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2016-07-29

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今回は裏サンデー

ちなみに、各サイト漫画には一応ほとんど目を通していて、「(良くも悪くも)感想を書きたい」と思った場合に書いている。要は面白いからといって感想を書くわけでも、ツマラナイないか感想を書くとも限らないということ。

グッド・ナイトワールド 29話

当事者が重く受け止めすぎていたけれども、精神構造は割かし単純な話だったというパターンか。

「兄SUM」は笑えばいいのか、リアクションに困るな。

人間ドラマの描き方が好きだから読んでいるけれども、この作者のこういうセンスは未だノリきれない。



クリミナーレ! 第20

ただのラブコメに興味はありません。



LiLy 8話

メイド喫茶経営する上でかかる費用とかの話が出てきて、コメディではあるけれどもそれなりには考証するつもりがあるのね(妥当かどうかはともかく)。

前回の話で、リアリティは全て投げ捨てる方向性かと思ったので、そこは個人的安心(リアリティを全て投げ捨てるスタイル非難はしないけれども、それをやっちゃうと今後起こるハプニングやそれの解決も何でもアリになりやすく、茶番になって白けやすいので)。

ただ、すごく説明臭いというか、読んでて面白い話ではなかったね。

今回のが後の伏線とかになるなら話は別だけれども。



秋月さんは大人になれない 第26話

玩具で遊ぶメインターゲットは子供だけれども、それを作るのも買い与えるのも大人からなあ。

からこそ、せめて心だけは子供であろうとするってことは大事だという理屈は分かる(秋月は極端だけれども)。

余談だけれども、映画「ビッグ」というのがあってさ。

12歳の主人公大人になる話なんだけれども、彼が「ビルが変形するより、昆虫が変形した方が面白い」っていう場面は今でも何となく覚えている。

なんか、書いてたら久しぶりに観たくなってきた。



ねじの人々第20

たまに本気で勘違いしている人がいるけれども、生活をするために必要な金を手に入れる方法として働くことが分かりやすいというだけで、働くことそのものに是非はないんだよね。

お金のために働いているわけではないというと御幣があるけれども、金だけを目的にしているわけではないのは確かだと思う。

まあ、それはそれとして、本編の話。

大した理屈じゃないし、陳腐な話だなあ。

他人提唱した説を借りてきてまで語っておいて、オチがこれって……。

作者自身、手に余ってんじゃなかろうか。

それとも、漫画大衆娯楽だから、これ位のノリの方がいいと思って描いているとか?



サツリクルート 34話

う~ん、大丈夫か、これ?

新たな展開として、今話だけ見れば面白そうに見えなくもないけれども。

下手したらテーマがブレるというか、ちょっと風呂敷を広げすぎなキライが……。

http://anond.hatelabo.jp/20160729040606

底辺底辺が殺しあって社会負担を減らしてくれる現状」なんて

誰も一言も言っていない(笑)

もしもおまえがあの殺人者みたいに妄想がひどくなってきているなら

奴のように罪を犯して他人を傷つけるようなことをしないことを心から望むよ

 

それと、オレは

底辺底辺が殺しあって社会負担を減らしてくれる現状」

が無くなってほしいと心から希望している

 

から事実関係をここで整理しておく

 

社会保障費用の多くは富裕層負担している

社会保障健康の前提となっている階層は主に貧困層

富裕層社会保障が無くても自費で健康を維持できる

富裕層社会保障の削減を望んでいる

富裕層社会保障の削減のために安楽死を望んでいる

 

もしも、おまえが資産10億持ってるとか

年収2億ありますとかの富裕層なら

安楽死合法化をしたくなる気持ちになる事情があるということになる

だけどそうではないなら

安楽死合法化で将来おまえは社会保障を受けられなくなる

安楽死合法化はなんのメリットもない

  

おまえが安楽死合法化を望んでいるということは

まりそういうなのだろうな(笑)

 

もしおまえが「底辺」にいて、かつ

安楽死合法化を望んでいるとしたら

おまえ自身が「底辺底辺の殺し合い」の

加害者被害者の両方になっているということだ(爆笑)

 

 

 

 

http://anond.hatelabo.jp/20160729030410

相模原市障害者施設刺殺事件殺人犯自身

逮捕されてクスリが抜けてあっけなく「謝罪」しているのに

増田では犯人に感化されたダメーなやつが

まだ犯人の夢を追いかけているっていう構図が

そもそも笑える状況なわけでね

とあるタレントの妹が出演する素人AVを見つけてしまった話

ひょんなことからとある素人AVに出演する女性が,とあるタレントの妹であることを突き止めてしまった.

素人AV出演者であるタレントの妹自身一般人であるが,

この情報がそのタレントに対して致命的なダメージを負わせることのできるものだとすぐに理解した.

私はそのタレントファンなので,情報を開示するつもりは微塵もない.

そしてタレント所属事務所週刊誌等に情報を買ってもらおうというつもりもない.

かつての私は,この情報墓場まで持っていこうと思っていた.

ただ,私は疲れてしまった.

もし私が漏らしてしまったら,そのタレントや妹,家族ファン破滅ダメージを負わせてしまうかもしれない.

その選択肢が私の手の中にあるという状況に,強いストレスを感じるようになっていった.

情報を開示することはできないが,私の状況を誰かに知ってほしかった.

許してくれとは言わないが,ここで吐き出したい.



初めに断っておくが,そのタレントが誰であるのか,どの作品なのかをここで公開するつもりは微塵もない.

そういうことを知りたい方は今すぐブラウザを閉じたほうが精神衛生上良いと思うし,

期待するようなものは何もないので,たとえ読了しても裏切られたと思わないでほしい.

  その上で,なぜとあるタレントの妹であるとの確信を得たのかという経緯を書き記したいと思う.



1. なぜその素人AVを見つけられたのか?

見つけたのは本当に単なる偶然.

そのタレントとの関連性は皆無のところから見つけたもの

けれど初見で,私がファンだったタレントにすごく似てるなあとは思っていた.



2. この素人AVに出演する女性は,そのタレント自身ではないか

まず今回の話は,その素人AVに出演する女性が,そのタレントにとてもよく似ていたことに端を発する.

まり最初に思ったことはこうだ.

「この女性はそのタレント自身ではないか?」

私が見つけた当時,とある声優素人AVに出演していた過去が明るみになり,大炎上している真っ最中だった.

もしこれが本当にそのタレント自身だったら...そう思うと怖かったが,どうしても検証したくなった.

素人AVに出演していることの是非は私にとってどうでも良くて,

怖かったのはそれが明るみになることで,私や周りの世界破壊されることだった.

同一人物であるかどうかを検証する方法は,その声優炎上から信頼性の高いものが明らかになっていた.

すなわち,歯並びやホクロ,骨格,声など経年で変化しにくい身体的特徴である

これらを検証した結果,結論から言うと,そのタレントである可能性は限りなく低かった.

まず,ホクロの位置がまったく一致しない.

素人AV女性にはあるホクロが,そのタレントにはない.その逆のパターンもたくさんあった.

しかしたらホクロの除去手術などを受けているかもしれない.

しかし,それであれば今のタレントにホクロが残っているのは合理的には説明がつかない.

次に歯並びだ.

素人AV女性がとても綺麗な歯並びをしているのに対し,そのタレントは特徴的なビーバー歯をしている.

そのタレントビーバー歯は幼少期からのものであり,

仮に素人AV女性=そのタレントとすると,明らかに合理的整合性がない.

この時点で,素人AV女性=そのタレントとするには,合理的証拠にあまりにも乏しかった.

ただ一方で,骨格,身長,声などは本当にそっくりであり,特に顔は角度に依って,似ているどころか本人そのものにすら見えた.

そして,ファンならわかるような,そのタレントが持つ特徴的な仕草を,素人AV女性も行っていた.

身体的な特徴の不一致は,明らかに素人AV女性≠そのタレントという紛れもない結論を示していた.

しかし,関連性があまりにも高いため,血縁関係者ではないかという疑いを持った.



3. 素人AV女性はそのタレントではないが,タレント血縁関係者ではないか

客観的証拠は明らかに,素人AV女性≠そのタレント,という結論を示していた.

しかし,確実に関連性がある.つまり,似た身体的特徴をもつが,その細部が違う人間とは,

そのタレント血縁関係者が考えられる.


そのタレントには歳の近い妹がいた.

妹は一般人で顔は公開されていないが,とある理由により声だけは公開されていた.

妹の声は,そのタレントの声にそっくりだった.私もよく似ていると感じた.

タレント曰く「お母さんが電話越しに声を間違える」そうだ.

そして東京上京してからは,そのタレントと妹の2人で暮らしいたこともよく話していた.

一緒に長く過ごしていたなら,タレントが持つ特徴的な仕草と同じことを妹がしていてもおかしくない.

また,2人は背格好が同じくらいで,顔が似ていると周囲から言われることが多いそうだ.

素人AV女性とそのタレントとの高い相関,そして明らかにこの二者が同一ではない.

この相反する矛盾を一挙に解決するファクターこそが,この妹の存在だった.


直接的に顔写真などを手に入れて検証したわけではないが,ここまで揃えた証拠や推論から

合理的に導ける結論ひとつ

状況証拠ではあるが,

素人AV女性はそのタレントの妹である,ということだ.


これで限りなく同一ではあるが同一ではない,という明らかな矛盾を解消することができる.



こうして,合理的確信を得てしまったせいで,

とあるタレントの妹が出演する素人AVを見つけてしまった話,を

誰かに聴いてほしくなってしまうくらいの,

大きな秘密ストレスを抱える生活が始まった.




私自身がファン目線からこの素人AVをどう感じるか,はあえて書かない.

繰り返すことになるが,この素人AVはそのタレントにそっくりなタレントの妹が出演しているのだ.

そんなものが公に公開されたらどうなる?

ファンはどう感じる?どう使う?



想像に難くない.

私は世界が壊れてほしいとは思わない.



私の世界が終わってしまう日が来ないことを望む.


そして,そんな日がきたら,

秘密を抱える重圧から解放された私が存在できるのだろうと思うと,

とてもやるせなく苦々しい思いでいっぱいになる.



絶対に知られてはいけない秘密を抱えていることだけでも,誰かに知ってもらえてよかった.

どこかの誰か,読んでくれてどうもありがとう

小池百合子は「東京トランプ

小池百合子は「東京トランプ

小池百合子日本会議会長らと「東京核ミサイル配備」をぶちあげていた! 小池は「東京トランプ」になる?

http://lite-ra.com/2016/07/post-2438.html

昨日、本サイト東京都知事候補小池百合子氏の本質が“極右ヘイト政治家であることを、多くの実例を交えて紹介した。だが、彼女の“危険性”はヘイトスピーチ放置し、歴史修正主義を邁進しているだけにとどまらない。

 小池氏が知事なったら、東京核ミサイルを配備されるかもしれない──。どう考えても悪い冗談しか思えないが、これは小池自身過去に語っていたことだ。小池氏は極右のお仲間と一緒に、なんと、“東京核ミサイルを配備しよう”と得意げに計画していたのである

 2003年保守論壇誌「Voice」(PHP研究所3月号所収の田久保忠衛西岡力両氏との鼎談記事でのことだ。田久保氏といえば現在日本最大の極右カルト団体日本会議」の会長を務めるタカ派言論人。また西岡氏は「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)の会長であり“対北強硬路線”“反北朝鮮”の世論日本軍事力増強を扇動する右派論客だ。

 タイトルは「日本有事 三つのシナリオ」。内容は小池氏、西岡氏、田久保氏の3名がそれぞれ議題を提示して討論するという企画なのだが、くだんの“東京核ミサイル配備”は田久保氏の「日米同盟か、核武装か」なる問題提起からまり北朝鮮の核保有日米安保がメインテーマになっている。

 そして、このなかで堂々と「東京核ミサイルを」なる小見出しまでつけて、西岡氏が「アメリカがほんとうに利己主義的になれば、彼らはアメリカまで届くテポドンだけはストップさせるが、日本を狙うノドン放置するでしょう」とぶつと、これに応じた小池氏はこう言い放つのだ。

軍事上、外交上判断において、核武装選択肢は十分ありうるのですが、それを明言した国会議員は、西村真悟氏だけです。わずかでも核武装ニュアンスが漂うような発言をしただけで、安部晋三官房副長官言論封殺に遭ってしまった。このあたりで、現実的議論ができるような国会にしないといけません」

 つまり小池氏は、“日本核兵器保有国会現実的議論せよ”と声高に主張しているのである

http://lite-ra.com/2016/07/post-2438_3.html

ちなみに、アメリカではドナルド・トランプ氏がまさにそういった扇情的ポピュリズム手法大統領一歩手前まで駆け上がっているが、そんなトランプ氏を小池氏はこのように論じている。

トランプに関しては、読めないことが多い。もし大統領当選したら、どのような行動を取るのか。どの人種的宗教的マイノリティーや外国に対して、最も侮蔑的振る舞うのか」

アメリカ共和党員は、そしてアメリカ国民全体はよく理解すべきだ。トランプ流の大衆扇動劇場と化した大統領戦は、世界の安定を、ことによると平和をも脅かしかねない(「ニューズウィーク日本版」16年7月5日号/CCCメディアハウス

 警告ごもっとである有権者はぜひ、この論評をそのまま小池氏にお返ししてあげようではないか

例の事件きっかけに。僕は少しだけ考える。<感情労働視点から

わたし精神科看護師をしています

相模原市事件を受けて、様々な意見が出ていて、いろいろと考えさせられています

とくに「重度の障害を持つ方に対するケアワーカーの陰性感情」についての議論には、様々な方向から風が吹き荒れているようにも感じました。


そこで私は、今回の事件を受けて「感情労働」とケアワーカーメンタルヘルスについて、少し整理してみようと思いました。

(様々な論点があると思います犯人病理などについては僕には分かりかねる部分が多すぎるので言及は避けます


感情労働(Emotional Labour)とは 1983 年アメリカ社会学者A.R.ホックシールドにより提唱された概念です。[1]

この概念は非常に有名ですので、ご存じの方も多いと思います

 

肉体労働はその肉体での労働を対価として賃金が発生します。

頭脳労働ではその頭脳での労働を対価として賃金が発生します。

感情労働は――肉体労働頭脳労働と同様にーーその「感情」が賃金と引き替えに売られるのです。

感情が「交換価値」を有していると考える訳です。

言い換えれば、感情労働を行う労働者は「上手にその感情管理し、それを提供し、自らの感情と引き換えに雇用者から賃金を得ている」とも言えるでしょう。

この感情労働を行う労働者としてホックシールドは,客室乗務員さら教師看護師なども例として取り上げていました。



さて、私自身も経験がありますが、重度の障害を持つ方に対し、長期間日常生活ケアを行っていると「穴を掘っては埋める」作業毎日しているような気持ちになることがあります

そんなとき患者(あるいは利用者場合もありますが、ここでは患者統一して表記します)に対して陰性感情がムクムクと湧いてきます

これは、患者自身が強烈なストレスや混乱の中にいて、言い様のない攻撃性を援助者に向けていることとも関連します。

患者が抱えるストレスや混乱と同じような感情看護者は感じてしまうのです。

「なんで、言うことを聞かないんだ!」「どうして、噛みつくの!」「何度言ったらわかるの!」と心のなかで大きな声で叫んだことは数えきれないほどです。

ケアする人とされる人の間にはーーもちろん、その関係に限ったことではありませんがーー「感情対称性」があります

(逆に考えれば、「自分自身感情から患者の感じていることを推察することができる」ともいえます。)

こうした無意識プロセス理解をすることは自身感情コントロールするために役に立ちます

しかしながら、このことに一人で気がつくことは、かなり困難であると私は考えます

感情労働概念や、感情対称性について、ストレスマネジメントについての十分な教育や、あるいはスーパーバイザーを交えたデブリーフィングセッションを行っていく必要があると思うのです。でも、現実には、そうしたことはケアワーカーの間では殆ど行われていません。

積み重ねられた陰性感情は、罪悪感や攻撃性、無力感に変化していきます学習された無力感自尊感情の低下や自己効力感の低下も引き起こします

そして、それらはある日、まるで波が引くようにものすごい力で『反転』することがあるのです。


また、前述までと矛盾するようですが、近年の研究では「感情労働は一概にメンタルヘルスに対して悪影響となるものではなく、顧客スタッフとの相互関係から職場にとって良い影響も与えうる」ともいわれるようになってきています。その肯定的な側面として達成感の向上や患者とのつながり感覚を強めること、職務満足感を高めることなどが述べられているのです。

感情労働はそれそのものが罪な訳ではない」と私は考えます

「よくコントロールされること」「よいものとして認知されるようにすること」が大切なのだと私は思うのです。

介護労働者待遇改善などの労働衛生管理については各所で述べられている通りだと私も思います

しかし、ケアワーカーメンタルヘルスに関しては金銭面だけでは解決できないものもあると私は考えているのです。


私は、今回の事件のもの犯人に対して、ある種の憎らしさや強烈な嫌悪感を感じています

当然、許されることではありません。

ただ、私は同時に、どうして今回のような凶行に至ったのかにとても興味があるのです。


同じような事件を繰り返さないために。

自分自身が、同僚が、家族が、被害者加害者にならないようにするために。

社会としてどうしていくべきか。

医療システムはどうあるべきか。ケアはどうあるべきか。

ケアワーカーメンタルヘルスに関してはどう捉えたらよいのか。

わたしたちがコントロールできることとコントロール出来ないことはなにか。


リエゾンなどに携わる専門職が率先し、十分な議論を行い、実施可能な具体策を挙げていけるといいなあと僕は思ったり考えたりしています



武井麻子先生は『感情看護』[2]の中で、Winnicottを引用しています。(P.263)

最後にそれをご紹介したいと思います



ウィニコットは、無慈悲にも自分を怒らせる赤ん坊ケアする母親について、このようなことをいっています

 母親赤ん坊を憎むことを、それをどうこうすることな容認できなければならない。母親赤ん坊に対して憎しみを表現することはできない。[中略]母親に関して最も注目すべきことは、自分赤ん坊によって大いに傷つけられながら、子ども報復しないで大いに憎むことができる能力、そして後日にあるかもしれない報酬を待つ彼女能力である

 同じようなことが看護師にもいえるのではないでしょうか。自分を傷つける者(それは患者であるかもしれませんし、そうでないかもしれません)を憎むことを看護師容認しなければならないのです。」


<参考文献>

[1] A. R. Hochschild, 室伏亜希石川准, 管理される心―感情商品になるとき. 2000.

[2] 武井麻子, 感情看護―人とのかかわりを職業とすることの意味 (シリーズ ケアをひらく). 2001.

[3] パム・スミス, 武井麻子と前田泰樹, 感情労働としての看護. 2000.

[4]Huynh, T., Alderson, M., Thompson, M. (2008)Emotional labour underlying caring: An evolutionary concept analysis. Journal of Advanced Nursing, 64(2), pp.195-208

[5]Benner,P.&wrubel,J.難波卓志訳,現象学人間論看護,医学書院,1989.

http://anond.hatelabo.jp/20160728235647

国家から出て行けとはいいませんよ?

あなたが住みにくい国にするから貴方自身が何も言わずに出てって?と申し上げております

2016-07-28

日本国民政府に怒れ、全ての政党に怒れ、政治家に怒れ、怒れ、怒れ、怒れ!

怒れ国民よ。

無能国民として怒れ。

己の人生を食い物にしてきた役人どもに怒れ。

自分たちに怒れ、己自身に怒れ。

尊厳を失ったことに怒れ。

怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ。

考える力を失ったことに怒れ。

政府民営化せよ。

宮森はやとは、劉邦みたいなものとして評価すべきなのではないか

昨日横山光輝の「項羽と劉邦」ってマンガを読んだ。

そして、宮森はやととは劉邦タイプ人間なのだと感じたので書いておく。




https://camp-fire.jp/projects/view/7679

これを見てみよう。

キャンプファイアーで各インセンティブの項目と、それぞれについたパトロンの数を見てみよう。

宮森自身には何も提供できるものがない。彼にできるのは、意味の分からない自分語りをすることと、歌を歌うだけだ。

のものは全部他の人間提供している。彼は何もしない。できない。

みやもリターン】音痴みやもあなたのために一曲魂を込めた唄を歌い、それを動画にして送ります

人生に悩んだ時に聞いてください。

選曲は、ファイト中島みゆき)、ロックンロールは鳴り止まないっ(神聖かまってちゃん)、卒業尾崎豊)、バラ色の日々(THE YELLOW MONKEY)、Grateful days(Doragon Ashから選べます

  1. ハイパーリバ邸メンバー全員の感謝動画+ハイパーリバ邸アートにお名前刻印(小)+クラウドファンディング活動報告にお名前掲載

宮森自身は徹底的に何もできない無能である

だが、それで全然かまわないのである。むしろ、そのことに意味がある。

ハイパーリバ邸に関して、宮森がやる気をだして自分で何かしようとしたら駄目になるだろう。かれは徹底的に何もしないほうが良い。

彼はただ何かをやろうと音頭をとるだけだ。旗印になるだけだ。真っ先に俺はこれをやりますって言ってあとは他人に丸投げするだけだ。

かいことなんてなにもわからない。責任も取れない。つっこまれたら血ヘドを吐いて寝込むしかできないのだ。だって自分無能なのだから





だが、この音頭を取るだけ、旗印になるだけ、ということができる人間が少ないのだ。

普通人間は、論理的に考えようとするからだ。 プライド邪魔してバカなことができない。

能力はあってもなかなか自分が矢面に立ったり、自分が先陣を切るのはためらってしまう。失敗した時にうけるダメージを考えてしり込みしてしまう。

そういうときにこの男が必要になる。

この男は自分が何もできないことを気にしない。 大勢の前で自分がやりたいことを叫ぶことをためらわない。 そういう人間が他にあまりいない。

だったら、それがやりたいけど要は勇気がないやつらは、この男のもとに集まらざるを得ない。




そこそこ有能だが、自分に自信がなくて一人では動けない奴らが、宮森はやとという無能な頭を使って、自分たちがやりたいことをやる。

そういう空っぽの器が宮森はやとという存在である

宮森自身には何の価値もない。ただの無能クズ人間だ。 そんなことは見ればわかる。

でも、ならばその無能クズ人間の周りに、なんで人が集まるのかということを考えなければならない。







ところで。

宮森が一人で50円でなんでもやりますといったとき意味が分からなかった。宮森自身は本当に救いようがないアホだと再確認した。

お前、自分自身ではなんもできねえ無能クズだろうが。奈に勘違いしてんだ。

お前ができるのは庭の草むしりとへたくそな唄を歌うだけで、それも仲間内しか求められてないんだよ。

お前自身が何かやろうなんて思ってんじゃねえよ。

そして、余計なことをして、旗印のもとに集ってきてる人たちにまで迷惑かけてんじゃねえ。

宮森のもとに集まる人間には、有能だがきっかけがないだけの人もいる。

だが、それ以上に、宮森と同レベル無能で、だが、宮森のように勇気もなくてただ宮森にあこがれる馬鹿がいる。

50円騒動では、前者はやはり有能で沈黙を守ったが、後者が黙っていられなかった。仕方ないよな、馬鹿から

こいつらが宮森さんは悪くない、悪いのはあいつらだと連呼すればするほど、宮森の無能さが浮き彫りになった。

これは、有能なやつらにも悪影響を与えただろう。 

勤勉な無能は害しかさない。宮森の周りのバカは、宮森のことが大事ならお前らは黙っているべきだった。だが、自分馬鹿であるということすら理解できていなかったようだ。




劉邦時代と、宮森との違いは、劉邦時代だったら有能な奴しか発言権権力を持たなかったことだ。

だが、今は宮森の周りにいる有能な人間だけでなく、無能人間まで自由発言できてしまう。

おそらく、こいつらの存在が宮森にとって致命的ながんになり、これにより崩壊することだろう。

俺は宮森はやとのことは高く評価するが、だからといってこいつの人間性は嫌いだから、できれば失敗してのたれ死んでほしい。

宮森のまわりの無能バカは頑張って宮森をかばってるつもりで後ろから弾を撃ちたまえ。

http://anond.hatelabo.jp/20160728172802

続き。



ちょっと遡るけど、"男に抱かれたい話"に欠かせないんで、話しとく。

これも正確な時期全然分からんのだけど、多分中学の時。シャワ浣アナニー(ただしイけず)を日常としながらも性自認は男だったし性対象も(幼い)女性だった頃(あ、別に今もそうですけど)。

女性の下着への性的興味が高じて、母親の下着を盗んだ。ブラとショーツ。

ショーツのクロッチ部分、つまり普段マンコを隠してる部分だ。

ここに異常に執着が湧いてた。

オカンのだよ、オカンパンツなんだけど、女性下着には違いないと、ほとんどなんの葛藤もなく、オカンパンツを盗み、部屋でくんかくんかし、そして・・・・・ま、穿いてみるよね。

一緒にパクったブラもつけた。これがもうすげぇ興奮した。

別にこれでフル勃起したとか、死ぬほどオナニーしたとか、そういうのはないんだが、身に着けるだけで興奮して、それでまあまあ満足してた。

それ以来たびたび、部屋でこっそり着けてた。

誓って言うが、母親には性的興味はなかった。

その頃から今でもそうなんだが、下着は下着として性的に興奮するんだよ、オレ。

フェチっつうか。新品の下着でも全然問題なく興奮する。

それからもう一つ、チクニー

つまりオナニーの時などに乳首をいじって快楽を得ること。

これも中学生ぐらいの頃にはやっていた。

性自認が男だ、性対象が女だとなんぼ言っても、肝心の、性的なことをさせてもらえる女がいない以上、やっぱりこれも自分にやってみることになる。

なんでそんなことをやろうと思ったのかとか、どんな感じだったのかとか全部忘れてるんだけど、いつの間にかやってた。

最初の頃はくすぐったいだけだったのは、なんとなく覚えてる。

でもその時点で、なんとなく「『くすぐったい』は『快感』に繋がってる」というのを理解してた気がする。

多分、アナルの経験からかも。あと影響を受けたエロマンガでは大体最初はくすぐったがっててもすぐに喘ぎ出す、というのが続けてた根拠だったんじゃねえのかな。

そんで、まあ、じきに気持よくなった。

ああ、この辺、ホント時間順はよく覚えてない。

アナル始めたの、アナルが良くなったの、乳首を始めたの、乳首がよくなったの、射精が出来るようになったの、射精猿になったの、アナル乳首チンコを組み合わせるようになったの。

タイミングいまいち記憶にない。

とりあえず、アナニー(イかず)の頃には多分乳首いじりはしてなかった、ような気がする。

あと、チンコ射精オナニーを覚えたての頃にも乳首はいじってなかったと思う。

ただ、たまーに、いじってた気はする。

高校~浪人大学くらいの頃だったと思うけど、妄想で、オレのオリジナル妄想キャラで猫耳少女、っつっても、オリジナルっつってもそろころのエロマンガとかで猫耳少女死ぬほどあったからそういうののツギハギだけど、一応自分で組み立てたキャラのねこ耳少女があって、妄想の中でその子をしつけるというのをやってたんだけど、当然しつけるのはオレで、しつけを受ける猫耳少女もオレ。

ベッドで四つん這いになって、尻突き上げて、"オレ"の命令に従ってパンツおろして、アナルをいじり、乳首をいじったりした。

これは随分感じた。

射精を覚えてしばらくしてからチンコをしごく前に"猫耳少女妄想"タイムを入れるとよく捗った。その後の射精量もすごかった。

たいぶ乳首への愛撫に工夫や時間をかけるようになった。

肌に汗などがついていると滑りが悪く、刺激が上手くいかなかった。

これもやっぱりローションでも使えば捗ったことだと思うが、やはり手に入らなかったし、兄弟と同部屋の2段ベッドでやってるのだから後始末を考えるとそうそう使えるわけもない。

ベビーパウダーというのは大分経ってから思いついたんだが、その頃にはアマゾンでローションを買って一人部屋でするだけだったかのだから後の祭りというか、あの頃のオレ、残念だったな、というばかりだ。

いくつか、通説(あるいはエロマンガ描写)とは違うと思ったことがあって、まず、乳首は感じても勃ってこなかった。

寒い時、あるいは寒気(もしくは感動でもいいが)で鳥肌が立つような時に乳首が硬く勃起した。

で、勃起した乳首は、柔らかい時とは段違いに感度が低く、いじってもなんとも感じない。

それと、摘んだり、弾いたり、捻ったり、引っ張ったりしても、別に感じなかった、というよりは、少し痛いだけだった。

から、その頃のオレの"猫耳少女妄想"をするときは、半裸になっても寒くないような状況を作っておき、さりとて暑くて汗ばんでしまうようでもやはり乳首弄りの障りになるという、なかなかセンシティブ状況設定が必要だったし、愛撫にも、そうっと触って、撫で回すような感じ。

勃ってくる兆候があると手を止めて落ち着くのを待つ。

そんな、本当にセンシティブな、本当に女を前にしたらそこまで丁寧にやらんだろ(相手が事実として今のタッチでどれぐらい感じてるのかとかわかりようがないわけで。自分自分にやってる愛撫だからフィードバック完璧なんだよね)って言うレベルの前戯?をしてた。

これで、随分乳首が開発されて、制服の胸ポケット生徒手帳を入れる時に乳首がこすれるだけで(ハウッ・・)となる程度にはなったし、その積み重ねで、普通の射精オナニーも随分捗った。


ああ、ここでちょっと思い出した。というか、ここまで書いて、やっと気づいた。

オレ、親父がクソだったのね。

まあ暴力もそれなりにあったんだけど、怒りっぽくて、支配的で、でも粗暴なわけじゃなくてなんというか、、、、よくわからねえんだけど、細かいことにすげえ口うるさくて、アレコレ口出すし指示するし、逆らうと怒りだして怒鳴ったり、たまに手が出たりするような感じ。

怒られるのがとにかく怖くて、ずっと従ってた。

従ってればよかった。

から、オレは”従う性”の女セックスをしたくなったんだ。

こういうのもちろん語弊あんだけど、まあ概念的なね。

ポリティカル・コレクトネスとしてアウトなのは分かるけど、従来的な、旧来的なジェンダーとして。家父長思想的な性として。

”男に蹂躙される性”。

それと同時に、男に傅かれたかったんだよね。

男に奉仕されるセックス

奉仕させるセックス

女になって、マンコとアナルチンコ挿入されて、両手にチンコつかんて、口にチンコ咥えて、乳首や首筋とかこってり愛撫されて、イキ狂う。

そんな雌ックスがしたかった。



それでね、これから書くことは汚いと自分でも思うし、いよいよ本格的に引かれると思うけど、シャワ浣するとさあ、直腸は綺麗になるんだけど、水が多少腸内に残るのね。

で、それはそのままシャバーと水で出てこなくて、よく知らないんだけど、腸内の粘液とか粘膜と混ざって、ゲル状とは違うんだけど卵の白身っぽいような、どろどろぷりぷりした、まあ粘液みたいな感じで出てくるんだよ。

からシャワ浣した後にアナニーしてると、偽チンコ、まぁディルドだったりバイブだったりしょう油ミニボトルだったりすっけど、くっついて"それ"が出てくることあるのよ。

くっついてでなくても、事後にブジュッと。

前に書いた、内山亜紀なんかであった、少女のマンコとかアナルに酒なりシャンパンなり入れて、グラスに出させて飲むやつの真似して、それをね、自分で飲んだりしてた。

もしくは、普通にマン汁をすすり飲んでるつもりで、その、オレ自身の腸から出てきた粘液をすすったりしてた。

よく腹壊したりしなかったよなあとか思う。

あ、もちろん自ザーは当然のように飲んでたよ。

いや面倒くさいから基本はティッシュとか、風呂で出して流したりとかだったけど。

でもティッシュで拭く前に指ですくって舐めとったり、顔まで飛んだの舐めたりとかね。

ティッシュで拭ききれなかったのとか、指についたのとかね。

自分で出したのを全部飲みきったことは生憎とないね


ちょっと無駄多いんで整理するわ。

小学校の時から「女の立場」で男と抱き合うのにドキドキしてた。

中学ロリエロマンガ同人商業ともに)に触れてロリコンになるとともに、作中でのプレイをさせてくれる相手もいないし、作中で犯されるロリヒロインがあまりに気持ちよさそうなので、自分身体ロリヒロイン見立てて、シャワ浣をしたりアナルにビー玉入れたり、しょう油のミニボトルにお湯を入れて挿入する等のプレイを重ね、アナル快感を開発していった。

・ちなみにシャワ浣は今でもしてる

・同じ頃、乳首も、妄想の猫耳少女自分投影して弄りまくり、だいぶ感じるように開発した。

普通チンコオナニーのしかたは分からず、カウパーで亀頭こすりぐらいしかしておらず、未精通だった。

・高校卒業してほどなく初めての精通を迎え、チンコをしごくオナニー猿になる。

・ただ、シャワ浣だけはずっと継続普通にうんこが出来なくなった)。

アナル弄りと乳首弄りをしながらチンコオナニーすると大きな快感を得られるが、準備や後始末に時間がかかるので、たまーにやる特別オナニーだった。

まあそんな性ライフの私も社会人になるわけですよ。

社会人になって金が飛躍的に余裕が出た。

そっからはもうね、金に明かせて超速の進歩を遂げる。

女児下着上下プリント女児パンツジュニアブラ)とか、もっと格好いい感じのスポーティ上下セットとか、とりあえずデザインが気に入った女児パンツ、大人ショーツ、安っぽい300円綿ショーツ、それにオレが履けるサイズニーハイソックス各種、フリフリにリボンがついてるような純白のやつから、縦縞、横縞、ビビッドな色にアースカラー、おしゃれカラー、網タイツみたいなスケスケ。

ブラ・ショーツ・ニーハイソックスだけで随分種類集めた。

たまに身につけてはみたけど、まぁその当時は今よりずっとスリムではあったけど、生来筋肉質の太い脚にニーハイソックスはとても似合うもんではなかったし、女児パンツぱっつんぱっつんジュニアスポブラもキツキツ。

なんかほら、下着だけとは言え、女装するなら「可愛い女の子」に成りたかったモノとしては、惨憺たるザマだった。

まぁ、それは"着たこと"の満足でよしとしよう。

似合わないとかサイズ合わないは泣いて飲み込んで。

あと、金で、通販でローションとディルドー買った。

それまで、しょう油ボトルだの、タオルの結び目だの、そういう代用品じゃなくて、ちゃんとした"ペニスの代わりに使う性具"を、比較的自由に入手出来るようになった。

この頃にはね、もうはっきりと出てきてた。

男に抱かれてみたかった。

オナニーする時には、犯される女の子感情移入して、女の子視点でエロマンガとか読んでた。

ネットとかで可愛い絵とか良いエロ絵を見ると「いいなあ可愛いなあ(こんな格好してみたいなあ)、エロいなあ(こんなエロいことされたいなあ)」ってなってた。

TSモノにはっきり興味を持つようになって、探しまくっては読んでた。

ホモマンガあんまり充実してなかったのか、その頃にはまだ興味沸かなかった。

TSもそうだけど、エロマンガですごく好きだったのが、大勢に輪姦されるタイプ

サンドイッチファックされて、同時にフェラもさせられて、両手にも別の男のチンコ握らされて、両乳首をそれぞれ別の口や手で吸われたりこね回されたりするの、天国かよ!って思ってた。

それらと同時に、会社の有人から誘われて、風俗にいった。

もうね、これがハマった。ヘルスにアホのようにハマりまくった。

行ったのは、錦糸町曙町歌舞伎町あたり。

安くてサービスもちゃんとした、良いヘルスいくらでもあった、石原都知事の大浄化作戦以前。

一番行ってた時は週3を1ヶ月くらい続けた。


から、この頃のオレの性ライフ三本柱は、

・下着女装

・ローション・ディルドーつかって乳首アナル責めてのチンコオナニー

ヘルスイメクラ

ああ、女体経験なかったんで、色んな女性の裸見て、キスして触って舐めて、咥えてもらって、挿入以外はなんでも出来るの、とても良かった。

後で思い出してオナネタにしたりした。

そうするうちに、まあ金は無くなるし、サービスはいいんだけど結局飽きは来る。

そんで、ちょうどヲタコスを大量に常備したイメクラがいくつか出てきた。

それ以前のイメクラって、女子校制服電車セットで痴漢したり(これはやった)、ブルマに体操服で女生徒セクハラしたり、こっちは白衣来て、補修だとかいって教官室に呼び出して成績の代償にセクハラとか(これ全部やったやつ)で、アニメなりきりプレイみたいのはまだ少なかった。

だもんで、アニメプレイはハマった。

大いにハマった。

実はときどき自分シナリオ書いて持ってってた。

これが結構好評だったんだよね。

公式ページに乗せてもらったりした。

そんで、オレが行きつけになった店の、オキニになった娘が本当になりきりプレイというかキャラ演技の上手い子で、エヴァプレイとかKanonプレイとかCCさくらプレイとか色々やった。

メアドを交換して、空いてる日を教えて貰ったり、どんなプレイをしたいか予告して、コスを確保してもらったりしてた。

オレが特別扱い受けてたってわけではなくて、常連客は大体そうだったんだろう。

まあでもそのうち恋人が出来たので、ぱったり行くのはやめた。

恋人とは、ごくごく普通に、猿のようにその後めちゃくちゃセックスした。

そんで2年くらいで別れて~。

まだオキニさんが続けてたんで、連絡とって予約して

で、またハマった。

まぁそれで、オキニさんからも時々プレイ提案もらってたのね。こんなコスでこんなのしませんか?て。

で、ある時、レズプレイ提案されたことがあったのね。

つまりね、お店の、アニメとかエロゲーヒロインのコスを"オレも"着てみませんか?という提案

これはねえ、もう本当にねえ。

ドハマりした。

そっからは、そのイメクラプレイルームけがオレの聖域《サンクチュアリ》。

Kanon制服も着た、サクラ大戦アイリスエプロンドレスも、エヴァ中学生服も、ディズニーアリスエプロンドレスも、ミニスカフリフリゴスメイド服も、JK制服も、巫女服も着た。

店にあった、サイズの合うコスはほとんど着た(その頃まだ痩せてはいたけど、紳士Lサイズの男なんでやっぱ限定はされる)。

オキニの子、仮にイヴちゃんとでも呼ぶけど、イヴちゃんにきっちりメイクしてもらって、それからドンキでロングヘアーウィッグ買って持参して、キャラに合わせて結んだりまとめたりして整えてもらって、レズプレイをした。

レズプレイというのかな。

レズプレイだとしたら、完全にオレはネコで、イヴちゃんがタチ。

「オレは大人しくて初心で(場合によっては相手に開発されてるけどまだ羞恥心がある)、いやがりながらもあちこち責められて感じて来ちゃって、最後はペニバンでアナルを突かれてフィニッシュ

これが黄金パターンになったわけよ。

基本の流れだけ決めて、会話とか責めの手順とかリアクションアドリブ

イヴちゃんは実に上手かった。いやフィンガーテクとかフェラとかもちろんだけど、やっぱりセリフとか展開のアドリブがね。

ちゃんと作品をよく知ってた。

まあオタの目から見ると、ううん?と思うこともないではなかったけど。

今思うと、こんとき写真撮って貰ってたらよかったなあ。

でもこれも次の恋人が出来て終了。

オナニーに逆戻り。


続く。

次で入り切ると思う。

雌ックスがしたい。

クソ長い。

入りきらなかったから分割する。

あと、クソキモいムナクソなことがたくさん書いてあると思うから、閲覧注意だ。

ホモ風俗に行きたい。

都内店舗型なんてほぼ存在しないらしい(他県は知らない)。だからウェブサイト写真プロフィールで選んで、電話で予約して待ちあわせてラブホに行くようなやつ。イケメンじゃなくていいんだが、オレよりずっと背も体格もあって筋肉モリモリのひとがいい。

オレを抱えて駅弁ファック出来るぐらいのパワー。

そのパワーと体格で、オレを女の子みたいに軽々と扱って欲しい。

お姫様抱っこから、ベッドに放り投げて欲しい。

当方40過ぎの中肉中背、若干中年太りで腹肉がヤバめの、オタクのオッサン

妻子あり、ただし現在セックスレス

ホモではない。

オレは男に抱かれてみたい。

女になって、体格差のあって力でも到底叶わないような男に押し倒されて犯されたい。

よく考えてみると、どうも小学校の高学年ぐらいから抱き続けてる願望なんだよ。

表面化したり忘れたり発達したり複雑化したりしながらずっと続いてた欲望らしい。

えっとね、永田カビさんの「さびしすぎてレズ風俗にいってみたレポ」を読んだんですよ。

読んで、あ、そうなんだよ、オレもホモ風俗に行きたいんだよって思って。

その欲望だの願望だの抑圧された、自分で抑圧してきた望みだのをちょっと掘り下げて直視してみようと思って。

さびしかったわけじゃないし、永田さんみたいに対人面だの家族面だの人生面だので切実な辛さがあったんでもないんで、同じみたいに語るのは失礼だと思うんだけど、オレもどこにも吐き出せないで生きてきた切実な思いでもあるんだよ。

ちょっと思い出せるとこからとにかく書いてみようと思う。

後で整理して削ったり足したりするけど、とりあえず、小学校高学年あたりから

小学校高学年頃のクラスメイト数名にエロ知識を教わったのが、言ってみたらオレのエロ歴の始まり

の子からみたらアホみたいな、「女にはチンコがなくて、マンコの穴があって、そこにチンコを入れる。男はチンコから精子が出る。マンコの中に出すと妊娠する」ぐらいの知識。

その頃マジで保健体育の性教育なんて「おしべとめしべが~」みたいなのと、チンコとか精巣の断面図、女子の膣から子宮から卵巣までの断面図とかしかやらなかったから。

時代性とか生活圏とか文化圏とかの違いはあるんだろうけど、小学生のオレらには「彼女を作る、彼女セックスする」なんて発想はなかった。

ないこともなかったけど、遠い未来の、大人になってからの話だと思ってた。

男同士で一緒に立ちションとか 勃起チンコの見せっことかはしたけど、ショタBL的な展開はなかったよ。

ただ、服着たまま寝っ転がって抱き合ってセックスごっこみたいなことをよくした。

ああ思い出した、この頃はセックスなんて言葉知らなくて「ベッドシーン」って言ってた。

確かに大人露骨セックスとか言わなくて、ベッドシーンぐらいに濁して言ってたよ。

からベッドシーンごっこだ。

正常位も後背位も座位もなんにも知らないっつうか、セックス実態しらねから、ただ寝っ転がって、抱き合って、足を絡め合うだけ。

誰が女役になるかでよく争いなった。

男役も女役も全然違いないんだけどな。

こんときホモとかアナルセックスの知識があったらオレ、受け役にまわって、今頃完全にホモになってたかも知れない。

まあそれはおいといて、そん時実際はオレは女役をする時すごいドキドキしてた。

女役を嫌がるふりをしながら、本当はいつも女役をやりたかった。

まあ今思うとそうだったな~って感じなだけなんだけど。

ズボンの生足の肌に相手の足や手が触れたりすると、すごく、なんともいえないもやもやとした、変な気分になってた。

この頃にはちょっともうかなり芽があったわけだよ。


中一の時に知り合ったガチオタ友に、初めてエロ同人とかエロマンガとかを読ませてもらった。

ロリコンって嗜好を知ったし、ロリコンに目覚めたのはその頃でそいつのせいだし、機械姦だの触手姦だのアナル姦だのって感じのオタっぽい嗜好に目覚めたのもその頃でそいつのせい。

そのエロ同人とかでそうかマンガアニメ女の子エロい欲望を抱いていいんだ、と思った。


それと、エロマンガの中で犯されてる女の子は、

ものすごく、

気持ち良さそうだ、

と思った。

思ってしまった。

何も考えらんなくなって、ひたすらボロクズみたいに犯されて、快楽の声をあげてんの、すげえなあ・・・・(すげえうらやましいなあ・・・・・)って思っちゃった。

精通より先に、そう思った。


オレが精通したのは、高校卒業してから。遅すぎだよね。

オナニーのやり方がわからなかったんだよ。

だってさ、マンガとかに出てくる男のオナニーって、チンコこすってんのは分かるけど、チンコってこすれないじゃん?

セックスピストンするみたいには、チンコの表面ってこすれない。ヌルヌルがないと擦れない。

昔は高校の頃とかローションだなんだ、手軽に手に入らなかったし、そんな便利なもんの存在知らなかった。

オナホも知らなかった。

性具として存在知ってたのってバイブレーターぐらいのもん(エロマンガによく出てくるから)。

大人のおもちゃ屋とか近くになかったし、あっても入れるわけないし。

濡れがいまいちな女性マンコに塗るチューブ入りの潤滑剤みたいのならあった気がするけど(エロ本広告面とかで)。

どっちにしろ金もなかったしね。

から、どうしごくのが正解なのかって、わからなった。

加減というか、具合みたいのが分からない。

マンガではそこまでわからんのですよ。

それに、中高では、わずかなオタ友を除いて、ぼっちだった。

学校で話す友達がいなかった。オナニーのやり方を相談する相手がいなかった。



まあそんでね、ぐいっと話戻すけど、中学のオタ友に幼女機械だの触手だので犯されたりとか、囚われの幼女マンコにシャンパン流し込まれて、それをグラスにショーっと出して、それをオッサンが美味しそうに飲むとか、囚われの幼女マンコに、サイズ的にきつきつのビー玉をいくつも入れてから、一個ずつ産み出させるとかね、これどっちも内山亜紀なんですけどね。

そういうのがすげぇどきどきした。

ラムラした。

そういうことがやりたいと思った。

でも、目の前、学校身の回りに、そんなこと出来る幼女なんているわけがないんだよ。


からまり自分でやってみた。

なんでか自分身体対象にしてそれらの行為をやってみようと思って、やっちゃったんだよ。


おれ自身はずっとヘテロ

ロリ好きだったけど、クラス女子に恋したり、女性アイドルに恋心抱いたり、エロ妄想したり、女性水着ヌードグラビアに興奮してたし、性自認は完全に男だった。

男として、女性の肌や身体マンコやオッパイに興味シンシンだった。

当たり前に女とセックスやりたくてしょうがなかった。


それなのに、本当になぜか、ロリエロマンガ幼女がされてることを自分でやってみようと思った。

マンコは持ってないから、アナルに。


多分ここ、分岐点だったね。

まあ、小学校高学年で既に兆しがあったんだしさ、素質はあったんだよ。どう考えても。

からやっちゃったんだろう。

もしこの時に身近にお医者さんごっことかいたずらとか出来そうな女の子とか、それか真っ当に彼女でも出来てたら、その志向は消えてたか、というか今ほどに伸びるっつうか、こじらせることはなかったんじゃないかな。

逆にロリ犯罪に走らないで済んだともいうが、おれくらいのオッサン世代でお医者さんごっこはそこそこ普通じゃねえか?

いやオレやったことねえわけだが。

ああ、だからさ、この時既に本当は「女セックス気持ちよさそう」って思ってたんだよね。

それが土台にあるんだ。

でも、まだ、「だからセックスをしたい」とは認めてなかったんだ。

まだ今のオレでも一瞬誤解してた。

「なぜか」とか言っちゃってる。

なぜも何も。

女のセックスが出来る女の身体がうらやましかったんだ。

ただ、性自認が男で、性対象が女だったのもホントなんだよ。

幼女にいたずらをしたかったんだ。

若い少女への性的行為が出来ない代償として、少女の代わりにオレ自身の肉体を、オレに差し出したんだ。

まあそんでさ。

話戻すけど。

自分対象幼女見立てて、試したわけだよ。

最初は指を入れてみた。別に気持ちよくはなかったんだけど、エロマンガ幼女がされてることをしてると思うと興奮した。

それから、でかいビー玉を入れてみた。

直径3cmぐらいありそうなやつ。

次々と3つぐらい。

それを"出産"してみた。

やっぱり特に気持ちよくはなかったけど、興奮はした。

エロマンガみたいにしばらく入れっぱなしにして後で出してみたら、うんこと一緒にというか、うんこの中に入ってた。

それで、"そういうこと"をする前にはしっかりうんこを出しておくようになった。

エロマンガで、機械姦というか、囚われ少女が診察台みたいなとこでマンコやアナル尿道に透明チューブ差しまれて、延々と浣腸媚薬を流し込まれるみたいなシチュがよくあったんで、風呂シャワーのヘッドを外してホースアナルに入れて、お湯を流し込んでみた。

今はシャワ浣なんて言葉を知ってるけど。

これも別に気持ちよくはなくて、ただ、下痢でもないのにザバーッとうんこが出るのは不思議快感があった。

このシャワ浣は、やり方に変遷はあるけど、現在に至るまで、すっかり習慣になってしまった。

そんな感じで色々試して、エスカレートしてった。

段々と、なんとなく気持ちよさというか、性的快感も感じるようになってった。

中でも一番気持ち良かったのが一回だけあって、強烈に覚えてる。

というか、アナルでイけたのはこの時一度きり。

わかんねえけど多分あれ、イったんだろうと思う。

やっぱりエロマンガで、ヒロインマンコにシャワーあてて、いわゆるシャワーオナニーしてたのを見て、試したのよ。

風呂場で、うんこ座りして、真下からアナルにあっついシャワー当てた。

アナルがゆるんでくると、内側の奥の敏感な粘膜にお湯が当って、びくっ!って反応して、アナルがキュッ!とすぼまっちゃう

くすぐったいというか、敏感過ぎて刺激が強すぎるというか。

それを何度か繰り返して、敏感な粘膜に当っても反射的に締めないように、我慢してゆるめるように頑張って、その内に段々ゆるまるようになって、ぽっかり開いたアナルにあっついシャワーを当て続けられるようになって、あっついシャワーが敏感な粘膜にシャーーーっと当たって、強すぎる刺激がずーっと続いて、「なにこれ、何これ、あーなにこれ、うわああ・・・・・」みたいになって、どんどん頭がボーっとなって、真っ白になって・・・・・スパークして、脱力した。

果てたー、って感じ。

ブットイ一本糞が、ぼっとりと出てた。

それが、いまだに唯一のアナルイキ。

アナニー歴約20年あまりの中でその時の一度きり。

シャワーホースでシャワ浣するのは全然けが違うのよ。

ホースが入ってくる瞬間以外は、まあ異物感は別にしても、別段アナルに刺激ねーわけで。

人によりけりだと思うけど、オレは"アナルに熱いお湯"というのが良かったらしい。

時間順よく覚えてないけど、多分、このイキ体験が先にあってその上で"色々試す"にハマったんだと思う。

それとは別で、色々やってくなかで覚えたお気に入りのやり方というか、道具があったんだけど、これらも多分"イキ体験"ありき、だったんだと思う。

お気に入りのやり方、2つあったんだけど、一つは、タオル歯ブラシ風呂場に余計なもん持ち込まなくていいよね。

タオルの角っこに結び目を作る。

これがまぁ、亀頭イメージ

そんで、結び目に歯ブラシの柄を引っ掛けて、アナルに押し込む。

奥に結び目が入ったら、結び目を置き去りにして歯ブラシだけ先に抜く。

で、適当時間置いてから、ゆ~~~っくりと、タオルを引き抜く。

これがすごい。

気が遠くなりそうな快楽

イけなかったけど、すげぇ快楽

タオルのざらざらの摩擦とか、吸水して粘膜に貼り付いたタオルが引き剥がされたりするのが快感なんだろうね。

時々タオルに血の跡があったりしたんで、多分奥の方の腸粘膜を傷つけてたんだと思うけど、ホントやべえ・・って怖くてセーブしてたプレイ

ま、奥っても歯ブラシの柄の長さ分だから、今使ってるディルドより全然手前なわけだが。

二つ目は、コンビニなんかでよく売ってる100mlくらいのしょう油のミニボトル

こういうやつ。

https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%A3%E7%94%B0%E9%86%A4%E6%B2%B9-%E6%AD%A3%E7%94%B0%E3%81%AE%E4%B8%B8%E5%A4%A7%E8%B1%86%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%82%86-%E7%89%B9%E6%92%B0-100ml%C3%976%E6%9C%AC/dp/B00O3UY5RW/ref=sr_1_3?s=food-beverage&ie=UTF8&qid=1466531709&sr=1-3&keywords=%E9%86%A4%E6%B2%B9+%E5%B0%91%E9%87%8F

これのキッコーマンのやつが太さ長さ凸凹どれも抜群で、中身のしょう油は捨ててボトルをよーく洗って、中に熱めのお湯(43℃くらい?)を入れて挿入すると、その熱がすげえ快感になる。

繰り返しになるけど、それでもイきはしない。

ヘタに激しくピストンなんてすると普通に肛門が痛い。

ローションがなくて、リンスとかシャンプーでやってたからね。

から、このあっつい醤油ボトルアナルに挿入して、じわー・・・・って快感を味わいながら、ゆっくり出し入れしたり、ゆっくりとぐりぐりこね回したりしてた。

これも病みつきになった。

でもこれもやっぱり中毒になるのが怖かったし、あと余計な道具(ボトル)を風呂場持ち込まなきゃいけないからバレないように神経使うし、だから我慢して時々、ホント一月に一回とかだった。

あと、勃起チンコをいじっても射精まではいかなかったのよ。

"しごく"ってのがホント、加減とかがわかんなくて上手く出来なかった。

カウパーは出てた。

からカウパーのぬるぬるで亀頭をいじったりはしてたんだけど、やっぱり射精にまでは届かなかったし、なんかそれでいいと思ってた感じ。

亀頭気持ちよかったし、アナル気持ちよかったわけで、物足りなさはあったけど、そんなもんだ、それで別に問題ない、と思ってた。いつまでもゆる~く気持ち良いのが続くんで、やめどきが分からないってのはあったか

まあだから、大体飽きるか、疲れるか、あとアナルというか直腸調子次第でもあった。

ほら、下痢の時、うんこを出しても下腹になんか痛いのとも単なる便意とも違うつらさがあったりするじゃん?そういう、腸の調子みたいなの。

そういうの次第で適当にずるずると快感を味わって、なんとなく終了してた。

まりイく快感を知らなかっただけなんだけど。

それで、細かいことは全然覚えてないし、だからきっとそんな強烈な体験じゃなかったみたいなんだけど、ある時チンコのしごき方がわかったわけ。ふと拍子で。

高校卒業して大学浪人してた時。

男なら普通に知ってるはずだし、女も手コキみたいなことしたことあれば普通に分かると思うけど、割と当たり前の、ちょっとした、ささいなコツみたいのあるだろ。

コツっつうか、つまり"皮を握って中身をしごく"みたいなこと。

あえて、もしかしてからない人がいるかも知れないから一応説明すると、たとえば手首の出っ張ってる骨あるだろ、二箇所。その辺りを、反対の手で握るだろ?そんで、握ってる皮はそのままに、中身だけ、出っ張ってる骨の上をこするというか、行ったり来たり出来るだろ?そういうやり方なんだよ、チンコをしごくのって。

今になってみると当たり前だし、少なくとも男なら誰でも知ってる方法なんだけど、当時のオレはそれがずっと分かってなかったの。

分かった時、その時もうすぐに射精できた。

初めて射精出来たら、そりゃあ猿だよね。

一日に5回とかオナニーするようになった。

受験勉強ちょっと飽きるとすぐにチンコしごいてた。

普通中学高校生ぐらいで経験するオナ猿状態に、10代が終わりかけで突入したよ。マジ猿。

じゃあアナル忘れたか?っつーとアナニーほとんどしなくなったんだけど、シャワ浣はもうクセというか習慣化してて、シャワ浣でないとうまくうんこが出来なくなってたんだよ。

マジで困ったことに。

出来ないわきゃあねえんだけど、キレが悪い。

トイレうんこしても、残便感がひどい。

恐らく本来はそんなもんなんだろうけど、あまりに残便なくきれいにシャワ浣でいつも出し切ってたんで、残便感が過剰に感じられたのと、あと多分ホント肛門の締りが緩くなって、残便があるといつまでたってもペーパーで拭ききれないんだよね。

そんなわけで、アナニーというわけでなく、快感を求めるでもなく、シャワ浣だけはずーっと、ほぼ単なる排便行為として続けてた。

続く。

http://anond.hatelabo.jp/20160728000910

無邪気だなあ~

ここまで無邪気になれる元増田自身はとても良い人なんだと思う。だからそれまで当たり前に普通に食べて生きられることに疑問を感じなかったし、それ以上に幸福があってやっと幸福の実感が持てたのだと思う。

ただその無邪気さを不幸な人にぶつけると鬼を産むことがあるよ。


※追記

「鬼を産むよ」って言ったその日の夜に「お前が憎い」ってエントリホットになっててワロタというか、マジかというか、ホラ見ろというか。

http://anond.hatelabo.jp/20160728154543 

病人障害者を生かすか殺すか決めよう

それをちゃんと考えるべきときが来たんだ。

身体的・経済的理由で、ひとりでは生きていけない病人障害者がいる。そういう、治癒可能性はないけど生命維持のコストはあるみたいな、取り返しのつかない事から起きる全ての損害は、とにかく「金で補填する」以外の手段はない。とにかく金の問題なんだ。

全ての損害っていうのは、病人障害者生活費医療費だけじゃなく、彼らの面倒をみる人間となる家族施設病院スタッフが割く労力も入る。患者から受ける言葉身体暴力なんか、まさに損害そのものだ。そんで、面倒みる為にする配慮努力と忍耐に対して”充分な”給料や、福祉企業による物理的/精神支援がその補填だ。

病気障害は、理不尽権化みたいなもんだ。どうしようもない。そういう解決しようのない問題を、唯一埋め合わせできるのは金だけなんだよ。

気持ち問題じゃない。そういう話じゃない。資本主義な以上、どんな人間も金を使って生きてるのは事実だ。金を稼げない類の病気障害というマイナス要因は、とにかく金をつぎ込んで収めるしか道はない。補助金でも何でもつぎ込んで、病人障害者の面倒をみれば”儲かる”仕組みを作って、みんなが生きていける道を築くしかない。病人障害者が生み出す全ての損害を金で補填するってのは、要するにそういうことだ。

だけど、現実はもう言うまでもないよね。

全く補填できていない。病人障害者に限らず老人、乳幼児福祉施設低賃金労働問題とか、その派生保育園落ちた死ねとか、もう目新しくもなんともない。

そりゃ、病人障害者が救われないことや死んでしまうことは、悲しいことだ。誰だっていつ病気になるかわからない。事故障害者になるかもしれない。だから基本的人権社会保障存在する。そしてその存在保証の為にも、病人障害者には生きていて貰わなきゃならない。なるほどたしかに。

でも現実として、その損害を補填するだけの金がもうこの国にはないだろ。

相模原市事件犯人だって、薬物依存とか精神病入院してたんだろ。それなのに、福祉にも家庭にも「補填」されずに出てきちゃったから、病気から救われずに社会からこぼれ落ちたから、犯行という「損害」が起きてしまったってわけよ。まさに犯人自身が、もう日本には病人障害者を救う為の金と労力を充分に割くことが出来ない、っていうひとつの事例じゃん。似たような感じでたくさんの病人障害者社会からこぼれ落ちて、そのまま消えて死んでいくような土壌があったから、犯人みたいに不幸の重なりと個人的事情モリモリ感ある特別攻撃的な奴がポッと出て来ちゃうんだよ。

社会保障制度がありますよ」「病人障害者になって自活できなくても生きていけますよ」

そんなおキレイな建前と、本当はもう救いきれない現実の剥離が、こういう事件の形として噴出しただけじゃん。

病人障害者、その周囲の人間ためのコストを充分に補填できる金はこの国にないって、いい加減に認めるしかないだろ。

その人の生命保証する為に、金を払うだけの「価値」があるのかを判断しなければならない程、この国はもう駄目なんだって現実を認めるしかない。

人命を金銭価値に置き換えて判断するのは、倫理ガーとか、助け合いこころガーとか言う奴が絶対に湧くだろ?でもな、そんな倫理自尊心を守れる程日本はもう裕福じゃないんだよ。現場人間押し付け体裁だけは保とうとするから現場健康だったはずの労働者が壊れたり、暴力を振るったり、今回みたいにぶっ殺したりするんだよ。衣食住が足りなくても礼節は守ろうなんて、無茶なんだよ。

「何の病気や何の障害であれ、生きる権利がある」のが基本的人権生命尊重だっていうなら、患者とその周囲の人間苦痛を和らげる全ての手段がつくされて、全ての選択肢が許されるべきだ。直接的に言えばな、もっともっともっと積極的にあらゆる面から金がつっこまれているべきなんだよ。

でも、今それができているか?いや、今までだってできていたか

できてなかったし、更にできなくなってるのが現状だろ。弱者の救済とかそういう「良い事で普通とされいる事」は、金持ちだけの特権だってみんなもうよく知ってるだろ。

病気障害を持って生まれることや後天的になってしまうことは、ほとんど運みたいなもんだし、不幸だし残念だし理不尽だし、仕方のないことだ。それを助ける金がないことも、仕方ないことだ。だって、ないものはないんだから

誰を生かすべきで、誰を見捨てるべきか。

思いやりとか助け合いとか言って先送りにするのはもうやめて、そろばん弾いて考えるときが来たんだよ。助けられる人を助ける為にも、切り捨てる判断必要だ。コラテラルダメージってやつ?今回の事件現場障害者福祉施設ってのもあるし、哲学が過ぎるけど「生きているとはどういうことか」の再定義から考える位のことからした方がいいかもな。今の政府路線のまま自己責任範囲を広げるのが一番理に叶うだろう。家庭に負担押し付け過ぎて社会問題にしない為にも、尊厳死安楽死議論もするべきだ。

病名は伏せるが、不治の病であり、自活する力のない病人のひとりとして言っておく。

病気障害も、金がないのも、全部仕方がない。

そして、病気障害も、貧乏も、全部受け入れることから始めるしかないんだよ。

からまず私から受け入れる。もし、私に払える医療費はもうないと国から言われたら、自力医療費を稼げない私はそのまま死ぬことを受け入れる。直接殺されるのはさすがに勘弁して欲しいが、治療継続できずにゆっくり悪化してゆっくり死んでいくなら、もう構わない。国に見捨てられた、殺されたなんて言わない。病気なのに金がないから、仕方がないんだ。

もしいつか自分が同じ立場になろうとも、重篤な奴は見捨てると決めるか。

キレイ事を守ってみんなでゆっくり破滅しながら、あるかないかからない生き残る道を探すか。

正しいか正しくないかじゃない。金がないという問題に、どう対処するかの話なんだ。

デレステ設定

電撃 - 『アイドルマスター』10周年を石原D(ディレ1)と振り返る。これまでのライブイベントの深いところに迫る

――『スターライトステージ』のコミュニケーションパートは、各キャラアイドルとなった経緯や、キャラ同士が仲よくなった出会いなどのお話が多く、ファンとしてはとてもうれしいストーリでした。本作のストーリーゲーム本編(スマホゲー)やアニメ内で語られなかった設定を補完しうるものでしょうか?  それともまったく別のパラレル設定なのでしょうか?

 『スターライトステージ』はアニメの346プロとは違います。そもそも、プロデューサー武内くんの演じるPではなくプレーヤー自身ですしね。そういう意味では完全にパラレルです。


 ゲームシンデレラガールズ』内の“マジアワ”、“NO MAKE”はアニメストーリーを補完しうる内容として書いていますが、『スターライトステージ』のシナリオアニメを補完するものではありません。

http://anond.hatelabo.jp/20160728105520

ひどい旦那がいるもんだね。

必要かどうかは自身が決めるもんでしょ。

この手の人に、あなたのためにきれいにしておきたかったの、なんて言ったらウザがられるだけだからご注意を。

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.あなたナルシストですか。もしそうなら、自分自身が好きであるに足りうる要素はなんでしょうか。

結論として、答えはYESだ。

そして、自分が好きであるに足りうる要素は、合理的理由なんて必要ない。

何かを好きになるとき、その対象完璧である必要なんてないだろう?

あるいは、客観的にみた欠点がかえって好ましい要素となりうることもあるはずだ。

広義の意味で捉えるのならば、ほとんどの人はナルシストだ。

自分のことが嫌い」といったとしても、そう言っている自分のことが好き、だという可能だってあるだろう。

程度の問題であったり、それを自分がどう認識するかという違いはあるが。

もちろん、他人がどう思うかはまた別の話だ。

はい他人がどう思うかで形作られた要素と、自身がどう思うかで形作られた要素に優劣なんてないし、別にどちらかだけの必要もないだろう?

ナルシズムを恥ずかしいという人もいるが、好きになる対象自分であるか、その他であるかの違いなだけだ。

いずれにしろ、人々が語る好き嫌いなんてものは、その対象が何であれ他人にとっては犬の餌にしかならないさ。

その犬の餌で腹を満たすかなんてこと、私は知らんよ。



Q.最近更新ペースが下がりましたが、忙しいのでしょうか。

いや、実生活は代り映えしない。

ただ、最近は他のものを精力的に書いていてな。

そっちに時間をとられている。

質問も回答は一応あって、推敲すれば投稿できる程度のものは備えてある。

タイムリーな話を適当に取り扱えばいくらでも作れるが、自分が大して関心のないものを書いたって楽しくないからね。

久々に緊張で全く喋れなかった

緊張で息が詰まって泣いてるような間の取り方になってしまった

相手への印象を考えたくないほどにボロボロの発表をしてしまったと思う.

中学生の時は学級委員をやってて、人前での発表も全然平気だった.先生から1人だけ発表の内容ではなく仕方について工夫を褒められたこともあるし、むしろ発表は得意だった.

高校生の時は演劇をやった.知らない人の前で演技することも最終的には慣れっこになった.うちは他校と合同発表会みたいなのをしてて、会場での運営は生徒自身がやるような形だった.だから受付や司会も自分らでやらなくてはいけなくて、俺は司会も何回かやった.その場で即興で話を組み立てて喋ることだって慣れた.

高校卒業の時は人前で喋ることに対して恐れは0になっていた.

大学生になった.俺は引きこもった.理由は書くと長くなるけど簡単に言うと精神的に鬱っぽくなって身体に影響出ちゃって大学に行くに行けなくなった.それが2年ほど続いた.つらかったけど少ない友達や、引きこもる前に行ってたサークルの仲間とたまに会っていたか死ぬほどつらくはなかった.

徐々に外に出る練習もして、この春からやっと授業に出られるようになった.何とか通えていた.

期末試験シーズン、俺は取ってる少人数の授業で発表をやることになった.この授業は半期かけて各自が調べたことを最後に発表するってやつだ.

俺は引きこもっていたとはいえ、その間もたまに友人と会った時は全く問題がなかった.身体的にも、精神的にも高校の快活な時と変わりがなかった.

から発表も嫌じゃなかったし、むしろ楽しみだった.俺が見事な発表をかましてやるぜって意気込んでたくらいだ.

なのに昨日の発表当日.俺は全然喋れなかった.

30分前から緊張が襲ってきて、授業5分前ぐらいから呼吸も荒くなってきた.

おかしい.落ち着け..俺は発表得意じゃないか.こんなの錯覚だ.落ち着いて発表しよう...

そう思っていたけど、出来なかった.

発表が始まった最初一言から頭が真っ白になった.

「あっ...すみません緊張しちゃって..」必死苦笑いを浮かべるけど一向に落ち着けない.

喋ろうとしても言葉に詰まる.全然息が吸えないから喋りが続かない.

泣きたくなってきた.これじゃ小学生の発表苦手な子みたいだ.

発表は散々だった.俺は授業が終わってみんながいなくなった教室で座り込んで立ち上がれなかった.

人前なんてへっちゃらだった.得意だった.なのにたった2年、人前に出なくなっただけでここまで喋れなくなるのか.

俺は絶望した.これまでの人生大事に育ててきたスキルものの見事に溶けて消えていたんだ.他にこれほど得意な能力なんて俺にはない 俺のこれまでの人生なんだったんだ.二十数年生きてきた努力が全部消えちまったよ...

死にたい.もう人前に出たくない.

一生引きこもっていたい.でも引きこもっていたくない.

昔のように明るい俺に戻りたい.

人前で緊張せずに喋れる俺に戻りたい.

もう全てが暗くなった.

若いころって毎日楽しい」と言う大人

中学生のころ、部活で軽いいじめに遭っていた。いじめなんていうほどのものでもない、と言われたらそれまでかもしれないけど、「された側がそう感じたらいじめはいじめ」という論理に従えばいじめになるだろう。実際、それが原因で部活を辞めた友達もいた。

友達も少なかった。25分の昼休みを誰とも話さずに過ごすこともあった。授業の間の休み時間はすることがないからとりあえずトイレに行っていた。そんな生活から部活いじめられていることを話せるような人もいなかった。

本当に辛かった。自分で選んで入った部活いじめにあっているということの責任自分にあるような気がして、親にもなかなか話せなかった。今日こそ誰かに話そうと思いながら朝を迎えて、結局何もできずに一日が終わり、ベッドの中で泣く、そんな日が続いていた。

今思うと、よく毎日ふつう学校に通えていたな、と思えるくらい、何も楽しいことがなかった。ただ、勉強がある程度できた(といっても田舎公立中学校の中で上位だったというレベルの話だけど)ので、テストでいい点を取ることだけを楽しみに学校に通っていた。

そんな生活を送っていたある日、自分中学校卒業生であるという男女二人が学校に来て、体育館で講演をしたことがあった。

その二人はシンガーソングライターとして生計を立てているらしく、どちらかがギターを弾いて、もう一人が歌う、そんな形の二人だったと思う(当時の自分音楽ほとんど興味がなかったのでよく覚えていない)。何曲か披露したあとで、後輩である自分たちメッセージを届けようという思いだったのだろう。

おそらく女性のほうだったと思う。こんなことを言った。

中学生であるみなさんのように若い頃は、毎日楽しいことばかりで、未来希望に満ちていると思います。今が一番楽しい時期です。今の生活を思いっきり楽しんでください」

この言葉に、当時の自分奈落の底に突き落とされるような思いをしたのを、今でもよく覚えている。

今のこの何も楽しみのない生活が、楽しいことばかりの毎日なのか、と。

これから人生で、今が一番楽しくて、これからはこれ以上に辛い生活が待っているのか、と。

今になってみれば、自身の思い出を美化しようとする大人価値観押し付けしかない、そんなものは気にする必要はない、と思えるけど、当時の自分にとってはその言葉が全てであるように感じられた。

そのあとの自分人生は、その言葉のようにはならなかった。高校に入ったら友達ができたし、放課後他愛もない話で盛り上がって、気が付いたら2時間以上経っているような経験を通して、「友達と話すのはこんなに楽しいものなのか」と気づいたのも高校生になってからだった。

大学生になってからも、辛いことはあったけど、今になって振り返るといい思い出だったと思うし、少なくともあの暗黒の中学校時代とは比べ物にならない。

高校大学は「自分の母校」と誇りを持って言えるけど、中学校についてはそうは言えない。

自分のなかで中学校の3年間というのはそういうもので、その生活さなかに「今が一番楽しい時期」と自分価値観押し付けてくる大人に辛い思いをさせられた。

中学校時代が一番楽しかった、という人はたくさんいるだろう。というか自分のような人間のほうが少ないのかもしれない。

それにしても、自身楽しい生活を送ったからといって、そのことを美化して押し付けてくるような大人に、自分絶対になりたくはない。

その言葉で、当時の自分のように未来絶望してしま少年少女いるかもしれないから。

独身の人って生きがい何なの?

至って精神的、肉体的に健康だけど小学生の頃から「まぁ別に明日事故で不意に死んじゃっても苦しまずに死ねるなら別にいかな〜」って思ってた。「生まれてきた意味?うーん分かんない、別に人生楽しいけど、もし生まれてこれなかったとしたらそもそも生まれて来たかったって考える意識すらないんだから、そう考えると別にまれて来て良かった〜!!とは別に言えなくない?」とも思ってた。

そんな意識が変わったのは結婚して一年が過ぎた20代後半の時。初めて思った。「生まれて来てよかった!!ママありがとう!私はこの人と幸せになるために生まれてきたんだ!」

次に意識が変わったのはつい最近妊娠した時。「絶対、まだ死ねない!この子をまず健康に産むまでは、まだ死ねない!!」

全部私の場合家族絡みなんだよね〜。

で、思ったんだけど例えば30.40で独身の人って生きがいなんなの?仕事とか趣味

no offense です。単純に疑問で是非教えてください!


●追記です●

独身攻撃したいわけではなかった。マウンティングしたいわけでもなかった。

不快に感じた方ごめんなさい。自身の生きがいを教えてくれた方、ありがとうございます

私の場合は、趣味知的好奇心友達も親も彼氏社会的成功も、生きることがそれなりに楽しい理由にはなったけど、絶対的な生きる理由にはならなかった。

例えば休日友達BBQして楽しい会社で成績上げた嬉しい、ご飯がおいしいやったね。人生ってこういう楽しいことも多いけど、おっちょっとこれは辛いなって心が折れそうになるときもあるし、辛いとまではいえないけどただ漠然とこなすように仕事をして過ごす日々も多かった。

「たぶん人生プラマイゼロだ、幸せときもあれば辛いときもある。人に迷惑をかけることもあれば、人に感謝されることもある。トータルでプラマイゼロなら、ゼロ自分がもし明日不慮の事故で死んでもそれは別にもったいなくはない。突き詰めると、別にまれてこなくてもそれはそれでよかったけどね」ってぐらいでなんとなく生きてた。

死ぬ理由も無いけど生きる絶対的理由がなかった。

でも家族が出来て生まれたことに心の底から感謝できるようになった。小学生のころから持ってた上記の”消極的自殺願望”が消失したのを発見して、ものすご~く嬉しくなった。

独身の人に「結婚してないから生きがいなんてないよ」って言わせて、それを聞いて喜びたくて質問したのではない。

周りの独身は「結婚願望は別に無い、何でそんな若くで結婚したの?」「結婚なんてしたくない、他人と一緒にずっと住むなんて無理」という人の方が多いから、その答えはそもそも想定していなかった。でも実際に言わせてしまってごめんなさい。

夫に依存しているという指摘は、ご指摘の通り。それが良くないことも分かってる。だからこそ、そうじゃない人の意見を聞きたかった。

○追・追記です○

めちゃめちゃ怒られてびっくり。多くの人を怒らせてしまって申し訳ないす。タイトル言葉遣い下品で誤解を与えたんですかね。すみませんでした。

ただ、意図がうまく伝わってない気がする。これで最後にするのですごい長いけど良かったら読んでください。

ご指摘の通り間違いなく幸せ自分自身が決めるもので、ご飯が美味しかったり、夕焼けがきれいだったり、ピカチュウ捕まえたり、アイスのくじが当たりだったり、出世したり、海外出張がうまくいったり、転職成功したり、素敵なタワマンに引っ越せたり、大から小まで幸せってそりゃ世の中にたくさんあるでしょ。

ただ、幸せ時間や日々があっても、例えば病気とか、親戚や親の不幸とか、仕事残業連日で辛いぜ~とか、今日カンファレンスはうまく発言できなかったな~とか、大から小まで辛いことも人生では同じように起きるでしょ。100%幸せってよりは、まぁ人生楽しいときもあるけど辛いこともあるよね。って感じじゃないのかな?私、人生ってハッカキャンディー入りのサクマドロップみたいな物だって思ってるよ。だからこそ上述の”消極的自殺願望”に満たされてきた20何年間だったんだけど。

私はここで幸せと生きがいをまっすぐな線で結んでないよ。それらはあくま独立した関係で、「生きがいが無いあなた幸せではない、生きがいがあるから私は幸せだ」なんて、言ってないんですよ。生きがいがないことを責めてるわけでもないよ。生きがいがなければないって回答してくれるかと思った。別にから不幸ってわけじゃないんだし。

ましてや結婚してない人が不幸だなんて一言も言ってない。結婚したら毎日薔薇色の幸せ人生が送れるとも言ってない!

私は、あくまでも私の個人的見解から怒らないで聞いてね、結婚して生きがいが出来たことで、まぁ辛いことって日常的に起きるし、今後もかしたらとてつもない突風的な大不幸が発生するかもしれない。でもそんなことがあっても家族がいれば、何とか協力しながら私の人生やっていけるかな、ってやっと一息つけたの。時々楽しく、でもたまに溺れそうになりながらも頑張って泳いでたら、不意に浮き輪を渡された感じだった。私的には一人で生きていくのって結構大変で、だから独身の人って結構辛いんじゃないかなって想像するんだけど、回りの独身結婚否定派が多いし。。。一人で満たされて生きていける人っていったいどんな浮き輪を持ってるんだろうって知りたくなったんだよね。

2016-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20160727115058

アルバイトで皿割って給料から引かれる、みたいな話は良くあるのにそれが大学だと発生しないといえる理由は?

20万円の品だろ。高価だけど小額資産に入る部類だから保険なんかは掛けてない可能性は結構あるわけだ。

2000万円とかのクラスになれば過失で壊れても保険で何とかなるから請求は発生しないので、実質的には問題となるケースはないだろう。

でも20万円で保険かけてなかった場合はそのまま備品のロスだよね。その損害は誰がどういう名目で負うの?

手取り30万円前後管理者扱いになる人が全額負う訳? 自分で壊したわけでもないのに。

それも違うよな。

誰かが支払いを負わなければならないわけで、その支払いを誰に押し付けようとしてるんだい。

半分は管理者責任とする(破損の状況によってはそれでも過剰に多いとは思うけどな)のはいいとして、もう半分は壊した人及びその研究を行っていた現場チームで連帯責任とするのがスジじゃねえの。

お金無限には無いんだぞ。「請求が発生することは無い」としても、その損害は誰かが埋めているんだ。

そこに自身責任を感じて執行に移しても全然おかしくないというか寧ろ筋が通ってる話ではあるけどな。

http://anond.hatelabo.jp/20160727001746

私氏の気持ちもH氏の気持ちも両方理解できる。

H氏はおそらくずっとヒーターを壊してしまったことに責任を感じていて、そのメールでそのことを咎められたと少なからず感じたに違いない。そして、「贖罪自身犠牲を伴わないといけない」という考えの持ち主なのだろう。

悪意を持って意図して壊したのならともかく、事故ミス機械が壊れてしまうのは教育現場でも仕事でも良くあること。そういうもの学校企業補償するものっていう常識を知らなかったのだとも思う。

それにしても後輩を相談なしに巻き込むのは問題だと思う。

私氏の怒りも理解できる。自分が同じ状況になったら、怒りはしなかもしれないが、全力で否定して阻止すると思う。

楽しいことを望めないのではなくて

子ども幸せにする自身が無いから作らないんだよ

特に今の世代貧乏人が多いだろ

惨めなのを味わってるのに負の連鎖を続けたくないと考えてるから子どもを作れない

お金がなくて幸せな家庭なんて日本では夢の中で夢でも見るくらいフィクション

http://anond.hatelabo.jp/20160727023947

>彼にしっかり教える必要があると思う。

死刑になる人はそんなこと聞く義理がないし(この社会から追い出されるのだから)、権利能力なしの無罪ならやはり理解できないでしょう。

保護者家族がその責任果たしていなかった」は、同感です。そもそも子供のころから放置されていたんじゃないかな?親の都合が大きいのか、彼自身適応障害か何かだったのかな。と

2016-07-26

いろいろ思いはあるだろうが…

増田の思い自体はいろいろあるのだろうが、彼の場合

 ・教員目指す→不合格

 ・一般企業で働く→不適応

 ・介護職につく

という流れだから特に崇高な思いをもって介護職を目指し理想に破れたというのとは少し違うのではないかと思う。

また、辞職に至る流れをみると

 ・2月に「衆議院議長」宛に障害者殺害予告手紙世界経済活性化第三次大戦を防ぐ、など典型的誇大妄想含みの内容)

 ・警察から連絡あり、措置入院。尿検査大麻使用反応。(これで施設解雇か?)

というわけで、2月の時点で薬物に浸っていて、その影響下で行動した結果解雇されたのであって、「その時点で壊れていた」ことは否定しないが、彼の言動を「苦悩との真摯な向き合いの結果」と言うと、今この瞬間も、実直に苦悩と真摯に向き合っている多くの介護職の人に対してあまりに失礼にならないだろうか。




彼は、適性・覚悟なく介護仕事につき、安易薬に逃げて、結果、自分勝手に爆発し自分他人業界にとてつもない迷惑をかけたに過ぎない。

増田の書いたことは、ある意味増田自身自画像なのだろう。「ひょっとしたら自分だって彼のようになっていたかも」という心の闇と、増田はまさに「真摯に向き合い」、その結果の書き込みなのだろうと思う。その気持ちはとても尊いと思う。そして何より、増田彼にならなかった。たとえ紙一重でも「ならなかった」ということが重要だ。なったかもしれなかったとしても、増田は何かに耐え、踏みとどまった。その点で、増田は彼よりずっと偉いと私は思う。だから増田が彼の誇大妄想的な言動に、過剰で温かい意味付けをしてやる必要なんてないと思う。



たとえ介護職には挫折したのだとしても、あんな薬中なんかより、間違いなく増田の方がずっと偉い。真面目に実直に生きている人間の方が遙かに強く、偉い。今後、彼の周囲を、今更のようにマスコミが調べて報道するのだろう。だが、本当に調べ、報道すべきは、深く傷ついても「あんな風にならないで」耐えた増田のような人たちのはずだ。



増田は偉い。増田は、何よりそのことに気付くべきだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160726124327