を敵に回しそう)

 

あとサービスプロバイダー側は、わざわざチキンレースするんじゃなくて、もう少し利害関係者の感情を考えたいよね

サービス提供というのは、個人的にはどれだけ関係者全員をハッピーにできるかというゲームだと思っている

極一部の利益とか、自分たち利益ばかり追求しすぎると、いずれ誰かが地雷を踏んで燃えしま

しかユーザーというのはいきなり炎上する「いきなりキレるような奴」だ

普段から市場の声を聞かないと、いきなりブスリと腹を刺されることになる

「他がやってるから大丈夫」は言い訳にできないというのも、今回の件で分かったはずだ

 

___

 

 

著作権ロンダ」ってヨッピーが言ってるけどそれだね

http://bylines.news.yahoo.co.jp/yoppy/20161209-00065195/

著作権ロンダで伸し上がったサービスが多くて、一つの勝ちパターンなっちゃってる問題

にしてもヨッピーはすごいなぁ

歴史上の人物感情

大学史学って、

政治史社会史、民俗史などを勉強するもんだと思うんだが、

テレビなんかでは、

わりと1人の人物クローズアップした人物史・偉人伝的な番組が基本だなぁ、と。


詳しくないんだけど

日本って源平の登場以前は、

政治軍事力を持っている人が別々。

登場後は

政治軍事力を持っている人が一緒。

明治時代以降は

また別々。

昭和前半は

軍人さんが総理になった時は一緒。

昭和後半以降から今に至るまで別々。



どっちかっていうとドラマ映画になるのは、

政治軍事力を両方握ってた人がいた時代であることが多い。

あと、歴史ドラマ

過去になればなるほど、美醜で見られ、

近代になればなるほど、善悪で見られる。



個人的には、

史学は美醜や善悪を超えた所にあるような気がするんだが、

人物史や偉人伝をもとにしたドラマは、

それを乗り越えることは難しいのかもしれない。

ユーリ!!! on ICEを見て悩んでる

自分もしかしてホモフォビア気質があるのではないだろうか?と。



最初は楽しんでみてたんだ。

ただ時々はいってくる男同士のそれに、「えっ」となって、まぁでもそういう感じの作品もあるよなぁと思ってた。

フィギュアスケート特に芸術競技だ。その延長線上だろうと思って見ていた。

でも自分の中でアニメや展開の面白さの感想とは別に、別の感想が育って行った。

『この描写必要?』という感想

しかしたらスポ魂に恋愛描写が入ってくるのが「なんで?どうして?」という感情なのかもしれない。

ジャンプ漫画ありがちなスポ魂に唐突に入り込んでくる恋愛描写のような。

でもユーリ恋愛描写は、冷静に見れば唐突でもなんでもない。当たり前にそこにある。

じゃあこの感情は違う。

すると、この『愛』描写に感じる違和感は、自分ホモフォビアからなのでは無いかという新たな疑問にたどり着いた。

そういう意識は今までない。実写作品ホモセクシャル描写が出てきても、同性愛者でもなんでも、とくに嫌悪感など感じたことが無い。

当たり前にあるもので、当たり前に受け入れてきたように思う。身近にも居る。

男同士の恋愛描写がメインのある映画が好きだと公言しているし、ホモ作品などは好んで見ているほうかもしれない。

しか所謂BLアニメ漫画作品を見たことは無かった。

今回、この作品をここまで見て、自分に明らかにその描写拒否する自分を見つけた。

何故なのだろう。その拒否をする自分は嫌いだ。

でも嫌いな自分は『主人公1話女の子が好きだった描写があったじゃないか』とか『マスメディア含め周りがなんで男同士ってとこに突っ込まなんだろう』とか

フィクションの優しい世界ケチをつけはじめてしまう。

そういう世界を描いたって良いじゃないか、女も男もどっちもいけても良いじゃないか

そうも思うのだ。



タイトルを見てもらった通り、この感情思考に着地点が無くて悩んでいる。

しかしたら自分がまだ初心で、衝撃的で。大人のべろちゅー描写気持ちわるっ!と思っていた子供のような感情なのかもしれない。

しかしこれ以上、このアニメを見ることは無いのかもしれない。

とても面白い作品なことは、明らか。

自分問題があったんだなと、自分に落胆している。

(元)非モテ既婚者が「童貞逃げ恥を見た感想」を読んだ感想

http://anond.hatelabo.jp/20161207120909

奥さん以外に素人の女の人、知りません。(この前、女性の知人に「気持ち悪い」といわれてへこみました。ええ、気持わるいです。)

男が越えなければいけないハードルは、①いい印象を与える②定期的に会う③気持ちは隠す

アプローチはする(ドキドキさせる)⑤焦らしに焦らす⑥でもタイミングは逃さない⑦最高のタイミングキスをする、の7こ。

童貞にとっての特に難しいのは全部。なかでも⑥、⑦。

男女関係ほとんどは打算からまります元増田さんもわかっておられるかもしれませんが、恋愛が上のような7段階を経るという想定自体フィクションしかありません。いい印象がなくても、ドキドキがなくても、焦らしに焦らされる段階がなくても、タイミングを逸っしまっても、キスなんて起きるときには起きます。定期的に会ってくれたり、アプローチに応じてくれたり、キスを受けいれたりするのは、女性男性好意をいだいているかどうかにもよるでしょうが、いろんな打算から「したくないけど、とりあえず、拒否はしない」というケースが多いはずです。あるいは、「かわいそうだからあんまりきじゃないけど拒否しないでおこうか」みたいな「やさしい」対応もすくなくないのかもしれません。現実恋愛恋人関係結婚は、売春のような打算だけの関係と「フィクションのような恋愛」の間のどこかに位置しているものだと思います。(女性経験すくないのにエラそうですみません

フィクションのような」恋愛感情がなければセックスなり、恋人関係なり、夫婦が成立しないと、多くの人が誤解していますしかし、戦前ほとんどの人が見合い結婚していたわけですし、しばらく前まで正社員のかなりの人は、社内「恋愛」を経て結婚してました。それは外見は恋愛みえなくもないけど、多くの場合、実質は見合いとそうかわらないものです。すくなくとも日本人の多くは「フィクション」のような恋をする能力に欠けているように感じます。むしろ、周囲の圧力と打算によって始まった関係を、恋とはいえないけれども、感情のこもった信頼関係に長い時間をかけて帰着させるのが、日本人の多くにとってのまっとうな男女関係のように感じます。もし、純粋な「本当の恋愛」というものがあるとすれば、それが成立するには、1から7の段階が必要かもしれませんが、私はそういう恋愛をしないで結婚しましたしし、周囲にも、そういう恋愛している人をみたことがありません。(そういう恋愛している気になっている人は多いですが)

逃げ恥」は打算からはじまった男女関係を正面から描こうとしている点でユニークですが、ハグすることさえ、元増田さん同様に7段階を想定している点で、ちょっと残念に思います。そんな7段階自体ほとんどの男女関係には存在していないのですから、「⑥と⑦こそが童貞に立ちはだかる難問」なんてことも、そもそもありません。多分、日本社会の中で、仮に契約結婚した男女がいて、彼等の関係セックスまでいたるきっかけとして可能性が高いことは、第一に、いずれかの親が孫の顔をみたいとごねることと、第二にセックスできる可能性のある相手がほかにいないもとで、男と女のいずれかが、セックスをがまんできなくなるということでしょう。男女いずれかの打算にもとづいたセックス提案なり、セックスしたいという意思の表明をパートナーがうけいれるかどうかは、くりかえしになりますが、多くの場合、「ここは拒否すると面倒だな」という打算ではないかと思います

こういうことを書くと男の年収800万円なければ、恋人なり結婚なりができないかと思うかもしれませんが、対象となる女性にとって、年収以外の面もふくんで、購入可能馬券の中でそこそこお買い得だとおもってもらえればよいのであり(女性のほうも、男性ほとんどが年収が800万もないという現実をうけいれる必要がありますが)、フィクションのように「世界で一番」とか「あなただけ」とか思ってもらわなくてもよいのです。その確率安直に高める方法は、おそらく、自分のほうでも馬券をたくさん買う(女の人のいる場所にいく、できるだけストライクゾーンを広くとる)ことだと思います。このことにとりくむことは、たまたま、周囲に女性の知人が多い環境があれば、これはそんなにむずかしいことでありませんが(奥さんとつきあい出した頃の私自身がそうでした)、そうでなければむずかしいことでしょう。でも、フィクションしかない「7段階をどうこえるか」よりは実現性が高いはずです。

2016-12-07

何が言いたいか、何を伝えたいかなんて自分にはよくわからなかった。

それでも、こんなにもジャニヲタを辞めたいと願った日は無かった。辞めたい、辞めたいなんてもう口癖のようなもので。例えるならばケーキを食べながら痩せたい、なんて言うものとなにも変わりやしなかった。それなのに、何故こんなに辞めたくなったんだろう。

事の始まりはただチケットが当たりにくくなったことだと思う。今振り返ってみれば、2016年の春から冬に出た舞台コンサート、そのすべてが落選だったことだろうか。(秋は1枚だけ当選出演者が多かったり、キャパが小さいことで当たりにくいことなんてわかりきっていたものもあった。それなのに、1枚ぐらい当たるだろうと思っていたものが当たらなかったことは受け入れきれないものになっていた。なんで、ただその感想けが頭の中をぐるぐると回っていた。

それでも、友人に譲ってもらったり、一般で当てたり、唯一自分で当てたものの席が良かったり、とまだ自分を保てていたような気がしていた。辞めたい、なんて思ってもわたしを引き戻す自担を見ていたいと思っていた。

それなのに、いつからだろうか。某BSテレビ番組を見ても何とも思わなくなったのは。雑誌を見るのをやめたのは。Twitter自担写真を保存しなくなったのは。全部、全部気づいたらいつの間にかだった。友人がヲタクを(一瞬だけ)辞めたからだろうか。自分より歳下の友人がジャニヲタを辞めると聞いて、焦った自分がいたからだろうか。それのせいで必死に辞めようと思った。どうにかして自担から意識を逸らそうとして、モデルTwitterを見始めた。「あ、かっこいい」そんなことを思いながらも嵌まることは出来なかった。それでも、ジャニーズよりも値段が安い舞台コンサートさらには撮影会なんてものもある界隈に嵌りたいと心の底から思った。お金は払うけれども推しとツーショットが撮れる、握手ができる、そんなものジャニヲタには堪らないものだと思った。どうせジャニーズツーショットも撮ることも出来なければ、握手なんて無理。どれだけ舞台コンサートを見に行っても、あっちからしたらそんなこと関係ないわけで。

そんなことを考えながら、いつまでも立ち止まっていた。

もしも、ここで辞めてしまったらわたしジャニヲタをやっていた6年間はどうなってしまうんだろうか、なんて思いがあったのも事実だった。黒歴史として葬られてしまうんだろうか、それともいつか「あの頃は楽しかった」なんて言って振り返るんだろうか。そんなことを考えていくうちに自分がどうしたいのかがわからなくなった。辞めてしまいたい、でも辞めたくない。いっそのこと、写真画像雑誌もグッズもTwitterアカウントでさえ捨ててしまおうかと思った。そこまで考えたくせに、踏みとどまっていた理由はなんだったんだろう、なんて自問自答してみた。それでも、答えなんて出てこなかった。

いつか心理学の本で読んだことがあった。「人の恋愛感情なんてものは3年で終わる」それもそうかな、なんて思った。今考えれば、元担から降りたのも丁度3年経った時だった。そして、今も丁度3年と少し。ああ、これがアイドルを追いかける人間限界か、なんて妙に納得した自分がいた。

わたしはこのまま辞めることなく、ずるずるとジャニヲタを続けていくんだと思う。そして、いつの日にか現実を見てこの世界から手を引くんだと思う。そのときに、こうやって悩んだ自分を思い出すんだろう。そして、そのとき自担との幸せな思い出が少しでも蘇ればいいと思う。

自分のことを棚に上げて愚痴れる人は本当にうらやましい。

自分場合、どんなに辛かったり嫌なことがあっても、そこに大小はあれど「自分は悪かった」っていう因果応報感情が少しでも入っちゃうと、

素直に怒りきれない。愚痴りきれない。

最後まで愚痴を吐き出しきれないから、結果自分の中にたまって、世の中の嫌なことしか見えなくなるっていう悪循環

もっと攻撃的な人間になりたい。

いざ匿名文章を書いてみて気が付いたんだけど、

匿名で書いた文ですらも、あとから見返してみて気持ち悪いと思ったら消しちゃうらしい。

匿名の癖に、文章を消したくなる感情ってどこから来ているんだろう。

猫とか肉とか

ここ最近はどんどん根源的なものブームになってきている。

チワワビフテキといった固有名詞歓喜していた時代ではもうないのだ。

ならば次に来るのは感情ブームだろう。

「喜びが大人気!」「近頃は怒りが静かなブームとなっております」「これらの物体から感じられる「愛らしさ」「可愛らしさ」が今ブームです」

十年後くらいには「存在」がブームになっていると思う。

女性女性が嫌い。そういうことだと思う」

から妄想してみたわ



ちょっかいかける側の不良っ子とちょっかいかけられることをうとましく思ってる真面目っ子の百合もの

好意の裏返しってことになかなか気づかない真面目っ子

でもあるときあるできごとによって真面目っ子の心境に変化があるの

それから少しずつ仲良くなっていくんだけど、いつしか自分感情友達を超えてしまっていることに気づくの

気づく主体はどちらにしようかしら

それで2パターン、いえ第三者考慮すれば3パターンは考えられるわね

真面目っ子パターンなら、不良っ子が別の子と仲良くしてることに胸を痛める

不良っ子パターンなら、孤立しがちで自分の独占だと思ってた真面目っ子が不良っ子をきっかけに友達の輪が広がって自分との時間が少なくなってしまったことに対して嫉妬する

第三者パターンなら・・・ちょっとむずかしいかしら?

何にせよ妄想捗るわあ~ウフフ

ありがちでもベッタベタでもアタシがこういうのが好きなんだからいいのよ!

仕事プライベートは別」「いやそうじゃない」

どちらでもよい、各人が各様に決めて生活すればいいこと。

その人の人生なのだから他人がとやかくいうことではないし、ましてや他人制限されるものでもない。

…という旨を述べたらとある役員から徹底的に攻撃(パワハラ?)を受け、もう疲れた

明言しようとしないがいわゆるひとつの「社畜」こそが会社員としての正しい生き方

  ↓

俺はそれ(考えと行動、感情さえも)を押し付ける!!

  ↓

それによって全員が同じ温度感仕事できる

  ↓

いやならここから去れ!!

こんな感じ。

単なる傲慢とどこが違うのか、どうしても理解できない。

このままだと社畜化されるか、職を失うか。

特段今の職場にこだわりはないものの、年齢等からして職を変えると収入は大幅に下がり、生活レベルも著しく下げざるを得ず、それは避けたい。

他の皆も自分と同じように感じてはいるが、それぞれの事情(家庭があるとか)でただただ耐え忍んでいる。

2016-12-06

漫画台詞フォントが多様すぎていよいよ煩わしい

少年漫画、例えばワンピースでいいだろう。


一話のうちに台詞の吹き出しが相当数あるが、その台詞に非常に多種のフォントが用いられているはずだ。


過去の人漫画ドラゴンボールスラムダンク比較するとその違いは特に顕著だろう。


私はこのフォントの数の多さにいよいよウンザリしているのである




少年マガジンでもなかなかの多さ(もちろん連載している漫画次第というところはあるが)である一方で、モーニングスピリッツ等の成年向けではそこまででもないことから


少年漫画にその傾向は顕著だということなんだろう(別にワンピースを貶しているわけではない)。女性向けは正直なところあまり読まないので分からない。





台詞フォント漫画ストーリーを飾る・盛りたてる・伝えるにあたって欠かせないものであることは重々承知しているし、フォントをシーンや登場人物感情に合わせて変えることは必要なことだ。


しかしながら、私にはその多すぎる使い分けを目にしたとき、「このシーンはこう読む・解釈するんですよー」と作者と編集者押し付けられ、馬鹿にされているような気がしてならない。




分かりやすく、安直すぎるのだ。




そもそも私自身がその漫画雑誌ターゲットから外れているからそのような安っぽい表現技法が余計に目につくんだ、外野がぐじゃぐじゃ言うでないよ、という可能ももちろんある。


漫画がお好きな増田の皆さんはどうお考えだろうか。

向き合わなければならないデレマスの現状

まず最初に断っておく。僕はこう言うところにこう言う風に匿名で書く事しか出来ない、弱い人間だ。感情が昂り何か言いたくなってもこういう所でしか言えない。だから、下記に書くことで何かショックを受けたとしてもただの基地外の戯言だと思っておいて欲しい

僕はデレステからアイドルマスターに触れた人間だ。自分Twitterアカウントではとても平和に「○○いいよなー」とか、適当なことばかり呟き、絵も描けない、文もたいして書けない、そういううようよ蔓延してる人間だ。

Pになって日も浅いから、歴史を詳しく知っている訳でも、何か強く思っていたことも無い。アイドルみんなが可愛い〜って思うだけの、本当にどうしようもない人間だ。

そんな中、いくつか話が流れてきた。内容をそのまま記す訳にもいかいかマイルドに要約してここに書くが、おおよそ、「フリルスクエアとか言うユニットが気に入らない」と言うそういう話だった。

さて、まずここで既に怒る人もいるかもしれない。何が気に入らないだと声を大にして叫びたい人もいるかもしれない。でも、少し待って欲しい。この話には続きがある。具体的に、何が気に入らないのか、そういう理由は僕の想像とは違った。そして僕はそれにとても衝撃を受けた。


フリルスクエアと言う"四人"のユニット、そういうスタンスなのかもしれないけど普通に並べてセンターが出来ないのがあり得ない

・モバのイベントでの表示人数は3人。そうなると四人組の一人が削られることになり、全員出ることが出来ずに疎外感が強くなる。

・上記の仕様があったのに、何故前までは人員は三人だったのに増やしてしまったのか

・どのタイミングで出ても四人組の印象が強く、個人個人の特徴が見えて来ない。

・実際、仮に一人で出てきても殆ど場合の子への言及があり、純粋に「その個人」を見る事は既に出来ていない

・絡ませる正当な理由が少し年齢が近いだけくらいで、どうしてそうなったのかを理由として説明しにくく不自然

・あまりにもここだけに依存しきってるため、より他の子と絡む事が出来ていない。

・より前にその個人で作られていたユニットの音沙汰が無くなり、そのユニットが好きだったのに今やフリスク以外の絡みが無い


(それとはまた別件で、近頃出てきた「ガールズビーネクストステップ」においても同じタイプ意見を見つけた。

大方が上記の意見と同じではあったが、それに加えてもう少しだけ意見があるので追加する。

コンプレックスを持っていた三人組が前を向いて行くと言うスタイルユニットであり(これ間違ってたらPixiv大百科に言ってくれ)

それぞれが抱く後ろ向きの思想とは、少し違う方面であった先輩が入るのは不自然ではないか

第一どちらかと言うともりくぼの方が明らかに適任である

・三人しかモバのイベントで出れられないのになんでまた追加した???千鶴???

・これでまた「この四人組」として固定されてしまうのでは無いか

まぁこんな感じだ。単純に嫌いとかそういう訳では無く、そのうちの一人の子特別愛してるからこそ、

何故個人の掘り下げよりも先に、(言い方は悪いが)馴れ合いを先にしてしまったのだろうか、といった部分が気になるものだと感じられた。)


さて、ここまで話してすでに腹の底から煮えくり返ってる人もいるかもしれない。が、僕からも少しだけ残酷な事を言わせてもらう。「なぜこのユニットでないといけないのか?」と言われ、僕の中で思い浮かんだのは…

単純に、これは一人一人だとユーザーが気にしてくれないから、存在感を増すためにこうしているのだと言う理由だ。

いや、僕は一人一人の魅力が他の子と劣っていると言いたい訳では無い。だが、考えてみて欲しい。「フリルスクエアを抜いた状態個人個人の魅力を知っている人間は?」と言われると、どうしても少なくなるのは自明だろう。つまるところ、「この四人組」で無いとすでに力を発揮できる環境は失われている事になる。

そちらの方が残酷ではないか

無論僕は前置きの通りデレステから新参で、モバは殆どやれていない。「フリルスクエア」と言うユニットの事だけを知っていて、この四人組は凄い!と思っていたからこそ、これらの批判はとても自分の心に響いた。

ぼくは彼女個人の魅力を完全に知っている訳ではなく、他人意見に影響されただけだと思う。だけれど、自分担当パズルピースみたいな物で、完成品のピース全体像だけしか見られずバラバラの状態だと、見向きもされないと言うのなら、それはあまりにも悲しい事だろう。

一人でも戦える子と、それ以外でユニットでまとまっている子とでの格差は激しい。別にこれは運営が悪いと言う訳でもなく、それらのPが悪いのでもなく、単純に、はっきりと言えば、人気度の差をどうにかして埋めなければいけない策のようなものに近いのかもしれない。



ぼくはフリルスクエアは好きだ。だけど、そのままでいるとあまりよろしく無いのかもしれない。この現実から目をそらす事は正しい事なのか、僕にはわからない。ずっともやもやしている気持ちをここに書き殴っている

どうすればみんなが幸せになれるのだろうか


追記:

これ書いた間はやたらと頭に血が上っていたし、トラックバック機能で色々言われるのはそういう文化なのか知らないけど、一応自分立場再確認しておく

他人意見を見た感想ありのままに呟いただけだから立場も何もないんだけど、最後のあたりで書いたとおり別に僕がフリルスクエア嫌いって訳じゃない(むしろ好き)。いやまぁ僕が担当って訳じゃないんだよね。

ただまぁ一部の子好きな人がやたら怒ってたのがどうにも衝撃で、あとついでで「ガールズビ―関連は同じことにならないで欲しい」とか言ってたから、詳しくもないからそこだけクソの役ぐらいには役に立つPixiv使いながら書いた

つーか鵜呑みにするほど信頼してたらわざわざ書かないわな

とは言えこ文章憂さ晴らし以外の何者でも無いから、チラシの裏落書きだと思って見てほしいし、「これ見てムカついた、殺す」とか言われるんであればチキンだし泣いて消してると思う。

何にせよ自分の中ではこう言う風に書いて自分解釈して自分でまぁまぁ結論付いたし後は勝手にしてくれ……

あともう少し追記:

コメント機能があることすら知らなくて、今気付いた。なるほど、確かにこの文章は読み難い。

と言うのも電車の中で適当に書いたか自分意見の一割程度しか書き切れておらず、ショック状態をそのまま書き綴ったからだ。

何にせよ僕が匿名ダイアリーを使うのは初めてだし、これを広めたいと言うわけでもない。ましてや煽る気は一切無かった。タイトル適当だし。

なんだか蛇足と言う表現がぴったりの追記だが、どうにもこんな風に他人に影響されるからこんなのを書いてしまうのだとでも思って欲しい

僕はアイドル全員が好きだし、Pの人々とも交流したいと思っていたから、こういう主張には特にビビるチキンハートなんだ。すまない。

[]

八月の青い蝶を読んだ。素晴らしい。ただただ素晴らしいおねショタ小説でした。

タイトルにある通り、八月の夏真っ盛り広島舞台にした物語東京からつてを頼って引っ越してきた病弱な虫めでる姫と、健康けが取り柄の腕白な広島っ子との間で紡がれる、ひと夏の淡い恋物語

……いやあ、ね。すごいね。こんなに圧倒されたのは初めてかもしれない。なんも言えねえ。なんか言葉にすると、いま胸の中を巡っている感動なり感情が消え失せてしまいそうになる。

自然とこみ上げるものがあって、読んだ後でも涙があふれてしまうっていう珍しい体験しました。この世界の片隅にを見終わって呆然となった人と似たような感じなのかしらん。

昨今は増田でもはてぶでもよく言及されてるあの映画だけれど、あの夏の広島を、あの夏から今に至る広島の心を描いているもう一つの名作として、この物語をいろんな人に読んでもらいたい。ぜひ。

文章過去過去へと回想するし、物語よりも家族構成や、それぞれの人物精神像なり生き方に初めから結構筆を割いているから展開としては遅く、読んだことないけど司馬遼太郎みたいな感じなのかもしれないと思った。

ただ裏返せばそれは、あの夏を生きた人々をあらんかぎり誠実に記そうとした結果でもあり、国家が一方向へ傾いている時勢にも確固とした個人が生きていた証を記そうとする意志が感じられる文体だったと思う。

戦争と平和とか、生き残ってしまった負い目や、原爆を語ることとか、非常に複雑で細分化しにくい問題真正から向き合っている小説だった。というか、問題という形で俎上にあげてないのか。生の声が書かれている小説だと思った。

翻って見ればこの小説で描かれている一端は、東日本大震災被災した人々が抱えている心情でもあるんだろうな。

胸を打たれる、まぎれもない名作でした。後半はハンカチティッシュを傍らに用意するのをお勧めします。

今日今日までK医師っていう人のことを知らなかったんだけど

がんの医者ちょっと悪い意味で衝撃だった。

手術が怖いって患者の恐怖につけこんでる、っていう。

抗がん剤で動けなくなるという昔の知識で恐怖を広めている、っていう。

詳しくないけど今は副作用の少ない抗がん剤があるって聞くけどね。

薬だけで治るがんも少数ながらあるらしいし。

がんによりけりとは言え。



偏見かもしれないが、なんとなく、彼自身が、

手術が怖い、抗がん剤が怖い、っていう恐怖感情人一倍持ってるような気がする。

その感情に基づいて結論を導き出している気がする。

から共感されたんだし、人を引きつけたんだろうな。



個人的には手術自体スポーツ選手がわりと頻繁に行っているので、今は、あまり恐怖はないんだけど、

がんにかかったことないし、手術に直面したら、やっぱり怖がるようになるかもしれない。

がんを発症して治る見込みのある人には

治療の恐怖もとりのぞいてあげなくちゃならないんだろうな。

がん自体の恐怖もあって患者は大変だ。