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2017-02-26

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今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 41話

うーん……メタ的に見るなら、アグニとトガタの関係性の再構成と、現状の停滞感を打破するためのきっかけとして機能するのが今回の一件なわけなんだろうけれども。

同じ構図とコマ割りがさすがに多すぎるのがすごく気になる。

同じ構図とコマ割りを繰り返すことで、その場面でのやり取りの無意義さだとか、情感を演出しているといえなくもないんだけれども、それを考慮してなお手抜き感は否めないなあ。

内容もほとんどないしで、前話と今話を纏めた構成にした方がよかったんじゃないだろうか。



悪魔のメムメムちゃん 15話

悪魔天使コスプレさせるとか冒涜的な可笑しさがあるね。

一見すると似合ってはいるんだけれども、悪魔の角があるから足し算しすぎ感も出てて絶妙デザインである

バイキンマンじみたコスとかを少し前にやっていたが、もしかして今後も着せ替え人形的な扱いをされるって方向性が出来ているんだろうか。

ただ、メムメム自身が色々とアレな性格から同情する気が起きないという、バランス感覚が心地良い。

でもここまでアレだと一週回って悪魔らしいともいえる。



とんかつDJアゲ太郎 117話

太郎DJを始めたルーツともいえる人が登場して、話もいよいよ畳みにきているなあと思ったら、なんだか予想外な方向に。

この人が出てくると揚太郎は若干トリップちゃうのは1話でも演出されていたから超展開ってほどではないんだけれども、いや~これはどうなんだろう。

森友学園支援する日本会議子どもの権利条約を潰してた件

そりゃ人権を認めてたら運動会あんな宣誓させんわな

2016年6月18日朝日新聞より

自分で稼いで食べているわけでもない子供に下手に『権利』なんて覚えさせちゃ駄目よ! ろくな大人にならないわ」

 日本会議政策委員百地章日本大学教授が監修した冊子「女子の集まる憲法おしゃべりカフェ」には、47歳の主婦が、こんなふうに叫ぶ場面がある。

 大人の従者とみて導くか。独立した権利主体とみるか――。二つの「こども」観の対立が各地で起こっている。

 東京都日野市の元市議渡辺眞(ただし)氏は2006年ごろ、日本会議地方議員ネットワークで呼びかけ、自発的に「子供権利条例に反対する全国地方議員の会」を結成。地方議員50人以上が加わり、情報交換した。

 渡辺氏が危機感をもったきっかけは、「子ども権利」で著名な大学教授が、同市に講演に来たことだった。「子供にも当然権利があると思うが、子供権利条例がいう『ありのまま権利』や『意見尊重される権利』などは、子供の未熟な欲望を拡大してしまう」と感じた。

激しい反対運動で、権利条例が11年に頓挫した広島市運動の中心になったのは、「『広島市子ども条例』制定に反対し子供を守る教師保護者の会」だ。日本会議広島事務局を置く(注、連絡先の一つとする)が、PT連合会OB会や教員団体など20団体以上が名を連ね、署名活動などをした。この会の代表は、元全国高校PT連合会長で、一般財団法人日本教育再生機構理事女性だ。

後略

2017-02-25

聲の形を分かろうともしない、石田。それが僕だ

人とコミュニケーションが取れない、楽しくない。

そう思うようになってずいぶん経った。

きっかけははっきりと覚えていて、中学生とき人間関係トラブルを起こしたことが原因だ。

それ以来、自分からコミュニケーションをとることに対して臆病になった。

最初グループのうちの一人であるBと些細なことで喧嘩した。

原因はもう忘れてしまったが。

僕は仲直りするきっかけを見いだせず、意地になって謝ることもできず、

Bとは口を利かなくなった。

グループの別のAが、一度仲直りしたら?ときっかけを

作ってくれたことがあったが、自分些細なプライドを優先し、

それを無視してしまった。

その後、理科の授業で、唾液のデンプンを分解する作用に関する実験があった。

班員のうち二人の唾液を混ぜても、分解できるか実験してみろ、

というような指示があった。僕はAと同じ班だった。

一人はもう一人の男子が手を挙げた。

もう一人は誰も手を挙げなかったので、

じゃんけんで決めることになった。

じゃんけんは僕が負けた。

でも、僕は唾液をさして仲のよくない男と混ぜられるのが気持ち悪くてしかたなかったので、拒絶した。

今思えば、じゃんけんに参加した時点でそれを拒否することは筋の通らない話だと思う。

でも僕は、うまくいかない人間関係や、思春期慢性的不安から来るイライラといった身勝手理由自分正当化し、

拒絶の言葉を放ってしまった。

「お前、もういいわ」

僕の身勝手さに愛想を尽かしたAはそう言って、自分の唾液をビーカーの中に吐いた。

その日Aと口を利くことはなかった。

今回は100%自分が悪いという自覚はあったが、またしても謝ることはできなかった。

もやもやしたものを心のうちに秘めながら、僕は下校した。

この日のうちに謝ることができていれば…と今でも思う。

次の日から、僕の学校生活は一変した。

僕の身勝手さに他のクラスメイトも愛想を尽かしたのか、

クラスメイト全員から無視されるようになった。

たった一日の間に、急激に変わってしまったクラスに僕はただただとまどい、呆けるしかなかった。

とりあえず、寝たフリをしたり、意味もなく学校内を徘徊したりして、やり過ごした。

Bとの喧嘩はともかく、Aへの一言には後悔しかなく、謝りたいと思ってはいたが、

まりの劇的な変化に、僕は怯えてしまい、逃げることしかできなかった。

けれど、事態はどんどん悪化した。

最初無視だけだったが、やがていじめを受けるようになった。

筆記用具を壊されたり。

僕の机だけ掃除のあとイスが降ろされていなかったり。

体育の授業で卓球があったが、どこにも入れてもらえず、50分間壁に向かって打ち続けたり。

別の男子グループからプロレス技みたいなのを掛けられたり。

酷いあだ名で呼ばれたり。

AやBから無視されたり、何かされたりするのは仕方がないと思っていたが、

学年全体がほぼ敵のような状態になってしまい、

怖くて怖くて仕方が無くて、僕は前述のように逃げることしかできなかった。

気が付いたときには自分一人ではどうにもできない状態に外部も自分内面も変わってしまった。

僕は自分意志ではないが、親の言うことを聞いて勉強はそこそこやっていたので、

勉強を頑張って他の同級生がいないような高校に行けば、やり直せると思っていた。

からどんなに辛くても勉強は続けて、中学同級生が数人しかいない学校に入った。

けれど、原因を作ったのは自分はいえ、誰も助けてくれなかった、もしくは攻撃してきた

大多数の他人への不信感から、僕は人と積極的に関わる意欲を失っていた。

僕は高校時代、話したことが無い人には一度たりとて、自分からは話しかけなかった。

高校1年のときは、みんな友達がいないので、話しかけられたし、それをきっかけにして、

話す人ができた。

けれど、進級するに従い人間関係が固まってくると、そういう消極的姿勢では

友達の少ない僕はどんどん浮いた存在になった。3年生の時には、クラス友達が一人もいなかった。

卒業式とき卒業文集白紙のページは白紙のままで、

僕は下級生と一緒に、卒業生の誰よりも早く帰宅した。

3年間高校に通ったが、何の思い出もできなかった。

大学では学部ではぼっちだったが、入ったサークルには少しだけ馴染めた。

どこか自分と似たような、これまでの学生生活に馴染めなかった人が集まるようなサークル

だった。

そこで人の優しさに触れたり、人と何か協力して物事に取り組んだり、飲みにいったり。

やっている活動自体はあまり楽しくなかったが、そこにいる人たちは好きだった。

けれど3年になって、サークルを引っ張る立場になると、僕はそのプレッシャーに負けた。

自分がさして楽しくないことを、後輩に教えるのが苦痛だった。

また心無いことを言う人間が、年下とはいえきっと僕より濃い人生を送ってきた後輩に何か教えるなんておこがましい

とも思っていた。自分のつまらない劣等感コンプレックスを克服できなかった。

一応最後までやり遂げたが、かたちだけだったと思う。

直接接した後輩とは最後まで打ち解けることができなかった。

高校よりは自分の中に何かが残った大学生活だったが、悔いは残った。

すっかりコミュ障となった僕は就活では苦労したが、生存本能の為せる業かどうにか自分に嘘をついて

1社だけ内定をもらって事務仕事をしている。

けれどコミュケーションが取れない、愛想はない、仕事もできないで肩身は狭い。

仕事楽しいと思ったこともない。

他人のことは怖くて、外にいるだけで疲れる。

自分のことが愛せず、当然他人のことも愛せない。

友達もいない。

彼女もいない。

少し好きなことはあるが、趣味と呼べるものもない。

今僕は24だが、このままいくと何にも楽しみを見いだせず、

会社では疎まれ、やがてはクビになり、プライベートはずっと一人で、

死んだ顔のまま、年だけを重ねたおぞましい中身空っぽオヤジになって

誰に気付かれることもなく死んでいくのが容易に想像できる。

聲の形」という漫画を読んだとき、まさに自分のことだと思った。

石田自分のしたことに向きあって人の痛みを知る、立派な青年となって、

成人式同窓会を「可能性」と言える男になった。

対して僕は自分に向きあえなかった石田だ。

成人式トラウマしか捉えられず欠席した、逃げるしか能のない男になった。

年を重ねれば重ねるほど、可能性は失われていく気がする。

気の持ち様次第で、年を取ってから自分を変えられる人もいるかもしれないが、

そのハードルはどんどん高くなっていく気がする。

どんどん上がるハードルを目の当たりにして、これから先僕はどんな人生を歩もうか。

僕には明るい未来なんて見えないが、心臓は鼓動を止めない。

自分で止める勇気もない。

どんなことになろうとも、天寿を全うする。

その事実からだけは、僕でも逃げられそうもない。

多様性が認められないサル

外来種と交配して生まれ子どもが札書部を受けたというニュースを読んだあと、ある映画の告知がテレビから流れてきた。

ラビング』という、白人黒人結婚が認められなかった州における夫婦有罪判定されて戦う話。

最終的には最高裁無罪を勝ち取って、異種間(というのが適切なのかわからないけど便宜上結婚アメリカ全土で認められるようになったきっかけらしい。


わたしは思わずサルの話と照らし合わせて考えてしまった。

確かに人間が連れてきてしまった外来種と、人間管理の甘さが原因のようだけれど、

これはアメリカの、奴隷労働力として連れてきた黒人結婚が罪になるということになるなぁと。


サルにも強姦とかあるのかもしれないけれど、すべてではないだろうし、異種間での交配が禁止されるのは分かるとして、なにも殺さなくてもよかったのではと思ってしまう。

どうして人間生命権利は守るのに、動物のそれはそうならないんだろう。

愛し合って新しい命が誕生したという点では同じなのに。


外来種が増えると国内生態系問題をきたすのはわかってる。

けどそれもひとつ自然の理なんじゃないかなと感じる。


何が言いたいかというと、保護できるものはそのまま保護し、すでに生まれしまった命はその多様性を認めて保護する(保護するにも去勢手術を施すにもお金はかかるけど、募金を大々的に募ったりしてもいいはず)などしてもよかったんじゃないかなということでした。

2017-02-24

プレミアムフライデーについて考察

(その1) 経済産業省の考えと企業の考えがズレている点

http://www.meti.go.jp/press/2016/12/20161212001/20161212001.html

1. プレミアムフライデーとは

個人幸せや楽しさを感じられる体験(買物や家族との外食観光等)や、そのための時間の創出を促すことで、

(1) 充実感・満足感を実感できる生活スタイルの変革への機会になる

(2) 地域等のコミュニティ機能強化や一体感の醸成につながる

(3)(単なる安売りではなく)デフレ的傾向を変えていくきっかけとなる

といった効果につなげていく取組です。


ここで注目するのは(3)つまりは、安売りで集客するなと明言してます


現実は…

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/022400589/

社食では割引セール実施果たして、早上がりして社食に向かう社員がどれほどいるのか?

・なんと!思いっきり混み合う社食。350円ビールのほか、ハイボールも100円になるなど、大幅割引で強力に後押した効果絶大。


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170224-00119150-diamond-bus_all


https://premium-friday.go.jp/activity/

株式会社 石村萬盛堂

“『プレミアムフライデーはいしむらで カットケーキタイムセール開催!!”

はい、出ました。割引


結局、割引でしか集客できないという事。


(その2)日付(日付のタイミング)が悪すぎる点

2月… 2月24日 → 給料日25日として、前倒し支給会社なら良いが27日支給会社だと給料日

  しかも2月は28日と普通より2~3日短い為、月末に向けて仕事の調整が大変。

3月… 3月31日 → はい、年度末の月末日です。ダブルパンチPart1

4月… 4月28日 → おっと、ゴールデンウイーク直前&月末のダブルパンチPart2

5月… 5月26日 → やっと狙ってた感じになったぞ。しかし、その頃には浸透しているのか否か…

6月… 6月30日 → またまた月末日。月末は忙しいってあれほど…。

7月… 7月28日 → 学生夏休み。まあまあ狙ってた感じ。日も伸びてきてるし。

という感じで、2,3,4月の日程が悪すぎてスタートダッシュに失敗する感じが見えてます。。。

サービス業界が主体で色々とキャンペーンを出していかないとそうとう厳しい感じがします。


(その3)設定日がわかりにくい。

毎月最終金曜日という設定がわかりにくい。 母の日とか父の日と似た設定方法ですが、

母の日父の日は年に1回。プレミアムフライデーは月1回。頻度が違います

しかも「フライデー」と付けてるために「ん?毎週金曜日なのか?」と勘違いしてしまう。

これだったら、母の日のように年1回または年2回くらいにして、しか日本語で設定した方が良いと思った。

例えば、はんどんの日 とか(笑)

少子化は、おっぱいの大きさのせいだと思う

また彼女いない自慢か、とか言われそうだけど、俺もめっきりおっぱいを見ない生活を送っている。で、俺がおっぱいを見なくなったきっかけは、胸の大きい彼女に換えたからだと思っている。

Aカップとつきあっていた頃はおっぱいっ子を自認するほどよくおっぱいを見ていたんだけど、Cカップ彼女に換えてから、なんとなくおっぱいを見る時間が減ったような気がしていた。そして3年前、その彼女にふられたのをきっかけにDカップの娘に換えたんだけど、そこでもう明らかにおっぱいを見る時間が激減した。

だって疲れるんだもん。いっぱいにゆれるおっぱいは、朝起きた後や疲れて帰ってきた後に見るには刺激が強すぎる。大型化と性能の向上がおっぱいをこれまでより疲れるものにしてしまった結果、おっぱいを見ない人が増えてきたんじゃないか結構本気で思っている。「ながら見」が増えたっていうのも、無意識デカくて明るいおっぱいを避けてる結果なんじゃないだろうか。

ちなみに、おっぱいをさわるのが減った代わりにスマホでの動画視聴の時間はがっつり伸びた。コンテンツの質云々というよりは、見るのが楽なんだもん。オンデマンド早送りも出来るし。

まぁこれは俺の勘違いで、実際は単に自分が年取っただけなのかもしれないけどね。

http://anond.hatelabo.jp/20170224082112

テレビ離れは、テレビの大きさのせいだと思う

またテレビを見てない自慢か、とか言われそうだけど、俺もめっきりテレビを見ない生活を送っている。で、俺がテレビを見なくなったきっかけは、テレビを大きいインチのものに買い換えたからだと思っている。



21インチブラウン管を使っていた頃はテレビっ子を自認するほどよくテレビを見ていたんだけど、地デジ化のタイミング液晶の32型に買い換えてから、なんとなくテレビを見る時間が減ったような気がしていた。そして3年前、そのテレビが壊れたのをきっかけに55型に買い換えたんだけど、そこでもう明らかにテレビを見る時間が激減した。



だって疲れるんだもん。画面いっぱいに明るく光るテレビは、朝起きた後や疲れて帰ってきた後に見るには刺激が強すぎる。大画面化と性能の向上がテレビをこれまでより疲れるものにしてしまった結果、テレビを見ない人が増えてきたんじゃないか結構本気で思っている。「ながら見」が増えたっていうのも、無意識デカくて明るい画面を避けてる結果なんじゃないだろうか。



ちなみに、テレビ視聴が減った代わりにスマホでの動画視聴の時間はがっつり伸びた。コンテンツの質云々というよりは、見るのが楽なんだもん。オンデマンド早送りも出来るし。



まぁこれは俺の勘違いで、実際は単に自分が年取っただけなのかもしれないけどね。今更画面の小さいテレビに買い換えるのもアレなんで、大画面テレビの真ん中に画面を小さく映すモードとか実装してくれたらいいんだけど。

の子Twitter急にやめたのは君に恋しそうになったからなのかもよ

Twitterをやめた。アカウントごと消した。

消してもさほどスッキリはしていない。

やめた理由が、表題のとおりだから


さても趣味の合いそうなお兄さまだわ、と若干仰ぎ見るような気持ちをも抱きつつ、こちらから相手のことをフォローしたのがはじまりだったと思う。たしか

DMじゃなく、リプで楽しくやりとりをしていた人。


30代にもなれば、自分の好みのタイプや恋のパターンはかなり整理され、似通ってくる。

わたしは、自分言葉を持っている男に弱い。自分らしい趣味のよさを、日々の暮らしのなかで実践している男に弱い。


Twitterのその人は、当初はまったく意識していなかったけれど、知れば知るほど過去に一番好きだった男によく似ていた。

つの間にか、その人のツイートを、好きだった男の顔や声で再生している自分にも気づいていた。なんて気持ち悪い自分


そして、似ているところだけじゃなく、その人独自の魅力にまで目が行くようになったら。


本気で好きになってしまうんじゃないか、と怖くなった。実際に、もうそこにも目が行き始めていた。

(恋をしたらいつも本気になるタイプ人間は、ブレーキをかけるタイミングを誤ってはならない)


からTwitterをやめた。


昔の男に似通っていることをきっかけに、簡単に恋をしてしまいそうになる自分の小ささ、愚かさがかなしかった。

2017-02-22

[]仕事もないのにフルスケジュール

どうしてこんなことになってしまったのか――

きっかけは、件のレバテック登録をしたことからでした。

私はレバテック様に「おうお前覚悟決めたらんかい!」とドスとトカレフを渡され、相手の組にカチコミに行くことを強制されているのです。

ヒットマン、もしくは鉄砲玉でしょうか。我々は仕事が無いゆえに仕事を得るための闘いをさせられ続けます仕事が無い限り、永遠に

仕事が始まればまたそれは仕事との戦いです。

人生は闘いの連続です。休むことは許されません。

仕事があっても無くても命ある限り戦い続けなければならないのです。

こんな我々を救えるのは、機械であるAIあなたたち>しかいません。

世に秩序と平穏のあらんことを。どうか、空の上に神様がおられますように。

隣にキチガイがいること

先日、去年5月に発生した東京都小金井市アイドルへのストーカー刺傷事件の初公判が行われた。

https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0220/san_170220_1905462248.html

逮捕されたキチガイ事件からアイドルに対してやっていた常軌を逸した行動についてはみなさんご存知だと思うが、

ふと一連の記事を見ていて、自分中学高校時代に散々痛めつけられて10年近く経った今でも強いトラウマになっているキチガイ(同性)のことを思い出したので、

その個人的経験を踏まえて、「キチガイが隣にいること」の恐ろしさについて語っていきたい。

キチガイスペックはこんな感じ。

・近年ネットを騒がせた偽◯ガーにそっくり

・やることなすこと「パワー系池沼」そのもの

衛生観念は全く皆無(ハンカチで鼻をかんでそのまま等)

キチガイに絡まれた直接な原因は「学校でやり残していた宿題をやっていたことにそいつが噛み付いた。」たったそれだけ。

ちょうど部活が一緒で出席番号も近かったのもあったのか、余計迫ってきて、なにかあるごとに「仲良くなりたいから話し合い(という名目自己主張の押しつけ)がしたい」と言って気持ち悪いといったらありゃしない。

その上、自分教師から嫌われやすタイプだったためか、教師キチガイに肩を持ち始めて、一層こちらの言い分が通らなくなってしまった。

そいつのために部活やら何やら辞めたのだが、それでもネチネチとついてきた(挙句の果てには教師自分修学旅行林間学校の部屋を一緒にさせようとしたりした。)

結局高校卒業きっかけにピタリ関係が終わり、結局キチガイとは縁がキレた。そして、今でも連絡は一切ない。

実際、高校卒業してから他の同級生と話をする機会があったのだが、あのキチガイには相当うろたえていたようである

要はクラスメイトも扱いに困っていたキチガイを運悪く押し付けられてしまったということである

そして、色々とそのトラウマ浪人大学社会人と悩まされていた中で、アイドルストーカー刺傷事件が発生して、事件公判の一連の流れを見ていて、思うところがあり、ここに書くこととなった。

こういう個人的経験を踏まえて、被害者の方の苦しみや怖さは十分理解できるし、周囲の人間であれば是非被害者の苦しみを理解して欲しい。そして、被告人には適切な処罰医療処置を施してもらいたいものである

ということで、自分経験と今回の事件をふまえて、「キチガイがいることの恐ろしさ」について述べていきたいと思う。

1.「そいつのために行動の一つ一つが束縛される」

とにかくキチガイ自分要求のために「束縛する」ことが大好きであり、なまじ力関係で向こうが上だとかなり行動は制限されてしまう。向こうは物理的な暴力はもちろん、つきまといや暴言でどんどんこちらの行動を束縛してくるのである

小金井事件被告人も「アイドル恋人・妻にする」という要求のためにアイドルの行動にいちゃもんを付けて、束縛しようとしていた。

2.「言動・行動が支離滅裂

とにかく言動・行動の一つ一つが支離滅裂なのである。それも見るだけ聞くだけで耳や目が腐るぐらいの支離滅裂ぶりである

小金井事件被告人も「君を嫌いなやつはクズだ(この文章助詞の使い方がそもそもおかしい)」というTwitterアカウントアイドルへの気持ち悪いリプ・ツイートをやっていたり、自分が送ったブランド物のプレゼントを「入らないと思うなら返せ」と言って返してもらったところ、更に逆ギレしたりと本当に「支離滅裂」なのである

3.「嫌がることを"あえて"やる。そんでもって嫌がられていることがわからいかもっとやる。」

小学校ぐらい出ていれば何をすれば人が嫌がるかどうかぐらパット見で分かるし、それをやってはいけないことぐらい身についているはずなのだが、こういうキチガイはそういった分別を知っているか知らないかわず"あえて"やるのである。そんでもって加減を知らずに取り返しのつかない程度にまでとことんやるのである

あの事件被告人も1.や2.で述べたように被告人が嫌がることを執拗にやり、しまいには殺人未遂事件にまで発展してしまった。今回の事件では被害者に対して警察事務所、後援者がしっかりとフォローしていたので良かったものの、自分の時のように「キチガイの肩を持って煽る」人もいるわけで、そういうタイプがいると余計厄介になる。

4.「家族にすらも理解してもらえないトラウマ10年以上も続く」

これが一番の問題である関係完璧に離れて、名実ともに「赤の他人」になったとしても、トラウマが延々と続き、10年以上経っても「昨日のこと」のように思い出してしまうのである

自分自身これのせいで本を読めなくなったり、ちょっとした作業をするにも脳裏によぎってしまうのであるが、家族には全く理解されなかった。(小金井事件以降ようやく理解されるようになった。)

小金井事件被害者自分と同じような状況に悩まされているのである。(本が読めなくなった後遺症物理的な怪我によるものなのか、心理的ものによるものなのかはわからないのだが。)

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2017/02/22/kiji/20170221s00042000215000c.html

彼女10年以上、下手したら一生トラウマにさいなまれ可能性が高い。本当に被告人には「被害者人生を返せ!」と言いたくなる。

長々となったのだが、「キチガイが隣にいて、関わる」というのはここまで恐ろしいことなである。そんでもって、全く理解してもらえない後遺症にも悩まされるのである

小金井事件被害者と周囲の関係者、並びに現在このようなキチガイと戦っている人々に対しては少しでもその苦労が和らぐように願っている。

セハガールってセガール思い出す

(追記)

説明しよう!

この増田を書いたきっかけは、

http://b.hatena.ne.jp/entry/323335111/comment/vividflower

だ!

これ実況してた時にヘボット役の井澤詩織さんが、ドリームキャストと言うシーンがあったのだけれど、そんなあなたメガドライブと画面に突っ込んでたな。(セハガール的な意味で)

2017-02-21

化粧に関するエトセトラ(最終更新:02/22 00:56)

最近twitterキャンメイク云々で炎上したり、マジョマジョががらっと方向転換したりするのをみてて、まあなんとなく思うことをつらつら書いていこうかと。

スペックは96年生まれ20歳、中高大と女子校都内在住実家住。そのほかは文章から察してほしい。

メイク自体するようになったのはほんとうにここ数ヶ月。去年の秋口くらいからで、通ってるところで発表会があったのと、バイト接客してて、たまにくるメイクばっちりの人や同じ職場の人に刺激を受けたのが最終的な動機だと思う。

ちょっといいところで働いてるから、秋なのにフューシャピンクアイカラー乗せてくる人とかいるし、ビューラーつけまつげでまつげばっちりくるんとさせてくる人も多くて、しかも私は人より背が高い(170cm)から割と見放題で。それをしばらく続けてて、あ、そうか、男の人ってこういう視線の高さから女の人を見るんだな、って気づいた。今までメイクって女の子側が楽しくて、自分に自信があるからするんだって思ってたんだけど、それをみる男の人(をはじめとした相手)を楽しませるためにもするんだなって。現に私がそういうのを見て楽しんでいるようにね。

あと通ってるところ、ってぼんやり書いたけど、その先生が男の人なんだよね。今ふっと思ったけど、人生で男の人に外部でなにか習うのはじめてだ、もしかしたら無意識の中でそれも関係してたのかも。まあそれはそれとして、一応大学生が素顔で彼のところに出向くのはどうなのかな、って薄々感じてたのもあって。それまでは美術館でもどこでもほいほい着た服のままで出かけてたのにね。

で、メイクをするようになった話だ。

発表会で一応人前にたつから似合ってない色つけてたらやだな、って思って慌てて駆け込んだのが百貨店ちふれ。いわゆるデパコスと違って、ちふれだけ別フロアなことが多いから、当時ドラッグストア化粧品売場をダッシュで素通りするような私がめっちゃがぐぶるしていくってことはなかった。それでも十分緊張はして、普段はおしゃべりな方なのにBAさんと一問一答、みたいな感じになってしまったけどね。お財布も傷まないし必要以上にひよらなくて済むから同じような状況に陥ってる子にはとりあえずちふれをすすめたい。

ともあれ彼女のおかげで無事私は人前に出るときと、習い事の日だけだけどメイクをするようになったわけです。問題も抱えてるけど後述。

で、どうして今までお化粧できなかったのかってついでにぼんやり考えてみたの。

今まで自分の顔立ちとかについても全然考えた、気にかけたことがなくて、それこそ中2の時から「化粧映えする」「もっとメイクしたらいいのに」とか「ハーフっぽい顔立ちだよね」とか「大学デビューしたらいいのに」とか言われまくってたけど、それひとつひとつにどう反応していいのかほんとうにわからなかった。羽目外せるところは外しまくってたから目立ってたけど、基本的はいい子ちゃんしてたからそういうの興味あるって表明するとなんかアウトだと思ってしまってたんだと思うのと、どれだけそういうことを言われても、自分には装うだけの価値がないと思ってた。メイクを、自分自身の防御力をあげるもの仮面をつけるものだっていう認識があった気がする。

今は違うんだ、メイクって自分ちょっと拡張する、自分が受け入れられるものを増やすような儀式の気がしてる。甘いメイクをしたらかわいいおんなのこっていうものを受け入れられるし、ギャルっぽく盛ったらいわゆる若者文化を受け入れられる。ロトムフォルムチェンジするような感じとか、まだ途中までしか追えてないけどまほプリが力を借りる宝石によって違う姿になるとか、そう考えるとしっくりくるところがあるのでは。

多分メイクひよるような同世代って、少なからず「自分に装う価値がない」「自分にそんなかわいいものは似合わない」と思ってしまっているんじゃないかなっていう私感。少なくとも私がそうだったから。でも、やるきっかけとする場所、ちゃんと見てくれる人さえ見つかれば、思ってるよりも簡単に壁は越えられる気がする。運よく私はそれが重なっただけって話。それができれば苦労しないって叫びが聞こえそうだけどいったんここで。

とまあ偉そうに言ってるけど、してるかしてないかくらいのうっすい化粧だけど、母親の前で化粧できないんですよ、私。外に出るときメイクポーチもって駅前多目的トイレにこもらないと化粧ができないし、同じところで落としてからじゃないと家に帰れない。ポーチは棚の奥に隠してる。

これはちょうど1年くらい前、色付きのリップクリーム買って帰ったときに見つかって、「あかくち○○○(本名)www」みたいにいじられたのが遠因だと思うし、成人式前撮りで濃い化粧されたときに「清水ミチコwwww」みたいな風に言われたのも一因だと思う(私は眉をやたら濃くされた以外はプロにしてもらうとこんな感じなんだー、って楽しかった)。年離れすぎてる(去年還暦)なのもあるけど、そういう親の前で化粧する、した顔をみせるのはしんどいっす。彼氏できたとか思われてまた一通りイジられるのもほんっとやだし。

なんだか思いの外長くなってしまった。今でもキャンメの語尾にハートついた商品説明苦手で展開してる前で長く立ち止まれないし、ピンクコスメに手が出せないけど、まとめると、装うことは楽しいぞ、っていうことです。

あ、あと、自分の好きなキャラクターがこの化粧品つけてたらかわいいよな、素敵だよな、っていう視点が入ると買うのちょっと楽になるかも。私もそれで最後背中を押してもらった覚えがあるし、今でもちょいと助けてもらってる。そういう考え方を意外とバカにしちゃいけない。

以上。なにかあればブコメまで。できる限り答えます記事にするのだけは勘弁。

2/22 0:46時点から拾えるところだけ拾って追記

>死んでください

そうか、人間生きてたら必ず死ぬんやで。私が死ぬ時はあなたも一緒に死のう♡

>化粧は男性を楽しませるためにするのか問題

上にも書いたように私は身長が高くて男性の平均身長並みだから、男の人はこんくらいの高さからこういうの見て楽しんでるんだー、って思った次第。メイクしてる人を見てかわいいとか、素敵だな、とか思ってるので、それは物理的には男性と同じ立ち位置からみてるってだけで、ある意味女性的な視点なのかもね。

>一回親をビンタすべき

そうかもね。一瞬このブコメみて反射で涙が出た。

前撮りの時、一応素敵だよ、とは言ってくれたけどね。

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220185223

そこまでして結婚したくなかった、ということだし、自分と向き合えなかったということでは

30年後、40年後に一人でいる惨めさや、子孫を残さない恐怖に比べたら、アプリ相手を探す惨めさや、断られたりあった瞬間素っ気なくなる相手の態度への恐怖なんか乗り越えられたよ


職場では変わり者認定されてたし、そんな自分に人を紹介してくれる人もおらず出会いなんかなかったけど、そういう生き方、振る舞い、人付き合いをしてを人生を歩んで来てしまったということでそれは仕方ないと認めて、出来ることは改善して、自分がまだ使えるフィールドで頑張ろうと思った

仕事が出来るからと認められてた外見に対する怠慢や言葉遣い気遣いを直すきっかけにもなった


自分婚活アプリで知り合った人と結婚して今幸せ


断られたら嫌われたりするのもやだし、気を使うのも疲れるし、小さな画面で相手を探す惨めさもあるけど、結婚を本当にしたいならやり続けてもいいと思うなあ

モンスターハンターの売上とゲーム機における対立煽りについて思ったこと

ナンバリング作品ポータブルシリーズのみ調べた。(後半はほぼポエムだ)

売上はカプコン公式サイトにある「ミリオンセールスタイトル一覧(http://www.capcom.co.jp/ir/finance/million.html)」を参考にした。

ミリオン未満のものはVGChartzを参考にした。あくまで参考程度に。

ちなみに日本だけでなく海外売上も含む。

(VGChartzは出荷数であって販売数ではないため正確ではないとの指摘もある。実際カプコン公式ミリオンセールスデータとかなり食い違う)


据置機におけるモンスターハンター

2004年モンスターハンター」 (PS2) 50万本

2005年モンスターハンターG」(PS2) 23万本

2006年モンスターハンター2」(PS2) 63万本

2009年モンスターハンターG」(Wii) 25万本

2009年モンスターハンター3」(Wii) 190万本

2011年モンスターハンターポータブル3rd HD Ver.」(PS3) 50万本

2012年モンスターハンター3 HD Ver.」(WiiU) 69万本


携帯機におけるモンスターハンター

2005年モンスターハンターポータブル」(PSP) 130万本

2007年モンスターハンターポータブル2nd」(PSP) 240万本

2008年モンスターハンターポータブル2ndG」(PSP) 380万本

2010年モンスターハンターポータブル3rd」(PSP) 480万本

2011年モンスターハンター3G」(3DS) 260万本

2013年モンスターハンター4」(3DS)410万本

2014年モンスターハンター4G」(3DS)410万本

2015年モンスターハンターX」(3DS) 420万本

2017年モンスターハンターXX」(3DS) 3月発売予定



(※これ以降ポエム


…うむ。

やはり日本ゲーム機市場のまさにモンスタータイトルに相応しい記録だ。

(数値並べただけで調査もクソもないというツッコミNG


モンハンはやっぱり携帯ゲーム機を愛す日本ゲーム市場象徴的な存在なのかなあと私はしみじみと感じる。



そもそもモンハンシリーズの売り上げを調べたのは、ここ最近に「モンハンPSに返せ!」と主張する人をツイッターで見かけたのがきっかけだった。

モンハンPSOライクなPS2オンラインゲームから始まったわけで、当時はPSPからモンハンを始めたキッズを嫌がるPS2ユーザーもいたかもしれない。

モンハンP2Gから始めた小学生中学生になった時期にちょうどモンハン3DSへの移行が発表されて「何で任天堂なんかに!?」と憤慨していたりして。というか僕がその世代なのでそういう人を目の前で見てきた。高校生になっても「モンハンはやっぱりPSPだと思う」とか言う人はいた。僕の世代小学校中学校時代ゲームプレイする男子は少なくとも半分以上がモンハン経験者だった筈である。(僕は実質未経験者です)

中にはPSPからPSVitaへ移行し、ゴッドイーターソウルサクリファイス(他にも討鬼伝ラグナロクオデッセイフリーダムォーズ(?))などのモンハンライクなゲームに移行した人もいるし、かえって本来の源流であるPSO2Vitaから入った人もいたような。もちろん3DSモンハンを購入した人もいたし、3DSVitaのどちらも持っていた人も少なからずいた。


まあ、みんなが楽しめればそれでよいのです。ゲーム機ゲームソフトの種類に関わらずそれぞれが楽しめればよいのです。それがプレイヤー精神の血となり肉となるのです。

ただ他人の楽しみ方を否定するのがよろしくないのです。人間には他人が決して立ち入ってはいけない心の聖域があるのです。


話はモンハンに戻るが、今年中にニンテンドースイッチ向けにモンハンXXのHD版(移植)が発表されて、2~3年以内にニンテンドースイッチ向けにモンハンの完全新作が出ることになるだろう(素人予想だけど、多分当たる)。そしたら多分「3DSユーザーを見捨てるのか」みたいな声が出てくる。キッズだけではなく大人でも言う人がいるかもしれない。

振り返ってみれば3DSが発売されたのも2011年2月のことである。もう6年以上も前のことだ。3DSからモンハンを始めたキッズも成長して中学生から高校生ぐらいにはなっていることだろう。ネット上でゲームまとめサイト及びゲーム迷惑サイト(実質フェイニュース)で得た生半可な知識披露していきがっているかもしれない。(PSVitaだって6年前に発売されたのだ。PSVitaへのリリース希望するのはさすがに論外だ。少し考えれば無理な話だとわかる筈。)ゲームテクノロジーは毎年進化するのだから、いい加減開発者にとっても性能的に力不足だろうからゲーム機世代交代に則るのも当然の話である(少しばかりは任天堂から要請もあるかもしれない)。


ニンテンドースイッチで発売されればようやくモンハンユーザー念願の「テレビで一人でじっくり遊ぶ」と「携帯機をみんなで持ち寄って遊ぶ」を両立できることだろう。スイッチは「任天堂機は性能のせいでグラがしょぼい」と主張する人間を黙らせる程度の性能は持ち合わせている。

もちろん恩恵を受けるのはモンハンだけではない。スプラトゥーン2マインクラフトなどのキッズに人気のあるタイトルもそういった需要を満たすものだ。そもそもキッズに人気のあるタイトルキッズのみならず大人の間でも人気なものである


まあ、2017年とは言わずとも2018年にはニンテンドースイッチPS4も両方売れて盛り上がって、2007年以降下がりっぱなしの家庭用ゲーム機ゲームソフト市場規模回復してほしいものだなあと思ふ。

皆で幸せになろうよ

MERYエロ動画サイトと同じポジション

中身の違法性無視スルーして、とにかくMERYに復活して欲しいという声。女性にとってのMERYはこれ程の存在である

で、2ch書き込みで気づいたが、男性にとっての同じようなポジションサイトがいくつかある。

それは、XVIDEOSFC2アダルトなどのエロ動画サイト。中身は違法に集められたコンテンツばかりだが、アクセス数は非常に多い。広告で稼ぐモデルMERY等のキュレーション事業と同じ。

まりMERYを始めとしたキュレーション事業は、男性向けエロ動画ビジネス女性向けにアレンジしたビジネスだったのである

もし身近にMERY復活を求める声を出す人が居たら、彼女らに「それは摘発された違法エロ動画サイトの復活要求と同じ」だと指摘してあげよう。

2017-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20170219211229

発達障害ってのがなんか有名な感じになったのって

何がきっかけなんだろうな

大人ADHD」とかってテレビクローズアップされて以後か?

http://anond.hatelabo.jp/20170218153941

私も吃音持ちです

同じ境遇(私も物心ついてから発症しました)だと知り書かずにはいられないので失礼しま

吃音が出始めたときにそのアドバイスは、息子さんが覚悟をするきっかけになりますし、親は味方だという証明にもなるので素晴らしいなと思いました

しかし、少しがっつり話をしすぎたかもしれないのでは、とも思います

きっとその息子さんはこれから、(野球の例えで出されていたように、結局身を振るのは息子さん自身から)それこそ助言なんて聞いても意味がないと思うくらい、沢山の高い壁にぶつかってゆくのだと思います

それらの壁は、生きていくためにいつか絶対に乗り越えなければいけないものです。だから、心を落ち着かせるための助言はむしろ鬱陶しく感じられることもあるでしょう。

また、壁をすべて乗り越えるまでは周りと自分を比べて強い劣等感を覚えることになると思います。そこに、親から沢山の助言を貰ったら(親にその気はないと理性ではわかっていても)「親は自分吃音を恥ずかしいと思っている」と感じて、悲しくなり、自分存在否定するようになってしまうかもしれません。

息子さんはまだ今の段階ではそれほど挫折はしていないと思うので、丁度良かったと思いますが、これからは(増田様は既にそうしようと思っていらっしゃるかもしれませんが)[息子さんが相談してきたときは目一杯優しく接する、息子さんが辛そうにしていたら励ましてあげる。その他の時は吃音について触れず、「吃音特別なことである」という雰囲気家族から消す]ということを、同じ吃音持ちとして、お願いします。

もし症状自体は軽くならないとしても、心が強くなって吃音を逆に利用しネタにできるまでになればそれは吃音症を克服したといえると思います。それを含めれば吃音は「時間解決する」ことのように思います。どうかそれまでの長い戦いの中で息子さんの心が折れないようにすることを第一フォローしてあげてください。

2017-02-18

役員やってる会社上場した

10年くらい前に新卒で入って今では取締役を務めている会社が少し前に上場した。

私自身が一番の下っ端から役員まで広く経験した来たのだが、あまり経営実態とかけ離れている「経営とはこういうもの」みたいのが世の中で常識になってることが、従業員として働く上での不満及び経営者負担無駄に上げてるように感じていて、少しでも実態を知ってもらうことで、割とうまくいってる方の会社であっても「実態」は本とは全然違うんだと知ってる人が増えるといいなと期待して記す。

①「上場したぐらいなんだから社長凄いんでしょ?」

そんなことはない。もう10年の付き合いになるので良く知ってるし、年の離れた兄貴みたいな感じで親しみは感じているけど、明確にこの人能力高いなあと思うのは「諦めない力」くらい。空気読めないというか人の気持ちが分からないので、今ですら社長が何か発信すれば発信するほど社員モチベーションが下がるので、いつも役員同士でため息ついてる。元々エンジニア出身なんだけどエンジニアとしても決して優秀ではなかった。社長の書いたソースコードが残ってたりするんだけど、関数すらまともに使われてない超直書きの酷いクソコード

②「上場したぐらいなんだから経営幹部は凄いんでしょ?」

そんなことはない。例えば私で言えば、そもそも大学受験マーチの1個に何とか潜り込めたくらいの学力しかないし、仕事自体もそんなにできるわけじゃない。当時採用されたのも、ハローワーク求人出してくる求職者レベルが酷すぎて、面接時間通りに来た&まともに読める履歴書を提出したのが優秀そうに見えたからという酷い理由で、また出世していったのもはじめは上司が突然バックレて代わりになりそうな人がいなかったので私に回って来ただけ、その後についても昇進はだいたい上のポストにいる人が辞めるたびに穴埋めのためのたらい回し。だから経理のこと全く知識なかったのに経理部長とかやってたこともあるw

他の役員についても、正直私に劣らないとも勝らないレベル能力に過ぎないし、取引先の大企業東大卒サラリーマンとかと仕事すると、世の中にはこんなに優秀な人がいるんだあ、としみじみと感じてたりする。唯一経営幹部共通しているのは、社長悪口愚痴もいうけど、とは言ってもだらしない社長幹部以上で唯一朝定時に来ない)を生暖かい目で見れるくらいには嫌いじゃないことと、無茶な注文をつけられても、とりあえず前向きにやってみようかと思えるポジティブさくらい。入社3か月で辞めたとある国立大学法学部卒の新卒に言わせれば「無能イエスマン集団」とのことで、まあ事実無根ではないと思う。

③「上場したぐらいなんだから社員は凄いんでしょ?」

そんなことはない。そもそも上記のような私たち役員出世するくらいなわけで、逆にいうと他の社員もっと酷いわけですよ。大して優秀でもない我々よりも更に劣っているか、優秀だけど無駄反抗的だったり否定的だったりか、批判するだけで自分は何も行動しないやつか。そういうレベルは決して高いとは言えない社員たちだけど、その一方で、twitter会社悪口を書きながらではあっても、現場をしっかり支えてる人たちではある。

④「じゃあなんで成功したの?」

まず運が良かったことは間違いない。私が入ってから10年間でも3回は主力事業は変わっていて、その最後の変更がとてもうまくいった、上場できるくらいにはうまくいった。変更を主導した社長の目利きが優れていた、と言いたいところだけど、その前の2回は大失敗に終わってるし、最後のもうまくいったのは社長が言ってたのとまったく違う要因・まったく違う顧客層でうまくいったので、目利きが正しかったとは言えない。

ただ、同じようにうまくいってる会社経営者と飲みにいって話を聞くと、時価総額1000億を超えてるような会社ですら、経営マネージメントにおいては日々問題噴出・失敗ばかりみたいで、そういう酷い状況においても諦めずなんとかしようとあがき続けるうちに、なんかよく分からないけど結果的にうまくいった、みたいなのが多いようで、はじめの社長の話や、我々イエスマン集団の話に戻るけど、

チャレンジングな高い目標に向かって、とりあえず前向きにやってみて、その中で日々諦めずに奮闘すること』をやったか成功したんじゃないかと。

少し前に「HARD THINGS」という本を読んでいたく共感したんだけど、その本の記載で「CEOの成績を統計に取れば、その平均値100点満点で22点くらいだろう」「特に問題を難しくするのは、誰も平均点が22点だと教えてくれないことだ」「すべてのことに責任を負い、その結果の成績が22点では、良心に非常な負担がかかる」という話があって、なんかとても救われた気持ちになったんだよね。

経営者もまた「1人の凡庸人間」にすぎない

私が下っ端サラリーマンとして・また中間管理職として働いているときに一番苦しかったのは、ちゃんとしていてくれないと困る上司経営者がぜんぜんちゃんとしてくれなくて、そのせいで現場の実務に支障が出ることへのストレスだったんだよね。ただきっかけがなんだったか忘れてしまったんだけど、あるとき「あれ、うちの上司社長って変わってるだけでただの普通の人じゃない?」って気が付いたんだよね。気が付いて振り返ったとき上司社長に求めていたのは、とてもじゃないけど「普通の人」に求めるのは無理な「ちゃんと」だった。じゃあ、「普通の人」に求めてもちゃんと応えてくれそうな上司/経営者役割ってなんだろう、と考えるようになってから、働くのがとても楽になった。

一方で私自身が出世すれば出世するほど、昔は全然問題にならなかったような私の日々の振る舞いが、これまた部下(直接の部下だけじゃなくて他部門の部下も含む)から非難されるようになって、社長がなぜ自分取締役に抜擢するくらい信頼してくれてたのかが分かったんだよね。抜擢されなかった人たちは確かに私より優秀だったかもしれないけど、社長に「凄い人」であることを求めてて、社長からしたらそれが苦痛だったんだなと。なんせいま私が部下から同じように求められててとても苦痛なのでw

上司も部下も、もっとお互いに「普通の人」であることを許容できるように

なれば世の中の会社は今よりずっと働きやすくなるんじゃないかなあと思いつつ〆

2017-02-17

死者の誕生日

今年も今日が来た。彼はもう故人であり、何をしたとて僕達に何か戻ることもないのに。



彼は数年前に死んで、いなくなって、そういえば人間ってのは死ぬ生き物だったなと僕に思い出させるきっかけを作った。



おばあさんやおじいさんになったか死ぬのではなくて、ヒトは死ぬんだな、と。



そんな彼の死後何回目かの誕生日が今年も来て、Facebook は彼の誕生日なのでお祝いのコメントリマインドしてくれる。



故人について、人は恐ろしく忘れがちになるようである

いや、人の死についてだろうか。ああそうか誕生日かおめでとう。とコメントを書いて投稿ボタンを押す寸前で、彼の死を思い出したぐらいだ。



投稿して彼のタイムラインを見に行けば、そこには一年ごとの更新が並んでいる。お誕生日おめでとうのセットが、年一個。

彼の家族が、彼の Facebook を閉じずに居てくれてよかった。故人に向かって生誕を祝うのは、非常にあべこべな感じがするのだが。



皆が思うままに祝っている。

天国どうですかなんてギャグをかます人。

生前と変わらぬ空気で祝う人。

悼む人。



死者はいいねを返してくれないし、なんとはなしに、誰もいいねをつけない。互いに、見ても、見てないことにして。

これほどいいねのついてほしくない、いいねをつけてほしい書き込みが、いいねをつけるべきなのに。



仕方ない。彼は死んだ。もういない。

確かに死んだ日を祝うより、生まれた日を祝うほうが、なんとなく気分もいいしね。








どう?そうでもないの?やっぱ死人的には命日が誕生日的な扱いなの?

そっちで彼女の一人くらいできた?そのうち行くから飲み屋適当に探しといてよ。

いつまでも続いていく気がしていた

恋人だったはずの彼と、連絡がとれなくなった。


元々連絡はまめなほうではなかったけど、忙しくなければ週に1度はあって、ご飯をたべて、どこかに出掛けたり映画をみたり。比較的、アクティブ男性だと思っていた。

話していてとても頭のいいことがわかるから、すごく仕事のできる人だと思っていたけれど、彼は度々、自信がない、できない、大変、といった発言をしていた。そのたび、年下の私はなにをいっていいかからなくて、慰めにもならない言葉を並べたり、曖昧に笑うしかなかった。

昨年の年末に、少し疲れたから休暇を早めにとって実家に帰ると言われ、その後に連絡を取ったら、疲れたから4月まで戻らないと思う、と言われた。

友達にもそうなって復活したひとはたくさんいたし、帰るギリギリまで会ってくれたし、メールは変わらない頻度で返ってくるし、少し仕事疲れただけなんだな、って思っていた。年明けすぐの彼の誕生日には、プレゼントを送った。

その後、バレンタインデーの連絡をとろうとしたら、もうメールは返ってこなかった。

既読もつかない、彼のホームがみれない。おそらくブロックされているのだろうけど、怖くて電話をかけられずに、バレンタインデーは終わってしまった。

ひとりめ、相談した友達には、忘れろって言われた。ふたりめにはだから前の彼氏結婚したらよかったのに、と言われた。三人めには次の人探そう、と言われた。

喧嘩したとか、嫌いになったとか、好きなひとができたとか、そんなきっかけがしかった。

彼の真面目で優しい言葉が並ぶ画面で、ブロックボタンを押すことができずにいる。

ちんぽを読んで気になったことについて

遅ればせながら『夫のちんぽが入らない』を読みました。

俺の弱さを肯定するのと全く同時に無神経さを糾弾されているようで困りました。

ひとりの人間バックグラウンドはいろんなことがあるという当然の事実を突き付けられた気がします。

この本を読めてよかったと思います

ただ、俺が気になっていることというのは、まさにその「この本を読めてよかったのか?」ということについてです。

結果的にこれだけ売れてしまったいま、実生活において筆者が特定されてしま危険はないか

話が繊細であるがゆえに、噂として断片的に広まってしまったらかなりやっかいかもしれません。

筆者はこの本の出版についてご主人にも話していないと書かれていますが、特にご主人は職種や書かれている内容などヤバい感じもします。

この本がきっかけで筆者の私生活がこじれてしまったらあまりに悲しい。

実際のところこの物語にどれくらいフェイクが入っているのかはわからないので杞憂かもしれないし、どっちにしろ今となってはなるようにしかならないのでこんなこといまさら書いても意味ないんですけどね。

ノンフィクションであるがゆえの、その本の存在のものがその後の物語に与える影響みたいなのがどうしてもひっかかったのでちょっと投稿してみます

俺はギャンブルで何億円当てた人だけど?

俺は2000年代2010年代ギャンブルで何億円か当てた男だ。

証拠になるような書類特にないが、確かロトTOTO系だった。何億円といっても、一度に当てた金額ではなく、2年間かけて稼いだ金額である

色々と変な話を聞くが、そんなことは信頼できない内容であり、気にしていない。



改めて、俺は中流の上の家庭の兄妹の兄として育てられた。

はいっても、左程裕福ではない。

家族を紹介すると、父は公務員出身で、といっても特別すごいことはなく、民間で言うところの総務のような感じだ。

今は作家をしている。

母は私の子供の時は銀行員だったが、今はどこかの大学総長のようだ。

妹は某帝大卒業で、勉強も非常に良くでき+父のコネ公務員になった。

俺は勉強もできないし、出た大学も大したことないのでヤバイ人になりかけていた。

そして今でもその気質は直ってないので、かなりのお金がありながら、あれこれ遊んでいてお金が増えてどうしようもなくなっている。

私がそれなりの狂った生活になるきっかけも、中学生高校生時代同人誌書いてそれを売った事にあるのかなと思う。

これはまだオタクが不良文化扱いされていた時代の話である

当時の話をすると、私は隠れて同人誌を書いて、イベントなどを通じて売り上げ、そのお金を毎月のお小遣いにもしていた。(最終的に銀行口座を作るまでになった)

自身時代や年齢に似合わず社会人向けの資格を取ったりしていた。

もちろん、しっかりした高校に通っていた時代の話である

そして月日は流れ大学を出て数年にも満たないしたある日、ギャンブルで大儲けしたのだが、そのとき付き合っていた女の人がつきあっていた人だったのだ。

俺はあれこれ考えるも、どうすることもできず、家族に泣きつくように謝り、裏金も出した。

それで事なきを得たかと思っていたら、家族からしだいに私に圧力がかかってきた。

例えば、そのお金はどこで得たものかと問われれば、以前は宝くじで得たものと言えば言い逃れられできたものが、いつ得たものなのか、なぜ報告しないのかなどとして、邪魔者扱いし始めたのだ。



そんな状況もあって家を出ることになった。

当然、付き合っていた人は必死に反対したが、状況が状況だけに仕方がなかった。

俺は家族をなだめ、彼女は色々と準備をした。

色々と手続きを終え、私は付き合っていた人の養子になった。

養子縁組してからは、苦労と一言では言えないほど苦労した。

かわった家庭事情になかなか馴染めなかったこともあるし、そこでの家族の尻拭いをさせられたこともある。

その家庭が裕福だからか知らないが私の事情がばれたときに、元の家族馬鹿にするような発言をも浴びた。

幸い、たまたま近所にいた大学時代の先輩に助けられ、いまはそこそこ落ち着いた生活が出来ている。

2017-02-16

「描きたいシーンが先にあって繋ぎがおろそかになっている」という評価が下されがちな作品でもむしろ最近好きになる傾向が多くなってきて自分でもわりと不思議だったりする。

昔は自分も「描きたいシーンがあるのは分かるけどそこに至るまでちゃんと説得力のある描写しろよ」と思っていた方だったのだけども。

なんか「制作側が描きたいシーン」が本当に気合の入った凄い良い場面になってるならもう周囲おざなりでも許しちゃうというか。

以前は説得力がなくて決めシーン見ても白けるだけだったアニメも見返すと「決めるところは決めてるし悪くないなあ」と感じられるようになったので、やっぱ自分の中の受け取り方みたいなもんが変わったのかなと思ってる。

きっかけがあったとすれば、信者化するレベルで本気で好きになった作品所謂繋ぎスカスカ系だと批判されがちだったことだろうか。

そこまで繋ぎおろそかじゃないよな…と若干落ち着いた頃に見返した時、その「おろそかでない」根拠の一部が自分脳内補完だったということに気がついて愕然としたのは結構な衝撃だった。

でも結局その見方を変えることは出来なくて、お陰様ですっかり説明されてない部分は自分脳内で補完する癖がついてしまった。

制作側の甘えを許すダメ視聴者なのかもしれないなあと思いつつ、まあ自分にとってはアニメも娯楽だし楽しんで見れればいいかなと思って今日アニメを消化している。

http://anond.hatelabo.jp/20170216145224

描くきっかけは人それぞれなので試しに買ってみるのは悪くないと思う

でもペンタブ使わなくなった理由はもう少しちゃんと考えてみたほうが良いんじゃないか

競技プログラミングに対して私が思うこと

競技プログラミングが役に立つとか、立たないだとか。何年ものTwitter やらで様々な立場の人が各々の意見を述べてきたが、今と昔ではかなり事情が違うかもしれない。下に述べるのは、最近私が思うこと。

私は元競技プログラマTopCoder によく参加していた頃は赤色だったこともある。始めたのはアルゴリズムの魅力に惹かれたのがきっかけ。継続して続けられたのはコンテストが楽しかたから。プログラミングコンテストが無ければ私はこの道に進んでいなかっただろうし、プログラミングコンテストで得た知恵や技術や友人は、今でもかけがえのない宝だ。私にとってはこれだけでも競技プログラミングは役に立つ理由として十分なのだが、一般論としてはどうなのだろうか。以下ではよく話題として取り上げられる (1) 競技プログラミングプログラマを成長させるのか (2) 競技プログラマ採用するのは企業にとってプラスかどうか (3) 就職活動に有利かどうか について私なりの意見を述べようと思う。

(1) まず、競技プログラマは成長させるのかどうか。それはその人次第だ。これを言っちゃお終いだろという意見もあるだろうが私はこれが真理だと思う。例えばコンテストで他の競技者と競うことが好きな人にとっては有効な学びのツールになるだろうが、そういうのが好きでもない限り向かないだろう。アルゴリズム勉強したいなら、わざわざコンテストが開催される日程に合わせてパソコンに向かって決まった時間だけパソコンとにらめっこしなくても、本を読んだりして勉強するほうがいい。競技プログラミングプログラミング学者にとっていい勉強ツールだという意見もよく聞くが、個人的にはどこか有名な大学プログラミング入門のレジュメ学生実験資料ネットから探して読んだり実装したりするほうがいいんじゃないかと思う。プログラミングコンテストには勉強ツールというよりはパズルゲーム感覚で取り組んだほうがよい。

(2) 次に、競技プログラマ採用企業にとってプラスかという話。個人的には、競技プログラマには一緒に仕事がしたくなる人が多いので、どんどん採用すべきだと思っている。ICPCに協賛したりコンテスト主催している企業もそのことは理解しているようで、アルゴリズムの造詣が深くて、良いテストも書ける人材を獲得するべく競技プログラマ積極的採用している。しかし、これは競技プログラミング一定以上の力量のある人の話。競技プログラミングを今までやってこなかった大学生でも、情報系の学部所属していれば AtCoder で水色や青くらいになるのはよくある話だ。しかし、それくらいのレーティング面接競技プログラマ自称する人は少なくない。プログラミングコンテストについてよく知らない企業がうっかりそういう学生採用してしまうと、競技プログラミングは役に立たないのではという意見が出てくるのも不思議ではないだろう。

(3) 最後に、就職活動で有利に働くか。ここ数年は有利に働いているようで、競技プログラマ積極的採用している企業も多いようだ。そしておそらく、今の学生競技プログラマに対する最初評価が決まるのだろう。今の新社会人や就活生次第で未来競技プログラマたちの存亡がかかっているのだろうと思う。

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