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2016-05-29

夏目漱石の「私の個人主義」について

読書会夏目漱石の「私の個人主義」を紹介するための、原稿です。

<コ:ミ <コ:ミ <コ:ミ

夏目漱石の「私の個人主義」という本を持ってきました。

漱石といえば、「吾輩は猫である」や「こころ」が特に有名な小説家です。

彼は日本代表する小説家というわけで、

書簡集。つまり手紙文語本になっていたりします。

私の個人主義」は講演をまとめた本です。

169ページなんですが、5つの講演が収録されています

1つの講演は30P~40Pですので、ページ数から考えると、

比較的読みやすい部類に入るかと思います

タイトルの「私の個人主義」というのは、大正3(1914)年11月25日学習院で行われた講演のタイトルです。

漱石1916年12月に亡くなったので、亡くなる2年前程前の講演です。

5つのから、「私の個人主義」について、内容をご紹介します。

学習院で行われた講演ということで、若い学生対象にしていたようです。

彼の反省と学びについて、紹介しています

漱石学生だった頃、卒業する直前までどんな職業につくのか決められなかったそうです。

たまたま学習院教師に推薦してもらえる事になるのですが、

結局、他の人が採用されます

漱石は「今と違って就職は大変楽でした」と語っているのですが、

高等学校と高等師範から、同時に声がかかります

彼はどちらにも半分承諾するような事を言いました。

いい加減な事をしたわけです。

呼びつけられて、怒られるのですが、結果高等師範に行く事になりました、

行ったはいものの、「自分の不向きである」という思いがあり

一年松山にある中学校に赴任します。

が、松山にも一年しかいませんでした。

以降、熊本に落ち着く事になります

熊本教師を続ける中、文部省からイギリスへの留学を勧められます

彼は断ろうと思いました。

なんの目的も持たずにイギリスに行ってもしょうがいないと思ったわけです。

結局、教頭先生に勧められ反対する理由がないということで、イギリスに行くことになりました。

「そんなあやふやな態度で世の中へ出て、教師になったというより教師にされてしまったのです」と言っています

彼の心境は非常に苦しいものでした。

「腹の中は常に空虚でした」とか

「この世に生まれた以上何かしなければならん。といって少しも見当がつかない」

色々な言葉を使って繰り返し苦しさを訴えています

彼はイギリスに行った以上は!と努力しました。

そして、今までは他人本位で、そこいらをでたらめに漂っていたから、駄目であったという事に気が付きます

彼は自己本位という言葉を手に入れました。

この喜びを

「そのとき私の不安は全く消えました」や

「ようやく自分鶴橋をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです、」など

色々な言葉で繰り返し嬉しい気持ち表現します。

そして、学生に対して、同じような悩みがあるのでは?と強く訴えます

貴方がた自身幸福のために、それが絶対必要じゃないかと思うから申し上げるのです。」などと言うのです。

自己本位必要なのでは!?という漱石の熱い語りは、もしかしたら彼のイメージと異なるかもしれません。

彼が人に流されて生きてきた。

その腹の煮え切らない不愉快気持ちと、そこから解放された実感は私にはよく理解でき、感動すらしました。

ここまでが第一部の内容です。

個人主義自己本位というと、自分勝手にふるまうような事をイメージされるかもしれません。

漱石はその事を否定します。

自分自我尊重するのであれば、他人自我も認めなければならないといいます

講演を聞いている学習院学生というのは、今よりも強い意味を持っていました。

お金権力を持つ事になる人たちでしたから、

気に食わない相手を懲らしめるために人を買収したり、妨害する事が可能なわけです。

彼は所属する団体立場に基づき判断せず、理に適っているかどうかで判断する事が必要だといいます

彼の考えは、自分存在尊敬し、他も同じように尊敬する。

団体を作って、権力お金のために盲動しない。というものでした。

素晴らしい考えだと思いますが、漱石は淋しい気持ちがある事を吐露します。

理に適っているのかで行動を決める事、そして他を尊重する事から

ある時は、人がばらばらになってしまうと言います

漱石の中期~後期の作品個人主義の目覚めとこの淋しさを書いたと理解しています

特に、後期の作品にあたる「こころ」は淋しさががよく出ていると思います

淋しいというしこりが残る形ではありますが、個人主義という考え方を

論理だけでなく、感情をまじえて教えてくれるというのが私の個人主義漱石の魅力だと思います

以上

http://anond.hatelabo.jp/20160528231708

違うよ。日常生活はうまくいっていて特に不満もストレスもない。他人と何かを作り上げたり、体を動かしたりする趣味もある。

ただネット上ではいろいろと問題のあるニュース事件、人物、団体話題になるから純粋正義感からスルーができない。微力ながら頑張って少しでもダメージのある叩きかたができるよう日々努力している。本当に微力だけどな。

俺のコメントで世の中をよくしたい。それが俺の願い。

「あの日」を読んだけど。

だいぶ前に読んだ。読み返すほどの価値を感じないので、初読の印象のみで感想を書く。読み込んではいないので誤解や誤認もあると思う。

自分理系ではないけど、物理生物化学の本が理路整然と書かれていれば、難しい定理公式はともかく、内容はわかる。でも小保方さんがこの本の中で、自分研究内容を度々紹介しているんだけど、なんと言えばいいのかな、「同じ分野を研究している人にはわかるけど部外者にはよくわからない」感じの説明になっていたように感じた。一般の人に向けて出版するつもりの本に書くような親切な説明ではなかった。彼女なりに平易な表現で書こうという努力をしていたのはわかった。でも「教科書通り」でもなく「彼女なりの理解」でもなく、どこかから借りてきた、上っ面だけの内容に見えた。それだと部外者だって何が言いたいのかさっぱりわからないのだ。

さりとて専門書に書くとすると説明足らずで稚拙な書き方だった。まだあんまりちゃんと研究してない学部生が、同じゼミの子たちと「ねーねー今度のレポート課題ってこんなんだよねー?」なんてランチタイムに喋っているような感じかな。あくまでも私個人が受けた印象ですが。

そして、小保方さんご自身の、研究に対する姿勢も、その印象のままなのではないかなと感じた。一般の人にはわかりにくいような高度な内容を研究している割に、専門家としての認識自覚があまり足りていないような。

繰り返しになって申し訳ないけど私は理系ではない。でも自分の興味の範囲学術論文を数十本読んだりしてきた。研究者の知人も数名いる。

彼らの仕事ぶりも知っているし、書いた論文を見せてもらったこともある。みんなすごく真剣データとってそれをまとめて精密な論文を仕上げていた。

翻って小保方さんはどうかというと、自分が書いた論文瑕疵があったら後から言い訳をするだけで、書き直す機会を与えられてもそれを生かすでもない。

私のような素人でも、論文に使う図表や画像を他から持ってきてしれっと使うのはどうなの?と疑問に思う。

その程度の人が飲み会の席上で、酔った勢いで「ハーバード留学したいですぅ〜」と口走ったらそれが実現しちゃう

アカデミアってそれでいいのか。

彼女自身無自覚に加えて、周りの環境がそれを是正できるほどシビアではなかったことが、一連の騒動の背景にあるんじゃないかなと思いつつ読了した。

ナントカ細胞真相とかそんなんはもはやどうでもいい。行く必要のなかった人、行っちゃいけなかった人がハーバードに行っちゃった。それだけの物語だったんだと思った。

婦人公論もちら読みしたけど、寂聴が小保方さんを擁護して励まして、それに小保方さんが「わかってくれる人がいてよかったですぅ〜」と同調しているだけの中身のない記事だった。

外に出るのも怖いとか言いながら、髪をぐるんぐるんに巻いて、膝上ミニワンピースを着て、首をかしげカメラ目線写真におさまる小保方さんを見ていると、なんつーか、本当に、なんであん研究者とか目指しちゃったん、としか思えなかった。

研究者はおしゃれしちゃいけないとかじゃないですよ。

でもねえ、論文体裁を整えるよりも自分体裁を整える方に興味がある人は、そんな仕事やる必要ないし、そのことを売りにする資格はないでしょう。

正論じゃ救われない。

東大文学部卒おばさんが、何がもったいないのか解説するよ

http://anond.hatelabo.jp/20160524012315

久々にはてなを開いてこれを読んで、やっぱり増田っていいなと思い、久しぶりに書きたくなった。

当方、今回の学歴論争のキッカケになったブログ主と同じ大学出身男性



学歴に関しては、色々言われるよ、やっぱり。

同じ大学を出た人と比べると給料の低い仕事に就いてるから、「もったいない」的なことを言われたこともある。

そういう言葉が気にならないといえば嘘になるけど、自分としては納得して職業選択してるので、楽しく生きてます

しろ大して中身もないのに出身大学言っただけで一目置いてくれる、っていう役得も同じくらい大きいと思う。

ハードル上げられるのは辛いところもあるけど、「やっぱり」とか「さすがだね」って言ってもらえるように頑張ってる。



ところで、ブコメ散見された、以下のような意見

自分が決めたことなんだから他人がとやかく言うことじゃない。そんな気にしないで好き勝手やればいいじゃない」

正論だし、議論は最終的にこれに行き着くと思う。

でも、いわゆる「学歴逆差別」に悩む人は、こういう正論じゃ絶対に救われないんだよね。



俺の同期の話なんだけど、この「逆差別」に悩んだ結果、

ネットワークビジネスマルチと言われたりもする)にガッツリはまっちゃった人がいる。

そのはまったキッカケってのが、その同期が学歴逆差別に悩んでた時に、

「このビジネス学歴とか関係なく稼げるよ」

学歴なんて関係ない、みんな仲間なんだよ」

っていう勧誘が心に響いたこと、だったらしい。



これは根の深い問題だと思ったよ。



その同期は勤めてる会社出身大学で変に持ち上げられて、疎外感とか、孤独を感じてたんだ。

(その人の態度に依るところもあるかもしれないけど)

でも、そういう人ほど「出身大学」が自信になってて、心の拠り所でもあったりするんだよね。

救いを求めてそれを自ら投げ捨てて、余計に自信がなくなって、薄っぺら人間関係に寄りかかる。

結局何ひとつ救われてない。



何でこんなこと書いたのかというと、元のブログが消えちゃってたから。

「ああ、このブログ主は救われなかったんだな」と思ってしまたから。



「じゃあ、どうすればいいんだよ」と言われると何も言えないし、

その同期に対して何かしようとも思わない。(割と冷たい人間なのです)



でも、ひとつ言いたいことは、学歴だけを特別能力と思わないでほしいってこと。

俺は人に学歴のことを話すとき、「なんかのスポーツ全国大会に出た」くらいに考えてくれ、と言う。

その大学に入るために努力はしたし、部分的には人より秀でたところがあるかも知れないけど、何でもかんでも出来るわけじゃない。

ただ、こっちも「学歴を鼻にかける」わけじゃないけど、そう思われるような行動や発言無意識にしてるとも思うんだよね。

そこはいつも気をつけてる。



というわけで、持ち上げるでもなく敵視するわけでもなく、「得意分野がひとつある」くらいに思って頂けると、お互い幸せなんじゃないかと思うよ。

2016-05-28

モテない女は存在黙殺されてしまうのだろうか

モテない男はいくらでもネットで目にするけれどモテない女はほとんど観測できない。

そういう人たちはいったいどこで自分たちフラストレーションを発散しているんだろう

2ch喪女板はどうも男も混じって書き込んでいるように見えるしあまり信用できない。

やはりモテない女性存在すら許されないのだろうか?

モテるための努力をしない女性人間として扱われないのだろうか?

もしそうならあまりにも悲しい。

http://anond.hatelabo.jp/20160528154809

努力が必ず報われるなら、世界幸せな人で溢れているはずだよ。

だが、現実はそうじゃない。

努力しても報われなかった人が大勢いる。

http://anond.hatelabo.jp/20160528144808

今日、僕は彼女の胸チラを見た。

そのとき僕は、渋谷ABCマートにいて、彼女はそこでハイカットのコンバースを試しているところだった。

たぶん25歳くらいだろうか。ぼくがみたところ胸のサイズはEより上だと思う。

具体的なサイズは分からないが、少なくともハイスクール同級生目線は、彼女の首より下ばかり見ていただろう。



5月末になり、段々と薄着でも過ごしやすい季節になってきている。

玄関を開けて、息を吸い込んだ瞬間、青々とした木々香りが、これからくる6月の湿気をのせてぼくの鼻腔を刺激する。

彼女は、アスクルが運ぶコピー上質紙よりも白いワンピースを着ていた。

豊満乳房が、雪どけを待つウサギのようにその胸元からこちらをうかがっていた。


165cmくらいの彼女が前屈みになったとき、ぼくはたまたま彼女の目の前にいた。

僕は、持てる限りの集中力を持って、隣の棚のVANSスニーカーの値札に向かおうとした。

25%オフ店舗限定。5980円。悪く無いデザインだ。

英語試験に挑む中学生が、答案のつづりを何度も確認するように、注意深く集中しようとした。



しかし結局のところ、そんな努力は何の意味も持たないのだ。

ぼくは、そのふよふよと柔らかさを感じさせる揺れ方に目が奪われてしまった。

時間にして1秒にも満たない。ウサギはすぐに身を潜めてしまった。

僕には、雪を掻き分けてそこまで向かう勇気はなかった。

彼女と僕は赤の他人なのだ



ワンピースの下に隠されていた豊かな膨らみが目に焼き付いている。

僕の手にはVANSスニーカーが入ったショッピングバッグがぶら下がっている。

すごくラッキーな気分になれた。胸チラは偉大だ。

僕は彼女の胸の形を何度も何度も頭の中で描く。

英語のつづりを思い出す中学生のように。

そして、その想像上の彼女の胸に向かって、あるいは、VANSスニーカーに向かって。

僕は時間をかけて射精をする。


やれやれ。新しいスニーカーを買いに行かねばならない。

平和を目指したい

オバマ大統領の広島スピーチ全文 「核保有国は、恐怖の論理から逃れるべきだ」

 

このスピーチを前にして語られる, 「国家間の優劣」や「思想政治信条の優劣」や「責任所在」に言及している全ての言葉無意味だし悲しい。

そんな言葉はいかいを,ひいては争いを産み出すだけで誰の役にも立たないのだから

そして我々は, 理想を実現する途上にいる。過去,現在アメリカの実情を問う言葉未来を見ず過去に囚われているだけで前進が無い。

キレイ事でも全くかまわない。困難であっても理想を目指す努力を続けようと心の中で誓った。これは広島の人と全人類に対して述べられた平和への決意の言葉なのだから

努力信仰

俺は、神も仏もスピリチュアル運命決定論も信じない。

そんなものにお願いしたり頼んだりしない。

俺が信じるのはただ一つ。

努力は必ず報われる


(これは精神論根性論とは違う)

就活だの婚活だの根本的に対処法を間違ってない?

高止まりしてる自分価値をちゃんと見極め身の程を知り、ほどほどの相手を見つけることが

大事なのに、「活動」なんてしたら、余計に目線が上がっちゃうじゃん。

手間暇かけたのだから努力したのだからもっと上を狙えるはずだってミスマッチを加速させちゃうよね。

「活」なんていらない。本当の自分を知るのに必要なのは瞑想と適度な運動。それだけだよ。

努力すればで東大京大行けるって言ってる人って

人間脳みそ能力差はないとでも思ってるんだろうか。

身長が2m以上ある人もいれば1mない人もいるのに、脳みその出来にも差がないとか思わないだろ普通

それともあれか、1m80cm以上の身長があって努力すれば誰でもダンクできるとかそういう前提がある話なんだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20160528023949

俺やさしいから、日本語で読めて信頼のおけるサイト日本心理学会)のリンクも探しておいたぞ。

http://www.psych.or.jp/interest/ff-07.html


こうした遺伝子の違いがどのくらい一人ひとりの性格の違いを説明するかをふたごのデータから算出すると,だいたい50%前後になります。これは残り50%が環境によることを意味します。しかし親の影響や家庭の影響(これを共有環境といいます)は先にも述べたようにほとんどみられません。むしろ一卵性のふたごですら違う一人ひとりに独自な非共有環境重要なのです。これは状況により時間とともに変わる影響です。要するに性格は,自分のもともとの素質のうえに,そのとき環境の影響が加わってあらわれ出たものといえます。そこにあなた努力が加われば,環境によってあなたの素質をより美しく表現することができるでしょう。

http://anond.hatelabo.jp/20160528012854

急にどうした?

努力してもギリギリマーチレベルしかならなかった過去でも思い出しちゃったかな?ん?

http://anond.hatelabo.jp/20160528012149

本当にはてな民努力至上主義者の巣窟だなー

受験勉強で苦労したことくらいしか自分を支えるプライドがないのかな

結果を出せないやつに限って、二言目には努力努力って念仏唱えるよね

努力かいいから、結果出して。結果。

http://anond.hatelabo.jp/20160527214460

まぐれでは入れないけど努力では入れるよ?

2016-05-27

そもそも努力しないと結婚できないのがおかしいと思う

努力しなくても結婚できる世の中になるべきだと思うのだが

http://anond.hatelabo.jp/20160527214460

その言葉はしらんけど、何でもそんなもんじゃない?

痩せて人並みに綺麗に見せることは努力である程度誰にでもできるけど、

モデルになるには頭身やスタイルなど生まれ持ったもの必要とか

東大京大はまぐれでは入れない

努力だけでは入れるのは阪大まで。

どういう意味

大学入試くらいのことで才能みたいな先天的な何かがいるの?

http://anond.hatelabo.jp/20160527195131

ようするに、ホモは女の良さもわからなずに男に逃げるな。トランスジェンダー自分の性を受け入れる努力が足りないクズってことね。

技術ブログはてなブログで書き続けるかQiitaに引っ越すか問題

当方一流ではない、しがないエンジニア



Qiitaサービス開始される前から細々とはてなブログで日々技術的にハマったことや、試してみたことを書いてきた。

何度かホッテントリ入りしたこともあり、同僚が関連技術でググった際に時折私の記事がヒットするようで、それが「あー、ブログ書いててよかった」と思う小さな誇りだった。



しかし、プライベートでいざこざがありインターネット上で別ID活動する必要ができた。

そこでここ最近新規に作り直したブログで書き溜めてるのだが、TwitterFacebookと紐付けていない所為もあって昔のブログはてブが稼げない。

新しい方のブログは流入を増やす施策が適切に行えていない為、Google検索でも上位にはなかなか来ないようだった。



現在殆ど記事はてブ 0, いいね 0。

別にアフィリエイト目的ではないのだが、転職活動する際に職務経歴書ブログURLを書きつつ「私はこういうブログをやってまして、こういう風に常にアウトプットを続けており、世間からも(PVはてブ, いいね数など)このように反響をいただいております」と胸を張っていいづらい。



数ヶ月前に書いたエントリが、たまたま誰かが検索経由でブクマしてくれたその日の内に拡散されてホッテントリ入りしていたので、中身の無い記事ではないつもり。

しかし、いくらいい記事を書いたとしても、面接官がエンジニアだとしても、はてブ0, いいね0の記事をすべて目を通してくれるはずも無いので、世間評価を集める努力必要なのではと悩んでいる。


昔のID名義でQiitaに書いた時にはそれなりにストックもしてもらえたので、新しいIDでもQiitaに書き続ければそれなりに世間一般評価が得られるのでは淡い期待をしているが、技術以外のネタを書けないQiitaはてなブログの両立をどのようにすべきか分からない。



同じように悩んだ人や、はてなブログQiitaを上手く両立している人、居ませんか?

メッセージ

エンタメの対極にあるものとはメッセージであるような気がしている。もちろんメッセージ性が皆無のものは少数であるから,この場合メッセージとは「説教くささ」くらいのニュアンスだと思ってもらいたい。メッセージ性が強いもの精神負担がかかるのだ。イライラしたり悲しくなったりしてしまう。単純にワハハと楽しむのには,メッセージ性は少ない方がいい。たとえばアニメ漫画などで背後に高度なメッセージ性を備えた傑作などもあるけれど,でもそういった作品だってその作品の「面白さ」の本質は,そういったメッセージ性ではなくもっと原始的な点にあると思うのだ。とかくこの世の中はメッセージに溢れている。自分だってもっと気安く生きていたいのに気がついたらこうしてメッセージを発している。メッセージを発するのは楽しくはない。そこにはリスクがあるからだ。メッセージ性の少ないアウトプットもっとしたいと思う。でも文章でそれをするのはあまりに難しい。文章を書くと,気がつくとそれがメッセージになってしまう。そしてそういったメッセージは多くの場合価値だ。だいたい漠然とした不特定多数しかつめらしく自分の思っていることを訴えたところでなんになるというのだ。そんな時間があるならば自分の身近な場所にいる人間に正しく言葉が通じるよう努力する方がよほど有益と言うものであるもっとやまなしおちなし意味なしな馬鹿みたいな文章をかけるようになりたいものだ。

性に主体的であることを強要する一億総変態社会

http://anond.hatelabo.jp/20160527041103

ブコメトラバコメみて思ったんだけど、この増田、指摘されてること、ちゃんと自己分析できてるよ。



パンフォーカスよりも、被写体深度が浅い写真が好きなことを思い出しました。

>それでも軸上色収差が許せない、そんな心の狭い人間なんです。



この一節はカメヲタじゃないと意味不明だと思うけど、俺なりに言い換えると、



一般人のような柔軟な価値観と広い関心事で生きることよりも、自分の狭い価値観の中の方が居心地がいい。

ただし、好きなことであっても、少しのノイズも許せない。そういう了見の狭い人間です」



って感じの意味だろ。指摘されるまでもなく、十分過ぎるくらい理解してるんだよ。人としては色々問題もあるけど、彼女作ってセックスまで持ち込んで、その上で「つまんねー」と評価したんだろ。努力していないわけじゃない。何もせずに思い込んでるわけじゃない。本人なりに努力してそう結論付けたんだから外野が偉そうに「もっと性的主体的であれ!」とけしかける必要なんて全く無い。そもそも、生まれてきたすべての人間が性に主体的で貪欲である必要なんて全く無い。増田みたいのは本来意味で自閉的に生まれついてるんだろう。LGBTと同じで、そういうのも認めてやれよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160526224439

自分会社員ブラックITパチンコライター独立起業(現:デザイナー)の経緯を辿った人間なんだが、労働時間社会性の有無も地獄としてはパチンコブラックITもあまり変わらないと思った。

ブラックITにいたとき毎日始発から終電まで缶詰どころか軟禁されて、繰り返される罵倒&重ノルマ自分を見失いそうな仕事内容。下手に社会性があるせいで、みるみるうちに人間不信になった。今振り返ってみると後にパチンコライターをやったのは、安息の地を求めて社会性のないパチンコに逃げていた気もする。

パチンコやってた時は逆に淡々自分と向かい合う時間が心地よかったな。この流れの早い現代社会に何も考えずに落ち着いてられる場所ってわりと少ないと思う。まあ元増田のようにプロとしてノルマがあるなら何も考えないわけにはいかないけど、一度座れば後はより多くの当たりを願うだけで、あとは機械がやってくれると思うと気が楽だわな。多少の技術介入はあるけど、負けても勝っても言い訳がつくじゃん。

金を稼ぐ時ってのは、報酬に対する能力に加えて、金を出させる側との合意必要だけど、パチンコ自分本位で最大限の結果が出せるわけでしょ。金ってのは、どれだけ良い仕事をしても相手を納得させることができなければ、受け取れないものなんだよ。ブラックってのはそのノルマが異常に高いってことであって、パチンコプロとして仕事として考えたとしても、自分のペース&判断ノルマ自分次第ってやっぱ楽だと思うけどなぁ。

パチンコで食える人ってどんどん減ってるし、パチプの知り合いもいたから苦労や努力は十分理解してるつもりだけど、本当のブラック人格さえも全否定するようなブラックさなので社会をナメちゃいけない。金に対する考え方が甘いよ。だけどそれだけの根気と結果が出せるならパチプやってるよりも儲かりそうな健全仕事あると思うよ。ブラック比較して地獄だったって嘆いていても意味なんてないし、辞めたきゃやめればいいだけの話。

増田匿名性が薄らぎつつある

匿名ってなんだろって思う時がある。

増田で有名になったらツイ垢晒したりブログ晒す人が増えた。

まあ、昔からあったのかもしれないし、俺もやってるからな。セルクマも。

それはそれとして、増田って匿名性がウリじゃなかったっけな。

正直増田匿名性を維持する努力をしないのか疑問が膨らむ。

そもそも匿名って何だ?

自ら晒していくスタイルもまた増田のウリかもしれない。

最近そう思えて来た。