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はてなキーワード: 理不尽とは

2016-06-30

上の世代のみなさんへ

若い世代子どもを産みません。

なぜだと思いますか?

彼らは知っているからです。


どうせ子どもを持ってもつらいことばかりであることを。

どうせ社会からはろくな支援も受けられないということを。

どうせ夫は会社人質に取られて戦力にならないということを。

とても自分達では稼げないような金額子どもにかかるということを。

子連れで街を歩けば周りから邪魔者扱いされるということを。

誰もきちんとした子どもの育て方を教えてくれないということを。

そのくせ子どもが何かしでかしたら全部親のせいにされるということを。

そういう社会を、あなた方が作り上げてきたということを。


から子どもを産まないのです。



若い世代選挙に行きません。

なぜだと思いますか?


選挙に行くことがなぜ大切なのかを、教えてもらえてないからです。

選挙に行かないとどういうことが起こるかを、教えてもらえてないからです。

社会がどういう仕組みで作られていて、誰によって動かされているのかを、

教えてもらえてないからです。


そして何より、絶望しているからです。

どうせ自分選挙なんかに行っても、何も変わらないと。

どうせ上の世代には数で負けているから、勝てるわけがないと。

どうせ政治家は、そんな上の世代のためにしか仕事をしてくれないと。

どうせ上の世代は、本人たちに都合のいい社会しか望んでないと。


そうやって、絶望しているんです。

やる前から分かっている、選挙の結果に。

何一つ信頼できない、政治家たちに。

そして何より、あなたたちに。


次の選挙も、やっぱり行くんですか?

一体何のために行くんですか?

誰に投票するか、どうやって選ぶんですか?

からなじみのある人だからですか?

顔を知ってる人だからですか?

名前を聞いたことがある人だからですか?

スポーツをやっていて、ハキハキした人だからですか?


今の政権が、何をしようとしているか知ってますか?

今の政権が、次の世代にどういう社会を残そうとしているか知ってますか?

それを知っていて、その人たちに投票するんですか?

彼らが自分たちのために良くしてくれるからですか?

自分たちのためだけに働いてくれるからですか?

若い世代ことなんか無視してくれるからですか?


それでいいんですか?

自分たちがいい思いをできれば満足ですか?

もうどうせあと何年かで死ぬんだし、いい思いだけしていたいですか?

自分たちだってつらい思いや理不尽な思いをして生きてきたんだし、

若い世代も同じように苦痛理不尽さを味わえばいいと思ってますか?

彼らがあなたたちから受け渡される社会が、どんなにひどいものであろうが、

知ったこっちゃないですか?


そして、どうせあいつらはそんなふうに考えているに違いないと、

どうせあいつらは何を言っても変わらないから言ってもしょうがないと、

若い世代から思われていることを、

どう思いますか?

あなたたち自身が、これほどまでに若い世代絶望されていることを、

どう思いますか?

あなたたちが育ててきた、彼ら若い世代が、

あなたたちが作ってきたこの社会に、こんなにも絶望していることを、

どう思いますか?

日常生活キャバクラ的な同意おべっかを求めてやまない連中

自分の周りには自分が言って欲しい事以外を相手が発するとすぐに不機嫌になる人ばかりがいる。

貴方の頭で考えて私と同じ考え方になるべきだと思ってる奴ばかりだ。

それどころか貴方の頭で考えた結果私がとても素晴らしい人間であり私が今言った言葉も同じく目から鱗が落ちるような発言である事に気づくべきだとすら思い込んでいるだろう。

彼らは自分が「ツー」と言えば自分の頭の中にある「カー」が他人の口から自然に出てくるものだと考えているのだ。

発言の間違いを正されようものならすぐに不機嫌になるし、相手自分思想が違うと思ったらこれでもかとこき下ろすのだ。

自分が誰からも優しくされ発言否定されないのは当然でありそれが正しい世界のあり方だと信じきっている。

そんな考え方が通じるのはキャバクラの中だけだ。

嬢の皆さんはボッタクリ価格相手の財布から引き出すためにおべっか技術を日々磨いている。

完璧テンポ相手の望む相槌を打っていくのはそれを仕事として割り切っているからだ。

だが世の中の多くの人間は勤務時間中のホストホステスではない。

あくまで1人の人間だ。

から相手の機嫌をうかがうような発言をすることを義務付けられては居ない。

自分の頭で考える時はそれぞれが自分なりの答えを出していくし、誰かが間違ったことを言えば思わず正してしまうかも知れない。

その事が理解できてない人種がいるのだ。

誰もが自分に優しくしてくれると信じ切り、そして自分けが得をして相手は損しかしないような事を無償でやれと平気で要求できる勘違い共がいるのだ。

なんなんだろうか彼らは。

他人自分と同等の人間である事。

自分が常に正しい訳ではない事。

人にはそれぞれの考え方がある事。

自分けが得をして相手は損ばかりする要求理不尽しか無い事。

相手が同じ行為自分にしたら自分が頭に来るような言動は慎むべき事。

そういった社会的存在として極めて当たり前の物事をご両親から学校先生から友達から人生における諸々の出来事からも全く学ぶことなく今まで生きてきたのだろうか?

頑張れば頑張るほど不幸が生まれていくんだけど

がんばっていれば、今よりきっとよくなる。

はいかなくても、悪くはならない。


という神話を信じていられた新人時代

なんて幸せヤローだたんだろうと思う。


がんばれば、がんばるほど状況が悪くなっていく

という魔のセカンシーズンに入り

そろそろ、エネルギー尽きてきた。



目の前にやるべき仕事はたくさんあるんだけど

やらないと後悔するのわかってるんだけど

やらないときっと誰かを不幸にしてしまうんだけど

どうしようまったく何も考えられない。


どんなときでも持ち場を守り

目の前の仕事ひとつひとつ誠実にこなしていけば

どこかもっと高いところへ行けると思ってた。



初期設定がよくなかった。

会社なんて不条理理不尽で当たり前じゃないか

lgbtの「見せ方」について思ったこと。

なんとなく放送大学を見てたらlgbtのなんたらいう番組をやってた。男から女になった人と女から男になった人と司会の人で、まぁ内容としてはゴリゴリ勉強するというよりも鼎談みたいな感じのことをしてて。そこらへんはよかったんですけど。

出演者女性(元男性)が、派手な和装クラブママみたいな感じの人で新宿2丁目で働いてるらしいんですけど、番組最後歌謡曲を歌いだしたんですよ。いきなり。なんか「その演出いる?」と思って。なんか、いる? それいる? ってなって。

番組目的はよく知らないんだけども、「男らしさ」とか「女らしさ」とかい固定観念lgbtの人たちの足を引っ張る枷になってる部分もあると思うんですけど、「ゲイっぽさ」みたいのも固定観念じゃん。なんでそこをわざわざ強調する(ように見えることをする)のかなと思って。

死ぬほど当たり前のことを書くけど「男」の中にも色々いるわけじゃん。男がみんな車とロボットスポーツが好きな訳じゃないじゃん。ゲイの人にも色々いるわけじゃん。mtfの人も「派手な衣装メイク盛り盛りで人前で唄ったりするのが好きな人」ばっかじゃないじゃん。絶対に。

少数派、性的マイノリティのそういう生き方ex.新宿2丁目ゲイバーで働くmtf)があると知らしめる。それがひいては偏見をなくす道である。わかる。わかるが「マイノリティの中のマイノリティ」の生き方ばかりが取りざたされて、やたら目立ってしまうのは、「マイノリティの中のマジョリティ」にとって不本意なことではなかろうか。

直近の例では、とある裁判官の人が半裸の写真ネットに云々ていう、それは全然よくて。ああこの人はそういう人なのねって感じなんですけど。なんかそれをまた別の検事だかの人が支援かいってパンイチの写真アップとかしてて。それは余計じゃねぇの。普通に支援」を表明するだけじゃダメだったのって。

そういうの見てると「ゲイのおじさんて脱ぎたがりなの?」みたいなイメージなっちゃうような気がして。マイノリティの中のサイレントマジョリティではないが、ゲイのおじさんでも「自分の裸をネットにあげたくない人」の方が多いと思うんだけど(裏は取ってない)、そういう人の声ってわざわざ出てこないじゃん。ネットで裸を見せたがる人もいれば「好きな人の前じゃないと脱げない」ていう人も恐らくいるわけじゃん。

でも脱ぎたがりな人たちのそういうのばっかが見えてくる感じだと、ふっつーの、なんかもう着飾って人前で唄ったり、裸の写真をアップしたりしない、もう極めてありふれたふっつーの暮らしがしたいと思ってる人たちからすれば「自分は違うんだけど」みたいな、どうにもモヤモヤするというか、釈然としない気持ちになってんじゃないのかな、と思ったり。

果たしてゲイらしさ(とはなんだ、という話もあるが)をあえて強調することは、当人たちにとってなんか意味のあることなんだろうか。単にアイデンティティの発露(そういうクイアな部分が当人たちの精神的支柱になっているからもはや否定できないとか)なのかもしれないが。ゲイパレード映像に出てくるドラァグの人たちとかを見るたびになんとなく思う。あるいはそういう「おもしろいところ」から大衆に受け入れてもらおうという気持ちなのかもしれないが。それは諸刃の剣であるよな、という気もして。

念のため書いておくけどドラァグとか裸体をアップする人とかに「そういうのやめろ」と言いたいのではない。あの人たちは、それぞれそういう人ってだけのことであって好きにやったらよいと思うし。気になるのはそれを個人の特性と捉えず「mtfは全部ああいう感じの人なんだー」みたく十把一絡げに考えてしまう人が多いのではないかさらにそういった「らしい」部分を無意識に強調してしまうことが当事者の中でも少なくないのではないか? という点。

「そういう人もいるけど、そうでない人もたくさんいる」ていう意識一般的である状態に持っていかないといけないのでは? それにはふっつーの暮らしをしてるlgbtの人たちがたくさんいるってことをちゃんと伝えるべきなのでは、と思う。ところで放送大学番組に出ていたftmの人は、そこらへんにいそうな感じ(失礼)の兄ちゃんだった。「男から女になる」ことの難しさも一つの要因なんだろうな。

余談ではあるが以前からlgbtに対する風当たりの強さを理不尽に感じることが多くて、放送大学のやつがきっかけでなんとなく書いてみたんだけど、しかしこのエントリもまた自分自身の「差別意識」を赤裸々にするんだろうな。それを指摘されたい、という気持ちもまたあるので、ぜひ気付かせてほしい。

2016-06-29

非モテ男が気づいていないこと

女がヤリチンにさんざん遊ばれた後に、真面目男と結婚するという話さ、

実は女だってハイスペ男はどんなにヤリマンと遊んでも、最後は真面目女に行き着くという事実

若いウチは遊んでない女ってだけで駄目だしされるのに、結婚意識しはじめると遊んでない女を探し求める。

この理不尽さ。そんで売れ残った元ヤリマンが30過ぎて

キレイなのにもったいなーい」とか既婚の友人(真面目女)からマウンティングされまくる現実

2016-06-28

女性器がギャグ対象となることで初めて男女平等が実現する

チンチンって面白いじゃないすか。タマタマも含めると1+1=200になるくらいのキラーコンテンツ

そして面白無罪という言葉があるくらい面白いということは正義であり強さなのだ。

まれながらに竿と玉を具有しただけで強者になれるなんて理不尽な話だ、しかしそれが現実どうすればいい?

答えは簡単マンマンを面白くすればいいんだ。

ジャングルの王者ターちゃんよろしくビラビラを広げて空とか飛べばいいんだよ。

お笑い界のチンコ一強時代を打破し、正義を勝ち取るのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160628020949

そんないい子も就職して、世の中の理不尽さを知ったらこじれるさ

ただ世間を知らないだけ。知ったら卑しくなる

まあ、なんだ、結局世間が悪いってことで

http://anond.hatelabo.jp/20160628014421

そいつあんたが女で、女であることに一定嫌悪感を覚えているからそう感じるだけでしょう。

ジェンダー非対称性があるから、男女の立場を逆転したところで同じにはならないけれど、

男が得するところもあれば、女が得するところもあって、個々人が何に比重を置いて考えるかによって、

理不尽と感じるかそうでないかの違いが生じるだけ。

同じ女性でも「生まれ変わっても絶対に男には生まれたくない」という人も少なくないわけで。

2016-06-25

百均おじぎ」が気持ち悪い

数年前からダイソーで見かけるようになったおじぎが気持ち悪い。

どんなおじぎかというと、おへその上あたりの高い位置で手を重ねるおじぎ。

からあったのかもしれないが、見かける頻度が高くなってきたので違和感を感じる。

不快理由は2つ。

まず、不自然なしぐさが急に接客で行われるようになった裏に、マナー研修のようなクソビジネス匂いがすること。

次に、ダイソーのような低時給の職場でここまで「百均おじぎ」が徹底されているということは、従業員に対して理不尽強制が行われているのではないかということ。

とにかく、不自然な動作であることが不快

自分が昔接客をしたときにもおじぎの方法の講習は受けたが、現場では徹底されていなかった。

ダイソーが嫌いなのでセリアに行ったらセリアまで「百均おじぎ」に毒されていたので驚愕した。

必要以上の接客マニュアル気持ちが悪いので即刻絶滅してもらいたい。

2016-06-23

久々にクッソ重い生理が来た。

腹が痛すぎて目覚ましが鳴る2時間前に目が覚めてしまって眠れなかった。

暑い、というか火照る感じ。でも下っ腹は冷えている感じがする。温めないと死ぬ。痛さで。でも腹あっためてると顔らへんがどっと暑くなる。

冷房無いと死ぬけど、冷房つけるとお腹しんどい。もうどうしたらいいんだ。

寝てても、体を丸めても、動いても歩いてもただ立っていても腹が痛い。

筋肉が突っ張る感じで痛い。

取り敢えず風呂に入って温める。風呂の中にいる間は痛みが多少マシでありがたい。

しかし出ると当たり前に暑いし、汗引くと寒い。なんなんだ。当たり前なんだけど今は全てが理不尽に感じる。

薬を飲まないと痛みは治らないが、胃が弱いので何かお腹に入れないと胃がやられる。

なにもしたく無い。なにもせずに食べれるものがない。

でも仕事は休めない。うずくまったり休憩したりしてる間に時間が迫ってきて、結局食べられずに準備だけして家を出る。

なにしてても痛みが同じなので我慢して歩いて電車に乗る。

しかも外は雨。なにもかもが嫌になる。

子供を産むというお役目は果たせそうにないので、もうどうにか生理来なくしてほしい。

その分仕事して税金納めるから

2016-06-21

追記: 高校生の時、俺はとんでもないDV野郎だった

http://anond.hatelabo.jp/20160621003527 の追記

 あの記事趣旨は、まだ気づいていない同じような加害者たちに伝えるためで、懺悔のためではなかった。だからブコメで真っ当な人たちにボコボコにされているこの反応は当然だと受け取っている。犯罪者だな、と言い捨てられるような、真っ当な人たちには理解できなくて当たり前だよ。真っ当な素養を持って生まれた人には、崖の端っこを歩いている、若しくは踏み外してしまった人間思考回路はわからないんだと思う。でも、そんな真っ当な人間ばかりじゃないんだよ。犯罪者素養という爆弾を持っていても、それを外から見つめてうまく自分コントロールして、何とか普通に社会で、胸を張って生きれるようになりたいんだよ。俺は、ボコボコにされるとわかっていながらも、こういう文章を書く。同じような過ちを犯しそうな奴らには早く気づいてもらいたい。それが俺が社会に対してできることだと思っている。じゃないと叩かれると分かってて書かない。俺の文章は、まともな人たちに向けて書いたんじゃない。俺の文章は、俺のキモい思考回路がそのまま入ってくるような、同じようなやつのために書いたものだ。なぜ俺が「皆」と、呼びかけたのか。それは、ただ「DV加害者の皆」と呼びかけても、当人たちは気付いていなわけで、一般化することで、自分のこととして考えて欲しかたからだ。それが、誰かの気を逆撫たかもしれない。

 その後、被害者側に立った話もあるけど、ずっと後の話で、俺はその人を変えられなくて、そもそも人を変えることなんて無理で、そこからは離れた。だから被害者側の気持ちも多少なりと分かるけれど、それとこれとは別の話だし、「本当の意味でお前は分かってない」と結局罵られる。だからその話はしない。一人っ子だったことだけが原因ではないことは理解してるけと、半生を語るわけにもいかいから、その話もしない。人は逸脱行為理由を、単純化抽象化して理解したがるものから、そういうものだと思っている。

 例えば「恋人貴方のやりとりは、友達にそのまま見せられるか?」と問われて気付いて、行動を変えて、それから「成長した俺、かっこいい」と思っていたとして、それはキモいことだけど、それでDVが止まれば、結果的社会にとってはいいことじゃないかなと思う。




 あの記事謝罪したところで、彼女には届かないし、あの記事で謝っても話の焦点がブレてしまうし、俺のための懺悔しかならないから、あそこでは特別に謝っていないけど、俺はあの後数年かけて彼女に謝り続けたんだよ。書かれていない背景を想像して徹底的にコメントで叩かれているけど、それは書いていなかったことだから仕方ない。もう別れていてたけど、学校という同じ空間にい続けた。言葉だけの謝罪なんて意味がなくて、自分が変わりつつあること、変わったことを示し続けることでしか、信頼を回復できないと思った。最初は口も聞いてくれなかったし、怯えた目で俺のことを見ていた。けど、数年経って、態度が柔らかくなってきて、それからはお互い恋人がいる状況でも困ったことがあれば相談してくれてそれを本気でお互い解決したりもして、お互い結婚した今は向こうから声をかけてくれるくらいのお茶友達だよ。実際心の底で許してくれてるかなんてわからないし、許して欲しいと思っていないし、許されないことをしたことは変わらないけど、それ以上どうしたらよかったんだろうか。




 「またきっかけがあればきっとやるよ」「殴る相手がいなかったから殴らなかっただけ」「サイコパス野郎」と言われても、その後同じようなタイプ大人しい子とも付き合ったけど殴らなかったし、暴言も吐かなくなったし、今は本当に大人しい奥さんだけど、同じような状況になっても殴る気持ちなんて起きない。そういう人は俺が刑務所に入れば満足するんだろうか。その人は、俺が刑務所に入っても、当人たちがもういいと言っても、俺がどんなに変わっても、きっと満足しないで、犯罪者レッテルを張り続けて、俺を社会に参加させないようにするのかもしれない。10年そういった行為をしないでいるけど、それでもお前の本質は変わらないよと言われる。俺は、どんなに更生しても一生犯罪者と呼ばれて、やり直せないのかもしれない。

 犯罪心理学ラベリング理論というものがある。非行に走る者に非行者というレッテルが貼られて、社会からつまはじきにされるせいで、非行者たちが自暴自棄になって非行を繰り返したり、非行者たちが集まって更なる非行行為に走るというものだ。おそらく貴方たちの中で俺のレッテルは、一生剥がれないのだと思う。もうそれでいい。周りが何と言おうとどう見られようと、俺は俺の意思で、もう二度と人を傷つけない道を選び続けるから、それでいい。素質や頭の中がどうであろうと、俺はもうやらないし、今目の前にいる人たちや、当時被害者だった彼女をかけがえのない友人として大事にするから、それでいい。




 何度も言うけどDV加害者加害者であると気づかないこと、密室内で行為が行われて第三者が介入できないことが深刻な社会問題だ。そして、被害者からはそこから逃れられない。手が出なくても、機嫌が悪くなったり、舌打ちや態度で威圧して、相手コントロールするだけでもそれは精神的なDVモラハラ)なんだよ。一度もそんなことをしたことがない人間っているのかな。いるのかもしれない。多分そういう人は聖人なのだと思う。そういう人が社会の大部分なんだと思う。手は出ないけど、そういう理不尽な親父とかたまにいるじゃん?それで、家族が顔色を伺って、気を使うというやつ。あれもDVで、その家族DV被害者なんだよ。そしてその家族たちも、それがDVであることに気付いていなかったりする。それ、DVから気付いてくれよ。加害者が変わんないとダメなんだよ。

 ガキのころと違って、社会に出たら自分の思い通りにいくことなんて少ないし、人の心なんてコントロールできるものではない。世界自分の思い通りになんかいかない。自分を守るために、人を傷つけるようなことはしてはいけない。15のガキだった俺に説教しても分からいかもしれない。俺はただ、とにかくこういった行為が無くなることを望む。

http://anond.hatelabo.jp/20160620212124

少し前にも同じような悩み書き込んでなかった?

明らかにそのリーダーおかしいので上の上か社内のほかの人に「相談」したらいい

というようなことを書いたら記事消して相談してみますって言ってたけど、

しかったのかな?

キレられても、その理不尽に切れてるところを周りの人がみたら動いたり助け舟とかだしてくれんかなあ

自殺未遂の人は海外バックパッカーでもして、

理不尽死ぬかもしれない恐怖を味わうくらいの目にあった方が良い薬になるかもね。

自分人質にして周りを振り回すのもなんだかな。

2016-06-20

就活は糞だけどさ

就活は働くための能力もない、今まで学業に専念してきた(それか学業もせずにダラダラ過ごしてきた)人間を大量に採用して、一から育ててくれるありがたい制度でもあるんだよなぁ。

ほとんどの人は食いっぱぐれないための技術資産を持ってるわけでもないし、徒党を組んで生きていくためのコミュニケーション能力やつながりも持ててないしで、はっきり言って無能なんだよね。

学生の内なんて、そりゃ自分に伸びしろがあると思うだろうし実際伸びしろはあるけど、若いころにその生きていくための何かを築くための伸びしろを伸ばしているわけでもない。

けっきょく大多数の人たちは無能か元無能で、就活という仕組みを通して育ててもらったって面もあるんだろ。

その人の先の人生を生きていくために就活に救われている人が大多数なんだよ。

就活はそういう無能たちのための一発逆転、一発救済のためのシステムから、あぶれるとつらいだろうね。

今まで何の技術も身につけずに生きるための知識も身につけてこなかった人間が一度そういうラインからあぶれちゃったら不安しょうがないというのはわかる。

まり就活という制度は面倒で理不尽で糞なんだけど、就活によって人並みの生活ができるまで育ててもらった人間が大多数だから就活ってのはなくならんのだよ。

就活を通して人並みの生活を得てるのに就活批判してる人は、やっぱズルいよって思っちゃう。そういうレールに乗っかってきた側じゃんって。あぶれた無能差し置いて無能から脱却した側だよ。

就活という制度を無くすためには、もっと若いうちから働いたりインターンでこき使われたり何なりして、若いうちから生きていくためのコネ技術を築き上げる仕組みを作るしかないだろうね。

まぁ俺自身就活からあぶれて別のところで育ててもらった無能なんだけど、俺もレールに乗って生きるのは楽だと思うしそうしたかった。

レールからはずれても何とかいきていけるけど、不安しょうがないよ。生きていくための何かを積み上げるまでは。

いじめ」のはなし

小学5〜6年生の頃、クラスでいわゆる「いじめ」があった。

いや、「あった」ことにされていた、が正しい。

横浜住宅街の中にある市立小学校で、治安は良く、クラスメイトの半数が進学校中学受験をするような小学校だった。

クラスに体の小さく勉強が不出来な男児、Aがいた。

Aはよく遊ぶような友達もいて、他の生徒と友人関係において変わったようなところはなかったのだが、A以外のクラスメイトはAが「自分いじめられている」という嘘の証言をして、教師の気を引いていることに辟易していた。

例えば、Aは「手洗い後の手についた水を他の生徒に向けて飛ばす」などの地味ないたずらをしょっちゅうしていた。

小学生のするようないたずら自体と、いたずらを受けた生徒がそれに対して怒ったり気持ち悪がったりすることまでは健全なことだと私は思う。

ただAはその後、自分がそのいたずらを受けたように話を歪曲し、一縷の真実だけを残して(Aのいたずらに対して怒った女児Bが「怒鳴った」)担任に泣きつき、担任はAの言葉を受けてBを叱るのだ。

小学生にとって担任教師絶対であるし、この例えにおいて「怒鳴った」こと自体事実であるしかし、叱られる誰もがあまり理不尽だと感じていた。

確かに教師立場もわかる。担任は新任の若い女性教師だった。

教師は1人の生徒に「いじめられている」と申告されたらもちろん深刻に受け止めなければいけないであろう。

ただ他の30名余りの生徒の真実をないがしろにしてまで対処しなければならないことなのだろうか。

もっとうまいヒアリング方法はなかったのか。

何度もAのいたずらが先にあってのことだと訴えたけれども、先生は信じてくれなかったのだろうか。

中学受験をするような頭のいい児童教師に対してもずる賢く、嘘をつくに違いないとでも思われていたのだろうか。

Aの主張するいじめ存在するということにして良かったのだろうか。

いじめ定義として、被害者側がいじめだと感じたらそれはもういじめなのだというが、そこに客観性は本当に存在しないのか。

ホームルームはいつもいじめについての話ばかりだった。

本当に、誰一人として、Aに対するいじめなどしていないのに。

Aに対するいらだちを本当のいじめに発展させなかったかつての同級生を誇らしくすら思う。

私たちの間には、Aに本当にいじめをしたら負けだ、という共通認識があったように思う。

どうしてAのような歪んだオオカミ少年が育つのだろうかと不思議に思わざるを得ない。

リベンジポルノの数だけ理不尽があります。いま物悲しさが流れてて…さようなら

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160619164343

文末のオチ増田ありがちなのでともかく、叩かれないようにおとなしくするのが普通という感覚理解できない。

自分が好きなもんを普通に公表してる分にはいいんじゃねーの。

なんで理不尽に叩く血圧の高い連中の顔色を伺わなくちゃいけないのかと。

叩かれたことのないジャンルの無邪気なファン

ネットではあらゆるものが叩かれており、自分の好きなものが叩かれている場面をある程度ネットをしている人ならば誰しも見たことがあるだろう。

叩かれる理由は、そのもの自体が嫌いだという理由からのものファンが嫌いだというものまで嫌いな人の数だけ嫌いな理由がある。

そんな場面に遭遇した時、普通の人ならばその好きなものがこれ以上嫌われないようにしようと自らの振る舞いを改めたりするだろう。

しかし、そんなネットにおいても極端に叩かれることが少ないジャンルというもの存在する。

例えば、スピッツというバンドなんかはネットのどこを見ても知名度の割に驚くほど叩かれていない。

叩かれない理由としては、メディアへの露出が少ないとかバンドメンバーのキャタクター不祥事のなさ、バンド楽曲クオリティが高いなどの理由が挙げられるだろう。

そんな叩かれることのないスピッツというバンドファンネットでのふるまいにおいて時折無邪気さを感じさせることがある。

(別の無邪気さを持つ10の子どもは除き、)叩かれやすファンなどは、そのものについてネットで語るとき

押し付けがましくならないか」「一人だけ浮かれたテンションで語ってないか」などの謙虚さや自衛する意識を匂わせるような話し方をする。

これはネット自分の好きなものが叩かれたことや叩かれる場面を見てきたことによるネット上でのリスクマネジメント一種であろう。

一方、ネットで叩かれたことのないスピッツファンはというと、スピッツを語るときにとても無邪気なのである

嫌われたり叩かれることのないスピッツファンなので、距離感テンションなどあらゆる面でポジティブであり、不思議な事に皆まるで人は皆良い人だと信じている人のような語り方をする。

では、こんな無邪気なスピッツファンが叩かれているのかというと特別叩かれているわけでもなく、それゆえ彼らもまた無邪気さを保っている。

あらゆるもの理不尽に叩かれているネットという空間において、このような人の手が加えられていない自然のようなコミュニティ存在することに私は興味を覚える。

正直、スピッツ以外のこのような事例を私は知らないが、知名度の割に純粋さを保っているコミュニティは私が知らないだけでこの広いネット上に存在するのかもしれない。

ちなみに私も特別ファンというわけではないが、スピッツは好きである

http://anond.hatelabo.jp/20160618211423

四年前の俺のようだ。俺はリーマンショックから就職氷河期に見事にぶち当たって、大学就職浪人制度使って一留して

それでも無い内定のまま卒業してしまって、就活期間2年近くずっと毎日自己否定感に苛まれ死にたいとばかり思っていた。

実家で猫撫でてたらいきなり涙が止まらなくなって心療内科に通ったりした。

でもある日、惰性で受けた社団面接で意外なくらいトントン拍子にあっさり内定が出て、むしろ拍子抜けした。

入る前は「世の中というものは俺にどれほど高い能力要求するんだ」と恐れに恐れていた大人世界というのは、入ってみればなんのことはない、

就活の苦労に比べたら信じられないほどヌルくて雑多で、多様な世界だった。

周りには「就職したらもっと苦しいんだぞ」なんて言う奴もいたけれど、就活の時の苦労に比べたら仕事での苦労なんて俺にとっては正直屁でもなかった。

就活の時の苦労は一体何のためのものだったんだ、と正直ムカついたくらいだ。


就活で測られるもの、求められるものは、要するに社会に適合するためのスキルでもなんでもなく、ただただ就活という歪んだシステムを乗り切るためのスキルしかない。

あなたより不誠実で不真面目で、「社会に適合するための正当な手続きたる就活」を踏まえていない大人なんていくらでもいる。

自分幸運を棚に上げて、あなたのような弱っている人間マウンティングをかまそうとする言説も世の中に溢れている。


就活で植え付けられる自己否定感は、今のあなたにとっては紛れも無く真実で、あなたを苦しめていると思う。

実のところ俺も、今でもその解消に難儀してる。


でも就活理不尽運ゲークソゲーだ。就活なんてもんはペテンだ。

からあなたが今感じている「自分社会必要のない人間」という烙印、なんてものも誰かのついた嘘だ。

そんなもんであなた価値は決まらない。

あなた幸せ自己肯定できるようになる日が来ることを祈る。

2016-06-17

理不尽からは避ける。逃げる

生きていたら、自分責任外で、事件事故は起こりうる。

起きたことについては、忘れるに限る。だが、忘れてしまっては、同じ失敗をするような気がして不安である

無理してまで、理不尽なことには立ち向かわなくても、多分、幸せにはなれるのだろう。

 

そもそも低レベル経験値なし地方出身主人公

都会の理不尽ベテラン狂人に囲まれて成長してくタイプ物語が苦手だ

そういう成長物語好きな人もいるんだろうが

こっちはド素人一喜一憂してる姿見て何が楽しいの?ってなる

俺TUEEEEもっと苦手だけど

見たいのは学生社会科見学じゃなくてプロジェクトXなんだよ

2016-06-16

子供を見たら離れろ

http://suminotiger.hatenadiary.jp/entry/2016/06/16/162713

「止めてほしい」と言われたら咄嗟に体がそう動く可能性はあるが、基本的には「関わらない」一択

現時点で1件だけついているブコメにもあるが、特に相手女の子自分が男だったら絶対に関わらない。

昨今の数々の理不尽な事案を見ていたら、「子供を見たら離れろ」がベストチョイス。

在学中に妊娠した京都高校生卒業式に出られないって記事

何故か学校側が叩かれているのにびっくりした

え?母体子供安全を考えたら当たり前じゃねっていう

こういうクソビッチは庇われるのに何もしてない喪女サンドバッグにされるのが理不尽過ぎる

いい加減狂ってるよ、この少子化悪玉論の世の中は

2016-06-15

在学中に妊娠した京都高校生卒業式に出られないって記事

何故か学校側が叩かれているのにびっくりした

え?母体子供安全を考えたら当たり前じゃねっていう

こういうクソビッチは庇われるのに何もしてない喪女サンドバッグにされるのが理不尽過ぎる

いい加減狂ってるよ、この少子化悪玉論の世の中は

2016-06-14

加害者パーソナリティを掘り下げた報道絶対必要だとわかった

今回のアメリカクラブ銃撃事件を見れば明白である

加害者属性一つで選挙結果政局が動き、民衆理不尽理解し難い暴力の恐怖に対して、その気持ちのぶつけどころを探している。

普段加害者パーソナリティを掘り下げる必要はないとか偉そうなことを言っているはてな民も、今回の銃撃事件加害者情報を逐一追っている。

しかし、これは決して悪いことではなく、むしろ必要なことだ。

センセーショナル事件引き起こした人物がどんな人物か。その社会的な背景は何か。情勢への影響はあるか。

情報に対する高いリテラシーを持つものなら、当然追わなければいけない情報である

今回のクラブ襲撃事件でも、加害者のそのパーソナリティが次々と明らかにされている。

民衆気持ちの落とし所を見つけたり、マイノリティへと配慮したり、宗教的問題なのか社会的問題なのかをそれぞれが咀嚼して結論を出す。

この時に加害者個人情報を掘り下げた報道必要不可欠だろう。

センセーショナル事件が起きた時、民衆の間に広がる得体のしれない不安憎悪を沈め、社会的合意形成するためである

日本では現状、そんな複雑な事件は起こらないか必要ない」などというやつはただの平和ボケしか無い。

これから日本にもどんどん外国人は増え、様々な背景を持った人々が日本にやってくる。

その時起きる事件、その原因は何か、社会的な背景は何かを掘り下げなければ、むしろ民衆の間に広まるデマの悪質さや偏った情報扇情具合を中和するすべはない。

加害者はどんな人間だったかという情報は嫌でも民衆の間で広まる情報である

その時、今回の事件のようにある特定属性排斥したり憎悪掻き立てるような情報は、偏った過剰に煽るものとして民衆の間で共有されてしまう恐れがあるだろう。

来る日本移民が大挙して押し寄せてくる時代に向けて、加害者パーソナリティ報道する必要性を周知し、その基準を精査していくべきなのである