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はてなキーワード: 放送作家とは

2017-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20170319051441

「俺は面白いコトするためならダンピングするよ?お前らもそうだろ?」

という解釈は、彼のいいたかった趣旨から外れた解釈です。

そもそも、ダテコーは、キャストダンピングを強いていません。だからこそ、断られて恨み節なんでしょう。

木元の本文を少しでも読んでもらえれば分かるのですが、事前に取り決めたギャラはきちんと払ってます

取り決めたということは2者間で合意したということで、なにか騙されて合意させられた訳でもない限りは、

よそ者価格決定に口を挟んでいい道理はないです。

ダテコーの会社がまだ若く資本もごく僅かなところで、アニメ業界の外から来たチャレンジャーであり、

チープながらも既存業界とは異なった作風作品を作ろうとしている、そういう気概を汲んで、

きっとキャスト側も普通より安い額で引き受けているんでしょう。

彼のもとで従業員として働いている人たちもきっと同じことです。

若くて資金力のないベンチャーでは、外注相場通りの額が払えないことはよくあることでしょう。

からどうにか、自社に共感してもらって、妥協をひきだすように、交渉をする。これは当然のことですよね。

それが彼の仕事でもあって、けれどクリエイティブにこだわりたい彼には辛いんでしょう。

もちろん本当は十分だしてあげたい、でも自分の不徳の致すところで、と言っている。

から、仮にウチが大手制作会社のような、資金力のある企業だったとしたら値切りはしないだろうということが伺えるし、

あくまベンチャーの初期だからという事情限定での話をしているんです。

 

「高額報酬要求するのは仕事が嫌だから、腕が悪いから」

このくだりは、私も言い方が悪いと思いますよ。うかつな物言いです。でも

http://anond.hatelabo.jp/20170319053151

で私が書いたように、そういう言い方をしてしまう事も察してあげていいと思うんです。

あのくだりで、彼が本当にいいたかったことは、「クリエティブにはまず第一クリエイティブに目が向いている人と働きたい」

という単純な話なんだと思います。ここは彼も後にツイッターで補足しているので、

昨日の8:52~9:59の一連のツイートを見て欲しいと思います

そうしてもらえたら、真意が伝わると思います

整理するなら、「高額報酬要求するのは仕事が嫌だから、腕が悪いから」は本意ではなく、煽りに釣られて過去自分だけに当てはまる浅い考えが出てしまっただけで

(彼の中では、放送作家として結局ドロップアウトした自分がそれでも平均サラリーマンの3倍ほど稼げたのは、やりたくない真面目な番組ナレーション書きとか、通販番組商品説明とかもやっていたからだ、という自己認識があって、そこから出た「誰もやりたがらない仕事は高額になる」的な考えでしょう)。

実際にはその反対のこと、つまり、「クリエイティブ仕事を本当に好いてやっている人は、よくお金に囚われず(時に自腹を切ろうとしてまで)表現を探求するんだ」

っていうことです。で、彼のようなクリエイティブ系の小さい企業に、しかも出来て日も浅い体力のない時期にジョインしてくるメンバーは、

そういうパッション第一に考える仲間で揃えたいんだ、ということでしょう。

2017-03-18

県境マニア聖地撮影禁止だった!

県境マニアの西の聖地イオンモール高の原」(京都府木津川市奈良県奈良市)。建物は1F、5F、屋上駐車場で、2~4Fがお店なんだけど、どの階にも府県境警察管轄)を示す線が引かれていることで有名で、写真におさめる人も多い。

ところが、自分も3Fの吹き抜けから2Fの境界線を撮っていると、警備員に館内(駐車場も)は撮影禁止写真を削除するように言われ、「1回注意しまたからね!」と念を押された。

うん、確かにどの商業施設でも入口に撮影禁止と貼ってあるし、明るい廃墟ネットで話題になったピエリ守山だって、本当はオープンした時からず~と撮影禁止だ。でも、イオンモール高の原場合は、写真撮影のために2FにKYOTO/NARAと明示してくれてあるし、過去にはあの有名なゆるキャラ写真が撮れちゃいます!と記念撮影アプリまであった。

そのことを伝えると、警備員県境撮影可だと認めたものの、それは2Fでの撮影だけで「いままで上から撮った人なんていなかった」という。いやいやいや、下だけだと全体が入らないから、県境マニア石井裕さんも、デイリーポータルZ西村まさゆきさんも、放送作家吉村智樹さんも、皆さん上から撮影されている。

それに、「す・またん!」「ねとらぼ」「空から日本を見てみよう」「スクール革命!」「三関王」なんかも上から写真映像だったし、その一部はイオンモール広報部の提供じゃないのか。この点について確認したところ、メディアは特例で、とにかく2Fの通路以外はダメとのこと。

警備員プライバシー保護理由と言っていたけど、地元の方は府県境なんて全く気にしないから下で撮るのは恥ずかしいし、何より下で撮る方が通りがかった人や、ショップにいる人の顔が入っちゃうんだけどなあ。
年月出来事
2005年3月両府県警の間で事件事故の際の対応協議イオン(当時)に店内に線を引くよう申し入れをする。
2007年5月イオンモール高の原グランドオープン
2012年5月2F通路NARA/KYOTOというシートが登場
2012年10月せんとくんまゆまろ記念撮影できるアプリ高の原県境AR」登場
2015年3月2F通路県境にショーケースが登場
2016年2月ショーケースの下半分のデザイン変更
2016年3月奈良市非公認キャラのリニー君が、モール内でのフラッシュモブ終了後にミニリニー君のフィギュアを渡し、ショーケースに置かれる
2016年4月ショーケースの上半分とシートのデザイン変更
2016年5月シートのデザイン修正
2017年2月ショーケースとシートのデザイン変更

2017-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20170223092716

声優失言って高頻度できくな。

放送作家がそのあたり配慮しないのかね。

2017-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20170126195655

バラエティ放送作家のアホ田尚樹とはちがって、起業家として成功しているだけに、なんか怖いよね、アパ社長夫妻。

2016-12-31

高橋ナツコさん(脚本家)の〆切に対する心構え

http://www.mikageya.com/yu/17/

放送作家の悪い癖が残ってて、 ギリギリ体質だから

余計に時間がないように感じちゃうのかなぁ、とも。

ドラマアニメ制作現場って、時間も締め切りもきっちりなんですよ。

会議も5分前集合。

バラエティ会議だと、遅刻が当たり前だったりするでしょう。

先輩、あ、三木聡さんですけど、

会議はわざと30分遅れていけ」って教わりましたから。

多分、真の意味は、

「例え会議に30分遅れたとしても、 それだけテンション高めて行け」

という教えだったと思うのですが、私は言葉通り受け止めてました。

で、さらに、

「遅れた時ほど、ムッとして入れ」って言われて。

これも、言葉通り受け止めてそうしたら、ぶん殴られました。


参考まで。

https://www.facebook.com/yos.ibt/posts/1077945862314450

2016-05-12

大っ嫌いな放送作家がいるんだが•••

本当に大っ嫌いでそいつの考えた企画とかメールとかで一回も笑った事も無いし、面白いとも思った事が無い。

嫉妬とかではなく本当に作家がクソなのだ

ラジオ作家なんかもしてるけど、たまたま好きなパーソナリティ番組作家たまたま大っ嫌いな作家

そのラジオ番組もクソみたいな内容で聴いていて本当に悔しくなる。

そのパーソナリティ面白い人なんだけど、なんだか作家のせいでパーソナリティも嫌いになりそうになるから本当に止めて欲しい。

作家演者の良さ殺して、自分の我を出して、自分番組アピールして•••

何考えてるんだ。

からファンほどそのラジオ番組は聴いてないそうで、友人も作家が辞めてくれたら番組もっと面白くなるのに、と嘆いていた

自分ラジオ聴く事が趣味なのだが、あの作家ラジオ番組は本当に嫌いだ。

パーソナリティは好きなのに、本当に悔しいわ。

2015-11-10

ネタバレ注意!ががばば

ががばばで行方不明になったJKずんどこべろんちょに出てきた家族女の子

まりががばばは、ずんどこべろんちょの10年後という設定。

ソース元は放送作家うそだと思うやつ放送みろ。

2015-09-20

日常系アニメよりアニラジのほうが優れてる

日常に疲れて女の子の会話をぼーっと聞きたいなら日常系アニメよりアニラジのほうが良い。

アニラジアニラジ声優キャラ作ってんだけど、それでもアニメよりはリアル感がある。

放送作家かいるけど一応喋ってる内容のほとんどは声優女の子自らが考えた言葉だし。

アニメセリフなんか100パーおっさんが作ってんじゃん。よくそんなもんありがたがれるよな。

「心が叫びたがってるんだ」はまさしくライトアニメファン向き

連休初日という事で、一つ映画でも見ようかという事で「心が叫びたがってるんだ」を観てきた。

長文なので、ブログにでも書けばいいんだろうが、私のブログは極めてテーマ限定したもので、書くところがないので、増田に書くことにする。


あらすじを超ザックリ言うと、幼い頃のトラウマで上手く喋る事が出来なくなったオカッパと、空気マン、空気ガール、怪我で夢破れた金属バットが、地域交流会の出し物でミュージカルをやる事になって、その過程でそれぞれの問題と向き合っていく、みたいな話である


意外とよかったので、皆さんの連休の過ごし方の一つのヒントになればと思い、見所と気になった所を列挙していこうと思う。


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見所1

描写のエゲツなさ」

基本的には上記あらすじから想像できるような、爽やかな青春群像劇である

しかし、随所にエゲツない描写差しまれてくる。


まず、4人の主役の1人であるカッパ、順のエピソード物語冒頭で語られるのだが、それが画に登場した瞬間に、「こんなのイヤな予感しかし無いじゃん」という不穏さから、「うわー、これ見たくない見たくない」と見事に展開していくのだ。

序盤でいきなり物語に引いてしまうか、「ん、これは創った人、凄いぞ」となるか決まると思う。


次に、キャラ描写も「うわあ、妙にリアルでやだなあ」と思わされる。

ここでは、重要人物、順の母、泉を挙げよう。

泉は序盤とそれ以降で人の弱さを見せつけるように、結構キャラが変わる。

それが、「まあ、そうなっちゃうのもわかるよ・・・」という感じで、さらに妙な厚みを持たせるのが、彼女職業だ。

一応、割愛するが、見た瞬間「うわ、有りがち!」膝を叩き、その職業であるだけで、なにか彼女の抱えている事情説明するオーラのようなものが見える気がするのだ。

これは若い頃、その職業の方とイマイチうまくいかかった私自身の偏見かもしれ無いが。


もう一つあげると、作中で出てくる「怪我をする描写」だ。

ここは画の力が凄い。

見た瞬間に「うわあ、イタタタ」となるし、絵面が容赦なく汚く、怪我一つでその後の憂鬱さまで伝わってくる。


他のレビューで、「変に生々しい」というのを見かけて、その点は同意なのだか、その方の、「アニメなのに現実に引き戻されて乗れ無い」というのと、私の評価は逆で、ここら辺でグイグイ掴まれしまった。



見所2

構成の上手さ」

作中で登場する劇中劇が、本筋とうまくリンクしていく。

順と、主役の1人、空気マンである所の坂上が劇中劇ストーリーについて話し合うシーンがあるのだが、終わってから振り返れば、これがまあまあ重要伏線になっている。


また、後半でこの劇中劇と本筋が同時進行するシーンは、私調べでは最大の見所と言ってもいい。

クライマックスは「それは読めるよ〜」というベタ演出なのだが、「でもそれしか無いよね、待ってた!」という形になるのだ。


それというのもフリが効いているからで、「おっ」と感心させて、その上でクライマックスに期待を持っていかせる構成うまい



見所3

秩父の美しさ」

やたら西武線ポスターを見かけるのはそういう事か。

管理はされてるがちょっと古びた神社や夜中にポツンと浮かび上がるコンビニは妙な実在感がある。

北関東の豊かな自然と貧しい娯楽、少ない溜まり場が、閉じて煮詰まりがちな人間関係をうまく演出していると思う。



見所4

主人公格の2人の歳なりの幼稚さ」

主人公格4人の中で、オカッパ順と、金属バット田崎は、わりとナイーブに描かれる。

感情的になったり、恥ずかしいシーンが多い田崎は、「まー無理もないかなー」と思わされるくらいには置かれてる状況がちょっと気の毒な感じなのだが、順の方は「おいお前さ」と言いたくなる幼稚さで大問題を引き起こす。


しかし、それがいい。

映画に登場する高校生は「そんなまとまった思考するか?」となりがちで、「大人が考えた高校生である事が多いように思う。でも、本来高校生なんて劇中の順くらい自分が整理できて無いもののはずだ。

から、一瞬「それ無くねえ?」と思わされる順の行動も、「いや、高校生はこれでいい」という風に感じられる。


物語に協力する為に大人な台詞回しや行動を強制されがちな「劇中のティーン」だが、これくらい幼稚な方がリアルだと思う。



見所5

キャラの小物」

順の小物に注目したい。

彼女は今時ガラケーを使う。

そのショートメール機能コミニュケーションをとるのだが、小さい彼女一生懸命ポチポチやるので、さらに小ささが強調される。

また、彼女リュックを背負っているんのだが、これがいい感じのダサさで、彼女の「他人コミニュケーション出来ない」事をビジュアルでうまく説明しているように思う。


他にも空気マン坂上の高校生にしては小慣れたファッションや、田崎の中途半端ワイルドファッションも、こだわって創ったキャラを感じさせる。


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というわけで、本筋も良いんだが、その周辺も結構楽しめる。

では気になるところを。


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気になる所1

セリフ説明的」

バケモノの子」ほどでは無い。

でも、やっぱセリフ説明しすぎな気がする。

この話のテーマの一つは「言葉」なので、勢いセリフ重要なのはわかるのだが、それでも心情に関わる所では、「ここは絵でほのめかして、あとで言葉にしてもいいんじゃ無いかなー」という点は感じられた。



気になる所2

「仁藤のキャラが薄い」

ここまで言及されなかった最後主人公空気ガール仁藤だが、彼女キャラが薄すぎる。

ナイーブな順、田崎と、空気を読む坂上、仁藤が対称をなす中、坂上の空気っぷりに関しては、劇中で説明がなされ、そのことでキャラが立ってくる。

しかし、仁藤に関してはパーソナリテイの描写が薄い。


劇中で言及される「彼女特有のいやらしさ」や、仄めかされる「弱さ」について、もう少しエピソードがあれば、俄然魅力的なキャラとして立ち上がってきたと思う。

彼女基本的はいい奴なのだから



気になる所3

クラスメートがみんないいヤツすぎ」

いい意味で幼稚な順や田崎が、物語を混乱させて見せ場を作る中、じゃあクラスメートはどうかというと、これがちょっとブーブー言うだけで、物語の進行に非常に協力的だ。

特に順に対する寛容さ、というか子供の世話でも焼くような態度は、「いや、高校生なんてもっと聞きわけ無いでしょう」と思ってしまう。

こんな高校生活、送りたかったよ、ホント



気になる所4

主題歌

ここは評価真逆に分かれそう。

私も気になるとしたが、全面的ダメってことでは無い。

主題歌の内容は映画の話と似ていて、両方とも「言葉によるコミニュケーション」を主題としている。

そこらへんは放送作家出身の、作詞家秋元康らしいところで、企画ありきで行ったのだろう。


問題は曲のスピードで、テンポが急に早くなるように感じられるのだ。

直前までスタンダード名曲ミュージカルをやって、それでこの早い四つ打ちの主題歌はいるので、「え、そんなスピード感ではやってなかったでしょ」と戸惑う。


ユニゾンも綺麗で、まあまあハマってるんだが、そのスピード感だけ、入った時にちょっと違和感があった。

ただ、観客で立つ人はかなり少なかったし、大枠では大多数を不快にするような違和感ではなかったんだろう。人によってはどハマりという評価を下せるくらいの微妙ラインだと思う。


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さて、鑑賞後の気持ちが冷めないうちに見所と気になる所を挙げた。

この作品の売り文句が、「あの花スタッフが送る青春群像劇なのだが、私はあの花という作品を「存在している」こと以外知らない。

で、アニメは好きだが、最近アニメありがちな萌え声演技が苦手で、俺物語からも脱落してしまったくらいの、アニメライトファンである


そんな自分からしたら、「思ったより全然いいじゃん」と感じられる作品だった。

果たして、先輩レビュアーが挙げた、「コアなアニメファンには覚めちゃうが、一般のライトファンには受けそう」という評の、肩翼を担う形になった。


さて皆様はどう評価するだろうか。

連休に空きのある方は是非、映画館ウォッチしてはどうだろう。

2015-08-18

声優さんラジオについてな

http://togetter.com/li/853162

声優ラジオ台本に「以下10フリートーク」って事例沢山あるのかなあ。まあい殆ど無いとしても『それが声優!』であったからという理由で多発するようになっちゃうんだろうな。それが許されることとして描くとそうなっていきやすくなるんだよね

一応業界からこの辺周辺に対する意見な。

そういう台本は実際になくはないんだが、だとしてもそれがすなわち悪である、許されてはいけないというわけではないんだよ。

様々なパターンがある。

そもそもの台本ってのは成果物じゃないんだよ。成果物ってのは音声であってこれをラジオとして放送するわけでしょう。その放送音声すらも収録したもの編集して効果音をつけて流すのが前提であって、台本っていうのはその過程一時的必要とされる介助でしかないし、そこに絶対ルールはないんだよ。

例えば、台本には「以下10分フリートーク」と書いてあったとしても、別紙で「想定される話題」などが用意されてる場合すらある。台本ってのは現場構成要素の一部なんだよ。

もちろんただのぶん投げで声優さん一方的負担を強いるような現場ってのは存在する。でも、かといって、「以下10分フリートーク」って書いてある台本がそのままぶん投げの証明とはならない。

声優さんある意味声を売る仕事だけど、だからといってスポンサーなり脚本意向で何喋らせてもいいとは思ってなくて、そんな事をやっていれば最終的な成果物(この場合ラジオの音声)もそのラジオを含むプロジェクト全体のクオリティも下がると、普通放送作家なり脚本なりPは考えてるよ。

声優さんプライベートでも嫌いなものや興味のないもの指定して、それを台本の指示に従ってフリートークしろってかいたとしたって、その番組面白くならないのは想像がつく。

台本に「以下10分フリートーク」と書いてあったとしても、普通放送作家なら、収録前の打合せで「最近何して遊んでますか?」から始まって「今日はどんなフリートークしましょうか」「そのネタ面白いですね、拾っていきましょう」「じゃあ、そこでBさんのモンハンの話につなげて」みたいな打合せをやってるんだよ。まずは、それが基本の姿だって認識はあってほしい。声優さん台本のぺらの「フリートーク」の部分に話題として使えそうなネタメモをして収録に挑む。

(余談だけど、この打ち合わせが盛り上がりすぎて、本収録よりそっちの方が面白かったなもう少し打ち合わせは抑えていくべきだったなあ。とかもある。声優さん役者さんによっては、打合せで綿密に話題確認をしておいた方が本番でイイ人もいるし、逆に打ち合わせでしゃべりすぎて本番が二週目になると輝きが減る人もいる。プライベートについて絡んだ話題のほうが面白い人もいるし、あくま仕事範囲内で話題をあつめててプライベートの話は嫌な人もいるし、それぞれNG話題もある。その辺の声優さんの都合、相性の問題スポンサープロジェクト)の意向、全部ひっくるめて番組の打合せをするのが放送作家本来仕事で、台本はその準備のひと手順なんだよ。関連会社の事前チェックをとるために大事儀式ではあるんだけど。)

以上が「本来現場の姿」であって、でもしかし、声優ラジオは増えた。FM深夜番組だけじゃなく今主流はWebラジオだし、アニメ映画なんかのプロモーションとして番組も爆発的に増加した。メディアミックスにおいて多数の入り口を作るのは戦略の基本だし、声優ラジオは(コミカライズノベライズにくらべれば)短時間に作れて、予算や手間もさほどかからない(ということになっている)。

経験の浅いスタッフも増えたし、声優さん側に分投げになっている現場も、悲しいけれどないわけじゃない。たぶん増えてる。それは確かにブラックだ。

(また昨今、声優さんというもの立ち位置も「ただ声を当てる職人」ではなくて「あるプロジェクト(主にアニメ番組)の代弁者広報役」として期待されるようになってきた。期待されてるっていうのはそういう声優さんの方が仕事取り易いし重用されるし出世するということで、はっきり言っちゃうへぼ放送作家声優負担の高いへぼ台本を書いてきても、それでも面白いフリートーク番組を作れる声優さんのほうが需要がある。)

でもだからと言って「以下10分フリートーク」という台本存在声優ぶん投げではない、というのがこの記事趣旨だ。声優さんの選定やスタッフの相性まで考え、一番重要な打合せを含んだ総合的な現場構築が面白い番組バックグラウンドであって、台本というのは皮相な一部なんだ。

願わくば面白い番組が一個あった時、その背景に思いをはせて評価してあげてほしい。評価の中に「あれは多分現場雰囲気がよかったんだな」とか「番組企画が毎回よかったな」(企画によっては普段口数の少ない声優さんが楽しくしゃべってくれるとかもある)みたいな価値観が全くないとすれば、放送作家なり現場のPなりはいてもいなくても一緒の存在だということだ。結果、そちらには予算評価もながれず押し付けられた素人けが素人仕事をすることになってしまうだろう。そして声優さん負担を全部押し付けることになり、誰も得をしないギスギ現場だけになってしまう。

――というのを現場からのレポ的な何かとして書いてみたよ。

2015-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20150813223702

いろいろ言われてるけどさ、本音のところは博報堂が第二の佐藤可士和を作りたかっただけじゃないの?

恩知らずな彼はさっさと全部自分の手柄みたいな顔して見向きもしなくなっちゃったもんだから

佐野研二郎って見た目の押しも強そうだし。プレゼンスっていうんだっけこういうのって。

大手仕事回すだけ回して、本人の名前デザイン起こすだけ起こして実績作ってみたいな。

サントリートートに至っては本人がデザインたかどうかすら怪しい。

アシスタントに山ほどつくらせて本人が選べば別に監修ってことになるわけでしょ。そりゃ素材の出元なんていくらでもグダグダになるわ。

それで満を持してオリンピックロゴデザイナーとして世界デビューを果たそうとしたところでまさかの横槍から馬脚が薄皮一枚でなんとかつながってる状況って感じ?

華々しい顔出しデビュー釈明会見とか残念杉夫wwwwwwってか研二郎よりこっちの名前のほうが似合うんじゃねwww

又吉さんに飛び火させるわけじゃないけど、本にせよ芸術にせよ今の世の中ってなんだかんだ言っても偶像崇拝ないと物が売れないじゃない。

機能性とか性能差が数値で表れるものでもないし。

テレビメディア牛耳ってた頃ならそれで良かったんじゃないの。

大手テレビ局が一斉に「流行ってます。」流せば流行ったんだから

それでも最近ニュースネットで話題になってる以上触れないわけにいかないみたいなノリでコメンテーターの顔見てるだけで笑えるよね。

擁護せず突き放して見ている側にそこまで言わなくてもって思わせるのって、クレーム対応常套手段ですから

放送作家もうちょっとがんばれwww

この一件はいよいよ大手広告代理店カタストロフィ時代突入って感じですげぇワクワクしてきた。

イチゴシェーク飲んだら勝ち組みたいな風習は本当になくなればいいと思う。

それにしても東京オリンピックは自浄作用高すぎwww私腹肥やそうとした老害どもが総涙目wwww

今後の顛末をどうやって形付けてくのか本気で楽しみだ。期待してるぞ杉夫くんwwww

こんなクソみたいな内容はこんなクソみたいな文章でかけば十分だろ。アホくさい。

2015-07-30

http://anond.hatelabo.jp/20150730091004

こういう女性が好きそうな男性

・30歳以上

・本は月10冊以上読み、映画は月5本以上見て、CDは月2枚は買う

・好きな作家・好きな映画監督・好きなバンドがそれぞれ10人(組)以上挙げられ、それらすべてがダサくない

美術館博物館ライブクラブフェスお笑いライブは頻繁に行く

クリエイティブ系の仕事デザイナー全般放送作家などテレビ系・web系・広告系・アパレル系)をしている

大卒

ルックス個性派俳優系(加瀬亮とか新井浩文など)で、塩顔

・ガリ〜中肉中背

・肌がきれいで不潔ではない程度にヒゲを伸ばしている

黒髪で手入れされすぎてない

・シティボーイ系の小綺麗な格好(ファストファッションよりもハイブランド固めはもっとNG)(ファッションスナップを頻繁にされる)

アイドルオタ・アニメオタではない

SNSに関心がない(もはやFacebookはおじさんとヤンキーがやるイメージ

2015-07-05

絶歌」を出した出版社と「永遠ゼロ」を最初に出した出版社って同じ太田出版だね

永遠ゼロ問題作どころか架空戦記ベースとしたフィクションとしては面白い小説だと思います史実に基づいているかのように語る描写気持ち悪いという批判もあるけど私は結構好きです。

永遠ゼロは発売当初から売れたわけじゃない。

しろ作品性質上、やっぱりいろんな出版社から絶歌」みたいに断られてたみたい。

で、太田出版から出せたのは、放送作家の時のコネとかそういうのがあったみたい。

永遠ゼロ」が評価され始めたのは4作品目くらいまで書き始めたあたりからなんだってさ。

埋もれてたやつがなんとか大賞に選ばれてから一気に注目集めたんだと。

永遠ゼロ」いきなり大阪紀伊國屋書店鳴り物入りで並べてたけど、あれは出版直後じゃなくてその大賞とった直後だったというわけか。

から同じハゲでも我らがハックル先生みたいに一発目であたったとかそういう話じゃないみたいよ。

何が言いたいかというと、結構太田出版っていうのはそういう問題作を出したい人の最後の駆け込み寺みたいなところがあるんじゃないかってこと。

このあたり、わたしは出版業界全く詳しくないので業界事情ご存じの方がいたら教えて欲しいモナ

2015-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20150326111706

放送作家にとっては安上がり。ろんぱっぱ。

http://anond.hatelabo.jp/20150326110014

放送作家雇ったり会議時間取られたりそういうコストがかからない分安いと思うがの

2015-02-12

百田尚樹日本人である証拠

零戦美化小説書いたか愛国主義であるかのように言う人がいるけど

百田姓は韓国人通名使う時よく使用される通名の一つである事を知らない人が多い。

本当に百田日本人なら元横浜市長中多氏のように戸籍謄本提示すべきだと思う。

戸籍謄本で全てが明らかになるのに頑なに出さないし、探偵ナイトスクープなんて胡散臭い番組放送作家をやってたか

百田尚樹100%在日朝鮮人だと思ってる。

2014-06-02

関西弁侵略外来種に登録させたい。

関西弁は他の日本語に対して侵略である。以下理由。

関西弁を使う人間他者と違い、それを隠そうとしない。

関西弁話者は、経験的に言って自分の使う方言を主に使う。それが他の方言話者であろうと関西弁共通語話者であろうと関西弁国会などでは抑えられがちだが、イントネーションを隠そうともせず関西出身アピールが著しい。「郷に入りては郷に従え」というが、関西弁話者にそれは通用しない。

他方、それ以外の方言話者は基本的自分たちの方言を使うとき自分たちの地方だけで使う。東京に来れば基本共通語であり、今となっては地元にいてもだいたいは共通語である

以上のことから関西弁話者はそれ以外に対して侵略であることが、明らかである

西からくるものは、だいたい東にも勢力を広げ、繁殖する。

クマゼミといえば西日本でよく鳴くセミだが、最近は勢力を東へと広げている。アルゼンチンアリ東日本へと勢力を拡大させている。これは関西弁もまた、東日本へと勢力を拡大させるだろうことの、十分な証拠である

関西弁は容易く伝染る

これこそが恐ろしいことである関西弁話者と話すと、まずイントネーションを支配される。共通語を使っているのに、なぜかイントネーションがぎこちなくなる。次に、アクセントが支配される。そして、ボキャブラリ関西弁特有のものとなる。こうやって徐々に関西弁話者は、関西弁共通語としての地位確立させようと画策しているのである関西弁と話した人間は、しばらくそれが抜けないため、判断は容易であるが、回復時間経過のみでなされる。

それに対して我々が講じうる策は、残念ながらない。我々は侵略される側でありながら抵抗するすべもなく、関西弁を話す傀儡へと遂げるのである

関西弁は、思想差別的ものに塗り替える危険性がある。

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/06/01/kiji/K20140601008278820.html

関西舞台に長く放送作家を務めた百田氏は「大阪ではね、強調ために『ド』とか『クソ』を付けるクセがあるんですよ」とし、今回の件を「単なるギャグ」と説明。“問題発言”の後「入った泥棒も、あんまりかわいそうやから、小遣いでも置いていこうか。そういう国や」と言い「(会場は)ドッと笑ったんですけどね。(記事に)書くんだったら、そこまで書けよ、と」

 その証拠に、関東には流れない大阪読売テレビたかじんのそこまで言って委員会」(日曜後1・30)で1年前にも同じ話をしたが、何のクレームもなかったという。

 MCの東野幸治(46)が「バヌアツナウルの国の人たちが聞いたら、悲しい思いをする、配慮が足りなかったかなとは思わないんですか?」と水を向けると、百田氏は「うーん、でも事実でしょ」とキッパリ。「謝る気はないですか?」には「うーん、これは例え話やからね」と答えた。

 “問題発言”も「撤回しませんね、当然です」としたが「『クソ』は撤回してもいいかな」と“譲歩”した。

 コメンテーターの「ダウンタウン松本人志(50)は番組準レギュラー百田氏について「言ってることの大枠は間違ってはいない。ただ、伝え方がぞんざいというか…」とフォローした。

上記引用文を読めば明らかであるが、大阪ローカル番組クレームが出ないということは、その関西弁話者も差別的思想に染まっている可能性があり、これは百田個人の問題ではなく、関西弁話者共通の性質として考慮されるべき問題なのである

からこそ、保全活動が求められる。

関西弁侵略外来種であり、その話者がキャリアであることは、これまでで明らかになった。当然だが、悪いのは侵略的な関西弁であり、話者ではない。

地域性豊かな方言を守ることは多様性の上で急務であるから、その一歩として、まずは関西弁侵略外来種として登録することで、その話者に関西弁の使用を控えていただくことが望ましい。

我々としても、自分たちの郷土言葉大事にし、地元ではたくさん郷土言葉を使うことで、ふるさと言葉保全に貢献しようではないか。

2014-05-25

百田尚樹NHK経営委員であることの有害さに日本人は気づくべき


百田尚樹しょうもないことを言ってまた注目を集めているが、

彼が海外における日本イメージをどれだけ毀損しているか知らない日本人が多い。

なぜか。

日本人にとっては、彼は単なる探偵ナイトスクープ放送作家上がりの思想的に右よりの売れっ子作家であって、

彼がいくら「南京虐殺存在しない」(数じゃなくて存在の否定!)だの「人間のクズ」だの、他国馬鹿にする発言をしようと「また、百田尚樹が変なこと言ってるな」と捉えて終わりだ。

彼自身「私は世間で叩かれるほどの大物ではない。一介のエンタメ作家で、しかキャリアも浅い素人みたいなもの」と言っているように。

だが、海外メディアはどう伝えるか。

Naoki Hyakuta」なんて知らないし伝わらない。「一介のエンタメ作家で、しかキャリアも浅い素人みたいなもの」と伝える訳がない。

なぜなら彼は、NHK経営委員なのだから

当然見出しは「日本BBC放送局の委員が~」「安倍の側近が~」をしたという風に書かれる。

まり、率直に、"NHK Governor: Nanjing Massacre 'Never Happened'と書かれる。当然だ。これを見た海外の人はどう思うだろうか。

http://thediplomat.com/2014/02/nhk-governor-nanjing-massacre-never-happened/

http://www.bbc.com/news/world-asia-26029614

http://www.independent.co.uk/news/world/asia/how-japans-bbc-is-rewriting-its-role-in-second-world-war-9115827.html

Japan's conservative government has made a series of right wing appointments to the board of NHK, one of the world's biggest public broadcasters.”

http://www.radioaustralia.net.au/international/radio/program/asia-pacific/abe-government-threatens-nhks-credibility/1315046

これは「BBCの委員がホロコーストを否定し、何のお咎めもない」に相当するものであって、

百田や籾井が失言をする度に、このような表現で報じられるので、もはや日本国営放送は完全に偏向的で、日本人過去歴史を否定するようBrainwashedされてると思われている。

当然のように、このHyakutaなる人気作家はAbeのお気に入りメンバーに選ばれたとの説明("handpicked by Prime Minister Shinzo Abe ")がされることが多く、それは実際正しい。

安倍首相も似たような思想を持っていると当然海外では思われているし、政府の抗議を受け修正したものの今年の3月に、NY Timesが

""He and other nationalists still claim that the Nanjing massacre by Japanese troops in 1937 never happened.""と書いたように、これが海外での共通認識となりつつある。

これははっきり言って百田が与えた日本イメージである

これは単なる漫画家であり、何の公的委員でもない、美味しんぼの作者が毀損する日本イメージに比べても悪質だ。

結局のところ、百田尚樹NHK経営委員であり続ける限り、この問題は続く。彼が「失言」をやめるはずがないからだ。

その度に、「JapanBBCの委員でAbeの側近」があれこれした、こんな酷いことを言った、日本はどれだけ右傾化しているんだ、という記事が止むことはない。

海外の人は百田尚樹のことを単なる面白発言する関西弁の右よりのおじさんとは見ない。また「百田か」などと思わない。これは籾井に関しても同じだが。

日本公共放送代表の発言として見る。海外メディアは彼を公的な存在として報じるほかない。これを忘れてはいけない。

2013-11-07

松本人志について思うこと

松本人志という人の評価は完全に地に落ちてしまった。

これから再評価されるということはもはやないだろう。

以前から松本人志アンチという人は一定数いたが、

映画の評価が彼らを後押しして、さらアンチを増やし、

もはや彼を支持するほうがおかしいという具合だ。


映画制作がこれからどうなるのかは分からないが、規模は縮小されていくのが

自然の流れだろう。

それでも映画製作を続けるのか、それとも辞めてしまうのかは分からない。

自分は続けてほしいと思っている。


これから長々と松本人志の擁護を始めるわけだが、正直効果ほとんど望んでいない。

アンチにとって目新しい情報があるでもなく、速やかに「信者」という形で

パッケージされ、頭の中のゴミ箱へと入れられることだろう。

それでも自分が言いたいと思うのは、大多数にとっては「共通認識」のことだろうが、

まだそれについて知らない人がいるかもしれない、という思いからだ。

ひょっとしたら間違いすらあるかもしれないが、少し耳を傾けてくれればと思う。


====

さて、大多数にとっての共通認識というのは、松本人志の「歴史」と「作品の創り方」についてだ。

もうブラウザバックされた方もいるかと思うが、興味を持って読んでくれている方に感謝して、

彼は高校卒業して吉本興業に入った。

少しの下積みを経験した後、クイズネタ等の漫才で評価され、次に『ごっつ』のコントで、それと並行しつつ

ガキの使い』等のトークも面白いと言われていたと思う。

『ごっつ』や『ガキの使い』は今でも支持する人がいて、「昔は本当に凄かった」と回顧する人は

主にこの辺りなのではないだろうか。

それから映画制作し始めクソミソに言われるわけだが、彼の作品制作の流れというのを、もう少し詳しく

見て行きたいと思う。


彼はまず漫才で評価されたが、それは島田紳助に強く評価されていたということはご存知だと思う。

自分は笑いというもの評論家では無いので、ざっくりとした要約になってしまうが、

松本ボケの間の作り方が非常に上手い。基本をしっかりと理解し、そこを外している。

浜田ツッコミ努力のものだが、松本ボケは才能である」というような。


ちなみに『大日本人』の時にはビートたけしから

「笑いを分かったうえで、ひっくり返そうとしている。映画的じゃないかもしれないけど、それもまたいい」

と言われている。


松本人志という人は、多分とてもシンプル考える人なのだと思う。

そしてオリジナリティというものについて強く拘りのある人だろう。

オリジナリティというのは、人によっては、本当に感性のみが創るものであり、常人には真似できない

ものだと考えるかもしれないが、大抵の場合はその限りではない。

基本を理解し、それについての様々な作品を見聞きし、自分の中から表現できるものを探し、既存のもの

「どこをはずす」か、という事を考える作業だ。


要するに努力カバーするもの殆どであり、感性必要ものは「どこをはずす」かという一点のみ。

そして松本が作品を制作する際、どこをはずす(またはずらす)かというのは、いつもとてもシンプル

それを解体し、最後まで残るものをはずす。

漫才であれば「間」であるだろうし、例えば漫画でいえば、「コマ割り」や「ふきだし」になると思う。


松本人志のこういう考えをとても良く表していると思うエピソードラジオにある。

自分がとても影響を受けた考え方でもあるのだが、もう一人のパーソナリティ高須光聖番組内で

放送作家募集した時の話だ。

募集する際、選考に何か役立つお題等は無いかと振られ、松本は「赤丸と黒丸を羅列する」というお題を出した。

一瞬自分だったらどうするかと考えて欲しいところなのだが、要は単純に○と●を羅列すればいいということで、

●●●○○●でも良ければ、○○●●でも、何でもいい。

自分は当初意味が分からなかったのだが、

何週かした後松本が「正解というわけでは無いけど、今の俺だったらどうするか」

と前置きをした後で、「赤一個」と答えた。


これは自分にとってはとても納得のいくもので、新鮮だったわけだが、これを言語化するのは非常に難しく、

かつ下らないと思う人が大多数なのでは無いかと思う。

けれど、松本はずっとこういう考えのもと作品を作っていたのではないだろうか。


シンプルに笑いを崩すからこそ、独特であると言われつつも支持され、今に繋がっていったのではと思う。


そしてそれをやり尽くしたのが『ごっつ』であり、『ごっつ』が終わることで、また新たなものに挑戦しよう

と思ったのではないだろうか。

当時から松本浜田がいないと面白く無いと言われていたが、それはおそらく『一人ごっつ』や『VISUALBUM

イメージが強いのではと思う。

要は松本イメージをわかりやすく(面白おかしく)視聴者に伝える中継が必要だという話。


けれどそもそも松本は、『ごっつ』を終え、自分一人で作品を作ろうとした時に、「笑い」というもの自体を根元から

崩し始めたと思う。どういう時に笑いが起きるか、「意外性」であったり、「緊張と緩和」や「差別」などが含まれると思うが、

そういったものを取り出し、時にはクローズアップし、時には徹底的に無視する、という作品作りをしているように感じた。

そしてそれを追求し、そこで観客が笑う、というリアクションすら必要ものだとは思わなくなった。

もちろん、理解してくれて笑ってくれるのが一番だと考えていたのだろうけど、それより自分のやりたいことを追求したわけだ。


から浜田(中継役)がいる時でいない時では、そもそも創るものがまるで違うのだ。


映画製作をはじめる前は、こういった文脈がある程度共通認識としてあったと思う。

から松本の笑いは難解」という意見で濁したり、全然笑えないというのを表立っていう人はいなかった。


そして松本は『大日本人』を発表し、酷評される。それは今までやってきたことから続いてきたものだったのだが、

映画からそういったものが表出したのは、単純に規模の問題だろう。

多くの人が観て、思ったことを口に出しはじめた。

自分映画評論家でも無いので下手なことは言えないが、まあ映画としての質も悪かったのだろう。


素直に笑うことは出来ない、作品のセオリーからは外れる、映画としても微妙、では中々擁護できない。

さら宣伝の仕方も悪かった。「お笑い」の映画だとして、とても笑えるものだと言う宣伝の仕方をしていた。

松本にとっては笑えるかもしれないが、普通は何処で笑っていいかからず戸惑うばかりだ。

これも今はすっかり言われなくなったが、「松本コントは2度目、3度目の方が面白い」と言われていた。

これは、まず松本がどういうコンセプトで作品を創っているのかを理解しないと、共通認識が生まれないからだ。


音楽でいえば印象的なコードや、誰もが感動するコードというものがあると思う。自分音楽評論家では(ry

そういったもの排除するか、またはそれを使ってまるで別の意味合いを持たせる、ということをしているから、

初見では何がしたいのかに単純に戸惑う。

爆笑映画爆笑するシーンを全てカットしてるようなもので、「ああ、狙ってやってるのね」と理解した上で、

「この次はこうだな」と思っていないと、面白さが得られない、ということ。


これから決して松本の作品が評価されないだろうと思うのは、大多数の人はこの負担を嫌うからだ。

それはまあ当たり前の話で、何でお前の考えをいちいち読み取らなきゃいけないの、という話で。

からなのかどうかは分からないが、日本人はそういうものを「好きではない」ではなく、「つまらない」と

判断する。それは自己満足しかなく、視聴者主観によって作品の価値は決められるべきものであり、

何故自由な感想を持つことを許さないのか、というもの


確かにその通りだと思う。実際、そういう面に配慮し、視聴者の目を飽きさせない、

皆が笑うもの、感動するものを取り出し、自分の作品に上手にそれをはめ込む、という作業をしっかりしている人はいる。

というかそういう人の方が多いだろう。それは北野武の作品でもそうだろうし、それがあるから認められる。

そういうものなんだろう。

それを一切排除して、排除してますけど何か?となれば、それはもう「その開き直りがうざい」と言われ、

「まずは王道をつくれ」となり、所詮その程度の人間だったということで烙印を押されて終わる。

そしてそういう作品を擁護しようものなら、「通ぶってる」「他人とは違うアピールですねはいはい」となり、

信者としてゴミ箱行きになることだろう。

まさしく自分のことだ。


自分は『大日本人』を観たときは、発想の転換の仕方や物語の創り方についてとても考えてしまった。

元々手を叩いて笑うようなことは想定していなかったし、発想の切り口を楽しむものだと思っていたので、

「なるほど」と感心しきりだった。

しんぼる』を観たあとはネットレビューを見るのが楽しみだった。

欠点らしい欠点が見当たらなかったからだ。『大日本人』は色々と分かりづらいが、『しんぼる』はとてもシンプル

殆ど一発ネタに近い。これを批判する必要性が無いと思った。

実際にはライムスター宇多丸がボロクソに叩いていた。

「間が悪い」といったようなレビューもあったが、「いや、それは意図していることだし・・」とその時は思っていた。

さや侍』は単純に泣いた。まあ嫌らしいなとは思った。


『R100』を観るときには、正直憂鬱なところもあった。

毎度自分が感動しているのに、ネットでは大草原だからだ。

初日からガラガラということで話題になり、ガラガラって言って笑ってる奴は何しに観に行ってんだと思いつつ、

映画館友達と足を運んだ。

チケットを買う際、「あ、ほとんど席埋まってんじゃん!」と嬉しそうな声を出したら「それもう終わってるやつです」

と言われ(観に行ったのはレイトショーで、自分はそれ以前の時間のものを観ていた)、鑑賞。


『R100』に至っては、もう殆ど観に行っている人も居ないようで、「言われているほどつまらなくない」というような声も

ある。けれどもう少し評価されてもいいのではなかろうか。

映画としての完成度といった意味でもそうだが、脚本がとてもいいと思う。

渡部篤郎も言っていたが、とても知的だ。そう言われて笑う意味が分からない。

物語王道の流れをとても知的にずらしている、と思う。

それは選ばれた天才が創るものではなくて、長年のキャリアを積んだ玄人による努力の結果だ。そう感じられた。

頭のおかし人間が創るには筋が通り過ぎているし、王道を創る人間からしたらずれすぎている。

そのバランス感覚によって創られた作品だから、とても知的に感じられた。

もっと具体的に説明できないのが悔しいところだが、何より世界中が認めざるをえないだろうと思ったのがラストオチだ。

実際には友達はその場面ちょうど寝ていたが、あれは素晴らしい落とし方だったのではないだろうか。

「究極のM」ということを考えた時、あれ以上の答えは見つからないように思う。

言われるまでは思いつかないが、言われてみたらそれ以上は思いつかない。そういうものだったと思う。

少なくとも馬鹿自分はそうとしか思えなかった。


100才の監督が創っている、というのは確かに逃げの側面を感じてしまうが、一応リアルではなくファンタジー映画作品)だという

ガイドラインというのが正しい見方だと思う。そのガイドラインを引いておかないと、物語破綻(丸呑みの女王とか)が

「本当に現実で起こっているもの」になってしまう。

ゾンビ映画ならば現実ゾンビが出てきてパニックになるという映画が成り立つが、SM映画で丸呑みの女王が出てくるのは成り立たない。

その為には誰かが創っている作品、という劇中劇にする必要性が出てくる。

これはバランス感覚の問題であり、こうでなければいけないということでは無いので、納得されるのは不可能かもしれない。


松本人志という人は我儘で身勝手なところが過分にあると思う。

一応、松本人志が考えてそうなことを記述したつもりだが、彼はコロコロと言うことが変わり、

その上ひねくれているので違うところもあると思う。

付き人の過剰な接待や周りのイエスマン存在もあり、裸の王様と言われるのも分かってしまうところはある。


とてもストイックに笑いを追求しているかといえば、意外とそうでもなくて、映画も辞めるときは辞めるような気がする。

からこの人は「ブレる」ことをためらわない。

悪く言えば適当で、良く言えば正直だ。

自分はその正直さが好きなのだと思う。いつまでもつの事をやり続けることは普通できない。

何一つブレずに生きようとすれば、考えが変わった時には自分に嘘をつき続けることになる。

周りの環境の変化も考え、自分に出来る事を探し、努力できるときには努力する。

松本人志という人は本当に適当に嘘をつくし、誇張や冗談に隠れてわからなくなることもあるが、

実際には一つ一つのことに取り組み、努力し、乗り越えているだけな気がする。

ずっと続いてきたものの中に映画があり、今取り組んでいるんだろう。


それがカッコ悪かったとしても、冷笑するよりは応援していきたい。

尊敬する人だから

2013-11-04

チャンネル分離が難しいならば、バラエティには、次の注意のテロップ最初に入れてみてはどうか。

この番組は娯楽のために作られています

別に訓練された芸人役者放送作家によって綿密に書かれた台本にしたがって、高度な演技をしています

番組内容の真似をすることは、命にかかわる事故危険性があり、対人関係おいて信頼を失う恐れがあります

十分に注意してください。

また、未成年者の視聴は、保護者監督下のもと、教育的要素を含んだ適切なコミュニケーションをとりつつ行ってください。

そんな野暮なこというな、お約束だろの反論はあると思う。

でも、子供は信じてしまうことが多いのが問題。リアルガチ風演出のようなドキュメンタリーバラエティおもしろいことはわかるけど、グレーゾーンおもしろいけど問題が多い。

素人風の劇団員を使った映像作りや普段テレビに出ない素人対して、リアルガチ風演出にしたがってくれと指示を出すのは、問題がありそうな気がする。

報道にはマーケティング要素を除いたほうが望ましいが、新製品の扱いや国民ムーブメントの扱いが難しいかもな。

速報性が必要ないものは、半年後とか1年後ならばOKとか無駄に人の動きをあおることはしてほしくない。

民放ならしかたないと思えるけど、公共放送で「Appleが新型iPhoneを出しました」と朝のニュースで流れる違和感

みんなが欲しがっているから、乗り越えられる壁なのかもしれない。他のメーカーじゃそこまで報道されない。

みんなという仮想ペルソナの知りたいことが拡大解釈されているのかもしれない。

チャンネルを分離しても経営は分離しなくてもいいじゃないかと思った。

せっかくデジタル化して空きが増えたのにもったいない

http://anond.hatelabo.jp/20131103211053

2013-10-05

芸人クレーム芸にはもううんざり

芸人が人の行為についてキレたりクレームをいったりして笑いをとろうとする行為にいいかげんうんざりしてきた。

「このあい居酒屋へいったんやけど、そこの店員の対応がありえへんねん」、「この前のったタクシーおっさんがありえへん」

いや、ありえないのはお前らだから

だれかに文句を言って笑いをとること全てを批判するつもりはないんだけど、最近芸人のやってることは弱いものいじめしかみえない。テレビメディアという巨大な権力と知名度を後ろ盾にして、一方的に、反論できない一市民を批判するだけ。身内や自分達より立場の強いひとは絶対ネタにしない。やってることはただの弱いものいじめモンスタークレームマー集団になってしまってる。

芸人テレビメディアと結びつくことで不相応に権力を持ちすぎてしまったように見える。やっかいなことに本人たちにはその自覚がない。

去年田村敦さんが路上駐車を指摘してきた警察に対して、いちゃもんをつけるようなところをネット放送で配信して多くの人に強い非難を浴びた。おそらく、彼の中には警察という権力に立ち向かう一市民として視聴者から強く支持されると踏んでいたのだろう。しかし、その結果は逆だった。そこには顔を無断で動画でとられながらとられながら芸人いじめられるかわいそうな警察とその警察官を擁護する声があふれていた。

昔、芸人が文句をいったりクレームをいったりして笑いをとるのは、立場の弱い人が強い人に対していうから支持された。一般の視聴者の気持ちを代弁してくれてるようにうつったのだ。だが、今の芸人テレビメディアと結びつき、権力者となってしまったので、強いものが弱いものを一方的にいじめていうようにうつってしまう。

生活保護片山さつき議員河本さんの名前を名指ししたとき、同じ芸人たちが国家権力をもつ人間が一市民を名指しするのはどうかと一斉に擁護したが、テレビメディアと密接に結びついている芸人と一国会議員とどちらが権力的で暴力的だろうか。

芸人テレビをつかった一方的な弱いものいじめにはうんざりだ。批判して笑いをとるなら自分より強いものを批判して笑いをとれ。自分たちの権力性と暴力性をもっと自覚しろ。先輩芸人放送作家を批判して叩かれたキングコング西村さんのがまだ芸人として立派だ。身内や自分達より強いものは決して批判せす自分達より弱いものいじめる人たちに未来はない。

2013-05-22

大人なんて汚い奴ばっかりだ!TVなんてみんな嘘っぱちだ!

もう時効だと思うから書く。

10年以上前学生だった俺はテレビの某番組ネタ投稿することに全力を傾けていた。その番組視聴者から体験談を募って再現VTRを作り、それに対して司会者ゲストがトークをするというもの。この手の番組としては破格の謝礼3万円。金がない、しかし働きたくない、という俺には格好の現実逃避だったのだ。

けれども世間はそんなに甘くはない。投稿すれども採用されず投稿すれども採用されず数ヶ月経ち、なんだこれ投稿フォームがぶっ壊れてんじゃねーのか?そう思い始めた頃、俺はその番組特番で己の投稿映像化されているのを目撃する。

やったー!さんまんえんー!

ってかまじで再現VTRになるんだwwww

うはwwwwあいつあんな美人じゃねえwwww

喜んだ。学生に3万円はでかい。何しようか、何買おうか、エクストリーム皮算用である

しかし、VTRが終わり番組がトークに入って違和感に気づく。

…ってあれ?こういうのって放送前に連絡が来るんじゃねーの?

ていうか俺は「彼女が~の時に~と言っていた」という文脈で投稿したはずなんだが、VTRでは「娘が~の時に~と言っていた」と母親目線になっていたよな…?

彼女が言っていたのは特徴的なセリフだったので、ネタかぶりはまず考え難い。そしてそのセリフを聞いていたのも俺だけだ。何よりも彼女母親はもう亡くなっているのだ。慌てて彼女に連絡を取ると、俺が無断で投稿したことにまずブチ切れ、しばしの後「その話は誰にも言っていない」と言ってくれた。

………これは…

…これは…アレだな…。

放送作家さんが…投稿に…適当に手を加えて…VTR作っているんだ…な…。

今になってみれば、そりゃそーだろ毎回全員に3万払ってられっかよとしか思わないが、当時純粋なバカだった俺はひどくひどく傷ついた。くそっ大人なんて汚い奴ばっかりだ!TVなんてみんな嘘っぱちだ!大人に腹を立て、番組に腹を立て、そしてこんな番組に数ヶ月も投稿を続けていた自分にも腹を立てた。立てたが…怒りの持って行く先はどこにもないのだった。周囲に投稿していたのがバレるのは恥ずかしかったし、3万円を受け取り損ねたことを言いふらすのもさらに恥ずかしいかである

そしてこの件は、「番組が終わったら『そういえば昔こういうことがあってさ~』と笑い話にしよう」ということになり俺と彼女の胸の内におさめられた。

10年以上経った。

おい!終わんねーぞあの番組!言いふらせねーだろうが!俺と彼女(嫁)の胸の内も限界だぞ!

というわけで増田でお漏らししました。当時どころでなく現役のバカのままです、すみません

2013-04-26

http://anond.hatelabo.jp/20130426160058

うーんまあそうなんだよな、
タケチャンマンも殿も嫌いだったけど、
その裏にあったかもしれない放送作家的な動きを俺は知らないしな。

もっとも一般視聴者にはその動きは見えないんだから
俺がそこを推し量って気を遣う必要もないが。

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