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2016-09-28

姉が某カルト教団に入信していた

1ヶ月ほど経過して気持ちの整理が付きかけたので書く



実家に帰ると姉が長期旅行に出ていた、もう1ヶ月以上家に居ないらしい

母曰く「韓国研修に行った」とのことだった



東京に帰る前日、姉の近況を聞かされた

・昨年末結婚相手を連れてきたがそれきりなんの進展もなさそうだったということ

マルチ商法っぽいことにひっかかっているのではないかということ

・定期的に変なNPOから封筒が届くということ



封筒にかかれている団体名を検索するとカルトっぽい匂いがぷんぷん(○○被害者の会とか集団訴訟とか



それで「ああ変なものに引っかかったんだな」とおもったが別に引き戻そうという気にはならなかった



姉は家族でもはみ出し者で、俺が実家に居たときでも俺含め家族とは殆ど会話はなく、仕事から帰っても部屋に居るばかり

俺が地元を出てからもそれは続いていたようで、結婚もせず、かといって自立するでもなく実家寄生する生活をおくっていたようだ



実家での最終日に母から姉の相談事をされ、それなら確かめスッキリしたほうがいいのではないかと姉の部屋をさぐってみた

姉の部屋など高校時代小沢健二アルバムを黙って借りて以来忍び込んだことはない



だって姉に家族の情も興味がなかったか

俺にとって姉はやたらとツンケンして黙ってるか、金切り声を出すかのめんどくさいだけの人間しかなかった



姉の部屋に入ると老人夫婦の写真が入った写真立てがテーブルにおいてあった

母曰く、この写真を拝んでいるところを何度もみたとのことだった



本棚にはあの時無断で拝借したCDの他に、いかにもマインドコントロールされてる人間が好みそうな自己啓発本数十冊

(というか、どうしてこの手の人間は「数十冊も読んでまだ足りない時点で自己啓発本意味がない」事に気づかないのか



写真立ての中の写真本棚写メで取り、後で本の題名を調べてみた

10年以上前にあれこれ騒がれたカルト教団関連のものだった、しかもその教団自体が発行しているもの



人夫婦は主題カルト教団設立者とその妻だった

こいつらに拝んでんのかよ、イカれてんなとおもいつつ、まあもう10年以上会話もしてないしどうでもいいかと思った



とは言えここ数ヶ月家を離れているというのが気になり、本棚写メに映る題名からヒントになりそうなもの検索していった

するとその教団には集団生活をする施設があるというのを見つけた



そこのウェブサイト集団生活に関するページを見ると、写真の中に姉が写っていた



マジかよ、いや、何となくそうかなと思ったけどこんな感じで分かっちゃうのか

っていうか数年ぶりに顔みるのがこんな形かよ

なに質素な服着て似たような幸薄そうな奴らと集団生活してんだよ

っていうか集合写真に写ってるけどよーくみるとお前他の奴らとちょっと距離あるじゃねーか、治ってねーじゃねーかよ



家族からカルト信者が出ちゃったよ

一族からタタリ神がでてしまった」っていうオッコトヌシさまの気持ち今なら分かるわ、クソったれ

俺まだ結婚してないのにな、兄弟カルト信者がいるとかマジ瑕疵物件じゃねーか



正直姉の目を覚まさせて家族に帰ってきて欲しいとか全然思わない

もともと仲良くないし、姉のために1ミクロンでも労力を割きたくない(カルトから脱会させるのって労力いるんでしょ?



姉が稼いだ金であればどれだけ吸い取られても別にどうでもいいし

あちらにそういう共同生活施設とかあるならさっさとそっちで暮らして欲しい(無いと思うけど



だが「姉が今後も継続して俺の姉である」というのだけは勘弁して欲しい

向こうから家出て絶縁するか何かの拍子に死んでくれないか

2016-09-27

婚活中です。兄弟障碍者です。結婚できません

途中まで上手く行っていても、話すと断られました。相手の親御さんに反対された事もありました。

もし結婚できたとしても、子供は産むなと言われてしまうかもしれませんし隠し続けてもバレたら離婚になりそうです。

勿論、障害者きょうだいでも結婚できている人も世の中にいますので、それだけが原因と言うつもりはありません。でも、そうでない人よりも不利になるのは確かではないかと…。

私自身の性格や色んな点にも問題はあると思います。でもそれだってきょうだいである事が人格形成に関わっている可能性はあり、一体何処まで私個人の原因なのか。

とにかく、「障害者が身内にいる相手とは結婚したくない」という社会通念があるにも関わらず、

結婚したくともできない独身女性について語られる時、それが結婚できない理由として上げられるのは見掛けないのは何故でしょう。

ネットでも婚活関連の記事は沢山見掛けますが、家族障害に触れられているのを見た事がありません。

辛いですが、家族障害者がいる女性とは結婚したくない事自体個人自由だと思いますしかしそういった現象がまるで存在しないかのように、話題にならないのは納得がいきません。

家族障害者がいる人とは結婚しないという不文律があるのに、少子化や未婚率について語られる際にはその問題無視されるというのが不思議に思います

家族障害者がいるので子供を産まないという人も数多くいると思われるのに、それについても語られません。高齢出産によるダウン症可能性が語られる事はあっても。少子化を語るならこの問題にも触れて欲しいです。

相模原施設での事件24時間テレビなどで障害者差別について語られるようになったのに、障害者個人人生について語られることは多くとも家族障害者がいる人の苦悩はあまりにも考慮されていないと思います


その他にも家族借金宗教問題など、ある年齢以上になっても結婚できない理由は本人以外にも色々あると思うのですが婚活について語られる時には何の問題もない家庭で当人だけに原因があるかのように語れるのでとても違和感があります

2016-09-23

同人サイトTwitter結婚しているとか子供が居るとか言ってはいけない雰囲気

明らかに結婚している感じの人でも家族とか伏せて語るし、生活全般NGと言うわけでもなく皆さん友達や親兄弟学校仕事の話はバンバンしている。

あの配偶者子供話題への緊張感は何なんだろうな怖いわ。

2016-09-22

君の名はを見た直後に現実を味わった話

さて、君の名はという映画を見に行った。内容はCMで思っていたよりもハードな展開かつ壮大で、それでも男女の青春部分も大事に書かれていて面白かった。最後も読後感爽やかな終わりで、なんというか良い夢を見た気分になった。


しかしその見た直後に、夢は夢で現実はそう簡単に壮大にもドラマにもならないと言ったことを実感する出来事があった。

実は地元映画館で見たのだが、自分はその後一緒に行った兄弟と、映画館と同じ建物ゲーセンにふらっと行った。

そして家族ゲーセン店員さんにクレーンの景品移動させに頼んだのだが、その店員小学校以来の同級生だった。

最初見た時ビックリした。うわあ。流石地元。昔の知り合いに思わぬところで会う。

しか自分中学地元の方に行っておらず地元同級生とは疎遠状態で、なんとなく小学校同級生には特別な思いがあったので見かけた時は妙に懐かしい気分になった。

そして、その刹那「おっこの知ってるけど疎遠になってけれども数年後再会って状況ちょっと君の名はっぽい!」とか思ってしまった。

だがしかし現実はそんなにドラマチックではない。相手はこちらに全く気付かず、自分もそもそもその同級生とは小学校時代から仲が良くなかったため、そのままあえなく何も起こらず、(と言うか恐らく話しかけられても困った)ゲーセンを後にした。

もしこれが虚構だったら自分は超美少女で、相手cv神木隆之介で、何かしらの運命やら因縁があってここから始まる壮大な青春ストーリー…!となったことだろう。

しか現実はそうそうそんなドラマチックストーリーは起こらないんだなあと、君の名はで良い夢を見た後だったので少し現実がしょっぱく思えたのでした。

しかしそれでも現実現実で悪くはないのだが。

2016-09-21

母が自殺した時のはなし

それは何の代わり映えもしない初夏のある日だった。家に帰ると母が首を吊って死んでいた。私はその死体を見て、ただ、「母が死んでいる」と思った。ひょっとするとそれほど珍しいことではないと思う、そうだ、自殺はよくあることなのだし、それを家族が見つけることだって、探せばよくある話なのかもしれない。それでもよくあるかないか問題なわけではないのは明らかだった。私は人の死体を見たのは初めてだったけれど、それが死体だということはなぜか、痛いほどに分かった。最早生きていない。生気というのか、生き物のその残滓すら感じなかった。リビングの横の部屋で暗がりに紛れてひっそりと死ぬ母は、こちらを向いていなくてその顔を見ることは出来ない。触れたわけでもない。それでも直感と肌で感じる全てが母の死を物語っていた。ロープの絡まる首の肌は引きつれて、項垂れた頭は重力に負けている。足先は赤黒く変色して、1ミリたりとも心臓が動いていないことは明らかだった。その右手けがまるで意志を持つほどに強く支柱を握り締めていて、そこだけをみると一瞬私は母が生きているのではないかと思う。死後硬直が、そんなにも硬いなんて、私は知るよしもない。そこまで見て、私はやっと母から目を逸らした。全ては救急警察に任せ、遺体安置所で再会するまで、もう二度とその自殺した死体を見ることはなかった。

私は自殺した母の顔を見なかった。だからこそ余計にどれほど苦しみ恐ろしい顔をしているかと異形を想像しては眠ることも出来ず、また背を何か、布団や壁に押し当てていないと自分の見えない後ろ側が恐ろしく、ベッドに仰向けに寝転がって天井をただ見上げながらこれから自分はどう生きるのだろうかと思った。

母が死んで分かったことは、思っていたよりずっと私は悲しくないということだった。肉親を亡くせば悲しかろう、寂しかろうとも思う、そんな気持ちは全くなく、ただ母のことを想うと鉛を飲まされたような気持ちになる。憎しみとか負の感情があるわけではないけれど。母が死んでから私は母のことを思い出さない日はない。思い出すことは、それは母の死体のあの背中で、首で、足で、手なのだ仕事中も、電車の中でも、風呂でも、とにかく何度も何度も思い出しては、時間けが過ぎていく。普段は誰の前でも、平静に安穏に元通りの生活を手にしているように見せているし、自分でもそう、思っている、つもりなのだけれど、その時間だけは、なくなることはない。涙もない。悲しいことなんて少しもない。本当にただ、人が死ぬということはどういうことなのだろうかと考えてしまう。

私は母が死ぬのではないかと思っていた。自殺すると思っていたわけではもちろんないのだけれど、近いうちに逝ってしまう気がしていた。その日も、家に帰って扉を開けるそのときに、母が死んでいるのではないか、死んでいたらどうしようかという不安が過った。それは間違いない、嘘ではない。それでも自分の悪い予感というのは当たった試しがなかったし、まさか――まさか、と思っていた。皆そう思っていた。おそらくは、本人も。だから母は死んだのか、そうでなくても死んだのかは今はもう分からない。母が死ぬのかもしれないと思っていたのであれば止められたはずだという気持ちと、どうしようも出来なかったと諦める気持ち。死を、察していた。それでも自分の母が、まさか自分の母が死ぬはずないと思っていたその背反を抱きしめたまま私はずっと立ち止まっているのだと思う。後悔しているのか、自責なのか、何度も問答を繰り返している。兄弟が、「きっと母は楽になれたはずだ」と自身を納得させるように言ったとき、私も肯諾したけれど、「でもたぶん違う」ということは、皆腹の中で思っていたはずだ。母は絶望して死んだのだ。その絶望は、はかることは出来ないけれど、どれほどのものだったのだろうか。遺書もなく、語る言葉もなく死んだ母の、本当に望んだものだったのだろうか?物言わぬ人形になり果てた母の背を思い出すたびに、私はアレが自分の将来の姿なのかもしれないと思う。幸せだったはずだ、母は、幸せだったはずだ。それなのに、すべて、失われてしまった。私も今は、何一つ不自由なく暮らし、学び、働き、誰かを愛し、愛され、若く、健やかなわけだけれど、いつかそれは失われる。そうすれば、絶望の中に、死ぬのだろうか。30年後の私は、また、同じように私の娘の前で、死んでいるのだろうか。そういう思いを、拭えないままでいる。胸に刺さった十字架、というのか、そういうものである。たぶんこれが、自殺遺族として生きるということなのだと思う。果てない問答を己のうちで繰り返し、深く傷ついたこころを癒すことも出来ないで、何度も死を舐めては、胸に積もりゆく砂のような何かの重みに耐えられず、這いつくばってそれでも生きるしかない。私はいま生きているのだと思う。この文字を書き連ねることで少しでもその砂の重みが軽くなればいいのにと思う。悲しみではないその空虚を受け止めて、受け入れて生きていくのだと思う。それが自殺遺族なのだ。悲しむことも憐れむことも、憎むこともできないままでいる。そうやって過ぎていく時間を、何とか耐えている。

2016-09-19

日本社会天狗にしよう

はてなーは何かあると日本社会はここがダメだ、遅れてるとか喚いてんじゃん。

やれ同調圧力が強いだの貧困層に厳しいだの差別的だのと。

でさあ、その日本社会って具体的に誰?

あんたのこと?

それともあんたの友人?

恋人? 親? 兄弟? 会社の同僚?

具体的に言ってみ?

多分あんたらはそういう愛する人たちは違うと言うだろう。

あんたらの言う「日本社会」なんてものはそういう具体的な誰かじゃない、空っぽの箱なんだ。

もしネトウヨなり自民党なり日本会議なり具体的な下手人がいるってんならそいつらに限定してものを言ってくれ。無差別テロに巻き込まないでくれ。

多分、お前らの言う「日本社会」なんてのはナチ公の言う「ユダヤ人」と同じだ。多分一般ドイツ人は「ユダヤ人の背後の一突き」と言われてぼんやりと「ああそうかもね」と思いはするが、具体的な知り合いのユダヤ人を思い浮かべないだろうよ。

だったらさ、それでもなお「日本社会」と言いたくなったら、どうせ具体的な対象がいない分、いっそのこと天狗のせいとかにしてくれよ。

企業の夢を嘲笑された! 天狗のせいだ!」てな感じでさ。

俺はアホなゲーマーの「アイヌ死ね」を聞いたアイヌ人と同じ感じをお前らの「日本死ね」を聞くたびに感じてんだよ。

お願いだからさ。

結婚した旦那は知っているんだろうか?

女と連絡が取れなくなったと思ったら結婚していた。

前彼と結婚していた。

そいつは、俺と関係があると聞いたとき卒倒して救急車で運ばれたそうだ。

俺は悪者になり、責められた。

なんとメンタルの弱いやつと結婚したんだろう。

旦那は知ってるんだろうか、あいつの癖を。

身内の従兄弟関係を持っていたことを。

野外プレイ複数プレイ露出をしていたことを。

その他いろいろなプレイをしていたことを。

このことを当然隠して結婚しているみたいだから

それを知ったとき旦那自殺するんじゃなかろうか・・・

俺は、女の心配より旦那心配をしてしまう。

ハゲデブ結婚おめでとう。

2016-09-18

兄弟なのに差がある家庭

たとえ本人が高学歴だったとしても、遺伝的には低い方の兄弟能力ベースに考える

本人は有名大院卒だが弟は高卒

本人は大卒だが妹が中卒

どちらも家庭としては低いほうが妥当

兄弟姉妹が仲悪かったり揉めたりしたエピソード無茶苦茶好きだ

見るたびに爆笑してしまう。

なんでだろう。

ちなみに俺にも兄弟はいるけど特に仲が悪いわけでもない。

2016-09-17

中川家漫才

中川家漫才安心して見ていられる。こういう安定感のある漫才はいい。

お兄ちゃんのありのままを受け止める弟の礼二。

礼二が受け止めてくれるってわかってるから自然に振る舞える剛。

肩の力が抜けた状態で進んでいくネタ

ときどき兄貴が弟の言ったことに本気で噴き出すことがあり、見ているほうとしては「おい、お前仕事中だろ」と言いたくなるのだが、あぁそうだ、この人たちの漫才兄弟のじゃれあいっこが進化したやつなんだったと思うとこっちも笑ってしまう。

今日も無事にネタが終わった、もっともっと進化していく彼らを見ていきたい。

誰も見ていないところだと下品ものを食べます

親や兄弟がいない時(高校生なので実家暮らし)に下品なモノの食べ方をするのが趣味です。

ケータイ見ながら、大きい音を出しながら、中途半端に食べて寝てまた食べたり、など。

最高に下品なことをしている気がして、今までいい子にしてた僕から解き放たれる気がする。

タイトルにも書いたけど人の前ではやんないよ。

[]

今回はガンガンオンライン

彩音お嬢様はサノバ○ッチにあらせられる 第1話

まあ、タイトルはどうせミスリードだし、予測に対して期待は特にない。

というわけで、その正体はボッチ、と。

ただ卑屈さや悲壮感はなく、箱入りな生活でできなかった様々な遊びを謳歌するってテーマね。

まあ、執事モノローグで場を繋いでいるけれども、やっていること自体に大して面白みはあまりいかなあ。



りゅうおうのおしごと! 第十九譜

勝負に場慣れさせるために一般人が指している店でやらせ精神を鍛えさせるか。

素質を見るためのポイントが「将棋で一番楽しいのは勝つこと」、つまり「勝つことへの執着」で奇麗事じゃないのもいい。

何だかあいときよりすげえ漫画講師っぽい指導をやっている気がする。

あと、見た目だけじゃなく、声を聞いても性別不明大阪の中高年ね。

ステレオタイプではあるし、ヒョウ柄の服ともなると今や希少種なんだが、行くとこ行けば実際に存在するんだよなあ。



青春Re:トライ Re:6

視点ばかりだと思ったけれども、遥視点でのエピソードもちゃんとあるのか。

意外にも、遥の本位ではない態度ぐらい分かる人が多いってのは驚きだった。

しろ兄弟なのに樹が分からなさすぎってことの裏返しともとれる。

で、いくら意識が変わろうとも、本質的な部分までは変わらない以上、不備が色々と出てくるってことも描写されたか

私の解釈では、樹側のエピソードが「見えなかったものを見ようとする」。

対し、遥は「やらなかったことをやろうとする」という印象。

2016-09-15

男性器を御神体にしてる神社あるじゃん

あれってたいていはズル剥けじゃん。

エロに興味がなく彼氏いたことがない女の子父親兄弟包茎だったら

その女の子男性器の御神体を見ても男性だって気付かないんじゃないの?

どうなの?

死ね!」って言ってはダメ!って叱った結果。

我が子たち、つっても二人しかおらんが。

上が中一娘で下が小五息子。

兄弟喧嘩はどこの兄弟でもあるわけだが、ヒートアップすると娘の方が弟に「お前なんか死ね!今すぐ死ね!」って絶叫するんだな。

家風ってのがあって、嫁もかなり言いたい放題言うし、夫である肩身の狭い私は修羅場から避難する(だって仕事から帰った時にはほぼ毎回既にヒートアップ状態で原因すら分からんもん)人間なのだけど、私までヒートアップしたらダメからってのもある。

なので、口論してる間は放置してるんだが、流石に「死ね!」はないんじゃないかと思って、子供たちをきつく怒ったんだ。

実際、死ねって罵られる方の息子は何しでかすか分からないところがある。

ちょっと前は切れてテレビに物投げつけて壊しやがった。

あるいはもっと前には台所から包丁まで持ち出した。その時は包丁で切りつけるとかはなかったそうだが、こっぴどく叱っている。

なので、マンションは4階だけど万が一飛び降りられたらと思うとぞっとするものもあった。

で、「死ね!とか絶対言ってはいけない言葉。他にも殺すとかそういう言葉絶対ダメ。カッカして喧嘩してしまうのは分かるし喧嘩したらダメはいわないから、もっと言葉を選びなさい」って。

そしたらですね・・・

「お前なんかデスだ!」「デス!デス!デス!デス!・・・」と娘は息子を罵ったんだな。

英語の分からない息子は「お姉ちゃんおかしくなってる!あはははは!」とかって嘲笑っぽくしてたけど、目の前で見てた私はおかしくて噴出しそうになった。

娘よ、私も英語はよく分からんけど、それも言うなら「ファックユー」とかじゃないのか?と思った。

 

p.s.

200以上もコメント付いて焦りました。

確かに包丁の件は書かなくても良かったし、恐い話です。但しこれ、煽ったのは娘です。

売り言葉に買い言葉って奴で、死ね→お前が死ね→死なねぇーっつの→じゃぁ殺すからな!→出来るわけねーだろ。やれるもんならやってみろ、バーカ→こうやったら出来るぞ!、みたいな流れで包丁に辿り付いたらしい。

もっとも、台所から取り出したのは子供が使うプラスチック包丁でして、怪我はするだろうけど、殺傷力は低いと思います・・・ってそんな問題でもないですね。

その包丁のすぐ隣にはマジもの包丁もありましたから、ちょっと間違えたらほんとにぞっとする話です。

息子は、出したもののすぐ引っ込めて、娘に空のペットボトル投げつけたそうです。

テレビ壊したのもペットボトルです。どうもペットボトルなら大丈夫と思い、人に投げる場合は手加減してたんだけども、テレビなら大丈夫と思って強く投げたらしい。で、液晶画面がぶっ壊れてしまいました。どうやら硬めの蓋の部分が当たったらしい。

かなり以前、息子は手足を出して殴ったり蹴ったりする事があり、苦労してそれをやめさせたのです。

でも、手足の代わりに怪我の可能性の低いものを投げるようになってしまったのですね。

ともかく、ちっちゃい頃から暴力だけはダメだという方針でして、その代わりに口論は多目に見るようにしたのです。

でも、やっぱりというか男の子やんちゃで、どうしても実力行使したがるところがありますお姉ちゃんの方が口が達者だし(で、「デス」かよwってのもあるけど)。

まー、でもテレビくらいならいいかな。今のところですけど、喧嘩で怪我はありませんし、言いたい放題言い合った後は意外にケロッとしてたりします。

これがいいのかどうかはよく分かりませんが、ともあれ子育ては大変ですね。

2016-09-13

から学んだこと

私の母親仕事家事もしていていつも忙しい人だった。

から、母は何時だって娘に手伝って欲しいと思っていたらしい。小さい頃からよく怒られた。




私は怒られる度に謝り、母を慰めた。

今考えると母にとって怒るということは、一種ストレス発散法だってのだろう。いつも怒る度に母の父への愚痴や辛かった過去の話を聞かされていた。




私は母の期待には沿えず、家事を手伝わない子供になった。

理由簡単だ。

母の求める手伝いは私の技量を超えていた。

母は私が上手く米を研げなかったり、上手く調理できない度に「何で邪魔ばっかりするのか」「どうしてこんなことも出来ないのか」そう怒った。



私は辛かった。母の期待に沿えない事が、そして母に怒られることが。

しかし、私はどこか間が悪くて。母がイライラする夕食の準備中に、台所らへんを度々うろちょろするから怒られるのであった。

思うにいつも兄弟が夕食時には自分の部屋に籠っていたのは、逃げるためだったのであろう。




私は大人の顔色を気にする子に育った。

何より大人に怒られることが怖くなった。

それは死を意味していた。

包丁まな板に叩きつけて怒鳴られる恐怖。母の鬼の様な形相。凄まじい罵声

怒られるたびに、相手の顔色が悪くなる度に私は母を思い出した。





母は私に色んなことを教えてくれた。

・一度に幾つもの仕事をこなし、考え実行出来る人間でないといらない

完璧でなければ、相手不快にさせるだけである

・親しい人などまやかしだ。友達とは裏で悪く言っているものである

・愛なんて嘘だ。子供支配するもの

相手の言いたいことを察せなければいけない

他にもある気がする。




母よ、感謝しています




貴方の教えのお陰で娘は大きくなれました。

今では立派な引きこもりです。




私は他人の顔色が怖い。優しくされるのが怖い。友達という存在が怖い。悪口が怖い。場の雰囲気にとけ込めないのが怖い。失敗するのが怖い。色々な恐怖と強迫観念に囚われながら日々過ごして居ます




私は母を愛したい。

そのために私は私の中の母を殺したい。

2016-09-12

http://anond.hatelabo.jp/20160911152812

私は子供の頃は見た目もいかにも女の子女子だったし、性格といい口調といいおっとりのんびりだったけど。

ほんとうに小さい頃、親兄弟や親戚の中で育ってる時はそれで別に良かったけど、幼稚園社会人の頃は生きづらかったなぁと、振り返って思う。当時は何で生きづらいのか自分で分かってなかったけど。

アイツはブリッ子だとか男に媚びてズルしてるとか言われたくなくて必死だった。

私が育ったのはそんなに封建的時代でもなかったから、女だからってそう酷く抑圧された訳じゃなかった。

でも、女子コミュニティの中では、ズボンを履き大股開きでどっかり座ってガハハと笑い、「おいテメェふざけんなよ」とか「殺すぞw」とか粗暴な口をきく自由はあっても、ピンクスカート履いて、のんびり語尾を伸ばして喋りうふふ~なんて笑う自由はなかった。

皆にうしろ指指されたくなくて、一生懸命乱暴な言葉や振る舞いを身に付けていきがった。

可愛い女の子アイドルを口汚く罵った。

女だからって差別されたくないとか口では言いながら、私は女を差別しまくってたなぁ。

なぜNHK朝の連ドラには駄作が多いのか 追記

なぜNHK朝の連ドラには駄作が多いのか

http://anond.hatelabo.jp/20150910001208

を書いた元マスダだが、旧IDパスワードを紛失したため、証明はできない。エンタメカテゴリに目を通していたら、1年前に書いた記事しかもまったく話題にならなかった)が上がってきていて驚いた。


部米を読んでいて、「正気かおまえ?」と言いたくなるようなコメントもあったので、反論補足しておきたい。


大阪制作の方が程度が高いか

これはまったく逆。東京制作作品のアベレージを70点とすれば、大阪局のは40点以下。

大阪制作の方が質が高い、なんて言っている人は「カーネーション」、せいぜいが「ちりとてちん」以後しか見ていないんじゃないか

同年の組み合わせ(東京/大阪)で言えば、

ひらり」と「ええにょぼ」、「あぐり」と「甘辛しゃん」、「天うらら」と「やんちゃくれ」、「ちゅらさん」と「ほんまもん」、「私の青空」と「オードリー」、「さくら」と「まんてん」、東京制作にも駄作は多いが、大阪駄作とは程度が違う。大阪駄作は、本当にカネを徴収しておきながらあり得ないレベル駄作から

ごくまれにうまくいけばヒット作を「だすこともある」。「おんなは度胸」とか「ふたりっ子」とか。なぜそれらがヒットできたのかを考えれば、逆に大阪局の持つ弱点も見えてくる。それはガバナンスむちゃくちゃだということだ。

私は見た範囲内での最低の作品は「やんちゃくれ」だと思うが、例として使いやすいのは「まんてん」。どちらも大阪制作の「超絶駄作」だ。

まんてん」は種子島に生まれ少女宇宙飛行士になる、というのが起承転結の結にあたるのだが、宇宙飛行士という相当特殊な設定なのだからもともと特殊ストーリーになるのに、そこに無意味変化球を入れてくる。そもそもからいえば日本有人宇宙飛行をしていないわけだから外国の協力を仰ぐか、共同プロジェクトに参加するしか宇宙飛行士は作れないわけで、努力努力を重ねて、体力と経歴、技術と運、強い意欲がなければなれない職業だ。そもそもがバクチのような話なので、それを丁寧に描いていけば、例えば女性宇宙飛行士であれば結婚生活との両立の問題とか、ドラマの種はいくらでもでてくる。

だが「まんてん」の主人公は、種子島出身高卒女性が、バスガイド編集者もやってたかな、気象予報士、まあ職を転々としながら、いつのまにかNASAにいていつのまにか英語ペラペラで、いつのまにか宇宙飛行士で、「宇宙から天気予報を伝えたい」と実に薄っぺらなことを言う。

宇宙飛行士になりたいという「夢」ほとんど「ハリーポッターになりたい」というのと同レベルの夢なのだが、この主人公は、わりあい真剣にこの夢をずっと持っている。持っていてなお、やることが、バスガイドであり、気象予報士であり、というのはドラマ論理がそもそも破綻している。

なんでこういうことが起きるのかという話だ。NHK大阪には白痴しかいないのか、という話だ。そんなこともあるまいよ、とは思うが、要は「ドラマを作ろう」という動機から発していないのだ。予算内でそこそこの視聴率を維持する、なにかクレームがあれば全体の構想もまげてすぐに変更する、ドラマ制作ガバナンスが徹底的にできていない。大阪制作局でそこそこ出来が良かったのは、脚本家が大物で脚本側に主導権があった場合だけだ。

ゲゲゲの女房」以後、視聴率朝ドラ位置づけも、制作態度も明らかに潮目が変わっているが、「カーネーション」以後の大阪局はそこそこよくやっている。これは伝記物、原作付きが増えたからで、要はオリジナルがあれば要諦部分はオリジナルから大幅には変えられないので、無茶苦茶なことにもなりにくいからだ。

あさが来た」などを見るにつけ、大阪局の姿勢根本的に改まっているのであれば、それに越したことはないのだが。


朝ドラはそれでも視聴率が高いんだから駄作でもいいんだよ説

20スパンで見れば決して高くはない時期もあった。今は他のドラマが落ちただけだ。1990年代2000年代には民放が30%のヒットを出している中で、20%とか、そういう数字さらに落ち込む傾向だったので、朝ドラ衰退説も根強かった。大河の落ち込みはさらに激しいけどね。「ゲゲゲの女房」がやはり潮の変わり目で、単に放送時間が変更になったというだけではなくて、「きちんとしたドラマをつくる」という当たり前の姿勢が見られるようになった。相対的NHKにおける朝ドラ位置けが高くなったと言えるだろう。


*超問題作純と愛」の位置づけ

あれは朝ドラセルフパロディ

元気いっぱいの女性主人公体当たりで道を切り開いていき、いつのまにか善人ばかりでなんとかなっている、という朝ドラ王道パターン特にまれ」的な現代物における)を徹底的にずらしたお話。私は全く駄作とは思っていない。朝から見たくないという気持ちはよくわかるけれど。

主人公自身典型的朝ドラヒロイン相手役がテレパスだというオカルト風味はあるけど、基本は困難に体当たりでぶつかる、という朝ドラ王道路線踏襲している。その結果がすべて裏目裏目に出るとなっているだけだ。かわいいし、善良だし、一生懸命なんだけど、うざいよね、普通はうざいよね、というのが現実的な扱われ方だろう。その現実と、現実デフォルメした悪意に焦点をあわせてる作品だ。沖縄の何島だっけ? どっかの離島コミュニティがしっかりしていそうな田舎なのに、主人公には友達が一人もいない。普通朝ドラなら友達100人できました、みたいに描くわけだけど、どっちがリアルなのかな、という視点問題だ。

全部裏目裏目、悪い方に悪い方に行って、救いのないエンディング。でも朝ドラは基本これと同じことをやっているわけだ。ポジネガの方向が違うだけで。

からこのドラマはそういう構造を楽しむとか、キャラクターたちがいか予定調和を裏切るかとか(武田鉄矢とかね。普通だったら何度も和解ポイントがあったのにことごとく振り切るってのも、あの世代、あの年齢のオヤジにむしろありそうな話)、そういう楽しみ方をすれば楽しいドラマだ。主人公兄弟や兄嫁のクズっぷりとか、動物園を眺める視点を楽しめるかどうか、それがこの作品評価の違いになるんだと思う。

あいずれにしても衝撃作ではありますよ。かなり特殊作品

これが大阪制作から出たってことはね、徹底して事なかれ主義だった大阪制作意識改革になったんじゃないかと思う。

2016-09-10

母親がわからない

父親が癌になり手術した。

退院後に家のどこで寝起きするか、ベッドが良いだろうしと話している時に母が言い出した。

「お父さん死んだら、お母さんどの部屋を寝室にしようかね?今お父さんが使ってる部屋がいいかね、玄関も近いし」。

これまでも母は父が死んだ後の話をよくしていた。

ずいぶん体も弱くなって、案外早くに死んでしまうんじゃないか、だとか。

今回、父の入院騒ぎがあってすぐの頃に実家兄弟に言ったんだそうだ

あんたの結婚式写真、お父さんの写りが良かったわ。あれもらえる?遺影にするのに」。

もし死んだらどうしようと混乱していたと母本人は言う。

父の手術当日も、不安しょうがいからと叔母に付き添いを頼んでいた。

父が死んだら葬式など取り仕切るのは母の役目だし、そういう責任感や不安から死んだらどうするか考えてしまう、のだろうと思っている。

けど思う。

父が退院する準備の話で、父親の死後の話?お母さん、お父さんのことどう思ってるの。

お父さんが家事をしない、食事も呼んでも来ない、口で偉そうなことばかり言うと帰ればいつも愚痴を言っていた。

けどそんな憎まれ口も広い意味愛情なのかもなんて思っていた。

父親が死んだら、この家をどうしよう、改築をしようか。そんなことを話す。

母がわからない。

http://anond.hatelabo.jp/20160910003335

>それじゃ

>親の年収子供学歴が決まるってことじゃなく、

>親の学歴子供学歴が決まるってことだろ。

こいつの言のはじめはこれだろ。

ちげーよw

それ俺かいてねえよw

なんか誤解してそうだなーとは思ったが

お前が勝手に誤解してるだけじゃん



ではこいつの親の学歴は何だろうな。

親族には東大東工大早慶までしかいませんわよオホホ

ああ1人美大が居るけどな

親も罵詈雑言な家庭なのか。

夫婦仲の良い上品な親だよ

俺もリアルで友人と接する時は穏やかなナイスガイだよ

ネット馬鹿相手にする時は多少荒い口調になるけど

世襲議員の親は東大が多いけど、息子は違うよな。

そいつらは学歴で箔付けなくても世間を渡っていけるってことじゃないかな?

まあ日本で1番有名な世襲兄弟鳩山ブラザーズはどっちも東大だが



お前の勝ち組高学歴者への怨念はわかるが

恨んでるだけなら結局負け犬だお前は

2016-09-09

皆、母の兄弟たちも母自身自分は男だといっていつも笑ってたが、私からしたら母はいつでもどんなときでも女だったんだけどなぁと思うし元来異性にたいして臆病だというのもあるしでいつまでもひとりだなぁ…

皆、母の兄弟たちも母自身自分は男だといっていつも笑ってたが、私からしたら母はいつでもどんなときでも女だったんだけどなぁと思うし元来異性にたいして臆病だというのもあるしでいつまでもひとりだなぁ…

2016-09-07

ぼっち体質なのか

仕事以外で大勢が集まる場がとても苦手だ。

定期的に参加してる集まりとかだと、必ず自分けが一人で取り残されてしまうし、そのあいだずっといたたまれない気持ちになる。

保育園でも小学校でもママ友なんてできなかった。



思い返すと、ものごころついたときから気づくと一人ぼっちになってた。

無視されるってほどでも、いじめられるってほどでもないけど、何となく存在を忘れられてるし、話しかけられることもほとんどない。

何となく、変わった子、よくわからない子だと思われているんだと思う。

そういう感想を言われることも会った。

よく言えば面白い、悪く言えば変な人ということだろうか。



ときどき思うのは、自分はどこか遠い星から連れて来られた異星人なんじゃないかとか、そういうことだ。

それとも、本当は自分が思っているよりも何か人に疎まれる要素を持っているんだろうか。

そんなに目立って何かが違うというところはないつもりだけど、どこかに何か人を不愉快にさせるものがあるのかもしれない。



自分の波長がおかしいのか、それとも思考回路おかしいのか。

確かに違和感みたいなものはある。周りと自然に馴染んでいけない。

人に話しかけられても緊張するし、どう振る舞ったら正解なのかわからない。



できるだけ相手不快な思いをさせないよう、敵意を持たれないよう、笑ってもらえるように対応している。

反射的に、守りに入っている。目の前の相手を信頼して自分本音を話すなんてことはできない。

たとえ愚痴っぽいことを言ったとしても、それは、聞いている相手がそれを受け入れて気に入るであろうことを予想したうえでのことだ。

から自然っぽく振る舞っても、どこかで伝わってしまうのかもしれない。



学生時代からずっと連絡を取り合っている友人は数人いるけど親友と呼べるような友達はいない。

向こうから積極的に仲良くしてくれる人たちもいたけど、そういう人たちに限って話が合わない気がする。

それに、積極的に近づいてくる人たちはちょっと苦手だ。

からといって人と一緒にいるのが苦痛というわけではない。でも、一緒にいてとても楽しいと思えた友達がいた記憶がない。

頑張って人と会う約束を取り付けて、実際に遊びに行ったりするけど、途中から退屈になって時間もったいないような気になってくることもある。



親の問題なんだろうか、などと考えるが、両親が友達づきあいに苦労している様子はないし、人並みに社交的なように見える。

そして、自分が育った家庭は一般的な家庭だったように思う。

兄弟特に人づきあいで何か問題があるようには見えない。

どうやら私だけがなぜか、おかしな体質らしい。

2016-09-04

貧富に対する聖書の態度(今日聖書を読む読む)

1. 結論

(1) 理想状態

富は神が人類に賜うたまものである。ゆえにもし世が神の御心に合う世であるならば、貧者も富者もないはずである。このような世にあっては以下の状態普通である

「多く集めた者も、余ることはなく、わずしか集めなかった者も、不足することはなかった」(コリント後書8章15節)

(2) 現実

現実は、「多く集めた者」は「余」り、「わずしか集めなかった者」は「不足」している。

この神に背きたる不自然社会にあって、富はたいていの場合において不自然であり不当である

たいていの富はその所有者が作ったものではなく、社会の多数を占める貧者が作ったものである

この罪の世にあっては、少数のいわゆる「まわり合わせの良い者」が富者になるのであって、本当に自分の力で富を作り出したという人はめったにない。

(3) 各階層に対する評価・態度

怠惰の結果としての貧:×同情しない

社会の多数を占める貧者:◎幸いする

③勤勉の結果としての富:○褒める

相続幸運によって得た富:△罪ではないが不幸

⑤不当の分配によって得た富:×呪う

以下、①、⑤、②について各論する。

2. ①怠惰の結果としての貧:×同情しない

キリスト教は、怠惰の結果、貧を己に招いた者に対して同情を表さない。

手のひらに欺きがあれば貧乏になる。勤勉な人の手は富をもたらす(箴言10章4節)

金持ち財産は彼の砦。弱い人の貧乏破滅箴言10章15節)

3. ⑤不当の分配によって得た富:×呪う

イエスは弟子たちに言われた。「はっきり言っておく。金持ち天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ち神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」(マタイ伝19章23-24節)

4. ②社会の多数を占める貧者:◎幸いする

(1)キリスト教はどう見ても貧者の宗教である

イエスは目を上げ弟子たちを観て言われた。「貧しい人々は、幸いである、神の国あなたがたのものである。」(ルカ伝6章20節)

心より貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものであるマタイ伝5章3節)

兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力なものを選ばれました(コリント前書1章26-27節)

わたしの愛する兄弟たち、よく聞きなさい。神は世の貧しい人たちをあえて選んで、信仰に富ませ、御自身を愛する者に約束された国を、受け継ぐ者となさったではありませんか(ヤコブ書2章5節)

(2)なぜ貧者は幸いであるか

上記理想状態から見て、貧者は神の賜物のより少ない分配しかあずかっていない。したがって、のちにその不足を補われることになる。

他方、富者はより多くの分配にあずかったものであるから、のちにその余分を徴発される。

(貧しき)兄弟たち、主が来られるときまで忍耐しなさい(ヤコブ書5章7節)

富んでいる人たち、よく聞きなさい。自分にふりかかってくる不幸を思って、泣きわめきなさい。あなたがたの富は朽ち果て衣服には虫が付き、金銀もさびしまます。このさびこそが、あなたがたの罪の証拠となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くすでしょう。あなたがたは、この終わりの時のために宝を蓄えたのでした。御覧なさい。畑を刈り入れた労働者あなたがたが支払わなかった賃金が、叫び声をあげています。刈り入れをした人々の叫びは、万軍の主の耳に達しました。あなたがたは、地上でぜいたくに暮らして、快楽にふけり、屠られる日に備え、自分の心を太らせ、正しい人を罪に定めて、殺した(ヤコブ書5章1-6節)

(3)貧者は現世においてどうすればいいのか

こう祈りなさい。『わたしたちに必要な糧を今日与えてください。』(マタイ伝6章11節)

空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないかマタイ伝6章26節)

金銭に執着しない生活をし、今持っているもので満足しなさい。神御自身、「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない」と言われました(ヘブル書13章5節)

(4)貧者だけ持つ富

あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです(コリント後書8章9節)

貧者は緊張の生涯である。そして緊張のうちに信仰も起こり、愛も希望も生じる。貧者は貧にいて主イエスを最も深く知ることができる。

イエスと共にあることだけが最大の富であるキリスト教徒はこれ以上の富を要求しない。