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2016-06-26

中学の時の副担任がヤバかった

20年前。当時はなんとも思わなかったけど、今考えるとあいつの行動は問題が多すぎる。

たくさんあるので、列挙してみる。



タバコを吸ってたやつを往復ビンタそいつが認めないもんで「吸ってませんってなんだ!」ってまたビンタ

時間くらい、そんなやり取りが続いていた。



授業中に話を聞いていないとか宿題をやってこないやつがいたら殴る。

一度、でっかい棍棒で頭を殴られている奴がいた。死んだらどうする気だ。



タバコを吸う。どこでも吸う。部活顧問だったが、練習中や話し合いしてるときもひたすら吸ってた。

生徒が吸ったらどつきまわすのに、生徒の前で平気で吸うってどうなんだ。



部活に来ない。週一くらいでしか来なかった。夏休み部活行ったら、先生がサボって練習が中止になったこともあった。

キャプテン電話して「お前ら暑いし大変だろ。夏休み部活は全部休みにするな」って言われて

うれしかったけど、こいつ自分サボりたいだけだろって思った。



セクハラセクハラもする。女子に「かっわいい~💛」とか言ったり、

夏場暑くてスカートをめくってる子がいたら、「おい、やめろ。見てしまうじゃねーか(*´∀`*)」とか言い出す。



今、こんな先生いたらクビになるんだろうな…

でも、これくらいの無茶ができなくなってしまたから、生徒になめられて学級崩壊とかが起きるんだろな。

2016-06-24

小さい頃から勉強ばかりしていた

※長いです


漢字の書き取りは宿題で出された量の2倍するように言われていたし、夏休みポスターや作文といった任意課題は全部させられていた。



小3の時、私の書道のあまりの下手さに愕然とした母(書道経験者)は、私に書道を教え始めた。毎月子ども新聞コンクールに出品して、夜中まで泣きながら練習することもあった。



小4に上がった時、母は問題集を4冊ほど買ってきて、これから毎日宿題のあとに問題集をやって、それから遊んでもいいと言った。カンニングをしたら、解答欄が一個ずつずれていたこからバレてかなりボコられた。高校にもなると大分減ったけれども、叩かれて痛かったものを3つ選ぶなら、掃除機制服ベルト、健康スリッパだ。



市内にあったゆるい私学に上がってから大分遊ぶようになって(多少WJ界隈にハマったりとか)、成績が上から3分の1になったことを母は怒った。学費もったいない、と言われた。



近くに住む祖母は、「あなたがよくできたら家のみんなが幸せになるんだから頑張りなさい」とよく言った。



祖父は孫の出来を近所中に自慢していたし、私が何かしら賞をとるなりいい成績をとるなりするとお小遣いをくれた。私はそれを母に預け、母はそれに手をつけることな貯金してくれている。祖父は孫への援助も惜しまず、亡くなったとき口座には4000円ちょっとしか入っていなかった。

 

色々あって成績は持ちなおし、なんとかいいとこの大学に受かったけど、色々思うことはある。



私の問題は、勉強ばかりさせられていたことではないと思う。


小学生時代課題漬けは嫌だったけれども、勉強のものは嫌いじゃなかった。


好きな分野を見つけて、迷いながらも博士課程という人生詰んでるコースまで進んでいる。



母は昔から強制的に何かを与えることが多かったけれども、一方、娘が好きなことを追求することにはとても好意的だった。幸い、私自身、読書以外のことに大した興味はなかったから。



から母子家庭なのに高い学費を何年も負担してくれたし、私の今を素朴に応援してくれている。博士課程がいか人生詰んでたとしても。



娘が小4になったとき本屋に足を運んで問題集を選んだであろう母の気持ち想像したり、受験生の時パートを3つ掛け持ちしていたことを考えたりすると、母のことを責める気にはなれない。年をとって丸くなったし。



問題は、私が勉強以外の分野で、自分評価する基準を何ももってこなかったことだと思う。



みんなは「✕✕は真面目で頑張っているよ」と言うし、それが私の長所だも言うし、先生の反応も悪くないけれど、私は自分の勤勉さを評価されたいんじゃない。



研究をせず遊んでしまう時、頑張れない怠惰自分研究やめるべきじゃないかって考えるし(それは一般的な悩みかもしれないけど。好きなことってどこまで頑張れるんだろう)、私の存在は石くれほどの価値しかないと思う。



私はきっと、自分の他の部分で評価されたいのに、(好きなことであろうがなかろうが)勉強ができるかどうか、勉強を頑張れるかどうかしか自分評価する基準がない。

自己肯定感がないとか普通のよくある悩みなのかもしれないけど、それはおいといて)


なんで、勉強ばかりして小さい頃にいい記憶が何一つないのに、勉強しか評価されない世界にまた進んでしまったんだろうって思う。



勉強をとった私はただのブスで、気の利かない、人とうまく話せない、なんの取り柄もない人間しかない。人に教えることもうまくなく、個別指導でほそぼそと教えるだけで、教育実習はぼろぼろだった。



民間就職できるかもわからないけど、できたとして、仕事のできない人として罵倒される、自分のどんな部分も評価されない日々が待っていると思う。



それでも、研究を嫌いになったことは一度もないけども、もう何にも評価されないでもいいから、

勉強やまじめさで評価されない世界に行きたいって、時々夜中にこうして考える。

2016-06-23

私の記憶の始まりは、田舎に向かう新幹線の途中。

全く知らないおじさんに話しかけて、遊んでもらっていた。

一緒に乗ってたのはお母さんと妹。お母さんは妹をきつく抱いて、私が遊び呆けているのを黙って見ていた。

しばらく乗って、薄暗い駅に降り立った。おじさんが迎えにきて、私たちを車に乗せた。途中、おじさんがタコの吸盤の話をし始め、その話があまりにも怖くて大人になるまでタコが食べれなかった。

これは、私と、ちょっと変わったお母さんのお話です。

お母さんはほどなくして、パートを始めた。スーパーフードコートでのアイスクリーム売りが彼女お仕事だった。

私はその当時4歳。お母さんはずっと働きに出ていなかったから、おじいちゃんに主に遊んでもらっていた。おじいちゃんは新聞漢字を私に教えるのが大好きで、そのおかげか6歳になるころには赤川次郎三毛猫ホームズくらいなら読めるようになっていた。

絵を描くのも大好きで、おじさんが買ってたマガジン漫画の真似っこをよくしていた。おばあちゃんが鉛筆工事で働いていて、絵を描くのを好きな私に色鉛筆を買ってくれた。毎日毎日飽きもせず、へたくそな絵と漫画を描いていた。

お母さんは、夜も家にいなかった。たまに知らないおじさんを連れて、家に帰ってきた。そのおじさんは私と妹にとても優しくて、おじちゃんおじちゃんと慕っていた。おじちゃんに絵を見せたら、俺のことも描いてくれと言うので描いてあげた。

そういえば、お父さんはどうしてうちにはいないのか、ふと考えることもあった。でもなぜか、聞いちゃいけない気がして私はずっと黙っていた。お母さんを怒らせると怖いから。おじちゃんが優しいし、おじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんの弟のおじさんも優しい。だから別にお父さんがいなくても大丈夫だった。ここまでは本当にそうだった。

ある時急におじちゃんが言った。おじちゃんはおじちゃんじゃなくなるよ、増田のパパになるんだよ、と。私は、パパはおじちゃんじゃないよ?と言った。即座にお母さんに叩かれた。妹は言われた通りにすぐパパと呼んでいて、私はそれが今でも悔しかったのを覚えている。パパはおじちゃんじゃないのに、どうしてパパと呼ばなくてはいけないのか、私には理解できなかったのだ。

でも、叩かれたときに悪いことをしたのだと思った。パパと呼ばれなかったおじちゃんは悲しそうな顔をしていた。私は悪人だ、としくしく泣いたけど、誰も慰めてくれなかった。

そして、結婚式。否応がなしに見せ付けられたセレモニーと、いつの間にかお花渡し要因にされた。親の結婚式を見た、ということがおかしいと気付くのはもう少し後なのだけど、どうやら私はこの日を境にパパではない人をパパだと受け入れないといけないことに気づいて、また泣いた。母親には、縁起のいい日に泣かないでと言われた。また私は悪いことをしてしまった。

新居には、優しいおじいちゃんとおばあちゃんがいた。お母さんはパートを続けるからと、私は早速お手伝い要員になった。大方の料理はここで仕込まれ、夕飯の準備はなんでもできるようになった。お母さんは気が向くとパフェを作ってくれて、それが私の密やかな幸せだった。

このころから、「パパ」のスキンシップが激しくなってきた。起こしにいくと、一緒に寝ようと言われ、おとなしくしてると身体を弄られはぁはぁいっている。怖くてお母さんに相談したけれど、子供相手に変な気起こすわけないでしょ、大袈裟だと言われた。本当のことなのに誰も信じてくれないから、起こすのを拒否したら、反抗的子供で可愛くないと言い捨てられた。また私は悪いことをしてしまったのだ。

私が今でも母親を許せない出来事その1が、小学校2年生の宿題。どこにでもよくある「名前の由来」を聞いてこいと言うものだった。

ゲームをしている母親に、私の名前はなんで○●なの?と聞いた。すると、ため息を一つついた後、母親はこう言った。

「そもそも、お前のことは最初堕ろすつもりだったんだよね。」

そこから始まった彼女告白は、どうやら私は誰の子かもわからないらしいこと、当時付き合っていた彼氏はいたけど、他の男性とも関係を持っていたらしいこと、実際5ヵ月目くらいに流産してラッキー!と思ったものの、私は流れず残ったこと、当時の彼氏結婚するからこんなに頑張って残った子は産んでくれと懇願したこと、しぶしぶ了承するも、私を産むときに生死の境をさ迷ったらしいこと、二番目の妹はお腹の中でもおとなしく、安産だったらしいこと、どうやら私をめぐる喧嘩が原因で離婚したらしいこと、ここまでを一気に話した上で、だから私はあなたの由来は詳しく知らないよ、相手が考えてくれたんだもん。と言われた。

そっかぁ、と言って部屋を出た後、私はわりと冷静で、だからうちにはパパがいなかったのか、離婚たから。とか、私は望まれて生まれたわけじゃないから当たりが今まできつかったのか、と納得するしかなかった。作文は、私の名前漢字私自身で調べて、それらしい理由を描いた。そして私は、あまり家で遊ばなくなった 友達の家か、学校に残ってずっと漫画を描いていた。絵も話も、同年代の子供たち以上に上手にかけたから、私の漫画は知らない上級生にまで広がり、続きが読みたい!とせがまれる程だった。おじいちゃんの教育のおかげか、学校勉強も聞いてるだけで問題なく解けたから、学校は楽しかった。

そのころ、母が妊娠し、男の子を産んだ。その途端、おばあちゃんは私のことはどうでもよくなったみたいで、毎日弟にべったりになった。お母さんは私に弟のオムツ飲み物を作ることを要求してた。よく寝てた記憶だ。学校テストで100点をとっても、小学校で躓いてたら話にならんと誰にも誉めてもらえなかった。お父さんは相変わらず隙があれば触ってくる。私は気持ち悪かった。

私は中学生になるとき母親に念押しされたことがある。頼むから大きくなってくれるなと。制服代は馬鹿にならない。そして制服を使い回せる某進学校に行ってくれと。私は、家が貧乏なら仕方ないかな、と思った。部活ユニフォーム以外お金のかからない陸上部に入った。その間、家には大型テレビが入り、衛星放送が入り、大きなダブルベッドが母親のために注文されていたが、見てみぬフリをしていた。

母親との嫌な思い出その2。学校喫煙の害についてのシンポジウムが開かれ、おうちの人に喫煙者がいたら、ぜひ止めるように言ってくださいと言われた。私の母は喫煙者だったので、学校で見てきたことを話した。結論、キレられた。なんで私の稼いだ給料で買ったものをお前に余計な口出しをされるんだ、そもそもお前が産まれなかったらこんな田舎暮らしてることもないんだからなと。多分世間の狭い田舎での生活に、心身ともに参っていたのだと思うけど、傷ついた。もうそれ以来喫煙についてはふれないでおこうと思った。

このころ辺りから母親お菓子報酬に、子供マッサージを毎晩要求するようになった。私は高校にあがるまでその要求を呑んでいた。(何せ、親の部屋はアニメチャンネルが見れたから)そのおかげで私はマッサージ技術が拡大に上がった。母親は2時間くらい全身のマッサージをさせた後、100円のポテトチップをくれた。だがこれも、最初マッサージの対価=お菓子だったのが、お菓子が欲しかったらマッサージしろというものに変わっていき、私はさすがについていけなくなった。

高校は母の望んだ進学校に進んだ。ここで私は同人を始め、世界が変わるような体験をする。自分の描いた絵は誉められ、漫画も値段をつけたのが売れた。私は家に寄りつかなくなった。帰る時間も極力遅くし、可能なら母親実家に泊まった。家に帰ると私はイチからごはんを作らなければならなくなったが、母親実家料理を用意してくれ、お小遣いもくれた。(実家一円もくれてなかったので親にも学校にも内緒バイトもしていた。)学校の成績も上々で、でも頼むから就職してくれと言われていた。進学校なのに。そのころ妹はお金のかかる部活に入れてもらい、練習道具も全部揃えてもらっていた。弟は頭の出来が悪いから、私が家庭教師変わりだった。もちろん、無休。

このころから休日の昼食は私任せになり、母親夜ご飯ほとんど作らなくなった。妹や弟は料理ができないので、私が全部作った。

私は就職なんてしようと思ってなかった。何が何でもこんな家は出てってやると思っていた。そんな時、母親病気になった。ガンだ。

私はそれでも構わず家を出て、自分の夢のためにとにかく稼いだ。悔しかった。ノート一冊買うのですら渋られたのが悔しくて、ずっとずっと収入がある仕事と、自己実現のできる世界で生きた。途中途中で連絡はあっても、すべて無視した。

ただ、母親死ぬ1ヶ月前だけは毎日のように病院に通った。妹に頼まれたかである。妹は、献身的母親看護をし、ずっと実家暮らしで働いてないのに、よっぽど私より評価は高かった。

はいつかみたいに2時間マッサージをした。どうやら、母親は私のマッサージお気に入りだったようで、弟や妹じゃぜんぜんダメから私を呼んだようなことをかすかすの声で言っていた。たぶん、初めて私があの人に求められた瞬間だったのかもしれない、今思うと。

ほどなくして、母親は亡くなった。まだ40代、かわいそうだと思った。私がいなければ、この人の人生は輝かしいものだったはずで、こんな病気にもならずに済んだかもしれない。そんな思いで死に化粧と、お父さんと子供たちのスピーチを全部用意した。何故って、お父さんが、お前くらいしかそんなことできる子いないんだよ、って言うから

ふと思う。私はここまでされて、なぜ母親が嫌いじゃないんだろう。

しろ大好きで、出来ればもっと長生きしてほしかった。

人に言うと、よくぐれなかったね?と言われるけれど、ぐれたところで何も変わるわけなかった。だって、興味を持ってくれなかったんだもん。私という人間に。

私は生き方がまともじゃないとよく言われます

自分性格関係してると思うけど、じゃあここまで話して、私の人生あなた人生取り替えっこしてみようか?と言って首を縦に振った人間は一人もいません。

それが全てです。

でも、母親の作ったパフェの味だけは、今でも鮮明に思い出します。甘くて、幸せな味でした。

2016-06-19

初めて店舗型イメヘルに行った


地元には店舗ヘルスというのはない。

風俗ならばデリヘルが基本だ。

デリヘルは、滞在しているビジホやラブホに嬢がやってきてサービスする。

店舗型は中にプレイルームがあるからホテル代がかからないらしい。

プレイルームもお客が妄想を叶えるためのグッズがたくさん揃えてあるという。

まず店に着く。

写真を見て、女の子を選ぶ。

そこでアンケートを渡される。

今日どんなことをしたいのか?

という質問が書いてある。

初めてでどんなことをしたいかなんて考えてなかった。

そもそもどんなことが出来るんだろうか…

待合室に通された。

そこにはいかにも仕事帰りのアブラギッシュなおっさんがいた。

そうか、デリヘルと違って店舗型では他の客に会うのかと今頃気付く。

おっさんは真面目そうで仕事もそれなりにやりそうな常連さんぽい雰囲気だ。

そのおっさんアンケートを書き終えて店員に渡した。

ほどなくしておっさんは番号で店員に呼ばれた。

200番のお客様、ご指名増田ちゃんです!お客様先生役、ひろし君と呼んでください。増田ちゃんは宿題を忘れてきたので先生から罰を受けます制服慶應義塾大学付属高校制服指名されました。縄跳びで手足拘束からアナル限界まで責めまくりお仕置きです!

行ってらっしゃい

と待合室でアンケートを読み上げた。

ぇ…

これ発表するやつなん?

ここで言わなくてもよくないか

と思いつつもそういうの出来るんだあって納得した。

そして、いざおっさんと嬢が手を繋いで部屋へ…という時に、店員からルール説明がある。

これも待合室の客へ見せしめのように行われる。

本番行為はありません。

頭を押さえつけてのフェラはありません。

女の子へのいやがる行為やしないように。

わかりましたね?

説明されてついにプレイルールへと移動する。

プレイ自体はあまりこだわらなかったからまあ普通だったけど、こだわり始めたら楽しそう。

ホテル代もかからいかデリヘルより長く楽しめて嬉しいけど、あのアンケート発表は必ずやるのかな。

2016-06-18

ブラックバイトカイゼンした話

これはどんな話なのか

ブラックキャラクターの色がね)個別指導舞台である(以下Mとしよう)。

最近すごくいわれてるなーってことで援護射撃してみようと思った次第。

どういう風な改善をやったかという話が読みたい人は歴史編を飛ばしてね。

歴史

ブラックバイトとの出会い

私がMの面接を受けたのは、まあぶっちゃけどこでもよかったから。

結構偏差値の高い大学に入ったから塾講には自信があったのかな?集団全然自信なかったし。

大学一年の時、とりあえず下宿の近所にある個別指導あっちこっち面接受けて回った。てか3回だけども。1回目と2回目は落ちて、3回目でMに受かった。

テストはできたけど、教えるのはてんでダメで、1回目の面接に行ったとき面接相手個別指導模擬授業やったことがある。

全然ダメだったなー。

その時点で適正ないんだけどそれはそれ。また後述。

研修がない!

ほんやくチームはタイポしただけでアバシリに研修に行かされるのに、Mには研修がなかった。

ここで補足しておきたいのは、Mは同じ看板を掲げているけど、内実は地域ごとに細かい会社やらせてるっていうこと。

これ以上は守秘義務がモゴモゴ。っていうほど隠すもんじゃないと思うけど。

から研修制度地域によってまちまち、そして、私の入った地域研修最初の一回きりだった。

内容は、働くに当たっての挨拶の仕方とかマナーみたいなのが30%。企業理念20%。残り50%は、ベテラン講師の講演みたいな感じだったと思う。

から「教え方」の研修っていうよりは、なんだろう、「これまで私が出会ってきた生徒」みたいな研修だった。

そりゃぁ研修にならないだろうという感じなんだけど、まぁ大学一年生だし、「ほぉ~すごいなぁ~」という感じで見ていた。

そして、その研修を終えて、私は実戦投入された。

個別指導戦場である

誰かが隣にいてずっと教え方を見るという研修は一回しかない。

それで何を学べるかって言うと正直言って学べない。

3人を担当するんだけどもう全然手が回らなくてあっちにかまってたらこっちが寝てるしもう一人はぼけーっとしてるし最悪。

もうさんざん叱責食らった。そんなんじゃ3人担当させられないって。

でも辞めなかった。辞めなかったのは、意地張ったわけじゃなく、ここで辞めたら私はズルズルなんもなくなるなーという漠然とした不安から

から、できる限りのことをしようと思った。

これは半年ぐらいでなんとかなり始めた。一年ぐらい経ったら新人にある程度指示できる程度にはなった。

突発的研修

それでも突発的に研修が入るときはあった。講師オブザイヤー?的な表彰研修と呼んだり、あるいは普通研修というときもあった。

何が問題だったか

誰も黒いと思わない賃金制度

私が受け持っていたのは90分の授業が一日2コマ分。それを週3~5回ぐらい。

最初は出勤が17時30分ぐらい、退勤が22時30分ぐらいだったかなぁ。

時給は1000円とアナウンスされていたけれど、実際には「コマ給」ってやつ。ようは授業一回につき何円という制度

仮にコマ給1500円とすると、90分の授業なので確かに時給は1000円だ。でも出勤17:30~退勤22:30ということは5時間働いている。にもかかわらずコマ給は2コマ分3000円。

時給600円だ!

でも誰も黒いと思わない。なんせ1500円だし、翌月口座に4,5万入ってれば忘れる。

私の場合、立ち仕事とか絶対無理から、塾講しかない~って思ってたけど(Mは個別指導なので生徒の隣に座って授業するのだ)。

なので賃金面での改善はそんなに望めない。4年ぐらい働いて、生徒のアンケートがよければ、まあ半年50円ずつぐらいは上がるけど、連続昇給し続けて大学四年になっても500円ぐらいしか上がらないってのはちょっと低いよね。

というわけで賃金面での黒さはいかんともしがたいところがあった。

慢性的サービス残業

とにかく時間外にやることが多い。だってさ、生徒を一人教えるにしたってフローがあって、

  • 授業前にやること
    • 前回の授業でどこまで進んだか
    • 今回の授業ではどこまで進むのか
    • (新しく受け持つ子は)どういう性格、どういう成績、どういう態度なのか
    • の子はどの学校に通っているのか(中学校別に進度は違うし私立とか中高一貫もある)
    • 中間テストとかが迫ってたら授業を変更すべきか
  • 授業後にやること

とこれだけあるのに賃金は0。

後々問題になったらしくて10100円とかそれぐらいのお金が出るようになった(雇用契約書に書いてあるから別に機密じゃないだろー。でもバイト募集時には書くべきだよなぁ。ってか今気づいたんだけどもしかして最低賃金÷6しただけ?)。

慢性的サービス残業さら悪化させるもの

さらに「講師のやる気」が慢性的サービス残業さらに増やしてしまう。

高校受験入試問題に、赤本より丁寧な回答を作ったりとか、そういうの。

もちろん0円。

つらっ・・・

あと「賃金出なくてもいいですから**ちゃんの入試対策もっと付き合ってあげたいんです!」って言い出す子もあった。

おいおいそれはやめなよー。

研修制度のアレさ

実を言うと研修もなくはなくて、一年に一回思い出したように開かれることがあった。

けどやっぱり新人講師をろくに研修しないまま実戦投入するのはずっと変わらなくて、それで結構何人もやめちゃった。

でも当たり前だよなーって思う。実際回らないし叱責を受けるしどうしようもない。

教えられない

これは講師としての資質問題かなー。

前に見たブログでも、「3人に教えるのは無理」みたいなことが書かれてたけど、これは多分研修する講師がヘタクソだったんだと思う。

からこの問題研修制度問題として扱うことにしよう。

離職率

やばい最初一年持ったらベテランってのはちょっとやばかった。

これは下げていく方向で調整していったのでこの話もしよう。

改善

どういう風に改善していったかという話。

問題意識の共有

それで一年も働いていたら、ざっくりと三つの問題が見えてきた。

で、問題とその対処方法について。

  • 賃金が低い
    • これはどうしようもない。
    • だいたいMはそれほど月謝が高くない。親がそれを高いとみるか安いとみるかは知らないけど、周りの塾よりは安かったと思う。
  • 時間外労働が多い
    • これは減らせる。
  • 研修がない

うーん全部こっちがやるしかないのか。本部は何をしているんだ。

そして、二年ぐらい経ってから見えてきた問題があった。それは

時間外労働を減らせ

個別指導は<準備>→<授業>→<片付け>で終わる。で、給料が出るのは<授業>だけだ。

ということは、

(1)準備を減らせ

(2)片付けを授業中に終わらせろ

の2つで改善できる。

準備を減らせ

まず普段から他の講師とのコミュニケーションを取っておいて、どういう子なのか教室全員の生徒の基本データを把握しておく。

あと近所にある中学校高校の基本データは知っておく。あそこの中学校先生は厳しいかテストムズいとかそういう情報

えらく多い気がするが、一旦頭に入れたら終わりなので、これは最初に頑張るしかない。

さらに、どういう子なのか(性格、成績、授業態度、テストなどへの取り組み方)は本人と話し合うしかない。

たいていの子は授業より早めに来てくれるので、雑談がてらそれを処理する。

知ってる子が増えれば増えるほど準備は減らせる。

あの中学に通っててあの部活をしているあの子は、普段こういう成績でこういう勉強方法で、授業ではこういう態度で・・・が頭の中に入ればOK。

これを講師間で共有することによって準備を減らす。

片付けを授業中に終わらせる

次回の小テストは授業中に作っちゃう。あと引き継ぎ事項も、授業の終わる30分ぐらい前になったらだいたい先が見えるのでそのときに書いちゃう

授業が終わったら、物理的に片付けて簡単に報告するだけで終われるぐらい授業中にこなしちゃう

授業中に起こった問題は授業中に片付ける

たとえば「中間テスト近いのに全然ダメです!」っていう時は開始15分ぐらいで分かっちゃうので、その時点で上に報告する。

「教えきれないんです!」っていう状況になっても同じ。

チームで解決しましょう。

講師としてのレベルを上げる

準備を減らすのも片付けを授業中に終わらせるのも講師としてのレベル一定程度じゃないと無理。

というわけで研修

研修をせよ

頼むから研修してから送ってくれよーと思うんだけれど、でもよく考えたら実地で生徒とぶち当たるしか成長はできない。

結局、新人講師と組んで6人を2人で見る(実際には私が5:新人1ぐらいで見る)ことになる。

ただ、私は一年かかって学んだことを、一ヶ月で学んじゃう講師もいるし、全然だめで辞めていく講師もいる。

二年ぐらい経った頃、やっとこさこういうことができれば新人はOKというのがわかってきた。

研修で学んで欲しいこと

本部がやらねーなら現場講師がやるしかない。

なので実地で教えてる隣で学んで欲しいのは以下のこと。

  • 雑談
  • 手抜き
    • 3人を1人で見るのは無理。手抜きを覚えて欲しい。たとえば問題演習させてる間はつきっきりで見る必要はないから、問題演習の選び方、させ方、この問題演習は何分で終わるかを計算する。
    • 30分かかる演習をさせておけば、30分離れててもいい。
      • もちろんただ30分放置したら生徒のモチベーションダダ下がりになる。10分~30分で調整する。また漫然と解かせるより、もちろん頻出の問題を選んで出す方が良い(「これ全部!」というより「これとこれだけ!」と指定した方が量は多くてもなんか少なく見える不思議)。
    • 3人とも問題演習という時間を作って、片付けの時にやるはずだった小テスト作成とか引き継ぎ事項の記録をやる。
    • 誰かを教えてる最中(他、手が離せないとき)に問題演習が終わったら、自分で採点してもらって、分からなかったところをもう一度やらせてみたり、次の単元に進ませたり、単語を覚える時間にして「10分後もう一度来るからね、そのときテストするからね」と言ったりする。
    • これができないと、全員何も教えられないまま終わる。
    • 「教えない時間を作る」のがコツ。「教える時間」は正直全然ない。
  • 基本動作
    • 本人の性格チェック→成績チェック→理解力チェック→授業予定を立てる→授業する→発生した問題を報告する→授業中に修正する
    • 報告・連絡・相談。全てのことはだいたい報告してくれれば解決しうるので、相談して欲しい。
  • そして
離職率を下げろ

講師としての資質っていうのは確実にある。でも、一年経って資質が芽生えてぐんと伸びる人もいるし、最初から全然ダメな人はそもそも面接で落ちてるはず。

とにかく辞めて欲しくないと思った。だってバイト経験って就活とかにも影響するし、その後の人生で、Mってカスだったな~っていう思い出は作って欲しくない。

それは私がMが好きとか嫌いとかじゃなくて、人生にバッドな影響を与える何かを作りたくないから。

黒歴史を作りたくないのは誰でも一緒。時間無駄だったとか、そういう振り返り方しかできない時間を作ってしまうのは辛い。

丹念に悩みを聞いて、問題解決するのは、講師-生徒の関係だけじゃなく、講師-講師関係でも一緒。

報告、連絡、相談してくれたら、離職率は下げられる。

・・・というエモーショナルな話ではなく、離職率を下げることは明確に授業のクォリティ向上に寄与する。

離職率が下がると、生徒との関係理解も深まるし、講師同士のコミュニケーションもとれるようになるし、良いことが多い。

先輩から後輩へのノウハウ伝授もやりやすくなるしね。

年数を経るごとに経験値も上がっていくから、一ヶ月や二ヶ月で辞めちゃうとそれが溜まらない。

生徒が分からしても、「すぐ先生辞めちゃうな」ってのはバレバレからねー。

講師同士ギスギスしてるとそれもバレる。

なので離職率を下げるということはブラック雰囲気をややホワイトにする大切な要素なのであって、

そのためには、研修をしっかりやって賃金を上げなければいけないという話であったりもする。

時間外労働を減らし、(本部がやらねーから講師ががんばって)研修バックアップし、働きたい職場へと変化させ、離職率を減らす。

これが結局ブラックバイトと言われるMでやった一番でかいことかなぁ。

時間外労働「悪」という概念を広めなければいけない

Mの場合時間外労働は金にならんので全部サービス残業だ。

なのだが、時々謎の正当化をしてサービス残業を自らやりたがる人がいる。

「圧倒的成長!」ってやつ。

なので、それを戒める。

お金もらってやってんだからお金もらってる時間内に全部解決するのが当たり前でしょ」

「生徒に教えるプロなんだから、ただ働きするのはプロ意識に欠けるよ」

「結局時間外に働いちゃうのは能力が低いからだよ」

みたいな。

これはもう割とガチで叱責する。で、「時間外にならないとどうしてもできないんですぅ~」はみんなで解決する。

時間内に書かなきゃいけない報告書の量が多ければ、他のちょっと手が空いてそうな講師相談して、少し見てもらったりとか。

チームワークで解決していく。

で、授業が終わったら、22時になったら強制的に電源が落ちたりするので、それまでに帰ろう!という運動をやったりする。

達成できたらご褒美みたいなのがあればいい。毎日全員の退勤時間ノートに書いて、RTAみたいな感じにする。

でも、こればっかりは教室全体で取り組まないといけない。

たまに時間外労働やりたがる人がいるので、抑える。

保護者の方はお金を払って塾に行かせてるんだから、こっちがお金を取らないでやっちゃうと、お金を出さななっちゃう。生徒が辞めていっちゃうから塾が成り立たなくなるよ。」

みたいな?

それって塾っていう小さな(?)単位だとわかるんだけど、企業っていうでかい単位になるとじわじわ分かって貰えなくなったりする話でもあるかな

上が時間外労働やらせたがる人だったら

多分逃げてたので知らん。

まとめ=ブラックバイトと名指しされたら「離職率の低下」を目標に掲げよ

ブラックバイトカイゼンするには、以下のことが必要

この上二つはわりとすぐ分かるんだけど、離職率下げるっていうのは意外と効くなぁっていう知見があった。

賃金とか研修制度とかは、上が決めるものから、下っ端には割とどうしようもないんだけれど、極力働きやす環境にして、離職率を下げれば、一人頭の仕事がどんどん減っていくのが感じられた。

ので、今の職場でも、働きやす環境かどうかは必ずチェックするようにしている。

ごくごく簡単な話で、なんでも相談できる状況かどうかとか(風通しの良さ)、悩み事を抱えてる人はいいかとか、個々人の性格の把握とか(構って欲しくない人も当然いるので、そういう人にも気持ちよく働いて欲しい)。

人間気持ちよく働いていたら多少の賃金のクソさはなんとかなる。・・・んじゃなくて、生産性が向上するので、なんというか、実質賃金?的なものはむしろ上がるはず。

上がさらブラックだったら手も足も出ないけどね・・・

ブラックバイトカイゼンとなると、どうしても賃金に目が行きがちだけど、総合的に見れば「離職率を下げる」ということを目標に掲げれば、当たり前だけど、自然と白色に染まり始めるはず。

だがしかし

個別指導でできることには限界があり、やっぱりなんていうか地頭っていうのはある。

やってることは中三になって、「志望高校名前から工業”を取りたい」っていう感じの子をそうするぐらいの感じ。

地頭の良い子は宿題がそんなに多くなくても伸びるし(ってゆーか宿題律儀にやってくるけど)、どうしようもない子はどうしようもない。

けれど、どうしようもない子も、どうしようもないなりに悩んだりしているので、そういう子たちにとっても、Mにいた頃に感じた何かが、その後の何十年という人生の中で、大切な一瞬であって欲しいなあと思ってた。

そういうわけで、ちまたじゃ黒いっていわれてるけど、私はまぁまぁ面白かったな。

勉強嫌いだったからかな?

Mが黒いって言われてるのは、賃金がクソなのと研修がないのと、それに起因する離職率問題だと思うので、その辺を改善したらMも結構良くなるはず。

これは(私が就職したトコ含めて)他の企業にも言えることかもね・・・

(てか、最近アリさんマークすごくね?渡邉美樹も助走つけて殴るレベルの黒さじゃね?)

ってことで日本死ね

2016-06-17

仕事いきたくない

おしごと!おしごと行きたくないよお!!!いきたくない!いっきたっくない!

漫画よんで!!!飽きたらテレビつけてお菓子食べる!!!!がんこちゃん見る!!!

どんどんどすん!!がんこちゃん!!!!!!!どんどんどすん!!!!がんこちゃん!!!!しっぽをひとふりおおいわピュン!!!!!!

いってみようやってみようみる!!!つくってあそぼも見る!!!

お昼はおかあさんが作ったおいしいごはんたくさんたべて!!ねむくなったらおふとんにいく!!!

横になってカードキャプターさくらビデオ見る!!!

こっそりおふとんに隠してあった宇宙人田中太郎読んで!!!!!いつのまにかうとうとして眠る!!!!!

起きたら夕方!!!おかあさん手作りコロッケソースたっぷりかけて食べる!!!キャベツもたくさん食べる!!!好き嫌いはしない!!!!!!

犬夜叉見終わったら宿題するふりして遊ぶ!!!!!おふろはいって!!ゴロゴロしてたらいつの間にか寝てる!!!!!



もうやだ…おしごとやだ…

2016-06-09

よく子ども欲しいって思えるね。

毒親にならない自信すごい。

弱いものとか理性的でないものとかへの態度って、みんな(いいことした時のことしか)覚えてないの?

自分同調しない人への私刑っぷり、自覚してる? それ、自分の子相手ならやらない?大丈夫

いくら教えてもトイレできない

いくら言ってももの大事にしない

いくら言っても宿題やらない

なに言っても言うこと聞かない

自分の子どもだけはそう育たないか大丈夫なのかな。

みんな結構しょうもないことで親から罵られたりビンタされたり殴られたり首絞められたり血管に水入れられたりしてるよね。

自分の子にそういうことして嫌われたり憎まれたりしながら育てるの、おぞましいとか子どもかわいそうとか躊躇しないんだろうか。

……しないんだろうけど。

私は毒親にしかなれないか子ども欲しくないです。

2016-06-05

格差教育無料でも広がる

金さえ有れば良い教育が受けられて、良い人生が過ごせると思っている皆さん、間違いです。



金持ちの子は良い教育を受けて、良い学校に入り、良い仕事につくというのは一面の事実では有る。

しかし、あくま金持ちの家に多い「傾向」でしかない。

本当の所は「まともな親は、比較金持ちに多い」のだ。まともな親に育てられるからまともに育つのであって、金持ちからまともに育つのでは無い。




貧乏人に多いクズ親の特徴はこんな感じだ。



子供が家に帰ると親が寝転がってポテチ食いながらワイドショーお笑い番組を見ている。

肥満あるいは栄養失調。三大栄養素食育など考えた事も無い。

家に有る本といえばマンガ芸能人名義のゴミ本。

掃除洗濯をまともにしない、当然片付けも教えない。

喫煙者、安酒飲み。

趣味パチンコorスマホゲーor改造車宝くじを常習的に購入。

仕事単純作業or非正規、数年かけてスキルキャリアを積む仕事についた事が無い。



例えば、上記のような暮らしをする人間に、いくら金をやってもまともな子供は育たない。

貧乏の子供は貧乏になる確率が高いのだが、それは最も長い時間を過ごす家庭がそのように運営されているからだ。




多くの金持ちの家庭はそうでは無い。



家に帰ると宿題を見てくれて、親は休日美術館に行ったり読書をしている。子供自然に学び、本を読み、豊かな文化的素養を養う。

整理整頓自分人生効率的に生きる手段である事を身をもって教えられる。

海外に友人が居る。子供の頃から多様な文化に触れ、その中でアイデンティティ確立する機会が有る。

積み重ねた努力で、ある程度の地位仕事についている人に囲まれ生活をしている。努力すれば、具体的にどうなれるかを日常的に見ている。

親共大学を出ている。子供の頃から大学に行くのが「当たり前」になっている。海外へのホームステイ留学視野に入り、経験者の話をいつでも聞ける。

高い能力を持つ人に囲まれ、日々の生活の様々な場面で礼儀を学び、見聞を広げられる。



このような日々の暮らしこそが「文化資本」なのである。カネを持っている事など、瑣末な事でしかないのだ。(もちろん文化資本の無い金持ちも居る)

例えば貧乏人にカネだけ与えても、こんな暮らしは出来ない。せいぜい半額惣菜外食になり、しまむらの服がブランド物に変わるくらいだ。(文化資本を持った貧乏人という存在は極めて少ない。)




東大に入る学生の親は約半分が年収1000万以上だと言う。日本年収比率から考えれば明らかに偏っている。

もちろん、小学校からSAPIXをはじめとする有名塾に通える環境一助にはなっている。まぁ塾代だけで、本気で通わせると小学1年から高校3年までで1000万以上かかるし。

しかし、家庭環境が壊れている子供SAPIXに通わせたとして、有名私立に入れるか?と言われれば無理なんだよね。最も重要な家庭での学習が出来ないから。



良い教育とは、まず最初に家庭で行われる。家庭で教育を受けられない子供は、最初から大きなビハインドを食らって社会に出る。そこにいくらカネをつぎ込んでも無駄

稀にトンビが鷹を産むが、そんな子供現在制度でも返済不要奨学金いくらでも有る。



格差とは経済力では無い。本当の格差とは、誰もが選べない幼少期の環境の事なのだ

その格差を国が是正する方法など無い。




教育に過剰な期待をしているブコメが多いけど、家庭でするべき教育学校が肩代わりしろと言っても無理ですよ。

何事も本人のやる気が無ければ始まらないのだが、その「やる気」をステロタイプ貧乏親は削りとる。

まともな親の子供は親&周囲のまともな大人からやる気をもらい続ける(ついでに良質な知識、コミュ力、広い見聞も)



要するに、日々の生活追い風になるか逆風になるかの差がデカイのだ。これに比べれば、スタートラインの差など無いに等しい。

教育費を無料にした所で、大学に遊びに行くバカと、目標持った優秀な学生に二分されるだけ。

優秀な学生は大体親が金持ちだし、そうでなければ奨学金を取れる。

教育無料なんて教育関係者ポジショントークしか無いよ。乗せられている貧困層は利用されているだけ。





解決策は無いのか?という話だが、これ以上のバカ底上げ無意味なのでしない方が良いという立場だ。

そもそも日本は、ホームレスですら字が読める国だから初等教育は行き渡っていると言って良い。

教育費でよく話に出てくるOECD各国だが、字を読めない人が普通に居る国だらけだからな。

日本識字率は99%以上だから初等教育バカ底上げ)に成功している国とも言えるのだ。



巷で叫ばれている大学無償化奨学金返済不要については、費用対効果が悪すぎるのでやめた方が良い。

20年ほどクズ親に育てられれ、何の文化資本も持っていないFラン大学生なぞ、支援しても無駄から

一定数、世間知に長けたワンチャンを掴める層は居るが、そいつらは放置してても勝手に伸びる。学校教育範疇ではないからな。



やるなら一定以上の偏差値を持つ世帯年収が低い家庭の小中高生に集中して支援するくらいか

または、いくつかブコメで出ていたが幼児教育シフトするか。

しかし、いずれの場合バカ感染を防ぐために寄宿舎で預かる必要が有るが、日本でやる事は不可能だろう。



日本国が行う学校教育幻想を持っている人が多すぎだが、そもそも東大すら世界的には有象無象の一大学しか無い訳で、本物のエリート欧米アジアエリート養成大学に行ってる。

世界的な流れはバカを救済するよりもエリートを伸ばす方向だ。

ただし、日本エリート養成をする事は無駄平等を重んじる文化から無理だろうなと思う。



みんな平等格差をなくそうという思想はご立派だけど、現実的に考えると家庭に介入出来ない限りは不可能だという事。

国(あるいは他人)に出来るのは自力一定ラインを超えてきた人を支援するくらいだ。

やる気のない(あるいはやる気を奪われた)人は、自助努力が出来ないので救いようがない。






共産党機関誌である前衛」を読んでいるコミュニストが、この記事ネタに書いているので見てみた。

格差教育無料でも広がる」のか - 紙屋研究所

http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20160605/1465138757




まぁ一言で言えば「そう出来たらいいですね、ところでどこから金が出てくるの?」である


 松本は、さらにそこから夫が主な稼ぎ手で、妻が専業もしくは補助的な労働でそれを支えて、子どもケア労働担当する「標準家族モデル」がいか危機トラブル脆弱かを述べる。

 そして、もし子どもに関わる費用をすべて社会負担するようになれば、親は自分の食い扶持さえ稼げばよくなり、シングルでもダブルでも不利や不公平は解消すると述べる。これこそが「強い家族なのだと。


さらにこう続ける。


もし小学校中学校のように、高校大学に誰でも行けることはおろか、医療住宅もそして食事文化に触れる機会も、子ども無料アクセスできるようになれば、その時初めて子ども貧困は親の責任から切り離される。そこまで社会を進めることの覚悟とセットでなければ、容易に元増田のような非難に遭遇するハメになる、と松本警鐘を鳴らしているのである


ユートピアを追求するコミュニストらしい意見だ。で、そんな国どこにあるの?日本人は1億人以上居るので、中東産油国でもこんな暮らし出来んぞ。

ちなみにその理想を実現しようとした国知ってる、ソ連かい強制収容所国家だ。

まぁ共産主義者に財源を追求しても仕方ない。彼らは責任をもって行動した事が無いのだから

仕方がないので、テキトーだが俺が考える。



日本の0~14歳までの年少人口は1613万人。彼らに衣食住+文化的生活学習無償化したとする。

かなり安めに見積もって1人1ヶ月10万円の経費がかかるとして、1年で120万×1613万=19兆3560億円

更に高校生大学生まで含めると900万人ほど増える、1人月10万で年間10兆円ほどかかる(年齢が高くなるほど消費が増えるが、面倒を見る職員の数は減らせるので同じ経費とする)

合計して約30兆円、数字を見ただけで非現実的だとわかるだろう。


まぁ所得税を3倍にすれば実現可能だ。もしかしたら、共産主義者として望む所なのかもしれない。



現在日本において、財源を示さずに甘い夢だけを語るのは誠実な態度だろうか?

耳障りの良い話、目の前の人を気分良く救える話は正しいのだろうか?



共産主義者家族解体を是とする。旧ソ連では集団主義教育が行われていた事は周知の通りだ。

全ての子供を「学習はおろか、医療住宅もそして食事文化に触れる機会も」親の責任から切り離す覚悟が問われるそうだ。

まさしくコミュニストに相応しい思想ですねとしか言いようが無い。




ちなみに私が提唱する解決策?はこんな感じ。ブコメにも有ったが、教育は数世代解決するしか無いので、まず1代目はお金を稼ごう。

1代だと所詮成金なのだけど、2代続けばその子供は教育が行き届くようになるだろう。


年収1000万になる方法

http://anond.hatelabo.jp/20160225194038


内容は一言に集約される(私の言葉じゃないけど)

人並み以上の努力をすれば年収1000万ってそれほどの高い障壁じゃないと思うんですよ。


とりあえず年収1000万くらいにはなって、経済活動に貢献してから社会保障を語ろう。

他人の財布で天下国家を語るその姿、ダサいですよ。

まぁ共産主義者が語る、財源の裏付けが全くない甘い夢を見たいならご自由に。夢の見過ぎで虫歯にならないようにね。

2016-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20160531142404

(追記)母親失格

なによりも、私のような者に時間を割いて意見を下さった方がいることに、非常に励まされた。

意見下さった全ての方に、心から感謝する。

ありがとうございます




自分子供時代母親に泣き言を言った時は、

「私は死にたいなんて思ったこともなかったよ。

人間は明るく生きるのが一番!

あんたにはいいとこたくさんあるんだから

他人に気ぃばっか使ってないで、

自信もって生きなさいよ!」

と励まされた。それでも他人に気を使うことをやめられず、

死ぬことが一番楽だと考えてしま自分に罪悪感を感じていた。

からの愛も感じていたし、

母は努力家だったし、

こんなによい母から、なぜ自分のような者が生まれてきたのかと、

毎晩布団にもぐってこっそり泣いていた。

母や、自分関係する全ての人に対して、

「生まれてきてごめんなさい」と心のなかで唱え続けた。




母親になり、不登校講演会に参加して初めての知った言葉が、

自己肯定感」だった。

自分が生きづらいのは自己肯定感が足りないだけなのだ

育ってきた環境の中で、本来身に付くはずものが身に付かなかっただけなのだ

愛さえあれば子は育つなんて、うそだと思う。

自己肯定感もそうだが、

なにかを身に付けさせるには、それなりのテクニック必要だと思う。

しろ愛はなくても、他人であっても、

正しい接し方さえされていれば子は育つと思う。




自分自分を認められれば、それでいいのだと、

目からうろこが落ちたのを覚えている。

あれ以来、自分を責める気持ちはなくなったし、

娘にも、自己肯定感を持たせることを第一に考えて接している。




しかし、長年他人とのコミュニケーションを避けて生きてきたので、

なかなか人並みに会話に溶け込めなくて今も生きづらい。

それはこれからでも経験を重ねてコミュニケーション能力を身につけていくしかないと思っている。




娘の生きづらさについて、

ドラえもんを例にするなら、

娘はまさしくのび太なのだ

何事にも深く考えることはせず、

とにかく楽に、自分の好きに生きたいのだ。

勉強が嫌いで、運動が苦手で、朝はいつまでも寝ていたい。

面倒くさいことが大きらいで、ただマイペースに生きたいのだ。

努力するにも努力必要なのだ




それなのに私は、出来杉くんこそが人としての正しいあり方だと信じ、

他人迷惑をかけることを恐れ世間体を取り繕い、

娘にまで無理をさせてきた。

眠たがる朝にむりやり起こし、

まだ遊びたいという夜にむりやり寝かせ、

いやがる学校へ引っ張って連れて行き、

宿題しろゲームばかりするなと叱った。

わがままには徹底的に叱った。



それこそが毒親と呼ばれる所業とわかりながら、

のび太のままでは娘があまりにも不憫で、時には焦りから強く叱ることもあった。



しかし、「自己肯定感」という言葉を知り、

娘の障害を受け入れ、

ペアレントトレーニングを取り入れてからは、

娘は以前よりよい成長が見られている。

もっとくそ情報にたどり着いていたらと反省してやまない。

服薬も含め、劇的な効果があるわけではないが、地道に続けるしかないと思っている。




のび太のび太として生きてもよいと、母業10年過ぎてようやく納得できてきたところだ。

なによりも大切なこと自己肯定感を持てることであり、

そのように導く行動を重ねていくしかないと頭では理解している。




それでもやはり、のび太を受け入れてくれる社会があるのか不安になる。

学校特別支援級などの特別待遇をしてもらったり、

とにかく他人より手がかかるのは事実なので正直心苦しい。

それでも、してもらえることに感謝し、できないことには支援を求めるしかないと思っている。




娘は、世の中はめんどくさいことばかりだと感じているようだ。

先日の「死んでもいい」発言も、それが原因だと思う。

のび太が「生きているのがいやになった」と言えば、

ドラえもんは「いつものことじゃない」とさらっと返す。

我が家もいつかそうなりそうでこわい。

娘とは、一緒に生きがい探しを続けている。

飽きっぽいのでまだ見つかっていないが。




のび太ができそこないなのは、決してのび太のせいではない。

遺伝にせよ育ちにせよ、のび太ができそこないなのは不可抗力なのだ

にも関わらず、失敗ばかりののび太はいつも笑い者になり、

さらっとこなす出来杉くんは人気者。

これものび太のセリフだが、

「同じ人間なのにどうしてこんな不公平が…」

それこそが、私の心のわだかまりであり、

泣き言を言ってもどうしようもないのがわかっていながら、

わずはいられないことなのだ。

批判されるのはもっともだと思う。

しかしあたたか言葉に励まされるのは事実だ。





さらドラえもんを例に考えるならば、

のび太ができそこないなために、

子孫たちが迷惑を被っているというストーリーは、

ドラえもんが現れなければ、救いようのない悲劇だ。





のび太子供を持たなければ、不幸の連鎖のび太で終わった話なのだ

しかし誰もそんなストーリーを望んではいない。

のび太しずかちゃんを好きになった。

のび太はただ、人間として普通幸せをのぞんでいるだけなのだ

読者も、のび太幸せになってほしいと願うだろう。

ここに、

「毒親になるなら生まなければいいのに」という正論を取り入れるならば、

子供を持たないという選択は、去勢と同じだ。

でも、結婚するなら去勢しておけとは誰にも言えない

そういう人間心理があるから

正論をわかっているにも関わらず毒親家系がなくならないのだと思う。





私が独身の誓いを立てていたにも関わらず、なぜ結婚たかについて、

決して誰かに強制されたわけではなく、夫に押しきられたわけでもない。

夫は優しく思いやりがあり、

生きづらい私を認めてくれて、

誰よりも一緒にいて居心地のよい存在だった。

そして彼は結婚を望んでいたし、子供もほしいと考えていた。

彼は普通幸せを望んでいた。




からこそ、自分は彼に別れを申し出た。

自分が家庭をもっても幸せになれるはずがないから別れようと。




しかし彼は、「別れたら俺、ダメになる」と泣いた。

自分出会ったがために、この人はダメになってしまう。

この人を不幸にはしたくない。

この人は自分を認めてくれているし、自分はそこまでダメ人間でもないかもしれない。

自分ががんばれば、この人も自分幸せになれるかもしれない。

そう思ってしまったのだ。




今思えば、彼が私でなければならないと言ったのなんて、

若気の至りで、一時の気の迷いだ。

やはり別れておけばよかったのだ。





それでもあの時の私は、

彼を不幸にする勇気も、

幻滅させる自分を演じて嫌われる勇気もなかった。

結局は心の弱い自分が、楽な方に流れてこうなったのだ。





今にして思えば、彼もまたのび太だったのだ。

彼は娘のことを常に気にかけてくれているし、

私の話も批判せず聞いてくれる。

仕事文句を言ったこともないし、真面目に勤めている。

これ以上を求めるのは自分の甘えかもしれないと思ってはいるのだが…




しかし彼はストレスに弱い。

パチスロもやめられない。

めんどうなことは大嫌いだ。

娘のADHDがわかって初めて、

彼はADHD気質なのだと気付いた。

これは以前に夫にたまりかねて書いた私の愚痴だ。

http://anond.hatelabo.jp/20160414143255

言葉が悪いので気分を悪くされたら申し訳ないが、

夫の問題ADHDによる、ストレス耐性のなさと、パチスロへの依存だと考える。




それでも、彼はやはり基本的に優しいいい人であるから

あきらめずに解決策を探していくしかないと思っている。

2016-05-28

の子時代はまだ詰め込み学習が幅を利かせていた時代で、全国展開している塾が満員御礼時代だった。

御多分にもれず教育ママだった母のもとに生まれた俺は、ある程度の金銭的余裕もあり、勉強以外にも多種多様習い事を受けた。

週二日の塾が2つ、毎日の家庭学習教材が一つ、習字そろばんスイミングスクール英会話野球

小学校までは季節毎に活動部活が変わるため(期間制だった)、サッカーバスケ水泳陸上と、受けられるだけの部活動を行い

中学からバスケ部所属し、上記習い事と家庭学習に加えて学校練習量の多い部活を両立した。

今、俺は学歴必要ない、上記の様々な分野とは全く関係ない生活を送っている。

基本的能力が平均的以下な俺は、これだけ勉強しても偏差値63が限界だった。県内一の進学校に落ち、滑り止めの私学に入った時には、

はいつの間にか侵されていた癌で入院していた。

間もなく母は死に、解放された私は全ての柵を捨て、勉学を一切放棄し、成績不振留年が決定したと同時に高校をやめた。

皮肉なことに、高校をやめてから進んだ道が今の職業に繋がっている。

中学卒業までの生活は、基本的苦痛だった。毎日毎日勉強ノルマがあり、母にチェックを得てから眠る日々だった。

習い事ノルマしかなかったので、いか効率的に終わらせるかという一点にしか興味がなかった。

(例外として、学友の多く所属していた野球をしている時、塾の休憩時間にお喋りをしている時は楽しかった。)

興味の無い習い事は、一定レベルまでしか身につかなかった。具体例を上げると、夏休み習字宿題評点で銀賞をたまに貰うくらい。水泳部マイナーな種目の三番手くらい。

時間を費やしても全く成長の意欲が無かったうえに、(あとから気づいた事だが)才能も劣っていたために、ただの器用貧乏が生まれた。

逆に、何もしなくてもいい点数がもらえるものが幾つかあった。教科で言えば国語現国は、何も勉強しなくても90点は取れた。漢字の書き取り以外は間違える気がしなかったし、実際ほぼそうだった。

音楽も同じ様に、リコーダー演奏も平均よりはるかにできたし、小学生時分のイベント特別楽器演奏できるとあらば名乗りを上げた。文化祭学芸会の劇ではサックスアコーディオンを誰に習わずとも独学で勉強し、演奏した。歌は基本的に手本となる生徒だった。

夏休み昆虫スケッチ習字よりも良い賞をもらえることが多かった。


今になって子供時代を振り返ると、なぜあの時に今の道に触れることができなかったのかと後悔する。なぜ専門家の道を最初考慮しなかったのか。

その道は、後になって発見しても遅いのだ。高校入学時に洞窟発見しても、辺りはもう夕暮れなのだ


母に対して思う事はそんなに無い。死んでから時間が経っているのもあるが、上記生活の辛さと、その他少しのいい思い出、それに同情と申し訳無さが合わさってある程度フラットになっている。

ただ、後悔だけが残ってしまった。

2016-05-25

え?ペルソナにそんなに悩むもんなの?

なんで「結局それお前じゃん」になるわけ?

意味分からんのだが何か勘違いしてないか

 

例えばここに「大食いトーナメント」というイベントを開催する企画があったとしよう。

その参加者に売れやすいグッズとかイベント内容にするためにペルソナの設定が必要になったとしよう。

そうするとペルソナ記号としては当然「大食い好き」になるよな?

この時点でペルソナ作るのには8割成功してるんよ。

いやマジでマジで

で、大食い好きマンと名付けたこの大食いいかお金を落とすコンテンツを用意するかがビジネスとしての宿題だろ?

ならがっつり脂っこいもの提供したり、大食い好き=体でかい人向けのサイズイベントTシャツを作るとか、

大食い好きメニューだけじゃ話題性が乏しいか大食いも絶賛するサラダを開発するとか、

大食いあるあるのできる芸人を呼ぶとかそういう大食いマンが喜びそうでお金落としやすい内容に話が膨らむだろ?

もう10成功してます

 

そのうえで大食い好き以外にも波及効果を見込みたいという副次的ものを期待したくなった場合

はじめて大食いマン以外の参加者ペルソナを用意したらいいでしょ。

なんでメインディッシュ大食いマンを掘り下げる前に激ヤセマンペルソナを考える必要がある?

 

ペルソナ設定が上手くいってないっていうことは、

自分主観が入っちゃうってことは、

詰まる所誰をターゲットにしたいのかを分析できてないってことだろ?

ペルソナ設定が問題じゃなくてアナティクスが問題だろ。

大食いマンが何を求めてるのか単純に「知らない」ってことだろ?

だよな。

 

前提としてペルソナ作る素材がないのに作れるわけがない。

2016-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20160515113436

どっかのWeb製作で一番有名な会社の元取締役が「ジョブスが死んでもアップルは業績は上がってきた」「人に関わらず業績を上げる会社だ」とかいってるけど

あれが死ぬ前にジョブスが構想していたプロジェクトをなぞってきたからであって

要するに宿題をこなしてきたからちゃんと結果出せたってだけなんだよね。

もうジョブスが死んだから新しい宿題もないんだけど。

あと人材が入れ替わっても大丈夫、と言いつつも優秀な人材集めてますから、と同じインタビューの中で何度も繰り返して馬鹿だなあと。

会社の持つシステムに自信があるなら当然人材の質にかかわらず業績を維持できるベースがあるってことなんだが、

しきりにエースが抜けたから次のエースが欲しい、今の新人エースになるのを待つ、って結局マンパワー頼みかよっていう。

というかエースが抜けていくこと自体会社としての欠陥なのに人材大事って意味分からん

2016-05-07

子供の頃、嫌だった宿題ナンバー1といえば

読書感想文

だろう。原稿用紙2枚以上書いて提出とか、そんな書くことなさ過ぎて

”「○○だなぁ」

と思いました。”

無駄に改行をして行数を稼いだ記憶がある。

そもそも感想のもとになる本を読むのすら面倒くさすぎて、誰も知らないであろう子供向け絵本感想文を提出したこともある。

が、大人になって思うとこんな楽しそうな宿題は他にない。

別に内容を批判されるわけでもないので、滔々と作者の批判をしてもいいわけだし、

ストーリー展開の粗さがしをしまくってもいいわけであるやばい、胸おどる。

そもそも子供の頃ってそんな感想書くほどの感想をいだくか?

読書感想コンクール入賞作品なんて、ただの嘘つき大会だろあれは。

2016-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20160418225150

トラバで物申すマンだよ!マンタロウはちゃんと宿題やってるのかな!?

トラバで物申すマンを名乗るには「エーエヌオーエヌデードットテラドットジェーピースラッシュ時間」を100万回手書きする宿題をだしてあったはずだよ!やってなかったらぶちころすからね!

http://anond.hatelabo.jp/20160417192019

国語の成績は凄く良かったけど、詩とか書けなかった

宿題出されて無理やりひねり出したのが、こんなんだったわ

…って冒頭数行読んで思ったけど

無意味世界は色を失っていった

僕の視界は白くなった

僕に、その子は言った

その白ってすごく綺麗な白だよ

この辺ちょっと詩的な感じするし俺より才能あるな

学力宿題

流行ってる教育本「学力経済学」読んでるんだけど、

子どものころに夏休みの宿題休みの終わりのほうにやった人ほど、

喫煙ギャンブル飲酒の習慣があり、借金もあって、太っている確率が高い』そうだ。

これ読んで夏休みの宿題しなかった子供時代思い出してぞっとした。

危なかった。

宿題夏休みの後半にあわててやってたら、

喫煙してギャンブルして酒飲んで借金して太るとこだったわ。

先生にはものさしで叩かれたけど、全くやらなくて助かった。

2016-04-17

宿題やってるとき宿題のこと聞かれるとやる気がなくなる現象って名前あったりする?

知ってる人教えてよ。いや、教えてください。

2016-04-09

やらないといけなくなると、やる気が消滅する

事務の人「すみません、この書類ハンコ押して名前書いて提出してください」

ぼく「りょうかいです。家にハンコあるので今度持ってきます



(1週間後)



事務の人「すみません。あの書類まだですかね」

ぼく「あ、すみません忘れてました」

事務の人「よろしくおねがいしますね」



(1週間後)



事務の人「すみません……書類…」

ぼく「すみません!」



(1週間後)



事務の人「書類は…」

ぼく「わすれてました!」

事務の人「書類の提出期限があって、明日までなのでお願いします」

ぼく「りょうかいです!」



(次の日)



事務の人「書類どうですか?」

ぼく「とりあえずハンコを持ってきました!」

事務の人「書いてください」

ぼく「はい



ぼく「かきました!」

事務の人「すみません…ココとココとココが抜けてます…」

ぼく「ほんとうだ」

事務の人「だいじょうぶです。次から気をつけてほしいです」

ぼく「わかりました!」



最初に戻る



こういうことが多すぎる

宿題みたいなことを課されると途端にやりたくなくなる。

でも自分から「これやってきます」って言うやつはすぐにやってくる。

やらないといけないことでも、楽しいことは割とやる。

たとえば、最近仕事自分で全部コントロールできるようになってるので楽しい

仕事はやらなければいけないことなんだけど、その中で、プチやりたいことをプチプチやってるので楽しい



書類系は一番ダルいのでものすごくやらない。楽しくない。ダルい。簡単だけどめんどくさい。

「やらないと困る」系はやらないことが多い。

特に「やらないと『自分以外の誰かが』困る」ことは、やるやる言っといて最終的にもやらないことが多い。もうほんと最悪かよと言われる。

でも、割とそれでなんとかなる。なんとかしてくれてるっぽい。ありがたい。事務の人ありがとう



ちなみにこれの解決策として「書類を早めに書いたら500円もらえるとかどうですか」と提案したけど、お前は何を言っているんだという表情を伴って、敢えなく却下された。



なんとかなる事例としては、

たとえば、彼女からの「遅刻しないで!」はやがて「遅刻されるのが普通から、定刻に来ると驚く」に変わったりする。

遅刻するのが申し訳ない」と思う段階はとうに過ぎてしまった。

「ぼくは遅刻するよ」という感じ。

遅刻マイナス分は他の何かで取り返す! 人間誰しも欠点があるのです」という感じ。



たとえば、「電話に出る」もそう。着信音が鳴ると最高に不快な気分になる。不愉快まりない。

着信音は、「出なければいけない」というメッセージを強烈に発しているようで、「うるせー!俺は出ないぞ!!!!!!」という気分にさせる。

いつどんなとき、どこで誰からどうかかってきても、嫌悪感しかない。

でもいきなり電話をかけるのは好き。これについては「お前の性格はめちゃくちゃだ」と人に言われる。

これは他人思考を「どうやら電話してもこの人は出ないからメールしよう」という方向に持っていくようだ。だから基本的電話緊急時しか鳴らない。

ちなみにメールもあまり見ない。重要なら何度も送ってきてね。



「やらないといけない」っていう感覚って、メンヘラに「どうして○○してくれないの!」って言われてる感覚に近い。

茶碗洗いとか洗濯とか、無理。家事は壊滅的に無理。でもやると割とテキパキ動ける。最近彼女が全部やってくれてる。ありがたい。彼女ありがとう

ぼくの育った家庭環境のせいもあると思うけど、どうも「やらないといけないこと=誰かから強制命令」みたいな感じで、責められてる感があって、

そしてそれに反逆したくなる。ひどいツンデレ天邪鬼状態だ。ひょっとしてソシオパスサイコパスなんじゃないかなとも思ってる。



そんで、まあ別にその、相手が困る系のやつは全然これっぽっちも直す気がなくて、そのへんを誰からどう悪し様に言われたとしても気にするつもりはないのだけど、

問題は「自分にとってもメリットがある、やらなければいけないことで、且つやりたくないこと。かなり」をやれないという由々しき事態だ。



やらないと困るのは自分なんだけど、まあやりたくない。

死ぬほどやりたくない。それが長期的に見るとメリットだったとしても。

特に課題を人から渡された場合。とりあえず思考の先頭に来るのはいつも「いやだー!!」だ。

これはもう仕方がない。だってそれがその事象についてのぼくの見解だ。ぼくの人生経験が、全力で「これは嫌だ」と信号を発しているのだから仕方がない。

これはもうぼくがぼくでなくなる以外に解決方法はない。

しかも「嫌なものをやらない!」というのはとっても清々しい。ぼくがぼくである所以というように感じれるほど清々しい。



いちばんなのは自由じゃないから」だと思ってる。

子どもときからずーーーっとそうで、宿題をしたことなんて心を入れ替えようとした数回程度(いずれも1日で諦める)しかないので、

「直した方がいいのかな」と思うときもあるけど、そんなもんよりかは「別にさなくてもいいかな。めんどっちいし」という思いの方が断然強いし何度も思う。

すでに「ぼくが直すっておかしくね? おまえらが直せ」というステージに達しているようにも思う。



それでちょっと迷ってるんだけど、

このただでさえ常軌を逸した「やりたくなさ」を更に昇華させて、

もはやハッピーなことだけやって「うぇええええい!ひゃっほおおおおーい!ハピネス謳歌いぇえええい」って突き抜けたほうがいいのか、

「やりたくないこともまぁメリットあることはやった方がいいよね、人生には我慢も必要だし。よくわかんないけど」と一歩引いて考えるのも少しは持っていたほうがいいのかで、どうしようかなと思ってる。



お暇な方は何か意見いただけるとうれしいかもしれないです。たぶんあんまり聞かないけど。

追記:

http://anond.hatelabo.jp/20160409090645

ADHDじゃね

確かにそうかもしれないと思いました。

ADHD侮蔑表現としての意味が強すぎて、気が付いていませんでした。

ただ『ADHDを直して正常になる』というつもりもないので、症状を調べて自己分析改善してみようかなと思います



http://anond.hatelabo.jp/20160409092032

ToDoリスト

ありがとうございます

ToDoリスト管理ツールとしては大変有用だと思っていて普段も使っています

でもまぁ結局、マズイ米にふりかけをかけて食べるようなやり方なので、できれば食べたくないですね……

2016-03-12

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160310-00000575-san-soci

この痛ましい事件に対して、学校対応がずさんだったとか、担任仕事が雑だったということで、担任の氏名まで挙げて袋叩きにしているネット上の風潮が非常に残念だ。


もちろん、生徒が自殺に至ったことが悲劇であるのは疑う余地もないし、その原因が、担任不適切と言われる対応やそれに至らしめた学校の体質にあったことも事実だろうと思う。

ただ、担任教師学校を袋叩きにし、当該教師教育現場を離れたり、校長以下管理職がひたすら謝罪した上その地位を追われたり、学校単位で何かを変えようとしたところで、そのことにはほとんど何の効果もなく、またどこかの学校で同じような悲劇が起きるだけだということを警告したい。


これは日本教育現場全体が抱える問題なのだ

公立中学校というのは、民間ブラック企業も真っ青のブラック職場だ。

まず、授業とその準備や試験の採点、授業内外での生徒指導学校行事企画運営など教師としての本来仕事に所定の労働時間ほとんどが費やされる。


しか教師仕事はこれだけではない。

教師が担うべき本来仕事に加えて以下のような多種多様仕事をこなさなければならない。

など、企業ならそれぞれ専門の部署スタッフを置くような仕事教師が全てやっている。

おまけに、たまの休日に街を歩こうものなら子ども保護者に出くわし呼び止められ、とても気が休まらない。


想像してほしい。

例えばあなた食品メーカーに勤めているとする。あなた営業部に配属される。


しかあなた仕事はこれだけではない。

なども、通常業務の合間にこなさなければならない。

あなた営業部に配属されていながら、製品開発、社員教育評価消費者対応広報法務にいたるまで社内のほとんどすべての種類の仕事も割り当てられるのだ。


おまけに消費者あなた名前も顔も知っていて、街を歩けばあれこれと要望文句を聞かされる。


少し大げさな例えだが、公立中学校教師というのはこれほどに肉体的・精神的に激務なのだ

教育現場の話に戻る。

このような状況で過度の長時間労働常態化する一方で、自治体予算次第では残業代休日出勤手当も出ず、まるで多少謝礼の出るボランティアのようになっている。


組織士気が下がり、仕事の質が下がって当たり前の日本教育現場


結局、教育に割く予算を増やし、教師以外にも必要職員を適切に配置することで教師本来仕事に集中できるようにすること以外に根本的解決策はない。


街は多少汚くてもいいし、道路デコボコでもいい。あらゆる行政サービスもっと雑でいい。

しか教育だけは、コストをかけ過ぎるということがないのだ。

ぜひ、多少の不便に目をつぶってでも教育予算を回してほしいと、切に願う。

2016-03-09

続・小学校宿題が家庭をおかしくしている説

小学校宿題が家庭をおかしくしている説: http://anond.hatelabo.jp/20141226041111

ずいぶん前に ↑ の記事を書いたのだが、今日GIGAZINE にこんな記事が。

子ども宿題をさせると悪影響しかないことが明らかに: http://gigazine.net/news/20160309-homework-has-no-benefit/

やっぱりね!!

2016-03-08

まだボケてへんで

子供宿題でおやもりうたっつーのを持って帰ってきた。

親が返歌せにゃならんらしい。うっとうしい。

ていうか、「守り」の意味分かってるか?

もり[守(り)]
動詞「守(も)る」の連用形から
  1. 子供危険から守り,また遊び相手になってやること。また,その人。子守り。 「子供のお-をする」
  2. 守備したり管理したりすること。また,その役目の人。 「関-」 「灯台-」

大辞林 第三版 (三省堂)より

おやもりっつーからには、2個目の意味適用されるんやろ?

子供にお守りされるって、もう一人では放って置けませんてことやん。

わしゃ、まだボケてへんで。

大層失礼な歌やと思うんやけど、これ提唱してる人、分かってるん?

奈良大地理学科で過ごした日々を懐かしく思って

4年ぶりに書くけど、堀先生や碓井先生山田先生がいた頃が懐かしいなぁ。

今はHPを見ると退任された方が多く、見覚えのない先生も何人かいました。

今の地理学科はどんな感じですかね。

偏差値自分がいた頃より10近く下がってるのを見るとやるせない気持ちになります


自分が在籍した頃は友人含めてとても良い雰囲気でした。

ちょうど海津先生が赴任して来られたばかりの時でした。

彼の授業では英文を使った海洋学地質学が盛んで皆で囲んで訳す作業で、毎回宿題を出されて英文和訳を提出してたっけ。

三木先生や土平先生山田先生とのフィールディングは実に有意義だった。歴史城郭、地誌、測量などなど、今の仕事に大いに役立ってる。

もうおられないかもだけど池田名誉教授研究室勝手に占拠してるって話を彼のゼミ生だったF氏から伺った時は本当に爆笑だった。

池田先生の授業も相当面白かったよ、今となっては良い思い出(評価は可よくて良ばっかりだったけどw)。

堀信行先生の授業は正直最も議論が白熱したのではないかと思う。

当時専攻してた環境地理では、気候学より水文学の話が面白かったよ。ダヴィンチモナリザの絵から地理的情報を読み取る方法論は今でも為になってる(『水の原風景』は名著)。

ゼミ生だった頃は本当に好きな先生の一人だった。

最終講義出れなくて申し訳なかったです。


僕はあの頃が一番好きだった。いつか奈良大学に色んな事を報告できれば良いなと思う。

2016-03-02

やっぱ団塊世代ってすごいんだよなって思った

気が付くと40代おっさんになってたんだけど。

で、最近ふと思うことがあったんだけど、自分物心ついたときって、まだ「戦後35年」とか、「戦後40年」とかいってのね。

で、もう戦後71年目に入るわけだか、ということは

第二次大戦が終わる→俺が物心つく」と「俺が物心つく→現代」が、同じくらいの時間になりつつあるわけ。

これは、結構驚く。



俺が子供のころってのは、フツーにじいちゃん、ばあちゃんに話を聞けば、空襲の話とか、機銃掃射で撃ち殺されそうになった話とか、

知り合いが戦争で死んだとかって話が聞けたし、

小学校で「身近なお年寄り戦争体験を聞いてくる」なんて宿題やると、

「うちのおじいちゃんは、ガダルカナルという南の島で、死にかけたそうです」

なんて話を聞いてくる奴が普通にいた。

うちの母方の実家空襲にあってるし、うちの叔父鶏肉苦手なのは子供のころ食糧不足で、

もらってきた鶏をじーちゃんとばーちゃんがなれない手つきで絞めてるのをみたときトラウマだったりとか、

多分、今のシリアかってくらいの生きるか死ぬかの修羅場を潜り抜けた人も、けっこうフツーに生きてたわけ。



で、それから30年くらいたって、俺が生まれているんだけど、

まあ、その時代には、ネットはおろか、スマホケータイパソコンウォッシュレットもなかったし、

家庭でテレビ番組を録画するってのは、金持ちの家ではあったのかもしれないけれど、まだまだフツーの家ではできなかったし

飛行機のるのは、かなりの贅沢だったし、コンビニ24時間営業ではなかったけれど、

でもテレビフツーに見てたし、洗濯機テレビ炊飯器もあったし、車もっているのが特別金持ちってこともなかったし、

道端で孤児餓死しているなんてことはなかった。

すでにGNP世界第2位の経済大国だったからね。

(当時は、経済指標として、国内総生産GDP じゃなくて、GNP国民総生産を使うのが普通だった。

対外投資とかあまり考慮に入れる必要がなかったからだろう)



で、それから30数年で、たしかにいろんなものが出てきて世の中変わってはいるんだけど、

なんっていうか、生活基本的レベルってのは、そこまで大きく変わっていないような気がするんだよね。

少なくとも、その前の30数年に比べると。

いや、「その前の30数年」に関しては、あくまで伝聞ですけれども。



最近若い人が安易に「日本オワタ」みたいなことをネットに書き込んでいるのを見ると、

無意識のうちに「なに甘ちゃんなこと言ってんだよ」と思っていた自分がいて、

自分のおじさん化に自分で驚くわけだけれども、その感情の源は、この辺の間隔にあるのかなあと。


僕らの親世代である戦中派~団塊世代ってのは、とにかく日本の変革を阻むガンとしてネットでは評判が悪いわけだけれど、

自分なんかは、やっぱり、ちょっと尊敬するんだよね。

だって、あの人たちが子供のころって、日本米軍占領されてて、チョコレート欲しさに占領軍追っかけて、

で、奴らが動物にエサやるように子供にばらまいているのを、ありがたがってもらっていて、

それを親(俺らから見たら祖父母)が、やりきれない目で見てたりしてたわけだ。

そんなところから、今でいえばブラックしか思えない働き方して、気づいたら「経済大国」を作ってた。

なんだかんだいって、これはすごいことだと思う。


一方、俺ら世代は、その負の遺産を前に、なすすべもわからず、とにかく対応するのに精いっぱいで、

まだ、さして何にも残していなかったりするわけだが。


・・・・あ、この話、とくに落ちはないです。なんかちょっと感慨にふけっただけ。

2016-02-27

[]2月27日

○朝食:サンマの缶詰

○昼食:担々麺

○夕食:カレーピラフサンマの缶詰



調子

むきゅー。

お仕事はお休み

洗濯して、電気代払って、来週の食料を買ってと色々雑事をやっていた。

なんかとっても疲れた




ポケモン20周年

ポケモンダイレクトで、第七世代?にあたるサンムーンが発表されましたね。

この第七世代とか第六世代ってのはファン勝手に言ってるだけなので、

抜け道が無いわけじゃないけど、

今まで通りなら新地方、新ポケモンの新しい世代の始まりです。

悪ポケファンとしては、月の光を使う「げっこうポケモンであるブラッキーが、ムーンと何か関係があると嬉しいですね。

あと、三日月化身クレセリアと、ストーリー関係があるダークライも出番があると嬉しいね

サンの方は、サンパワー持ちのメガへルガーぐらいかなあ。



アニポケは旅仲間やポケモンとの別れ。

ポケスペは14章にして、20人目と21人目の図鑑所有者の登場。

ポケカはXYシリーズが完結して、新シリーズへ。

と、ゲーム以外の分野も風呂敷を畳みだす時期になったということですね。(トレッタはどうなるだろうなあ)

まあ、ポケスペは未だにBW2時代宿題が残ってるので、マイペースに進んで行くと思うけどね。

アニポケサトシは歴代最強とか噂されてるし、そろそろポケモンリーグを勝ち抜けるぐらししても良いんじゃないかなあ。

悪ポケ好きとしては、まずまさかアニメオリジナル形態披露した「サトシゲッコウガ」が良い感じでしたね。

ゲッコウガは悪ポケ初の御三家、初のスマブラ参戦と、色々と楽しませてもらえました。

あと、セレナヤンチャムは、あんまり目立ってない感じだな、冷凍パンうつシーンがあるだけマシか。

(そうやあ、セレナの手持ちには悪がいないからゴロンダにはなれないのか、イーブイブラッキー進化してれば……)

ポケカは、BW落ちたと思ったら、フウロ、Nが再録だし、ダークライは色と技と姿を変えてマナフィとして生まれ変わるし、

未だに世代交代した! って感じじゃないんだよねえ。

でも、始終トップメタに大好きな悪ポケのイベルタルがいたし、地雷枠のバンギラスもいたし、ゾロアークも強いしで、

悪ポケ好きとしては満足のいく環境だったね。



さらに、新情報として、なんとバーチャルコンソールの赤緑青ピカチュウポケモンを、

バンク経由でサンムーンに持って行けるそうな。

へー、これは面白い試みだな。

一世代と第二世代は完全に隔離されていたので、こうして繋がりが出来るのは良いことだと思う。

思うので、買ってきました。




ポケモン赤緑ピカチュウDLカードポケモン緑同梱版2DS

しめて1万7000円だけどまあ、20年間ずーーーーっと楽しませてもらったことを考えると安すぎるよね。

(第五世代攻略本ムック本を使った、かそくアチャモガチャサンパワーヒトカゲガチャ、を思い出すと未だにイライラするけどね)

さあ、サンムーンに向けて悪ポケたちを今のうちに用意しとかないとなあ。

えーっと、カントー地方の悪ポケは……

あっ……

そうやん……

イーブイブラッキー)。

コイキングギャラドス

ブラッキー進化前のイーブイと、メガ進化前提のギャラドス系列しかおらんやん……

えーっとでも、ほら技。

なんか貴重な技が……

ものまね、ってFRLGの教えにあったな。

そもそも、あっても何に使うねんって感じだし。

あー、ロケットずつき?

ブラッキーで耐久あげながら攻撃ギャラドスで威嚇で交代誘発させて、その隙に打つ?

うーん、一発ネタにすらなってないなあ。



そもそも、実際その技が使えるからって、個体値の厳選どうすんねんとか考えると憂鬱にもほどがあるな。

孵化すらできないってのはツラすぎる。

サンムーン輸送時に何かしらのロジックで変更されるしさあ)



あ、あれ、なんかテンション上がって思わず全種に加えて2DSまで買っちゃったけど、

悪ポケ好きって目線だと特に意味ないな。




でも、第七世代で、それこそロケットずつきのB上昇が三段階になるとか言われたら、爆上げだし、

なにが起こるかわからないし、買ってよかった、と思っておこう。

単純に3DSメニューに四つ並んでるの見るだけでも、幸せだし。

2016-02-25

有休取ったんだが

仕事から逃げて有休取った。

今日は朝起きてコンビニ行って雪印コーヒー牛乳飲んで、ずっとネット見てる。

大学生みたいにうだうだしている。

で、気づいたんだが、俺ネット記事見てるだけで読んでない。

あぁ、やっぱり逃げてるだけじゃん俺。目を背けたくてネット見てるだけじゃん。

やらなきゃいけないことがあるからネットゲームアニメ読書も集中できない。

ただ、嫌なことから目をそむけてるだけじゃん。

いっきり逃げ出すこともできないじゃん。

でもそれって普通では?

普通だったら何なのよ。

やらなきゃいけないんだよ。仕事なんだよ。

投げ出せないんだよ。

あーやりたくねぇ。

でも、やらなきゃいけない。

大したことじゃないはずなんだ、学校宿題がやりたくないのと同じなんだよレベル的には、多分。

学校宿題がやりたくないときってどうすんだ。

誰か教えてくれ。

もう夕方だよ。

やりたくないことをやるためにはどうすりゃいいんだ。