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2017-02-16

アクションプラン

東芝さんもアクションプランをやっているみたいだけど、わざわざアクションプランをするのは、銀行から出された宿題みたいなものなの?

もしもあの時担任が違っていたら

最近生徒同士でのいじめ以外に教師からいじめも珍しくないケースになっている

こういったニュースを見ていると「あんなことがあったけど彼らのように自殺するまでの決断はしなくて正解だったのかもしれない」と感じてる



そう思っているのは自分もおそらく同じ当事者であったと考えていたからだ

当時12歳、前も後ろも分からない状態で当たり前のように小学校に行っていた生徒の一人だった

スポーツ特にできた訳ではなく、勉強社会歴史のような暗記分野であれば90点以上は取れる程度の子供でそれ以外は無知で忘れっぽい性格

だが、小学校6年生になった途端そんな日常光景がいつのまにか真っ白に見えるようになった



担任になった教師は5年生の時に見て知った程度であったが、その人と会ってからクラス内の雰囲気も一変するようになった。

まだ始業式を行ってからの翌日の朝から担任から「○○は厳しいから怖いぞーっと言ったのは誰だ!」とこれが朝の日直の挨拶である

そこから何かあればこういった罵声に近い大声で生徒全員に言うことが当たり前であった



自分が実際にあったケースは、グループ分担での掃除をすることがあり、たまに担任に連絡する役割に回っていた

そこで報告すると昼休みに入って約10分程度なっただけでも「遅すぎる!何分掃除をやってるの!」とまるで自分が全ての責任押し付けられたような感じだった

他にも授業で使う教材を探そうとしたところなかなか見つからない為、「少しだけ時間をあげるから探しなさい」と言われたが結局見つからなかった

その時に「大事な時間を使ってまでないなんて全員に謝りなさい!」と一人だけでクラス全員に謝罪することがあった

宿題を忘れた時も教育実習生と一緒に別室でやっていた時があったりした



そういったことが重なり、クラスメートとの小さないじめもあった

日に日に馬鹿にされることがあり、「何がそんなにおかしいんだ!」と廊下で叫んでしまったことがあった

標的になりやす自分が悪いのも確かだが、そこから自分メンタル面も崩壊していき、だんだん「死」というものを考えるようになった



提出する日記を前は何も考えずに書いていたが、その日のたびに指定された行になるまで書くということが課せられていた

それと面を向かっていくごとに日記に対して嫌いになった

習い事でやっていたスポーツ面白くなくなり、現実と向き合うことさえ嫌になっていた

その頃は毎日朝の登校時に吐いてしまったり、コンクリートの壁に向かって頭を打つようになっていた



楽しいと思えた時間から死にたいと思うようになった時間」へと変わってしまった

大人に対してお利口でない自分が悪かったのかもしれない

そういった望んでいなかった日常が重なり、自分人間不信へと心を閉ざしてしまった



中学へ進学してリセットできたかと思えば同性、異性問わず馬鹿にされただけで1年前のことを思い出してしまい、やはり抜け出せなかった

「できればこのまま時が過ぎてほしかった…」

そう思っていても自分を徹底的に落としていくことでしか価値が見出せなかった



それから約7年間は「青春」という様々ものが吸収できる大事な時期に棒を振ってしまった

やっと成人になってできることが以前よりも増えたが、もしもあの時何も考えず、当たり前のように学校へ行っていた少年だったら今より人生は明るかったのかもしれないと今だに思っている

いじめにあうというのは難しいことではなく、自分の考えに対して賛同してくれないから気に入らないという簡単な答えから始まることだ

その時の傷を癒すには時間が掛かるかもしれないが、それを治す為の逃げ道が何かを若いから探した方が助かることもある

2017-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20170213190140

読書に限らず、何か行動を起こしたいときには抵抗の順番に環境コントロールするとよい。

電車の中で読書捗るという人は、恐らく本を開くことよりスマートフォンを眺めることのほうが抵抗が強いのだろう。

人によっては本を持ち歩いて鞄から出して両手を塞ぎながら読むということのほうが抵抗が強い場合があるので、一概に電車なら捗るというものでもない。

テレビゲームなどの抵抗なくできるものが沢山ある自室内で読書選択することは、他にできるもの我慢するストレスと戦う必要があるので、よほど読みたい本でない限り無理だと言って良い。

人間は誘惑の奴隷だ。そして誘惑は満たしても満たしても次から次へと生み出されるものでもある。

その中で必要な行動を選び続けるには、誘惑との距離という制約を自らが能動的にコントロールする以外にない。

ただ、この原則理解できればかなりのものに応用することができる。

勉強筋肉トレーニング英会話ダイエット仕事宿題etc

いままで諦めてきたもの全ては、適切なタイミングを選べていないだけだったのだ。



まずは普段自分がどんな環境に身をおいているかを考える。

ベッドの上、トイレ、朝食中、通勤通学の徒歩、自転車バス電車の車内、学校職場デスク、昼食中、帰宅途中の寄り道、外食、夕食、お風呂タイム、就寝前

次に、それぞれにおいて、自分の周囲にどのような抵抗感が発生しているか、その中でどんな行動なら取りやすいかを突き詰める。

その中に自分必要な行動を適切に配置することで、無理をせずに行動をコントロールすることができるようになる。

ただし、スマートフォンというものがとにかく厄介で、ほぼすべての場面に抵抗なく潜り込んで来てしまう。

その場合は、持ち込み禁止や取り出し禁止の制約をかける、抵抗なく開いてしまアプリを削除する、身につけたい習慣に近いアプリホーム画面の目立つ場所に設置するなど、ちょっとしたテクニック必要だ。



以下、私自身が習慣にしているものタイミング、制約を列挙しておく。

・目覚めのベット上。ストレッチ・腹筋背筋。腰痛対策

・朝のトイレ読書タイムスマートフォン持ち込み禁止

・朝の通勤英会話リスニング音楽禁止

・始業前のデスクペン練習ブラウジング禁止

・始業から営業に出るまでの1時間増田執筆仕事禁止

・お昼休憩。ワイドショーにて流行チェック。スマホ禁止

就業中。ダイエット対策。間食にポテトチップス小麦粉菓子禁止ナッツチョコのみ。

・帰り道。自宅近くの公園3分筋トレ帰宅後すぐにシャワーを浴びるので汗をかくことに抵抗がない。

・夕食中。制約なし。音楽聞きながらネットブラウジングゲーム漫画映画を見る。

・翌日の朝食・夕食の仕込み。ダイエット対策明日食べるものお腹が満たされているうちに予め決めておくことで暴食を防ぐ。

・お風呂中。英会話シャドーイング。浴室内なので発音することに抵抗感がない。

・就寝前。読書タイムテレビスマートフォン禁止。夜更かし良くない。



実はほとんどが5分から10分程度の時間しか使えていない。しかし、総合すれば一日に1時間近く、何かしらの習得時間を割いていることになる。

30分、1時間といったまとまった時間がとれたほうがよいと思うかもしれないが、現代社会においてそれだけの固まった時間を捻出することは困難といっていいだろう。

かと言ってやらなければいつまでたっても身につかない。

大切なことは抵抗なく続けられる時間タイミングを見極めることだ。

1年も続けば、どれにおいてもある程度の結果が出せるようになるだろう。

出来ないことを嘆き続ける人生か、少しでもできることをコツコツと積み上げ続ける人生か、その選択ができる自由は、まだ人間にも残されている。

2017-02-13

宿題が終わらなくて自殺する」子の気持ちが少しわかる

すこし前に宿題が終わらなくて自殺しちゃった中学生のこと皆バカにしてたけど、私はその子気持ちちょっとわかるよ。自死理由は目下の宿題だけじゃあないんだよ、きっと彼は、(憶測だしほとんど妄想だけど、)そのときに限らず「計画的ものごとを進められなかった結果ギリギリになって大変な思いをした、あるいは実際に間に合わなかった」っていう経験を何度もしていたんだと思う。締め切り直前に必死課題をやってるときって単に追い込まれて大変ってだけじゃなくて、どうして直前まで放置してしまったんだろう、どうして自分はいつもいつもこうなんだろうって50トンくらいの自己否定が上から降ってきて精神的にマジでゲロしんどいんだよね。そんなのを何度も繰り返していると次第に、みんなが当たり前にできている中学宿題すらまともにできない自分高校でも大学でも仕事でもずっとずっとずっとこんな調子で何ひとつ成し遂げられず周囲の人を失望させながら生きていくんだろうなっていう絶望が100トンくらいに膨れ上がって、まあ傍から見れば不確定要素の多い将来に関して中学生がこんなふうに悲観するのはまったくもってバカバカしいんだけど、でも本人にとってこれはものすごく深刻なことだから、彼の自死という選択に対して単に思慮が浅いとか馬鹿だって言葉で切り捨てる気にはなれない…ということ……

2017-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20170210160426

釣りにしても酷いぞ

中学までの勉強なんて宿題こなしてるだけでいい点取れるだろ

宿題泣きながらやるってなんだよw

あんなもん阿呆らしくて手をつけないか

さらっと終わらせられなきゃ駄目だろ。滓ボーイ。



出来てたことが出来なくなる不安とか、

どんどん壊れていく自分に対して心無い周囲がストレスになるのもわかるよ。

でもただ沈んでいくことって馬鹿とか聡明とか有能とか無能とかそんなの関係なく誰でも出来ることなんだよ?



どうにかこうにか足掻いて再浮上してきたときにはじめて

その苦労や忍耐、厚労は形になるのさ。



それにしても

よくこんな地頭の悪そうな纏まりに欠いた文章をつらつら書けるな

狙ってわざとそうしてるんだから大したもんだなお前

優等生から鬱病になってクズになった僕の人生

死にたい ひたすらに死にたい

誰もこんな僕を知らないんだろ

僕が話すことや行動だけ見て僕が死にたがってるだなんてなんにも知らない家族他人 うざいんだよ 死ね 死んで見せつけてやろうか でも死ねないんだよ 死ね


今の僕を見てクズしか見えてないクズども死ね

僕が元学年トップだった過去なんて誰も知らないんだろ 死ねからもただのバカで低脳クズ扱い 死ね

今見てろクズ共 見返してやる なんて思ってなんにも出来なかった もう何も戻れないんだよ 死ね


鬱病になって中学1年二学期から不登校になった

それまで学校休んだことは無かった 部活も周りがサボる中絶対にサボらなかった

宿題も泣きながらやってた

テスト勉強ちょっとするだけで高得点が取れた

塾ではベスト5に入るようになった

自分が賢かったことに気付いた 友達も多かった

中学に上がって平然と30点を取ってる人が信じれなかった

逆にどうしたらそんな点数が取れるのかと疑問に思ってた

小学生からその時までずっと優等生だった 逆の気持ちなんてなんにもしらなかった


そこで僕は不登校になった

久しぶりにテストを受けた 何にもわからなくて初めて0点を取った

初めてこっち側気持ちがわかった

普通の人というのは普通にしてるだけで普通に点が取れることがわかった

でも1度でも落ちぶれる普通の人なんかよりも絶大なエネルギーがないと普通になんか戻れないんだよ

から普通の人は普通じゃない人の気持ちはわからない 普通じゃない人は普通になりたくても中々なり得ない

とりあえず死ね


そこから人生は180度変わった

親に毎日のように怒られ、びくびくするようになった

だって学校行けない自分絶望してたんだよ そして行きたかった 行けない自分を殺したいくらい行きたかった 自殺未遂なんか何回もした それでも行けなかった

そんな僕のことなんかなんにもしらず親は殴ってきた

無理矢理中学に連れていかれたことも何度もあった そんなことが起こる度に学校が怖い場所になりいつのまにか同じ年くらいの人間の声がするだけで心臓バクバクするようになった


そして僕の鬱病悪化していった

お前らのせいだよ 死ね 死ね


中学3年間家に引き篭もって2ちゃんねるゲームに浸る日々だけですごした

勉強なんかできなかった

それでも学校に行けない自分が嫌いで、普通の人のような人生を送ってないような自分が嫌いで、不登校になるかもしれない覚悟で少し遠いDQN高校入学した


そこには同じようなクズ達がたくさんいた 最初こそ同年代人間がいるだけで恐怖でしかなかったけど慣れていった

ヤンキーは怖かったけど実際悪い事言われたことはなく良い奴らだった

途中2週間ほど学校に休むこともあったけど必至にノートを写し、宿題完璧にし、流されない自分を作ろうと頑張ってた 休んでても特に何も言ってこない奴らで良かったと思った


それでも傷つきやすく、極度の不安に陥り、負の連鎖が止まらなくなることが本当によくあった

僕にとって一番苦しい時間だった


だが段々と僕はその負の連鎖に陥りそうになった時に結論を求めるようになった

そうするとただ1つ「考えても仕方が無い」という結論に毎回なることに気付いた


これは本当に自分を変えた思考方法だと思う なにか不安になった時、考える間もなく結論を出すようにした そうすると本当に楽になった それから段々鬱のような症状は無くなっていった

自分が傷つかない様に変われた瞬間だった

いつしか僕は不安にならなくなった

緊張感が無くなった

怒られることに恐れなくなった

自分がしてる行動に責任を感じなくなった

僕は高一の時は先生に真面目に思われてた

遅刻はしないし授業は真面目にノートを取ってテスト勉強もかかさずしていた

でもそれは自分が失敗して傷つきたくないからだった

高2高3になるに連れて僕は失敗しても傷つかない自分を手に入れていた

そうなることで僕は毎日のように学校遅刻するようになり授業中はほぼ寝るようになった

卒業できればいいと思いテスト勉強は最低限だけし、ノートに限っては1度もペンを握らなくなった

そんな今更戻れないクズが出来上がった

どれだけ怒られてもその場限りはいと言って何も実行できなかった

責任感が圧倒的に欠如した

人間不安や緊張は物事を頑張るためにある機能なんだと知った


理想だけを胸にこんなDQN学校じゃなくて真面目な自分友達でまた自分をやり直したいと思って大学進学を夢見た

でも僕は勉強を実行することが出来なかった

それどころか頑張ることが何も出来なくなっていた

頑張ることが出来ない人間 この世界で一番醜くて認められない、更にその上理想まで夢見てる アホがクズろくでなしが出来上がった


僕は浪人した 自分は家で勉強たかったのに父親がうるさく予備校にいけと行って無理矢理行かされた

僕はその学校不登校になった

そんなあからさまに酷いことをしてるのに何一つ責任を感じれなかった 焦れなかった 何円かかってるかわからないのにそれでも僕は責任感が欠如していた

僕は二浪した 自習室に行って勉強するようになった そこでも22時までの制限があるのに夕方20からしか行けなかった

だらだら怠惰でいつのまにか夜になっていた

10月になり初めて念願の自分の部屋を姉から譲り受けた 今まで僕は自分の部屋が無いから僕は勉強ができないと親に主張していた だからこんなにクズなんだと、自分の殻にこもれないか精神おかしくなったんだと 自分でそう思っていた

でも自分の部屋があっても勉強できねぇじゃねえかよ 死ね

自習室でやってたより勉強時間が減った

そんなこんなで今日Fラン大学を受けてクソみたいなやり込んだ問題も解けなくて衝動的にこの文章を書いた


鬱病になったらもう終わりじゃん

治ってもクズしかならないってなんなの?

俺に与えてくれたお金経験知識全てが0になった中学時代 いつまで背負えばいいんだよ

死ぬまでこんな思いしないといけないのかよ 死ね

俺に誰も期待すんなよ 絶望すんなよ でも馬鹿にすんなよ 全員死ね 俺なんかなんにも出来ないんだよ 頑張ることが出来ないんだから 死ね

どうしたら緊張感を出せる?不安感を出せる?焦らせれる? 責任感を復活させれる? ググっても逆の答えしか書いてねえじゃねえかよ 死ね

おまけにコミュ障どもり症バイトもできない バカにされるのも嫌だ 逆転人生狙おうとしたけど無理だった ニートも嫌だ 就職も嫌だ 専門学校も行こうとは思わない

ここで大学に行けなかったら一生普通人間に戻れなかった自分に後悔して死ぬんだ

もうどうすればいいの? 生きても地獄 頑張るしかないなんてわかってる って思いながら2年間を過ごした もうこの先は猶予がないだろ

鬱病死ね不登校死ね

なんで俺みたいな輝かしい人生を歩むつもりだった奴がこんなに馬鹿にされなきゃいけないんだよ 神様イエス様キリスト教信仰してずっと幼い頃教会に通っててずっとずっと純粋に信じてた

なにが信じるものは救われる? 信じても殺人事件で殺される様なもんだよ 取り返しのつかない不幸はどんな人間にも訪れてしまう なんで俺なんだよ 俺のせいで家族は不幸になるし俺はクズで何1つ責任果たせないし

死ね

死ね

殴り書きで初投稿 こんなクソ文誰も読まないかもしれんけど匿名から勘弁してくれ

俺は外面は死ねという言葉なんか一つも言わない善良気取りで周りからは優しくていい子だと思われてるよ

そのうちクズなことがバレてすぐ絶望されるけどな

死ね

2017-02-09

教育困難校の生徒はどのようにして生まれるか

http://anond.hatelabo.jp/20170207224412




地方都市で塾をやっているものです。毎年、数人の生徒を教育困難校に送り込んでいます

地域的な事情もあるかもしれませんが、彼らには共通点があります




いちばん多いのは親が離婚をしている(もしくは最初から結婚していない)ということです。

離婚やその後の環境子どもに与えるダメージは相当なものがあります

発達障害先天的に脳に問題がある病気ですが、幼少期の環境後天的に脳の発達を阻害します。

親が忙しくじゅうぶんな愛情を得られなかったり、別れた親の悪口を聞かされ続けたり、虐待を受けたりして育つと発達障害によく似た症状が出ます




そして勉強をする上で特に次のことが問題になってきます

自己肯定感が低い

言語能力(読解力)に問題がある




彼らの心の奥深くには、自分は愛されていない、必要とされていないということが刻まれています

また、読み聞かせをしてあげず、低学年の音読宿題をきちんと見てあげていないと国語力は恐ろしく低い水準で止まったままです。

結果として、人の話や授業を聞けない、教科書を読めない、抽象的な概念がわからない(9・10歳の壁)ということになります




こういう子たちは小学校中・高学年からほとんど勉強についていけなくなり、中学に入っても5教科で100点前後しか取れません。

クラス30〜40人を見ている学校先生に彼らを救うことはまずできません。

塾に週何日通おうが成績は上がりません。こちらが何を言っているか教科書に何が書いてあるか理解できないのですから




そうして彼らは教育困難校入学していきます。愛に飢えた彼らはそこで恋をし、若くして子どもを作ります

もちろんその後うまくいくことは少なく、またその子にも同じことが起きる確率が高いです。

このようにして社会底辺はずっと連鎖していきます




経済的に貧しいからそうなるのかというと、そうでもありません。

一見学力経済力は相関してますが、大事なのはお金のものではないです。

文化資本を持っている人が多くお金を稼いでいる傾向にあるというだけのことです。

例えば年収300万のしんざきさんと、年収2000万のビッグダディがいたとして、どちらの子東大に行く確率が高いか考えてみてください。




参考文献

離婚で壊れる子どもたち」棚瀬一代

「子を愛せない母 母を拒否する子」ヘネシー澄子

ドキュメント高校中退青砥

教育困難校で学んでた

とは言っても、2000年代の初め頃、高校生だったのでもうずいぶん経つが、僕が通った高校教育困難校だった。

雪が積もれば授業中でも外に出て行って遊ぶヤツもいたし、校門をとおりながらタバコに火を付けるヤツもいた。

真相不明だが、どこからか盗んできたというポータブルDVDプレイヤーAVを見てるヤツもいた。

勉強について行けなくて辞めたり、警察のお世話になって辞めたり、まあいろんなヤツがいた。

教師陣にもやる気のない者は多く、そういう教師の授業では何を言っているか解らない授業が続く中、黒板を見もせずに寝たり、漫画を読んだり、雑談したり、パチンコ攻略雑誌を読みふけったりしていた。

外見はワザといかつく見せるのが流行り、ヒゲを生やしたり、髪型をキメたり。

あと半数以上は筋トレをしていた。とにかく強そうに見えることが大事だった。

長期休暇後の宿題は、真面目にやってくる1割以下の優等生から借りて写すか、提出しないかの二つが主流だった。

テスト間中は午後が休みなので皆で飯をくったり、カラオケ行ったりと街に繰り出すのにちょうど良かった。

ちなみに、隣町にあった工業高校の怖い噂が時々流れていて、駅のホーム喧嘩してコンクリートブロック相手の頭を割ったとかなんとか、制服を見たら緊張していた。

ちなみに、五年くらい前にその工業高校を出た男と飲み屋で知り合って話したら、向こうも同じくらい僕らの高校に警戒していたって話しになってお互いに大笑いした。



僕は、まあ比較的に真面目は方だったけど、それでも飲酒不純異性交遊、深夜徘徊くらいは時々していた。

そして、今思う事なんだけど、やっぱり楽しかった。

たまに写真を見返して昔に浸ったりもする。

あの頃、どうしようもない僕たちを見捨てないでくれた大人達には感謝している。

おかげで今はどうにか働いて家庭を持って、うまくやれている。

辞めた連中と、そもそも高校進学しなかった連中の多くが犯罪者生活保護受給者になってしまっている事を考えれば僕だってそうなってもおかしくはなかったのだ。

教育困難校教員の語りも読んだが、まったく感謝の念しか涌かない。

今の僕が当時の僕と出会ったらすぐに見放す自信がある。

それを何年も頑張っていると言うのが尊敬に値する。

膨大な労力と徒労感に苛まれながら、三年間で出来上がるのは良くて標準のちょっと下。悪ければチンピラモドキという現実

報われないと思うかも知れないが、それに携わる人がいなくなれば、この世にはもっと貧困蔓延るようになる。

その仕事を続けるように引き留めはしないが、なんの意義もないとは思って欲しくない。

2017-02-06

子どもへの手紙

長女(中1)の学校から、親への宿題が出た。

思春期の子どもに、手紙を書いてください」とな。


性教育の授業で、命の大切さ、自分いかに愛されているかを伝えるために、生まれときのことや成長の様子、気持ちなどを書いてほしいのだと。



あのさ、あなた先生)にしてみれば、心温まる素敵な授業になるかもしれないけどさ、こっち(生徒と親)にしてみれば、そんな手紙は何回も書いてるの!


幼稚園卒園の時は、まだ難しいことは書かなかったので別としても、

小学4年(10歳なので『二分の一成人式』という行事があった)、小学6年(卒業式)ともなれば、かなり抽象的な概念理解できるから

中学1年の今伝えたいことと、ほぼ同じことを、既に書いているんだよ。






例文として配られたプリントには、生まれつき心臓が弱かった子の親が書いた、とても感動的な手紙が載っていた。

もちろんその親と同じように我が子のことは愛しているけど、その手紙を持ち出されちゃうと、うちの愛が見劣りしちゃうよな。

2017-02-02

人生で一番楽しかった時期

早起きしてゲームして

大学行って勉強して

帰りにスーパー寄って飯作って食って

宿題と次の日の予習やって

友達ネトゲで遊んで8時くらいにはもう寝て

起きたらまたゲームして大学行く

休日は街に遊びにいく

 

そんな生活が最高に楽しかった

もう二度とあのころは帰ってこない

2017-01-25

二人の戦争体験を聞いた話

自分が「戦争はいやだなあ……」と漠然と思う気持ち根底が、この二人の体験を聞いたことによって、

戦争が人の人生を強烈に歪めるということを肌で感じたことによるものっぽいので、ちゃんと覚えているうちに一度書き出しておきたいと思う。



(1)

一人目は離れて暮らす祖母で、確か終戦10歳かもう少し上か、その辺りだったと思う。

祖母満州から引き揚げてきたそうだが、祖母の父が警察?か何かの職に就いていたらしく現地で一時投獄されていたそうだ。

警戒されにくい子供祖母差し入れとして羊羹を持っていくのだが、その羊羹の中に毎回カミソリの刃を忍ばせていたという。

そのカミソリが何用なのかは教えてもらえなかった。



祖母が住んでいた町は、ある日やってきたロシア兵に制圧されたそうなのだが、

「女だけの家があると知れると、夜になるとロシア人が数人で来て、朝になると帰るのよ」

お菓子子供を釣ろうとしていたけれど、近所のお姉ちゃんやおばさんに何をしているか知っていたから、私は一度も受け取らなかったわ」

日本に帰るために街から逃げる直前に、遂にロシア人私たちの家にも来たのよ。でも、お母さんは病気だったでしょう?妹はまだ5歳でしょう?」

俺がまだ子供だったからか、それ以上の事は語られなかったが、祖母は今もロシアが大嫌いだ。

しかしそれ以上に天皇を「コイツが余計なことを始めたせいであんな目に」と毛嫌いしているようで、今でも酒が入るとすぐに「天皇家は早く滅びろ!」と喚きたてる。

同時に、幼少時に現地の子たちと一緒に遊んでいた影響らしいが、中国韓国への親近感が非常に強いようで、

長後バリバリ左翼になって共産党に入党し、国交が本格的に再開する前から限定的市民交流として招かれて中国に渡ったりもしていたらしい。

最終的には自分人生で最も重視するもの活動のために動きやすくなろうと、子(俺の母ら)を残して祖父離婚したというから筋金入りだ。

ちなみに、祖母が漬けたキムチはめっっっちゃ美味い、そして市販品がサラダに感じるくらい辛い。ポイントはアミ(エビ)を入れることらしい。






(2)

祖母から話を聞く以前、誰かから初めてきちんと戦争体験を聞いたのは、

ノストラダムス世間が盛り上がっていた小学生の頃、「戦争体験者を探して話を聞きに行ってインタビュー記事をまとめる」という宿題が出た時だった。

大抵の子自分の家のばーちゃんあたりから「この学校の校庭で芋作ってた」的な話を聞いてきた中、

先述の祖母が遠方住まいだったので身近に戦争体験した人がいなかった俺は、近くに住んでいた清さんという90歳越えの元兵士の爺様に話を聞きに行った。



清さんから聞いた話の中で一番印象に残っているのは、

戦争の時、大陸にも行ったけど、捕まえた女の人の股に一升瓶がどこまで入るかって遊びをやって、途中で女の人が死んでしまっても笑っているような連中をたくさん見た。」

という随分エグい話だ。

まだ女性の体の仕組みもよくわかってなかった時分だけれど、淡々とした話を聞くだけでとにかくゾワゾワと怖くて、その時感じた嫌悪感は今も強烈に覚えている。

ちなみに清さんは海軍所属だったらしく

「あーいうことをやるのは陸軍ばっかりだ、陸軍はロクでもないのが混じってる。」

といったアンチ陸軍的なこともちょくちょく言っていた。



その後清さんは、太平洋戦争中に南方(東南アジア?)の島で滑走路の脇にいたところ、

戦闘機に機銃で近くを撃たれたか、すぐ近くに爆弾砲弾が着弾したか左手の指を数本持っていかれて、氷川丸という病院船で日本に帰ってきたそうだ。

当時の俺は、一番印象深かった話は少々ショックが強すぎたのか一旦記憶にフタをしていたようで、

清さんが途中途中で妙に楽しそうに話してくれた、上官に木の棒でぶん殴られる話とか、南の島で現地の人と仲良くなって食べ物を分けてもらった話とか、

魚雷回避するための航法とか、合図のラッパの話とか、氷川丸(生き残って今も展示されているらしい)の話とかを中心に無難にまとめて提出した気がする。



「私は運よく五体満足で帰ってこられた」(指ぐらいは清さん的にはノーカンらしい)「ただ運がよかっただけだ」と繰り返し言っていた清さん。

隣を歩いていた仲間が一瞬後にミンチになって自分は"たまたま"生き残ったり、

手足がもげて臓物をまき散らしながら殺してくれと懇願する仲間を拳銃介錯したりしながら、

明日自分もどうなるかわからないという地獄を繰り返し繰り返し味わいながらも、自分たちの行い・戦いが正しいものだと信じてそれを頼りに耐えていたのに、

帰ってきて戦争が終わったら「あれは全部間違いでした」と言われても、頭ではわかっても、

どうしても自分のしてきたことや仲間の死の存在が大きすぎて、90歳を超えてもまだ心で受け入れられない、と仰っていた。



戦争はよくない、あんな思いをこれから若者たちにさせてはいけない、ということを強い口調で語る一方で、

天皇陛下万歳」と唱えると、先ほどまでパーキンソン病で若干フルフルしつつ話してくれていた温和そうなおじいちゃんが、別人のように背筋がピンと伸びて腕を振り上げよく通る声を出す様子や、

軍歌やラッパの音の入ったテープを何本も持っていて、今でも毎日聞いてしまうのだと言っていた清さんの様子を今になって思い返すと、

しかすると清さんの戦争は、戦後50年以上経っても、まだ終わっていなかったのではないかという気持ちになる。

2017-01-22

DV家庭の息子から見た両親のここが駄目

母親場合

・明らかに更生や同情の余地の無い屑夫なのに、「私がこの人を支えていけばいつかまともになるかも……」とか「この人も可哀想な人なのだから私が支えないと……」等と更生を期待したり生い立ちに同情したりする。

・明らかに自分に非の無いことで理不尽に怒鳴られたり殴られたりしても、怒らせた自分の非を探して自分を責める。

基本的要求せず、全て誰かの言いなり。自分というものが有るのか無いのか知らないけど、とにかく主張というものをしない。

無駄料理裁縫などのドメスティックスキルが高い。これがあるから夫は妻を生かさず殺さずで囲おうとする。これが無ければ向こうから捨ててくれるかもしれないのに。

子供の前で殴られ、子供の前で泣き、子供の前で夫に赦しを乞い、その後子供に駄目な母で御免なさい的なことを言って謝る。子供は板挟み。

越えてはならない一線というもの理解できなくなっている。例えば上述した子供を巻き込んだDVもそうだが、例えば、夫に唆されて自分実家電話をかけて両親からお金をせびるといった背徳行為等に関しても、夫に言われればやってしまう。

家事全般もそうだが、所謂女子力的な要素も無駄に高い。無駄に付き合いも広く、小金持ちのママ友達が多い。故に見栄を張りたくなるのか、あるいは意地なのか分からないけど惨めな自分を認められない。

田舎育ちなので、都会に対して妙な拘りがある。故に実家に頼るとか実家に帰るといった選択肢がとれない。

大学時代に親父に引っかけられて卒業後すぐ家庭に入ってしまった為に社会経験アルバイトくらいしかない。その為自立するという選択肢が浮かばない。

基本的にお人好し、悪く言えば人を見る目が無い。故に変な人との付き合いも多く、以前お金を盗まれたことも。

・要はメンヘラ

父親場合

・まず学がない。

・学が無い上に、努力というよりも才能で無駄仕事成功を納め小金持ちになってしまった為、学の大切さを知らない。故に、学を軽視する。

・学を軽視している為、子供宿題をしていると「勉強なんかするな」と怒る。学を軽視している為、「高校出たら働いて今までかかった学費を返してもらう」という素晴らしい( )教育方針を持っている。

教育方針から分かる通り、学を軽視し、金銭を何よりも重視する。人や物の価値金銭しか計れない。

・学を軽視しているので、習い事等を一切許さない。反面無駄成金的贅沢を子供に沢山経験させることには熱心。

・学を軽視している癖に学にコンプレックスがあるので、大卒の妻にコンプレックスを持っている面倒臭いオッサン

・当たり前だけど、些細なことでキレて、些細なことで殴る。加減を知らないので痣が残っても気絶してもお構い無し。子供友達が来ていても殴る。自分の両親兄弟の前でも殴る。赤の他人の前でも殴る。実の息子さえも殴る。とにかく殴りまくるがケチなので物だけは殴らない。

無駄容姿がまともで、口が上手く、女にモテる愛人がいる。

愛人子供交流を平気でさせる無神経。ちなみに愛人も殴る。

・一応子供愛情があるらしく、割りと構ってくる。しかし幼稚ですぐキレるサイコ父さんなのでいい迷惑

基本的独占欲が強く、子供も妻も自分の思い通りであってほしいと願うし、そうでなければ許せない。例えば子供友達を作ったり友達遊んだりすることを嫌うし、妻が自分以外の男と交流を持つことも嫌う。(友達と遊んでると機嫌悪くなるのだけは止めて欲しかった……)

・要はメンヘラ

以上

2017-01-10

あなた韓国人をわかっていない

http://anond.hatelabo.jp/20170110140537

ということは、仮に日本政府が望んだとおりに少女像撤去されたところで、日本人が思い描くような意味での「最終的かつ不可逆的に解決」という状態には、日本にとっては残念な話だが、どのみち至り得ないのである

韓国民間人慰安婦妄想と恨みに囚われてこの先もずっと暴れたり苦しんだりするのは

冷たい言い方になるけれども、彼等自身問題

当人同胞しか解決出来ないことだし、もとより日本の関知するところじゃない。




日本人が厳しく叩いて躾けるべきは

何か更なる謝罪賠償を求めたり、日本への誹謗をする行動。

これは許さずに叩く。




合法的場所に像を建てるのは自由

日本への誹謗が含まれ性質運動が見えたら許さず叩く。

そういうこと。

(叩くってのは別に暴力じゃない。

 「合意精神に反する後ろ向きば行動は非難されなければならない」

  とかコメントすること。)




別に慰安婦像韓国国内で1万体建とうが、それはどうでもよろしい。

それこそ韓国勝手であり干渉する必要ないし干渉してはいけない。



だとすれば、いま日本政府日本世論がことさら少女像問題について怒りをあらわにするのは、火に油を注ぎ、対日感情悪化させ、それはすなわち直接的には少女像を設置するような団体への寄付金の増大となり、ひいては日韓の長期的な利益も損ねていくのではないだろうか。

あなた韓国人をわかってない。

対日感情はとっくに悪い。

そして彼等は、日本大人しかったり譲歩したりした時ほど激昂する。

日本が激しく怒り返したり強硬な顔を見せると(これまで滅多にそんなことはなかったけど)

攻撃性が弱まってしゅんとなる。




今回の日本措置は従来にないほど厳しく冷たいものだけど

韓国メディア政府関係者ネット

「まずかったんじゃないか」という空気がかなりある




まだ支持率高かった時代パク大統領がノリノリで反日外交繰り返して

それに対して日本が咎めずに放置していた時は

韓国メディア韓国政府韓国国民

日本侮蔑して興奮しながら説教する論調がとても多かった。

対照的




もちろん、「公館の安寧・威厳の維持を損ねる」として、少女像の設置に対して日本政府毅然撤去を求めるのは大切なことだ。しかし、それは韓国世論をむやみに刺激しないように、下品表現をすれば韓国世論へのおいしいエサとならないように、最大限慎重になされるべきである

全然逆。

韓国世論相手が黙ってると「弱い」「負い目がある」と見て何処までも攻撃性を増す。

政府にも「もっと攻撃しろ」「もっと追い込め」と注文を付ける。




激しい反撃や報復を見ると「まずい」「こわい」となって

攻撃性が縮まって理性が戻ってくる。

韓国世論へのおいしいエサとは「無視」や「譲歩」や「融和策」のこと。

それをすると攻撃的になる。




くやしいかもしれないが、少女像について日本要人一言発するたびに、彼ら反日的団体寄付金が集まると言えるなら、逆に、黙殺することで彼らの資金力を削ぐことができるとも考えられるだろう。

この間抜け勘違いによって戦後韓国人韓国政府の甘えた子どもみたいな人格を増幅させたのが日本の罪。

黙っていると「こちらより弱いんだ」「こちらより劣るんだ」と解釈して元気になる習性が彼等にはある。





先般、従北親中的な韓国野党政権奪取後を睨んで中国に詣でたけど

中国はわざわざ挨拶に来た韓国野党に何の土産も花も持たせず

叱責と宿題だけを持たせて返した。




韓国人は怒ったと思う?

しゅんとなって一言中国に声を上げられなくなった。

せいぜいメディアがかなり理性的な筆致で「強圧的な態度」とか非難したぐらい。




まりね、

あなたの想定する韓国人情動感性

実際の韓国人情動感性はぜんぜん違うんだよ。

からプロ政治家官僚外交指南をしたいならな

頭でっかちな空論で独り善がりしてないで

まず韓国語勉強して韓国メディアネット継続チェックしたりするのがいいと思うよ。




韓国世論コントロールしたいなら

中国のやり方を見て学ぶのが一番いい。

彼等が最も心得てる。

日本人が見るとつい「酷い」「かわいそう」ってなるようなあしらい方だけど。

2017-01-07

高校の時の試験の平均点がとても低かった話

例えば数学だと200点中90点が平均

古典とかは100点中30点台ということもあった

テスト結果が20点台で絶句した後で、平均30点台と聞き、最高点が70点台だと知ったとき気持ちは忘れない

赤点という制度は無かった)

 

あのテスト方針は何だったんだろう

 

夏休みの宿題も狂ってた

1教科をガチでやって、なんとか終わるかどうかというくらいの分量を全教科で出され

クラスの1/3は未提出で終わり、1/3は遅れて提出する感じだった

もちろん夏期講習もある

成績上位の連中は、夏期講習を聞きながら宿題をしていた

 

1年に1人か2人くらい

テストの1教科で満点を叩き出すやつが居るんだけど、そういう人は東大に行ってた

結局その極一部のための方針だったってことなんだろうか

2016-12-31

1985年まれの「21才」タイムスリップ経験者だけど?

1985年2月27日誕生 大阪で過ごす。当時の両親兄姉の5人だった。

今住んでいる家族とは遺伝子関係がない(話の味噌

迷子から誘拐からタイムスリップで1987年から1997年に来た(タイムスリップ横浜市内に)←これ重要

現在の家庭は両親と妹(1年違い)の4人家族

高校学力テストパンフレットで常に表紙に名前が載ってたのになぜか情報系の短期大学

タイムスリップ後の両親は大手企業関係者だった。

つのまにやら広い部屋の家に

高齢化による定年でジリ貧

卒業独立し、まもなく私塾を開いて教育デビュー

作家志望←now!!

タイムスリップ

父親オタクになり、母親サブカルにはまる。

兄は公立大学鉄道研究にはまる・姉がヤンキー漫画走り屋漫画の影響でバイク乗りに目覚めた。

私は最後まで邪険に扱われていた。

タイムスリップ

帰省のために家族京都に行くことがあるが、その際に両親にタイムスリップ前の実家のあった場所に連れて行かせた

・改造コードを使って2Pプレイときにずるを良くする

カメラを借りてビデオを撮りまくっていた

・当時駅前でよく見かけるようなギャルのまねをしていた

小学生時代

・初めてオタクにはまる、9歳違いの先輩にさそわれたか

ラノベエロ漫画を読むようになった、夜更かしして読んだ

・親に隠れて深夜アニメを見た

中学生時代

エロ小説を書くようになり、小説ラノベの応募で母親におねだりした(テーマは学園もの)

絶版になるまで、母親が書いたことにさせた。原稿料印税母親持ち

高校生時代

自分PCプログラミングをして宿題の回答でずるをした

・高1の夏休みときに友人ら3人と一緒に自転車で長距離移動し、宿泊ではネカフェで過ごした

・高2のとき私利私欲のために自宅の自室を使って小中学生用の私塾を開いて学校問題になった

高校卒業

・夏冬休みは、アルバイトか休む。アルバイトのない日は5日間かけて友人のバイクに二人乗りして地方都市を回った

短大卒業までメールマガジン生活費を稼いだ

私塾での評判はあまりよくない

私塾仕事をサボって、何度もギャンブルやってるうちに生徒にみつかって言い訳したら通じた

年末年始ネットで生配信

2016-12-29

親に教わったことを忘れたい

世間、周りの目が第一の親だった。私は常にそれに振り回されてきた。

人様に迷惑をかけるな、○○ちゃんが出来てるんだからあんたにも出来る。親は人が宝のように見えると言わんばかりだった。

親の付き合いでヤンママの子供にいじめられ、また他の親はスパルタで、子供は外で遊ぶべきと言われては知らない上級生にいじめられ、小学校入学から人間不信だった。

私が自信が持てるように親が何かさせる反面、比較されて自信を失う日々だった。

あんたのせいで私が頭を下げなきゃいけないと言われた時はもう何もしたくなくなった。

所詮赤の他人であるはずなのに、その他人との比較によって私は悪く言われてしまう。そう思うと友達という存在を喜べなくなった。

小学生は明るく元気という親からアニメから遠回しに伝わってくる理想像からはすでに遠のいていた。

宿題習い事もしてた上で、テストはどちらかと言えばましな点だったがゲーム捨てると散々脅された。理由はわからない。

手伝いをして欲しかった?しかしあの親は効率厨で、予定が狂うのが嫌いなので手伝いさせるなら自分でやる親なのだ

幻聴じゃない?人をそんな風に言うなんて可哀想な人といじめにあって不登校になった後に言われた時は心底ショックを受けた。

なんせいじめにあった当時にあったことは話していたし、玄関で泣き崩れたり、随分表に出していたのだ。相手は女なのに胸ぐらまで掴んできた。同じ女としてこれがまた酷くショックだった。名前オカマいじめられてから女の子らしくしなきゃというプレッシャーの中にいた私にとって恐ろしい事だった。だからやり返しもしなかった。

名指しで親には向こうがやってきたことを伝えたのに、一年後には学級だよりで加害者の話が出てきて胸ぐらつかみ女を褒めだした。さすがにキレた。

小学校の頃から、どこかに連れ去られたいという誘拐願望があったが、今もその気持ちは抜けない。

ちなみに私は医者から幻聴の症状はないと明言されているし、むしろ母の兄が統合失調症になった。

私はあれこれ精神科の症状を持っているが、妹は学習障害もある。そういう家系に生まれしまったのかもしれない。

そんな中で母は何も診断されていないが、それより今は母の記憶を消したいのである。そう思ったきっかけは年賀状は送るべきかという不安からだった。

2016-12-20

マスダとマスダ

オスプレイ

オスプレイってことは、メスプレイもあるの?」

「まあ、あるんじゃないかな」

「歯切れが悪いね

LGBTセクマイ最近まで混同していた人間に、大した答えを求められても困る」

「そっかあ」



宿題

「お前の宿題自由研究か」

「うん、最初は『なぜ虫はオスが鳴くことが多いのか』っていう研究だったんだ」

「ほお、いい着眼点なのにやめたのか」

先生コンプライアンス的な理由却下されちゃった」

世知辛いなあ」

「仕方ないので、『一寸の虫にも五分の魂があるというが、本当なのか』の自由研究にした」

「それは却下されないのか……というかどうやって研究したんだ」



記号

「何か、とある絵が性的興奮を誘発させるとかで」

ポルノな。わざわざ遠まわしな言い方をしなくてもいいだろうに」

「定期的に話題になるテーマだよね」

「こういう記号のどこに性的興奮を覚えるかってのは、個人感性だったり背景が色濃く出るから泥沼になりやすいんだがな」

「WXYみたいに?」

「そのまんま記号を例に出してくるとは」

2016-12-16

文章が好きだった。

物心がついた頃には、すでに文字が読めていたらしい。というのはさすがに大げさだろうけど、それでもひとよりは、読み書きの習得が早かったのだろう。

とにかく絵本を読むのが好きな子供だったようだ。家にある絵本を片っ端から読んで、新しい絵本を沢山強請ったらしい。おかげで実家には、本棚いっぱいに絵本が置いてある。

小学校入学する頃には、簡単漢字の読み書きも出来ていた。それ故に、ひらがなのなぞり書きを何十回もさせられる国語の授業と宿題が、ものすごく苦痛だったことをなんとなく覚えている。

小学校には当然、図書室があった。片っ端から、というわけでは無いが、よく本を借りて読んでいた。児童文学を中心に読んでいたと思う。それ以外の本はあまり好きではなかった。

自分物語が好きなんだ、小説が好きなんだ。と、漠然と思っていた。

中学生ぐらいになると、読む楽しさに加えて、書く楽しさを覚えた。読書感想文を書くのが好きだった。こっそり小説なんかも書いたりしていた。

二十歳を過ぎた今でも、小説を中心に、本をよく読んでいる。自分でも書いてみたりしている。

小説を読んでいると、なんとなく楽しい

小説を書いていると、なんとなく楽しい

なんとなく素敵な気持ちになる。

なんとなく安心する。

だけど、今になってやっと、自分別に小説が好きだったわけじゃないんだと、気づき始めた。

インターネットを眺めていると、莫大な量の文章に触れられる。

どこかの誰か、知らない人が書いたブログ記事だったり、小説投稿サイト投稿された作品だったり。増田だったり。大きな本屋さんや、図書館よりも、何倍も多くの文章を読むことができる。

そうやって沢山の文章に触れていると、時折、ものすごく好みの文章出会うことがある。一文読んだだけで、心が奪われる文章。次々と読み進めてしまい、止まらなくなる文章。読んでいるだけで酷く安心感が得られる文章

理由はわからないけど、「なんとなく大好きな文章」と出会うことがあるのだ。そういう文章の中には、意味すら理解できないものもある。何が言いたいのかわからない、内容が伝わってこない、それなのに、なぜか溜まらなく好き。そういう文章出会う。

絵画とか、現代アートとかに近いのかもしれない。理屈じゃなく、素晴らしいと感じるのだ。

きっと自分は、工夫された文章が好きなのだろう。その工夫が、自分の好みと合致したとき幸せに感じるのだ。

小説が好きなわけじゃなかった。物語を伝えるために、表現豊かに工夫された文章が好きだったのだ。

反対に、誰にでも誤解なく正確に伝わるよう書かれたような文章は、あまり好きにはなれなかったのだ。




文章を読むとき芸術先品を鑑賞するようなつもりで文章を読んでいるのかもしれない。さながら、絵画を見るような、音楽聴くようなつもりで。自分にとって文章というのは、ずっとそういうものだったのだろう。

それに気が付いてから、より文章を「書く」ことに注力した。とにかくいい文章を書きたい、自分が好きな文章を書きたい、と思うようになった。誰のためでもなく、自分のために。

消費者として好きだったものを、今度は自分生産者となって作ろうと考えるのは、ごく自然なことだろう。しかし、それは当然簡単ではない。

絵を見るのが好きだからと言って、絵を描くが上手いわけでは無いように。音楽を聞くのが好きだからと言って、作曲が出来るわけでは無いように。

自分文章を読むのが好きだが、ご覧の通り、「書く」方はこんな状態である。基本がなってない上に、センスもなく、なまじ変なこだわりが強いばっかりに、ぎこちなさが目立つ読みにくい文章。はっきり言って下手くそ文章

文章が好きで好きでたまらなくて、ネット上に転がっているどこかの誰かの殴り書きすらも、芸術作品としてとらえている人間の書く文章が「それ」である

結局消費者はどこまで行っても消費者しか無くて、生産者とは相いれないのだろうな、と。まあ、自分で書いていて悲しくなるけど、そういう現実も、あるにはあるのだろう。

それでも文章を書くのは好きだし、これからも書き続けていく。

いつか、自分が納得できるほどの文章が書ければいいと信じて。

世の中の共働きの子持ち奥さん

仕事共働き既婚子持ち女性ライフスタイル研究してるんだけどさ。

奥さんたち。

朝8時に子供保育園に送ってそれから出社して、6時まで働いて保育園に迎えに行って、(小学生宿題の世話して)ご飯作って風呂掃除して子供風呂に入れて、選択畳んで、子供寝かしつけて、10時くらいに旦那が帰ってきて旦那は飯食べて風呂入って寝るだけっていうそういうのが結構スタンダードみたいで。

そういうの聞いてると内心「うわっ、金を稼ぐ家政婦じゃないか⋯!」って思っちゃうのよ。

奥さん達よく死なないよなぁ。

あと日本のの奥さんは世界で最も睡眠時間が少ない。

で、それで追い詰められても、挙句にはそういう旦那を選んだ人間が悪いとか言われるわけじゃないですか。

なんで成人男性生活態度まで他人が責められなきゃいけないんだ?というの不思議に思うのは自分だけだろうか。


旦那インタビューしてても、残業を盾に許されてる印象があるけど、こいつら本質的には家事したくないか残業を盾にしてるのでは?って思う時があるんだよね。

人間本当に必要だと思ってたらなんとしてでも家に帰るじゃん。

時々居る子供大好きパパなんて、週に数回は絶対定時で帰るマンになってるし。

実際奥さんたちもそうだと思うんだけど。

結局それをしない心理って何なんだろう。


そういうの聞いてると、自分仕事経済的に余裕があることもあって、絶対結婚したくないって思うようになった。

自分仕事好きなので続けたいけど、結婚すると今の自分生活旦那の面倒がついてくる時点でかなり厳しい。

子供の世話ならまだわかるんだけど。



みんな何も言わないけどそんなこと思ってるの自分だけなのだろうか。

それくらいみみっちい話なのか?これ。

2016-12-10

無謀なシリコンバレー居住ログ - 転職(その2) Advent Calendar 2016 12日目

この記事「転職(その2) Advent Calendar 2016」12日目のポエムです。


こんにちはプログラマーをしていた akiraak です。今はサンフランシスコ英語勉強ばかりやってるので、プログラマーではくイングリッシャーになってしまいました。

さて、転職は多くの人が知っているように大変です。しかし、海外企業への転職もっと大変です。さらに、家も就職先も決まっていないのに海外移住してしまうというのはどれだけ無謀な行動なのでしょうか。今回の記事の内容は、妻である ento がまさにそのような状態シリコンバレー移住し、そこで仕事を得るまでの1ヶ月半ほどのログになります。この無謀すぎる人間ログをお楽しみください。

登場人物

ento:♀プログラマー(妻)

akiraak:♂プログラマー(僕)

ポッキー:犬

アメリカに引っ越すまで

ログは全て ento 目線で書かれています

2014年10月にベイエリアをakiraakと下見し、フィーリングが合うことを確認

2015年3/31 両親と久しぶりに会い、出生証明書と期限切れUSパスポートをもらう

4/26 USパスポート申請予約 (最初5月17日で予約したが、キャンセルが出ないかカレンダーを見張った末、5月12日で予約できた)

4/29 イタリア観光旅行に出かける

5/?? 「entoとポッキーが先行引っ越しするのはありだよね」とakiraakと合意し、資金面問題いかを後で検討することに

5/10 イタリアから帰国

5/11 MindMeisterで引っ越し連作業をまとめるマインドマップを作る

5/12 USパスポート申請: 犬を連れていく関係上、できれば5月中に渡米したいのでなるべく早く用意してほしいとお願いする

5/12 akiraak実家山菜取り

5/13 同上

5/15 Googleスプレッドシートお金計算をし、アメリカポッキーと先行引っ越しすることを決める

5/17 Sky Toursで飛行機チケット予約 (往復便をうまく使ったりなどして、片道便をお安く予約してもらえた)

5/18 completeapp.comにユーザー登録、その後随時todoコメントをもらう (AngelListでみかけたスタートアップ)

5/18 自転車の運び方について製造元にメールで問い合わせ、返信をもらう

5/21 HanaCellにSIMカードを注文

5/21 アメリカ向けの確定申告書を郵送

5/21 USパスポート発送の連絡がくる

5/21 6月に泊まるAirbnbの予約に失敗 (Airbnb以外のサイト経由で別の人が既に予約していた)


5/22 LORO日本橋に適切なサイズの箱の有無を電話で問い合わせ、用意してもらう約束をする

5/22 6月に泊まるAirbnbを予約

5/23 HanaCellからSIMカードが到着

5/24 RoomieMatch.comとroommates.comとroomster.comに登録Redditルームメイト/部屋募集投稿

5/25 7月に泊まるAirbnbを予約

5/25 歯医者から矯正関係資料をもらうための予約

5/26 akiraak実家晩ご飯いただき地元友達大事だとさとされる

5/26 Reddit地元友達募集投稿

5/27 USパスポート到着

5/27 HanaCellから電話番号確定の連絡

5/29 ポッキー健康診断をうける

5/30 自転車用の箱をLORO日本橋で受け取る

6/03 歯医者矯正関係資料をもらう

6/04 散髪がてら、理容師さんに引っ越しの報告をする

6/05 飛行機搭乗

アメリカ1週間目

6/05 飛行場からオークランドの家までUberで移動

6/06 組み立てた自転車Laurel Cycleryにメンテに出す

6/06 近所のスーパーマーケットレジで「昨日引っ越したばっかりで、仕事を探してるんだ」と言ったら、「この前うちでジョブフェアをやってたんだけどね」と教えてもらった

6/06 TTGL見始める (Redditで会話したイギリス大学院生おすすめ)

6/08 RoomieMatch.comのプロフィール更新 (2人用から1人用へ)

6/08 Creddle.ioにレジュメをアップし、Reddit校正スレに投げる

6/09 RoomieMatch.comでマッチングされたルームメイトから電話がかかってきて、部屋を見に行く約束をした

6/09 同じ家のAirbnbゲストにくっついてSF見物 (彼女仕事を探していて、SFのMacy'sにスーツを買いに行った)

6/09 Whitetruffleに登録

6/09 Hired.comからプログラミング問題を解いたら翌週の「オークション」に掲載するよ、と連絡がくるが、なかなか手がつかず最後までスルー

6/10 Underdog.ioに登録

6/10 AngelList、Hacker Newsの「Who is hiring this month?」スレからめぼしい応募候補リストアップ、Glassdoorでレビュー確認 (以下の記事を参考に、Google スプレッドシートにまとめていった http://robertheaton.com/2014/03/07/lessons-from-a-silicon-valley-job-search/ )

6/11 SO Careersのプロフィール更新

6/11 Whitetruffle経由でA社から連絡

6/11 Soylentに発送先を連絡

アメリカ2週間目

6/12 自転車を受け取る

6/12 AngelListで何社か応募、リモートOKのところを優先する

6/12 Underdog.ioから翌週にプロフィール掲載するよと連絡

6/13 借りる部屋を3箇所内見し、仮決め: 家賃はAngelListに掲載されているエンジニアの平均年俸の40分の1を目安にした

6/15 借りる部屋を本決め

6/15 Underdog.io経由でB社から連絡

6/15 A社とGoogle Hangoutミーティング

6/15 銀行口座開設を試みる (住所証明がなくてダメ、その足で自分宛の郵便速達で送った)

6/15 Airbnbホストさんがリクルーターを紹介してくれる

6/16 銀行口座開設を試みる (ソーシャルセキュリティカードがなくてダメ)

6/16 さらに応募 (C社含む)

6/16 Soylent到着

6/17 ソーシャルセキュリティカードの再発行を申請

6/17 B社と電話ミーティング

6/17 アスペの集まりに参加: 晩ご飯を一緒に食べる会 (「仕事を探してるんだ」と言ったら、「うちはいつも仕事募集してるよ」と医療機器関係会社を紹介してもらい、レジュメ校正ビジネスを始めたいという技術ライターさんに「無料校正してあげる」と連絡先を教えてもらった)

6/18 C社とGoogle Hangoutミーティング (この時点でここに入る腹積もりをしたと思う)


アメリカ3週間目

6/19 C社からプログラミング宿題をやる (2時間)

6/20 Pebble Time到着

6/21 TTGL見終わり

6/23 ソーシャルセキュリティカード到着

6/24 C社と対面面接 (6.5時間: エンジニア計3人とペアプロなど + みんなでランチ + 社長面接)

6/24 身元照会先を依頼、連絡

6/25 Citibank銀行口座開設

6/25 Lyftタダ乗りクーポンでの帰り道、ドライバーさんに「仕事を探してるんだ」と言ったら、元奥さんがそれ系の仕事をしてるからと紹介してもらう


アメリカ4週間目

6/26 アスペの集まりに参加: 自然公園キャンプ

6/27 同上

6/28 同上

6/29 C社からジョブオファーいただき署名


応募候補をまとめたスプレッドシートには、先方からの打診を含め、結局79個の会社メモった。応募したのは14社で、何らかのリアクションがあったのは4社。大半はAngelList上でしか応募していないので、メールで直に応募すれば反応率は上がるかもしれない。職探しサイトプロフィール登録したり応募したりする度に、レジュメの内容や言い回しブラッシュアップしていくことができたことは、よかったと思う。


上で挙げた数社を含め、会社から打診をうけた件数は以下の通り:

Whitetruffle: 11

AngelList: 7件

Stack Overflow Careers: 1件 (リクルーターからさらに1件)

Underdog.io: 1件

LinkedIn: 1件 (リクルーターからさらに数件)

ホワイトボードアルゴリズム問題を解く系の面接の予習は、やろうと思いながら結局ほとんど何もしなかった。やったのは、過去プロジェクトでやったこと・学んだこと・つらかったことなどの振り返りと、レジュメを書く中での自己内省


その後

ここまでは ento お引っ越しでした。僕はというとビザがないので日本お仕事をしていました。そして2015年7月に渡米して結婚10月弁護士経由で配偶者ビザ申請2016年7月に発行されたので8月アメリカにお引っ越し10月グリーンカードも発行されて今に至ります

おしまい

2016-12-03

http://anond.hatelabo.jp/20161203122749

宿題やりなさい」「今やろうと思ってたのに」的な

「自立した女になれよスイーツ共が!」「は?誰がおまえのために(略)」展開とか?

2016-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20161119160538

何歳だよ。増田なんてやらずに宿題でもやってろよ

http://anond.hatelabo.jp/20161202105841

御説ごもっともだと思う。

特にスペルを暗記させる意味は、実際には殆ど無い。ああいうので時間を潰す英語教育はムダでしかない。そういう意味で、スペルチェッカー付きのワープロ使ったほうがよっぽど英語勉強にはなる。

ただ、学校の授業で、「書かせる」作業は、非常に少ない。なので、増田イメージしている教室タイピングさせるというのは、実際の授業内容の改善にはほとんど役立たない。

「書かせる」作業は、ほぼ宿題。で、この宿題に関しては業者が食い込んでて、独自作業用冊子を用意している。たとえ各家庭にタイピング用の備品を用意させることができても、こういう冊子はそれに対応していないから、現状でそのまま移行するのは無理。

業者練習用のアプリケーションまで用意して廉価(数千円まで)で簡単タイピングができるハードウェアまで提供できれば学校教師は乗ってくるだろうが、そういうのは期待できんなあ。

結局は、文法中心の現在教育課程を変更するほうがいいんじゃないかと思っている。

2016-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20161125154836

そりゃ歴史に学ばないやつが全体の9割なので「前」をいくら言ったってしょうがない、諦めてるから

増田だって子どものころ勉強して東大に行けって言われたのに宿題せずに遊んでたでしょう?

その延長線上に生きてる大人大人の9割だから「前」を言っても仕方ないの2行で済ませる。

前を問い詰めても前を考えられない9割の大人たちからしたら共感も何もない。

共感を呼ばない記事では金儲けできない。

2016-11-18

こどもの算数宿題

こどもの算数宿題を見ていて、大人の私が混乱してしまった。

「みっちゃんは、くりひろいに としおくんと いきました。みっちゃんは 17こ としおくんは 24こ ひろいました。どちらが どれだけ たくさん とったでしょうか。」

こどもが、式はわかるが答え方で迷う、という。

式は当然「24-17=7」。で、答えは「としおくんが 7こ たくさんとった」になるだろう。

そこでふと、他の問題にどう答えたかを見てみると、「17本」「85円」「36人」などの簡潔な答えが並ぶ。

ん?ここだけ文章で答えるのか?しかし、テストでは「聞かれた言葉を用いて答える」が原則

あれ、なら、

「100円の けしゴム20円の いろがみと 15円の がようしを かいました。ぜんぶで いくら はらえば よいでしょうか」

という問題には、「85円」ではなく「85円はらえばよい」と答えるべきなのか?

算数」の問題は「数学」とすこし違い、文意を正しく読み取ることも見られている、と聞く。

(掛け算の順序問題などもこれに関わるとか。調べてみると非常に根深い…。)

なら、上の文具問題で聞かれているのは「ぜんぶで いくら」の部分。「はらう」「よい」など問としては末節、「85円」という答えで十分意味が通じる。「85円」という答えでいいだろう。

そして、くりひろい問題は、「~どちらが どれだけ たくさん とったでしょうか」である

聞かれているのは「どちらが どれだけ たくさん」の部分。

「としおくん 7こ」

意味は通じるがこりゃ変だ。

「としおくんが 7こ たくさん」

いや、「たくさん」はおかしい。「たくさん」は多い少ないといった量を表す言葉から

「としおくんが 7こ おおい」

だろう、と思った。

これだと「どうした → とった」という動詞がなくなるので「としおくんが 7こ おおく(い)食べた」可能性が出てきてしまうが、いや、それこそ「算数から、また「文意を読み取る」から遠くかけ離れた心配だろう。さっきの「85円」だって盗んだのかもしれないし。

「としおくんが 7こ おおい」でいいんじゃない?と、こどもに答えた。

次の日。

こどもが持って帰ってきた昨日の宿題プリントは、

「としおくんが 7こ おおい」→「としおくんが 7こ たくさんとった」

に赤で訂正されていた。採点としては「○」。(文具問題は「85円」で正解、「○」。)

そうだよな、テストなんだから確実に答えるなら問題文どおり「~たくさんとった」だよな。

いったい、自分が何に引っかかっていたのかわからなくなった。

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