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2017-01-17

妻が家事をしない

 私の妻は専業主婦だ。

 社内恋愛の末結婚し、妻が仕事を辞めて家事に専念したいというのでそうしてもらった。

 会社に残って働いてもらって全然構わなかったし、せめてパートに出るだけでも……とは思ったが、

 私の収入で十分生活はできるし、妻がそうしたいなら、と思ったのでむやみに反対しなかった。


 そうして妻は会社を辞め専業主婦となった。


 最初のうちは良かった。毎日手作り弁当を作ってくれる。帰ってきたら出迎えてくれたし、テレビBGMにご飯を食べながら今日の出来事を話した。私は間違いなく幸せであったし、妻もそうであったと思う。


 二年目。

 弁当冷凍食品が増えた。たまにしか出迎えをしてくれなくなった。妻は先に夕飯を食べていた。少し不満だった。けれども、別に玄関まで出迎えに来い、飯は先に食うななどと言ったわけではないし、妻はこうあるべきなどと強制するつもりもなかった。

 だからそれは「カップル気分」が抜けて気安く接する本当の「家族」になれた証だと、そう自分の中に落とし込んだ。



 やがて妻は家事サボるようになった。私に少しは家事を手伝ってほしいと言ってくるのだ。

 専業主婦家事をするのが仕事だ。「専業」なのだから。それなのに手伝ってほしいとはどういうことか。


 子供はいない。子供がいるならば話はまるっきり変わってくるけれども、そうでない今二人分の家事など大した労働ではないだろう。掃除洗濯も、買い物だって車がある上近所にスーパーがあるんだから全部ひっくるめたって5時間もかかるまい。

 妻が日中どういう生活をしているのかは知らないが、少なくとも会社仕事をしていたときより遥かに気楽な生活をしているのは間違いない。


 家事を手伝うのは良いがその分パートに出てくれというと、怒って拗ねる。モラハラだという。パートしなくてもやっていけるなどという。だが夫婦は対等であるべきだ。古き悪しき時代のように妻が夫に尽くす必要はないし、その逆もまた然りだ。夫婦とは二人で協力して人生を歩んでいくものだろう。


 最初に書いたが、専業主婦になりたいと言ったのは妻の選択であるし、別に共働きになることに抵抗があるわけではない。共働きであるならば、長く一人暮らしをしてきたから、率先して家事をするだろうし、それが支え合う理想夫婦の姿だと思う。

 だのに働くつもりはないが家事は手伝って欲しい、というのは単なるワガママではないのか。夫婦形態が「夫は務め妻は専業主婦をする」ものならば、その分担は、夫が「仕事」妻が「家事」を、となるべきなのに、何故夫が「仕事家事一部」まで担わなければいけないのか。



 口論をして妻への愛はかなり冷めてしまった。今まで口論は当然何度かあったが、今回は到底許し合えるようなものではないと思った。私はともに支え合える伴侶として妻を選び、妻も私を選んでくれた。

 なのに妻は私に寄生して、家事すらしない「主婦」に、ニートになろうとしている。一方的に支えるだけの夫婦生活なんてごめんだ。


 もとから妻は私をATMしか見ていなかったんじゃないか、あるいは他に男がいるんじゃないかとも思った。新婚の時のあの幸せまでも否定するようで陰鬱気持ちになった。



 3月末が結婚記念日だ。3年目になる。

 これからどうすれば良いのかとてもとても悩んでいる。

なんとなく傷ついてることを察して、遊ぼうよって連絡くれたのはこれで2回目。

1回目はただ気を使える人だなあって思うだけだったけど、

2回目は遊ぼうって言葉が、傷にストンと入ってきて、あっけないくらい一瞬で好きになってしまった。

 

相手はきっと私のこと友達しか思ってないし、恋愛になることは無い、と思う。

出会ったきっかけはオンラインゲームだし。

オンゲ恋愛なんて今では普通かもしれないけれど、たぶん相手は抵抗がある人、だと思う。

何度かオフで一緒に遊んでるし、毎日VCで仲間内で楽しく話してる。

でも所詮オンラインゲーム出会ったフレンド。友達とは、少し違う。

 

毎日VCに顔を出すのをやめて、距離をおいたら冷めるかもしれない。でも、突然VC繋がなくなるのって不自然だよね。

なんて、建前言い聞かせてるけれど、本当は毎日喋りたい。

フレンドでいたい。好き。友達がいい。恋人になりたい。

今までの恋愛は、好きな人を振り向かせる自信があった。絶対に行けると思った人しか好きにならなかった。

けれど今はこの関係が壊れるのが怖い。なにひとつ自信がない。

突然恋に落ちてしまった。完全に予想外だった。

苦しい

リポート辺野古から 「抗議活動に日当」はデマ | 2016/8/31 - 共同通信 47NEWS https://this.kiji.is/143611404971492852 編集

■【リポート辺野古から 「抗議活動に日当」はデマ | 2016/8/31 - 共同通信 47NEWS https://this.kiji.is/143611404971492852 編集

リポート辺野古から 「抗議活動に日当」はデマ | 2016/8/31 - 共同通信 47NEWS https://this.kiji.is/143611404971492852

ネット掲示板には「反対運動バイトは良い金になる」「日当2万円に弁当が付く日もある」といった書き込み散見される。現地の反対派によると、書き込みの影響なのか、実際に辺野古に来て「日当をもらえますか」と尋ねる人が時々、現れるらしい。

 毎日のように参加している伊波義安(いは・よしやす)さん(74)=うるま市=は、道路に座り込んで抗議していた際、排除しようとする機動隊から「1日いくらもらっているのか」と挑発されたこともあった。「ここに集まっているのは活動家ではなく普通生活者時間を見つけ、自主的に足を運んでいる」と悔しがる。

 反対運動の中心的存在で、10年以上前から活動してきた市民団体「ヘリ基地反対協議会」の安次富浩(あしとみ・ひろし)共同代表(70)は「そもそも私たちには、日当を払えるだけの資金はない。現地で見てもらえば、何が本当か分かるはずだ」と語気を強めた。(共同通信那覇支局岡田圭司)

http://anond.hatelabo.jp/20170116230643

そんなの当事者にとっては優先度が低い情報、真贋はどうでもよくて捨て置かれるようなものだったんだろうな、という気がする。

自分は当時福島市にいたが、毎日在京メディアが伝える原発情報なんかどうでもよかった。それより水はどこで手に入るとか、避難所はどこだとか、物資はどうなってるかのほうが遥かに優先度が高くて、ただちに影響のあることだった。

それら情報メディアでなく実際に市役所避難所に出向いて情報収集しないと得られなかった。口コミしかメディア実際的機能していなかった、というのもある気がする。

そもそも真贋の見定めようのない状況で信じようが信じまいが、実際の行動に結びついたんでなければ問題視する意味は無いんじゃないか

おっさんだけどRの法則みてる

毎日楽しみで仕方が無い。

女子高生スタジオでキャッキャキャッキャしてるのが楽しい

そしてたまにひな壇に座ってる女子パンツが見える

増田に裏切られた

増田を見守って10年。毎日閲覧している。



それこそ、震災があっても、紛争が起ころうが増田を見続けてきた。



ネタが枯渇していて、ホッテントリ増田がない時は

炎上やすネタを投下したりした。



その結果、今の増田体たらくはどうだ。

「誰かが、増田投稿してくれる」

「また釣り臭い投稿があった(失笑)」

「もうこういうのいいから(怒り)」



あえて問おう、お前らは何者なのだと?



増田を見守り、育てた結果がこれでは、

自分の半生が意味のないものになりそうだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170117113210

ヴァルハラって戦士の霊が毎日殺し合いをしては次の日には生き返るところやで

下界の争いなんか眺めてる暇ないで

お昼のワイドショー子供に見せたくない

久しぶりの平日休みだが、特にやることもなくTVを見ていたら

お昼のワイドショーがやっていたのだが、すごいな。あれ。

つの記事を、名もなき奴らが、不確定を真実のように話して、尾ひれはひれつける作業

こんな番組毎日見てれば、そりゃーバラエティ不倫とか叩くわ。

日頃から自分関係ない話を非難するよう訓練しているようなもの

ワイドショーってBPOは何か言ってるの?

バラエティイジメ助長って、やかましいわ。実際にイジメてる奴らが言うな。

こんな番組子供には見せたくない。

子供はこんな番組見ないけど。

看護学生

看護学生してて思ったこと。

もちろんプライバシー保護は大切なので、掘りいったことは書きません。

ひとつの例として受け取ってもらえればと思います


わたし

看護大学4年、もうすぐ国家試験

教員陣は怖い人が多い

・なんとかなるから大丈夫と思ってる

ヘタレ

・きらいなことは行動計画発表


まず、大学でのこと。

1年の頃からフルコマでびっしり勉強が始まり医療ことなんてちんぷんかんぷんながらも頑張って覚えた解剖生理学

途中に挟まれ技術演習。血圧測定のテストではダブルステートで教員と聴いた。よくできていた人にも粗探しをされ、文句しか言えないのかと思った。

2年くらいになると文系大学で現れる〝全休〟。そんなものはなかった。「起きたら2限始まってたあ〜」なんて有り得ない。1限すら落とせない。絶対に、這ってでも1限に行く。単位を落とすことさえ許されない。実習が始まるから授業どころではなくなってしまう。わたし大学ナース服を着る時は黒髪でなければいけなかったので、大学生活はほぼ黒髪夏休み染められるのが嬉しかった〜。


3年から始まる領域別実習。(2年生からのところもある?)

教員が鬼に見えた。

病棟へ行き、行動計画指導者に見せる前にまず教員チェックが入る。

「なんで?」

「は?」

あなたは昨日の夜何をしてきたの?」

教員言葉が痛かった。わたしを見る視線も痛かった。逃げ出せるもんなら逃げ出したかった。

毎日2時間くらいしか睡眠時間が取れないくらい、必死に受け持ちさんの疾患と症状を見比べて立てていた行動計画。こんなに必死にやっても褒められることはなかった。

それがやっと終わっても次にやってくるのは指導者への行動計画発表。指導者2人+教員2人VSわたし、なんてこともあった。実習の中でいちばん嫌いな時間だった。グループメンバーがズタボロに言われてるのを見て、ああ……わたしもこうなるんだ……と毎日思ってた。

アセスメント看護計画教員からコメントが心に刺さるものが多くて毎日泣いていた。甘えかもしれないけど、もっと言葉の棘をなくしてほしいと思った。


唯一実習で癒されるのは患者さんとの時間。本当にありがとうと言いたい。ベッドサイドが病棟いちばん落ち着く場所かもしれない。まあそれでバッ!とカーテンが開いて教員が現れた時はもう\(^o^)/こんな感じだけど。

そんな患者さんだけど、アセスメントして計画を立てるためにこんなこと聞くの?みたいなことまで聞かなければいけない。根掘り葉掘り聞かれて患者さんは嫌じゃないかな?とか、わたしだったら聞かれたら嫌かもしれないな、、なんて考えながらお話をしていた。聞いてきたことをアセスメントに加えても、不足があって指摘される。ここ聞かなきゃ!って思うけど、どうやって聞けばいいんだろう…とかなり悩んだ。病態よりもコミュニケーションに悩むことが多かったかもしれない。御家族から聞けることは御家族が面会に来られた時しかチャンスがないからもう必死(笑)きっと変な言葉になってただろうな〜。


指導者への報告の仕方とか、ケアの手順とか、調べてきてもやっぱり実際の病棟とは違う。仕方ないけど悔しかった。


あとは、ナースステーションの居心地の悪さ。記録部屋を用意してくれる病院ならまだいいけど、それがないところはナースステーションにいるしかいから頑張って看護師さんたちの邪魔にならない場所(隅の方)を探して居るけど、邪魔じゃないかな?ここ使うかな?といつもら気にかけていてナースステーションは好きな場所ではなかった。実習に来てごめんなさいといつも思ってた。


あと、やることがなくなる、もしくは何をやればいいかも分からなくなると始まる病棟散歩(笑)教員指導者に見つからないように病棟をうろうろした。だって何したらいいかわかんないんだもの。聞くにも「なぜ私に聞くの?」って言われるから1度聞いたらもう聞けない。うろうろするしかない。


領域別実習が終わって卒業研究。いわゆる卒論のようなもの。3年生の2月とかから始めて、国試勉強とか就活しつつ10月に完成させる。文系大学と比べるのもおかしいけど、わたしは同時進行でやることが多いから、卒論くらいでなんであんなに文系大学は騒いでるんだろうって思った。

最後に。

鬼の教員だらけで大変だったけど実習は休まず行ったし、単位ひとつも落とさなかった。普通のことだけど。なんとかなるもんだと思った。寝れなくても、病棟で泣いても、怒られても、なんとかなる。大学生だけどあまり大学生らしい生活はできないからそこだけ覚悟必要かな。


で、今は国試直前。

こんな時間に起きてることも、こんなの書いてることもあまりよろしくないです。でもなんとかなることを信じて頑張ります


追記です。

なぜ度々患者さんへ許可をとるのかについて。

インフォームド・コンセント(事前に説明許可を得ること)ぜったい!と教えられているので、何をするにもまずは「次にこれしたいのですが、いいですか?(簡単に言うと)」と聞かねばなりません。

それもきっと患者さんからしたら、いちいちうるさいなあってなりますよね。でもそれをしないと、教員指導者(学生指導看護師)から「え?許可とってないの?ならできないよ」と言われてしまます。なかなか難しいことばかりで……。

受け持ち患者さんに受け持ち開始の時に「毎回許可をとらねばならないため、何度も聞いてしまますすみません」と聞いたりしたらいいのかもしれません。ただ、全く余裕もなく毎日焦って不安でぐちゃぐちゃになっているので、できないだろうなっていう思いもあります。もうわたしは実習が終わってしまったので、就職してから学生を受け入れる側になったときに気をつけていきたいと思います学生が受け持たせていただくとき患者さんへの説明が、「嫌なことは断っていいです」スタンスなのであまり説明のことは説明されてないと思うんです。やらなければいけないですね。

ソシャゲをやめた

先日、それまで夢中になっていたソシャゲをやめた。

それまで私は某ソシャゲ中心の生活を送っていた気がする。毎日ログインしてログインボーナスを回収する。時間が経つと体力が回復するので、

その度にログインして体力を使い切って、時間経過でまたゲームができる時間になればまたログインする。それの繰り返し。イベントがあれば一日中張り付いていたような気がする。

私が好きだったのは、課金が当たり前のゲームだった。

イベントで上位報酬を獲りたいならまず課金をしなければ、ランキング上位なんて夢のまた夢だし、

効率的ゲームを進めるにはレアリティの高いカード必要になってくるのだけれども

それを引くにもゲーム内で貯められるアイテムだけでは限界がある。

レアリティの高いキャラクターを引きたくば課金、欲しいキャラクターカードがあれば課金

という人が何人も何人もいるのだ。それに打ち勝たなければランキング上位にいることは不可能なのだ

そしてゲームイベントとは何でも一緒だと思うのだけれども

課金しただけではランキングは高くならないのだ。長い時間沢山遊ぶためのアイテムを金で買って、ひたすらひたすら時間をかけて画面を叩いて、ランキングを上げる。

お金をかけてプライベート時間を費やして、そしてひたすらひたすら、画面を叩く。

それでも高いランキング順位が取れれば嬉しかったし、欲しいカードが取れたときガチャレアリティの高いものが引ければ飛び上がって喜んだ。

やめるきっかけになったのは皮肉なことに推しイベだった。自分の一番好きなキャラクターカードイベント報酬になっているイベントのことである

やっぱり私はひたすらひたすら、画面を叩いていたのだけど。

前述した通り、それなりのランキング順位に載る人は大抵、お金を注ぎ込んで、時間を注ぎ込んで、ゲームをしている。

その時は人気のキャラクター報酬だったこともあって、層が厚くて、所謂ボーダーが高いイベントだった。

運の悪いことに丁度忙しい時期で、それでも合間を縫って画面を叩いていたけれど、順位が上がらない。むしろ順位が下がっていく。

こんなに時間をかけているのに。こんなに頑張っているのに。

焦りと悔しさで必死になって、イベント中頃に、急にふっと力が抜けた。もうどうせ無理だと悟ったからだ。

プライベート時間犠牲にしてもお金をかけてもおそらく目的は達成できないままなんじゃないかと、そう考えた瞬間、急に疲れ切ってしまった。

生活でかなりストレスが溜まっていたのもあって、やけになって、もう嫌だ、どうせ取れないし、今回はもう無理だ、今回っていうかもう頑張れない、と、勢いのままに大好きだったゲームアンインストールした。

そうしたら、フッと楽になった。

今まで時計を見るたびあと何時間で体力が全回復するからまた叩かなければ、と考えていたし、

イベント期間に用事がある時や人と会うときもどこかでイベントがあるのに今も順位が下がっていくのに、と焦っていたし、

順位一喜一憂して、ああまた今度もダメだやっぱりお金時間もある人には勝てないんだーと投げ捨てそうになったことも何度もあった。

それが急に無くなった。無理してたんだなあとようやく気づいた。

確かにゲームには楽しさも嬉しさも沢山あったけれど、私はどうしても、あのイベント義務感と焦燥感に耐えられなかったのだ。

一緒にゲームを楽しんでいた友人にはもう辞めてしまったことを言えてなくて、今でもそっと話を合わせている。

でも多分、私生活ちょっと余裕ができたとしても、あのイベントのために全てを投げ打つ生活には戻れないだろうな、と思う。

2017-01-16

若い頃は俺も悪さしたもんだ」

みたいなエピソードはてなーは大嫌いな筈なのに。

尾崎豊の歌をすら叩くのに。

ゲーム履歴書親の金くすねたエピソードは叩かないのな。

掃除のおばちゃんにプレイさせて『バーチャファイター』開発。時代を先取りした鈴木裕ゲーム開発哲学鈴木裕氏×『鉄拳原田勝弘氏】 : http://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/virtua_fighter

原田 勝弘 「ゲームにハマりすぎて、親に泣かれましたけどね! 財布から100円を拝借して怒られ、古銭コレクションを売って『アウトラン』につぎ込む毎日。いやあもう、家族の仲を引き裂かれましたから!

批判コメなし。

親の立場からすれば洒落にならない。

親のクレカ盗んでソシャゲに突っ込むガキと何が違うのか。

結局、はてなー正義なんかなく、嫌いな相手理屈つけて叩きたいだけ。

日本ニュースで取り上げられる海外事故テロ、「日本人はいませんでしたはおかしい!」とか言うけどさ。

だいたい、そういう事故テロの死者でも、50人超えたらかなり珍しい方なんだよね。

でも、日本国内の1日の自殺者数って、50人超えてるわけじゃん。

日本人いないのはおかしい!っていうより、日本では事故テロの死者よりも多い人数が毎日自殺してるってとこのほうが、よっぽどおかしいと思うけど。

そう思いません?

娘がブスすぎて愛せない

11歳の娘がすっごいブスで愛せない。顔を見るたびにイライラする。

あたしはかなり美意識が高い方だと思う。服も化粧もスタイル小学生の頃から自分なりに研究して磨いてきた。だからお腹の子供が女の子だとわかったときは嬉しくて、可愛い洋服を選んであげたいとか一緒に買い物に行きたいとかお化粧教えてあげたいとかいろいろ想像した。

でもいざ産んでみたら娘は顔が本当にダメだった。一学年に一人いるかいないかってレベルでブス。太い眉と一重の細い目に豚鼻。成長すれば多少は整うかと期待したけどそんなことはなくて、恐れていた通り、旦那そっくりの顔に仕上がった。

女の子らしい可愛い服はもちろん似合わない。本人もそれはわかっているみたいで、小学校に上がったあたりからスカートを履きたがらなくなった。ピンクのものディズニーキャラクターも嫌い。高学年になると男の子向けのかっこいい、というかごつい柄をわざわざ選ぶようにすらなって(スポーツブランドロゴ入りの彫刻刀ケース?を買おうとしたときはさすがに叱りつけた)、今ではもう母親のあたしにも我が子の感性がわからなくなった。せめて心だけは女の子らしく愛嬌のあるように育ってほしかったのに。性格もなんだか卑屈で暗い感じで、最近ではあたしともあまり話したがらない。顔の影響が内面にまで及んでしまったらもう手のつけようがないですよね。こんなことになったのは妥協して不細工旦那結婚したせいだ、旦那の前に付き合ってた元彼(低収入だけどイケメン!)と結ばれていればよかったのになんて考えまで浮かんでしまう。娘も旦那も嫌い。毎日毎日嫌で涙が出てくる。

娘も近頃胸が膨らんできたのでそろそろブラを買ってやらなきゃいけないな。もう少ししたら初潮も来るのかな。気が重い。

就活のやる気が起きない件

就活のやる気が起きない件。

就活のやる気が全くといって起きない。正直、自分としてもそろそろ準備をしておかなくてはいけないと

思ってはいる。だが、やる気がでない。リクルートスーツすら買っていない。エントリーシート志望動機なんてもってのほか

履歴書の準備すらしていない。

(就活ビジネスにおける『やりたいこと』とは違う意味での)やりたいことも、あるっちゃある。だけどそのやりたいことを

やっても、食える保障は正直言って数%もない。(食える保障がないというのは、現在から将来に渡って食える保障がないという意味ではなく、

もしそのやりたいことをやったとして、向こう一カ月分のお金を稼ぐことすらままならない、という意味だ)

から自活してちゃんと生きていくためには、やりたいことをやる傍ら、どうしても働かなくてはいけないという現実

横たわっている。だから自分は働かなくてはいけない。だが、やる気が起きない。

どうすればいいのだろう。就活のことを考えると、今日もうなされる。それにもうすぐ試験も近い。

レポートの期日も迫ってきている。

一体自分はどうすればいいのだろう。とりあえず今やれる範囲のことをやろうとは思っていて、

就活サイトを見て興味ありそうなインターン(ただし行けるかどうかはわからない)にエントリーしてみてはいるのだが…。

はぁ。元から毎日楽しい方ではなかったが、最近は輪にかけて毎日が楽しくない気がする。

一体僕はどうすればいいのだろう。

婆ちゃんに戦争の話聞いてきた

今年87歳になった婆ちゃんに、

正月田舎帰った時に戦争の話を聞いてきた。

当時「この世界の片隅に」のすずと、

同じような年齢で戦争経験した婆ちゃんに本当のところは、

どうだったのかなと聞いてみたいと思ったのがきっかけだった。



婆ちゃんは7人兄弟の三女。

婆ちゃんのお母さんは、早く亡くなっていて

物心いたころには、後妻としてきたお母さんに育てられたそうだ。



婆ちゃんが子供のころは婆ちゃんのお父さんは事業成功していたらしく

家にはお手伝いさんが何人もいたらしいのだが、

戦争前に事業に失敗。

家は途端に貧しくなったらしい。



たまたま勉強が優秀だった婆ちゃんは、

小学校先生が何度も何度も婆ちゃんの家に来て

婆ちゃんを女学校に入れて欲しいと、お父さんを説得したそうだ。

当時はまだまだ少なかった奨学金の話を持ってきてくれたり、

授業料免除手続きなどをするなど、

本当に熱心に動いてくれたらしい。



結局は婆ちゃんのお父さんも先生の熱意に打たれて

全寮制の女学校に行けることになった。

戦争は、そんな女学校時代に起こった。



戦争が始まる前、日本満州での事業で盛り上がっていたそうだ。

大陸未分化な国を日本配下に置いて発展させることは、

とても素晴らしいことで全く悪いことだと思っていなかったそうだ。

学校では、天皇陛下神様と教えられて、

天皇陛下の元、男子兵隊さんになるのが当然だと思っていた。



近所の家が、共産党員の容疑をかけられて警察に連れて行かれた。

婆ちゃんのお母さんは、近所のオジさんは悪い事をしていたと伝えたらしく、

子供心にショックを受けたそうだ。



戦争が始まっても、ばあちゃんの日常は変わらなかった。

普通に勉強していた。ただ、農作業時間が入ったそうだ。

女学校同級生みんなでさつま芋を育ててたらしい。

そのうち、普通の授業の時間はなくなり、

富山工場女学校の全員で働きに行く事になった。



毎日10時間ミシン兵隊さんの洋服を塗っていたそうだ。

女学校勉強できなくなるのは残念だったが、

天皇陛下のためだし、戦ってる兵隊さんのためだかしょうがないと言っていた。



徐々に女学校日常が、戦争への協力の日常に変わっていくのは感じていたそうだが、

戦争はずっと勝っていると思っていた。

新聞ラジオ毎日のように、日本の大勝利の話ばかり流れていたそうだ。



そのうち、配給が減ってくるといつもお腹が空くようになった。

芋だけじゃなくて、芋がらといってツタとかも食べたらしい。

お腹が空いて寝れない日が普通になった。

友達とは、毎日食べることばかりを話していた。

炊きたての白ご飯に納豆をかけてお腹いっぱい食べたるのが夢だった。



そんな日常の中、空襲が婆ちゃんの工場を襲った。

焼夷弾が次から次へと降ってきて、

花火のように火を吹き上げるんだそうだ。

婆ちゃんは怖くて怖くて、山の上に逃げた。

町中が灼熱地獄のように暑かった

ただ、ただ、山の上に逃げた。



当時、なんで山に逃げたのかは自分でも解らなかったらしいが、

一緒にいた友達が山に逃げるので一緒に着いていったそうだ。

結果、それが婆ちゃんの命を救った。

ものすごく暑かったので、多くの人は川に逃げたらしい。

そんな人でごった返した川めがけて、空襲は襲った。

川に逃げた人はみんな死んだ。



空襲が止んで、友達は半分も残らなかった。

婆ちゃんの働いていた工場も完全に破壊された。



その後、近くで何度か空襲があったらしいが

運良く婆ちゃんの所には直撃せず、

次の工場への移動が決まり、準備を進めていた。



そんな矢先、唐突戦争は終了した。

天皇陛下の敗北宣言を聞いた時、

戦争に負けた悲しみよりもなによりも、

もう爆弾が降ってこないことが嬉しかった。



もう、爆弾が降ってこないんだ。



と言った時、婆ちゃんはうっすら目を潤ませていて

本当に本当に辛かったんだなあと、

聞いてる俺も泣きそうになった。



その後戦後の本当の食糧不足や、

食糧不足になって、都会の親戚が着物いっぱい持ってきた話なども聞いたが、

だいぶ長くなったので、ここで話を止めたい。



今の日本海外若い人たちが

戦争を始めることもいとわないと言うのを聞くと

から恐ろしくなるし、

あん経験を俺や俺の娘にはさせたくないと

強く言っていた。

http://anond.hatelabo.jp/20170116122716

悪い所編

・最強装備は買える(トレジャーハント度が低い)

 ROとかはレアドロップ狙いみたいなとこありましたが、DQ10は装備は基本プレイヤー生産しているのをマーケットで買う。

 指輪ネックレスなどのアクセサリーは、入場券必要ボストークンを集める(現物が出ることも)

 従来のDQだと宝箱から出た武器防具が殆ど最終装備だったので悲しいといえば悲しい

トレジャーハント要素がクソ

 トレジャーハントをしたいという要望実装されたシステムがめんどくさすぎたので、

 もう今の時代レアドロップとかレアドロップ金策は肌に合わないのかもしれない

 過去の幻影を見てるんだよキミたちは

 多分ふくびきのがトレジャーハント感ある。

プレイしない職業レベルも上げないとならない

 FF14召喚士のみだったので他のキャラ放置してたけど、ドラクエは職レベルを上げる事で、

 キャラの素のステータスがあがるパッシブスキルがあるのでどの職もとりあえず50レベル前後まで上げないとならない

 今は緩和されて60までは経験値3倍とかだけど、このパッシブ上げが苦痛すぎて1年間休止したことある(当時も50まで2倍とかだったけど)

 まぁ、それで興味なかった職に興味を抱く、というきっかけにはなるかもだけど

・初期のクエスト報酬ケチくさすぎ

 初期実装マップ内の一度しかない宝箱の中身が笑っちゃうくらいクソ。

・それでいて、必ずクリアしないといけないクエストがある

 メインストーリの前提として、途中で必ずクリアーしないといけないクエストが科せられる。苦行

・バトルUIがクソクソ

 →たたか

  じゅもん

  とくぎ

  どうぐ

  さくせん

 じゃねーよ!!!!!

      とくぎ

 じゅもん たたかう どうぐ

      さくせん

って十字配置も選ばせろよクソが!!!

初心者向けにして却ってわかりづらい

 パーティ→なかま

 ギルド→チーム

 ってややこしすぎませんかね?

メニューがややこしい

 はなす、つよさ、どうぐなどのおなじみの物にまじって、

 せんれきとさくせんがイメージ難しい

 しかもよく使う作戦のが遠いし。毎日せんれきを間違って選んでしまう。

 それぞれの中に10項目くらい選ぶメニューがある。初期から煩雑になりすぎた。

スキルクールタイムが分かりにくすぎる

 基本体感でそろそろ溜まったなーってやる。クソか。

 一応バトルログにも表示されるけど、バトルログは基本画面に表示されず、

 開くと画面8割がふさがれる。バカか。

・バフアイコン欄が4つしか表示されない

 バフは5,6個とかすぐに超える。点滅で順番に表示される。

 しばらくアイコン注視しないと今かかってるバフを把握できない

・8人PTだと他の4人分の状況が見えない

 ホイミ選ぶ所でもページ送らないと見えないしマジクソ

視点が狭い

 最大に引いてても敵に密着するとカメラが寄る

 敵の行動の吹き出しが見えない。クソ。

NPCしゃべりが長い

 ドラクエ恒例の「ポロロロロ ポロロロ

 長い。石板っていう強化アイテム受け取るのに1個ずつしかもらえず、そのたびに2ページ分のセリフが流れるの本当クソ。

(その後のシステムもクソ)

・職の切り替えがしんどい問題

 昨今の強化システム弊害で、職業チェンジ後のセッティングがめんどすぎる。

 別に僧侶やりたくないのに切り替えめんどくて最近ずっと僧侶してる。

総じてバトル関係UIがクソ。

ドラクエらしさを重視しすぎてる。

はいえ、MMOとしては良いゲームだと思うよ~好きだよ~~

DQ10のいい所・悪い所(いい所編)

ROマビノギFF14TOS、DDONなどやっていた。

ほか、無料MMOMOなど数えきれないくらい。あと、FF派。

いい所

動作が軽い。これに限らず国産MMO基本無料だろうと総じて動作が軽い。

 グラフィックはそこそこでいいので動作が軽いのが本当ありがたい。

 マビノギROも割と軽かったけどマビノギサーバーちょっと弱かった

グラフィック可愛い、見やすい、分かりやす

 FF14は画面を引きにできすぎるのでせっかく作ったキャラの顔とかあんまりからない

・モーションが凝ってる

 同じ武器を構えても、職業性別種族で違ったりする。(男女で同じ物の場合もある)

ストーリーが割と良くできてる。

 初期はおそらく子供プレイすることを想定されていたので大分幼稚だけど、

 続きが気になる感じではあった。

 それでも安直ハッピーエンド、生き返るとかは従来のDQのように無し。

モンスターの動き、表情が可愛い

 ここをしっかりやでばドラクエは8割成功ではないだろうか。

 3Dにしても違和感のない鳥山先生の確かなデッサン

 キングスライムふわふわ柔らか感が最高に好き

ソロゲームの8割を進めることができる

 ソロでも、他のプレイヤーNPCとしてレンタルできる「サポートシステム」があるので、フルパーティが組める。

 サポキャラAI自動で動いてくれる。それなりに優秀な動きをしてくれる。

・エンドコンテンツプレイする必要が全くない

 報酬必須のものではない。(おしゃれ装備とか)現状の最難関コンテンツを、他の人に誘われるまで放置してた。

・装備そこそこで大体行ける

 装備の強化度が0~+3まであるけど、ちょこちょこ+2装備でも全然いける。

・金策がゆるい

 大儲けはもちろん難しいが、2,3職をやるつもりで毎日ちょこちょこインで十分な装備は買える。

・そもそも最新の装備じゃなくてもいける

 今一番レベルの高い防具は90LV以上のなんだけど、いまだにメイン装備は75LVの装備。

 2年くらい着てる…(これは僧侶がぶっちぎりの強職な事もあるけど。ヒーラーは不足しがちなので、参入敷居を低くしてある。鎧職は基本最新を要求される)

 防御力より状態異常を防ぐのが重要なのでそれがそろってる装備の方が使い勝手が良い

 武器は装備と違って1本とかなのでなるべく更新した方がいい。(付加効果にもよるけど…)

http://anond.hatelabo.jp/20170113110042

故・鴨志田譲のエッセイ?で

野良猫自分の家のベランダ毎日糞をしに来るので

その度、ホース側溝に流し落とすことが日課になって過ごしていると

ある日その猫がはらわたの抜かれたネズミの死骸を置いていった

どうやら自分食べ残しを分け与えてくれたらしい、お礼のつもりなのか

というエピソードが記されていた事を思い出した。

自分痕跡毎日隠してくれているということに対して感謝するというのは

生存戦略にも適っているしそのような本能があるように思う。

2017-01-15

ソーラーパネル付き電波時計

自分G-SHOCKことなんだが、先日上司から「お前もいい時計買えよ」って忠告された。

そんなボスの腕には、パネライっていうブランド時計ロレックスしか知らない。

なんでも毎日ネジ?みたいなの巻くとか、手間のかかる時計のようだ。

機械式の時計精巧さはわかるけど、ソーラー+電波時計(2万ちょいで買った)よりも50倍の

金額ってのはちょっとなあ…。ましてや外に出る仕事でもないし。

会社内で良い時計を購入する大波がきてるようなんだけど、はやくも溺れそう。

リポート辺野古から 「抗議活動に日当」はデマ | 2016/8/31 - 共同通信 47NEWS https://this.kiji.is/143611404971492852

リポート辺野古から 「抗議活動に日当」はデマ | 2016/8/31 - 共同通信 47NEWS https://this.kiji.is/143611404971492852

ネット掲示板には「反対運動バイトは良い金になる」「日当2万円に弁当が付く日もある」といった書き込み散見される。現地の反対派によると、書き込みの影響なのか、実際に辺野古に来て「日当をもらえますか」と尋ねる人が時々、現れるらしい。

 毎日のように参加している伊波義安(いは・よしやす)さん(74)=うるま市=は、道路に座り込んで抗議していた際、排除しようとする機動隊から「1日いくらもらっているのか」と挑発されたこともあった。「ここに集まっているのは活動家ではなく普通生活者時間を見つけ、自主的に足を運んでいる」と悔しがる。

 反対運動の中心的存在で、10年以上前から活動してきた市民団体「ヘリ基地反対協議会」の安次富浩(あしとみ・ひろし)共同代表(70)は「そもそも私たちには、日当を払えるだけの資金はない。現地で見てもらえば、何が本当か分かるはずだ」と語気を強めた。(共同通信那覇支局岡田圭司)

Twitterを2週間程離れて戻ってみた

最近しかったのと創作活動に集中したかったのでTwitterを2週間程離れて戻ってみたらすっっっごい疲弊した。

何であんな疲れるツール毎日使えてたんだろう。

一度に入ってくる情報量が多過ぎて気が狂いそうになる。

あと、自分からフォローしておいてこういうこと言うのも何だけど変な人が多くてびっくり。

パクツイ無断転載は悪」と言いつつ自分クソコラしまくりの人。

鍵開いてるのにエロ絵や妄想垂れ流す人。

ソシャゲに数十万使ってやったぜwww」と自慢する人。

つの間にかキチガイの見本市になってた。どうしてこうなった

もちろんまともな人もいるけどそれ以上に変な人が目についてしまって駄目だった。

Twitterには人を狂わせる力でもあるんだろうか。

かく言う私も承認欲求拗らせておかしくなりそうだったしな。

私も「変な人」になる前に離れよう。

無能な下利便上司(上流企業元請け)は10日の夏休み取って、俺は2日間のみ

https://www.google.co.jp/amp/www.asahi.com/amp/articles/ASJ8M5Q0YJ8MULFA00S.html?client=safari

http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/187490

はー(クソデカため息)

17日の夏季休暇をもらい、毎日6時間は寝て、年収4000万円。

一方の俺は夏季休暇は2日間、毎日14時間労働(これでも楽なほう)で睡眠は3~4時間

年収は300万円で残業代なし。

はー(糞で固めた息)

生きる目的とは

この時期おなじみの研究室ネタです。

研究室に配属されてから、ずっとこのことを考えている。

もはや何のために生きているのか全くわからない。

もう疲れた。ゴールしたい。

死んだらウンタラカンタラという人はよくいるかも知れないけど、正常じゃない精神をもっているひとは死ぬのが一番ラクな方法であることをしっている。

せっかく死ぬんだから死ぬつもりで頑張れといっている人もいるけど、やっぱり死ぬのが一番ラクなんだ。

ただ、まわりに迷惑をかけたくないからコトを起こさないだけ。

どこでこんなふうになったのか、ちょっと振り返ってみるとする。

これを読んでいる人の反面教師になれれば幸いである。


小学生の頃

そこまで人生に悲観するような人ではなかった。あたりまえだ。このころから壊れていたらそれこそ怖い。

自発的物事に取り組めていろんなことを楽しんで経験できたと思う。

だけど、今思うと凶兆はでていたのかもしれない。

この頃から負けず嫌いだった。負けたくなかった。

ただ要領はよかったので、少ない努力他人を打ち負かすことができた。

この時からか、勝ち負けにこだわり続けるようになったのか。


中学生の頃

この時も持ち前の要領の良さを活かして勝負ごとではそこそこの成績は残してきた。

だけど、嫌な逃げ癖を覚えてしまった。

部活剣道をやっていたが、練習がとても厳しくよくサボっていた。

しか練習をただサボるのではなく、練習中にわざと倒れたり、持病があるといって病院に行くと嘘をついたりしていた。

まり外面を守りながらサボる、クソみたいなサボり方だったのだ。

わざと過呼吸を起こして家に帰ってゲームをしていたということもあった。

救いようが無いな。


高校生の頃

要領が良かったので、地元トップ高校に入ることができた。

しかも無勉強で入ったといろいろな人に誇張していた。

実際は毎日2時間勉強していたのにな。

まり見栄っ張りだったのか、この時からも。

そのせいであとで自分の首を締めることになるとは思ってもいなかっただろうに。

地元トップという理由高校に入った自分は何の目標もなくのうのうと生きていた。

部活中学校の時みたいに苦労したくなかったので、ほとんど遊んでいる登山部に入部した。

この3年間は本当に無駄時間を過ごしていたと思う。

高校3年の夏、担任先生志望校を伝えたら鼻で笑われたから、頭にきて大学受験勉強をした。

それだけだったな。振り返ってみると

大学生の頃

そこそこの大学(旧帝)の理系に入ることができたが、入った目的担任先生を見返してやりたいということだけだった。

入ったあと無気力になり、サークルにも入らず家に引きこもるようになる。

厳密には大学には行っていたので引きこもりでは無いが、授業を受けて帰宅してネットサーフィンをするという日々を繰り返していた。

無論友達ほとんどいない。どこの大学はいるのが重要ではなくて、大学に入って何をやるのかというのが重要であると気付き始める。

このときから、生きる目的を探すように、探すことにすがるようになる。

研究室配属

生きる目的人生目標も無い私は、学年トップの成績がなければ配属競争に負けるという噂があった研究室名前を配属希望書に書いて提出した。

単なる見栄だ。自分他人より優れているということを証明たかった。

いま思うとこれが人生最大の過ちだったと思う。

もちろんその研究室の専攻分野に興味を持っていたのは確かだった。しかし、大まかな動機は上にあったソレだ。

ここの研究室の人たちは皆優秀だった。噂通りだった。

しかもみんな背骨のあった人であった。(http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090222/p2

自分にはなかった。もっと言えばこの時に育てることができなかった。

見栄で研究室内でだれもやってない難しいテーマを選び、玉砕した。

そのテーマ研究企業との共同研究だったため、強い責任を感じていた。

また誰もやっていないテーマだったため、質問しにいっても迷惑がかかると思い、質問にあまり行けなかった。

行ったとしてもすごく辛かった。迷惑を掛けている気がして。

次第には研究室に行かなくなった。教授に、先輩に、同期に、クソ野郎レッテルを貼られるのがいやで。

順調に悪循環を築き上げていった。

卒論は糞みたいなのを書き上げて卒業した。自他共に認める糞だった。

大学成績が良かったため、大学から賞を戴いたが、自分は糞製造機にしか過ぎず、もらうには不適切だと思って更に気分が落ち込んだ。

大学院生

旧帝の理系学生は院に行く、というよくわからないしきたりに流されて、大学院に行った。

これも間違いだった。糞製造機と成り果てた自分はもはや研究に熱意もなく、ただただやらなければならないことをこなすだけだった。

面白くもなく、楽しくもない。

昔は楽しかったのかもしれない、もうよくわからない。

M1だが、生きる目的目標もなく、割り振られた仕事すら放棄し、研究室にも行かず、ここ増田愚痴を書いている。

精神科にも行った。カウンセリングにも行った。だけどやっぱり何のために生きているかからなかった。

もうなにもしたくない。生きる目的もない。

こんな苦しいことが続くなら、とっとと楽になりたい。

振り返ってみると、糞野郎になった原因は、逃げて逃げて楽して見栄をはったからだとわかる。

至極当たり前だ。しかも中身がない。

そんな人が、中身のある集団研究室)に放り込まれた結果、病んだだけ。

なるほど。

22年間生きてきて学んだことがこれだけかと思うと涙がでてくる。

あとはどうやって皆に不便を掛けずに退場する方法を考えるだけである

下利便漏らしの無能総理大臣仕事しないか睡眠時間たっぷり

http://www.j-cast.com/tv/2013/04/18173379.html?p=all

俺も6時間寝たいわ

1番えらい人だけど無能からろくに仕事もせず

責任感もなく毎日それだけ寝れるんだろうな

2017-01-14

父親うんこ漏らした

アルコールばかりでご飯もろくに食べない運動もしない仕事は定年迎えたで

なーーーーーーんにもせずただただ毎日お酒ばかり飲んでる

朝起きたらトイレマットが交換されてたからこんな早朝からトイレ掃除したのかと母に尋ねたら

父がトイレに間に合わず粗相をしたとのこと

その数日後もトイレにいこうとして何故か台所にきてバランスを崩し倒れそのまま起き上がれなくなってた

結局1時間くらい起き上がれないままだったのでトイレが間に合わず小便も漏らす

母が帰宅するまで漏らした小便で冷えたパジャマを履いて床に転がってた

そのあと着替えをするためにシャワーを浴びにお風呂へ行くけどシャワー後にやっぱり起き上がれず

風呂場で震えながら座ってたらしい



最近現実と夢の区別がついていないのかよくわからないことも言ってるらしい

父の部屋には日本人形がガラスケースに入れて飾ってあるのだけれど

そのガラスケースの中に知らない人が数人入って人形を触っていたんだそうだ

誰に断って勝手に入っているのか、と尋ねたら 家の人の許可は貰った と答えたらしい

日本人形は高さ30cmくらいのものガラスケースもそれに合わせた大きさなので当然ながら人間が入ることは不可能である



またある日は「昨日は自分葬儀だったのに火葬場に行かなかった」というようなことをいきなり言ってきたらしい

父は今のところ生きているので変な夢を見たのねと受け流したらしいが父は真面目に話していたようだ



年末年始にかけて漏らすこと大2回、小1回、妄想2回 あまりにもひどいのでお酒をやめるようにいったけれども我慢は3日が限度

またビール1本、チューハイ2本、焼酎2杯 と段々アルコール摂取が戻ってきている



長年やっていた釣りは面倒になったのか船も手放し何年もやっていないし、将棋と言っても指す相手もいない

社交的なタイプでもないので趣味サークルなどで新規人間関係を構築する気もない

現在は起き上がれないようなこともなく、普通に歩いて買い物にもでかけているようだが何か手を打たないと本当にまずい気がする

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