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はてなキーワード: 社会的とは

2016-05-24

なぜアイドルをやめるという選択肢がないのか

アイドル女性がめった刺しにされたというニュースを見てまっさきに思ったのが警察相談するほどに身の危険を感じていたのになぜアイドルを続けていたのかということだ。

事件が起きるまでこんなことになるとわからなかったのはもちろんそうなのでたいへんに誤謬がある言い方になるかもしれないがなぜそこまでしてアイドルを続けるのだろうか?AKB握手会でノコギリで襲われたということもあったがノコギリで襲われたら普通どんな仕事でも辞めることを真っ先に考えないのは異常に見える。

はてブでも「なんでアイドルをやめなかったのか?」というコメントはなかった。無作為に愛をばら撒けばおかしな奴もでてくるし狂人抑制する術が事実上ない以上はアイドルをやめるという選択を持つべきではないだろうか?ツイッターも削除して事務所もやめてただの大学生に戻る。一ファン言動アイドルをやめるということは不特定多数相手にする商売では難しいのかもしれないがファンアイドル社会的な衣を脱げば別段変わらない一人の人間なのだから一人の人間のために動くということがむしろ普通のように見える。

なぜそこまでしてアイドルをやりたいのか・・・いややりたいのは良いがなぜ身の危険を感じるほどにやりたいのかやめるという選択が出てこないのかわからない

文学部価値とは何か

京大卒、東大卒文学部の方々の文章を読んだ。どちらも有意義文章だが社会において文系価値が軽視されがちになってきている趨勢を感じるこの時代に書き残しておきたいことがあります

何のために学問をおさめるのか、主婦になるのは大学教育必要ない?東大卒プライドを捨てなければ自己肯定できないのか?

どちらも境遇が違うのですが共通して言えることがあるので増田に書いてみたいと思います文学部存在する大きな意味ひとつに「無限文脈」を得るためということがあるでしょう。

たとえば仏教人生は苦しみであると説きますしか人生は苦しみであるという言葉だけではなにをもって人生が苦しみなのかわからないので人生とは~~~ゆえに苦しみであるという~~~を獲得するのを助けるのに文学ほど有用学問はないと確信しています。これは論理実験では決してうまらない人間人間たる存在問題であるのでバッチリこれが答えだなんて言いいきれるものではありません。それが理系文系の決定的な違いなのではと思うのです。文系学問経済学社会学政治学などを含めて全て勉強すればするほどに断定的な物言いが難しくなる側面があります文系は人文系とも呼ばれますがまさに文学人間混沌理解するため、ではなくどう見つめるかのその過程を追求するためにあるのではないでしょうか。

から社会的実益を生むわけではないので文学は時に軽視されることになりますしかし自らの人生を追及するために文学ほど役にたつもの存在しないのです。それは一般的労働従事するかぎりにおいてはほとんど役にも立ちませんがそれでも個人の人生という物語形成する重要な要素にはなるのです。

おそらくそれが京大文学部を出て主婦になった方が感じる最も根幹に感じる違和感の正体ではないのでしょうか?大学を出て社会的な成果を出さないとは何事かと人は言います。けれど文学人間の外面ではなく内面をどう料理するかを学ぶ学問なのですから主婦になろうがどうしようがそんな社会的なことは甚だどうでもいいものしかないのです。むしろその京大で学んだ文学的素養を発揮するのに主婦子育てほど適した職はないとも私は思っています

文学価値というのは学生の時には傾倒し教授と談義にふけったりそれはそれはとても面白いものですが社会に出れば時に忙殺されてしまます。実務に追われ気づけば学生の時に追求した私は~~~だからであるの幼い文脈すら仕事一言に置き換わってしまます。それは理系文系京大Fラン高卒関係なくです。しかしそんな何のために働くかわからなくなった名もなき乾いた砂粒のような人間にこそ文学必要なのですよ。

「やめて!ハハのライフはもうゼロよ!」

このブログタイトル見る度に

「やめて!社会的繁殖能力のない童貞おっさんライフはもうゼロよ!」

って叫びたくなる

企業にわかってほしい就活生の本音

3月から就職活動を始めて3ヶ月。

多くの会社説明会に参加する中で、どうにももやっとすることがある。

収入福利厚生はどうなっていますか?休みはどのくらい?なんて聞いてくる学生ばかりで、入社後の目標や成し得たい事を持っている学生が少なすぎる!」

会社説明会の中で、このような就活生の意識の低さを嘆いたコメントはよく聞いてきた。

待遇よりも、就職した後で自分がどうなりたいのかをよく考えるべき、というのは至極もっともな意見だと思う。

けれど、ここで一つ分かって欲しいことがある。

入社後の目標や成し得たいことを持っている学生が少なすぎる?”

当たり前だ。入社後の目標や成し得たいことを持っていないのではない、先ず考えられないのだ。

社会人と、就活生では欲求のレベルに差があることを分かって欲しい。

マズロー欲求段階説を例にすると分かりやすいので、マズロー欲求段階説を参考に説明する。

人間基本的欲求はまず、5段階の階層にたとえられる。

自己実現の欲求 (Self-actualization)

承認尊重)の欲求 (Esteem)

社会的欲求 / 所属と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)

安全の欲求 (Safety needs)

生理的欲求 (Physiological needs)

欲求の順番は非常に重要で、下にある欲求が満たされて初めて、上部の欲求に移行すると考えられている。

生きるか死ぬか、自身の身の安全が分からない状態で、まず先に誰かに認められたいと考える人は少ないだろう。

同じように、就活生の場合を考えてみる。

から独立して、1人で生活していかなければならないという意味では、まず安全の欲求を満たそうと意識が向いてしまうのは、当然のことである

企業側が、目標を持て、というのもわかる。社会的欲求、所属と愛にの欲求を満たした社会人ならば、承認自己実現への道筋もしっかりと見え、考えられるだろう。そこで、同じビジョンを見よ、と言うのだ。

そもそも同じ土俵に立っていないのに同じビジョンが見えるだろうか、考えつくのだろうか。

下層の欲求すら満たされていないから、自己実現の欲求なんて考えられません、と言うつもりはない。

けれど、その捉え方が、道筋が、社会人の人と同じぐらい明確に見えるわけではないこと、そして明確でないからこそ、社会人の人と同じビジョンが見たくて、考えてはもがいていることを知って欲しいと思った。

2016-05-23

国立大たからって国家に貢献する義務を背負う訳ではない、というのは、

その趣旨に照らし合わせればその通りなんだろうけど、

そのロジックに寄って立つ人が社会的な公正さを保とうとすると結構しんどいと思うんだよな。



早い話が、定時に帰る公務員批判できなくなる。

交付金で成り立ってる地方批判できなくなる。

生活保護パチンコやってる人が批判できなくなる。



どれも理由があって税金がつぎ込まれている訳だけど、多くの人にとっては不平感が付きまとう訳で。

公的リソースの部分で京大卒の人が「許される」条件があるとしたら

この辺を全部許容できる事なんじゃないかなと思う。

結婚願望のなかった彼と結婚にこぎつけた唯一の方法

結婚指輪ふたりで注文した。

30歳の初夏。



彼と付き合って4年目、

結婚したいと思ってから2年、その意志を伝えてから数ヶ月後に同棲

結婚についてはこれでもかというくらい話し合った。

自分は何者で、どんな性格で、人生においてどんな優先順位をつけて生きているのか

相手の何が好きで、どうして結婚するならその相手じゃなきゃいけないのか

この先どんな人生を歩んでいきたいのか。

相手の何が好きで相手とどうなっていきたいのか。


自分で考えて、言葉にして、

話し合いお互いを知ったその末に、彼は私にプロポーズしてくれた。


だけどそれは決してゴールじゃない。


結婚プロジェクトみたいなものだ。

企画提案してヒアリングして内容を詰めて承認を貰う。

承認を貰ったら運用していかないといけない。



ネットを見れば

「彼にプロポーズされる方法」とか、「本気度の見分け方」とか、

結婚意識させるには」とか、そういうのはいくらでもある。

でも全部無駄。答えでもなんでもない。

何一つ「自分たち」には当てはまらない。



彼にプロポーズして貰ったのは結果論

そもそも私が「あなた結婚したい」と伝えていなければこの展開は迎えていなかっただろう。

彼は結婚願望などない人だったから。


だけど私は彼がよかった。

彼と結婚たかった。


そのため、彼に対して伝えていく上でいくつか手法を分けた。



1:自分の口で意志を伝える

2:彼の意志と話を聞く

3:ふたりで話す

4:本や第三者を使う



当然と言えば当然である



1はとにかく「私はあなた結婚したい」という意志を伝えた。

「付き合ってるのと変わりないからこのままでいいじゃないか」と何度も言われたけど

制度上の違いや法律に守られる意味社会的意味、認められることの大切さ必要さを訴えた。

2は1からの流れですることが多かったが、彼の話をとにかく聞いた。

何が彼を押しとどめていて、どんなネガティブイメージを持っているのか知らなきゃと思った。

3は1、2を踏まえて擦り合わせを図り、課題を共有、クリアにしていった。


しかし4については書籍きっかけにして本気で第三者を利用した。


プリマリタル・カウンセリングである



彼の隣で「この人と結婚していいの?」を読み、

彼にも読んで貰ったところ、興味が湧いたらしく「受けてみたい」と言い出したのだ。



第三者の介入があるとはいえ、することは変わらない。

このカウンセリングは「結婚生活」の準備を進めるためのもの


自分を見つめ直し、「なぜ」を繰り返して、

相手の想いや意志尊重しながら、とにかく納得するまで話をすること。

これが出来なきゃ始まらない。



ただでさえネットでは色んなことを考えて発信してくれる他者が多い

でも他の人間受け売り相手の心に響く訳がない。

友達結婚した」、「あの子には二人目が」みたいなのも同様

それではただの伝言ゲームに過ぎない。




ある日こんな会話をした。

「どうして俺と結婚しようと思った?」

最初は一緒に生きていきたいな、だったけど、途中で変わった。

 この先生活していく上で、致命的なマイナスがないとわかったから」

「俺もそこなんだよね、やっぱり。自由が減るとか監視下におかれるとか思ってたけど

 これだけ話して、そういうことじゃないってやっとわかった」


結婚したがっていなかった彼だって、実際のところよくわかっていなかった。

向き合い続けた結果、私たちは今、同じ方向を向いている。

カウンセリング現在継続中。

興味深い話が多く、結構楽しく通っている。



適齢期なんだしと甘えてないで

なんでわかってくれないの、と憤慨する前に

自分意志を、自分言葉を口にしなきゃ

相手は何もわからない。

相手の事も、わからない。

http://anond.hatelabo.jp/20160523061412

一方で私がURLを示したサイトによると、先天的可能性を示唆していると書かれていますね。

正直、どちらが正しいのかは分かりませんね。

ただ、私の読んだ記事によると、ペドフィリアでない人たちが同世代性的欲求を持つときと「同じ」反応を、

子供に対して持つということが書かれていたので、

それならば、対象年齢が違うだけで本質的に同じものだということは変わらないと思います



もし当事者が「変えたい」と思ったなら、その理由のほうが気になりますね。

それは社会的抑圧だったり、差別が原因でそう思ってしまったのではないか

社会的弾圧されていた同性愛者が異性を好きにならなくてはいけないんだ!

という風に思いつめてしまうのと同じ状態なのではないか?と。

2016-05-22

現代アート考えた!

タイトル:「精神時代時代の精神

内容:プロ野球中継でのムチャクチャ解説精神論根性論のみを延々垂れ流す(例:今日達川

メッセージ性:こんなの時代遅れだよね、これからなくなっていくよねという冷笑的な総括であると共に、

こういう意味不明なことをいっている人がお金をもらえる、

というある種の社会的ゆとりが今後なくなっていくのではないか?という「冷笑」への批評感覚も覗かせる極めて意欲的な作品

とある飲み会で「◯◯さんってゲイらしいよ、気持ち悪い〜〜」って盛り上がってた。

メンバーは男女両方。

ちなみにオレはバイだけど言ってない。

メンバー社会的にはマトモな人たちで、マトモに会社勤めして、マトモな趣味で、マトモな考え方の人たち。

昔は「ホモキモッ!死ねwww」ってのが当たり前に受け入れられてて、公の場で言っても大丈夫だった。

でも今公の場でそんなこと言ったら結構ヤバい

しか飲み会とか、どうせ周りはストレートばっかだし大丈夫。(そんなことないけど)

昔女は男の付属物で、女は子供生む機械という発言はOKだった。

そして今、子供生む機械ゲイバカにしている。

人間というのはマジョリティになれば何でもありなのだ

2016-05-21

https://www.youtube.com/watch?v=G49jpWdyfwk

歌舞伎町合法的にボッタクリを行い荒稼ぎをしてる人がいるようだ。(最終的に逮捕されたけど)

この前歌舞伎町行ったら「客引き違法行為です」という大きな看板が立ってて、スピーカーで「客引き違法行為です」の爆音が出ている前で堂々と客引きが行われていて、他の街の客引きがおとなしく見えた。

ユーザを食い物にしてるソーシャルゲーム会社合法だけれど、社会的には成功者である

貞操観念ってどこで手に入れるの

20代女、セックスが好きでよく知らない相手ともすぐにしてしまう。

友達は皆、彼氏しかしないって言う。それが普通っぽいので合わせてる。

 

学校ではさんざんセックスの怖さ(子供ができる・病気になる)と教え込まれた。

でも実際、ピルゴム検査してればそこまで怖くない。

なんで知らない人とセックスしちゃ駄目なんだろう。

貞操観念が薄いとかみっともないとか言うけどその感覚はどこで手に入れたものなんだろう。

とくに「浮気したパートナー生理的気持ち悪い」とか言い出す人の気持ちが本当にわからないので誰か教えて欲しい。

怒るのは当然だけど気持ち悪いっていうのはどこから来るんだ。付き合う前に誰かしらとそういう事してたのに。付き合う前はノーカンなの?童貞処女で付き合ったならわかるけど。

一応言っておくとパートナーの居る相手は避けてる。ていうか友好関係を崩したくないから知り合いとはしない。

セックスは好きだけど社会的不利益は被りたくない。

結婚したいってなんなん?

結婚という制度意味からなすぎる。

結婚して良い事なんて1個でもあんのかな?



一緒に居たいなら同棲すれば良い。

国に保証してもらわなければ、

お互いを愛し合うという気持ち信じられ無いのか?



子供だって籍入れなくたって、普通に子育てできる。

もっと言うと、片親でもちゃんと

育てられるような社会的支援するべきだろう。

実際、結婚制度だけでどうにかしようとするから

少子化全然まら無いくせに、

妊娠中絶数がめちゃ多いって状況になってるんだし。



老後のために結婚とかだって

介護施設入れる金貯めておいた方がよっぽど安心だろ。

実際、定年後に離婚されるケースが山ほど出てきてて

心の底からザマアとしか思わ無いよね。



そのくせ、結婚後に恋愛したら不倫離婚だと

犯罪者になるわけでしょ?



愛を証明するために、意味わからん契約結ぶとか

友達のために保証人のハンコ押しました」

となんら変わらないじゃない。



もうこの国から結婚制度くそうよ。解散!

2016-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20160520222216

犯罪を犯す前から基地をなくせと言い続けているわけだが

それにしてもネトウヨは呼吸のように自然ヘイトスピーチ吐くんだな

日本中国韓国属国になったらお前みたいな人道に対する犯罪者大陸奥深くの陸の孤島収容所で他のネトウヨと一緒に死ぬまで幽閉されてほしい

そして残りの一生を反差別の闘士たちに土下座して過ごせ

地の匂いにむせかえるまで地面に頭をこすり続けろ

日本にいるとネトウヨが多すぎて実感湧かないかもしれないがネトウヨであることはネオナチであることと変わらないくらいに反社会的であり本来なら人にばれたら一発で社会的死ぬレベル

地政学的に考えて今後数十年とは言わないが数百年単位で考えると日本が国として残り続けるわけないのでもしお前が自分の子孫のことを大切に思うなら悪いことは言わないか中国語保険として韓国語を身につけることをオススメする

中国語人類共通語として残る可能性が英語アラビア語より高いし、韓国語はともかくハングルは史上最も優れた文字システムであり中国語採用される可能性もあるので学ぶ意義は大きい

ともかくネトウヨおよびその原因である日本的ものから脱出できないならば将来はないと思え

http://anond.hatelabo.jp/20160520140713

女のほうが貧困に陥りやすいわけではないと思うな。

だって貧困なやつたくさんいるだろうし。

確かに男の給与のほうが女より多いだろうけど、それは男のほうが社会的責任が重いからでしょ。

女の非正規とか無職より、男のそれらのほうが社会的に認められにくい。

自殺率も男のほうが多いしな。

あと、女性は男より体が丈夫でなかったり、競争が嫌いだったりっていうのがあるんじゃないか

男女平等にしようって言う時に、「女性活用できる環境にしよう」など、女性優遇するっていう方向に向かってるのがおかしいような。

優遇しないと活躍できないってそれっておかしくないか

http://anond.hatelabo.jp/20160520024309

何か誤解してるみたいだけど、

男にとってみれば社会的キャリアってのは家族を食わせるための肥やしみたいなもんで、

バリキャリ女が考えているような)単純な自己実現のためのものではないんだぞ。

北欧でのレイプの話

どこまでホントなのか分からんけど、スウェーデンから留学生の話。

スウェーデンでは、アルコールを飲んだ後のセックスは、後日女性から訴えられれば確実にレイプ認定される、らしい。

ようするに、日本痴漢冤罪と同じで、スウェーデン女性はその気になればいつでも男性社会的信用を失墜させることができるんだとさ。

(そういえば、ウィキリークス創設者スウェーデンレイプ認定されてたね)



かの国はフリーセックスで有名だけど、セックスには相当なリスクがあると認識されているらしく、スウェーデン男性の草食化傾向も結構アレらしい。

スウェーデンにかぎらず、北欧社会少子化こそ改善してるけど、男性の未婚率は日本以上で、完全に女尊男卑社会構造になってる。

シングルマザーが多いのも、ハイスペ既婚男性不倫して妊娠しているパターンが多いからだとさ。

共同親権ベースにあるから相手男性子どもを合わせないことを条件に養育費要求しないらしい)




国中が一部の男性の子どもばっかりになるとか、北欧ってちょっとした優生学の国だね。ヒトラーもびっくりだわ。

ちなみに、スウェーデン大学だと日本アニメ文化ファンも多いんだって北欧男子二次元に逃避してんだね。

まあ、そのスウェーデン留学生日本の優しい女の子結婚したいって言ってるし、日本女性って舐められてんだな。

http://anond.hatelabo.jp/20160520024309

低年齢と高年齢が駄目だと言ってるだけだろうが、本編よめ。



つか、社会的キャリア積む必要はなくね?

総合職就職10年後残る女はほぼ0だから人達も要らないと思っている。

http://anond.hatelabo.jp/20160520021940

女性はそんなにはよ子育てして

いつ社会的キャリアを積むのか

成熟状態子育てさせるのか?

娘の背中スイッチが出来た。

赤ん坊の朝は早い。生後一ヶ月になる娘は完全母乳で育てているが、2~4時間に1回のペースで授乳せねばならない。特に夜間は4時間ほど寝てくれているが、その分朝は腹が減るのか、お目目ぱっちりで寝ずに泣き続ける。

である私は"母乳"など出せるはずもなく、当然その分育児負担は妻が大きくなる。ただでさえ、妊娠出産の時点で女性に発生する肉体的・社会的負担は大きいのだ。授乳後の寝かしつけくらい、夫の役割であるべきだろうか。

新生児(生後28日まで)期間はサクッと寝てくれていたのだが、最近はなかなか寝てくれなくなった。なぜなら、娘の背中スイッチが出来てしまたからだ。

腕の中で眠った娘を布団に置こうとする瞬間、暴れだすのだ。布団においても、背中を支える手をそーっと引き抜く瞬間に起きてしまう。起きれば当然娘は泣き出す。休んでいた妻も目を開ける。

妻「授乳は疲れるし、次のおっぱいを作るためにも寝たい。うまく寝かしつけてくれ」

私「それが、ネネ(娘の名)が布団に置かれたことを感知するようになってしまったんだ」

妻「1週間前くらいかネネ背中スイッチ増設されたらしい。テスト完了して、最近稼働しだしたみたい」

そんなことがあるだろうかと、私は訝しんだ。抱っこしている娘の肩あたりを顎で挟むようにして、縦抱っこに切り替える。すると何ということだろう。ネネ背中にかすかな凹凸を確認できるではないか

私「なんで、今まで気が付かなかったのだろうか」

妻「病気と同じなの。名前を与えられて病気になるように、存在を指摘されないと見えてこないのよ。私もTwitterの2016AprilBabyクラスタで教えてもらったのよ」

ネネの服をずり上げると、青色スイッチがそこにはあった。蒙古斑よりも青く、そう妻の生まれた町から望む日本海の色だった。

私「そうか、でも見えるようになってしまえばこちらのものだ。スイッチが反応しないように、押した状態を維持して布団に置けばよいのだろう」

妻が驚いた顔をして、静かにうなづく。スイッチ存在に気が付かなかった、そんな察しの悪い夫がすぐに解決策を見出したことを喜んでいるようだった。

妻「やってみて」

ネネのお尻を私の腹にあてるようにして、縦抱っこを続ける。子守歌をうたいながら歩き揺さぶれば、忽ちネネの瞼は重くなる。このタイミングならば気づかれまい。私は恐る恐る背中スイッチを触れ、ゆっくりと押し込んだ。

果たしてネネは眠ったままだった。勝利のファンファーレ脳内で鳴り響き、妻にドヤ顔を見せる。私はネネの布団まで歩くと、そろりと腰を下ろした。まずは背中を布団に下ろし、次に頭を枕に下ろす。ゆっくり背中と頭を支える手を抜いていく。大丈夫だ、寝ている。

私の太ももの上にまだネネの足があった。これを布団に下ろそうとした途端、ネネの目はカッと見開き、泣き声が部屋を満たした。

私「なんでだ!背中スイッチは押したままにしていたのに」

妻「ごめんなさい。伝え忘れていたわ。ネネの足には温度センサーがあるの。正面で抱っこしてる私たちの腹部の暖かさをモニタリングしているのよ」

ネネの足裏を確かめてみると、すべての指に赤液温度計が伸びているではないか。その赤さが憎らしくもあったが、娘が元気に生きる証だと受け入れることにした。今すべきは娘を寝かしつけ、次の授乳に備えることだ。

泣いているネネを抱き上げ、あやす。もう背中スイッチも、足裏の温度センサーも忘れない。必殺の子守歌でネネの瞼はイチコロのはずなのに、なかなか落ちてくれない。

何故だ?何故だ!

慌てて妻の方を確認すると、妻は悲しく微笑んで、そのまま瞼を閉じた。そうか、そうだったのか。妻に言われなくてももう分かる。僕も現実を受け入れる覚悟をしてネネ視線を戻した。

ネネの頭にはまるでタケコプターのような黄色い高度センサーがついていたのだった。

2016-05-19

たなびく黒髪は初夏の乾いた風を受けて

僕は学食カツ丼を食べていた。30歳も迫る年頃となっては20前後学生に向けた濃い塩味もそろそろ辛くなってきたが味は9年前に入学したときから変わらなかった。僕は大学院生として大した志もなく、大学に残っている。向かい合ったテーブルの向こう側には、初めてあったときから変わらない片言の日本語で精一杯話を続ける中国人の同僚がいた。

「たしかにそうだね」

とうなずぎ同意を示すために顔を上げた瞬間、僕は無意識に通路を歩く女性の姿を追いかけていた。あらゆる社会的妥協拒否したように黒く真っ直ぐに伸びる長い髪、これからやって来る夏を拒否せんとするばかりに着こまれた地味な服装学食喧騒を拒絶し周囲の一切の若さ無視を決め込んだような無表情。



次の瞬間、私の意識は教壇にたっていた。そのとき、僕はTAというものをやっていた。TAというのは教授小間使で、授業の出席カードを配ったり小テストを採点したりと雑務をやらされる大学院生のことだ。実験をして、コンピュータシミュレーションをして、TAとして雑用をして、無機質な日々が淡々と過ぎていくのを感じていた。教壇の上に立ちながら小テストの様子を見ていると、一人の少女が目に入った。工学部には女子が少ないが、彼女らほど人間社会的動物であるこを誇示する実例はないというほど密なグループ形成している。しかし、胸のところまである黒髪を頭の後ろに結んだその少女女子集団を遠く後ろに見ながら、たった一人最前列に座っていた。来る日も来る日もそうだった。少女形容するには孤独ということばは似合わない。孤高と表現するよりほかない。

彼女はいったいどうやってこの大学生活を生き抜いてきたのだろうか?」

女子社会に背を向け、それでもこの学年まで上がってきたということは誰か助けてくれる男子でもいるんだろうか?」

などと考えを巡らせていたが、無論答えはわかるはずもない。彼女と同じ学科と学年のサークルの後輩に彼女を知っているか興味本位で聞いてみた。

「あの子はですね、いつ見ても一人なんですよ。」

僕は全くの部外者であり、なんの関係もないのだが少し心配になった。学期が終わるともうそ少女を見かけることは無くなり、気にかけることもしなかった。



彼女が右足を、左足を一歩ずつ前に出すたびにあの日と同じ黒髪は左右に揺れ、窓から差し込む初夏の日差しを受け一本一本の艷やかな様子が感じられると思えるほどであった。ただ、彼女黒髪は胸の位置を超えて太ももに掛かるかと思うほどに伸びていた。彼女はまるでこの世界に誰も人間など居ないかのようにしっかりと目を見据えながら歩いて行った。彼女大学院生なのだろうか。ひょっとして、過年度生になってしまったのだろうか。一瞬のうちにあらゆる想定が僕の頭の中を駆け巡ったが、次の瞬間その想像不毛さに嫌気が差した。

「それで、あの実験なんですがね...」

中国人の不自然日本語で一気に現実に引き戻される。そうだ、いま僕は彼と昼飯を食っていたのだと。



時間残酷だ。あらゆるものを変えてしまって、同じであることを許さない。さらりと伸びた彼女の髪はそのことを示す動かぬ証拠となった。もう5年も経ってしまったのに、あの日々はもう帰ってこないという単純なことが胸を襲った。

やはり、時間残酷だ。

2016-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20160517102608

http://anond.hatelabo.jp/20160514091902

> 「人前で苦々しい顔をすると周りを暗くするから、明るく振る舞うべき」というメンタリティ、というか社会的要請が受け入れがたいんだわ。

> 不愉快なことがあっても不愉快な面すんな、って要請だけは受けたくないの。


と、それを行うと「不機嫌による支配」という側面があるという話

http://anond.hatelabo.jp/20160517120100

どちらも良く分かる。何が間違っているのか、どう折り合いをつけるべきなのか興味深い。

不機嫌な態度に対して「こっちも不愉快だよ」って返せる関係がまず望ましい、そうであれば将来的に歩み寄りができるのではないか、ととりあえずの結論をつけておく。

2016-05-16

自分が好きなもの炎上しそうだとしても指摘するべきか?

自分が好きなコンテンツがあるとします。

で、そのコンテンツ社会的には問題になりそうな描写があります

でも、あんまりそこに気づいている人はいない(正確にはある種の問題があるのは皆わかるが、別の視点がない人が多い)

さらに実は俺はその作品結構好きな方で問題点ぶっちゃけ個人的な心情からすると問題ではない。

けど今のはてなだったら若干議論を呼びそう(まぁ俺の杞憂かもしれないけど)


それでも指摘するべきだろうか。

いや、するべきだろうかというのはおかしいか

なぜ他者決断を委ねているのか・・・

なんだかマッドサイエンティストになった気分だ。

頭のおかしい人は、妄執と信念の区別がつかない

@tomonobu0802 というTwitterアカウントがある。

女性声優は全て生活保護を受ける存在になるから自分の手であらかじめ潰さなければならない、と言う頭のおかしロジック

かなり本気で振りかざし、呼吸するように女性声優アカウント罵倒する人間だ。無論、彼は誰から相手にはされていない。せいぜい2chヲチスレ10年近く機能している程度だ。

ついでに、安いネトウヨで、アジア方面を呼吸するように罵倒しないとおのれの非才さを直視して死んでしまタイプ人間だ。

どうも15年くらい前はごく普通に同人活動をやっていたようだが、人間関係をまともに構築できないタイプのようで

今やさわるモノ全てにウンコを投げつけるマシーンになりはてている。

また、「俺は過去に3度会社をクビになっている」と、己の信念が社会と折り合いをつけるのを拒んでいるかの如く胸を張っているが、

単に仕事が出来ないのに正社員待遇を迫り、いちゃもんつけまくった挙げ句訴訟を行い、示談をもぎ取ったと言うが完全に「手切れ金」を渡されて捨てられただけのことになっている。

この手の頭のおかしい人を遠巻きに見ていると、「批判反論されることでより自分の狂ったロジックが正しいと確信を持つ」という性向確認できる。

これはまぁ、陰謀論者も「放射脳」と揶揄される先鋭的反原発主義者も、最近話題の「広義の「しばき隊」」あたりもなんだが

自分の正しさって奴に懐疑を持つ能力のものを失っている、あるいは自分の正しさを否定するとアイデンティティのもの消失する人間だ。

彼の抱えている「信念」ってのは、そういう自らの狂気妄想の類を「正しい」と思い込まないと自分自身も堪えられない「妄執」でしかない。

から他人罵倒しておのれを省みたら必要性を一切感じ取ることさえ出来なくなっている。省みるというのは、おのれの心臓をえぐり出すことに等しいからだ。

こういう人間が、「反レイシズム」だの「環境保護」だの一件社会的反論しにくいテーマを持ち出して、そこに居る「悪党」に見えるモノを罵倒すると

奇妙なカリスマを持ち始め誰も止めることが出来なくなる。

現在の @kdxn が完全にそれなのだが、かつてのmixiでの彼の傍若無人な態度を知っている人間は、

しばき隊やCRACをバックアップしはじめた頃からあいつに関わるとろくな事が無い」「奴は人語を繰り出す獣でしかない」と初期から警鐘を鳴らしていた。

その結果が、今のありさまである

社会運動を、こういう頭の可笑しい、反省する能力の無い人間に仕切らせてはならない。女性声優罵倒し続ける程度の頭の可笑しい人間程度に納めておかないと

社会的に正しいことをすることを白眼視させる」事になるぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20160516020205

すごいな。自分ガルパンTVシリーズもOVAも見て劇場版も2回見に行ったけど

西住殿くらいしか名前覚えてない。あとは華道の子と、ミリオタと、眠そうな運転手と、

もう一人だれだっけ? レベルなんで全然いいと思う



それでも取引先とかの顔と名前とか忘れると社会的ヤバイ情報

こまめに名刺とか眺め直したりしてなんとか繋いでるので

記憶力は目的意識と繰り返しでブーストされると思う

プリパラ性的消費をめぐって

最近プリパラ性的でどうこうって記事を目にした。

色々な点で不用意な記事だったと思うけど、言いたいことはわかる気がする。

プリパラ性的かどうかはさておき(それは誰が判断するの?という問題があるので)、性的に消費されている、そんな局面は多少ネットを掘っていれば目にする。

それを知った上で、プリパラを見る女児(あるいは娘)に無邪気に接することができるかというと、多少のためらいがあってもいいのではないか

無論プリパラ先進性はよくわかっている。男の娘キャラにそれは端的に現れているんだろうし、ブラ外しがどうこう叩かれていたが、それは正しさと正しさがぶつかりあった結果だろう。

そして、女児プリパラを見ること、あるいは女児プリパラを見ることを傍観することに対して何らかの断罪、ないし性的ニュアンスの感受をしたいのではない。

さらにいうと、「これは歴史的に反復しているものである」という指摘に反発するものでもない。

たとえば、CCさくら板の事情を知りながら娘がCCさくらを無邪気に見ている…そんな光景は用意に想像出来る。

これはそんな出来事の、ささやかな反復だ。

ただ、僕が言いたいのは、そのような構造に対し、多少のためらいがあってもいいのではないか

無論だからプリパラを見るのを辞めろというわけでは一切ないものの、上記の光景に接してググッと唾を飲む、そんな行為を許されるスペースがあって然るべきではないか?ということだ。

女児が無邪気にプリパラを消費する、そんな光景社会的に消費される、そんな光景を見守りながら「オタク」が(多少の背徳感とともに)いささかのためらいを覚える、そんな光景があってもいいのではないか

これは歴史的に反復していることなのだと自覚しつつ……。

多分僕は、「ためらい」こそが人間人間である由来なのだと無邪気に信じているんだ。

そんな安易さを自覚した上で、それでもこの主張をすることはできないのだろうか?

この主張が社会の片隅に登録されて、どこかの誰かの気持ちを動かす、そんな可能性にかけてみることは許されないだろうか?

追記(5/17

元増田です。

燃えそうにしか思えない話題なのに燃えなかったのはなんでだろ…。

酔ってて文章がゴチャゴチャしてるのは確かだけど。

いわゆる典型的に「フェミ」的「ジェンダー」的語り口を回避たからだろうか?