「母親」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 母親とは

2016-07-29

小池百合子がかける集団催眠

小池百合子がかける集団催眠 都民はどこに連れて行かれるのか?

翌25日、武蔵小金井駅前。「ゆりグリーン」を身につけた聴衆が目につく。序盤戦の頃と比べると明らかに緑が増えた。3人の子どもと共に緑色の衣類を身にまとって小池演説を聞きに来た母親もいた。

首都直下型地震対策待機児童問題・・・小池政策を具体的に述べた。体制批判はいっさい口にしなかった。

 

府中市男性(70代)は「(小池は)考えが穏健だと思う」。

小池核武装論者で外国人参政権に反対するタカ派なのである核武装については彼女HPなどで必要性を説いていた。「核ミサイルの配備」まで飛び出した日本会議との鼎談は有名であるHPからは削除しているようだが、ウェブ魚拓が残っている)

外国人参政権については、街頭演説で「反対」と宣言しているのだ。(ただし序盤まで)

 

70代の女性待機児童問題について「(解消するには)給料をあげるしかない。小池さんならすぐできる」。

小池は「空き家を利用する」「都の公園の一部を保育所にする」などと言っているだけで、保育士待遇改善言及していない。皆、だまされているのだ。

 

改革派、実行の人、政策・・・小池は作り上げたイメージをしっかり有権者の頭に刷り込んだようだ。メディア出身だけのことはある。

集団催眠にかけられた東京都民は一体どこへ連れていかれるのだろうか?

 

http://tanakaryusaku.jp/2016/07/00014122

中絶人権問題かぁ。

それより母親への身体負担問題が、中絶問題に一番重きをおくところだよね。

身体傷つけるわけだから、いろいろと不具合も出るわけで。

その安全性を100パーセントにしないかぎり、人権問題の話にまでいけないや。

例の事件きっかけに。僕は少しだけ考える。<感情労働視点から

わたし精神科看護師をしています

相模原市事件を受けて、様々な意見が出ていて、いろいろと考えさせられています

とくに「重度の障害を持つ方に対するケアワーカーの陰性感情」についての議論には、様々な方向から風が吹き荒れているようにも感じました。


そこで私は、今回の事件を受けて「感情労働」とケアワーカーメンタルヘルスについて、少し整理してみようと思いました。

(様々な論点があると思います犯人病理などについては僕には分かりかねる部分が多すぎるので言及は避けます


感情労働(Emotional Labour)とは 1983 年アメリカ社会学者A.R.ホックシールドにより提唱された概念です。[1]

この概念は非常に有名ですので、ご存じの方も多いと思います

 

肉体労働はその肉体での労働を対価として賃金が発生します。

頭脳労働ではその頭脳での労働を対価として賃金が発生します。

感情労働は――肉体労働頭脳労働と同様にーーその「感情」が賃金と引き替えに売られるのです。

感情が「交換価値」を有していると考える訳です。

言い換えれば、感情労働を行う労働者は「上手にその感情管理し、それを提供し、自らの感情と引き換えに雇用者から賃金を得ている」とも言えるでしょう。

この感情労働を行う労働者としてホックシールドは,客室乗務員さら教師看護師なども例として取り上げていました。



さて、私自身も経験がありますが、重度の障害を持つ方に対し、長期間日常生活ケアを行っていると「穴を掘っては埋める」作業毎日しているような気持ちになることがあります

そんなとき患者(あるいは利用者場合もありますが、ここでは患者統一して表記します)に対して陰性感情がムクムクと湧いてきます

これは、患者自身が強烈なストレスや混乱の中にいて、言い様のない攻撃性を援助者に向けていることとも関連します。

患者が抱えるストレスや混乱と同じような感情看護者は感じてしまうのです。

「なんで、言うことを聞かないんだ!」「どうして、噛みつくの!」「何度言ったらわかるの!」と心のなかで大きな声で叫んだことは数えきれないほどです。

ケアする人とされる人の間にはーーもちろん、その関係に限ったことではありませんがーー「感情対称性」があります

(逆に考えれば、「自分自身感情から患者の感じていることを推察することができる」ともいえます。)

こうした無意識プロセス理解をすることは自身感情コントロールするために役に立ちます

しかしながら、このことに一人で気がつくことは、かなり困難であると私は考えます

感情労働概念や、感情対称性について、ストレスマネジメントについての十分な教育や、あるいはスーパーバイザーを交えたデブリーフィングセッションを行っていく必要があると思うのです。でも、現実には、そうしたことはケアワーカーの間では殆ど行われていません。

積み重ねられた陰性感情は、罪悪感や攻撃性、無力感に変化していきます学習された無力感自尊感情の低下や自己効力感の低下も引き起こします

そして、それらはある日、まるで波が引くようにものすごい力で『反転』することがあるのです。


また、前述までと矛盾するようですが、近年の研究では「感情労働は一概にメンタルヘルスに対して悪影響となるものではなく、顧客スタッフとの相互関係から職場にとって良い影響も与えうる」ともいわれるようになってきています。その肯定的な側面として達成感の向上や患者とのつながり感覚を強めること、職務満足感を高めることなどが述べられているのです。

感情労働はそれそのものが罪な訳ではない」と私は考えます

「よくコントロールされること」「よいものとして認知されるようにすること」が大切なのだと私は思うのです。

介護労働者待遇改善などの労働衛生管理については各所で述べられている通りだと私も思います

しかし、ケアワーカーメンタルヘルスに関しては金銭面だけでは解決できないものもあると私は考えているのです。


私は、今回の事件のもの犯人に対して、ある種の憎らしさや強烈な嫌悪感を感じています

当然、許されることではありません。

ただ、私は同時に、どうして今回のような凶行に至ったのかにとても興味があるのです。


同じような事件を繰り返さないために。

自分自身が、同僚が、家族が、被害者加害者にならないようにするために。

社会としてどうしていくべきか。

医療システムはどうあるべきか。ケアはどうあるべきか。

ケアワーカーメンタルヘルスに関してはどう捉えたらよいのか。

わたしたちがコントロールできることとコントロール出来ないことはなにか。


リエゾンなどに携わる専門職が率先し、十分な議論を行い、実施可能な具体策を挙げていけるといいなあと僕は思ったり考えたりしています



武井麻子先生は『感情看護』[2]の中で、Winnicottを引用しています。(P.263)

最後にそれをご紹介したいと思います



ウィニコットは、無慈悲にも自分を怒らせる赤ん坊ケアする母親について、このようなことをいっています

 母親赤ん坊を憎むことを、それをどうこうすることな容認できなければならない。母親赤ん坊に対して憎しみを表現することはできない。[中略]母親に関して最も注目すべきことは、自分赤ん坊によって大いに傷つけられながら、子ども報復しないで大いに憎むことができる能力、そして後日にあるかもしれない報酬を待つ彼女能力である

 同じようなことが看護師にもいえるのではないでしょうか。自分を傷つける者(それは患者であるかもしれませんし、そうでないかもしれません)を憎むことを看護師容認しなければならないのです。」


<参考文献>

[1] A. R. Hochschild, 室伏亜希石川准, 管理される心―感情商品になるとき. 2000.

[2] 武井麻子, 感情看護―人とのかかわりを職業とすることの意味 (シリーズ ケアをひらく). 2001.

[3] パム・スミス, 武井麻子と前田泰樹, 感情労働としての看護. 2000.

[4]Huynh, T., Alderson, M., Thompson, M. (2008)Emotional labour underlying caring: An evolutionary concept analysis. Journal of Advanced Nursing, 64(2), pp.195-208

[5]Benner,P.&wrubel,J.難波卓志訳,現象学人間論看護,医学書院,1989.

2016-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20160728001051

わかる

自分も小3~高3まで学校ではひたすら一言もしゃべらなかったわ

中学に入るまでは友達もいて学校終わったあとは遊んでたけど

中学からはほぼ友達もなしでしゃべる相手は親ぐらい

たぶん緘黙症ってやつなんだけど、どうも学校でしゃべれなかった

小5から中学卒業するまではいじめられてたし、何も楽しくなかった

よく不登校にならずに学校かよってたと思うわ

休み苦痛で仕方なくて、しょうがいから寝たふりするか図書館に逃げるかの二択だった

クラスでも浮いてたからヘタするとへんなやつが絡んできて不安だったし

学校にはまじでいい思い出がない



今思い返すと家は家で辛かった

母親が過干渉父親が無関心・モラハラタイプのよくあるパターン

弟も中1ぐらいからグレだして家でタバコ吸い始めるし

父親自分高校生ぐらいのとき不倫して(しかも3股してたとか。頭おかしい)結局離婚ちゃう



改めて書いてみると自分の不幸度けっこう高いな

http://anond.hatelabo.jp/20160728172802

続き。



ちょっと遡るけど、"男に抱かれたい話"に欠かせないんで、話しとく。

これも正確な時期全然分からんのだけど、多分中学の時。シャワ浣アナニー(ただしイけず)を日常としながらも性自認は男だったし性対象も(幼い)女性だった頃(あ、別に今もそうですけど)。

女性の下着への性的興味が高じて、母親の下着を盗んだ。ブラとショーツ。

ショーツのクロッチ部分、つまり普段マンコを隠してる部分だ。

ここに異常に執着が湧いてた。

オカンのだよ、オカンパンツなんだけど、女性下着には違いないと、ほとんどなんの葛藤もなく、オカンパンツを盗み、部屋でくんかくんかし、そして・・・・・ま、穿いてみるよね。

一緒にパクったブラもつけた。これがもうすげぇ興奮した。

別にこれでフル勃起したとか、死ぬほどオナニーしたとか、そういうのはないんだが、身に着けるだけで興奮して、それでまあまあ満足してた。

それ以来たびたび、部屋でこっそり着けてた。

誓って言うが、母親には性的興味はなかった。

その頃から今でもそうなんだが、下着は下着として性的に興奮するんだよ、オレ。

フェチっつうか。新品の下着でも全然問題なく興奮する。

それからもう一つ、チクニー

つまりオナニーの時などに乳首をいじって快楽を得ること。

これも中学生ぐらいの頃にはやっていた。

性自認が男だ、性対象が女だとなんぼ言っても、肝心の、性的なことをさせてもらえる女がいない以上、やっぱりこれも自分にやってみることになる。

なんでそんなことをやろうと思ったのかとか、どんな感じだったのかとか全部忘れてるんだけど、いつの間にかやってた。

最初の頃はくすぐったいだけだったのは、なんとなく覚えてる。

でもその時点で、なんとなく「『くすぐったい』は『快感』に繋がってる」というのを理解してた気がする。

多分、アナルの経験からかも。あと影響を受けたエロマンガでは大体最初はくすぐったがっててもすぐに喘ぎ出す、というのが続けてた根拠だったんじゃねえのかな。

そんで、まあ、じきに気持よくなった。

ああ、この辺、ホント時間順はよく覚えてない。

アナル始めたの、アナルが良くなったの、乳首を始めたの、乳首がよくなったの、射精が出来るようになったの、射精猿になったの、アナル乳首チンコを組み合わせるようになったの。

タイミングいまいち記憶にない。

とりあえず、アナニー(イかず)の頃には多分乳首いじりはしてなかった、ような気がする。

あと、チンコ射精オナニーを覚えたての頃にも乳首はいじってなかったと思う。

ただ、たまーに、いじってた気はする。

高校~浪人大学くらいの頃だったと思うけど、妄想で、オレのオリジナル妄想キャラで猫耳少女、っつっても、オリジナルっつってもそろころのエロマンガとかで猫耳少女死ぬほどあったからそういうののツギハギだけど、一応自分で組み立てたキャラのねこ耳少女があって、妄想の中でその子をしつけるというのをやってたんだけど、当然しつけるのはオレで、しつけを受ける猫耳少女もオレ。

ベッドで四つん這いになって、尻突き上げて、"オレ"の命令に従ってパンツおろして、アナルをいじり、乳首をいじったりした。

これは随分感じた。

射精を覚えてしばらくしてからチンコをしごく前に"猫耳少女妄想"タイムを入れるとよく捗った。その後の射精量もすごかった。

たいぶ乳首への愛撫に工夫や時間をかけるようになった。

肌に汗などがついていると滑りが悪く、刺激が上手くいかなかった。

これもやっぱりローションでも使えば捗ったことだと思うが、やはり手に入らなかったし、兄弟と同部屋の2段ベッドでやってるのだから後始末を考えるとそうそう使えるわけもない。

ベビーパウダーというのは大分経ってから思いついたんだが、その頃にはアマゾンでローションを買って一人部屋でするだけだったかのだから後の祭りというか、あの頃のオレ、残念だったな、というばかりだ。

いくつか、通説(あるいはエロマンガ描写)とは違うと思ったことがあって、まず、乳首は感じても勃ってこなかった。

寒い時、あるいは寒気(もしくは感動でもいいが)で鳥肌が立つような時に乳首が硬く勃起した。

で、勃起した乳首は、柔らかい時とは段違いに感度が低く、いじってもなんとも感じない。

それと、摘んだり、弾いたり、捻ったり、引っ張ったりしても、別に感じなかった、というよりは、少し痛いだけだった。

から、その頃のオレの"猫耳少女妄想"をするときは、半裸になっても寒くないような状況を作っておき、さりとて暑くて汗ばんでしまうようでもやはり乳首弄りの障りになるという、なかなかセンシティブ状況設定が必要だったし、愛撫にも、そうっと触って、撫で回すような感じ。

勃ってくる兆候があると手を止めて落ち着くのを待つ。

そんな、本当にセンシティブな、本当に女を前にしたらそこまで丁寧にやらんだろ(相手が事実として今のタッチでどれぐらい感じてるのかとかわかりようがないわけで。自分自分にやってる愛撫だからフィードバック完璧なんだよね)って言うレベルの前戯?をしてた。

これで、随分乳首が開発されて、制服の胸ポケット生徒手帳を入れる時に乳首がこすれるだけで(ハウッ・・)となる程度にはなったし、その積み重ねで、普通の射精オナニーも随分捗った。


ああ、ここでちょっと思い出した。というか、ここまで書いて、やっと気づいた。

オレ、親父がクソだったのね。

まあ暴力もそれなりにあったんだけど、怒りっぽくて、支配的で、でも粗暴なわけじゃなくてなんというか、、、、よくわからねえんだけど、細かいことにすげえ口うるさくて、アレコレ口出すし指示するし、逆らうと怒りだして怒鳴ったり、たまに手が出たりするような感じ。

怒られるのがとにかく怖くて、ずっと従ってた。

従ってればよかった。

から、オレは”従う性”の女セックスをしたくなったんだ。

こういうのもちろん語弊あんだけど、まあ概念的なね。

ポリティカル・コレクトネスとしてアウトなのは分かるけど、従来的な、旧来的なジェンダーとして。家父長思想的な性として。

”男に蹂躙される性”。

それと同時に、男に傅かれたかったんだよね。

男に奉仕されるセックス

奉仕させるセックス

女になって、マンコとアナルチンコ挿入されて、両手にチンコつかんて、口にチンコ咥えて、乳首や首筋とかこってり愛撫されて、イキ狂う。

そんな雌ックスがしたかった。



それでね、これから書くことは汚いと自分でも思うし、いよいよ本格的に引かれると思うけど、シャワ浣するとさあ、直腸は綺麗になるんだけど、水が多少腸内に残るのね。

で、それはそのままシャバーと水で出てこなくて、よく知らないんだけど、腸内の粘液とか粘膜と混ざって、ゲル状とは違うんだけど卵の白身っぽいような、どろどろぷりぷりした、まあ粘液みたいな感じで出てくるんだよ。

からシャワ浣した後にアナニーしてると、偽チンコ、まぁディルドだったりバイブだったりしょう油ミニボトルだったりすっけど、くっついて"それ"が出てくることあるのよ。

くっついてでなくても、事後にブジュッと。

前に書いた、内山亜紀なんかであった、少女のマンコとかアナルに酒なりシャンパンなり入れて、グラスに出させて飲むやつの真似して、それをね、自分で飲んだりしてた。

もしくは、普通にマン汁をすすり飲んでるつもりで、その、オレ自身の腸から出てきた粘液をすすったりしてた。

よく腹壊したりしなかったよなあとか思う。

あ、もちろん自ザーは当然のように飲んでたよ。

いや面倒くさいから基本はティッシュとか、風呂で出して流したりとかだったけど。

でもティッシュで拭く前に指ですくって舐めとったり、顔まで飛んだの舐めたりとかね。

ティッシュで拭ききれなかったのとか、指についたのとかね。

自分で出したのを全部飲みきったことは生憎とないね


ちょっと無駄多いんで整理するわ。

小学校の時から「女の立場」で男と抱き合うのにドキドキしてた。

中学ロリエロマンガ同人商業ともに)に触れてロリコンになるとともに、作中でのプレイをさせてくれる相手もいないし、作中で犯されるロリヒロインがあまりに気持ちよさそうなので、自分身体ロリヒロイン見立てて、シャワ浣をしたりアナルにビー玉入れたり、しょう油のミニボトルにお湯を入れて挿入する等のプレイを重ね、アナル快感を開発していった。

・ちなみにシャワ浣は今でもしてる

・同じ頃、乳首も、妄想の猫耳少女自分投影して弄りまくり、だいぶ感じるように開発した。

普通チンコオナニーのしかたは分からず、カウパーで亀頭こすりぐらいしかしておらず、未精通だった。

・高校卒業してほどなく初めての精通を迎え、チンコをしごくオナニー猿になる。

・ただ、シャワ浣だけはずっと継続普通にうんこが出来なくなった)。

アナル弄りと乳首弄りをしながらチンコオナニーすると大きな快感を得られるが、準備や後始末に時間がかかるので、たまーにやる特別オナニーだった。

まあそんな性ライフの私も社会人になるわけですよ。

社会人になって金が飛躍的に余裕が出た。

そっからはもうね、金に明かせて超速の進歩を遂げる。

女児下着上下プリント女児パンツジュニアブラ)とか、もっと格好いい感じのスポーティ上下セットとか、とりあえずデザインが気に入った女児パンツ、大人ショーツ、安っぽい300円綿ショーツ、それにオレが履けるサイズニーハイソックス各種、フリフリにリボンがついてるような純白のやつから、縦縞、横縞、ビビッドな色にアースカラー、おしゃれカラー、網タイツみたいなスケスケ。

ブラ・ショーツ・ニーハイソックスだけで随分種類集めた。

たまに身につけてはみたけど、まぁその当時は今よりずっとスリムではあったけど、生来筋肉質の太い脚にニーハイソックスはとても似合うもんではなかったし、女児パンツぱっつんぱっつんジュニアスポブラもキツキツ。

なんかほら、下着だけとは言え、女装するなら「可愛い女の子」に成りたかったモノとしては、惨憺たるザマだった。

まぁ、それは"着たこと"の満足でよしとしよう。

似合わないとかサイズ合わないは泣いて飲み込んで。

あと、金で、通販でローションとディルドー買った。

それまで、しょう油ボトルだの、タオルの結び目だの、そういう代用品じゃなくて、ちゃんとした"ペニスの代わりに使う性具"を、比較的自由に入手出来るようになった。

この頃にはね、もうはっきりと出てきてた。

男に抱かれてみたかった。

オナニーする時には、犯される女の子感情移入して、女の子視点でエロマンガとか読んでた。

ネットとかで可愛い絵とか良いエロ絵を見ると「いいなあ可愛いなあ(こんな格好してみたいなあ)、エロいなあ(こんなエロいことされたいなあ)」ってなってた。

TSモノにはっきり興味を持つようになって、探しまくっては読んでた。

ホモマンガあんまり充実してなかったのか、その頃にはまだ興味沸かなかった。

TSもそうだけど、エロマンガですごく好きだったのが、大勢に輪姦されるタイプ

サンドイッチファックされて、同時にフェラもさせられて、両手にも別の男のチンコ握らされて、両乳首をそれぞれ別の口や手で吸われたりこね回されたりするの、天国かよ!って思ってた。

それらと同時に、会社の有人から誘われて、風俗にいった。

もうね、これがハマった。ヘルスにアホのようにハマりまくった。

行ったのは、錦糸町曙町歌舞伎町あたり。

安くてサービスもちゃんとした、良いヘルスいくらでもあった、石原都知事の大浄化作戦以前。

一番行ってた時は週3を1ヶ月くらい続けた。


から、この頃のオレの性ライフ三本柱は、

・下着女装

・ローション・ディルドーつかって乳首アナル責めてのチンコオナニー

ヘルスイメクラ

ああ、女体経験なかったんで、色んな女性の裸見て、キスして触って舐めて、咥えてもらって、挿入以外はなんでも出来るの、とても良かった。

後で思い出してオナネタにしたりした。

そうするうちに、まあ金は無くなるし、サービスはいいんだけど結局飽きは来る。

そんで、ちょうどヲタコスを大量に常備したイメクラがいくつか出てきた。

それ以前のイメクラって、女子校制服電車セットで痴漢したり(これはやった)、ブルマに体操服で女生徒セクハラしたり、こっちは白衣来て、補修だとかいって教官室に呼び出して成績の代償にセクハラとか(これ全部やったやつ)で、アニメなりきりプレイみたいのはまだ少なかった。

だもんで、アニメプレイはハマった。

大いにハマった。

実はときどき自分シナリオ書いて持ってってた。

これが結構好評だったんだよね。

公式ページに乗せてもらったりした。

そんで、オレが行きつけになった店の、オキニになった娘が本当になりきりプレイというかキャラ演技の上手い子で、エヴァプレイとかKanonプレイとかCCさくらプレイとか色々やった。

メアドを交換して、空いてる日を教えて貰ったり、どんなプレイをしたいか予告して、コスを確保してもらったりしてた。

オレが特別扱い受けてたってわけではなくて、常連客は大体そうだったんだろう。

まあでもそのうち恋人が出来たので、ぱったり行くのはやめた。

恋人とは、ごくごく普通に、猿のようにその後めちゃくちゃセックスした。

そんで2年くらいで別れて~。

まだオキニさんが続けてたんで、連絡とって予約して

で、またハマった。

まぁそれで、オキニさんからも時々プレイ提案もらってたのね。こんなコスでこんなのしませんか?て。

で、ある時、レズプレイ提案されたことがあったのね。

つまりね、お店の、アニメとかエロゲーヒロインのコスを"オレも"着てみませんか?という提案

これはねえ、もう本当にねえ。

ドハマりした。

そっからは、そのイメクラプレイルームけがオレの聖域《サンクチュアリ》。

Kanon制服も着た、サクラ大戦アイリスエプロンドレスも、エヴァ中学生服も、ディズニーアリスエプロンドレスも、ミニスカフリフリゴスメイド服も、JK制服も、巫女服も着た。

店にあった、サイズの合うコスはほとんど着た(その頃まだ痩せてはいたけど、紳士Lサイズの男なんでやっぱ限定はされる)。

オキニの子、仮にイヴちゃんとでも呼ぶけど、イヴちゃんにきっちりメイクしてもらって、それからドンキでロングヘアーウィッグ買って持参して、キャラに合わせて結んだりまとめたりして整えてもらって、レズプレイをした。

レズプレイというのかな。

レズプレイだとしたら、完全にオレはネコで、イヴちゃんがタチ。

「オレは大人しくて初心で(場合によっては相手に開発されてるけどまだ羞恥心がある)、いやがりながらもあちこち責められて感じて来ちゃって、最後はペニバンでアナルを突かれてフィニッシュ

これが黄金パターンになったわけよ。

基本の流れだけ決めて、会話とか責めの手順とかリアクションアドリブ

イヴちゃんは実に上手かった。いやフィンガーテクとかフェラとかもちろんだけど、やっぱりセリフとか展開のアドリブがね。

ちゃんと作品をよく知ってた。

まあオタの目から見ると、ううん?と思うこともないではなかったけど。

今思うと、こんとき写真撮って貰ってたらよかったなあ。

でもこれも次の恋人が出来て終了。

オナニーに逆戻り。


続く。

次で入り切ると思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160728030422

はい、あーん」シチュ経験はないがどちらかといえば好き。

個人的解釈としては、これは赤ちゃんプレイの超ソフト版なのではないかと。

赤ちゃんプレイは、「母親に守られることに安心感を覚える」ことと、

赤ちゃんになっているという倒錯感」がメイン(と私は解釈している)だが、

この場合該当するのは母親に〜の方のみ。

あーん♡されることで、食事という大切な行為を任せ、甘えるという行為幸せを感じているのではないだろうか。

多分あーんが嫌な人は、個が強く、男が守られるとかはNGな御人なのではないだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20160728021853

マジレスすると両親と両家がかなり仲悪くて

結婚デメリットばかり母親から説明されてきたからだよ☆

2016-07-27

あと父親知能指数高いけどブサイク母親は顔はまあまあいいけどバカ

これからまれ子供ブサイクバカ

汚れた遺伝子子供人生を潰すし血を劣化させるから責任とれよな

発達障害とか知的障害とかの親って俺私は普通なのに子供はなんで、、って言ってそうだけど

お前の遺伝子管理能力以外何があるんだとしか

父親知能指数高いみたいだけど母親が低いみたいだから私の血が劣化した

もっと遺伝子は選ばなきゃね

歩きスマホが危ない道幅の狭い住宅街に、ポケモンGOが来た。

うちの子風邪でダウンしてしまったので、今日会社休みをとった。今、子どもは寝ているので、様子を見ながら、先週末から気になっていたことを、長文に書いてみよう。

立て込んだ住宅街で、アップダウンが激しく、カーブの多い道幅の狭い道路が入り組んでいる・・・東京23区住宅街では珍しくはない道路事情だろう。私が日常的に駅へ行くのに使っている道路も、そのような地域の人々の生活道路ひとつだ。道幅は広いところで5メートルあるが、全体をつうじては4メートルのところが多い。歩道は確保されていない。タクシー運転手も嫌がるような一方通行の狭い道だ。

その道路の中でもとりわけ道幅が狭い区間が、200メートルほどある。一番狭いところは道幅3メートル50センチだ。

この道は私たち住民生活道路だが、数百メートル向こうを通っている幹線道路への抜け道として「抜け道マップ」に掲載されたこともあり、ただ通過するだけの車も少なくない。近隣のコンビニ配送大型車もひっきりなしに通る。時間帯によっては学生ママチャリも多い。住民は、ベビーカー子供を乗せたお母さんも、歩行補助のカートを押して歩くおばあちゃんも、道路幅のわりに多い交通量に気を使いながら、びくびくして歩いている。

歩きスマホ」は、この道では、既に問題として指摘されていた。駅に向かう人と駅から歩いてくる人が狭い道路の両側にいるだけで、道幅は半分以下になる。車はひっきりなしに通る。そこで歩きスマホなどしたらどういうことになるか・・・後ろから車が来ていることにも気づかずに手元を見て歩き続けている人がいたので、見かねて、すれ違うときに「危ないですよ」と言ったこともあるが、「何、このおばちゃんは?」という目つきで睨み返されただけだった。

この道路は曲がりくねっている。道路幅が5メートル区域からカーブを描いて下り坂を曲がったところが幅4メートル、その先が幅3メートル台の区間で、歩きスマホという問題などなかった時代でも、カーブを無謀にも飛ばしてくる土地勘のない車と、歩行者自転車が接触しそうになるようなことは、しょっちゅうだった。せめて拡幅すれば危険は軽減できるとして、区の「安全安心な住み良いまちづくり推進評議会」のようなところでも議題になったそうだ。だが、道路の拡幅は一向に実現しそうにない。地権者が多すぎて埒が明かないのである

私自身も、先日、そこでヒヤリとする目にあったばかりだ。日曜日で、ママチャリスーパーに買い出しに行くため、道路の左側を徐行していた。私の10メートルほど前にはカートを押した高齢者ゆっくりと歩いている。道路の右側は幼い子ども2人の手を引いた父親母親が歩いていて、それだけで道幅は半分以下だ。ここに車が来たら危ないなあと考えながら、私が高齢者ほとんど追いついたときカーブの向こうから歩きスマホ若者が現れた。面白いマンガでも読んでいるのか、画面をスワイプしながらニヤニヤと笑って歩いてくる彼は、高齢者に気づかず激突しそうだ。そこは高齢者が慣れたもので、電柱の際に立ち止まり若者を先に通そうとした。歩きスマホ若者道路の左側をそのまま歩いてきて、右側の親子連れとすれ違おうとする瞬間、両者の間に確保された狭い空間を抜けて、私はママチャリで進もうとペダルを踏み込んだが、急に歩きスマホ電柱に気づいたのか、道路中央に向けて足を踏み出した。「フラフラ道路の真ん中に出てきた」のである。このままでは私が歩きスマホに激突してしまう。反射的にハンドルを切って自転車の急ブレーキをかけた。後続の自転車が反射的に左に出て、電柱脇の高齢者に気づいたのだろう、左後ろからブレーキの音がした。同時に、カーブの向こうから下り坂でスピードに乗ったミニバンが曲がってきた。子どもの「あっ」という声が聞こえた。歩きスマホは下を向いたままこっちに歩いてくる。耳にイヤホンがささっているのにそのとき気づいた。後続の自転車のおじさんが「っぶねぇ!」と叫ぶ声がした。

いったい、どのようにして何事もなく済んだのか、回想しても思い出せない。私は気づいたら道路の右側、縦一列になって立ち止まっていた親子連れの後ろで自転車を降りてハンドルを支えていた。道路の左側では、電柱脇の高齢者も、歩きスマホ若者も、後続の自転車も、通り過ぎていくミニバンとは接触していなかった。一瞬のできごとだった。でも、長く感じた。スローモーションに見えた。

歩きスマホが急に道路の真ん中に出る前に、一瞬でいいから画面から目を上げて周囲を確認し、できれば道路脇に寄って立ち止まってくれていたら、あんなふうにヒヤリとすることはなかっただろう。

こういう環境に、「ポケモンGO」がやってきた。この先で道路が少し広くなっているところに、何かのスポットがあるのだそうだ。

日曜日夕方、狭い道路で、2列に広がった男子2人組が、一心不乱にスマホを見つめて歩いてくる。「男子」と言っても20歳は超えているようすだ。普段この狭い道路を使っていれば、体の小さな子どもでも、この道で2列になって歩いたりはしない。その後ろのほうには、自転車にまたがって、ハンドルにもたれかかってスマホ操作をしつつ、つま先で地面を蹴りながらふらふらと進んでいく15歳くらいの少年もいる。前方などまるで見ていない。この先はカーブだし、右方の道から出てくる車もいる。事故が起こらなければいいけれど。

ポケモンGOで歩いて健康増進」と言って宣伝するのはよい。スマホアプリを起動したままで歩くだけなら何の問題もないのだからしかし、せめて、画面を見ていなければならないようなシーンは公園敷地内のような広いスペースや、歩道が整備されている場所だけにしてくれないだろうか。それでも「歩きスマホ」に係る問題は避けて通れないだろうが、人と自転車と車がひしめきあっている幅の狭い生活道路に、多くの「歩きスマホ」が出没することは、シャレにならないのだ。

ARがどうのこうのなどという高尚なことは、現に人間暮らしているリアル世界に持ち込むのなら、交通事故のような基本的安全性を確保してから実験してほしいと思う。

別に友達が死んだからってお前等どうでもいいんだろ?

例えば中絶とかすると

「生まれてくる子に罪はないんですよ!」

という趣旨のことを叫ぶ人権おばさんが沸いて出るけど

たかが死だろうが。

そもそも人の生き死には罪の有無で決まったりしない。


友達が死んだってかまわない

両親が死んだってかまわない


命なんて尊くもなんともない

まれたら死ぬのは当然

小学校低学年の頃、クラスメイトが亡くなった

自分はその報せを受け取ったときコロコロを読んでて

母親が「ちょっと、○○くん、死んだって」って

でもそのときはまだ年端も行かなくて、死ぬってことが理解できていなかったし

「そんなの嘘だよ」と言って、またコロコロに熱中した。交通事故だったそうだ

告別式で周りの人はみんな泣いてた

よくわからなかったけど

の子と仲の良かった子が、棺の前で作文を読んだ

いっしょに折り紙をして○○くんは鶴を折るのがすごくうまかっただの

給食時間牛乳瓶のフタをいっしょに集めただの

そのときやっと、死ぬってことがどういうことか分かって

わんわん泣いた

このときの死に対する理解

「二度と会えない存在になる」というもの

告別式が終わって、母親たちが集まって抱き合って大きな声で泣くのを見て

スーッと体の芯が冷えていく気持ちがした

だっての子の死を悼んで泣いているわけじゃないんだ

その場の空気に泣かされているのか、自分に照らし合わせて泣いているのか

それは分からないけど

友達が死んだってどうでもいいよ

連絡を取って会う人なんて限られてるし

生きてたって二度と会わない人ばっかりになってしまった

命なんて尊くない、尊くない命なんてない

今更兄が親の愛情とかうるさい

やれ親孝行は生きているうちにしかできないだとか、両親にみんなでプレゼントをしようなどという話を突然押し付けてくるようになった。

挙句の果てにどこから拾ってきたかもわからない”母を亡くして初めてわかること”みたいなメッセージを送りつけてきた。

そこにはおせっかい愛情だと気づく内容や、喪失感母親が死んでしま現実直視できないといった内容が並んでいる。

だけど一つ言いたい。

あなたはさっさと親をわたし押し付けて一人家を出て遠くで暮らしていたではないか



そこで家庭を作って一生懸命生活していたことは知っている。それなりに沢山の苦労もしたことだろう。

だけどそのせいでわたしは未だに親元をつかず離れずでずっと親の面倒を見続けてきたのだ。

あなたがいなくなってから少なくと10年以上親と暮らしていたのはあなたがろくに連絡もよこさなくなったからだ。

「親の面倒を見るのは子供仕事」そう言い聞かせては、仕事でどれだけ疲れようとも親との生活に耐え続けたんだ。

たまの休みも親の相手をしてろくに外出もせず、恋愛なんてする暇もなく仕事と親とに挟まれ生活し続けてきたのだ。

それが子供の正しい姿だと信じて。

それなのに、その間あなたは何をしていたのだ。

そんな生活に耐えかねて、わたしが家を出ようとした時にもっともらしいことを言って反対していたことをわたし絶対に忘れない。

わたしだってそのことに罪悪感がなかったわけではないんだ。欲しかったのは後押しの一言だったのに。

だけどある日、母親から電話わたし決断した。あの時、わたしの中ではもう母親は死んだのだ。



今のままの生活では自分ばかりが犠牲になってよくない。

そう思って、激務と両親の世話との中で少しでも体を休めることにしか使っていなかった休日に、できるだけ友人と外出するようにした。

わたしわたし人生の中でわたしの楽しみや幸せを探さなくてはいけないと思ったからだ。

わたしが留守なのを知ってか、携帯には母親からメール留守電が頻繁に入ってきた。

どれもが些細な内容なのだが、必ず母親は「困っている」「助けて欲しい」という言葉を入れてきた。

後になって分かったことだが、それは親が子供コントロールするための呪詛だったのだ。

なぜなら、困っている人を蔑ろにすればそれは悪い行いになる。わたしがそれを断れば、母親は叱ることと許すことの権利を得られるのだ。

母親はそうして、断っても受け入れても自分が優位に立てる方法経験から学んでいたのだ。

その都度友達を待たせては対応していたが、いい加減嫌気がさしたわたしちょっとしたことならすぐに返答することをやめて、家に帰ってからまとめて対応するようにした。

しかし、母親にしてみればその内容自体目的ではなく、わたしの行動をコントロールすることが目的なのだ

わたしが何とか時間をつくって外出をすれば、その度に母親から送られてくる内容は段々とエスカレートしていった。

そしてある時、わたしの中で何かが壊れた。それは、母親から留守電きっかけだった。



その時期は本当に仕事が忙しく、文字通り1ヶ月ぶりの休みだった。

直前まで取れるかわからない休みだったにも関わらず、友人はわたしとのティータイムに快く応じてくれた。

そんな友人の無償の愛に感謝しながら足取り軽く一人で買い物をしていたときのことだ。

待ち合わせの時間確認しようと携帯を見ると母親からの不在着信と留守電が入っていた。

聞くのを一瞬ためらったが、面倒なことでなければ先に済ませてお茶を楽しむことに専念したかったのだ。

しかし、そこに入れられていた留守電は、わたし絶望の淵に突き落とすものだった。

ただ一言、とても弱り切ったような声で「わたし破産ちゃう」とだけ入っていた。

今になってみれば他愛のない幼稚な脅し文句だったと思うかもしれない。

だけど、その瞬間にわたしのなかで今まで耐えてきたものが全て、まさに音を立てんばかりの勢いで壊れてしまった。

使うあてのない給料から生活費は十分なほどに入れている。

お金だけではなく、一緒に外出したり頼まれごとも全て引き受けてきた。

何より、自分時間犠牲にしてもいつも心配して面倒を見続けてきたではないか

おかげで30を過ぎても結婚もできず、職場と家庭でばかり頼りにされる存在になってしまった。

それなのに、それなのにそんな言葉をなぜわたしに投げかけてくるのか。

まるでわたしが原因であなた破産させてしまうかのような言葉ではないか

わたしはこみ上げてくる感情をこらえながら急いでトイレに駆け込み、一人泣き崩れてしまった。

もう友人に会える顔ではない。メールキャンセル謝罪を送ると、途端に虚しさが怒りに変わっていくのが分かった。



怒りに身を委ねたまま家の玄関を開けると、兄の靴があった。

一瞬躊躇したがここで止まる訳にはいかない。

居間のドアから母親と兄の談笑が聞こえてきていた。

わたしは勢い良くドアを開けると無言で財布からありったけのお札をテーブルに叩きつけた。

何事かと目を丸くする二人を前に、できるだけ冷めた声で「後いくら足りない」と母親に向かって言った。

母親が唇を一文字に噛みしめて下を向いたと同時に、真っ赤な顔をした兄が怒鳴った。

「何してんだお前!!」

わたしも負けずに怒鳴り返す。

わたしにどうしろというんだ!!」

そう叫んでから、全身から何かが吹き出していくような感覚に襲われ、わたしは床を激しく転げた。

叫びながら、床を叩き、蹴飛ばし制御の聞かなくなったおもちゃのようにその場をぐるぐると回って、そしてまた泣いた。

兄はどうすることもできずに立ち尽くし、母親の嗚咽が聞こえてきた。



それからまもなくわたし実家から駅に数百メートル近いところに引っ越しをした。

その後、知人の紹介を経て結婚をして、今では二人の子供がいる。

あの時、わたしはもう母親の望む子でいることをやめたのだ。

それまでは母親の願いを聞き続けることが親孝行だと思っていた。

でもそれは間違いだった。

母親にしてみれば、自分幸せ子供から愛情を受け取ることだったのだろう。

ずっと一緒に暮らしていたのだから母親はそれしか幸せを知らなかったのだ。

ならば手放したくないのは当然だ。

でも、それよりも子供がもたらすことができる幸せもっと沢山ある。

親の幸せのために犠牲になっていく子供を見せるより、独り立ちして沢山の幸せを得ていく姿を見せるほうが、本当は親も幸せなはずなのだ

それを教えることができるのは、ほかならぬ子供本人なのだ

本当に幸せそうに孫を抱いている母の顔を見ると、それが間違いではないことを確信できた。



あの留守電が入っていた日、わたしの中で母親の望むわたしが死んだ。

同時に、わたしの中でわたし愛情幸せになる母親も死んだのだ。



それから母は、幾つかの習い事を始めた。自分の中で自分幸せになる方法を探し始めたのだろう。

そう考えると、母もまた、子供愛情をもって接しなくてはいけないという呪いにかかっていたのかもしれない。

ある一定の年齢において、親と子とが離れて暮らすことはそれだけで大切なことなのだろう。

しかし、まもなく50になろうとする兄を見ていると、一概にそれが正解だとは思えないところもある。

距離的な自立があっても、精神的な自立が成り立つかどうかは別なのかもしれない。

だけどこればかりはわたしいくら兄に話しをしたところで無駄なことだろう。

自分で気づいて自分で自立しなくては意味が無いからだ。

そんなこともわからずに今更親の愛などと送りつけられれば、うるさいと思うのは当然だ。



母が死んだら当然悲しむだろう。

でも、そこにわたしがどれだけ愛されていたかを探すことはないし、きっと後悔もしない。

私の幸せに親から愛情はもう含まれていないし、本当の親孝行は、わたしわたし家族が正しく幸せなっていく姿を見せ続けることなのだから

からいつまでも長生きして欲しいと思う。

でもそれは、子供が悲しむからじゃない。いつまでも幸せでいてほしいと願うからだ。

母親キャバ譲だと絶対人格歪むよなあ

もちろん生活苦からとかやむにやまれぬとかなら分かるけど

いやそれでも人格形成に多少ゆがみが産まれると思う

からハーレム重婚合法化しよう!

被害者のお涙頂戴報道」がない

言われて気がついたが亡くなられた障害者の方々のお涙頂戴報道ほとんど見ないな。

秋葉原の時はあんなにいいこだったのに!的な被害者エピソードをたくさん見かけたけども、今回は見ない。

なんでだ?と思ったがそりゃそうだよな、施設に入居するレベル障害者もの

結果的犯人と同じセリフになるが「障害者は死んだほうがいい」と言わんばかりの障害持ちなんだよな。

からお涙頂戴エピソード報道できるほど良い話がない。

施設に入居するレベル障害者は本当にやばい

町中でたまに大声で喚く障害者の息子を必死で押さえつける母親とかを見かけるけど、

あんなのが可愛く見えるレベル

一度見に行ったことがあるけど本当に「この人たちは何のために生きてるのか」と言わんばかりのレベル

報道がないのは、単に、報道するネタすらないって話だと思う。 

2016-07-26

甥っ子が性犯罪者予備軍にしか見えなくて辛い

今年で高校三年生の甥っ子が心配で仕方ない。

異性との交際歴は多分まだない。

からかって聞いてみても、本人必死になって否定するし。

好きなものラノベ

ヲタからダメなんて言わないけど

ここ最近飯食いに行こうが花見に行こうが

ずっとひとり離れたところでiPhone覗き込んでラノベ読んでる。

人の輪に入るのが苦手っていうか嫌いみたいで

正月家族が揃ったりする場でもひとり部屋に閉じこもってラノベ

学校でも孤立してるみたいで、唯一の友達ママ

夏休みだってのに友達からの誘いはなく

母親USJに行ったり、母親職場に付いていったりしてるらしい。

何度かそれとなく進言したんだけど、自信家の姉にとって

溺愛してる息子は唯一の泣きどころなのか、何か言おうものなら

もすごい剣幕で言い返してきて手の打ちようがない。

親がダメならと甥っ子のLINE

ママにも言えない悩みとかあったら言えよ」って送ってみたけど

何件か送って全部既読スルーだった。

そんな甥っ子が満面の笑顔になったのが、知り合いの娘を抱っこした時だった。

5歳の女の子に異常なほど興味を示して

「俺が抱っこしてあげる!」って聞かなくて

「じゃあお願い」って預けたらもう離そうとしない。

頬ずりまでしてずっと薄ら笑顔浮かべて

いくら甥っ子とはいえ、背筋が寒くなった。

知り合いの母親は当然空気を察知してて

ありがとうございました」とだけ言って

やんわりと自分のもとに戻したんだけど

その時の寂しそうな顔といったら。

いつか幼女誘拐とか監禁とか、大きな犯罪を起こしそうで気が気じゃない。

でも母親は頑に周囲の意見には耳を貸さない。

人それぞれの成長の速度があるんだからほっといてくれの一点張り

どうしたらいいんだろう。

事が起こってからでは遅いんだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20160726173728

ってことはお前、四半世紀も頭おかし母親放置してたわけだな

まあ

まず増田病院行けよ

http://anond.hatelabo.jp/20160726171827

母親は俺が物心ついた頃には既にあんな具合だった。

http://anond.hatelabo.jp/20160726150803

白状すると自分は29歳職歴なし無職で家を出たら生活できない。この家を出ればホームレスから生活保護まっしぐらだ。生活保護がそんなに生易しいもんじゃないこともわかってる。

母親に薬漬けになってもらったり入院してもらったりしても実は困る。家の手伝いなどは多少しているものの、家事全般をこなせる自信が自分にはない。

しかし、この家に居ながら母親狂気共存することで母親年金貯金を頼りにしばらくの間の最低限の生活保障される。

どの道も地獄であるような選択肢から、どれか一つを積極的に選ぶことはできない。必然消極的現状維持を選んでいることになる。

分頭おかしくなりながらも、自立の道を模索していくしかない。

何か奇跡が起きることを願いながら。

http://anond.hatelabo.jp/20160726150612

母親が、もう我慢できない、自分を苦しめる相手に仕返しをして苦しめないと気が済まない、

とか専門家の前で言ったら、措置入院になるかもしれない。



症状についてあなたが激しく怒るなどの感情的反応をすると症状が悪化する傾向がある。

原因の説明は間違いだとしても、苦しみ自体は強く、重いものである理解するとよいと思う。

そのためにも統合失調症についての一般向けで新しめの本を図書館等で探して読むとよいかもしれない。



他人意図的自分に悪影響を与え続けているとか、

他人意図的自分非難するためや嘲笑するために注視し続けているみたいなことを、

強く長く感じたり考えたりし続ける症状があっても、

抗精神病薬をちゃんとした医師の指示通りに飲み続けると、

弱くなったり持続時間が短くなったりするようだ。

助けて

母親が「隣に聞き耳を立てられている」と言って、隣近所に聞こえるようわざと大きな音を立てて、押入れのふすまを開け閉めしたり、大声を張り上げたりする。

俺が「だったら『聞き耳を立てるな』と苦情を言いに行けばいい」と言うと、母親は「証拠がないから行けない」と言う。「証拠がないなら、それは妄想だ」と言うと、「絶対妄想じゃない。そういう感覚がする」と言う。

そうして、母親は「聞いてんじゃねぇー!」と壁に向かって叫んで、押入れのふすまをバシバシするのを止めない。

一日に何度も、何度も。毎日毎日だ。

母親と二人で狭い家に暮らしている身としては気が気じゃない。

前に住んでいた家では「隣から薬品を撒かれている」と言い出したので、ついには110番して警察を呼んだが、警察はまともに取り合ってくれなかった。俺は警官に「母親病院に連れて行ってくれ」と頼んだが、有耶無耶にされた。

今住んでいる家でまた110番して警察を呼んでも同じことだろう。

こっちの気が狂いそうだ。

もうどうにかしてほしい。

どうにかならないものか。

相模原知的障害者殺人事件で少し同意してしまった部分がある

容疑者が「家族同意があれば知的障害者安楽死させろ」と官邸に訴えたという記事があったが正にソレだと思う。

電車路上知的障害者を見かけるが、警察通報される事案だろってのを何度も見かけた。

電車では幼い子ども連れの親子に話しかけて母親最初普通の人だと思って接してたらいきなり子どもに「うんち出たの?」と聞いて母親ドン引きして子どもを引き離したり、路上を歩きながら常にブツブツ呟いてる60代の婆さんがいて稀に発狂するし。

こんなのが警察に捕まったら困るのは保護してる親、で心労で将来を悲観して殺人にまで発展することだって年に何度か起きてる訳だから知的障害者安楽死させるのには同意だね、だって社会保障という名の多額の税金だって投じられてるんだし。

http://anond.hatelabo.jp/20160724040923

これでトラックバックになってるんですかね。

元増田です。

出勤時に見たらすごことになってて、びっくりしました。

まず、僕は筋肉質でナヨナヨしていません。筋トレ大好きです。

これがセックスレスと要因となるのかわかりませんが、肉体的なもの解決できてるなら解決しているような体型と身なりです。幼稚園の他のお父さんみたいにお腹は出ていませんし。

すごく気を使っています

子供の寝ている部屋でしようってことも言ってません。正直、子供は乳飲み子ではないので。

部屋も複数あります

家庭自体は僕の家事育児放棄崩壊していません。

家事します。二人でして早く終わるなら、それが正解だと考えています。片方だけが負担すると結果的に過ごす時間が減るという考え方で、嫁さんもそういう人が初めてってびっくりしていました。

僕はなにより嫁や家族と過ごす時間をたくさんとりたいと思っているので、分担はします。

あと、料理は好きです。するのも片付けるのも。

ただ、僕が料理すると不機嫌になります。嫁は料理がそんなにうまくありませんので。

僕は一人暮らしの期間もあり、料理や片付け全般できますし、しています

ご飯に関しては、子供可哀想なので、きちんと作るか僕が作るって話はしましたが「子供好き嫌いがあるから」って言われました。

ふたりきりでデートもしていますよ。

それでもダメでした。

もともと気団の駆け込み寺スレを見ていたので、基本的には「何をしたらダメか」というのは理解しているつもりです。

ですので、DVその他はしていません。

と、真面目に書いてみましたが、やるべきことは試したつもりなんですよね。

話し合いについては、「僕は君のことは子どもたちの母親であり、僕の最愛女性だと思っている。本当に好きだし、愛しているから、スキンシップを拒絶されると本当に悲しい」という形でつたえました。

嫁は泣きながら「そんなつもりで否定したつもりじゃなかった。軽い気持ちだった」ってお互いちょっと泣いて和解したんですが、結局何も変わりませんしたね……。

趣味のススメを書いてくれた方、ありがとうございます

僕もコーエーゲームしますよ。

未だに太閤立志伝Vやってます太閤チームの復活を10年以上待ってます

真田丸が始まってから真田プレイ楽しいです。

というか、趣味ゲームです。

結婚生活は我慢ということを書かれていましたが、概ね合意します。

ただ、人間には我慢の限界があると思います。極論になりますが、DVも我慢しないとダメですか? って話になりますよ。セックスレスも十分な離婚事由になります

少なくとも僕は家庭に安らぎを求めていました。それが夢見がちと言われるのなら、僕の結婚観が間違っているのでしょう。

セックスレス以外は妥協もあり、お互い改善できるところは話し合いで解決してきました。

ケンカもしたことのない仲良し夫婦です。

からこそ、強く悩みますし、ここまで考えて眠れなくなってしまうのです。

「uza_momo このレス増田レスによる結婚生活破綻危機もさることながら、相手がその危機感を知らない温度差が読んでて辛い。原因はレスだけど、双方に結婚に望む形の相違を顕在化して話し合えたらいいのにね。」

温度差はすごくあると思います

嫁は僕がここまで深刻に考えているとは思っていないです。

最後の話し合いで「離婚事由になる」とは言いましたが、結局レスのまま、「やめて!」って言われても仲良し家族はできていますし。

最初にも書きましたが、「レスである」という点を除けば、本当にうまく行っています

会話もありますし、家族映画見たり、でかけたりも頻繁です。

嫁とはゲームセンターCX見ながら、あーでもないこーでもないと言いながら笑い合っています

お互い感謝気持ちは忘れないというのは、同棲していた時からずっと今も続いています

家庭崩壊設定している人が意外といましたが、崩壊していないから凄く苦しくて、悩んでいます

それと、口説き直したら的なブコメも見ましたが、意外とナイーブだったのか拒絶に傷つきすぎて心が折れてしまいました。

同じ立場の人がたくさんいらっしゃると思うのでわかると思いますが、拒絶ってかなり心にきます

女性子供いるからできないというのがあるのだとしたら、男性は強い拒絶に非常に弱い部分があります精神的な面でEDになったりします。

好かれる努力しろって意見もわかりますが、強い拒絶を受けると好かれる努力もできなくなりますよ。

普通恋愛をしてきた僕は強い拒絶を受けることなんて初めてのことでした。

朝方に色々と勢いで書いてしまった内容に、いろんなコメントをいただけて本当に嬉しかったです。

離婚前提で考えるのではなく、とりあえず現状について話し合ってみます

レスでも平気! という人がいるのは当然だと思っています

人はそれぞれの価値観がありますし。

ただ、僕は思いっきり愛して、思いっきり愛されたかったんです。

新婚のときに「セックスレスなんてなるわけない」と話し合っていたことが嘘みたいな現実になってしまいました。

強い拒絶と5年の歳月は、僕の嫁に対する性欲を失わせました。

それでも僕は嫁を性的ではない部分で愛していますし、子供も愛しています

そういう前提があるなから辛くもなりますし、悩んだりもします。

僕は性欲に負けているのかもしれませんね。

でも、「好きになった相手と愛し合いたい」って思うことって普通だと思っています

今はお互い子どもたちの親という形になっています夫婦ではないと思います

様々な反応があって本当に嬉しかったです。

ありがとうございました。

2016-07-25

夫の家事が下手すぎる

夫婦共働きだけど、今まで家事は基本妻の私がやってきた。私の方が帰る時間が早かったし、別に家事が苦じゃなかった。

でも、妊娠してつわりが酷くなってから全く家事が出来なくなって全てを夫にお願いすることにした。

夫は最初ブツブツ言ってたけど、私が屍のようにしてるのを見て、彼なりに納得したらしく、凄〜く頑張ってくれてる。

でも、全てがあと一歩足りないんだよなぁ。頑張ってるのがよく分かるしその気持ちがありがたいから口出しなんて出来ないけど。

例えば皿洗いしても何故か大きな鍋だけは洗わないでほって置いてる。(何故?!)

皿洗いしたときシンクの生ゴミもついでに捨ててほしいのに捨ててない、流し台の横も拭いて欲しいのに拭いてない。

リビング掃除はするけど掃除機かけない。散らばったものをもとに戻すだけ。

ついでにいうと未だにタバコを同じ部屋で吸う。一回一回言わないと、ベランダで吸ってくれない。(何故?!)

料理マジで美味しくない。たとえば素麺を作ってくれてそれを麺つゆじゃなくてゴマだれで出してくる。(な、何故?!)

厳しいこと言うと、家事ができないのは君の努力が足りないんだよ。女性だって今時家事学校で習うわけでもお家で習うわけでもなく、社会に出て一人暮らしをしながら、ネットや本で1人で勉強してだんだん一人前に出来るようになるんだよ。

そして君が努力を出来ないのは、君のお母様が男の子家事をしなくていいと考えて君を育てて、そうした哲学20年をかけて君をスポイルたからだよ。そして男に家事をさせるものじゃないという母親父親に育てられた私も結婚してから君をスポイルしてしまったんだね。

ごめんね、旦那様。本当はいつもこんな事思ってるよ。

でも心から感謝してるのも本当だよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160725145537

日野ちゃんが元気がない……。

元気な話題ならいいんだよ、日野ちゃん。

ただ、母親入院していることから始まる内容ではどうかってだけなんだ。

な?

ファミ通町内会だっけ?

とにかく、ファミ通のお便りコーナー。

母親投稿。3人の子供がいるそうで。

子供は生むたびにアレが良くなっていくってあって、ファミ通で取り上げる話題かと、強烈な印象が残っている。

セックスレスつらいネタばかりなので、結婚10年目だけどまだ週3とか、相変わらずお互いの性感開発が楽しくてしょうがないとか、そういうのが読みたいので誰か書いてください。

おまえがやれ? おいおい、童貞に多くを求めるなよ。