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はてなキーワード: 楽しいとは

2016-12-04

回避グセを直したい

所属してるグループで飲みに行こう、と話が持ち上がっても、行けない、と言ってしまう。予定が空いていたら埋めてしまって行けなくする。

当日、ツイッターから楽しそうな様子を想像して、胸の中がモヤモヤした感情で一杯になって吐きそうになる。

辞められない。この負の感情支配されてる時、ああ生きているなぁと唯一思える。

でも本当は僕もその場に行って楽しい時間を過ごしたい。たぶん。


なんで行かないんだろ。

1つは、行かないって言ったら相手が残念そうな顔をするので、それでグループから疎外されてない、承認されてると感じられるから悪趣味だけど嬉しいんだ堪らなく。

1つは、僕が行くと場が盛り下がるかも知れないから。自分がこの場にいない方がいいと感じる瞬間が、この世で一番嫌い。いてもいなくてもいい、透明人間になったような、誰から必要とされていない瞬間。周りが動いているのに、自分だけ止まっていて、流れに竿を差している瞬間。


まだ実家暮らしてた頃。

僕は4人家族長男なんだけど、両親の愛は弟によく注がれていた。彼らの僕ら兄弟に対する向ける表情が違った。弟との会話と僕との会話で彼らの声のトーンが違った。4人で話していても僕は時たま無視され、弟と両親が笑っているのを僕は遠くから見ていたものだ。

そりゃあ、つまらない人間ですからね。

でも親に気に入られたくて、勉強は頑張ったし、反抗もしなかった。弟は勉強避けて反抗もしてた。なんだよ!!!

分かるけどさ。手がかかる子ほど可愛いんだろうし、僕の不満は己と親の価値観を同じだと思ってたから。

だけど透明人間だった僕の嫌な思い出は消えてくれない。


自尊心を守るために回避行動をしている。

毒たる僕が、わきまえて身を引いている。そう思ってる自分に酔ってる。

そんなことないよ来てよ、と言われて更に酔いが深まる。とても気持ちいい。


でも本当に欲しいのはコレじゃない。本当の人間関係が欲しい。

愛想笑いして付き合うことに何の価値がある。同調圧力なんて大嫌いだ。

違いを認め合っている関係、ていうか僕を受け入れてくれる人!!

依存か?

絶対に受け入れてもらえなければダメなんだ。

から、ある程度仲良くなったと思ったら、暴言を吐く、距離を置く。それでも僕を見捨てないでくれる人よ。僕はあなたに捧げよう。僕の真心全部。


こんなキモい奴は誰からも受け入れられない。

変わりたい。

死ぬ間際に、一人きりで後悔したくない。

また明日太陽が昇っていくね

【また明日太陽が昇っていくね】

僕「復讐だ!復讐だ!だから、あとで射撃の復習しよう!」

兵士「あと2人。あと2人、戦闘で倒したら、お前を解放してやろう」

僕「ハァ、ハァ。ここへ来て1年か。わが町は無事だろうか?仲間はほとんど戦闘員になって戦場に散ってしまったけど。でも、井戸の下に隠した大事ものだけは守れたからな。OKです!」

兵士今日は、ある町に行くぞ。あと2人だから、あまり害のないような人間を消せばいい。今回は、それだけで終わる」

僕「あい、OKです!」

兵士「ああ、OKだ。じゃあ行こうか。どうした?」

2人の青年、歩きながら。

僕「あの、あなたは、どうして兵士に?」

兵士ダメだ」

僕「え?」

兵士「私語はつつしめ」

僕「(OKです)」

兵士しかしながら、この町は、寂れているな。たいした町ではなかったのだろうな」

僕「(頷く)???コイツ、けっこう喋っている?)」

兵士「いいか。私語はつつしめ。」

僕「OKです!(あんしか私語をつつしんでいない人は、いないぞ)」

兵士「実は、この町には大事な秘宝が隠されているって話だ」

僕「なんと!」

兵士「秘宝をあとで、抜け駆けして、2人で探さないか

僕「(来た!抜け駆け、、、2人で、、、間違いない、BLルート来たー!わっくわっく)」

兵士「ゴホン。ちなみに終わったあかつきには、いいものを見せてやるぜ」

僕「へ、へえ・・・・・・・・・・・・・・。(コイツおかしいんかな?)」

兵士「お前は、大事ものってあるか?」

僕「OKです!」

兵士「俺は、実は息子を探しているんだ」

僕「(・・コイツ、頭おかしいんかな?)」

兵士「お前ぐらいの年頃だった」

僕「かわいそうですね、そりゃぁ」

 

寂れた町の真ん中に、2人ポツン。

兵士「さて、町についたぞ。すぐに行くぞ。用意は、大丈夫か?」

僕「OKで~す」

兵士「ここだ。ちょっとから目隠しをするぞ」

僕「え!まさか、極秘任務なんですか?」

兵士「そう。しばらく歩き慣れねえと思うから適当にそのへんを歩いてろ」

 

寂れているが広場だと思われる町で、目隠し青年が、そのあたりをうろうろする。

僕「ああ、何も見えないって悲しいんだな、こんなに( ´ー`)何か見えるって楽しいんだなぁ」

 

時間後。。。。。。。。

僕は、目隠しをとった。

   

僕「水鉄砲だと思えばいい・・・最初はそう言われたのだ。だから、僕はウッタのだ。だから、あれは僕のせいではないのだ。次も、次も、次も、次も、僕なんかのせいじゃないのだ。1000人目も違うのだ。その次も、僕のせいではないのだ。そう言われたのだ。絶対に、違うのだ。だから、、、」

 

どこかなつかしい人間が、目の前に倒れている。

僕「僕のせいではないのだ。僕は、ただ、目かくしてをして、ウッタだけなのだ。。。。」

兵士「あと1人は好きなやつを打っていいぜ。俺でもいいぜ。みんな同じ人間を打つけどな。ちなみに、この娘は、最後に会いたい人は誰かってきいいたら、家族だって言ってたぜ」

 

目隠しをしない青年は、破裂したような音とともに、その場に倒れてしまった。水鉄砲が破裂しただけのような感じで。僕は大丈夫、と彼は言ったのだ。

でも、兵士の耳には、大丈夫じゃない、といっているように、聞こえたのだった。

 

兵士大丈夫だ。この娘は、お前が打ったことに気づいていない。この子も、目隠しをしているからだ。イヤーな・・・・・・任務だったな今回も。戦争なんて、なくなればいいのに。くそ・・・俺も、こうしないと、大事家族jが消されちまうって話なんだ。すまなかった。青年よ。さらばだ、青年よ。さて、この兄妹を、寄り添えて墓でも作ってやるかなぁ」

 

兵士「あ、太陽が、のぼっていくね。。。ま、なにごともなんてことねえ、過ぎ去ったことは、OKだって話だな」

今まで恋愛と無縁だった27歳のオタクだけど重度の恋煩いにかかった

今までアニメパソコンに湯水の如くお金をつぎこんできたオタクだけど、

クリスマスも近くなってきたし、ふとこのままでいいのかなって思いが煮え立ってきて、出会い系登録してみることにした。



出会い系ってよくない噂いっぱいあるじゃん

業者サクラに貢がされるとか、いわゆる「釣り」で、実際に会いに行ったら男どもが待っていてプゲラされたりとか。

でも、どうせこのまま生きていても女性恋愛する機会なんてないだろうし、なんかモテない人生に嫌になって死のうかなって思ってたところだったので、

どうせ死ぬなら出会い系死ぬ気で頑張ってみて、それでも駄目なら死ねばいっかって思った。

いやまあ本気で死ぬつもりはないし、死ぬのは怖いし、どうせなら本気で不老不死技術が生きている間にできてほしいと願っているくらいだけど、

どうせ駄目なら死ねばいいって考えると精神的に楽になるじゃん。そんな感じ。



ステマ目的じゃないので、どの出会い系登録したとかは書かないけど。



とりあえず登録して、何人かにメッセージを送った。でも全然返信は来なくて、やっぱり自分モテないんだなって思った。

出会い系って、自分顔写真を載せるわけよ。

正直言って、自分不細工だ。それは自分の27年間の人生証明している。



高校生の時、かわいい子(A子とする)が自分休み時間に話しかけてくれたんだけど、別の女の子(B子とする)が来て、

「A子さ、そんなのと話してて楽しい?笑」みたいな感じで馬鹿にされたりしたこともあったよ。

「そんなの」ってのは俺のことね。ものすごい屈辱だったね。

B子は「いやーなんで?別に話しててもいいじゃん」ってフォローしてくれたのが、また優しいなぁって思ったりして。

B子ギャル感のある子で、身長も172ぐらいあって、明るい性格クラスの人気者で、

とても自分の手が届く子ではなかった。

B子は珍しくカースト意識がない子だったか自分にも話しかけてくれただけで、B子には普通に彼氏クラス内にいた。

まともに女の子と話した経験B子を除くと事務会話以外はほぼゼロに等しい。



話が逸れたけど、自分出会い系サイト顔写真を載せた。

今は顔写真修正できるアプリとかあるじゃん

あいうので不細工な部分は隠して結構盛った写真を作って、載せたわけよ。

それでいざ準備も整ったし、女の子たちにメッセージをしてみた。でも、返信がない。



一応、数人だけメールが返ってきたけど、まるで自分に興味がないような感じで、そのあとのメールは一日も続かなかった。

これって、思っている以上に精神的にダメージ大きいよ。プロフィール写真を見て、男としての価値がないって突きつけられているようなもんだから

その時の感情絶望というに等しく、行き場のない怒りと恨みが自分の中にふつふつと沸き上がった。

ああ、やっぱり出会い系でもうまくいきそうにないな、やっぱり出会い系なんかやめて死のうかなって考えていた矢先、

ある女の子(C子)からメッセージが届いた。



C子には自分からは送っていない。

こんなに無視されている自分でも、興味を持ってくれる人がいるんだってものすごく気分が舞い上がった。

しかも、その子写真がとてもかわいくて、自分が今まで見てきたどんな知り合いやアイドル声優よりも、自分にとってタイプの顔だった。

運命だと思った。



返信を考えているうちに、3時間ぐらい経ってしまったが、落ち着け落ち着け自分に言い聞かせながら、平静を装った文章をなんとか作り上げ、最初の返信を送った。

自分とC子はお互いに社会人というのもあり、メールのペースはかなり遅い。2日置きぐらいのこともあった。



それでも一通一通のメールがとても楽しくて、ああ、生きていてよかったなって思った。

数日メールでのやりとりをした。ある程度して、LINEを交換した。

お互い、LINEには顔写真を載せていたので、それがお互いにとって出会い系に載せている以外の写真を見るきっかけとなった。

C子は、LINE写真出会い系写真とあまり変わらず、かわいかった。

一方、自分はと言えば、出会い系に載せたものと比べて、かなり不細工だ。

出会い系に載せた写真を見て興味を持ってくれて、LINE写真を見て、「なんだ、詐欺写真だったのか」って思われてしまうのが一番怖かったのだが、

不幸にもその予感は的中してしまったようだ。

LINEを交換したあと、C子からの返信ペースはかなり遅くなった。

返信の文章も、かなりそっけなくなった。



今も、来ない返信を、神に祈るような気持ちで待ち続けている。

せっかくの日曜日だってのに、朝からC子のことばっかり考えて、何もかも手につかない。

これまた悪い予感なのだが、もう返信は来ないような気がしている。



出会い系に手を出すまでは、モテないことはつらいけど、趣味仕事は充実しているし、まあいかぐらいの気持ちだった。

でもC子とメールを始めてから、C子のことで頭がいっぱいになって、返信が来ないことに落ち込んで、C子に好きになてもらえない自分不細工さを恨んで、

とにかく頭の中にごちゃまぜの感情がこれでもかというぐらい押し寄せてきて、精神的に相当きつい。

これはどんな感情なのかと、お得意のインターネットで調べてみると、これは「恋煩い」というもので、「恋の病」とも呼ばれるものにかなり近いと思った。

普通恋煩いなんて、中学生か遅くても高校生ぐらいで卒業しているものなのだろうが、いかんせん自分にはそれを発症する機会なんてなかった。

そのため、恋愛で病むなんて信じられなかったし、そんな奴はどれだけ豆腐メンタルなんだよって思っていた。

でも、今じゃ自分のほうが豆腐メンタルだ。

C子とメールをしていた時の気分の舞い上がり方も、今の落ち込み方も、C子を思ってドキドキする気持ちも全て人生で初めてで、自分の中で処理できる感情を大幅に超えている。

クラス女の子や、アイドルを見て、かわいいな、付き合いたいなって本気で思ったことは何回もあったけど、そういうのとは全然違う。

返信が来ないなら、もう一回送ってみるとか、もういっそ無理やり会う約束をこぎつけて、会ってもらって判断してもらうとか、いくらでも方法はあるだろうが、

C子に嫌われたくないと思ってしまって、中々勇気が出ない。



ああ、なんで自分はこんなに不細工なんだろう。勇気がないんだろう。自分は駄目な奴だ。



顔が微妙でも、もっと上手な返信でC子を楽しませられていれば、LINE交換後も変わらない関係でいたのかもしれないが、

女の子文章でやり取りした経験なんてほとんどないし、Google先生に聞いてもC子を楽しませるピンポイント方法なんて、当たり前だが出てこない。

ものすごく少ない引き出しを全力で吟味して返信を送っても、

あとから「いや、完全に間違えた。ここはこう返すべきだったのではないか・・・」「この間違いでC子につまらないって思われちゃったらもう返信来ないんじゃないか・・・」と自分ミスを責める気持ちが湧いてきてしまって、それもつらかった。




とにかくこんなことは知り合いにも相談できないし、でもどこかで吐き出さないとこの感情自分が押しつぶされると思った。

ふと、はてな匿名ダイアリーがあったなぁ、って思い出して、今これを書いてみた。

完全に思いつくままに書き殴っているので、言葉遣い稚拙だったり、時系列文章としての流れに矛盾があるだろうが、

それでも書いていて、随分と気が楽になった。



でも、C子への気持ち全然消えなくて、やっぱりつらい。

いい年の男が、こんな女々しいことを書いてて、自分でも情けねえなって思う。



C子との恋が実らなかったら、もうこの出会い系サイトは辞めて、オタク趣味仕事の日々に戻ろうと思っている。

そのぐらい、今はC子しか見えなくて、C子以外の女の子には興味が向かない。




出会い系サイトを始めるまではこんな気持ちは全く感じたことがなかったのだから、前の生活に戻れば、

そのうちC子のことなんか忘れて、恋愛なんてしなくてもいいって思えてた日々に帰っていけるんだろう。



くそうなればいいのに。

恋愛という新しい世界を知ろうと思って飛び込んでみたけど、知らなければよかったって思ってしまう。

そのぐらい、恋煩いはつらいものだって学んだよ。

人を動かす情動

心理学はやったことないけど、

好きという感情と嫌いという感情が最も人を動かす情動だと思う。

それを支えている感情

美醜や、楽しい楽しくない、であり、

その下に

世間の決める良し悪し、優劣、などの価値観があるような気がする。


それら全てを見張っているのが、

善悪

なのだろうか。



どの価値観を優先すべきかは、場合によって異なるけど。

趣味に関しては、良し悪しよりも、自分の好き、嫌いという感情を優先していいが、

仕事人間関係は、良し悪しを、自分好き嫌いよりも優先させねばならない、みたいな。

無神経な人間ひとりごと

人の創作物キャラクター勝手恋愛関係にした妄想をしたりそういう創作をすることの是非と、ホモ百合創作物が責められるのはまた別問題だと思うし、後者は実際のところただのマイノリティーの否定ではないかと思っているんだけど、ごっちゃにされがちじゃないだろうか。



私はオタクだし自分マイノリティーの要素があるのは自覚しているけれどマイノリティであることを人に責められたくないし、人のマイノリティーを責めたくもないし、そして責められるべきではないと思っている。


こう言ってはなんだけども、むしろマイノリティーを責める理屈が解らない。

自分がなんでこうなったのか解らないけど、私は同性愛や、男性女性以外の性別について、全く抵抗を感じない。当たり前に、そりゃああるでしょう、という感じ。

同性愛の人が身近にいたわけでもないし、同性愛ものを人より多く読んで育ったということも特段ないと思う。

なんでこうなったのか解らないけれど、そういう愛の形や、心の在り方に関して、抵抗がない。抵抗を感じる心持ちが解らないほどに、抵抗がない。

前に同性の友達に「実は同性愛者だ」と言われたことがあるけれど、「そうなんだ」で終わった。

たとえばおなじように男女のカップルが2組いたところで、その二人の間にある関係性や愛情が同じなんてこともないだろう。

男女だろうが男男だろうが女女だろうが同じ人間人間の間にある関係性のひとつで、それ以外の性別だって人間で、性別なんてものは、一人の人間が持つ単なる要素のひとつしかない。

単なる、とはいえ、その要素を持つからこそその人が成り立つのから大ごと。

でも本人にとっても、周囲の人にとっても、その重視する度合いは変わる。


こんな風な考えだからなのかわからないけれど、私にはマイノリティーを責める理屈がわからない。

たとえば宗教上駄目というのもあるんだろうけど、そういうのを自分以外の他者にも適用するのは簡単じゃないし、戦争して力で捻じ伏せたところで他者の心にも自分の考えをインプットできるかっていうとそうでもなくて、じゃあ延々話し合えばできるかっていうとそうでもないし、戦争と話し合いとスキンシップ敬遠嫌厭で許容できるだけの距離をはかりあって付き合うしかない。


私はただの恋愛ものが大好きで、すてきなふたりがお互いを好きであるなら、「一生添い遂げてしまえ」、と思うし、同性愛や男女以外の性別の人たちにも、そうであることについての葛藤とか苦しみとか悲しみとかを感じずに済んで欲しいなあと思うし、そんなものを除いた、同性愛や男女以外の性別の人たちの恋愛ものだってもっと読みたい。

もっと現実の世の中に溢れて欲しい。



最初に書いた文の、前者の「キャラクター勝手恋愛関係にした妄想をしたりそういう創作をすることの是非」については……これに関しても発表されている創作物に対して自由感想を持つことは責められるべきじゃないし、同じような感想を持つファンファンでそれを共有することが責められる意味もよくわからない。

ただそれで発表されている創作物自体が損害を被るのは問題だし、そうなる可能性のある行動を軽軽に傍若無人に取るべきではない、とは思う。

あ、性的ものを堂々と多くの人の目に触れる場所に掲げるのも問題というか、普通に迷惑だと思います



本当に純粋にこう思うのだけど、オタクがこれを言ったら、ただの自己正当化屁理屈のように取られるのかなあ。

創作現実はごっちゃにすべきでない、そりゃそうだけど、別に現実だって普通にあるでしょ、そんなこと。それ自体が私の勘違いだろうか?いいやそんなはずない。

ちなみに私自身は異性に目がいく傾向があるけれど、たぶん同性の人にも恋に落ちるときは落ちるだろうなあ、という気がする。どうも私にとっての性別は、人を好きになるとき、そんなに重要視する要素じゃなさそう。


たぶんわたし、無神経なのかもしれないなあとも思う。

だけどみんなも私みたいな感覚になれば、楽しいしみんなが生きやすそうなのになあと思う。

戦争をする気はないので、なんとなくこんなところで、ひとりで零します。

2016-12-03

2歳になる姪っ子になにかクリスマスプレゼントをあげたい

積み木はあるし、文字積み木?(板状のやつ)もお下がりで持ってるし

ぬいぐるみは妹も旦那も好きで既にいっぱいあるみたいだしなんにしよう

そろそろ3語文を話すというけど、絵本はまだちょっと早いのかな

それにしても子供おもちゃって見ているだけでも楽しいし癒される

いかにして家業を継がないべきか

当方大学生。親が地縁とか血縁とかがそこそこ物を言うかなり伝統のある職に就いており、一人っ子である俺に大学卒業家業を継いでくれることを期待している。殆ど要求に近いが。

で、俺はその家業を継ぐつもりが毛頭ない。たまに手伝いをするがやっていて楽しいと感じたことは一度もない。まだ親にはこのことを話していない。

大学では家業とは全く関連のないことを勉強していて、院進を考えている。親が学費生活費を出してくれるとは思えないので、そのあたりもカバーしてくれるような海外の院しか選択肢に残らない。国内の返済型の奨学金を利用する気にはならないし、給付型に関しては親の所得状況的に通らないだろう。収入がないのではなく、それを出してくれないことが問題から海外に逃げることである種の家出にもなると思っている。

念の為から個人的に金を貯めておいた方が心強いとは思うが、海外の院に通るかどうかも怪しい状況の中バイトに精を出す気にはなれない。家業を数年だけ継ぎ、金を貯めてからその職を放り出すという選択肢は厳しい。地域との付き合いがかなりある職なので、俺が途中でその立場放棄したら地域の中で空白となってしまうその職の後継ぎを探すのは俺の責任になってしまうし、俺と親の世間体は最悪になるだろう。もっともその地域における俺の世間体は初めから家出したとしても最悪だろうし、親の世間体はもう気にしないことにしたが。

海外生活をしたことはなく、自分が進もうとしている道がかなり無謀なものであるという自覚はあるので、今後の人生について不安しかない。一般論でも良いのでアドバイスが欲しい。親に相談できるような内容ではなく、友人に話すにしても重すぎることなのでここに書いた。

好きな異性は確実に手に入るとは考えられない

趣味なら好きだからやっているので確実に楽しい

ホビーなら物だから買えば確実に欲求は満たされる

でも人は違う。何しても上手くいかない時もある。

恋愛を上手くできなくなった人が増えたのか

確実性を求める人が増えたのか

趣味余暇の過ごし方が昔と比べて多様化しすぎているか

結婚したいと思う人が減ったり少子化に繋がるのだと思う

からないものお金を払うぐらいなら

好きなもの買い集めたほうが余程満足感が得られる。

2016-12-02

この世界の片隅に」はドキュメンタリーかも知れない(ネタバレなし

評判が異様に高かったので観てきました。観終えて真っ先に思ったのは「えっ、どこが面白いの?」というたくさんの疑問でした(苦笑)

このお話は、戦前そして戦中に生きた「すず」という少女物語です。すずはちょっとぼーっとしていますが、いつも笑顔を絶やしません。そんなすずは昭和19年に見初められた見知らぬ男の人のとこへ嫁いでいきます。そして、どこで会ったかも覚えていない男の人の一家と暮らすことになりました。

こう書くと戦中の「暗いお話」で、昔の風習に流され嫁いでいった「不幸なお話」のようにも思えますが、ぜんぜんそんなことはありません。むしろ、戦中を必死に生きる人たちの中で、おとぼけすずの楽しい日常が描かれていきます。この作品コメディでもあるんですよ。なにせ自分が嫁いできた家の名字も知らなければ住所も分からないのです。途中何度も笑いそうになりました。

しかし、コメディからといってもクスってなる程度でそこまで強烈なものでもありません。基本はのんびりした主人公すずの、のんびりとした日常描写です。日常系アニメとか間延びし過ぎて苦手だし、大して笑えないコメディなんて観たくもないです。のんびり主人公日常なんて、そんなの映画にされたら堪らないよ! と思う暇もなく、気づいたらあっという間に120分が終わっていました。

……あれ? 何が起きてるの?

映画館から出で最初に思った「どこが面白いの?」という感覚。にも関わらず、120分間片時も画面から目を離すこともなく、一瞬も他のことを考えもせず、映画に釘付けになった事実

これはなんだ? なんなんだ? そうだドキュメンタリーだ!

この作品に分かりやす物語性を期待すると「あれ、どこが面白いの?」という感想になってしまますが、これをドキュメンタリー視点から眺めるとガラりと評価が変わります

緻密なまでに調べ上げられた背景や情景。人物生活描写。昔のことの知識がないのに、自然と伝わってきますきっと当時の人達は本当にこうやって暮らしてたんだと。そして何より、生き生きとそこに存在するすずを初めとする登場人物たち。これは声優の演技でもあり、アニメとしての芝居の持つパワーでもあります

アニメ映画である限りすべては嘘であり、物語以前に、山も空も町並みも人物戦闘機もすべてが嘘なのです。そう全部嘘なのです。嘘なのに画面の隅々まで嘘が全くないのです。映画館座席に座り、上映が始まり終わるまでの120分。すずは本当に目の前に生きていたし、本当に瀬戸内風景がそこに映し出されていましたし、その間に戦争が始まり戦争が終わります

この圧倒的なまでのリアリティに支えられ、すずはその場に存在しているのです。

続き→http://nabe2.blog.abk.nu/0239

匿名から

書けないこと書くけどどうでもいい。

あと、流行語大賞意味が無いって思ってたけど、ここで言えば得になるってわかったんでそれが得。

適当なこと言う選手権会場!!

忍法使って空飛んで、でんぐり返っていいなーいいなー人間てい……じゃんけんぽん。

ウェンザッナイッじゃんけんじゃんけんぽん。

じゃんけんだって一言加えれば楽しい

だったら楽しいこと言おう。

http://anond.hatelabo.jp/20161202145302

ゲーマーによるゲーム実況ならそれこそゲーム実況見た方が楽しいと思うんだけど

要するにオーバーロードのメイン視聴者ゲーム実況を知らないから新しい感覚を味わえたってことか

ネトゲ系のラノベのものが大規模MMO経験者が若い層に少ないからこそ流行ったような背景があるもんなあ

Web業界ってかわいそうだよね

ゲーム業界とかならまだ作ってて楽しい瞬間があるかもしれないが、Web業界はそれがゼロからな。他人のほんとどうでもいい、誰も見ないようなサイト自分のしたくないやり方で作らされる。退屈だし、苦しい。ゲームアニメSIerに比べるとそりゃ残業比較的少ないが、することに変わりはないし、つまらいか残業も苦行。あーーーー辞めたい

生きる意味と生きがいについて

 なぜ人間は生きているのだろう と疑問に思ったことがある

 生きる意味って何だ 何で生きているんだ 悲しかったりめんどくさかったりすることもある人間の営みはなぜ続くんだ? という具合にだ

 最近流行りの星野源という歌手は、生きる意味なんかない と歌の中で言っている

 そもそも、人間理屈というもの発明してから、この疑問は出てきたのだと思う。 それ以前は意味という概念さえなかったのだ。 理屈という、言葉によってなされる概念から、その疑問は生まれたのだと思う。 言葉がない生物は、疑問さえも持ちにくい。言葉がなければ疑問という理屈はないからだ。

 もともと、人間歴史にも言葉がない時代があったはずだ。そんな時に生きる意味を考えた遠いご先祖はいたのだろうか。わからない。

 というわけで、僕も生きる意味なんかないのだと思う。

 その代わり、人には生きがいというものがある。

 家にいる我が子の笑顔が生きがいの人もいれば、アイドルを追いかけまわして楽しむのが生きがいだったり、二次元にいるアニメキャラ萌えてそれを生きがいにする人だっている。それは人それぞれなのだ

 だけど、生きがいがない人間も世の中にはいる。 例えば今の僕だ。

 前までは彼女と一緒にカフェだとかホテルだとかに行ってイチャついていることが、何よりも幸せだった。しかし、次第に愛は薄れ、さまざなプレッシャーやら不信感やら、無粋な感情に押しつぶされてしまえば、そんなものは息を潜めうやむやになってしまう。

 生きがいを失った僕は、生きる意味について考えた。再びだ。

 生きがいがなかった時代にはしばしば生きる意味について考え、彼女ができればそんなことも考えないようになり、別れた今 また考えているのだ。

 要するに、生きる意味を考えるということ自体、生きている辛さからの逃避なのだと悟った。

 理屈というものは、本質から遠ざかり、悩む人をより深い絶望感に誘うことだってある。自殺者がそのような気がする。

 意味のないことを考え続け、ある日 そんなものはないと悟り、なら死んじゃおうぜ みたいな感じで。

 絶望溢れる人は、生きる意味がないとニヒリズムに陥り、生きることをやめることもあるのかもしれないと最近思う。

 しかし、生きがいがある人はそのようなことにはならないだろう。生きがいは理屈では本質を突けない。生きがいを理屈説明しても、それはきっとただの後付けにしかならない。生きがいを感じながら生きるのが楽しいから、そこには理屈がない。理屈がないことで救われているのだ。

 生きることを肯定した前提で書くけれど、やはり生きがいは持つべきだ。理屈にとらわれない動機。それが人を生かすのだと思う。

 かくいう僕は、最近の生きがいは(一応)食べることだ。 食べると幸せだし、救われる気が一瞬する。それでも、胸が落ち込み動けなくなったら、筋トレをして体を痛めつける。筋肉痛になれば、ウジウジする余裕がないからだ。それでもうつ状態になってしまったりすれば、もうその鬱感に抵抗することはやめて、堕落した生活を過ごす。そうすれば少しは胸が楽になって、数日は生きていける。

 端から見れば、僕は堕落したどうしようもない奴にしか見えないけれど、それでも生きる。 鬱感が僕の営みを妨害して絶望に陥れたりもするけれど、それでも生きる。生きていればいいこともあるだろうとどこかでわかっているからだ。

 いろいろ書いたけど、鬱でどうしようもない僕を生かしているのはそんな希望なのだなぁ と。だから、今の僕の生きがいは希望なのかもしれない。

 

 

家に来るインド人について

最近、夜の3時くらいにインド人が7人ほど家の中に入ってきて、ベッドの前でダンスを踊るのですが、どうすればいいのでしょうか。



もちろん、最初に彼らが来た時はとてもビックリしました。

私が寝ていると、突然、部屋の扉が開き、部屋がライトアップされ、その中で、無音で、インド映画にあるようなダンスを踊るのです。



誰でも驚くと思います警察通報しようかとも思いました。

しかし、よく見ると、どうもこちらに害を与える様子がないのです。



とりあえず、訝しがりながらもそのダンスを見てみることにしました。

そうすると、そのキレのある動きに見とれてしまい、結局最後まで見届けてしまったのです。

ダンスが終わるとインド人たちは両手を合わせ、一礼して帰っていきました。

私は呆然とその場に座っていました。



それからは、彼らは毎晩のように来るようになりました。

私もいつしか彼らが来るのを楽しみにするようになっていました。

ハリの無い人生だったのが、確かに明るくなった気がしたのです。

夢のような毎日でした。



しかしそれも束の間のことでした。ある事実に気がついてしまったのです。

なんと、彼らが踊る輪の中に、いつも一つだけ空きがあるのです。そう、彼らのダンス完璧ではなかったのでした。

それに気づいてからというもの、私の心は沈んでしまいました。残念なことに、もうダンスを見ても楽しくありませんでした。



ある夜、うんざりするような気分で彼らのダンスを見ていると、突然、あるヒラメキが頭に浮かびました。

私はベッドから立ち上がり、彼らの中に混ざり、見よう見まねでダンスを踊り始めました。

「1人足りないのなら、私がその1人になればいい。」

それが私の出した答えでした。



これで、またあの楽しいダンスが戻ってきたのです。

さらに嬉しいことに、私が混ざると、彼らもとても楽しそうに踊るのです。

踊っている途中で横を見ると、ニカッと満面の笑みを返してくれます



それからは毎晩一緒に踊るようになりました。

彼らのダンスはとても難解で、激しいです。

正直に言うと、とても疲れます

しかし、これまでの人生経験したことのない充足感を感じるのもまた事実なのです。

あの楽しいひと時を過ごせると思うと、いても立ってもいられないのです。



インド人たちとダンスを踊るようになってからというもの、実生活の方に支障が出るようになってしまいました。

職場で居眠りをして、上司に怒られることがよくあります

同僚からは「疲れてるから少し休んだほうがいいよ」と言われます

また、先日医者に行ったら過労と診断され、しばらく安静にするように言われました。

しかし、安静ということは、すなわちインド人と一緒に踊ってはいけないということです。

そんなことが許されるのでしょうか?



正直に言うと、彼らとのダンスは既に私の生活に欠かせないものになっているので、たとえドクターストップがかかったとしても、止める自信がありません。



ここ数日、彼らはダンスが終わり、部屋から帰るとき意味ありげな手招きをするようになりました。

どうも「こちらについて来い」という意味らしいのです。

これは私が彼らの一員として認められたということなのではないでしょうか。

彼らについていくと、その後にどうなるのかは分かりません。しかしどうも、今の生活よりも楽しいものになる気がするのです。



彼らはきっと今夜も部屋に来てダンスを踊るでしょう。

そして、意味ありげな手招きをするでしょう。



私はもう我慢する自信がありません。



どうしたらいいのでしょうか。

大学教授だろうと教育者なんだから、もう少し学生モチベーション保たせるような方針研究室運営してほしい


今まで研究進めてきたのに、進捗も定期的に聞いていたのにしばらくして突然「それじゃあ院生レベル研究じゃない」と言われても、困る

確かに努力の方向は間違ったけどさ

確かにレベル低いけどさ




言う言葉が悪いよ

ストレートにやる気へし折る言葉を投げかけられたら、こっちだって心折れるよ

誰しもタフな心持ってないよ

もう少し研究の楽しさや成長する喜びを教えてよ

院生になって半年以上経ったのに未だに研究何も楽しくないよ


自分が成長できた気がしないよ

いつもいつも貴方言葉に怯えているんだよ

幾度となく貴方言葉と態度と行動に自信ぶっ壊されたよ

アフターケアもなかったね

何度も自信を打ち砕かれ、ろくに褒められもせず、しばらく放置して時間なくなってからちゃぶ台返し

私の心を殺す気か貴方



言うタイミングも遅いよ

中間発表もうすぐだよ

今更ちゃぶ台返ししないでくれ、もっと早くからおかしいと気付いていただろう

どういう考えでどんな方向に研究してたかはきちんと週一で報告していたし

聞いてなかったはずないよね、意見返してくれてたよね



担当教員を信頼できない

本当に貴方学生思いなのか?

研究ができれば学生はどうでもいいのか?

ならば研究室とは何なんだ?



多分教員とはどこまで行っても打ち解けられないのだろう

教員学生立場じゃなくても、おそらく

忙しいことも抱える学生10人いてそれぞれ面倒見るのが大変なことも私なりに理解しているけど

もう少し一人ひとり見てくれてもいいと思うんだ



少なくとも後輩に「うちの研究室楽しいよ」なんて、今のままじゃ言えない

「来ないほうがいい、疲れるだけだよ」と教えて回りたいくらいだよ


だって研究室生の何人かはもう心壊れかけだもの

現に不登校になった人もいるし……

私も疲れた

答えは出ないし道は見えないし、最小限のヒントすらもらえない

もう研究室が嫌だよ

だって行きたくない

行きたくないけどこのままだとどうにもならないか

心に鞭打ってるよ


途中から研究室変えられないのかな

制度的に無理かな

そして、どこに行ってもこんな教員ばかりなのかな

ああ、嫌だなぁ

[]

今回はガンガンオンライン

彩音お嬢様はサノバ○ッチにあらせられる 第6話

こじ付けギャグが凄まじい本作だが、今回は特に大盛りだったな。

「そんな都合よくいかねえだろ」のオンパレードで、しかテーマであるはずのボッチ関係ないトラブルばかり。

セリフの中では、「黙れ玄武!」がツボだったかな。

逆に「こじつけギャグ漫画からってこれは酷い」のと思ったのは「耳・エンド」かな。



モドキドモ #10

前回、六条が助けた女子主体エピソード

の子も実はモドキという設定でちゃんとテーマに絡めてくるし、前回の「なぜ授業中に」という不自然な状況へのアンサーにもなってるしと抜け目ない。

まあ、それはそれとしてチョロい子だ。

やり取りも、相手がそれぞれ都合よく解釈してくれる勘違いコメディだが、モドキという設定がちゃんと活きてている感じで良いね(まあ、もちろん強引さは多少あるけれども)。



私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!108

それぞれの人格立場とかのフィルターを通して語られるので、他人人物評って大抵の場合どこかしらズレているんだよね。

でも、それが二人の異なる立場の人たちが語ることによって符合するという構図は楽しい

まあ、それよりも小宮山はっちゃけが強烈過ぎて、そういう構成の妙なんてどうでもよくなるが。

いや、ほんと弟くんの最終的な結論は正解だと思う。

2016-12-01

スマホアプリで砂が落ちてくるやつがある

砂は画面上部からさらさらと細い口から落ちてくる

その砂が、ユーザーが線で描いたスロープだったり器だったりに溜まっていく

たくさん溜まってやがてこぼれていく

それだけのアプリなんだが、なんだかとても楽しいし癒される

http://anond.hatelabo.jp/20161201165140

わかる

WEBページには作品よりも、怒ったくせに怒ったことをちょっと反省しながらコーヒーを入れてくれたりする宮さんのほうが楽しいだって

そう書いてあったのが妙に和んだ

麻雀の終わり

増田は、天鳳というネット麻雀で最高8段まで行きました。(7段に落ちたりしたけど)

だいたい、上位1%くらいです。

6段~7段くらいが、雀荘で強いって言われてるレベル

  

それで、まあずっと麻雀やってたんだけど。

最近ちょっと辛くなってきた。

まるで、廃刀令が出された時の武士気持ちなんですね。

確実に麻雀ソフトに抜かれる。

  

麻雀ソフトに抜かれるのは大歓迎なんですけどね。

だって麻雀で強くなるんだみたいなものから解放されるから

悲しいのは、俺はまだ麻雀をやってるってこと。

強くなることから解放されたけど、麻雀面白いと思っちゃうんだよね。

  

おかしいんだよね。

俺は自分リアル生活がグズグズだからネットで「俺は強いんだ」みたいなのを求めてやってる面白さのはずだったんだよ。

ネットが無い時代は、強い人とやりたかったらリアルで会う必要があったからね。

でも、ネットなら、わざわざ会いに行かなくても、好きな時に、トップレベルプレイヤーがずーっとネット麻雀を打ってる。

そういう、俺の子供のころなら考えもしなかった、「世界最強レベルとの殴り合い」ができることが楽しかったんだよ。

リアル生活だと、いろいろしがらみがあって、正面からの実力勝負なんてできないからね。

  

で、そういう自分の力を出せることが面白さだったわけで。

麻雀ソフト麻雀人間に勝つなら、「麻雀ソフトで学ぶ方が圧倒的に効率的、対人で打つってってのは効率悪すぎる」ってなるわけで。

最強証明ネット麻雀やるのもいいんだけど。

それがつまり知性の証明にはならないんだよね。ソフトの方が上だから

世界最高の知性と正面から殴り合いする面白さを求めてネット麻雀をやってたわけだから、それが目の前のパソコンソフト世界最強なら、そいつとずーっとやってたほうが効率的なわけ。

しかも教えてもらえるだろうし。

から、対人する必要がない。

  

だいたい、強くなる理由って、他人より優秀なことの証明のはずで。なぜ他人より優秀でありたいかって、知性に対する信仰があるからなんだよね。

この世の最高の知性が人間だった場合は、最高の知性を持つことが生きる意味に直結できたけど。

コンピューターがやってくれるなら、それはコンピューターが最強ってことでいいよ。

その点でコンピューターがやってくれるんなら満足。

銃が剣や柔術の代わりになるのと同じ。

  

しかし、人間の知性はここだけじゃない。

ちょっと調べたら、プログラミングコンテストなんてあるじゃないですか。

top coderっていうの?

正面から知性で殴りあって、レーティングを競ってて。しかプログラミング能力っていう現代にかなりいい感じに役立つ知識で殴り合いじゃないですか。

面白そう。

学ぶにはもう遅い年齢かもしれないが、勝負世界の楽しさってのはこういうところでもいいんじゃないか。

  

麻雀っていう人間の知性の一端がコンピューターに変わったからって、別に感慨は無い。

麻雀はこれからも続いていくし、コミュニケーションや単なる遊びとして続いていくでしょう。麻雀学習楽しいし。

でも、効率化されてしまたからには、さようならだな。

片手間でも、これまでよりは麻雀は俺は強くなれるでしょう。

これからは、別の分野でまた勝負すればいいだけ。

  

そもそもネット麻雀すら、10年くらいの歴史しかないしね。この程度の役割だったんでしょう。

響け!ユーフォニアム診断~あなたはどの楽器っぽい?~

楽器やってると「(楽器)っぽい」ってのは日常茶飯事で下される診断なんだけど(そういう本も出ているかもしれない)、楽器してない人には「???」が浮かぶシーンだったらしいユーフォ9話。

なので○○っぽいを書いていこうと思います

あなたはどの楽器っぽい?



華奢で可憐、温和でお嬢様イメージ

これは多分だが、主にフルートメロディーライン担当するときは、他の楽器が音を極小にするため

音量があまりないので、病弱っぽいとも言える

フルートっぽいっていうのが一番分かりやす楽器かもしれない

生真面目で決して派手ではないが、真っ直ぐなイメージ

クラリネットシンプル楽器なので、音もわりとシンプル

曲の中でも常にメロディラインに居る場合が多く、吹奏楽部では1stクラリネットトップコンマスとなることも多いので、リーダーイメージも強い

一人称ボクのイメージは僕の大好きなクラリネットより

朴訥と職人タイプ

アニメと同じように楽団に一人もしくは二人の少数精鋭になる

また演奏がとても難しいと言われているので、気難しいイメージもついてくる

地味かと思えばカリスマ性があるのかも

ファゴット、もしくはバスーン

独特の表現が出来る楽器。中音域から低音域になるので奇抜では無いが、明らかに他と違う

美大に居るタイプ

目立ちたがり屋(にぴったりな楽器

しか個人技術センスが高く求められるので、ただ浮かれて目立つタイプより、技巧を持ちセンスを兼ね備えた目立ちたがり屋こそがサックスっぽい人となる。

派手な印象で、カリスマにもなれる素質がある

ちなみにテナーバリトンサックスとなると、いぶし銀さが増す

れいなみたいなタイプ

演奏家には圧倒的に目立つソロが与えられるので、自分に自信を持てるタイプ

また音自体が目立つ上に誤魔化しがまったく効かないので、率直なタイプとも言える

良い意味で憧れの存在、悪い意味協調性が無いか

地味に見せかけて実はヤンキータイプ

伴奏ではリズムになることも多く、端っこでメロディーラインを吹くことも少ない

しかファンファーレなどで欠かせない楽器であり(ホラ貝の音で試合開始!的な)

フォルテ(f)がたくさんついている時に、どんな楽器よりも輝いてくる

まさしく元ヤン

協調性があるタイプしかし腹黒)

中間域の楽器。多くがユーフォとほぼ同じマウスピースを使う。

トランペットと並び見た目から派手なタイプなのだが、ユーフォにも近いので演奏方法によって変わってくる。

普段は柔らかく賢そうにもできるが、少しの匙加減で音がバリバリ割れた乱暴な音に変化する

相当腹黒い。しかし頼りになる存在だろう

いろんなものに馴染む人。適応力が高い人

例えばクラリネットトランペットオーボエサックス、このあたりを繋ぐのがユーフォの音

吹奏楽以外ではなかなか見かけないが、吹奏楽で音の混じりあいを考えるととても重要になる楽器(なので主人公ユーフォなのかな)

混じるので地味だと思いきや、主旋律とは違う副旋律(または対旋律、裏メロ)を任されていることも多い

金管の中でも柔らかい音色なので音も澄んでくる

心優しく、素直で、そしてそれを演出できる計算して生きていくタイプ

頼りになるみんなのお父さんタイプ

吹奏楽部に関しては、重いので男子学生があてられることが多い。そして女性社会部長押し付けられてしま可哀想境遇を持つ

この人がいないと心許ないし、集団破綻してしまうので最重要と言える

しかし派手にはならない。それを受け止められる包容力演奏家にも、音自体にも大事になる

のんびりとした鈍感力を感じる楽器である

楽しい事が好き、バンジージャンプが好きなタイプ

目立つ、隠れない、効果音的。これはつまり静かな空間に入っていく緊張感を飛ばす強心臓と、そこへ向かうスリルを楽しめる能力必要になる

パーカッションでまとめると楽器が色々ありすぎて困るが

隣りに同じ楽器旋律がまったくない中で「自分自分」と思えないと演奏できない

演奏家マイペースであり、メトロノーム友達ストイックタイプが多いか

まり根暗(だが目立ちたい)

自分世界を持った個性的タイプ

パーカッション複数人居るのに対しコントラバスは少人数になる

周りに教えてくれる人が少ない。そして基本的リズム隊となるので、自分にこだわりを持ち低い音を追及していくこととなる

なので演奏する人により拘る箇所が違い、音色も変わってくる

演奏家には合奏練習中に疎外感を感じることも多いのか、変わったことをして周りの気を引こうとするタイプが多い気も



楽器はいろいろあるけれど、とりあえずザックリとこんな感じになります

多分、似たような人がその楽器に集まっているのは統計学をとれば証明できるのではないか?と

そういう人が楽器をするのか、その楽器をするからそういう人になるのか。

気になるところです。

ファイナルファンタジー15

これは伝説の名作レベルの出来なのでは。

フィールドで移動するだけでも楽しい

戦闘も迫力があるのと、アクションなのであくまでも自分の力が大事

ファイナルファンタジー3セブンを足して二で割って現代的にした感じです。

おすすめします。

2016-11-30

まれる前に戻って人生始めるか聞かれたらYesって答えるやついるの?

そりゃあ俺にだってしかった思い出や現在進行形で楽しんでることくらいあるよ?

だけどぶっちゃけ人生って、面倒とか苦痛の方が圧倒的に多いだろ

始めちゃったらやめるのも許されないから、続けるためにどうにか楽しいことを探さなきゃいけないのであって

最初から人生始めなければ楽しみというものがそもそも必要ない

友人や兄弟との関係ちょっと惜しいが、あったものがなくなるんじゃなく最初からなかったことになるんなら、

別に誰も傷つかないし何も失われてないんだから構わないよな

それでも敢えてYesって答えるやついるの? 人生の何がそんなにやりたいの?

FF15体験版だけやって思ったけど、リアル表現が多くてびっくりする一方で、作品世界リアリティが薄いような気がするんだよな。

料理の質感とか、車の汚れとかいい具合に描画されているし細かいところで「ほー」って思うことは多い。

でもその一方で、「スマホ持ってるのに首都陥落の報を次の日の新聞で知るっておかしくない?」とか、「皇子御一行が旅に出てすぐ金欠って…」とかストーリーの進め方に無理やりな部分が見られる。

フィールドでも、近くにモンスターがわらわらいるような荒野車道でも舗装がピカピカだったり、廃墟が多く並ぶ先に高級リゾート地が現れたり、なんだか納得がいかないことが多すぎる。

最初のうちは圧倒的な映像美で脳の報酬系刺激されまくって楽しいだろうけど、美人は三日で飽きるように世界の粗の方が見えてきて投げ出しそうな気がする。まあネタバレが怖いタイプゲームでもないし、中古が安くなったら買うのが一番かな。

男はおっぱいに勝てないというが

男が勝てないのは若くある程度可愛い子にくっついてるおっぱいであり、若くなく不細工で可愛げもない女の胸肉は腹の脂肪とかわらないのである

鶏むね肉100g50円のほうが食べられる分価値があるんじゃないのか。

若いうちから胸の大きさを取り沙汰されたこともなくモテチヤホヤも何もなかった。

自分Gカップは一体何のためについているのだ。不憫すぎる。

一点、何か持つときちょっとした支えに使える時があってそれは便利かもしれない。

あと、歩く時に上胸のところを触ってるとふよんふよんしてちょっと楽しい

マウントする気持ちがわからない

なんでそんなこともわからないの、簡単じゃん、とかそんなことも知らないの、という先制攻撃を仕掛ける人の気持ちがわからない。

自分学生の頃歌がうまいと言われており、社会人になってからでもどうしてプロにならなかったのか、と言われたほどだった。

しかしそれは基本的日常的に披露するたぐいのものではないし、他者が歌えなからと言って馬鹿にするものでもない。

時折卑屈な目線で見られたり疎んじられたこともあったが、誇る気持ち大人になるにつれて薄れてしまった。歌は楽しい世界のすべてではない。

仮に音が取れない人がいたとして、その場合音のとり方を教えるだけだし、できないからと言って馬鹿にする要因にはならない。

とても失礼な言い方をすると、できない人は掴みさえわからいからできないのであり、素養がないだけなのだ

声の質が悪いならば声に恵まれなかったとも言える。こうした天分は変えようがない。

そして素養がないことは悪ではなく、ただメソッド化して伝えれば良いだけの話だ。

天才にはなれないかもしれないが人並みには歌えるようになるだろう。

その場合においてもできない気持ちを踏みにじる意味特にない。

先日の文章書けないイライラ増田の件に関しては当人にも問題はある。

だけどもできない悔しさに関しては自分だって色々と経験してるし、悔しさが拭えない分野だってたくさんある。

そんな風に嫌なことも経験してるので、特に相手増長してない限り上から臨むこともない。

そんなことも知らない、という発言であれば知ればよいし、簡単じゃん、は上記の理由により簡単ではない人の気持ち理解しろと言いたい。



特定分野が世界のすべてになっている人は、その分野に時間をかけ、自分の一部になってしまった人だ。

そして全てになっている人はそれを失いたくなく、また一番でありたいと望むあまり他人攻撃的な態度を取る。

自分の積み重ねが一日一丁でないならば、自分はすごい能力をもっているのだと思いたがる。

努力した分だけ何かが積み上がっていると錯覚したがる。それが崩壊するのを恐れて同一分野の人間先制攻撃を仕掛けてゆく。

試合前に格下とやらせて勝つイメージを蓄積させる一部の格闘技と一緒だ。今までの自分肯定する要因を他人に求めるのだ。

マウントとはしばしば認められない人間が取る行動であり、認められないなら強引に認めさせてやる、という狂気心理であるとも言える。

まり承認の行動を敵対として表現する愛情表現であるとも言えるし、乾き続ける自分のために生き血の供物を捧げる疑似神でもある。

特定分野でマウントする人は特定分野における理想的・幻影的自己像を欲している。

自分はこうあるべきなのにと思っているが、自然体の自己乖離しているため常に認めさせたがってイライラしている。

自己像の固定のためには相対的な生贄が必要であり、その乾きが満たされることはまずない。

蓄積したもの幻想なのかどうか、という宗教的な問いに関して自身を納得させることは自分でも難しい。

しかしそれは紛れもなく幻想で、自分自身を安定させる一部分ではない。