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はてなキーワード: 企図とは

2017-05-19

この条約が締結される頃の東アジア世界は、近代国際法を掲げながら、実際には弱肉強食を旨とする西欧列強が浸透してくる時期にあたる。当時朝鮮は清の冊封国であったが、鎖国政策を国是としていたため、国際交流は非常に限られていた。しかしそのような朝鮮にも1860年代以降国際化の波(外圧)が押し寄せ、海上から西欧諸国が訪れるようになる。朝鮮西欧列強との出会いは、概ね芳しいものではなかった。たとえば1866年にはフランス軍キリスト教徒虐殺事件丙寅迫害)の報復として軍艦7隻総兵力1000人で朝鮮江華島攻撃占領する丙寅洋擾が発生し、1871年にはアメリカ合衆国ジェネラルシャーマン事件1866年発生)の報復として軍艦5隻総兵力1200人艦砲85門で朝鮮江華島攻撃占領を行っている(辛未洋擾)。丙寅洋擾と辛未洋擾は朝鮮通商を行うための侵略であったが却って斥和碑を建てるなど攘夷につながった。

当時朝鮮政権を担っていたのは高宗の実父興宣大院君である清朝から西欧列強情報を得ていた大院君は、断固として鎖国を維持する姿勢を貫いた。これは中国における西欧側の非道を知ったこともあるが、朱子学以外を認めない衛正斥邪という思想政策積極的に推し進めたことから分かるように、大院君は中華思想的発想の持ち主であり、その点から西欧諸国夷狄視していたことも理由の一つである。その強い姿勢は「西洋蛮人の侵犯に戦わない事は和議をする事であり、和議を主張することは売国行為である」と書かれた斥和碑を朝鮮各地に建てたことに窺うことができる。このように当時の朝鮮では攘夷熱が高まっていた。

また朝鮮では、文禄・慶長の役時に、中国朝鮮を守ったため、今回も中国朝鮮を守ってくれるに違いないという立場であり、小島毅は「中国東アジア全体にとっての親分だというのが朝鮮認識ですから親分である中国自分を守ってもらおうとするわけですね」と述べている[2]。

日朝間の懸案:書契問題[編集]

他方、西欧列強が迫っていた東アジア諸国の中で、いちはや開国明治維新により近代国家となった日本は、西欧諸国のみならず、自国周辺のアジア諸国とも近代的な国際関係樹立しようとした。朝鮮にも1868年12月明治政府樹立するとすぐに書契、すなわち国書対馬藩の宗氏を介し送った。江戸時代を通じて、朝鮮との関係は宗氏を通じ行われてきたためであるしか国書の中に「皇」や「奉勅」といったことばが使用されていたために、朝鮮側は受け取りを拒否した。近代的な国際関係樹立は、はなから躓いたといえよう。

この問題は、日朝双方の国交に対する思惑がすれ違ったことが原因である日本側は従来の冊封体制的な交隣関係から条約に基礎づけられた関係へと、日朝関係を変化させることを企図したのであるが、一方朝鮮側はこれまでどおり冊封関係にとどまり、その中で日本との関係位置づけようとしていた。前近代における冊封体制下において、「皇上」や「奉勅」ということばは中国王朝にのみ許されたことばであって、日本がそれを使用するということは、冊封体制の頂点に立ち朝鮮よりも日本の国際地位を上とすることを画策したと朝鮮は捉えたのである

なお近代以前の日朝関係については朝鮮通信使に詳しい。

征韓論を唱えた西郷隆盛。ただし江華島事件及びその後の日朝修好条規締結に対して義に悖ると批判していた。

1868年以来、何度か日本から国書がもたらされたが、日朝双方の思惑の違いか両国関係は円滑なものとは言えなかった。書契問題を背景として生じた日本国内における「征韓論」の高まりに、大院君が非常な警戒心を抱いたことも一因である。また釜山においては日朝両国官僚同士が険悪となっていた。長崎出島のごとき釜山倭館限定した国交を望む朝鮮側と、対馬宗氏から外交権を取り上げて外交を一元化し、開国を迫る日本との間に齟齬が生じたのである釜山倭館朝鮮側が日本特に対馬藩使節商人を饗応するために設けた施設であったが、明治政府対馬藩から外交権を取り上げ、朝鮮との交渉に乗り出そうとした。その際、倭館をも朝鮮側の承諾無しに接収日本公館としたことから事態悪化したのである。結果、必要物資供給及び密貿易の停止が朝鮮から宣言される事態となった。

日本側も単に国書を送りつけるだけだったわけではない。版籍奉還という日本国内の難問を無事に乗り越えた1870年朝鮮との国交交渉を有利にするため、冊封体制の頂点に立つ清朝と対等の条約日清修好条規を締結した。これにより冊封体制の維持を理由に国交交渉忌避する朝鮮を、交渉テーブルに着くように促したのである

1873年に対外強硬派の大院君が失脚し、王妃閔妃一派が権力を握っても、日朝関係は容易に好転しなかった。転機が訪れたのは、翌年日清間の抗争に発展した台湾出兵である。この時、日本朝鮮出兵する可能性を清朝より知らされた朝鮮側では、李裕元や朴珪寿を中心に日本から国書受理すべしという声が高まった。李・朴は対馬藩のもたらす国書に「皇」や「勅」とあるのは単に自尊意味するに過ぎず、朝鮮に対して唱えているのではない、受理しないというのは「交隣講好の道」に反していると主張した。これにより朝鮮側の対日姿勢がやや軟化した。

条約締結までの経過[編集]

国交交渉[編集]

国交交渉再開の気運が高まり1875年交渉が行われた。日本側は外務省理事官森山茂と広津弘信、朝鮮側は東莱府の官僚交渉テーブルに着いたが、やはり書契に使用される文字について両者の認識に食い違いが生じた。この他森山洋服着用など欧米スタイルを貫こうとする姿勢朝鮮側が嫌悪感を示したことで交渉ははかばかしくなかった。交渉の停滞に業を煮やした森山4月には砲艦外交を行うことを日本政府に上申した[3]が、三条実美の反対があり、川村純義の建議により日本海軍砲艦二隻(雲揚および第二丁卯)が5月派遣され朝鮮沿岸海域の測量などの名目示威活動を展開した。その後雲揚は対馬近海の測量を行いながら一旦長崎に帰港するが、9月に入って改めて清国牛荘(営口)までの航路研究を命じられて出港した。

江華島事件[編集]

詳細は「江華島事件」を参照

9月20日首都漢城に近い江華島付近で、雲揚所属の端艇が朝鮮砲台から砲撃を受ける事件が発生した(江華島事件)。雲揚は反撃し、永宗島要塞を一時占領、砲台を武装解除し、武器旗章楽器等を戦利品として鹵獲した。この事件における被害は、朝鮮側の死者35名、日本側の死者1名負傷者1名(のち死亡)であった。事件朝鮮側が日本海軍所属軍艦と知らずに砲撃してしまった偶発的なものとされ[4]、この江華島事件の事後交渉を通じて、日朝間の国交交渉が大きく進展した。

条約交渉における日本側の基本姿勢[編集]

ボアソナード

明治政府のお雇い外国人ボアソナードは、事件を処理するために派遣される使節への訓令について、以下を決して朝鮮に譲歩すべきではないと具申した。

釜山・江華港を貿易港として開港する。

朝鮮領海航行の自由

江華島事件についての謝罪要求

またこれらが満たされない場合軍事行動も含む強硬外交姿勢を採ることをも併せて意見している。これらの意見ほとんど変更されることなく、太政大臣三条実美を通じて訓示に付属する内諭として使節に伝えられた。さら朝鮮に対する基本姿勢として、三条はこの江華島事件に対して「相応なる賠償を求む」べきとしながら、使節団の目的を「我主意の注ぐ所は、交を続くに在るを以て、・・・和約を結ぶことを主とし、彼能我が和交を修め、貿易を広むるの求に従ひときは、即此を以て雲揚艦の賠償と看做し、承諾すること」だと述べていた(強調、加筆者)。これは欧米列強干渉を招かないよう配慮すべし、という森有礼の言が容れられたものである

さらボアソナードのいう軍事行動も含む強硬外交姿勢も、日本は忠実に実行に移している。使節団一行には軍艦兵士の護衛がつき、威圧効果朝鮮側に与えようとした。また交渉が決裂した場合に備え、山縣有朋山口県下関に入り、広島熊本両鎮台の兵力をいつでも投入できるよう準備していたのであるさらにいえば、日本砲艦外交姿勢は無論朝鮮の屈服を促すものであったが、同時に日本国内の「征韓論」を唱える不平士族の溜飲を下げることも狙ったものであった。

ただこのように軍事的高圧な姿勢を表面上見せながら、当時の日本は軍費の負担という点からいって、戦争が好ましいとは考えていなかった。また戦争の発生がロシア清朝の介入を許すきっかけになるかもしれず、その点からも極力戦争は避ける考えであった。

以上をまとめると日本側の交渉の基本姿勢は、以下の二点に集約される。

砲艦外交を最大限推し進めながら、実際には戦争をできるだけ回避すること。

江華島事件の問罪を前面に押し出しながら、実質的には条約を締結し、両国の懸案で長年解決しなかった近代的な国際関係樹立すること。

また対朝鮮政策は、実質的には朝鮮宗主国である清朝政策でもあり、清朝干渉をなくすべく事前に清朝の大官たちと折衝を重ねることも日本は行っている。19世紀欧米列強アジア侵略に対抗するため、清朝朝鮮ベトナム琉球などの冊封国保護国化あるいは併合することによって皇帝を中心としたアジア伝統的な国際関係をそのまま近代国際関係へと移行させて清の地位と影響力を保持しようとし、冊封国に対して保護国化、モンゴルチベット新疆などの保護国に対しては植民地化を強めようとしていた。

この時期の東アジアは、日中朝そして西欧列強の間における複雑な絡み合いが相互作用する場が形成されつつあった。日朝間の国交交渉再開もその結果としてもたらされたものであると同時に、また別の歴史事象の原因でもあったのである

2017-04-02

母親自殺を止めた。

今日母親階段首吊り自殺をしようとしていた。階段のところにあるオペレーター式の窓のチェーンに首を括り付けてそのまま階段から滑り落ちて首を吊ろうという魂胆だったらしい。

私は二階にある自室にいて、やたらバタバタ階段の方が騒がしいな、と思ったので様子を見に行ったら、無表情でチェーンを首に巻いた母親がいた。母親首には赤い跡が付いていて、「もうこうするしか方法がない」と言った。私は驚きよりも悲しみや怒りや呆れといった感情を強く抱いた。

母親自殺未遂をしたのは、たぶんこれで5回目。たぶんというのは、嫌な記憶忘却されつつあって覚えている範囲でも曖昧な部分があるからだ。5回という数字客観的に見ると、多いなと思うし、でもその数字以上に考えさせられることはたくさんある。

今回の自殺企図をする前も、私は母親明日通院している心療内科にかかりに行くことを約束した。私の記憶が正しかったら、前にこういうことがあった時にも、もうしばらくは自殺しようとしないと二人で決めていた。「自殺しないとはっきり約束してもらう」という対策法をどこかで見てから実践している。けれど、その決まりごとはは毎回破られる。その度に私の心は折れる。

自殺をしようとする人に対して、掛けてはいけない言葉がある。自分意見押し付けずに話を傾聴しましょう、とかこういう対応の仕方をしなければいけないみたいなマニュアルのようなものがあることは知ってる。でも、それを遵守できるのは、心が病んでいない人間だけのように思える。少なくとも私は、繰り返される自殺未遂に疲れてしまって、母親希死念慮を強く持つたびにもういっぱいいっぱいで、抑えていた気持ちが怒りとなって爆発してしまうようになった。自分ダメなことは分かっているけど、それをどうしていいかからない。

母親は「うつ気持ちうつになってみないと分からない」と言うけど、うつ病患者の近くにいる人の気持ちもも、その立場になってみないと分からないと思う。

躁鬱とまではいかないが、母親は気分の変調が激しい。数週間前まではテレビを見て、家事をして、と日時生活普通に遅れるのに、少し躓くと抑うつ傾向になってどんどん気持ちが落ち込んでいっている。体調が良いときはどこにでもいる普通母親みたいなのに、体調が悪くなると過去に何度も自殺未遂をした希死観念の強いうつ病患者の顔になる。その変容の激しさも自分の心の波が一定にならなくなってしまった原因のひとつだと考えている。

明日たぶん母親はかかりつけの精神科に行く。

そして私は、母親自殺未遂をしたなんてことを微塵も感じさせない笑顔を作って新学期を迎えて、友達に会う。

自殺を試みる人は、何度だって自殺しようとするし、止めることができなくても、それがその人の寿命なんだと捉える考え方もあるらしい。

自殺を止めて、それで苦しみながらも生きて、また死にたくなって。死んでしまうのとどっちの方が辛いんだろうと最近になって考え始めた。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321004616

免疫が低下してるのは一時期のことで、安静にしてたら回復するような人にまで悪影響を与えてるって言ってるの。

そういえば、感染ると言えばリストカットなんかも伝染性があることで有名。

自殺企図リストカットなど、やらなくて済む人までも巻き込むような言動をし続ける人は看過できない

2017-02-08

なろう読むくらいなら図書館いけ→ブコメ図書館にもラノベあるよ→は?

ブコメの「図書館にもラノベ有るよ」、の素っ頓狂さに呆れた。問題は二点ある。

まず第一になろうは出版されたラノベではないので、同列に扱っている時点で本当は齟齬がある。

逆に言えばラノベが読みたくてなろうを見たら電撃のクオリティじゃなかった、なんて言い方もできる。

第二になろう読むくらいなら、という意味合いからして、そもそも図書館になろうに比類したラノベを読みにゆくなんて読解にはならない。

ブコメ第一齟齬を素通りして、第二のなろうに比類したラノベを読む行為肯定している。

無論そこに元増田の「ラノベなんてくだらない、図書館には良書がある」

という意図は全く考慮されていない。こんな調子で揚げ足を取ったと大喜びなのだからひどいものだ。

仮にこの増田文言の揚げ足をとることにしよう。第一は全く同質として扱い、第二は比類・比肩しているとする。

すると、元増田企図する図書館の良書に、なろうと比肩するラノベが入ってくる、という一般常識的に考えられない答えが浮上してくる。

なろうも図書館の良書もラノベも同じ書物から等価ですよ、などという馬鹿げた答えである

ちなみに自分は件の図書館ゆけ増田ではない。

という揚げ足取りでした。

2017-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20170131111705

http://anond.hatelabo.jp/20170131113842

ほんとこれ

非表示ってのはあくまでもそれをする人(見たくない人)の都合のために用意されたものであって、される人に(それがどんな間抜けコメントを書くような人であっても)影響を及ぼすことを企図した機能ではない。

2017-01-07

自殺企図

昨年の10月から、心が不健康だ。

調べるとだいたい、

ADHD不安障害、鬱

と書いてある。

まともな判断力を持てていないと感じる。

3が日はふつうっぽく過ごしたと思う。

ふつうっぽく見えていると信じたいが、何気ない会話をしていても、死にたいな、という心の囁きのようなものが突然現れる。まっとうな考えじゃないと思うから、それに抗う。この時間が非常に辛い。抗うほど元気がないときは、自殺方法を調べる。首吊りロープ、本気で欲しくなる。

今日から連休

何もしたくない。1日中、ベッドにいた。食事、していない。チョコを少し食べた。何か食べたほうがいいと思いつつも、食事の準備をする面倒のほうが空腹感に勝る。のどが渇いて、少しポン酢を飲んだ。あとは水。

3日前からシャワーをあびていない。

みっともないから、髪は洗って仕事に行っていた。

明日は出かける予定がある。心配させたくないから、今夜はシャワーを浴びるだろう。

こんな鬱々としたことを知り合いに喋っても、関わらないように距離をとられるか、巻き込んでしまうだけだ。

巻き込みたくない。

それは、本当に自殺する段になったとき、この気持ちを喋った人は、止められなかったと後悔するかもしれないからだ。

思い返せば、一昨年も夏頃に心が不調で、友人に鬱なのではと言われた。

大学時代も、バイトがうまくいかなくて死を考えた。

高校ときも、親との折り合いが悪くて首吊りするための木を探して歩いていた。

高校ときは、友人に言いふらしてたから、構ってほしかっただけなのかもしれない。

大学ときは、大学カウンセリングルーム相談に行った。大変な思いをしたがバイトをやめることができ、解決した。

社会人の今、どこにも相談できずに、匿名からこそここに書き込める。昨年は、職場健康相談電話してみた。

「消えたいという気持ちがある…」

電話の向こうの医療従事者は、困惑していた。

絞り出すように告白したのだが、仕事に行けているのならこのまま様子を見よ、と言われておしまいだった。

どうしたらこの心の不健康が解消されるのか…。

仕事

学生ときのように、行けばどうにかなるというものでもない。日々こなさなくてはならないことがある、終わりはない。

転職結婚

様々な事情で、あと一年は無理だ。

それを越したら…越したら、もしかしたら楽になるのかもしれない。

から今はなんとかやっていこう。

と思えるときもあれば、

一年我慢してもその先の保証がないのだから死のう。

と思ってしまうこともある。

こうなると、また囁きとの戦いだ。

もう疲れたよ。

2016-11-10

http://anond.hatelabo.jp/20161110211148

蓋然性否定をいつ行ったんだろうな。そして局所的厳密性はお前たちが求めたもので俺が最初から企図したもんでもない。

あとフェミとか全然興味がないし避けてるんですが、それも蓋然性なの?

もはやエスパーが行き過ぎて頭がおかしくなってるようにしか見えないのだけど。

2016-09-09

ナコルルの件 あの人にとてもガッカリした話

http://anond.hatelabo.jp/20160908185445

デ、デター!

ついにこういうのきちゃったかあ。

とっても残念ですはてこ氏。



元のゲーマーも、この増田も、要は無自覚ボンボン普通に世間で苦労してる社会人に怒られて逆ギレしてる、それだけの話。

この場合ボンボン」とは、ただ「日本人」として生まれ島国の中で特段「民族」を意識することなく育ったことを指している。「自民族中心」どころかそもそも圧倒的に無自覚に日々を安穏と暮らしてるこの子らは、自分という存在立場暴力性やら何やらに対しても全く無自覚だ。過去歴史も知らず、「日本人であること」が「アイヌの人々」に対して何を意味するのか全くわかってない。そのせいで、「ドイツ人ユダヤ人」というごく分かりやすいたとえを出されても理解できず、それが「ヘイトスピーチになり得ること」の意味が分からない。「日本人であること」の上であぐらをかいているのに、「民族性とかオレたち知らないしかんけーない」が通用すると思っている。

へ~~~~~~え。

私が述べたのは

ゲームの話してるメンションに突っ込んでいって、「殺す」のような言葉遣いを咎めるならまだしも、

アイヌ民族へのヘイトスピーチとして起訴するのは違いますよね?

実在アイヌ民族への悪意なんか無かったのわかってる以上はさ。

という論理ね。


これに理屈で言い返せなくなったら

ジャップアイヌ様では身分が違うのだから!」

身分の違いも弁えないものを知らない子供が!」

って言い出しちゃったよ。

これ反論になってるか?知性終了のお知らせしかねーだろ。


理屈で言い返すなんて生意気だぞう!」

ってか。

ダメだこりゃ。


まさしく「踏んだ人には踏まれた人の痛みは分からない」。だから「踏まれた人の反応」から推測するべきなんだよね。

ああもう私ははっきりこれには反対だ。

だってそれもう「踏まれた人」を無敵の王様にせよってことじゃん。

しかも今回のゲーマーは踏んでねーだろって話だしそもそも。


踏んでねーだろに反論できず

「「論理反論するな、身分が違うのだぞ、弁えろ!無制限のマーダーライセンスをよこせ!」

ってか。

それが通用すると思ってる方が妄想に生きてる一種ボンボンなんじゃないの。

私はこうやって逐一突っ込むけど、世間殆どの人は冷笑して通り過ぎると思うけどね。


凍結されたゲーマーポリコレ寄生虫への敵意と軽蔑だけを持ったと思うよ。

私みたいに寄生虫を解剖してその腐った了見を深く知ろうとする人間世間では少数派。


この件について、アイヌの人の側から、当該発言者の余りの無思慮・無思想っぷりについて、むしろ知らないがゆえに/知らないことそれ自体批判されるのは、全く当然のことと思うし、知らないで許されるという筋のことではない。

当該発言実在人物や実在民族への悪意や抑圧を企図表現したものではなく

それどころかナコルルというキャラ自体への敵意ですらなく

ナコルルを使って嫌がらせをする」と述べた友人への言い返しでしかない。


それはアイヌおじさんも、くたびれはてこ氏も理解出来ることだし、理解していた。

はてこ氏が理解してるということはこの増田理解してる。

ゲーマー氏はその言葉遣いについて「おじさんアイヌから字面だけでギョッとしたな」という抗議は受けてもいいが

アイヌ民族ヘイトスピーチを行ったという起訴をするのは無茶苦茶だ。


この当然の論理を非論理的威圧と脅しでひっくり返そうっていうその了見から腐ってんだよお前らは。

お前等のその了見や活動によって実在アイヌの人が何か助かる訳ですらない。

お前らが誰かを攻撃して説教したいだーーーけーーーー

ってもうバレバレからな?w


アイヌの人がどのような目に遭ってきて、いまどのような境遇にあるか、そのことへの想像力私たちがもたないで「よい」という主張であれば、これはもう政治的主張だ。本人がどういう意図で語っているのであれ、増田と元のゲーマーの彼の言っていることやっていることは、そういう政治的意味なる。その上で批判されているのだ。

なりません。

実在アイヌを全く指していないのが明らかでも「アイヌ」という文字を使っただけで政治主張になるのだー

アイヌ様側から論理破綻した滅茶苦茶なヘイトスピーチ認定に一切反論はまかりならんのだこの身分の低いニッポンジンが!

っていうルールはお前らポリコレ寄生虫オナニーオカズ生産以外のなんのポジティブ意味も持たない。

差別されてるかわいそうな人を救う効果すらない。

お前等のような邪悪人間の為だけのルールには善良な市民コミットする意義がない。



アイヌ様」側に立つことの権威パワーを過大評価してるみたいだが

権威ってのは冷笑する相手に誇示すればするほど裸の王様になっていく。

私は困ってる人を助けたいし、社会をよくしたいし、差別には大反対だけど、

悪いけど「アイヌ様」の風下に立つ気はねーわw

人類平等って信じてるからね。


さいごに

とっても残念ですはてこ氏。

あなたは理性に踏みとどまれなかったな。

自分達を批判してくる奴は全部差別者」。らくちんだねー。


もう堕ちていくだけだね。

2016-08-21

感覚的にスッキリしたものに対して

なんだか理屈上は正しいけどすっきりしない意見が覆いかぶさってきて、

それを訊くうちに昔持っていたみずみずしさが失われてゆくという経験を久々に思い返している。

正当な悪意による失われたものを保持・回復するには、

心に清風を保持して適当に切り上げるというやり方が一番最適だという結論に達せざるを得ない。

その爽やかさこそが人を傷つけると世間一般では言う。

いちいち傷つくジュクジュクした心をどうにかしろと言う内心にも圧力がかかる。

だけどもそれすらも言わないという姿勢

持っている感覚ごと潰そうと企図された理屈は、自らの理屈であっても楽しいとは思えないし何にも貢献した記憶がない。

2016-07-14

増田って結局

文章として本当にいいものを書いたな、という手応えがあるときにいい反応は絶対にない。

マイナスかけるマイナスがわからない馬鹿にでもなったつもりで、趣旨も一貫しないような、主観をまき散らすだけの、「思う」連呼小学生の作文みたいな稚拙落書き推敲一切無しで書き散らすと簡単につまら説教がしたいアホが釣れる。

増田に限らず、ネットで話題になるものって全てこう。

みんなただマウンティングがしたいだけなんだよね。

本当に興味があるとか感動したとかそういうものに対する反応を大きく取り上げるシステムになってないんだよ。

しろ、誰にとってもクズしかないものほど、クズを利用して相対的自分を立派に見せたい承認欲求を吸い寄せる事で成立する仕組みになってる。

これはそもそもいいものを素直に褒める習慣のない日本人性質問題もあるのかも知れない、とは思う。

まあでもそれもたぶん程度問題だ。

自分英語しか読めないが、英語話者の言論空間で繰り広げられる世界的なやりとりを眺めていても、多少の自制心は感じられるが、本当にしょうもないものほど無視出来ずに衆目が集まり、結果として逆にクズ存在感を高めてしまうだけという現象はそれなりに見られる。

日本場合は、それをある意味で『薄める』効果を持った、「ほんの些細ないいものでもとにかく褒める」というカウンター熱量相対的に足りないだけだ。

 

他人に教えてあげたい新情報を盛り込み、読みやすさを考えてきちんと順を追って説明し、一読諒解でスッと頭に入って来るように文章を整えると、まあ、まず酔っぱらいの気まぐれくらいな無差別なクソレス以外は、トラバブクマもつかない。

スッと読んでうむ、と納得して終われるように読者への配慮を怠らない事は、通常の作文技術で言えば必要不可欠の基礎技術に当たる。小学生算数が覚束ない状態で高度な数学へ手を出そうとしても、計算間違いばかりで教科書を読み進めるのすら難しいのは誰にでも想像がつくことだ。

しかしこれがネットで発表するブログSNS記事となると、むしろそんなことをしない方が生存戦略としては正しいという現実になる。

違いはたぶん評価タイミングにある。

古来文章というものはそもそもリアルタイムメディアではない。

読んですぐ、どころか読みながらすらすでに反論や混ぜっ返しを構想しつつ出しゃばる計画企図し、吸った息を吐くようにそのままノータイムで書き込むなんてことは従来の文章の使い方としてなかったことだ。単なる口頭会話の置き換えのつもりで軽く見ている人もいるかも知れないが、文章には口から発する言葉と違って一息(一文章)で長々と演説が出来たり、本当のリアルタイムというにはタイムラグがあったり、それらに起因する割り込みや訂正の難しさがあったりして、現実としてこれらネット上の文字コミュニケーションは音声と文章、両方の悪いところだけを引き継いだような最悪のコミュニケーションツールになっている。

文章は、書き、読み、思い、反論でもそれを踏まえたまったく別の場所での言及や自説の開陳でも、それらステップの間にいくらでも考えを改めたり気づき直したりという猶予があるものだった。

からこそ、文章術とはまずすんなりと理解させることに重点を置いていた。

スッと読んでうむと納得して、まとまった形で頭に残っているからこそ、検討検証も出来る。わかりやすさとは頭に残り、こころに残り、読み手のその後の人生の中でじっくりと「対話」をしてもらうための絶対条件だったのだ。

感情空気に流されがちな体面の問答と違い、ひとつ思想パッケージとして読み手の中に取り込み、そのあとでじっくりと自問自答という形で葛藤してもらうことこそが文章と言うメディアを用いた「対話」のやり方だった。

 

増田でバズった記事に、名文と呼べるものがあるだろうか?

「逆に名文。」「むしろ名文。」?そんなありきたりの逆説は要らない。

から折りに触れじんわりとその一行一行を噛み締めたり、何度も読み返したくなったりする深みがあるか?

せいぜい「日本死ね」が大喜利的にバズワードになるだけじゃないか

バズワードと心に残る言葉は違う。

日本死ね」はレトリックとして死なないものの死を願うという無常感、絶望感を含有した良い捨て台詞だと思うが、バズワードにはそういう文脈考慮されない。ただ字面上同じであれば単に自分の気に入らない相手普通に死ぬ比喩になってない相手)を死ね罵倒するのにも平気で使われる。

皮相的な反発の応酬で起こせる波の、これが限界だ。

あくまでそれはただ大海原の表面が鳴動しているに過ぎない。船を転覆し浅瀬の生態系をかき乱す力はあるかも知れないが、人のこころの深いところを揺り動かし、大きな変化をもたらすような津波にはならない。…変な比喩だが。

自分こころの深いところに入り込み、そこに不可逆な変化をもたらしてしまうようなものを読まなければ、書かなければ、知は停滞する。

停滞し、後退する。それが生体としての脳の摂理からだ。

 

文章がただの文字列という刺激になっている。

まとまったものを読み、読み切った後に意識の中に残った断片あるいは芯のようなもの、それらの感触、反芻、自己言及的な葛藤を通して得られる新しい自分

そういう一種コース料理のようなひとつづきの体験文章という表現に当たり前に付随するものとして認識されなくなっている。

いきなり俗な話になるが、これはエロゲーシナリオ文章物語として扱う層への違和感と似ている。

ひと文字いくらで量を書いてナンボなんて世界で書き増されるだけのテキストデータに芯や内容なんて生まれない。エロゲーシナリオには「読み終わり」すらない。

ただカネを納得させる「量」と水増しを誤摩化すための「刺激」でエロシーンまでの間を前戯的に埋めているだけのものだ。さながら増田が、ネットバズるブログSNS投稿が、文字として表された思想人格葛藤するよりもただ愉快な炎上を持続させるための刺激としての埋め草であるように。

ネット言論空間というのは、本当に「脊髄反射」という言葉が相応しい。

文章の、言論の装いを纏ってはいるが、その実いっさい論者の芯の部分を経由していない、ごくごく皮相的な反発の応酬で成り立っている。

その場で読んで、その場で反発して、三日経てば何を読んだのか何が書いてあったのかその一節すら思い出せないようなインクメモリ)のカス右往左往して、白熱した議論かなにかを装いながらどんどん使われない脳味噌が退化していっている。

これがネットでだけならいいのかもしれない。使い分けが出来ているのなら良いのかも知れない。しかし実際のところ、刺激としての文字列に慣れた脳味噌はまとまりを、芯を感じる力を明らかに加速度的に低下させている。

2016-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20160605111806

自殺企図者に辛いのは君だけじゃないとか言い出す空気読めないタイプ

相手を気遣ってるんじゃなくてただ言いたいだけなのが駄々漏れ

そのサラリーマン犯人100%断定はできないし(たとえば電車の背もたれや壁についていた可能だってゼロではない。気づかないうちに服についていたのが、どこかで髪の毛についたのかも)、周囲にどのくらい人がいたのかもわからないが

同情を表現するのに事実がなにかわざわざ言わなきゃいけないあたりバランスを取って考えてる俺様ドヤァが駄々漏れ

相手より言ってる自分に目が向いてるからこれは余計だとか想像すらできない

悪意をまき散らした屑については、どこかでひどい目に遭うだろうことを想像して溜飲を下げておくといいいと思う。そういう人間はいずれ必ずひどい目に遭うから心配ない。断言するが、道端に屑をまき散らす人間自分の心の中に屑をまき散らし続けて、いずれ心の中が屑で一杯になるに決まっているし、ましてや邪な気持ちで「イタズラ」をする人間は周囲の人間への不信を募らせた結果どんどん社会のはみ出し者になって禄でもない人生を送る。

自分がつらいめにあったときにこういう理想論ぶちまけてくるクズのウザさを体感したことがないひいては大した人生経験がないことも明らか

お水にありがとうレベルキレイ

そういう人間に怒りの矛先を向けたり思い悩んだりしてあなた大事人生時間を浪費する必要は全くない

時間を割くかどうかは本人が決めること

終電まで飲む」ということに、常にそういうリスクがあるということは、体験的に覚えておいてもいい。...最低限できる自衛ゼロだったとは思えない。

極稀の事例にも関わらずリスクをいちいち説いて犯罪にあったばかりのキズをえぐる想像力に欠けるゴミ証明

いついかなるとき終電を常に避け続けることは可能かどうかといった状況も無視してただお説教したいだけなのが明らか

最後に、あなたのかわいそうな髪先にお悔やみを申し上げる

髪を擬人化した上にお悔やみという葬式レベル表現さらに苛立ちを増させる

ナチュラル人間として腐ってないとこんな文章は書けない

君さ、上の増田因果応報論的(?)なパートを「理想論」と表現したり、なんかところどころ非常に理解しにくい文章になってるから、もうちょっと分かり易く書いてくれると嬉しい。

因果応報が実現することを理想として望んでるって話だろバカ

からお水にありがとうといえばお水がおいしくなるとか言い出すレベル現実にはありえないキレイ事と同列に置く次の文章があるわけだ

理解力のないバカにはちょっとむずかしかたかな?削除逃亡しててウケる

2016-04-15

メッシャーズ

社内のAくんから奇妙な噂を聞いた。なんでも全員が集団化していて相互に助け合う組合があるそうだ。

Bさんにもその話を聞いたのだが、口の前に手を当てた上品な苦笑を見舞われてしまった。

増田さんそんなもの都市伝説ですよ、と彼女は言う。確かに法的に認められていない労働組合なんて聞いたことがない。

エイプリルフールも過ぎてブロック塀の苔が雨の光で輝き出す頃、部長互助組織に付いての話をふってみることにした。

まったく乗り気でない懇親会の席で、このくらいの利得は構わないだろうと軽い気持ちでだ。

ところが部長の反応は意外で、それとなく私も入ってるんだがね、と冗漫めいた口調で語ったのだった。

いよいよ私はわからなくなった。今も降り続ける足早な梅雨のようですらある。

まり気象庁が発表で認めていない実在する梅雨とそう変わらない話ではないか。

相互援護組織互助会実在しているという噂や所属しているという話で持ちきりなのに、

その実態が何でどこにあって会員数は何名なのか、まったく判然としないというおかしさ。

法治国家にあるまじき事態だし、科学調査の行き届いていないトワイライトゾーンだ。

翌日も翌々日も私は謎の組織互助会について嗅ぎまわったが、図らずもこの表現はきっと相手方にとって適切な表現だったのだろう。

その数日後に私は解雇通告を出されてしまった。

表向きは一身上の理由であり、会社都合により退職とするには幾分かの闘争を経なければならないことを予感させた。

私はWEB登録でことごとく審査を蹴られ、ハローワーク就職する機会も先回りで握りつぶされた。

そんな恐ろしい事実が目の前に繰り広げられるにいたり、私はついに何者にも訴えずパスポートを取得することに決め、

ついには様々な互助問題内包するJALの便に乗って海外へと旅立ったのである

機内においてキャビンアテンダント乗客に穏やかな面持ちで解説した。これより日本互助会圏を抜けるとのことだ。

私は最初耳を疑った。互助会存在しているようで存在しておらず、しかし暗に隠された組織ではなかったのかと。

解説を終えたキャビンアテンダントを呼び止めると、私は先程の説明意味について問いただしてみた。

彼女は言った。

日本という集団ネットワーク互助会は、皆が皆機械のように動くことを企図したマイクロチップシステムなのです。

はは、そんなことがあるものかと触った私の首筋には、奇妙なつや消しプラスティックの手触りがある。

なるほどそれで思い出した。メインシステム今日海外に運搬される予定だということを。

2016-01-29

何が先進国若者テロリストへ変えるのか

 20世紀初頭、英国経済学者であるケインズ卿は、主著の中で「考え方ほど強力なものはない」と説いた。つまり、人の行動要因のうち、最も影響力が強いものは、外部的要因よりもその人の内部要因、すなわち考え方だというわけだ。

 ひるがえって現代英国では、中東出身者の2世3世となる若者たちイスラム国(という名のテロリスト集団)へと帰属すべく、混乱を極める中東へと世代を超えた里帰りをしている。こうした若者たち常軌を逸したテロリスト集団に忠誠を誓う要因は何だろう。ある人は欧米社会における中東系への差別が原因であるとし、ある人は貧困が原因であるという。しかし、これはあまりにも皮相的な見方ではないだろうか。どの国にも貧困差別存在する。それにも関わらず、なぜ一部の人々、特に豊かな先進国若者海外の狂信集団への参加を企図するのだろうか。

 ここでケインズ卿の金言を思い出してほしい。何よりも人を駆り立てるのは考え方だ。もちろん、乾燥した砂漠地帯へと向かう若者たちの中には自意識をこじらせ、過激思想に染まった狂信者もいることだろう。だが、その多くは渡航直前まで通常の市民生活を送っていた一般人である(と報道されている)。ということは、通常の市民生活に浸透するごく一般的常識の中にこそ、彼らを破滅的な行動に追い込む何かが潜んでいるとは考えられないだろうか。

 健全若者たちを追い込んだもの近代社会の「一般常識」とは、「人は役に立たなければ生きている価値がない」という考え方だ。このあまり妥当に思える考え方にこそ狂気が秘められている。

 中東渡航した若者の多くは、同国の他の若者と同等の高等教育を受けており、言い換えれば社会的に役立つ(と見なされるべき)存在である。彼らは教育によって社会常識能力を身につけ、社会への参加と貢献を望む(ごく健全な)精神性を身に付けていたはずだ。だが、彼らはその意欲と能力を十分に活かすことが出来ない環境下にある。

 無論、こうした差別貧困けが問題ならば、例えば南米東南アジアスラム民のごとく、それを人生既定路線として別の生き方適応することも出来ただろう。だが、彼らは私たちと同じように近代的な市民としての精神性を埋め込められた「一般人」なのである

 資本主義であれ社会主義であれ、近代社会おいて市民は、「人の役に立たなければ生きている価値はない」と考えられている。言い換えれば、人の役に立つことが人生意味・意義・目的である。それは経済活動本質でもある。だが、英国をはじめとする欧米社会は、中東系の若者たち近代市民としてごく一般的健全希望を満たすことを許さなかった。結果として「人の役に立ちたい」という健全な欲求は、全く不健全狂気の塊とでもいうべき集団への参加・貢献へと姿を変えてしまう。なぜなら、イスラム国はそうした近代市民として望ましい欲求の全てを満たしてくれるからだ。

 あなた人生には意味がある。あなたは人の役に立つことができる。あなた必要とされている。だからこそ、私たちに参加・貢献してほしい。

 こうしたメッセージ実存的な欲求を満たせずに鬱々とした日々を過ごす若者に届き、その心の隙間に棲みついたとき、彼らを押しとどめる要因、すなわち彼らを暴走させない「考え方」を欧米社会提供できていたのだろうか。事実イスラム国はすぐれて近代的な精神性を持つ集団であり、表面的な暴虐性と狂信性を剥ぎ取れば、そこにあるのは英国と全く同様なもう一つの近代社会であり、宗教というフックによって近代市民を惹きつける別種の帰属集団たりえるわけだ。よって、若者たちの豊かな社会から貧しい狂信団への「宗旨替え」という一見奇妙な現象は、単純に欧米社会の失敗と敗北の証左なのである

 ところで、これは私たち日本人にも無縁の問題ではない。むしろ喫緊問題でもある。中東系の若者には(擬制はいえ)神への信仰が残されているようだが、私たちには一体何が残されているというのだろうか。この社会による無言の死刑宣告に抗うため、私たちにはどうふるまう余地があるだろうか。自身社会的価値の欠如を自覚し、世間という名の集団圧力に圧迫され、閉塞し、窒息したとき私たちは静かに(そう、「誰にも迷惑をかけない」ように!)命を棄てる道しか残されていないのだろうか。

 かつての武士階級にとって自死は、名誉を守る行為だ(という共通理解があ)ったが、近代市民たる私たちにとっては疑いなく、何の疑いもなく、言葉通りの犬死でしかないだろう。それとも、これも一つの考え方に過ぎないのか?

2015-12-27

なんで自殺しちゃいけないの?

まわりが悲しむから→知らんがな

それでも俺は止める→言葉じゃ止められないがな

インドの子供の方がツラいぞ!→は?インドの子供が俺の人生おくってたら泣いて帰りたがるわ不幸は相対化できねぇぞハゲ

社会コストかかってるから→追加費用かかるよりマシやろ

じゃあ死ねよ→簡単に死ねないから困ってんだろ

地獄に行くぞ→ここが地獄

おっぱい揉ませてあげる→ただの肉に興味ねぇから肩揉んでやるよ

五万円あげる→マジかよやったぁ死ぬの止めるね

三ヶ月後

死にたい

※1

かまってほしいんですよね?→かまってもらったらなんか解決すんの?しないだろそんな自明ことなのに他人に構ってって求めねーだろバーカバー

※2

「しにたくないから宇宙ハンターになる!」←社会的にしんでるだろ

※3

本当は死ぬ気がないメソッド→簡単に死ねるようにしてからに言ってくれあと俺以外の自殺志願者もやればいいんだろやればに追い込むからやめろ

※4

やってみればいい→電車に飛び込んでしねずに車いす生活やら首吊り不十分でベッドぐらしやらになったらおまえ養ってくれんの?

※5

体が本体だ→これ脳科学的にはあるらしいけど認めると犯罪者への罪どーすんのみたいな話にもなるからキワドい

※6

自殺企図を持つ人を説得すると留まるデータが→マジか初めて知ったわ、風潮的にはメンヘラには触るなが正解になりつつあるのにな、なお未遂者は何度も繰り返す模様

※7

死にたい奴は家を飛び出してでも死ぬ→昔やって失敗したんだなこれが

※8

やっぱ怖いんじゃーん→死ぬのが怖いんじゃなくて失敗した時のリスクが怖いだろ犯罪しない理由と一緒、死にたいとき死ねる身体じゃなくなるって怖い

2015-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20151210185003

何言ってんだ?

漢字ひとつの文にはひとつの読み方だろ。少なくともそう企図して文章は書かれている。

「生家の苗字がいいからずっと使いたい」なんてのは、引っ越したのに「前の住所のほうがいい」と以前住んでいた住所名を違う場所でそのまま使用しようとするのと一緒。

混乱しかない。

2015-09-20

羞恥感情存在は性欲について顕著である。性欲はそれ自体として悪ではなく、種族の保存すなわち家族および

人類社会の存続発展のために人間が備えている本能であるしかしそれは人間が他の動物と共通にもつているとこ

ろの、人間自然的である。従つて人間の中に存する精神的面即ち人間品位がこれに対し反撥を感ずる。これ

すなわち羞恥感情である。この感情動物には認められない。これは精神的に未発達かあるいは病的な個々の人間

または特定社会において缺けていたり稀薄であつたりする場合があるが、しか人類一般として見れば疑いなく存

在する。例えば未開社会に導いてすらも性器を全く露出しているような風習はきわめて稀であり、また公然と性行為

実行したりするようなことはないのである。要するに人間に関する限り、性行為非公然性は、人間性に由来するとこ

ろの羞恥感情の当然の発露である。かような羞恥感情尊重されなければならず、従つてこれを偽善として排斥する

ことは人間性に反する。なお羞恥感情存在が理性と相俟つて制御の困難な人間の性生活を放恣に陥らないように

制限し、どのような未開社会においても存在するところの、性に関する道徳と秩序の維持に貢献しているのである

ところが猥褻文書は性欲を興奮、刺戟し、人間をしてその動物存在の面を明瞭に意識させるから羞恥感情

いだかしめる。そしてそれは人間の性に関する良心麻痺させ、理性による制限度外視し、奔放、無制限に振舞い、

道徳、性秩序を無視することを誘発する危険を包蔵している。もちろん法はすべての道徳や善良の風俗を維持す

任務を負わされているものではない。かような任務教育宗教の分野に属し、法は単に社会秩序の維持に関し

重要な意義をもつ道徳すなわち「最少限度の道徳」だけを自己の中に取り入れ、それが実現を企図するのである。刑

法各本条が犯罪として掲げているところのものは要するにかような最少限度の道徳違反した行為だと認められる

2015-08-20

http://anond.hatelabo.jp/20150820210659

来たぞ。

ちなみに、診断はつかないが。問診して少しずつたしかめるもんだ。

しかし、これしか情報がなければ、こういうのは、とりあえず鑑別を上げるもんだ。

#1統合失調

#2甲状腺機能亢進症

#3自殺企図

このあたりの重傷な鑑別からな。

ちなみに、#ってのは医者側が考えてる症状とか、大事と思われる症状だ。

とりあえず、問診だな。

2015-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20150814144622

安部がやりたいことってなんなの?

大東亜共栄圏なの?

満州国復活させたいの?

安倍病人扱いしたがる奴の大多数は自分病人だよな。

中国に対抗するにあたって今の安保じゃダメ理由は説明できないの?

なんでそんなに集団的自衛権にこだわるの?

自国自衛できるなら、米国連携して軍事行動をする義務無いよね。

日本中国肥大化した軍事力と一対一で戦う実力は無い。

中国東南アジア比較的弱い国から狙って

領土領海を食いちぎりシーレーン封鎖や覇権確立を狙ってくる状況では

いま侵略されてるそれら国々を見捨てて各個撃破を座視してると

最後日本も詰む。

なので地域に影響力を維持したい米国

現在侵略されてる国々と連携して

集団防衛力形成して中国軍事力牽制するしかない。

それで中国侵略企図を潰えさせれば地域平和が守れる。

改憲せずに安保改正しなければならないような逼迫した事態とは、どこがどこを攻撃することなのか曖昧なのは何故なんだろうね?

非文。

知能と精神を整えろ。

海上自衛隊先制攻撃できるようにする法案なのかな?俺は頭がわるいからわかんない。

こういう手合いが言う「ぼくは頭が悪い」って

自分に都合の悪い側面を見ないで偏った議論をするためのエクスキューズだよな。

本当に頭が悪い自覚してるなら黙って自分仕事をしてろ


日米同盟当事者アメリカも今回の件は知らないし全く無関係中立という判断なの?

なわけないだろ

同盟相手と話し合い持ってなかったら怖いわ

意味不明なことばっか言ってんじゃねえよ知恵遅れ

安部勝手に、独断で、中国が脅威と決め付けて、無理やり改正しようとしてるんだよね。

残念ながら中国地域の脅威であるのはもういくらでも客観的証拠のある事実だ。

お前は見えてるものを信じたくないだけだろう。

ブックマーカーの言うことを信じる!!

信じたいブックマークだけ選り抜いて信じるくせに

主体的意見(偏り)が無いみたいな言い方はやめろよ。


お前は実はそうではないつもりで「僕は頭が悪い」っつってるけど

実はほんとうが頭が悪い

政治の話をしてる奴等の殆どはお前と同じだが。

2015-08-02

マルキドサドエロ文学を利用して抄訳エロ文書をン万冊以上世間に発付しようと企図したところワイトガで逮捕され有罪になるかと思いきや地裁が同文書は残虐性が勝ち性的描写萎えるので猥褻文書ではないとし無罪としたかと思いきや高裁があまり理由を述べずにいやこれは萎えないと述べて有罪にし10万円くらいの罰金を払わせていたのが昭和30年代

2015-06-19

ダメなまま生きていくことの困難さ

自分に自信が無い。

将棋をやってみた、初段にもなれない。

ダイエットをやってみた。デブが小デブになった。

当然、彼女居ない暦=年齢。チビデブハゲだししょうがないっちゃーしょうがないけど。身長160しかない。

筋トレをやってみた。100キロベンチプレス挙がらない。

仕事エリートだが、全然ダメ。なんとかごまかしているが、いつかヤバイだろって思う。

精神的にも不安定、よく憂鬱になるが、躁鬱とまでは行かないらしい。

病気ストレス性の病気が2つ発症した。ってか小学校のころからすでにはげていた。胃潰瘍十二指腸潰瘍にもなった。

  

このままダメな感じで行くんだろうけど。これは普通なんかな。

もう完全にダメな人とか、そういうのを想定したら俺はまだ大丈夫なんかなって思うけど。

このままいくってのも辛いなと思う。死ぬのとどっちが楽かっていったら、多分死ぬほうが楽なんじゃないかと思ってくる。

  

冷静に考えて、個人の損得だけなら、死ぬコスト(苦しみ)と生きるコストでは、死ぬコストのほうが圧倒的に安い。しかし、家族も辛いだろうと思うから、一応両親が死ぬまでは待たないととは思う。

そう考えて、今日映画でもごまかせなくなって、風俗おっぱいでも吸いに行こうと思ったが、なんか、風俗嬢も見下してるような気がしてきて怖くなった。

  

風俗嬢はまあ感情もなく、体提供してるだけなんだろうけどさ。

そこで、俺がどう思うかは風俗嬢には関係無いし、頼る相手も間違ってるのかもしれないが。

まともなみためなら、貧乏でもそういうのを彼女に支えてもらったりとか、そういう感じなのかなあとかは思う。

しかし、じゃあ俺みたいに未来を諦めてる奴が、彼女とか引き受けられるかと、いやそれ以前に彼女できない問題もあるけどさ。

なんか、本当に詰んできたなあって思う。

風俗ダメなら、エロゲーだろうが。エロゲーもハズレを引いたときキツイ

じゃあ、宗教かなーとか思う。宗教なら救われるんだろうか、神父告白とか?

  

自分は、おそらく精神病ではない。でも、うつ病診断基準で、長期間抑鬱気分と、自殺企図ってあったような気がするなあ。

男のメンヘラとか、なんも価値なくてうざいが、他人迷惑かけるなよってのは多分あるんだろう。

フェミニスト女尊男卑社会を夢と見るか?~痴漢冤罪について~

痴漢女性専用車両問題を語る時、二言目には「冤罪がー」と言う輩がいる。私はこの様な輩をただのミソジニーのアホなんだと思っていたが、もしかするとここにはある種の内実が有るのかもしれないと思ったのでそのことについて綴りたい。断っておくとこれは私の思いつきであり具体性は無い、形而上の上滑りした話であることは初めにお断りしておきたい。フェミニスト及び親フェミニズムな方に問いたい問がある、以下の様なものだ。


痴漢冤罪による男性への暴力女性の権利として正当化されるべきであろうか?』


前提として私は男性であり異性愛である痴漢は(主として)男性から女性に齎される暴力で、これは擁護余地のない加害行為であると考えている。また痴漢冤罪問題は極めて刑事司法上の問題であり、そこで行われている「人質司法」や「自白強要」などは痴漢という犯罪於いてのみ特異な事柄では無いので、ことさら痴漢という犯罪についてだけ冤罪問題を声高に叫ぶのはおかしいと思っている。前提終わり。


この問題について常々疑問だったのは、「なぜ女性痴漢問題於いて冤罪の事を持ち出す人間批判しないのだろう?」ということだった。これは私の観測範囲であまり見受けられなかっただけで実際にはそのような議論ものしている方もおられるのだろうとは思うが、兎に角私にはそう思えた。先にも述べた通り痴漢冤罪は全く別の次元問題であり、痴漢被害を受けた、受けたと思い込んでいる、受ける可能性に晒される事を甘んじて受け入れねばならぬ満員電車に乗る女性が負うべき責任では無い。であるしかし、昨今痴漢冤罪結構メディアを賑わせているトピックであるし、殊に痴漢という罪に於いて証拠など無くとも「弱者である女性告発事実上強いパワーを持っているように見える構造があるのが現実である。この様な現実に対しては女性から「確かに冤罪問題は解るがそれは刑事司法問題で、痴漢問題とは別に議論すべし」と宣言する事が必要であるように思うのだが、その手の言説は痴漢問題のたびに「冤罪冤罪!」と喚く輩と比すれば余りにも少ない。



痴漢冤罪問題を切り分けないといつまでも男女の溝は埋まらぬよな、と思う私はこの時ふと思いついた。これは恥ずかしい話本当にただの直感なのだけれど、もしかするとある種の女性の側こそが痴漢痴漢冤罪の接近を温存したいと言う理路もありうるのではなかろうか?言うまでもなく痴漢という犯罪の前にあって女性被害者である被害者である女性被害事実を以って加害者告発するのは当然の権利である痴漢という羞恥させる類の犯罪では泣き寝入りも多いであうから成る可く告発し易い土壌作りも必要であるしかしそれも行き過ぎれば毒となる、痴漢冤罪於いて刑事司法制度被害女性を手厚く遇しすぎている面が拭い難くある。そして人は被害者であるが故に加害者になるということをとても容易に行う。戦前ドイツが、日本が、部落解放同盟が、中国韓国の一部の民族的イデオロジストが……etcetc、様々な場所時代に於ける「弱者」がそうであるように思う。



痴漢の疑いをかけられたものが雪冤を果たすのがどの程度難解なのか、本当のところは解らない。特に昨今はメディア痴漢冤罪が取り沙汰されることも増えてきているので、完全に否認している人間を捕まえてそこまで強引に長期拘留などということも出来なくなりつつあるのが現実ではなかろうかとも思う。しか世間一般に流布されているイメージは違う。

「一度痴漢の疑いをかけられれば雪冤は不可能である

否認などしようものなら長期間拘留により必ず社会的地位を失陥する」

「疑いをかけられた無実の人間が選ぶ最も賢い行動はその場からの逃走である

これらは必ずしも真実では無いかもしれない。しか現代神話として男女問わず相当な信仰を得ているストーリーではある。この現代神話於いて男性男性であるというだけで例え無辜であっても常に社会的地位を一瞬に失うリスクに晒されており、彼が男性であるが故に弁明も許されず、出来ることはその場からの遁走だけであるというのだ。これは凄まじい「パワー」であると言わざるをえない。(何度も言うがこれが事実かどうかはこの場合関係がない)「被害者」で「弱者である女性がこの「パワー」を欲していると疑うのは穿ち過ぎだろうか?この「パワー」を以ってして「加害者である男性に隠微な復讐企図していると考えるのは私の被害妄想だろうか?


私は今まで痴漢問題に於ける女性立場を「女性被害者であり被害を訴えているだけである」と、とても単純に考えていたのだが。これほど痴漢冤罪ということが取りざたされる様になって来て、女性がその裏にある「パワー」について全くイノセントでいられるのだろうかと考えると、流石にそのような見方は無理がありすぎるような気がしてきた。むしろ女性馬鹿にしているとすら。勿論本当はそのような「パワー」などありはしない、ただたまたま警察の取り締まり方針の転換と中世さながらな刑事司法制度が組み合わさっただけである。だが、「そのようなパワーがあると思いたい」という点に於いてある種の男性とある種の女性の間で利害が一致している、と思うのだがいかがだろうか?この「被害者であるが故に加害者にすらなる」という問題について、フェミニズムは何か解答を持ち合わせているだろうか?それともフェミニズムとはジェンダーという枠組みから解放されることを目指すのではなく、女性が「パワー」を獲得して男性に対して下克上を果たす事を目的とした運動なのだろうか?是非お伺いしたい。

2015-06-16

(ホ) 昭和四二年四月一日付をもつて、組合福島分会青年婦人事務局長であつ

福島営林署経営課勤務の農林技官hを福島営林署二本松担当事務所に配置換

白河営林署分会関係

(イ) 昭和三七年四月一日付をもつて、組合白河分会青年婦人部長であつた白河

営林署事業課販売係勤務の農林技官iを白河営林署牧本担当事務所に配置換

(ロ) 昭和三九年四月一日付をもつそ、組合白河分会青年婦人部長であつた白河

営林署経営経営係勤務の農林技官jを長野営林局上田営林署に配置換

(ハ) 昭和四〇年四月一日付をもつて組合白河分会青年婦人書記長であつた白

河営林署経営課造林係勤務農林技官kを沼田営林署追貝担当事務所に配置換

(2) 本件配置換の手続が異常である

 職員の配置換は毎年職員調書に転勤希望の有無を記載させるとともに、組合と債

務者間に具体的な配置換に際しては、●らためて本人の事情希望を確かめる取決

めがなされているのに本件配置換に際しては、債務者債権者らに事情聴くこと

も、意思確認することもせず全く一方的に配置換をした。

(3) 配置換が組合学習運動を壊滅する手段として使われていることを債務者

自ら認めているのであつて、このことは、昭和四〇年中に開催された第一一回定例

営林署長会議において、「組合学習運動地本指導下に最近活発になつてい

る。-中略-日常のP・Rと共に人事移動等により防止しているが撲滅できない状

態にある。よろしく局の指導を御願したい。」との討議議題が提出されていること

からみても明らかである

三、(保全必要

(一) 債務者は本件配置換に関する団体交渉において、債権者らが昭和四二年四

月一日までに赴任しなければ懲戒処分もありうる旨言明している。

(二) 債権者らが役員をしている組合青年婦人部の大会昭和四二年五月に開催

され、新役員が選任されることとなつているが、前記のとおり債務者組合青年

人部役員に対し集中的に配置換をしてその組織破壊企図している時点におい

て、右大会特に重要な意義を有するのである債権者らは右大会の準備、運営

不可欠の存在であるし、右大会において債権者ら以外の組合員が新役員に選任され

場合には、債権者らは事務引継の必要がある。

(三) 仮りに債権者らが本案判決があるまで暫定的に本件配置換命令に従うとし

ても、前記のとおり債権者らは本件配置換に際し、あらかじめ、事情を聴かれたわ

けでなく全く希望しない任地へ転勤することとなるから、赴任期間一〇日をもつて

しては家庭生活を整理する余裕がない。

 しかも、本件配置換命令発令後四月六日までの団体交渉において、債務者組合

に対し、債権者らの希望があれば組合青年婦人大会において新役員が改選される

まで、赴任を延期してもよいと言明していたにもかかわらず、その後の団体交渉に

おいて突然態度を飜し、四月一〇日までに赴任しなければ懲戒処分もありうる旨言

明するに至つた。

 そのため、債権者らの赴任準備期間は実質的に四月八日、九日の僅か二日間を残

すのみとなり、四月一〇日までの赴任は事実上不可能となつた。

(四) 債権者らは債務者から懲戒処分をうけることを防ぐため、止むなく単身身

廻品を持つてそれぞれ任地に赴いたけれどもこれはあくま懲戒処分を避けるため

暫定的もので、家庭生活の整理、組合活動の整理も全くせず、旅支度に類する

程度の準備で赴任しているので、この状態を長く続けることは不可能であり、現在

帰郷して懲戒処分をうけるか、家庭生活破壊し、組合活動自由放棄するか二

択一を迫られている。

 以上の次第で、債権者らは本案判決に至るまでの間懲戒処分を防止し、家庭生活

破壊組合活動自由剥奪等の状態を防ぐ緊急の必要がある。

第三、債務者の主張に対する反論

(一) 債務者は本件配置換は行政処分であるから、本件仮処分申請は不適法であ

ると主張するが、債権者らと債務者との勤務関係公法関係でなく、私法関係であ

つて本件は民事訴訟法上の仮処分対象となる法律関係である。すなわち、 債権

者ら林野庁職員については、公共企業体労働関係法(以下公労法という。)が適

用され(同法第二・三条)、国家公務員法規定の一部は適用されない。(公労法

第四〇条)

 公共企業体等の職員の労働組合は、団体交渉権労働協約締結権があり(公労法

八条労働協約は個々の労働契約の内容を変更する効力を有する(労働組合法

六条ものであるから、右職員と任用権者間の労働関係は、対等当事者間の合意

の支配する私的自治の分野であり、一般公務員のように、その身分が国法上の分限

によつて定められているものとは性質を異にするばかりでなく、公共企業体等の実

態をみても、その企業体は、私人が同種の経済活動を行つているのと本質的に同一

のものであり、債権者らが所属する労働組合林野庁には公労法第八条第四号に関

する協定は現に存しないけれども、これは債務者側において協約締結を不当に拒否

しているためであり、転勤については昭和三五年ころまでは、組合地方本部対応

営林局との間の形態において存し、昇職、転職については、「任官に関する覚

書」、「賃金及び雇用配転その他の労働条件に関する仲裁申請事案の処理に関する

メモ」、「事業縮少並びに事業所閉鎖に伴う職員の解雇及び配置換等の事前通知に

関する協約」等が存し、私企業となんら異なるところはない。

 したがつて、公共企業体等とその職員の関係は、権力服従という公法上の関係

はなく、私法によつて規律される分野にあるものというべきである

(二) そもそも公法分野と私法分野の区別については、学説多岐に分かれ、必ず

しも明確ではないが、少なくとも関係主体が国その他の公法人であるか否かがその

区別メルクマールとなるものではなくこれら公法人もまた私法分野における主体

として行為することがあり得るのである

 そこで人の使用されている関係が私法関係である公法関係であるかは、使用者

私人である国家ないし公共団体等の公法人であるかによつて決せられるべきも

のではなく、その関係慣習法上ないし実定法上いかに規律されているかによつて

決せられるべきものである

 もつとも歴史的には国家本来の統治権の作用、すなわち権力作用を営む場合

その任に当る個人の人権犠牲にしても権力作用の秩序を維持する必要があるとの

理由から上下服従の特別権力関係を内容とする慣習法実定法が生れて来たけれ

ども、国家本来の統治権の作用を離れ、事業活動を営む場合にまでなおその従業

員を法律上特別権力関係に立たせることは決してその本質的必然にもとづくもの

はない。(東京地方裁判所昭和二四年八月八日判決労働関係民事々件裁判例集七号

八六頁参照)

2015-06-14

日本人本質女性とか卑怯という言葉で語りつくせないようなもの

まりゴキブリのようなものということはばれているし,多分全員ゴ

ブリなんだろうからその観点から実効的な支配を考えるという発想

は微塵もないのか?大体何かを企図するんだったら

1)ゴキブリ社会に即し面白いかどうか

2)続くのかどうか

を用意しろよ。何で毎回,2を用意しないんだ。1も2も必須だぞ。

2015-05-19

地方死体

何も無い。何も無いからいいともいえる面もあるが,生活はない。最悪だ。

これまでの生活調和できるような生活企図した形跡もない。むしろ

ゴキブリ生活実施した形跡がある。

ここでまた脳生活という面から考えよう。この有様について何も考えない奴が

一人もいないということに実に腹が立つ。

馬鹿か。どこが面白いんだこんなもん。

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