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2016-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20160728000910

お前が手を滑らせた包丁がその子供の目に刺さればいいのに

雌ックスがしたい。

クソ長い。

入りきらなかったから分割する。

あと、クソキモいムナクソなことがたくさん書いてあると思うから、閲覧注意だ。

ホモ風俗に行きたい。

都内店舗型なんてほぼ存在しないらしい(他県は知らない)。だからウェブサイト写真プロフィールで選んで、電話で予約して待ちあわせてラブホに行くようなやつ。イケメンじゃなくていいんだが、オレよりずっと背も体格もあって筋肉モリモリのひとがいい。

オレを抱えて駅弁ファック出来るぐらいのパワー。

そのパワーと体格で、オレを女の子みたいに軽々と扱って欲しい。

お姫様抱っこから、ベッドに放り投げて欲しい。

当方40過ぎの中肉中背、若干中年太りで腹肉がヤバめの、オタクのオッサン

妻子あり、ただし現在セックスレス

ホモではない。

オレは男に抱かれてみたい。

女になって、体格差のあって力でも到底叶わないような男に押し倒されて犯されたい。

よく考えてみると、どうも小学校の高学年ぐらいから抱き続けてる願望なんだよ。

表面化したり忘れたり発達したり複雑化したりしながらずっと続いてた欲望らしい。

えっとね、永田カビさんの「さびしすぎてレズ風俗にいってみたレポ」を読んだんですよ。

読んで、あ、そうなんだよ、オレもホモ風俗に行きたいんだよって思って。

その欲望だの願望だの抑圧された、自分で抑圧してきた望みだのをちょっと掘り下げて直視してみようと思って。

さびしかったわけじゃないし、永田さんみたいに対人面だの家族面だの人生面だので切実な辛さがあったんでもないんで、同じみたいに語るのは失礼だと思うんだけど、オレもどこにも吐き出せないで生きてきた切実な思いでもあるんだよ。

ちょっと思い出せるとこからとにかく書いてみようと思う。

後で整理して削ったり足したりするけど、とりあえず、小学校高学年あたりから

小学校高学年頃のクラスメイト数名にエロ知識を教わったのが、言ってみたらオレのエロ歴の始まり

の子からみたらアホみたいな、「女にはチンコがなくて、マンコの穴があって、そこにチンコを入れる。男はチンコから精子が出る。マンコの中に出すと妊娠する」ぐらいの知識。

その頃マジで保健体育の性教育なんて「おしべとめしべが~」みたいなのと、チンコとか精巣の断面図、女子の膣から子宮から卵巣までの断面図とかしかやらなかったから。

時代性とか生活圏とか文化圏とかの違いはあるんだろうけど、小学生のオレらには「彼女を作る、彼女セックスする」なんて発想はなかった。

ないこともなかったけど、遠い未来の、大人になってからの話だと思ってた。

男同士で一緒に立ちションとか 勃起チンコの見せっことかはしたけど、ショタBL的な展開はなかったよ。

ただ、服着たまま寝っ転がって抱き合ってセックスごっこみたいなことをよくした。

ああ思い出した、この頃はセックスなんて言葉知らなくて「ベッドシーン」って言ってた。

確かに大人露骨セックスとか言わなくて、ベッドシーンぐらいに濁して言ってたよ。

からベッドシーンごっこだ。

正常位も後背位も座位もなんにも知らないっつうか、セックス実態しらねから、ただ寝っ転がって、抱き合って、足を絡め合うだけ。

誰が女役になるかでよく争いなった。

男役も女役も全然違いないんだけどな。

こんときホモとかアナルセックスの知識があったらオレ、受け役にまわって、今頃完全にホモになってたかも知れない。

まあそれはおいといて、そん時実際はオレは女役をする時すごいドキドキしてた。

女役を嫌がるふりをしながら、本当はいつも女役をやりたかった。

まあ今思うとそうだったな~って感じなだけなんだけど。

ズボンの生足の肌に相手の足や手が触れたりすると、すごく、なんともいえないもやもやとした、変な気分になってた。

この頃にはちょっともうかなり芽があったわけだよ。


中一の時に知り合ったガチオタ友に、初めてエロ同人とかエロマンガとかを読ませてもらった。

ロリコンって嗜好を知ったし、ロリコンに目覚めたのはその頃でそいつのせいだし、機械姦だの触手姦だのアナル姦だのって感じのオタっぽい嗜好に目覚めたのもその頃でそいつのせい。

そのエロ同人とかでそうかマンガアニメ女の子エロい欲望を抱いていいんだ、と思った。


それと、エロマンガの中で犯されてる女の子は、

ものすごく、

気持ち良さそうだ、

と思った。

思ってしまった。

何も考えらんなくなって、ひたすらボロクズみたいに犯されて、快楽の声をあげてんの、すげえなあ・・・・(すげえうらやましいなあ・・・・・)って思っちゃった。

精通より先に、そう思った。


オレが精通したのは、高校卒業してから。遅すぎだよね。

オナニーのやり方がわからなかったんだよ。

だってさ、マンガとかに出てくる男のオナニーって、チンコこすってんのは分かるけど、チンコってこすれないじゃん?

セックスピストンするみたいには、チンコの表面ってこすれない。ヌルヌルがないと擦れない。

昔は高校の頃とかローションだなんだ、手軽に手に入らなかったし、そんな便利なもんの存在知らなかった。

オナホも知らなかった。

性具として存在知ってたのってバイブレーターぐらいのもん(エロマンガによく出てくるから)。

大人のおもちゃ屋とか近くになかったし、あっても入れるわけないし。

濡れがいまいちな女性マンコに塗るチューブ入りの潤滑剤みたいのならあった気がするけど(エロ本広告面とかで)。

どっちにしろ金もなかったしね。

から、どうしごくのが正解なのかって、わからなった。

加減というか、具合みたいのが分からない。

マンガではそこまでわからんのですよ。

それに、中高では、わずかなオタ友を除いて、ぼっちだった。

学校で話す友達がいなかった。オナニーのやり方を相談する相手がいなかった。



まあそんでね、ぐいっと話戻すけど、中学のオタ友に幼女機械だの触手だので犯されたりとか、囚われの幼女マンコにシャンパン流し込まれて、それをグラスにショーっと出して、それをオッサンが美味しそうに飲むとか、囚われの幼女マンコに、サイズ的にきつきつのビー玉をいくつも入れてから、一個ずつ産み出させるとかね、これどっちも内山亜紀なんですけどね。

そういうのがすげぇどきどきした。

ラムラした。

そういうことがやりたいと思った。

でも、目の前、学校身の回りに、そんなこと出来る幼女なんているわけがないんだよ。


からまり自分でやってみた。

なんでか自分身体対象にしてそれらの行為をやってみようと思って、やっちゃったんだよ。


おれ自身はずっとヘテロ

ロリ好きだったけど、クラス女子に恋したり、女性アイドルに恋心抱いたり、エロ妄想したり、女性水着ヌードグラビアに興奮してたし、性自認は完全に男だった。

男として、女性の肌や身体マンコやオッパイに興味シンシンだった。

当たり前に女とセックスやりたくてしょうがなかった。


それなのに、本当になぜか、ロリエロマンガ幼女がされてることを自分でやってみようと思った。

マンコは持ってないから、アナルに。


多分ここ、分岐点だったね。

まあ、小学校高学年で既に兆しがあったんだしさ、素質はあったんだよ。どう考えても。

からやっちゃったんだろう。

もしこの時に身近にお医者さんごっことかいたずらとか出来そうな女の子とか、それか真っ当に彼女でも出来てたら、その志向は消えてたか、というか今ほどに伸びるっつうか、こじらせることはなかったんじゃないかな。

逆にロリ犯罪に走らないで済んだともいうが、おれくらいのオッサン世代でお医者さんごっこはそこそこ普通じゃねえか?

いやオレやったことねえわけだが。

ああ、だからさ、この時既に本当は「女セックス気持ちよさそう」って思ってたんだよね。

それが土台にあるんだ。

でも、まだ、「だからセックスをしたい」とは認めてなかったんだ。

まだ今のオレでも一瞬誤解してた。

「なぜか」とか言っちゃってる。

なぜも何も。

女のセックスが出来る女の身体がうらやましかったんだ。

ただ、性自認が男で、性対象が女だったのもホントなんだよ。

幼女にいたずらをしたかったんだ。

若い少女への性的行為が出来ない代償として、少女の代わりにオレ自身の肉体を、オレに差し出したんだ。

まあそんでさ。

話戻すけど。

自分対象幼女見立てて、試したわけだよ。

最初は指を入れてみた。別に気持ちよくはなかったんだけど、エロマンガ幼女がされてることをしてると思うと興奮した。

それから、でかいビー玉を入れてみた。

直径3cmぐらいありそうなやつ。

次々と3つぐらい。

それを"出産"してみた。

やっぱり特に気持ちよくはなかったけど、興奮はした。

エロマンガみたいにしばらく入れっぱなしにして後で出してみたら、うんこと一緒にというか、うんこの中に入ってた。

それで、"そういうこと"をする前にはしっかりうんこを出しておくようになった。

エロマンガで、機械姦というか、囚われ少女が診察台みたいなとこでマンコやアナル尿道に透明チューブ差しまれて、延々と浣腸媚薬を流し込まれるみたいなシチュがよくあったんで、風呂シャワーのヘッドを外してホースアナルに入れて、お湯を流し込んでみた。

今はシャワ浣なんて言葉を知ってるけど。

これも別に気持ちよくはなくて、ただ、下痢でもないのにザバーッとうんこが出るのは不思議快感があった。

このシャワ浣は、やり方に変遷はあるけど、現在に至るまで、すっかり習慣になってしまった。

そんな感じで色々試して、エスカレートしてった。

段々と、なんとなく気持ちよさというか、性的快感も感じるようになってった。

中でも一番気持ち良かったのが一回だけあって、強烈に覚えてる。

というか、アナルでイけたのはこの時一度きり。

わかんねえけど多分あれ、イったんだろうと思う。

やっぱりエロマンガで、ヒロインマンコにシャワーあてて、いわゆるシャワーオナニーしてたのを見て、試したのよ。

風呂場で、うんこ座りして、真下からアナルにあっついシャワー当てた。

アナルがゆるんでくると、内側の奥の敏感な粘膜にお湯が当って、びくっ!って反応して、アナルがキュッ!とすぼまっちゃう

くすぐったいというか、敏感過ぎて刺激が強すぎるというか。

それを何度か繰り返して、敏感な粘膜に当っても反射的に締めないように、我慢してゆるめるように頑張って、その内に段々ゆるまるようになって、ぽっかり開いたアナルにあっついシャワーを当て続けられるようになって、あっついシャワーが敏感な粘膜にシャーーーっと当たって、強すぎる刺激がずーっと続いて、「なにこれ、何これ、あーなにこれ、うわああ・・・・・」みたいになって、どんどん頭がボーっとなって、真っ白になって・・・・・スパークして、脱力した。

果てたー、って感じ。

ブットイ一本糞が、ぼっとりと出てた。

それが、いまだに唯一のアナルイキ。

アナニー歴約20年あまりの中でその時の一度きり。

シャワーホースでシャワ浣するのは全然けが違うのよ。

ホースが入ってくる瞬間以外は、まあ異物感は別にしても、別段アナルに刺激ねーわけで。

人によりけりだと思うけど、オレは"アナルに熱いお湯"というのが良かったらしい。

時間順よく覚えてないけど、多分、このイキ体験が先にあってその上で"色々試す"にハマったんだと思う。

それとは別で、色々やってくなかで覚えたお気に入りのやり方というか、道具があったんだけど、これらも多分"イキ体験"ありき、だったんだと思う。

お気に入りのやり方、2つあったんだけど、一つは、タオル歯ブラシ風呂場に余計なもん持ち込まなくていいよね。

タオルの角っこに結び目を作る。

これがまぁ、亀頭イメージ

そんで、結び目に歯ブラシの柄を引っ掛けて、アナルに押し込む。

奥に結び目が入ったら、結び目を置き去りにして歯ブラシだけ先に抜く。

で、適当時間置いてから、ゆ~~~っくりと、タオルを引き抜く。

これがすごい。

気が遠くなりそうな快楽

イけなかったけど、すげぇ快楽

タオルのざらざらの摩擦とか、吸水して粘膜に貼り付いたタオルが引き剥がされたりするのが快感なんだろうね。

時々タオルに血の跡があったりしたんで、多分奥の方の腸粘膜を傷つけてたんだと思うけど、ホントやべえ・・って怖くてセーブしてたプレイ

ま、奥っても歯ブラシの柄の長さ分だから、今使ってるディルドより全然手前なわけだが。

二つ目は、コンビニなんかでよく売ってる100mlくらいのしょう油のミニボトル

こういうやつ。

https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%A3%E7%94%B0%E9%86%A4%E6%B2%B9-%E6%AD%A3%E7%94%B0%E3%81%AE%E4%B8%B8%E5%A4%A7%E8%B1%86%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%82%86-%E7%89%B9%E6%92%B0-100ml%C3%976%E6%9C%AC/dp/B00O3UY5RW/ref=sr_1_3?s=food-beverage&ie=UTF8&qid=1466531709&sr=1-3&keywords=%E9%86%A4%E6%B2%B9+%E5%B0%91%E9%87%8F

これのキッコーマンのやつが太さ長さ凸凹どれも抜群で、中身のしょう油は捨ててボトルをよーく洗って、中に熱めのお湯(43℃くらい?)を入れて挿入すると、その熱がすげえ快感になる。

繰り返しになるけど、それでもイきはしない。

ヘタに激しくピストンなんてすると普通に肛門が痛い。

ローションがなくて、リンスとかシャンプーでやってたからね。

から、このあっつい醤油ボトルアナルに挿入して、じわー・・・・って快感を味わいながら、ゆっくり出し入れしたり、ゆっくりとぐりぐりこね回したりしてた。

これも病みつきになった。

でもこれもやっぱり中毒になるのが怖かったし、あと余計な道具(ボトル)を風呂場持ち込まなきゃいけないからバレないように神経使うし、だから我慢して時々、ホント一月に一回とかだった。

あと、勃起チンコをいじっても射精まではいかなかったのよ。

"しごく"ってのがホント、加減とかがわかんなくて上手く出来なかった。

カウパーは出てた。

からカウパーのぬるぬるで亀頭をいじったりはしてたんだけど、やっぱり射精にまでは届かなかったし、なんかそれでいいと思ってた感じ。

亀頭気持ちよかったし、アナル気持ちよかったわけで、物足りなさはあったけど、そんなもんだ、それで別に問題ない、と思ってた。いつまでもゆる~く気持ち良いのが続くんで、やめどきが分からないってのはあったか

まあだから、大体飽きるか、疲れるか、あとアナルというか直腸調子次第でもあった。

ほら、下痢の時、うんこを出しても下腹になんか痛いのとも単なる便意とも違うつらさがあったりするじゃん?そういう、腸の調子みたいなの。

そういうの次第で適当にずるずると快感を味わって、なんとなく終了してた。

まりイく快感を知らなかっただけなんだけど。

それで、細かいことは全然覚えてないし、だからきっとそんな強烈な体験じゃなかったみたいなんだけど、ある時チンコのしごき方がわかったわけ。ふと拍子で。

高校卒業して大学浪人してた時。

男なら普通に知ってるはずだし、女も手コキみたいなことしたことあれば普通に分かると思うけど、割と当たり前の、ちょっとした、ささいなコツみたいのあるだろ。

コツっつうか、つまり"皮を握って中身をしごく"みたいなこと。

あえて、もしかしてからない人がいるかも知れないから一応説明すると、たとえば手首の出っ張ってる骨あるだろ、二箇所。その辺りを、反対の手で握るだろ?そんで、握ってる皮はそのままに、中身だけ、出っ張ってる骨の上をこするというか、行ったり来たり出来るだろ?そういうやり方なんだよ、チンコをしごくのって。

今になってみると当たり前だし、少なくとも男なら誰でも知ってる方法なんだけど、当時のオレはそれがずっと分かってなかったの。

分かった時、その時もうすぐに射精できた。

初めて射精出来たら、そりゃあ猿だよね。

一日に5回とかオナニーするようになった。

受験勉強ちょっと飽きるとすぐにチンコしごいてた。

普通中学高校生ぐらいで経験するオナ猿状態に、10代が終わりかけで突入したよ。マジ猿。

じゃあアナル忘れたか?っつーとアナニーほとんどしなくなったんだけど、シャワ浣はもうクセというか習慣化してて、シャワ浣でないとうまくうんこが出来なくなってたんだよ。

マジで困ったことに。

出来ないわきゃあねえんだけど、キレが悪い。

トイレうんこしても、残便感がひどい。

恐らく本来はそんなもんなんだろうけど、あまりに残便なくきれいにシャワ浣でいつも出し切ってたんで、残便感が過剰に感じられたのと、あと多分ホント肛門の締りが緩くなって、残便があるといつまでたってもペーパーで拭ききれないんだよね。

そんなわけで、アナニーというわけでなく、快感を求めるでもなく、シャワ浣だけはずーっと、ほぼ単なる排便行為として続けてた。

続く。

お前が憎い

http://anond.hatelabo.jp/20160728000910

お前は今まで心の底から渇望したことがないんだろう。そして、求めても得られず、何年も苦しんだことがないのだろう。あまつさえ、お前にとっての「プラスマイナスゼロ」になるために、ただ「ふつう」になるためにゴミのような境遇から這い上がらなければならない人間ことなど何も気にかけていないのだろうな。

俺はそれが許せない。

お前のように、何も求めずとも得てきた人間

健康的な精神健康的な肉体、趣味友達、親、彼氏社会的成功、生きる理由などなくても生きられる暖かい暖かい生活をして生きたお前。

俺は憎悪する。

お前の境遇のものではない。その境遇にあって何も感じず、その無知から軽い気持ち他者を見下す前をこそ憎む。

お前が不幸になったときゲラゲラと笑ってやろう。お前の子供が入院したときは鉢植えの橙百合を贈ろう。

それまでは幸せにな。無病息災でな。お前に何かあったとき、俺が耳元でゲタゲタと笑ってやる。

お前の得てきたものほとんどは俺は得られていない。

しかし俺は強烈に生きている。生きざるを得ない。お前の生活レベルに遠く及ばずとも、はいつくばっでも生きている。

お前の日記を読んだとき、涙が出た。

臓腑から絞り出すようなため息が出た。

お前、お前のような人間がいる。そのことにだ。

お前が憎い。

お前の文章のすべてが憎い。

単語の選び方ひとつに身を切られるほどに憎悪が吹き出す。

お前のように人間は、軽い気持ちで下の階を覗き見るんだろう。

夜景がきれいだとか、ここから景色は雄大だとか。そういう気持ちのぞき込んだのだろう。

お前はもうわかっているだろうが、お前がうらやむ綺麗な夜景にはゴキブリが生きるために蠢いている。

お前はゴキブリの巣を見てうわっと顔をしかめるだろう。

お前、お前を俺は許すことができない。

のぞき込むのは簡単だ。しかしお前のような人間が、「ふつう」を光り輝かせて上から降りてくると、それまで「普通」だと思っていたやつらは「俺は底辺だったのか」と意識せざるを得ない。闇の中で身を潜め、温めあってそれなりに幸せに生きていたのに、光をいきなり浴びせられ、自分たちゴキブリだったと気づかせられる。お前にはわかるまい。

お前は罪びとだ。

しか断罪はできない。するつもりもない。お前は罰を受けるべき人間ではない。幸せに、子供と夫と生きていけばいいだろう。

しかしお前の肩に憎悪を乗せる。

呪いを、恨みを俺が乗せる。

お前は幸せになるべきだ。俺たちを踏みつけて、生きていくべきだ。

お前を憎みながら、俺は蠢いていく。

いつかお前のレベルまで這い上がるのが俺の生きがいだ。そしてもっと上へ、もっとまともなところへ行きたい。

それが俺の生きがいになってしまった。

人間、本当に憎い時は息を吐くんだな。お前のおかげで分かった。

幸せに。

生きがいなど幻想だ。

人間は派手な物語によって生きるのでない。

光を逃れて陰に入った安心感だけで生きていけるのだ。

ポケモンGOで外に出てほしいっつうけど、結局外に出てプレイヤーが集まってやることはみんなそれぞれ下むいてスマホぽちぽちいじってるだけ

最近の子どもが外で3DSとかやるんと変わらんじゃんか

しか大の大人子どもの遊び場うばってやってるんだからほんと情けないよ

どんぐりの家、という漫画がある。

ろうの重複障害を抱えた子供やその周辺の人々を描いた漫画

光とともに、という漫画

これは自閉症の子供とその周辺。ちょっとうまく行き過ぎな感じがしなくもない。

2ch育児板、発達障害児迷惑している子供・親御さんスレ

直接関わっている人の本音

あと、同板の障害関係スレ

こういうのちょっとずつ読んだら、被害者実名を出すのはやっぱり怖いと思った。

そういえば、今日新聞で、入居者の親の会の方が実名コメントしていた。

二段ジャンプしたいと言ったら夫に渋られた

結婚して4年目、子供は3歳と1歳。30代専業主婦

の子が少しだけ落ち着いたので、久しぶりに二段ジャンプしたいと言ったら夫に「別にせんでもいいんじゃない」と渋られた。

子育てで忙しかったので、最後に二段ジャンプしたのは1年以上前。詳しくは思い出せない。

今までは自分で前に二段ジャンプし、後ろにも二段ジャンプしてた。

久しぶりに二段ジャンプしてさっぱりしたかったのに、夫は「そこ二段ジャンプ必要なくない?」とスマホから顔も上げずに言う。

二段ジャンプエフェクトもったいないのかな。私が二段ジャンプしている間、子供の面倒を見たくないから?

夫のためにも軽やかに飛びたかったのに、私のこと、もう女として興味なくなっちゃったのかな。

はいつもスマホスマホスマホでなんだか頑張る気力が一気になくなってしまった。



http://anond.hatelabo.jp/20160728105520

美容室へ行きたいと言ったら夫に渋られた

結婚して4年目、子供は3歳と1歳。30代専業主婦

の子が少しだけ落ち着いたので、久しぶりに美容室へ行きたいと言ったら夫に「別に行かんでもいいんじゃない」と渋られた。

子育てで忙しかったので、最後美容室へ行ったのは1年以上前。詳しくは思い出せない。

今までは自分で前髪を切り、後ろは伸ばしっぱなし。

久しぶりに美容室へ行ってさっぱりしたかったのに、夫は「必要なくない?」とスマホから顔も上げずに言う。

お金もったいないのかな。私が美容室に行っている間、子供の面倒を見たくないから?

夫のためにも綺麗にしていたかったのに、私のこと、もう女として興味なくなっちゃったのかな。

はいつもスマホスマホスマホでなんだか頑張る気力が一気になくなってしまった。

http://anond.hatelabo.jp/20160728103314

Google map開かせて座標読み上げさせたらピンポイント位置わかるやん。

数字が読める年齢の子供ならできるで?

http://anond.hatelabo.jp/20160728102750

子供なめ過ぎちゃうか?一人でポケモンGOできるような年齢の子供なら

地図アプリくらい使えるで?

独身の人ってきちがいなの?

至って精神的、肉体的に健康だけど小学生の頃から「まぁ別に明日事故で不意に死んじゃっても苦しまずに死ねるなら別にいかな〜」って思ってた。「生まれてきた意味?うーん分かんない、別に人生楽しいけど、もし生まれてこれなかったとしたらそもそも生まれて来たかったって考える意識すらないんだから、そう考えると別にまれて来て良かった〜!!とは別に言えなくない?」とも思ってた。

そんな意識が変わったのは結婚して一年が過ぎた20代後半の時。初めて思った。「生まれて来てよかった!!ママありがとう!私はこの人と幸せになるために生まれてきたんだ!」

次に意識が変わったのはつい最近妊娠した時。「絶対、まだ死ねない!この子をまず健康に産むまでは、まだ死ねない!!」

全部私の場合家族絡みなんだよね〜。

で、思ったんだけど例えば30.40で独身の人ってきちがいなの?うつ病とか池沼

no offense です。単純に疑問で是非教えてください!

http://anond.hatelabo.jp/20160728010135

イメージとしては出川みたいなキモいけど稼いでるタレントじゃなくて、

びっくりするくらい低価格で「生オナホ」借りる感覚だと思うよ。



その店は使ったことないけど、その手の低価格店は稀に「当たり」の子がいる。

事情があって低価格店で働かざるをえない子は、価格のワリに容姿接客サービスが非常に良い。

あ、この場合事情って貧困とかじゃなくて、あくまで個々の諸事情ね。

独身の人って生きがい何なの?

至って精神的、肉体的に健康だけど小学生の頃から「まぁ別に明日事故で不意に死んじゃっても苦しまずに死ねるなら別にいかな〜」って思ってた。「生まれてきた意味?うーん分かんない、別に人生楽しいけど、もし生まれてこれなかったとしたらそもそも生まれて来たかったって考える意識すらないんだから、そう考えると別にまれて来て良かった〜!!とは別に言えなくない?」とも思ってた。

そんな意識が変わったのは結婚して一年が過ぎた20代後半の時。初めて思った。「生まれて来てよかった!!ママありがとう!私はこの人と幸せになるために生まれてきたんだ!」

次に意識が変わったのはつい最近妊娠した時。「絶対、まだ死ねない!この子をまず健康に産むまでは、まだ死ねない!!」

全部私の場合家族絡みなんだよね〜。

で、思ったんだけど例えば30.40で独身の人って生きがいなんなの?仕事とか趣味

no offense です。単純に疑問で是非教えてください!


●追記です●

独身攻撃したいわけではなかった。マウンティングしたいわけでもなかった。

不快に感じた方ごめんなさい。自身の生きがいを教えてくれた方、ありがとうございます

私の場合は、趣味知的好奇心友達も親も彼氏社会的成功も、生きることがそれなりに楽しい理由にはなったけど、絶対的な生きる理由にはならなかった。

例えば休日友達BBQして楽しい会社で成績上げた嬉しい、ご飯がおいしいやったね。人生ってこういう楽しいことも多いけど、おっちょっとこれは辛いなって心が折れそうになるときもあるし、辛いとまではいえないけどただ漠然とこなすように仕事をして過ごす日々も多かった。

「たぶん人生プラマイゼロだ、幸せときもあれば辛いときもある。人に迷惑をかけることもあれば、人に感謝されることもある。トータルでプラマイゼロなら、ゼロ自分がもし明日不慮の事故で死んでもそれは別にもったいなくはない。突き詰めると、別にまれてこなくてもそれはそれでよかったけどね」ってぐらいでなんとなく生きてた。

死ぬ理由も無いけど生きる絶対的理由がなかった。

でも家族が出来て生まれたことに心の底から感謝できるようになった。小学生のころから持ってた上記の”消極的自殺願望”が消失したのを発見して、ものすご~く嬉しくなった。

独身の人に「結婚してないから生きがいなんてないよ」って言わせて、それを聞いて喜びたくて質問したのではない。

周りの独身は「結婚願望は別に無い、何でそんな若くで結婚したの?」「結婚なんてしたくない、他人と一緒にずっと住むなんて無理」という人の方が多いから、その答えはそもそも想定していなかった。でも実際に言わせてしまってごめんなさい。

夫に依存しているという指摘は、ご指摘の通り。それが良くないことも分かってる。だからこそ、そうじゃない人の意見を聞きたかった。

○追・追記です○

めちゃめちゃ怒られてびっくり。多くの人を怒らせてしまって申し訳ないす。タイトル言葉遣い下品で誤解を与えたんですかね。すみませんでした。

ただ、意図がうまく伝わってない気がする。これで最後にするのですごい長いけど良かったら読んでください。

ご指摘の通り間違いなく幸せ自分自身が決めるもので、ご飯が美味しかったり、夕焼けがきれいだったり、ピカチュウ捕まえたり、アイスのくじが当たりだったり、出世したり、海外出張がうまくいったり、転職成功したり、素敵なタワマンに引っ越せたり、大から小まで幸せってそりゃ世の中にたくさんあるでしょ。

ただ、幸せ時間や日々があっても、例えば病気とか、親戚や親の不幸とか、仕事残業連日で辛いぜ~とか、今日カンファレンスはうまく発言できなかったな~とか、大から小まで辛いことも人生では同じように起きるでしょ。100%幸せってよりは、まぁ人生楽しいときもあるけど辛いこともあるよね。って感じじゃないのかな?私、人生ってハッカキャンディー入りのサクマドロップみたいな物だって思ってるよ。だからこそ上述の”消極的自殺願望”に満たされてきた20何年間だったんだけど。

私はここで幸せと生きがいをまっすぐな線で結んでないよ。それらはあくま独立した関係で、「生きがいが無いあなた幸せではない、生きがいがあるから私は幸せだ」なんて、言ってないんですよ。生きがいがないことを責めてるわけでもないよ。生きがいがなければないって回答してくれるかと思った。別にから不幸ってわけじゃないんだし。

ましてや結婚してない人が不幸だなんて一言も言ってない。結婚したら毎日薔薇色の幸せ人生が送れるとも言ってない!

私は、あくまでも私の個人的見解から怒らないで聞いてね、結婚して生きがいが出来たことで、まぁ辛いことって日常的に起きるし、今後もかしたらとてつもない突風的な大不幸が発生するかもしれない。でもそんなことがあっても家族がいれば、何とか協力しながら私の人生やっていけるかな、ってやっと一息つけたの。時々楽しく、でもたまに溺れそうになりながらも頑張って泳いでたら、不意に浮き輪を渡された感じだった。私的には一人で生きていくのって結構大変で、だから独身の人って結構辛いんじゃないかなって想像するんだけど、回りの独身結婚否定派が多いし。。。一人で満たされて生きていける人っていったいどんな浮き輪を持ってるんだろうって知りたくなったんだよね。

2016-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20160727012951

一時期、鶯○デッ○ボールに在籍した子に似てる。

もう糖尿病で死んじゃったけど。

普通デブオマンコが酸っぱい匂いするんだけど、

の子は苺みたいなすげー良い匂いしてた。

何回か通って「○○ちゃんのオマンコ、苺の匂いがする」ていったら、

じつは毎朝、朝飯代わりにかき氷イチゴシロップボトル一本飲んでたらしい。

イチゴが大好きで、シロップ飲んでるだけじゃなくて、

全身がイチゴ柄のピンキーブリッコみたいな洋服きてた。

その朝食代わりのイチゴシロップの香料がそのまま尿で排泄されて

マンコ周辺にこびりついてたんだろうな。

一度、ラブホ風呂ウンコしてもらったことあるけど、

イチゴシロップの色素?とウンコの色がまじって壮絶な色してた。

ピンク紫みたいな。ピンクフロイド

イチゴの強烈な匂いウンコの強烈な匂いが混じって、

硫化水素心中するくらいの勢いだったわ。

いまでも生々しく覚えてるのがオナニー見せてもらったとき

親指と人差し指デカクリをつまみあげつつ、

小指と薬指の二本で肛門をグネグネこねてた。

そしたらピンクフロイドな液体(腸液)が肛門からにじみ出てくるの。

の子はブスで池沼だったから、客とるためにアナルファック当たり前に受け入れてた。

から肛門がゆるんでピンクフロイドな液垂れ流してた。

の子が死んだとき、遺品のルイヴィトン(本人は本物といって大切にしてた)にはいってた母子手帳をもとに

探偵に頼んで実母さがしてもらって連絡したんだけど、

そのお母さんも茨城風俗店で働いてたよ。国道50号沿いのピンサロ

フェラしてもらいながら話きいたんだけど、お母さんも知的障害者だった。

これが美しい国日本現実だよ。社会階層再生産だよ。

お母さんのアナルガバガバで、かき氷メロンシロップ匂いと味がした。

歩きスマホが危ない道幅の狭い住宅街に、ポケモンGOが来た。

うちの子風邪でダウンしてしまったので、今日会社休みをとった。今、子どもは寝ているので、様子を見ながら、先週末から気になっていたことを、長文に書いてみよう。

立て込んだ住宅街で、アップダウンが激しく、カーブの多い道幅の狭い道路が入り組んでいる・・・東京23区住宅街では珍しくはない道路事情だろう。私が日常的に駅へ行くのに使っている道路も、そのような地域の人々の生活道路ひとつだ。道幅は広いところで5メートルあるが、全体をつうじては4メートルのところが多い。歩道は確保されていない。タクシー運転手も嫌がるような一方通行の狭い道だ。

その道路の中でもとりわけ道幅が狭い区間が、200メートルほどある。一番狭いところは道幅3メートル50センチだ。

この道は私たち住民生活道路だが、数百メートル向こうを通っている幹線道路への抜け道として「抜け道マップ」に掲載されたこともあり、ただ通過するだけの車も少なくない。近隣のコンビニ配送大型車もひっきりなしに通る。時間帯によっては学生ママチャリも多い。住民は、ベビーカー子供を乗せたお母さんも、歩行補助のカートを押して歩くおばあちゃんも、道路幅のわりに多い交通量に気を使いながら、びくびくして歩いている。

歩きスマホ」は、この道では、既に問題として指摘されていた。駅に向かう人と駅から歩いてくる人が狭い道路の両側にいるだけで、道幅は半分以下になる。車はひっきりなしに通る。そこで歩きスマホなどしたらどういうことになるか・・・後ろから車が来ていることにも気づかずに手元を見て歩き続けている人がいたので、見かねて、すれ違うときに「危ないですよ」と言ったこともあるが、「何、このおばちゃんは?」という目つきで睨み返されただけだった。

この道路は曲がりくねっている。道路幅が5メートル区域からカーブを描いて下り坂を曲がったところが幅4メートル、その先が幅3メートル台の区間で、歩きスマホという問題などなかった時代でも、カーブを無謀にも飛ばしてくる土地勘のない車と、歩行者自転車が接触しそうになるようなことは、しょっちゅうだった。せめて拡幅すれば危険は軽減できるとして、区の「安全安心な住み良いまちづくり推進評議会」のようなところでも議題になったそうだ。だが、道路の拡幅は一向に実現しそうにない。地権者が多すぎて埒が明かないのである

私自身も、先日、そこでヒヤリとする目にあったばかりだ。日曜日で、ママチャリスーパーに買い出しに行くため、道路の左側を徐行していた。私の10メートルほど前にはカートを押した高齢者ゆっくりと歩いている。道路の右側は幼い子ども2人の手を引いた父親母親が歩いていて、それだけで道幅は半分以下だ。ここに車が来たら危ないなあと考えながら、私が高齢者ほとんど追いついたときカーブの向こうから歩きスマホ若者が現れた。面白いマンガでも読んでいるのか、画面をスワイプしながらニヤニヤと笑って歩いてくる彼は、高齢者に気づかず激突しそうだ。そこは高齢者が慣れたもので、電柱の際に立ち止まり若者を先に通そうとした。歩きスマホ若者道路の左側をそのまま歩いてきて、右側の親子連れとすれ違おうとする瞬間、両者の間に確保された狭い空間を抜けて、私はママチャリで進もうとペダルを踏み込んだが、急に歩きスマホ電柱に気づいたのか、道路中央に向けて足を踏み出した。「フラフラ道路の真ん中に出てきた」のである。このままでは私が歩きスマホに激突してしまう。反射的にハンドルを切って自転車の急ブレーキをかけた。後続の自転車が反射的に左に出て、電柱脇の高齢者に気づいたのだろう、左後ろからブレーキの音がした。同時に、カーブの向こうから下り坂でスピードに乗ったミニバンが曲がってきた。子どもの「あっ」という声が聞こえた。歩きスマホは下を向いたままこっちに歩いてくる。耳にイヤホンがささっているのにそのとき気づいた。後続の自転車のおじさんが「っぶねぇ!」と叫ぶ声がした。

いったい、どのようにして何事もなく済んだのか、回想しても思い出せない。私は気づいたら道路の右側、縦一列になって立ち止まっていた親子連れの後ろで自転車を降りてハンドルを支えていた。道路の左側では、電柱脇の高齢者も、歩きスマホ若者も、後続の自転車も、通り過ぎていくミニバンとは接触していなかった。一瞬のできごとだった。でも、長く感じた。スローモーションに見えた。

歩きスマホが急に道路の真ん中に出る前に、一瞬でいいから画面から目を上げて周囲を確認し、できれば道路脇に寄って立ち止まってくれていたら、あんなふうにヒヤリとすることはなかっただろう。

こういう環境に、「ポケモンGO」がやってきた。この先で道路が少し広くなっているところに、何かのスポットがあるのだそうだ。

日曜日夕方、狭い道路で、2列に広がった男子2人組が、一心不乱にスマホを見つめて歩いてくる。「男子」と言っても20歳は超えているようすだ。普段この狭い道路を使っていれば、体の小さな子どもでも、この道で2列になって歩いたりはしない。その後ろのほうには、自転車にまたがって、ハンドルにもたれかかってスマホ操作をしつつ、つま先で地面を蹴りながらふらふらと進んでいく15歳くらいの少年もいる。前方などまるで見ていない。この先はカーブだし、右方の道から出てくる車もいる。事故が起こらなければいいけれど。

ポケモンGOで歩いて健康増進」と言って宣伝するのはよい。スマホアプリを起動したままで歩くだけなら何の問題もないのだからしかし、せめて、画面を見ていなければならないようなシーンは公園敷地内のような広いスペースや、歩道が整備されている場所だけにしてくれないだろうか。それでも「歩きスマホ」に係る問題は避けて通れないだろうが、人と自転車と車がひしめきあっている幅の狭い生活道路に、多くの「歩きスマホ」が出没することは、シャレにならないのだ。

ARがどうのこうのなどという高尚なことは、現に人間暮らしているリアル世界に持ち込むのなら、交通事故のような基本的安全性を確保してから実験してほしいと思う。

別に友達が死んだからってお前等どうでもいいんだろ?

例えば中絶とかすると

「生まれてくる子に罪はないんですよ!」

という趣旨のことを叫ぶ人権おばさんが沸いて出るけど

たかが死だろうが。

そもそも人の生き死には罪の有無で決まったりしない。


友達が死んだってかまわない

両親が死んだってかまわない


命なんて尊くもなんともない

まれたら死ぬのは当然

小学校低学年の頃、クラスメイトが亡くなった

自分はその報せを受け取ったときコロコロを読んでて

母親が「ちょっと、○○くん、死んだって」って

でもそのときはまだ年端も行かなくて、死ぬってことが理解できていなかったし

「そんなの嘘だよ」と言って、またコロコロに熱中した。交通事故だったそうだ

告別式で周りの人はみんな泣いてた

よくわからなかったけど

の子と仲の良かった子が、棺の前で作文を読んだ

いっしょに折り紙をして○○くんは鶴を折るのがすごくうまかっただの

給食時間牛乳瓶のフタをいっしょに集めただの

そのときやっと、死ぬってことがどういうことか分かって

わんわん泣いた

このときの死に対する理解

「二度と会えない存在になる」というもの

告別式が終わって、母親たちが集まって抱き合って大きな声で泣くのを見て

スーッと体の芯が冷えていく気持ちがした

だっての子の死を悼んで泣いているわけじゃないんだ

その場の空気に泣かされているのか、自分に照らし合わせて泣いているのか

それは分からないけど

友達が死んだってどうでもいいよ

連絡を取って会う人なんて限られてるし

生きてたって二度と会わない人ばっかりになってしまった

命なんて尊くない、尊くない命なんてない

こういう風になってしまうのも、けっきょく女性たちがオカマ弱者男性結婚せずに、強者男性結婚するから再生産された強者男性の子は、自分もまた強者男性になろうとし、その過程で心を荒ませ人種差別に走る。

こういう風になってしまうのも、けっきょく女性たちがオカマ弱者男性結婚せずに、強者男性結婚するから再生産された強者男性の子は、自分もまた強者男性になろうとし、その過程で心を荒ませ人種差別に走る。

http://b.hatena.ne.jp/entry/295767340/comment/masudamaster

http://anond.hatelabo.jp/20160725201635

おおざっぱにいうとさっきまで笑顔だったあの子は突然の悲しみによって

「さっきまで笑顔だったあの子」は死をむかえて「突然悲しむあの子」にうまれかわってるよね

「昨日まで絶望していたあの人」は今日死を迎えて「希望に満ち溢れた人」になっているかもしれないよね

状態の変化が怖いのだったら永遠に怖がり続けていないとこわくない?

助言を求めてだれかにそれを解決してもらったら

「こわがりのあなた」は死んでしまうかもしれないんだよ?

今更兄が親の愛情とかうるさい

やれ親孝行は生きているうちにしかできないだとか、両親にみんなでプレゼントをしようなどという話を突然押し付けてくるようになった。

挙句の果てにどこから拾ってきたかもわからない”母を亡くして初めてわかること”みたいなメッセージを送りつけてきた。

そこにはおせっかい愛情だと気づく内容や、喪失感母親が死んでしま現実直視できないといった内容が並んでいる。

だけど一つ言いたい。

あなたはさっさと親をわたし押し付けて一人家を出て遠くで暮らしていたではないか



そこで家庭を作って一生懸命生活していたことは知っている。それなりに沢山の苦労もしたことだろう。

だけどそのせいでわたしは未だに親元をつかず離れずでずっと親の面倒を見続けてきたのだ。

あなたがいなくなってから少なくと10年以上親と暮らしていたのはあなたがろくに連絡もよこさなくなったからだ。

「親の面倒を見るのは子供仕事」そう言い聞かせては、仕事でどれだけ疲れようとも親との生活に耐え続けたんだ。

たまの休みも親の相手をしてろくに外出もせず、恋愛なんてする暇もなく仕事と親とに挟まれ生活し続けてきたのだ。

それが子供の正しい姿だと信じて。

それなのに、その間あなたは何をしていたのだ。

そんな生活に耐えかねて、わたしが家を出ようとした時にもっともらしいことを言って反対していたことをわたし絶対に忘れない。

わたしだってそのことに罪悪感がなかったわけではないんだ。欲しかったのは後押しの一言だったのに。

だけどある日、母親から電話わたし決断した。あの時、わたしの中ではもう母親は死んだのだ。



今のままの生活では自分ばかりが犠牲になってよくない。

そう思って、激務と両親の世話との中で少しでも体を休めることにしか使っていなかった休日に、できるだけ友人と外出するようにした。

わたしわたし人生の中でわたしの楽しみや幸せを探さなくてはいけないと思ったからだ。

わたしが留守なのを知ってか、携帯には母親からメール留守電が頻繁に入ってきた。

どれもが些細な内容なのだが、必ず母親は「困っている」「助けて欲しい」という言葉を入れてきた。

後になって分かったことだが、それは親が子供コントロールするための呪詛だったのだ。

なぜなら、困っている人を蔑ろにすればそれは悪い行いになる。わたしがそれを断れば、母親は叱ることと許すことの権利を得られるのだ。

母親はそうして、断っても受け入れても自分が優位に立てる方法経験から学んでいたのだ。

その都度友達を待たせては対応していたが、いい加減嫌気がさしたわたしちょっとしたことならすぐに返答することをやめて、家に帰ってからまとめて対応するようにした。

しかし、母親にしてみればその内容自体目的ではなく、わたしの行動をコントロールすることが目的なのだ

わたしが何とか時間をつくって外出をすれば、その度に母親から送られてくる内容は段々とエスカレートしていった。

そしてある時、わたしの中で何かが壊れた。それは、母親から留守電きっかけだった。



その時期は本当に仕事が忙しく、文字通り1ヶ月ぶりの休みだった。

直前まで取れるかわからない休みだったにも関わらず、友人はわたしとのティータイムに快く応じてくれた。

そんな友人の無償の愛に感謝しながら足取り軽く一人で買い物をしていたときのことだ。

待ち合わせの時間確認しようと携帯を見ると母親からの不在着信と留守電が入っていた。

聞くのを一瞬ためらったが、面倒なことでなければ先に済ませてお茶を楽しむことに専念したかったのだ。

しかし、そこに入れられていた留守電は、わたし絶望の淵に突き落とすものだった。

ただ一言、とても弱り切ったような声で「わたし破産ちゃう」とだけ入っていた。

今になってみれば他愛のない幼稚な脅し文句だったと思うかもしれない。

だけど、その瞬間にわたしのなかで今まで耐えてきたものが全て、まさに音を立てんばかりの勢いで壊れてしまった。

使うあてのない給料から生活費は十分なほどに入れている。

お金だけではなく、一緒に外出したり頼まれごとも全て引き受けてきた。

何より、自分時間犠牲にしてもいつも心配して面倒を見続けてきたではないか

おかげで30を過ぎても結婚もできず、職場と家庭でばかり頼りにされる存在になってしまった。

それなのに、それなのにそんな言葉をなぜわたしに投げかけてくるのか。

まるでわたしが原因であなた破産させてしまうかのような言葉ではないか

わたしはこみ上げてくる感情をこらえながら急いでトイレに駆け込み、一人泣き崩れてしまった。

もう友人に会える顔ではない。メールキャンセル謝罪を送ると、途端に虚しさが怒りに変わっていくのが分かった。



怒りに身を委ねたまま家の玄関を開けると、兄の靴があった。

一瞬躊躇したがここで止まる訳にはいかない。

居間のドアから母親と兄の談笑が聞こえてきていた。

わたしは勢い良くドアを開けると無言で財布からありったけのお札をテーブルに叩きつけた。

何事かと目を丸くする二人を前に、できるだけ冷めた声で「後いくら足りない」と母親に向かって言った。

母親が唇を一文字に噛みしめて下を向いたと同時に、真っ赤な顔をした兄が怒鳴った。

「何してんだお前!!」

わたしも負けずに怒鳴り返す。

わたしにどうしろというんだ!!」

そう叫んでから、全身から何かが吹き出していくような感覚に襲われ、わたしは床を激しく転げた。

叫びながら、床を叩き、蹴飛ばし制御の聞かなくなったおもちゃのようにその場をぐるぐると回って、そしてまた泣いた。

兄はどうすることもできずに立ち尽くし、母親の嗚咽が聞こえてきた。



それからまもなくわたし実家から駅に数百メートル近いところに引っ越しをした。

その後、知人の紹介を経て結婚をして、今では二人の子供がいる。

あの時、わたしはもう母親の望む子でいることをやめたのだ。

それまでは母親の願いを聞き続けることが親孝行だと思っていた。

でもそれは間違いだった。

母親にしてみれば、自分幸せ子供から愛情を受け取ることだったのだろう。

ずっと一緒に暮らしていたのだから母親はそれしか幸せを知らなかったのだ。

ならば手放したくないのは当然だ。

でも、それよりも子供がもたらすことができる幸せもっと沢山ある。

親の幸せのために犠牲になっていく子供を見せるより、独り立ちして沢山の幸せを得ていく姿を見せるほうが、本当は親も幸せなはずなのだ

それを教えることができるのは、ほかならぬ子供本人なのだ

本当に幸せそうに孫を抱いている母の顔を見ると、それが間違いではないことを確信できた。



あの留守電が入っていた日、わたしの中で母親の望むわたしが死んだ。

同時に、わたしの中でわたし愛情幸せになる母親も死んだのだ。



それから母は、幾つかの習い事を始めた。自分の中で自分幸せになる方法を探し始めたのだろう。

そう考えると、母もまた、子供愛情をもって接しなくてはいけないという呪いにかかっていたのかもしれない。

ある一定の年齢において、親と子とが離れて暮らすことはそれだけで大切なことなのだろう。

しかし、まもなく50になろうとする兄を見ていると、一概にそれが正解だとは思えないところもある。

距離的な自立があっても、精神的な自立が成り立つかどうかは別なのかもしれない。

だけどこればかりはわたしいくら兄に話しをしたところで無駄なことだろう。

自分で気づいて自分で自立しなくては意味が無いからだ。

そんなこともわからずに今更親の愛などと送りつけられれば、うるさいと思うのは当然だ。



母が死んだら当然悲しむだろう。

でも、そこにわたしがどれだけ愛されていたかを探すことはないし、きっと後悔もしない。

私の幸せに親から愛情はもう含まれていないし、本当の親孝行は、わたしわたし家族が正しく幸せなっていく姿を見せ続けることなのだから

からいつまでも長生きして欲しいと思う。

でもそれは、子供が悲しむからじゃない。いつまでも幸せでいてほしいと願うからだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160727101415

本当に1個前の増田しか読めないんだな。海馬を損傷してるとか何かなのか?

俺が言ってるのは最初に書いた以下の話だけ。悪いとか悪くないとかいう話も、義務などという話も、何を与えたいと思うかという話もしていない。

いっつも疑問なんだけど、自分子供の頃に与えられたかった体験教育文化自分じゃなく子供に与えてその子供がそれを当然だと思ってスクスク成長していくなんて我慢ならなくないか

それともやっぱみんな自分は満足するまで十分に与えられて育ったという自覚を持ってるから他人に与えようみたいな発想になるの?

http://anond.hatelabo.jp/20160727054734

http://anond.hatelabo.jp/20160727101911

キ○ガイ親なら、自分の子供に自分が与えられたかった経験をうまく与えることができないのでダメだと思いマス。

http://anond.hatelabo.jp/20160727094851

自分が与えたいと思ったことを子供に与えたら、その子供の人生がクソになると思い込んでいる奴発見

http://anond.hatelabo.jp/20160727054734

別に自分の子供に自分が与えられたかった経験を与える義務はないよね。

自分が与えたいと思ったことを与えたらいいんやないの?

http://anond.hatelabo.jp/20160727052335

いっつも疑問なんだけど、自分子供の頃に与えられたかった体験教育文化自分じゃなく子供に与えてその子供がそれを当然だと思ってスクスク成長していくなんて我慢ならなくないか

それともやっぱみんな自分は満足するまで十分に与えられて育ったという自覚を持ってるから他人に与えようみたいな発想になるの?

障害者について

眠れないから書く。




最近まで知的障害者って怖いと思ったことがなかったので、

少なくとも大学時代に堂々と人前で「怖いよね」と言われたときは心底驚いたし、

いまだにそのことが街で障害者にあうと思い出してモヤモヤしてる。



母の友達知的障害者の子どもがいる友人がいたので幼稚園の頃からわりとそういう子もいるんだなぁって思って育ってきた。

気持ちいから鼻かめよ、とか最初は思ったけど、

そのうちその次元を超えて、存在するんだ、だから共生はしていかないとね、ぐらいの感想

小学校でも軽度の知的障害者クラス一緒だったし、縁が深いのかな?



大学時代浅野県知事時代仙台市居住

施設から障害者も街中へ出よう的方針福祉施策を行っていて、

軽度の知的障害者視覚障害者普通に地下鉄バス通学通勤してて田舎から出てきた自分カルチャーショックを受けた。

都会スゲーノーマライゼーションすごいと思った。いい意味で。

で、そのことを一緒に帰っていた大学の友人に話したら、

「でも怖いよね!」

という返答が帰ってきて、これまたカルチャーショックを受けた。

そういう風に感じたことなかったし、それって堂々と言っていいんかい?っていう驚きみたいな。



で、その後大学時代子どもが障者者って人と知り合いになったけど、

人間そんなに優しくないからね

と言われたのが印象的だった。

宮城の山の中の隔離された障害者施設を閉鎖する方針を打ち出した時、

障害者家族が猛反発したニュースが流れた時、もちろん仕事の兼ね合いなどもあるんだろうけど、

こういうことか、って思った。世の中、障害者には厳しいんだな、と。

で、田舎の家帰ってきてそのことを姉に話したら、

当たり前じゃん、だって怖いもん

という答えが帰ってきて、そういうもんなのかー、とびっくりしたのも想い出である



障害者地域社会にいるということがいい意味ですごいね、と思うような人間だったので、

精神障害者への偏見もあまりなかった。メンタルクリニックへの偏見も。

なので、自分精神疾患にかかった時、迷わずひとりですぐに精神科病院に行ったんだけど、

あとで姉に聞いたら、

精神科病院って微妙、とか、

メンヘラメンタルクリニック市民権得たのは最近だよ(だから少しは後ろめたくなれ)

みたいなことを言われたのだよね。

自分としては、中学校の頃からカウンセリングルームもあったし、そこに通ってる同級生もいたし、

精神科に通うのはその延長だな、ストレス社会だし病気になったら病院行くの当たり前だよ

って思ってた。

でも家族というか世間認識自分認識はだいぶ隔たりがあるんだと、色々感じた。




で、2年前、電車に乗っていた時、ひとりの精神障害者パニック起こして電車の壁をたたき出したり、

別の精神障害者が大声で笑いだしたり空語したりしたもんで、

はじめて、障害者って怖いんだなぁッて思った。

自分精神疾患なので、障害者全部が怖いわけではないって知ってるけど、

薬が効いていない患者は怖いんだなぁって心底思った(なんでそんな患者電車に乗せてるんだよドクター!とも思った)。



自分病気もあるし、障害者だって普通に暮らす権利あるだろって思うのと同時に

怖いよねと言った、大学時代の友人や姉の気持ちもわかる。今は。

なんか感情が板挟みなんだけども、生きることや生きる権利っていうのは

感情を超えたところにあると思うので、

昨日の事件を見て、障害者が苦手っていう人がいるのも認めるけど、

何も殺すことないだろ

っていうのが正直な感想



あと、精神疾患偏見持っている人って、自分精神疾患になった時、

自分病気を認められなくて病院行けなくて、

症状が悪化してから行く、みたいなことあるから偏見持ちすぎてる人って損だなって思う。




これから障害者雇用も増えていくだろうから

社会の中で摩擦も見られるようになるし、受容も見られるようになるんだろうな、ッて思う。

いい方向に行けばいいんだけど。

時分の障害者怖い、と言う感情も少しは和らげば良いのだけど。