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はてなキーワード: 感情とは

2016-08-27

からも好かれないのは嫌われているか

最近、どうしてこんなに嫌われるんだろうと考えていたんだけど、

性格や行動が悪かったというよりも、もっとずっと前に「嫌い」という感情があって

嫌いだから何をやっても嫌われる。

という結論になった。



そんな自分小学生の頃の話。

小学生の時、なぜかAに嫌われて、事あるごとに暴言を吐かれていた。

ある日、Aを嫌いなB一派から「Aの事いやだろ?いっしょにAを苛めないか」と誘われた。

それに対して、「そんな事をしたらAが可哀想だ」と返事をした。

その結果、B一派から苛められ、Aからは更に嫌われてこっちからいじめられる事になった。

自分のことを嫌いな人を助けると、「なんでこいつなんかに」という気持ちになるのか、余計に嫌いという感情高まるようだ。

から、嫌われている=その人になにか悪いことをしたんだという考えは、正しくないと言いたい。

嫌いという感情のほうが先なのだ



じゃあ最初の「嫌い」はどこから来たのか?

やっぱ見た目だよな。

多分最初にその人を見てすぐくらいに、「こいつ嫌い」シールが貼られる。

その人の持つ空気というか、キャラクター性というか、

オタク嫌い、DQN嫌いと同じ感じ。

そして容姿。やっぱり醜いと嫌われるのだ。

整形しようかなぁ。

モテたいというより、一人前の人として見られたい。せめて店員には。生活に支障が出る。

刺すような嫉妬心とは、よく言ったもので、

嫉妬心が募り募ると、その人は殺気立ってくる。殺気というのは分かりやすオーラだと思う。殺意感情が心の中に作られて膨れ上がってくると、それこそ精神疾患の一歩手前になるのだろう。


殺意を向けられるものは、殺意を向けるもの気持ち悪く、距離を置きたいと思うのも当然なのだろう…。

http://anond.hatelabo.jp/20160827154309

ごめんね。だいぶ頭に血が登ってたわ。ちなみに私は http://anond.hatelabo.jp/20160827152726

こんだけ性被害受けてたらゲイとは場所を共にしたくないという感情は当然だし、この話題他人に気が使えないのは推察されるでしょう。

それに対して「自己中」というのは厳しすぎる言葉だし共感力を疑われてもしかたがないでしょう。

東日本大震災で少し被災した特撮ファンシン・ゴジラ絶頂した話

 8月2日にTOHOのレイトシン・ゴジラを観て発狂しそうになった。凄すぎて。そこからもう寝ても覚めてもゴジラのことしか考えられなくなり、気づいたらもうすぐリピートの回数が2ケタになろうとしている。もともと特撮映画大好き人間だったけど、それにしたってこの映画は別格だ。こんなに映画熱狂することは、向こう十年はないと思う。


 とにかく全編渡って大傑作だったんだけど、特に中盤の、夜の東京ゴジラが熱戦を吐き全てを破壊するシーンでは本当に気が狂うかと思った。自分でも理解できない膨大な感情の波が押し寄せてきて内面をひたすら揉みくちゃにした挙句、最終的に途方もない歓喜けが残った。もう完全に中毒になってしまって、ちょっとでも間が空けばシンゴジの熱戦が見たくなって、気づけば劇場に向かってしまう。なんでこんなにこのシーンに惹かれるのか何度も観て何度も考えて、やっぱり自分震災体験が影響しているんだと思った。それに気づいてから、熱線のシーンを見た俺の感情の詳細が大分分かるようになってきた。


 ここでちょっと自分語りをさせてもらいたい。俺は宮城実家東日本大震災経験した。津波での被害は一切なかったが、それでも色々と滅茶苦茶になり、10日くらい避難所生活を余儀なくされた。当日だか翌日の夜に河北新報号外福島のことを知ったときは本当に世界の終わりだと思ったし、いつまで経ってもインフラが復旧しないので、二度と元の生活には戻れないかと思った。震災の日から夜が本当に暗くなった。町に一切電気が灯らなくなることが、これほど恐ろしく、心細いとは思わなかった。だから、しばらくして、ようやく電気が戻って、夜の街に明かりがついたとき、本当に泣きそうになった。元の生活に戻れると実感して、堪らなく嬉しかった。あの夜の光は、俺にとってまさしく希望だったのだ。


 だが、シン・ゴジラはやってくれた。夜の街を照らす光を、絶望象徴へと塗り替えたのだ。


 タバ作戦を踏みつぶしたゴジラ東京侵入する。夜になる。ゴジラ蹂躙される東京は、当然ながら停電する。暗闇に包まれる中、ゴジラ身体の赤い光だけが街に映える(何と美しい画面!)。日本ではもう為すすべがない。アメリカが出てくる。B-2がどえらい爆弾ゴジラを傷つける。そしてゴジラは光り出す。


 東京火の海とし、数え切れぬ人間虐殺したあの光は、何よりもまず俺にとって冒涜だった。311の際に俺が経験した、夜の光に対する感動と希望を、完全に死と破壊で塗り替えたのだ。被災した夜の街に光が戻っている。なのに、その光は日常の復帰ではなく、二度と日常が戻らないことを告げている。俺があの日感じた希望を、ゴジラは完全に踏みつぶしたのだ。そして次に出てきた感情が畏怖だ。俺の中にある希望記憶すらも完全に蹂躙する圧倒的な厄災。本当に恐ろしく、絶対に敵わない、どうしようもない、まさに神の如き存在だと思った。今までもゴジラはさんざん破壊神だと言われてきたけれど、本当に神様だと思えたのは初代ゴジラ以来だった。そして、そこで全ての感情が一転、途方もない歓喜に変わる。そう、今自分が観ているのはゴジラなのだ。VSシリーズ以降衰退の一途を続け、FWという怪作(駄作ではないけど、最終作には相応しくない)を最後に息絶えたはずのゴジラが、こうして、紛うことなき神として復活し、震災実体験で得た感情すらも蹂躙し、塗り替えてくれている。そう、今自分が観ているものあくまゴジラ虚構であり、こんな圧倒的な光景すらも、自分は娯楽として享受することを許されている。何という特権!! 観客という立場にいることが、こんなにも幸福であると、今の今まで知らなかった。


 その後のヤシオリ作戦ももちろん良かった。震災時に揺れや津波蹂躙されてばかりの建物電車が、震災象徴たるゴジラに一矢報いるのは痛快だった。そして、ゴジラ災害が終息した後の、避難所女の子が笑うシーン。泣けて仕方無かった。


 でも、やっぱり、あの熱戦のシーンは別格だった。あれは本当に事件だった。とてつもなかった。っていうか、これだけ言を尽くしても、あの凄まじさを一ミリ表現で来てないと思う。書いててまた観たくなってきた。また行く。何度でも行く。この映画何度でも観たいし、それ以上に、こんな映画をこれからもたくさん観たい。こんな映画を毎年観れるなら、生きるってことがずっと楽しくなる。そういうレベル映画だ、シン・ゴジラは。


 最後に。以上はあくまで俺個人観想だ。間違っても被災者の総意でないことは言うまでもない。結構リアルあの日を抉ってくるので、きつい人もいると思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160827085615

俺は安倍は嫌いだし、自民は嫌いだし、天皇制廃止しろと思ってる。

一方で現実的生活を見れば安倍自民政権になってから増えた求人に上手く乗ったことで年収は100万程増えて残業のなくなった。

個人的にいいことあったのに何で安倍自民が嫌いなの?

それはイデオロギーと言うなの感情でしょ?

はてサはそれがもうちょっと強いだけだよ

音信不通になりがちな仕事相手手法がえぐすぎる

しょっちゅう音信不通になる仕事相手が、

やきもき→イライラ心配感情が推移した1週間後あたりに

絶妙に詫びとねぎらいとテヘペロを織り交ぜたメールを返してきて

も〜〜と思いながら、前より好きになっている。

でもこれって

付き合ってる女をしばらく音信不通放置して

もう帰ってこないかなと思ったくらいのタイミング

アイス買ってきたから食べよ(てへへ)」とか言いながらハーゲンダッツ片手に帰ってきて、

仲直りセックス依存度を深めさせていく

ような男の手法と、まったく同じだよな。

2016-08-26

20代半ばで厨二病

仕事日常生活男性と会話する程度なら、問題ない。

けれど男性恋愛関係になると思うと、吐き気がするほど気持ちが悪くなってしまう。

かといって女性恋愛感情を抱くかというとそうでもなくて、せいぜい男性より女性がいいなと思う程度。

まれてこの方恋愛したことないし、男女から恋愛好意を寄せられると気持ち悪くてしゃーない。

遅れた厨二病なのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20160825234201

男には「今現在私はこのような姿の肉体をもってここ存在している」という自覚が全くないのでそのような不理解があるという話がある。

確かに、相手をして欲しい、着飾るのを手伝って欲しい、というのを拒否するのは、私の肉体が存在することを否定することになるので、そんな酷いことを!という感情矛盾なく成立するように見える。

2016-08-25

共感羞恥』という言葉共感する人が多すぎる話

もともと10パーセントという話で。「へ~10パーセントなんだ。でも自分それかもしれない」的な風にツイッターで広まっている印象。

しかしどうも見ていると、それに該当する人が多すぎる。10パーセントってこんなに見えるのか。

いや、あの表を見た人たちの反応は10パーセントを優に超えているのではないか

そもそもあの表だけ見ると1「映画ドラマ漫画をまともに見れない」2「ドッキリ番組が苦手な人はそれが理由」3「感受性が強すぎる。すぐ泣く人と同類

くらいしか読み取れない。

1は慣れて無いで片付きそうだし

2は可愛い程度のいじめ要素に過剰反応してるだけだし(事実自分もそれが嫌いで見ないが、許容はしている)

3はそのままだし

なのでグーグル先生に連絡してみた。検索ボックスを使って。

英語論文が出てきた。くじける。しかリンク先を見る。日本語だ。安心した。(きっとこの症状にも名前があるのだろう)

大学院の出したショートレポートだ。とりあえず欧米でこの研究が進んでいるけど、日本でその話が積極的研究されているわけではないらしい(その言葉を知らない人が多いわけだ)

しかし難しい。数式とか出てきた。どうも性差とかの問題女性の方が感じる機会が多いらしい。しか日本では女性羞恥を良しとする文化があるので、否定的にとらえる感覚は少ないとも。馬鹿にはなにが書いてあるかさっぱりだ。

しかしどうもこれを読むに、まだ「共感性」と「羞恥感情」の関連があるとは、しっかり確認されていないらしい。

実はこれ、その辺が曖昧なので「観察者羞恥」とも呼ばれているらしい。おお、なんかしっくりきた。

また別の話も読んでみた。

ここでは「日本犯罪抑制する道徳の中に、羞恥がある。羞恥を良しとする教育がある」とも出てきた。

なるほど……つまり欧米では羞恥」という認識日本とは違い、日本よりも浸透していない。だからこそその研究が進み、名前までできたのか。

するともしや、日本では当たり前に存在し、認識されている感情なのではないか?(例:日本しかない肩こりみたいな)



そして馬鹿は易しい言葉を求めて、togetterにたどり着いた。

『"恥をかくシーン"が苦手な人たち』

http://togetter.com/li/889708



テレビよりもツイッターですでに大きく話題になってたのか。テレビツイッターの後追いになってるのかは分からない。

自分が読んだショートレポートも挙げられていた。

ここでまとめられている話の結論としては「よくある話」だ。

なので最初に戻る。果たして本当に10パーセントなのか?

共感羞恥ある!と言っているフォロワー(多かった)は、自分の目からすると平々凡々の少し自己主張が激しい人に感じた。

良くも悪くもだ。好きだからフォローしているのは大前提。でも良くも悪くも、こういうネタに乗っかりやすい人たちのようにも思う。

今回この「共感羞恥」が共感できる!と広まった背景は「10%」がキーワードだと思う。



人間感情を、国籍も分からない500人の男女(年齢差は10から80代までとある)の意見だけで一纏めにすることは、とても乱暴ではないか

10代と団塊の世代なんか、お互いほぼ宇宙人と話しているのと同じだろう。育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めない。夏がだめだったりセロリが好きだったりするのね。

多分この感情羞恥を良しとする世代と良しとしない世代、そして自己愛が過剰(研究論文の中にいつも一緒に自意識の話が出てきた)、大きな羞恥経験をした、または羞恥を飲み込めない経験が浅い若者に多く見られる(もしくは前述した漫画映画普段まり見ないので慣れていない)症状。もしかすると当たり前の感情なのではないか

アンケート世代を変えてみたら…1020代に限ってみたら、10%どころの話では無いのだと思う。

個人結論としては「研究者は当たり前のものに直ぐ定義名前をつける」。



もし日本でも一応研究されているが、結局のところ病名でもなんでもない「共感羞恥」がありふれた話だとしたら、なぜこんな風に広まったのか。

自分が少数者に行くことに優越感を感じることは、少なからずあることだと思う。この場合10%が少数だろう。

あとは、言わせないでくれ。



さてこれを書いた人は、共感羞恥共感するのか?

答えは「物による」。超面白い映画ドラマ漫画なら、羞恥シーンでも見ちゃうよね。しかあんまつまらないと、目も当てられないよね。

そういう程度なんじゃないの?と思う一方で、もしかたらこれに凄い悩みを抱いている人も居るのかもしれない。

そういう観点では、興味深い研究ですね。存在自体否定したいわけじゃ無いよ。



参考文献:SMAPセロリ

何かを一生懸命頑張らない方がいい

自分が何かに必死になっていると、その対象に興味を持たない(普通そうである他人、知人、身内のことが、「こんなに尊いものに対して一生懸命やっている自分無視・軽視して認めてくれない・支えてくれない敵」みたいに思えてくる。つまり仕事仲間とその仕事ファンやお客さん以外の人間が敵に見え恨みの感情を持つようになる。こうなったら人間終いや。

しかし案外多くの人間がそうなるのを見たので、結論としては何かを一生懸命頑張りすぎない方が良い。

出産してから恋愛感情が思い出せない

出産直前まで夫とラブラブいちゃいちゃしていたのに今は恋愛にのぼせ上がっている人の文章を読むとバカじゃね?としか思えない。自分も昔はのぼせ上がっていたのにもはや全く実感なし。発情期の終わりなのか。今思えばかなり発情していたがこんなに冷めるものなのか。

夫は今でも大好きだけども。

http://anond.hatelabo.jp/20160824212758

いくら好きでも許せない許せるって…

からそれが間違ってるっつってんだよ。

お前自分の親がどれだけ許せないことしたとして簡単に縁を切れるか?

父親母親どっちでもいいが金輪際関わらずに死ぬまで一度も会わない関係にできるか?

できないだろ。

理屈じゃないし感情でもないんだよ。

それが家族関係性だっつってんの。

血が繋がってないやつと家族になるってそういうことだから

好き嫌いを超越したところで約束するから成立してるの。

例え夫が犯罪者になってもそれでも見捨てられないんですってくらいの関係から結婚したくなるの。

じゃなきゃ打算的なものしか残ってないから。

嫌いだから見捨てるって考えなら一生結婚生活無理だっつってんの。

家庭内暴力にしたって暴力振るうのが男側限定なのがもう被害者意識すごいねあなた

自分相手暴力振るう可能性は全く考えてないんだな。

言葉暴力にしたって自分がやる可能性は十分あるのに自分がやったときはどう償うつもりなの?

ワンミスしたら離婚の口実になっちゃうわけ?

自分だけは例外扱いするつもりだろ?

 

違うって。

嫌いになったから別れるとか

絶対許せないから別れるとか

恋人関係の延長線上にしか結婚を想定できてないってことが

相手にも伝わってしまってるから彼女ならいいけど嫁はないわw」って反応しか帰ってこんのよ。

男はお袋が欲しいの。+αで子どもが欲しいの。

どこまでいっても潜在的マザコンから

自分母親かもしくは子ども母親になれる女が欲しくなるから結婚するの。

出なければゴリゴリマウンティングしてくる高スペック男性よ?

俺が教育してやるってタイプしか来ませんよ?

当然落ち度がある相手にはねちっこく質問してきてあなたの嫌いな理論的な攻撃しまくるよ?

それも嫌だってうから独り身なんでしょ?

教育されたくない。

母親にもなりたくない。

じゃあ、あなた結婚相手に何をしてあげるつもりなの?

ただいてあげるだけ…とか?鼻水出る。

 

あなた結婚したいとか口では言ってるけどまるで結婚生活イメージできてないでしょ?

単に独り身で終わるのが怖いからそういう欲求が出てるだけだけど

その状態で間違っても結婚したら孤独死よりも何倍も恐ろしい不幸しか待ってないよ?

真剣結婚して何が欲しいのか考えてみ?

単に面白いやつを傍に置きたいだけなら結婚じゃなくていいから。

普通に独身男性面白そうなやつ見つけて遊びに行けばいいだけでしょ。

結婚相手不安解消の素材にしようと考えても目的は果たせないって。

生意気な奴は感情で黙らせよう

こちらが何も言わないと弱者だと思って図に乗ってくる奴がいる。

相手理屈だと舐められる態度に問題があるのだろう。

からそういう相手には言い返す。

その時理屈を使っちゃダメ感情的ワードが影響力を与える。

「てめえムカつくんだよ」「ぶん殴るよ?」「消えろよボケ」等下品言葉を使うことをおすすめする。

同僚の死を聞いて

つい2分ほど前、行方不明になっていた同僚が遺体で見つかったという連絡を受けた。

同僚と言っても、その人は夫婦経営の勤め先の男社長丁稚自分は女社長アシスタント(まぁ丁稚と変わらない)だったので、

普段はあまり接触がなかった。


金曜日日中、島のリゾート物資仕入れてそのままトンボ返りという時、

物資購入のお金を手渡したのが最後の接触だった。

ランチ買いたいかちょっと釣り貸りていい?」

13人兄弟大家族で貧しいお家の彼に、嫌々ながらも了承したのが最後の会話だった。


気まずそうな笑顔が印象的だったが、今はもう思い出せない。


金曜日夕方までにリゾートに戻って、土曜日の朝はリゾートのチェックアウト客の、本土へのボート送迎をするはずだった。

夏休みでちょうどその島に滞在中だった上司からメールがあった。


「彼が戻って来ません。ちょっと家まで行っていつ出たか確認してもらえますか?」


この時自分は、

「ああ、またここの現地民あるあるのスッポカシだ。」

と、彼が勘違いかわざとか、その日中に戻らないといけない約束を破ったのだと思った。


その頃彼は、小さいモーターボート大海原を漂流していたのだ。


事故なのか事件なのかはまだ分からない。

まだボート運転勉強中で完璧ではない彼が、高波で操縦を誤ったのかもしれない。

日本と同様に、隣国とのいざこざがあるこの国で、隣国の武装船に襲撃されたのかもしれない。

貧しい人が多いこの国で、船で麻薬を運ぶ輩か泥棒に狙われたのかもしれない。


命の価値はみな平等だと耳にするが、この国では命の価値日本よりも軽すぎるように感じる。

お隣の国ではもっと軽いようだ。


自分が彼を短時間でも引き止めていたら、

彼にお金を渡すのではなく、お弁当を買って渡していたら、

少しでも違う結果になったのだろうか。

いや、なんの影響もないに違いない。

それでもタラレバの考えは尽きない。


涙を流しながら知らせてくれた上司は、彼に思い入れがあったのだろう。

お葬式には行きたい」

と、既に先のことまで考えている。


反して自分は、今のところ何の感情も湧かない。

悲しいとか悔しいとか無念とか、怒りも悲しみも出てきていない。

お葬式に参列したとしても、多分このままなのではないかと思う。


日本のへんてこな食生活を話した時にものすごい顔をして反応したっけ。

でも何を思い出しても何も感じない。


昨年のことになるが、日本で勤めていた会社の元同僚から、仲良くしていた非常勤のおじいさんの死を知らされた。

かたや若手に位置していた自分、かたや定年まで務め上げ、家族のために定年後も務めていたおじいさんの先輩。

所属替えで本社勤務となって最初部署で知り合った。

そして人事異動で別の部署となったものの、自分退職する前年度までは、たまたま同じ部署の配属に再びなって、

通路を挟んで背中合わせで座っていた。

よく雑談をして、冗談から真面目な話題まで、通路を遮ってしていたものだ。

おじいさんの死を聞いても、何の感情も湧かなかった。

今でも何も湧かない。


身近な死はあと1つ、自分祖父の時だけだ。

それでもメールで母に知らされた時も、何の感情も湧かなかった。

亡くなった祖父と対面した時、初めて涙が流れて、告別式の時は参列者に礼をする時に大量の鼻水がそれこそ滝となって流れたことに慌てた。

お骨を拾う時の、火葬機械から漂う熱がまだ忘れられない。

祖父の死は今の自分にとって、唯一大きな「死」なのだろう。


最近太宰治の娘である太田治子エッセイを読んだ。

お母さんに対する、未練と言っても良いくらいの、良い意味のしつこさを感じた。


自分最愛である母が亡くなった時、自分はどうなるのだろう。

今のところ母の次に愛する彼氏が亡くなった時、自分はどうなるのだろう。


今夜は眠れそうにない。

共感羞恥話題になってたけど

ツイッターの反応とか見ると「つらくなって場面を飛ばしちゃう」「見たらつらくて泣いてしまう」みたいな意見が多かったけど、個人的にはああいうシーンわりと嫌いじゃないんだよね。

俺も登場人物羞恥心共感しているし、「うわー、これはやばいぞ…」みたいに感じてつらくなったり目を背けたくなったりするけど、あの感覚は代えがたいというか、むしろフィクションによる良い体験だと思う。

日常生活においてああいったフィクション並の辱めとか恥をかく場面ってあんまりないし(ないことはないけど)、それをフィクションドキュメンタリーを通して疑似体験出来るってなんかつらいのに気持ちいいというか、つらくて目を背けたくなるし自分だったら逃げ出したくなるような場面だけどそれを目の前の作品を通して体験出来てすごいというか。

すごくアツイ展開に興奮したり、悲しい展開に涙したり、ホラー作品を見て恐怖を味わったり、日常系を見てほのぼのしたり、エロ漫画を見てエロい気分になったり、グロテスク描写を見て奇妙な感覚になったりというのと同じで、フィクションドキュメンタリーを通して得られる日常生活では得難いようなプラスマイナス方向への感情の起伏の一種として必要不可欠だと思える。

まあ人それぞれ好みは違うから共感羞恥的な場面が無理って人を否定する気は全然ないけど、ああいった場面が悪と捉えられたりああいった場面があったら駄作認定されるようになったら嫌だなあと昨日のツイッターの盛り上がり方を見て思った。

アメリカ大陸ヨーロッパの人が移動した時から、ってかそのもっとから

知識のない人が騙されるってのは基本的原理なんじゃないの?

そりゃ、社会感情を害すだろうから

バレたら企業として厳しい状況になるのかもしれないけど、

そのリスクをとってリターンを得てたってだけに思えるな。

他で安く売っているものを高く買うなんて、どこでもあるんだから問題ない気がするんだよね。

スーパーコンビニで同じもの売ってても、

自分の時給がいくらで、移動する距離の差がいくら

こっちがお得なんて考えて選択してる人なんてほとんどいないでしょう。

値段なんて相対的ものなんだから

その値段相当の価値があるって買い手が判断したら

契約成立だよ。

判断力がない人間契約自由を与えてるのが問題なんじゃないの?

"人間は考える葦である" って昔の人がいってた気がするけど、

えれなくなっても人の形をしてたら人間なんだろうか?

2016-08-24

道ならぬ恋(笑)におちた女の独り言

道ならぬ恋、というヤツに今現在の私は身を置いている様だ。

様だ、等と断定を避けたのは私自身この状況に大いに迷っている有様で、認めたくもあり、しかし認めたくもないという思いの間で立ち尽くしているからに他ならない。

頭を整理するためにも、と言うことでこんなふうに書き出し始めた。

そんなもんチラシの裏にでも書くか穴でも掘ってその中に喋らんかい、と思われるかもしれないが、恋愛ごとに悩みを募らせる女性のご多分に漏れず、私にもどうしても誰かに話を聞いて欲しいという構ってちゃん根性がある。

故にこの場を選ばせて頂いた。

前置きが長くなったがこれより先は一人の女が悲劇(笑)に身をやつした己に酔いしれているだけの何の面白みも無い独白だ。

読むも読まないも、自由にして頂きたい。





さて、非常にありきたりな話ではあるが、私が私のこの恋を道ならぬ恋と呼ぶ理由は恋の相手が既婚者で子供いるからだ。

幸いにも、相手が私に対して恋愛感情を抱いていない事と、私にも理性とそれを上回る恐怖心があるお陰で明確に道を踏み外している訳では無い。

ならば別に良いではないか、と思われる方もいらっしゃることだろう。

問題が無ければ、誰が誰を好きになるのも自由だと。

私もそう思っていた。

恥ずかしながら、私は過去に幾度かの恋の中で既に恋人がいる人を好きになった事もあり、その理論で武装して開き直った事もあった。

しかしその言葉を発している時の自分は、大体が「苦しい恋」に酔いしれていた。

悲劇のヒロインであるかのような、大層な自惚れだった。その人が好きだったのではない。私は苦しむ私が好きだった。



だが、苦しみというものは、外的要因だけからなるものでは決してない。

その外的要因を受け、それらが内的要因へとシフトして初めて本当の苦しみに転化する。

私にはそれがわからなかった。



私が恋心を抱いている人は、私より二回りも上の他部署上司だ。名を仮にAさんとしよう。

部署とは言っても、私の属する部署とはかなり密に連携を取るので、Aさんとはほぼ毎日顔を合わせる。

私が去年新入社員として今の会社入社してから、何かと絡んできてくれた人だった。

最初は何の想いも無かった。互いにからかいあってふざけるだけの他愛も無い関係だと信じてやまなかった。

どちらかと言うと、兄を慕うような、いや、年的にいえばむしろ父親を慕うような感覚に近かっただろう。

ただ、私は年上の(失礼を承知で言うと)いわゆるおじさん世代と昔からウマが合いやすかった。

なのでAさん以外にも、そういう風にからかいあう男性上司は何人かいた。なので別段その気持ちに不信も抱かなかったし、周囲からも「おじさん達と仲良しな子」程度にしか認識されていなかった。

何よりもAさんには妻子があるのを私は知っていて、からかいあってはいても大きく踏み込むような事はしなかった。



だがある時、それは起こった。

年末部署混合の飲み会が行われた。

何度か部署混合の飲み会は行われていたのだが、Aさんが参加するのは初めてだった。

初めて同じ席で飲めるという事で、私はガラにもなくはしゃいでいた。

この頃には既に周囲からも「Aさんと仲良くコントやってる賑やかし要員」という感じに扱われていたので、私もその役を演じようとしていた節がある。

少し遅れてAさんが参戦する頃には、私もほろ酔いで上機嫌この上なかった。

わざわざ席替えをして、Aさんの隣に腰を落ち着けていつもの様にからかいあった。

だがこの時はほろ酔いで羽目が外れていた分、私の方がAさんをからかっていた。

恋人にするならAさんが良い、等と間抜けなことを口走った記憶もある。

しかしその後、再び席替えをして私は別の先輩の隣の席へと移動した。

もうこの時には完全に出来上がっていて、記憶も正直曖昧だ。

ただ、何席か離れたところにAさんがいるのをちらりと見たのだけは覚えている。

私の記憶は一度そこで途切れた。



気付いたら私は吐いていた。

正確に言えば吐きそうになっていた。

だが寸でのところでAさんがおしぼりで私の口元を抑えてくれていた。

私が吐きそうになっていたのを誰よりも早く気付いたAさんが、慌てて私の所へ駆け寄ってきて口元を抑えくれたのだ。

しかも一度はおしぼりでなく、そのまま素手を差し出していた。

彼は私が堪えられずに吐いた時には、それをそのまま素手で受けるつもりだったのだ。

吐き気朦朧としながら、私は近くにあるAさんの体温を感じて、ただただ混乱した。



この人は何故気付いたのか。

何故駆けつけてくれたのか。

何故躊躇わなかったのか。



その後は女子の先輩にトイレで介抱して貰いしこたま吐いて、そのまま帰宅の途に就いた。

翌日は当然二日酔い。起き上がれもせず、辛うじて這うようにトイレまで行きそこで一日を過ごした。

しかしそんな中でもAさんのあの体温がまだ近くにあるような気がした。

心臓がざわついた。



大きな温かい手のひら、耳元で何度もかけられた身を案じてくれる言葉、今までに無い程近い体温、洗剤の匂いに微かに混ざった煙草香り



しまった。

好きになってしまった。



瞬間そう悟った私は、吐きながら涙も鼻水もボロボロ便器に零して泣いた。

嘘だ。

それが私が一番に考えたことだ。

目の前が真っ暗になった。

初めて感じた絶望だった。

始まった瞬間に終わる、しかし長く続く恋が始まったのを感じたせいで、だ。



苦しみは外的要因だけからなるものでは無い、と私は前述した。

外的要因と内的要因の二つが揃った時、初めて苦しみは始まる。

叶わぬ恋をしたから苦しいのではない。叶わぬ恋が叶っても叶わなくても、どこにも幸福が無いことに気付いて苦しくなるのだ。

叶わぬ恋であり続ける事が相手幸せであることに気付き、既に蓋もできない程に大きくなっていた自分の心を持て余し続ける。

まるで真綿で首を締められているような、そんなある種心地良さを纏った不快感が心に根を張る。

根は奥深くまで伸びて、やがてどうしても取り除けなくなる。

そうしたら最後

何度芽を摘み取っても、根から再び新しい芽が生えてくる。

繰り返す。



不倫を望んでいる訳では無い。

離婚して欲しい訳でも無い。

それなのに、心のどこかで叫ぶ声が聞こえるのだ。

「愛して欲しい、私を選んで欲しい」と。

その度に根は深くなる。



幸せになって欲しい。

でもあの人の幸せを願う度、心がジクジク痛んでいる。

私の隣で幸せになってもらいたくて、けれど私の隣ではあの人は幸せになれない。

矛盾した感情思考

私は怖い。

この感情のままにあの人を傷つけてしまうのが、不幸にしてしまうのが怖い。

どうか私がこのまま臆病者であることを願う。

あの人の何をも壊してしまわないよう、優しいあの人を傷つけてしまわぬよう、ただ恐れ、縮こまって生きてゆくことを願う。




こんなくだらない文を読んでくださった方、本当にありがう。

我が身可愛さの胸糞悪い文章で、大変申し訳ない。

ここにこうして公開した事で、心が幾らか軽くなった。

頭の整理もついたし、今後も周囲及びAさん本人にもこの感情がバレないよう上手くやっていける自信もついたところで、この文章の締めとしたい。

自分絶対に正しいと思ってる母親が小さい頃から大嫌いだ

からそうだった。

俺がやりたいと思って親に相談しても、母親がそれを理解できなかったら絶対に拒絶するしそれを「俺のため」として押し通す。

父親が味方になってくれて何とかできたこともあるが、大体は母親が大声を上げて感情を露わにして自分を貫き通してくる。

これで母親が本当に博識で、考えをまかせて良い方面に転がるんであれば俺だって別に文句はない。

だが50少し過ぎた年齢だからなのかネット事情には疎く、俺がネットビジネスのために必要書類を送ってくれて言っても無視される。なので父親内緒で送ってもらっている(ネットビジネスは月数十万円の利益が出ているし、何年も勉強してきて成果を出している)



まり俺の母親自分絶対に正しいと思ってるくせに馬鹿から大嫌いなのだ。(絶対に正しいと思ってる理由は一度たりとも謝らない点から

謝罪という行為が一番嫌いなのか俺と3つ上の姉に悪いことをしたと自覚しても一度も謝ったことはない。必ず「でも昔は私の判断が正しかった」と言って時代の偏差のせいにする。



良いところがあるとすれば進路など大きな選択をするとき自分で考えろと俺に丸投げしてきたことだろうか。

おかげで自分の進みたいように進んでこれた。まあ俺が「小学校の頃習い事していればよかった」と言った時「あんたがやりたくないと言ったからやらなかった、だからあんたのせい」と返すのはどうかと思うが。小学生が必ず自分の将来を考えて選択ができるかと言われたらそんなことないんだから



父親から学生時代仕送りをたてに田舎へ帰ってくることを強制されているので現在帰らざる終えない状況だ。

確かに恩はあるのでそうしないと筋が通らない、しか現在密かに行っているネットビジネスが上手く言ったら距離を置こうと思っている。



母親さえ一々感情的になってストレスを俺や父親にぶつけてこなければ何とも思わないし、仲良くやっていきたいとも思えるんだけどね。

俺が生まれた時点でそんな性格だったし無理だとは思うけど。



母親の良かったと思うところ

・夕食だけだが料理をしてくれた(弁当冷凍食品オンリーだったが作ってくれた父親と交代で)

仕送りのために副業を始めてくれた(ストレス母親から乳が言葉暴力を受けることが増えたので半年で辞めさせた)

家事は最低限してた(専業主婦



俺の母親毒親じゃね?ポイント

家事ストレスなのか舌打ちしながらする

小学生の頃から俺がなにかミスをすると「馬鹿じゃないの!ありえない!信じられない!」と大声で罵ってくる

自分が正しいと思っているのか絶対に謝らない、みすしても時代のせいにする

俺は末期的な患者医療後期高齢者医療はムダがあると思う

http://anond.hatelabo.jp/20160823232626

を読んで言いたいことがある。

今実際保険診療を受けてる人に対してなるべく抑圧的でない書き方をしたいと思ったが

どう考えても抑圧性は入るので先に謝る。すまん。

元増田家族やお母さんになんの文句もない。よい時間を過ごして欲しい。




ただ、自分の話に引き付けて言うのであれば

俺は自分がどうせ助からない難病になった時や

後期高齢者状態で難しい病気になった時には

金銭的にフルまで医療を受けたくない。

それのほとんどの支払が医療保険で賄われるとしてもだ。




そういう末期の”贅沢”を放棄する見返りは何かと言うと、

健康な時期に毎月支払っているバカ高い社会保険料の減額だ。

俺のように大した給料じゃない人間でも収入の15%が健康保険料と年金保険料だ。

サラリーマンなので半額を会社負担してもらっててこれだ。

年収500万なら75万を抜かれ、全体150万が社会保険料として発生してるわけだ。

話になるか?これ。

俺はここ数年で虫歯になった親知らずを抜きに行った以外では保険を使ってない。

凄く長生き出来たら最期は頭がぼんやりしながら年間何百万何千万健康保険を飲み込む沼のような爺さんになるかもしれない。

(その頃まで制度が維持できてたらの話だが…)




年取って最終的に難しい病気になって(ほぼ全員なるぞ)

クッソ高い医療費を払って苦しい状態で少し命を延ばすことにどれほど意味がある?

ここをカットするのが怖いと思うのはただの貧乏性だ。

「命を大事に」というのはみんな必ず無常で全員死ぬと言う現実から目をそらしている。




有限の命の配分として

まだ健康なうちに収入からものすごい割合を抜いておいて

体も頭も元気でなくなった時期によくわかんないまま高額な薬をぶちこむ代金にする

そこにちゃんと冷静な判断は有るのか?




それを抜かれなければ結婚したと言う人間も居るだろう。

そこを抜いておいて、不運にも身体が駄目になったりどうしようもなく老いたあとにジャバジャバと使う。

この消費の仕方はただの貧乏性ってもんじゃいか

リソースの配分はそれで合ってるのか?




もちろん難病患者後期高齢者が、なるべく苦しくなく惨めでなく良い最期を迎えられるようにはして欲しい。

それは自分が同じ立場になっても望むことだ。

まだ若い人が難病にかかって、何億も医療保険を使えば命を繋げる、という状態なんかは判断が難しいとこだ。

からまず高齢者医療の話をした。




俺が現役の間(あと何十年もある)にこの制度は変わらないだろうから

これは俺の為の議論ではない。

けれども必ずやって来る死にビビっての偽善議論、配分を間違えた議論個人社会も不幸にすると思う。

全員必ず死ぬんだから、よく生きてよく死ぬ為のプランを考えるべきだ。

高齢者に歯止めなく医療費を注ぎ込む今のやり方は死を否定して遠ざけようとしている愚かな感情が混ざって居るように思える。




http://anond.hatelabo.jp/20160824102650

できればイギリスのようにどれだけ薬を使おうが医療費一定、みたいな制度が出来てくれればいいのになあと思ってます

地獄ですよあれは。

不合理に陥る制度です。

経済的観点を失って誰もがフルまで医療費かけようとするようになります

リソース無限に湧いて来ないのに、誰がそれの支払をするんですか。

それはそれとして、今は大変で色々手に付かないでしょうが

なるべく心静かに頑張ってください。

チケット転売問題の底にある感情

「金持ってる奴が金で解決するのは悪だ」、この感情がこの問題根底でしょ。

お前ら、どんだけ金持ちが嫌いなんだ。

若者がどうとか、文化の発展がどうとか、そんなのは後付けの理屈しか見えない。



時間を余らせてる時間持ちが時間活用するのは善で、

カネを余らせてる金持ちがカネを活用するのは悪



ってのは、おかしいと思わないのか?

発達障害めんどくさい

自分発達障害疑い。専門の外来にかかっている。IQ全検査の値が120前半、言語130ぐらい、動作110くらいで、主治医によると発達障害に特徴的な凹凸はないので「疑い」止まり。ただし主治医主観ではエピソードなどを聞いているとASD強めに感じられるとのこと。自分としては典型的ADHD。締切の段取りうんことか部屋が常に空き巣被害現場とか。

・「ひとの気持ちがわからない」。感情の動きとか、「傷つく」と苦しいとかは経験的に知っていて、それを他人敷衍して考えることは出来るので、「傷つけないように心がけて動く」ことはまあまあできている、と思いたい。ただ、傷ついた人のケアとかが致命的にダメ。泣くときとか一人で泣いて気を落ち着けたい派なので人前で泣くともはや泣いた原因より泣いたこ自体が悔しく、ほっといてもらいたいタイプ

・上記を敷衍して仕事の先輩が隣のデスクで泣いてたのをそっとしといたら「ほっとかれた」「無視された」と思われたらしく、最近無意味にあたりがきつい。雑談一切ふってこなくなったしそれどころか業務にぼちぼち響き始めている。

しかし先輩は先輩でスケジュール詰めすぎて突発でこっちに穴埋め振ってきたりしているので、ぶっちゃけ塩対応していることで自分自分の首絞めてる感があるように見える。(雑談カットは過集中のケがある自分的にはほぼノーダメージ)

・これまでもぼちぼちと悪気なく不快心持ちにさせて下さった方なので(こっちがやってる仕事唐突に「引き継ぐ」宣言しておきながら、「過去メールをほじくり返すのが面倒で時間無駄から」という理由で詳細まとめた資料について口頭説明を求めるなどされる。「都度CC送信しろ」という指示はなんだったのか。こちらの時間無駄にして良いと思ってる的な言動ナチュラルにある)ただでさえ前々から嫌気が差さなくもない状態だったのだが、それがじわじわエスカレートしつつある。ぶっちゃけもうフォローしたくない。

・昨日は残業して作業してるときに、「自分がやりたい仕事があるし増田は今急ぎの仕事とかないはずだから端末空けろ(意訳。物言い自体もっと柔らかかった)」と言われて端末譲って帰ったがなんか納得いかない。先輩がやりたい仕事があるのは良いんだが、私はその時やってた作業以外にルーチンでこなさなきゃならないのがあと二つ残ってた。しかもうち一つは今週木曜までに目処をつけてその先輩に報告せねばならんやつだ。それを「他に仕事ないはずだよね」と来た。それはなくね? それはありえなくね?? 木曜ぐらいまでを目処にしろ言うたのはアンタやで?

・発達あるあるだと信じているのだが、こういう細かいエピソードはだいたい全部覚えている。何なら書き出せるのだが、書き出して提出するとなぜか見た人は大抵ドン引きする。書かれている内容にではなく、「こいつよくこんなに細かくいくつも覚えてんな」というところにである

・覚えていることに引かれるのなら、その都度「それはやめて」と訴えれば良いかというとそうでもない。というかそれやると一発で「反抗的」「ケチ」「不寛容」「自分のやり方に固執しすぎ」などなど悪名高くなること請け合いである(ただでさえ仕事の仕上がりの精度を気にしすぎていると言われているのに!)。何より、経験から「まず相手の言い分をのみ、できるだけそれに沿うように動く」ようにしてトラブル回避を試みるよう行動様式が固まってしまっている。上記の「他に仕事ないよね」への腹立ちを今ごろ言語化しているあたり典型的

・健常者ってこういうときどうしてんの? どう持ち込んだら「自分にも非があった」みたいなことを認めやすいの?? それともアレか、私が神経質すぎるのか? でもこの調子で突発的に作業ペース乱されると、ただでさえ締め切りまでの段取りがアレなのにキャパ超えてまうんで困るんですけど。仕事の成果が出ないという意味でも困るし、この先輩たぶん「締切守れ言うたやん」って指導してくるはずで、それにこっちも内心で「おまいう」ってなってしまって良くないと思うんだよね。

転職とか配置換えは視野に入れない方向で(仕事内容自体は向いてるので辞めたくない&代われる人員居らん)、なにか良い案ないですか健常なるみなさま。あるいは宇宙人仲間たち。

http://anond.hatelabo.jp/20160823235839

学校行事がクソなのは同意するが、

気持ちや心というのは後天的学習して身に着けるものなので

いくら大事だといったところで、与えなければ生まれもしない。



一方で、苦しかった思い出は印象に強く残るようで、

同じ釜の飯を食った仲というように、絆は深まるらしい。



学校理不尽仕打ちを受けて苦しんで、そういった中で感情というものが育まれる。

まあそういうのって洗脳って言うんだけどね。

学校行事はっていうか、学校はクソ。

2016-08-23

面倒な友人と連絡を断って3週間ほど

携帯電話の連絡先を拒否リスト登録した。電話メールブロック

やり過ぎかもしれないと思う気持ちもありながらも、解除する気にはならない。

解除してしまえばまた、同じことの繰り返しだからだ。

彼女から一方的な会話、一方的なおしゃべり。

そちらが話せば聞くと彼女は言うが、聞くスキル共感スキル絶望的で話したいとは思えない。

結果、こちらが興味もない彼女趣味の話を聞くばかりになる。

それでも暇で余裕があるときなら、できないことじゃなかった。うるさかったし面倒だったけど、付き合うくらいはできた。

けれどこちらが大変な状況になった時にも彼女の行動は変わらなかった。相変わらずの自分趣味の話。

私の話にねぎらいや慰めを返すでもなく、黙って聞いてくれるでもなく。自身のどうでもいい話を遠慮して話を切り上げてくれるでもなく。

相変わらずの趣味の話を続けようとした。

とても腹立たしく感じるのと同時に、まったく気持ちが伝わらないことが異質で気持ち悪くなった。

嫌いになった、とかではない。

けれどもう彼女と付き合っていけるとは思えない。

憎しみとかそういう感情でなく、友人と縁を切るということがあるんだなと今思う。

享年彼女いない歴(予定)だけど、人を好きになるって何なの?

どうして誰にも好かれたことがないんだろうと考えてたら、ふと、誰かを好きになったことがないことに気付いた。

異性を見て可愛い、綺麗、と思うことはあっても、それは美術品や花を見て抱く感情と同じでただの感想以上の意味は無い。好きという感情機微がわからない。

物語的な意味合いでの意味はわかるが、それは物語からこそ現実感が伴わない。他人に対して、本当に物語にあるような強い感情を抱くものなの?




たまに、勇気を出して告白しても振られてモテないって人がいるけど、そういう人と自分のような享年彼女いない歴になりそうな人間は別カテゴリにしないと前者に対して失礼だと思いましたまる



自分的にはセックスしたいと思ったら好き

なるほど、下半身か。だとすると、何故その人としたいと思うに至るのかがわからないし気になる。

自分下半身感情ですら、誰かに(本気で)抱いたことが無いのだと思う。

LGBT関連の炎上案件が多発するなか『ラブデスター』がこの先生きのこ

ラブデスターとは

ジャンプ+にラブデスターという漫画が連載されている。

作者は榊健滋週刊少年ジャンプで連載経験もあるので、ご存知の方も多いかと思う。

セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』、『ピューと吹く!ジャガー』で知られる、うすた京介の妻という点でも有名かもしれない。

LGBT炎上案件

さて、世界的な近年LGBT人権意識の高まりもあってか、国内でも最近立て続けにLGBT差別問題話題になった。

このような世間意識の変化を受けて、大手企業ではどうしても敏感にならざるをえないようで、

人々が自身性別自由に変更出来る近未来舞台にした『境界のないセカイ』(幾夜大黒堂)は、

作中の表現について講談社同性愛差別にあたるという懸念から打ち切られることになった。

作者のブログで経緯が説明されている。

講談社さんが危惧した部分は作中で"男女の性にもとづく役割を強調している"部分で、「男は男らしく女は女らしくするべき」というメッセージが断定的に読み取れることだと伺っています

…中略…

これが顕著にみられるのは本作第5話で、バーチャルリアリティ空間内で女性化した主人公に対して男性恋人があてがわれ、オペレータが「女性恋人男性であることが当然である」ように語るシーンがあります

このオペレータ台詞が同姓を愛する方々にとっては酷いことを言っている、という認識はありました。

だったらなぜそれを言わせたのか。

…中略…

物語が進む中で主人公ヒロインをはじめとして性の越境を行った人に触れる中で、こうした無関心から来る考え方にすこしづつ疑問を抱いていき、最終的には多様な生き方に寛容な考えを持たせていくつもりでおりました。

ここの描写は背景世界説明の一部であり、主人公の変化を描く過程の一部でした。

問題となった描写作品世界内の個人発言しか無いこともあるし、それが現実世界において好ましくない意見だとしてもいずれ作品総体としては否定されていく意見であるので、最終的には問題なくなると判断していたのです。

なお、LGBT団体レインボーアクションはこの打ち切り騒動について、

「この作品の性に関する描写に、他の作品と比べて特段の問題があるとは思われ」ず、むしろ打ち切りは「表現の自由を抑圧するものだろう」との声明を発表している。

ラブデスターでの同性愛

そして、やたらと前置きが長くなったが、ラブデスターにも同性愛者のキャラクターが登場する。

まずラブデスターのあらすじをAmazonレビューから引用したい。

 廃墟のような実験都市連行隔離された月代中学校の三年生140名。彼らの前に試験官と

称して現れたファウスト(1.st)は「真実の愛を示せ」と命じる。誰かが誰かに告白、左腕にはめ

られた装置ハート)がカップル成立と判定すればその二人は解放される。だが失敗して拒絶され

れば告白した側がその場で死亡、期限の一ヶ月が過ぎた時に残っていた者も同じ運命

恋愛事に興味のない生徒会会長・若殿ミクニは反発し、何とか皆をまとめて生還の道を探るが…。

真実の愛を示せ」と言った理由は「ファウストにとって理解できない愛を理解するため」と言いながら

そのファウストカップル愛情の真偽を判定してるのはどういうことだ、とか色々と突っ込みどころはあれど、

詰めの甘さは前作から引き継いだ作風なのでここでは取り上げない。

140人もいれば当然、人口比で5%とも10%ともいわれる同性愛者も存在する、ということで、

本作にも男性同性愛である姫川』と女性同性愛である蝶野』というキャラクターが登場する。

しか特に姫川の扱いが天下の集英社が連載するタイトルとは思えないほど酷い。

真実の愛を持ち得ない同性愛

姫川好意を寄せているのは主人公で、ことあるごとにアピールしていくのだが、

ノンケである主人公からは当然のように拒否されるばかりでなく、

なんとゲーム裁定であるファウストからもその感情ごと全否定されてしまう。

前提としてこれは命をかけたデスゲームであり、よくある少年漫画のように

ゲイキャラクターギャグ要員として入れているわけではないことに留意されたい。

(一般論としてゲイギャグ扱いすることについてはここでは触れない)

挙げだすとキリがないが、これらの、一貫してこの作品からは、

同性愛真実の愛ではあり得ない」という主張が見える。

集英社も当然チェックした上で70話近く連載を続けているのだから、このメッセージ問題と思っていないのは明らかである

異性愛至上主義世界観で登場させられた同性愛者の姫川および蝶野がどんな結末を迎えるにしても、

くらいしか思いつかないのが辛いところである