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はてなキーワード: 破壊とは

2016-09-26

アクティヴレイドが納得いかなくて辛い

単発回はいいよ。どれも面白い。でも本筋が納得いかねー。



1期のとき日本のあらゆるインフラ統合管理してる「オロチ」なるシステムが、テロ組織ロゴス」にクラックされて乗っ取られた≒日本が乗っ取られたっていう話だった。

そんなバカデカい上に複雑なシステムあってたまるかよ!? 何人を鬱と過労で殺せばできるんだ、このシステム!? しかクラックされるって!

まあラスボスの脅威を示すには、それだけデカいことやってくれた方が分かりやすいし、それは作劇上の都合として見逃がそうと思った。

けどその決着がミュトスロゴス創始者)は仲間を欲しがってたけど、バード(もう一人のロゴスメンバー)は仲間とかどうでもよかったのでミュトスに見切りを付け、そこから情報漏れて全部解決しました。ミュトス未成年だったのでどうにか説得して逮捕しました、っていう脱力オチで……。

まあ一貫して法に基づいて犯人逮捕する警察を描いていたから、作品としては正しいんだけどさ……敵から情報流出無しでオロチ回復させるのも、ミュトスの正体を突き止めるのも難しいだろうし……それにバード超法規的措置国外に逃げたのは、2期に繋げるつもりだからだろうし……。



そうやって もやもやしながら迎えた第2期。まあ相変わらず単発回は面白かった。

けどやっぱり終盤になって馬脚を現した!

問題はLiko(リコ)だ。美少女アバターCV黒沢ともよ)を持った、現実で言えばSiriCortanaのようなソフトだ。作中世界では誰が作ったかハッキリしていないにもかかわらず、広く普及している。

しかしこいつは1期の終盤で、その正体がロゴスによって作られたマルウェア「ベヌウ」と明らかになった。Likoはミュトスの指示一つでベヌウへと変貌し、民間のありとあらゆるデバイスを乗っ取って使用不能に陥らせたのだ(これ+オロチ乗っ取り日本全体が機能不全になった)。

にもかかわらず、2期になってもLikoは使用が続けられていたし、警察内部でも平気で使われていた。だからきっとLiko自体はどっか他所の人が作ったもので、作中に登場していたロゴス製の改造パッチを当てたらベヌウになるのかな……と脳内で補完してした。パッチ問題ならパッチさえ当てなければいいわけだし。

なのに2期終盤で警察捜査協力しているミュトスが、Likoは僕とバードが作ったって言っちゃった上、目の前でLikoをベヌウへと変化させたのだ。

人をバカにすんのもいいかげんにしろ!? なんでテロ組織の連中が悪意を持って作ったと分かってるソフトを平気で使ってんだよ!? それも警察内部でまで! せめてバックドアは潰しておけよ! なんで野放しになってんだ!?

しかデバイス内部のありとあらゆるデータクラウドアップロードするなんていう、邪悪すぎる機能まで付いてやがった! 乗っ取りだけじゃなくてデータ泥棒もやってたのかよ! 何年使ってんだ! 誰か気付けよ! 警察なんか機密情報流出危機だぞ! ダイハチ潰れるどころじゃ済まないぞ!

勘弁してくれよ谷口監督! そりゃ破壊されたSDカードに入っていた証拠データを手に入れるには、そういう設定でも用意しとかないと無理だろうけどさ! バードがLikoにミュトスの知らないバックドアを作ってて、それを悪用したら1期の二の舞じゃねーか! そうはならなかったけどさ!



他にも現場暴走を終始肯定するつくりになってたのも嫌ーな感じだった。権限を拡大したら その分のリスクも増大するだろうに、絶妙オブラートに包んでやがる。直接ダイハチダイクが批判されてる描写は1期のとき女子アナ生中継で叩いてたくらいだし、それだって半ばギャグのように描写してた。他は否定的な声が云々って台詞だけ。視聴者ストレスを軽減させる手法としては上手いと思うけど、そうやっちゃうのかよというガッカリ感も大きい。

2期では叩いてたマスコミダイハチにベッタリになっていた。1期でロゴス事件解決たからだそうで。それでダイハチダイクが何をしようが、批判の声は視聴者には見えないようになっていた。

からバードが先のLiko問題と合わせて、そういうダイハチダイクの終わり良ければ全て良し体質を世間に大々的に流出させて、第三機動強襲室全体の失脚を狙ってこないもんかなーと思ったけど、大事件起こしてダイハチにぶつけるだけっていう単純で普通な話になっちゃった

まあ最初から最後まで無敵のダイハチダイクが事件を確実に解決してハッピーエンドっていう、ストレスフリーお話にするつもりだったんだろうけど。それで……それでいいんだろうなぁ。



ここまでの不満は、全部俺が勝手に変な方向に期待持っちゃったり、余計なことに引っかかったりしただけの話ではある。

オロチしろ、1期のラストしろ、Likoにしろダイハチ権限拡大にしろ、作中でそういうものだと(肯定的に)描かれていたのだから、そういうものと素直に受け取るべきだった。でもそれができなかった。

まり俺はアクティヴレイドを楽しめない人間だったということだ。悔しいなぁ。最後まで付き合ってやっぱりダメでしたっていうのは。

こういう感情を表に出せばアンチだ殺せー!されるのも辛い。ストレスフリーを狙って作られたであろう作品ストレス溜めこんでやんの。バカじゃねーかな、俺。



そういえば谷口アニメだとガン×ソードも前半の単発回(実のところは伏線を張る回)の方が世界が広がって面白かったけど、中盤以降で伏線回収する度に、話が盛り上がるのと反比例して、作中世界がラスボスを中心に狭くなっていくようで心底ガッカリしたなぁ。

感覚としてはこれに似てるかもしれない。キャラや基本設定は嫌いじゃないけど、メインのお話が進んでいく度にえー……なんで……? ってなる。これも勝手に変な方向に期待持っただけではあるけど。

性に合ってないのかなぁ、谷口悟朗監督作品ガン×ソード以降でもコードギアスは楽しめたし、彼が原作(となんたらプロデュース)を務めたファンタジスタドールも最高だと思ってたんだけど。原作ありの純潔のマリア面白かったなぁ。

ってことは作品によるのかなぁ……。そうだといいなぁ。次回作こそは楽しんで見たいから。

2016-09-23

永野という芸人ネタ、滑稽さを引き受けること、偶然で物事説明することの意味不明

永野というラッセン云々が持ちネタ芸人、といっても私が説明する必要もないと思うけど、のネタをこの前ガッツリみた。



いままでもちょろっと見かけたことはあったけど、イマイチ苦手だった。

なんとなくシニカルな感じがするし、ラッセンがすき、この貧しさこそが真理だ、と言わんばかりの姿勢のように思えたからだ。

貧しさこそが真理というのは、たとえば闇金うしじま君であったりクジラックスみたいな感じだ。

なぜこの二つが等号で結ばれるのか謎って人もいると思うけど、そこは説明すると長くなるので割愛させてください。

また、私は両者共にたんに否定的意見を持っているわけでもないということを加えておきます



で、最近なんとなくネタをいろいろ見てみたわけだけど、これがなかなか面白かった。

あんまり他の芸人でたとえるのも失礼だけど、本質的には劇団ひとりと似たマインドをもってるんじゃないか?と思った。

人間がはらみうる滑稽さみたいなものを単にバカにするわけではなく、むしろその滑稽さを引き受けて笑いに転化する、みたいな。

もちろん、そこにはアングラ的な野蛮さや「意味破壊」みたいなものがあって受け取りかたが難しいんだけど、

劇団ひとりがある程度の大衆受けをしたのと同様に、この人も根っこは必ずしもアングラではないんじゃないかという気がした。



で、最近そんな永野に対する評論を読んだわけだけど、これがわけわからなかった。

永野ブレイクしたのはなぜ?という問いからはじまって、最終的にたまたまタイミングがあったのだろう、という主張の記事だった。

それって意味不明じゃねえか?

もちろん、私はあらゆる物事には理由があるといいたいわけではない。世の中の多くのことって、複雑系云々の知見を持ち出すまでもなくある種の偶然で決まってしまう。



でも、評論で偶然を持ち出してしまった場合、それって何一つとして説明していることになっていないんじゃないか

まあ確かに、どうしても私たちってある事象が起きた理由なり意味を探りがちだけど、実はそれって単に確率的な問題だよ、ということはあって、その意味ではこの記事は「情報」があるのかもしれない。

でも、偶然なんだろう、ってそれ別にデータ論理もないじゃん。

そんな記事を読まされた身にもなってほしいよな、と思った。

2016-09-21

なぜ自業自得透析患者を殺してはいけないのか

長谷川豊執筆記事


自業自得人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステム日本を亡ぼすだけだ!!」を読むと、彼の主張は


人工透析患者を殺せ」


ではなく

生活習慣を帰院として糖尿病罹患し、人工透析に到った患者は全額自己負担医療を受けさせろ。それを拒否するなら死んでもらっても仕方ない」


であろうと思います。なのでここで


人工透析必要とする人はすべてが自業自得なのではない」


という反論をしてもきっとかの御仁の胸に響くことはないでしょう。なので反論すべきは


「なぜ自業自得透析患者を殺してはいけないのか」あるいは「なぜ自業自得透析患者を全額自己負担にしてはいけないのか」です。


自業自得とは


まず自業自得による糖尿病ってなんなの? という問題があります


糖尿病生活習慣病ですから、食べ過ぎ飲み過ぎ、体重増加、運動不足によって病気にかかるリスク高まることが知られています


糖尿病 | 生活習慣病 | 一般社団法人 日本生活習慣病予防協会


「まあ食べ過ぎ飲み過ぎは不摂生だし、自業自得だよね」


と思いがちですが、どこからが食べ過ぎ飲み過ぎになるのでしょう?


毎日、ご飯3合と焼肉400g、ビール1リットルを飲んだら自業自得


ケーキが大好きで毎日ショートケーキを1ピースずつ食べている人は自業自得


・一日おきに牛丼を食べてる人は……?


食べ過ぎ飲み過ぎの線を引くだけでもこれほどあいまいで、境界などありはしないのに、糖尿病遺伝などによっても発症やすい体質か否かの差が生じます毎日ケーキを食べて糖尿病になる人もいればならない人もいるわけです。


長谷川豊氏は一体どこに「自業自得」の線を引けというのでしょうか?


「ああ、あの時、ビール一杯ガマンすれば保険治療できたのに、あなたお酒飲みすぎラインを越えちゃったから今後は全額自己負担ね」


国民皆保険制度を壊し、こんな医療制度を実現することが可能だというのでしょうか。


自業自得の線を引けたとして


100歩ゆずってみんなが納得する自業自得の線が引けたとしましょう。けれど、その線を引けたからといって、やはり自業自得患者医療を全額自己負担にするわけにはいきません。


我が国国民皆保険制度の下で、どんな人も低額で医療サービスを受けることができるようになっています。これは日本国憲法第25条の第1項に


『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』


規定され、第2項には


『国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』


規定されていることによります


国民に認められたこの「社会権」の下、医療保険制度国民保険料負担し、健康機能がおびやかされるに至った別の国民は低額で医療サービスを受けることができる「相互扶助」の精神運営されています


まり、「全員が健康文化的な最低限の生活ができるように、みんなでお金を出し合って支え合っていきましょう」と決められているわけです。病気発症する原因を問うことなく、「みんなで病気になった人を助けましょう」というのが日本医療保険制度です。


人工透析の話に戻れば、長谷川豊氏はこの制度否定し、「助け合える人間だけで助けあえば良い」「助けたい人間かどうかは助ける側(保険料を支払っている側)の人間評価すべきだ」と主張されているわけです。


「自堕落生活病気になった奴を我々の金で助けるなんて不愉快だ」という感情ベースに人が人の生き死にを左右しようという考え方に見えます


あいつは不愉快から保険を使えないようにしよう」


その考え方で医療システムがまっとうに機能するのでしょうか。


議論すべきは……


これほどに極端な記事掲載した彼の思惑を察するに、「これを起点に医療保険制度議論が活発になれば」ということなのでしょうが人工透析医療財政を圧迫していると考えるのであれば、透析医療の値段(診療報酬)を引き下げることを議論すれば良いのです。


あるいは腎臓移植特に死後移植の活発化を訴えるべきなのです。


彼の極端な記事を読んで


人工透析患者はすべて自業自得なわけではない」


反論するのは有効ではありません。その反論を前にしても彼は


「俺はそんなこと言ってないし、やっぱりネット民バカばっかりだな」


となお一層調子に乗るだけでしょう。そうではなく、


国民皆保険制度がなぜ今の日本存在し、それを破壊することがどのような影響を及ぼすのか


・人が人の生き死にを決めることはどれほど危険な考え方かなのか


人工透析医療費を下げる方法にはどのような方法があるのか


を主張し、反論とすべきかと考えます

2016-09-18

モテ本には清潔感の大切さが必ず書かれていて絶望する


恋愛勝ち組になるためにモテ本を十冊くらい読んでネット検索もした。

どれもこれもあれもそれも、必ず、清潔感が大切だというページがある。




アトピーゾンビは肌がきもくてガサガサしてて汚くて、おまけに不細工から清潔感は皆無だ。

恋愛勝ち組になるにはアトピーゾンビウイルス殲滅絶滅破壊根絶するしかない。恋愛勝ち組は何の苦労をしないで恋愛を楽しんでいる。

容姿がいいってだけで虐めをしたり、カツアゲするような奴でも恋人ができて人生を楽しめる。

容姿に生まれながら恵まれなかったアトピーゾンビ恋愛勝ち組になれない。どんなに頑張っても努力しても血反吐はいても恋愛負け組しかなれない。




人生馬鹿みたいだ。なにが努力だ。恵まれた健常者だから恋愛努力がちゃんと報われる。その成功体験を自信の根拠にして、さらに高いレベル恋愛スキルが手に入る。

アトピーゾンビ恋愛スキルを上げるチャンスすら与えられないし、無理やりつかもうとすると通報されたり、女から嫌われたり、気持ち悪がれたり、笑われたりする。最悪である





まれた健常者として生まれてきてモテ本の内容を実践できるだけのまともな人生を生きたかっただけの人

2016-09-17

はてなーゲーム中毒である

大学中退した人の、悲惨人生の話。(慶大文の中退で、文才がある人)

  http://goldhead.hatenablog.com/entry/2016/09/16/202811

 

これがブコメですごく共感を呼んでいる。

  http://b.hatena.ne.jp/entry/goldhead.hatenablog.com/entry/2016/09/16/202811

 

一方、次の疑問が生じている。

oppai3636 何故ここまで共感を集めているのか理解に苦しむ

 

これには、次のブコメが参考になる。

blueboy こうなった原因は、本人が書いているとおりで、ファミスタダビスタだよ。例の中退者もそうだろうけど、原因は常にゲームだ。サイバーメガネもそうだよ。ゲーム麻薬よりも怖いと知れ。頭のいい人も破壊される。

 

以上のことから三段論法で、結論できる。

はてなーゲーム中毒である。だからゲーム中毒で身をもちくずした大学中退者に、すごく共感できる。ひょっとしたら自分もこうなっていたかもしれないな……と思いながら」

  

哀れな人々。

 

2016-09-15

生理休暇を毎月取るちびデブ女へ

頼む!AVの子破壊シリーズに出演してくれ!頼む!

貧困を舐めないほうがいい

貧困なのにコンビニで買うなんてバカ

貧困なのにタバコを吸うなんて貧困ちゃう

 

っていうけど

 

貧困からコンビニで買うし

貧困からタバコを吸うんだよ

 

貧乏をしたことがない人には、まともに料理できるキッチンがない家が想像できないらしい

スーパーで買え?自分で作れ?

それが出来たらそうしてるわ。けどそのためにはコンロも炊事場も調理道具も必要じゃないか?そういう想像はできないのか?それが手に入りにくいことには思い至らないのか?

 

 

「なんでローン組んで家買うの?利息が無駄なのがわかんないの?総額で車買えるんちゃう節税のつもり?だったらただのアホ。まだその分運用するなり、アホでもできる確定拠出年金でもしてた方がまだマシ」

 

 

って言ってるようなもんだよ

 

もちろん、知性の貧困や、行動力、人脈の貧困根本にある可能性はある。

 

けど、貧困から

スマホも一括じゃ買えないからローン組んで実質ゼロiPhoneだし、定期も1ヶ月ごとしか更新しない。一括で買う手持ちがないから。あってもそれはほぼ全財産から

 

都会の地理もよく分からずに出てきて初めて住んだ家が割高で引っ越ししたい、けど敷金礼金合わせた金が出せない。

とても払えないから多少高くても今のところに住み続けて貯まるのを待つしかない。

 

そのくらいの貧乏学生の頃に経験したぜって人は「すこしの期間節約すれは金を捻出できるだろ、甘えだ。現に今じゅうぶん生きていけてるじゃないか

とか思うのかな…。

そう思う君は、君が貧乏してる頃は少なくとも将来ちゃんと会社に努める、あるいは年次を経れば一定水準の生活の見込みや目標があったから頑張れたんじゃないか

 

日々、ただの労働力として使役されるだけの時間を過ごしていてしまうと、思考と行動は鈍くなり見込みが無い将来を想像するだけで、不安になってしまう。そしたらなるべく考えないようにするしか無いじゃないかタバコ吸うしかないじゃないか。なんなんだ。ていのいいの奴隷ではないか

 

 

 

そして問題なのは貧困という鎖に繋がられてしまうとその貧困の柵で抜け出せなくなり、どんどん絡まってしまうんだ。貧困連鎖という親子や家系の層の問題ではなく、個人問題としてさえ抜け出せないんだよ。

 

 

それでも君は今はまだ、頑張ってないだけ、自業自得。って思ってるかもしれない。

 

 

でもよく考えてほしい。

人が寄り集まって作る国にとって人は資産と同時に負債でもある。人が生まれ、育ち、生き、そして死ぬにはコストがかかる。もちろん社会にとってのコストだ。

そしてそのコストをペイできる一人頭の生産性分岐点貧困層は超えていないだろう。

今はまだいい。

しかし将来 その生産性の低い人が増え、そして生産できない年齢になるころには社会は大きなフラストレーションを抱えることになる

 

 

  

もうすでに貧困層想像ができない人が一定数いてるくらいに格差は開いてる

 

今この瞬間も労働者の使い方は非常に洗練され続けている。資本主義に準じて進化している。生産性は上がり合理的になり続けている。しかしその一方で、そこで労働力として使われる人々は隷属し愚鈍になっていき、個の生産性は下がる一方だろう。経済は回るが金は資本に集まり、そこで働く労働者貧困化していき鈍じ抜け出せなくなっていくだろう。そしてその人々はそのまま将来の社会に対するコストなのだ

歴史の浅い今の日本社会経済制度臨界点はそのうち必ずやってくる。

 

 

そろそろ日本貧困層を本気でフォローしにいくか、もしくは人権という言葉解釈を考え直して貧困層との分離をはかる制度設計をしっかりと考えて巧妙に整えていかなければならない

 

なぜなら、国を破壊する最も危険もの格差層の摩擦だから

Call of Duty:Black Ops みたいなゲームが他にあったら教えてほしい

ゲームというのは、

がそもそも食い違っているという問題があり、これをうまく帳尻をあわせないといけない。 GTA 4 では厭世的な主人公が設定されたがみんなは別に厭世的なプレイがしたいわけではないので、キャラクターのロールとプレイスタイル全然あってないみたいな問題が発生した(一方 GTA 5 では三者三様キチガイ主人公にすることでこれがある程度解決した)。 Fallout 4 の最終 DLC自分復興させた文明自分破壊する狂人にならざるをえない展開で批判を集めた(個人的意見としてはショーン死んで狂ったみたいな世界観プレイしたらヌカワールドは最高と思う)。

ポケモン BW ではポケモン使い捨てにする N とポケモン主人公対峙することになるが、ゲームバランスがかなり難しいので自分も N 同様にどんどんポケモン使い捨てにして周囲にうまく湧きが設定されているポケモンを捕まえまくらなければならないし、あまつさえ最後に手に入れた伝説ドラゴンサザンドラにぶっ殺されることになる。

CoD:BO はこういう問題が以下の方法で綺麗に解決されている

ようするに、本来傍観者であるはずのプレイヤー視点が、ハドソンという形でゲーム内に挿入されているか自然な形でゲームの中に入りこむことができるし、ダルい部分がカットされるストーリー的な理由もセットされている。

その上で更にストーリー上の工夫として

という要素を挿入することで、ゲームプレイヤーが抱きがちな「主人公はなんでこんなもどかしい判断をするんだ」という違和感を、ジェイソンハドソン違和感としてゲーム内に挿入し

という要素があることで、ゲーム主人公とは実は誰か別の人に操作されているに過ぎない、という問題すらストーリーの要素として消化される(であるからこそラストシーンでのメイソンのセリフに魅力がある)。

ゲームゲームならではの制約をそのままうまくストーリーに生かしているこんな感じのゲームが他にもあればやってみたいので教えてほしいです。おわり。

2016-09-11

日本人に「おまえに『シン・ゴジラ』はわからない」と言われた


「このまえ『シン・ゴジラ』みたよ。面白かった」と研究室友達に話した。

「なんだって? 君はセリフを全部理解できたの? 日本語ネイティブじゃないとわからないでしょう」と彼は言った。

理解できなかったけど、面白かった」と僕は言った。全部のセリフ理解できない。でも、登場人物たちが何をやろうとしているのかくらいはわかる。プロットはわかる。シーンもわかる。

 彼にそう説明すると、彼は不満なようだった。

ゴジラの本当の面白さは日本人しかからない」と彼は言った。

 ゴジラ原子爆弾象徴、だから日本人しか恐怖がわからない。

 日本人子ども時代から怪獣ウルトラマンドラマに囲まれている、だから日本人けが本当にどこが面白いのかを知っている。

 だから、君にはゴジラ面白さはわからない。

「そうなんだ」と僕は言った。

 反論しようがない。

 僕はゴジラが好きだ。なんとなく好きだ。

 圧倒的なゴジラが街を破壊していくのを見るのが好きだ。

 ゴジラが他の怪獣と戦うの見るのが好きだ。

 ゴジラが負けると悲しくなる。

 しかし、彼が言うには日本人ゴジラを憎んでいる。

 だから、彼らはゴジラを打倒する。それが嬉しい。

 たしかに、僕は彼らの気持を理解できない。

 ゴジラにはすべてを滅ぼしてほしい。

 なにもかも。

FBで、クソみたいなflamewarを書いて、相手が読んだだろうという時間を待って、消した。

ほんと車しか乗らない奴は道路が車のためのものだ俺の快適な走行のためにどけどけとかいキチガイに変化してていらつく。

お前らstreet communityを破壊した原罪を背負ってる自覚あんの?

2016-09-10

家にテレビ置きたくないのだけど

最近ニュースについてはある程度把握しておきたい

どうすればいいかな?NHKの集金人がそろそろうざい

B-CAS目の前で破壊したのに帰ってくれない・・・

君の名は。」の東京至上主義死ぬ気持ち悪い(追記有)

君の名は。」を観た。映画としては面白かったが、監督東京至上主義的発想がにじみ出ていて気分の悪い作品だった。以下ネタバレこみでどこが気持ち悪かったか書く。




まず、三葉が飛騨に住んでいるのに東京の話ばかりするところが気持ち悪い。飛騨は一応岐阜の一部であり東海地方であるテレビ名古屋ニュースが入るはず。ならば、まず三葉が向かうべき都会は東京ではなく名古屋のはずである。もちろん、東京名古屋では都市の規模に明確な差があるけれど、「カッフェ」はたくさんあるし雇用も最低限はある。実家の様子を見に行くことを考えれば名古屋就職するという選択肢も考えられるはずで、そこがすっぽり抜け落ちているのが不思議だ。小説版では三葉が名古屋のことを「大きな田舎」と表現する場面があるらしいが、当たり前だが飛騨よりは名古屋のほうが何倍も都会だ。三葉たちが困っていたのは「カッフェ」がないこと、雇用がないこと、訳のわからない因習があることだ。それらから逃れるためだけならば東京ではなく、岐阜市なり名古屋市なり富山市なり近くの地方都市に引っ越せばいい話である。(岐阜富山雇用が少ないかもしれないけれど)三葉が「田舎」を脱出したいという気持ちはわかるが、その向かう先が「東京」である必然性は感じられなかった。

次に、三葉たち糸森村の若者たちが最終的に三人とも上京するというのが気持ち悪い。繰り返し書くが、三葉たちが「田舎から脱出するなら名古屋に引っ越すという手段もある。それなのに三人が三人とも東京に出てくるのはなぜなのか?また、百歩譲って名古屋飛騨と同じレベルの「大きな田舎」だとして、「田舎」に彼らが残らなかったのはなぜか?糸森が消滅したとして、その地元愛着があるなら欠点はあれど飛騨に残るという考え方も抱けたはずだ。特にテッシーは親父が土建屋でその跡を継ぐという選択肢も考えられたはずであり、岐阜就職することもできたはず。東京に行った三葉と地方に残ったテッシーという対比もできたのに三人とも上京してしまうというのが腑に落ちなかった。

そして、彗星が墜落したあとの三葉とテッシー夫婦以外の糸森町民の姿が描かれないのも気持ち悪い。町は半分くらい吹っ飛んだが避難完了したはずで、三葉の妹やおばあちゃん、親父さんは生き残ったはずである。それなのにせいぜい三葉の親父さんが週刊誌に載ったことがわかるくらいで妹やおばあちゃんの後日談はない。あたか彗星によって三葉たち以外の糸森町民は抹殺されてしまたかのようだった。また三葉たちは生き残ったが、糸森という文化彗星墜落によって消滅してしまった。これは瀧が過去を改変する前も後も実は変わっていないように思えた。田舎文化田舎に残った人たちを瀧は実は救えていないのではないか

(そもそもおばあちゃんや妹は生き残ったのかという疑問もある。ラスト付近で瀧が彗星被害について振り返ったとき、彼は「突然の避難訓練によって、奇跡的に『ほとんど』の町民が生き残った」といった。この言葉からわかるのはあの彗星墜落によって少なからず死者が出ていたということである。その死者の中にテッシーの親父や三葉パパや四葉が入っていた可能性も後日談が描かれなかったから十分ありうる。神社土建屋といった「田舎因習」の象徴である彼らを監督は観客にはわからない形で彗星で消し去ってしまっていたのかもしれない。)





自分意見を整理すると以下の二つ

①「君の名は。」の世界には「東京」と「ど田舎(=飛騨)」しか存在しないのが気持ち悪い。地方都市存在無視している。

若者たちは必ず「東京」へ行かなければならず、彼らが抜けだしてしまった「ど田舎」は描く必要がないという思想気持ち悪い。東京は必ずしも「地上の楽園」ではないし、若者たちが抜けだしても飛騨に残った人たちの生活は続いている。「田舎」は「東京」へ向かう若者たち踏み台ではない。

この二つは監督の「東京至上主義から出てきているのではないか東京以外に日本に都会はなく、あとは全て「田舎である。「都会(=東京)」は素晴らしく、「田舎(=東京以外)」はくそったれであり、若者は必ず上京しなければならない。自分は新海監督のファンではないので彼が今までどういう映画を撮ってきたかよくしらない。だけど、「君の名は。」を自分なりに解釈するとこういうメッセージがあるように思えて仕方ない。そしてこの発想は「東京以外」にすむ自分としては非常に気持ち悪い。セカイ系だなんたら言われてる人らしいがその手の批判もむべなるかな、と思ってしまうような映画だった。





・追記

一部ブコメに返信




「miruna 軽井沢田舎ボンボンにはTOKYOあんキラキラに見えるんだよきっと。ファーストフードの豊かさを無視してブルジョア高校生がクソ高いカフェお茶してトラットリアバイトするんだから。」

これは全くその通りだと思います自分がなんでこんな増田を書いたかというと恐らく新海監督は長野のご出身(それも関東圏にかなり近い)なので都会=東京なんですよ。彼の原体験にはど田舎長野)と都会(東京しかない。近くに札幌福岡名古屋のようなそこそこ都会な都市がない。だから地方都市をぶっ飛ばし若者がみな東京にすい寄せられていく話を書いたんだと思います。でもそれは福岡名古屋札幌のほうが東京より近いエリアでは微妙事情が違ってくるはずなんですよね。だから本当はご自身出身である長野東部舞台にされたほうがしっくりくると思います



「Phenomenon あんだけ飛騨を美しく描いてるのにその解釈②はないんじゃない」

この点については「星の降る夜に”『君の名は。』(ネタバレ) - 私設刑務所CHATEAU D'IF http://chateaudif.hatenadiary.com/entry/2016/09/09/232626」というエントリー自分以上にわかやす解説しています

新海誠本人の田舎への郷愁景色のみで、ヒロインの言う「都会に行きたい」、東京大好きが本音というところだろうか。彗星には世界が滅びる鬱映画メランコリア』的な破壊衝動も感じる。人が死ぬ必要さらさらないけれど、場としての田舎は滅び去れ! 災害描写3.11メタファーなのだが、滅びるのが予言通り、みたいな乱暴さもあり、ババアの教えや伝統芸能が、街が救われることプラス自分恋愛のために存在した、というのはすごいナルシシズムだ。 ”

ヒロインや友人ら主要登場人物はみんな東京へと去り、親以上の世代のその後は語られないあたり、まさに「親殺し」の物語であったとも言える。”

メランコリア」は未見なのでよくわかりませんが、自分は「君の名は。」を観て「アクシズが墜落してしまった逆襲のシャア」みたいな映画だなあ、と感じました。人は死ななかったわけですが、彗星の落下自体「奇跡」回避できなかったということは、実はかなり絶望的な映画なのではないか、と。彗星の落下は自然現象ですが、その落下を設定したのは監督自身です。彼には田舎人間若者以外)を全て抹殺したいという願望があったのでは?少なくとも私は田舎に対する愛着は感じられませんでしたね。



とにかく自分事実誤認四葉彗星の死者数)をたくさんしているということもわかったので、もう一度見返したいと思います。そしたらまた追記を書くかも

2016-09-08

クリエイティブってそんなにイイことなの?

なんとなく、クリエイティブっていうのは良いことだという空気蔓延している感じがしてる。外からクリエイティブな人を外から見るのは、そりゃ楽しいだろうね。何の苦労もなしに、パッと面白いものが出てくるわけだから賞賛したくなるのもわかる。でも、クリエイティブなことってその本人からみると幸せことなんだろうか?

自分場合は、なにかクリエイティブなことをしようとして、いつも挫折してきた。結局最後まで完成せず、途中で放り投げたものが山ほどある。なんとか完成まで漕ぎ着けても、仕事を成し遂げた達成感以外になにも感じなかった。おまけに特に評価されることもなく、闇に葬り去れる作品群は自己満足になってはいるが、それにしてはコスパが悪い。

これまで、本を読んだら楽しい音楽を聞いたら綺麗な音に感激なんてことの連続で、これを自分で作れるようになったら楽しいかもなんて思ってきたが、創ることにはなんの楽しみも見出だせない。仕事クリエイティブなことをやらされたが、ノルマ達成のためにパクリ紛いのギリギリテクニック習得して、クソみたいな作品コンスタントに世に送り出す小手先だけのやりかたを覚えた以外になんの楽しさもなかった。

創るってなにが楽しいの? クリエイティブ幸せになれるの? どうして読むのは楽しいのに、書くのはこんなに辛いの?


創ることには絶望した。叶うなら、破壊生業として生きていきたい。あらゆるものを、壊す、そうして生きていく方法はないだろうか。

2016-09-04

はてな進化論関係の本のおすすめを聞くとすごいらしいので聞く

とりあえずドーキンス利己的な遺伝子とか盲目時計職人とか延長された表現型とか読んだ。

あとグールドワンダフルライフとかフルハウスとかダーウィン以来とか読んだ。

ここ数冊で言うと破壊する創造者、赤の女王生命の跳躍とかも読んでる。で、いま移行化石発見に移ってるんだけど、

現代の目から見ても抑えておくべき古典

現代進化論事情を教えてくれる本」

についてそれぞれ教えてちょ。

2016-09-03

シン・ゴジラ東宝庵野秀明円谷プロに引導を渡した作品

やっとシン・ゴジラを見たのだけど、VFXがすべてCGなんだな。

着ぐるみミニチュアもない。

最初ゴジラ特技監督円谷英二映画だった。ミニチュアのセットを着ぐるみ怪獣破壊して回るのを如何にも巨大怪獣いるかのようなアングル映像合成で見せる映画だった。ゴジラの爆発的ヒットを受けて、東宝怪獣映画シリーズ化を決め、それは同時に円谷の職人芸を見せる為のシリーズとなった。円谷は特撮専門の制作プロダクション設立予算糸目をつけずに職人芸のこだわりを突き詰める場となった。

シン・ゴジラには大量のクレジットロールが流れるが、円谷の文字はない(はずだ)。

東宝ゴジラを再創造する仕事庵野に託した。その目論見は当たったようだ。円谷晩年作品帰ってきたウルトラマン」へのオマージュクリエイターとして知られるようになった庵野が何を考えてこの仕事を請けたのか、知るところではない。結果がすべてだ。

一方の円谷プロは、今もウルトラシリーズの新作を作り続けているが、基本的過去ウルトラマン作品知的財産権管理で食べているようなものだ。円谷の特撮日本お家芸と言われた時代は完全に終わったな、というのがシン・ゴジラ最初感想だった。

2016-09-02

シン・ゴジラ信者が追い込まれるまで

劇中「ゴジラ破壊のため自衛隊防衛出動させる」

見た人「いや~日本の政治自衛隊限界を細かいとこまでリアル描写していてすっごい映画だったなぁ」

物知り「いや、防衛出動じゃなくても害獣駆除でもいけるっしょ、トド駆除の先例あるし」

信者「劇中で、害獣駆除だと制限あるから防衛出動にするって説明あったでしょ。どこまでもリアルだなぁ」

石破「害獣駆除じゃなく防衛出動なのが気になった」

信者「いや、劇中で説明あったのに聞いてなかったの?リアルは違うでしょ」

枝野害獣駆除災害派遣でなく防衛出動なのが気になった。防衛庁過去シミュレーションしてゴジラ破壊自衛隊出動可能

信者「…いや、だから劇中で説明してたし…超法規的措置って言ってたし…」

石破「外国から攻撃じゃないので防衛出動は無理。害獣駆除災害派遣でも使用できる火力の質・量に制限はない」

信者「うっせえ、映画文句言うな!」

[]2016夏イベント結果

甲→甲→甲→乙でクリア。各資源40000ほど、バケツ250ほど使用

E-1での伊26堀りは全く苦労せず、丙で4,5回ほど掘ったら出てきた。ありがたい。先制対潜なんてシステムを知らなかったので夕張や潮を緊急で育てるのにちょっと手こずった。今にして思えばここで時間を食ったのがまずかった。

E-2は今までの輸送作戦で一番楽だったと思う。大発用の駆逐を育てておいて良かった。しかし磯風は今回も出ず。縁がない。

E-3が大問題だった。丙でもそれなりに出るという話を信じてAquilaを掘り始めたがこれが出ない。掘っても掘っても掘っても掘っても出ない。資源は溶けに溶ける。もうあの基地航空隊システムなんなんだよ。残り時間に本格的な不安を覚え堀りを断念。ひとしきり田中と引きの弱さを呪ったのち、甲でゲージを削り始めたら、思ったよりボスが強いというかボスにたどり着くまでが厳しい。ヲ級改と夏姫ちゃんボコられ、そしてボス割れない。泣きそうになったがしか大淀さんがやってくれた。ゲージ破壊とともにAquilaドロップ。丙堀りの苦労はなんだったのか。

E-4開始時にはもうすっかり甲勲章ことなど頭に無く、乙でゆるゆるとクリア。乙だと簡単でマジ助かった。速吸使わなくても良かった。

主なレアドロップは速吸、能代、朝霜、雲龍、Libeccio。Libeccioって本当にドロップするんだね、びっくりした。予備にとっておこう。

次のイベントまでにいい加減に大型艦建造にとりからなきゃいけない。大鳳もBismarckもあると楽なんだよね、たぶん。でも資源がさあ……

2016-08-31

希望戦争なのは軍人恩給がもらえるから

一部のはてなー格差からくる破壊願望みたいに言って小馬鹿にしてるが、金がもらえるからに決まってるだろ。

http://anond.hatelabo.jp/20160830230829

アンサイクロペディアネタバレテンプレートでも読んどけクソ雑魚ナメクジ

警告:以下の文章にはネタバレ、いわゆるスポイラーが含まれています。これにより記事はより空気力学的に洗練され、その結果としてより高速で疾走できるようになります

もしあなたが、セブルス・スネイプは二重スパイであり裏切っていないことや、綾波レイは何人もいることや、流子の父を殺したのは皐月ではなく針目縫であることや、ブリーフイケメンであることや、ウォーフがディープスペースナインに転属されることや、サーヴァントセイバーの正体はアーサー王であることや、花菱薫には同じ名前の弟がいることや、大空寺あゆは大財閥のご令嬢であることや、キース・ブライアンナイトレーベンに挟まっちまうことや、イリッチマルコフ親友で敵側のスパイであることや、魔王ロウンは13番目の使徒であり自ら地上に堕ちたことや、黒の組織正式名称を言うと「あの御方」が誰だか分かってしまうことや、バトルホッパー破壊されることや、紅渡の母親ファンガイアクイーンだったことや、ナカジ姉妹戦闘機人「タイプゼロであることや、バロータ軍の兵士の正体が地球統合軍兵士であることや、ダイスリーバルトアンデルスというファルシ人間を道具としてしか見ていないことや、カシムは詐欺師であることや、ゼクスシンジケートアジトドームの外に存在することや、シュウジとちせだけが生き残ることや、ヴァン・ホーエンハイムは人の形をした賢者の石であることや、テフェリープレインズウォーカーでは無くなることや、ファウード暴走することや、旗立颯太神竜として覚醒自分がいた仮想世界管理者権限を得ることや、ウォルター・オディムは深紅の王の部下であることや、マリアカデンツァヴナ・イヴにはフィーネの魂が宿らないことや、アンサイクロペディアウィキペディアパロディであることを知らないのであれば、充分注意して、救急箱を手放さないようにしてください。

テンプレート:ネタバレ - アンサイクロペディア

12:26追記・変更>

・クソ雑魚ナメクジを追記

・msdbkmのアドバイスにそってURLの書き方なおした

2016-08-30

双極性障害

という病気があることは知っていた。

でも自分とは無縁の病気だと思っていた。

だってあれじゃん、ようするに躁鬱病でしょ?躁の時はすごい多幸感とか誇大妄想とかが症状として出て、結果莫大な借金したり人間関係破壊されたりするやつだよね、作家だと北杜夫とか中島らもとかあの辺の人。そういうイメージ


でもある時そういう世間的によく知られている典型的躁鬱病ってのは双極Ⅰ型っていうやつで、周囲の人間にあまり影響を及ぼさない軽躁状態の症状が出る双極Ⅱ型ってのがあるのを知ってあれって思った。あと躁状態って単にハイになるだけじゃなくて不機嫌になったり、攻撃的になったりする場合もあるらしい。


あのさ、道歩いてるとたまに変な文句ぶつぶつ言いながら道行く人に因縁つけたりするヤバい年寄りかいるじゃん。私あの手のじいさんやおっさんと怒鳴りあいとか掴み合いになったことが何回かあんのね。ほら、ああいう人ってさ、弱そうな人狙うからさ、わたしみたいな一見大人しそうな人間から口汚い言葉で罵られたあげく胸ぐらつかまれて引きずり回されたりするとすげえびっくりして狼狽えるわけよ。その狼狽えた間抜け面見るとすごくテンションあがるのね。

で、そういう小競り合いしたあとはめっちゃテンションあがってなんでもできんの。


なんか多分人格障害かそれでなかったら複雑な性癖の発露だったりすんのかなーと思ってたんだけど、そもそも喧嘩売られなきゃ私は何にもしないし警察沙汰になっても頭下げるだけですんだしま病院行くほどじゃないだろうと思ってた。


でも他にもⅡ型の症状に合致する部分があったので精神科行ったらデパケンかい気分調整薬が処方された。


飲んでたら私びっくりするほど穏やかになったよ、上の立場にいる嫌な人にも楯突かず上手くいなせるようになった。

結果仕事が続くようになった。


私こんなだから職場でも対人トラブル起こして仕事長続きしたことなかったんだよ、そういうこと続くとさ、もう働くのやだ、引きこもってようって当然思うわけじゃん。でも引きこもるの3ヶ月が限界なんだよ、だって飽きるじゃん。


よく考えるとこの引きこもるのに飽きるってのも軽躁状態の為せる業だったのかもしれない。


まあとにかく性格上のことだから直ることがないだろうと思っていた自分キチガイぶりが薬一つで収まって驚いてる。人間の脳って不思議だね。そんだけ。

2016-08-28

http://anond.hatelabo.jp/20160827133226

こういう感想を読むと、改めて、シン・ゴジラゴジラ映画として正統派なんだと思う。

311以前までは、「初代ゴジラ」が少し不思議だった。敗戦から10年も経ってていない時代に公開された映画

多くの都市を焼き尽くした空襲記憶も人々に生々しい上、伊勢湾台風などの巨大災害犠牲者も多かった。

それなのに人々はなぜ、娯楽としての破壊神必要としたのか? 現実で十分だった筈なのに。

からこそだったのだと、今は実感として思う。

戦争災害で為す術もなく破壊された日常現実を一観客として俯瞰することを多くの人が必要としたんだと。

ハッピーエンドとまではいかぬにせよ、カタストロフに抵抗し勝利した物語記憶を上書きし、受け入れがたい現実をやり過ごそうと、今の我々のように藻掻いていたんだろうかと。

からシンゴジラのヒットがすこし恐い。あまりに今の日本の願望が描かれすぎていて。

いやエンタメ理想を描くことはナニも悪くないのだが……現実と被りすぎるだけに、熱狂しすぎるのは危ないなと。

単なる怪獣映画にせよ、よく出来てる娯楽の影響力は大きいからね。

アンノとアンゴ

シンゴジラを見た。

庵野秀明坂口安吾は似ているなあ。

どちらも偉大な破壊を愛す。

電車軍艦工場といった無機質な美を愛す。

大男なのに非常に繊細な心を持つところとか、嫌っているようで案外、日本肯定しているところとか。

でも映画の完成度としてはエヴァ序のほうがよかった。

シンゴジラの続編を考えて一人で興奮している

映画の続きとして、シンゴジラ2があるとして、監督庵野で、庵野ならどうするか。で妄想


1・巨神兵現る的展開。

凍結したゴジラの処理を巡り、各国で議論が交わされる。凍結したゴジラが再び蘇るとともに、尻尾からいろいろゴジラ亜種がたくさん出てきて街はさらに壊滅へ。

最後まで核攻撃を阻止しようとする日本チームだが、国連判断によって、核攻撃へ。東京都完全壊滅。焼け野原攻撃によってさら進化したゴジラによって世界破滅に向かう。全世界が徹底的に破壊されて終わり。人類は、恐竜が主役だった哺乳類のように陰で隠れながら暮らす日々を過ごすことになる。


2.VSシリーズ的展開。

ゴジラの凍結の直後、別の怪獣が現れる。

別の怪獣によって、人類側大混乱。その隙にゴジラが凍結から復活。そして戦う。尻尾からゴジラ亜種らしきものが次々現れ、それと別の怪獣との総力戦を展開。ちなみにこの時に、ゴジラの腕が異様に伸びて怪獣を攻める。

被害が拡大するのを恐れた人類側は、核攻撃怪獣ゴジラ共々まとめて倒すことを議論の間もなく決定。でかいキノコ雲がドカンカン上がる。東京セカンドインパクト並の穴が空く。壊滅。しかし、その攻撃も効かず、、さら進化し、ますます異形になるゴジラ怪獣。めちゃくちゃに破壊された都市で2体が神々の戦いの如く暴れまくり人類はただそれを見守るだけとなり、終わる。

3、エヴァ的展開。

ゴジラ凍結後、その処理を巡り議論される。そのなかで、ゴジラ核融合エネルギー機構、未知の元素に目をつけたアメリカが、ゴジラ人類の新しいエネルギーとするため、利用しようとする、が、それはあまり危険すぎるとした日本側のチームが反対。いろいろ工作攻防を繰り返す。

と同時に、ゴジラ尻尾から新しいさらに強く凍結も効かないゴジラみたいな怪獣誕生。成長し海に戻り身をひそめる。

ゴジラが暴れる前から研究していたアメリカは、ゴジラエネルギー源の活用をすでに解明。ゴジラを改造し、メカゴジラ的な兵器に無理やり改造し、エヴァゴジラとなった対ゴジラ兵器上陸した怪獣ガチンコ対決する展開。

2016-08-27

東日本大震災で少し被災した特撮ファンシン・ゴジラ絶頂した話

 8月2日にTOHOのレイトシン・ゴジラを観て発狂しそうになった。凄すぎて。そこからもう寝ても覚めてもゴジラのことしか考えられなくなり、気づいたらもうすぐリピートの回数が2ケタになろうとしている。もともと特撮映画大好き人間だったけど、それにしたってこの映画は別格だ。こんなに映画熱狂することは、向こう十年はないと思う。


 とにかく全編渡って大傑作だったんだけど、特に中盤の、夜の東京ゴジラが熱線を吐き全てを破壊するシーンでは本当に気が狂うかと思った。自分でも理解できない膨大な感情の波が押し寄せてきて内面をひたすら揉みくちゃにした挙句、最終的に途方もない歓喜けが残った。もう完全に中毒になってしまって、ちょっとでも間が空けばシンゴジの熱線が見たくなって、気づけば劇場に向かってしまう。なんでこんなにこのシーンに惹かれるのか何度も観て何度も考えて、やっぱり自分震災体験が影響しているんだと思った。それに気づいてから、熱線のシーンを見た俺の感情の詳細が大分分かるようになってきた。


 ここでちょっと自分語りをさせてもらいたい。俺は宮城実家東日本大震災経験した。津波での被害は一切なかったが、それでも色々と滅茶苦茶になり、10日くらい避難所生活を余儀なくされた。当日だか翌日の夜に河北新報号外福島のことを知ったときは本当に世界の終わりだと思ったし、いつまで経ってもインフラが復旧しないので、二度と元の生活には戻れないかと思った。震災の日から夜が本当に暗くなった。町に一切電気が灯らなくなることが、これほど恐ろしく、心細いとは思わなかった。だから、しばらくして、ようやく電気が戻って、夜の街に明かりがついたとき、本当に泣きそうになった。元の生活に戻れると実感して、堪らなく嬉しかった。あの夜の光は、俺にとってまさしく希望だったのだ。


 だが、シン・ゴジラはやってくれた。夜の街を照らす光を、絶望象徴へと塗り替えたのだ。


 タバ作戦を踏みつぶしたゴジラ東京侵入する。夜になる。ゴジラ蹂躙される東京は、当然ながら停電する。暗闇に包まれる中、ゴジラ身体の赤い光だけが街に映える(何と美しい画面!)。日本ではもう為すすべがない。アメリカが出てくる。B-2がどえらい爆弾ゴジラを傷つける。そしてゴジラは光り出す。


 東京火の海とし、数え切れぬ人間虐殺したあの光は、何よりもまず俺にとって冒涜だった。311の際に俺が経験した、夜の光に対する感動と希望を、完全に死と破壊で塗り替えたのだ。被災した夜の街に光が戻っている。なのに、その光は日常の復帰ではなく、二度と日常が戻らないことを告げている。俺があの日感じた希望を、ゴジラは完全に踏みつぶしたのだ。そして次に出てきた感情が畏怖だ。俺の中にある希望記憶すらも完全に蹂躙する圧倒的な厄災。本当に恐ろしく、絶対に敵わない、どうしようもない、まさに神の如き存在だと思った。今までもゴジラはさんざん破壊神だと言われてきたけれど、本当に神様だと思えたのは初代ゴジラ以来だった。そして、そこで全ての感情が一転、途方もない歓喜に変わる。そう、今自分が観ているのはゴジラなのだ。VSシリーズ以降衰退の一途を辿り、FWという怪作(駄作ではないけど、最終作には相応しくない)を最後に息絶えたはずのゴジラが、こうして、紛うことなき神として復活し、震災実体験で得た感情すらも蹂躙し、塗り替えてくれている。そう、今自分が観ているものあくまゴジラ虚構であり、こんな圧倒的な光景すらも、自分は娯楽として享受することを許されている。何という特権!! 観客という立場にいることが、こんなにも幸福であると、今の今まで知らなかった。


 その後のヤシオリ作戦ももちろん良かった。震災時に揺れや津波蹂躙されてばかりの建物電車が、震災象徴たるゴジラに一矢報いるのは痛快だった。そして、ゴジラ災害が終息した後の、避難所女の子が笑うシーン。泣けて仕方無かった。


 でも、やっぱり、あの熱線のシーンは別格だった。あれは本当に事件だった。とてつもなかった。っていうか、これだけ言を尽くしても、あの凄まじさを一ミリ表現で来てないと思う。書いててまた観たくなってきた。また行く。何度でも行く。この映画何度でも観たいし、それ以上に、こんな映画をこれからもたくさん観たい。こんな映画を毎年観れるなら、生きるってことがずっと楽しくなる。そういうレベル映画だ、シン・ゴジラは。


 最後に。以上はあくまで俺個人の感想だ。間違っても被災者の総意でないことは言うまでもない。結構リアルあの日を抉ってくるので、きつい人もいると思う。



【追記:2016/08/29】

 誤字直しました。「ごめんなさい(小声)」。