はてなキーワード: 今日とは
・・・でも、ユーザー数多いよね。会場数多いよね。昨日今日サービスInとは思えない。
(と言っても、モバゲーゲームランキングでは男性カテゴリーにギリギリ入っている程度の順位ですが。)
では実際どの程度の成果をあげているのかを、ちょっと前にソーシャルゲーム開発をかじったことのある立場として考えてみたいと思います。
なお、あくまで今までの自分の経験から勝手に想像しているため、実際の数値とはかけ離れている可能性が大いに考えられますのでご了承ください。
まずソーシャルゲーム運営では、DAUと呼ばれる値が重要視されています。(ググれば簡単な解説が出てきます。)
これは会員数とは別に、実際に1日に何人がそのゲームをプレイしたのかの値です。
ここからは推測。
直近で開催されていたバレンタインイベントにアクティブに参加していた人数を考えてみます。
順位をそれなりに気にしていた人のtwitterへの投稿を少し見かけたところ、およそ5~6万位程度まで居るようです。
下の方の数字はあまりのめりこまずマイペースに参加していた印象ですので、もう少し数を絞って30000位台の人あたりまでは毎日コツコツアクセスしていたと予想することにします。
ちなみに継続率(チュートリアル以降もちゃんとプレイし続けている)は、一般的に初日が50%前後、そこからだんだんプレイ日数が進むごとに下がっていきます。
100万人のうち、半分以上は数日のうちにプレイしなくなっているということになります。
平均金額についてはゲームによってまちまちだと思いますが、せいぜい数千円というのが一般的だと思います。
(モバマスがこの課金率や課金額の平均値に当てはまるのかは分かりませんが。)
ネットで話題になっている廃課金が、どれほど全体の平均値からかけ離れているのかが分かります。
数千人課金する中、一人で一日の売り上げの5~10%くらいをまかなっているわけですから。
そしてこの辺について意外と知られていないのかもしれませんが、アクティブユーザや課金率、金額はデイリーの値が重要視されています。
「昨日と比べて今日はこれだけ売り上げが落ちているのは何故か?」ということが毎日やりとりされ、
中期的なイベントに加え、イベントに有利なアイテムの24時間限定ショップがオープンするとか。
このような施策が事前告知も無く絶え間なく施されることになっているのです。
この先の予定について事前告知が無いため、これが射幸心を煽ることになっているのだと思います。
つまり限定ショップが現れても、近いうちにもっと少ない資金で本当に必要なものが手に入る可能性を考えて、
(実際バレンタインイベントでも、終盤に行くほどイベントを進めるのに有利なものを購入するショップが突然現れていましたし。)
色々書いてきましたが、一番注意することはごく一部の廃課金の金額につられて平均値を上回る金額をつぎこまないよう程々にしましょう。
ということです。
suterukami 事件, 司法
殺せ殺せの大合唱に負けた司法。此の件は事件の中身よりも司法側の方針の方が優先され過ぎている気がずっとしてる。そしてそのとおりの結果になった。2012/02/20
なあに、誰も証明責任なんか追及して来ませんよ。適当な気分で叫んどきましょう。」
sink_kanpf 不適切なブックマークを通報する 事件, 司法
結局、法で決したというより、多数決で決したという感じの裁判だったという感想。世論的には「理屈とか手続きとかどーでもいいからとにかく吊るせ」一色だったし。 2012/02/20
上記ソリューションのおさらいです!
「裁判制度について無知なアホのコメントみたいに見えるですって?
『印象』とか『感想』とかイノセントを装う言葉を選んでおきましょう。」
sillyfish 光市母子殺害事件, 司法, 死刑, 一部ブコメがひどい
人をくびり殺すことを「法相は"仕事"しろ」なんて表現する感性と"犬の交尾"がどれほど違うのか、私にはわからない。殺し屋モノか何かのつもりなの?/法相と刑務官にはサボタージュを呼びかけたい 2012/02/20
敵側が合法だったり適正だったりして言いがかりをつけにくい場合は
→とりあえず情感たっぷりに言い変えてみる。
→ばかばかしいと思うなかれ、なんでもやるだけやってみるのさ。
ex.
切断した死体の肉を噛み裂き血を啜る行為を「食事」なんて表現する感性、私にはわからない。
"犬の交尾"
(※突然「交尾」とか何の話してるのかわからない人のために解説すると
>犬がある日かわいい犬と出会った。・・・そのまま「やっちゃった」・・・これは罪でしょうか
のこと。
思いだして欲しい、あなたは小さい時に誰かに頼まれたりしてとお願いされてした事で怒られた事はないだろうか
もしかしたら嫌だったけれど断れなかったのかもしれないし、単に怒られるような事だとは想像もつかなかったのかもしれない
そしてこんな風に怒られる「○○君にそうしろって言われたら何でもするの?先生が死ねって言ったら死ぬの?」
誰も死にたくはない、むしろこれは死にたくなかったからこそ他人の指示に対し自分で考える事なく従ったという側面も
あるのではないだろうか、幼い子供にとって親の存在は計り知れない程巨大だ、親にとっては大したことのない一言が
酷く子の精神に影響を与えもする、例えばこんな光景を見た事がないだろうか
と、誰しも一度や二度、いやそれ以上このような事を言われ泣き叫び許しを請う子供の姿を見た事はあるだろう
子供にとって親は絶対だ、従わなければどうなるのか、産まれてきたばかりの幼子は、親から見放されるという事が
即ち死を意味する事を本能的に理解できていて、必死でしがみつき傍に置いておいてもらおうと懇願する
そして、恐怖から逃れるために、従う事を覚え、親の言う事に対し判断する事や疑う事、自分の頭で考えて
本当に従うべきなのかどうなのかを考える事をしないようにする、なぜならそんな複雑な思考をまだ大した経験もない
小さな子供が行っても時間がかかるし、そもそも簡単には答えはでないし、判断の元となる経験がない
そんな思考をしている余裕があったら、怒られないようにするにはどうしたらいいか、そして“そのまま従う”事で
恐怖という問題から自分を守る、そもそもそうするのはよく聞くように“まだ分別のつかない子供”だからである
そしてその分別のつかない子供が“他者に従う事”を自分の判断で答えがでない事に対して適用しはじめる
それが、前述した「○○君にしろと言われたら何でもするの?」の答えだろう
決して何でもするわけじゃなく、自分の知識と経験で判断できない事だから従ったまでであり
死は生命の本能として理解できるからこそ自分が死ぬような依頼に対しては拒絶できるのだと思う
そして悲しきかな、幼児や児童はこういった思考に基づいていたとしてもそれを説明できるという事は稀であろう
それでは、親の立場になりもしかしたらしてしまっているかもしれない虐待、洗脳について考えてみよう
もしあなたに子供がいるならその我が子に対し何かを強制したことはないだろうか?
人間の子供はとても弱い、また弱く生まれる事で社会能力を吸収する期間を設けたともいえよう
そんな大事な吸収期間に強制を強いられた子供は何を身につけるだろうか
例えば、泣き叫ぶ我が子を無視したり、他の事を優先し後回しにし放置し待つ事を強制した後に面倒だなと感じながらあやしたり
例えば、親の都合、親の価値観で、託児機関に預け父母との別れの悲痛な悲しみを与え強制的に他人の下に預けたり
例えば、断乳、親の都合で設定した期間、個々の子供の成長速度を無視し周囲に合わせた機関が妥当だろうか
例えば、食事の強制、貴方の栄養管理が妥当だろうか、子供の舌は添加物などに敏感なのかもしれない
本当に必要な物を不味いと感じるだろうか、また逆に美味しいといって食べ過ぎる事から予想される弊害もある
例えば、教育の強制、お習字やそろばん、ダンス、水泳など、本当に行きたくて行っているだろうか、塾に行かせる理由とはなんだろうか
悲しい事だが、一緒に居る時間を減らす目的で教室や塾に行かせる親も居る
本当に子供のためになると思っての強制だろうか、また嫌々やった事でその子の身に付くのだろうか
例えば、子供はあなたが主観で選んだ玩具をすぐ飽きるかもしれないし、子供が自分で選んで買った玩具もすぐ飽きるかもしれない
飽きてはいけないのだろうか、飽きてなお面白くもない玩具で遊ばなければならないのだろうか
飽きるという事はその玩具の性質を理解したからじゃないだろうか、いつまでも何十年も飽きなかったらどう思うだろうか
また、もっとその玩具で遊びたいのに正当な理由なく時間規制を設けてそれを強制していないだろうか
子供は幼少期に満たされない満たされる事がないと判断した欲求を覚えると、成人後自分の自由でその欲求を満たそうとしても
満たせない可能性がある。テレビゲーム等の遊ぶ時間に厳しい規制があった人ほど、一生飽きることのないゲーマーになるのでは
ないだろうか
例えば、お手伝い、将来できないと困るという理由で本当は自分が楽したいという思いを達成していないだろうか
なぜ、皿を洗う必要がある、なぜ掃除をする必要がある、なぜ他人を助ける
自分のため、他人のためにそうしてあげたいという気持ちがあったからこそ生まれた人間の行動ではないだろうか
頼まれたからしなければならないのでもないし、命令されたからやらなければならないのでもない
それらの行動が自分また誰かの為になると思ったからこそする行為であり、人が人であるなら自然に発生する気持ちである
それらの気持ちが自然に発生するのを期待し待つ事をせずに、押し付けられ精神の発生過程にまで指令を下されたら
そうしてあげたいという気持ちが出て来難くなるのではないだろうか
してあげようと思っていたのに、言われてしまうとやる気がなくなるという気持ちはだいたいの人に経験があるだろう
その貴方の中に自然に発生した“言われるとやる気がなくなる”という気持ちが確かなものなら、きっと貴方の子供も
同じように思うはずだ、たとえ、たとえ自分の言葉、自分の文章構成能力でそれら意思を明確に親に伝える事が叶わなくても
世の中には様々な強制がある、どうして我が子にだけは怒りや不満の感情や、身体的痛みを与えたり想像させる事で強制してよいのだろうか
確かに子供は見境なくあっちへそっちへ勝手に行ってしまうかもしれない、親が安全を管理した危険の無い空間に留める目的で、子供を移動したり
柵を設ける事とは意味が違う、それらをしなければもっと危険な状況に陥りかねないからだ
では、果たして自分より強制力のある存在、保育園では保母や保育師、幼稚園教諭、学校なら先生、クラブなら監督やコーチ、塾なら講師
社会に出れば、上司や先輩、それらの自分よりも支配力のある人間に従う事、命令通りに行動する事が全て正しいのだろうか
自分の判断は介さないようにした方が自身の為になるのだろうか、確かに、判断材料に欠けたり判断の時間がなく言われた通りにしなければ
ならない事をあるだろう、しかし本来の目的と違っていたり、当初の約束とは違う事を貴方は支配者から要求されるかもしれない。
貴方は“貴方自身”を大事にしているだろうか
例えば、お使いや使いっ走りを貴方の意思を問うことなく頼まれたり命令されたり
例えば、何か他の誰かに迷惑になるような行為を業務上させられたり
例えば、人格を否定されたり
確かに、自分で考えることなく上からの指示や強制、命令を疑う事なく実行する能力は、奴隷として非常に優秀かもしれないし
統率者の倫理感、目的達成能力、社会正義に適っていて、貴方の想像を超えて貴方自身にとっての幸福にもなるのなら良いのかもしれない
しかし、どうだろう
筆者の主観かもしれないが、言える所で本当の気持ちを言ったり、不満ばかりがたまっていないだろうか
貴方は貴方の本当の気持ちを大事にしたいからこそ、そういった本音や不満がでるんじゃないだろうか
何かが間違っている、そう何か漠然とした思いがあるんじゃないだろうか
共感、他者を感じる事、他社の気持ちを自分のことのように感じる事
他人の喜びや楽しみを自分のことのように喜び楽しみ、他人の悲しみ、苦しみを自分の事のように悲しみ苦しむ
そんな人として大事な感覚をなぜかあまり使わないように使わないようにする親子関係が非常に多いのではないだろうか
社会生活は複雑で多重に絡みあっている
何かの社会的生活様式や行動を子供に理解させるのは非常に難しいので
本来の順序説明が面倒になり端折って、簡単な怒りや痛みから守る事を動機にした
行動の理由説明をした方が楽なのかもしれない
貴方は怒る時、怒る感情の理由や前提として
気持ちの奥底に“悲しみ”がないだろうか?
例えば、子供がそんあ方向に行ったら大事な子供が怪我をするかもしれない
例えば、そんな計算能力や文字の汚さでは将来誰かの為に何かしたいと思った時にそれをできないかもしれない
例えば、食の偏りが身体の健全な発達を阻害して、不健康等の元となり病気などで苦しむかもしれない
きっと、それらの起こりうる未来を想像し自分も悲しくなるし、子供にそんな思いをさせたくないと思うから
親として教育しなければならないと思っているはずだ
子供は自分が素直で正直である以上に、親である貴方にも素直で正直であることを望んでいる
大人になると他人の前で悲しんだり涙を見せるのは、恥ずかしい事かもしれない
でも子供の前ではどうか素直になってほしい、正直になって欲しい
たとえ貴方の説明が難しくて理解できなくても、表情や態度から何かもっともな理由があるのだろうと理解するだろうし
そういった経験がいずれ本当の理由を理解する時の助けになるはずだ
まず、親である貴方自身が自らの“悲しみ”“苦しみ”に素直になって、そう思うからこそ
子である貴方にもそんな思いはさせたくないと、させたくないからこそそうして欲しいんだと伝えてあげて欲しい
そして、これを読まれている貴方は、既にそんな時期はもう過ぎた、子育てはもうしてしまった終わったよと思う方もいるかもしれない
そうならば、貴方の娘や息子も貴方と同じ苦しみを将来の子育ての中で感じるかもしれないし、子育ての最中であるなら
今まさにそういった思いを感じているかもしれない
人はコミュニケーションを取る動物だ、その能力だけで今の社会を築きその恩恵に預かっていると言えなくもない
是非、素直な気持ちで過去を振り返り、その思いを子や娘と共有して欲しい
ここまで読んだ貴方にはその勇気がある、過去を振り返り、もし乗り越えて成長したいという思いがなければ
こんな駄文をここまで読む事はなかっただろう、人はいくつになっても成長できる
よりよい自分を想像し、また過去を振り返り思いを共有すべきだと考えるからだ
そう考えるからこそ他人の書いた文章を読み、自分の経験と照らし合わせ、そして何かを得ようとしているじゃないか
僕は貴方が本当にしたい事をすべきだと思うし
みんながそうあるべきだと思う
どこかで何かが少し噛み合わなかった事で、自分で考え、自分で判断し、自分の思いを成す事を
阻害してしまいっている要因があるのなら、それは自分の手で取り除く事ができる
とても勇気の入る事だ、自分自身を振り返るただそれだけでも既に多くの勇気を振り絞っただろう
メール、手紙、チャット、電報、FAX、また人から人へと間に人を介して伝えたり
人は様々なコミュニケーション手段を持っている
貴方が貴方の思いを誰かに伝えるだけでも、貴方は成長できるだろう
それは今日かもしれないし明日かもしれない何ヶ月後、何年後かもしれない
私が私らしく貴方が貴方らしくあるべきであるように、皆がそうあるべきだ
自分に正直に、自分に素直に、そして周りの人間にも素直に正直に
そういう世界を創っていこう。
@awaikumo
互いに互いの墓穴を掘り合うその汗と涙と血とよだれの様なるや、幼子が庭先の石を裏返し、産まれてはじめて見るゲジである。
はじめは怯えてそのまま泣き逃げ、次第に驚き石を力いっぱい戻すようになり、次第に靴の踵で重みいっぱい踏みつけるようになり、いやな虫を我が身で殺したという達成に湧き上がる歓びが心を潤していく。
「そんな仕様」ってどれの事?
教えてくれると嬉しいんだが。
ほしい物リストの物って基本的に頼み込んで贈ってもらったわけじゃなければ他人が勝手に発送してやるものだよな?
操作を間違って自分で注文したとしたら、注文確定メールも発送メールも来ないしアカウントサービス内に痕跡がないのはおかしいんだよな。
自分でちゃんと注文した今日届くはずの商品は発送メールも来たし、アカウントサービス内に情報がちゃんと表示されてるし。
宛先はちゃんと自分宛。
(Amazonには宛先情報を多少変えてある登録してあるんだけど、ちゃんとその多少変えた宛先で来た。
この事は誰にも言ってないので、知り合いがやったイタズラでもないはず。)
「やってくれると思ってたのに」とか「やってくれないから」などと
言い出すのにそろそろ私の気持ちの限界がきている。
私が新入社員の時からその上司と部下の関係になって早3年になる。
私が新入社員の頃から正直、指示や命令などが少なく、その上司をまたいでその上の上司(課長)から指示を受けるということが多かった。
それも本来は直属上司がしてないといけない仕事が新入社員の頃から私にまわってきていた。
その上、それについて何も連絡もうけてないのにいきなり「今日期限の仕事は出来てるか、聞いてるか」とその上の上司から
言われて初めてしったということもいつものようにあり、なぜか私がやらされるはめになっていた。
それについて強く上司にいっても「うん、わかった。」「ありがとう。」などといって終わり。
それでもあんた上司というか社員か!!と言いたいのを我慢してきた。
それがどんどんエスカレートしてきて、上司が自分でするといっていて途中までしかしてなかったことも
「やってくれると思ってたのに全然してくれないから」などと言い出してきて、さすがにきれそうになった。
そりゃあ、指示待ち人間になっているかもしれないが指示も命令も連絡もなければ動きようがないだろう・・・。
何も知らない人間がなんでもしていたら、それは人間じゃないだろ・・・。
その上、上司に仕事上私では調べようがない必要な質問すると「俺もわからないから」といわれる始末。
「だって、どうしたらいいかわからないし、やり方わからないもん・・・。
〇〇(←私)にやってよー。」とか言い出す有り様・・・。
なにかあると「教わってこなかったもん。大学行ってないから学んでないもん。」とか
言い出すのは本当にやる気をそがれるからやめてほしい。
社会人になって教えてもらえないのを理由にしてはいけないとまだわからんのかと・・・。
その上本部から新しく教わったことを覚えてくださいというと、「別にいいよ、〇〇がやってくれればいいもん。」と。
私がいなくなったら誰がするんですか。担当社員はお前か私しかいないんですがと。
私が異動になったら、あんたが教えないといけないんですがと・・・。
そんな私の気持ちが表れていたのか、部長に「この頃元気ないけど大丈夫か?」と言われ、
個別に応接室に呼び出されて
「Aの部署の仕事、好きか?人事にもまだ何も話もしてないし、君のところの課長にも何も相談していないんだが、
もし好きじゃなければちょうど人がいなくなって他のBという部署が困っていて、
君なら能力もあるし、能力を発揮できると思うからやってくれないか」
と言われたりもしました。
ただ仕事自体は今の部署の仕事が好きなので、評価はありがたいけど丁重にお断りしました。
今日も叩きを続けるwww
みじめな思いを紛らわせるために、ネットでさらに境遇の悪い人を見つけて安心する。
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm5461653とか。
古い動画だけど、出てくる人は同い年。
「うつで休業とかかわいそう。
・・・って。
でも、こんなストレス解消法間違っている気がする。
どうしたものか。
共用ロッカーに、コートをかけたのだけど、いつも使うロッカーの隣のロッカーにした。いつも使っているロッカーに、人がいて開け辛かったので。
そしたら、職場の同僚に、「今日あなたが使ったロッカーは私が使っているロッカーで、私物も入っている。これからは気をつけて」
的なことを言われ、私のかけたコートも、いつものロッカーに移されていた。
私は共用ロッカーだと思っていたので「いつも、空いてるロッカーに適当にかけてるんですけど……」と言ったら、スルーされた。
ロッカーにはネームプレートもないし、共用のロッカーだと思っていたので、毎日適当に開けて使っていた。もちろん私物なんて入れてないし。
ちっちゃいことを、人前で注意され、ちょっとムカついた。
専用ロッカーにしたんだったら、ネームプレート付けておくとか、鍵をかけておくとかしろよー
うちの会社ってなあなあだ。
タイトルが若干意味不で申し訳ないのですが、先日SI下請け業者のSEのオッサンがうちのPMにクソほど怒鳴られていたので感情の赴くままに書き残す。
当方製造業のシステム部門でプロパーとして働いている。もう6年になる。
業務システムを自前で作っているわけだが当然システム部門だけで作るわけではなくシステム子会社や外注や派遣さんなどと一緒にわりとでかめのプロジェクトを進めている。
で、うちの外部SEが作った仕様書に対する叩き方はいつもこうだ。
「業務を理解しているのか。要件はユーザーに確認したのか。」
「いい加減なことを言うな!!」
要件って本来はプロパーがやるべきことなんだけど、システム規模のでかさとプロパー要員の都合からシステム子会社も同じ立場でやっている。
アサインされたばかりの子会社のオッサンでも関係ない。お前は本当にうちの業務を理解しているのか。他部署のキーマンに確認したうえでこの仕様を作っているのか。うちの製品を理解しているか。製品の歴史を理解しているか。工場での現場作業を理解しているのか。いやいやいやいやいやいやいやそんなん無理やんか、外部のオッサンに無理やん、プロパーほど知ってるわけないやん、(おれもそんなに知らんし)、いやいやいやいやいや勘弁したってくれや理解しているていのお前が調べろや、ていうかおれらが調べようや。
そして具体的な指示は出さない。協力的な提案もしない。整理して調べて確認して仕様書を書いてこいとしか言わない。一つでも不明瞭なところがあれば怒鳴り倒してやり直し。再レビューを何往復もさせる。そして納期が遅れる。品質はこれで上がっているのか知らない。外部SEさんたちは狭いタコ部屋に詰め込まれて毎晩遅くまで仕事している。すいませんという言葉が無意識的に何度も口をついて出るようになっている。
料理で例える。
オーナーの叩き方はこうだ。
「我々はお袋の味を出したい。でもお前の料理は全然お袋の味になってない。
お前はうちの死んだお袋の味を理解しているのか。
うちの兄弟や親戚たちに味の要件を確認したのか。」
「いい加減なレシピを作るな!!」
いやいやいやいやいやいや知らんやんか、おまえんちのお袋の味なんか知らんやん。
作っても作ってもお袋の味じゃないと叩かれる。ベテランの料理人がプロとして作ってきた味をオーナーの感覚に合わすなんて、これがプロの料理人としてやるべきことだったら僕は自分がいいと思う味をお客に自信を持って出したい料理を出す。僕だったら嫁子供がいて給料が0になってもやめるわ。精神衛生上死ぬ。
感覚に近い非言語的な味なんか正確に人に伝わるはずがない。頭のよさや経験や料理の腕だけでそこがカバーできるのか疑問だ。知らんやんは逃げ言葉なのか、頭悪いからなのか、能力が低いからなのか、根性がないからなのか。いやオーナーの要求が理不尽だろ、叩いて叩いてなんとなーく近い味が出てくるのを見越しているならばオーナーは料理人をバカにしすぎだ。人の人生をなめすぎだ。
料理人は自分の考えた味を自分のポリシーと感性に則って提供することが本来のあるべき姿だろう。それで売れなかったらまた試行錯誤すればいいし、売れれば成功してお金持ちになればよい。修業期間は置いといたとしても、人にどうこう言われて作って雀の涙ほどの給料もらい続けるなんて、そんなプロの仕事があるのか。僕はできない、プロとして自信が持てない、ノタレ死んでもいいから自分の味を自分で考えて自分の感性に基づいて料理を提供したい。メニューも自分で考えたい。店の内装も自分で考えたい。その上で実力がなければ極貧の中でも試行錯誤し続ければよい。僕はそういう人生を選びたい。
で、僕らプロパーの下々はそんな光景を黙って見ている。あー今日も怒鳴られているなと思いながら見ている。当然仕事に集中できない。
もちろん僕らも同じように厳しく怒鳴られるんだけど、外部のSEさんには酷な話かなと思ったのです。
おまえががんばれやって、はいそうですね。
まだ6年目だからこんなこと思うのかもしれないし考え方が甘いだけかもしれないけど僕はSI下請けは何があってもやりたくないと誓ったのでした。そして趣味でやっているアプリ開発がとんでもなく高いモチベーションでさくさく進むのでした。
何このダメ教師。
子ども同士のもめごとを本人同士で解決させない、
これで副校長!と驚いていたら、
政治が上手いんだとわかった。
子どもに対してすべきでない・してほしくないことばかり。
子ども・家庭支援の発想を持っている人が多い。
というか少なくとも子どもへの良い接し方を教育課程で学ぶ機会がある。
変わった担任もいたけれど、
1クラスにかかわる人数が多いので、なんとかバランスが取れていた。
ところが小学校に入ったら、1人の担任が数十人の面倒を見る体制。
そう聞くたびに心が痛むが、
早くクラス替えを望むけど、次はどんな教師がくるのやら。。
本を置き忘れてしまったからさ、今日たぶん置き忘れてしまったであろう店に確認しに行ったんだ。
総合案内には忘れ物として本が届けられてた。自分が買った本、小説二冊だったんだけど、カバーも掛けてなくて買ったまんまの状態だった。
レシートもあったし、本当に自分が買った本であるように思えたんだ。
なのにさ、届けられた日時が合致しなかった。自分は昨日置き忘れたんだけど、その本は一週間近く前に届けられてた。
自分の本じゃなかったわけだ。仕方がない。諦めるしかない。思おうとするけれど、どうしようもない事だけど、なんか歯がゆい。釈然とせんのです。
文庫本だよ。SFとヤングアダルトちっくな本ですよ。そんな組み合わせ、買う奴いるの? いるだろうけどさ、すっごい悔しい。気落ちする。
本はさ、たくさん集める人だと所持欲求に対象にもなってるんだよ。積読ばっかでしばらく読めそうにないけど、それでも手元に置いておきたいんだよ。
約1,500円無駄にしたことも痛い。加えて昨日はマックのカフェラテまで一口の付けないままぶちまけちゃったしさ。
散々な気分だ。そりゃ周りにあるその他たくさんの散々なことに比べたら程度の浅いものでしかないでしょうけども。
でも、自分にとってはかなり堪える出来事だったなあ。虚しい。
そのときすうっと霧がはれかかりました。
どこかへ行く街道らしく小さな電燈の一列についた通りがありました。
それはしばらく線路に沿って進んでいました。
そして二人がそのあかしの前を通って行くときはその小さな豆いろの火はちょうど挨拶でもするように
ぽかっと消え二人が過ぎて行くときまた点くのでした。
ふりかえって見るとさっきの十字架はすっかり小さくなってしまい
ほんとうにもうそのまま胸にも吊されそうになり、
さっきの女の子や青年たちがその前の白い渚にまだひざまずいているのか
それともどこか方角もわからないその天上へ行ったのか
ぼんやりして見分けられませんでした。
ジョバンニはああと深く息しました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。
僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば
僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」
ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」
「僕たちしっかりやろうねえ。」
ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」
カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。
ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。
天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです。
その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えず
ただ眼がしんしんと痛むのでした。
ジョバンニが云いました。
「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。
きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。
どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」
「ああきっと行くよ。
ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。
みんな集ってるねえ。
あすこがほんとうの天上なんだ。
あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ。」
カムパネルラは俄かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。
ジョバンニもそっちを見ましたけれどもそこはぼんやり白くけむっているばかり
どうしてもカムパネルラが云ったように思われませんでした。
向うの河岸に二本の電信ばしらが丁度両方から腕を組んだように赤い腕木をつらねて立っていました。
「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」
ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見ましたら
そのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えず
ただ黒いびろうどばかりひかっていました。
ジョバンニはまるで鉄砲丸のように立ちあがりました。
そして誰にも聞えないように窓の外へからだを乗り出して
力いっぱいはげしく胸をうって叫び
もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。
ジョバンニは眼をひらきました。
もとの丘の草の中につかれてねむっていたのでした。
ジョバンニはばねのようにはね起きました。
町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴ってはいましたが
その光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。
やっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかり
まっ黒な南の地平線の上では殊にけむったようになって
そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。
ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。
まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。
どんどん黒い松の林の中を通って
さっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。
そこには誰かがいま帰ったらし
くさっきなかった一つの車が何かの樽を二つ乗っけて置いてありました。
「今晩は、」
ジョバンニは叫びました。
「はい。」
白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。
「何のご用ですか。」
「あ済みませんでした。」
その人はすぐ奥へ行って
一本の牛乳瓶をもって来て
ジョバンニに渡しながらまた云いました。
「ほんとうに、済みませんでした。
今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから
大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」
その人はわらいました。
「ええ、どうも済みませんでした。」
「いいえ。」
ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。
そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になって
その右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった
大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。
ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談しているのです。
ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。
そしていきなり近くの人たちへ
「何かあったんですか。」
と叫ぶようにききました。
「こどもが水へ落ちたんですよ。」
一人が云いますとその人たちは一斉にジョバンニの方を見ました。
ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。
橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。
白い服を着た巡査も出ていました。
その河原の水際に沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。
向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。
そのまん中をもう烏瓜のあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。
河原のいちばん下流の方へ州のようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。
ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。
するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。
マルソがジョバンニに走り寄ってきました。
「どうして、いつ。」
「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押してやろうとしたんだ。
するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。
そしてザネリを舟の方へ押してよこした。
ザネリはカトウにつかまった。
けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」
「みんな探してるんだろう。」
「ああすぐみんな来た。
カムパネルラのお父さんも来た。
ザネリはうちへ連れられてった。」
ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。
そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖ったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着て
まっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。
みんなもじっと河を見ていました。
誰も一言も物を云う人もありませんでした。
ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。
魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして
黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。
下流の方は川はば一ぱい銀河が巨きく写って
まるで水のないそのままのそらのように見えました。
ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいない
というような気がしてしかたなかったのです。
けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、
「ぼくずいぶん泳いだぞ。」
と云いながらカムパネルラが出て来るか
或いはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて
誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。
けれども俄かにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。
ぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのです
と云おうとしましたが
もうのどがつまって何とも云えませんでした。
しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが
「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」
と叮ねいに云いました。
ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。
「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。
「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日大へん元気な便りがあったんだが。
今日あたりもう着くころなんだが。船が遅れたんだな。
ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」
そう云いながら博士はまた
ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに
お父さんの帰ることを知らせようと思うと
もう一目散に河原を街の方へ走りました。
普通に起きてられる人が羨ましい。
勉強してても途中で寝てしまうから勉強の効率がものすごく悪かった。
寝て起きて寝て起きて…何回も巻き戻して受けられる代ゼミのサテラインに助けられた。
ただ自分が怠惰なわけじゃなくて障害だったということがわかってほっとsたけど、
一人ひとりに説明することじゃないし、誤解されてる状態は継続。
今日も会議中に眠くなり、唇噛んだり爪をたてたりしたけど数秒ガクッといってしまった…
本当、普通に「起きていられる」人が羨ましい。