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はてなキーワード: 回復とは

2017-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20170330085153

同じく。旅行ストレスになるだけ

なんの憂いもなく引きこもってゲームやって眠くなったら寝るのが私のMP回復

MP回復行為は人それぞれって認識はみんな持っていたほうがいいよね

http://anond.hatelabo.jp/20170329212443

飲み会MP回復する人種って実在したんだな。いや、するのは知ってたけど、増田で見るとは。

人によっては飲み会MPを激しく消耗するってことも、心に留めといてもらえるとお互い幸せかもしれない。

2017-03-29

仕事におけるHPMPについての考察(仮説)

ホワイトカラー仕事をしている。

体力を使うわけでもなく、ただひたすら、毎日あっちこっちメールを送り、色々な進行の手配をするだけ。

なのに何故こんなに疲弊するのか?と思ってたけど、消耗してるのはHPではなくMPなのだと気づいた。



HPは「寝る」「食べる」など単純な方法回復可能なのに対し、

MP特殊回復ポイントに赴いたり何らかのイベント旅行飲み会等)を発生させないと回復されない。

また、筋力トレーニングなどにより最大値上昇の方法確立されているHPと異なり、

最大値を上昇させることが非常に困難。



なお、仕事においてMPとは「マジックポイント」ではなく「メンタルポイント」の略称である

また、メンタルポイントはその値がゼロ以下のマイナスになると、呼称が「メンヘラポイント」に変わる。



メンヘラポイント一定閾値を超えると「TwitterFacebookに謎のポエムを投下する」といった

イベントが発生することが広く知られており[要出展]、カンストすると自害等の行為に及ぶこともあるため、

MP値の減少を自認した場合、少なくともメンヘラポイントに変化する前に何らかの回復措置をとることが推奨される。

2017-03-28

お見舞いにこないの?

会社を辞めて地元に帰ってきて数ヶ月

そんな私に会社の先輩からLINEがきた。

先輩「お見舞いにこないの?」

私はLINEを即閉じた


わたしが勤めていた会社割合年の近い先輩達ががいた

その中で飛び抜けて嫌いな先輩からだった


どうやら先輩は日頃の不摂生メンヘラで体調を崩し入院していた。

実は私はそれを知っていた。

会社の別の先輩から内緒情報が回ってきた。

その先輩もメンヘラ先輩が嫌いだ。私はその先輩から色々と情報をいただくので勝手情報屋先輩と言っている。

とてつもなく失礼だか先輩は気に入っているようだ。

ありがとう情報屋先輩。

入院を知っても先輩のLINEメッセージを送らなかった、入院したと投稿されてるであろうSNSもわざと遠ざけていた。

先輩は俗に言うメンヘラ属性プライド高子だった

行動や言動すべて私にとっては不快しかなかった

そんな先輩。

お見舞いにこないの?

だいぶ破壊力があるぞ、おい

お見舞いを要求してるのかこいつは

スクショをとってツイッターにでも投稿して意見をもらいたいくらいだったがやめた。

正直返事をしたくなかったがあの先輩のことだろう、変な噂を他の社員に立てられたら地元に帰った私はどうすることもできない

遠い所からいらぬ攻撃を受けるのはまっぴらごめんだ


しぶしぶ返事をするがどうしても

お見舞いこないの?

に対してかなり一言申したかった。

しかしわたしも社会人の端くれだ(辞めたけど)かなりオブラートに包んで包んで返してあげた

知らなかったという設定も忘れずに添えて

お見舞いいけません〜(汗

というか入院知りませんでした(・・;)

ちょっと忙しいのでいけません!

すいませんm(__)m

そんな感じに仕上げた

だいぶネコぶって


そんな先輩から既読がついたが返事はなかったこういうとこだよ腹立つな

どうやらこいつは無しだと選別されたようだよかったよかった選外通告ありがとう助かります

数ヶ月後、情報屋先輩からLINEがきて聞いた話だが入院した時期が年度末ということもあり会社人間からのお見舞いは一切なかったようだ

もとから嫌いな奴もいるんだろうがLINESNSも不発に終わり先輩は無事に回復退院した

よかったね!^_^

遠い所からだが会社があるであろう方角に手を合わせた

2017-03-25

コミュ障克服したと思っていても結婚には向いてないという話

コミュ障だったけどもうすっかり克服したとおもってた。

メンタリティのものはがんばってもあんまり変わらないけど、その辺は経験テクニックカバーして普通の人のようにふるまえるようになったとおもってた。



いまはもう年齢や立場が違う相手ともそれなりに話せるし、仕事必要だったら気持ちスイッチを切ってロールに徹して、ここは不満をのべるべきと思ったら演技で不満なふりしたりして。

どのように反応するのが普通の人として正解か、ということを朝から晩まで頭を使って考えているから家に帰ってひとりになるとその疲れが一気に出たりするし、休日あそびに行くときも一旦気持ちをえいやっとふるいたたせてからじゃないとなかなか家をでられない。

それでもそういったことをひとつひとつ積み重ねていったらなにかのきっかけで異性と仲良くなったりすることもあるし、そのうちその相手結婚したりということもなくもない。



でもね、結婚してすぐに気づいた。うん、無理。

結婚した相手普通の人で、普通の人ということはコミュニケーションにさほどエネルギーを使わなくて、むしろ誰かに会うとエネルギーが増えたりなんかして、一日中たちふるまいの演技をすることもなくて、休日コミュ疲れでぐったりしてることもなくて、ちょっと変なことがあっても、あれ?これってもしかして自分はい理不尽な扱いをうけてるの?ていうことは怒った方がいいのかな?かな?ってぐるぐる考える間もなくぱっと怒ることができて。



いままでは、ひとりのときにようやく回復したエネルギーを外に出て人と接するたびにどんどんすり減らすことを毎日毎日続けることが生活だとおもっていたけど、誰かと一緒に住むということは、コミュニケーションスイッチを切ってリラックスすることができないということで、外でのたちふるまいも対峙した相手のみならず配偶者との2人に対して適切な正解を考えなくちゃならないか結婚前の2倍疲れて。

なんかもうだめでした。

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324010016

マッサージ整骨院接骨院どれも科学的なエビデンスあいまいだったはずで、

結局、腕のいい人に当たらない限り痛みは解消しないと思う。


ただ、腰痛の原因は、

筋力の低下、硬直化

残されたわずかな筋繊維に過剰な負担が掛かってしまい、痛む

が大半なので、筋力を回復させるのが一番で、他増田の言う通り、歩くのが一番。

ストレッチは痛みを感じないレベルで行い、

やせ細った筋肉への筋トレは負荷をかけ過ぎないように慎重に。

2017-03-21

生活保護廃止への感謝

今年度をもってようやく生活保護廃止になった。

 

個人的に。給料基準額を超えたから。

 

会社でのパワハラから鬱病発症し、就労困難状態になって引きこもり、あっという間に貯金ゼロ

かねた保険衛生士が生活保護受給を勧めてくれて、即受給(水際とかもなく福祉事務所対応も早かった)。

5年くらい何もする気がせず、一日中寝ている生活をしていたが、徐々に回復して、医者相談しつつ5年くらいかかって少しずつ働けるようになって、

去年の夏前から新しい職場で本格的に働きだした(とはい非常勤なので給料は安いが)。

 

半年働いて、自信がついたこ福祉事務所のCWが「もう大丈夫だね。でも体調が悪くなって働けなくなったらすぐ言ってきて。その時はまた支給するから

と後押ししてくれて、とうとう今日、「廃止」と話し合いを持った。

最近取り沙汰される受給者叩きなんかまったくせず、気長に親身に自立を助けてくれた担当CWと上席の方に感謝

そして生活保護必要人間には本当に大切なセーフティーネットだと思い知ったこの10年だった(あと、CWが任期付き職員非正規雇用と言うところ

に闇を感じた)。

仕事頑張ろう。

未だに胃が痛い

一ヶ月前にロンドンでひどい腹痛に襲われ、日本で一時回復したのに花粉症で服用した薬で胃が荒れて未だに痛い。

胃カメラを飲んで急性胃炎逆流性食道炎らしいと二週間前に判明している。

一体いつ治るのかわからないが、大学が始まるまでには治っていてほしい。

痛い胃を抱えながら、街を歩くと皆容姿が良いと感じる。

それどころではないのに、目が付く。

胃が治って欲しいと同時に容姿がよくなりたいと思いながらベットで苦しむ。

http://anond.hatelabo.jp/20170321004616

免疫が低下してるのは一時期のことで、安静にしてたら回復するような人にまで悪影響を与えてるって言ってるの。

そういえば、感染ると言えばリストカットなんかも伝染性があることで有名。

自殺企図リストカットなど、やらなくて済む人までも巻き込むような言動をし続ける人は看過できない

2017-03-19

[]3月18日

○朝食:なし

○昼食:麻婆豆腐定食(ご飯、麻婆豆腐サラダたまごスープ杏仁豆腐唐揚げ

○夕食:どん兵衛



調子

はややー。

お仕事おやすみはややーなので、とりあえず洗濯だけはした。

掃除したり散歩行ったりもしたかったんだけど、ちょっと疲れてたからか、お昼寝を3時間ほどしてしまった。

三連休なので、こういう時間の使い方もありかな。



DS

世界樹の迷宮II

今日からプレイする新しいゲーム

とは言っても、システムの大筋はこの間までプレイしていた世界樹の迷宮とは変わらないので、まさに続きです。

ギルド名も前と同じ「ゆりゆり」で、メンバー名前も前と一緒だけど、職業はかえました。

それが、こんな感じ



・ヒメ(パラディン

・コオニパラディン

・カノコ(カースメーカー

・ヤマ(ガンナー)

・ウケ(ドクトルマグス)



1の時にお気に入りになった、パラディンを二人入れてみるという、尖った構成にしてみた。

後衛の3人は、1のときはいなかった新職業と、1では後半に使えるようになったカースメーカーという構成

回復専門職メディックがいないので、序盤はドクトルマグスを回復要因としてその方向で優先的に育てていく予定。

パラディン二人は、ヒメが挑発でひきつけ、コオニはバッグガードってイメージでいたんだけど、

挑発って毎ターン使わなくても、効果が残る系のスキルなんだね、わかってなかったや。

まあ、シールド殴りもあるから、やることがなくなることはないでしょう。

ガンナーはどれを伸ばすか考え中だけど、1のときソードマンハヤブサがけみたいな、ガンナーの複数回攻撃は楽しそうだ。

1のときは、スキルポイントとの兼ね合いで結局取得できずじまいだったから、ガンナーはこれを目指そうかなあ。

カースメーカーはまだ何にもわかんない感じ。



で、さっそく、毒アゲハに全滅くらいました。

これだよ、これ、この序盤の苦しい感じが、まさにって感じだね、スキルが揃ってくる中盤が楽しみだ!



3DS

すれちがいMii広場

探検隊が二周目雪山大砲忍者が6面とクリアが見えてきた。

そろそろ、ゲームコインを投入して一気にクリアするのもいいかも。

バッジとれ〜るセンター

ログボのみ。

カントードット絵バッジケースから外せて余裕ができたので、普通にプレイしてる。

ポケとる

デイリー要素のみ。

iPhone

ポケモンGO

デイリー要素のみ。

ポケモンコマスター

ログボのみ。

2017-03-18

青春っていいなぁ

おっさんになると行動した後の回復力が遅くなってやばい

2017-03-17

嫁が茶色い卵を買ってくる

殻の色が違うだけで味も栄養価も同じだというのを何度説明してやっても「絶対に味が違う!栄養豊富!」と断言して買うのをやめない。

大体スーパースーパーだ。ただの茶色い卵を白い卵より高い値段にしたり、梱包を変えて高級っぽく見せるから勘違いする奴が後を絶たない。

そもそも茶色=高級、栄養豊富根拠は何だ?バイオハザード4の卵も白より茶色の方が回復量多かったが

[]3月16日

○朝食:プリンどら焼き

○昼食:助六寿司

○夕食:すがきや



調子

はややー。

仕事自分の分も、新人さんに振った分もだいたい終わった。

明日も、新人さん二人に色々教えつつ、来週の準備をするだけかな。

三連休だし、定時で帰って、アフターファイブを楽しもう。



DS

世界樹の迷宮

25Fのラスボスを倒して、ついにクリア

わーい、わーい。

はいえ、攻略サイトを解禁すると、どうもクリア後の裏ダン的なので、もう5Fまであるらしい。

でも、これで終わりでいいかなあ。

寝る直前にクリアしたので、ちゃんとした感想はまた今度。

DSの下画面に地図を書いてダンジョンマッピングしていくところが、とにかく楽しかった。

今日パーティーメンバー五人の感想を書いて終わろう。

ちなみに、キャラクタ名前は「〜〜〜百合」と百合一種名前になる繋がり。

なのでギルド名は「ゆりゆり」です。



・ヒメ(パラディン

戦闘開始時に防御陣形

敵が力を貯めたり、いてつくはどう(的なのね)食らった直後などはフロントガード、

殴れるときシールドスマイト、

と味方強化も、防御も、攻撃もできるのが楽しいキャラ

こういう味方を守る的なキャラ好きだから、一番気に入ってた。

・コオニソードマン

チェイス」という、味方の属性攻撃に追撃を加える、攻撃力No1で、攻撃の要。

ただこの、味方の属性攻撃を挟まないと攻撃できないのが、若干回りくどくて、ピンチときは稼働できないこともあった。

はいえ、準備万端のときの全体術式+チェイスは超攻撃力高くて、楽しかった。

・カノコ(バード

自分かヒメに序曲で属性付与して、コオニちゃんのチェイスの発火をさせるのが目的

はいえ、ヒメの防御陣形、ウケの医術防御で味方強化の枠が二つ埋まるので、攻撃力アップか、序曲かの二択になるのが面倒だった。

大体は、攻撃力アップ、防御陣形、医術防御をかけたあと、自分攻撃力アップを外すように序曲をかけてた。

ぶっちゃけ、できることは色々あるのに、この強化枠三つのせいで、暇な時も多くて使いこなせなかった。

・ヤマ(アルケミスト

大爆炎の術式、大氷嵐の術式、大雷嵐の術式、の三つを使い分けて全体攻撃を加える仕事の人。

敵が多い雑魚戦では便利だったけど、足が遅いからどうしても回復TP必要で完全作業にはできなかった。

あと、ラスボスFOEみたいな単体で出てくる敵には、あまり効率が良くなくて、コオニチェイス発火が目当てのことが多くて、TP節約のために最弱の呪文の火の術式を唱えることもよくあった。

・ウケ(メディック

医術防御をかけたあとは、エリアキュアIIを連発するだけの簡単お仕事キャラ

まじでやることがこの二つしかなくて、使ってて暇なキャラだった。

はいえ、医術防御はかなり防御力がアップするし、エリアキュアIIはほぼほぼ全員が全回復だしで、強かったのは間違いなかった。

でも、道中のザコ敵では戦闘後の回復役って感じで、戦闘でなにもできないのが微妙



こういう、キャラクタを育てるゲームは楽しかった、もうちょい感想を突き詰めたいな。

感想はそれはそれとして、次はどのゲームプレイしようかなあ。

3DS

すれちがいMii広場

普通にプレイ、すれちがいフィッシングの全島コンプがあと二島

バッジとれ〜るセンター

確認のみ。

ポケとる

デイリー要素

をやっただけ。

iPhone

ポケモンGO

デイリー要素のみ。

ポケモンコマスター

ログボのみ。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316162139

ただ人間が増えただけじゃ景気は回復しないし、その前に経済が混乱する方が先だわな

2017-03-15

機械室で事務仕事してたら心と体がぶっ壊れた話

 三月機械室は寒いビル全体に快適な空調を提供するための機械が詰め込まれ、常に忙しく稼働しているが、地下三階のこの部屋自体は空調の対象外だ。本来人間のいる部屋ではないから当然である

 束の間静かになったかと思うと、あちらの機器が動き、こちらの機器が唸る。遥か上層まで温風を送るための、巨大な機械の稼働音。出入口の重たい鉄の扉には、騒音漏れ出しを防ぐためだろう、「開放厳禁」のプレートが貼られている。

 その扉の横には、在室者表示パネルがあるのだが、あまり意味はないのかも知れない。人がいると表示されているにも関わらず、全ての照明をオフにして出てゆく人が時々いる。後に残るのは機械が動く音と、非常誘導灯の光だけ。

 私はその、地下三階の機械室で働いていた。申し訳程度に置かれたストーブは、部屋の寒さと広さに対してあまりに貧弱で、温かいと感じたことはなかった。仕事中もコートは脱がず、ヒートテックの腰と肩と下腹部に、貼るタイプカイロを仕込む。電気ポットも電子レンジももちろんないので、温かい飲み物を一日に二本は買いに行く。それだけやっても、夕方には体が氷のように冷たくなる。大きな音をずっと聞いているためか、外に出ると全ての音が遠く小さく聞こえた。

 ここまでの文章を読めば、そういう場で働く職業の人か、と思われるだろう。だが、実際はタイトルの通りであるExcelや専用ソフトを用いた書類作成が主な仕事であり、その他コピー取りや備品の注文といった雑務も行う、私はただの「派遣事務女性」だ。機械室の奥の、気休めのようにパーテーションで区切られた広場という就業場所以外は。

 そこに常駐しているのは私一人だった。他の人は打ち合わせで外に出たり、営業所に出向いたり、同じ建物内の別の事務所仕事をしていた。

 ただの事務のくせに、スマートフォンは常に手元に置いていた。心証が悪いのは分かっていた。それでも手放せなかった。一人きりで機械室に置かれた心細さも多分にあったが、在室表示を見落とした誰かに照明を落とされてしまったら、光源は非常灯とパソコンモニターだけになる。そうなると私はスマートフォンLEDライトを点けて、機器の間の通路を通り抜け、自分で照明スイッチの所まで行かなくてはならない。そういう事態が、一日に三度は発生する。昔、自分懐中電灯を持って歩くお化け屋敷に入ったことがあるが、今は何故あんものお金を出していたのかと不思議に思う。機械室に、脅かしに来るお化けはいない。誰も居ない。こちらの方がずっと怖い。

 そんな環境で三日ほど働いた。たったの三日。その三日間で、私の心は駄目になった。四日目の朝、起き上がれなくなった。


 目は覚めているのに体が動かない。スマートフォンの目覚ましアラームが鳴っている、うるさい、止めなければ。頭では分かっているのに、全身が鉛のように重く、手を伸ばすのも一苦労だった。起き上がることはもちろん出来なかった。

 毛布にくるまったまま、体調が悪いので休みます、と派遣元派遣先にそれぞれ電話を入れた。そのまましばらくぼんやりしていた。食事を摂るべきだと思い至って、ベッドの上を這い、落ちるようにして床に降りた。その姿勢のまま、壁を見つめて泣いた。

 休むつもりなんかなかった。少なくとも昨日の終業の時点では。テキスト形式のToDoリストに、明日作業に使うはずのファイルパスを貼り付け、紙の資料は机の上に出しておいた。温かい飲み物を毎回買うのはお金がかかり過ぎると思い、買い物リスト魔法瓶と書き込んだ。小腹が空いた時のための飴のストックも、どの職場にも持ってゆく自作マニュアルも、引き出しの中に入っていた。明日もここで仕事をするのだと信じて疑わなかった。

 最後の一藁が積まれたのは、おそらく退勤後、帰りの電車に乗った時だ。運よく空いた座席に座ることが出来た私は、鞄から文庫本を取り出したものの、読む気になれず膝の上に置いてしまった。凍え切っていた体が、車内の暖房に温められて緩むのを感じた。それを自覚した時、ああ、今の私はホームレスの人みたいだ、と思った。

 ローカル現象かも知れないので補足しておくと、私が利用している普通電車には、時々ホームレスが乗ってくる。全財産であろう荷物を抱え、申し訳なさそうに体を縮めている。彼らが乗ってくるのは、決まって冷え込みの厳しい早朝や深夜だ。深夜営業マクドナルドも、地下街もない田舎から、初乗り料金の切符を買って電車の中で暖を取るのである

 彼らのほとんどは、きっと悪いことをしたわけではないのだろう。好き好んでそうしているわけでもないのだろう。私も同じだ。それなりに一生懸命やってきたつもりだった。そうして勝ち取ったものが、この労働環境と、冷え切った体だった。

 心の背骨が、音を立てて折れた。


 たった三日で、と書いたが、実際はそうではない。実は夏から、私は似たような環境で働いていた。

 そこはとあるビルの、やはり本来機械室で、冷房機器がなかった。もちろん窓もなく、日差しに焼き殺されることこそなかったが、這い上がってくる湿気に蒸し焼きにされるような、座っているだけで体力を削り取られるような環境だった。

 体調を崩して病院に行くと、熱中症と診断された。冷房を付けないと体に毒ですよと医師に言われ、冷房機器自体職場にないと伝えると絶句された。月の医療費は一万円近くに上り、休んだ分の給与はもちろん出ず、家計は逼迫した。冷房なしでも平気な鋼の肉体ではない私が悪いのか、と理不尽に感じた。

 それでも働き続けたのは、頑張れば良くなると信じていたからだ。冷房は今手配してるから、という雇用主の言葉を信じていた。臨時事務所と言えどここまでひどいことはそうそうない、とも聞かされていた。認められれば営業所への配属も叶うと思っていた。結局、夏も終わる頃になって馬力不足のエアコンが付いた。そんなものが要らない秋が来て、防寒着とカイロヒートテックで武装するしかない冬が来た。

 なんとかそこでの仕事を二月いっぱいまで勤め上げ、三月からの配属先も機械室の臨時事務所だと聞かされた。今度はきちんとした事務所でしょうね、と私は確認した。ちゃんとした事務所体裁になっている、という言葉を信じて、契約更新書類に判を押した。

 ちゃんとした事務所

 机とパソコンが置かれ、電話通信環境さえあれば、それは「ちゃんとした事務所」ということになるのだろうか。パーテーション暴力的に乗り越えてくる冷気と騒音は、ないものと見做すのが一般的なのだろうか。私には分からない。

 ただ、体を壊し、薄給にも耐えて、それでも次は良くなると信じて頑張った結果がこれか、と絶望を噛み締めるには十分だった。新しい事務所環境も、三日間という時間も。


 仕事に行こうとして起き上がれなかったあの日から一週間、ずっと泣いて過ごしている。正確に言うと、何をしても涙が出て止まらないのだ。あの機械室で過ごした時間よりも、自室の壁を見つめて泣いている時間の方が長いというのはどういうことか、自分でもおかしいと思う。

 年甲斐もなく泣きじゃくりながら関係者電話をして(泣き止んでいる時間ほとんどないのだからやむを得まい)、とりあえず休職することが決まった。仕事休みになったらやりたいと思っていたことは沢山あったはずなのに、旅行はおろか、買ったままになっていた本を開く気力もまだ湧かない。せめて気持ちを整理しようと、布団に潜り込んだままタブレットを使ってこの文章を書いている。


 まだ耐えられる、という考え方は危ない。自分限界と、改善の時期を正確に見極められるのならその限りではないが、少なくとも私には無理だった。まだ働けると思っていた。自分限界は、思っていたよりも小さかった。

 雇用主の人は、どうか労働環境に気を使って欲しい。口では耐えられると言いながら、無自覚ダメージボロボロになっている、私のような人もいるかも知れない。同じ環境に置かれても、年に八百万円貰っている管理職と、四百万円貰っている社員と、二百万円貰っている派遣社員と、仕事が大好きで報酬なんか気にならないという人では、耐えられる限界がそれぞれ違う。

 もし望まずに似たような環境に置かれている人がいたら、出来れば逃げて欲しい。次の仕事も見付けられていない私が、逃げても大丈夫だよ、とは到底言えないから、「出来れば」としか言えないのだけれど。朝から晩まで涙が止まらず、食べ物を買いに出れば道行く人や店員にぎょっとされ、転職活動をしようにも履歴書に貼る写真が撮れない、自分の好きなことも楽しめない、友人から電話を受けてもロクに話せない──こんな状態になるくらいなら、もっと早く逃げておくべきだったのだと思う。


 涙が止まったら、仕事を探しに行くつもりだ。最低限の空調機器の備わった居室で働かせてくれる転職先が、見つかるといいのだが。


【同月16日23時 追記】

 勢いのまま書いて投稿したものに、多少の加筆修正を行った。面白くもない話題の長文なのに、予想よりもブクマ数が多くて驚いている。目を通してくださった方、ありがとう。その程度で休むのか、とのお叱りも覚悟してコメント欄を開いたはずが、今は世界の優しさを痛感している。

 子供の頃の夢は作家だったので、文章力を褒められたり、覆面作家じゃないかと疑われるのは面映ゆい。私が本当に作家だったら、有名なジョークよろしく「良かった、可哀想派遣社員はいないんだ……!」となって、それはそれで良かった気もする。

 現実の私は、ボイラー技士の資格は持っていないが、その類の業界の専用ソフトの扱いに慣れている。派遣会社業界経験者優先で仕事を紹介するし、少人数の臨時事務所特に教育不要経験者を欲しがるわけで、私が同じ業界の似たような職場に続けて派遣されたのはさほど不思議なことではない。


 この労働環境が法に触れるものであることは、私も承知している。ただ、同じ事務所に出入りする他の社員たちは、不満は言っても我慢は出来るという様子だった。性別給与も、滞在時間も違うのだから仕方がない。

 私が一人で告発したとして、正社員ならふてぶてしく居座ることも出来るだろうが、派遣社員場合はそれが原因で(表向きは「経営上のやむを得ない事情」で)即座に切られる可能性がある。自分就業中にはとても出来なかった。逆に今の私は失うもののない身なので、後任が同じ目に遭う前に一言言っておきたいとは思っている。

 本文中にも書いた通り、もしこれを読んでいる中に環境を作る側の人がいらしたら、少しの配慮をお願いしたい。この記事へのブクマコメントだけでも、「私より辛かったんじゃ……?」と思うような書き込み複数あった。それらは全て、改善されるべきものだ。改善出来ない立場の人は、どうか自分の身と心を守って欲しいと願う。


 幸いだったのは、今回の派遣先短期契約で、私も近々次の仕事を探す心積もりであったこと。転職情報を集めたり、職務経歴書を作り始めた矢先だった。自分の心が折れたのは計算外だったものの、少し休んで五月くらいに次の仕事を見付けられれば大体予定通りだな、と結構気楽に構えている。

 収入が絶えることだけが不安だったので、傷病手当金を貰える可能性があると教えて頂けたのは助かった。貰えないとしても、自分メンタルケアのためにも明日病院に行くつもりだ。


 名も顔も知らぬ私の文章を読んで、心配してくれる人がいる。それだけで心が軽くなった。本当にありがとう

 ストレス要因はなくなったので、たっぷり寝て美味しいもの食べて、あとはジョギングしてプール行って本読んで映画観てカラオケに八時間くらい篭もれば回復すると思う。今はまだ泣いてるけど。私の今後のことは、どうかご心配なく。

2017-03-14

そろそろ「集中力が続かないこと」を社会は受け入れてみないか

集中力が切れたとき

集中力回復するグッズとか、休憩施設とかの開発が盛り上がって欲しい

 

今は言い訳みたいな感じではてブ見たり、ボーッとしたり、スマホいじったり、タバコ吸ったりしてると思うけど

あれって集中力回復するには効率よくないと思うんだよな

 

 

さて、集中力回復したので仕事に戻る

2017-03-12

[]3月12日

○朝食:なし

○昼食:ご飯、納豆(二つ)、唐揚げ

○夕食:カレー(ぶたしゃぶ、チーズ)、サラダココイチ。久々に辛いのが食べたくなって2辛にしたんだけど、体が完全についていけなかった、チーズまでトッピングしたのに。昔は3辛がデフォで辛いの食べたいときは4辛だったのに、体の衰えを感じるなあ)



調子

はややー。

ちょっと最近頑張った反動がきたのか、あまり外を出歩く気分ではなかった。

ので、家でゆっくりレンタルビデオを見たり、ゲームをしたり、ラジオを聴いたりしていた。

明日からまた忙しいお仕事が始まるので、頑張るぞいや。



DS

世界樹の迷宮

四層ラストの20Fを攻略

周りのFOE邪魔をしてくるので、まずは周りのFOEを一掃してから、黒FOEに挑んだ。

が、超強敵だった。

もう本当ギリギリ最後アルケミスト魔法使い)のヤマちゃんと、ソードマン戦士)のコオニちゃんしか生き残っておらず、

二人のTPHPギリギリだったので、あと1ターンかかっていたら、多分負けていた。

が、ギリギリでもクリアクリア、おそらくラストの第五層21Fに到着!

さらにそこで、今まで冒険の手伝いをしてくれたりアドバイスをしてくれてた、レンちゃんとツスクルちゃんの百合ップルと戦うことに。

が、こっちは危なげなところはほとんどなく、あっさり倒せた。

そのあと、24Fの回復の泉までサクサクと進めれた、とはいえ23Fがほとんど手付かずなのに24Fにこれたので、24Fと23Fを行き来するタイプかな? と予想してる。

多分、25Fでクリアなのかな? もう少しなので、頑張るぞいや。

3DS

すれちがいMii広場

カレー食べに行ってだけなので、すれ違えず。

バッジとれ〜るセンター

ログボで台を集めるために一回ずつプレイ中。

新台は集まったので満足。

来週は、悪ポケが実装されるといいなあ。

ポケとる

メインステージ攻略

今日は、350「メガミュウツーX」を出現させるところまでプレイ

iPhone

ポケモンGO

デイリー要素のみ。

ポケモンコマスター

ログボのみ。

月が綺麗!!

 父が病院入院してる。

東向きの窓がある四人部屋の東側で良かった。

今日満月、月の出が綺麗だったよね。

隣のベッドの90代の男性はたぶん、骨折入院してる。

しかし、看護婦さんの『オッパイ』を触ったらしい。

凄いよ!!

父よ!そのくらい、回復しておくれ!!

父はそんな元気はない・・・・・・

ゼリーゆっくり飲み下す父。

5年になる介護生活ももう、今年で終わりかもね。

そう思ったら、少し泣けてくるけど、

まだ、87才の母がいる。

ひたすら、月夜に走り続ける

http://anond.hatelabo.jp/20170312101607

2013からやってるならもう、どの艦娘も育ってるだろうし、

ふだんは何もしないで

資源自然回復上限でイベントオール丙で参加するくらいにしてみたら?

風邪が一ヶ月治らない

喉が腫れてるみたいで喋ったりすると

咳をしないではいられなくなる

体温は普段より0.5℃高い

一旦そんな状態になったのは多分深夜のジョギングのせい

それでも「風邪をひいたから」というだけの理由

2日に1回は必ず走りに行くという6年以上は続けている決まりを破るわけにはいかない

風邪が治らないのは多分そのこだわりのせい

ところで人間の体って大したことないね 運動すればするほど回復が遅れるなんて

2017-03-11

さよならAC

2011年3月11日、未曾有の大災害東日本を襲った。影響は各方面に及んだ。福島原発は爆発し、首都圏を含む広域な交通網は打撃を受けた。多くの人が亡くなり、多くの人が家をなくした。

この震災を受けて、企業各社はCM放送自粛した。震災時のCM放送が法によって規制されている訳ではなかったが、CM放映による非難企業自主的に避けようとしたのである。代わりに、テレビ局人畜無害ACCMを流した。 繰り返されるCMにより、ACは一躍その名を高めていった。

震災から一週間が経った。震災による犠牲者は一万人に迫ろうとしていた。テレビでは未だACCMばかりが流されていた。企業としてはそろそろ通常のCM放送したい気持ちだったが、もし自分会社けがそうすることによって「不謹慎だ!」と言われてしまってはたまったものではない。ネットではとあるACパロディ動画があげられていた。それは冷静に見れば面白くもなんともないものだったが、きっと他に見るものもなかったのだろう、驚くべき再生回数を記録した。その人気にあやかろうとしたのだろう、次々とACCM関連の動画アップロードされた。大の大人が「ポポポポーン」と叫ぶという、滑稽とも見苦しいとも取れる動画群であったが、人々はそれを不謹慎とは受け取らなかった。

二週間が経った。各国から支援が続々と寄せられていた。人々は(被災していなかった地域を含む人々は)それを見て「A国は素晴らしい」だの「K国はやっぱりクソ」だの言っていた。その頃、国会ではある法案が審議にかけられていた。アンチコマーシャルメッセージ法案通称AC法案である。この法律では、震災復興を達成したという判断政府が下すまで、企業テレビCM放送禁止規定していた。何故こんな法律が審議されることになったのかはよく分らない。しかイメージダウンを恐れて企業法案に反対できなかったし、当然のことながら猛反対の立場をとるテレビ局各社は盛んにこの法律弊害を訴えたが、震災報道ヘリコプターを使って被災者迷惑をかけたり、衝撃的な映像をまくし立てるように放送し続けたりしたテレビ局視聴者は既に愛想を尽かしていた。結局AC法案は難なく両院を通過し、テレビで映るCMACのものだけになった。

一ヶ月が経った。とある実業家による億単位義援金や、さるスポーツ選手によるツアーの賞金全額寄付宣言世間では話題になっていた。テレビ局スポンサーに働きかけるのに必死だった。自社のCM放送されないのに企業お金を出すなんてことはおかし論理だったが、それを認めたらテレビ局は立ち行かなくなってしまう。結局、「番組内で可能な限りスポンサー商品を紹介する」ということに決まった。出演者スポンサー企業ロゴ付きの服を着ることが常識になったし、番組の中でそれまでの流れとは関係なく唐突商品の紹介が始まることになった。それでもスポンサーから今まで通りの料金を徴収することは叶わず、経費削減の為にギャラの高い大物芸能人は締め出され、金のかからない素人芸人の起用が急速に高まっていった。ネットではAC関連動画の盛り上がりが、最高潮に達していた。

三ヶ月が経った。全く前例のなかった計画停電が行われ、都心優遇ぶりに一部の人々は憤慨していた。結局テレビは何とか放送を続けられていたものの、以前との差は歴然としていた。番組の内容もそうだが、間々に挟まれCMが全てACの為、テレビ自体一種カルト宗教的色彩を帯びていたのであるAC側もCMバリエーションを増やしはしたが、それも焼け石に水と言える程度のものだった。もはや国民ACの名を知らぬものなどいないという有様だったが、多くの国民は良い感情を持っていなかった。余りにもCMが繰り返された為、段々ネットACパロディにする人も減ってきた。

半年が経った。さる地方テレビ局が、番組内で東北地方のお米をセシウム米と表示したことが大変な物議を醸した。ただてさえスポンサーからの金が期待できなくなっているのに、その上この不祥事ではもはやなす術がなかった。結果、番組のみならずテレビ局までもが潰れた。テレビ局が潰れるなんてことは前代未聞だった。この事件の後極度にテレビ局各社は不祥事を恐れるようになり、人々の反感を買いそうな発言ますます避けるようになった。ネットでは、(直接的な関わりはなかったものの)ついにACは局を殺したと言われた。

一年が経った。大震災の模様が改めて各メディアに取り上げられた。問題は未だ山積みであったし、それとごろか原発を中心とした被害は更に拡大していったが、人々はというと大震災のものより、原発は推進すべきだとか廃止すべきだとか、与党を変えるべきだとか変えないべきだとか、そういった話題に興味を持っているらしかった。AC以外のCMが消え失せてしまったことも、もはや当たり前のこととして受け止められつつあり、誰かが思い出したようにACネタにした動画を作るだけだった。

二年が経った。被災者を除くと、人々は既に震災に関する興味を失っていた。時代は変わった。震災後急速に衰えていったテレビに代わってインターネットが主要なメディアと見なされるようになった。人々はテレビを見なくなり、テレビACCMしかやらないことなんてもう誰も気にしていなかった。企業は力を失ったテレビに代わってインターネット上での広告に力を入れるようになった。ユーザーの好みにピンポイントで合わせた商品宣伝から、見るだけでお金が貰える斬新な広告までもが生まれた。それはかつてのテレビCM以上に多彩で、ユニークで、興味深いものだった。テレビなんてものパソコンが使えない情弱だけ見てればいい。そんな声が強くなっていった。

 五年が経った。この年大震災テーマにした映画が公開された。それは大変な好評を博し、歴史に残る名作とまでも言われた。しかし、人々は未だ故郷に戻れぬ仮設住宅暮らしを強いられている被災者がいることを知らなかったし、被災地寄付することなんて思いもよらなかった。震災は感動という名のビジネスの道具となっていた。同じ年、政府によりAC法案の解除が発表された。瀕死テレビ業界はこの宣告に狂喜したが、すぐに期待は裏切られた。なぜなら、AC法はこれより四年後、2020年東京オリンピックの開催と共に解除だということが知らされたからだ。明らかに、国が立ち直ったことを国内外アピールするための政府戦略だった。このころになると、テレビは見てはいけないものとさえ思われるようになり、まだあどけない子どもたちが何かの拍子にテレビを見て、「ポポポポーン」なんて言った日には親から叱られる始末だった。

 震災から九年が経った。遂にテレビCMが復活する時が来たのである。既にテレビは最盛期を思えば哀れになる程衰退しており、CMを復活させたところでかつての威光を取り戻すことが不可能なことは誰の目にも明らかだった。各局はなんとかスポンサーを見つけようとしたが、もはやあえてテレビで自社のCM放送しようと考える企業はいなかった。「もうこの業界は終わりだ」最後希望を打ち砕かれた業界関係者たちは嘆いた。

 そしてその日がやってきた。オリンピックの開催とともに、首相によって震災から復興が全世界に高らかに宣言された。AC法も解除された。人々は56年ぶりの首都でのオリンピック熱狂した。散々興味がないと言っていた人までも試合の経過を見守ったり、見たことのない程人で溢れかえる東京に驚いていたりした。オリンピックは、成功裏に終わった。

 その一方で避難者は七万を下らなかった。福島出身の子供に対する苛めも収まらなかった。東北地方の食に対する信頼も回復しなかった。原発放置されたままだった。しかし、そんなことに心を痛める人はもういなかった。人々は震災被害なんてものは遥か昔に回復したものだと思っていたのだ。

 それから人々が震災のことを忘れるのに時間はかからなかった。いや、震災のことだけじゃない。この九年間で人々はテレビを忘れた。テレビだけじゃない。テレビで嫌というほど繰り返されていたACのCM―かつてはネタにして面白がった、それから先は忌み嫌うものとして見なしたCM。特異な状況であれほど繰り返し放映され、国民全員がこの先忘れることはないだろうとさえ思ったCM。そのCMのことすらも、震災に関する全ての記憶とともに、忘れていたのだ。

2017-03-09

父のその後

http://anond.hatelabo.jp/20170206191552 の続き。

あしかけ3ヶ月、実質1ヶ月と10日で父は退院した。退院と言っても回復リハビリ病院への転院でもある。

あれを書いてから3日後だか5日後だか7日後くらいに父の目は開いた。最初の数日は目の焦点が合ってないような感じだったがその後7日くらいでだんだんしかけた人の目を見るような感じになった。

目が開いて少ししたところで転院の相談はあった。この辺で回復リハビリ病棟のある病院は5つか6つあるそうなんだが、その中でも父の症状にあったと言うところを2つ3つ挙げてもらって検討した。

最も実家に近いところを母は希望していたのだが、そこは父の症状に合うリハビリ要員がいないとのことで却下となった。自分仕事場に近い病院については、母は(私の)祖母を預けたことがあってあまりいい印象を持っていなかったのだが、今回改めて見学してその印象を払拭したらしい。そこと、義理の母が回復リハビリを行った別の病院(そこは推薦されていなかったのだが、調べたら父の症状にあったリハビリ要員がいた)を第1希望、第2希望とした。

結局第1希望病院3月にベッドの空きができた、ということで転院が可能になった。話はまあまだまともに出来ないのだけど、左足は必要以上に動かせるし、それなりにリハビリは進むのかもしれない。

ここから愚痴だ。

病院スタッフ自分が思っている以上に分業化しているのだが、母にはそれがイマイチ理解できないらしい。

しょうがない。自分自分病気入院するまではあまり区別がついていなかった。看護師医者秘書じゃないし、会計のことは会計担当におまかせだし、実際に1Fで金銭をやり取りしている人はその会計を把握していない。医療相談室は病室とは離れたところにあるけれど、「外部に秘密漏れません」と言っていても相談員はその病室担当看護師だとまでは見抜けなかった。それならその場で相談したのにわざわざ遅いエレベータで移動させてスマンカッタ。

ただ、それがわかっていないと、病院スタッフのお願いとか質問とかに適切に応えられない場面が多くてキツい。健康保険関係でかかりつけ病院の診察や医療相談は無断では出来ないのだけど、その説明をする際にその話しかしないから母は混乱した。父のかかりつけは母のかかりつけでもあるのだ。母が通院する度に自分の診察より父の話を聞かれるのに「相談等は許可を得てからしてください」では何を言いたいのかわからない。その説明をしているのが経理担当職員だとわかれば「金のかかることはするな」で済む話なのだけど、それで結構混乱した。

前の病院で新たにでた薬がおくすり手帳に書かれなかったのもアレだ。薬そのものは渡されたので持ってきたのだけど、結局アレは新たに判断して使うことになるらしい。調べたら院内処方の薬はおくすり手帳に書かないことがままあるらしい。退院証明書の方にその辺が書かれていることを期待するしかない。

退院証明書と言えば、転院と新規入院書類が違わないのが微妙につらかった。既往歴とか書かされるのだがそれがどこまで大事かわからないのだ。あとで退院証明書を見たら自分が知っているより詳しく既往歴が書かれていた。向こうはカルテから転載しているのだから当然といえば当然なのだが、薬のアレルギー(納豆がどうとか、グレープフルーツ食べちゃだめとかあのへんね)はおくすり手帳判断するほうが確実なんじゃないだろうかとか思った。

リハビリについては承諾書署名を日付なし具体的内容なしでした。白紙委任状みたいなもんだがそこはしょうがないと思った。

遠くの親戚にメールアドレスを教えたら、1日おきに脳梗塞に関するサイトとかテレビ情報とか送ってくるのが地味につらい。善意でしているのはわかるのだが、その情報はいらない。善意といえば、何度も来てもらっているのだけど、やってるマッサージが「効果がなさそうでつらい」と言ってくるのがさらにつらい。ダメ元なんだから効果がなくていいし自己満足なんだからそれでいいじゃん、と言いたいのだがそれはそれで「お前のやってること無駄だよな」と煽っているように聞こえかねないので言えない。

まあ、仕事が忙しいのでメールはあまり読めないことにしている。LINEと違ってメールでは既読マークが送られないのはありがたい。

2017-03-08

[]結城友奈は勇者であるネタバレ有】

OP狙撃してる東郷さんのケツ ★★★★★

 

近々映画があるというからアニメ見たんだけれど

展開の緩急っぷりがわけがからなくてよかった

あと四国以外の宇宙滅びてるみたいなアホ設定笑った

あと各話サブタイトル統一されてないのが違和感があって若干スベってるように感じた

まどマギフォロワーらしいけどノリは全然違って

まどマギとんち解決

ゆゆゆ=パンチ解決

みたいなとこあったていうかこれ生贄システムどうなったの?

でも名前忘れた先代の魔法少女回復するんだろうしよかったな

(追記)

やっぱサブタイ統一されてないのおかしいよな?と思って調べたら花言葉だったのか

納得

滑ったとかいってすみませんでした

2017-03-07

少々日にちがあいたが、いるかに戦いを挑む

長期戦の末に敗北

元々数少ない回復手段が徐々になくなり

最後は一気に壊滅させられたと流れ

初回にしてはまあ粘ったほうだとは思う

反省点としてはサイコファイナルドルフィンダンスあたりの対策よさげ

次回再挑戦

2017-03-06

結構な金を注ぎ込まれた母のその後

以前、『母親結構な金が注ぎ込まれてる』(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626)『はてなーが案外やさしかった件とその他のもろもろ』(http://anond.hatelabo.jp/20160824212145)というタイトルで、月60万円の抗がん剤を使いながら、日本保険制度のおかげで、月1万5000円しか負担していない「相対的貧困者」である母親の闘病生活について書いた増田です。



日付みたら、もう半年がたっているのだが、ここにきて大きな変化があったので、つらつら書いていくことにしたい。



母はその後、一進一退の闘病生活を続けていた。

体調が良い時は、映画を観に行く時もあるし(『君の名は』は案外気に入ったらしい。)、副作用がきつい日は一日寝ていたり。

先週の金曜日までは。


抗がん剤をうって、体調が悪い時期をおえたばかり。

先週の水曜日は一人で病院に行き、とくに問題にすべき所見がない状態だったのだが、金曜になってどうやら尋常ならざる腹痛を覚えたらしく、土曜日に同居している姉が病院に連れて行った。

取りあえず、当直の内科医が診断したところ、腹膜炎をおこしているらしいとのことで、痛み止めをうったりレントゲン撮影などしているうちに、主治医外科医が到着。


通常のCTスキャンだと、造影剤をつかうのだが、抗がん剤で体が弱っているため、造影剤をつかわずCT撮影

小腸大腸に穿孔が疑われるのだが、画像では今一つ患部がはっきりしないらしい。

通常の患者ならば開腹手術に踏み切るところ、はたして、母の場合は体力がもつのか、また、抗がん剤の影響で、術後、傷がすぐにふさがるのかどうかが判断付かず、医者協議がつづく。



主治医産婦人科医。母が卵巣ガンのため)は、手術を主張するも、外科医内科医は反対するという状況の中、結局、週末のため麻酔医の手配が付きそうもなく、また、あらためて放射線医の主導のもと、造影剤を使ったCT撮影の上で、精密な診断を下す必要があるとのことで、月曜日までは「保存的療法」(ようするに、点滴で栄養補給しつつ、抗生物質で炎症を抑える対症療法)をとる、との診断に落ち着く。

(なお、ここまでは姉からの伝聞)





そして今日

CT診断を経て主治医放射線医、外科医内科医などなどの協議の結果、正午過ぎにやはり手術をすることになる。

ただし、緊急の手術が入ってしまったたこともあり、開始時間がいつになるか分らないという。

準備をしてまつこと2時間くらいたっただろうか?

いよいよ手術ということで看護師なに4人がかりでベッドからストレッチャーに母を移す。

いや、自分で立ち上がれる(と、本人は思っているし、実際たちあがる)のだが、腹部にできるだけ圧迫を与えてはいけないとのことで。

母は手術に若干の不安を抱えているものの、現状では、うがいが許されている以外は一切、なにも口に入れることが許されず、手術によってその状況が改善されるのならば、と望んでいるようだ。



スタッフステーション最近は、ナースステーションとは言わないらしい)横の病室からエレベータ、長い廊下を運ばれる母にくっついて、自分と姉も移動し、弱弱しくベッドで手を振る母は、「手術棟」の自動ドアの向こうに運ばれていった。


体力を考え、できれば1時間、最長でも3時間

患部の状態確認し、最悪、内臓の消毒や洗浄だけで、それほど積極的処置もできずに終わるかもしれない、と説明されていたが、果たしてどうなることか・・・と待合室に席を落ち着けた途端、自動ドアあいて、看護婦が「増田さん!」と叫んだ。



何事!!!



本来なら患者のみが呼びこまれるドアの内側に、姉と自分が駆けつける。

手術衣を来た外科医協議議論リードし、重鎮っぽい空気を醸し出していた、いかにも精力的な医師である)が口を開いた。

「実は、私どもに認識の違いがありまして・・・

どういうことか?


母が現在抗がん剤を使い始めたのは、昨年5月からである

ところが、外科医は、昨年5月「まで」と、今の今まで勘違いをしていたようなのだ

医師説明するところでは、現在の薬を使っている場合最後に投与して最低でも8週間は外科手術をしないほうがよいという。

もちろん、「明らかに今開かなければ、もう数時間で確実に大変なことになる」などという状況であれば判断もかわるが、母はまだ、そこまでの段階にはない。

腹部を押した場合、まだ痛みを感じるところと感じないところがある、という。

実際、つい先ほどまで、スマホをいじってメールを返信したり、電話対応しているくらいなので、「もう我慢できないほどの痛みでのたうちまわっている」とか、そういう状態ではないのだ。

「ここまで来ていただいて、まこと申し訳ないのですが、やはり、もうちょっとだけ保存的な療法で様子を見るべきと、最終的に判断させてください」と頭を下げられて、「いや、手術してください」とはだれも言えない。

一緒に聞いていた母の心中は分らない。

手術への恐怖から一瞬だけ解放された安堵か、現状を劇的に回復される手段が先送りになったことへの絶望か。






もとの病室にもどり、しばらくして改めて主治医説明を、母と姉と共に聞く。

「正直、腹膜炎の手術に関しては、自分の専門外の部分も多く、外科内科判断に従わざるを得ない。

『五月まで』と『五月から』の認識違いが生じてしまったことは誠に申し訳ない。

まずは、抗生物質で炎症を抑えつつ、点滴の種類を追加して栄養補給し、しばらく様子をみる。

何分、抗がん剤は癌細胞だけでなく、内臓の正常な細胞にも影響をあたえるので、手術後、傷がふさがらなくなる可能性もある。

もうしばらく、抗がん剤の影響が少なくなるまで頑張りましょう、しばらく点滴だけで食べ物飲み物もとれませんが云々」

といった説明があった。


やれやれ、ということで病室で落ち着いたところで、自分と姉だけが再び呼ばれた。

その瞬間、「来たな」と思った。



なぜ、もう説明が済んでいるのに、もう一度呼ばれるのか。

それは、「本人には伝えにくい診断があるから」以外に、理由はない。



「正直、私としては手術で状況を打開したかったのですが、申し訳ありません。

 現在の薬には、消化管穿孔の副作用が起こる可能性が、ごくわずかながら起こる危険があるというのは以前からお伝えしていましたが(実際、それは母にも伝わっている)、

 まさに、その、危惧した状態がおこっているということです。

 新しい薬ですから、正直、そういう症例が、当院では初めてですし、国内的にも症例はそう多くない。

 だから、お母様に今後なにが起こるのかは、何とも言えません。

 普通の消化管穿孔ならば、手術をしてしまうわけですから、消化管穿孔の患者に保存的療法を続けた場合症例というのも多くないのです。

 なにが起こっても不思議はない。」


「がんの発見から、もうすぐ丸6年ですから、お母様は大変よく頑張ってこられましたが、私にして差し上げられることが、現状では、なくなってしまったというのが正直なところです。

 このまま持ちこたえれば、また手術もできるのですが」




そして、以前、父の時にいわれたセリフがでてきた。

母を外した席で説明を始めた時点で、想像はしていたのだが。

曰く

「もし、会わせておきたい人がおられたら、そろそろ連絡を始めて下さい」





さて、ここで問題だ。

母はどの程度、自分の病状を認識しているのかが、つかみかねるのである

実母と夫もガンでなくしている母は、ガンの末期というのは相当苦しく、また、その痛みを和らげるための薬を使ったりすることを知っている。

そして、今の母は、そういう状態にない。

考えてみれば当然であって、今の母は「がんの末期」で苦しんでいるのではなく、腸閉そくと消化管穿孔の症状で苦しんでいるのだ。

それは、ガンとの戦いの結果ではあるのだが。



突然、いろんな人が訪ねてきたら、それはそれで、母が何事かをさとり、精神的に追い詰めることにもなろうが、かといって、「間に合わなかった」ら悔いが残る。

この状況で「精神力」が病気と闘うのにどれだけ役に立つのか、良くわからないが、「アマゾンで注文した本が届いているはずだから明日もってきて」などというほど頭がはっきりしている人の、生きる気力を奪うことはできない、というのが姉と自分結論となった。


とりあえず、何人かの方に話をして「偶然近所に来る可能性がある人」から順番に呼ぶことにした。






明日以降、日々、状況は変化するだろう。何が起こるか、起こらないか






6年前、「このままでは、1か月も持たない可能性もあります。即、手術です」といわれて、大震災後の輪番停電が続き、大至急の手術は延期するという状況の中で、母は最初の手術を受けた。

その時点でステージⅣ、五年後生存率は20パーセント

あれ以来「最悪の事態」を常に裏切ってここまできたが、はたして今回はどうなるか。


もし、外科医が「勘違い」に気が付かずに手術を結構していたらどうなっていたか


誰にもわからないといは、とりあえず封じ込めて、明日も取り急ぎ有給をとっているので、「アマゾンから届いた本」をもって病院に行くことにする。













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