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はてなキーワード: 文脈とは

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170320213244

文脈を読む、というのが分かりにくいなら

相手目的想像する、というところから始めてみたらいいんじゃないかな。

リンク先のブログ解釈解釈としてあっていいと思うけど、それだけで終わらないように。

表層的な解釈と、相手目的を踏まえた上での解釈と、その両方を考えればいい。

ブログリンク先は前者にしかフォーカスしてない。

文脈が読めないことで叩かれたらどうすりゃいいの?

http://h.hatena.ne.jp/deztecjp/81797931015406495

を読んで俺はとても納得したのだが、ブコメを見るとだいぶ叩かれている。

文脈無視するな」と。

んで俺は大学に入ってから人間関係生活習慣のつまづきが酷くなってきて、学生センター経由で相談した先生から

ASDの傾向が一定程度ある」と言われてしまった人間なのだが、文脈というものが読めなくてとても辛い。

生活していてよく分からんところで相手の怒りを買ったり、授業でも一般教養法学などで大きくつまずいた。

そんな俺がこんな文脈無視するなと叩かれているのを見ると、どうすりゃいいんだという気持ちになる。

努力は十分してるつもりだが足りないのか、足りないんだろうな。でも凄く辛いのはわかってほしい。

最近はてブでヒットした借金玉さんの記事には「発達障害に優しい社会を」とか優しいコメントバンバン付くのに

ちょっと記事ジャンルが変わったらすぐこれだ。

社会全体から空気読めないアホは死ねと言われている気がするが俺はどうすりゃいいんだ。

我が闘争教育勅語から引用した言葉子供道徳教えるとか

言葉単体が普遍的かどうかよりも、

我が闘争から引用したっていう語り部の作り出す文脈がアウトなんだよ。

引用することによって暗に我が闘争教育勅語はいっぱいいい言葉が載ってるよっていうメッセージ子どもたちに伝えていることになる。

から普遍的価値観がどうとかいうのは通用しない。

小林多喜二を切り離したい人は切り離せばいいのでは。

ただし政治には言及できないし、むしろ文豪トレイドックス化するけど。

そういう外装がありだという時代でもあるから武田信玄イケメンでもしょうがないとは思うし。

ナポレオンはブ男だったらしいけど、山登る彼の肖像はかっこいいしね。

個人的にはあの案件に関しては切り離すべきではないという立場だが、

普通文脈理解とごちゃまぜにしてオタクの態度を問うのは筋が悪いね

2017-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20170319203653

よくわからんけど、街を歩く人を見境なく馬鹿認定して回る高学歴への反発という文脈では

少なくともお前からたらみんな馬鹿に見えるだろうなっていう嫌味な返しは的を射ているといえなくもないのでは。

90代の老人が若造が云々って騒いでるのに、あんたからしたらみんな若造だろうがって言うのと似たようなものだ。

確かに頭良さそうな理論には思えないけど、そこまで矢鱈と叩くべきとも思えない。

公開前からもう湯浅政明監督映画がもたらす影響について妄想してる

4月公開「夜は短し歩けよ乙女」、5月公開「夜明け告げるルーのうた」の二作によって、湯浅監督いかにして「世界湯浅」になるだろうかという妄想を頭の中でひたすら繰り広げてる。

実際に観る前から何アホなことを、持ち上げすぎだバカ、と自分でも思うが、つい考えてしまうのだから止められない。

・「君の名は。」「この世界の片隅に」等と同等に並べられてやたらと比較される

去年から言われている「アニメ映画ブーム」のような文脈での論調さらに加速していく。

アニメにおける「リアル」を考えるうえで、超現実アニメーションを生み出す湯浅作品が「この世界の片隅に」の対極として語られる。

・むしろガルパン」「キンプリ」のようなドラッグムービー的な扱いをされる

夜は短し~が90分ほどの尺の映画らしく、相当密度の濃いアニメになってると思われるため、複数回視聴をする人が多く出るかもしれない。

文化庁メディア芸術祭で史上初の3度目の大賞を獲る

宮崎駿細田守原恵一との4人で横並びになっていた2回受賞者から湯浅政明が頭一つ抜ける。

はいえ、「この世界の片隅に」が来年度の対象作品だとわかったのでなかなか激戦になりそうだなと思っている。

・いろんな映画祭や賞で二作ともに賞を総なめにする

アヌシーモントリオールファンタジアオタワのどれかではきっと賞を獲るだろうと勝手に思っているし、アニー賞アカデミー賞も夢ではないかもしれない。

FLASHを用いた作画制作手法が注目される

滑らかに動き、「絵が動く」というアニメーションの歓びを再確認させられるような作画世界驚愕する。というかアニメスタイルあたりで特集してくれ。

・「ちびまる子ちゃん 私の好きな歌」「マインドゲーム」のBDが発売される

過去作への注目が集まり、これを機会にテレビ放映やソフト化の企画が進む。

・「デビルマン」への注目度がさらに上がる

まあこれはほぼ確定

2017-03-18

ダテコーが不憫で仕方ないか擁護させて。

ダテコーの事をよく知らない人や見下したい人ばかり寄ってたかってると感じる。

 

ダテコーは、ネトゲでいう、「ちょっとLVも装備も足りてないけど変わった攻略法を試したいから付き合ってくれる人募集!」ってシャウトしてるPTリーダーみたいな人だと思う。ネットで叩いてる人は、その「ゆるい募集」を見ずに入ってきて、自分では絶対にPTを立てないけれど、入ったらリーダーの指揮とかメンバーの振る舞いの至らなさに悪態をつく、他人への要求が高すぎる人と被って見える。ダテコーがやっていることは、メジャーで洗練されたビジネスライクな効率PTとは違う性質のもの。仮にてさぐれ部活もの以上の大ヒットを当てたとしても、ひねくれ者のダテコーは大手制作会社のような作品は作らない気がする。自分の信じる「ゆるさ」や「面白さ」を表現するために、永遠にチープでマイナーもの、悪く言うとキャストスタッフ視聴者好意に甘えた、アットホーム感のある作風にこだわりそうだと私は感じる。そして、そういうスケールアップをあえてしない道は、茨の道だけれどもアリだと思っている。

 

ダテコーはバウンスィという制作会社経営してるけど、アニメ業界の人はほぼいない。カネがなく(資本金350万だよ)、テレビ業界とコネがあり、メンバー構成作家演出家音響技術者くらいの10人少々。アマチュアレベルのMMDに手を加えた3Dモデルを動かす人形劇アニメにもかかわらず、大手アニメと肩をならべて放送枠をとっている零細ベンチャーみたいなもの。だから大手制作会社と同様の条件でやろうというのは無理ながらも、キャストを含め作風共感してくれるスタッフ好意と熱意に支えられて、もがいているチャレンジャーという立ち位置しかも彼はツイートしてるように、キャスト約束した給料は不払いせずきちんと払ってるし(あくま大手制作会社とくらべて安いから申し訳なく思ってるって事だろう)、自身会社設立以来1年間無報酬でやっていて、貯金もほぼないそうだ。局で作家をしていたころは一般サラリーマンの3倍ほど貰っていたらしいが、テレビ局構成作家は3000万稼いで一人前という世界から身を引いた方なので、ベンツを乗り回してみたいなネットの噂で僻んでも仕方がない。ともかく、稼いでいるのに金払いをケチる悪い人間、という風評は悪意的だと思う。

 

彼を追ってきた人なら分かると思うけれど、実際はクソ真面目で、言われてるような声優アドリブ芸や内輪ネタに頼りすぎた作風を良しとせず、脚本音響などスタッフ達がきちんと仕上げて編集する作品作りにこだわっている人。だからこそ、現場がそういうディレクションを軽視して「やっぱ声優さんすげーわ任せるわ」ってなるたびに怒って監督をやめている。職分を超えて、声優負担を増えさせる不健全な状況には敏感な人だ。実際BDのノーカット版などをみた人ならば、編集はじめクリエーターたちのすごさが伝わっていると思うし、最終回の作り方などには、彼の美学を感じさせられる。

 

あのツイッター発言についても、本意と違う悪意的な捉え方ばかりされていると思う。本意としては、自虐的ながらも、「ウチは普通のとこと違うし当然売れないもんだから普通ビジネス感覚でやってくる人とはお互い良くない、俺たちはファミリーが欲しかったんだけど残念だ」くらいのことだと思う。私は別に条件が合わなかった相手disる意図はないと感じたし、その条件が合わなかった人のことを指して「技量がない」と言っているようには思えなかった。このへんはネット西野さんが炎上してた時にも私は思ったんだけど、みんな悪意的に捉えすぎている。「ダセー」だとか「お金の奴隷」は西野さん自身に向けられた言葉だし、自分がお金にこだわって可能性を閉ざすやり方を一部改めたからといって、お金(対価)を大切にする普通の人たちを貶す意図は感じなかった。むしろ西野さんにも石舘さんにも、普通人達に対して理解を示す言葉があった。それすらも乗り越えて、それを用意周到な言い訳とみなし、煽られたように捉えてしまいカチンとくる自意識過剰な人が多すぎるように思う。自分の労働ぶりを自虐的に捉えている人がそれだけ多いのかもしれない。

 

ともかく叩いてる人らは彼を典型的アニメ業界監督だと思って、「こういう奴がいるか業界は…」と感じているようだけれど、ここまで語ってきた文脈を捉えてもらえれば、ピントがずれていることが分かると思う。業界の薄給問題でほんとに叩くべきなのは大手制作会社で、彼のようにテレビ業界とのコネとアイデアで飛び込んだベンチャー社長みたいな人を叩いてたら、余計に業界健全化しないと思う。カネはないけどツテとキャストスタッフ好意に上手に甘えつつ、アニメ業界に切り込んで新しいカタチを提案していく、そういう立ち振舞は資本力のある大手には許されないけど、ベンチャーとしては参入が許容されてしかるべきだ。そういう遊びを許容しないと、市場新しい風は生まれない。もちろん、労働法範囲内でだけど。そこは実際にはおそらく問題ないのに、彼が自虐的な言い方をしすぎるせいで、問題のある労働が行われていると勘違いさせている。新しい風と言ったけど、低予算のMMDアニメだとか、リアルタイム3D人形劇先鞭をつけたのはダテコーだし、実際人を選ぶけどファンはついてるわけだよ。キャストだって、弱小ゆえの至らなさやダサさをネタにして監督をイジる事は多々あれど、ツンデレというか作品監督も基本愛しているように思う。そういう文脈を捉えてない人や、一般企業で安くこき使われてる人たちの怒りが、ダテコーというアニメ業界を代弁できないイレギュラー存在に矛先を向けてしまった。本来アニメ業界大企業のおエライさん方に向けるべき正論を、辺境の霧の中にぶちこんで無駄にしている感じがする。ダテコーの言うことは、クリエイティブの、しか不安定ベンチャー分野で通用する、熱意の方向性に関する局所的な話なのに、クリエイティブ業に携わることも、ベンチャージョインする人脈や熱量とも無縁な性質の勤め人たちから、「一般常識」で殴られている感じが、見ていて本当につらい。

 

堀江貴文さんなどもそうだけれど、内面がクソ真面目すぎるせいで強い思想をもち、世間から見ると変わったことをやっていて、世の「普通」に一切媚びない人種の方々は、無頓着からすぐに炎上してしまう。何に無頓着かって、自身のやってきた文脈を一切とらえずに一般論に基づく感情で殴りかかってくる人たちに「誤解」されないための言葉選びや長ったらしい自己説明をまったくしない辺り。そういう異能たちが、出る杭だと叩かれてノーマライズされる方向に圧力が掛かるのは悲しいことだ。

 

それはさておき、私はダテコーのような新興の弱い買い手が、背伸びをせず等身大報酬しか出せないけども、その弱さを隠蔽せず、詐称せず、そして契約強要せずにいる姿勢はとても誠実だし、ホワイトだと思う。「ウチは小さいから相場ほど報酬あげられないけど本当にいいの?考え方に賛同してくれるとかじゃないとやってけないよ?」と正直に言った結果、断られ続ける。それは愚痴りたくもなるけど、むしろ倫理的には賞賛されるものだと思う。取引は双方の合意があって成立する。そのことを売り手(被雇用者)に常に自覚させ、選択権を与え、冷静に賢い判断をしてもらうことは重要なこと。売り手側が考えるまでもなく、お利口な買い条件しか提示しない、良い所しか見せない企業ばかりだと、判断能力が育たなくて恐ろしいし、画一的いびつ、非現実的だと思う。経済的に未熟な企業から成熟した企業まで、さまざまあっていい。経済的に未熟な企業はどうしても無い袖は振れない、これを理解せずに「相場を払えないなら経営するな」という人ばかりだと、誰もPTリーダーをやらなくなる、もとい起業しなくなる。もう少し、柔軟性があってもいいはずなんだ。「ボッタクリでも時と場合によっては買うぜ」って人が稀にいるのと同様、「多少安売りしてでもこの会社この人とならコラボレートしたい」という希少な人の存在を、「賃金」のポリコレ棒で生まれる前に消滅させてしまってはいけないと思う。最低賃金だとかダンピング防止みたいな例外はあるものの、基本的には、どんな値段をつけるのも自由であるべきで、そっちの基本部分の方を甘く見ている人が多いように感じる。ボッタクリにも理由があり、存在価値がある。だから絶対悪ではない。自分が買い手の場合にそういう考え方ができるのなら、自分が売り手(被雇用)側になったときに同じ考え方ができていいはずだ。自由状態でこそ市場は成長するし、人間としても取引に多くを学び、成長していくんだと思う。市場の失敗が起こるとしたら、大体は倫理にもとる行い、ズルをしている場合。産地を偽ってボッタクリ価格正当化している、とかね。そういう訳でもなければ、一方的にすべての企業に「十分な(平均並の)支払い」を求めるのは、経済理解に暗いがゆえに計画経済的な発想になっている人なのかなと思わせる。イラストレーターの買い叩きとかクラウドワークス的なのが批判される時、企業もっと払えと言う人がその無理筋ぶりに無自覚なのと同じで。

 

話を戻すと、彼を叩いている人たちは、経済的に未熟な企業を許さないんではなくて、ダテコー側が倫理的に未熟な企業だと思いこんで叩いているようだ。もちろん倫理的に未熟な企業ということなら、市場の失敗をもたらすから零細でも大企業でも許容されるものではない。ただ、その判断をするのはネット野次馬ではなく、労基署とか公的機関だけれどね。今回のダテコーの件の場合、ダテコーの側は経済的には未熟な企業だけども、倫理的には叩かれるほどの問題はないと思う。若い零細クリエティ企業としてはむしろ身分相応で卑屈すぎるくらいで。これがワタミのような余裕のある大企業で、そのくせ相手判断させる余裕も与えず洗脳に近いことをして雇用するのだったら大問題となって然りだけれど。

 

あと、叩いている人たちに感じた疑問がもう一つあって。そもそも、一企業が、従業員を養う責任を負うのが当たり前のように思われているけど、重すぎると思う。そういう考え方をしていると、日本の労働環境はいつまでたっても全体的にブラックなままだと思う。企業はおのおのの身の丈にあった、妥当な配分を労働者に与えればいい。それで足りない場合、国が負担する。それはナントカ手当だったり、ベーシックインカムだったりしてもいいけど。そういう考えが前提になってほしい。経営者だって人間だし、完璧ではないし不安定存在だ。会社が小さいうちは、自分の人生ですら支えられるか分からない。経営者若い事が多いし。だからもっと柔軟に、雇用区分だとか時間を変えてワークシェアを進め、流動性を高めて、一企業人生を預けるようなとんでもない常識を変えていかないといけないと思う。労働フォールトトレランス分散型に。

 

他人に求めすぎる悪態ネトゲプレイヤーがPTにありつけなくなる問題の解決策は、PTリーダーに対する期待値を下げること、あるいは気楽にPTを立てれる空気をつくることだ。そういう考え方が出来る人が少しでも増えて欲しいと思う。人生はしょせん、すべてがごっこ遊びで、全ての人がなんらかのロールを演じているにすぎない。お仕事も、特に日本人お仕事は、お仕事ごっこだ。そんなに崇高に考えて、他人に崇高さを求めてもどだい無理なんだ。もちろん、実際に崇高度が高くて「強い」企業の横暴には敏感になって良いけれど、相手の顔が見えないネットからこそ、相手ももしかしたら弱い人間なのかも、と想像することはとても大事なことだと思う。慈しみを。神のご加護を。

 

もし、これが増田から本人乙とか関係者乙と穿った見方をする人がいたとしたら不本意なので、一応自己紹介すると、私は中部地方に住む32歳職歴なしのニート(家事手伝い)です。

http://anond.hatelabo.jp/20170318155640

学問文脈で決まる。歴史問題だな。

つの歴史を信用できない人間はその学問というのを基準にできない。

ただ理論に対して心が動く時もある。遊戯感覚と言ってもいいが、でもそれはもう長い事味わってない。

ノイホイって菅野 完のtwitter名を間違って読んだ名称か。

隠語ではないんだろうけどネットの人はちょっと斜めに表現するのが好きだね・・・

文脈からノイホイ=菅野ってのはわかってたけどどこからノイホイって言い方が来てるんだろうって疑問だった。

2017-03-17

恐る恐る

けもフレの海外ブログへの日本人コメントで、「ディストピアなのに登場人物イノセントで」、と知ったかぶってるのが怖かった。

イノセントって単語サリンジャーフィッツジェラルド村上春樹継承する文脈中の文脈で、

下手に口にすると文学方面から猛烈なツッコミが入る系なんだが。

もちろんイノセンス押井守は分かってタイトルを付けてる。

彼はイノセンスについて、ことわざだけで物語形成することは出来ないか、というヒントを語った。

ことわざとは脈々と引き継がれてきたもので、イノセンスは今までの物事を繰り返している。

まり純粋さなんて怪しげなもんだ、というメッセージともとれる。これは一義的もので他にも当然議論余地はあるだろう。

けもフレ以前のサリンジャーフィッツが描いたイノセントイノセント故に狂気的で、狂気であるから世界否定しようとする。

フィッツの『グレート・ギャツビー』は世間的な社交界を開く面々を白眼視し、ニック曰くの高潔なるジェイを変彼の中で祭り上げる。

もし仮にけもフレがイノセンス文学ならば、狂気的なイノセンス故に前段階の文明は灰燼に帰したのだという描写があったり、

今の関係性を狂気的な手法で維持するといった、イノセンス帰結を描くのではないかと思われる。しかし本当にそうなのだろうか?



追記:ブコメツッコミならともかく鬱陶しいだけなんですが。

http://anond.hatelabo.jp/20170315181410

オタク向け萌えアニメという文脈が既に「素直さ」と対立してるように思うがね。

オタク向け萌えを成立させるためにはメスしかいない不自然ディストピア立脚する他なく、それゆえ作品世界を掘り下げようと思えばその不自然な部分と直面しなければならない。

認められたい甘やかされたいというオタク欲望には「素直」かもしれないが、十分に不自然構造の上に成り立っている作品のそれに目を向けないのは「素直」なのか。そんな不自然世界を「素直」に見れるほどバカにはなれないよ。

甘ったれオタク向け萌えアニメがまた一つ増えたという感想しかない。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316183359

たぶん観測範囲が大きく違うからよくわからないけど、

スクールカーストの恐ろしさというか、力というかそういうのが

その「普通価値観では異常なことを押し付けられてしまう」ことだと

少なくとも自分学校生活ではそう感じたから、そういうものなのだと思ってた。

から「そこまでおかしなことでもないと思う」と書いてしまったわけだが。

学校テスト順位みたいな、明確な数字で表されるものですら、順位下の人間が上の人間

下ということにしてしまって叩くみたいな、そういう感じだった気がするし。

あと、学校という閉鎖的空間でのカースト関係を語るという文脈では、コミュニケーションってのは辞書的に使われてるんでなく

洗脳の言い換えみたいにカッコつけて使われることも多いように思えた。

説明文書いてテキトーに今までのオタク文脈を盛り込んで、適当にけもフレアレンジしましたってだけで引っかかりそうだねー

って感じはしたよ。単純な内容を小難しく装飾して偉そうに見せたりとかな。

うまく引っ掛けられてんだからそれでいいんじゃないすかね。

深みがあるように装飾された一切深みのない薄い木べらだとしてもですよ。

文体が嫌いだという面を除外して擁護するにしても、深みというかネタ半分だと思うんだよね。作者的には。

あれを深いとか言い出す不快ブコメおかしなだけで。

2017-03-14

いまだによくわからないけど、批評文脈とかではなくある作品セカイ系と呼ばれる条件ってクライマックス主人公感情トリガーとなって世界が終わったり別の世界になる描写があるってことなのかな

ピンドラセカイ系と言われたけれどシュタゲセカイ系ではないらしい

http://anond.hatelabo.jp/20170314125940

この世界線には無い画期的理論なんだ。それで何が悪いのだろう。

あらゆる研究、あらゆる仕事価値社会的文脈で決まるものだろう。

それとも金が無くて、自分社会的価値に拘っている俺はその分古い人間なんだろうか。

娯楽と政治は切り離せない

娯楽と政治は切り離せって意見をちょくちょく見る。

それは「娯楽作品に、政治的問題意識させる要素を入れるんじゃねえ」という作り手への批判文脈なこともあれば

「娯楽を政治的問題に結び付けて議論するんじゃねえ」という受け手への批判文脈なこともある。

いずれにせよ、非現実的すぎる。

娯楽は現実問題や難しいことからすっかり切り離せるなんていうナイーヴな考え方は捨てろ。

その二つは切り離せない。スポーツ政治も切り離せない。あらゆるもの政治は切り離せない。なぜなら人間のもの政治が切り離せないからだ。

政治の要素がなくただ快楽だけを味わえる娯楽もあるなどと以前まで考えてこられたのはおそらく、君の精神がまだ幼く政治的要素を認識できなかった上に、語り合う相手も同じくらい未発達な人に限られて、娯楽に含まれ政治に気づけなかっただけだ。

今もはや君の精神は成長し、更にインターネットによって無数の人間の考えを見るようにもなった。

政治と娯楽は切り離せないし、君は切り離せるという夢想の中で遊ぶこともできなくなったのだ。

娯楽に政治を入れる作り手を、「政治を入れた」というだけで叩くな。叩くならその描き口や政治スタンスを叩け。

娯楽を政治的に受け取る解釈車を叩くな。そこにある政治要素から目を逸らしてむずかしいことのわからない幼子のふりをするな。

これは、賢くなれとか政治に興味を持ち学べとかいメッセージではない。

君は既に賢いのだ。賢くなってしまったのだ。

めんどくさいことを考えられない気楽な愚者のふりをしようとしても、その欺瞞はやがて君を苦しめるだけだ。

これは自分を苦しませないようにという忠告だ。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313204005

なんかあまりにも自分がずれてるみたいだからぐぐったら

自分解釈ニコニコ大百科に近かった。



以下引用

「「オヤジ」とほぼ同義で使われ文脈や状況によって蔑称にも愛称にもなる。」

漫画ライトノベルなどでも、少し気の好い年配(30代以降)の男性キャラクターは大抵「おっさん」と親しみを込めて呼ばれるが、~」



上にも書いた通り対面で使う気は無かったが、ネットに毒されてんだな。気をつけよう。

http://anond.hatelabo.jp/20170313143800

文脈からして「浦安行ってネズミを見ること」に対してネガティブ意味付けをしていることは事実だろ。カマトトぶんなよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170310165628

サンキューです

大すき焼き展2・他 - パル

ところで文体についてですが、文脈です

なるへそ

さらに、ssig33氏のツイへの返信(ujihisa氏ご本人)


リンク先のLiveCoding#6が2009年開催だから8年近い歴史がある、すごい

一方、はてなの中ではブログ「パル」のブレイクを以て認知されたという感じかな

はてなブックマーク - はい - パル

たぶんこれが初ホッテントリ2014年

おっさんと同じようなニュアンス女性版が欲しい。

おっさん」って、呼ぶのも自称するのも親しみが出てる気がする。

前後に「キモい」が入ったら100%蔑称になるけど、文脈プラスなら親しみ100%にもなる。

BBA」はどんな文脈でも蔑称だし、自分で使えば自虐だ。

「おばさん」って言われたくない女性も多いし、「お嬢さん」はみのもんたレベルにならないと使えない。

なんか良い言葉が無いかな。



追記

「おばちゃん」は「おっちゃん」と同じニュアンスで、「おっさん」より庶民的いか

おっさん」程広く使えない。かしましい感じがある。

「おばはん」は関西弁じゃないのかな?その為か、関西の(特に大阪の)おばさんを指す感じがする。

もっとこう、「おっさん」みたいなニュートラル且つ、呼ばれても抵抗が無い呼称が欲しい。



更に追記

トラバ言い訳しといた。

2017-03-10

情熱ってなんだ

今の時代作品愛とか制作側の情熱がきちんと感じられるものでないと受け手に届かないとか何とか言われているが、

たとえば「制作側のやりたいことを情熱をもってやりきった結果作中のキャラの多数が無様を晒したり酷い死に方をした」みたいな作品ってそういう文脈だとどう判断されるのかなとふと思った。

作者の言いたいことを表現するために作中の登場人物が駒化してしまうこと(そしてそれが批判されること)ってよくあると思うのだが、そういう話こそ作者の主張やら情熱やらがうるさいぐらいに全面に出てしま場合も多いわけで。

情熱は認めるけどキャラに対する愛がないから云々」あたりで落ち着くのかな。

2017-03-09

ラ・ラ・ランドが日本で受けないのは君の名は。シン・ゴジラ外国で受けないのと同じ

ラ・ラ・ランドは綺麗な映像キャッチーサウンドトラックで彩られた童貞臭いストーリーという点では君の名は。に似ているし

古い音楽ロゴマークをそのまま使うほどの特定ジャンル過去映画へのオマージュという点ではシン・ゴジラに通じる

つまるところこの映画は最高に綺麗で最高にハイコンテクストなのである

製作者と文脈を共有する者にはとても面白いが共有しないものには退屈である

退屈であると美点であった映像の綺麗さは「ハリボテ」という汚名を与えてしま

よって他国人間にはつまらないと感じられてしまうのである

http://anond.hatelabo.jp/20170308213051

このスパムの人、文脈がどうあれ殺害予告がどうこうとかまで言い出し始めてるから、そろそろはてな規制や念のため通報とかしといたほうが良いと思うけど

イラッとしやす性格なのもやばそうだし

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