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はてなキーワード: 面白とは

2012-02-23

そういう展開の小説

風呂に入っていたら、異性が入ってきて

いやーんばかーんエッチー☆展開はよく小説にあると思う。

現代感覚ではそこまでの反応をとるかは分からないけど、恥ずかしがる人は多い気がするので納得できる。

でも江戸時代はそういう感覚はなかった・・・らしい。

外国人が川を眺めていたら水浴びをしている女性を見てビビったという話を聞いた。

向こう(女性)は気づいているけどお構いなしに水浴びをしたそうで。

んじゃ、ちょっと前(?)の戦国時代ってどうなんだろうと思った。

というのも戦国時代舞台にしたアマチュアによる小説を読んでいると、

そういう展開が出てくるとやっぱりエッチー☆という反応が当たり前に書かれている。

小説からリアリティを求めすぎると面白くないと分かりつつも、実際のところはどうなのだろうかと思った。

http://anond.hatelabo.jp/20120223092353

教科書受けする内容で、かつ一般に知名度が無いとダメからなぁ。

どちらか一方を満たす作品は多いけど、両方とも満たすと言うと、

桜庭一樹とか、有川浩とか、そのあたりになるんじゃないかな。

乙一短編もいいかもしれんね。

あるいはファンタジー枠で『十二国記』とか。

冲方丁シュピーゲルシリーズが載ったら面白そうだけどね。

あのクランチ文体をどう講義するのか。

2012-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20120221162450

内容はどうでもいいんだけど、面白しよう面白くしよう、という鼻息の荒さが強すぎてオエッって感じになる。

シュールな笑い

最近学生は"皮肉"が理解出来ない」というのは

私が通っていた大学に勤めているとある教授の口癖でしたが。

最近の若いやつは"シュールな笑い"が理解出来ない」というのも是非付け加えてもらいたいレベル

 

理解出来ないけど、何故か面白い

何故面白いのかを自分たちのレベル言語化する

動画上のコメントなどに、でかでかと表示し解説を始める

「お前らも面白さを共有できただろ?」

 

解説した時点で"シュールさ"は一気に薄まるわけだけど、それすら理解出来ない

昨今のバラエティ番組の悪影響が出ているような気もするね

http://anond.hatelabo.jp/20120221005514

性格趣味

両親はどういう人か

どこで生まれてどう育ったか

子供の頃はどういう子供だったか

小学校時代同級生や教師の話

中学高校大学の以下同文

卒後どこに就職してどういう仕事をしていたか

異性関係

etc

報道バリューある?それ…

ただの殺人被害者普通主婦のそんな情報野次馬回路をフル回転させてもちょっと、消費できないなあ…





例えば面白連続結婚詐欺殺人犯人のデブ女でもその箇条書きの一部しか報道されてないよ

全部知りたいならよほどマニアックな変な情報誌なりネットなりから真偽不明な情報掘り出すレベル

2012-02-20

幼き相手への自覚なき洗脳

思いだして欲しい、あなたは小さい時に誰かに頼まれたりしてとお願いされてした事で怒られた事はないだろうか

しかしたら嫌だったけれど断れなかったのかもしれないし、単に怒られるような事だとは想像もつかなかったのかもしれない

そしてこんな風に怒られる「○○君にそうしろって言われたら何でもするの?先生死ねって言ったら死ぬの?」

誰も死にたくはない、むしろこれは死にたくなかったからこそ他人の指示に対し自分で考える事なく従ったという側面も

あるのではないだろうか、幼い子供にとって親の存在は計り知れない程巨大だ、親にとっては大したことのない一言

酷く子の精神に影響を与えもする、例えばこんな光景を見た事がないだろうか

「もうそんな子は知りません、置いていくからね」

と、誰しも一度や二度、いやそれ以上このような事を言われ泣き叫び許しを請う子供の姿を見た事はあるだろう

子供にとって親は絶対だ、従わなければどうなるのか、産まれてきたばかりの幼子は、親から見放されるという事が

即ち死を意味する事を本能的に理解できていて、必死でしがみつき傍に置いておいてもらおうと懇願する

そして、恐怖から逃れるために、従う事を覚え、親の言う事に対し判断する事や疑う事、自分の頭で考えて

本当に従うべきなのかどうなのかを考える事をしないようにする、なぜならそんな複雑な思考をまだ大した経験もない

小さな子供が行っても時間がかかるし、そもそも簡単には答えはでないし、判断の元となる経験がない

そんな思考をしている余裕があったら、怒られないようにするにはどうしたらいいか、そして“そのまま従う”事で

恐怖という問題から自分を守る、そもそもそうするのはよく聞くように“まだ分別のつかない子供”だからである

そしてその分別のつかない子供が“他者に従う事”を自分の判断で答えがでない事に対して適用しはじめる

それが、前述した「○○君にしろと言われたら何でもするの?」の答えだろう

決して何でもするわけじゃなく、自分の知識と経験で判断できない事だから従ったまでであり

死は生命本能として理解できるからこそ自分が死ぬような依頼に対しては拒絶できるのだと思う

そして悲しきかな、幼児児童はこういった思考に基づいていたとしてもそれを説明できるという事は稀であろう

それでは、親の立場になりもしかしたらしてしまっているかもしれない虐待洗脳について考えてみよう

もしあなた子供がいるならその我が子に対し何かを強制したことはないだろうか?

人間の子供はとても弱い、また弱く生まれる事で社会能力を吸収する期間を設けたともいえよう

そんな大事な吸収期間に強制を強いられた子供は何を身につけるだろうか

例えば、泣き叫ぶ我が子を無視したり、他の事を優先し後回しにし放置し待つ事を強制した後に面倒だなと感じながらあやしたり

例えば、親の都合、親の価値観で、託児機関に預け父母との別れの悲痛な悲しみを与え強制的に他人の下に預けたり

例えば、断乳、親の都合で設定した期間、個々の子供の成長速度を無視し周囲に合わせた機関妥当だろうか

例えば、食事の強制、貴方の栄養管理妥当だろうか、子供の舌は添加物などに敏感なのかもしれない

     本当に必要な物を不味いと感じるだろうか、また逆に美味しいといって食べ過ぎる事から予想される弊害もある

例えば、教育の強制、お習字そろばんダンス水泳など、本当に行きたくて行っているだろうか、塾に行かせる理由とはなんだろうか

     悲しい事だが、一緒に居る時間を減らす目的教室や塾に行かせる親も居る

     本当に子供のためになると思っての強制だろうか、また嫌々やった事でその子の身に付くのだろうか

例えば、子供あなた主観で選んだ玩具をすぐ飽きるかもしれないし、子供自分で選んで買った玩具もすぐ飽きるかもしれない

     飽きてはいけないのだろうか、飽きてなお面白くもない玩具で遊ばなければならないのだろうか

     飽きるという事はその玩具の性質を理解したからじゃないだろうか、いつまでも何十年も飽きなかったらどう思うだろうか

     また、もっとその玩具で遊びたいのに正当な理由なく時間規制を設けてそれを強制していないだろうか

     子供は幼少期に満たされない満たされる事がないと判断した欲求を覚えると、成人後自分の自由でその欲求を満たそうとしても

     満たせない可能性がある。テレビゲーム等の遊ぶ時間に厳しい規制があった人ほど、一生飽きることのないゲーマーになるのでは

     ないだろうか

例えば、お手伝い、将来できないと困るという理由で本当は自分が楽したいという思いを達成していないだろうか

     なぜ、皿を洗う必要がある、なぜ掃除をする必要がある、なぜ他人を助ける

     自分のため、他人のためにそうしてあげたいという気持ちがあったからこそ生まれた人間の行動ではないだろうか

     頼まれたからしなければならないのでもないし、命令されたからやらなければならないのでもない

     それらの行動が自分また誰かの為になると思ったからこそする行為であり、人が人であるなら自然に発生する気持ちである

     それらの気持ちが自然に発生するのを期待し待つ事をせずに、押し付けられ精神の発生過程にまで指令を下されたら

     そうしてあげたいという気持ちが出て来難くなるのではないだろうか

     してあげようと思っていたのに、言われてしまうとやる気がなくなるという気持ちはだいたいの人に経験があるだろう

     その貴方の中に自然に発生した“言われるとやる気がなくなる”という気持ちが確かなものなら、きっと貴方の子供も

     同じように思うはずだ、たとえ、たとえ自分言葉自分の文章構成能力でそれら意思を明確に親に伝える事が叶わなくても

世の中には様々な強制がある、どうして我が子にだけは怒りや不満の感情や、身体的痛みを与えたり想像させる事で強制してよいのだろうか

確かに子供は見境なくあっちへそっちへ勝手に行ってしまうかもしれない、親が安全管理した危険の無い空間に留める目的で、子供を移動したり

柵を設ける事とは意味が違う、それらをしなければもっと危険な状況に陥りかねないからだ

では、果たして自分より強制力のある存在保育園では保母や保育師、幼稚園教諭学校なら先生クラブなら監督コーチ、塾なら講師

社会に出れば、上司や先輩、それらの自分よりも支配力のある人間に従う事、命令通りに行動する事が全て正しいのだろうか

自分の判断は介さないようにした方が自身の為になるのだろうか、確かに、判断材料に欠けたり判断の時間がなく言われた通りにしなければ

ならない事をあるだろう、しかし本来の目的と違っていたり、当初の約束とは違う事を貴方は支配者から要求されるかもしれない。

 貴方は“貴方自身”を大事にしているだろうか

例えば、約束に反し無賃金労働を行ったり

例えば、お使いや使いっ走りを貴方の意思を問うことなく頼まれたり命令されたり

例えば、何か他の誰かに迷惑になるような行為を業務上させられたり

例えば、人格を否定されたり

確かに、自分で考えることなく上からの指示や強制、命令を疑う事なく実行する能力は、奴隷として非常に優秀かもしれないし

統率者の倫理感、目的達成能力社会正義に適っていて、貴方の想像を超えて貴方自身にとっての幸福にもなるのなら良いのかもしれない

しかし、どうだろう

筆者の主観かもしれないが、言える所で本当の気持ちを言ったり、不満ばかりがたまっていないだろうか

貴方は貴方の本当の気持ちを大事にしたいからこそ、そういった本音や不満がでるんじゃないだろうか

何かが間違っている、そう何か漠然とした思いがあるんじゃないだろうか

共感、他者を感じる事、他社の気持ちを自分のことのように感じる事

他人の喜びや楽しみを自分のことのように喜び楽しみ、他人の悲しみ、苦しみを自分の事のように悲しみ苦しむ

そんな人として大事感覚をなぜかあまり使わないように使わないようにする親子関係が非常に多いのではないだろうか

子供はなぜだろう、一般的に子供は正直で素直だという

社会生活は複雑で多重に絡みあっている

何かの社会的生活様式や行動を子供に理解させるのは非常に難しいので

本来の順序説明が面倒になり端折って、簡単な怒りや痛みから守る事を動機にした

行動の理由説明をした方が楽なのかもしれない

ただ、もっと楽な方法があったらどうだろう?

貴方は怒る時、怒る感情の理由や前提として

 気持ちの奥底に“悲しみ”がないだろうか?

例えば、子供がそんあ方向に行ったら大事子供が怪我をするかもしれない

例えば、そんなマナーでは将来子供が恥じをかくかもしれない

例えば、そんな計算能力や文字の汚さでは将来誰かの為に何かしたいと思った時にそれをできないかもしれない

例えば、食の偏りが身体の健全な発達を阻害して、不健康等の元となり病気などで苦しむかもしれない

きっと、それらの起こりうる未来想像自分も悲しくなるし、子供にそんな思いをさせたくないと思うから

親として教育しなければならないと思っているはずだ

子供自分が素直で正直である以上に、親である貴方にも素直で正直であることを望んでいる

大人になると他人の前で悲しんだり涙を見せるのは、恥ずかしい事かもしれない

でも子供の前ではどうか素直になってほしい、正直になって欲しい

たとえ貴方の説明が難しくて理解できなくても、表情や態度から何かもっともな理由があるのだろうと理解するだろうし

そういった経験がいずれ本当の理由を理解する時の助けになるはずだ

まず、親である貴方自身が自らの“悲しみ”“苦しみ”に素直になって、そう思うからこそ

である貴方にもそんな思いはさせたくないと、させたくないからこそそうして欲しいんだと伝えてあげて欲しい

そして、これを読まれている貴方は、既にそんな時期はもう過ぎた、子育てはもうしてしまった終わったよと思う方もいるかもしれない

そうならば、貴方の娘や息子も貴方と同じ苦しみを将来の子育ての中で感じるかもしれないし、子育て最中であるなら

今まさにそういった思いを感じているかもしれない

人はコミュニケーションを取る動物だ、その能力だけで今の社会を築きその恩恵に預かっていると言えなくもない

是非、素直な気持ちで過去を振り返り、その思いを子や娘と共有して欲しい

ここまで読んだ貴方にはその勇気がある、過去を振り返り、もし乗り越えて成長したいという思いがなければ

こんな駄文をここまで読む事はなかっただろう、人はいくつになっても成長できる

よりよい自分想像し、また過去を振り返り思いを共有すべきだと考えるから

そう考えるからこそ他人の書いた文章を読み、自分経験と照らし合わせ、そして何かを得ようとしているじゃないか

僕は貴方が本当にしたい事をすべきだと思うし

みんながそうあるべきだと思う

どこかで何かが少し噛み合わなかった事で、自分で考え、自分で判断し、自分の思いを成す事を

阻害してしまいっている要因があるのなら、それは自分の手で取り除く事ができる

とても勇気の入る事だ、自分自身を振り返るただそれだけでも既に多くの勇気を振り絞っただろう

メール手紙チャット電報FAX、また人から人へと間に人を介して伝えたり

人は様々なコミュニケーション手段を持っている

貴方が貴方の思いを誰かに伝えるだけでも、貴方は成長できるだろう

それは今日かもしれないし明日かもしれない何ヶ月後、何年後かもしれない

私が私らしく貴方が貴方らしくあるべきであるように、皆がそうあるべきだ

自分に正直に、自分に素直に、そして周りの人間にも素直に正直に

そういう世界を創っていこう。


@awaikumo

2012-02-18

[] 松井冬子さんの講演を聴いたよ@2012.02

アーティストトーク「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」at 横浜美術館レクチャーホール, 2012.02.11(Sat), 15:00-16:00。

 

 横浜美術館松井冬子さんの講演を聴いた。彼女個展世界中の子友達になれる」の関連イベント。 

 11時ころ会場前に行ってみたらスタッフの方(美人)がいたので話を聞くと、「どのくらいの方が集まるか何とも言えませんが、現時点ではどなたも並んでません」とのことで、とりあえず個展を鑑賞。同行した絵描き女子はたいへん楽しんだようだけど、私はよく分からんかった。むしろ常設展に感動。あ、でも松井さんの『ただちに穏やかになって眠りにおち』は印象に残った、私は宮沢賢治の『オツベルと象』が大好きだから

 13時ころ会場の様子を見に行ったらもう150人くらい並んでてびっくりした。慌てて最後尾に並ぶ。老若男女が並んでる。一人で来てる人も多い。並ぶときに、スタッフの方からレジュメ」と称される紙が配られたのだけど、松井さんのプロフィールしか書いてなくて残念。

 講演タイトルは「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」。この奇妙なタイトルは、松井さんが東京藝大で博士を取るときに提出した論文タイトルだそうで、講演ではその論文について解説してくれるということだった。

 

 15時。学芸員さんの挨拶に続いて、松井さん登場。

 とりあえずビジュアル的に面白い。つま先から太もも全体まで包む黒いエナメルのロングブーツ! テカテカしている。もともと脚がすごく長いのかヒールがすごく高いのか両方なのか知らないけど、やたら大きかった。

 松井さんの話によると、彼女博論2006年執筆して、2007年2月教授陣の前で発表したのだけど、発表の際に高熱を出していて上手く出来なかったとのこと。今回はその時のリベンジをしたいという。

 で、講演が始まったわけだが、うーん、日ごろ自分プレゼン下手を痛感している私としては、非常に勇気づけられた。こんな下手な講演が世の中にあるのか! 私の前に座ってた中年女性が、講演中に隣の人と「おもしろくないね」と言っちゃうくらいである。

 講演タイトルを見ても分かるけど、松井さんは基本的に、いわゆる「中二病」全開な文章を書く人だ。絵のタイトルも『陰刻された四肢の祭壇』とか『終極にある異体の散在』なんて感じだし、個展の絵にもそれぞれ解説文がついてて、それが全部同じような調子で長々と書かれている。まあ、幽霊とか臓物とかを描くくらいだから、「中二」なのは文章だけの問題じゃないと言われるかもしれないけど、それはともかく。

 不必要に硬い語彙を好んで使い、しかもそれぞれの言葉の組み合わせ方が少しずつ適切な用法とズレていて、さらに主述関係や修飾-被修飾関係があやふやなので、全体として意味が不明瞭。そんな文章を、文字情報なしで口頭で早口で(つっかえながら)読み上げるのだから、分かりやすくなるわけがない。

 と、つい悪口が長くなったけど、私の理解した範囲で要旨をまとめると、

他者との接触は私に痛みをもたらすよね。

この痛みそのものは伝達不可能。痛みとは孤独もの

でもそれを芸術作品に託すことで、目に見える形にして、人に伝達できるのでは。

そういう試みが視覚芸術のなかに確かに存在しているし、松井自身の制作も、その系譜に連なるんだよ。

 こんな感じでした。

 この系譜の探究として、河鍋暁斎とかダミアハーストとかクリスチャンボルタンスキーとか色々な作品が挙げられ、分類され、その流れで自作解説も行われる。(ちなみにその分類の名前は「攻撃性自己顕示実践型/受動自己犠牲変容型/局地的領域横断型」。一貫した中二感。)

 余計なお世話だけど、「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」というタイトルでは全然内容を表せてない(うえにそもそも日本語としておかしい)ので、まともに修正するなら「痛覚の覚醒企図する視覚芸術の系譜」ってところでしょうか。

 私の記憶する限りでは、「不可避」の部分が講演のなかに出てこなかったので、もし質問コーナーがあったらお尋ねしたかったのだけど、むしろ講演の後半は時間が足りなくなって、松井さん自身の話さえだいぶ端折られてた。残念。

 ちなみに私の同行者は、「全体としては難しくてよく分からなかったけど部分部分は面白かった」とのこと。例えば、ある作品に描いた孤独幽霊が、少女コミックの主人公のようなものだという話。少女運命の相手に出会うために奇跡を待つのは、逆に言えば奇跡なしには出会い存在しないということであって、そこには極めて近代的な「ディスコミュニケーション」があらわれている、とか。

 

 私は正直、講演の内容自体にはこれといった感想を持てなかったんだけど、にもかかわらず彼女に対する印象は大きく変わった。

 松井さんの文章は、中二病的だ。見た目には間違いなく中二の文章だ。でも、彼女がそういう文章を書く理由は、いわゆる中二病とは大きく違うんじゃないか。講演を聴いてるうちにそう思えてきた。

 全力でカッコつけて(実はカッコ悪い)文章を書き、しかもそのカッコつけた自分に酔っているのは、自意識過剰中学生だ。

 一方、松井さんは、無理やり日本語ねじまげて珍妙な言葉かいをすることを、ある意味でむしろ強いられてるんじゃないか。そうでもしなければ、彼女が何を言っても「美女の言葉」として消費されてしまって、結局何ひとつ表現することができなくなってしまうんじゃないか

 彼女は、整った顔立ちの、いわゆる美人だ。私は、平たく言えば、「どこかで過剰に武装しないとなめられてしまって、男と対等に見てもらえない、それが嫌なのかもなあ」、と思った。感覚的な話だけど、堅苦しい言葉をたどたどしく話す彼女を見ながら、思ったのだ。

 彼女は講演の中でも「メスしか描かない」と言っていたし(尾長鶏はオスだけどドラァグクイーンイメージなので名誉女性と考えているとのこと)、ネット情報によるとフェミニスト上野千鶴子さんのファンらしいから、性に関する問題に強い意識を持っているのは確かだろう。

 ただまあ、こんなふうに分析されるのは、たとえこ分析が実情を言い当てていたとしても(いやむしろ言い当ててていればこそ)、松井さんの立場からすれば不快以外の何物でもないだろう、とは思う。

 残念ながら私には、松井さんの作品自体をフェミニズム絵画として論じるだけのモチベーション能力も無いけれど、そういう見方もできるのかもしれないね。というかできるんだろうね、間違いなく。

 

 長くなったついでに一つ。

 私見では、松井さんは「言いたいことが山ほどあるけど上手く表現する技術がない人」だと思う。だからあんなに自作解説をしたがるのだ(いまネットで少し松井冬子評を探してみたら、彼女自作解説にヘキエキするという人は一定数いるようだ)。 結果、彼女のファンは、「よくぞそれを言ってくれた!(技術はともかく)」というタイプの人と、「グロテスクな絵を描いて、博士号を持ってる、美人すぎる日本画家! おもしろい!」というタイプの人に分かれることになる。あとまあ、「幽霊大好き!グロ大好き!」という人もいるのかもしれない。サブカル

 私自身は、特に彼女同調するわけでもなく、外見や肩書に魅力を感じるわけでもなく、幽霊が好きなわけでもない。そして彼女の文章を容認できる忍耐力もない。

 まとめると、私には彼女について語る資格はない、ということなのかも。(エス)

2012-02-17

http://anond.hatelabo.jp/20120217105939

その人は冗談抜きに障害者であることが

過去のやり取りや本人の供述から確定してるので

面白半分にいじらんとって

2012-02-16

大学院で学んだこと

大学院では研究というものを学んできたわけですが、それにより、ニュースで良く出る「○○を新発見した研究が発表され、論文誌に載った」といった話の裏がちょっと見えるようになりました。理系の話です。


大学研究者は基本的に税金研究費と給料をもらっているわけですが、実績を出す必要があります。実績というのは簡単には雑誌に掲載された論文数、学会での発表数などです。自分立場を守ったり生活していくために、色々手を尽くすわけです。

論文を載せる雑誌には、有名なところだとサイエンスネイチャーがありますが、そのほかにも数え切れないほどの雑誌があります論文雑誌投稿するときには査定があり、査定からここを直せだとかここ間違ってるんじゃないとか言われて、修正をかけたりして、受理されると掲載されます雑誌によってその査定の程度は違いますし、信頼できる研究しか載せないお堅い雑誌やら、インパクトのある面白そうな論文ならOKという雑誌もあります。したがって、雑誌に掲載されたからといって、それらが全て正しいことを言っているわけではありません。雑誌レベルが高いほど信頼性が高まる程度の認識が適切だと思います

研究者は実績を積むために、内輪で雑誌を1冊出したり、自分の手が届く程度の雑誌に一杯投稿したり、研究費を取りやすい研究テーマ(いまだと温暖化とか太陽電池とか)に絡めたりして、どうにかして稼ごうとします。なので、特にレベルが高いと言われる雑誌以外では、恣意的な議論や不適切な条件設定であることも多いです。

新しい研究成果が発表された、というのは、その研究者がそれを主張しているだけであり、認められたということではありません。雑誌に掲載された、というのも同じです。

そのような、他人の主張が正しいか否かを判断するのは自分自身であり、そのためにはその分野についてしっかりと勉強する必要があります勉強をせずに感覚だけで判断を下すことはできません。一々勉強していられるかと思うかもしれませんが、多くの学問は繋がっていることもあり、勉強を積み重ねていくと、今まで知らなかったことを学ぶのが容易になってきます

世の中、センセーショナルものお金になります自分に判断する力がないと、お金を稼ぎたい人の手のひらで踊らされることになります。あるいは、洗脳的な言葉宗教等にハマってしまうことにも繋がります

広く勉強することとある分野を深く勉強することで、情報鵜呑みにせずに自分で判断できるようになり、そうなる必要がある、ということが大学院で実感として学べました。

2012-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20120215110128

横だけど、あの話は面白おかしくするための脚色がひどいよ。

http://anond.hatelabo.jp/20120214223016

えっと、面白さ≒機転+レパートリー

で、高学歴教養ある≒レパートリー豊富

という意図で書いた。

返信をみると、

機転;元増田>その社長

レパートリー元増田=その社長

なのかなって思うけど、返信見る前だと

機転;その社長元増田

レパートリー;その社長元増田

の可能性のほうがおおきく見えたんだよ。

2012-02-14

プログラマーやってるとかい社長

こういう類の人間とあまり会ったこと無いんだけど

だいたい想像してた通りだった

服装がまずダサい。陰キャラとかマニアとかオタクの類

まあそんなことはどうでもいいけど

会話も自然インターネットの話をするわけだけど聞き慣れない横文字ばかり言う上に話がつまら

ソーシャルゲームの話とかの話をするとしても

なんかよくわからん横文字を並べて厳密に言うわけ

んなくだらねー話どうでもいいか


しかも笑い話がない

ジョーダンだとかそういうのが無いの。笑顔も無し。

創造ゼロ

所詮プログラマーなんて言われたことやってるだけの仕事からクリエイティブでもないというわけだからまら

プログラマー系の書いてるブログとかもセンスないの多いよな

そんなことないっていうやつもいるけどそれは全体の数%の話だろ

どうせガキの頃からパソコンの前に座りっぱなしで勉強したりの人生だったんだろうな

話のオチも無いしマジでくだらない

想像通りなので仲良くなる必要なし

話の面白いプログラマーがこいつらと集まったときにする会話って相当面白くないんだろうな

国語の授業に則って


筆者の気持ちを説明しなさい

実際アレが本当に大元元増田の肉付けだったとして、ではその肉付けをした上で増田に書いた意図を考えると、

自分性格」を理由に「子どもを作らない」ことは正しい判断であるっていうのを他人に肯定してもらいたい

という期待があったのでは? と考えられる

その場合

子ども持つかどうかは人それぞれの判断だし、今の時代子どもなしでも楽しんで生活できればそれでいい」

みたいな流れは、母親孫の顔を見せないという復讐正当化することにも繋がるので元増田的には一石二鳥で大歓迎となる

逆に「孫の顔見せてやれ、恩返ししてやれ」という助言に対しては、「なに的外れなこと言ってんだ」と怒りをたぎらせ、

自分はこんなに抑圧された、こんな過程があってこそのこの結果なんだ」と切々と真意を訴えることができる

(実際にはその真意を示唆する描写があるので正面からは訴えなかったかも)



ところがここで、子ども持つか持たないかの判断の源すなわち骨の部分である恨みやトラウマにまで切り込まれてしまった

その際まるで自分の恨みや憎悪に無自覚であるかのように扱われたのが(なぜか他人である解説者らの)癪に障ったのだろう

当然だ、真意という骨に肉を巻いて意図的に皮肉に仕立てていたとしたらその憎悪と恨みに苦しんでいないはずがない

いわば傷口に塩を擦りこまれたも同然の指摘記事がついたのである

かくしてわざわざ他人のネタを懇切丁寧にネタばらす人が出現したのであった、とっぴんぱらりのぷう



感想を述べなさい

解説者のいう「文章として面白みがないから肉付けを行った」という解釈はあまりよろしくない

理由は簡単で、肉付けても面白みがないかである

面白いかどうかは主観の問題なので退けるとしても、肉付けを行ったことで背後に隠された「骨」が新たに展開しているかというとそうも言えない

骨すなわち真意が展開するとは、書き手の中でその恨みやトラウマがどのように昇華したのかが示されるということを指す

元記事において恨みやトラウマはまったく昇華してはいない、元増田は依然として母親「教育」の影響下にあり、意趣返しこそ為したが何ら救われていない

「文章として」楽しむのならばそこで救いを生じさせ、感動を生むことを狙うのは定石である

この文章は定石を打っておらず、また定石を超えた独創的な結末を持っているわけでもない

よってつまらない。つたない。肯定的な評価を与えるための理由が無い。

である恨みつらみやトラウマをそのまま露出させれば得られたであろう「生々しさ」という面白さすらない。




腑に落ちないのは

例えばブコメにも「のろいがえしー」のような読みが普通に転がっているわけで、やっていることは増田記事での指摘と同じなのに、

何がどう琴線に触れてこんな大爆発に至ってしまったのかは不明。しかもその琴線の主は解説者であって元増田ではないときた。もう何が何だか




ああ。ひまだな、自分

http://anond.hatelabo.jp/20120214171717

http://anond.hatelabo.jp/20120214173218

要するに味わうべくは行き場のない憎しみとかその復讐としての子無し選択という骨そのものではなくて、

「なんで母親はわからないんだろう?」っていう白痴ごっこの精度の高さという肉の方ってこと?

はっきり言ってそういう観点では面白くもなんともないと思うよ

スペアリブっていう完成度もない

地面に骨を埋めたら埋め方が浅すぎてすぐ見つかった、それを「何で見つけるの!しらける!」とか言って怒ってる感じ

見つけて欲しくて埋めたんでしょ? みたいな

横だけど。

俺は文章の面白さとかどうでもいいから身も蓋もない感情の要点だけシンプルに書けよって思っちゃうなあ。

「肉付け」とか邪魔なだけだろ。実際面白くもないし。

「スペアリブ」というより、食えない皮が全体積の99%を占める勢いで巻きついてる感じ。

剥いてから出せよっていう。

人より頭が鈍い人のための初歩文章講座

ウスノロはウスノロの自覚を

あのねえ

わ・ざ・と、そういう書き方がされてるの

読んでる方はそれぐらい読み取れるし(アナタ以外)

書き手もそれぐらい読み取られることを期待して書いてるの(アナタのような頭悪いのは想定からも対象からOUT




元増田の話の骨子

元増田の話は

1・なにかにつけ「途中で投げ出すからダメ」とトライさせてもらえず育った

2・そのせいで実際にそういう人間に育ってしまった

3・その母に「孫の顔も見せてやらねえよ、お前の教育どおりにな!」と言ってやった




だよ

骨だけむき出しに整理しちゃうとね

(3行にまとまるでしょ、あなたの解説はダラダラ長いよ)




骨だけの文は面白くない

でも恨みやトラウマ構造をそんなぶんぬきでシンプルに整理して書いても

書くほうも読むほうも「そうですか」で終わってしま

これは文章としてはあんまり面白くないの




元増田の話の肉付け

そこで元増田は、

1・母に子供の頃からあなたは飽きっぽい」という忠告を受けて育った

2・なるほど母は正しい、私は実際にそういう人間であることを後年自覚するようになった

3・そんな私の人格を熟知する母よ、何故「子供を育てろ」なんて危険トライを薦めるのですか、理解不能!




っていう慇懃とぼけた書き方をわ・ざ・と、してるの

人に読ませる話としても、

母親に実際にぶちまける時の恨み節としても

こうやって少し肉をつけたほうが面白いでしょ

(肉はつけすぎるといやみすぎてそれもまたオエッとなるけどね)




何の為に肉付けをするか

なんで肉をつけると面白いかっていうと

読むほうが話の表面の肉をかき分けて骨子にたどり着くまで

少し自分の頭を使うからなのね

これはジョークの書き方とかも同じ




黒人人間じゃない」って書いても、

これじゃ悪意や蔑視は感じるけど何も面白くない

骨だけをシンプルに書くってのはこういうこと




「俺が人として許せないのは人種差別朝鮮人」て書けば

その言い回し論理的なおかしさに(ん?)となって

1秒ぐらいして言わんとする骨子に気づく

これは聞く側が頭使うからちょっと面白いわけ




馬鹿は静かにしていよう

これらは全部、

書き手が自分自分の話の骨子を把握したうえで

読む人が掻き分けられる程度の、嫌味にならない程度の肉を、慎重につけてるわけ

掻き分ける側も、書き手のそういう意図ぐらいは理解して微笑むわけ




それをまー、

一名の人よりずっと頭の鈍い馬鹿クンが

ボボボボ、ボクだけが深い洞察を得てしまった

 書き手も自覚できていない心理の深層を言語化してしまった

 みんなわかってないみたいだから解説してあげるよよく聞いて!」

って、

馬鹿クン以外の全員どっちらけだよ

http://anond.hatelabo.jp/20120214164946

神様久保ミツロウさんをわりと評価しているそうです。










まあまあ使えるから、本人が五規模法なら、長所を伸ばしてやれと言ってました。












それと団長が主人公にキスするのはいがかなものかと語っていました。












あれじゃ、主人公くんが団長のちゅーを忘れられなくなるぞって方ってました。











奥さん真っ青です。













モテキみたいな恋が始まる予感ですね。みんなー、面白くなってきたぞー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!












じゃ、ばいちゃ!

政治家に実績が必要とされなくなったのはいからなのか?

ここ最近大阪の橋下市長が何かと話題にのぼることが多いのですね。

その中でも特にびっくりしたのが、世論調査で「大阪維新の会に国政への進出を望む」っていう声が60%を超えているという話。


え?まだ何の実績も上げてない人たちに国政進出を望むの?


というのが、感想です。

選挙圧勝したのは凄いことですが、それはあくまで過程であって結果ではありません。

下市長率いる大阪維新の会が輝かしい実績を積み上げていくのか、それとも最近槍玉に上がることが多い

何処かの政権与党のような醜態を晒すのかはまだわかりません。

からこそ、国政に話を持って行く前にまず話題にすべきことがたくさんあるように思うんです。


マスコミの役目って何でしょうね?

掴んだネタ面白おかしネタにして遊ぶのは2chアフィブログで間に合ってるので

もう少しちゃんと考えて記事書いて欲しいですね。

2012-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20120211222549

ゲームが本当に面白くてハマっている人=金払いのいいヘビーユーザー」と「だまされてだらだらとハマっている人=厳密な意味でのカモ」

そんなもん区別しようがないし区別する必要もない、と思うけれど

後者が多い、いや後者しかいない」と決め付けて叩いているのがソーシャルゲーアンチでは。

から見ると「俺が面白くないと思っているものからハマっているのは後者だ!」と言う判断基準で叩いているようにしか見えないんだけど、

お前の価値基準を他人にまで適応すんなと。

2012-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20120211230419

価値価格釣り合いがとれていない」とするとずれていませんが、価値価格アンバランスさを意識させずに誘導する部分が肝であるビジネスといったほうがいいでしょう。

チコン以外に関しては、コンテンツ自体が非合法と隣り合わせであったりその境界線を曖昧に見せているから批判されているわけですから、例示としては適切ではないでしょう。

コンテンツ妥当性には批判がそれほどいかず(ゲーム面白くないとかはあるでしょうが)、誘導部分に批判が集中することが特徴であるとすると、パチコンが一番類似しています

http://anond.hatelabo.jp/20120211120237

元増田です。

一番の理由は、「ソーシャルゲーの何が悪いかわからない」という、(おそらく内側の人間の)発言があるからだと思うよ。

ゲームが本当に面白くてハマっている人=金払いのいいヘビーユーザー」と「だまされてだらだらとハマっている人=厳密な意味でのカモ」を峻別することが可能なのか、ということです。

両者とも行動上はプロスペクト理論上において区別はできない(と思われる)のですが、運営側からすると区別が可能であり前者が多いという事実がある、

もしくは前者が多数であるとしておくことが会社の体裁としてよろしい、ということであれば「何が悪いのかわからない」といういしきでいることはそれほど不思議ではありません。



同じようなビジネスで、ソーシャルゲーと比べて相対的に高い評価を与えられていてバランスがとれてないビジネスがあったら教えて。

分配金の多い投資信託の販売方法などは、これに近いものではないでしょうか。

「先に得るであろうお金をより身近なお金に重きをおく」という錯覚を利用しているという意味においてですが。

また、社会的に高い評価を得ているかは疑問なのですが、被害者が多い=とりあえず成功はしている、ということを理由に一例としてあげておきます



批判の対象をもう少し広げて「人の錯覚を利用して不当な利益をあげることができるビジネス」とすると、おそらくケタ違いのビジネスもあるのでしょうが

その商売がソーシャルゲームにされている種の批判を受けているかといえばそうではないようには思えます

http://anond.hatelabo.jp/20120211183241

エルゼビアって結構ヘイト稼いでいるのなw

いろいろ突っ込みどころはあるが、

第一点として、エルゼビアの製品の料金は高すぎるということ。

第二点として、論文誌の「抱き合わせ」が広く行われているために、図書館はある論文誌を購読しようとするとき、興味のない他の論文誌もセットで買わなければならないこと。

第三点として、公的資金による研究に対して政府フリーアクセスを要求することを禁じる法案(たとえば米国議会で審議に入る Research Works Act など)を支持していること。

第三点については心底どうでもいいのでここでは触れない。

第一点と第二点は独立する問題ではない、というか「単刊購読は高くつき、何誌かのパッケージでは割安になるが、いらない雑誌も取ることになる」というジレンマを別の角度から見ているだけであって、結局「利益率高すぎ。もっと安くできるだろ?オラオラ」という一点に尽きるのではないか

学術雑誌世界は、定価があってないようなもので、一応最終頁に価格印刷されてはいるが実際にその価格で買うユーザーほとんどいない(まったくいないかもしれない。今まで聞いたことがないので)。これは「抱き合わせ」によるものもあるが、ACSとかの学会誌であっても会員には規模に応じて大幅な値引きがなされるのが常態だからである。このような場合に「高すぎる」と簡単に言っていいのか。お前んとこの図書館が貧弱なだけじゃねえの?

また、マイナー雑誌メジャー雑誌も大して変わらない価格供給しているということもある。公開されているプライスリストを見ればわかることだが、エルゼビアでは、雑誌価格を支配しているのは、医学分野は高いとかそういう一般論を除けば、(分野のマイナーさや雑誌ダメから類推される)発行部数ではなく、重さである

なにより、商業誌学会誌より高いのはべつにエルゼビアに限ったことではなく、つまりワイリーだって他の会社だって学会誌より高いのであって、それはもう商業誌なんだから仕方ないという他にはない。それがイヤだから掲載料を取るというのでは、商業誌メリットって何なの?と言わざるを得ない。

そんなことより問題にされるべきなのはマイナー学会誌業務委託という形で取り込み、自社のブランドになった途端に購読料を引き上げるというエルゼビアの営業手法である。と、思うのだが、だからといってどうしようもない。前が安すぎたというのもあるし。

以上ぐだぐだ書いてみたが、元記事は同意できる点もあり「これだから数学者は」と思う点もあり、非常に面白く読めました。翻訳ありがとう

http://anond.hatelabo.jp/20120211145831

Twitter連携したらオンラインゲームもっと面白くなると思うんだけど、

もうやってるところないかな?

http://anond.hatelabo.jp/20120211113150

NPCの中身が人間で、毎回毎回違うセリフ吐くってだけで感動したです。

いやそれPCですって?

いやいやどうでもいいキャラNPCでしょう。



オフラインRPGでも、ストーリーに関わってこない賑やかしのキャラが、どっかの誰かのツイッターの書き込みを吐くようになったら面白そうだけどね。

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