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2016-05-25

ピンサロアジア

ユーロビートに合わせてミラーボールが踊る。

1984年ディスコタイムスリップする。

胸の高さまでしかない壁で仕切られた1畳半の空間。ここでは踊れない。

「9番さん、十分前です」競り師のような言い回しが耳に入る。

箱に詰められたマグロが並ぶ魚市場にいる。視界に映るのは壁に囲まれ天井だけで、ふと自分マグロなのだと気づく。

「初めまして。」化繊のブラウスとチェックのスカートを履いた女の子が立っている。

僕はピンサロにいる。

ソープランドに一度だけ行ったことがある。待合室で肩をすぼめた年配者に囲まれていると病院にいるような心持がした。それに比べてピンサロに来る人は様々だ。いかつい革ジャンに片耳ピアスのお兄さん。隙のない髪形をしたサラリーマン。もちろん影の薄いおじさんも。彼らが隣の箱の中で下半身だけ服を脱いで体育座りをしていると思うと、そしてドアを一枚隔てれば代わり映えの無い日常が続いていると思うと、愉快な気持ちになる。

初めてピンサロに行ったとき、僕は18だった。俯きながら初めて来たことを伝えると、じゃあまずキスしてみよっか、と2つ年上の女の子は応じた。まだ靴紐を上手く結べなかった6つの僕の代わりに結んでくれた6つ年上の女の子を思い浮かべながらキスをした。

吉祥寺ピンサロで会った女の子キスがとても上手だった。ベルトを緩めることなく30分が過ぎ去った。また会いたいと囁いても応えは無かったが、最後に手渡してくれた営業用の名刺には彼女アドレスが記されていた。

ちょうど1週間後の新宿駅東口で彼女と再会した。ルックスはただ凡庸でどこか垢抜けなかった。それでも気合の入ったメイクと一番のお気に入りだろう花柄ワンピースに身を包んだ彼女はとても綺麗だった。

駅に近くて夜景の見れる、そして料理は酷い、個室居酒屋食事をした。

彼女栃木から出てきた、都内女子大の2年生だった。慶応とのインカレサークル所属していて、慶応生の彼氏がいた。家族仲も良く友達が少ないわけでもない普通すぎる女の子、この子があのミラーボールの下で男のペニスを咥えていること、それが僕には信じられなかった。

自己紹介代わりのありきたりな会話が終わって数秒の沈黙が生まれた。

大学ではみんなお互いを値踏みし合っていて、あそこで本当の友達を作ることなんてできないの。彼女は言った。お店で働く女の子の方が私は好き。

僕は何を言ったらいいかからなくて、絹豆腐を掬うときのように、多分そんなふうにして言葉を返した。

あなた面白い話をしてくれるわけではないけれど優しい目で聞いてくれるから好きよ。彼女はそんなことを言ってくれた。それからキスをした。横目で新宿夜景を見ながら、ここには何でもあるけど何もないのだなと思った。

それから歌舞伎町レンタルルームセックスをして、そして別れた。

長期休みにはアジアに行った。パスポート航空券お金と数日分の服と石鹸、それと地球の歩き方だけバックパックに詰めて。いつも入国したその日に3ドル以下でサンダルを買い求めた。

初めの頃はむこうで何を見るか前もって決めていた。そして地球の歩き方のページの角を折った。

ガイドブックに載っている名所を見て、食べ物を食べた。それがオリエンテーリングしかないと気づいてから日本を離れるまではガイドブックを開かないようにした。道に迷ったら拙い英語で尋ねて、宿で会う日本人に勧められた場所を訪ねた。

どこに行っても異邦人であるということが楽しかった。誰も自分を助けてくれない場所で、自分直感だけで行き先を決めること。自由だと思った。その全能感も回数を経るうちに、旅行者に与えられた選択肢の中から選び取っているだけだとわかり、失われた。

まり、僕の財布の中では福沢さんが微笑んでいて、何でも買うことができた。ただし、コンビニしか買い物をしていなかった、ということだ。

それでもアジアに行き続けた。

コルカタで、俺の車に乗れと馴れ馴れしく触ってくるタクシー運転手の汗ばんだ手。

雨に降られて入ったルアンパバーンカフェで、まとわりつく湿った服と少し粉っぽいコーヒー

ホーチミン信号の無い横断歩道で、自分の周りを通り過ぎていく原付騒音と顔にかかる排気ガス

ただ、それだけのために。

上手く人と関われない僕はピンサロアジアが好きだった。

そこでしか得られなかった何かがあった。

肌に触れる感覚があった。

子供の頃の俺の家は一夫多妻みたいな状態だった

うちの家系で俺の父だけが唯一経済的一定成功を収めていたということを最近知った

そして俺の親類縁者の多くが、俺が生まれてすぐくらいの時期に大きな借金を背負っていたようだった

そのため、父は路頭に迷いそうになっていた親類縁者の世話をそれなりにしていたらしい

の子時代母親記憶が非常に曖昧なのもそれが原因だと知った

俺の母親は父と共に今も健在なのだが、俺自身の「母親」の記憶に実母の印象はあまりない

何故ならば、当時の俺の家には母と同年代女性が何人も住んだり出入りしたりしており、全員が何らかの形で俺の母親の役を演じていたからだ

母の姉妹、父の妹(要するに俺の叔母)、父の従姉妹と、時期や期間にばらつきはあるが、俺が「母親」と認識していた女性は(実母も含めて)5人か6人いたと思う

幼稚園卒園式、小学校入学式、毎年行われる運動会授業参観小学校卒業式中学校入学式あたりまでは常に前述の女性陣の誰か一人か二人が出席していた記憶がある

あるとき親しい友人にそれを話したら「まるで現代一夫多妻制だな」と呟いてなるほどと感じた

もっとも、父と母以外の女性達の間には特にこれといったものはなかった

実際のところ俺が十歳になるまで父と母と俺は同じ部屋で川の字になって寝ていた

居候していた女性も一人は最初から既婚者で、残りは俺の家から離れた直後に結婚していた(むしろ結婚が決まるまでの間だけ俺の家に住んでいた、というべきか)

特にそれ以上のドラマオチがあるわけではない

何となく今思い出したのでここに書いてみた

教えてくれよー

そろそろ子供を産まなきゃならない年齢なんだけど、考えただけで憂鬱

世間妊婦に冷たいし、ネットにはひどい言葉が並んでる。

社会人であっても、専業主婦であっても、周りにひどい中傷をされる。

電車に乗ると邪魔者扱いだし、体調崩したら迷惑扱い。

気持ちいいことして孕んだんだから満員電車で座れないくらい我慢しろ」とか書いてる人もいて、絶句する。

経験談も、「産んだらバラ色と思ってたけど、子供が2歳になるまでは睡眠もろくに取れなくてボロボロ」とかばっかだし。

なんで産んだらバラ色だと思えるのか一切わかんないけど。

妊婦の時点でこんななのに、産んだ後も保活だの産後うつだのマタニティクライシスだの、楽しい要素はない。

本気でメリットが一個もないじゃん。

私は両親共すでに他界して、助けてくれる人もいないし。

あーあ、妊娠出産子育てもしたくなさすぎる。

でもしないならしないで、みんなが攻撃してくるんでしょ?

なんなんだろうね。

誰か出産関連の楽しい話を教えて。なんかあるの?

出産メリット母性が…とか、子供は可愛くて…とか、そういう曖昧な話しかいたことない気がする。

しかもそういうのも「子供を産んだら可愛いと思えず、夜泣きがひどくて鬱に」みたいな体験談が山ほど出てくるから一概に信じられないしね。

案ずるより産むが易しとか言うけど、産んだ結果苦しんでる人ばかりに見えるんだよなー。

やっぱり産まない方がいいのかな?

不妊でしたって言い張れば、産まない!って宣言するよりは攻撃されないと思うし。

でも、産まないと後悔するよ!とか、上の世代めっちゃ言ってくるやん?

それに愛する人の子供を産みたいとは思わなくもないから余計辛い。

あーあ、なんで出産ってこんな辛い感じなんだろう。これ、日本だけかな?ハワイで産んだ友人はめちゃめちゃ楽しそうなんだよなー

2016-05-24

天賦の才としての高学歴

京大を出て専業主婦とかもったいない

このブログが、人気だ。

「「京大出て専業主婦なんてもったいない」と言う人は、じゃあわたしが何をすれば許してくれるのか」

http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352

京大を出たが、就職したり、研究者になったりせず、専業主婦になったことに対して、他の人からその行為を「もったいない」と言われたという話だ。

東大卒のおばさんの話も基本的にそれを肯定的に捉えている。

東大文学部卒おばさんが、何がもったいないのか解説するよ」

http://anond.hatelabo.jp/20160524012315

一方で、高等教育コストが掛かるんだよという意見をいう人も居る。

「まじで教育はタダだとでも思ってんの?教育投資だろ。 」

http://anond.hatelabo.jp/20160524045830

天賦の才としての高学歴

このエントリーあんまり出なかった視点の話をする。

それは、「天賦の才能は神から与えられたもので、返す必要がある」という指摘だ。

これはもしかしたら、上のブログもったいないと言ったという話に繋がるかもしれない。

東大京大に入る程の頭脳は神から与えられた天賦の才能だ。天賦の才能を持つ人は社会にその才能を還元する義務があるのではないかと考えている。例えば、プロスポーツ選手は単に試合をするだけではなく子供スポーツを教えたりする。それは単に人気取りの為だけではなく、彼らが与えられた天賦の運動能力社会還元させるという目的もある。

ハテブの中にノブレス・オブリージュの話が出ていたが、優れた能力を持つものは、より多く社会に貢献すべしという主張に通じるのかも知れない。

京大を出て専業主婦をする人のエントリーに関して感じる違和感は、「天賦の才能」に対する意識の欠如だ。彼女頭脳彼女努力の賜物ではあるが同時に、神から与えられたものでもある。その意識が低いように感じる。

研究者になったり企業人にならず、専業主婦を選ぶことも立派な人生だ。それでも、自分が「天賦の才能」を与えられていることを時々は思い出して、例えば自分の子供だけでなく、貧困層の家庭の子供に勉強を教えるとか、恵まれない人にも何かを教えるとか、与えられた才能を活かす方法を考えてみてほしいな。

ちなみに私は、ソフト開発に天賦の才があったようで、良いソフトウェアが書ける。

から私は仕事としてのソフトウェア開発だけじゃなくて、休日githubソースコードを上げたり、qiitaコードを書いて検証した結果を上げたりしている。

自分に優れた能力があると思っているのなら、その能力自分一人に独占するんじゃなくて、他人社会還元する方法を考えてみてはどうだろう。

小学生くらいの子供がいる友だちと話してて、何かの用事自分も嫁も家を留守にする必要があって、子供ひとり残していくと気が気でないらしい。

自分母子家庭で、カーチャン夜勤のある仕事だったから、晩ごはんレンジであっためて、自分で布団敷いて寝てたと言うとすげー驚かれる。

[]テッド・チャンあなたの人生の物語」その2

あなたの人生の物語

満を持しての表題作

異星人とコミュニケーションするために言語学者の女性がいろんなアプローチを試みる中で、ところどころに女性の娘へ話しかけるような描写が入る

一見何の関係もないように見えるのに、最後最後でその構成意味がわかったときめっちゃ感動して鳥肌たった

SFお話としてのオチがすごく綺麗につながってて、しかもそれが読みやすさにも寄与する構成になっているという、何重にも考え尽くされた構成

脱帽どころか頭蓋骨外して脳みそ取り出すレベルで恐れいった

どーゆーことかっつーと、娘へ語りかける描写言語解析アプローチフェーズ→の繰り返しなんだけど、言語解析のところはぶっちゃけ読んでて結構きついのよ

からないわけじゃないけど(ここもテッド・チャンのすごいところ。自己満じゃなくて、読者にわかレベルで丁寧に書いてくれる。この話にかぎらず)、

細かすぎて疲れるっつーか、ずっとこの調子で書かれるとちょっとうんざりするなあという感じ

それが娘への語りかけ(これも平易だけど細かいディテールに凝った、感情移入やす描写)がはさまることで、かなり緩和されてるのよ

そんでその構成も、ただの読みやすさのためだけじゃなくて、ちゃんと意味があるの

それが最後最後で明らかになるのよ

もうファーーーーーーーwwwwwwww

ッて感じとうっわまじかよ・・・って感じで思わず本を置いてしまった

SF作家じゃなくて言語学者が書いたのかとばかりに凝りに凝ったディテールの、異星人の言語解析描写は、ほんとやばい

子育てエッセイかな?というくらいの子育てフェーズやばい

全部やばい

いまんとこ面白さは、

あなたの人生の物語>=理解バビロンの塔>ゼロで割る

かな

マジすげえ

もっと早く読んどくんだった

星を継ぐものとか夏への扉なんかより、こっちを先に読むべきんだった

お話としての面白さ・エンタメ性がないとSF小説」と名乗る資格はないと思ってる自分が、まさに求めているものだった

自分が求めていたものテッド・チャンだったんだ

モンスター親の正体は過保護親では無く、放置

わりと勘違いしている人が多いが、モンスターペアレンツほとんどが放置親。

夫婦共働きで朝から晩まで子どもを完全放置している。

毎日のように遅刻する子供理由を聞くと親が朝起こさないから起きれない、怒られないから夜も寝ずに遊ぶ。

そんな感じの返答だ。



親に電話すれば仕事で出ない。

三者面談を行えば来ない、やっと連絡が繋がれば仕事が忙しいか子供には構えない、担任が起こしに来い。

私たちの代わりに放課後の子供の面倒も見ろ。



あんたら何で子ども作ったんだよ。

そんな親ばかり。

http://anond.hatelabo.jp/20160524144710

遺伝子を受け継ぐこと」が目的じゃなくて、

大量の子孫を多様性の中で残すことで天才ガチャ人類というガシャポンの中でやってるんだよ。

子孫を残すことが成功じゃなくて天才になるか天才を生み出すかが成功

天才でもなく、天才を助けるでもなく、天才を育てもしないお前は、

ガチャってるホモサピエンスという総意からしたら余剰プール付属品しかない。

他の種族もそうやって環境適応した個体を生み出すためにガチャってるんであって

個体が子孫を残すこと自体生存競争に勝ってるわけでもなんでもない。

天才という結果を生み出せるなら他のガチャ素材が居ればいいだけ。

そして天才から天才が生まれるという因果関係も勿論ないので、

使い捨て電池のように利用した後は、次のガチャを回す。

子孫を残さな個体に対してそこまでセンチメンタルになれるお前はとても主観的

嵐のノリが古い

25歳、嵐のファンです。

応援して11年になりますファンクラブも入っているし、番組は全部録画して繰り返しみているし、コンサートイベント時間お金がゆるすかぎり全力で注いでます。めちゃくちゃファンです。

でも、ひとつ、彼らにウーンとおもうところがあります。端的にいうと「ノリがふるい」。

最近Hey!say!JUMPの子たちと嵐が共演することも少なくなくなってきました。わたしじゃんぷもすきなので(ツアーには毎回いってる程度)2組が共演してくれてうれしいです。嵐はじゃんぷ伊野尾くんをよくいじります伊野尾くんは失礼だったり上から目線だったり毒舌だったりで、オイオイおまえwみたいなかんじでウケていますが、嵐の番組でも同様です。傍若無人な態度をおもしろがりかわいがっているようにおもいます

あるときふと、嵐みたいな先輩がいたらキツいな…とおもうようになりました。

いじる=かわいがってる=愛情表現、たぶん嵐はそうやって先輩にかわいがってもらってたんだとおもいます。でも嵐の世代が受けたノリはもう通用しないよなーって思っちゃったのです。

仲が良い先輩(よく飲みにつれてってくれるような、2人だけでも大丈夫な)にいじられるのはアリだけど、ふつう距離感の先輩(部署がおなじだけ、飲み会ではふつうにしゃべるけど)がたのしげにじぶんのパーソナリティのこと笑い話にしてきたら、ふつうにハァ!?ってなります。引いちゃう

めんどくさい先輩、無駄絡みしてくる先輩、けっこう苦手…みたいに受け取るとおもいます

あんまり世代でくくるべきはないかもしれないけど、わたしじゃんぷ世代なので、なんか自分に重ねてしまって、嵐くらいの年次の先輩ってけっこうやっかいど真ん中だなっておもったし、その像がまんま嵐の振る舞いとかぶってたのでうわ…ってなりました。

嵐はわたしの先輩ではないし、これからもだいすきです。

あとじゃんぷとはテレビとかの公の場だからそういう絡みになっちゃってるだけ、って可能ももちろんわかってます。(嵐のことなので、普段からこのノリで絡んでるような気もするけど)後輩から嫌われないことが大事じゃないし、もしウザがられててもじゃんぷはそんなこと態度にしないとおもうし、ほんとはプライベートも面倒みるくらいの仲良しなのかもしれないし、べつになんでもいいんだけど。しみついた世代のノリは一生拭えないもんだとおもうし、嵐がせめて古いことを自覚してたらいいなとおもったのでした。

オジさんを蹂躙して幸せになる若い女達

40、50代になっても出会い系を使えばいくらでも若い女性達と遊ぶ事が出来る。

もちろん合う度に3万円、5万円、18歳くらいの子であれば10万円近い金銭が1回で飛んで行く。

しかし、お金には余裕が有るのだ。

月に2.3回なら水商売の店に行くよりはお金が掛からない。


ただしそんな女性達と本当に交際する事、結婚する事は出来ない。

彼女達は知り合って半年、1年もすれば連絡が取れなくなる。

最初の頃、一度、フェイスブック確認してみたら結婚していた。



自分と付き合っている、いつか結婚してくれると思っていた彼女がだ。

それから何度若い女性交際しても遊ぶ事は出来るが、彼女達の結婚相手にはなれない。

彼女達は結婚する相手別に居て、我々はお金を援助してくれる財布彼氏にすぎないのだ。

いや彼氏ですら無いのかも知れない。



若い女達はオジさんを蹂躙して幸せになって行く。

今日もどこかで幸せそうにウエディングベルをならしながら、オジさんを蹂躙した女性幸せになっていく。

フェミキチは自己中なゴミクズ

だとよくわかるコメ欄

小町、がるちゃん、2chの連中と大差ない

 

女、という性質のもの自己中なんだろう

こいつらの子供かその下ぐらいで女の人権制限されていくだろう

人権剥奪までいくかもね

 

権利ばかりで義務責任を負うつもりがない

貢献するつもりもない

 

年取ってシワが出ても脳は餓鬼のまま

 

醜い生き物だ

 

フェミって自分感情に都合のいい屁理屈だけを集めてわめいてる

キチガイ集団だとよくわかる

 

早く滅んでください

 



http://anond.hatelabo.jp/20160524045830

道路族と対決

愚痴です。ごめんなさい。

ウチの家は新興住宅地一角にあり、周囲のほとんどが子育て世代の若夫婦です。そして何故か子だくさんばかり。少子化なんて嘘のようです。ウチは子供がいない世帯袋小路私道なので車が通らず、近所は文字通り道路族のパラダイスです。

平日、休日わず午後になると家の周り(構造説明するのが難しいのですが、四角い家の二面が道に接しており、また脇に仕切りの無いカーポートもあって、そこも道に接しています)で大騒ぎされて参っていました。

こんな状態がもう十年以上ずっと、子供世代が次々入れ替わり連続的に続いていました。それでも「子供のやることだから」「そのうち大きくなるし」と余りにも酷い一、二例を別にすれば、何も言わずじっと耐えてきました。

ですがそんな状況が更に悪化し始めたのは数ヶ月前。カーポートを挟んだ隣の家の兄弟が大きくなってきて、サッカーボールで遊び始めたことからです。以前からガラガラうるさい足漕ぎ車で騒音に悩まさせられて来た子たちでしたが……。

どこかから連れてきた友達と四、五人程度で道路フットサルのようなことをし始めました。見るとそれに時々母親父親友達の親らしき大人などが混ざっている事も。

当然エキサイトしてくると周囲が見えなくなり混戦状況に。そうなってくるとボールがどこに飛ぶのかも分かりません。子供とは言え興奮してくればボールの蹴り方もキツい。

そして恐れていた事態、ウチの壁にそのボールが当たるようになってきたのでした。しかも頻繁に。コツン、ポツンと当たる事はもちろん、次第に家全体を揺るがすようなドスーンという重い音がするように。見ればキーパーの子が、ウチの壁の前に陣取っています。それでも謝りにくるどころか、笑って試合続行。

さすがにこれはマズイだろうと、出ていって子供に「壁には当てないでね」と注意。その時は変な顔をしてそのまま引き下がったけれど、数日後には普通に試合再開。またある日には母親も混ざって遊んでいたので、親にも「敷地ボールが来ないようにしてください」とやんわり抗議。奥さんは曖昧な笑みを浮かべて頷きましたが、数日後にはやっぱりまた試合再開。

凄く憂鬱になったけれど「一度言ったことだから」と様子を見ることに。ですが、残念ながらそういう連中が反省して事態自然に良くなることは無いですね。そのまま数ヶ月がたってゆきました。

一体どうしたものかと考え、とりあえず敵を知るには……と二階から観察開始。そこは寝室で、普段カーテンを閉めっぱなしの部屋でしたが、開けて見たら思った以上に見晴らしが良い。通りの全てが見えます

見ていたらエキサイトしてボールが“事故的に当たってしまう”ばかりか、ペナルティキックのように、止めたボールをわざわざゴールでも狙うかのようにウチへめがけて蹴っていたり、敷地内に勝手に入ってきたり、車にまでボールを当てている事が分かりショックを受けました。

しか自分の家や車には当たらないような場所を選んで遊んでいるんですね、多分。呆れました。加えて、家と家の仕切りの鉄製フェンスに登ってジャングルジムごっこをしている事まで発覚。一応分譲なので、こういう事はやめて欲しい……。

これは何とかしないといけないと思い、昨日その様子をスマホ動画撮影子供だけしかいませんでしたが、そしたらまあ、たった十数分の間に、ウチの壁や車にボールが当たる当たる。敷地子供入る入る。軽微なものも含めれば家や車、各五回以上当たってるようでした。注意したのに気にしてる気配なんて微塵もありません。

そして遂に子供フルスイングボールを蹴って、ウチの壁に「ドーン」と重い音を轟かせて当たり、しかもそのままバウンドして車に「バコン」という鉄板が響く大きな音を立てて当たる、という決定的瞬間の撮影成功

夜に車を見に行ったら、車にはばっちりサッカーボールの泥汚れ跡がついていました。ヘコんでいるかとか、傷がついてるかとかについてはまだよく見ていません。でも試合は続行。謝るなどという概念のものが無いのでしょう。しばらくしたら、飽きたのか家の中に入ってゆきました。

たった十数分でこれですから、ここ数ヶ月、何度家や車にこんな調子ボールが当たり続けていたのでしょうか。

そして昨夜、事の全てを伝えるために二人で隣家訪問旦那さんが寝間着姿でカッタルそうに玄関先に出て来たのですが、なるべく穏便にととりあえず作り笑顔で軽く話し、スマホ動画を見せるも「アー、ハイハイ、スミマセン、コドモニイットキマスカラ」と気のない適当な返事で追い返されそうになったので、頭に来て遂に強い口調で抗議してしまいました。そして「これで改善されないようなら出るとこ出る」と。

そしたら物凄い勢いで逆ギレ。近所に響き渡るような怒鳴り声で「確かにこの件は100%ウチが悪いですよ、でもサー、動画とか隠れて撮って持ってくるとかサー、出るとこ出るとかサー、近所づきあいとしてどうなんスか、だいたいお互いに%÷×≫#@%#@%#>>$)m」と訳が分からないことを言い始めたので仕方なく応戦。なるべく冷静にならなければ、と私は怒鳴らないように気をつけたつもりでしたが……実際はどうだったか自信がありません……。

一応「もう道路では遊ばせないでくれ」と言って、相手にも承諾させましたが守られるのかどうか。

そして一晩経って今、やりきれない思いをここにしたためています。何故私たちが怒鳴られなければならなかったのだろう、と。

お話ししたように子持ち世帯ばかりの地域なので、ウチのような子無し世帯の肩をもってくれる家は恐らくはおらず、きっと尾ヒレのついた話がまたたく間に広がる事でしょう。もしかしたら昨夜は私の知らないLINEグループなどで盛大に悪口大会でも開かれていたかも知れません(妄想ですが)。

もともと挨拶する程度でしたが、それでも今後近所付き合いは壊滅的でしょう。今朝車を見たら、どこから降ってきたのかトランクの上に噛んだガムが落ちていました。

とりあえず昨夜のやり取りは全てスマホで録音しておきましたが……。これから何があるか、そしてどうするか、と言ったところです。ため息しか出ません……。

Googleで「道路族」と入力すると、サジェストに「道路族 死ね」って出てくるんですね。ひっそりと問題になっているのでしょうか。心中お察し申し上げます

長文お読みいただきありがとうございました。

女のペドフィリア

この前、女友達と飲んでて、その子の甥っ子が小学5年生になったという話をしていた。

で、どっかの小学5年生が同級生同士で妊娠出産した話と絡めて、その女友達が言ったセリフヤバイ感じがした。

「その前、偶然その子オチンチン見たの。すっごい小さいの。こんな小さいので本当に子どもできるのかな。試してみたくなっちゃった



うーん、これって控えめにいってもペドフィリアっぽい発言だよな。だって、男女の立場逆転したら完全アウトだもんな。

そういや、女のペドフィリアってあんまり耳にしないけど、実際のところ何か問題って起きているんだろうか。

2016-05-23

『レヴェナントテーマ解説(1)(イニャリトゥ監督テーマ編)

『レヴェナント』はめちゃくちゃ難解なんですが、ポイントを押さえれば、イニャリトゥ監督過去作品と大してテーマは変わんねぇことが分かります

ポイント1 テーマって何よ?

イニャリトゥ監督デビュー作『アモーレス・ペロスから前作『バードマン』までひたすら「親子」をテーマ映画を撮り続けてきた監督です。なので『レヴェナント』でもテーマは「親子」です(インタビューでもそう言っています)。もうちょい言うと、『レヴェナント』では「親の子に対する愛がいかに深いか」ということを描いてます

ポイント2 何でそうだと分かるの?

主人公グラス(ディカプリオ)の台詞ちょっと考えてみれば分かります

All I had was my boy... but he took him from me.“

「私にとって息子は全てだった。しかフィッツジェラルドは私から息子を奪った。」

“I ain't afraid to die anymore. I've done it already.”

「私はもう死ぬことを怖れていない。私は既に死んでいる。」

これはグラスが救出された後にヘンリーに語った言葉ですが、この2つの台詞から分かることは、①グラスにとって息子ホークは生きる意味のものであったこと、②グラスは物語のどっかで既に死んでいて、それにもかかわらず基地までたどり着いたということです。

ポイント3 え、グラス死んでなくね?

死んでます。具体的にはフィッツジェラルドにより埋葬された後、息子ホークの死亡を確認した時点で力尽きています。通常、熊に襲われて、内蔵が見えてしまっていて、脚は複雑骨折、その上発熱していて、ろくな治療を受けられないまま生き埋めにされたら(さらに生きがいであった息子が殺されたら)、それは死ぬだろ、と思いませんか。

ポイント4 は?じゃあその後立ち上がるのは何よ?

あれは肉体が死亡していながら精神の力(息子を愛する力)だけで動くゾンビみたいなもんです。ジョジョを読んでる人は、ボスにぶっ殺された後のブチャラティみたいなもんだと思ってください。

ポイント5 あまりにもオカルト解釈すぎない?

小難しい話になりますが、イニャリトゥ監督は前作『バードマン』で死と再生の話を描いていて、映画では好んで用いられるモチーフです(『鏡』、『8 1/2』など)。主人公が死んで復活するというのは映画では珍しい話ではありません。

加えて、本作のタイトルが"Revenant"(つまり「死から蘇った者」〔someone who has returned from the dead〕)であることもこの説を補強します。

ポイント6 するとあの超回復力は何?

解釈問題になりますが、海外サイトの中には、グラスは死にそうになるたびに、野生動物に生まれ変わった(死と再生)のだとする説がありました。

最初は熊です。これはグラスが熊の毛皮を着て、熊の爪のネックレスを身につけ、川で魚を手づかみにし(木彫りの熊ですね)、それを生のままかじり付いていた点に表れています

次は狼です。これはインディアンバッファローの肉を求める際、四つん這いに這いつくばって、人にへつらっていたことと、投げられた肉を生のまま貪りついていたこから分かります

その次は馬です。これは文字通り馬の腹から這い出てきたことから分かります

最後になんかの肉食獣です。これは最後の戦いでわざわざ銃を捨てて、斧(牙)とナイフ(爪)で戦っていることから分かります

グラスはこれらの野生動物に生まれ変わる過程回復していったと見ることができます

ポイント7 何でそんなことができんの?

愛です。

ポイント8 まあ愛の力だとして、人間の姿に生まれ変わらなかったのはなぜ?

ここも解釈ですが、息子を失って生きる意味を失った以上、野生動物と同然の存在に成り下がったと見られるのではないでしょうか。

ポイント9 では、場面を移して、ラストバトルで言ってた「復讐神の手にある」って何なの?

グラスが一匹狼のインディアンから教わった言葉です。「神の手」というのが直接的には川下に居たインディアンリーさん)だったため、海外サイトではリーさんは神の復讐の代行者であると言う人が多かったです。「インディアンあんなに近くに居るのに川に流したら殺されるに決まってるだろ」と言う人も居ますが、個人的には死と再生を繰り返したグラスさんの聖人パワーでリーさんを引き寄せたと思っています。つまり愛の力です。

ポイント10 戦いを終えた後、グラスさんがこっちをじーっと見るけどあれは何?

あの表情には元ネタがありますタルコフスキーの『僕の村は戦場だった』のイワン君(12歳)の表情です(https://vimeo.com/153979733ラスト)。どういうときの表情かというと、まずイワン君はソ連少年兵なのですが、ナチスに母と妹を殺されています。そんで夜中に1人でナチス軍に対する戦いをシミュレーションしている最中にあの表情をします。つまり純粋さと愛にあふれた少年の心が、ナチスに対する復讐心で壊れかかっているときの表情です。これをグラスに類推するなら、あの表情は、復讐を終えたことで(生きる意味を再び失ったことで)グラスの精神が壊れかかっている(もしくは壊れてしまった)ことを意味しているのではないでしょうか。

ポイント11 エンドロールがはじまってもグラスの吐息の音が聞こえるんだけど、あれは何?

あの吐息音をめぐって、海外掲示板では「グラスは死んだのか否か」について熱い議論が交わされています。これは監督の前作『バードマン』でもあった論争で、そこでの論争が、主人公は生きているという決着で終わったため、今回もグラスは生きているだろうという説が有力です。ただ、私の考えとしては、グラスは精神力(愛の力)だけで動くゾンビ状態なので、その精神崩壊した以上、グラスは真の意味で死亡したと思っていますジョジョを読んでる人はシルバー・チャリオッツレクイエム出現後のブチャラティを(略

ポイント12 結局『レヴェナント』ってどういう話なの?

愛する息子を殺され、肉体的に死亡した主人公が、愛の力で死と再生を繰り返し、敵に神罰を与えて、やっと死ぬ話です。つまりテーマは親の子に対する深い愛です。

ポイント13 ごちゃごちゃ言ってるけどテーマとかどうでもよくて、ディカプリオにアカデミー賞取らせたかっただけなんじゃないの?

ちょっと違いますが、そういう側面があった可能性が高いです。というのは、イニャリトゥ監督が今回の撮影目標とした映画というのが、①黒澤明デルス・ウザーラ』、②コッポラ地獄の黙示録』、③タルコフスキーアンドレイ・ルブリョフ』、④ヘルツォークフィッツカラルド』、⑤ヘルツォークアギーレ/神の怒り』だからです。映画ファンであればすぐ分かるのですが、これらは映画史上最も撮影が困難だった映画群です。例えば④の『フィッツカラルド』なんかは巨大な蒸気船を滑車を使って実際に山越えさせています。つまり監督映画史に残る過酷映画撮影がやりたかったところに、アカデミー賞がどうしても欲しかったディカプリオと利害が一致した、というのが真相なのではないかと思っています

ポイント14 大体分かったけど、残ってる謎とかあるの?

掘り起こそうと思えばたくさんあります。例えば『レヴェナント』では上記の表情以外にもタルコフスキー作品から引用が多い(「宙に浮く女性」、「貧しい人にご飯を分け与える姿」、「鳥」、「隕石」)のですが、それがただタルコフスキーの真似をしたかっただけなのか、意味があるのかがよく分かりません。それとフィッツジェラルドが神について2回話すシーンがあるのですが、その意味がよく分かりません。

それと、作中何度も繰り返される"As long as you can still grab a breath, you fight."という台詞意味が実はまだよく分かっていません。特にエンドロールが始まってからも聞こえる吐息音を考え合わせると、グラスが生きている説も導き出せるため、重要な要素である可能性があります。何か思いついたり新情報が出たらこっそりこの記事を訂正するかもしれません。





「『レヴェナントテーマ解説(2)(ディカプリオのテーマ編)」(http://anond.hatelabo.jp/20160524110234)に続く

http://anond.hatelabo.jp/20160523215033

知識がほしいなら専門学校か独学で案外なんとかなる。

学問を修めたいなら修士以上いかないとだめ。

もしも資格をとるという明確な目的があったんならこの増田のように悩むことはないだろう。



学士課程に籍を置くそ目的は結局、

高度で豊かな環境でのびのびと自分のやりたいことやって、視野を広げることなんじゃないかと思う

それ以上もそれ以下もない。

金持ちの子どもってなんか立ち振舞いが庶民と違ったりするじゃん?

そういう次元でなーんとなく大学に進学しなかった奴や自分より偏差値低かった奴らとの違いを身につけられればOKなんじゃね。

中学時代勉強できるヲタピザデブ男子の話

中学時代、ある程度仲が良かった男子がいて、見た目も地味でそもそも肥満だったり、ルックス的には全然まれていない人なんだけど、とにかく勉強ができた。

で、勉強ができる子らしく立派にオタクだった。カードゲームとかオンラインゲームとかも中毒レベルでハマっていた。あと(ラノベではない)小説が好きで、中学生なのに作家の(大人だらけの)ファンミーティングなんかにも顔を出す社交的な人だった。

でも、外見は完全にオシャレでもない単なる肥満児で、恋愛とかモテとは無関係に思えた。


ところが、その男子が中学2年のある日、これまた勉強のできるクラスでも指折りのメガネ美人(と評価されていた)の子と付き合い始めた。正直、ショックだった。いつもありえないほど原色スウェットに太ももがピチピチのチノパンを履いてるようなヲタ丸出しの子だったのに、突然異次元別世界の人になったかのようだった。いや、あいかわらず外見はピザデプのヲタであることには変わりなかったのだが。


自分がその交際からかったことからその男子との関係は悪くなり、私達の縁はほぼ切れてしまった。その後も同じ高校に進学したものの、その男子は青白い顔をした文化系ヲタ丸出しだったにも関わらず、なんとラグビー部に入部。部活漬けの青春を送った後、現役で首都圏の名門私大に進学した(もちろんスポーツ推薦ではなく実力)。



大学進学の際、私は地元に残った。それ以来、あの男子とはまったく接点がなくなっていたのだが、先日、ふとFacebookで彼の名前検索してみたところ、たいぶ体型はスリムになったものの、オタクっぽいメガネをかけ、センスの欠片もないファッションに身を包んだ彼が小さな子どもと写っている写真を目にした。



あの男子は既に結婚していた。彼が好きだった小説家がよく本を出版していた大手出版社に勤めていた。相手女性は(オタク系の専門校卒ではあったが)美人知的そうな顔をした女性で、彼女との間に子どもすらもうけていたのだ。典型的幸せな家庭を築いているように見えた。



別に私があの男子に恋していたわけではない。どちらかといえば軽いイジメ対象にしていたような気さえする。正直言って、彼のルックスは(現在写真に写っている姿もふくめ)底辺クラスといっていいし、とてもではないけど恋愛対象にはならない。

けれど、彼のような全く恋愛と縁がなさそうな男子でも、できる人は思春期になり初めの頃から恋愛を楽しめているわけで、逆に私の周囲にいる(外見も中身も悪く無い)草食系男子学生時代からろくに恋愛には恵まれていない。

そう思うと世の中の人が言うような、恋愛に縁がない男性は「努力が足りない」とか「勇気がない」というより、どうも生まれついての何かが違うのではないかと思えなくもない。



あのビザデブ男子は少なくとも外見では(現在にいたるまで)モテのための努力ほとんどしていないことは明らか。たしかに痩せた努力は認めるけど、清潔感もろくにないルックスは相変わらず。でも、彼は恋愛相手に恵まれているし、私の周りのわりと雰囲気イケメンな男たちはなかなか相手に恵まれない。


この差はなんなんだろうね。婚活もふくめ世の中の人が色んな「モテるための努力」に勤しんでいて、私もその一人ではあるのだけど、正直本当に人として魅力的でありさえすれば、もしかしたらモテるための努力なんて必要ないのかもしれない。

結局、私たちはそもそも人として大して魅力的でもないので、せめて外見やモテるワザをつかって相手の気を引くしかなかった、というのが現実なのかもね。

ヤれヤれ系ラノベ

 

発禁待ったなし。

http://anond.hatelabo.jp/20160523004107

その新人の子が当てはまるかどうか走らないけど、ウィリアムズ症候群という遺伝的な異常で極端に社交的になる例もあるみたいよ。

米国研究によるとコミュ障遺伝子有意に減ってきているらしい

現代心理学で最も信頼性が高いとされている性格分析に「ビッグファイブ理論」というものあって、

人間性格を「神経症的傾向」「外向性」「経験への開放性」「協調性」「誠実性」の5つの因子で分析する。



この理論でここ20年(あれ、10年だったか?)で生まれてくる子ども達の特性分析したところ、

年々「神経症的傾向」を持つ子ども達が明らかに減ってきているらしい。



神経症的傾向っていうのは、情緒不安定性とも言い換えられて、外界からの刺激への反応のしやすさの度合いのことだ。

これは不安や鬱のなりやすさとも関係しているし、「恥ずかしがり度」とも解釈できるし、

当然ながら人間関係コミュニケーション問題を生じやすいため、「コミュ障の度合い」とも捉えていいだろう。



現代社会人間関係が過剰なほど流動化し、経済構造の変化からリスクを取らなければサバイバルしにくい世の中になっている。

そのせいかリスクを取ることを過剰に恐れたり、小さな失敗で大きく傷つくような性格の人々には生きにくい。

そもそも、現代自由恋愛の世の中では、積極的リスクを取り、悪く言えば「恥知らず」にならなければ、

結婚出産以前にカップリングすら成立できなくなってしまった。



そうなると、必然的に「神経症的傾向」を持つ人々は、恋愛結婚、その先にある子育ての機会に恵まれなくなっていく。

そうした傾向が続いていった結果として、米国調査では年々「神経症的傾向」を持つ子ども割合が減ってきているようだ。



日本はいまだ「空気を読む」文化があり、ある意味で「恥知らず」が不利益を被ることも多いため、

米国のように鮮やかに「神経症的傾向」の子どもが減るという傾向が生じているのかどうかは不明だが、

昨今の「キス動画」のブームや、若い女性が性に対して主体的にふるまう現象をかんがみると、

日本でも「神経症的傾向」を持つ子どもたちの割合が減少傾向にあるのかもしれない。



これは古典的生物学で言うところの「性淘汰」の典型例であり、

この傾向が続いていけば、30年後には元AV女優総理大臣になる美しい国日本になっているかもしれない。

近所付き合いが嫌いな自分家族晒し物にする連中と出会った

近所付き合いが嫌いだ。田舎に帰るとよく言われるだれそれが結婚したとか、あそこの家の息子はロクデナシだとかどうでもいい。

他所の家の事情なんてどうでもいい。金にもならないのによくそんなどうでもいい話題考える暇があるなと思う。

そんな自分が見ている投稿サービスで「ストリエ」というのがある。

スマホ意識しての「縦読み」に特化したUIで一部の人が見ると爆笑するか胸が痛くなるかもしれない。自分後者だ。

基本はユーザー投稿だが、ライトノベルレーベル提携して無料配信しているがやっぱり苦戦しているらしい。

最近露骨勧誘をしているようでアメブロやらライブドアやらtwitterやらなんでもかんでも引っ張っている。

残念ながらはてなユーザーは見つからなかった。

その中に家族を題材にしたブロガー連中がいた。どうも大量に引きいれたらしくエッセイ特集と銘打ち取り上げまくっている。

最初に書いた通りでそういったものも嫌いだが大衆に受けているのだから何かしら面白いところがあるのだろうと思って挑戦してみた。

一人目

自閉症の子供を育てているらしい。そこそこ読めたが別にドラマチックな展開も無いので2つくらい読んで飽きた。

調べたらそれなりにアンチがついているらしく炎上していた。

障害持ちの子供を晒し上げにするからこうなる。

二人目

二世住宅暮らしてる嫁のブログの再掲。やっぱり調べたら姑がボケたり死んだりしてた。

そんな状態人間使ってよくマンガ描いたりできるなと思った。

三人目

普通の子育て日記子供が喋ったとかどうとかで記事書いてる。それだけ。

四人目

同上。年の差兄妹なのが特徴らしい。一三歳と五歳くらいでそこまで言うほどのものなのだろうか。

五人目

海外で嫁いでる女の記事。夫が金持ちらしくひけらかしてんのかと腹がたった。

適当に読んでいたが五人目で心が折れた。何が楽しいのかさっぱりわからなかった。

○○ちゃんかわいいですね!じゃねーよ。ペット感覚か。

家族出来事とか世界中見世物にして何が楽しいんだ?ついでに障害持ちでもなんでもない家の様子とか見て楽しいか?

ビックダディもいないぞ?

それも大体コメントを見た見てないとかでヲチサイトとか出来てるんだよな。

ワールドワイド井戸端会議とか何考えてるんだよ。

意味がわからない。

http://anond.hatelabo.jp/20160523004107

残念だけどその子認識はかわらないと思うよ。

言ってしまえば、人生をよりよくするための考え方だからね。

いい人だと思うっていうのは、出来るだけいい人だと思いたいってことなんだよ。

この人はちょっと怖いけど話したら優しかったとかさ、いくらでも例はあるけど。

別に犯罪者ってわけでもないんだから、大抵はじっくり話し合えばわかりあえる。

それができる子なんだよ。コミュニケーションうまいわけ。

すぐに人を嫌ったり、決めつける人間だって彼女と話せば人生観が変わるかもね。

そんな人が近くにいるなんて羨ましい限りだ。

富田真由をアイドルと称してアイドル論どうたら言ってる奴は全員0点

だっての子元アイドルグループ所属してたとは言え、

今はすでに女優・シンガソングライターなんですけど……

http://anond.hatelabo.jp/20160523004107

「いい人だけど」って言うだろ。

の子は「いい人」フォルダの下にサブフォルダがたくさんあるんだよ。

anond:20160523111125

生物学的にも女としての寿命があと5年もないアラフォーアラサーに興味はない。

やっぱり20代前半の子と今後15年ギッタンバッコンするのがいいな。