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はてなキーワード: 理屈とは

2017-03-26

弁護士業務の密かな歓び「陳述書」

弁護士として仕事をしていて,楽しみな仕事が「陳述書」だ。

これは,当事者の言っていることを(訴訟に不利にならない範囲で)自由に書いて良い。

裁判所に対して主張をアピールするのは「準備書面」で,これには法的に理屈の通る主張や反論を書くことになる。

依頼者が主張したいことでも,なんでもかんでも書くと,法的に理屈が通ってないことにより却って不利になることもあるから

そういう場合には依頼者に対して「気持ちは分かります裁判に勝ちたかったらそれは言わない方が」とか「少し主張の仕方を変えて」とかサジェストすることになる。

当然,依頼者は不満をためるし,下手をすると「オマエは俺の弁護士だろ,俺の言うとおりやれ!」なんて依頼者もいる。

陳述書は違う。

明らかな嘘や,逆に正直すぎて決定的に不利な供述は書けないけど,そうでなければ依頼者の言うとおり書くことが出来る。

これが最高に楽しい

陳述書は,依頼者に話を聞いて,まとめたのを弁護士が作って,依頼者に見せて問題なければ署名押印をもらうという手順で作っているのだけれど,

依頼者に見せた段階で「先生,こういうことが言いたかったんだよ。上手くまとめてくれたね」なんて言われることがあって,密かに歓びを感じたりする。

まあ,陳述書で依頼者の好き勝手を書いているときってのは,もう訴訟では負け筋だからガス抜きしてるって場合も多いんだけどさ。

そもそも虚偽答弁が罪に問われる場で籠池は100万の受領公言した

のだから、これを覆すには同じ土俵否定しないとなぁ。

証人喚問以外で安倍昭恵いくら否定しても、理屈としては

籠池証言の優位性は変わらんよ。

まり証人喚問安倍昭恵否定しない以上、100万渡したことが事実となる。

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325141049

俺は、自身キモくて金のないおっさんになる可能性が充分にあるので、そういう人でも生きていける社会になったらいいなと思う。

ただ、そういう人たちに対して何か言ってあげられることがあるかと考えたとき、何も思い浮かばないんだよね。



「まずは家賃を下げろ、金が全部尽きる前に引っ越しを考えろ」「パソコンは今数万円で買える」「スマホは月額2千円で持てる」「コンビニ飯より食事宅配の方が結局は安上がりだ」「ぶっちゃけPCさえあればなんとでもなる」

ホームレスになりそうなら最後資金で凍死しない南へ移動しろ」「段ボールと空き缶拾いは競争率がめちゃ激しいか作戦をちゃんと立てろ」「きもい?どうせ俺は人と会わないか大丈夫

とか、自身が落ちに落ちたとき用の想定とかを考えることはあるけど、これも結局「今までパソコン自由に使ってネット情報を集めてくることができる生活だったから」という情報強者立場から言える。この助言はずーっとずっとお金がなくパソコンなんて自由に使えない人が採用できる案ではない。



そのような「特に特技はない」というか「本当に何もない」人でも生きていけるように「セーフティーネット」というものを整備してほしいと思ってる。生活保護だとなんやかんや審査が通らないので「ベーシックインカム」がいいなと思う。

ハテナ民はセーフティーネットベーシックインカムに協力的だろ。それはキモイおっさんにも手を差し伸べてると言えるんじゃないか




とここまで書いてみたけど、あらためて「当事者意識をどこまで持てるか」というのも対応に差が出る一因だろうな。

たとえば「差別」について。差別ってのは当人にはどうしようもない事柄理由迫害を受ける。出身地とか国籍とか性別とか。そういう「本人の能力に何の問題もなかろうが、迫害理由はなんとでも、後から付けられる」となると、自分もいつだってその当事者になる可能性が出てくる。

他方「キモくて金のないおっさん」であれば「俺はさすがにキモくて金のないおっさんにはならないし…」という希望的観測を持てる。「キモいのはおっさんが清潔にしないからだ」とか「金がないのはおっさんギャンブルなんてするからだ」とか「それは自分努力でなんとかできただろう。当人にはどうしようもないことではなかったはずだ」なんて理屈を付けることができる。

でも人間何が起こるか分からんよな。急に借金が降ってくるかもしれないし、ストレスで気が変になることもあるだろう。なによりキモイおっさん底辺の人たちだって望んでそうなったわけではない。子供のころから容姿キモイと言われ続けていれば性格にも影響して清潔にしようと思う気すら起こらなくなるかもしれない。http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170325141715 にも書かれてるが

倫理道徳といった概念を身につける以前に生きていくだけで精一杯

という環境だったんだから




キモイおっさん」の話から爆サイを見るような層」の話にずれてきてしまって悪いが、もう少し続ける。

色々なことを頭に入れてもなお「あまりあっちの世界については考えたくないなぁ」と思う理由の一つは「自身があちらの世界の人から過去迫害を受けたことがある」からのような気がする。

彼ら弱者は驚くほど弱者に対して冷酷でもあります

とも書かれている通り、ヤンキー、ウェーイ系、いろいろな輩(ヤカラ)は自分より弱い相手攻撃する。いじめられた側は「別に相手謝罪してほしいとかじゃなくて、二度と目の前に出てきてほしくない。二度と考えたくない」と思う傾向がある。キモイおっさんから痴漢された女性おっさんの生い立ちなんて知りたくもないだろう。

では、そういう弱者から暴力脅迫を受けた私はどうなのか?寛容でない?恨んでますよ。でも、考え方の理解はできた。救済する団体現場も知ってるし、辟易とさせられることも多かった。何か違うアプローチ必要

こういう意見が出るのも頷ける。でもこの人も言っている通り、理解を拒んでいるわけではなくそ努力をしようとする人は少なくないと思う。

アメリカ大統領選挙からこちら「倫理的に正しいとされる物事が必ずしも選ばれるわけではない(正しくないと思う人たちを無視していては自分の思う正しい世界は来ない)」と分かってきたし、今回の爆サイみたいにまた知らないことを誰かに教えてもらって学べばいいんだよ。



それにしてもやっぱり「衣食足りて礼節を知る」だよなと思う。イジメ虐待ヤンキー風俗も「そこでしか生きていけないから」という面が大きいんじゃないだろうか。ベーシックインカムがあれば、親から風俗の元締めから暴走族から抜けてどこへでも行けて助かる人が多いと思うけどなぁ。現状みたいに本人分を搾取者が奪っていきそうだけど。何かいアプローチいかなぁ。

http://anond.hatelabo.jp/20170325050724

そういうのを社会学とか政治的には「分断」とか「断裂」って読んでいて、それこそ100年以上まえから様々な議論が行われてきたのだ。

彼らに話を聞いてもらおうと思うなら、まずは信頼関係を取り戻すことが第一で、それもないのに正しさだけ説いたって無意味じゃないだろうかと思う。

しかし、そもそものはなし、信頼関係というもの双方向のものだ。相手に話を聞いてもらうのは、両方の陣営がお互いにしあうべきもののはずだ。そして、話し合い(説得)という関係では、説得のための理屈が強度につながる。

そして現在格差的に上の側にいる層(現実世界に生きていて、収入資産がそれなりにあり、安全で豊かで幸福生活を送っていて、知的教育を受けていて、おおよそリベラル)はその戦場で、相対的に強力な武器を持っている。誤解を恐れずやや露悪的に云うならば、彼らは概ね正しいのだ。今しきりに批判されているグローバリズムですら、そのグローバリズム世界全体の格差は縮小し、餓死者は減り、疫病は随分少なくなった。もうそれだけで倫理的には正義だ(もちろんこれは相当強い表現なので、国内格差とか言い立てる人はいるかもしれないが、それは「一番弱い人を救わずに俺に金をよこせという意味?」という批判に耐えられないのだ)。

そういう状況で「互いに話し合うべき」というのであれば、格差上の側が下をフルボッコ試合終了だ(それがこの40年位の世界の動きだった)。

一方で「下が弱いので、上が一方的理解すべき、一方的に譲歩すべき」では、弱者居直り強盗だ。そんなものに付き合うバカは二種類しかいない。ひとつは付き合うふりしてバカ上前をはねようとする「下流の味方のふりをする上流」であり、もうひとつは後述する「暴力」に対してを憂える人だ。

そもそも、弱者知的訓練の不在の結果「適正な落としどころ」を見つけられないので、「ぱっと見得に見えるけれど実は損」のような強者のつくった商売に騙されて現在がある。税制から携帯の縛り契約ソシャゲまで、全部そんなもんだ。交渉面で弱者というのは、もう「損をする」か「得している気分で損をする」かの二つしかないのだ。それひとつじゃねえかというツッコミもできない。なぜならその二つが本当は「損する」という一種であることを見抜けないというのが、この話の本質からだ。

なので、結局交渉面での弱者は、暴力面で強者カウンターするしかない。革命だ。これまた露悪的に書くが、革命暴力必要なのだ交渉面での弱者強者牽制する方法って本質的にはこれ以外ないからだ。

日本はこの暴力に対する忌避感が強い。暴力良くない!って思ってる。それそのものは悪くないんだけど、それがあんまりにも広がって、自分暴力を奮ってることに気がついてないことさえある。暴力社会的に悪=僕は悪じゃない=暴力は奮ってない、みたいな理屈で。いいやとんでもない。暴力下流武器だし、日本人だって様々な暴力を奮ってる(なんせ一般的生活者権力者富裕層に反抗するためにはそれが必要なのだから)。「経済格差が広がると治安悪化ちゃうよ?」ってネットでよく見る言説なんだけど、あれは「これ以上俺が貧乏になるとお前らの家に火をかけるとか、襲撃して殺すぞ」という脅迫オブラートに包んだ、れっきとした暴力だってことを認識した方がいい。別に暴力からって責めてない。バランスを取るために必要武器からだ。でも、「それを暴力認識しないしたり顔で云う」のは危険から認識すべき、って話だ。

強者の側だって雇度留めとかお祈り手紙とか暴力奮ってるんだから、そういう意味で公平な社会なのだ

「互いに話し合うべき」なのはわかるんだが、それはせめて両者が、そういう自分暴力性に自覚持ってからじゃないとそれこそ話にならない。自分暴力奮ってる自覚のない人間集団結論する平和条約とか、怖くて仕方ないっしょ?

2017-03-24

女性に対する容姿悪口を止めてほしいという理屈

「『ブス』という言葉は傷つけるだけで誰も得しない」ってそりゃそうかも知れないが。あらゆる侮蔑語はそういう物なのだからバカ』でも『ブ男』でも『不細工』でも『いなかっぺ』でも『オカマ野郎』でも何でもいいんだけど、全部傷つけるだけで誰も得しない言葉な訳で、女性に対する侮蔑語だけを特に止めて欲しいという願いに正当性はあるんだろうか?

そりゃ、その言葉に傷ついて一生心に傷を負う人もいるだろうけど、他の侮蔑語は全部そうだから特に『ブス』だけ取り出して女性に対する容姿悪口だけを止めて欲しいっていう事があんまり理解出来ない。「女性特に傷つくから・・・」みたいのって、本当かよ?と思う。単に男が傷ついていると外に言い難いだけじゃないかと。男は強い立場なんだから我慢しろみたいな社会的圧力が強いだけで。

個人的には、どれも他人になるべく使わないようにしてはいるんだよ。いるけどさ…って話として。

侮蔑語は一切止めてくれ!なら、主張としては解る。でも、同意は出来ないけど。表現がかなり制限されるからね。

2017-03-23

友達になるなら李徴のほうだな

http://orangestar.hatenadiary.jp/entry/2017/03/20/193145

ネットのやりすぎで理屈っぽい奴には疲れてきたわ。

anond:20170322233747

搾取側」=昭和生まれことなら、そうとも、昭和生まれめっちゃ高いよ~。

なんでか教えてあげようね。

今40から上の人たちは、生まれときパソコンインターネットもなかった。

高校でも学校情報の授業がなかった。技術家庭で電気スタンド(わかる?あの机の上におくデスクライトだよ)つくっておわりだったんだよ。

ワープロ検定なんてもの書道よりいいんじゃないかなんて話もあった。

大学。25MBしかHDDのないパソコンでも、HDDそのものが珍しかった。

フロッピーディスクよりは読み込みが早いモノが搭載されているというだけで

そのパソコンを25万円で買ってる先輩がいていいなーって触らせてもらいにいった。

 

そういうなかでコンピューターに興味もってた人がふきだまったりあつまったのがniftyserve、そして移住先がはてな

 

からね、ぼくらも60代以上に年金クレクレって搾取されてるけどね、

やつらはもっぱら電話で「搾取した♪」って話してるのではてなにふきだまれるだけのIT知識ほとんどない。

(たまーにいるよ、70ではてな人検索回答者を無理にやってるけど難解度お経レベルなもんでガン無視されてる人とか)

で、僕ら40代くらいの指摘は本人たちにいつなにいってもつたわらないし。

やつらへの一番の対処投票と着信拒否。なにをどう話してもネット出現以前では常識がかわってしまたか無駄。本当に話にならないんだ。

ネクタイ送られて感謝でもやめたの会社」みたいなあん理屈の通じるおじいちゃんなんて現実はいいからね。

もちろんぼくらも搾取されてるってことがネットコミュニケーションとる平成生まれまで伝わらないの。

 

まあきみらはふるさと納税医療費控除だけでも勉強しろってこった。

2017-03-22

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.キリスト教の人は手に杭を打ち付けますか。

例えば君がアイドル好きだとしよう。

でもだからといって、君自身がそのアイドルの服を着たいわけではないだろ?

まりは、そういうことだ。

……え、着るのか。

ひょっとして、アイドル界における暗黒時代って奴がきているのだろうか……。



Q.あなたの回答は屁理屈ばかりだ。それでは答えになっていない。

私が学生の頃、英語テストをしていたときの話だ。

確か「店員に服のサイズを尋ねてください」みたいな問題文だった。

私はその問題文にあった隙を突いて、「この店の舞台英語圏じゃないし、店員外国の人じゃないから、日本語で答えてもいいですよね」みたいなことを書いて、英語ではなく日本語で答えを書いてやったのだ。

察しの通り、私はもとから真面目に答えるつもりがなかった。

だが、英語先生は、その問題で貰える点数のうち半分をくれた。

理屈は分かりましたが、これは英語テストなので英語で答えてください」といった丁寧な補足を答案用紙に書いて、だ。

私はその時思った。

「え、点数くれるんだ」、と。

今回学ぶべき教訓は、「屁理屈理屈の内である」ということだ。

詭弁は人を救いはしないが、だからといって役に立たないわけではない。

そして理屈であれば、理解ある人間はそれを無碍にしない。

あの時の思い出は、私の今を構成している大事な一部だ。

……念のため言っておくが、君が学ぶべきは私の屁理屈の方ではなくて、先生理解しようと歩み寄る方のことだからな。

まり、回答をした時点で私の役目は終わっている。

から、君が私の回答を意味があるかどうか判断するのは、あくまで君の問題だ。

そして、君にとって意味あるかないかということは、私にとって些末なことに過ぎない。

はてなーって、結構搾取側の人間多くね?

要領よくうまく立ち回ろうとする人が多い印象がある

ブラック企業で、要領が悪く、パワハラ上司を憎み呪いながらも怯えてビクビクしている自分からすると、

パワハラ上司ものともせずにお先ーって帰るアイツと重なるんだ、はてなーの人々が

パワハラ上司も、言いたいことをズバッと正論で言うアイツにはなかなか反論できず、

その分俺に八つ当たりも含めて仕事が回されている

まあ理屈で言えば、そのパワハラ上司が一番悪いんだよ、それは分かる

でも、

俺のことを助けもしてくれないで、

正論をかざして颯爽と定時に帰って人生エンジョイしているアイツが、

もう理屈じゃなくて心の底からにくくて仕方がない

パワハラ上司よりも遥かに忌々しい

というか、パワハラ上司すら被害者のように思える

だってパワハラ上司もずっと遅くまで残って仕事してるんだもの

パワハラ上司は嫌いだ、

でも定時に帰るアイツは大っ嫌いなんだ

こういうと弱いものが夕暮れのどうたらこうたらと決まり文句でヤレヤレといった顔をするのがはてなーというのが俺の印象

あと奴隷の鎖自慢とか、

誰かの足を引っ張ることを喜ぶな、底上げすることを望めという正論も言ってきがち

でも底上げなんて何年待ったって底は沈む一方でちっともあがりやしない

俺の中で、パワハラ上司よりもはてなー属性のあるヤツの方がだんだんヘイトが上回ってきた




日本死ねとはずっとむかしから思っていたが、

お前らはてなーが言うなという気持ちは正直かなり強くある

っつかむしろ日本死ぬのに手っ取り早いのは共謀罪とか治安維持法が成立してさっさと日本が瓦解するのが一番いい

はてなーもろとも道連れにしてくれるような日本の死に方を、俺はずっと求めている

そういう意味で、

はてなー臭い共産党よりは自滅に加速をかけてくれそうな自民党に票を入れるほうが、

俺にとってはよっぽどずっと合理的選択肢であり続けている

http://anond.hatelabo.jp/20170322212455

大体2スクロール必要になると長いと感じる。

ただ、結論が先にばちっと書いてあれば長くてもそれほど気にならない。

あと理屈がぶっ飛んでたりすると読む気が失せて長く感じる。

144Hzのディスプレイって目にいいんだろうか。理屈上は目に良さげなんだが。

http://anond.hatelabo.jp/20170322001722

まずね、小説映画だとしたら、詩歌写真なの。

旅行写真でも卒業写真でもなんでもいいけど、自分にとっては大事な一瞬をとらえた写真って、知らない人が見たら「なにこれ?」ってなるでしょ。でも撮った本人はその一枚でもあのときのことを思い出せるから、わぁーいいなあってなる。そんなふうに物語のものではなく物語痕跡から全体像をを想像して味わうのが詩歌の楽しみ方のひとつから、詩は本来、書いた本人にしかからないのが普通なんだよ。

から詩はあなたにも書けるし、けれどもその詩は他の誰かには全く理解してもらえないかもしれない。あなたにとっては切実な場面でも、「なにこれ?」ってなっちゃう。

だったら他人他人詩歌をどう評価できるんだっていうと、みんなまず物語以外の部分をかみしめてるみたい。言葉って意味だけじゃなくて音や文字もあって、たとえば漢字がいっぱい並んでたら理屈抜きで「うわ、めんどくさ!」ってなったりするし、ミラバケッソとかヒノノニトンとか意味関係なく音として気持ちよくて頭に残っちゃうことって結構あると思うの(卑怯CM多いでしょ)。写真でも、単純にきれいなものが写ってたら誰がいつどこで撮ったか以前に「わーきれい!」ってなるでしょ、文字だってうつくしい言葉がきれいに並んでたらそう思えるかもしれない。写真だとモチーフが左右対称に並んで写ってたらそれだけで気持ちいいように、定型句でも575の音数に合ってたらそれだけで気持ちいいとか。この辺が、作品それ自体の内側へと入り込んでいく楽しみ方の例。

逆に作品の外側に目を向けると楽しいこともある。写真なら、たとえば撮った人や撮った場所に注目してみるとか。普通写真でも、自分の知ってる人、好きな人が撮った写真だって聞いたらそれだけで「どんな気持ちで撮ったんだろう」って想像したくなってこない? あとさ、ライオン大口あけてる写真とかだと「この人どうやって撮ったんだよ、撮った直後に殺されたりしてないだろうな」とか想像して怖くなったりもしそうでしょ? 他にも、京都タワーを手で支えてるような構図だったりしたら「ピサの斜塔かよww 京都タワーじゃかっこつかないでしょうがwww」なんて元ネタと比べて楽しむとか、それ自体では補えない情報量が実はそこかしこに見つかったりするものなの。

そうやって自分必要情報量を探していく、補っていくっていう探偵じみたプロセス詩歌の楽しみだと思うし、これって実は小説でも他の芸術分野でもおんなじだよね。さらに言うと、いろんな作品詩歌小説に限らず)を見ていくと、自分を泣かせる笑わせるために必要情報量ってじつはそれほど多くない、このツボさえ抑えてれば自分は大体泣けるっていうポイント抽出できたりする。物語全体じゃなくって特定の要素があれば人間勝手想像できちゃうし、人からもらうより自分で作った方が味付けも変えられておいしいのは料理と一緒。でもそうやってツボを探していくと、面白いことに、その自分だけのツボって実は他の人も泣かせてしまったりする。自分のためだけに作ったものが何故か他の誰かまで撃ち抜いてしまったりする。

究極的に個人的ものは、実は最大限に普遍的でもあるんだ。その普遍性だけを切り取って残そうとする挑戦が、詩歌を作る苦しみであり楽しみなのだと、わたしは思う。


あとは渡邊十絲子の『今を生きるための現代詩』って新書がすげーオススメなので一読されたし。自分詩歌詳しくないけど、わからないなりに楽しくなるよ!

すてきな紹介記事→ http://d.hatena.ne.jp/mmpolo/20130531/1369926781

2017-03-22 20:42 追記(返信など)

でも現代純文学はそういうツボに反感持ってるよね

自分文章読み返したら「ツボ」の例を泣ける笑えるに限定しすぎたのが失敗だった。「泣ける」が分かりやすい例だっただけで“面白い”のツボって千差万別からね。

でも自分なりのツボはすべての書き手が持ってるだろうし、それを分かってくれる人も必ずいるんだよ、なぜか。・・・いや、よき受け手出会えるかどうか、そもそも作り手がそのツボを自分表現で押さえることができるかどうかは別として。

青木淳悟でも木下古栗でも岡田利規小笠原鳥類橘上でも誰でもいいんだけど、たとえ共感を得やすいツボに反感を持ってたとしても、その人には別のツボがあるし、人間表現である限り普遍性を完全に排することもできない・・・とわたしは思う。

だってすべての表現コミュニケーションから。読者としての自分自身とすらコミュニケーションしない表現なんて、ヘンリー・ダーガーでも無理なんじゃない?

今を生きるための現代詩kindleにあったので買ってみました

わーいやったー! ありがとうございます、せっかくなのでその先の本もいちおう置いときますね!

入り口としては『今を~』がすばらしいけれど、もしそれで現代詩自体に興味がわいたら新書館から刊行されてる『現代詩の鑑賞101』がとってもいいです。やさしい解説つきで101篇も読めばだれか一人くらいは推し詩人も見つかりそうでしょう? つまんないのはどんどん飛ばそう。

歴史の流れが知りたければ野村喜和夫の『現代詩マニュアル』がなかなか手っ取り早いけど、ごめんなさい、なんかスノッブくさくて個人的にはちょっと・・・。

もっと深く勉強したい人は現代詩手帖特集版『戦後60年“詩と批評”総展望』などをどうぞ。谷川俊太郎が「やっぱ売れ専をバカにしないで売れる詩をちゃんと作んなきゃダメだろ、ジャック・プレヴェール見習えよおまえら」とか言っててわろた。

ちなみにわたしの推しは入沢康夫渋沢孝輔です。入沢翁、ツイッターはじめててびっくりした。俳句短歌の話は、ごめんなさいぜんぜん分かりません。だれかオススメおしえて。

2017-03-21

[] #19-1「謝罪謝罪

父が働く会社での話だ。

父の会社にはシューゴという人がいて、この人は会社の顔とも言うべき立場にある。

ただ、この人の言動ヘイトを広めやす性質があった。

大抵の場合はこの人の性質だとして見過ごされることも多いのだが、今回は少々大事になったらしく弁明の場を設ける必要があった。

だが、その必要性に疑問を抱く人もいたのである

当事者であるシューゴさんだ。

はいっても、もはや場は設けられており、今さらなかったことにするのは難しい状態だった。

周りから囲み、そういう状況を作り出さなければ、シューゴさんは世間という漠然としたもの謝罪など一生しないだろう。

父の同僚のフォンさんはそれを分かっていたために強攻策に出たのだが、予想以上にシューゴさんは頑なであった。



「俺にはよく分からない。確かにクライアントには申し訳ないことをしたと心から思っているが、そのクライアントに対しての謝罪と賠償は済んでいる。この場を設ける意味が分からない」

シューゴさんは、別に謝罪すること自体が嫌だと愚図っているわけではなかった。

ただ、わざわざ不特定多数人間に向けて謝る必要性が、彼には理解できなかったのだ。

そんなシューゴさんを、フォンさんは必死に説得する。

シューゴさん。謝罪ってのは必ずしも当事者だけにするとは決まっていないんです」

しかしこの期に及んでも、シューゴさんは頑なであった。

頭を抱えながら、フォンさんは父に目配せをする。

説得を手伝ってほしいのだろう。

だが父は静かに首を振って見せた。

ただ、安易に誰の味方をするわけでもない。

シューゴさんが最後まで頑なであるならそれは仕方ないとも思っていたし、結果として考えを曲げるなら、それもまた意思の一つとして尊重するつもりだったのだ。




「俺は一体、誰に対して、何の意味があって、あの場に立って謝るんだ? そしてクライアントでもない彼らは、一体何に対して怒っているんだ?」

シューゴさん。そんなことはワタシにだってからない。というよりあの人たちも、本当のところは誰も分かっていないんです。分かっていないから怒っているんです。だから謝らなければいけないんです」

「滅茶苦茶だ」

「そうです。滅茶苦茶です。でも、そういう滅茶苦茶なことの帳尻を合わせるのも社会の在り方なんです。その帳尻あわせが“謝罪”なんですよ、シューゴさん。何かをやらかしたら、謝る。それが誰であっても、何に対してでも、謝る必要がなくても、です」

父もフォンさんの言っていることが大した理屈じゃないことは理解していた。

しかし、それでも父はシューゴさんの味方も、かといってフォンさんに追従もしなかった。

それを何度か繰り返すうち、とうとうシューゴさんは折れたと言わんばかりのため息を吐き、それと同時にフォンさんの言葉を静止した。

「もういい。酷い理屈だが、それで納得しよう。だが、覚えておいてくれ。俺は申し訳ない気持ちだとか、そんなものは微塵もない状態であの場に立つ。というより、実際問題そうせざるを得ない。傍目には分からないよう臨みはするが。それでいいんだよな、マスダさん」

はい、それで構いません。あーいう場での謝罪ってのは誰も言わないだけで皆そんなもんです」

こうしてシューゴさんの謝罪ミュージカルが幕を開けた。

(#19-2へ続く)

2017-03-20

安倍ちゃんの支持率低下ってニュースについたコメント

「森友なんていう下らない問題いつまでもグダグダしてるからだ(森友問題些末なことだよ派)」

「今まで見過ごされてきた政府問題点が明るみに出てきたからだ(森友問題は重大事件だよ派)」

の両方があって、理屈と膏薬はどこにでもくっつくんだなって思った

http://anond.hatelabo.jp/20170320082202

ブコメ見たら、なりすましだの嗅細胞が死んでるだので、もはや理屈じゃないんだなって感じでやばいな。

http://anond.hatelabo.jp/20170320081036

教育勅語にもいいところはある」は「最初1文字から間違ってる憲法がない」のと同程度に理屈的には正しいよ

それは理屈的な真実なのだからそこを否定しても「誰が見てもわかる理屈的な真実否定するバカ」にしかならないよ

教育勅語にもいいところはあるがそれは無視されなければならないという説得をしなければならないよ

2017-03-19

あー整合性整合性整合性が整えられた説明小説がここで大人気なのが分かるわマジで

SFとかの整合性って自分なんかはほんとどうでもよくって、どう奇抜で何を言いたいのか、が大事なんだけどなー。

説明文並べ立てるファイブスターとか読む気もしねえし、理屈臭い割に理屈が生かされていない銀英伝なんかも作品勉強以外の評価自分の中にないし。

説明文読みたきゃ歴史教科書とかNewton読んでりゃいいんじゃねーかな。

わりと図書館いけつっつ突っ込みなっちゃうよそんなもん。

ツッコミどころなんかここのブコメ毎日やってるみたいにいくらでも出てくるもんで。

落語心中見てて、スキのある落語愛嬌が出て人から好かれる、という七代目が言うシーンそのまま。

表面的にびっしりとスキのない防衛ラインを敷いた映画とか、そういう解釈余地もないもんをみてーの?

特定増田へいってるというか傾向への苦言だけどな。

http://anond.hatelabo.jp/20170319134719

その理屈だとヤマト従業員だって

仕事残ってても「今日はできませんでした明日やります」って言って帰ればいいわけ

なのになぜそうならないんだろうと思いを巡らせていたら

やっぱり競争社会ってクソだよなという結論に俺はたどり着いてしまった

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170318211440

同じような理屈で、自分の夢や目標は、(ともすれば世間で言われるとのは逆に)あまり語るべきでないという意見がある。

語ると何もやり遂げていないにもかかわらず、その時点で無意味な達成感や開放感を得てしまって、ゴールが遠のくと。

鬱エンドつーか理屈っぽくて説明くさいのが多い

コストゼロありがとう

ありがとうを言うことのコストってほとんどゼロだろ?

余計な理屈屁理屈はどうでもいいとして、コストゼロ相手や気分をよくできるなら「ありがとう」って言えばいいじゃん

立場論とかホントどうでもいい。何も考えずにお互いいい気分にし合ってれば、世の中良くなるのにね

http://anond.hatelabo.jp/20170317172613

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170317222557

64bitって理屈を聞いてると凄そうだけど実使用上はメモリが多く使える以外に何も進化を感じない

なんでやろ?

計算早くなるはずじゃないの?

昼食に刺身定食を食べて心を落ち着かせる

普段の昼食は簡単ものを選んでいる。

いなり寿司」とか「巻き寿司」みたいな、一口で食べれて、かつ、どれから食べるか? みたいな選択肢が少ない、

気楽に食べられる食べ物だ。

ちなみに、常にいなり寿司を全部食べてから巻き寿司を食べている。



これは、仕事精神がすり減るのに、ご飯を食べることを考えることに脳みそを使いたくないから、こうしている。

僕にとって、朝決まった時間に起きて、スーツを着て、電車に乗って、パソコンの前に座る、という仕事以前の作業でも、ひーこらいう程度には疲れてしまう。

そんなわけで、ただでさえも疲れているのに、ご飯を食べることにエネルギーをあまり使いたくないので、普段はこうしている。

というより、仕事エンジンをご飯を食べることで落としたくない感じかな。

面白い本を読んでるときに、ご飯食べるのを忘れてしま現象を、あえて自分から作り出しつつ、最低限のエネルギーは補充する感じ。



ところが、仕事ミスをして、気分を切り替えたいとき、そういうときはこういう簡単食べ物はよくないことに気づいた。

仕事モードのままご飯を食べるのは、普段はいいんだけど、一旦昼休みに少しでも自分の中で仕事モード出来事リセットしたいときは、こういう食べ物はよくない。

なら何がいいのか?

うそれが、刺身定食なのです。


いろんなお店でいろんな刺身定食があるだろうけど、今僕が通っている職場の近所の居酒屋さんのランチでは、

「ご飯」

漬物

味噌汁(魚のアラが入ってる)」

刺身7種盛り」

生卵卵かけご飯醤油

こんな感じのセットなんだけど、これがもう、非常に気持ちリセットできる。

まず、考えるのがご飯のバランスだ。

最終的には、卵かけご飯でしめたいが、ここはご飯を多めに食べておいて、超濃厚卵かけご飯としたい。

しかし、当然ながらご飯が少なすぎてもよくないので、絶妙バランスをとらないといけない。

さて、なにから手をつけるべきか。

口を湿らせたいか味噌汁先行というのは常套手段だが、この味噌汁は魚のアラが入っているため、小骨に気をつけないといけない、初手からこの気遣い億劫

なので、口を湿らせる目的カウンターにおいてあるセルフの温かいお茶ですませよう。

となれば、自然と初手は漬物

いきなり漬物とご飯でかっこむのでなく、漬物単品を味わう。

それから、もう一度お茶を飲んで。

さあ、刺身の7種盛りだ。

今日は、

タコ

ホタテ

イカ

マグロ

カンパチ

タイ

サーモン

それぞれが2切れづつ。

こんな感じだ。

念のため言っておくが、僕は生まれた時から日本で育ってまだ海外に行ったことがない程度には日本人なのにもかかわらず、

タコ野菜でなく魚介類だと知ってまだ数年しか経ってない程度の、食べ物音痴なのでこれらが、本当にタイマグロかどうなのかはわからないぞ!



この7種の打順……

これは非常に難しいが……

ここはガツンとマグロだ!

醤油皿にお醤油を出して、わさびを解かずに刺身にじかにつけて

食べる!

ここのわさびをつける量のバランス

このバランス感覚を楽しみたいがために、僕は醤油にとかさないのです。

味がどうのとじゃないんですよ。

ここでミスるとツーンとするからこそ、慎重に。

でも、ご飯をかっこみたい気持ちにつながるよう、ばくばくと勢い良く。

食べる!

食べる!

食べる!



もうこうなると、僕の気持ちは、刺身を美味しく食べることだけに熱中しています

つのまにか、理屈でなく、体が自然自分の望む量のわさび自分の望む順番で、

おかずをたいらげていくことができるのです。



刺身が三分一ほど片付いたら、魚のアラが入ったお味噌汁を飲む。

最初は、小骨に気をつけないと。

とか思っていたくせに、今ではそんなこまっしゃくれた理屈はどこへやら、自然お箸で骨を避けて、身もきちんとほじって食べれているのです。



そして最後に、程よく残したご飯に卵と醤油をかけて、卵かけご飯で締める。




こうやって、食事一生懸命になることで、

こうやって、お刺身にちょびちょびワサビをつける工程で、

さっきまでの憂鬱お仕事での失敗した落ち込みはどこへやらなのです!



最近仕事で失敗すること自体はよくないんだけど、それを引きずったり落ち込んだりするのって意味ないな、と思い始めたんですよね。

失敗は失敗で、それを取り戻すために頑張ったり、再発しないように頑張ることこそが大事で、失敗自体はあって当然なんですよ。

からこそ、こうして、刺身定食を食べて自分の中の気持ちリセットして、また仕事に向かおう! と頑張りたいのです!

「できない」と言いたい人間

http://anond.hatelabo.jp/20170317155716

こういう人間は「~したかった」のではなくて、「~したかった」と言いたい人間しかない。

見出しによくある「~したい」とか、「~できない」と言っている奴らの9割方はこれと同じ。

本当に着たかったなら既に着ているし、着ないでアレコレ尤もらしい理屈に飛びついて忌避するのは、結局のところその程度の気持ちだってこと。

でも、その程度の気持ちだということで捨てきれないのもこのタイプには往々にしてあることで、そんな自分を慰めるために吐露するわけだ。

こうして、事実上は大したことをしていないのに大層な挫折話を自己陶酔して語る人間、“できなかった人間”に見せかけた“できないと言いたい人間”は各地に出没するわけである

ちなみに、これの最も分かりやす典型例は、「幼女になりたい」といったようなことを言っているアホね。

元増田とかの「ゴスロリ着たい」ってのは可能な部類なんだけど、「幼女になりたい」は物理的に不可能なのが自他共に分かっているから、“できなかったと言いたい”欲求けが色濃く出てきて醜悪

もしも本気でなりたいと思っているならば、そのものにはなれなくてもそれに近づくような言動を目指すもの

それこそおっさんだろうが何だろうが幼女っぽい服装や、そういった言動をしようとするだろうが、9割のやつらは本気でそんなことをやろうとはしない。

そういった過程すらなくて、ただただ“できなかったと言いたい”だけ。

まあ、過程があるだけ元増田はまだマシな部類ではあるんだけど、結局は本質的には同じことなんで。

あ~、メジャーリーガーになりたかったなあ。

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315152037

ちょっとオカルトっぽい理論だけど。

勝ち負けを気にする人って理屈っぽい人を尊敬する傾向にあるらしいですよ。

http://four-types.appspot.com/About4types.html

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