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はてなキーワード: 国語とは

2017-02-18

anond:20170218002240

後出しなしの理系(またはAS)選別クイズ仮定して回答してみよう。

(=たぶん、元増田はあとから「それは違います、実はこういっていました」っていうとおもうけど・・・あえてクイズとおもってこたえてみる)

 

ラインライブ行ってくる、晩ご飯は机に上に出してる。ライブは19時~21時半くらいに終わる」

字義のままにだんなさんが解釈したのがこちら

晩ご飯は机に上に出してる」=あたためて食べろとまではかかれていない。きっと帰ってきた妻がやるのだろう。

ライブは19~21時半くらいに終わる」=19時におわることもあり、21時半におわる可能性もあるライブである(19時開始ならそう書くはずだ)。帰宅の時点から妻があたためて二人で食べはじめるだろう

まりなんやかんやの誤解?正確すぎる読み取り?の結果、彼は21時半には妻がごにょごにょしてご飯にありつけているつもりだったということでしょう。

旦那の用意している答えは「不正確なラインを送ってとまどわせてしまってすみません

 

まあ実際にはそんな思い込み15分遅刻ネタに4本ビールを飲む人とか、コナンみたいな歪んで一方的な謎解きを妻に要求する夫などはいないとおもいたい。

万が一本当で、しか離婚したくないなら、うまいこと国語をすりあわせるため、お姑さんなどのデータも取り寄せて対処してください。

今のままではやっぱりお互いに宇宙人でだいたい合ってる。地球宇宙に浮かんでる星ですし。

2017-02-17

国立西洋美術館擁護するはてカスども

美術館勤務経験があって英仏独伊のうち2か国語以上できる人材を時給1240円で募集する国立西洋美術館(https://togetter.com/li/1082006)を擁護するはてカスども

ほんとはてブコメントクオリティって落ちたよな

id:timetrain なんとなくお嬢様向け枠で既に内定済みなんだけど形だけ求人出しとかないとコンプライアンス的にうるせーから出した、という気もするんだけどどーだろ。

id:QJV97FCrスキルを要する難しい仕事からって儲かるわけではないからなぁ

id:akikonian マルチリンガルエリートっていうの、日本人外国人西洋人コンプレックスの裏返しのような気がする。/学芸員って大学単位取ってコネさえあればいけるから特別エリートでもなんでもない。

id:amd64x64 言語スキルがあることはエリートとは限らないから仕方ない。ネイティブ話者が多ければ学力とすら思われない。

http://anond.hatelabo.jp/20170217104105

プレゼン能力に関することは国語では一切学べなかった。

あの現代文の授業になんの意味があるかわからない。



やすスライドの作り方とか、聞く側の知識背景を考えながら発表を組み立てることとか

社会に出てからOJTで身に付けろと言われたらそれまでだけど、古文漢文時間割くくらいならその練習の方がマシ

http://anond.hatelabo.jp/20170217162811

改行を書く人の勝手判断任意にできるものとして国語教師は教えてるんだが、英語では改行にはかなりうるさい規則があって、読みやすさだけのための改行はルール違反として評価を下げる。

ってな話をよく聞くけど、どう思う?

http://anond.hatelabo.jp/20170217080401

言われていること全部高校の授業でやった気もする



保険税金年収・将来設計政経家庭科

医学さわり生物家庭科

薬学さわり化学生物

プレゼン能力英語国語・その他各教科

生活に関わる法律政経家庭科



もちろんさらっとしかやんないけど、自主勉強でのちのちカバーできる程度の知識は得られるような

国語のススメ”

10 件 (0.29 秒)




”国 語 完 了”

”国 語 完 了”との一致はありません。




国語完了

約 241 件 (0.32 秒)

2017-02-15

授業の見所1 中学授業参観


先ごろ、知人の子もの中学校学校公開に行ってきた。

公立小学校中学校では、年に数回、授業風景を公開するのである

昔で言う父親参観日や日曜参観日と同じことである

目的中学校まで少し距離があるので、朝早く家を出て、9時前に着いた。

まりお客(参観の保護者地域の人)は来ていない。

受付をすませて、さて、どこのクラスで何の授業をしているのかの案内がない。参観者にとって不親切だ。時間表のプリントぐらい、準備するのが常識だ。

ふとみると、下駄箱の横に、B4大で、授業の一覧が貼り付けてある。仕方がないので、それをメモして、まず、全クラス雰囲気を知るために、足早に各教室を覗く。この時点で、学校の落ち着きというか、学習への意欲・雰囲気が、ある程度まで分かる。

時間から、20分程度ずつ各教室に居座って、じっくりと観察する。

我が子の顔さえ見れば満足という人は別格として、授業参観には、やはり見所のようなものがある。

授業では、まず教員(授業者)の技量を見る。力のある教員がいれば、その学校は一流に近づく。そのような教員は、多ければ多いほどよい。中学は学級担任制ではなく、教科担任制なので、各教科とも(国語数学英語に関しては特に)、実力のある教員をそろえる必要がある。

教員の実力は、一言で言うと、その授業が、子ども学力現実的に高めるものになっているのかどうか、という点で判断できる。

これを無視して、子どもに優しいだの、話が分かるだの、生徒指導がどうのこうのだのは、まったくもって、教員仕事を誤解しているとしか言いようがない。

授業あっての教員である。それができなくて、他のことが満足にできるわけがない。

教員技量を見分けるには、参観者自身が、20年以上の教員経験があり、その教科においても授業者以上の学力識見教授技術を持っていることが望ましい。だから、誰にでもできることではない。

しかし、そうも言っておれないので、見所のヒントをいくつか挙げる。


まず、子どもノートを横からちらりと見て、どの子ものノートもある一定の水準を超えていればよしとする(そのレベルについては、具体的なことは言えない。当該授業内容による。とりあえずは普通の字できちんと書いていればよろしい、とでも言っておこうか。ただし、良いノートというのは、知性が感じられるものである)。

ノートを見るには、 教室の後ろの壁に張り付いていてはダメだ。どんどん生徒の机の横にまで行って、覗かなくてならない。そんなあなたの姿を見て、授業者は嫌な顔は、しないはずだ(これは机間巡視と言って、教員の「いろはである)。

次に授業者の声の大きさ、間合い、リズムを聞く。怒鳴り上げたり、いらいらしていたり、不必要な大声や、早口はいただけない。

うろうろと動き回ったり、逆に石のように一つ所にいたりするのも、よくない。

いわば独特の知的リズムによる、動きや声の間合いが必要だ。

業者の字が上手で、板書が多いと、参観者はすぐに感心してしまうようだが、これは大きな間違い。板書は少なければ少ないほどよい。板書なしでもよいくらいだ。

というのも、教員はすぐに板書に頼ってしまう。少なくとも板書していれば、間を持たせることができるし、黒板に書かれたものを、子どもノートに写していれば、なんとなく時間がたつ。一見、授業をしているような気になってしまう。

板書がなくて、しかも生徒のノートがきちんととれているのが一番である

それに、板書している間は、授業者子どもの方を向けない。板書中に、子ども発言を聞くなど、もっての他である発言している子どもの顔を見て、聞いてやって、子ども発言対応するのが原則である

板書は、ここぞと言うときにのみ、無言でするものだ。説明したければ、書いた後、子どもが確実にノートに書いたか確認した上で、真正面を見て(黒板を背にして)するものだ。

続きはまた書く。

2017-02-14

ミミミド~の話

小学3年生の時に転居した土地は、以前住んでいたところよりもかなり田舎だった。

以前は田畑は少々あるが小さな商店住宅がひしめき合っている町。バス10分置きには来るくらい。ほぼ標準語で通学は私服だった。

転居先は、田畑が広がり校内の過半数農家の子バスは2時間に1本程度で、かなり訛りがあり通学着は指定ジャージだ。

転校して一番のカルチャーショックだったのが、その訛りと文章の読み方である

話し言葉にも訛りはあったが、音読の訛り方はそれと全く違っていた。

教科書音読をすると、皆一様にいかにも妙なイントネーションで読み上げるのだ。

そのイントネーションとは、文章の頭からずっと同じ音程で読み、句読点の前の一文字だけガクッと音程が下がりながら語尾を伸ばすというもの

音符に直すと「ミミミミミド~、ミミミド~、ミミド~、ミミミミミミミド~」という風に。

例文で表すと

こんにちはわたしタナカイチロウです、トウキョウから、デンシャで やってきました。」

「ミミミミド~ミミミド~ミミミミミミミミド~ミミミミミミド~ミミミミド~ミミミミミミド~」

このようになる。

決して冗談ではない。

両親に連れられて行ったスーパーマーケットでも店内放送は同じようにミミミドのイントネーションで流れており、大人も同じであることに改めて驚いた。

話が前後するが、私は転入先の小学校いじめに遭っていた。

転校初日学校指定ジャージの購入が間に合わなかったため、以前の学校と同じように私服で登校したことが発端だった。

前述したようにこの学校ではジャージが通学着で、男子は青、女子臙脂色指定ジャージを着用している。

その上指定されてもいないのにほぼ全員がプーマの白いスニーカーを履いていた。

またこのジャージは通学着に限らず普段着としても着用しており、私服を着るのは冠婚葬祭だけという者が多い。

話し言葉服装も違う異端はいじめの格好の的になった。

必死話し言葉を合わせて、ミミミド~読みも会得し馴染もうとしたが、状況は好転することはなかった。

日々の陰湿いじめに耐えるのにもう飽き飽きし、これ以上媚びても仕方がないと、5年生になった時にミミミド~読みを止めることに決めた。

そして国語時間音読指名を受け、私は意気揚々標準語教科書を読み上げた。

周りが、先生までもが私に注目し、読み終えたあとの静寂に誇らしい気持ちになった。

その後いじめが酷くエスカレートしたのは言うまでもない。

2017-02-11

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-10

SF小学校の教科に加えよう

国語のようにSFを読んで

社会科のようにスタトレのビデオを見て

道徳のように内容についてディベートして


楽しいぞう

科学の基礎から異文化交流からAIへの愛から

なんだって学べる


わりと真面目に夢のような世界だと思うんだがな

書きながらまた眠ってしまった

http://anond.hatelabo.jp/20170207224412

こんばんは、教育困難校に勤務してる増田です。

昨日(エントリを書いた次の日)の昼休みパンかじりながらスマホをチラ見したら、エントリがすごいことになっててうろたえた。目に入ったコメントに泣きそうになったからそれ以上は見なかったよ。

仕事から帰ってきてセブンイレブンおでん食べながら、ざざーっとコメントとか関連エントリを読みました。セブンイレブンおでん白滝が好きです。


読みながらちょっと感動して、いろいろ書きたくなって書いたんだけど、疲れすぎてて気づいたらソファで寝てた。書いたものは消えてた。スマホめ、グーグルアプリめ。


で、仕切り直してもう一回、今日、いま帰ってきて、書いてます。揚げ鶏食べながら。

長くなってしまうかもしれないけど許してほしい。

エントリをたくさんの人が読んでくれたみたいで、東洋経済教育困難校シリーズも読んでくれたかな。そうだったら嬉しい。

こんな状況があるってことを、少しでも多くの人に知っててもらえるだけでも、同じようなしんどい思いをしてる同業者たちにとっては、きっと心強いと思う。


単純な感想としては、まずこんなにたくさん反応をもらえるとは思ってなかったというのと、その中でも好意的というか、問題をすごく深く捉えてくれている人たちが多くて驚いた。あと励ましも。嬉しかった。

自分頑張ってるアピールうざい、みたいにもっと言われるかと思っていた。意外と言われなかった。なんかごめんなさい。


実は、あのエントリの中で書いたことには、私の経験だけじゃなく、私が教員として信頼している人、尊敬している人の経験も混ざっている。全部が全部、私が現在進行形で抱えている事象ではないのでご安心を。まぁ、じゅうぶんしんどいけどね。

だまされたと感じた人がいたらごめんなさい。いろんな形で頑張って、生徒と向き合っている人たちがいることを伝えたかった。もちろん勤務時間外の対応別に義務でもないし、勝手にやってるだけと言われればそれまでなんだけど、生徒の大変な状況を目の前にして放っておけないって人が多いんだと思う。うちの旦那さんとかね。


私はどちらかといえば、職業教員というか、仕事から、って割り切っているほうだと思う。だから、同じようにしんどい思いをしていた旦那さんに肩入れし過ぎだって言ったこともあるし、熱い前担任からクラスを引き継いだときは、やりにくいと思った。


私が生徒に時間をかけて関わるのは、そうしないほうが大変なことになるということを経験してるから。どんなに罵詈雑言を浴びせられても、授業以外でも生徒たちと関わる時間を最低限とって、個別に声をかけて、あなたのことをきちんと認識しているよ、見ているよ、ということを相手にわかるように伝えてあげないと、今よりもっと大変なことになる。そこで少しでも信頼関係がつくれたら、そこを拠り所としてなんとかやっていける。うまくいけば、その子の拠り所にもなれる。


でも、罵詈雑言を浴び続けて、心が折れて、生徒と一切関わらなくなった人もいる。気持ちがわかるだけに、本当につらい。けど、本当にしんどい。

そうなると、その人の授業はさらにひどい地獄絵図になる。その指導巡回を他の教員がすることになって、自分のために使う時間さらに削られる。職員間の関係性も悪くなるという負のスパイラル

つらい。



私が首都圏都市部で勤務しているのでは?という声を見かけた気がするんだけど、地方公立高校国語教員です。都市部で働いたこともありますが、いまは担任分掌仕事や、その他の主任業務も当然かけもちくらいの規模の学校にいます分掌っていうのは、教務とか進路とか、生徒指導とか生徒会とか、授業そのもの以外の学校業務もろもろ。大規模校だと、担任業務分掌業務かどっちかだけで良いパターンもある。


ちなみに、学校絶対にやらなければならない授業以外の業務ってほぼ一律で、絶対量はどんな規模の学校でもほとんど変わらない。

から職員数と授業以外の仕事量はほぼ反比例する。規模が小さくなれば職員数が減るので、単純に一人当たりの仕事量が増える。あと、受け持つ授業の種類も増える。小規模校の先生はどこも大変だと思う。情報共有がしやすいというメリットはあるけど。



から大都市の大規模進学校に行きたい教員が多い。生徒はおとなしいし、仕事量は少ない。自分の得意な分野で勝負できる。定時で帰れる人も多い。

ある程度の進学校にいた人たちは、高校先生って楽そうだな、そんなんでお金もらえるなんていいな、って思ったことあるんじゃないかな。私は思ってた。バカにしてた。

でも全然違ったよ。世の中にはいろんな学校があって、いろんな先生がいた。進学校にも、進学校の良い先生がいる。


脱線した。

私は、辞めようと思ってる。決心したのは本当に個人的理由なんだけど、流産たから。

誤解しないで欲しい、別に生徒に何かされたわけじゃないよ。私の体の問題なんだと思う。

でも、それをきっかけに自分生活大事にしたくなった。自分の子ものことを考える生活をしたくなった。それだけ。ありがたいことに、私が無理して働かなくても生活はしていける環境もある。


辞めるって思ったら、ちょっと楽になった。逃げるは恥だが役に立つ


最初エントリ言葉遣いもひどいし、差別的に感じるところもあったと思うけど、私の正直なところだった。

発達障害については色々思うところあるけど、長くなるからやめておく。

差別と言われればその通りだと思う。たくさんの発達障害の生徒や教員旦那を含む)と付き合ってきた上で、私は差別というか、区別している。人間誰でも苦手なことはあるし、発達障害はその延長線上だし、フォローし合えばいいと思う。でも、コミュニケーション必須、むしろそれが全て、という教員という職業に就いていて、コミュニケーションが苦手なので自分の好きなように授業だけします、っていうのは許されないと思う。どんなに進学校でも、もちろん教育困難校でも。


長いですね。すぐ語っちゃう

誰かに聞いて欲しかったんだな。

この職に就いたばかりの頃にお世話になった先生に、「誘ったらすぐ飲みに行ける異業種の友達がどれだけ居るか、が良い教員かどうかのバロメーター」って言われたこと思い出した。最近、飲みにも行ってない。狭いな。飲みに行きたいなー。



色々、わーわー言いましたが。

お子さんがいる保護者世代の方々、理解してくれている人たちがいると思うと心強いです。ありがとうございます


エントリきっかけに色々考えてくれた方々、心配や励ましをくれた方々、ありがとうございました。勇気付けられたり、気付かされたりしたことがたくさんありました。


教職経験者の方々、共感アドバイスほんとに嬉しかったです。泣いた。

教育困難校勤務の国語教員増田さん。

http://anond.hatelabo.jp/20170208200842

私はこの職に就いた頃にあなたのような尊敬できる教員出会って、たくさんのことを教えてもらったから、ここまで続けてこられたし、教員という職に対して誇りも意味も見出せたと思う。女性教員から難しいこともあるけど、女性教員からこそ得意なこともたくさんありますね。

こういう素晴らしい教員も、現場にはたくさんいて、頑張ってる。それが少しでも伝われば嬉しい。



全国の教育困難校と言われる学校で、磨り減りながら頑張っている先生

しんどいですよね。

でも、理解してくれてる人もいるみたいです。



ちょっとでも、これで心が軽くなる人がいたらいいなと思う。

教員でも、全然違う環境で、見えないところでしんどい思いをしてる人でも。

生徒と一緒で、大人も、誰かが自分の状況を理解してくれてるって思うと安心するよね。

そういう教員でありたかった。いろんな生徒の状況を理解たかった。でももう今はしんどい

とりあえずあと1年、無理しない範囲で生徒と関わって、彼らの人生にとって少しでもプラスになることを残せればと思ってる。


もう絶対教員なんてやらない、という気持ちではないです。いつか、他の学校でまたやるかもしれない。


でもとりあえず、いったん少し休もうと思ってる。今はね。


長くなってごめんなさい。

ありがとうございました。

2017-02-09

教育困難校の生徒はどのようにして生まれるか

http://anond.hatelabo.jp/20170207224412




地方都市で塾をやっているものです。毎年、数人の生徒を教育困難校に送り込んでいます

地域的な事情もあるかもしれませんが、彼らには共通点があります




いちばん多いのは親が離婚をしている(もしくは最初から結婚していない)ということです。

離婚やその後の環境子どもに与えるダメージは相当なものがあります

発達障害先天的に脳に問題がある病気ですが、幼少期の環境後天的に脳の発達を阻害します。

親が忙しくじゅうぶんな愛情を得られなかったり、別れた親の悪口を聞かされ続けたり、虐待を受けたりして育つと発達障害によく似た症状が出ます




そして勉強をする上で特に次のことが問題になってきます

自己肯定感が低い

言語能力(読解力)に問題がある




彼らの心の奥深くには、自分は愛されていない、必要とされていないということが刻まれています

また、読み聞かせをしてあげず、低学年の音読宿題をきちんと見てあげていないと国語力は恐ろしく低い水準で止まったままです。

結果として、人の話や授業を聞けない、教科書を読めない、抽象的な概念がわからない(9・10歳の壁)ということになります




こういう子たちは小学校中・高学年からほとんど勉強についていけなくなり、中学に入っても5教科で100点前後しか取れません。

クラス30〜40人を見ている学校先生に彼らを救うことはまずできません。

塾に週何日通おうが成績は上がりません。こちらが何を言っているか教科書に何が書いてあるか理解できないのですから




そうして彼らは教育困難校入学していきます。愛に飢えた彼らはそこで恋をし、若くして子どもを作ります

もちろんその後うまくいくことは少なく、またその子にも同じことが起きる確率が高いです。

このようにして社会底辺はずっと連鎖していきます




経済的に貧しいからそうなるのかというと、そうでもありません。

一見学力経済力は相関してますが、大事なのはお金のものではないです。

文化資本を持っている人が多くお金を稼いでいる傾向にあるというだけのことです。

例えば年収300万のしんざきさんと、年収2000万のビッグダディがいたとして、どちらの子東大に行く確率が高いか考えてみてください。




参考文献

離婚で壊れる子どもたち」棚瀬一代

「子を愛せない母 母を拒否する子」ヘネシー澄子

ドキュメント高校中退青砥

http://anond.hatelabo.jp/20170209154241

「もう誰も」という言葉意味が分からないのは流石にどうかと思うよ……

国語のお勉強をやり直すのは大変だろうけど頑張ってね

2017-02-08

教育困難校勤務の国語教員から(2/9追記)

以下の文章は、次年度いっぱい、つまり2018年3月で辞めようとしている方に向けて書いたものです。心身ともに変調を来して、すぐにでも辞めたいと言っている方を引き留めたものではありません。

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http://anond.hatelabo.jp/20170207224412

わかる。わかる。私も罵詈雑言を浴びせられていた。画鋲を投げられた。割れガラスも撒かれた。

でもまだ教員を続けている。

それは少しずつうまくやるコツを身につけてきたから。

年を重ねるだけで楽になることがたくさんあるから大丈夫。これから毎年楽になる。

以下にコツのようなものをあげていく。

学習に関すること

・「なぜ学ぶのか」説得力のある説明を頻繁にする

これは教員の年齢やキャラクターによって説得力が違うので、自分に合った言葉真摯に探そう。響く子がいないと適切な言葉選びとは言えないが響かなくてもそういうものかと思わせることができるから、心の底から思っている信念のようなものをしつこく言おう。

・教えるポイントをしぼる

社会人として必須事項、親になった時に必要事柄、将来の教養入試基礎事項など教える目的を細分化し、そのクラスや生徒に合わせて優先事項から教えていく。

簡単テストから始める

例 ページにある漢字10個ずつテストなど

多くの範囲から抜粋する形式テストはやめる。勉強したものは全部出るテストにしたほうが取り組む意欲が芽生え、正答率が高くなり、次の学習モチベーションが湧く。一度良い点数を取ると落としたくないと生徒は思うもの

定期試験範囲は具体的に配点まで提示する

1つ上と合わせて、「傍線部の漢字が全部出て15点!」などとと言うとなお良し。

定期試験問題はなるべく減らす

難易度を工夫して問題数を減らす。とにかく採点のしやすさを重視して作問しよう。採点しやすテストでも学力的に問題なかった。テストはたった1日のことだから、日々の授業の工夫のほうが重要だった。

□生徒との関係について

個別信頼関係の構築を図る

クラス全体として良好な関係を作ることはあきらめ、1人ひとりと良い関係を作ることに努めよう。

具体的にはまず変化に気付くこと。髪形、持ち物、顔色、傷、など目についたことを口に出そう。ほめなくても良い。「髪切った」、「いつもと違う」、「手の傷どうしたの?」で充分。

次に生徒の手に渡るもの、目につくものは大切に扱おう。回収した小テストの類いも折り目がつかないように、汚れがつかないように。その行動が、自分は大切にされているという気持ちにつながる。

最後に、生徒に対して日常的に感謝謝罪を口にすることも大事。対等な立場にいることを実感させる。

・生徒との約束事は必ず守る

上記と似ているけれど、大事ポイント

例え無くしたプリントをもう一度渡すといった約束だったとしても大事にする。「渡すの遅くなってごめんね」など。

あなたとの約束大事=あなた大事というメッセージにつながる。さら大人として約束を守る姿勢を見せることにつながる。

・年齢は言わない

女性教員は年齢を明かすメリットがない。

想定より老けていたら若作りと言われて、想定より若かったらなめられる。

保護者対応

子どもは変わるが、親は変えられないので注ぐエネルギーはそこそこ、を念頭に入れて粛々と対応する。

実際には親対応教員の責務ではないので、時間があればその辺を法律的説明している弁護士さんの話を探してみよう。

私たちは生徒と向き合っていれば良いのだ。生徒に影響を与える大きな存在であるから保護者相手をしているだけ。

最後に。

ババアとかブスとか死ねとか、ほんとうにつらいよね。

教員人間と思っていないのかと腹が立つし、毎日気持ちが削られていく様で苦しい。

ただ長く教員を続けていくと、子どもたちが、日々親や大人たちから同じように罵られ、脅かされていることに気付いた。

結局昔も今も変わらず、子どもはいたいけで、純情で、よりよくありたいと願っているものだとわかった。

から教員人生を賭けて情熱を傾けるに相応しい職業だと確信をもって言える。私は教員で良かった。泣きながら続けてきて良かったよ。すばらしいものをたくさん見たよ。

どうかあなたの疲れが癒え、子どもとの良好な関係が少しずつ生まれますように。

真摯に向き合えば、子どもが必ず助けてくれる。

あなたを見ている子が必ずいるよ。


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2/9追記

この文章を書いたのは、端的に言えば元増田先生に辞めて欲しくないからです。

教員にとって、生徒にあるべき大人像を見せることも仕事の一つだと認識しています

特に女性は、働くことにより経済的に自立して、それが精神的な自立につながっているところを見せる、という大事な責務があると思っています

教育困難校に通う生徒たちは特に質的な狭い世界で生きがちです。

その生徒たちに、結婚しても働き続ける女性である私たちを見せることは、非常に意味があること。

しかすると、学力以上に自立して働く女性像のほうが貧困再生から彼らを救ってくれるのでは、と最近思います

2017-02-07

教育困難校に勤務してるけど、もう無理

最近東洋経済オンライン教育困難校シリーズを読むと泣きたくなる。

これ、うちの職場の話だ、と思って、泣きたくなる。

これ、どこにでもある話なのかな。

日本全国?

日本、まずくない?

毎日、授業にもならなくて、毎日ババアとかブスとか、死ねとか言われまくって、

ちょっと強く言ったら、

教育委員会に言うぞとか、体罰だとか騒がれて、

でもそれが教員仕事でしょ、って言われて、

そういう子に情熱を傾けるのが教員でしょ、それがやりたくて教員になったんでしょ、って




そんなわけねーだろ、バーーーカ!!





こんな目に遭うことまで想定して、教員になる奴なんていねーよバーーーカ!!





そりゃ仕事から時間かけて生徒には関わるよ。保護者とも話すよ。

すぐに結果が出ないってことだってわかってるよ。卒業して何年も何年も何年も経ってから、本人も気づかないところで人生に少しでもプラスになれば万々歳で、そうじゃないことばっかりだってことも理解はしてるよ。



公務員給与プラスアルファで、朝7時から夜9時まで、昼休みなんて、パンを体内に詰め込む5分くらいで、クレームにうまく対応しながら、全く学校に行かない日なんて月に2、3日でも、休みの日だって狭い生活圏で、あの人は先生だって周囲に見られながら生活して、それでもそういう仕事だって、思ってるよ。



そりゃ、世間ネットで騒がれるアホな教員もいる。生徒にバカにされて当然っていう教員もいる。一つの専門分野に偏った知識けがあって、コミュニケーションが苦手で。いわゆる発達障害だよね?っていう、生徒とも同僚ともうまくいかない、黒板と問題集けが友達教員もいるよ。別にそれに特化して受験指導で力を発揮してるならいいよ。教育困難校にいたら、本当にただただプライドが高いだけで邪魔だけど。



でも、教育困難校で、罵詈雑言を浴びながらも生徒と向き合って頑張ってる人もいるんだよ。これまで大人にかまってもらえなかった生徒たちに少しでも役立つ知識経験を、と思って毎日授業を工夫してる人だっているんだよ。


どんなに無茶苦茶言う生徒にも、説教するけど、最終的には皆でフォローするよ。

児童相談所保護されると学校通えなくなるから、どんなに親に虐待されようと保護されるのだけは嫌だって泣く生徒を家に置くこともあるよ。

発達障害で親の言うことが理解できなくて家を飛び出した生徒を迎えに夜中2時に隣町まで車を走らせることもあるよ。



でも、毎日毎日毎日毎日

そんなことを言われて、そんな対応をされて




そりゃ鬱になるよ。やりたくなくなるよ。一生懸命やるだけ無駄だって思うよ。



好き勝手やってる生徒たちにも事情や背景があるのかもしれない。それをできるだけ汲み取りたいとも思うよ。


でも、事情があったら、教員は何でもかんでも受け止めなきゃいけないのか。



いい加減にしてほしい。






別に学校に来なくたって社会で生きていける奴はたくさんいるんだよ。学校けが世界じゃない。全然学校にこだわる必要はない。

学校が苦しいなら、いくらでも道はある。

勉強も、コミュニケーションも、経験も、学校以外でもできるようにしてくれている大人がたくさんいる。


から別に無理して学校に来る必要はない。邪魔から退学しろ、ではなくて、きっと君にもっとぴったりの道があるよ、って思ってしまう。


高校は、社会に出てから少しでも苦労しないように色々経験するところで、好きにやりたいなら、社会に出たらいい。

そう思ってしまうのは、教員失格なんだろうか。







全国、いろんなところにあるらしい教育困難校先生


しんどいですよね。

私は今日は久しぶりに8時に帰れました。

試験期間に入ったからです。

これから1週間で試験を全部で4つ作ります

国語なので、採点も大変です。

しんどいです。

私はもう次年度いっぱいで辞めようと思っています

転勤も、研究発表とかに時間を費やしている器用な人ばかり優遇されて、嫌になったし。

あなた大丈夫ですか。

自分を保ててますか。

「納車」という言葉

Twitterでこんな人達をよく見かける。

ご自慢の自転車写真を載せて、「今日ロードバイクを納車した」と。



それっておかしいだろ。納車したのは販売業者。

あんたの所に「購入した自転車」が「届いた」んだよ。

もしどうしても「納車」という言葉を入れたいなら、「納車された」が精一杯のところ。

Twitter文句言ってる人を何度か見かけているけど、そういう奴らには届かないんだよなー。

そういう奴らを見ていると なんだか無性にイライラする。



俺は国語の成績はあまり良くなかったから、言葉使いには気を付けているつもり。

そういうのってうざがられるのかなー?

http://anond.hatelabo.jp/20170207111958

回答する気概がない っていうのが一番やばいケースだから信じたくない この気持ちが分からないお前も相当やばい
http://anond.hatelabo.jp/20170207112932→削除www

一番ヤバいケースなら尚更事実を認めて是正しないとだめじゃん。

アホか、アホなのか。

まぁそもそもなぜダメなのか意味不明だけど。

このテストにやる気がないと勉強にやる気はないは同義ではないし。

なんつーか頭悪い人ほどヤバいヤバい騒いでないっすか?

http://anond.hatelabo.jp/20170207113323→削除w

は?アホなの?

このテストにやる気がないと勉強にやる気はないは同義ではないし。に対して

そこで同義ではないか関係ないと思ってるお前みたいな馬鹿がこれから増えるのかと思うと大人普通悲しむもんなんだよ

関係ないとどう問題なのか具体的に言えないんすか?笑

具体的な指摘なしで悲しむどうこう言いだすバカって国語力なさすぎでしょ。普通大人はそんなことしないっすよ?

感情的になってるただのバカだっていう自己紹介っすか?笑

中学生でそれだと矯正するの物凄く大変なんだぞ

えーっと。このテストにやる気がないけど勉強めっちゃやる気がある人に対してこのテストにもやる気を出せ!って矯正する必然性ってなんかあるんすか?笑

学生にとってのインセンティブはないですよね?笑

矯正しきれなかった結果、お前みたいなやつになるんだから

これってただのレッテル貼りっすよね?具体的反論せずに小馬鹿にした態度をとるバカ国語力がどうこう騒いでるの?

勉強はできるけどこのテストにやる気のない人を矯正する必然性ってあるんすか?笑

このテスト価値をすげぇ見出してるけど、学生からすれば価値はないっすからね?

真面目ではなく簡単問題にすら答えられなかった自分を平気で受け入れられる自尊心の低さと無関心さがヤバいっつってんだよ そういうやつは総じて無能で実務に使えないのは歴史が..

アホだ。このテストにやる気がないと勉強にやる気はないは同義ではない。

この違いを理解できないバカ学生に怒ってるとかもうね。

http://anond.hatelabo.jp/20170207113636

記事内で取り上げられているものけが問題の全てだと考えるのが既に…特に正答率が悪いものだけを取り上げているんだろうってのは想像つくだろ

えーっと?前半の認識をどこからどう拾ったんだろう?正答率のいい他のものはチラ見でも答えられるレベルのものだったんじゃないのってって言ってる時点で記事内の問題以外を示唆してるわけだけど、おまえの国語力ヤバくない?

問題作ったり結果を解析したりするのにその辺を配慮してない訳ないだろ

配慮するとなんなんすか?

中学生の正答率どうこう以前に

記事を見て何かしらコメントしようという程度に興味を持ったのなら

背景についてちょっとくらい調べようかなって思うのがまともな知性を持った人間だと思うんだよ。

ちょっとググればあっという間にこの調査の背景、目的とかにたどり着けるはずなのに

学校学力テストだと勘違いしたり、英語テストなら元の問題英文だったんじゃね?とか的外れなこと言ったり

国語教育がどうこう言いだしたり、ドヤ顔とんちんかんなこと言う人間ほとんどなのを見ると

ネット言論ってほんと終わってんなと思う。そりゃPost-truth時代にもなりますわ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1078386

やっぱはてなってアスペの集まりなんだなぁ

国語テストをやたらと憎んでるのもまったくできなかったからなんだろうなぁ

2017-02-06

なぜ勉強するのか→俺たちは学歴部族から

首長族ってのがある。首を伸ばすためにリング首に着ける部族だ。聞いたことくらいはあるだろう?

  

それと同じだと思う。

人間なんて、宗教なり部族のしきたりとかが無いとうまく文化として形成されない。

それがたまたま、「学歴」なんだよ。

  

勿論、高学歴に越したことはないが。

小中だけでも、「俺たちは掛け算を習ったことがあるぜ?」っていうのをお互い理解している。

小中空間での付き合いをしたもの同士だとお互いが知っている。

  

全くの出自不明だと、そういう認識が無い。

何を学んでいないのかもわからない手探りだ。

圧倒的にコミュニケーションに負荷がかかってしまう。

  

更に言うと、「大卒」というコミュニティーさらに上位コミュニティとしてある。

理系文系で違うかもしれないが。

あのダラダラした空間や、希薄人間の付き合い、就職活動への不安などは経験した人はわかっている。

そういうものでも、またコミュニケーション人種の選別が起こっており。

付き合いやすもの同士がコミュニティを作ってガラパゴス化することが可能だ。

  

まりは、学歴によるコミュニティの分類。

それだけ。

学んだことは、別に国語算数理化社会でも、音楽そろばん絵画プログラム将棋でも、なんでもいい。

お互いが何を経験たかをあるていど知っているもの同士の集団じゃないと、コミュニケーションエネルギーが消費されすぎてしまう。

  

物々交換から貨幣経済に以降したことで、ずいぶん物のやり取りが楽になり分業化したように。

コミュニティも分業化し、エネルギー消費が抑えられているって感じ。

  

まあ、そんなことを考えた理由だが。

目の前でJKが『速読英単語』を読んでたんだよ。俺もそれを使って勉強していた。

俺の知ってる知識が、そのJK脳みそザクザクと刻まれてるのを目の前で見た。

まりJKの脳の一部は俺と同じわけだ。

この興奮を感じられたので、上記のように考えた。

http://anond.hatelabo.jp/20170206011933

学校勉強は役に立たない」というのは、役に立たない部分の印象が強いんだと思う。

国語で「主人公気持ちを書きなさい」→大人になってから小説を読まないので主人公気持ちとかどうでもいいし。

数学で「方程式三角関数・・・」→大人になってから、一度も使ったことが無い。

理科で「二酸化マンガン実験」→大人になってから二酸化マンガンなんて見たことない。

こういう小さな事象の積み重ねが、悪印象を与えてるというわけ。

実際には、

国語で学んだ漢字の読み書きは新聞を読むのに役に立ってるし、

数学で学んだ三平方の定理は測量の仕事で不可欠なレベルで役に立ってるわけです。

でも、そいう役に立ってる知識は、本人にとっては常識と化してしまうので、学校勉強した知識であることを忘れてしまいがちです。



その結果として、学校での勉強には人それぞれに役に立った部分とまったく役に立たなかった部分があるにもかかわらず、

役に立たなかった部分だけが印象として残ってしまう。

2017-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20170201175720

4→2→1。

4:まず「Alex!? そんな英単語習ってねぇぞ!?

しかもこれ国語問題だろ?(パニック

2:「愛称」って何?  (「あだ名しかわかんね)

1:文脈って何?  (新聞の衰退・携帯の普及により固い文章を読む機会の消失

自分センター試験代々木リサーチで見た「偏差値75」の数字は今でも忘れらんないよ。平均点100くらいと言われた国語で182点だった。うっひょー\(’ω’)/

2017-01-31

郊外の庭付き一戸建てとは誰の欲望だったのか

自分自身、そういうとこで育ち、それが自分にとって当たり前の生活だと思っていた。

しかし、振り返ってみると、別に郊外生活が好きだったわけではない。

少なくとも、わざわざ自分で選ぼうとは思わない。

ガーデニング趣味はないし、知り合いとバーベキューがやりたいわけでもない。

子供の頃読んだ国語問題で、庭のないとこに引っ越す子供の話というのがあったが、

別にそんなん大したことじゃないじゃん、としか思えなかった。

そういうテンプレによくあるのは、後は犬小屋とかだろうが、動物もあまり好きではない。

正確に言うと、犬が嫌いなだけで後は普通だが、いずれにせよ世話するのがめんどくさい。



メリットがよくわからないのに比べると、デメリットだけははっきりしている。

車が動かせないと移動の自由がない。免許は取ったが、今でも車に対する憧れはない。

ぶっちゃけ、移動中は寝ていたいのだ。

子供のことを考えても、歩いて図書館に行ける程度には便利な方がいいのではと思う。



売る側の事情はわかる。マイホームの夢を売るには、日本の平地は少なすぎた。

から、山を削ってニュータウン造成するしかなかった。

しかし、郊外ライフスタイルとやらが、いったい誰の目にそこまで輝いて見えたのか。

そもそも、あれは誰の欲望だったのだろう。

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