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2017-05-25

夜明け告げるルーのうた ☆☆

重大なネタバレ

ルー大柴は出てこない

解説

予告編では結構激しく崩れた作画サブカル系映画っぽさを際立たせていたが、実際のところは色数が少ないだけの細田守作画ジブリっぽいかい背景を加えた映像だった。

ただしものっそいウニウニョ動く。

CG作画も混在はするみたいだがほぼ全カット使い回し無し作画アニメーション

これ、下手したらかぐや姫の物語以上に動画枚数無いか

そして、内容はといえば「崖の上のポニョ」「となりのトトロ」「耳をすませば」といった往年の名作ジブリ作品を豪華にもミックスしたもの

一応音楽と恋がテーマからね!

テーマ曲は、齋藤和義の『歌うたいのバラッド』。スローテンポバラードだけれども、割とあってたんじゃないだろうか。

ファンタジー成分もあるが基本は青春ジュブナイルムービーである

客の入りはどうだったの?

ワイ含めて5人。今週公開の映画です。

ジブリオマージュ映画で全く客が入らなかったアニメ映画が他にもあったような……

その映画の名は。

ヒロインは?

ルーちゃんは人魚女の子ポニョと同じくまともなセリフは喋らない。繰り言を言うだけ。そして声もポニョとほぼ一緒。

可愛いかな? どう見ても化け物系のデザインだけれども。

しかし、彼女人魚の癖してワカメで出来たワンピースを身につけている。

ということは、下着が?

評価

パンツが見えないので星二つです。

ルーちゃんなんとパンツ履いてない。

しかもそのパンツ履いてない画像がモロでスクリーンに出て来るし作中ソレをビデオに撮られてyoutubeうpされちゃう

とんでもねえ破廉恥映画です、はい

ライクではなくライクだ

サブカルクソ女なるワードが有名になる以前はCoccoだのくるりだのが挙げられていたが

キモオタ定義から考えれば個々の作品はほぼ無関係結論せざるを得ない

君がどういう人間を好きかではなく、君がどういう人間かが問題なのだ

http://anond.hatelabo.jp/20170525225519

椎名林檎が好きって言ってる奴の星野源も好き率異様に高いと思って

ラーメンズ椎名林檎星野源古屋兎丸写真映画舞台漫画文学美術館巡り、丸フレーム眼鏡短い髪、あとヴィレヴァン

世間ではこういうのを好む女をサブカルクソ女と呼ぶ。そうとも私はサブカルクソ女。上にあげたやつ全部好きだ。今月なんて稼いだバイト代ほとんど全部小林賢太郎ペトロールズにドバドバ注いだせいでおやつを買うお金がなくて今は小麦粉砂糖牛乳でといて焼いた何かにマーガリン塗って食べている。美味しい。

スイーツ()もキモヲタもひどい呼び方だ。なぜ西野カナが好きなだけで()なんてつけられてバカにされねばならぬのだ。なぜ推しへの情熱キモいなどと呼ばれバカにされねばならぬのだ。

なぜだ。なぜ好きなものを好きだと言っているだけで私たちはクソなどと呼ばれバカにされねばならぬのだ。何が好きなら文句がないんだ。

置いとこう。きっと何を好きでも文句いう奴はいなくならないんだろう。

しかし、サブカルクソ女などという不名誉呼称が広く使用されている以上、呼ぶに値するような、何か共通項を複数備えたクラスタ存在するのは事実なんだろうとも思う。

一体何が原因なんだろう。共通項の根幹はどこにあるんだろう。私は私のことを知りたい。

親の年収

うちはトータル1000万くらい。親が若い頃はもっと少なかったかな。

学歴

私は普通の共学の進学校からそんなでもない国立大に進んで理科学んでる程度。

幼少期にどれだけ文化的経験を積んだか?

クラシックコンサート博物館科学館にはよく連れてってもらったけど、演劇美術館には自分で目覚めたかなあ。

というかサブカルクソ女のみんな、絵でも小説でもダンスでもなんかしら恒常的に作品作ってない?あるいは作りたい欲求ない?私映像作ってる。あんまり人に見せないけど。

役者とかやってみたいと思ったことない?私はブスで勇気が出ず結局できなかったけど、文化祭演劇打つ時なんか側で関われるだけでとても楽しかった。

ラインの返信マメにできる?めんどくさくて私はできない。

単独行動できる?私は吉野家に一人で入れる。

人と目を合わせられる?劣等感多くない?自信がないのを奇抜な服装カバーしようとする気持ちない?

こんな風に色々聞いてみたいことがある。あーあ、もっと拡散力あるツイッターアカウントとか持ってたらアンケート取ってみたいんだけどな。

pixiv論文の件

「R18の作品論文という公の所で扱うのはけしからん」っていう主張に一瞬納得しかけたんだけど、それじゃR18要素があるもの研究対象として扱ってはいけないってことにならんか?

BLAME!観て色々感想読んだ

やっぱ自分含めオタクめんどくさいなって思った。

いやまあ、20年を経て初のアニメ化*1ってことでちょっと期待しちゃって、ちょっと違うな感が残るのは分からないでもないんだよな。

でもあれ1本で原作の骨子にまで踏み込むのは普通に考えて難しいってのも皆分かってたはずなんだよな。

ちょっとでも違うと思ったらシャッターをバシャン!って閉めちゃうオタク感想とか読んだりしてちょっとしかったけど、どんなオタクにも譲れないポイントってのは必ずあるので仕方ない。

でも個人的にあの劇場版ポジティブ評価したい。作品面も、Netflixを通じた海外配信というビジネス面としても。

弐瓶勉本人も語ってるように、BLAME!原作は作中での設定や世界観説明を徹底的に排除していて、

そんな中でたとえばシボが超構造体を突破できなかったと述懐したり、ドモチェフスキーが超構造体を盾にして戦ったり、

そういう小さいエピソードの積み重ねで「超構造体とかいうやべーやつ」「それを破れる重力子放射線射出装置かいう超やべーやつ」という謎めいた層が読者の中に形成されていって、

霧亥も霧亥で倒れては蘇り倒れては蘇り…ってのを積み重ねるうちに「霧亥とかいうやべーやつ」という分厚い謎の層ができあがるんだよな。まるで階層都市のものみたいに。

そういう厚みがBLAME!世界の広大さを引き立てる要素だったわけで、その体験映像で丸々再現するには同じことをするしかないんじゃないかなと思う。

翻って劇場版を観ると、電基漁師との邂逅エピソードを抜き出して整理した感じ。

東亜重工珪素生物など原作キー設定をばっさり切って説明的なシーンを足したという点は原作の厚み・スケール感を大きく損なったが、ストーリーは相当分かりやすくなり、

シドニアのヒットを受けて原作ファン以外も取り込まねばならなかった制作陣の判断がうかがえる。(「説明しすぎ」という感想もあり、それも分かるのだが、あれでもチンプンカンプンな人は結構いると思うのでSFは難しい…)

ただ、いわゆるダメ実写化とかダメ映像化にありがちな物語の根幹から大きく外れた設定・キャラを出して破綻」というのが殆ど見受けられなかったのが何より良かった。安堵した。

好悪あれど、原作をしっかり軸に据えた上で、その枠内でエンタメにしようとしてくれたのが嬉しかった。サナカン侵入シーンとか原作より恐怖を感じた。

「トフボーデン(塗布防電)」とか初見じゃまず分からないガジェットもぼかさずそのまま出してくれたし。「駆除系を妨害するわ!」みたいに説明セリフで済まされてたらもうどうしようかと。

ラストについても賛否あるけど、シボやサナカンは体を乗り換えられる世界から原作との整合性もある程度取りやすい、それ故のアレなのかもね。百合妊娠世界救済エンドはまだありますよ。ありますとも。

今更ですが映像のもの音響はとても良かったです。

原作ファンにも初見客にも共通する正解ではないし、そもそもそんなもの存在しないけど、少なくとも105分という枠の映像化としてはまあほぼ最適解だったんじゃないかなって思いました。

ラム学園の映像化が待ち遠しいですね。(定型句

(*1) 正直これまでに制作されてきた短編群の方が原作雰囲気をよく伝えていると思うが、やはり商業的に難しいのだろう。今作の方向性皮肉にもそれを示しているように見える。


P.S.

「体がいっぱいあるよー!」は入れてくれてもよかったんじゃないですか!?!?!?(怒)

ドラゴンボールアニメでも

死ねとか殺すとか結構でてくるけど

今じゃゴールデン夕方で新作で放映されたらクレームきそうだな

その代わり深夜ならできるけど

というか再放送ならなんとなくオッケーみたいなのは

昔の作品から、っていうあいまい認識に助けられてるのだろうか

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

ある意味、一昔前にあった「研究者異民族神聖儀式を見てもいいか問題現代版なのかも。

ほらあるじゃん余所者には見せられないと言われてる神聖儀式だけど、研究のためにどうしても見たい……! みたいな。

たぶん今の人類学では、外の人間が、異文化の人が大事にしてる儀式にズカズカ入っていっちゃ駄目ですよ、ということになってるんだと思う。

ただ厄介なのは、その異文化神聖儀式、昔は山奥とか孤島とかでやってたんだけど、今ワールドワイドウェブで全世界から見れるんだよね。

おたくとか腐女子とかの文化、本人たちにとってはすごい大事もので、外から踏み込んできてほしくないし、自分たち文化尊厳尊重してほしいと思ってるし、ついでに言うと昔偏見さらされてきたという過去もある。だからすごいセンシティブ存在、ああ見えても。

でもそれ、外からはよくわからないんですよね。

外部から見たら、そりゃウェブで公開されてる二次創作小説文芸誌に載ってる小説も同じに見えますよ。実際「自分で読まれたくて公開してる」作品もの。そういう意味では同じですよ。後者引用して分析してあれこれ論評していいものとされているんだから、そりゃ前者に対してもそうしていいと思いますよ。

後者への論評なり分析なりは、「トンチンカン批評言いやがって! くやしい! ころす!」みたいな反応を呼び起こすかもしれないけど、「学者がおれの小説分析するなんてゆるせん!」「身の危険を感じる!」みたいなことはあまりない。でも前者への批評はそう言われてしまう。これ、その文化全然知らない外部の人から見たら理不尽ことなんじゃないかな。でもやっぱり、調査対象から嫌悪・拒絶されるような分析は、やっちゃだめだよね。

研究者の扱える対象は増えているけれど、〈外からはそう見えないだけで実は地雷〉な研究対象も増えていて、そういう対象とどう向き合うか、というテーマなのかなあと思いました(こなみかん

http://anond.hatelabo.jp/20170525162640

ロードス島戦記って、あんま詳しくないけど確か30年位前の作品じゃないっけ?

30年前にオタク学生だった連中が、ジジイババアになった今になって懐古厨になってるだけなんじゃない?

http://anond.hatelabo.jp/20170525162508

俺が描いても最初リンクしたわかってない作品は消えないんだけど

二次創作小説研究目的引用することは研究倫理に反するか

結論場合による

https://togetter.com/li/1113766

https://matome.naver.jp/odai/2149564479015738601

この辺見てると、「そうだよね」というものと「いやいやおかしいでしょ」というものがどちらもある。批判している人の中には文系慣行に詳しくない人もいるようなので、しがない文系出身者が「文系だとだいたいこんな感じ」というのを提示してみる(「お前の感覚おかしいよ」という指摘があれば教えてください)

分析に用いている時点でこれは引用ではない」みたいなやつがおかし意見代表。いやいや、分析対象として使うのも立派な引用ですから

たとえば、「私が好きな○○さんの二次創作小説はマジ文学なので文学作品として研究対象します」だったら、それがマイピク限定とかでなく全体公開されている限り引用して差し支えない。10年前に20部だけ頒布された同人誌に載っている内容でも引用してよいし、「バナナ」とか「前立腺」とかい単語容赦なく引っ張ってきてこの表現の含意はとかここで使われている暗喩法はとか分析していい。

文学研究ってそういうものなんで。たとえばナボコフ研究では、英語版ロシア語版を照らし合わせて登場人物名前がどんなふうに変更されていてそれにはどういう意味が込められているかとかそういう細かな点を論ずる研究というのも実際あるし、そういう研究対象としての引用というのはまったく問題がない。

それが本当に研究する価値のある文学作品であり、文学研究としての作法を踏まえているのなら、ラノベだろうが官能小説だろうが二次創作だろうが分析対象にしていい。異世界転生で俺TUEEEEEEであってもそこに文学として研究されるに値する何かがあるならガンガン引用することが許される。文学研究であるなら著者名と出典を明記することは研究倫理上むしろ必要不可欠だし、仮にそれで元の投稿者がマイピク限定にしちゃったりしても、このケースならそこまで研究倫理的問題はない(と、私は判断する)。

現状、それをやっている人がほぼ絶無なのは

という理由であって、やっちゃいけないなんてことはない。二次創作書きから直木賞作家とかに登り詰めて死後に全集が作られるような身分になったら生前に書いたピコ手二次創作小説が掘り起こされて「若き日の習作」として分析対象になってしまうのも甘んじて受けよう。

しかし、問題は、これ文学研究じゃないですよね、という話で、テキストにあらわれる語の頻度を分析してフィルタリング機能に活かそうとかそういう研究だとまた違う話になる。たとえば「夏目漱石作品中における接続詞使用頻度」みたいな研究なら著者を明かすことに意味はあるけれど、この場合はそうじゃない。まあ一般的な語の用法分析じゃないかコーパス使えないことはわかるけど、「有害表現フィルタリングのため」という目的で用法研究するなら研究対象の具体的なURLと作者名は伏せた方がいいだろうし(これがまだせめて「“尊い”という語の用法」みたいに価値判断を加えていなければよかったかもしれないけど)、そもそも個々の作品のURLを列挙できる段階でちゃんとした研究はいえないんじゃないんですかねふつうそういう研究なら、「○○新聞データベースで××年分の記事検索して調べました」とか「pixivデイリーランキング上位20作品平成××年△月から△月まで○ヶ月にわたって調査しました」みたいなデータになるはずで、分析対象が10作品だけって段階でサンプル少なすぎるでしょ。いやもちろんサンプルが少ないから悪いというわけではないけど(談話分析とかならたった30分程度のTV番組分析するだけで論文1本書けるだろうし)、フィルタリング情報工学的に考えるならまずサンプルたくさん集めないと話にならないというか……

pixiv規約引用禁止と書かれている!」という主張はなんとも微妙だ。「は? それpixivの内輪ルールだろ? 著作権法上は自由なんだよ!」というカウンターも見られるが、そう簡単な話でもないと思う。

一般論として、引用著作権法保護されているので、それが適正な引用である限り(主従関係とか出典の明示とかそういうことね)自由引用してよい。なので「無断引用禁止」と書かれている痛いサイト自由引用して叩いてよい、ことになっている。そういう意味では、「支部規約より著作権法の方が偉いに決まってんだろボケ」派の言うことは正しい(実際、著作権的にはこれ問題ないとみなされる可能性が高いのではと思うが、法学クラスタの皆さんその辺どうなんでしょうか)。

しかし、ここで問題になってくるのは

ということだ。

それを読んでいるということは、検索で行き当たった作品引用しているのではなくpixivアカウントを取得してログインしそれらを読んでいるということだ。ということは、利用者としてpixiv規約を守る必要があるのではないか。少なくとも、利用しているサービス規約に反して収集した情報引用するのは、研究倫理に反するのではないか

※追記:pixiv規約見たら「本サイト及び関連サイトアップロードされている投稿作品情報を、当該著作者創作者)の同意なくして転載する行為」が禁止なのね。じゃあ、別に引用はしてもいいんじゃん。少なくともこの点で研究倫理がどうこう言うのは不当な非難だと思うので謝罪の上撤回します。

たとえそれが個人的談話であっても、社会学文化人類学では引用してよい。「○○村の女性Aさん(45)が私に語って聞かせた結婚生活愚痴」なんてのも、これらの分野では立派な研究対象だろう。ただしその場合、事前に「私はこの村に社会学文化人類学調査で来ているので、皆さんの発言研究に使います」と断る必要がある(増田にはフィールドワーク経験はないので、実際にどんなふうに許可を取るのかは知らない)。たとえそのような許可を取って滞在している村の住人の発言であっても、「これは絶対論文に載せないでね」と言われたのに論文引用したら、そらアウトだろうと思う。

だいいち仮に許可を取ってのことだとしても、社会学文化人類学研究なら普通発言者をボカす社会運動指導者とかでもない限り、現代社会に生きる無名人の名前をそのまま載せるなんてありえない。ふつうは、AさんBさんとか、長門さん(仮名)と陸奥さん(仮名)みたいに処理した上で引用するの。

仮にそれが著名人であったとしても、使っちゃいけない、使うべきでない類の資料というのもある。たとえばちょっと前に、毎年ノーベル賞獲れなかったと騒ぎになる某作家さんの高校時代図書館での貸し出し記録を調べてドヤ顔記事にしてた新聞があったけど、と、図書館の自由に関する宣言~~~~~ってなりますよね(実際日本図書館協会激おこだった)。

これが歴史学だとまた話が違ってくるというか、たとえば、百年前の新聞投書欄分析して当時の世情を研究するみたいな研究は割とある。その投書欄に書いているのは農民だとか小役人だとか、まあ市井の人々なわけだけど、投書欄実名を載せているなら実名ごと引用され分析される(ていうかふつう実名をそのまま引用することはないけど、「○○という人物は次のように言っている」と地の文で書かれるとか、注釈書誌情報の一部として実名が記されるとかはよくあること)。

ただし、これは「百年前の」「新聞への投書」だから許される話だ。書いた本人はたいてい死んでるし、遺族がいたとしてもたいして不利益はない。これがたとえば、公開を意図せずに書かれたお役所文書だったらどうだろう(近代史でメインに使う史料というのはたいていこれだ)。もちろん、単に「○○という市民食糧配給が少なすぎると文句を言ってきた」程度の内容なら実名を出してもいいだろうと思う。でも、それが故人の名誉を傷つける内容だったら? 徴兵された普通の人々がどのようにして戦争犯罪に加担していくか、という研究で、某中二病患者に人気の国の国防軍関係史料引用された時には、登場人物の多くがイニシャルだった。

インターネットにおけるレイシズム、みたいな研究で、twitterの膨大な投稿分析発言者特定しない形で差別発言の例を挙げることは許されているけど、それが実際のアカウントと紐付けられる形で提示されたら、やっぱまずいんじゃないの。研究対象著名人であるとかなら別だけど(twitter右寄り発言ばっかりしてるラノベ作家がいたとしたら、その人の思想研究する上でそういうツイートを参考資料として引っ張ってくるのはまあアリだとは思う)、研究というのは告発のためのルポルタージュでも責任追及のための裁判でもないのだからレイシズムに無批判であるべきだ、という意味ではないので念のため)。

それを考えると、やっぱりあそこで個々の作者さんの名前を出す正当性全然ない。出典の明示にしても、「○○というサイトで××年~××年にかけて上位20位に入った計△△作品分析しました」でじゅうぶん。その上で個々の発言者特定されない形で「バナナ」という語の使われ方を存分に研究すればよかった。

何が言いたいかというと、確かにあの論文研究倫理に反するけど、それは同人小説研究対象として引用することがいけないからではないので、批判する側も適切な論拠を選んだ方がいいですよ、というお話でした。

追記

何でこんなもんを載せたんだ、査読してないのか、という意見もあるけど、してないか名前だけのザル査読なんじゃないかなあ。これ、フルペーパーではなくて学会発表プロシーディングでしょ? 情報系は知らんけど、人文系と学会発表で査読しないところもまだまだ多いですよ(内容が酷ければ質疑応答ボコボコにするか論文投稿時に査読で落とせばいい話なので口頭発表時点で査読が無いことは別に悪いとは思わない)。まあ、PDFとして載せちゃった以上は責任問われるのも仕方ないと思うけどね。最低限そこは査読なかったとしても編集委員会判断とかで弾こうぜ。

あとこれ多分M1の学生研究助教准教授が名を連ねてるだけだとは思うのだが、まあ共著者として名前連ねてる以上は責任を負うってことなんだろうし、実際M1の学生が袋叩きになるよりも准教授が叩かれる方がマトモだとは思うので、うん。

さらに追記

社会調査するならこれ読んどけ! 的なものとしてマサキチトセさんの翻訳拡散されてる。

http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/1758

マサキチトセさんの訳は丁寧だし、社会調査しようと思うなら必要だと思うけど、これこの件に関係ないよね? ごっちゃにしてない?

http://anond.hatelabo.jp/20170525143847

思っとけばいいよ。

ただ、一般論として自分で魅力を感じないものについて、他人が何に惹かれているかなんか、まあ普通わからんわな。

少なくとも、伏見つかさ作品について、妹という存在への偏愛について触れずに語るのは難しいだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170525143425

ハリウッドでは人種多様性を確保した作品は売上が伸びるってんで黒人アジア人を配するようになってるけどな

アニメマンガゲーム男の乳首問題

そろそろ描くか描かないか統一してくれないか

 

このまま両者が分断されてると

何気ない有り・無しで作品哲学的意味合いすら深読みされてしま

  

特にゲーム上半身裸になって

ヘンタイプレイするケースが多いから不自然さが際立つ

(こどもは特にやりたがるだろう そしてなぜ描写されないか不思議に思うのだ)

 

オープンワールドだと尚更

「そこオープンじゃないのかよ!」と突っ込む野郎もも沢山居るだろうに

2017-05-24

[]

豊田市美術館に行ってまいりましたわ。

平日なのにすごいお客様で驚きました。大半がお年寄りでしたわ。

敷地の端に建っている櫓をみて盛んに「城」とおっしゃっているのを耳にして、

天守どころか櫓でも城とイコールにされてしまうのだと世間感覚を思い知りました。

ここのものは七州城の復元櫓ですが、あのような認識の方が多いのでは

復興天守流行るわけですわ。

さて美術館の中では二十世紀画家東山魁夷による

唐招堤寺御影障壁画展が開催されていました。

歴史教科書でも有名な鑑真和上に捧げられた御堂の襖絵が、

そのままの配置で展示されています

恥じらいもなく大量の群青と緑青を使った波濤の絵は圧巻です。

岩に張り付いたど根性松には絵なのに思わず

声援を送ってしまいそうになりますわ。

和上の故郷である中国の襖絵は墨絵で描かれています

なぜか「黄山暁雲」だけは襖の金具が気になってしまいました。

全体的に薄暗くなっていたのは、顔料が繊細な日本画の保存のためだと

思われますの。

透明感のある青みがかった緑色の出し方を知りたいものです。

また抽象の力展も同時開催されており、

扇で口元をおおって賞玩されがちな戦間期以降の抽象芸術

頭の良い監修者がうまく説明されていました。

なにせミュージアムショップカタログが売り切れているというのですから

監修者も豊田市民もたいしたものですわ。

フレーベルモンテッソーリ知育玩具が素敵で、

これをおもちゃに育った子供お話してみたくなりました。

コンクリートの容器に、コンクリートの破片を詰めた高松次郎作品

コンクリートの単体」はわたくしには理解しかねました。

からないものでもヒルマ・アフ・クリントの初期抽象作品はなんとなく

好きになれました。

いちばん分かりやすかった抽象芸術コンスタンティンブランクーシ

若い男のトルソⅡ」ですの。

これはどうみても、こんじきのぉちんちんですわ!!!

こんな破廉恥な展示が許されるのかしらと作品の前でどぎまぎしてしまいましたわ。

対応しそうな作品としてルーチョ・フォンターナのピンクに塗りたくったキャンバス

赤い縦の貫通穴をほどこした作品もありましたけど、

コンスタンティンブランクーシのせいで、そういう目になっていただけかもしれません。

あと、追悼小嶋悠司展も開かれていて、仏教画に影響を受けた

恐ろしげな世界をあじわえました。

ファイナルファンタジーの初期イラストを描かれた天野先生作品

少し印象が似通っています

小嶋悠司作品抽象の力にあった、熊谷守一作品「轢死体」とならんで

SAN値を下げてくださいました。

再入場できない東山魁夷作品最後に見るべきでしたわ・・・・・・

豊田市美術館建築もたいへんおもしろもので、

抽象の力展で使われている展示室は入った瞬間に行き止まり

感覚を与えながらちゃんと次の展示室に繋がっています

唐招堤寺御影堂の間取り再現するスペースをもっていたりして、

実用性・採光性・空間演出力を兼ね備えた優れた建築であると感じましたわ。

ツイッターのTLがものの見事にFGOで埋まってから随分経つ。

Fate自体はそこそこ好きだがFGOで追加された新規キャラの何人かに元ネタ史実)の人物から解釈描写個人的地雷を踏み抜かれてしまっているので手が出せない。というか一回始めてみたことはあるのだがそのうちの一人の描写がどうしても耐えられなくて投げてしまった。

あくまでも個人的思い入れ問題なのでもっと考証ちゃんとしろという話でもなく。そもそもこのゲーム世界観に対して考証うんぬん言うこと自体が相当な野暮だろうし、元ネタと切り離して作中の一キャラとして見ればかなり良い見せ場貰ってたのは事実だ。

ので遠巻きに見ている状態なのだが、やっぱりイベントやらガチャ更新やらで話題が途切れないって強いなあとつくづく思う。FGO始めた人基本的に戻ってこないから、何だかんだで面白いんだろう。

作品とは全く関係ないところで妙な地雷抱えてしまった自分はやっぱ損してるんだろうなあというただの愚痴です。

http://anond.hatelabo.jp/20170524123437

ディズニー作品全てに言えることは、何より悪役がアホだ。

あえてアホに作られている。ここが素晴らしい。

思えば日本作品時代劇よろしく昔は勧善懲悪ものが多かったように思うが、

今はこねくり回して、何が善で何が悪かわからないものが多い。

ディランのバッググラウンドも割とちゃんと描くピクサー立場

凄くわかる

anond:20170524212736

読んで凄く共感した。いつからCP名を声に出してあさっての方向に騒ぐ人たちが増えたんだろう。ユーリしかり、とうらぶしかり。全くの健全作品を無理矢理に曲解して、自分ら好みに寄せてるのが二次創作だって理解していないんだろうなぁ。妄想をあたか事実のように主張する奴ら、みんな自分がどんだけ気持ちいかいっぺん鏡を見て欲しい。

と、長々とすみませんでした。

女って何に優れてるの?

まずスポーツは無理じゃん。どの競技も男の記録の足元にも及ばない

じゃあ頭を使う競技は?将棋チェス、これもだめ

創造性や芸術はどうだろう。音楽映画漫画なんかはい作品を残す人も多そうだ

これは単純に比較しづらいんだけど売上や興行収入

「どれだけ大衆に受け入れられて心を掴んだか」の指数として見るとやっぱり男に惨敗

もしかして理系なのか?と思ったけどやっぱりだめ

ノーベル化学賞物理学賞受賞者一覧でも見てくれ

世界を変える発見をしてるのはほとんどが男だから

創造性とか理系とか曖昧なのはどうでもいい、もっとシンプルに金稼ぐ能力はどうなんだ?

もちろんだめ。ビジネスの分野で成功した資産家はビルゲイツを筆頭に男だらけ

女って一体、何の分野に優れてる生き物なの?

久しぶりに某パクリゲーに関して言及するツイートを見て少し泣きそうになってしまった。

私は、炎上した際にパクリのことを知り、その後の運営対応失望しやめていったユーザーだ。正直、ただ普通にプレイしていたユーザーではなく、心の底から大好きで「私はずっとこの作品ファンで、ずっとずっと応援していくんだ」と密かに誓った数日後にパクリの話を知った情弱ファンだった。

知った時は「は?なにそれ?」という感じだったし、パクリよりも蔑称の方が目についてしまうような典型的ファンだった。でも、自分で調べてみると、擁護しきれないようなものがどんどん出てくる。多くのカードの構図が被っているのだ。

おかしい、これはあからさまにおかしいぞ、と思った。ひとつひとつを見れば、良くあるポージングやよくあるアングルなんだろう。でも、それが全く同じものがこんなに存在する。よくよく調べてみれば、法に触れるとは言えないらしい。それでも、これはおかしい。

他のパクリ事案も知った上でも、まだ私はファンだった。悪いことや許されないことをしたのならきちんと発表し、権利元の方たちに謝罪してほしいと。大好きだったから許せないファンはもちろんいるだろうけど、私は大好きだったから、これからを信じたいし投資したいと、そう思っていた。そして、出てきたお知らせに絶句した。嘘だろうと思った。悔しくて悔しくて泣いたし、すぐにアプリを消した。

ここまでうざったい自分語りをしておいて何だけど、ここからが本題。

なんでこんなブログを書こうと思い立ったかと言うと、パクリを知っててなおプレイしているユーザーが「コンテンツ最期を見届けたい」とか言うのずるいよなということ。

確かに、パクリ案件を知ってなおプレイするのは自由だと思う。私の心が狭いから、目に入れたくはないが自由だとは思う。だけど、「コンテンツ最期を見届けたい」という一言は「パクリは許せない」という言葉を孕んでいる。これが本当にずるい。

その一言パクリ自体容認していない気になっているんだろうけど、それ、ただの誤解だからね。そのコンテンツあなた容認していないパクリの上に成り立っている。「最期まで見届けたい」とかあまっちょろい言葉を吐きながらも、コンテンツは十分楽しむ。なにそれ。ふざけてんのか。あなたがそのコンテンツプレイするなら、楽しむのであれば、あなたパクリを許さざるを得ないんだよ。

キャラを嫌いになれないことと、プレイすることは同義ではない。パクリが許せないならきちんと行動で示せ。これからパクリを許さないんじゃなくて、今までのパクリだって許すな。今までのパクリを許してる時点で「コンテンツ最期を見届けたい」なんていう言葉は吐けないんだ。

プレイをやめるのか続けるのか、それを決めるのは自分自身プレイしている人を否定することはできない。だけど、「パクリは許せない」といいながらプレイしている人間言動矛盾が生じている。もう一回言うぞ。パクリが許せないのであれば行動で示せ。

先に明記しておくけど、これはパクリ案件が真っ黒だと判断した人間が書いたブログであり、あれを見て白だと疑わない人間と論争がしたいがために書いたブログではない。白黒論争は他所でやってくれ。

パクリゲームパクリゲームだと知らない人間幸せだと思うし、可哀想だと思う。

ファンに「パクリじゃない」とか「法に触れてないんだったら問題ないでしょ」みたいなことを言わせるコンテンツが今後増えないことを祈る。

見極めきれなかった自分に非があれど、オタク人生を誓った作品でこういうことが起きると好きという気持ち不安が生じてしまい、オタク人生が楽しめなくなってしまったという私怨を抱えて生きているよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170524145812

いわゆるオタ作品に対してそういう圧力は働かないだろう。

黒人が出ないことが批判されるとしたら、例えばポケモンとかもう少しポピュラー作品で、

そういうものでは実際に配慮もされているはずだ。

オタク作品は今まで通り非現実的ものを描くべき。それが売り上げでも批判をかわす意味でも正解。

文章太宰治っぽいと言われた

俺はもう10年くらいブログをやっているんだが、ここ数年たまにコメントをくれる人に、増田さんの文章太宰治っぽいですよねと言われた。

この文章意図して特徴が無いような文章にしているつもりだからからいかも知れないが、言われてみれば、俺のブログ文章は読点が多いし、太宰治っぽさがどことなくあるような気はしないでもない。古臭い言葉遣いはしてないというか、しようと思っても出来ないから、文体が太宰っぽいということだと思う。

そのコメントをくれた人はさほど仲が良いわけじゃないから、それって褒めてるんですか?なんて聞くのは少しはばかられる。

本はまあまあ読むので、教養目的文豪と呼ばれる人の有名な作品は大抵読んでいて、太宰も例外ではないのだけど、最後に読んだのはだいぶ昔だし、さほど感銘を受けたわけでもないから、決して影響を受けているわけでも真似しているわけでもない。太宰の小説は、作中に自分を登場させる傾向があって(人間失格走れメロス実体験をモデルにしているのは有名な話だ)、それが少し鬱陶しくてさほど好きなわけでもない。

文章村上春樹っぽいと言われたら、それは多分馬鹿にされているんだろうが、文章が太宰っぽいというのは褒められているんだろうか?それとも馬鹿にされているんだろうか?どう捉えて良いのかわからない。

http://anond.hatelabo.jp/20170523235709

映画って原作とか全く知らなくて、

知識もあえて得ないで見る人が多いし

特にBLAME一般的SF用語以外にも専門用語が多い作品から

何げなく見に来た初見の人が、一回だけ観るような場合においても、

大多数が置いてけぼりにならない程度までわかりやすくしないと

酷評のほうが広まってしまって、

次にも繋がる可能性は消えてしまうし、

原作にも興味を持ってもらえなくなるから

そうとう意識的原作から取捨選択して削って削って限界までカットできる物をカットして

あの世界観を崩さずにシンプルでわかりやすい話を作ったのがよく分かる

そして、その結果

http://eiga.com/movie/83621/review/

レビューハイスコとなっているのだから

原作のほうが面白いのは当然の入門編として受け止めるのが正しいよね

ディズニーがにくい

30歳を過ぎてはじめてディズニー映画を観た。

もっとアラジンアナ雪、美女と野獣などタイトルは知っているが、

観る機会がなかった。

ところが、30歳を過ぎてはじめて彼女が出来た。

その彼女ディズニーマニアでいろいろと教育させられた。

はじめにアナと雪の女王を観た。

姉妹や悪役の王子よりも雪だるま狂言回しとしての

役割のはまりあいほとほと関心した。

つづいて観たアニメ版美女と野獣狂言回し役の燭台と時計給仕執事達の話のもっていき方、

伏線の貼り方がこどもたちにもわかるように、そして飽きさせないようにつくられているのに関心した。

塔の上のラプンツェルは、いつも飲んでいるホットワイン銘柄と同じ名前で親和感がすでにあった。

髪をふりまわす様はジョジョ山岸由花子パクリかと思ったけど、

ディズニーの姫君は屈託がなく、実に生き生きとしている。

ディズニー作品全てに言えることは、何より悪役がアホだ。

あえてアホに作られている。ここが素晴らしい。

思えば日本作品時代劇よろしく昔は勧善懲悪ものが多かったように思うが、

今はこねくり回して、何が善で何が悪かわからないものが多い。

しかディズニー子ども視点作品でありながら大人も楽しめる。

こういう作品作り、演出、話の構成が実ににくいと思う。

今度の休み彼女美女と野獣実写版を観に行こうと思っている。

2017-05-23

無限の住人 ☆☆

ネタバレ

原作は知らんけど、道場破りに親を殺された杉咲花ちゃんが復讐の旅に出た途端次から次へと刺客が襲いかかってくる奴。

キムタク用心棒なんだが割と弱く、タフネスが無茶高いかタンクとして受けた後に刺し違えで相手を殺す戦闘スタイル

どうも三池崇史監督は物量で押せば観客は圧倒されるだろうと思っているフシが強く、前作のテラフォーマーズも今作もモブ集団が襲ってくるシーンを劇の主軸に据えてるくさい。

無限の住人時代劇なんだから殺陣が決まってれば相乗効果で映えたのかもしれないが、実際出来上がった映像トニー・ジャーやらジャッキー・チェンやらが集団相手する奴とあんまり変わらず。

ってかずっと同じようなリズム殺陣やってるから逆に映像眠いわ。

あと、暴力的作品からってレイプ描写をすぐに出そうとするのはなんなの。

評価

パンツもしくは女性の下着が見えなかったので星二つです。

レイプ未遂出すならせめても下着を見せても良かったのでは? <h3>o- </h3>

破裏拳ポリマー ☆☆☆

解説

何故か三年に一度位立ち上がる特撮作品リメイク映画

電人ザボーガーキカイダーREBOOTに次ぐ作品

並べたタイトルを全て見た人ならわかるだろうが、何故か三十年前の作品とほぼ同じクオリティシナリオ映像だけ21世紀ナイズドしただけで、とてもでは無いがマトモなリメイクとは呼び難いクオリティ

じゃあつまんないのかよ

脚本はそうでも無いが、アクションがすごい。序盤は敵キャラとしてスーツじゃない一般人ギャングが敵なんだが、この敵の半分位が女性

そして、テコンドーサンボかという位にものすごい勢いで回し蹴りする姿が見られる。(おそらく、破裏拳=ハリケーンということで主人公が回転系の技を多用するからこそのチョイスだろう)ちなみに女性ホットパンツだ。ということは……

評価

隙間からパンツが見えたので星三つです。

モロは無いので、動体視力で捉えてください。

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