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はてなキーワード: 押し付けとは

2016-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20160727115058

アルバイトで皿割って給料から引かれる、みたいな話は良くあるのにそれが大学だと発生しないといえる理由は?

20万円の品だろ。高価だけど小額資産に入る部類だから保険なんかは掛けてない可能性は結構あるわけだ。

2000万円とかのクラスになれば過失で壊れても保険で何とかなるから請求は発生しないので、実質的には問題となるケースはないだろう。

でも20万円で保険かけてなかった場合はそのまま備品のロスだよね。その損害は誰がどういう名目で負うの?

手取り30万円前後管理者扱いになる人が全額負う訳? 自分で壊したわけでもないのに。

それも違うよな。

誰かが支払いを負わなければならないわけで、その支払いを誰に押し付けようとしてるんだい。

半分は管理者責任とする(破損の状況によってはそれでも過剰に多いとは思うけどな)のはいいとして、もう半分は壊した人及びその研究を行っていた現場チームで連帯責任とするのがスジじゃねえの。

お金無限には無いんだぞ。「請求が発生することは無い」としても、その損害は誰かが埋めているんだ。

そこに自身責任を感じて執行に移しても全然おかしくないというか寧ろ筋が通ってる話ではあるけどな。

今更兄が親の愛情とかうるさい

やれ親孝行は生きているうちにしかできないだとか、両親にみんなでプレゼントをしようなどという話を突然押し付けてくるようになった。

挙句の果てにどこから拾ってきたかもわからない”母を亡くして初めてわかること”みたいなメッセージを送りつけてきた。

そこにはおせっかい愛情だと気づく内容や、喪失感母親が死んでしま現実直視できないといった内容が並んでいる。

だけど一つ言いたい。

あなたはさっさと親をわたし押し付けて一人家を出て遠くで暮らしていたではないか



そこで家庭を作って一生懸命生活していたことは知っている。それなりに沢山の苦労もしたことだろう。

だけどそのせいでわたしは未だに親元をつかず離れずでずっと親の面倒を見続けてきたのだ。

あなたがいなくなってから少なくと10年以上親と暮らしていたのはあなたがろくに連絡もよこさなくなったからだ。

「親の面倒を見るのは子供仕事」そう言い聞かせては、仕事でどれだけ疲れようとも親との生活に耐え続けたんだ。

たまの休みも親の相手をしてろくに外出もせず、恋愛なんてする暇もなく仕事と親とに挟まれ生活し続けてきたのだ。

それが子供の正しい姿だと信じて。

それなのに、その間あなたは何をしていたのだ。

そんな生活に耐えかねて、わたしが家を出ようとした時にもっともらしいことを言って反対していたことをわたし絶対に忘れない。

わたしだってそのことに罪悪感がなかったわけではないんだ。欲しかったのは後押しの一言だったのに。

だけどある日、母親から電話わたし決断した。あの時、わたしの中ではもう母親は死んだのだ。



今のままの生活では自分ばかりが犠牲になってよくない。

そう思って、激務と両親の世話との中で少しでも体を休めることにしか使っていなかった休日に、できるだけ友人と外出するようにした。

わたしわたし人生の中でわたしの楽しみや幸せを探さなくてはいけないと思ったからだ。

わたしが留守なのを知ってか、携帯には母親からメール留守電が頻繁に入ってきた。

どれもが些細な内容なのだが、必ず母親は「困っている」「助けて欲しい」という言葉を入れてきた。

後になって分かったことだが、それは親が子供コントロールするための呪詛だったのだ。

なぜなら、困っている人を蔑ろにすればそれは悪い行いになる。わたしがそれを断れば、母親は叱ることと許すことの権利を得られるのだ。

母親はそうして、断っても受け入れても自分が優位に立てる方法経験から学んでいたのだ。

その都度友達を待たせては対応していたが、いい加減嫌気がさしたわたしちょっとしたことならすぐに返答することをやめて、家に帰ってからまとめて対応するようにした。

しかし、母親にしてみればその内容自体目的ではなく、わたしの行動をコントロールすることが目的なのだ

わたしが何とか時間をつくって外出をすれば、その度に母親から送られてくる内容は段々とエスカレートしていった。

そしてある時、わたしの中で何かが壊れた。それは、母親から留守電きっかけだった。



その時期は本当に仕事が忙しく、文字通り1ヶ月ぶりの休みだった。

直前まで取れるかわからない休みだったにも関わらず、友人はわたしとのティータイムに快く応じてくれた。

そんな友人の無償の愛に感謝しながら足取り軽く一人で買い物をしていたときのことだ。

待ち合わせの時間確認しようと携帯を見ると母親からの不在着信と留守電が入っていた。

聞くのを一瞬ためらったが、面倒なことでなければ先に済ませてお茶を楽しむことに専念したかったのだ。

しかし、そこに入れられていた留守電は、わたし絶望の淵に突き落とすものだった。

ただ一言、とても弱り切ったような声で「わたし破産ちゃう」とだけ入っていた。

今になってみれば他愛のない幼稚な脅し文句だったと思うかもしれない。

だけど、その瞬間にわたしのなかで今まで耐えてきたものが全て、まさに音を立てんばかりの勢いで壊れてしまった。

使うあてのない給料から生活費は十分なほどに入れている。

お金だけではなく、一緒に外出したり頼まれごとも全て引き受けてきた。

何より、自分時間犠牲にしてもいつも心配して面倒を見続けてきたではないか

おかげで30を過ぎても結婚もできず、職場と家庭でばかり頼りにされる存在になってしまった。

それなのに、それなのにそんな言葉をなぜわたしに投げかけてくるのか。

まるでわたしが原因であなた破産させてしまうかのような言葉ではないか

わたしはこみ上げてくるものをこらえながら急いでトイレに駆け込み、一人泣き崩れてしまった。

もう友人に会える顔ではない。メールキャンセル謝罪を送ると、途端に虚しさが怒りに変わっていくのが分かった。



怒りに身を委ねたまま家の玄関を開けると、兄の靴があった。

一瞬躊躇したがここで止まる訳にはいかない。

居間のドアから母親と兄の談笑が聞こえてきていた。

わたしは勢い良くドアを開けると無言で財布からありったけのお札をテーブルに叩きつけた。

何事かと目を丸くする二人を前に、できるだけ冷めた声で「後いくら足りない」と母親に向かって言った。

母親が唇を一文字に噛みしめて下を向いたと同時に、真っ赤な顔をした兄が怒鳴った。

「何してんだお前!!」

わたしも負けずに怒鳴り返す。

わたしにどうしろというんだ!!」

そう叫んでから、全身から何かが吹き出していくような感覚に襲われ、わたしは床を激しく転げた。

叫びながら、床を叩き、蹴飛ばし制御の聞かなくなったおもちゃのようにその場をぐるぐると回って、そしてまた泣いた。

兄はどうすることもできずに立ち尽くし、母親の嗚咽が聞こえてきた。



それからまもなくわたし実家から駅に数百メートル近いところに引っ越しをした。

その後、知人の紹介を経て結婚をして、今では二人の子供がいる。

あの時、わたしはもう母親の望む子でいることをやめたのだ。

それまでは母親の願いを聞き続けることが親孝行だと思っていた。

でもそれは間違いだった。

母親にしてみれば、自分幸せ子供から愛情を受け取ることだったのだろう。

ずっと一緒に暮らしていたのだから母親はそれしか幸せを知らなかったのだ。

ならば手放したくないのは当然だ。

でも、それよりも子供がもたらすことができる幸せもっと沢山ある。

親の幸せのために犠牲になっていく子供を見せるより、独り立ちして沢山の幸せを得ていく姿を見せるほうが、本当は親も幸せなはずなのだ

それを教えることができるのは、ほかならぬ子供本人なのだ

本当に幸せそうに孫を抱いている母の顔を見ると、それが間違いではないことを確信できた。



あの留守電が入っていた日、わたしの中で母親の望むわたしが死んだ。

同時に、わたしの中でわたし愛情幸せになる母親も死んだのだ。



それから母は、幾つかの習い事を始めた。自分の中で自分幸せになる方法を探し始めたのだろう。

そう考えると、母もまた、子供愛情をもって接しなくてはいけないという呪いにかかっていたのかもしれない。

ある一定の年齢において、親と子とが離れて暮らすことはそれだけで大切なことなのだろう。

しかし、まもなく50になろうとする兄を見ていると、一概にそれが正解だとは思えないところもある。

距離的な自立があっても、精神的な自立が成り立つかどうかは別なのかもしれない。

だけどこればかりはわたしいくら兄に話しをしたところで無駄なことだろう。

自分で気づいて自分で自立しなくては意味が無いからだ。

そんなこともわからずに今更親の愛などと送りつけられれば、うるさいと思うのは当然だ。



母が死んだら当然悲しむだろう。

でも、そこにわたしがどれだけ愛されていたかを探すことはないし、きっと後悔もしない。

私の幸せに親から愛情はもう含まれていないし、本当の親孝行は、わたしわたし家族が正しく幸せなっていく姿を見せ続けることなのだから

からいつまでも長生きして欲しいと思う。

でもそれは、子供が悲しむからじゃない。いつまでも幸せでいてほしいと願うからだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160727051921

優生学社会正義的に存在しちゃいけないことになってるから他人事でとやかく言う市民の皆様の心の健康を保つために、優生学無しでなんとかしなきゃいけないんだよね。

そんで現実的に何とかするのは当然無理だから、なんとかできないなら見なかったことにすればいいんだっつって、社会的隔離して少数の「運が悪かった」人にその運営を任せて市民の皆様はそれらが存在しないかのように人生を送るようにしてる。「臭いものには蓋」というニッポン伝統文化だな。

そんでたまに「臭いもの」が溢れだしちゃうんだけど、それの存在を認めちゃう市民の皆様の認知的不協和が起こるから、「犯人が特異思想を持った異常者だった」ということにして全ての矛盾犯人押し付け死刑かなんかにしてメデタシメデタシするための動きが起こってるのが今現在

http://anond.hatelabo.jp/20160727050746

罪悪感抱えて生きるなんてのは当たり前のことであって今更どうこう言うようなことじゃねえだろ。

自分たちは何も悪いことしてないみたいな顔して生きてる「普通の人々」こそ、見たくない現実を少数の人々に押し付け存在しないことにして生きてることに罪悪感感じて生きるべきなんだよ。

妊婦ベビーカーママキモがられる遊び

高校生の頃から妊婦ベビーカーを引いたママさん達を見かけるたび、彼女らにキモがられる遊びをしている。

例えば、ベビーカーを引いたママさんが重たいデパートの扉を開けようとしていたら、先回りして「どうぞ」と言って扉を開ける。

ママさん達は決まって「え、何でこの人わざわざ扉開けてくれてんの?」みたいな怪訝な顔しつつ、

ナイスな作り笑顔で「あ、ありがとうございます」と言って通ってくれる。内心はキモがられているのが見え見えだけど、俺は気分がいい。

満員電車内で座っているとき妊婦さんが入ってくるのを見かけたら、すかさず席を立ち、「どうぞ」と言って席を譲る。

大抵の場合キモがられて断られる。たまーに申し訳なさそうに座ってくれる人もいるが、

そういうときも「何この人、別に譲ってもらわなくてもいいんだけど」というオーラを隠し切れない。でも、俺は気分がいいんだ。

たとえ断られても全然かまわない。だって、席を譲ることが目的であって、彼女らが座るかどうかは俺に関係ないもん。

(さすがにその後、空いた席にキモデブハゲ中年男性が座っていたりすると気分が悪いがw)



俺は別に妊婦子育てママに優しくしたいわけじゃない。そういう女性に優しくしている自分が好きなんだ。

大半の妊婦ママ達は、これみよがしに優しさを押し付けられたくないのは理解してる。知らん男の親切なんてウザいだけ。

でもゴメンね。これは俺のキモい遊びなんだ。ただ、優しい自分に酔ってるオナニーみたいなもんなんだ。

そんなわけで、俺は明日自己満足で優しさを押し売りする。



エレベーターベビーカーママと遭遇したら、自動ドアが開いた瞬間に手を縁に添えて、

無言かつ目線で「どうぞお先に」って促すからな。キモくて吐きたくなるかもしれんが、覚悟しろ

2016-07-26

意識高い

オタク自体別にどうでもいいし作者の利益に貢献したいのもわかる

ただ周りの人間にいちいち自分視点押し付けんな

中古漫画買うのって何が悪いの?

好きな作品中古で買っちゃいけないの?

金つぎ込んでなかったら好きじゃない的な発言が気に食わない

あ、割れは論外

無題

この問題本質は「不良債権化した人間」だ。

誰も引き取り手がないのだ。

からその不良債権家族に、地域に、国に、現場押し付ける。

そして今回の事件はその不良債権破綻して明るみに出た一例にすぎん。

認知症徘徊した老人が電車に突っ込んで家族賠償請求を受けた事件なども同類だ。

生かすことも殺すことも出来ない放射性廃棄物のようなものなのだよ。

社会リソースを食い潰し、関わる人間の全てを消耗させるだけで、何一つ生産することのない人間

ただ奪われ、疲弊するだけの対象税金や労力等を消尽しなくてはならない。

だがそんな人間でも人権もあれば選挙権もあり、生活保護年金受給権もあるのだ。

勘違いしてほしくないのは、彼らから人権を奪えという話をしているのではない。

彼らに人権をしっかりと認めるからこそ、

誰にも解決できない不良債権が生まれるということこそが本論の本質である

これは、誰かのせいにすれば何とかなるものではないのだ。

誰もこんな奴らの面倒を見たくはないのだが、見殺しにするわけにはいかない。

強力なダブルバインドがそこに発生している。

どちらも本当のことだからだ。

社会矛盾マグマの様に吹き上がっているという話なのだ

その絶望的な現実から逃げて、

弱者の味方を気取りながら「面倒を見たくない」という側面から目をそむけ、

やれ労働問題格差問題だと安易社会正義論を振り回して悦に入る連中は底抜けバカだろう。

現場いかに手厚くもてなしたとしても、やりがいがなければ働く人間は集まらないのだ。

そもそも、入居者の現場職員に対する非人権的な仕打ちの数々を意図的無視する連中も大きな問題だ。

暴力を受けたり罵倒されたりする例は後を絶たない。

カネをやるから理不尽物理精神暴力に耐えろとでも言うのか意識高い系カスどもは?

まあある意味においては、

この事件はこうしたお気楽で何も考えていない社会派気取りのバカ問題を深刻化させているとも言えるだろう。

ウヨサヨ犯人押し付けあうな」って誰か言ってたけど

例の犯人ネトウヨで確定らしいよ

安倍信者らしい

http://anond.hatelabo.jp/20160726165157

本来はそうあるべきだろうけどね。

現実障碍者家族に全てを押し付け

家族生活犠牲にすることで障碍者が生き延びているだけ。

健常者は「犯人障害者」ということにしてすべての汚れを障害者押し付けるな、という意見を見たが

大麻やってて措置入院までさせられていた犯人は、本来ケア必要な側だったというのは明白だろ

この世には健常者なんていない

障害者障害者予備軍しかいないんだ

大量殺人の人のTwitter読むと

これからネットで色々なクラスタへの押し付け合いが始まりそうで嫌になるな。

ポケモンGO愛国者在日ネトウヨ大麻解禁派、リア充、ウェイ、原発ボクシングタトゥーなど。

まあ、ネットオタクの皆さまからすれば、ウェイ、リア充あたりに罪をなすりつけて終わりそうだけど。

相模原容疑者

容疑者っていうか完全に犯人だけど。

左の人は「ツィッターのフォロアーが右系の人が多い。発言もそれっぽい」と言い、右の人は「大麻には害はない解禁しろ放射能が…ラブアンドピースとか言ってて、完全にパヨクの仲間だろ!」とお互いに押し付けあっている。

鳥越氏を押したのは民進党右派であるという現実をみない珍説

それ誰が言ったの?

野党四党が全てが支援してるんだよね?


自分に都合の良い言い逃れをしてるのたまに見るけどもっと向き合ったらどうだ?

共産党も含めた野党四党とも押してるんだぜ?


選挙期間中だから鳥越さんの批判をしてネット上に反対の雰囲気を持ち込みたくないから?

それとも都合の悪い部分に失敗を押し付けているただのポジショントーク


参院選の時もそうだったけど選挙のたびにその場しのぎで

「とりあえず今回は左派支持を失いたくないから候補者批判はしないでおこう」

見たいな人がいてうんざりする。

駄目なところは駄目でちゃんと見ろよ・・・


何回同じこと繰り返してんのよ。

宿題明日やるわとか言ってる学生見たいだぞ。

打ち切り漫画商売理想

とある打ち切られた漫画単行本amazonレビューに「これを打ち切った編集はアホ」とかボロクソ書かれてたことにもやっとした

編集者だって打ち切りたくて打ち切ったわけじゃないのかもしれない

単純に売れてなかったから、商売的には打ち切らざるをえなくて、泣く泣く打ち切っただけかもしれない

それなのに一概に編集が悪!ってバッシングするのはなんか違うんじゃないかなあと

売れなくても連載続けさせて単行本出してって外野から言うのは簡単だけど、カスミ食って生きてるわけじゃないんだから売れなきゃ・人気が出なきゃ打ち切りになる

ごく少数には受け入れられたのかもしれないけど、弱肉強食世界ではそれだと生き残れなかった

ただそれだけのことだと思うんだが

本当に応援したいなら口コミ宣伝したり単行本複数かって布教して売上と人気向上に一役買ったりとかしたのか?

全部編集押し付ければそれでいいのか?

続いて欲しいなら、外野からギャーギャー言うってだけじゃなくて、ファン自身もそれなりの行動をとるべきだ(売れない地下アイドルと同じ

2016-07-25

俺の好きそうなアニメDL(ディープラーニング)してくれるAIアプリってないんだなこれが

例えばガンダムにしてもガンダムユニコーンや00ガンダムみたいなのならオススメされていいけど

ガンダムAGEビルドファイターズトライみたいなのはいらない、

でもビルドファイターズはいる、

ふらいんぐうぃっちは欲しいけどNEW GAMEとくまみこはいらないみたいな、

マクロスΔはいらないけどマクロスFはいるみたいな精度と志向性のあるサービスってないの?

悪魔のリドル?いるいるいるいる!みたいな

ベルセルク?許してつかぁさい!許してつかぁさい!みたいな

ダブルゼータ一挙放送?(俺を試しているのか・・・)みたいな

SHOW BY ROCKにゃああああああああああああああああんみたいな

NARUTOアニメオリジナルだけ無視してくれたりとか

今あるサービスって中身確認せずに関連性あるやつ引っ張ってくるだけだから使う気になれない

結局1話視聴しないといけない二度手間

そしてどんどんアニメを見なくなる

もっとアニメ視聴って便利にできていいものと思うんだよ

消費の仕方だけが何十年も進化してないんだよ

 

あと前半はよかったけど後半は鬱展開になるみたいなのを

製作スタッフメンツスタジオ過去作品から予め危険予測して危険度の指標を出してくれるとか

アクエリオンEVOLみたいに失速した前例を参考にするみたいなのを調べてくれるAIが欲しい

そうなんだよ!

アニメ視聴に足りないのは金じゃなくて情報なんだよ!

まらないアニメ時間を浪費できないだけ稼いでるからこそ

本当に自分にとって面白いアニメかどうかを識別する眼と耳が外部に必要なんだよ!

だがサービス提供するものは関連性があったり売りたいものばかりを押し付けてくるのです

こんなん要るか!ボコ

 

そういうAI的な友達が一人でもいてお互い情報交換できればよかったのだが

・・・良かったのだが残念ながらもういない、昔は居た

今どうしてるかな上原

2016-07-24

「余裕がある人綺麗だな♪」って化粧品CMキャッチコピー煽り性能

キャッチコピー見た瞬間、すぐくぐってしまった。 

これで論争起きてないの?!って思って。




これはもう「余裕がない人って見苦しいーサイアクー↑」みたいにしか

聞こえなかったんですけど、これって普通ですよね??

煽ってんのかい??お?っていうね。

その余裕ってなに?お化粧に人生の大半使うこと?とか。

頑張ってて、余裕がないのはそんなに見苦しいかバカにしてんの?とか、






なんでこんなキャッチコピーでいけると思ったのか、

考えても、考えても、わからない。

思い付くのは炎上ねらいくらしか




結局、リアルなんて何にも知らない人が牛耳ってるからなのかなー…

お前はこうあれ、みたいな思想がにじみ出てる。



滅びればいいのに。






■追記

言葉足りてなかったみたいなので捕捉。




定義にはこだわってないけど、一般的にどう捉えられるか気になってた。





男性女性見方変わりそうだけど、

このワードを思い付く思考回路って、

どうしても↓みたいな様子を連想してしまったんだけど、

その辺私だけですかね?






家事系(+仕事)押し付けて、「余裕持てよ、キレイじゃないぞ」と逃げる

仕事の大変さ全部(+収支)押し付けて、「余裕もちなよ、カッコ悪いよ」と逃げる






どっちかと言うと女性よりになってしまうけど

日常回すのに必死になってボロボロになってる奥さんに

キレイじゃないぞ、余裕持てよ」って言ってボディブローかましつつ、

手伝わないような





そんなイメージ

2016-07-23

同僚が仕事できなさ過ぎて辛い

ある作業があったとして、それは多くの手順でできている。ここでは仮に手順1~8まであるとする。作業熟練度によっては複数手順を1息で終えられることもある。

同僚(給与が一緒なので同僚という設定なのだが、俺が指導責任押し付けられてる)はマジで仕事ができないので、手順1と2をまずは全体(たとえば500件)に対して処理して、その次に手順3を500件に対してやるように、と指示したんだけど、なぜか手順1+2+3を500件に対して一息で行おうとして、本来時間程度の作業が1日たっても終わらない。

理由を聞くと、手順4や5や6のことを考えると心配だったり確認を何回もしなければならないので、時間がかかるのだそうだ。おまえそんな作業毎回こっちに押し付けてやったことないじゃん。1+2+3を同時に処理しようとしてエラーまくりじゃんよ。

そんなわけで500件x60セットのうち59セットは今週俺が一人でやった。なお、給料は同じ模様。

同一賃金同一給与世界を求む。

2016-07-22

歌詞が出るMVが苦手

いつからだかわからないけど、MV歌詞をいれる手法一般化している

歌詞を入れると言ってもカラオケみたくただ文字をそのまま載せるのではなく、エフェクトをかけながら演出のように載せてくるやつのこと

歌全体に使う場合もあれば、サビになると突然あらわれる場合もある

演出として言葉を登場させたいのならわかるのだけど、そうではなく歌詞押し付けられるように出てくるととたんに興ざめしてしま

MVというもの一般化したころはそんなつまらない手法ほとんど見られなかった

自分楽曲世界観を、音楽映像だけでどうやって表現するかが全てだった



はじめてこの手法に気付いて嫌悪感を覚えたのは、じつはアーティストMVではなくビートマニアIIDXで使われているムービーだった

とあるクリエーターが作るムービーには、必ずといっていいほど歌詞が、しかも様々な手法を駆使しながら画面の中を踊っていた

アーティスト映像と違い、そうでもしなくては歌詞出会うきかっけがないのだろう

しかし、それをさも格好良さそうに織り交ぜている姿はあまりに寒々しかった

致し方ないことだろうとは思いながら、それをみていると言いようのない恥ずかしさが湧き上がってきた



それからしばらくして、今度は個人クリエーターたちの自作映像などにその手法が見られるようになった

これも先ほどの案件と同様、ユーザー歌詞出会う貴重なきっかなのだから仕方がない

(とはいっても、過剰に凝った演出文字が踊るのはやはり恥ずかしく感じるが)

ところが、最近ではメジャーアーティストであっても、そうした手段が当たり前になってきている

おそらくはそういうことが当然の世代クリエーター側に参加するようになったことが一番の要因と思われるがこれはあまりにも興ざめだ



歌詞を読ませたいのであれば、歌詞歌詞らしく可読性の高い文字で表示するべきだ

意味を伝えたいのであれば、言葉なんて安直ものに頼らずビジュアルと音で表現すべきだ

なんだか、表現というものが随分とインスタントで安っぽくなってしまったようでひどく悲しい気持ちになってしまった

日本音楽シーンは、もう本当にダメなのだろう

http://anond.hatelabo.jp/20160721153003

私の父親であった男は自分が既婚者である事を母親が未婚で妊娠するまで隠し、バツイチだと嘘をついていた。

の子供は流れてしまったが、母親バカだったので「別れてくれるなら付き合う」と言って本当にバツイチになって来た男と愚かにも交際継続し、再婚して二人の子供を成し、案の定不倫の病の再発した父親に捨てられた。

独りになっても母親バカだったのでまた既婚者と関係を持ち、怒り狂った本妻が家へ押し掛け、小学生なる子供の前で母親と堂々と不倫相手に関する言い争いをした(注)。

一時期は不倫相手結婚できるならお前なんか捨てても良いと子供本人に向かって言い放つ程頭の狂っていた母親だが、母親がわりであった祖母(私から見て曾祖母)の死を転機として目を覚まし、不倫相手と縁を切って独身男性再婚した。その男性が父となってから実家では概ね平穏な家庭が続いている。

(注:なおこのとき私は不倫相手をパパと呼ばされており、まだ不倫という概念を知らなかった。その言葉を初めて知ったのは、子供たちとの帰宅時に家の前に座り込んでいた本妻を見た母親が泣きながら女友達の家へ駆け込んで通報し、やって来た警察官にその友達が『彼女(母)とその女性旦那さんが不倫関係で』と説明をしていた時の事だった。度重なる本妻の来訪に悩まされての事だろうが自業自得案件に呼びつけられる警官も気の毒な事である



このような家に育った私は、年を経る毎に次第に自分の家に何が起きていたのかを悟るようになり、そして深く不貞というものを憎むようになった。

血のつながった両親はもちろんの事、便所ブラシと肉便器の間に産まれた、母親不倫相手本妻やその子から殺されても仕方がない薄汚れたクソガキである自分自身の血も憎くて仕方がなかった。

丁度インターネット黎明期10代後半であった私は、ネット世界自分と同じ思いをしている子供がいないか子供にそんな思いをさせている親は何を思っている/いたのか、それから何年もかけて探して回るようになった。

そうして20代の私はミソジニーかつミサンドリー煮込みうどんとなった。両親共不貞加害者であった自分には増田のように片方の性を神聖視する選択肢がそもそも無かった。




今は違うが当時の世論ネットも本当に酷いもので、不貞に異議など唱えようものなら男の場合浮気をする甲斐性がある有能な男を妬んでいるモテない駄目男、女なら男をつなぎ止める魅力と寛容さのない裏切られて当然のゴミ女、と罵倒されるのが当たり前の場所だった。要するに男の浮気には異様に甘く女の浮気独身女が既婚の男に股を開くパターン以外の選択肢があり得ない、昭和男尊女卑の一番酷いところを鍋底にこびりつく焦げカスになるまで煮詰めたような場所だった。

増田と同じように私には、不貞などせず縁もなく、普通に生きている人たちの姿は誰ひとり目に入らなかった。この世にはまだ裏切っていない人間と裏切った人間と裏切られた人間の三種類しかいないと本気で思っていた。男も女も皆クズでどうせ裏切り者以外は100%裏切られるのだからモノだけを心のよりどころとしていれば良い、そうすれば傷つかずに済むと20代の前半はずっと考えながら生きていた。



はい日常的に他人攻撃的な言動をとっていた訳ではない。表面上はごく普通に接していた。

(ただ一度もうすぐ結婚するという高校時代女友達が、結婚報告と同時にそれが略奪婚であると明かし、「彼(二股をかけていた便所ブラシ)と一緒に裸でベッドにいる時に元彼女が訪ねて来て凄く怖かったの」とかい寝言を吐き始めたときだけはどうしても取り繕えなかった。裏切られた元彼女は男と同じ職場であったらしく、結婚式の招待状を元彼女にも出そうかと男に尋ねてわざと楽しんでいるという話を聞いた時点で「最低だね」という感想をついに黙っていられず縁を切った)


それ以外はリアル不倫をしている人に会っても概ね知らぬ振りをしていられた。

幸いにも私の周囲には、自分のしている不貞本能からと男は皆不倫して当たり前とかい理由正当化しようとするバカはおらず、私も「でしょうね男はみんな不倫しますよ私の父もそうでした○○さんのお父さんもお祖父さんもひいお祖父さんもみんな不倫して奥さんを泣かせて来たし娘さんも結婚したら旦那さんに不倫されて同じ目に遭いますよね楽しみですね」とか「まあそれはご勝手ですけどお子さん間違いなく股ユルになるかだめんずになるか誰とも付き合えない人間不信メンヘルになるかの三択ですね、よかったですねソースは私と妹です」などと大人げの無い嫌みを言わずに済んだ。

一方ネットはそういうバカを見つけるたびに上記の言葉を投げてやって楽しむ自傷行為日常茶飯事だった。一度「俺の親を侮辱するな」とか言い返して来た客観性という概念を知らないほんまもんバカがいて今風の表現を借りれば大草原不可避であった。




そんな中である2ch浮気不倫板に親に不倫された子供スレというスレを立てた。

スレ立て当初は滅茶苦茶に荒らされまくり、親が不倫したのはお前のせいだ、お前らは捨てられて当然だと書き込まれる事も幾度となくあったが、それでも細々と何スレか続いた。リアルタイムで親の不倫を知って苦しんでいる中高生を慰め、昔親の不倫に苦しんだが今は幸せだという年長者に慰められ、何より「不貞なんかして家族を傷つける奴はクズだ」という意見を誰にも否定されず堂々と言える場ができたことに心のよりどころが生まれた。

(何しろそんな事リアルで言おうものなら「世の中白か黒じゃない、大人になれ」「ご両親も苦しんでいたのだから理解してあげろ」とかい説得力もクソもない思考停止押し付けられる選択肢しか当時はなかったのだ。毒親に苦しむ子供に対して子供を愛さない親はいいから親を許せと平気で言うバカが幅を利かせていた時代なのだから当然と言える)

そうして私は少しずつ立ち直って行った。



気づけば周囲の状況も随分変わっていて、不貞をしている者を見れば男女を問わず咎められる空気が徐々に優勢となっていた。

しかすると初めからそうで、前段に書いた「当時の世間」は一部のバカに惑わされた私の視野の狭さによる思い込みしか無く、ただ私が自分を傷つける意見の方に自ら近寄って行っただけなのかも知れない。「そんな人たちばかりではない、良い人を見つけたら幸せになれる」という声は今も昔も確かにあった。ただ誰がそんな人たちで誰がそうではない人たちなのか明確に見分ける術のない自分には何の救いともならなかっただけだ。

最終的に「クズとそうでない人を見分ける事におびえる必要はない。誰がクズだか分からいから全員を断ち切る必要もない。相手クズとわかったら即座に切ればいいだけ」と自分で出した答えがとりあえずの結論となった。




元増田世界には小学生スマホオナニーを、中学校で公開キス動画を、高校円光大学で数股変態プレイを、会社や家庭で不倫を楽しむ女しかいないのだろう。増田の母も祖父母も妹もそういう女たちなのだろう。男も増田自身を含めてそうした性の乱れた同類ばかりで、そうした人間たちとその価値観を厭わしく思い咎める者は男女問わず誰もいないのだろう。それでいいと思う。

私自身そうしたものには何一つ縁無く生きて来たしそういうものには自他を問わず永久に無縁であってほしいが、増田にそれを証明してやる義理も縁もない。増田にとっては長らく喪女として生きて来た私のような者は女ではなく産廃としてカテゴライズされている可能性も高いことだし。



私の世界には男と女がいて、その中に割合は分からないがクズが混じっている。どこの誰がクズか分からないのは今も同じだが、それを悪として捉え被害者の心に寄り添える人が私の他にも沢山いると知っている。その対処法も彼らから沢山学んで来た。

クズとわかれば捨てれば良い。わからないうちは自分が親しくなりたい人と親しくしていれば良い。自身自身の憎むクズに落ちぶれなければ良い。今はそう思って生きている。

自分と同じ事を思っているのが自分だけではないと知らなかったらきっと私も一生煮込みうどんのままだったろう。

童貞思考回路共通パターン

30代童貞恋愛相談(?)を何人も受けたが、思考回路共通していることがある。

 

1)自分相手のためにこんなに頑張ったんだ

2)でも相手がそれを受け付けてくれなかった

3)こんな理不尽なことはこの世にない

4)あんなに頑張ったんだからボクは悪く無い

5)けど、ボクを求めてくれないなら別にいいや

 

この後は

 

A)拗ねて周囲に構ってもらう

B)相手攻撃する

C)悟った風を見せて自分を傷つけない

 

という類型がある。

 

総じて言えることは相手目線でなく自分目線であり、言動上は相手目線に見せることがあるけれど、よく解いてみると自分目線なのだ他人との関係性は、giveのあとにtakeがくるということを知らずに、giveをしてるように見せかけて、結局は自分のためのgiveで(相手にとってtakeでない)、そして、ひたすらtakeを期待するが、期待する様なtakeが来ないので、拗ねるか、相手攻撃するか、社会攻撃する。

結局、何も言わず自分のことをわかってくれて、全てを提供してくれるママをひたすら探しているんだよね。

 

でも、もう女子に恋することはないだろう。異性愛者の男が同性に恋することがないように。

どんなにキレイ事を言っても、恋愛なんて相手理想押し付けること。「この人だけは特別」と思い込みたい精神病だ。

女子に対して怒りも驚きもしなくなった今や、女子特別扱いしたり、特別な仲になりたいという気も起きなくなった。

みんな自由人生を謳歌すればいい。もう女子幻想押し付け生き方はやめて、そういう幻想距離を置くことにした。

女が男と同じだったら、もう特別に関心を持つ理由はないんだよ。同じなら、もうすべてわかっているんだから

はいはい自分恋愛できなくなったのは、世界のせいですよね、社会のせいですよね、他人のせいですよね。

けど、そうやって拗ねたところでママみたいに、「よしよし」って言ってくれる人なんて存在しないんだよ。


http://anond.hatelabo.jp/20160721153003

2016-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20160721153003

僕が3年付き合ってた彼女風俗嬢(昼職は保育士であることを告げられたときの感慨に似ている。



告げられてすぐに別れたわけじゃなかったけど、結婚は考えられなかったな。

今思えば女性に対する価値押し付け(清純であれ?)だったのかもしれないけど、

そういう心の深いところにある価値観って簡単には払拭できないものだよ。増田の将来にさちあれ。

もう女子が何をしても怒りも驚きもしなくなった

童貞こじらせてミソジニー煮込みうどんになっていた頃は、女子たちの自分勝手(のように見えるよう)な言動にいちいち驚き、怒っていたのだが

さすがに脳みそ機能不全し始めるアラサーになった頃から、どうでも良くなってきた。



女子小学生ですらスマホエロサイトみて早速オナニーを覚え、中学生彼氏とのキス動画を公開し、

高校生にもなれば出会い系アプリを使ってホ別苺で援交し、女子大生は清楚でもセフレ複数いて変態プレイも抵抗ない。

新人OLは既婚者の上司不倫し、そんな楽しげな経歴を隠してそこそこの男と結婚したら、今度はSNSを使って不倫を楽しむ。

男に厳しく女には甘いダブルスタンダードを恥ずかしげもなく主張して、子どもを産めば狂ったように子育て愚痴で盛り上がる。

公共放送契約アナ愛人クラブ登録し、別のアナ正規男性アナと週3で不倫のカーセックスに興じる。



ああ、それが女子ってもんだよ。もう別に怒りも驚きもしない。

援交JK日本無形文化遺産みたいなもんだし、セフレ持ちの女子大生女子力高い。

清純派タレントゲス不倫してようが、そんなの日本の隠れた日常風景だし、

学生性風俗で働いているなら「お、真面目にがんばってるな!」と応援すらしたくなる。

自分を変えたいならAV出演も一つの道だよね。上司不倫する女子キラキラしてるね。退屈な家庭生活旦那以外の刺激も必要だよね。

もう何とでも言える。今なら全肯定できる。どんな生き方をしたって、どんな人物だって女性価値は微塵も傷つかないよ。



所詮女子も男と同じ人間で、欲にまみれた存在。ほんと考えてみれば当たり前だけど、性欲もあるし間違いも犯す。

それなのに勝手女子理想押し付けて、その理想が踏みにじられる度に怒りを覚えてミソジニーに走る。

ああ、バカだったなあ。どうして男と同じ人間だという当然の事実に気づかなかったのか。

自分をふくめ、大半の男が内実ひどいバカクズゲス連中ばっかであるように、大半の女子も同じくらいしょうもない

みんなが何をしても気にする必要なんてないし、実際もう何も気にする気も起きない。心から失望したらかえって余裕がでてきた。



そしてミソジニーが消えたら、女子に何の幻想も抱けなくなった。そこに残ったのは女子に対する無関心だった。

ひとりの人間として親しく接することはできる。普通に仲良くすることはできる。ちょうど同性に対するように、何の下心もなく。



でも、もう女子に恋することはないだろう。異性愛者の男が同性に恋することがないように。

どんなにキレイ事を言っても、恋愛なんて相手理想押し付けること。「この人だけは特別」と思い込みたい精神病だ。

女子に対して怒りも驚きもしなくなった今や、女子特別扱いしたり、特別な仲になりたいという気も起きなくなった。

みんな自由人生を謳歌すればいい。もう女子幻想押し付け生き方はやめて、そういう幻想距離を置くことにした。

女が男と同じだったら、もう特別に関心を持つ理由はないんだよ。同じなら、もうすべてわかっているんだから


<追伸>

いま読み直して気づいたが、確かにこれじゃ今も童貞みたいな書きぶりだな。

けど、そうじゃなくて童貞なんてとっくに卒業してるよ。社会人になってからからだいぶ遅いけどね。

アラサー三十路過ぎ)になってふと自分人生を振り返って、ろくな女と出会っていないなんて思っていたけど

思い返せば女そのものが男と同じくらいろくなもんじゃないって思ったから書きなぐった。

(むしろ女に「自分を救済してくれる特別な何か」を期待していることこそがミソジニーだと気づいたわけだが)

推敲もせずに投稿たから数時間経ってから読み直すと自分で書いたくせに気持ち悪いと思ったけど

まあ、人間内面フィルターかけずに書いたらこんなもんだろうね。



あと、コメント批判は全部ありがたく読ませてもらったよ。面白いのは「姉がいれば」のヤツかな。

自分には妹がいて、しっかりとした価値観にもとづいて仕事キャリア形成しつつ、

高校の頃から異常にモテいたこともあり、自分より先に(しかハイスペ男性と)結婚もしている。ちょっとした完璧人間だな。

から一般女性理解するのにあまり参考になるとは思っていない。

しろ、出来過ぎの妹が普通だと思っていたことが、童貞時代にこじれた原因の一つですらあると思う(笑)

何はともあれ、自分意見を素直に表面して色々と評価されるのは面白いもんだな。ブコメの皆さん、ありがとうございました。

昔昔

10年以上前の話、地方から東京旅行で出てきたときに、高校生お金なかった自分は、友人の友人の家に泊めてもらうことにした。

ありがたいことに朝食&夕食付きでシャワー、寝間着まで貸してもらえたのはとってもありがたかったんだけど、中野とか観光して帰りに家に着いた瞬間に押し倒されたんですよね。

なんかもう、ああ~こういうことって現実にあるんだ~みたいな感じで兎に角早く終わってってめっちゃ積極的相手していた記憶しかない。今考えても高校生ってやっぱりそういう脂の乗った対象って感じなのかな。旅行のついでに研修もするから、そのとき制服だったのがなおさら良かったのか、今となってはわからないけど。

結局二泊三日滞在して、2日目には別の男の子(同い年ぐらい)も泊まりに来てなんでかそういう流れになった。というか寝てるときめっちゃ押し付けられて起きないはずがない。でも結構しかったのは記憶にある。

男同士って身近にあるんですねっていういい思い出になったし、それから数年はなんか怖くて東京に行けなかった。

2016-07-20

この10年間で何故アニメオタクはここまで変化したか

今から10年前は、アニメオタクは「ヤバイ奴」だった。その頃はオタクから「アキバ系」へと名称が変化してきており、妙にテレビ秋葉原が取り上げられることが多くなってきていたが相変わらずワイドショーでは「秋葉原には見るに耐えないポルノが蔓延している!」と批判的に取り扱ったり、未成年による殺人事件があると短絡的にアニメゲームのせいにして、コメンテーター秋葉原映像を見て不快感を示していた。

ゴクドーくん漫遊記」という、アニメ化までしたライトノベル小説家デビューした中村うさぎ氏は、デヴィ夫人和田アキ子叶姉妹といった調子に乗った芸能人をコキ下ろす「屁タレどもよ!」というコラム集のなかで、なぜか芸能とは関係のないアニメオタクをボロクソに貶す章を書いていた。アニメオタク相手の商売デビューした人がかつての自身ファンをバカにするなんて、と思ったが文庫化の際にはアニメオタクの章は無くなっていた。

そんなアニメオタクを批判する風潮の中でも特に印象に残るのは室井佑月氏だ。秋葉原オタクを取り上げる番組の席には必ず室井氏がいて、「えー気持ち悪ーい」「上から目線で生身の女は嫌いとか言ってるけど、誰もアンタみたいな気持ち悪い男なんて相手にしないって!自惚れんな!」

エロゲーアフレコ現場を取材したVTRでは、明らかに40代らしき肥えたオバサン声優が「あん…あぁん…」と喘いでいた。それを観た室井氏は「こんなオバサンの声を若い女の子だと思って興奮してるんでしょ?オタクってバカだね!」

当時はオタクをバカにする役を一手に引き受けていた室井氏。わかりやすくオタクを小バカにするコメントができ、オタクを悪意的に取り上げたいテレビ業界からは意図した通りに動くので重宝されたのだろう。

スポーツ新聞コラムで、室井氏はこんなことを書いている。「電車男ブームで、自分たちモテる勘違いしたオタク達が女性を襲いそう!」

当時、電車男が映画・ドラマで大ヒット。ダサいオタクイケてる美女に恋をして、彼女を射止めようと必死に脱オタクを図る物語だ。電車男の中では、チェックのネルシャツケミカルウォッシュジーパン、頭にはペイズリー柄バンダナ、黒縁メガネ、両手に紙袋、背中には巨大なリュックサックというステレオタイプオタク像が描かれていた。

これは80年代後半から90年代初頭にかけて、テレビに引っ張りだこだった宅八郎氏の姿そのものである。宅氏がテレビバラエティ番組オタクタレントとして登場し、小学校低学年の女児のスカートを捲ろうと必死に女児を追いかける(今じゃ絶対放送できない!)などの企画で世間に「アニメオタク」という存在を知らせ、「おたく」という言葉を流行語にした。 それから15年経ち、2005年になって「オタク」から「アキバ系」へと言葉が変化しても、その中身のイメージ宅八郎からまったく進歩していなかった。もちろん、当時でも既に秋葉原にはそんなステレオタイプファッションオタクなんて一人もいなかったにも関わらず。

世間のイメージステレオタオイプだっただけでオタクは普通のファッションをしていたのに、電車男のヒットをうけて「脱オタクファッションガイド」というサイト書籍化されてこれもヒットした。「元オタク管理人ファッションを知らないオタク達に今時のイケてるファッションを指南する」という名目のサイトだが、この中でもオタク宅八郎ファッションで描かれており、管理人は絶対オタクじゃないだろうということはミエミエだった。

途中に登場するアニメネタも微妙に古いものばかりだし。この中でも「オタク卒業しないと、かわいい彼女はできないぞ!」と呼びかけた。

電車男ブーム当時は素人100人芸能人パネラー日本社会や政治について討論する、昔でいう「ココがヘンだよ日本人」のような番組にはオタク軍団50人が登場し、全員スレテオタイプ宅八郎ファッションだった。素人のフリをしているが、全員売れない若手芸人エキストラ俳優だ。

そんなオタク軍団の出番のテーマは「オタクよ!生身の女性と恋をしろ!」オタク軍団は生身の女性はシワだらけで気持ち悪いとか、アニメ女の子は自分を裏切らないとか、自分がモテないことをを棚に上げて身勝手な珍論を滑稽に熱弁する。そして司会者芸能人パネラーが指を指して嘲笑する。「討論」なんて大仰なものではなかった。

ネプベガス」という深夜のバラエティ番組では、これまたステレオタイプオタク像の素人出演者の男が何故かスタジオ美少女フィギュアを握り締めて立っている。そこに江頭が乱入し、オタクから美少女フィギュアを奪い取り、フィギュアを嘗め回した挙句、自身タイツの股間部分にフィギュアを突っ込んで逃げてしまう。そしてオタクが激怒して江頭を追い掛け回すというシーンは、番組の名場面として何度も紹介された。

電車男ブームを受けてもなお、バラエティ番組ではオタクステレオタイプな嘲笑やイジメの対象でしかなかった。 10年前当時は秋葉原アニメというものがやっとフィーチャーされてきたのに、やっぱりオタクは「社会不適合者」という印象のままだったし、ワイドショーはそういう扱いをしたがった。「秋葉原が今すごいことになっている」と少し好意的に報じているように見せかけて、VTRを観たコメンテーターオタクを批判したり「恋人が欲しければオタク卒業しよう」と言っていたのだ。

テレビでもそんな中途半端な扱いだった分、学校でアニメの話なんかしようものなら真っ先にイジメの矛先が向いた。女子から忌み嫌われ、スクールカーストの頂点にいる男子からは徹底的に無視された。

でも、学校でアニメの話をする奴なんて、眉毛が繋がり鼻毛も飛び出しヒゲもボーボーの顔面毛むくじゃら野郎とか、何日も風呂に入らず頭はベタベタで常に悪臭を振りまき、毎日洗濯していない同じ服を着ている奴とか、マトモな奴が少なかったのも事実だが。

それから10年、アニメに関する世間の評価が一気に変わった。あれだけアニメを批判的に取り上げていたワイドショーが、かなり好意的に取り上げるようになったのである

一番掌返して驚いたのが、「とくダネ!」の小倉さんである。10年前は「今このアニメのDVDが売れています」という話題のとき、周りのアナウンサーコメンテーターが「面白いですね」とニコニコしているのに小倉さんだけはモニターを睨み付けており、「何が面白いのか理解できません。」

秋葉原メイド喫茶流行っていると、秋葉原美少女フィギュアを買う客にインタビューしたVTRが流れても小倉さんはしかめっ面。「いい歳した大人がこんな幼稚なことをやってたら、日本はダメになりますよ!情けない!」

パソコン番組の司会をしてパソコン通信パソコンゲームについて熱く語っていた人なのに、こんなに許容の無い人だったとは。

なのにある日突然、とくダネの中で小倉さんが「腐男塾」というメンバーが全員アニメオタクという女性アイドルグループを猛プッシュするようになる。女性なのに男装をして一人称が「俺」というアイドル界でも特にややこしいグループなのに、小倉さんときたら「腐男塾の曲は今の日本を元気にしますよ!感動した!」

自身ラジオ番組の中でも腐男塾の楽曲はリピートされ、腐男塾の素晴らしさについて熱弁を奮う。ついには腐男塾ラジオゲストに招く。が、当然話題はアニメの話一色。

しかし小倉さんは「うんうん。アニメはいいよね。日本を代表する文化だよね」「アニメは日本の活力」「おじさんも、キミたちがオススメするアニメ見ちゃおうかな~。」あれだけアニメを批判していたのに…どうした、小倉!?

掌返したのは小倉さんだけではない。各ワイドショーは、10年前あれだけアニメを批判していたのに急にアニメ好意的に特集するようになる。

近年なんかは、毎年夏と年末は「コミケはこの季節の風物詩」と特集する。アニメが好きだという若いタレントコミケの魅力について語らせ、「コミケ外国人観光客が大挙するので、日本経済にとっても有益」と結論付ける。

昔は「コミケではこんなものが売られています」と、女性リポーターエロ同人を読み「信じられない!」と叫んでいたのが信じられない。

アニメは今の若者の間で大流行している」と報じる。昔はワイドショーインタビューされるオタクなんていうのは、みんな見た目が気持ち悪い男ばかりだったが、今のワイドショーインタビューされるアニメファンはみんな端正な顔立ちで、清潔感のある今時の若者ばかりだ。

めざましテレビやZIP!では、「今の若者はカラオケアニメソングばかり歌うらしい」とカラオケの個室内にカメラを設置し、リア充感溢れる爽やかな若者たちアニソンボーカロイドばかり歌う映像を流す。なんなら、そのVTRを観た若い女性アナウンサーが「私もこのアニメ大好きなんですよ!」なんてコメントする。

実際、カラオケ店に行って選曲履歴を見ると、アニソンボーカロイドばかりが出てくる。ちょっと前なんて、履歴にはエグザイル西野カナばかり残っていたものだが、エグザイルなんて履歴100件のうち2、3曲だけで、残りは全てアニソンという勢いだ。

10代から20代前半の若者とカラオケにいっても、ほんとアニソンしか歌わない。アニソン以外で歌うといえば、女の子アニソンの間にヴィジュアル系バンドの曲を挟むくらいだ。ヴィジュアル系バンドアニメオタクの趣味のうちのひとつと考えることができる。海外では日本のヴィジュアル系バンドアニメは、どちらもオタクの趣味という認識だろう。

彼らにはアニメ気持ち悪い趣味といった後ろめたさは微塵もなく、むしろ堂々とアニメを観ていると公言する。まるで、月9のドラマでも観ているかのように。

この10年でいったい、なぜここまでアニメの扱いが変化したのだろうか?

一番影響しているのは、スマホの普及だろう。ガラケー時代のリア充パソコンなんて触らないし、ネットなんてガラケーグリーモバゲーなどのショボい携帯サイトしか見ないという人だらけだった。テレビの印象も相まって、オタクアニメ気持ち悪いという印象のままだ。

筆者の個人的な思い出で申し訳ないが、リア充の友人へのメールネットのノリでつい語尾に「w」と付けてしまった。彼からの返信には、「ダブルってどういう意味?」今から5、6年前の話である

そんな彼も今ではツイッターフェイスブックで「w」を使いこなしている。ガラケーしか持たず、ネットスラングなんて見たことも聞いたこともなかった彼が、スマホを手にしてネットスラングを自ら使うようになった。

スマホが普及して初めてガラケーサイトから飛び出した彼らは、ニコニコ動画や「やらおん」「はちま寄稿」などのアフィブログなどでPC側のネットの世界を知ることとなる。

長年ネットをやってきたはてなユーザー2ちゃんねらーにとって、アフィブログなんてデマばかりの信用できない、他所からネタを丸パクリするだけしか脳のないネットのゴミということは知っているので、そこに書いてあることは信じないし自ら読もうとも思わないというリテラシーはできている。

しかし、スマホではじめてネットの世界に触れた人たちは、アフィブログヤフーニュースと同じような感覚で読み、鵜呑みにしてしまう。アフィブログなんて芸能ゴシップアニメのネタしか載ってないので、読んでいるうちにアニメへの嫌悪感違和感などはなくなってしまうのだろう。

ネットアニメの話題が多いので、アニメの話をするのはリア充にとっても生活の一部になってしまった。 また、スマホを手に入れるのと同時にツイッターフェイスブックといったSNSも始め、そこでバズっているバイラルメディアにもよくイイネ!を押す。

バイラルメディアなんて、それこそ我々にしたら10年前にとっくに使い古された噛んでも味のしないネタを今更引っ張ってきて羅列しているだけだが、ネットを始めたばかりの彼らには新鮮なおもしろネタに写るのだろう。

デスノートの作者はガモウひろしだった」なんて、今時そんな陳腐なネタで記事作るかね?と呆れるしかないバイラルの糞記事ですら、リア充のみなさんは「すごい話だ!」と感動してイイネ!している。今、2016年だぞ。

アフィブログバイラルメディアは、そういったネット初心者を餌にして食っている。

ニコニコ動画の影響力も凄まじかった。「歌ってみた」「踊ってみた」動画が若者の間でかなり流行し、いままでは動画サイトといえばYouTubeくらいしか知らず、エグザイルで踊る様子をアップしていたリア充たちが、ニコニコ動画の影響でコスプレをしてアニソンで踊るようになった。

アニメだって、今話題のものはググれば動画サイトに大量に違法アップロードされている。金を払わなくても、テレビを録画しなくても、スマホひとつあればいつでも手軽にアニメを視聴できる。

10年前はアニメに興味なんてなかった筆者の同級生女子たちは、ニコニコ動画ブームと共に急にアニメに夢中になりだした。急に「踊ってみた」「歌ってみた」動画をアップしだし、毎月500円払って顔出してニコ生まで始める始末。

昔はジャニーズロキノン系バンドを追っかけていた女子のSNSには、それら追っかけていたアーティストの名前は無くなり「歌ってみたの○○さんのライブに参加しました」「声優の○○さんの武道館ライブチケット、手に入りました」といった文字が並ぶ。

若い女子の間がアニメの話題一色になっては、男はアニメの話をしないとモテないという状況になった。というより、彼女がいれば自然とアニメについて詳しくなるだろう。

アニメは「気持ち悪い犯罪者予備軍の趣味」から、「若者のファッション」へと変貌した。2005年から2015年にかけての10年間は、アニメ史にとっても激動の10年間だろう。

といっても、2000年代初頭から当時の10代女子の間ではオタクアニメを受け入れる土壌は既にできていた。

2002年当時、クラス女子の間で、まるでキティちゃんリラックマなどのファンシーキャラを愛でるような感覚で、「あずまんが大王」のアニメを見るのが流行っていたのを記憶している。女子が「かわいいかわいい」と言いながら。

それでも、あずまんが大王を男子が観ているなんてことがバレたらやっぱり女子からは気味悪がられ、イジメの対象だったが。

またまた筆者の個人的な思い出話になって申し訳ないが、2002年当時の筆者の彼女の本棚から「苺ましまろ」が出てきて驚いた。オタクでもなんでもない、普通の女の子である本屋で偶然見つけ、絵柄が可愛いから愛読しているのだそうな。まさか彼女の本棚からロリコン漫画が出てくるとは…

生まれながらに少女漫画に慣れ親しんでいると、オタク向け美少女キャラクター違和感無く「可愛い」と認識できるのだろう。

また、2000年代前半にはジャニーズファンの若い女性の間で「テニスの王子様」が話題となる。ジャニーズ並みのイケメンたちが大量に登場すると、世のイケメンハンターの女性たちが熱く注目した。

それが自然にジャニーズファン以外の女性たちにも広がり、いつしか若い女性の間でBL漫画を読むのは少女漫画を読むこととイコールとなった。

今は、小学校高学年にもなれば女子ならばBL漫画を読んでいて当たり前である小学校から既にホモセックスの漫画を読むだなんて変な性癖にならないか心配だが、2000年代初頭にホモセックスBL漫画を読んでいた小中学生も今はアラサーとなり、普通に恋愛・結婚をし生活しているので大丈夫なんだろう。

世の流行するものは全て女性発信というが、そもそも女性にはオタク漫画を受け入れる土壌は十分にあった。「オタク気持ち悪い」はテレビが無理やり押し付けていた価値観で、ネットスマホが普及し、テレビの影響力が段々下がっていくにつれ、「オタク気持ち悪い」の印象も同時に薄れ、若者の情報源ネットのみになり、ネットではアニメの話題をよく目にするので生活の一部となり、女性がアニメにハマりだし、いつしか若者の文化となってしまった。

あれだけオタク犯罪者予備軍と批判していたワイドショー好意的に取り上げざるを得なくなったのだろう。

もちろん、AKB48の影響もバカにはできない。AKBがメディアに登場した頃は、まだ世間ではAKBは秋葉原アニメオタク文化とイコールで、気持ち悪いものとされた。

しかしAKBがテレビで普通のタレントとしての地位を向上させていくと、秋葉原イメージもジメジメした猥雑なイメージから一気にクリーンになり、結果としては秋葉原オタクへのイメージ向上につながった。

10年前はアニメオタクいじめていたような連中も今は「アニメ大好き」とか言ってるのは引っかかるが、若者ならアニメを見ていて当然といった風潮になった以上、もはや「アニメオタク」という言葉が薄れてきてしまっているので、仕方のないことだろう。

思春期になればJ-POP洋楽に懲りだすのは当たり前だったが、今の10代の学生はそれらを聴かず、アニソンボーカロイドばかり聴いているという。

人間というのは、15歳頃に聞いていたジャンルの曲は大人になってもいつまでも好んで聴くのだという。

もしかしたらこの先、昭和歌謡や最近やっと90年代2000年代の曲が流れるようになったテレビラジオの「なつメロ」番組で、今のアニソンボーカロイドが流れる日が来るのかもしれない。

その頃の若者の間では、アニメはどういった受け取られ方をしているだろうか。「気持ち悪い」か、「ダサい」のか、それとも今と変わらずアニメファッションのままだろうか。今から楽しみだ。