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はてなキーワード: ゲームとは

2016-05-26

収集要素の"New"を維持したい

キャラクター図鑑なんかがあるゲームで、新しく追加された情報にNewアイコンがつくのが一般的だと思うんだけれど、

この"New"をなんとか維持したままプレイしたくなってしまう。

別に(攻略)情報を縛ろうってわけではなくて、とにかくNewが並んでいる状態気持ち良い。

それこそ、Newを残したまま内容を知るためだけにプレイ動画をあさったり攻略本を買ったりしてしまうくらいには。

ネットフィクションの内容が批判されていると、すぐに「自分たち現実フィクション区別くらいつけられます」て反発が湧くし、自分もそうあろうとはしているんだけど、

最近読んだある作品は、なんていうか作者本人が現実フィクションを分けられていない感じで、考えてしまった。

登場人物台詞が、まんま作者の思想で主張で、受け手押し付けてるだけじゃないかって。よくあることだけど。

それ読んでると、どうやら作者は本気で、その作品メッセージ性で受け手の何かを変えられると信じてるんじゃないかって感じた。

現実に影響を与えることを目的にしたフィクションというのが存在するのなら、「現実フィクション区別」を本当につけなければいけないのは誰なんだろう。

なりすましデマ風評被害や、創作実話なんかも現実に影響を与えるためのフィクションと言えるし。

作者が「これはただのフィクションで作り話ですよ」って前置きしても、キャラ物語感情移入してしまったファンが、「夢を壊すな」とそれを受け入れないこともあるし。

自分たち現実フィクション区別くらいつけられます」て言うのは簡単だけど、現実はそんな簡単じゃない気がしてきた。

昔好きだったゲームシナリオライターが、たまたまSNSで「自分作品には政治的思想を込めたから、その影響を受けた若者は間違った政治思想には染まらないはず」みたいなことを言ってるのを見て、自分はショックを受けた。

まあ、自分はべつにそいつ意図通りにはならなかったんだけど、まんまとそいつ意図通りに政治的信条まで左右されちまったユーザーはいるのかな?

政治的なことじゃなくても、なんかやたら自分作品バカ若者説教したがる作者ってのもいるし。みんな本当に「現実フィクションは別物」って信じてるのかな?

人狼って「陣営が勝つなら自分の生死は問わない」「陣営のためなら死んでもいい」ってゲームなのに

漫画ドラマだと自分生存を前提とするサバイバルゲーム描写されることが多くてもにょる

いやサバイバルゲーム描写するのはいいけど、それなら人狼って名前使うのやめよ? ね?

パズドラマルチ対応パズドラ始まって以来最悪の愚行だと思う

なんと言ってもソロプレイヤーを罰し始めたのが最悪

やると宣言してしまってあとに引けなくなったからといってここまでゴリ押しされることになるとは

マルチをやるにしてももうちょっとインセンティブの与え方を勉強してからできなかったのか

マルチ化はプレイヤーになんの楽しみも提供せず、この恩恵を受けている極少数のプレイヤーがどんな人たちかというと、経験効率の高いデビルラッシュというダンジョンパズル要素を極限まで減らしたパーティ構成にすることでコンマ数秒単位まで周回速度を上げて一日何百周もすべくデビラ合宿をするような廃プレイヤー

彼らはパズドラをやっている間あらかじめ決められた動作をひたすら繰り返すことに疲れを感じず、それを続けるためにスタミナ課金をする

そんなパズドラの現状についていけなくなったプレイヤー達はオウムへのリファレンス込みで彼らを修行僧と呼ぶが(修行するぞ! 修行するぞ! 修行するぞ!)、そう呼ばれて満更でもないようなのがさらなる断絶を感じさせる

いまのパズドラはそういうプレイヤーのために作られているのである

ソシャゲにはもともと「プレイヤーアプリで遊びを楽しむというゲーム」に見せかけて実は「運営会社アプリを使ってユーザーを金を払う機械に変えるゲーム」だという性質があると批判されてきたが、彼らの修行に打ち込む姿がまさにそれの完成系のひとつだと感じずにはいられなかった

http://anond.hatelabo.jp/20160525224609

2020年ディープラーニングの発達により、画期的SPAMAI(人工知能)が完成。

人間投稿スパム投稿識別ができなくなり、SPAMAI意味ありげ意味のない不毛レスの嵐によって増田は完全に荒廃する。(第一次増田の冬)



2025年はてラボ増田ログイン認証網膜認証採用SPAMロボットの一掃に成功

増田は再び活気を取り戻す。

2030年世界的に普及していた網膜認証を完全にだます義眼がインドの闇マーケットから流通

網膜認証突破したSPAMAIによって再び、増田は荒廃。(第ニ次増田の冬)



2032年、はてラボは、増田ユーザ非表示機能を導入。

読みたくない投稿を選んで非表示にすると、同じユーザ投稿はすべて非表示になる機能により、

増田に再び平穏な日々が訪れる。



2040年ユーザ非表示機能排他性は平穏をもたらしたものの、投稿内容のマンネリ化が進み、

アクティブユーザ数が11人まで激減してしまう。



2045年、すいすいすいようび~の投稿が突然止まる。

2048年、ゲーム日記更新終了を宣言

2056年、最後増田ユーザーが死亡し、増田更新は途絶える。

2057年、はてなホールディングス(旧:株式会社はてな)は、増田の閉鎖を決定。

まいにちがすいようび

すいすいすいようびは毎日水曜日であることに気づかなかった。

ゲームプログラマとして日々バグ取りに追われ、企画書を起こすこともままならない。

ほんとうはほんの少しの休日の合間にゲームプレイをやめることさえ身につければ良いだけ。

それは彼にもわかっていることだったし、ゲームをやめることで仕事時間が拡充されることだって理解していた。

まりにも変哲のない毎日水曜日に彼はついに狂気を発して上司にこういった。

おかしいじゃないですか。僕の打ったコードGitHubで上書きされるなんて。

上司は繰り返される水曜日など知る由もなく、また彼自身が繰り返される水曜日を知るわけもなく、発言有耶無耶なまま収束してしまった。

そうして日々水曜日を送るなか、彼はゲームプレイ中にあることに気がついてしまった。

一体どういうわけなのか、先日分のプレイデータが巻き戻されている。

そこから彼はクラウド上にあるセーブデータからローカル上のセーブデータまで全てをさらってみたものの、一向に問題解決しない。

唯一自室の部屋にあるスマートフォンに目配せをした時に彼の全てが止まった。

その日は水曜日であり、曜日以外の数値は全て文字化けしていたからだ。

彼はなにか奇妙な気配を察知すると部屋からスピードで飛び出して廊下を覗いていた。

廊下の遠くがフォグ効果のようにぼやけ、ブロックノイズとともに再生成されている。

それがかつて見た映画マトリックス世界観であることを理解した彼は、台所に走ってゆき包丁を手に取ろうとした。

ところが包丁はすり抜けてしまい手に取ることもできない。つまり殺されることもなければ自殺することもできず、

データ上の食物を摂ることができるが断食でも死にはしない。こんな非常識思考が「計算器のように」次々はじき出されてゆく。

自分は操られているのではないのか、もしそんなことが事実なら毎日水曜日どころか自分自身意思は一体どこに介在するのだろう。

管理者は遠くから僕を見ながら笑っているかもしれない。思考解決方法に見える最も絶望的な何かを投げつけてほくそ笑んでいる。

そんなことをする管理者とは一体何なのだろう。意思なきアーキテクト? 意思を持ってしまったオラクル

もしかして自分自身オラクルだったりして。すいすいすいようび~。じゃなかった。

彼の頭脳の回路に堂々巡り思考計算されたのち、ふとある答えが思い浮かんだ。

そうか、犯人サーバ管理者か。そうだサーバ管理者鯖管だ! 鯖管! 鯖管! 鯖管

毎日同じこと繰り返してる鯖管

2016-05-25

転職後の初給与

ジリ貧だった前職から転職して初めての給料日を迎えた。

給料日税金タイミング諸々の理由から、運良くまとまった金額を手にした。


最近まであれほしいこれほしいばかりだったのに、

しまとまったお金を手にした途端、物欲が消えた。


PC→そろそろ五年経つけどまだまだ動いてるし。

vita→まだ好きなゲームの新作はまだだし借り物でいいや

予約機能つき洗濯機→はやく帰れてるし、外置きだからやだ

筋肉量もわかる体重計→最近は前より動くようになったし深刻とも思えない

服→増やしても管理キャパ超えるだけ。


こんな具合。

PCに関してはあんなに欲しがっていたはずなのに。

いつでも買えるとわかった途端生まれゆとり

戸惑うばかりである

最近高校生コンピューター部の活動内容

ゲーム作るか競プロしてるかWebサイト作るかの3パターン学生がいるんだって

早い人では小学生からプロしてきたって人もいるんだって

エディタEmacsVimを使っているんだって

俺が高校生の頃なんてメモ帳存在すら知らなかったのにすごいねまったく。



パソコンの普及によって昔よりはプログラマーも増えたね。

プログラミング必修化によりプログラミングに興味を持つ人がさらに増えるんだろうね。

その教育を受けた人たちが大人になる頃にはプログラマーの単価が下がっていくんだろうね。

ピラミッド中間から上の人たちのことは知らないけど下っ端の単価はいまでも下がり続けてるね。とくにクラウドソーシングとか奴隷だもんね。

プログラマーをこき使うような派遣企業入社することが一流企業であるみたいな風潮になるのかね。嫌な世の中だね。

一体誰が悪いんだろうね。

http://anond.hatelabo.jp/20160525202358

ゲームなんて斜陽産業に応募しておいて

交通費が出ると思ってるのか

交通費が出る会社だけ受験しろ

目をつぶって勢いよく鼻くそ飛ばし

どこに飛んだか手探りで当てるゲーム

はじめてのリセマラ

昨日、暇だったので、ガチャ引いて一喜一憂するゲームを雑に遊びたくなって蒼空のリベラシオンってアプリを落としてみた。

で、普段はまったくやらないんだけど「たまにはリセマラってのをやってみようかな」と思って、

リセマラをする」のを目的にしてまあ何が出ても1回はリセットしようって決めて、周回方法確認がてら1周目をやってみた。

そしたら10ガチャで一番レアな☆4のおねいちゃんとおっさんが2人も当たった。☆4は4%らしい。あと☆3の人がポロポロ

追加で回せる単発を3回回したら☆3が3回とも出てきた。



1周目結果

☆☆☆☆…2人

☆☆☆……6人

☆☆………2人

(ダブった人はなんか石になるのでノーカウント)



これはもしかしてすごい当たりデータなのでは……?物欲センサー?って思いつつ、でもリセマラがやってみたかったのでリセット

くぅー!(スキップ完備とはいえ)チュートリアルかったりー!」とか言いながらリセマラを満喫してガチャ



2周目結果

☆☆☆☆…0人

☆☆☆……3人

☆☆………4人

☆…………3人



あっ、これは1周目神データだったっぽい。

チュートリアルを2回やった時点で、操作とかコンボとかの入力が難しくて続けられる気がしなくなってたし、時間もいい感じに潰せたのでそのまま終了。

っていうかリセマラしないと1周目と2周目の結果ぐらい差が開いた状態ゲームスタートちゃうことになるのは、なんかとてもつらいなあと思った。

そりゃみんなリセマラしたくなるよなー……。

結局2周でやめてるからリセマラっていうかただ1回リセットしただけだし、リセマラ終わる目標も決めてないし、

リセマラをやったっていうか、ちょっとだけリセマラやってる気分を味わっただけなんだけど、それはそれで結構しかった。

http://anond.hatelabo.jp/20160525144615

買ったゲームを動かすのに必須というので嫌々入れたクッソ重いゴミクライアント

クリアしてから数年放置してたら巨大マーケットになってました

最近ゲーム

steam面白そうなの探してもどれも同じに見える

実際は違うんだろうけど、いちいち手探りで知ってくのもしんどい

まだPSSQUARE作品のが面白そうに見える

http://anond.hatelabo.jp/20160525005632

元どころか現役のつもりですが何か。

つってもゲーム攻略情報をやり取りするくらいしかしてないけどね

人間だって動物じゃん

結局俺ら動物なんだからさ、本能的な快感には抗えないって訳だよね。

食欲や性欲はもちろん、後は大自然に触れること。

ゲームクリアしたとか、社会的地位確立したなんてことは本質的な喜びじゃないのさ。

から、早く野生にかえって山奥で暮らしたほうが幸せってワケよ。

ゲーム日記って何時からやってるの?

日本死ねとか回文増田とかとどっちが先?

2016-05-24

理想主義の人々

自分から高らかにマイナス面(遅刻しといて朝弱いからさーとか)を免罪的に宣言する人は俺はお前のためになんの努力もしないからなじゃあのって意味になるし失礼だから気をつけろよなみたいな話が話題になって、何人かがちらほら「他人のために変わるなんてちゃんちゃらおかしくね?」みたいにいっててははーんって思ったけど、そういう人って本当にロマンチストだよね。

おそらくそういう人の中で人間関係というのは、貝合わせみたいに、幾多の人間性と自分人間性を重ねてぴったり合ったら友達恋人という考え方なのだろう。

ロマンに溢れる。

現実的には、人付き合いにはコストがかかる。これを理解しない人はネガティヴな人でもポジティブな人でも怖い。もちろんそれが、流行を全てチェックしてどんな話題にも対応できるようにする(たとえ個性を失うことになっても)ことと人もいるだろうが、もっと単純な話だ。時間がうるさいやつと遊ぶ時はそいつの時だけでもなんとかするようにする。あるいは自分時間のうるさいやつなのであれば時間を守ってほしいなら、守ってもらえるか守らなくてもいいようにするかのどちらか。理想主義者は手強い。「そこが符合しなければ付き合わなくて良い」となるから。それがたとえ1だろうが100だろうが。それで我々の貝が擦り合わないならそれまでとなってしまう。

人間関係に支払うコスト絶対自分キャパティを超えてはいけない、なので、支払えばいいというものでもない。大事なのは支払われているという自覚。姫がわかってサークルクラッシュするのか、わからないでサークルクラッシュするのかでは天と地の差がある。

まあ、つまり、そういう理想主義者時間に遅れてくるのを見越してこっちは色々やってるんだよねー……ってことなんだけど。ただ理想主義者は手強いのでやりたくないのであればやめれば?私はそうする。と言ってくるわけだ。つよい。

ババ抜きで勝ちたい時、そういうルールがなくて相手に怒られないなら、僕は相手の手札を覗くだろう。ただ自分は覗かれたくない。だから覗くほうを我慢する。人間関係に払うコストも同じことだ。自分は勝ちたくて勝ちたくて仕方がなくてもずるしない、でも相手執拗に覗いてくる。そんなんじゃゲームにならない。同じことだ。

多様性理解するのはエネルギーがいる。だからこそ人類は今まで多様性を捨ててきた。共通ルールを抱えてる人間が多い方が安全からだ。人を殺してはいけないというルールの中で生きてる人間が多いから、私たちは殺される恐怖に晒されながら生きる必要がない。20代結婚するものと思ってれば周りがさせてくれる。みんな高校に行ってるから親もぼんやり高校に進学させてくれる。……多様性を認めるというのは、別なルールで生きている人間と触れ合い、存在することを認知するということだ。合わせる貝が合うかどうかわからない、無理矢理合わそうとして壊れてしまうかもしれない世界。そこで壊れてしまう前に引き剝がしたり、少しの工夫で合うかもしれないという可能性を探している。多様性のある世界の、現実的生き方だ。つかれる。しかし疲れない手段を取ってもどこにも行き着かないとわかっているからする。僕が一つも気を遣わないで、地の果てまで共に行ける運命の人が一体どこにいるというのだろう。それも何人も。地球いるかさえも怪しい。しか孤独現実的にそこに存在しているのだ。架空人間を待ってはいられない。

人のために変わるってね、別に趣味人格を変えろってはなしじゃあないんですよ。当たり前だろ。

http://anond.hatelabo.jp/20160524162125

パソコン通信やってゲームとかツール作ってた。

昔は本に載ると出版社が謝礼くれたんだよね。

バンプオブチキンという言葉を聞くたびに、ダンプ松本イズチキンという言葉が脳裏に浮かぶ。

ダンプ松本ゲームがあった。

GTX1080位になると

CPUの代わりに単純計算する分野も捗りそうだが、Core i7天井打ちになるケースをあまりみないからなあ。

どういう需要があるんだろ。やっぱゲームだろうな。ゲーム以外でGPGPU面白い使い方はないものか。

と、増田で一回も話題にされていない話題グラフィックカードを呟いてみた。

将棋電脳戦について

いろいろにぎやかですね。

わたしは「人間が作り上げてしまった得体の知れない巨大なナニカに人類が力を結集させて挑む」という構図の戦いが見てみたいと思いました。具体的には、

人工知能vs棋士のチーム(門下別や、段位別、すべての棋士が好ましい)

時間制限は長め(数日から数週間)対局中は一定区域から出られない。食事持ち込み。検討自由

人工知能側は時間的制限を短くすることでなハンデとする。


棋士性格的にも矜持的にも実現しそうにはないでしょうけどね。

それぐらいの力量の差を感じる対局でした。それはそれでいいとして、勝つ可能性のある勝負にするとしたら、これぐらいはやってもいいのではないかと。どうせ将棋のようなゲームなんですし。

おすし

対人ゲームにおいて自由度の高さは不自由度の帰結を容易に招く

ジャンケン

究極的に自由度が極端に少なく公平なゲーム

それはプレイヤー側が選べる選択が非常に少ないから成立する

自由が少なければ少ないほどルールの力が大きくなりゲームを答えの無い完璧に近づける

 

昨今の対人ゲーム自由度の高さを謳うシステムは全てできそこないだ

究極のバトルであるジャンケンをもう一度参考にしてほしい

2.5次元舞台を見てるとたまにこういうジレンマに直面する

http://anond.hatelabo.jp/20160522010905

私は舞台刀剣乱舞については見ていないのでなんともいえないけど、2.5系の作品を見ていて、自分の好きだった原作のある部分が蔑ろにされているように感じられて、自分はめちゃくちゃ憤ってるのにその舞台を見た周りの人はまったく憤ったりせず楽しめていて、なんで!?って思うことはたまにあるよなあと思った。

このなんで!?には、なんで!?原作の○○な部分大事にされてないのになんで平気なの!?とかなんで!?どこがおもしろかったの!?とかなんで!?なんで私は楽しめなかったの!?とかなんで!?なんでこんな風につくっちゃったの!?とかだいたい本当に個人的気持ちが付きまとうんだけど、でもあるよなあ。そんでもって楽しめなかったことの残念さも相まって、怒ってる人が自分だけなんじゃないかみたいな孤独さを感じたりもする。たのしいはずの趣味の話で。

なんで私は楽しめなかったの!?って思うなら楽しめるように見ればいいじゃんと思うんだけど、実際なるべく自分でもそうしているつもりなんだけど、2.5次元に関してはこれが上手くいかなかったりする。

なんでかというと私の場合は2.5次元作品には漫画なりアニメなりゲームなりで原作存在するからで、原作が好きであればあるほど、こういうなんで!?ジレンマに直面しやすくなる。

自分の中では理由ははっきりしていて、自分原作でいいと思っている要素が必ずしも舞台化に反映されないから。

原作にあたる作品を丸々愛しているつもりでも、その作品のどこを一番愛しているのかはその時々によって違うわけだけど、たとえばキャラクターの顔に一番魅力を感じていたら舞台キャストの顔に解釈違いを感じることが多いし、ストーリーが好きだったら舞台化するために2時間前後にまとめるために端折られる物語になんでそこ削った!?って気持ちになったりするし、キャラ同士の関係性に魅力を感じていたら掘り下げの有無によってそこもっと掘り下げたほうがよくなかった!?と思ったりする。

キャラクターの設定的に金持ちの豪華な衣装キャラ衣装が安っぽいペラペラの布で作られていると予算かけてくれよと思ったり、見せ場にあたる必殺技的なものが炸裂するシーンの演出がしょぼいとそこもっと熱く演出してください…って脱力したりもする。

なんかもっとほかにもなんで!?と思う瞬間はある気がするけどキリがない。

まあそんな感じのなんで!?って思う瞬間が、自分原作で一番良い!と思ってる部分だったりすると一気に醒めてしまったり、この舞台微妙だったなあと自分の中での評価が決まってしまったりすることがある。

からまあだいたい、同じような感じで原作を好きな友人相手だったりすると2.5次元舞台評価も割と重なりやすく、あそこ微妙だったよね…というような会話がしやすい。それでも絶対許せない!となるかまあ微妙なとこもあったけど楽しかったよとなるかはもう個人差みたいなもので、そこで絶対許せない!となるタイプは今の2.5次元舞台を見に行く客層の中では少数派なんだろうという自覚をするのが、自分が一番楽になる方法じゃないかと思う。

なんといっても舞台を見に行くお客さんはみんな少なくないチケット代を払って劇場に行ってるわけで、それなら少しでも楽しかったと思いたいという気持ち舞台を見にいっているはずなので、その分楽しむ方にバイアスがかかっているというのはあるんじゃないか個人的には思っている。

なにが言いたいのか迷子になりかけたけど、だからぶっちゃけありえなかった!って思う人はたぶん限りなく少ないんだけど、2.5次元舞台見に行く中でそういう気持ちになること自体個人的にはわりとよくあるし私はわりとその孤独歯ぎしりしたりもするので全くそういう気持ちの人がほかにいないとは言い切れないし、あんまり孤独感に苛まれて好きなものを嫌いになったりすることがないといいなあと思った。

絶賛が多い中で感想ツイートするのがはばかられるなら、もういっそ新しいTwitterアカウントでも作ってどこが微妙だったっていう具体的な感想でもツイートしてみたら、案外同じ気持ちの人からいいねくらいつくかもしれない。

とりあえず次の観劇はなんにせよ楽しいものになるといいねという気持ち

ちなみに私は去年ぷよぷよ舞台化したやつを見にいって作品の雑さとトークショーで出てきたセガプロデューサーの態度に最高に胸糞悪い気分で劇場をあとにしたし見に行ったこと自体黒歴史だと思っているけど、今後これよりも体感でクソだなって思う舞台にはそうそ出会えないなと思っていたりするしこの1年間あれ以上に腹の立つ舞台には出会っていないのでハートは強くなると思うよ。

2016-05-23

最強マシーン

おれは最強のマシーン

ゲームが好きだ

エロゲーは飽き、ギャルゲーにハマっている

今はプリズムコートというゲームをしている

古いゲームだがシステム面白い

恋愛というより育てていく感じ。

おれは最強のマシーンなのでもう育つことがない

育てる相手もいないので、こういうのがちょうどいいのだ

最近は庭でプチ菜園をしている

雑草が茂ってしま野菜を圧迫している状況だ

だがこれを放置している

シミュレーターみたいで楽しいのだ