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2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170420151301

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学費生活費で年単位、月単位、その日単位ストックがなくて運転資金がそもそもない状態で辛いし、 まわりは「普通だよ」っていいながら恵まれた家庭環境や潤沢な資本があってうっかり辛さを口に出しても 「頑張れば大丈夫」って全く悪意なくはげまされたりするのも辛かった。
大学生アルバイトっていうと有名国立なら家庭教師があるでしょって言われるけど 少子化の波で塾は個別指導塾(自習室有)にシフトしているし、 塾・予備校契約して行くとので準備や移動含めて時給換算するとそれほど割のいいバイトでもない。 (学校ないし自宅近辺でコンビニ飲食店アルバイトの方が移動やシフトの手間が少ない)
web検索できる範囲大学生OKサポートコールセンター(受電系)や事務はどうだろう。 都心部とは離れた場所キャンパスや自宅でも事務センターは存外あるので移動時間食わなくて済む。 あとシネコンがあるならシネコンバイト施設管理お勧め
ただ、面倒なのはシネコン施設掲示板募集が貼られているのだけど それ以外は派遣会社経由の仕事なので何社か登録しに行かなくてはいけないこと。 ただ、登録した派遣会社大学生程度のテスト作成サンプリング受託していると 2時間程度のテスト(学力テストからほぼアンケートまで色々)の受験で 謝礼扱いで5千円以上とかざらにある。(あくまで5千円は保証。難関国立なら倍はある)
個人的には市町村図書館にない資料大学のみにある資料有名人卒業論文卒業制作)で 1)地元図書館大学に複写の可否・閲覧の可否の確認を依頼 2)大学からの回答を図書館から申請者に連絡 3)申請者が図書館に行って複写の依頼 とかなり面倒かつ時間もかかるので代行をやってくれるとありがたい。 ちなみに他大学でも学生なら在籍している大学図書館申請書があれば直接行けたりします。>




  
  

2017-02-02

死なないためにクソ野郎になった

学部卒業から修士課程中退のおおよそ2年間、その大部分を私は怠惰に過ごした。

まともな研究もせずに卒業論文突入し、指導教員にひたすらダメ出しをされてほとんどお情けみたいな形で卒業はした。進学後、これからはちゃんとしなくてはと思ったのとは真逆に、授業や研究に出ることは減っていった。

家の中(一人暮らし)ではただただ焦燥感が募っていった。授業に出なくては。研究しなくては。なにかしなくては。しかし数日間着替えてないし風呂にも入ってない。しなければいけないことばかり積み重なって後回しにして、ずるずると時間けが過ぎていった。自己嫌悪自己肯定が頭の中をぐるぐる回っていた。同級生生存確認してくるようになったので、コンビニ図書館時間を潰すこともした。家族や親しい人には、事態が決定的になるまで話さなかった。

中退後は今の会社に拾ってもらって、故郷大学からも離れた街で社会人ヅラして生きている。多分、根本的な問題は直ってないし、死ぬまで解決しない。ただ、絶望して死んだり生活できなくならないために、反省しないようになった。悩みすぎて苦しむこともなければ劇的に改善されることもない。安全装置の如く、ある程度まで感情が進んだらそれ以上深くならないイメージ

から出られなくなることがなくなった分、しわ寄せは周りに行く。責任感だけはあると思っていた自分が、責任他人に押しつけていることに気付く。家族からビョーキ呼ばわりだの親不孝者扱いされ、彼女からは本気で死んで欲しいと懇願される。それでもケロッとしているのは、やはりどこかおかしくなったのか。思い悩んでも寝て起きたら出勤して適度に仕事する。そんな日々。

2016-08-18

就活留年したけど何も変わらなかった。

夢を目指して始めた就職活動

とは言っても呑気なもので、4月の半ばにスーツを買いに行ったら店員のお姉さんに笑われた。

「えっ、3月説明会とか行かなかったんですか?w」

好きな会社情報しか見ていなかったから、就活3月から始まることなんて知らなかった。

行きたい会社説明会は少し時期が遅かったので別によかった。

それから行きたい会社説明会を回ったりエントリーシートを書いて送ったりした。

結局受けた企業10社もなく、ある1つの会社を除いてエントリーシートは全て落ちた。

エントリーシートの書き方も知らず、バカ正直に自分の書きたいことばかり書いていた。

就職活動の場において「やる気と熱意」というのはあまりにも無力だった。

たった1つだけ最終面接に漕ぎ着けた会社があった。大本命だった。

グダグダ面接だった。

夜行バスの中で眠り興奮して眠れずにシュミレートした、たくさんの喋りたいこと。

何一つ喋ることはできなかった。

そもそも面接官が聞きたいことはそんなことではなかったのだろう。

まりにもトンチンカンなことばかり言うからきっと面接官も困っていたはずだ。

なにより、

通らないエントリーシート不安になり、

夜行バスでの東京往復と

他人より残りすぎた単位を集めるための講義

ゼミのための予習と

時々やってくる卒論演習での中間報告と

資金を稼ぐための土日のフルタイム夜勤バイト

消耗戦フルコースで疲れきった私には驚くほど覇気がなかった。

あれほど行きたかった会社の最終面接を目の前にして。

結果は言うまでもなく「お祈り」だった。

持ち駒がなくなったが、なんとか志望の業界に近い仕事を探しだし、

説明会エントリーシートを提出するためだけに再び東京へ向かった。

藁にもすがる思いだった。

やっぱり落ちた。

この辺りで心が折れた。

7月だった。

テストも近いというというのに身体は動かない。

クーラーもない蒸し暑い部屋で泣いていた。

自分にはやりたいことををやる資格がないことがとても悔しかった。

それでも頑張ってテストのために学校へ行き、

中身のないレポートを書いて、拾える単位だけ拾った。

そうして夏休みを迎えた。

就職活動卒論があるからと週1に減らしてもらったバイト身体を引きずる以外、

本当に一日中寝てすごした。夜は眠れず、不安に泣いた。

時々起きて求人サイトを見るが、やりたい仕事は見つからず、さらに泣いた。

手付かずの卒論に心は焦る。でも焦るだけで、なにもできなかった。

前期の授業料を払った口座の残高を見て肝が冷えた。

12万。これから半年間毎月奨学金が振り込まれるにしても、あまりに心もとない金額だった。

そうして本当に何もしないまま2ヶ月が経とうとしていた。

これからのことを考えなくてはいけない。

内定絶対に無理なことではないのだろう。秋をすぎて内定先を得た先輩たちをよく知っていた。

卒業もできないことはないだろう。うんこみたいな卒論を書くことになるが。

でも自分にはそれに立ち向かっていく勇気はなく、これ以上に心が潰れていくことが怖かった。

なによりも半端な気持ち就職が決まっていくのも、

せっかくやりたいと思うテーマを見つけた卒業論文をてきとうに済ませてしまうのも、

嫌だった。

親の前で泣き、先生の前で泣き、そして留年を決めた。

4年生の残りの半年は残った授業の単位を取ることに集中し、

あとは自分の心を立て直すこと、メンタルをしっかりとコントロールすることに費やした。

そう安心した矢先、家庭やバイト先、人間関係などプライベート面で信じられないほどのトラブルにも見まわれたが、

残った単位をしっかり取り、卒業論文も進め、心も立て直し、新たな気持ち3月を迎えることができた。

そうして、新たな気持ちで始めた就職活動はとても楽しかった。

就職活動の流れようなもの理解して、しっかりその波に乗っかることができた。

去年の反省から違った業界を覗くようにもなった。他にもやってみたい仕事を見つけることができた。

エントリーシート面接の乗り越え方もなんとなく理解し、選考を進んでいくことができた。

面接に落ちることはあっても割り切り上手にもなった。

なんども行き慣れた東京でも時間の使い方なんかも上手くなってきた。

それでもやはり就職活動の大変さに驚く。

完全に学校に縛られることはなくなったはずだが、暇ができたような感じは全くしない。

ピーク時には1ヶ月中半月ほども東京滞在していたし、

やっぱり工夫はしていてもお金はどんどん減っていく。

去年失敗したのはしょうがないことだなと思えた。

はいえなにより、また夢を目指せることが本当に嬉しかった。

やりたい仕事のために頑張れることは本当に嬉しかった。

ところがどっこい、6月の頭にまた持ち駒を失った。

面接ではどこでもそれなりにしゃべれていた。

落ちていくのは「合わないな」と思った会社だったので気にしなかった。

2つの会社でかなり良いところまで進んだが、

片方ではヘマをしていまった。片方はサラッと落ちた。

ヘマをしてしまったのは惜しいことをしたが、

受けていたところはどこも狭き門だったのでそれこそ「ご縁」がなかったのだろう。

持ち駒を失った時、自分が体力的に疲れ始めているのを感じたし、

資金の消耗も激しく、交通費などでクレジットカードの支払いがかさんでいた。

少し休んでまた始めればいいや、そう思って就職活動を2ヶ月ほど一度休むことにした。

そして2ヶ月経って就職活動を再開し、

少し興味のある会社に応募するものの、

説明会にいっても心は沸き立たず、

面接にいってもどこか身が入らない。

そのうちに求人を見ていても興味が湧かなくなった。

このままでは拉致があかないと思い、いわゆる求人紹介会社を利用してみる。

まり話も聞いてもらえないままにとにかくIT企業を紹介される。

正直なところそうとう気持ち萎え気味だったが、

いつまでも駄々コネてられない、何も見ずに判断するのも良くないだろう、

そう思ってとりあえず紹介された会社選考スケジュールを埋めてみる。

やはりちっとも興味を持てなかった。

イヤイヤ選考に足を運ぶ日々が続いた。

そしてある日、面接官の女の人に怒られた。若い人だった。

それは圧迫面接相手と試そうとするようなものではなく、

ただただ怒っていた。そして、至極もっともなアドバイスをくれた。

「しっかり目的意識をもって行動できるはずの人なのに、全然うちに入りたいという意識が感じられなかった。

 本当に入りたいの?違うんじゃない」

「本当はやりたいことがあります。」

「いやいや気持ちを取り繕ってもすぐやめちゃうよ」

「そう思います

 多分自分は取り繕いきれません。」

「ちゃんとやりたいと思える仕事探した方がいいよ」

はい……」

結局自分にとってはどれも紛い物でしかなかった。

この1年で何も成長しなかった。

この期に及んで自分のやりたいことしかやりたいと言えない、わがまま不器用クズだ。

どこかでちゃんと覚悟を決めなきゃと思いながら、ずっと心はイヤイヤ言っている。

社会人になるという覚悟が足りない。知っている。

でも、どうしても自分の心にふたをすることができないのだ。

時々取り繕う言葉に混ざる本心に涙が出る。

半端な気持ち面接に言っても「ははっ、やりたいっすね~w」みたいな舐めた態度に見える。

じゃあこんなクズは素直に卒業してアルバイトいからでも行きたい業界に潜り込むか。

でも、今から全てを投げ打ってでもそういう努力ができない自分は結局クズなんだよな。

時々ある行きたい業界二次募集や小さい零細会社求人に手を出す勇気がない。

つのまにか「やりたいです!」と言う気力さえ失ってしまった。

あれも嫌、これも嫌。

結局自分はなにをやりたいんだろう。

結局就活から逃げたいだけ。

ああ、そうなんだろうな。

おそらく面接官のお姉さんの言葉警鐘だったのだろう。

毎年多くの人が入社し、それと同じくらい多くの人たちが辞めていく、そんな会社だった。

そんな中で自分のような同期や後輩たちがくたびれて辞めていくのを目にしていたのだろう。

やりたいと思える仕事を見つけたい。

なるべくそ努力をしようと思う。

でも、少し疲れてすぎてしまったし、

なんだか見つけられる気がしないんだ。

2016-03-03

卒業したい

卒業論文を書いてるけれど,自分がわかってること,やったことは全部書いたし,これ以上何書いても全然思ってもないことしか書けないし,完全に自分の預かり知らぬところだし単純につらい

もう無理

2016-02-24

大学課題Wikipedia投稿するという逆転の発想

この記事を書いているのは法学部卒の人事畑なので、他の学問分野の学生に当てはまるかわからないけれど、殴り書きの私見。

仕事柄、学生大学課題ネットなどから盗用して単位取り消し、内定取り消しにあったという事例を直接的・間接的に目にする。

大学での勉強の成果です!」と自主的レポートの類を添付してくる学生もいるが、企業としては、文系学部新卒採用内定者のレポート類の中身の良し悪しや学問的意義にあまり関心を持っていない。

たとえば、法学部では卒業論文が必修でないことも多いが、ゼミ論などで先行研究根拠などを適切に要約して、現代的な課題に従来の理論対応可能かを自説として検討してると採用側として好感が持てる。他学部学問でも同様だ。

しかし仮に自説に学問的・実務的な意義が見出せなくても、既出情報を専門外の人間にもわかるように的確に要約しているだけでも情報処理能力評価材料になる。

ところが、情報出自二次ソース三次ソースだと学生・将来の社員候補の将来が不安になる。ソースWikipediaはもう見慣れたが、虚構新聞のようなネタサイトソースにしているのには頭を抱える。しかもそれなりの大学なのに。。。

あと、実際問題サークル役職についていましたとかごく短期間の海外滞在などのアピールは聞き飽きた。学業以外のアピールポイント面接官を唸らせるアピールができるのは本物の才能の持ち主だし、そういう人たちはおのずから成績もいい傾向にある。

さて前置きが長くなったけど、大学課題で書くレポートのたぐいは「Wikipediaに載せても恥ずかしくないもの」を目標に書いて、教授らのチェックを通したのちに実際にWikipedia記事として掲載してはどうだろうか。

「専門知を一般向けに過不足なくわかりやすく紹介する」というのは企業においても重要なことだと思うし、大学で得た学問的知見・教養社会還元するという意義もあると思う。

何はともあれ、大学生学業本業でそれ以外はプラスアルファであって、各企業方針の違いはあれ、学業を重視する風潮が増えてきたように思える。

大学で少なくとも4年間学業に励んできたなら、Wikipedia掲載して恥ずかしくない文章を書けるようにはなってほしいものだ。そしてそれは社会人になっても役に立つと私は思う。

2016-02-16

片想いを続けている人の卒論を読むと興奮してしまう。

22歳女、卒業間近の大学生

つい二週間ほど前、学科全体で卒業論文の最終提出があった。

一つ一つ製本され、図書室に所蔵される。

今日も私は図書室に向かった。

どうせ学部4年生程度の論文じゃ誰も読まないし、毎日通っている私は端から見たらヘンな人かもしれない。

でも、そこにはあの人の卒論が眠っている。

入学直後の学科オリエンテーションで仲良くなった人。

私と彼は出身が同じで、入学当初はローカル話題ができるのがお互い嬉しくて、すぐに仲良くなった。

でも、彼は私と違って、友人が多くスポーツも万能で、そのくせ成績は学科でもトップクラス

入学当初はともかく、夏休み前くらいになると、自分がいるべきカーストというものを皆が認識し出すようになる。

私と彼も例外ではなく互いに疎遠になってしまったけど、私は今でも片想いを続けている。

今日も彼の卒論を読んだ。

この50数ページの文章を、彼がどれだけ頑張って書いたのか想像すると、不謹慎ながら興奮してしまう。

少し罪悪感というか、恥ずかしさを感じながらも、やっぱり彼の卒論を手に取ってしまうのをやめられない。

文字文字を彼がどれだけ悩んで、苦しみ、考え抜いて書いたのか。

そういうことを考えると、もう死語かもしれないけど「ラブレター」なんかよりもずっと胸が高鳴ってしまう。

この一冊がまるで私のためだけに書かれたような気がして、今すぐにでも持って帰りたいくらいだ。

でも、所詮は紙切れ。

いいかげん、この生活から抜け出して、卒業式までに想いを伝えたいけど、なかなか勇気が出ない。

誰かに背中を押してほしい。

2016-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20160106235943

始める前に自分で達成できる程度の目標にしなかったのが悪いんでしょ?

調子に乗って誰もまだ見たことがないような場所を目指すなんてたか大学の4年生に出来るはずがない。

いざとなったらどっからか丸々似たものコピーしてきて少し単語を変えればいいようなテーマにしておかない要領の悪さが敗因。

お前さ、ちょっと考えてご覧よ。

4年前までチャート式必死こいて丸暗記しようとしていたような奴らがたった4年、その期間も半分以上はゼミにも行かず遊び呆けていただけの奴らがまだ見ぬ大発見なんて出来ると思うか?

まして期間は1年で内容は咄嗟の思いつき、しかもやってる最中はシューカツ()と掛け持ちだってんだから無理無理かたつむり

まともなアプローチじゃ何やっても今までの研究かぶる

ならばとそこで無理なアプローチをするのは実に無能という他ないね

「誰もやったことがない物は既に誰かがやったが失敗したので無かったことにした物だ」なんて言うがまさにそれだよ。

何とか学問深淵に手を伸ばしてようやくオリジナリティのあるテーマを掴んだつもりなのかも知れないけどそりゃ今までさんざん手垢にまみれその度に先人が恥を隠さんとその手垢を拭いてきた代物なのだよ。

それを君、たか大学生が今度こそはと挑戦しても上手くいくはずがないだろう。

そしてそんなの誰も助けようがない。

それをいつまでも私のテーマ選びが間違っていました今から残りの期間で終わるようなオリジナリティの欠片もなく糞つまらない卒論テーマはありますかと頭を下げられずにいた君が悪いんだ。

教授だって本当はその言葉を待っていただろうにいつまでも意地を張ったのか全く進んでないはずの今までの成果()を惜しんだのかいつまでも急須の裏の茶渋みたいにこびりついちゃってまあ。

あのね。

研究テーマの選び方を間違えたことに気づいて引き返すのも卒業論文の内なの。

そしてそれはまさに君にしか出来ない仕事であり、その決断を他の誰がしてもいけないの。

なぜなら君が自分でそれを諦めないかぎり君はいつまでもそのテーマを引きずったままになるから

そしたら卒業したなんてとても言えないでしょ?違う?

2016-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20160106212251

嘘ついちゃいかんよ。

これまで助けてくれなかった教員最後まで「でもそれは君が頑張ることだから」と「じゃあ卒論テーマから変える?」しか言ってくれないぞ。

助けてくれる人はピンチになり始めた頃には助けてくれる。

一度も助けてくれなくて何度そこを何とかと言っても何もしてくれなかった人はずっとそのまま。

卒業論文ぐらい自力で書けない奴が私の教え子として卒業するなんて汚点は絶対に残さんって謎のプライド持っちゃってる人ばっかだぞ。

2015-11-14

作品改悪された。

卒業して数年経った。

卒業論文で作ったプログラムを後輩になぜか、改悪されて発表された。

論文テーマが同じなので友人からメールで判明。

しかも、機能もなぜか何段階か下げられてしかオリジナルである私の名前はどこにもない。

プログラム上算出した結果を画像グラフなど)で表すのに、なぜか文字で表示されてる。

作成した後輩の名前も聞いたことはあるが、面識はない。

なぜ、指導教授から一言もないんだろうか。

それにしても出来が悪すぎ、機能を大幅に下げてる。

しかも、研究室公式サイトに載っている。ああ、嫌だ。

2015-11-03

C欄大学卒業論文

文系のC欄大学4年生。現在卒業論文執筆中だ。

C欄だからか、それともどこの大学でもそうなのかは知らないが、卒業論文執筆に際しては結構いい加減な指導を受けている(と感じる)。

が、別にいい加減な指導糾弾するつもりはない。むしろありがたいと思ってこの話を書いている。

「どうせ学生の書く論文だし、思い切った仮説を立てて実証を試みてもいいと思う」というのが担当教員の口癖。

学会で発表するとトンデモ学説だとして怒号が飛びそうな気はするけど、学士学位授与には差し支えないレベルから」ということで何とか研究をさせてもらえている。

もちろん、トンデモ学説にならないように丁寧に実証を試みていくつもりではある。

思い切ったアイディアを膨らませて研究ができるという意味では、形式にとらわれないゆるい指導のもとに身を置けてよかったと思っている。

ただ、それとともに学士学位ってほんと意味ないよなーと思う。学会で発表すると怒号が飛ぶような内容の論文書きさえすれば貰えるって、よく考えなくてもおかしいよね。

2015-10-17

データ偽造について。

大変なニュースになってるこの問題

杭のセメント量も偽装、45本の先端部 マンション傾斜:朝日新聞デジタル

どうしてこうなったのか、詳細な報道が待たれるところであるけども、僕もデータ偽造した事が何度もある。

古くは、卒業論文分析データとか、あるいは前職での測定データ捏造とか。

前者は、求める結論に合わないデータしか得られなかったため、それは多分分析の仕方が悪かったのだと思うけど、ぴったり結論に合うように偽造した。

後者は、現場測定時の機器の設定が間違っていて、大幅に狂った測定結果となってしまい、もう納期に間に合わないので、元データも含めて徹夜してデータ捏造したものである

双方とも全くばれていない。

横浜マンション問題に比べりゃ屁でもないが、仕事でやってる人って色んな理由捏造しまくってると思うよ、マジ。

2015-10-01

大学ゼミの話

 私は経済学部に在籍し、地域経済学についてのゼミに参加している。しかし、どうにもゼミのやり方がよくわからないのだ。特に盛り上がらず作業のようにこなされるため、どうも私は為になっているのかわからず、やる気が出ない。もともとそんなに偏差値の高い学部でなく、熱心な学生が集まる学風ではない。そのためか教授の中にも講義淡々とこなすタイプが多いように感じる。ゼミでも同様な雰囲気を感じている。ゼミは主に、大学のある地域地域経済について自由考察し、1回のゼミで2,3人がまとめたものを順にを発表する。1人終わる度に学生同士で質疑応答、話し合い、教授説明を挟んでいくスタイルであるゼミの前日に教授へ発表内容をメールで送信するため、余程とんちんかんな内容でない限り教授の補足で学生はそれなりに理解することができる。

 と、文章でまとめてみたが、ゼミのやり方は問題ではないかもしれない。やはり、ゼミに対して感じる納得のいかなさ、意欲を持って向き合えない理由学生の側にあるだろう。私を含む学生考察内容は殆どゴミみたいなものだ。酷い人は一晩でまとめたかのような書籍引用の羅列をしてくる人もいる。ゼミ内で漂う低まった雰囲気も、熱意を感じられない教授も、レベルが低すぎる我々によるものならば当然だろう。

 どうしたものか。正直、私はゼミに対して期待していた。同じ分野に興味を持った学生同士で勉強をしていくという環境を楽しみに思っていた。実際はうまくいかなかったが。実は私が分野について理解を深めたいのではなく、学生同士の慣れ合いを望んでいたのならば仕方ないだろうが、やはりそうなのだろうか。卒業論文を書くのを楽しみにしていたが、すっかりやる気も無くなってしまった。

2015-09-02

中退した時の話

過去を整理する。

10年以上前の話だ。

今ではそこそこブラックすぎない会社に拾われて人生まらないなりにあまり苦しくなく生きられている。

まり苦しくない人生というものに、それなりに満足できているのは一度それなりに苦しんだからだろう。

ストレス耐性のある人間からすれば全然余裕だったんだろうが、生まれつき精神構造が弱かった自分にとっては十分に苦しい時間を過ごした。


あの頃自分精神状態は人生のどん底にあった。

あれより下もきっとあるんだろうが自分が知ってる中で一番下があれだ。

あれより下がきっとあるだろうから必死にそこから逃げ出そうとして、その結果中退の道を選んだとも言えるだろう。

大学2年生の後半ぐらいから自分は駄目になり始めていた。

周りとも噛み合わないし勉強趣味も駄目だった。

ろくにやってなかった。

緩やかに限界に近づいていた。

あの頃の自分実験レポートが書けない事で頭が一杯だった。

毎週やってくるレポート提出日におびえていた。

土日に図書館に行ってレポートを書くための資料を集めて、それでちゃんと準備をしているのに全く進まないレポートに苛立っていた。

何を書けばいいのか本当に分からなかった。

今思えば当たり前の事を書けばよかったんだと思う。

自分は出来の悪い学生だと認めて凄く基本的な事、誤差の計算の話とか実験教科書に既に書いてあることの焼き直しとか、装置もっとかい説明を百科事典から丸写ししていればよかったのだろう。

呆れられるだろうが、何もしないよりはマシだ。

それか、他人レポートを借りて少しだけ言葉計算を変えて丸写しするかだ。

あの頃の自分阿呆な癖にプライドだけは高く、そういう事はできなかった。

それでいて自分の出来の悪さには半分気づいていたので、その後ろめたさから教授相談することも出来ないでいた。

ただ完成しないレポートとにらみ合いながら、そのままでいると無力感で気が狂いそうだからラジオを聞いたり横目にテレビを見ながら部屋の周りをぐるぐるしてばかりいた。

朝の6時までそんなことを続けてから12時間眠って夕方の6時に起きて、5分ほど布団の上であぐらをかいから大学をサボってしまったことにふと気づいたりしていた。

そもそも大学に行くからから自分は駄目だった。

小学校の頃勉強しなくても勉強ができる人間だった。

実際は友達が少ないからと昼休みになるたび図書館に行って学習まんがを読んで過ごしているうちに無意識勉強をしていたんだと思う。

それでも勉強が人より出来るのは間違いがなかったので親は自分に妙な期待をしたらしく私立中学に行くことを勧めてきた。

その頃の自分は「いい子」だったので親がそう言った以上は逆らうこともなく、素直に塾に通い、素直に人より多く勉強をして、気づいたらそこそこの私立に入っていた。

あくまでそこそこである

地区で一番の学校には入れなかった。

今覚えばこの時点で覚悟を決めておくべきだったんだろう。

自分運動も出来なければコミュニケーションも上手く取れなくて、それでいて賢くもないと。

それから自分は中高の6年間をダラダラと過ごした。

ダラダラと過ごすうちに最初中間だった成績は下の下まで落ちていった。

今思えば、自分小学校の頃にちゃんと勉強をする癖を付けそこねたんだろう。

勉強暇つぶし範囲しかしなかったし、テストの大部分は学習まんがで覚えた知識を応用してどうにかしていた。

嫌々ながらも机に向かって問題を熱心に解くことは少なく、宿題も面倒になると適当に埋めて終わらせていた。

算数問題(今覚えば公務員試験の数的処理によくにていた)を解くのはパズルみたいで好きだった。

だけど単純計算は嫌いで、よくケアレスミスをするのは知っていたのに全然トレーニングをしようとはしなかった。

理由は面倒くさいからだ。

そうして面倒くさがって勉強しない癖を付けたままダラダラと中学高校時代を過ごし、大学受験シーズンを迎えた。

からないことが多すぎた。

英語の基礎はなっちゃいないし、数学積分問題を解いているのに微分がそもそもろくに理解できていなかった。

社会化の知識は小学校で止まっていたし、かろうじて理科はどうにかなると思ったらこれも中学校で止まっていた。

自分勉強しなくても勉強が出来るはずだという感覚を未だに捨てきれなかった自分は混乱した。

から手を付ければいいのか分からなくてとりあえず周りに合わせて受験生がやるような問題を解こうとした。

手も足も出なかった。

中間テスト前に毎回丸暗記して何とか赤点回避していた知識は反復不足でほぼ全てが抜け落ちていた。

高校1年の問題どころか、中学2年程度のレベルでも怪しい所が無数に合った。

まず何をすればいいのか。

それを誰に相談すればいいのか。

その答えも出せないまま刻々と時はすぎて、気づけば滑り止めも受からないまま高校時代は終わった。

塾には行っていた気がするのだが、基本的な部分で躓きまくっているのをどうすればいいのかが分からなくなり、誰に相談するでもなく自主休講を繰り返していた事だけは覚えている。

相談すれば真摯対応してくれていたのかも知れないが、あの頃の自分プライド疑心暗鬼が心の中で手を組んでこんな奴らに相談しても馬鹿にされた挙句にはぐらかされるだけだぞと完全に思い込んでいた。

浪人生になった春。

新しい塾に入ることにした。

そこは前に通っていた塾よりもレベルが低く、自分が通っていた高校名前を出したらすぐに上のクラスに入れてもらえた。

自分の今の実力は非常に低いから不安なので一応テストを受けたいと申し出た。

恐ろしいほどに基本的な内容しか書いてなかった。

いくらもう1年時間があって同級生には高校3年生もいるとはいえ、こんな問題も解けない奴はヤバいだろうと感じた。

今思えばここで油断したのかも知れない。

勉強をしない生活が基本となっていた自分は、隙あらばサボろうとしていたのをよく覚えている。

最初のうちは授業にはちゃんと出ていたが、いつの間にか加速度的にレベルの高くなる内容に振り落とされ、気づけば足が遠のいた。

どこであんなに差がついたのかとその頃の自分は悩んでいたが、答えは明白である

日々の反復学習だ。

予習も復讐もロクにせずに授業に出るだけでは大学受験レベル問題が解けるようにはならないおつむの作りをしていると高校時代に散々味合わされたはずなのに、半年もしないうちにそれを忘れてしまっていたらしい。

そうして勉強をする癖を付けることが出来ないまま、二回目の大学受験を迎えた。

滑り止めには受かった。

だけどそれは浪人してから新たに加えた滑り止めだった。

「こんな所行ったら終わり」だとすら思わず「こんな所に行く自分想像できない」滑り止めだった。

他の試験会場で味合わされた絶望感がそこの試験の時だけなかったのを覚えている。

魔法みたいにスラスラと問題が解けた。

同時に「こんなに簡単ならきっと逆に競争が熾烈化してギリギリの戦いになるだろう」なんて考えていた。

後で考えればそれだけレベルを下げた受験先だっただけである

そうして勉強する癖も、自分イメージする大学生にふさわしい知識も、自分イメージする大学生にふさわしい学習環境も、何一つ手にすることがないままに大学生編が始まるのであった。

もう一年浪人して心を入れ替えておけばよかったのかも知れないと今は思う。

二浪したら人生の終わりの始まりだとその頃の自分や両親は思っていたが、その程度で終わるなら大学中退したらどうなってしまうと思っていたんだろうか。

大学に入った頃の自分はまだ自分がそこの学生である事を実感できないでいた。

結局一度も心の中で認めていなかったのかも知れない。

周りの学生教師も皆馬鹿に思えたし、そんな連中とつるまなきゃいけない自分自身馬鹿さ加減にも日々絶望していた。

心の半分ぐらいがずっと灰色だった。

浪人時代に失敗したか大学に入ったらちゃんと勉強を頑張ろう!

そう思って友達付き合いやサークル活動を控えて勉強に打ち込もうとした。

駄目だった。

勉強のやり方が分からなかった。

ただ予習・復讐忘却曲線に合わせてやるだけの事が出来なかった。

自分コントロールする術を身につけていなかった。

から勉強もできないしサークルにも入ってないし友達もいない救いようのない学生が出来た。

そうしてその救いようのないクズは日々レポートに苦しみながらクズ故のプライドの高さと自己肯定感の低さから来る多方面への遠慮から誰にも頼れずにいた。

そうして自分大学2年の後半辺りから少しずつおかしくなり始め、就活シーズンの頃にはすっかり頭が駄目になっていた。

から自分必要とされないだろうという不安から就職活動に踏み切ることも出来ず、だからといってなにもしないのも不安からとか公務員試験勉強を始めた。

公務員試験勉強と、普段の授業と、実験レポートと、卒業論文、その4つにグルグル毎日追われていた。

授業の実験はなくなったが研究室に妙なやる気があったのでそれに似たことをよくやらされた。

他の研究室もっとずっとユルい活動をしていた気がする。

何かをすると他の何かが頭をよぎった。

勉強もしなくちゃいけないし、レポートも書かなくちゃいけない、卒業論文も進める必要がある、面接の準備もしておいた方がいいのだろう、授業の宿題もちゃんとやらなければ……

パニックだった。

計画を立てて物事を実行に移す。

スケジュールを組み立てて目の前にある仕事を1つに絞る。

自分にかけていたのはその習慣だったのだ。

今にして見ると簡単な事だ。

だけど自分はまだそのことに気づいていなかった。

から机に向かって何かに取り組んでは、すぐ別の何かが気になってフラフラしては精神をすり減らしていた。

気晴らしのために遊ぼうとしても色々な事が気になって遊べなかった。

から疲れた時は寝て過ごした。

眠ることは生理的必要不可欠なのでこれなら許される気がした。

悪い夢を見ることが多かったけれどもそれが一番疲れが取れた。

寝ている間の半分は夢すら見ていないからだろう。

実験レポートの内容は相変わらず酷いもので、教授にチェックを受けるたびに皆の前で叱られた。

あるときには呼び出しを受けて教授から2時間にわたり叱責を受けたこともあった。

回りでパソコンに向かっていた同級生・上級生が憐れむような、何か理解できない生き物を見るかのような目でこちらを見ていたのを覚えている。

そうして気づけば研究室へ行くのが嫌になり、卒業論文も進まなくなった。

将来への不安から勉強にも身が入らず単位も不足し、文句なし留年でその年は終わった。

公務員試験は筆記が受かったが面接で落ちた。

入る前から死にかけている生きの悪い学生なんてどこも取るはずがないだろうなと今でも思う。

次の年度が始まっても、院生に上がった元同級生や下級生、そしてあの教授たちと顔を合わせると思うと研究室には行く気になれなかった。

研究室を変えたらどうだという話もあったが、どうせたらい回しにされた人間しかやってこないようなもっと酷い研究室に送られるのだと思い拒否した。

今覚えば分が悪くとも賭けに出た方がマシだったろう。

ギリギリ精神を「もうすぐこの状態から抜け出せる」という希望で何とか繋いでいたのが逃亡から留年という形で切れてしまったこともあり、次の年度は完全に駄目だった。

日々の多くを家に引きこもって過ごしていた。

毎日死ぬことばかり考えていしたし、もうすぐ死ぬのなら今頑張っても無駄だなとふて寝ばかりしていた。

何かを頑張る気にもならなかったし、かといって遊ぶ気にもならなかった。

ただ毎日を死んだ目で寝て過ごした。

段々寝ようとしても寝れなくなっていったが、グルグルと頭のなかで過去妄想を反芻しながら布団の中で目を閉じている方が起きて何かやるよりかはマシなので眠りもせずに布団の中で過ごした。

そしてその日々の中で、こんなことを続けていたもどうにもならないと思い、自分中退を決意した。

決意の方向が間違っていたような気もするし、実際もうあの頃の自分はどうやっても大学卒業できなかった気もする。

生活見直し人生見直し、行動を見直し、とにかく気持ちがどうこうよりも前に日々をどう生きるかを前向きに組み立てなおしていれば可能性はあったのかも知れない。

だけどあの頃の自分は1人でそれが出来る状態にはなく、それを助けてくれる人間も周りには居なかった。

両親は自分人生で忙しかったし、大学は腐ったみかんの相手なんてする気はなかった。

大学をやめて少しすると、精神が少しずつ回復に向かった。

明らかに状況は悪化したのに気持ちは楽になるなんて神経を抜いた歯みたいだなとその時思った事を覚えている。

そこから先はまあ色々と行き当たりばったりを繰り返していたらいつの間に人生がそこそこマシな所まで戻った。

2015-01-28

だんだん人と話せなくなる

当方理工系大学4年生・女。いま、卒業論文研究執筆が追い込みの時期で、授業もないために研究室と家の往復だ。

私は在学途中に諸事情(後ろ暗いことではない)で休学したため、親しい友人は昨年の春に大学を去った。だからプライベートで仲良く遊ぶ友人もいない。

バイト先は、自営業者のところに私一人しかアルバイトに行っていないので、同世代の友人もいない。

部活動は、私が一番大切にしているコミュニティだ。でも、研究室が忙しくなったので行けなくなってしまった。

彼氏は朝から夜遅くまで毎日研究室に行っているので、かまってもらえない。でも、彼が家に帰ってくるとずっと一緒に家にいたりおしゃべりをする。彼は、私のへんな甘え方(苦しいことがあるとずっと黙っていたり、へんなギャグを言ったりすること)にとてもじょうずに対応してくれるから、ついつい甘えてしまう。

こうやって毎日彼氏とだけしゃべっていると、一般的に甘えてもいいラインはどこまでで、そもそも一般的な甘え方はどういうのだっけ?と思って、しゃべれなくなってくる。それに加えて、私はかねてから失言が多いため、失言して嫌われたらいやだな、と思うとだんだん息苦しくなって、人と話せなくなってくる。いざしゃべろう、とか行動しよう、と思うと、ささいなひっかかりーーたとえば、友人が「ばいばい」と手を降ってくれたとき、私は手を振り返さずに「おつかれ」と会釈だけで済ませてしまったりすることーーが、また私の頭を悩ませる。どうしようどうしようと。

来春からお給金をもらって働く身となるわけだけれど、こんなに些末なことを気に病んだり、周りにそれを悟られて面倒な奴だと思われたら、とても迷惑をかける。どうにか在学中にこれを直さないといけない。直したい。

2014-12-16

卒業論文の締め切りが間に合わなかったクソな私の話

これから馬鹿な話をします。読んでくださる方は、笑い話として流してください。すこし吐き出したい。

タイトルにあるように「卒業論文が間に合わなかった」。そもそも、「間に合わせる気なんて無かった」、というのが本当の心理ですね

生い立ちについて話します。私はいままで人生のうのうと生きてきた。私立大学も、一人暮らし費用も全額負担してもらっている。決して裕福でない家庭だったのに経済面で苦労したことは有り難い事に一度もない。母が若い頃、せっせと地道に働いた貯金子供ために切り崩している。尊敬しているし両親には感謝している。困難に立ち向かったこともなければ、自分で考えて行動してこなかったことも無い。同級生精神面で大人の考え方を持ってる人、容姿や体型に自信がある人、意見発言できる人、と勝手比較しては、私なんてだめだな~と嘆いていた。見た目も中身もとにかく酷いコンプレックスの塊だった。自分なんかが、という低い自己評価がこじらせ、私は他人の目を過剰に気にしながら生きてきた。友人にも両親にも。親の前では望む理想のいい子を演じている。極力いい顔で通す。本来の素を隠しながら常に自分を追い込んでいた。人間関係に悩んでは逃げてきたの繰り返しだった。次第に関わりを持つ人を最低限減らしていった。でも客観的に見て「社会ではこんなの甘い問題だ!」ってことも心では分かってる。なのになぜ自分はうまく対処できないんだろうと自分否定しては負の連鎖。考えれば考えるほど追い込んで、人間が怖い時期もあった。外に出られなくて引きこもり友達との連絡も絶ち独りで居るほうが楽だった。唯一ストレス発散になってたのが過食嘔吐(今も走っている)。スーパーで大量に買い込んではビニール袋で手を突っ込んで吐く。

ここ半年はそれが強く、生きる欲すら沸かなくて、なんで私なんか生きているんだろう、なんて毎日無駄時間を過ごしてた。同じ大学バイトの子卒業論文の締め切り日程を2週間前に知った。自分ゼミ卒業論文に厳しいゼミで、書かなきゃ。って思いながらどこか他人ごとで考えて家でテレビを見て全く取り掛からなかった。先日大学のHP卒業論文の締め切りが終わったことを知った。

あー、人生終わったなぁ

やっと自分で考える時がきたんだな、両親に金銭面で助けてもらうことも、自分覚悟しないとなと、どこか自分人生を歩んでる意識を再認識できた(今更で悪い出来事なのが恐縮です)

って思った瞬間に急に現実味が帯びてきた。次に両親の顔が頭の中で出てきた。勿論内定を頂いた企業にはお断りしないといけない。母親と決めた卒業式の袴もキャンセルしないといけない。海外での卒業旅行キャンセルかな、とか考えると自分が程々阿呆らしくなって笑った。ここまで事態悪化させたのは自分なのに無性に自分に嫌気が刺した。両親には申し訳無さで心が締め付けられる想い。こんな娘でごめん、と。これが自分人生を歩む良いキッカケになれたのは事実だと思う。だけどまた両親や友人にいい顔も見せようと言い訳を考えている自分がいる。現実に目を向けて冷静になったらとんでもないことをした責任に潰されそうな弱い自分が居る。甘いし弱いし子供です。

ほんと今考えると何してんだろうと思うんですけど、そのとき現実味が一切ありませんでした。今後の自分に喝を入れるつもりで宣言するならば、現実を生きろ、です。

2014-05-15

今の人生における悩みを書き出してみる

  • 大学5年生(就職浪人
  • もう五月も中盤になるのにまだ内定が決まらない
  • 卒業のために一年間かけて大して好きでもない研究会で大して興味のない研究をしなきゃいけなくてしかもそれが結構エグそう
  • 祖母が今すぐにも死にそうで、両親が仕事を交代で休みながら介護をしていてそれが本当に大変そう。(手伝いたくても『お前は就活中だからやめろ』と言われる)
  • 22にもなるのにまともな恋愛をしたことがない童貞



どっかに内定が決まり、なんとか卒業論文を提出し、祖母が安らかに召され、恋人が出来れば多分他に何もいらない。

そんなはずはないと頭ではわかっているのに自分世界で一番価値の無い人間なんじゃないかと思えてくる。

2014-04-01

卒論で一番身につくのはバカバカしさに付き合う気持ち

STAP細胞に関するニュースを見ているとつくづく「研究世界ってのは馬鹿馬鹿しい所があるな」と思う。

自分の都合のいいようにデータを切り貼りする事を露骨にやってしまたか彼女は叩かれたが、

あいった恣意的データ弄りは程度の差ややり方に違いはあれどレポートの基本だ。

そういった「自分に都合がいいデータを作って凄いことをしたように見せる」というのははっきり言ってバカバカしい。

でも、今の世の中でそれをやらないと頑なに決めてしまったら物凄く生きにくくなるだろう。

自分卒業論文をやっているとき最初のうちは「恣意的研究なんてしない」と思ったり、

「新しい所に自分の力でたどり着く」なんて身の程知らずにもホドがあることを考えていた。

だけどそれだとすぐに壁にぶつかり、やがて壁にぶつかり続けて折れてしまった。

しかしそれで良かったのだと今は感じている。折れて正解、不相応なプライド高望みは捨てて正解だった。

卒論をやっていなかったら、今でも会社で「ズルはしない」なんて言いながら要領の悪い事ばかりしていただろう。

多分日本の多くの企業大卒を求めるのは、こういった卒論レポートで心が折れた経験のある人間や、

最初から余計なプライドを持たず素直に周りがやってるような少し卑怯方法をとれる人間と一緒に仕事がしたいからなのだろう。

2014-03-21

学部卒論必修が間違いの始まりなのでは

はじめに:論文の質がどうだのコピペだのといった話が最近よくなされているがそれらは学部卒論必修文化に端を発しているのではと私は考える。

日本において研究者学生が初めて論文製作に当たるのは多くの場合、というかほぼ10割が学部における卒業論文だろう。

そして、その大多数ほどが「必修だからやるしかないな」で卒業論文に当たるわけだ。

そうすると自然と今まで過去問に頼ってきた学生達はコピペ的な論文を量産する。

それを大学講師陣は「しょうがないよね。これが彼らの限界だし大卒じゃないと就職難しいし卒業させてあげなきゃだよね」とそのコピペ卒論を通していく。

そうして大学研究室には「コピペみたいな卒論しょうがないよね」という空気が流れ、

その空気に当たりながら学部生は育ち、やがて院生になり、その空気を脱しきれるかどうか怪しい状態で院も卒業していく。

以上はあくまでも自分イメージである自分が通っていた大学レベルが低いからこういったイメージを持ったのかも知れない。

しかし、日本にある大学の何割かは実際にこうなのではないかと私は推察する。

この状態を止めるには学部における卒論の必修化をなくすべきなのだろうと私は考えている。

研究をして論文を書くべき学生と、そんな事させずにとっとと社会に出してしまった方が良い学生を同じ境遇に置くのは、

腐った蜜柑と新鮮な蜜柑を一緒くたに樽に入れておくような物なのではないだろうか。

PS:そうだよ……俺は学生時代卒論で苦労した恨みを増田にぶつけてるだけだよ……。笑いたければ笑うがいいさ。でも最近ニュースを見てるとこの考えもあながち間違えとは思えないんだよな。

2014-03-18

ブラック研究室

小保方晴子さんのニュースを見て、心が痛む毎日です。


STAP細胞論文小保方晴子氏の博士論文から写真流用 理研認める】

http://www.huffingtonpost.jp/2014/03/14/riken-stap-conference_n_4961849.html


倫理を再確認せざるを得ないことは残念に思う」というコメントがありましたが、論文を書く上で必要となる倫理を学べない学科研究室が多いのも事実です。

いわゆるブラック研究室では、そのような風潮がある気がする気がします。(小保方さんの居た研究室がそのような研究室かどうかは定かでは無いですが。)


自分が属していた研究室は、放置ブラック研究室でした。教授が得意とする研究分野から少しでも外れた研究を進めると、見事に放置される人も。

いい意味では自分のペースで進める事ができますが、悪い意味ではゼミ発表の時ですら「私の専門外なのでよくわかりません。」というコメントしかないこともざらにありました。

卒業論文修士論文添削をするといって提出させた論文に対しても、学生の前で平然と「私はあなた論文を見ていないので、何をしてるかわかりません」と言う場面も。

余談ですが、その適当さ故に被った被害として、教授から言い渡された助成金の申請に手違いがあったせいで、十数万のお金を失ったこともありました。

「そういう事もよく有りますよ」といって他人顔するだけで、さすがに怒りを覚えました。あなたの指示で出した申請なのに、その対応はないでしょ…。

研究者としては尊敬しますが、人としては大嫌いでした。まあもう二度会うこともないだろうからいいんですが。お金戻ってこないかな…。


自分研究室以外にも、(さすがにお金絡みの事例は少ないだろうが)ブラック研究室は多く存在します。

教授の方々にも、自らの成果を研究として残したり、生計を立てたりと事情があるのはわかりますが、もう少し、学生と向き合ってくれてもいいんじゃないかなって思います

そういう小さな問題でも解決されれば、もっといい環境が出来ていくんじゃないかなぁと思うばかりです。


まあ、マンモス校じゃ無理だと思いますが。

2014-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20140316182554

えー?じゃあそれで卒業論文でも書いてんでしょ?

それあれば相手も有無を言えないだろうよね?

単に無視されて仕方なかったって?へー?

2014-03-15

トンコツラーメン論文イントロ書いてみた

トンコツラーメンの例が分かりやすかったので、ついお腹が空いてやりました。

もっとお腹が空きました。

そんなことよりおうどんたべたい

http://anond.hatelabo.jp/20140314233406

***

Introduction

 トンコツラーメンは多くの日本人に親しまれ、日本国内だけで毎年75億食が消費されている(厚生労働省2010年統計)。すでに過去研究によって、日本では種々のトンコツラーメンが作られている(Reviewed by Ohkuma et al. 1999)。従来、最も至高とされるつけあわせは高菜とされ、よく高菜が入れられている(Reviewed by Ohkuma et al. 1999)。ただし、そこにホウレンソウを入れた人はいない(Reviewed by Ohkuma et al. 1999)。

 早稲田大学・超先進理工学部ラーメン学科トンコツラーメン学研究室(以下 当研究室)では、トンコツラーメンに合う至高の葉野菜の解明に向けて、市販の主要な葉野菜研究材料に探索が行われてきた。高菜に加え、すでに当研究室では、チンゲン菜(加藤 卒業論文 2008・修士論文2010)・キャベツ佐藤 卒業論文2009)・タンポポ内藤 卒業論文2010)・トリカブト武藤 未公開)の研究があり、詳細な検討が行われている。

 ホウレンソウは、高菜および他の葉野菜と比べ、鉄分マグネシウムなどの栄養素に優れる(Noyori et al. 2002)。また、流通量は2012年国内で5億トンに及び、葉野菜の中で上位10位に入り、手に入れやすい(農林水産省2013年統計)。ホウレンソウ有用な葉野菜であると言える。もし、トンコツラーメンホウレンソウが至高の組み合わせであれば、新たなブレークスルーになると考えられる。そこで私はホウレンソウをいれた。

 当研究室での先行研究加藤 2008, 佐藤2009, 加藤2010, 内藤2010, 武藤 未公開)にならい、トンコツラーメンとの組み合わせ作用を定量評価するため、GC/MSならびにNMRによる成分分析を行った。従来の方法に加えて、ホウレンソウ材料特性にあわせた評価が必要であると考えられたため、味噌ラーメン学分野で急速に発展を遂げている海原-山岡方法(Kaibara and Yamaoka 2013)を改良し、トンコツラーメン学研究に適用できる新たな官能評価法を開発した。本論文では、これについても述べる。

Ohkuma et al. (1999) Tonkotsu ra-men ha oishi desuyo. Nature Reviews Nutritional Research vol. 3 p.72

Noyori et al. (2002) Motto horenso tabero. Cell Vegetables Cell vol. 7, p. 64

Kaibara and Yamaoka (2013) Proceeding of Miso ra-men. Oishinbo vol. 1, p. 1

加藤 (2008) チンゲン菜のトンコツラーメン学的解析

佐藤 (2009) トンコツラーメンにつけあわせたキャベツのもたらす作用の定量評価

加藤 (2010) チンゲン菜のトンコツラーメン学的解析

内藤 (2010) タンポポトンコツラーメン学的解析

武藤 (未公開) トリカブトを用いた挑戦的トンコツラーメン新規開発

***

先輩の卒論修論積極的に参考にすべき(例えばOhkuma論文研究室で代々引用されているでしょう)。

しかし、おおかた貼子さんのアレは、このくらいの最低限の様式さえ、守れていない(もちろんそういう人はほかにもいるかも)。

コピペと、引用は違う。

***

追記

リバネスさんで、紹介されてしまった。

http://rceer.com/2014/07/20/tonkotsu-ramen-intro/

http://anond.hatelabo.jp/20140315000807

学士に関して言えば、総代の選出方法は大別すると以下の三種類。

1.最優秀卒業論文教員会議などにより選出

2.最優秀学業成績、優科目比率などにより選出

3.研究室持ち回り、担当研究室の独自基準により選出

まさにその名の通りの「首席」は存在しないが、1と2は事実上首席に該当するだろうし、

これらが明示されていない場合でも成績が決定されている以上、2に相当する順位上の首席存在する(往々にして教員経由で噂が広まる)。

何にせよ制度上は存在しないものなので、自称ちゃうのはカッコ悪い。

2014-03-14

早稲田大学理工系におけるコピペ文化について

早稲田大学コピペ文化が話題になっているので、早稲田の理工ではコピペに対してどのような教育がなされているのかの現状を書きたい。ちなみに、私は早稲田大学の理工を5年ほど前に卒業し、某国立大学大学院に進学し、いまはふつう社畜である

今になってはとても反省しているが、早稲田理系コピペで成り立っているといっても過言ではなかったと思う。もちろん全ての学生がそうというわけではないが。

早稲田の理工に入ると、1年生の実験が始まる。週1回の実験で、レポートや試問が課され、それをまとめる必要がある。また、2年生になると学科別の専門的な実験が始まりレポートの量も増え、求められるものも増える。レポートダメなところがあると再提出になる。ひとつでもレポートが提出期限を守れていないと即留年である規則は厳しい。

そこで、そのとてつもない量のレポートを量産するため、学生たちは必死コピペを行う。先輩たちから大量に受け継がれてきた「過去レポ」をもらい、それを切り貼りして組み合わせるのである。切り貼りする手間がないときは、一字一句同じレポートが作られる。写経である

教授陣はコピペを容認している。学生コピペを多用するのを知っていているため、私のいたときレポートはすべて手書きでないと認められなかった。つまり、こういうことだ。どうせ殆ど学生コピペをするのだから、それをパソコン上でやっては何も身につかないので、せめて手書きで丸写しをさせて覚えさせよう、と。実際に何人かの先生たちはそれを公に口にしていた。写経ならまだ意味があると。こうなると、どうやって大量の過去レポを得るかが重要である実験の成績は、コミュニケーション能力を測っているともいえる。つまり、どれだけ過去レポを集める能力があるか、だ。

国立大学にいってびっくりしたのだが、国立大学理系早稲田のような私立大学理系では学ぶ環境が全く違う。私の進学した大学院では、教授ひとりにつき1学年あたり学生は3人までしか認められていなかった。しかも、研究室には実験を手伝ってくれる技術の人がだいたい雇われている。

一方早稲田理系は、お金がないからなのか学生先生比率おかしい。研究室基本的に1人しか教授がおらず、そこに多いときは1学年12人配属になる。典型的な年では1学年7〜8人くらいだろうか。つまり学部4年・修士課程1年、修士課程2年だけだとしても学生20〜30人いる。そんなにたくさんの学生がいて、教授の目が行き届くはずがない。先ほどの1年生や2年生のレポートも、教授が見るには多すぎるので、ほとんどは修士課程学生が採点を行う。そのため、かつて自分たちが行ってきたコピペを批判するケースはない。コピペでも必ずレポートは通過する。

1年生,2年生,3年生と学年が上がるにつれてひたすらコピペを繰り返してきた学生は、卒業論文でもコピペを行って卒業する。もちろん自分で書く人もいるが(私の研究テーマ研究室ではじめての分野だったため、卒論コピペするにもその対象がなかった)、ほとんどの人は先輩の修論卒論コピペする。研究をやったといっても、学部研究レベルといえば、次のようなものだ。「すでに過去研究によって、日本ではトンコツラーメンが作られている。そこにはよく高菜が入れられている。ただし、そこにほうれん草を入れた人はいない。そこで私はほうれん草をいれた」というようなレベルだ。少なくとも、高菜までの話はすべてコピペだ。

そうやってコピペされてできあがった卒論修論は、教授にはほぼ見てもらえない。できあがった卒論修論を一番読むのは、それをコピペする次の学生である。そして、一番の問題は、こうやって育っていった学生には、次のように思う人が出てくる可能性があることだ。「レポートとは、コピペをすることであり、それは普通方法である」と。学生にとって論文を書くこととコピペは表裏一体なのだ博士課程にいったからといって、それがいきなり変わるかというと難しいと思う。もちろん変わらなければならないが。

早稲田理系がここまで低いレベルなのは、私立ならではの教授の数が少ないことに加え、附属高校から上がってくるボンクラ学生がいることもある。もちろん附属から来た学生がみんなひどいわけではないが、スクリーニングされていないので下限がない。私が在籍していた研究室には、三角関数sin理解していない大学4年生がいた。彼はまともに実験もできなかったが、やはりコピペにより卒業していった。

このように、早稲田理系コピペで成り立っているといっても過言ではないケースがある。そのため、今回話題になっていることも、早稲田出身から言わせれば、なんら違和感はないのではないだろうか。私もコピペ突破してきたので、何も批判できない。

2014-03-12

小保方さんの博士論文、参考文献リストコピペ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140312-00000017-asahi-soci

これさ、もはや小保方さん一人のレベルじゃ到底無いと思うんだけど。

早稲田全体とは言わないけど、少なくともこの専攻の博士論文いくつかひっぱってきたら

同じようなコピペ論文沢山見つかるんじゃね?

少なくとも、同じ主査の人の論文持ってくりゃ同じ程度のものが見つかるだろう。

参考文献が意味不明論文なんて卒業論文ですら「馬鹿野郎!」って言われるレベルだろ。

誰か小保方さんと同じ専攻、同じ主査博士論文いくつか調べてくれないかなぁ

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