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はてなキーワード: 生活とは

2016-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20161210025914

どうして同性愛者ってのは、自分達は無前提無条件に社会に受け入れられて当然だと思ってるんだろな

もしかして異性愛者がそういう風に見えてるのか

彼らがなんの努力もせずにのほほんと生活してるとでも思ってたりするのかな

同性愛者だけが不当なペナルティを食らってると考えてるのか

だとしたらそれ完全に間違いだから

久しぶりに合コンに行ってきた。

男です。仕事が忙しくていっぱいいっぱいの生活からプロジェクトも終わり余裕が出てきた。

そこで同僚から合コンに誘われた。

合コンにいい思い出はないけど、彼女できたらいいなーって感じでゆるく参加した。


3対3の合コンは少し洒落居酒屋で行われた。

僕が一番タイプのA子さんは、聞き役に回って場の空気を最優先する子だった。

ロングヘアーピアスの跡がはっきりと見えていて、よく外でアクティブに動き回ってるんだろうな、とか思ったりした。

まりフラフラした女の子は好きじゃないんだけど、よく目が合って別に雰囲気は悪くなさそうだ。

幹事の男からアシストで、6人でライングループを作った。これで相互に連絡先を交換できる。


合コンが終わると、僕は真っ先にA子さんに個人ラインを送った。

他愛もない話をした。A子さんは長女だった。

持論だが、長女はしっかり者が多い。貞操観念もしっかりしている。故に付き合うハードルは高くなる傾向にある。

デート約束はしたけど、厳しい戦いになりそうだ。

また、A子さんは飲み会が好きなようだった。週に2回は飲み会らしい。なんだか少し心配趣味である

とりあえず筋トレしてたるんだ体型どうにかせんとね。

ネット断ちにヨッピーを利用したい

ここ最近ネット活動

はてブ総合をチェック

twitter

この往復運動しかしてない

基本的に、このとき脳は死んでる

ひどいときにはtwitterのタブ開いたままtwitter開いたりする

もっとひどいときには記事を見ずにブコメだけ見て読んだ気になってる

そもそもブコメスターついてるやつしか目に止まらないのもどうかと思う

いやどうでもいい

もうこんな生活やめたい



今までネットが悪だとは断言できていなかったので

半端に関係を保ってしまった

有益情報もあるよと

でもヨッピー記事を読んで考えが変わった

http://bylines.news.yahoo.co.jp/yoppy/20161209-00065195/

この人はネットを良いメディアにしようという正義感があるんだと思う

でも自分はこの記事を通して、googleぶら下がりネットがやっぱり腐っているんだという感覚が固定された

読んでよかった

勉強が進まないのはキュレーションメディア溢れるネット空間が悪い



たとえば英語が話せてVim使いこなすスーパーエンジニアとして華麗に転職をキメたい

のであれば

英語目的にあわせて1~2冊参考書買って勉強するなり会話するなりすればいいし、

Vim使いたかったらチュートリアルさらってとっとと業務で使って、この機能ないの?って思った時点で調べればいい

転職リアルに動いてみた感触指標軌道修正してがんばって、大手エージェントがクソだと分かったら切って乗り換えろ



しかし実際は行動せず時間をかけてネット情報収集する

この収集作業は8~9割無駄

調べてるジャンル感覚をつかんだらもう離れたほうが良い



google検索キュレーションウンコの海であって本当に役に立たない

このウンコ海を潜って有益情報を選別する作業が本当にコストが高い

校正が入るという意味テレビラジオの方がマシなんじゃないか?とすら思える

ああテレビラジオ転載ユーチューバーもしんでほしい

ええと

今はブクマ数を指標に上位から洗ってるけど

このクソテンプレ転職マニュアル記事が300userなわけねーだろ!なのとか

独自記事っぽいのもよく読んだら有益情報0で互助会コメがうざかったりとか

こういうのを選別する必要があるし依然として気がめいる



あと参考になる記事を見つけたとしても、読んで多少参考にするならまだしも

レビューおすすめされた本をちょっと読んでは記事を見にいって、全然勉強が進まないのほんとになんかの依存だよね



というわけで、書籍を買って読み込んだほうが安上がりで上質な情報が得られるという結論になる

本を読んでるときは、ネットときの脳が溶けながら指を動かす苦痛がない

あと本には校正が入ってるのがいい

以上

あしたかはてブは見ない

いやネット見ない

[]12月10日

○朝食:ちゃんぽん

○昼食:焼き鳥チーズ

○夕食:どん兵衛



調子

仕事はお休み

めちゃくちゃ眠くて、ずーっと寝てた。

寝て起きて、飯食べて、寝る、って感じの堕落した感じ。

途中で、借りてたレンタルDVDを見てたけど、寝ちゃうせいで筋が追えなかったから、もう一回見ます



ポケモンサン

デイリー要素のみ。

明日こそ、アクジキングの厳選するかな。

バッジとれ〜るセンター

ノー課金

ポケとる

ログボのみ

ポケモンコマスター

飽きたので、ログボのみの生活に戻ります

MERYとFindTravelの復活

色々な意見が飛び交っていますが、

MERYもFindTravelも、私は大好きでした。

私の生活になくてはならないものです。

復活を待つファンのことを忘れないでください。

失敗したらまた心をいれかえて出直せばいい。

再開を祈っています

2016-12-10

結局皆、お見合い結婚に憧れている。

 『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマ流行っている。

 要約すると最初便宜上契約結婚を交わして夫婦だんだんお近づきになり「本物の夫婦」になる話だ。

 こういう話は昔から日本人が大好きだ。男向け女向け問わず

 好きでもない相手同棲状態になったり、なかば無理やりお近づきになり、付き合っていくうちに本物の恋仲になる。

 そういうお話バリエーション含め、あなたはいくつも知っている。どれも人気作だ。

 少女向けコミックのそれ系統最近じゃ一月に一作は実写映画化されてるし、

 男性向けの場合は落ちものだとか、ハーレムものだとか呼ばれている(まあただハーレム場合、「好きでもない相手と〜」は一昔前の流行になってるかもしれない)。


 こういう系の恋愛物語がいったいなんで受け入れられやすいかというと、

 それは我々にとって(少なくとも概念的には)馴染みぶかい恋愛形態でもあるからです。

 見合い結婚メタファーからです。


 親や仲人から引き合わされて、ほとんど初対面の相手となんだかよくわからん結婚し、最初は家と家との結婚という感じだったのが、

 寝食を共にしていくうちに個人個人の「夫婦」になっていく。

この世界の片隅に』なんかもそうでしたね。

 あれが理想の「見合い結婚」、日本人の好きな「恋愛物語」のパターンです。


 日本人現在に至るまで実はアメリカ的な意味での恋愛結婚をよく理解していないのじゃないか、と思う。

 いやね、アメリカ人だってから自由恋愛バンザーイ!みたいによろしくやってたわけじゃないんです。

 50年代60年代あたりまでは、結婚相手なんて「ご近所さん」が普通だった。

 特に都市部では出稼ぎにきた移民労働者が、やはり移民であるお隣の娘さんをなんとなく良いな、と思って、デートを申し込んだり、

 あるいはいきなり「娘さんを僕にください」とやってきてそのまま結婚することも多かった(後新聞結婚相手募集広告出したりなんかしてた)。

 「結婚したあとで好きになっていく」パターンは実はわりと最近までアメリカにもあったんです。

 それが変わっていくのが60年代後半から70年代にかけて。

 カウンターカルチャーフリーセックス時代です。

 フリーセックスの方はエイズやらキリスト教保守派バックラッシュやらで廃れていくんだけど、

 自由恋愛のほうは残った。

 なぜなら自由恋愛が「技術的に」可能になったから。

 そう、電話の普及ですね。といっても、

 今みたいに個人につき一つってわけにはいかなかったけれど、約束を取り付けるのは楽になった。

 娯楽も増えたし、公民権運動余録女性地位も向上して女性選択肢もちょびっとながら増えた。

 なんたって50年代までは女性が単身で社会にでる手段なんて絶無に近かったわけですからね。

 やたら女性結婚を急いだのも実家という家庭から逃げ出したいところが大きかったんです。もっとも、結婚実家脱出したところで新しい「家庭」に囚われるわけですが。


 恋愛自由市場化が何をもたらしたかといえば、相手を「事前に」品定めできることでした。

 やはり恋人楽しい人じゃないといや。自分と合う人じゃないと。たとえば、音楽趣味映画趣味。本の趣味が合う人。

 食べ物の好みも重要服装センスも忘れちゃいけない。それに犬派か猫派かも……そうそう、絶対ウンコはもらさない人じゃないとね。


 こうして相手要求するリスト無限に増えていく。このうち一つでも「アウト」だとたとえその他の条件を満たしていてもバイバイさよなら、となりやすくなる。

 要求リストの細分化に貢献したのもやはり技術です。

 特にインターネット以後。フェイスブック以後。

 あなたは見知らぬ他人いくらでも知り合えるようになったし、その他人情報を一切会うことなしにいくらでも知れるようになった。

 メールSNSの発展は新しい人とのつながりを容易にもしたけれど、同時に既存のつながりの切断も容易になった。

 ネットで知り合ったあなたのカレの音楽趣味が最悪だと一分前にわかった? よっしゃ、ならメールを送るんだ。

あなたがそんな人だとは思わなかった。別れましょう」

 それで着拒すれば万事解決あなたは晴れてフリーだ。

 そういう人はまだやさしいほうだ。なかには、別れのメールすらおくらずに元恋人一方的ブロックする人間もいっぱいいる。


 アメリカではカジュアル出会えるマッチングサイトが普及しているけれど、

 日本ではまだ「出会い系」には抵抗がある人が多い。

 でも、なぜかアメリカ式自由恋愛マインドだけは心得ていて、相手への要求レベルは格段に細かく、高くなっている。

 知り合う手段は相変わらずインターネット以前のもの限定されているのに、意識だけはポストフェイスブックと化している。

 この齟齬は、なんだろう。

 といえば、おそらく日本人には「運命の人信仰があるからだと思う。

 「運命の人信仰とは、趣味が全部合うとか食べ物の好みが一緒だから好きなんだとか、そんなんじゃなくて、

 理屈抜きで前前前世から結ばれるべき運命だった人がいるんだよ、という幻想のことだ。


 そう、『君の名は。』だ。


 あの映画現代日本人の恋愛観が非常によく出ている。

 なんだか理屈はよくわからないが唐突に異性と結ばれて、

 わけのわからないまま同居生活を続けるうちに相手のことがなんとなく好きになって

 いつのまにかそれが運命だったということになっていく。

 実は構造的には『逃げ恥』と同じ話なのだ

 お見合いを引きずった現代日本人の恋愛観において重要なのは

 自分の好みと相手の好みが一致することではない。

 自分の好みを相手が事後的に受け入れ、相手の好みを自分が事後的に受け入れることだ。

 それは家父長的な家庭であれば、夫の好むを妻が一方的に受け入れなければならず、逆はないという非対称な関係であったけれど、

 現代恋愛物語ではそれがアップデートされて「お互い様だよね」ということになっている。

 理想論ではあるだろうが、まあ、理屈としてはそういうことだ。


 日本恋愛では、まず運命が先にあり、個人人格はあとからついていく。

 それはおそらく個人人格を認め合う自由恋愛の本義からは外れた思想なのだろう。

 でもまあ、なぜか日本人はそういうのが好きだ。

 結局、皆、自由恋愛最高!を謳いながらも、心の奥底ではお見合い結婚に憧れ、理想化しているのだ。

 



 

エモい日記が読みたいんだ。生活にくたびれかけた大人が書いたような日記に一文の値打も認めない。

マンガを読んでも暴力的にはならないが、確実に人生に影響を与える

http://anond.hatelabo.jp/20161209173308

この増田について、いつものように「マンガ攻撃されている!」と思っている奴が出てきている。

そんな奴らに向けて書く。

マンガ(に限定はしないが)は、間違いなく人生に、人格に影響を与える。

こういう話をすると「ゲーム脳か」みたいな話に持っていく奴がいるが…そういう話ではない。

簡単にいえば、「人間ははじめて知る知識体験に影響を受ける」ということだ。

普通人間は、マンガアニメを見る以前に「暴力はいけません」ということを教わる。だからマンガアニメを見ても暴力的にならない(基本的には)。しかし、マンガではじめて触れる知識体験にたいしては、かなり無防備にそれを受け入れる。もちろん反発をしたり、自分考える人も多い。しかしそうでない人もまた多い。

一番わかり易いのは、セックス関係知識だろう。まぁマンガというよりはAVだが。女は激しく手マンをすれば感じる、激しく突くと気持ちいい、女は股を開いてオナニーする、潮を吹くのは感じている証拠、などだな。これらは相当のプロじゃないと気持ちよくならない。アナルなんかいきなり攻めても気持ちよくならねぇぞ。また、男性側だと、フェラだな。フェラは言うほど気持ちよくない。パイズリも同様。相当のプロがやれば気持ちいいが、彼女にやってもらっても微妙からな。

これらは全て、「見ている分には気持ちよさそう」なものばかりだ。つまり実体験を伴った知識がないものだ。だから勘違いする。それが正しいと思い込み実践してしまう。

エロ漫画で言えば、女は絶頂して母乳を吹き出すなんてことはないし、イク時にアヘ顔にもトロ顔にもならない。顔に力がはいからな。アヘ顔トロ顔になるのは薬キメて前後不覚になってる時だけだ。AVでそういう顔をする女優さんはいるが、あれはプロの技だ。絶頂時に演技できるほどの強者だということだ。そういう女優さんがいたら尊敬しろ

話が怪しげな方法に逸れたが、ことはAVエロ知識にとどまらない。

件の増田の言う男女関係もそうだし、自分選択するロールモデルにも影響する。

そしてその影響は、「自分がはじめて直面する状況」に対して最大の効果を発揮するので、「マンガを真に受けるな」「現実との区別をつけろ」なんてのは虚しい標語にすぎない。

人生大事なことはマンガに教わった」とか「このマンガ人生が変わった」とか、そういう話はそのへんに転がってる。ポジティブな影響があるなら、当然ネガティブな影響もある。全く何も影響しないなんてことはありえないのだ。

小学校の頃、マンガアニメ登場人物に影響されて痛い言動をするやつとか何人かいたろ。それが「影響を与えている」っていうことだ。それがそのままそいつ黒歴史になるかもしれんし、ずっとそういう言動をし続けるかどうかは知らん。しかし確実に影響はあったということだ。「オタクあるある」な数々の言動も、それって要するに実生活に影響を与えているってことじゃねえか。ネタだとしても、そういったものと円のない人とは確実に差異があるということだ。


ゲーム脳の話は論の運び方がバカバカしすぎただけだ。

暴力的ゲームを、倫理教育を一切されていない子供に繰り返し遊ばせればその子は残虐な性格になるだろう。まぁそんな子供はまずいないし、いたとしても実験に使うのは倫理的に無理だ。

それに、外部からの影響を否定するならば、アダルトチルドレンなど存在しないことになる。

これらの暴力性の話と、先の増田の話は前提が全く異なる話なので、混同して馬鹿なことを言い出すなよ。

人間は、「どうしたらいいのかわからない」時に、過去記憶知識を総動員して事に当たる。

その時、記憶知識マンガによくあるパターンのものしかなかったら、それに沿った結果になるということだ。

少年マンガはだいたい「男にモテる(認められる)男」が描写されることが多いので、実際の恋愛とは全く勝手が異なる。

そして、「男にモテる男」の話は同時に腐女子人気にもつながっているということだろうな。

少年マンガ腐女子人気が高くなったのは、単に「気づいた」だけのことだ。何も変わっちゃいない。

[]

今回はコミックウォーカー

ススメ! 栃木部 第11

素人参加番組ローカル花形だね。

老若男女、玉石混合っぷりが凄まじいが、それ含めての楽しさというのもあるのかも。

あと、訛りに客観的自覚がないネタは、栃木だけじゃなくて割と共通かもしれない。

というか、訛りって喋るとき無意識に出るようなものから、作中のは極端ではあっても、訛りに対してそこまで自覚がないってのは大なり小なりあると思う。

その地域生活していれば、そこでの訛りは実質「標準語」といえなくもないしね。

そして番組本番、クオリティは出場者によって全然違ってピンキリながらも、平均的なレベルと出場者の年齢層からいけると踏む。

だが、ジョーカー出現で意気消沈、と。

どこまで意図的に、かつそれが功を奏するかなんてこと分からないが、目標を掲げるなら多少のクレバーさはあったほうがいいだろうね。

漫画とか、フィクション全般においてもいえることだけどね。

私は漫画に限らず創作において、そういう利己的な手法のもの否定しない(支持もしないけれども)。



賢者の孫 第8話その1

なんか、元からそうだったけれども「主人公スペック披露目会」みたいな様相を呈してきたな。

どれだけ主人公がすごい発想とすごい魔法を使えるかをつらつらと。

私が中学生のころ、TRPGキャラの設定とステータスとかを練りこむだけの遊びを仲間とやっていたけれども、要はそれにちょっと物語付与しているだけだよね、今のところ。

そりゃあ、キャラの設定とかスペックとか書いているとき楽しいし、それを読者も疑似体験できるという意味でナシではないとは思うけれども。



メガロポリスノックダウン GAME-06

今回はちょっと特殊演出表現をしてきたなあ。

意図的現実ゲーム世界をごちゃ混ぜにしている。

客観的に見れば危うさがあるんだけれども、あくまで全体的なノリは楽しく描かれているんだよね。

どうでもいいけれども、ゲーム脳って私はてっきり現実ゲーム的なもの見方をする人を指すと思ってんだたけれども違うんだね。



ディーふらぐ! 88話

勝負の内容もよく分からんが、その後の物言い展開のほうが本番ってのがすごいな。

巨乳同士の(物理的)なぶつかり合い」という胸躍る展開にも関わらず、その後の物理的に過剰なインパクトと、物言い展開のハイテンションぶりでエロティシズムがまるでないのもすごいな。

そういえば、以前の夜の学校エピソード懐中電灯を胸の上に乗せるとかいう、たわわチャレンジじみたことを「月曜日のたわわ」が世に出るずっと前からやっている位、この漫画巨乳の扱いってバカバカしいんだよね。

そして相変わらずモブ出張る。

外野外野」って、それ完全に無関係の人じゃねえかって言っちゃダメなんだろうなあ。

というか、当たり前のように受け入れられているけど、「外野外野」って文言おかしいけれども。

逃げ恥』がムカつく

ドラマの『逃げ恥』がムカつく。毎週見てるけど、ムカつく。

ガッキー星野源も超かわいいけど、主題歌も好きだけど、ムカつく。



なんでかっていうと、まず「かわいそう」っていうステータスアクセサリーみたいに扱っているから。

高齢童貞SE文系院卒無職も、アクセサリーだ。

「かわいそう」っていうアクセサリー

確かに今は、完璧美男美女恋愛ドラマじゃダメで、

何かしら欠損を抱えたキャラクターじゃないと人気が出ないんだろうと思う。

から、ちゃんとこの人は「かわいそう」ですよーっていうアクセサリーとして高齢童貞とか、無職とかっていう設定にされる。




きっと高齢童貞SEにも文系院卒無職女にも、それぞれの人生として積み重ねてきたものがあって、

プラスの部分もマイナスの部分を背負っているはずなのに、みくりとひらまさからはそういう積み重ねが感じられない。

だって二人とも、仕事恋愛のことしか頭にないように見える。そんなのただのリア充()じゃないか

みくりとひらまさの生活からは、一切趣味のにおいがしない。彼らはいままでどうやって生きてきたんだろう。




ひらまさはまだ、彼の人生の中で積み重ねが見える気がする。

彼が仕事をきちんとやってきたことで、みくりを雇う金銭的余裕が生まれた。



でも、みくりは、彼女が選んで積み重ねてきたものが、彼女をかたちづくっているように見えない。

かわいらしく賢く生まれて、家事をしっかり仕込んでくれる母親に育てられれば、選ばれる。

女は学歴なんかつけるもんじゃないっていうのを地でいってしまっている。

ひらまさがリストラされたら、なにか変わるんだろうか。変わるといいけど。





そもそも、みくりもひらまさも、婚活市場でどう考えても勝ち組だし。

大学院いかせてもらるくらいの金銭的余裕と文化的ものへの理解があるおうちに生まれて、

家事が上手でそこそこ(ガッキー死ぬほどかわいいけどドラマの設定的に)かわいい26歳って、婚活市場で最高ランクだと思う。




ひらまささんだって婚活市場では、めちゃめちゃ人気じゃないのかな。

定職についてて、貯金があって、都内の1LDKで優雅生活してて、

清潔感があって、っていうかむしろ適度にオシャレで、

お店の人や家族に横柄な態度をとらなくて…。


何より、女性に対してちゃんと欲情するけど、その性欲を押し付けてこないって、最高に理想じゃないかと思う。





ひらまささんは、現代王子様だ。最新のリアル王子様。

ロマンチック言葉でうっとりさせたり、スマートエスコートしてくれたりするのだけが王子様じゃない。

わたし幸せにしてくれるのが、王子様。





みくりだってシンデレラみたいだなって思う。

かわいらしく一生懸命家事をやっていれば、いつかお城付きの王子様が迎えに来てくれる。

みくりの「小賢しさ」「分析屋」「自分からなんでも言ってしまう」というキャラクターは、

いまどきの愛されキャラという感じがする。

適度に毒がある人の方がお茶の間に愛されるのと一緒で、人が不快にならない程度の小賢しさがあるくらいの方が

現代ヒロインにはふさわしいし、

まりにもバカなことをやるやつがいないアクション映画みたいに安心して見られる。






恋愛至上主義批判的に描いているようで、結局ロマンチックラブイデオロギーシンデレラストーリーを強化しまくっている。

王子様とヒロインの描かれ方が変わっただけだ。



セックスなしの、お金からまない、純粋恋愛をこのドラマは描き続けている。

ハグしたりキスしたりセックスしたりするまでに昭和少女漫画並みの時間がかかる。

王子様とヒロインが、お互いに好きであることを確かめることを丁寧に描く、少女漫画


家事代行に来てもらった女性と、家事代行先の雇用主が運命相手だったという、なんというロマンチックな話。



書いてて気づいたけど、私が本当にムカついてるのは、ドラマの『逃げ恥』じゃなくて、『逃げ恥』をちょっとでも批判しようものなら、くってかかってきそうなTwitterとかの人たち。

ドラマの『逃げ恥』は現代少女漫画としてめちゃめちゃ楽しくてそれでいいのに、勝手社会的ないろいろを重ねて持ち上げて、

批判しづらいように論陣はってる人たちのせいで、ムカついてしまう。


インターネットでも現実でも、『逃げ恥』のこと批判してる人に全然出会えない。

私は文系院卒で男社会で無理やり働いていて、たぶん小賢しい女なんだろうと思うけど、

素敵な素敵な少女漫画の中に、急に登場人物としてエントリーさせられてしまったような居心地の悪さがある。

みくりみたいに可愛くもないし家事もできないしオタクだし。

ドラマとして楽しんでるのとは別に実存救われねえーって思うけど、それも言えない雰囲気がある。

から金曜の夜に増田なんて書いてる。


ドラマで描かれる「小賢しい女」にすら私はなれないんだなって、悲しいを通りこしてムカつく。

今週、「僕にとってみくりさんは簡単に手放せる人じゃないんです」って言うひらまささんに軽率ときめいている私にもムカつく。

2016-12-09

所謂愛人状態になってから3年がたちました。

所謂愛人状態になってから3年がたちました。

20代半ば、子どもが2歳。

相手A(彼氏でも旦那でもなく、言葉が思いつかないので仮にこう呼びます)は40代、フツーの会社員

強いて言うなら年収が平均よりちょっと多い。

でも1000万はいかないくらい。

付き合って2〜3年たって、結婚するかという話が出て、私の両親にも挨拶に行き、正月まで一緒に過ごした。

そしたら気が緩んで妊娠

順番逆になっちゃったねーとか笑って、さっさと入籍しなきゃと思って婚姻届も記入。

さて提出しようと思ったら戸籍を持って来ないの。

あーだこーだしている間に私が退職。(育休産休のとれない会社だったのでキリのいい時期に退職する話になっていた)

いや本当早く持ってきて。と言ってもなんかうだうだ言う。

いよいよ怪しんで調べたら妻子がいた。

しかも子、障がい児。

びっっくりした。本当にね、そんなこと一切疑っていなかった。

だって結婚話が出る前、一年くらい同棲してた。平日休日ほぼ全部一緒にいた。

そんなことがあり得るのかと思った。

まぁでもあり得てしまったんだからちょっと泣いたけど、

こうしちゃおられんと思ってすぐ別れ話して弁護士に依頼。

そしたら「向こうとは別れるから頼む」とか言うの。

またびっくりした。ドラマかな、と思った。

でも訴えられたら必ず負けますから嫌ですと断ったら、弁護士に頼んで何かあっても私に迷惑がかからないように契約を書面で残すって言う。

しかも月20万、家には毎日帰ってくる、表向きには普通家族と変わらない生活をするから離婚するまで待ってくれって。

とりあえず子もいるし(この時妊娠6ヶ月程度)、堕胎する気は全くなかったので、両親に相談した。

父親は当たり前だけど激怒して、帰ってきなさいって言ってくれた。

でも母親は、「それでも相手Aはお腹の子の父なんだから、今後のことを時間かけてよく話し合いなさい」と言った。

多分それは「相手方離婚させて結婚した方が良い」ということなんだと思う。

どうしようかと思っているうちに切迫流産になってしまって入院

実際仕事退職してしまったし、実家新幹線で2時間弱の距離

引っ越し手続き弁護士、これから子どもが産まれて忙しくなるのにこれをやるのか。

育てていくにもお金がいる。産んだらすぐに働かないといけない。

色々面倒になってしまって、結局そのまま。3年がたった。

このままで良いと話したとき、少し契約を変更した。

離婚は望まない、関係解消したくなったら即解消すること、娘を胎児認知すること。

その後、相手Aは転勤があり、私たちは一緒に転居した。

子ども保育園に入って毎日元気に登園している。相手Aに良く懐いている。

私は在宅でできる仕事を始め、やっと大卒初任給程度に稼げるほどになってきた。

相手Aは約束通り毎月お金を払い、毎日家に帰ってくる。

奥さんからは一度慰謝料請求手紙が届いたが、前に結んだ契約について弁護士経由で連絡したところ、撤回すると言われた。

両親と相手Aは、なぜか関係良好となり、こちらの親戚の結婚式にも出席した。

娘は来年3歳になる。

そろそろ記憶に残る年だし、私も手に職をつけることができたので、来年関係解消して実家に帰る予定にしている。

こんな話は友だちにも誰にも話せなかったので、最後にここに書いてみました。

娘の戸籍胎児認知手続きが載ってしまったことと、相手方の奥さんについては申し訳なく思っています

※ちなみにですが、ひとり親手当は受給していません。

http://anond.hatelabo.jp/20161209232844

俺はずっとワープア生活だし床も抜けそうなキモくて金のないおっさんだぞ

この世界の片隅に」はVR映画

意味不明タイトルをつけたが、そういう感想から仕方ない。

この世界の片隅に」はという映画原作も含め)は時代考証レベルを超え、(考現学というのかな?)

生活習慣や風俗文化地理建物看板放送局アナウンス、雑踏に響く声、当時の気象

その時代、そこに暮らしていた人の佇まいなどを、

背景に至るまで徹底的に調査して描かれた作品らしい。

で、この映画を見た感想はVRだ。

ヴァーチャルリアリティ映画昭和時代を描いたアニメだけど。

時間と6分、昭和10年から20年までの広島や呉で暮らしていたような錯覚を覚えるようなVR感覚であるヘッドマウントディスプレイ感覚

このようにありとあらゆる情報テキストというか記号イメージ)をぶち込んでいくと

「3次元でも360度映像でもないのに、人間はVR感覚を味わう」という、新たな発明をしたので、ノーベル賞級の何かだと思う。

従来の作品では、「戦争という非日常」を強調していたが、

この作品では生活描写を主、戦争日常として描く

従来の作品では主人公は「特別で有徴」の人物だが、この物語主人公はほんとうに「普通女性であり無徴」である

名前は「すず」。元素記号でいえば Snなんだよな。つまり主人公ではない。「すずさんはモブ」なんだよ。呉や広島暮らしていた人の一部なんだ。

(逆に言えばそのことで、あの時代の呉や広島暮らしていた人たち・・・それどころか戦前のありふれた日本人全員が主人公になりうるという効果)。

どこまで「片隅でありふれたもの」を精密に描こうとしていたのか、作者の執念が伝わる。呉の家も片隅にあるし。

とくに日本人にとっては

戦前戦中という「過剰に語られてすぎてブラックボックス化していた世界」の壁を破壊し、

「思い出すための橋を渡した」という意味で、とんでもなく価値のある偉業だと思う。

戦争のことは置いておいても、

昭和時代あの日本家屋で、記憶の奥底にある、あの家で「我々の父祖はどういう気持ちで日々を過ごし、何に勤しみ、何を守り、何を失い、どんな生活をしていたか

「どういう気持ち結婚たか」というものはもはや思い出せなくなってきている。あの手触りや匂い。30代の自分物心つく頃のギリギリ覚えてるあの感覚

それをマンガアニメにして固定化させたわけで。

昭和戦前を描いたマンガ映画なんかいくらでもあるけど、

これだけなんだよほんと、

はじめて「ああ、これが戦前、これが私の祖母!これが私の祖父!」と思えたのは。

もう消えてしまった記憶を「やっと思い出した!」という気持ちが強い。実際あの日本の町並みや人々の生活は消えてしまった。思い出せるはずがないのに

、ほんと時代的にギリギリのところで、「記憶も記録も感覚ハードディスクごとフォーマットされる寸前のところ」で思い出した感じ。

ほんとこれは偉業だし、日本人歴史意識…というか「民族アイデンティティー」のレベル重要作品になるんじゃないかと思う。

原作こうの史代さんは「これは私なりの解釈です」と書いてたけど、私はその解釈を、全力で選びたい。

そろそろ「御城プロジェクト」のアイヌ問題について述べておくか

御城プロジェクト:RE』というゲームの「ユクエピラチャシ」というキャラクターについての批判

http://togetter.com/li/1056767

  

このゲームで〔松本城〕というのは、現実長野県松本市に建っている松本城のことではない。それをモチーフにした架空美少女キャラクターのことを指す。

  

一方、〔アイヌ語〕に関しては事情が異なる。

今回問題になっているこのキャラがしゃべっている言語は、実在するアイヌ語モチーフにして作りあげた変テコな口癖をちょっぴり混ぜこんだだけの日本語である。そういう日本語のことを指して〔アイヌ語〕とよぶのは、このゲーム公式設定でそう決っているというわけではない。

  

それにもかかわらず、担当声優は「アイヌ語お話しするかわいい子です♪」とツイートしてしまった。

私はこれが失言だったと思う。

アイヌ語ではないものを"アイヌ語"だと宣伝してしまったのである現実世界ゲーム世界、どちらに照らし合わせてもこのツイートは誤りだ。

  

さらに一層悪いことには、このツイートに出てくるタイプ偏見現代社会におけるアイヌ差別にも直結してしまっている。

例えば「アイヌ民族存在しない」という差別的な主張を唱える者たちがいるけれども、彼らがよく根拠として出してくるのは「アイヌ人も日本人と同じ言葉をしゃべるし、文化的にもまったく同じ生活をしている」ということなのだ。

声優ツイートは「アイヌ語北海道の一地方方言であり、基本的には日本語ほとんど同じものだ」という誤解を与える。それは差別に加担することになりうるし、その点はもっと慎重になるべきだった。

  

なので、製作者側が対策としてできることがあるとすれば、あれをアイヌ語だとする主張を撤回することだ。もしくは「アイヌ語モチーフにした口癖です」ぐらいのかんじで、適当な主張に改めればよい。

いやまあ、今から公式設定を追加して、「このゲーム世界ではこれこそが正しいアイヌ語なんです。現実アイヌ語とは違いますけどご理解ください」という強弁をすることもできる。フィクションからその方法で押し通すことも可能だ。とはいえ、わざわざそれをやる必要は感じられない。

発達障害の子供と心中しても良い法律を作ってほしい

発達障害…というか、キチガイの子供との生活が辛い。

話が通じない。

注意を無視する。

しつこい。

子供は頭を握り拳で殴らないと動きが止まらない。

だんだん子供の頭を殴る回数が増えてきた。

そうしないと子供は奇声を上げ続け、走り回り、ふざけ続ける。

療育施設全然あてにならない。

無難な答えばかりしか返ってこない。

育てる責任もあるが、終わらせる責任も親にある。

これ以上追い詰められて私も頭がおかしくなる位なら、子供心中するしかない。

http://anond.hatelabo.jp/20130809115823

そういえば思い出したが、東京に住みだしそして会社勤めしてから生活の中で

人の呼び名に「お前」「おい」「こいつ」「あいつ」「あんた」といった言葉を使う人間

まるで居なくなったのにはビックリしたな

地元では教師でさえ人呼ぶときそんな呼び方だったのに

東京では「君」ですら、少し感じの悪い人の使う言葉って雰囲気

もう今はこういった人の呼び方聞くのネットだけになった

やっぱりガラ悪いよ。日本田舎って

現実的な話、Googleの代わりの検索エンジンなんてこの世にないでしょ?

Googleのこと馬鹿にするやつ多いけど世界的な権威になって圧倒的にシェア一位になったGoogleの代わりを務める検索エンジンなんてこの世に存在しないでしょ?

いくらGoogle批判しても負け犬の遠吠えにすぎない

結局何を言ってもGoogle提唱するものに従いGoogleから配給される水と乾パンをかじって生活するより他ない

他の選択肢なんて元からないんだから大人しく黙って従えばいい

そうでなければ飢え死にするだけだ

http://anond.hatelabo.jp/20161209165419

社長セリフは全部ポジショントークから、信じてはだめさ。

自分の望む生活ができないレベル給料仕事続けるなんて、人生無駄

とりあえず、転職してみて、今の社会における自分労働価値を知るのが先だね。



いろんな職場を知って、何処も同じレベル給与しか働けないと分かった上で安い給料で働く方が気分良いからね。

エロ同人絵とか書いて副業で稼ぐことも考える余裕ができるというもの

http://anond.hatelabo.jp/20161209165419

全然おかしくない。

やはりちゃんとした生活あっての人生だ。

デザイナーはどれだけ努力しても食える人は一握りだし食えない人の方がずっと多い世界だ。

早めに見切りつけるのはいいことだと思う。

日本経済はムダ使いをすることを前提にできている

みんながみんな倹約家だったらどうなるか?

昼飯も弁当

飲み物コンビニで買ったりしないで家で入れたお茶水筒に入れて持ち歩いたり

距離はなるべく歩いてすぐクルマ電車に乗ったりしない

家もなるべく作らずにサザエさん家みたいに()多家族一家にすむ

洋服も毎年買ったりしないでフリマなどを活用する


みんながみんなこんな生活してたら

景気が悪い

って言われると思うんだ

上に書いたことの逆をやれば景気は良くなる


なんか納得いかない

山奥の廃村で、一人の赤子が産声をあげる

赤子は山を下りとある港町にたどり着いた。

そこで、赤子は一人の優しい老人と出会う。

赤子は、世話をしてくれた礼として、老人にiPadを買い与えた。iPadによって初めて世界とつながることのできた老人は、煌めく情報世界に魅了されていった。

しかし、医療系のバイラルメディアによって、老人の病が悪化してしまう。

悲しみに泣く赤子の頭には、二本の角が生え始めていた。




泣き腫らした赤子は、日の出ずる彼方に向かって歩き出した。むかうは首都トーキョーシティ

道中、角の生えた赤鬼に対し、人々は石を投げつけた。

自業自得だ、ネットを信じる奴が馬鹿だ、と。

しかし、赤鬼は何も言い返すことなくひたすらに歩き続けた。

心に余裕のある人間は、正しい判断ができるだろう。心の弱っている人間に、救いを求める人間に、私は何ができるだろう。




傷ついた心と身体を癒すため、赤鬼鉄格子背中にして、地べたに腰を下ろした。

ふと振り返った先にあったのは、左右対称の巨大建造物国会議事堂だった。

そう、赤鬼トーキョーについたのだ。

そしてその時だ、伸びきった赤鬼の角に、一粒の雫が滴り落ち、ひとつの決意を赤鬼にもたらす。




ネット上の表現活動について、その特殊性に鑑み、公共の福祉のために、今以上の規制必要であると考えるに至った。

政治活動を開始する。

ネット上の信頼性に欠ける情報煽情的タイトル著作権法に反する記事ポルノ画像等、国民生活の秩序を侵害するおそれのある表現に対し、規制を求めていこうではないか

もちろん、偏見実証性のない事実をもとに規制がなされてはいけない。

しかし、我が国における教育による遵法精神倫理道徳観の涵養は、その実効性に欠けると言わざるを得ない。

今こそ、立法による解決が求められるのである

騙される人間を、リテラシーのない馬鹿と切って捨てることができようか。

正論をぶつけて悦に浸っても、社会の安定は導かれないのである

さて、どこからはじめるか。




雨にぬれ赤鬼に、数多の雷光祝言を挙げる。

ここに、一人の増田が生まれた。




こーゆー増田って、書くの難しいわ。

ライターって尊敬する。

すぐにできるメンタルの整え方

長期的にじゃなくて、あーキてるなー涙出てきたやばいなー生活めっちゃ荒れてるなーいい加減ここらで立て直さなきゃーっていうときにできること




・まず深呼吸

・気分が軽くなる通勤BGM

個人的にはアイドル



仕事は流しで

休暇取れそうな日が直近であったら申請しておく。



自炊絶対にしない

野菜とるぞ!中から元気に!」とか思っても自炊で体力もってかれる。コンビニとかの健康っぽいものを軽めに。



・酒は飲まない

一時的はいい気分になれるけど疲れがとれない。



帰宅したら即シャワー

メンタルキツいときって風呂シャワーが異様にしんいから、帰って即キメる。「湯船につかってリラックス♪」も体力持ってかれるからやらない。



パジャマを着る

部屋着じゃなくてパジャマを導入したらリラックス捗ってよい



感情はいったんシャットダウン

いちいち自分に構うと深みにハマるからいったん横に置く。



・あったかくして早く寝る

寝れなくても目だけでもつむる。ただ早く寝ると夜中に起きちゃうのに悩んでる。




こうしてみるとひきはじめの風邪対策みたいだ。他になんかあるかな

マーベル副社長発言日本コンテンツ海外進出について

https://oriver.style/cinema/tcc2016-cb/

日東コミコンが開催され、その中でマーベル副社長であるC.B.セブルスキーさんのトークショーがあったようだ。

該当の記事には多くのブックマークコメントもついており、皆様々な意見を言い合っている。


しかし、この記事で一つ大きな誤解が生まれており、いくつかのコメントはその誤解のために少し的外れな内容になってしまっているように思える。

というより少々作為的意図すら感じてしまう。

記事ではその点についての私見と他国日本コンテンツをどう広めるていくかについて書こうと思う。


マーベル副社長は「日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」などと言っていない。


まず、大きな誤解を招きかねない原因はこの記事タイトルに原因がある。

マーベル副社長日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」

と、でかでかと記事タイトルを掲げているが、記事の内容を見るとセブルスキーさんはそんなことを言っていないのがわかる。


日本コンテンツをどうグローバルなものにしていくか?

という部分は「世界を目指せ!日本映画産業は小さくまとまりすぎている」という段落の中でまとめられている。


日本映画産業は小さくまとまりすぎであるというところ。日本ファン日本の観客のことしか見ていなくて、海外の観客のことを全然考えていない。日本監督映画プロデューサー映画会社もっとグローバルにやっていくべきなんですよ。だって日本にはとても優れたストーリー・テリング伝統があり、日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから物事もっと大きく考えるべき(Think Bigger)でしょう。」


ここでセブルスキーさんが言っていることをよく見るとわかるが

日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから物事もっと大きく考えるべき(Think Bigger)でしょう。」

まり日本映画アニメ文化的ものが受けないとは決して言っていない。

これはセブルスキーさんも言っているが、過去の実績からも明らかだ。

マジンガーZやグレンタイザがヨーロッパの一部で受けたり、セイントセイヤがラテンアメリカで受けたり、マッハGOGOGOアメリカマニアに受けたのは明らかだが、これらの作品果たして海外を強く意識した作品だっただろうか。

巨大ロボットに乗りながらも、強く苦悩したデュークフリードヨーロッパでの受けを狙ったとはとても思えない。


また、アニメに限らず実写映画でも同じだ。

海外で高名な黒澤明や小津の作品アメリカ風ヨーロッパ風、あるいは中国風の映画だっただろうか。

事実はその全く逆だ。

黒澤が作った作品で恐らく最も有名な作品である七人の侍」は時代劇ではないか

侍が出てきて日本刀百姓と一緒に戦う映画のどこに西洋らしさがあるのか。

小津の映画は全編が静謐としており日本人らしさに満ち満ちている。


明らかに日本人らしさに溢れているにもかかわらずこれらの映画はそのどれもが海外で受けた。

モチーフ西洋のものを使っていたとしてもその作品の根幹は日本人らしさで溢れている。


セブルスキーさんは現状存在する日本映画ストーリー・テリング伝統をそのまま貫けば良いといっているだけだ。

ここで注目すべきなのはしろ、前半の部分で海外の観客を見ろと言っている部分だ。

まりもっと単純に考えればいい。

海外の観客にコンテンツを届けたり、今現在既に存在する海外の観客が何を思っているのか良く考えろと言っているのだ。


それは、コンテンツの内容をアメリカ向けに変えろとかそういう話ではないはずだ。

例えばクランチロールアメリカカナダヨーロッパで受けている作品は何かの一覧を発表していた。

アメリカの多くで受けていたのは「ドリフターズ」だった。

なるほど、バイオレンスが好きなアメリカ人らしいと思うが、であればアメリカで物を売りたいのであれば今後そのような作品積極的に送り出せばいい。

しかし、そこでアメリカ人におもねって、不自然アメリカ要素を入れたりするべきではない。

我々日本人の考えるバイオレンスさと、ドリフターズで受けいれられた要素を真剣に考えるべきだ。


アメリカのような作品を作りたいと、アメリカコンテンツ適当にナメタような態度で作ってもアメリカ人の作った作品に敵うわけがない。

まれときからアメリカで育ち、アメリカのものの考え方をしている人のようなことを日本で育ち、日本生活をしているだけの人ができるわけがないのだ。

骨をうずめる覚悟で何年も生活すればまた別かもしれないが、そんな人がなぜ日本映画アニメ産業で物を作らねばならないのか。最早意味不明だ。


日本人日本人しかありえず、それ以上でもそれ以下でもない。

ましてや西洋人中国人では決してない。

それはつまり我々の作る作品日本人的でしかありえずその枠から出ることは決して出来ない。

かならずどこかに日本人的な部分が混じる。


アメリカ世界的なコンテンツを作ることが出来るのはある社会的な前提条件が存在するからだ。

それは文化的多様性をそもそも内包した社会からだ。

インディアン/ネイティブアメリカン生活していた文化ヨーロッパからやってきた文化

南アメリカ黒人文化日系人華僑などのアジア系文化

そのどれもが並立して存在しており、また映画製作現場でも多数の民族文化が交じり合う。

なぜならスタッフもまた多民族構成されるからだ。

このような状況を無理やり日本に作り上げたいなら東宝松竹社長アメリカ人にして、フランス映画監督でも引っ張ってくるしかない。そしてスタッフには多数の外国人スタッフを入れるべきだ。

しかし、残念ながら日本社会でそのような会社を作り上げるのは難しいだろう。

少なくとも主流にはなりえない。

であるなら、我々は逆に日本人であることを貫き続けるしかないのだ。


これは日本人文化SUGEEEEEEEEEEEEEとか日本最高!であるとかそういうことでは決してない。

日本で生まれ日本で育った日本人が「自分ストーリーを語る」とは一体なんなのか?

それを突き詰めると結局日本生活した人間目線から見た作品しかありえないのだ。

そういう意味多様性を語るのであれば

例えば、近年東京で増えてきた外国人日本人交流・衝突を描いた映画であるなら語れるだろう。

あるいは「シン・ゴジラ」のような日本ポリティクスを突き詰めた作品もっと作ってもいい。

最初はなかなか理解されない可能性も強い。

細部については理解やすいようにローカライズするのも構わないだろう。

しかし、将来を見据えるならそういったカルチャーの積み重ねによって理解してくれる人を増やすしかない。

海外では日本被れをweeeabooooといって揶揄する言葉存在する。

では、ハリウッド映画を毎年のようにバンバン見ている私たち日本人はなんなのだ

それこそまるで日本版weeeabooooではないか

日本スターウォーズが年間興行収入2位になる国なのだ

そこらじゅうweeeabooooだらけではないか

もし本当に日本コンテンツ海外に広めたいのであれば、文化的衝突を恐れてはならない。

日本進出したハリウッドがそうであったように。


海外の人が日本的ものを作って欲しいという要望を出しているのにもかかわらず

なぜか海外的なものをつくらなければならないと勘違いしてしまう事が日本では多発する。

この記事でもセブルスキーさんの言っている

日本にはとても優れたストーリー・テリング伝統があり、日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから

という発言を聞いておきながら

日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」

というタイトルをつけるのは雑すぎるだろう。

もっと日本人の観客の言っていること、海外の観客の言っていることを良く聞くという地道な

コミュニケーションを取る方法以外に解決策はないのだ。

そのキャッチボールを行うためにもっと流通網を整備し、海外意見を拝聴できる体制を整えるべきなのだと俺はそう思う。

つーか進撃の巨人実写版日本の客のことも考えてないだろ。

現代ドラえもん100組があったとして。

しずかちゃんは、80人は出木杉と付き合うやろうな。15人はジャイアン、5人はスネ夫か?

で、25歳くらいで、スネ夫結婚するのが、30人、出木杉結婚が40人、ジャイアント結婚が20人、のび太結婚が10人くらいか

  

のび太は、50人くらいはキモオタになって二次元アイドルにハマって一生彼女いないパターンか。30人くらいが、無難就職先でジャイ子結婚しそう。10人が大学デビュー成功してヤリチン化してしずかちゃん結婚。10人は星野源みたいになってサブカルのどうしようもない女とドキュン生活しそう。

  

出木杉は90人がエリートヤリチンになりそう。10人は真面目系イケメン

  

スネ夫ジャイアン典型的金持ちの子ドキュンになりそう。

くりいむの有田が前に言ってたこと

有田結構好きなんだけど、テレビで話してて印象に残ってるんだよね。

おごってやった後にその分のお金を別のことにすぐ使えばいいのに、なんて言っていたわけ。

食事した後金のない後輩と買い物行って、靴が売ってたら「この靴買えばいいのに、さっきおごってやった分の金あんからさあ」なんて言って。

他の共演者もまあまあ、そうだねーみたいな反応で。

いや、おかしくないかい?

だって生活でいっぱいいっぱいの芸人の後輩ってお金があったらこれが欲しい、あれが欲しい一覧にバーッと物が並んででさ。

その中で優先順位をもちろんつけなくちゃいけなくてもし臨時収入があったらこれ買おうと思っているものを泣く泣く一つに絞っているだろうに、その順番を一切無視してたまたま自分の目についたものを「買えよっ」て、「ケチケチしてんじゃねえよ貰った金なのによっ」て。無茶苦茶すぎじゃない?おごるってそんなに偉いかって?相手の持ってる価値観まで買ったと勘違いしてんじゃねえのって。周りの演者も流されてたけどいやあれは驚いたね。