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はてなキーワード: ぼんやりとは

2017-05-28

妙に山に行きたくなる

休日になると、妙に山に行きたくなる。

といっても登山をするわけではない。

普通に車で通れる峠道をひたすら走り、ちょっとした駐車場に停めては、景色ぼんやりと眺める。

それの繰り返し。

いつからか、毎週のように、近場のいろんな場所へ行くようになった。

俺は何がしたいんだろう。

2017-05-27

pixivBL引用炎上の件:腐女子に別方向で頑張ってほしい

長くなったから要約

今回の件をうけて、腐女子の側は一方的被害者とか、弱者という立場を維持するのだけでなく、

自分たちの慣習を、腐女子コミュニティの外の人たちにもわかるような形で

運用可能なところまで頑張ってもっていってほしい。

 

また、腐女子だけでなく、コミュニティ独自ローカルルール抱えてるオタコミュニティの人々は

今回の件は、他山の石となるんじゃなかろうか

今回の事件の推移

めんどいから省略)

今回の事件に対する主要な4つの立場


私の立場

・まず、主張自体への支持について述べるなら、私自身の立場はこの中で選ぶのならBが近い。しかしBそのものではない。AとCについても一定妥当性のある主張だと思う。

・Dの主張にはいろいろ誤解がある。著作権の枠組みで主張をするのであれば「無許可転載」は確かに問題だが、著作権上、正当な「引用」は許可を求める必要はないし、求めるべきでもない。また親告罪云々という話も「転載」と「引用」の違いが把握できていないものと思われる。

なぜ炎上してるのかとか

炎上が続いている仕組みは次のようなものだ。

 著作権法基準(A)の人が、ローカルな慣習(C)のありようを把握していなければ、両者の対立はどこまでいっても平行線である。この人達にずっと不満がたまり続けるので、互いの正当性を主張し続けて炎上は終わらない。また、基準Dのような勘違いを含んだことを言うひとも大量発生していて、これを基準Aの世界にいるひとからすれば「バカじゃねーの」という感じになるし、そう発言してしまう。基準Bの世界にいるひとも人によっては「それはちょっと、落ち着いて整理しましょうか」とたしなめる。なので、またしても火がよく燃える。これが今回の炎上基本的メカニズムだと思う。

 炎上は「誰かが決定的に間違っている」から続くのではなく、「ある立場の人からみると、別の立場の人のやっていることが極めて無作法に見える」ということによって起こり、その行為が「別の立場から見たときには実は何の問題もない」場合に、火が消えるタイミングというのは失われてしまう。

基準Bの態度を採用することは、全体的に見通しがよく相対的中庸温度感のある態度だということになるだろうし、この立場を表明している人は、おおむね良識的に火消しをしているという感じだと思う。

基準Bは、基準Aないし基準Cのみで完結して争っている人々の立場より、バランスのとれたものであろうとしているのは確かだろう。しかし、私は別の基準Eが必要だと思う立場である

基準E:慣習を取り扱える形で、双方向に整備を

 基準Eは、明文化されていない慣習を、きちんと取扱可能にすべきだという方法である。明文化するなりプログラム的に制御するという方法だ。以下に、なぜそのような立場採用するべきかを述べる。

 法がどうであれ、運用の水準で、実質的慣習法を作り上げるということはいくらでもできるということはよくある。そして、ローカルな場にいる人たちは、その場の慣習があたか普遍的適用可能な「常識であるかのような主張をはじめることが多い。だが、そうローカルな商慣習や、コミュニティ内の慣習は多くの場合炎上の温床となってしまう。今回の件だけでなく慣習と法の間での齟齬が「炎上」を生んだことは数多くあった。

 「様々な慣習に対して、可能であるのならば配慮すべきである」という主張は正しいと思う。可能であるのならば配慮するに越したことはない。

 しかし「様々な慣習に対して、常に配慮すべきである」という主張は、どうか。わたしは難しいのではないか、と思う。単純にそれは人間にとって不可能なことを要請しているように思うからだ。

 たとえば今回、火の手があがったのは、801界隈だったわけだけれども、オタク界隈どころかゲーマー界隈に限っても「同人ゲーマー界隈」「格闘ゲーマー界隈」「シューター界隈」「MMO界隈」「東方界隈」「レトロゲーマー界隈」など、細かなコミュニティがそれぞれの慣習をもっていて、自分が属していない界隈での慣習がどうなっているかというのは正直なところ把握しきれない。「私はオタク界隈のほぼ全てのコミュニティの慣習について把握しています」と自信をもって言えるという個人はいないだろう。まあ、それでもオタクコミュニティ界隈のことであれば、長くオタクをやってる人なら「ああ、これだったら何とかさんに聞いとけば温度感わかるっしょ」という人脈による解決はできなくはない。

 ただ、それが、もっと遠い界隈のことになってくると、限界が出て来る。芸術コンテンツまわりでも、現代芸術とかならまだしも、古典芸能世界でのセンシティヴな話題とか言われても、細かなことはさっぱりわからない自信がある。手芸とかもわからないし、動物園のこともわからないし、外食産業のこともわからない。わからないことがいっぱいある。

 で、まったく知らない界隈に飛び込んで、そこで見つけたものをよかれと思って引用しようとしたら、当事者からいきなり激怒されるなどしたら、私はビビるめっちゃビビる。超うろたえる。

 そんで、まあ、たぶんゴメンナサイすると思うけど、なぜキレられたのか、理解が追いつかないだろう。正直、ぜんぜんわからんと思う。小心者なので、とりあえず反射的にゴメンナサイをするでしょう。

 こういう事故を起こさないようにするには、何が重要か。

 「よく知らないもの言及しない」というのが重要だという人もいる。まあ、特にやる気がないなら、あんまりセンシティブそうなものには言及しないほうがいいかもしれない。

 ただし「よく知らないものを知る」ということ自体は、世の中に多様な人々がいるということの相互理解をすすめる上では実は非常に重要なことでもある。たとえばLGBT人種問題というのは、言及の仕方についてしょっちゅう諍いが起こっているが、まったく言及されないよりも「善意に基づく無理解」のような言及は、議論をよびながらも、なされていったほうがいいだろう(まあ、場合によっては無視されたほうがマシということは少なからずあるにはあるだろうが)。

 私としては、「同じ文脈を共有しない人にも、慣習上、重要な点を共有できるようにする仕組みづくり」を行っていくしかないと思う。

 その仕組みづくりにはいくつかの段階があるだろう。

どのように慣習を可視化するか?

 とりあえず、次のようないくつかのステップ提示してみたい。

 以上。STEPと書いてあるが、コレ全部やれという話ではない。まあ全部やれたらすごいとは思う。

 もっとも、慣習によっては標準化が難しかったり、明文化しないことによってこそ意味をもっているような慣習などもあるだろう。そういうものを取り扱うのは確かに難しいが、すべての慣習が取扱い不可能ということもないだろう。

 明文化できる慣習は、明文化して、可能な限りで、コミュニティの外部にいる第三者にも把握可能な形にするというのは、決して無意味なことではないと思う。お互いの不幸な行き違いをなくす基本的方法だとも思う。

 もちろん行き違いをなくすという方法自体を、腐女子コミュニティがいままで模索してこなかったとは思わない。

 腐女子コミュニティ内部にいる人達同士ですら、行き違いはあったのだろうし、そのなかでの行き違いをなくすために、R-18タグは付けることで「ひっそりとやってます」ということを暗に伝えるという慣習が成立したのだろうと思う。その慣習の成立はとても重要なことだったと思う。

 少なくとも腐女子コミュニティの内部では、この慣習はかなり機能していたはずだ。

 そして、今回の事件はその慣習が、実は一般的著作権法の枠組みと整合的なわけではないということによって起こってしまった。コミュニティが大きくなれば大きくなるほど、考慮すべき文脈多様性は広がってくるのだから、近年の腐女子コミュニティの拡大とともに、こういった事件が何かしらの形で起こることはありえたことだろうとは思う。

双方向の「配慮」が可能状態いかに作り上げるか

 それにもう一点付け加えておけば、私は「【基準B】:法的問題はない。しかし、当事者たちにとってセンシティブなことへの配慮が足りなかったという点で、研究倫理上の問題はある。」という態度だけを強調することは、一見配慮をうたっているようでいて、そこまで素晴らしい態度というわけでもないと思う。

 基本的には、この論理だけを強調せざるを得ないシーンというのは「対話することが難しいほど弱っている人たち」とか「西洋文化基準でもって踏み込むべきでもない人たち」、「複雑すぎる背景をもっているので相手に明文化とかをそこまで期待すべきでもない人たち」に対する場合ではないだろうか。

 つまり言及をする側から一方的配慮である。鬱でほんとに今にも死にそうな人とかに対しては確かにそういう形でのコミュニケーションしかできないから、そういう場合は仕方がない。

 もちろん、言及をする側は可能な限り配慮すべきだ。しかし、だからといって、言及をする側だけに配慮要求するというのは、言及される側を馬鹿にした話ではないだろうか。配慮相互になされてよいと思うし、腐女子の方々は、一方的配慮されるだけの弱者とかではないと思う。

 多くの腐女子お姉さまがたは、尊敬すべき人々であると思っている。ぜひとも腐女子コミュニティの今後の拡大にあたって、より受け入れられやすコミュニティ形成をしていっていただければ幸いだと思う。

 

 また、今回はたまたま腐女子コミュニティ一般法との間の問題であったが、これは見えにくい慣習と一般法の間にズレがあるケースでは、似たような問題は何度も起こるタイプの話だとも思う。ローカルライセンスのようなものが増えすぎたら、それもそれで面倒だということもあるとは思うが、何もないよりは、だいぶよいだろうとは思う。

付記1:言論の自由引用について

「慣習は、法の前には下位の基準しかない」という話についても簡単に触れておきたい。

 基本的には法のほうが重要だとは私も思う。ただし、それは慣習と、法とのガチンコ対決回避できないという事態が訪れた場合、法が優先するということであって、ガチンコ対決回避可能場合や、慣習が公序良俗に反するというわけでもない場合は、別に回避してやってけばいいのではないか、と思っている。

 今回、腐女子コミュニティで「引用」に関わるルール特殊な形で扱われていたが、もし腐女子コミュニティにおける「引用ルールを、一般社会全体にまで拡大させようという動きにつながることがあるのならば、これは断固ととして反対する。

 「引用」の自由は、研究にとって重要という以上に、自由言論政治社会にとって重要ものだ。たとえば、それを政治的言論(たとえばヘイトスピーチ)をやっている人たちが「引用ルールの除外適用を求めてきたとしたら、それは素人文章だったとしても、まったく受け入れられない。「公開した俺の政治的発言引用しないでくれ」などありえない。それを引用して批判する自由を奪われれば、政治的なことについて公共の場議論することに多大な支障が出るだろう。

 今回の場合は(1)性的プライバシー問題であるということ(2)腐女子コミュニティの内部で、そのコミュニティに属する人々の合意において特殊な「オープンクローズ概念実効力をもった慣習である、という前提があって、はじめて「それは配慮しましょう」という話がありうるのであって、著作権における「引用」そのものを捻じ曲げるような話であってはならない。

 この著作権における「引用」を捻じ曲げていいかどうか、というの話はすべての人にとっての言論の自由の確保という意味で、致命的に重要ポイントである。これを安易に捻じ曲げるような権利主張は極めて危ういとも思う。

付記2:

 STEP3、STEP4とかはアクション担い手が限られるだろうとは思う。ただ、腐女子コミュニティもだいぶ拡大しているわけなので弁護士研究者経営者などの腐女子の方などが行動すれば決して不可能な話でもないのではなかろうか。

付記3:

 腐女子の人たちについて「二次創作やってる人たちはダブスタなんじゃねーの」問題。この件はダブスタとわかってて、恐縮しながらも、言うべきことは言おうという人と、なんもわかってない人が両方いると思う。

 後者の人たちについては、わかってくださいね、というしかないと思う。自分たちけが弱者被害者という立場でないことは理解してほしいとしか

#あと、二次創作でも「作者公認系」とかもあるので、全てがアウトというわけでもないだろうが、今回問題になったものがどっちだったかまでは調べていない。まあ、おそ松さんとかは、公式問題にしないタイプから公式との関係では、まあどうといった問題もないのだろう。

付記4:

http://anond.hatelabo.jp/20170527202448

このエントリ問題性質をよく示していると思う。

流通プラットフォームが変わるごとにちょっとずつ腐界隈の慣習と、

実態との関係性もちょっとずつ変質していっているという話だと思う。

流通プラットフォームはどんどんと変わっていくので、

その変化にあわせてぼんやりした慣習だと、運用に失敗しました、というのが今回の話なんだと思う。

オタ界隈は、かなり基盤技術の変化がはやいので、この変化に対応できるような基準が成立しないと、この手のことは何度も起こるのだろうなと思う。

今日夢精

どえらい快感に見舞われながら、ついさっき目が覚めた。

久しぶりに夢精をしていた。

夢の中身はすでに朧げなのだが、

女子高生変装するために女性メイクをしてもらう、という内容だったと思う。

直接的に性器を触ることをしていなければ、淫語めいた言葉を囁かれたわけでもない。

メイクをしてくれた女性は、昔付き合っていた女性だった。波瑠に似ている美人だったな。

40歳

自分自身、まだ知らない性癖を持っているのだということに驚嘆すると同時に、自分自身ですらこれなのだから、人と人とが完璧に分かり合うなどということは遥か至難のわざであるよなぁと、

今、紫煙を燻らせながらぼんやりと考えている。

パンツを取り替えたらまた寝ます

おやすみ

2017-05-26

2ch増田の対比をぼんやりから、なんとなくまとめつつ

はてな2ch風土の違い

2chはでは荒れたら誰かが自治するのに増田は止めないの、無法地帯じゃない」という書き込みが数週間前に見られたが、

自分から言わせれば一対一のやり取りに不特定多数殆ど賛同否定を表明しつつ襲いかかる2chの方が狂気的だと感じる。

彼らは概ねやりあってる二人に構うか完全無視という両極端な態度をとる。

邪魔から他所でやれ、と言い出し始めると異口同音にそれに従うし、一人が冷やかし始めたらそれに大勢が乗っかる。

この意志のなさがフーリガンやら大衆扇動的で非常に無秩序で恐ろしい。

増田の傾向

増田で割って入る時もぶら下がって異口同音意見を言ってやろうというケースは少ない。

その場合元増田釣りおかしいケースが多い。

そもそも増田においては異口同音場合、流し読みする文化がある気がしてならない。

季節の変わり目に自演して過疎時間にツリーをぶら下げまくる人間もいるが、こういう人間は定着しない。

こいつらまだやってんのか、とたまに言う人間もいるが、殆ど増田マイペース記事更新する。

基本的に無関心の極端な張り方(「意図的」な無視)は関心の裏返しだし、冷やかしも過度なコミュニケーションの一形態だといえる。

まり増田場合、本当の意味他人に無関心で心が冷え切っているという側面はあるのではないか。もちろんこれは傾向で全員ではない。

全体主義2ch個人主義増田

密接に関わろうとする意味増田ブコメ狙いを含め利益主義的で、2ch地域密着ヤンキー

(=かつて論じられていた母権社会という意味)ではないのか。

言い換えれば増田個人主義2ch全体主義だといえまいか

全体主義なのでルール徹底にはうるさいし、空気読みや振る舞いにまで口を挟まれる。

ところが外世界での倫理に反することでも、彼らの全体主義内のルール内であればいくら調子に乗っていても咎められない。

全体主義であるから主義一貫性がなくとも空気合致していれば満場一致となる。

組織の(スレッドの)健康的な運営第一であり、マイノリティ黙殺されマジョリティに組み込まれるべきだという暴力がまかり通る。

空気がご都合なので満場一致にし易いとも言える。ところが増田場合左翼的個人主義的であり、

必ず全体主義的な狂気に釘を刺す歯止めを効かせようとする。

故に個性という側面においても2chでは昔からコテハンなどの個性を嫌がるし、増田では面白がりながらも個性を受け入れている。

特定id増田出現や某先生暴言などもある種ユーモアをもって受け入れられている)。

なぜ長文文化か、なぜ短文文化

上記の理由により2chでは個々人が深く考えることより同調強要されるため、短文となる。

増田では個人が深く考察するために自ずと長文化する傾向にある。

http://anond.hatelabo.jp/20170526113112

家事育児だって達成感を得られるような「仕事」にできるよ。

家事がへたくそでずぼらなんだけど、と諦めずに、仕事が上達するように頑張れば、達成感につながるのに。

仲間はいないけど家族はいるし、夫が感謝してくれることじゃ満足できないなら、それは夫を軽視してるとも言える。

予告なく朝帰りするのは、別に主に働く人の特権じゃないし一緒に生活する人に失礼な行為から、夫にもやめてもらった方がいいと思うし

あなた自由にしたい思っているのなら、夫に子を預けられる日には、友達と会うんじゃなくて無計画旅行に行かせてもらうとかは?

専業だから全部我慢すべきとも思わないし、良い夫に不満を持つことだって人間だもの、と思うけどさ

自分でも分かってるみたいだけど、その感じのまま働いたところでメンタルは一つも良くならないどころか、悪化するんじゃないか

夫に満足してるところ、不満なところ、自分不安に感じていることを表にして書き出してみたら?

ぼんやりとしたメンタル不安をもわっと抱えて自分ストレスに変換してるように見える。

2017-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20170525143509

加計学園グループ高校をいっぱい抱えてて、大学をつくっても学生ねじ込んで定員割れを起こしにくいところ。

ぼんやりした三流高校学生なんて、教員が「ここを受けたらどうだ?」と言えば、だいたいその通りにするんだけど、三流高校学生でも建前的には自主的に進学先を決めたことになっているので、そういう事情は大っぴらには言いにくいところがあるの。

雨に弱い

今年もまた梅雨が来る。

私は幼少期から雨の日に滅法弱い。

主な症状は以下の通り。

普段から寝起きは悪いが、輪をかけて悪くなる。起きられないし起こされてもなかなか起きなくなる。

強い眠気がずっと付き纏う。歩きながら寝ていて道路をはみ出して事故に遭いかけたり、電車で立ったまま寝てしまって乗り過ごしたりする。

眠気の強さは、例えるなら午後イチの授業がプールだったときの次の授業が退屈な時くらい眠い

小学生の頃はよく雨の日に下駄箱までたどり着いたところで力尽きて昇降口で寝ていた。

日中身体がだるく重くなり、頭がぼんやりする。寝起きなどは四肢に力が入らずうまく立てないことも。

雨音や濡れたアスファルトを車が走る音で会話がしにくくなったり、湿気によって服や自分の産毛や皮膚の感触が気になるなど、感覚刺激による不快感からひどく注意散漫な状態になる。

手がすぐに疲れてしまうのか、いつの間にか握力が弱まって傘を落とす。

レインウェアはゴアテックスちょっといいやつなんかも買ってみたが、レインウェア全般感触や擦れる音がダメで体力をごっそり持っていかれる。

肩や首がひどくこり、締め付けるような頭痛が常に発生する。たまにズキズキドクドクという片頭痛の強い発作が起きて寝込む。

色々書いたが、要は雨が降っているだけで割と使い物にならないレベルにまで弱体化する。

雨の日に狩りなんか行ってられっかよ!休み休みはいおやすみ~!とADHDDNAが言っているような気さえする。

身体覚醒度が低くリラックス状態に向かっているために起きているらしき症状と、

逆に感覚過敏がある聴覚・触覚では、刺激が増えて緊張状態になって起きているような症状がごちゃまぜになっているような印象もある。

どうにかしたくて体操とか深呼吸とかコーヒーとか試してみたのだがイマイチ効果がない。

からカレーでも食べたら、身体覚醒度が上がってちょっとはマシになったりするだろうか。

男のタイムリミットは18歳

女性にはタイムリミットが伝々という言説が定着して久しいが、男にも生涯未婚童貞になるか否か運命の分かれ目になるタイムリミットがある。18歳だ。

大学入学時点で恋愛経験(必ずしも性体験でなくて良い、それぞれの年齢相応の成功体験)のない男は「体は18!心は小6!」状態になってしまう。同年代チャレンジしても門前払いを受け続け、改善のためのフィードバックも自信を付けるチャンスも一度も掴めないまま見下され鼻で笑われ続け心が折れる学歴だけ高い生涯未婚童貞はてな粘着ミソジニー男の一丁上がりだ。

女性は三十何歳まで学生時代社会人合わせて十余年の猶予があるが、18歳で最終バスが出発してしまうのである若い大人に仲間入りしてなんとなく世の中や物事が見えるようになってきたら、なんと自分が既に手遅れで挽回不能なことに気付くのだ。

18までの環境は否応なく家庭の強い影響下にあり、本人の自己責任とだけ切り捨てるのは酷だと思う。よほど素材がイケメンかどんな環境でもアクティブ女子に突進していく子であれば心配ないが、周りを見ると上記の認識危機感もないまま、ぼんやりした子を偏差値が高いからとなんとなく男子小中(高へエスカレーター)に入れてしまい取り返しがつかなくなる悲劇が後を絶たない。

おそらく父はこの時代に既婚者なので自由恋愛の勝者であり「普通に生きてりゃ彼女くらいできんだろ」くらいにしか思ってないのだろう。母は女性なので上のような失敗男が眼前に登場したことな人生で一度もなくピンと来ないのではないか。あるいは愛する可愛い王子モテない可能性など発想自体存在しないか、悪い虫に奪われるくらいならモテなくて結構くらいに溺愛しているかもしれない。

水は桶板の一番低い高さまでしかまらない。親の自慢に役立つの学歴職業など分かりやすい高い桶板かも知れないが、子の主観的幸福を願うなら決定的な欠落が生じないよう目を配って欲しい。

※1 大学デビュー性交組の諸兄の中には、いや、22歳だろ、という異論もおありかと思うが、否定はしない。大意は汲んでいただけることと思う。

※2 学校が共学なら万事解決というわけではない。今ならたぶん下から2割くらい(もっとかな?)は脱落するのだろう。私が言いたいのは(受験に例えると)「受験があるなんて知らなかった」子の中には準備すれば受かってた子もいるだろうし、最終的にダメでもせめて「全力で勉強したが落ちた」にしてあげようということ。

2017-05-24

30手前で独立するためにそこそこの企業退職したのが2年前の話

コネ作りのために定年退職した公務員様と飲みに行く

天下って謎の機関の素晴らしい役職についている超上級国民

まらなすぎる説教を聞きながら、頭のなかでチンコウンコと唱えて時間が過ぎるのを待つ

こんなことをして何かになるのだろうか

いや、仕事には繋がっているから何かにはなっているのだが

帰りの電車ぼんやりと思う

まあ、最終的には現役の役人から仕事をいただければ安泰だから頑張ろう

安定公務員様の人生観仕事観を、不安定独立ウンコマンの俺に言われてもなあ

ネコハトを襲っていた

公園で昼間からぼんやりしていたら、

突然茂みからネコが飛び出してきて、

ハトを咥えてどこかへ消えていった。

襲われたハトは苦しそうに「くるー…くるー…」と鳴いていた。

状況が飲み込めていない他のハトたちがその様子を

「なんだ?なんだくるっぽ?」っていう感じで眺めていた。

自分じゃなくってよかった」という安堵の顔をしているハトもいた。

わたしも襲われたのが自分じゃなくってよかったと思っていた。

こゆるぎ岬

いちどだけ自殺しようと思ったことがある。中2の時。俺はクラスでかなりハードイジメに遇ってた。家に帰れば両親は離婚寸前でもめてるし、とにかく最悪だった。

当時、神奈川県中学では2年次にAテストというのがあって、高校入試にめちゃめちゃ影響する重要テストと言われてた。俺はその結果も散々だった。勉強なんかできる精神状態じゃなかったのだ。3才から一緒に暮らしてた犬も死んじゃうし、かわいいなと思ってた女子からバイ菌」と呼ばれるし、もう死ぬしかねえと思った。

文学にかぶれていた俺は、太宰治あやかって鎌倉のこゆるぎ岬で死のうと思った。太宰が心中に失敗した場所だ。

俺は太宰みたいに睡眠薬を持ってなかったので、家中の薬をかき集めて持って行った。でたらめに飲んでやるつもりだった。

こゆるぎ岬に着いて岩畳の上でぼんやり突っ立ってたら「おい」と呼ぶ声がした。

振り返ると、ネプチューン名倉みたいな妙に濃い顔のおっさんが立ってた。片手にでかいビデオカメラを抱え、もう片方の手で缶ビールを握ってた。赤ら顔。完全に酔ってた。

おっさん映画撮影中だと言う。それだけならまだしも、俺に協力を仰いできた。浜辺でのカンフーシーンを撮りたいから、ぜひ闘ってくれという。完全にヤバイ奴だと思った。

断ってその場から走り去ることもできたが、おっさんはすぐに三脚を用意してカメラのセッティングを始めた。その様子をぼーっと眺めていると、おっさんが「よーい、スタート!」と叫んでいきなり俺に飛び蹴りをかましてきた。蹴りは俺まで届かず、おっさん勝手に転んで派手に尻餅を付いた。俺はなぜか爆笑してしまった。おっさんうずくまりながら「撮影は中止だ」と呟いた。

それからおっさんはなぜか俺にもビールを勧めてきた。おっさんクーラーボックスを持参していて、中に大量のビールが入っていた。

俺は生まれてはじめて酒というものを飲んだ。ぐでんぐでんに酔った。泣きながらおっさんに洗いざらい喋った。勉強のこと、いじめのこと、両親のこと。おっさんがどんなリアクションだったかはおぼえてない。

おっさんはなぜか別れ際にヌンチャクをくれた。そして、浜から見える大きな病院の方に帰って行った。

あのおっさんは何者だったのだろうか。ひとりで酔っぱらってカメラを持ってうろついてた。中学生の俺にいきなり飛び蹴りを仕掛け、そのあとがんがんビールを飲ませた。まったくろくなもんじゃない。

でも俺は自殺を免れた。それに今もこうして生きてる。おっさん世間的には不審者と呼ばれる部類の人だったのかもしれないが、俺にとっちゃ救いの神ってことになる。

あの暗黒時代をどうやってくぐり抜けたのか、今となってはさっぱりわからない。ヌンチャクはとっくに無くしてしまった。でもたまにおっさんのことは思い出す。こゆるぎ岬のおっさん

2017-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20170523073035

ていうか、男がイメージする黒髪って、あくまで「美少女黒髪」なんだよ。

目鼻立ちがパッチリして黒目がちの色白美少女だったら、そりゃ茶髪より黒髪のほうがいいのは当たり前じゃん。

でも、ぼんやりした雑な顔立ちの黒髪は、単に容姿に気を使わない人でしかない。

試しにヘアカログレタッチして全部黒髪にしたら相当ひどいことになると思う。(それでも人並みより可愛いしかいないんだけど)

あのアンケートは、女が言うとこの「壁ドンされるとキュンキュンくる(ただしイケメンに限る)」みたいなもんでしょ。

2017-05-21

25歳女独身休日は、休めない

タイトル通りです。

仕事は土日休みなんだけど、全く休んだ気になれない。

婚活してるか、自分磨きといってジムに行くか、資格勉強とかしてる。

それを休養というのかもしれないけど、

20代はあっという間、ってよく聞くしそれを実感しているから、

常に何かしていないと落ち着かない。不安になる。

1日2日、なーーーーーんもしないでゴロゴロしたいのに、焦りがひどくてできない。

こういうのを将来へのぼんやりとした不安っていうの?

2017-05-19

はてサは具体的に指示する名称で、ネトウヨ

http://anond.hatelabo.jp/20170518192800

はてサ」はちょっと暇なはてなユーザーなら人別帳作れるぐらいに具体的な個人の集合

ネトウヨ」は気に入らない奴や傾向のことすべてをぼんやりと指す「wifi飛んでんな」みたいなやつ

2017-05-18

みやぞん

嫁とは中学同級生で、お互いを見知ってからすでに四半世紀以上が経過している。

付き合い始めたのが18才の時で、籍を入れたのは26才。結婚生活は14年目。お互い40才目前。子供はとっくにあきらめていた。

決して夫婦仲は悪くなかったが、いつのまにかセックスをしなくなっていた。なんというか、もう一生分やったような気がしていた。

ところが最近夫婦生活に激震が走った。7年に及ぶセックスレス生活があっけなく崩れたのだ。それだけではない。なんと嫁が妊娠した。

きっかけはみやぞんだ。

年末から嫁が近所のスーパー惣菜コーナーで働き始めた。それがすべての始まりだった。

30代をほぼ専業主婦として過ごした嫁は、久し振りの社会復帰に戸惑いつつも仕事を楽しんでいた。性格も以前より明るくなった気がする。

ある夜、居間テレビを見ていると、嫁がみやぞんを指さして「バイト先にそっくりな子がいる」と言った。その男大学生で、鮮魚売場で働いているという。嫁はテレビに映るみやぞんをじっと眺めながら「みやぞんって絶対エロいよ」と言った。

それから僕はなぜかみやぞんのことが気になりだした。みやぞんがテレビに出ているとつい注視してしまう。みやぞんはピュアで天然なキャラで親しまれていた。たしかにとてもチャーミングだ。人気ぶりも頷ける。しかし、嫁がいう「エロい」という見立てはさっぱりわからなかった。むしろエロと対極にいるような芸風じゃないか。一体どこがエロいんだ?

とりあえず僕はみやぞんを見ると妙な胸騒ぎをおぼえるようになった。

そんな折、嫁が日曜に職場の仲間とバーベキューをやるので一緒に来いという。僕はなんだか億劫最初は断ったが、嫁がしつこく食い下がるので渋々参加することにした。

当日、天気は快晴参加者は30人近くいた。僕と同じく夫婦で参加している人もちらほら。若い学生アルバイト大勢参加していた。

その中に大学生のみやぞんもいた。似ている。たしかにそっくりだ。つぶらな目。髪のテカり具合。どっしりした体躯

しかし、立ち居振舞いはみやぞんとは全然違った。どちらかというと不遜な感じ。周りの参加者をいじって巧みに笑いを取りながら場を盛り上げる。クレバー司会者みたいな雰囲気だ。周りにいる同世代の男達も、ガヤ芸人のように絶妙合いの手を入れる。さながら「踊る!みやぞん御殿」だ。スピード感溢れるかけあい。僕は遠巻きに笑うことしかできなかった。

驚いたのは、嫁が「みやぞん御殿」に嬉々として参加していることだった。どうやら嫁は学生達の間で天然おバカキャラで通っているようだった。嫁の知られざる一面を垣間見た気がした。

かなり日差しがきつくなった頃、嫁がブラウスを脱いでTシャツ一枚になった。するとみやぞんが嫁を見て「出た、隠れ巨乳!」と叫んだ。周りの男達もいっせいに囃し立てる。嫁は顔を赤らめ、みやぞんの背中をバチンと叩いた。みやぞんは「ほらまた、おばちゃんの叩き方w」と笑う。どうやらお馴染みのやり取りらしい。僕は一連のやり取りを酔ってぼんやりした頭で眺めていた。

その晩、僕は嫁に対して猛烈に欲情した。みやぞんの「出た、隠れ巨乳!」という言葉が何度も頭の中でリフレインした。チンコが爆ぜそうなぐらい勃起した。何故だろう?不思議だ。こんな感情は初めてだ。僕は嫁を押し倒し....。

それから夫婦の間に性生活が戻った。この7年間は何だったんだというぐらい、毎晩のようにやるようになった。

そしてつい最近、嫁の妊娠が発覚。まさかここに来て子宝に恵まれるとは思わなかった。両方の実家お祭り騒ぎになっている。

我々の長い長いセックスレス生活を破ったきっかけは、明らかにみやぞんだ。僕ははっきりとそう自覚している。嫁はそんなことには気付いていないだろう。いや、何となく察しているのだろうか。そこら辺のことはよくわからない。

40才、なかなかの高齢出産になるが、お医者さんは心配ないと言ってくれている。とりあえず僕は命がけでサポートするしかない。

今はとにかくみやぞんに感謝している。

2017-05-17

自分が救われた気になって

何が悪い

もちろんそのつもり。

もちろんかわりにせめてそんな理由死ぬ人がいるなら少し踏みとどまってくれたら、同じ思いをする人が少しでも減って、苦しいところから出るきっかけにでもなってくれたらいいなって思ったんだけど、変かしらね

死にたいって常々考えてる人にはもう効果はない!ってのは身をもって知った気もするからまあそうなんだろうけど。

でもまー、軽症の人は少しくらい一時停止してくれたらいいなって事なんだけどナー。

もちろん、今から死にたい人がすべて同じ考え方でそうなってるわけじゃないのは承知してるんだ。

ここならモヤモヤ吐き出しつつ誰かの目にとまってなんかのきっかけにもなるかなーって思った、それだけ。

あとロープキッチンバサミですぐ切れるから慌てず(まあ慌てるけど)、そんな大仰なもの探したり解いたりしないでも大丈夫、とりあえずキッチンバサミで切ってください。

あと救急コールするとき可能ならスピーカーホンで繋ぐと安心かと思います。まあ安心な状況ではないが。

あと可能なら周囲に人がいたら大声で呼んで自分ともう1人で救急来るまで居ると助かります心臓マッサージは思ってる以上に疲れる。マッサージビー・ジーズのStayin'aliveリズムでやると良いらしいよ。

生きていればどうにか朝は来るんだぜ。

※中高年の虚無感、諸行無常感、燃え尽き感などにはご家族の皆様十分にご注意を。甘くみていると根は深く暗いかもよ。親がなんだか最近ぼんやり、疲れて無気力、食べる量すこし減ったかな、寝るのやたら早くなってきたな、とか。

気をつけてみてくださいね

以上皆様ご自愛の上ご家族を大切になさってください、明日は木曜明後日から旅行だぜヒャッハー

興味があるということ、それ自体が才能

私はオシャレというものに興味がない。興味がないというか、私の好む服装所謂オシャレなものではない、と言った方が正しい。

そして化粧をすることは、興味がないを通り越して苦痛だ。肌の上に何かを塗りたくるあの感触気持ち悪すぎて卒倒しそうだ。ハンドクリームでさえ気持ち悪くて使えないほどだ。だが気持ち悪い、ということについては少し置いておこう。

問題は人並みに興味が持てない、ということなのだ。

女子大生として「オシャレ」ではない服を着て、化粧もしないとあらば、低身長も相まって小学生中学生のようにも見える。周りを見れば、量産型茶髪女子ばかり。しかし、そちらの方が社会に適合できているという点において、明らかに勝者なのだ

幸いにして、好きな服を着て大学に行かせてもらっている。そのこと自体には心が躍るのだ。しかし、外に出て、大学へ行ってみるとどうだろう。皆(ブスでも美女でも)一様に同じ格好をしていて、私ひとり、みすぼらしく見える。その服装が好き、という気持ちはそのままに、服も自分も貶められるような気持ちがある。言うなれば、周りと比べてみすぼらしい格好が好きな自分のものもみすぼらしいものに思えてきてしまう。

では人並みにオシャレをすればいいじゃないか!と思うかもしれない。だが世間一般女子大生制服のようなもの、アレがとても苦痛なのだ。興味が持てないし、いつもよりやたらと露出ばかり高く、むしろ人の目を気にしてしまう。

結局のところ、自分が一番好きな服を着るのが一番マシ、ということになる。が、「マシ」というのは必ずしも肯定的感情ではない。マイナス50がマイナス10になったようなものだ。

もっと多様な服装の人がいれば気にならないだろうな、とぼんやり考えることがある。しかし、彼女たちは、あれはあれで自分の好きな服を着ている者が大半なのだある意味日本の横並び教育大成功している。

興味が持てる、そのこと自体が才能なのだから

2017-05-14

[]2017/05/14

どっかのお店でごはん食べてた

隣のテーブルで若かりし頃の酒井法子とそのマネージャーごはん食べながら談笑してた

ヤクチュウになったことしってる俺はココロの中で、つらくなっても絶対クスリになんか手出したらダメだよって声かけたくてしょうがなかったけど、なぜか話しかけることができなかった

マネージャー酒井法子にそんなんじゃケッコンできないぞーっ→こないだケッコンしましたよーって酒井法子が返してて、

相手江口洋介だっけ。。。とか頭の中でぼんやり思った

その直後酒井法子が、

でも夫はドラマに出ても切られ役ばっかりでぜんぜん出世しないんですよねーってちょっと困った感じで苦笑いしながらしゃべってて、

はっもしやそれが原因でくすりに手を出したのか!?とか考えた

ヘタレな彼を上手く導けなかった私が悪い話

恋愛成就必要ポイントって色々あるだろうけど、「女側がうまく操って男にリードさせる」技術って多分大事なのだろう

私は若い結構モテるが、今まで一度も彼氏が出来たことがない。大抵男性側が苦しみながら片想いし陰ながらアプローチしてくるけど、私が一切応えられないまま、恋は死んでいく

「陰ながらアプローチ」とはつまり、直接的でないアプローチのことだ。直接言葉に出したり連絡して来るわけではないけど、視界に入って来ようとしたり、緊張しながらも頑張って話しかけてきたり、などなど。

こう書くと勘違い女的な印象を与えてしまうかもしれないけど、そうではなく。現実に「あいつ君のこと好きらしいよ」という証拠があるのに、そのあいから直接的アプローチを受けることがあまり無いのだ。私が普通に生活している側で彼らはジタバタして、結局本格的に関わることが無いまま終わってしまう。

この現象が起こってしま理由として2つ程思い当たる所がある。

①彼等がみんな内向的から

私は何故か繊細な男子に好かれることが多く、ガサツな私が無意識のうちに彼等の心を踏みにじって恋愛可能性を殺していってるのかもしれない。実際、率直で積極的外国人男性からアプローチを受けた際はトントン拍子に上手くいった(彼が国に帰ってしまい長期的に付き合えなかったけど)。シャイ日本人男性なんて言うと茶化してるみたいだが、男性側が恋愛に尻込みしてるから私も上手く踏み込めないのだと思う。しかし、周りを見渡してみると、草食系だったりシャイボーイ男性と上手く付き合っている女性は沢山いる。また、そんな男性から積極的LINE食事デートのお誘いを受けてるおなごも沢山いる。てことは、私が積極的な直接アプローチを受けられないのは、ただたんにモテない、低評価されてる女だからなのだろうか?直接アプローチするほどでもない、片手間アプローチで十分な女だからなのだろうか?ガーン…

と思ってみるが、実際「間接アプローチ」を受ける機会は多い。相手から連絡やデートの誘いが無いだけで、可愛いねとかモテそうだね、など女子としての評価は定期的にされるし、そんなに悪く無いんじゃないか自分、と思っているし願っている。

となると、私が直接アプローチを受けられない理由として、以下のもう1つの説が有力視できる。

②私が上手くサイン出したり「もっときてもええで…」と誘導できないか

恋する男性達は小さなサインを発していて、それを私が汲み取って形に出来ないからかもしれない。実際、モテるお姉さま達は男性を上手く誘導して関係リードさせたり、告白させたり、デートに誘わせたりしているイメージがある。女性がある程度思わせぶりな態度を取ることで、男性から安心してアプローチ出来るように仕向けることも、恋愛には大切なのかもしれない。

私はといえば恋愛への努力なくぼんやり毎日過ごし、「あ、この人私と仲良くしたいんだな…」と思っても話しかけたりできない。ラインめんどいから出来ない。好きな人もできない。なんだか踏み込むのが怖い。仲の良い男友達とは恋愛関係に移行したくないので適度に距離を離す。出会い努力もしてない。私に興味を持ってくれる男性と話してても、向こうが過度に緊張してたり躊躇いがちだと面倒臭ささを感じて距離を置いてしまう。今の時点で2日お風呂に入ってないし、今日やんなきゃいけないことまだやってないのにこんな物書いてるし…

書いてるうちに己の問題点が他にも色々出てきてしまったが、取り敢えず最近気付いたことは、恋愛関係をうまく構築するには女性側も上手に誘導する能力必要なんだな、ということ。

そしてこの間少し良い感じになってた男性と上手くいかなかったのも、私が上手く導いたりサインを送れなかったからなんだろうな、と虚しい反省をする日曜日なのであった

2017-05-11

靴下ぬぎ子『ソワレ学級』

いわゆる展開の妙という意味では上手いも下手もない作品。ただ淡々日常系文脈の中で綴られてゆく倦怠感のある空気主人公及び周囲の人物定時制高校に通学しており、その中で誰かをそれとなく見下したりいなしたり、正面から衝突せずに嫌な気分になったり、かまってほしかったり、といった空気をいつも発散する。この憂鬱モラトリアムの中で他校の生徒はまたもやんわりと彼らを馬鹿にする。

まり平穏無事に見える彼・彼女らの生活はいつも不穏で、振り切れるほど喧嘩腰でもなく、やる気もなく明るくもない、というどこまでもだらしない普通空間が広がっている。メッセージ性をあえていえば自己承認とそれにまつわる立場物語であり、柔らかく傷つきやすい全体をそのままパッキングするほどの器用さも伺えない。描写が突き放されているから、という理由もあるかもしれないが、むしろこの乾きはウェットを押し殺して諦めてしまった彼らの過去にあるようにも思える。実際登場人物過去は退屈な現在よりも暗く、その傷によって多くを諦めているように描写されるのである。行く先はブラック企業か野垂れ死に、格差社会で何者にもなれない嫉妬や引きずり下ろしの中で諦める、という構図はそのまま若年層に当てはまることで、ある意味背景を感じ取った若者としては刺さるのかもしれない。ここで舞台のものが大きな人格性を持って、後退的自己否定、つまり積極的にではなく惰性での自己否定ぼんやり提示するのである

こうした何もしない空気は一巻半分を超える辺りから急に緩和されてくる。それはヒロインの内「るり」と「べに」の百合関係の食い違いから発生するものだ。一生懸命な姿へと変化してゆくるりに対してべには次第に距離を感じるようになってしまう。つまり急速に生活環境漫画から百合漫画へと態度を変えるのである普通漫画場合ここで寂しさから怠惰に走るべにが悪い男に引っかかる、などの方向に舵を切りがちだが、ゆるゆるとした世界観を持つこの話では流石にそれをやらない。理由は急激な構造化にある。物語の後半で早見啓、主人公柳千草、ゆり、べにの四名で四角関係形成されるのである

どうも日本の連載作品の悪癖で、世界設定の紹介からストーリーラインへの組み込みという悪い流れが存在しており、世界設定紹介時点で票が取れるかどうかを編集が目配せしているのではないか、と思える。この悪癖は少年少女漫画に限らず週刊連載の特徴と限界であり、考証をよほど練ってスタートしないとこのように継ぎ接ぎスタートを切らざるを得なくなってしまうのではないか、と感じてしまった。無論大御所ともなればこの傾向は緩和されるが、ツギハギ、継ぎ足しの問題が作者だけに依拠しているようには思えない。しかしそれとこれとは別で、この作者から今後の可能性は感じない。百合漫画にしたいのかモラトリアム漫画にしたいのか、そのどちらにも舵を切ってアンチテーゼを投げ付けたいのか、趣旨すらもぼんやりしているのは問題がある。

要するに自分自分分身である作品との距離感だよな、と

https://togetter.com/li/1109204

このまとめを見て思った事などを。

年に2-3冊同人誌をつくってイベントで売っています

オフセット100冊刷っては在庫をもてあまし、

1回のイベント10冊売れたら「今日はいっぱい売れた…!!」

という感じです。

少ないながらも毎回新刊が出ると買ってくれる方が数人いて、

たまに感想など声をかけて戴きます

同人作家本人と作った同人誌との距離は人さまざまだとは思うのですが、

作品は大なり小なり自分分身です。

自分から離れた瞬間に客観視できる時もあれば、

いつまでも自分のもののように手放せない時もあります

時に排せつ物の様に自動生成され自分自身作品価値を見いだせない場合もあります

疲れ果てて最後まで面倒を見る気力がないまま入稿してしまときもあります

失恋のショックで作品に入り込めないまま薄ぼんやりと描いてしまうこともあります

が、作者自身がどんな状況であったとしても作品として

世に出せたということはやはり手間と暇と気持ちの労力がかかっています

結果的に、人から見たらちょっと出来の悪い子になったとしても、

描いてるときはそれが最高だと信じて描いてるし、

キャラクターみんな、かわいいな~大好きだな~好き好き~~

と愛しい気持ちを抱いているのでせめて世界でただ一人作者だけは

自分作品を愛して信じてあげてもいいんじゃない?と、自分に言い聞かせるようにしています

もちろんどんなに自分なりに頑張ったとはいっても

どこかしら伝わりづらい表現をしてしまってはいるので、

次にもっと生かしたいなら反省課題分析はすればいいと思うけれど、

そうはいっても「ここのこの表情はすごく頑張って描いたな~」とか

「この空間いい感じ」「この子のこの仕草可愛いな~」「このセリフ言葉選びナイス

「この線すっと引けてる!」「このコマ割り我ながらよくできた」etc

作者だからわかる、世界で作者にしかできない楽しみ方もあるわけですよ。

作者が自分作品を、良くできなかった部分も含めて愛し、信じ、卑下しないことは

自分作品を少しでもいいね、と思ってくれた人、さらにそれを言葉に出して伝えてくれた人、

(結果期待外れだったとしても)お金を出して買ってくれた人に対する返礼でもあると思うのです。

手伝ってくれた人がいる場合、手伝ってくれた人に対しても。

作者が自分作品肯定する事は少なくとも一瞬でも「買うまたは貰う」「読む」という選択を取ってくれた

相手意志肯定する事になるのだと私は思っています

過剰とも思える謙遜や卑下自己防衛というか、自分が傷つかないための防御反応だとは思うので

自分の心の防御も大切ですが、

そのために相手意志を持って選んだその選択を、否定するのって失礼にあたると思うので。

また、作品というのは読者の受け入れるタイミングによっても変わってくるので、

過去にはnot for meだな~と思った作品も、時を経てこれぞfor meだ!ってなることもあるじゃないですか。

面白くないと言われたとしても、それは単に相手タイミングじゃなかっただけ、

not for you だったんだな~、いつかタイミングが合えば、そのときはよろしくね。

くらいに思っていれば良いのではないでしょうか。

そのタイミングは一生来いかもしれないけれど、

その人の今生の人生には必要がなかったのだということなんでしょう。

2017-05-08

電話

そういえば子供のころ、友達山田くんとする)の家に電話をかけたら、別の友達(筒香くんとする)のお母さんが電話に出たことがあった。番号は暗記していたし絶対に間違えていない。(そもそも筒香くんの家の番号は知らない。)

呼び出し鈴が一回もならないですぐに繋がったと思う。電話の向こうの筒香くんのお母さんは「あれ増田くん?おかしいな、山田くんの家にかけたんだけどな…」みたいなことを言っていた。(記憶ぼんやりだ。)

「同時に山田くんの家にかけたから、かけた同士が繋がっちゃったんだねえ」なんて言ってお互い納得してそのまま電話を切ってしまった気がする。

28になった今でも電話システムが分かっていないので教えて欲しいんだけど、2箇所から同時に1箇所に電話をかけると、かけた同士が繋がることは原理的に起こり得るのだろうか?

2017-05-06

たまに増田に書くエントリがいつも100ブクマ以上つくのだが理由が分からない

 俺はたまに暇な休日の夜なんかには酒を飲んでのんびりネットを眺めたりしているけど、ついつい酒が進んだときなんかには眺めてるだけに飽き足らずに

増田に思いつくままに何かを書いたりする。

それはなんということもないぼんやりとした文章だし、そのとき俺が思いついただけのとりとめのない独白しかないのだが、

そういうのが次の日になるといつも100ブクマ以上ついたりしている。俺はそういうブクマ二日酔いの気怠さの中で、不思議気持ちで目を通す。

 文章特に読みやすくもないし、これといってコンテンツとしての目新しさもなく、もちろんイデオロギー的な確信があるわけでもない、はっきりって糞みたいな情緒の発露でしかない。

だけどブクマだけは伸びる。それはだから俺にとっては謎でしかない現象だ。

お前ら自身はそうした文章を何気ない気持ちブクマするんだろうけど。そんな何気なさが100も集まればそれは何かになるのだろうか。

 

2017-05-05

小湊鐵道に乗ってきた

「いちはらアート×ミックス 2017」ってイベントがやっていると聞いて千葉県市原市に行ってきた。

内房線五井駅小湊鐵道に乗換えも、たまたま乗合せた便は上総牛久駅までで終点。折りよくトロッコ列車時間が繋がったので、蒸気機関車に初乗車してきた。

汽笛が鳴り、ゴトゴトと走り出す。でも速度は大人の駆け足ほど。青空から注ぐ陽光や風を感じながらぼんやり里山を眺める。

田圃の畦道でキジが声上げて縄張りアピールするそばから鴨が空気読まずにザブーンダイブをかましたり、それをダイサギポーカーフェイスで見ていたり。

さなドラマがいちいち面白い

作業中の婆ちゃんや部屋着のおっちゃん、散歩中の母子連れが沿線めっちゃニコニコしながら手を振ってくる。俺ってこんなに人気あったっけ、ああ、汽車からか、子供も乗ってるしな、って思いながら、悪い気はしない。そこへ、オルゴール音色とともに停車場アナウンスオルゴールってなんだか異世界音色だよね、このシチュエーションだと、まるであの世に連れてかれていくみたいに感じるね。彼女がいたら絶対そんな寒いことを呟いていたと思う。

廃校やら湖畔やらの会場を散策し、肝心のアートもたくさん巡ってきた。なんというか、アーティストさんもスタッフさんたちもまったりとしてて距離が近かった。何よりも、子供たちがやたら伸び伸びと楽しんでた。

なんだか、地域まるごとピクニックって感じだったし、これがあの世ならまあいいんじゃないかと思った。

間もなく連休は終わっちゃうけど、東京近郊在住、近場で家族サービスしたい向きにはぜひお勧め。期間中は最寄り駅から各会場へ、市営バス無料運行も行っている。

2017-05-04

今日誕生日である

はいえ、冥途の旅の一里塚と言っていい歳でもあり、特段めでたい気持ちにもなれない。

しかし、何もしないのもシャクなので、夕食は久しぶりに駅前に出て外食することにした。

新しくできた洋食屋が気になっていたので、そこに入ったのだが

さすがに連休の夜だけに混み合っていて、カウンターの一席に案内される。

メニューを眺めて肉ががっつり食えそうな奴を適当に注文。

料理を待ちながら、週明けに始まる新しい仕事ことなどをぼんやりと考えていると

隣の青年がおもむろに食事を始めた。

クッチャ

クッチャ

クッチャ

クッチャ

嗚呼人生とは無情なものである

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