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はてなキーワード: の子とは

2017-03-26

1999年の夏休み

1999年の秋、僕はカンボジアでバドミントンをしていた。その後はスパゲティ・カルボナーラを食べて談笑したり、埃っぽい街を50ccのバイクで徘徊していた。

この国の20年前にはクメール・ルージュが共産化のため、知識人を中心に200万人を虐殺した。10年前はポルポト派とベトナム軍と内乱の真っただ中で、やっと数年前に民主政権国連の手によって樹立されたばかりだった。

とある通りには、ピンク色の電灯が灯る屋敷が建ち並ぶ。ベトナム人少女がいる置屋で、10代前半から後半の彼女たちは$300程度の借金でここに売られ、$5で客と寝る。

少女を買う知り合いについて行った。入り口のドアを開けると黄ばんだ白いネグリジェを着た少女らが、小さい子は走り回り、大きい子は座って話したり、爪を切っていた。

知り合いは買う女の子が決まっていて、早々に奥に消えて行った。どうしようかと思い始めたときに、少女が和やかに近づいて来て、自分の顔を指差し同意を求めたあと、僕の手を引いて階段を登って行った。

手摺のない階段を手を引かれ登る。二階は洗濯場と台所らしく、おばさんが洗濯物を抱えていた。ここで服を脱げ。シャワーだ。とジェスチャーされ、現実感の無い時空だったので言われるまま脱ぎ、セメントの壁から生えているシャワーの冷水身体を洗った。バスタオルを渡され身体に巻き、三階に登った。

廊下のドアを彼女が開けると、そこは一畳の部屋だった。不快ではないけれど空気は湿り、床は万年床で、壁も電灯も薄暗いベージュ色だった。奥の壁の角に小さな机、の上にはラジオ。

誰とでも、回数を重ねても、せっくすの前は緊張して慣れない。ドキドキして挙動不審になる。正座して座ると彼女も座り、僕の顔を覗き込み、笑った。軽くキスをされ、ネグリジェをたくし上げて脱ぎ、と、ここからはあまり覚えてない。彼女はふつーに若く可愛らしかったけど、感情は伴わなかったから、教科書的なせっくすを可及的速やかに終わるよう努力した。彼女はショーツは履いてなくて「股間にチューブから出したゼリー的なものを塗っていた」か「何もしてないのに入るのかな入るんだ」のどちらか。コンドームは自分で付けたか付けてもらったか記憶曖昧

基本的彼女たちは国連やら世界保健機関やらが救援物資として配る避妊用ピルを飲んでるから、時になかなかいけないと、抜いてパチンとコンドームを外し、そのままでいいよ。とされるけど、判断は間違えない。

僕が正常位で頭の中のデータベースから、読んだ成人コミックのエロいシチュエーションや場面をフル検索して早々に射精しようと腰を振ってるあいだ中、彼女は少し笑顔で、興味深そうに僕の顔をじっと見てた。

3分からず終わり、大袈裟に息を切らす。振り。をすると、両手を首の後ろに回され、僕の上半身を支えていた腕がかくんと折れた。

その後、彼女の横に仰向けで寝た。いま居る場所隣の女の子、した行為、など賢者時間あいまって頭の中がスパークして、どういう表情をしていいのかわからないし、天井を見上げながら、記憶喪失の人がいまの状況を思い出そうとしてる、よくある映画登場人物みたくなった。

一畳の部屋なので僕の左腕は彼女の右腕と触れ合っているし、彼女は手をつないで、ぎゆっと握った。ここが何処で僕が誰であろうとも、手から伝わる暖かさから、隣に誰か、女の子で年頃で裸の、がいることは確かだな、と物事を難しく考え始めかけたとき彼女身体を横に起こして、また僕の顔を興味深そうに覗き込んでいた。自然彼女の左脚が僕の左脚に乗り、膝がちんこに触れて、状況的には悪くないのに恥ずかしいので(なんで出っ張ってんだよ!)と八つ当たり気味に思った。

彼女は静かに笑いながら、私の方を見なさいよ。とずっと僕の瞳を追うから恥ずかしい。けど顔は見たいから、視線を移す振りしてちらっと見ることしかできない。なんて自分が不甲斐ないので、開き直って意を決して視線を合わせる。と向うは余裕の表情で視線をそらしたくなる。のを堪えると、指でぴこんとちんこを弾かれて、ぁうっ…としたときに軽くキスされた。

頭がぼーっとしたまま二階に降りて、一緒にシャワーを浴びて洗ってもらって、そこから1人で帰ったか知り合いを待ったか憶えてない。

因みにここまでは、書きたいことの前振りなので続く。

次の日、その知り合いに会うと「うん、昨日の娘は良かったよ。なんかね、こうね…」と熱心に話し始め、あーなんか嬉しそうだな。と、どんな娘だったか見てもいないのに顔を思い出そうとするところで「だからさ、今日は持ち帰っちゃおうとか考えてるんだけど、あいぽん君も、ほら、昨日の娘なんかと」と誘い水を差されたので、またお店に一緒に行く。

この知り合いは、見た目は爽やかで会話の物腰も柔らかく、秘かに彼のことを好きな女子は多いんじゃないかなと思う、くるり岸田繁似の青年だか、所謂ロリコンだった。ここでロリコンと書いてしまうと、赤いランドセルを背負った低学年の女子の胸に(;´Д`)ハァハァ するとか、弱者である幼女支配することで性的欲求を満たすようなステレオタイプロリコンが頭に浮かばれるだろうが、彼の恋愛観は同性を好きになってしまゲイのそれと同質な哀しみ。だと僕は思っている。深く話し合ったことはないので想像だか。

また来ちゃったよという照れと、好きな女子に会えてニコニコしてる知り合いを他所目に、昨日の女の子を目で探すけどいなかった。休みか他のお客さんの相手か、そんなこともあるしと、座っていた2、3人の女の子の顔をざっと見て、なんとなく長く視線が合った娘を選んだ。

この娘のことは記憶にない。ファンキーに明るかったくらい。彼女たちは親の借金のカタに異国に連れて来られ、数百円で男と寝なければいけない毎日だけど、生まれた時からそうした環境文化の中で育ち、それが当たり前ならば、明確な理由もなく毎日勉強させられ、友だちとも遊べない生活のほうがおかしい。と、すうっと納得できるような明るさ。

下の階に戻り、女の子の間にちょこんと座り天井の隅を眺めてたら、昨日の女の子が僕に向かって真っ直ぐに歩いてきて、彼女の顔を見上げる僕の頬をばちん平手打ちした。打たれた時に(あ、他の女の子と寝たからだ)と気付いたけど、後から知り合いにも「他の女の子と寝たからだよ」とルール的なものを教えてもらった。だって君がいなかったからと言い訳けようと彼女を見ると、体は真剣に怒ってるけど瞳の奥と口の端しは笑っていて、僕らを見る数十人の女の子も笑っていた。

明日世界が終るとしたら好きな人の放尿が見たい

私には年の離れた従姉がいる。

彼女は私が8歳ぐらいの時に息子を生んだ。やたらと懐いてくれた。

の子が3歳くらいの時、全力で一緒に遊んでいたらトイレに着いてきて欲しいと言われた。

何を思ったのか個室まで一緒に入った。衝撃的だった。

の子が力む度に、小さな男性器がぴょこんと立つのだ。力を抜くと下がるのだ。めちゃくちゃ面白かった。

爆笑してたらその子も楽しくなって来たらしく、何回も動く姿を見せてくれた。

たぶんこれが性癖の始まりである。他に思いつかない。

話を戻す。いつごろから放尿が見たくなったのかは覚えていない。

大学生になる頃には当時好きだったアニメキャラ(以下○くん)の放尿が見たくてたまらなかった。

目の前に仁王立ちになってほしい。できれば手で受け止めたい。口で受け止めるかどうかはその時になってみないと分からない。

その前の記憶では○くんを物理的に食べたいと思っていたはずなのに。いつから私はSからMになったのか。それともやはりSとMは表裏一体なのか。

そんな私ともお付き合いをしてくれる人が現れた。以下彼とする。

恋人という関係になって数年、互いの裸を見せ合う事にも慣れてきた。

そうしたら、忘れていたはずの感情がよみがえってきた。放尿が見たい。

ある日冗談交じりでトイレに着いていきたい。放尿が見たいと言った。言ってしまった。すぐに冗談だと取り繕った。

彼は冗談だと信じてくれて、それにしてもその発想はなかったと笑われた。

それから私はことあるごとに放尿を見せてほしいとお願いした。語尾に冗談だけどとつけて。

案の定、前から思ってたんだけどそれ冗談じゃないよね?と笑われた。嫌われはしなかったので、それをいいことに冗談だけど、という語尾が取れた。

はいまだに見せてくれない。代わりに私の見てもいいからと言ったら、興味がないと言われた。

○くんのアニメはいまだに続いているが、放尿シーンももちろん放送されるわけがない。

別に放尿という1ジャンルが好きというわけではない。

以前AV女性の放尿を見た時は何も感じなかった。男性の放尿シーンはむしろ、いいな、この女の人はご主人様の放尿が見られるんだとうらやましくなった。

でもよくよく考えてみれば、あのシーンは奴隷役の女性性器の中に放尿していたので、実際は見ているわけじゃないのか。おあいこか。

とにかく、ただ放尿が見られれば誰でも良いわけではなかった。

私は好きな人の放尿が見たいのだ。

○くんの放尿が見たい。それがだめならせめて彼の放尿が見たい。

この間、彼と電話で話した。

トイレに行きたいからそろそろ電話を切ると言われた。

そのままカメラを起動させてトイレ言ってくれとお願いした。

そうしたら、そういえばこの間実際に放尿を見せる夢を見たよと言われた。

その時は何も感じなかったが、電話を切った後ふつふつと、何か言いしれない気持ちがわいてきた。

ずるい。ずるいじゃないか

私はこんなにお願いしても彼の放尿が見れないのに、夢の中の私はただ彼の夢の中に存在しているというだけで放尿を見ることができたのだ。

どうやってみた。背後からか、それとも正面からか。手で受け止めたのか。

そもそも現実の私がこうして数年頑張ったから夢の中の私が見ることができたんじゃないのか。

ずるい。うらやましい。

ふと思った。もしなんらかの形で明日世界が終ってしまったら。もし明日、私が車にでもひかれたら。

私は彼の放尿も○くんの放尿も見れずに一生を終えてしまう。

一生、誰の放尿も、見れないのだ。

悲しくなってきた。たぶん成仏できない。

誰かの放尿を求めてトイレの地縛霊になるも、きっと好きな人の放尿じゃないから満足できず、そのままよくわからない悪霊になってしまうのだ。

そんなのは嫌だ。彼は優しいし、今度会ったらもっと真剣にお願いしてみたい。見せてくれるかもしれない。

従姉息子は、前回会った時もう15歳になっていた。それでもやたらと懐いてきた。うれしかった。

同じ女の子に数年片思いしているけれど、喘息だしいいところ見せられなくて悲しいと言っていた。

その恋が成就する事、そしてその女の子が放尿が見たいなんて言わないまともな女の子である事を祈っている。

http://anond.hatelabo.jp/20170326011513

子供なんか作るから悪い。お前の子供には他人は興味はない。お前の子供は日本に貢献できるのか?

少子化なんだから子供は当然日本のためになる、と考えているのかも知れないが、ベトナムとかのトップ大学卒の人材に、お前の子供を育てるのにかかるお金と同程度のお金を払って日本で家庭を作って住んでもらうのと、お前の子供を育てるのと、どっちが日本のためになる?

お前は、自信を持って、自分の子供の方が日本のためになると言えるのか?

2017-03-25

研究者結婚がこわい

30代半ば、男研究職。婚約してしまった。

3つ下の婚約者研究職ではなく、学歴出身大学しかからない人なので、すごいと言ってもらっている。しかし、客観的に見て、自分の業績は大したことがない。

正確に言うと、うちの分野では重視されるトップカンファレンスには何報か筆頭で通しているので、同業者にはそこそこ名前を知ってもらってはいる。が、ジャーナル本数が少ないので、ジャーナル中心の他の分野の方から見ると、いかにも低業績に見えるだろう。

今のポスト任期付き。任期後に、どこでもいいかパーマネントの教員/研究ポストに就きたいが、このままだとジャーナル不足で絶望的だ。

ただ、分野的に、いつでも企業転職はできる。35歳後半になっても、探せば正社員待遇で取ってくれる企業はあるだろう。

正直、同じ世代の同分野の日本アカデミアトップ層に比べれば、私の業績は見劣りする。彼らトップ層は、形の上では私と同じ任期付きだが、業績&PIとの関係から考えて、将来安泰な人ばかりだ。要は、理由がないかうつらないだけで、どこでもいいか日本任期なし研究教育ポストにつきたいと思えば、それができる人たちだ。

私は、そうではない。どこでもいいか日本任期なし研究教育ポストにつきたいと思っても、私の現在の業績では無理だろう。

婚約者子供を望んでいる。周りを見渡せば、皆、子供を作ってアカデミアに残っている人は、パーマネントポストを取ってから作っている。

パーマネントポストを取らずに子供を作るということは、研究を諦めるということと同義だ。

子供もできていないのにそこまで考えるのもどうか…そもそも結婚しても子供ができるとも限らない…とも考えた上、婚約者の強い押しもあって、婚約してしまった。が、結婚してから子供ができてから、では遅い。

婚約破棄費用検索してみた。もちろん、正当な理由による破棄ではないが、「キャリアの事を考えると、子供ができることを考えた場合、お互い不幸になるとしか思えない」という理由付けなら、悪質ではない。婚約破棄費用はせいぜい80万円程度だろう。

大金だが、結婚後の離婚にかかる総費用に比べれば、大した金ではない。離婚相手拒否した場合、成立させることが困難になるが、婚約は、片方が拒否して費用さえ払えば、確実に破棄できる。

少子化時代に云々と言われるかも知れないが、私は別に天才ではないので、たとえ子供ができたとて、子供天才になるとは全く思えない。むしろ、頭の悪い私の子など、生まれてこない方が、この国のためなのではなかろうか。

国内トップ層を走っている30代の方は、どんどん子作りをしている。彼らは、子育て時間を割いても、この国のために研究教育を通じて貢献できるほど優秀だからこそ、それが許されるのだと思う。

私は彼らほど優秀ではない。研究教育子育てを両立させたら、研究教育の質が下がるに決まっている。私の何倍も頭がいい日本トップレベル研究者ですらそうなのだ結婚して、私の業績が下がらないはずがない。

家庭第一ながら、素晴らしい業績を出している年上の研究者も知っている。家庭を第一にした方が良い、というアドバイスを親身になさる年上の研究者も知っている。しかし、それは、彼らが優秀だからできたことなのではないか

彼らの他に、敗れ去った人が多くいるに決まっている。生存者バイアスだ。

大して頭の良くない私が、頭が悪い子供を作り、トップ研究者を仰ぎ見ながら、出来もしない家庭と業績の両立をしようとしたところで、能力不足で失敗し、両方とも質の低いレベルにおさまるのが目に見えている。

それは、家庭も、私も、そして、間接的に研究費を私に与えてくださっている国も得をしない、誰も得をしない失策なのではないか

婚約者との中は良い。好いてもらっているようだ。私も好いてはいる。しかし、ここは、相手のためを思うなら、相手が泣きわめいても裁判沙汰になっても、婚約を破棄するべきなのではないか…という疑念が頭をよぎる。

難しい。悩ましい。

向いてる事見つける方法

図書館の子供向けコーナーに行ってランダムに色々読む

ちょっとでも興味持てたり頭にすっと入ってくる本を選び出して、傾向を見つける

肉体系ならそれをやってみる

頭脳系なら一般向けコーナー行って理解できそうなのを読む

寝る

一日たってもなんか関心が続いてるのを続ける

anond:20170325123348

あの「日本死ね!」のおばさんは

他の人押しのけてでも自分の子を入れたかったんだと思う

人に譲ろうって気持ちのある人は

日本死ね!」なんて下品わがままは言わないだろうね

http://anond.hatelabo.jp/20170325071318

生理が始まったばかりのまだ成長期の子供と、成人どちらが出産危険わからんの?

大人でも死ぬこともあるけど子供母体になる方がずっと危険なんだよ。

2017-03-24

うちの子供達は片付けをよくするのだが……

それが生まれつきの性質であるかの様に言われ、他人から羨ましがられる事がとても多い。

それが私はちょっと悲しい。


片付けをちゃんとする様にしつけるの、結構大変だったんだけどな……。



自己満足の為に、ここに私が子供達に片付けをさせる為にした事やしなかった事を書いていく。(超長い)

まり誰かの助けになったり参考になったりはしないのだろうな。



オモチャの沢山ある子育て支援センターに通った。

何故かというと、上の子が生まれたばかりの頃は家にあまり物が無かったから。従って片付ける必要が生じなかった。

支援センターには、自分で使ったもの自分で片付けるというルールがあるから、親の私としても子供が中々やる気出さないからといって妥協する事は出来ないし。


・あまり予定を入れず、時間に余裕のある日々を過ごした。

まり経済的に余裕があるとは言えないのだが、専業主婦となった。時間に追われないで子供相手出来るのって気が楽でいい。


・お片付け習慣開始は子がまだハイハイもしないうちから

まだ腰が据わって間もない子のおててに使った積み木を持たせて「さぁ、お片付けしましょうね~」と声をかけ、抱っこで積み木箱の所まで連れて行き、子の手を取って積み木を箱に入れさせる。という感じ。はたから見れば赤ちゃん使っておままごとをしている様だったろう。

子供の見ている前で子供が使った物を片付けないようにした。

見られたら「ママがやってくれるのが当然」と学習されるだろうからソースはない。


おかたづけのうたを作詞作曲した

既存の歌でも良かった気がする。

私自身が幼稚園児だった時、担任先生が片付けの時間中ずっと「おかたづけおかたづけ~、さぁさみんなでおかたづけ~」とリズミカルに手を叩きながら歌っていたので、それを真似た。

ちなみに小さい子供は「おかたづけ」と発音出来ないし聞き取れもしないっぽかったので私は自作おかたづけのうたを「ナイナイあそびのうた」と呼んでるし、歌詞でも「おかたづけ」という単語代用として「ナイナイ」という単語を使っている。余談だけど中国語で「ナイナイ」といえばおっぱいの事だと聞いた事があるのだが、本当だろうか。

ちょっと恥ずかしいが、支援センター児童館など人前でも自作おかたづけのうたを歌ってた。

ママが「ナイナイあそびのうた」を歌い出したら片付けして帰る合図。



・掛け声手拍子子供鼓舞する

子供が歩ける様になりなり、自分オモチャを持ち運ぶ事が出来る様になると、片付けの最中子供が急にやる気を無くしたり別の事に気を取られたりするということが起こる様になった。なので手拍子と掛け声で子供意識をお片付けに引き戻す必要があった。

ナイナイ!(パンパンパン

ナイナイ!(パンパンパン

ナイナイ!(パンパンパン

( ゚∀゚)o彡°

( ゚∀゚)o彡°

( ゚∀゚)o彡°

「片付けなさい!」と叱ると泣いて愚図るだけだが、こうしてエールを送ると不思議と頑張る子供達。

うそう、初期から「片付けましょうね~」と声かけはしていたのだが、子供達は「片付けをする」という言葉意味を中々覚えなかった。上の子は年中さんになってやっと、「これ片付けてね~」だけでも動く様になった。


・指示は具体的に

繰り返すが子供は「片付けて」と言われてもその意味することがわからない。

「片付ける」という単語意味を覚えて貰う為に、まず子供聞き取り易く発音やすい「ナイナイ(無い無い)」を用い「ナイナイしようね~」と声をかけ、「お片付けしようね~」に移行していったが、それを言っただけでは子供はどうしたらいいのか分からないので、

「○ちゃん(子)がおててに持ってるこの積み木を、この箱にポンしてね」

などと指示する。

(「入れてね」じゃ分からないみたいだったので「ポン!」と投げ入れるのを実演してみせ「ポンする」を覚えさせた)


・一人で片付けさせない

一歳位の子供に自主性は期待出来ないと私は思う。なので子供と一緒に私も片付けをした。

子供が途中で嫌がったら、

大丈夫!ぜったいできるよ!」

と言いつつ(子供にというより私自身への言い聞かせである)、手に積み木を握らせて、手を繋いで積み木箱まで子供と行き、子供手を取り積み木を箱に入れさせた。



子供自主性が出てきたら、余計な手出しをするのは止めた。

子供が片付けを頑張っている最中は、

ナイナイ( ゚∀゚)o彡°

ナイナイ( ゚∀゚)o彡°

ナイナイ( ゚∀゚)o彡°

と励ましながら見守っていた。


すると、しばしば面倒見の良い保育士さんやよその子保護者さんが「あっいいですよ~わたしがやります~」と片付けてくれようとする事があるのだけれど、すかさず

ありがとうございます。でも子供やらせて下さい」

とお願いした。相手に怪訝な表情をされたら「うちの子、今、何でも自分でやりたいお年頃なんです~☆ミ」と言うと、皆気持ちよく納得してくれる。


・やりとげたらめっちゃ誉めまくった。

「すごーい!」

「全部出来たね!」

「パーフェクトだよ!」

などなど。

しか

「さすが女の子だね~」

お姉ちゃんだもんね~」

とは言わない。片付けは女がするものだと思われない様にしたいから。



あと「お姉ちゃんだもんね~」と言われると上の子は嫌な顔をする。下の子の姉という立場負担に思うらしい。

でも、

「さすが○ちゃん!もう○歳のお姉さんだもんね!」

というと、逆に誇らしげな顔をして喜ぶ。「大人のお姉さんみたいだね!」も有効な誉め言葉だった。

ありがとう、本当に助かったよ!」

感謝言葉も忘れずに。

anond:20170324225334

発達障害かもしれないですね。

発達障害はなるべく早くから支援することが何より大事です。

そういう意味では、3歳というのは既に特別早いということもないです。

ただ、実際は3歳児健診で判明して施設に通い出すことが多いので、一般的かもしれません。

幼児期はなかなか顕在しませんし、親としても受け入れがたいものですが、

小学校に上がってから顕在化した場合、そこからできることは限られます

ぜひ、誰かが嫌われ役になったとしても、療育につなげることが、その子のためだと思います

がんばってください。


発達障害児向けの療育施設につとめるものより。

猫が死んだ

正確には行方不明になって2週間経った。

うちの猫母親が拾ってきたもので、世話もほとんど一人でしており溺愛していた。一方自分を含む家族にはあまり懐かず、行方不明になっても正直どうでもいいという雰囲気である

しかし母はやはり悲しいらしく、スマホで撮った画像動画を見たり諦めきれず近所にビラを配ったりしている。

そもそも行方不明になった原因は猫を外出自由にしていたこと。「家の中に縛り付けるのは可哀相だから」という理由自由に外出させ、気が済んだら家に帰ってくるという飼い方。

周りが山に囲まれ田舎なので交通事故リスクは低いだろうが、それでも事故や怪我をする可能性はあるだろう。野生動物喧嘩になることだってあり得る。世の中には猫を殺すのが趣味という異常者がいるというのも聞いたことある

当然そういったリスク承知の上で外に出していると思っていたが、母曰く「家の子に限ってそんな」という感じでこうなる可能性は考えていなかったらしい。嫌がるからという理由首輪もせず出していたらいつかこうなるとは思っていたが…。

後に残ったのは母が買った大量の猫グッズ。戻って来る可能性もあるだろうからまだ処分はしないけど、正直邪魔なのでいずれ捨てる予定。

http://anond.hatelabo.jp/20170324114748

トイレトレせずにオムツ外して幼稚園にほうり込むなんてスゲーどうしようもない親やで

先生毎日汚物まみれの子供や床のオモラシの掃除に駆け回らないとあかんくなるわ

http://anond.hatelabo.jp/20170324165811

誰が育てても同じというわけではないけど、血縁依存しすぎるのも脆弱だと思うんよね。

実際、殺人の半分以上は親族犯人ってぐらい、血縁は憎しみも生むわけだし。

子どもと、その子どもにまっとうな愛情を注げる人間の組み合わせであれば血縁である必然性はない。

今はむしろ血縁を重視しすぎてるから血縁ではずれ引いた時の受け皿がないじゃん。それは問題だと思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170324033230

ネット上で「子供社会で育てるべきだ」と軽々しく言う人々は、子供は誰が育てても同じだって思いがちの様に私には見える。

子供保護者への愛着母親の子供への執着心にあまりにも無頓着というか、無神経だなと。

で、そういう人々のプロフなんか見ると自閉症だったりアダルトチルドレンだったりして、やっぱり感覚ちょっと普通の人とズレているのが主張に現れているのかね。

育ちさえすれば子供やその親の心情はどうだっていいみたいな、人間をなんだかモノの様にとらえているような。

別にからってそう思ってるのがいけないとは思わないんだけど。だってそういう風な考え方しか出来ないんだろうし。

でも真に受けちゃいけないよなぁと思う。

自分の命を危険さらしても子供を守る、という親は多いが

自分の命を危険さらしても嫁(夫)を守る、という人は少ない。

まり子供に対する愛は純粋である

しかしその子供が自分の子供でなかったらどうだろうか。

守るどころか、憎くて潰したくなるかもしれない。

と思っていたら、何かの手違いで、本当は自分の子供だった。

「ああ、よかった、そうだよな、オレの子に決まってるよな、疑ってごめん、愛してるよ。」

と思っていたら、やはり自分の子供でなかった。

「ムキー、やっぱお前なんかいらない!」

彼が「その子」を愛してるのは、「自分の子」だからであって、自己愛の延長なのだ

本当の意味で愛を育んでいる人は、思っている以上に極々わずかだ。

アラサー主婦で2歳の子供がいる。

1年前に夫が会社を辞めて、家業を継いで義実家とは近距離別居。

私の実家飛行機距離

友達が作れなくて途方に暮れている。

子育てサークルにも行くし、夫の友人の奥さんと遊べば、と勧めたりもされるけど、

しかけられない、誘えない。

しかけられれば話せる。誘われれば遊べると思う。

仲良くない人への話しかけ方も誘い方も忘れてしまった。

大学とき友達作れたし、地元にも友達はいる。

片手で足りるけど。

そういう子には気軽に遊ぼうとか言えるし、どうでもいい話を振れるんだけど、

「子持ち」「主婦」「夫同士が仲良し」とかいう大雑把な括りで、

何を話しかければいいのか、どうリアクションしたらいいのか、

目は泳ぐし直前の会話には後悔したり反省したりするし、疲弊してしまう。

そんなコミュ障のくせに、仲のいい人が近くに誰もいないことがたまに寂しくなったりもする。

みんなどうやって友達作ってるんだろ。

私よりも何ヶ月かあとからサークル入ってきた人が、もう周りに溶け込んでいろんな人と話しているのをぼんやり眺めて、

これがコミュニケーション能力の差かあ、なんて考えてる。

それでも、子供保育所入れたら、パート出て頑張って友達作りできるかな…!って思ってたら

夫が家業の手が回らないから、外で働かずに家業を手伝えと。

資格やら何やらの関係で半ば強制

友達作りの先は長い。

http://anond.hatelabo.jp/20170324033230

本来子ども大人になるまで生存できる割合って、かなり低いのが自然なんだと思う。

個別に考えると、もちろん虐待は許されることではない。

でも、人類という種類全体で考えた時に子どものうち一定数は大人に殺されることは避けられない。

それは、家庭で育てても、民間企業で育てても、宗教施設で育てても、国家施設で育てても同じで、

人類大人が関与する限り、子どもは殺されるんじゃないかな。

増田は「よその乳幼児なんて、口もきけない弱っちいただの足手まといでしょ。 誰だって切羽詰まったら、自分の子でもない子を本気で守るわけないよ。」

というけれど、自分の子だって場合によっては足手まといだし、切羽詰まったら本気で守れないのが人間だよ。

自分の子自分遺伝子を残すにあたって有利な個体)は大事にするけど、そうでない場合、状況は変わってくる。

会社のそばに保育園があってよく保育士さんが園児散歩させているが、

1人だけ「ええ~〇〇くぅ~ん、そんなことしちゃだめですぅぅぅ。」とか

「はぁぁぁい、まっすぐならんでぇぇぇぇ。」

って典型的幼児に話しかけるときだけの変なイントネーション?節?のような話し方の人がいるのよ。

あれは一部の母親自分の子供にだけ話すとき採用するものだと思っていたのですが他所のお子さんにもやる人いるんですね。



他の保育士さんはゆっくり落ち着いた優しい声で、やらかした子にも諭すように話していたのでその保育園方針ではないようです。



オフィス街なのでその保育士さんが来るとマニア紳士が居心地悪そうにしています

子ども社会で育てる」って実はヤバイんじゃない?

だって社会弱肉強食もの

よその乳幼児なんて、口もきけない弱っちいただの足手まといでしょ。

だって切羽詰まったら、自分の子でもない子を本気で守るわけないよ。

姫路の劣悪こども園では銭ゲバ園長保育士の誰も逆らえなかったじゃん。

犠牲になったのは70人の乳幼児

昔はやたらと「母親密室育児虐待を招く!!」とか言われてたけど、社会が育てても虐待があるんだね。

それも大規模な虐待

http://anond.hatelabo.jp/20170324002250

分割DLになるので、あの子の心はバラバラの移り気だな

2017-03-23

発達障害で変わり者だからいじめられても仕方ない

なんでそれを親であるあんたが言うんだよ。

小学校の頃、一人から通りすがり死ねって言われたり唾を吐かれてた。

教師もみんな知ってて、クラスが被らないように先生はしてくれてた。

でも親は何もしなかった。それどころがいじめをした親に丸めまれてて、先生にいいつけた貴方が悪いって言われた。

卒業まで同一人物からいじめは続き、卒業まで唾を飛ばされ続けた。

たぶん親がモンスターペアレントだったんだろう。あの子視力が低いんですと全く関係のないところで彼が悪くないと言ったらしいが、母はそれで黙ってしまった。

先生に言うことを提案した父も悪いと母が言った。思えばこの家はこの時点で既にバラバラだったんだろう。

思い出す青い頃

http://anond.hatelabo.jp/20170322214555

これ読むと思い出すなー。

昔仲良くしてた女の子で、やたらとドタキャンの多い子がいたんだよね。

俺もそれほど鈍感な方じゃないから、最初はこりゃ脈無しかなと、思うんだけど少しすると向こうから遊びに行こうとか連絡が来るんだよ。

ぶっていっても、全額こっちが負担してもいないし、車も持ってない頃だから便利に利用されてた訳でもないと思うんだよね。

はいえ、何度か遊んでても関係性に発展もないし、3回に1回はドタキャンになるし。

単純に体調悪くなりがちな子なんだろうね。

でも、楽しみにしてるこっちからしたら、地味にしんどいんだよね。

しかしたら、あの子、そんなに乗り気じゃないんじゃないかな?とか、ホントは遊びたくないけど断り難くて遊んでくれてるだけなんじゃないかな?とか考えちゃう

で、すこし疎遠になって、違う子と付き合うようになったら、物凄い勢いで罵倒されたんだよね。

俺がとしては、えーーって感じだたんだけど、あの子としてはそれなりに良い仲に進展してると思ってたらしく。

っていっても手も繋いでないだけど。

まあ、なんか、よくわからんよね。人間

涙もろくなった

子供を産んでから異常に涙もろくなった

私には全く関係のない子どもがひどい目に遭っても

前はあーかわいそーだなーと思うくらいだったのが

今はどんなに辛かったろうと考えると涙が止まらなくなる

子どもを失った親の話など見聞きすれば涙が溢れ出てくる

震災ドキュメンタリー

津波に流された子どもを何日も探して

ようやく見つけた冷たく固くなった子どもを抱きかかえて運ぶ

そんな親の気持ちを考えると堪らない

この世は地獄

子どもの所に行きたいけど自分で死んだら子どもの所には行けない

子どものいないこの世を生きていかなければいけない

地獄

昨日まで温かくて柔らかくてあんなに可愛かったのに

そんな思いをしてる人が何万人もいるなんて

この世は地獄

明日何があるかわからない

今は目の前で可愛く笑っているこの子明日は冷たくなっているかもしれない

私もこれから出かけた先で事故にでも遭うかもしれない

どうしてみんな平気な顔で生きているんだろう

こんな世の中に産み落としてしまって

の子申し訳ないとたまに思う

私は可愛い子どもに会えて幸せだけど

の子はどう思うんだろう

1人でも多くの多くの子どもたちが幸せに生きていきますように

の子幸せに生きていけますように

泣きながらそんなことを考えている私は少し病んでいるのかもなぁ

ダウン症が嫌い

タイトルの通りです。嫌いなのです。

小学校1年の時から登下校でダウン症の男に待ち伏せされていました。

それは結局4年生になるまで続いたのですが、親から障害を持っている人を差別してはいけない、困っていたら助けてあげなさいと言われて育てられてきた私は彼がいきなり手を握って来ようとも、私の手のひらにキスをしてこようとも、名前を聞かれても、追いかけられても、それがどんなに気持ち悪くても嫌だとは言えませんでした。

それに自我の薄い人に嫌だと拒んだら何をされるか分からない恐怖もありました。

ダウン症の男にかまわれている事実も恥ずかしいし情けないしで誰にも言えませんでした。

結局通学路が同じで、毎朝母親と一緒に登校している友達とその母親が私とその男の様子を発見し、学校警備員(私の母校ではグリーンさんと呼ばれている)に伝えてくれました。

4年生になって最近あの男の姿を見ないな、と思った頃、同じクラブ活動をしていた後輩の1年生の女の子が「最近気持ち悪いおじさんがついてくる」と言うのです。

聞けば私が被害に遭ったアイツと特徴が全く一緒。

ゾッとしました。

その女の子可哀想に無理やりおでこキスされたそうです。

どんなに怖かっただろう。

しかロリコンなのか?こいつは。

本当に許せない気持ちでした。

その頃から私はダウン症が憎い。怖いし、大嫌いです。

あの、本能だけで行動する様や我慢出来ないところが恐ろしい。

嘘だと思うかもしれませんが、中学にあがると今度は別のダウン症の男に待ち伏せされるようになりました。

学校の通学路に必ずダウン症の男がいるんじゃないかとすら思います

新たなダウン症そいつ名前を名乗り握手を求めてきました。

手にキスをされたトラウマがあったのでもちろん無視、目を合わせず早足で通り過ぎようとすると、彼は後ろで「なんで無視すんだよ!!」と大声を出しました。

一気に心臓バクバクして走って家に帰りました。

それ以来友達がわざわざ遠回りしてうちまで送ってくれるようになりました。

まさか小学1年から中学卒業までダウン症へのトラウマを募らせることになるとは思いませんでした。

まだまだ、ボランティア障害者学校運動会の手伝いに行かされ、そこで車イスのおじさんに胸をつかまれたり、ダウン症女の子に首を絞められたり、男に手を舐められたり最悪な目にあったりなど、挙げればキリがないです。

ダウン症が嫌い。

と言うと差別だとか偏見だって言われるでしょう。

だって何もされたことがなければ彼らに対して嫌なイメージはなかったです。

それでも今までのトラウマが忘れられない。

街でダウン症とすれ違う度に襲いかかってくるのではないかとビクビクしてしまうし、保護者と一緒に歩いていないダウン症には、何故野放しにされているのかと怒りすら感じます

どんなに冷たい人間だと言われても、私に子供が産まれたら、怪しい人に声をかけられたらそれが障害者であっても、困っている様子だとしても1人で相手をしてはいけないと教えたい。

自分の子供にはあんな思いをして欲しくないのです。

子供貧困って自己責任じゃね?

そいつが、その家を選んで生まれてきたんだろ?自己責任じゃん。助ける必要なくね?

さっさと施設でも何でも行って親との縁を切ればよくね?なんでやんないの?自己責任じゃね?

犯罪やって金稼いでる小学生なんて腐るほどいるじゃん?貧困家庭の子供もやればよくね?自己責任じゃね?

さっさとぐれて犯罪で金稼げばよくね?自己責任じゃね?

プラネタリウムで見たアニメ

から20年くらい前、俺が小学生ときに、学校オリエンテーション地元少年自然の家に行った。森が鬱蒼としている中を進んで、夜になったらさぞかし怖えーだろーなあと思いながら自然の家に着いた。

そこで何をしたのか細かく覚えてないんだけど、プラネタリウムがあったってのはよく覚えてる。プラネタリウム映像が始まったんだけど、ぼんやりしててよく見えなくてあれ?と思ってたら、街の光や排気ガスを消してみましょうというナレーションとともに星空がパーッと広がっておおおおってなったのは印象的だった。

ひとしきり星空の映像が終わったんだけど、そのあとなぜかプラネタリウムアニメを流すと言われた。どういうアニメか何も知らないし、プラネタリウムで見るなんて斬新で乙だなと楽しみにしていたんだけど、これが恐怖の幕開けだった。

タイトルがたしか『○○と不思議なドア』だったと思う。○○のところに、そのアニメに出てくるクマの子供の名前が入るんだが、思い出せない。

アニメが始まって、そのクマの子供が出てくるんだけど、普通にアンパンマンとかしまじろうに出てくるような二足歩行で人の言葉しゃべってるクマね。たしかそのクマの子が森の中を歩いていたんだ。そしたら、建物もないのに木のドアだけがつんと森の中に立っている。なんかそのドアの模様というかデザインというかたたずまいがものすごく不気味で嫌な感じだったんだよね。そしたらドアがひとりで開いて、クマの子はその中に吸い込まれていった。

クマの子が気がつくと、人間男の子がいて、たしかクマの子が倒れていたので運んできたんだったかな。クマの子は異世界に来てしまったらしい。クマの子不思議なドアに吸い込まれたのは覚えているのだが、そのドアが消えてしまっていてどこにあるかわからない。だがどういう流れかは忘れたが、人間の子のお父さんが、ここから行ったところに谷があって、そこに雷が落ちるとドアが現れてもとの世界に戻れるというので、行くことになった。

人間の親子と、クマの子でその谷底を目指す。その谷もなんだか妖気がもあもあうねうねしてて雰囲気がとにかく怖くて、地獄のような様相だったんだよね。そして谷底に着くと、なんだか得体の知れない怪物が出てきて、お父さんが持っていたライフルそいつをやっつけた。しかしたしかライフルの弾が雷を呼ぶのに必要だったんだけど、もう弾は使い切ってしまった。どうしようとクマの子が泣いていると、お父さんが、ライフルを縦に立てて、避雷針のようにそこに雷を落とすことにした。そしたらうまくいって、無事ドアが現れ、クマの子は元の世界に戻っていった、という話。

文字だけじゃ怖さが伝わらないんだけど、キャラとかは普通の造形なのに、とにかく全編に漂う雰囲気がめちゃくちゃ怖くて、一緒に見ていた友達感想が「やべえ今日眠れない」だった。そこの施設で一泊したんだけど、恐ろしいアニメ補正のせいなのか監獄で寝ていたような気がしてならない。

あのアニメがどういう教訓があったのかさっぱりわからないし、ネットで調べてもなんも情報が出てこないし、なんだか不思議体験だったな。

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