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はてなキーワード: 一方的とは

2016-07-30

http://anond.hatelabo.jp/20160729213257

他の人も書いてるけど、子どもの頃親とか大人一方的に怒鳴りつけられたり暴力振るわれたりしたことない?


あるいは自分じゃなくても兄弟とか身近な友達とかが日常的にそういう目にあっていたとか。


憶測で言うけど、過去体験に原因がありそう。


カウンセラー相談してみたらどうだろう。人に話してみたら案外あっさり解決の糸口が見つかるかもしれないしな。

http://anond.hatelabo.jp/20160729213257

逆らえない状況で一方的な怒りをぶつけられ続けた経験とかない?主に親とか

反抗すらできないような幼少期に親から怒声を浴びせ続けられると

他者の怒りに対しては屈服するという習性が身に付いてしまうんだよね

政策なんかより、鳥越女性関係小池結婚歴の方が全然興味ある

それが大多数の都民本音だろ。

だいだい具体的な政策論争なんかされても論争になってる事柄なんてたいていどちらかが一方的に正しいことなんかありえない訳。

それじゃー倫理やら道徳金科玉条に、上から目線で、他者を叩いて、自分が正しいと実感して、快感に浸ることができないじゃん。

もっと政策論争を!」ってドヤ顔で決めてる奴らも、何十ページもある豊洲の土壌のデータ移転による経済効果を読むより、文春読むだろ。大衆なんて、そんなもん。

2016-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20160728115910

こちらの人権をないがしろにして、一方的に決まり文句で「弱者人権を大切に」とは本当に無責任だと思う。

保護をしっかりされてこその彼らの自由なのだから弱者といっても腕力は弱くないし。

2016-07-27

障害者保護派も排除派も痛み分けみたいなグダグダなっちゃった大麻推進派だけは一方的ダメージを受けた

2016-07-26

なぜ書いていたのか

以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。

そしてブログ文章を書くことで、その怪物とどうにか闘っていくのだ、と当時の自分は考えていた。





その後所属する組織が変わることで、社会から隔離されたような不安定身分から、それなりに安定した社会的身分を得ることが出来て、プライベート人間関係でも新たな要素が加わったりするなど、公私ともに安定した生活を得ることが出来たが。その一方で、ブログを書くという習慣はその頃から無くなった。

特に大きかったのは、プライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、それ以来ブログを書きたいと思うことはほとんど無くなった。

自分が何かを悩み始めれば、電話なりLINEでいつでも聴いてくれる人が出来たので、1人で悶々としたものを内に抱え続ける必要が無くなった。




ただそれだけの話なのだが、当時の自分、血を滲ませるようにブログ文章をつづっていた当時の自分はそれを聞いて納得するだろうか。

社会対峙するつもりでブログ文章を習慣的につづり続けるという行為は、公私の生活が安定し始めた途端に消滅してしまったのだと当時の自分が聞いたらきっと、じゃあ自分自分なりに誠実に書いていたそれらのものは一体何の価値があったのだ、と感じて悲しくなったり、社会的身分が安定して私生活が充実したからといって、ひとりで世界対峙する思考を捨ててしまったお前は腰抜けだなどと今の自分のことを責めるだろう。

当時の自分は、周囲への怒りを原動力にして自分を取り巻く環境社会糾弾し続けることが状況を前進させるのだと思っていたし、それが社会にとっても有意義なことだとさえ思っていた。




あのときブログ文章をつづることがいずれ、この境遇から少しでも自分を進ませることにつながる、と考えていた。

あるいはブログ文章をつづることは、このクソ現実を変えるための有意義行為であるかのようにすら感じていた。

それは有意義もなにも、自分が辛いのはこの世界を作ったお前らのせいだ、と自分が苦しいのを自分を取り巻く環境のせいにすることでしかなかったのに。




当時の自分は、自分が辛い状況に置かれることになった大本の原因は自分を取り巻く環境社会にあるのだ、と決めつけていた。

そしてそういう思考の枠組みが、単なる思い込みであることに気がついていなかった。




今振り返ると、当時の自分は、自分を取り巻く世界自分自身とを対立させてしか物事を考えることが出来てない。

社会vs自分、という構図でいつも物事を考えていたし、その二項対立に固執していたのだと思う。



そしてその二項対立から導き出される「社会」というものは、現実自分身の回りを取り囲む、顔の見える範囲での人との関わり方というものから乖離した、自分の頭の中だけで作り出されたものだった。

現実自分の周りにいる、顔の見える人たちとの関わり方に対して責任を果たそう、という考えを持つことは無かった。

そして現実に実際の人々と関わりを持つことを避けてきたために、自分の頭の中で「社会」というものは、ひたすら暴力的衝動に突き動かされて自分のことを搾取する理解不能怪物のようなものだ、という考えばかりが占めるようになった。



そもそも当時置かれていた環境は、今思い返すと、そんなに思い悩んで苦しむようなものだったのかすら怪しい。

一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に状況を悪化させていただけだったように今は思える。




当時の自分はどうしてそこまで頑なに自分世界から切り離して物事を考え続けていたのだろうか。

どうしてそのような二項対立は公私の生活が安定することでいとも簡単に消し去ったのか。




けっきょく私は、自分の周りの世界に対して、どうして自分の欲求を満たしてくれないのだと怒っていただけなのだと思う。

どうして自分の欲求に沿った環境を用意してくれないのだ。どうして皆もっと私に構ってくれないのか。そう思っていた。





いくつかの偶然と幸福が重なって、私のその欲求のいくつかは叶えられた。欲求が満たされない頃は赤ん坊のように泣き喚いて不満を表明していたが、腹が満たされオムツを替えられると、また母の胸の中ですやすやと眠り始めた。




から、あぁそうだ、自分たまたま幸運が重なって、母乳で腹を満たされ湿ったオムツも変えてもらえたから、それで泣き喚くのを止めただけなんだ。





たまたま欲求が満たされたから、母に対するギャン泣きを止めただけで、決して自分の足で歩き始めたわけではない。




いま腹いっぱいのうちに、母がいなくても大丈夫なようにひとり立ち出来るようにすることが、今の自分がするべきことだ。

Ingress辛すぎワロタ

Pokémon GOアカウントだけは作りました

でも、



「みんなが可処分時間をPokémon GOに使っているときIngress始めれば、有利にゲーム勧められるかも」



と思い、Ingressを遊び始めてしまったのですよ。

とんどもない誤解でしたね。

プレイヤー名前レベル見ると、本当にごく少数のガチ勢しかいません。

彼ら、Pokémon GOなんかやらないですよ。

午前三時くらいまで同じメンツからの通知がバンバンますもん。寝ろよ。

累計移動距離4千キロプレイヤーとか、普段どんな生活してるんでしょうね?



緑(Enlightened)陣営を選んでしまったことも私のリサーチ不足でした。

何ですかこのゲームバランス

圧倒的に青(Resistance)優勢じゃないですか!

うちの地元なんて緑勢は青に囲まれて、兵站断たれた帝国陸軍みたいな戦いしてますよ。

勝ちすぎている青はやることないのか、青いCFに落ちている緑ポータルさえ執拗に叩きます

戦いというより一方的虐殺ですね……

緑なのにResistanceみたいな戦い強いられて、何度もワルシャワみたいに壊滅させられてます



彼我の戦力差が大きすぎるせいか、緑陣営の絆は過剰に強いです。

負け戦と分かっていても仲間のポータルは見捨てません。

独り陣地は寂しいもんな、みたいな感じで刀折れ矢尽きるまで奮戦します。

陣営の「死兵ぞ! 死兵ぞ!」という雄叫びが聞こえてくるようです。



いかにも米帝らしい、物量がすべてのゲームからキツイDeath.

ポツダム宣言(Pokémon GO)受諾しようかな……

2016-07-25

出場すべきではないという理由日本人民として主張するにしてもこれだけある

http://anond.hatelabo.jp/20160725131304

そもそも日本フェミニスト女性側が一方的に有利な話には口を噤む逆性差別主義者がやたら多いので、そこだけ突っ込んでも意味ないと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160724233026

ボクシング脳で考えると攻撃速度2倍の方が強い

現実の戦いはターン制じゃないので、一番怖いのが同士討ちでのカウンター

どんなにまぐれ当たりでもカウンターをいいタイミングで食らったら負けてしま

なので、カウンターを貰わない速度で一方的攻撃できる方が圧倒的に有利

ボクシングスピードタイプがパワータイプ蹂躙できる数少ない競技

2016-07-24

以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。

そしてブログ文章を書くことで、その怪物とどうにか闘っていくのだ、と当時の自分は考えていた。





その後所属する組織が変わることで、社会から隔離されたような不安定身分から、それなりに安定した社会的身分を得ることが出来て、プライベート人間関係でも新たな要素が加わったりするなど、公私ともに安定した生活を得ることが出来たが。その一方で、ブログを書くという習慣はその頃から無くなった。

特に大きかったのは、プライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、それ以来ブログを書きたいと思うことはほとんど無くなった。

自分が何かを悩み始めれば、電話なりLINEでいつでも聴いてくれる人が出来たので、1人で悶々としたものを内に抱え続ける必要が無くなった。




ただそれだけの話なのだが、当時の自分、血を滲ませるようにブログ文章をつづっていた当時の自分はそれを聞いて納得するだろうか。

社会対峙するつもりでブログ文章を習慣的につづり続けるという行為は、公私の生活が安定し始めた途端に消滅してしまったのだと当時の自分が聞いたらきっと、じゃあ自分自分なりに誠実に書いていたそれらのものは一体何の価値があったのだ、と感じて悲しくなったり、社会的身分が安定して私生活が充実したからといって、ひとりで世界対峙する思考を捨ててしまったお前は腰抜けだなどと今の自分のことを責めるだろう。

当時の自分は、周囲への怒りを原動力にして自分を取り巻く環境社会糾弾し続けることが状況を前進させるのだと思っていたし、それが社会にとっても有意義なことだとさえ思っていた。




あのときブログ文章をつづることがいずれ、この境遇から少しでも自分を進ませることにつながる、と考えていた。

あるいはブログ文章をつづることは、このクソ現実を変えるための有意義行為であるかのようにすら感じていた。

それは有意義もなにも、自分が辛いのはこの世界を作ったお前らのせいだ、と自分が苦しいのを自分を取り巻く環境のせいにすることでしかなかったのに。




当時の自分は、自分が辛い状況に置かれることになった大本の原因は自分を取り巻く環境社会にあるのだ、と決めつけていた。

そしてそういう思考の枠組みが、単なる思い込みであることに気がついていなかった。




今振り返ると、当時の自分は、自分を取り巻く世界自分自身とを対立させてしか物事を考えることが出来てない。

社会vs自分、という構図でいつも物事を考えていたし、その二項対立に固執していたのだと思う。



そしてその二項対立から導き出される「社会」というものは、現実自分身の回りを取り囲む、顔の見える範囲での人との関わり方というものから乖離した、自分の頭の中だけで作り出されたものだった。

現実自分の周りにいる、顔の見える人たちとの関わり方に対して責任を果たそう、という考えを持つことは無かった。

そして現実に実際の人々と関わりを持つことを避けてきたために、自分の頭の中で「社会」というものは、ひたすら暴力的衝動に突き動かされて自分のことを搾取する理解不能怪物のようなものだ、という考えばかりが占めるようになった。



そもそも当時置かれていた環境は、今思い返すと、そんなに思い悩んで苦しむようなものだったのかすら怪しい。

一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に状況を悪化させていただけだったように今は思える。




当時の自分はどうしてそこまで頑なに自分世界から切り離して物事を考え続けていたのだろうか。

どうしてそのような二項対立は公私の生活が安定することでいとも簡単に消し去ったのか。




けっきょく私は、自分の周りの世界に対して、どうして自分の欲求を満たしてくれないのだと怒っていただけなのだと思う。

どうして自分の欲求に沿った環境を用意してくれないのだ。どうして皆もっと私に構ってくれないのか。そう思っていた。





いくつかの偶然と幸福が重なって、私のその欲求のいくつかは叶えられた。欲求が満たされない頃は赤ん坊のように泣き喚いて不満を表明していたが、腹が満たされオムツを替えられると、また母の胸の中ですやすやと眠り始めた。




から、あぁそうだ、自分たまたま幸運が重なって、母乳で腹を満たされ湿ったオムツも変えてもらえたから、それで泣き喚くのを止めただけなんだ。





たまたま欲求が満たされたから、母に対するギャン泣きを止めただけで、決して自分の足で歩き始めたわけではない。




いま腹いっぱいのうちに、母がいなくても大丈夫なようにひとり立ち出来るようにすることが、今の自分がするべきことだ。

文章を書く

文章を書く。特に書く事は決まっていない。




以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。


その後生活の拠点を移し、人間関係でも新しい要素が加わったりして、ブログを書くことは無くなった。

早い話がプライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、ブログを書きたいと思うことが無くなった。

2016-07-23

高校野球、クソな指導者ルール多すぎ

佐賀龍谷 出場辞退会見 校長指導が生徒の心には届いていなかった結果」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160722-00000137-spnannex-base


毎回出場辞退の話を聞く度に指導者クソだなーって思う。

最近は一人が問題を起こしても出場辞退とかはなくなったが、数人が問題を起こすと組織的問題があったってことで、チーム自体出場停止になる。


なんでこんなことが許されるのかわからない。問題起こしたやつは校則にのっとって、(法に違反するやつは法律にのっとって)処分すればよくない?

その数人を正せなかった組織問題があるとか言うけど、どんな組織にもバカはいて、立場フラットな以上、そのバカを更生させるのは同年代には難しい。

東芝だって内部告発した人を褒めることはあっても、内部告発できなかった人を責める人はいないでしょ。


だいたい、校則ってルールを元に学校活動マネジメントしているのは教員だろ。バカ処分して、そのクラブマネージャー監督責任を取らせればいい。

教育的にうんぬんとか言われるけど、バカのせいで自分が大切にしているもの大会参加)を権力側が一方的に奪う経験をさせてなにを得ることができるのかわからない。


で、バカがいる学校に入ってしまうと転校もできないルールになってる。


"規約では高野連部員登録をしたことがある生徒が、正当な理由廃校家族を伴う転居など)以外で転校した場合、新たな学校への転入の日から1年間は公式戦に選手登録することができない(前学校高野連部員登録がない場合登録可能)。"

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%AB%98%E6%A0%A1%E9%87%8E%E7%90%83


「入ってみたら監督とかメンバーと合わなかったから違う場所野球したいと訴える」と1年間出場できなくなる。(高校野球は実質2年半)

そりゃー引き抜きとか懸念するのはわかるけど、選択の自由制限し過ぎじゃない?


入ってみて違ったと思っても耐えるしか無い。こういうルールとかがブラック企業を作るんだろうなー。

野球推薦で野球強豪校に入ったけど、うちの高校辞めて他の学校でのびのびやって活躍した先輩や後輩は沢山いた。


子どもができても日本野球やることはオススメできないな。

高校野球、クソな指導者ルール多すぎ

佐賀龍谷 出場辞退会見 校長指導が生徒の心には届いていなかった結果」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160722-00000137-spnannex-base

毎回出場辞退の話を聞く度に指導者クソだなーって思う。

最近は一人が問題を起こしても出場辞退とかはなくなったが、数人が問題を起こすと組織的問題があったってことで、チーム自体出場停止になる。

なんでこんなことが許されるのかわからない。問題起こしたやつは校則にのっとって、(法に違反するやつは法律にのっとって)処分すればよくない?

その数人を正せなかった組織問題があるとか言うけど、どんな組織にもバカはいて、立場フラットな以上、そのバカを更生させるのは同年代には難しい。

東芝だって内部告発した人を褒めることはあっても、内部告発できなかった人を責める人はいないでしょ。

だいたい、校則ってルールを元に学校活動マネジメントしているのは教員だろ。バカ処分して、そのクラブマネージャー監督責任を取らせればいい。

教育的にうんぬんとか言われるけど、バカのせいで自分が大切にしているもの大会参加)を権力側が一方的に奪う経験をさせてなにを得ることができるのかわからない。

で、バカがいる学校に入ってしまうと転校もできないルールになってる。

> 規約では高野連部員登録をしたことがある生徒が、正当な理由廃校家族を伴う転居など)以外で転校した場合、新たな学校への転入の日から1年間は公式戦に選手登録することができない(前学校高野連部員登録がない場合登録可能)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%AB%98%E6%A0%A1%E9%87%8E%E7%90%83

「入ってみたら監督とかメンバーと合わなかったから違う場所野球したいと訴える」と1年間出場できなくなる。(高校野球は実質2年半)

そりゃー引き抜きとか懸念するのはわかるけど、選択の自由制限し過ぎじゃない?

入ってみて違ったと思っても耐えるしか無い。こういうルールとかがブラック企業を作るんだろうなー。

野球推薦で野球強豪校に入ったけど、うちの高校辞めて他の学校でのびのびやって活躍した先輩や後輩は沢山いた。

2016-07-22

ボランティアについて考察

http://www.asahi.com/articles/ASJ7663TXJ76UTQP026.html

ブコメ読んで気になったので持論を整理した.


ボランティア本質は志願者の自主性であり,募集者と応募者の契約だと考える.従って,どんなに条件が厳しく,かつ無償ボランティア募集をしたとしても,その募集違法性がなく,かつ自主的に応募する者がいる限り外野が何かを言うことは基本的意味がない.

また,募集者側が一方的に莫大な利益を得て,応募者に配分されなかったとしても,契約が成り立っている以上そのことを批判するのは筋が通らない(納得できないのであれば応募しなければいいため).

しかし,同時に以下のような議論は別途成り立つと考えられる.

A. ボランティア精神を煽ることは本質的おかし

前述の通り,ボランティア本質は志願者の自主である

従って,他者に対してボランティアすることを指示したり,強制したりすること,及びボランティア精神が足りないと嘯くことは原義に反する.

そのような場合は「無償労働」「奉仕」「奉公」のようなより適切な表現をすることが望ましい.

同時に,オリンピックのような大規模かつ成功させることが必須となるイベントにおいては,国民ボランティア精神のような曖昧ものに頼るのことはそもそもおかしい.

仮に無償ボランティアであることを押し切った結果人材不足となりイベントが失敗に終わったとしても,その責任は全て運営者に帰するものであり,ボランティアを呼びかけられた側に一切の非はない.

B. 無償ボランティアは関連分野の衰退に繋がる

生活がかかっておらず,時間に余裕がある学生によく見受けられるが,無償あるいは格安でいいから働きたいという人がいることがその関連分野の衰退に繋がるということがボランティアに限らず考えられる.

これはある意味ではダンピングであり,「他の人は同じことをもっと安くやったのになぜやってくれないのか」という一部のクライアントが常用するロジックに繋がっていく.

そのような意味では,労働に対しては(正当な)報酬が支払われるべきという資本主義原則に則り,募集者,及び応募者を批判することは正当である


C. 無報酬責任所在曖昧になる

報酬を支払うということは労働に対して責任を負わせ,報酬を貰うということは労働に対して責任を負うことである

応募者の精神という比較曖昧ものに則った無償ボランティア必然的責任所在曖昧になるため,追加労働契約履行等の「お願い」は出来ても「強制」は困難である

そのようなリスク回避したい場合,そもそも無償ボランティアに頼るべきではない.


D. 応募者の見識に対し,助言として批判することはできる

法に従っており,募集に対し自主性をもって応募者が契約を結んでいる限り,根本的にはそのことに対し何かを言うことは意味がない.

しかし,その契約が応募者の見込み違いや錯誤によるものだとすれば,外部のものが応募者に対し制止の助言をすることはそうおかしいことではない.

直感的に言えば,奴隷募集に対し自主的に応募した応募者に対し,本当に奴隷になっていいのか,奴隷を甘く考えていないか,あるいはBのような関連分野に対する影響を指摘することはできる.


E. そもそもボランティア無償であるとは限らない

冒頭の朝日新聞のような場においては「そもそも、ボランティアとは、社会のために自ら進んで、無償で働くもの。」と言われることが多く,日本においても大多数の認識はその通りであると考えられる.

しかし,非営利団体営利目的としなければ金銭のやり取りをしていいように,自主性という原則さえ守られていれば,交通費宿泊費といった実費のやり取りをすることや,最低限の報酬を支払うことも立派なボランティアであると考えられる.

2016-07-18

我が子は奪われ殺された

私は,離婚し,親権者として,1歳になる子どもと2人で暮らしていました。

私は,子どもと2人,自然が多く環境の良い実家や姉夫婦の近くの3DKの一軒家に住み,実家の母や姉夫婦の協力を得て子ども育てていました。

配偶者相手)とは,互いに納得し,私が子ども親権者となり,協議離婚しました。

離婚後,間もなく前配偶者相手から離婚届を出したものの,子ども親権者が私であることは知らなかったとして親権者の変更の申立がされました。

相手仕事は,安定した収入はなく,住まいも6畳1間のアパートで,相手には身内はいません。

私は,安定した仕事に就いており,住環境自然が多く,3DKの一軒家,子育てを手伝ってくれる実家母親や姉夫婦もいます

また,離婚当時,1歳だった子どもと一緒に食事や入浴,一緒の布団で添い寝するなど子どもは大変,私に懐き,暮らし子どもを養育するうえで何の問題もなく育てていました。

このような状況で,裁判所は,勝手離婚届親権者無効とし,親権者相手方しました。

私は,そんな馬鹿なことがあっても良いのかと,即時抗告しましたが,高裁でも覆ることはありませんでした。現在最高裁抗告中ですが,覆る見込みは,相当低いと思われます

これを読み,皆さんは,どのように思われますか。大多数の人が何でこのような 無慈悲判決がなされるのかと思われることでしょう。

私は,子ども父親相手母親です。

 離婚届は,特に問題もなく受理されました。判決は,その正式受理された離婚届を何の証拠もなく,相手一方的偽証により,離婚届親権者指定無効であるとする裁判所判断は私には理解できないものです。

離婚届作成及び提出の状況は,はじめに私が離婚届子ども親権者を私と記載し,他私に関する項目を記載し,その後,相手相手に関する項目を記載し,その離婚届相手が所持したまま,2人で役所に行き,相手の手から役所に提出し受理されましたものです。何の落ち度もありません。

離婚届を提出に行く車のなかで,相手は「子どもはよこさないでしょう。」と尋ねられ,私は「そうです。」と応えていることや私が親権者であることを相手が知っていた様々な状況証拠裁判所に示しましたが全く取り合われませんでした。

役所正式受理された離婚届であるにも関わらず,提出された離婚届親権者無効である判決しました。このようなことが罷り通るのであれば法治国家の体をなさなものです。権利の乱用です。

また,私と相手を比べても養育環境や監護補助者の有無など相当な差があます特に監護補助者の有無は重要です。子どもインフルエンザなど感染した場合,濃厚接触者の親も往々にして感染するものです。そのような状況で,決して,一人で育てることはできるものではありません。しかし,そのようなことは,一切考慮されませんでした。

相手中国人で,私は日本人です。

相手は,日本語を聞き取ることや話すことが十分ではありません。

また,相手は,中国人であり,嘘は常で,自分勝手自分の思うように行動します。子どもは,親の姿を見て,育つものです。このような状況で,子どもがまともに育つはずがありません。

民法第766条では,「離婚に際し,子の利益を最も優先して考慮しなければならない。」とありますが,どのように考えても子の利益など考慮されていません。

私が子どもと2人で生活している最中は,定期的に相手子どもの面会を実施しておりましたが,高裁判決が出た後の面会で,10時から15時までの面会時間代理人の弁護士同士や相手約束していました。しかし,相手は,そのまま子どもを連れ去りました。私は,電話メールで再三子どもを返すよう伝えましたが,取り合わず子どもは戻りませんでした。

私は,常に子どものことを第一に考え行動しておりましたが,相手は,そのようなことは微塵も考えず,自分欲望のまま,相手に懐いでいない子ども強制的に連れ去りました。

私と子どもは,ずっと一緒に過ごし,2人での生活も10ヶ月となり,私を大変信頼し,懐いでいました。食事も一緒,お風呂も一緒,寝るのも一緒の布団で寝ていました。

動物きな子どもと休みの日は,牧場に行き,牛を見ると「モーモー」と近くの川に北に戻らない白鳥を見に行った際は,「ガーガー」と声をだすなど,大変喜んでいました。近頃は,パパと呼び始め,寝るとき,布団の中で,パパは,誰と聞くと,私の顔を指差し可愛い声で,「パパ」と呼んでくれました。

仕事を終え,保育園に向かいに行ったときは,私のところに笑顔で走って来ていました。

子ども相手との信頼関係は,希薄信頼関係はあませんでした。

このように私と子どもが楽しく暮らしていたもの相手自分欲望に任せ,意思表示のできない子どもを全く知らない環境強制的に置いたものです。

私は,再三,子どもに逢わせくれるよう頼みましたが,様々な理由を付け逢わせることをしませんでした。

慣れない住環境やいつもの食事生活パターンなど一切無視し,子どもは,泣き叫んだことでしょう。

私が助けに来ると願っていたでしょうが,私は,どうしようもできなく,胸が張り裂る思いで,毎日,涙に暮れる日々でした。

動物でさえ親子を引き離したら親は子どもを求め,毎日子どもを泣き叫びます。増してや人なら尚更です。

相手が私と子どもを逢せないのは,大変懐いでいる私を子ども記憶から忘却させるためです。大変,酷い行為で,私利私欲の行動であり,悪意に充ちています

私は,再三,逢せるようお願いしたところ,メールで,お願いしたところ,相手から養育費はいらないので,子どもと逢わないということでどうですか。」との返信があり,私と子ども関係を断とうとしているものは明らかでした。

このような親に子どもを育てる権利があるでしょうか。

相手は,中国人日本に親戚など身寄りはいません。相手の身近な人や常に行動を共にする人は,日本在住の中国人だけです。

そのような中で,子どもを育てた場合子どもは,中国人となってしまます母子家庭で,母親中国人であり,以前から中国非常識な行動など,近頃は,その行動がエスカレートし,中国に対する日本人感情は大変悪いものです。当然,子どもイジメに合うでしょう。また,母子家庭で,母親中国人では,十分な教育をさせることも見込めません。子どもの将来は暗いものです。

私は,常に子ども幸せを第一に考えています

相手が考えることは,子ども幸せより,自分欲望を充たすことだけです。

子どものことを第一に考える親を無視し,親でない裁判所子どもを不幸にさせる判決をしたことは遣り切れない思い出いっぱいです。

裁判所は,正式受理された離婚届勝手無効とし,相手親権者としたことは,裁判権の乱用です。

 このような判決をし,子どもに何かあった場合裁判所責任を取ると言うのでしょうか。

私は,裁判所子どもを奪われました。

子どもは心に傷を負い笑顔を見せなくなりました。

子ども裁判所に殺されたも同然です。

 悲しくて悲しくてしようがありません。

裁判所は,子どもにとって最悪な環境であっても,子ども親権母親と決めつけていますが,子ども利益福祉を全く考えていません。

このような悪い環境下で,学歴もない中国人子どもを満足に教育できるでしょうか。子は,親の姿を見て,育つものですが相手の姿を見て,子どもは学ぶべきものはあるでしょうか。また,経済力によって学歴にも差がでます相手は,子ども幸せは全く考えていません。自分欲望だけのためです。

私は,実家と言う故郷を持ち,実家や姉夫婦,親戚など生活圏を持っていますしかし,相手は,環境の良い生活圏はなく,子どもに胸を張って今の場所を誇れるでしょうか。子ども故郷というものはなく,大人になってからの思い出もないでしよう。

私は,裁判所により,子どもを奪われ,現在,連れ去られ,子どもと逢うこともできず,子ども笑顔を見せることもなく,裁判所によって殺されたと同じです。

罪を犯していない子どもと私をこのような状況とした裁判所を恨んでも恨んでも足りません。

 裁判所は,父親も養育等に積極的に関与するならば,子どもの成長に問題はないと仮定判決ですが,私は,相手住まいも分かりませんし,相手は,私と子どもを逢せようとしません。また,相手は,嘘を日常的に付きます。私が子どもとの積極的に関与を望んでもかないません。

 裁判官が私の立場なら,このような判決を受け入れられますでしょうか。裁判所は,結局,他人事無責任です。

 常識が通ると思っていましたが,真面目な日本人を守らず,嘘つきの中国人を守る裁判所常識正義感はないです。

 裁判所は悪だ。

菅野完さんへのお詫びと週刊金曜日に関する政治的駆け引きの詳細

菅野完さんから暴力被害を受けたというXさんからの依頼で、7月14日に「菅野完 noiehoie の性暴力」というエントリーを上げました。

http://c71.hatenablog.com/entry/2016/07/14/153922

これは自発的に書いたものではなく、一部の人の思惑に沿って書いた作為的エントリーでした。善意からはい係争中の案件を裏取りもせず、頼まれるまま無責任に書いてしまったことを関係者の方々、ならびに読者のみなさまにお詫びしたいと思います

 

この件には私が知る限りでも週刊金曜日編集者の方、係争事件弁護士の方、濁山ディグ太郎さん、中島岳志さん、山口智美さん、いとうせいこうさん、朝日女性問題を多く取り上げている林美子記者始め多くの方が水面下で結束しています。私はこの繋がりが純粋に性暴力被害者を救済し、再発を防止するためものなのか、菅野完さんの日本会議批判関係があるのか、疑問を持っています

 

以下長文になりますが、顛末です。

 

7月14日Twitterフォロワーであるfさんから暴力事件についてのエントリー被害者を助けるために書いてほしいという連絡があり、被害者を名乗るXさんとグループチャットお話しました。私は自分自身が性暴力被害者であるため、そこで聞いた話と発売前の週刊金曜日キャプチャの内容に強い衝撃を受け、フラッシュバックで正常な判断力を失ってしまいました。Xさんとも菅野完さんとも面識がないにも関わらず、被害に遭ったというXさんとかつての自分が重なり、無条件で力にならなければならないと思い込んでしまったのです。

 

見ず知らずの方の係争中の案件に関わることは軽率なのではないか、発売前の雑誌の紙面を大きく掲載したキャプチャ使用著作権侵害に当たる場合、その責任は誰が取ることになるのか、そういったことについてさえ十分に話し合うことなく、とにかく発売までにエントリーをアップして拡散させなければと必死記事を書きあげました。

 

パートナーは私が本業の準備、食事や持病のための休息時間犠牲にし、フラッシュバックでふらふらになりながら、ひたすらテキストの加筆修正を繰り返す様子を見て、とても心配しました。彼は当初から先方がこれだけの依頼を出しておきながら、執筆料の申し出を一切しようとしないことにも疑問を持っていたようです。

 

長文のテキストであることに加え、Xさんと彼女支援者を名乗る人たち、また弁護士週刊金曜日編集部から要望が後からいくつも追加され、私はその度に細かい修正に応じました。加筆修正の度、何度も何度もおぞましい性暴力のについて読み返すことで自分自身の性暴力被害が蘇り、吐き気と動悸と冷や汗でとても苦しかったです。でもそのときは「性暴力被害を許してはならない」「被害者自責の念を持たせてはならない」ということしか考えられませんでした。

 

ようやくOKをもらったエントリーはXさんの支援者ではなく、紹介者のfさんを通じてリツイートしてほしいと頼まれました。私と同様事件無関係のfさんがなぜ?と疑問思いましたが「被害者探しを避けるため」といわれ、「被害者危険晒す気ですか?」と脅されているように感じ、何も言えませんでした。

 

また「フェミのお仲間を通じてリツイートしてほしい」「互助会互助会のノリで、お願いします!」という言葉には(フェミの仲間なんていません。一人一人が自分の考えで発言しているんです)(互助会なんてありません)と思わずにいられませんでしたが、言い返すだけの気力もなく、上手く言葉にすることができませんでした。

 

パートナーはXさん、濁山ディグ太郎さんらに新規はてなidを取得してブログを書いたり、増田を使って匿名エントリーを上げてみたりしてはどうかとすすめましたが、誰一人それに応じた人はいませんでした。憔悴している私を傍で見ていた彼は私一人が矢面に立たされることに強い憤りを感じており、それを見ているうちにようやく私も「これは何かおかしい」と自分感覚の異常に気付くことが出来ました。

 

私は自己評価が低く、記事作成を依頼されたときも「なぜ私が?」という思いがありました。そのことについてXさん、naeさんらから自己評価が低いからこそ被害者によりそういい記事が書けた」といわれたとき限界が来ました。私自身は自己評価の低さと戦うため、これまで命を削ってきたからです。個人差はあると思いますが、性暴力被害者自分を無価値であると考えるのは謙虚さとは違います。この苦しさは「だからよかった」といえるものではありません。

 

記事を書いている間の緊張とエントリー反響、そして休息や食事を後回しにしていたこと、何よりフラッシュバック普通状態でなかったことが重なり、私はXさんの支援者の皆さんに感情的な反応を返してしまいました。そのことはお詫びしたいと思います

 

しかしようやく少しだけ判断力を取り戻したいま、パートナーをはじめ友人たちに話を聞いてもらい、この件を伏せておくことは良心的に出来ないという結論に達しました。私は知らずに政治的駆け引きに加担し、証拠不十分な係争中の事件について、言われるままに一方的宣伝をしてしまいました。裏で糸を引く大勢の人たちの思惑に従い、とても公正とはいえないやり方で日本会議批判攻撃する立場に立っていました。

 

このような事情によってあのエントリーを書いたことを読者のみなさんに知っていただきたいと思います。このような結果になったのはひとえに私の迂闊さと甘さによるもの反省しています。今後は利用できそうな人間は誰彼かまわず利用する人の餌食として踊らされないよう健全自尊心を持ち、自分他人の心の境界責任所在を明確にしていきたいです。他人回復の前に自分自身安全を守ることが、私を大切に思うパートナーや友人たちへの愛情だということを忘れないでいたい。またXさん、菅野完さん、そして日本会議に対する思想立場について、感情的思い入れに流されない視点を持ちたい。都合よく踊らされるのはもうたくさんです。

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って書くな、自分だったら。そして拡散済のエントリー最初最後に追記として、こっちのリンクを貼る。

相手が悪いと攻撃するよりよっぽど効率的だぜ。

http://c71.hatenablog.com/entry/2016/07/17/224429

2016-07-16

男って自分スペックには全く気を使わず社会で働く場所があるってだけでデカイ顔して

他人ジャッジしだすんだよね

一方的に強引に

気持ち悪いんで

ほうっておくのも一つの

あなたは、相手一方的に助けています

 一方的サポートをしている。利用されちゃっている。

 相手は、大組織――教育に関する場所のようです――がうまく回っていない。

 滞っているようです。

 相手のことを思わなくてよいです。心を汲まなくてよいです。

 毅然としていましょう。

 相手は信念が揺らいで、迷っています

 様子をみることです」

2016-07-15

レズ風俗でおねえさんに癒してもらった話

永田カビ氏の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』がここ最近で大ヒットだ。

すごく良い、自分自身に向き合うような内容だった。もっと伸びてくれ。

 

んで、私も同じお店で違うおねえさんに癒していただいたことがある。

永田カビ氏はそもそも性体験が全くない状態からの話であり、私の場合男性経験済みで性的なことに対する後ろめたさなどもないので、全然違うとは思う。

そんなわけで、私の経験からレズ風俗で得たもの、知ったものなどについて書き記したい。

レズ風俗に行こうか迷っている女性、行って大丈夫不安女性自分が女が好きかどうか微妙で悩んでる、みたいな女性背中を押せたらみたいなのもあるし、ただ誰かに聞いてほしかったみたいなことで書いてる。

 

以外、うだうだ書くつもりなので結論から先に述べると、レズ風俗初体験感想は以下の5点になる。

 

レズ風俗男性向けの風俗業界につきがちな負のイメージとは別物だった

・行って何か不安なことや嫌なことはひとつもなかった

男性女性と性行為をしたのち「癒される」と言う意味がわかった(あんだけ運動して疲れて癒しもクソもないだろって思ってた)

女性とするのと男性とするのでは全然違うと感じた

童貞気持ちが少しわかったので、今後不慣れな男の人に対しては、もっとわかりやすく、優しくしてあげようと思った

 

以下、だらだらレポる。そんなエロい内容はない。

 

ちなみに私のことを先に少し書いておくと、私は別にレズビアンでもバイセクシャルでもなくて、でも女の子としようと思ったら好みであれば全然できる、くらいのノンケである

基本男性と付き合う。

それまでに女性経験なし。

女性恋愛感情らしきものを抱いたことも何度かあったのが、それは果たして恋愛感情だったのか。思春期あたりは尊敬とかを恋愛感情混同しがちなので、微妙なところだ。今はもう女性恋愛感情はわかない。

そもそもなんでレズ風俗店に行ったのかというと、誤解されそうな理由も含まれるので全ては書けないが、一つ書いえるのは自分がどれだけ女性に対して性的欲求を抱いているのか確かめたかたから、ということ。

 

私が永田カビ氏のレポを初めて見たのは、まだピクシブで公開されて伸び出してきたくらいのときだった。

折しも女の子と一回やってみたいと思っていた時期だったし、ぶっちゃけ巨乳をもんでみたかった私は、彼女のレポを読み、該当する風俗店を調べてみた。

評価も高く安心できそうな感じだ。私の好きな清楚系の気になる女の子もいたので、行くことにした。

 

そんなところで、予約しーの確認メールきーの当日になりーので女の子と待ち合わせする。(ここまでは全てメールでできる)

 

待ち合わせ当日、服装などを伝え待ち合わせ場所に向かう。ものすごいドキドキした。

私は女の子積極的に好きなわけではないから、外見や雰囲気が好みじゃ無かったらできなさそうだったので、待ち合わせ時間10分前とかは本当に心臓が張り裂けそうだった。

待ち合わせ場所の周りは人が堪えず行き交うようなとこだったから、どの子だ?!とキョロキョロしまくっていた。

 

と、後ろから声をかけられた。

 

振り向くと、それはそれは綺麗で可愛い女の子(年上だけど)が立っていた。

とりあえず、まっ先に出た感情は「喜び」よりも「安心」であった。

 

で、近場のホテルに入りーのお風呂にお湯ためーので、待ってる間女の子とおしゃべりする。

自分のこととか、性的嗜好とか傾向を聞かれたり。ビアン世界ではけっこうその辺が細分化されているみたいだ。

・フェムリバ

・フェムタチ

バリタチ

バリネコ

など、他にもいろいろある(ググってくれ)。〇〇寄りとかもあるし。

全く触れられるのが無理な人もいるし、外見も普通に女性の人から中性的、ほぼ男性などグラデーションがあるそうである

カオルちゃんと私はフェムリバである。(フェム=外見が完全に女性、リバ=攻めも受けもOK)

ちなみに女性同士になるので衛生面や安全面は本当にきちんとしていて、お風呂と歯磨きは必須とか、いろいろ決まっている。

以下、女の子カオルちゃん仮名)とする。

 

カオルちゃんは清楚で大人しそうだけど(好き)、そこはさすがプロ。いろいろ話しかけて緊張をほぐしてくれる。

ずっとニコニコしてる。しゃべりやすい。可愛い

 

んで、お風呂タイムだ。

永田カビ氏のレポでは、お風呂の段階で触らせてくれるみたいだったので、期待感に胸が膨らむ。Aカップだけど。

普通に温泉でも行けば女性の裸なんかいくらでも見れるんだけど、今回はなんといっても触れるのだ。もう一度言う。触れるのだ。

 

で、一緒にキャイキャイしながら服を脱いでお風呂に入ります

至れり尽くせり、めっちゃエロく洗ってくれますカオルちゃん自分身体の洗い方がまたエロくて興奮する。すごい、「魅せること」が意識されている。プロだ。

一緒に湯舟に入ります

またおしゃべりします。歯を磨きます

身体を拭きっこして出ます

(おしゃべりしてたらあんまり触れなかった)

 

いよいよです。

プレイに入ります女の子同士だと、どうなっちゃうんだ。

 

と、ここからはもう書けないようなことしかしてないので箇条書で済ませます

 

カオルちゃんキスした後、全身を攻めてくれて天国

女の子身体めっちゃ柔らかい。唇とか舌の感じとかも全然違う

・やっぱ胸はあるとテンションが上がる

・攻めに回るものの、なんせ女性身体をじっくり触ったことがないのでどうしていいかわからん

・指を入れたところで、自分と違いすぎてどこがどの部分にあたるのかどう指を動かしたらいいかさっぱりわからん

・-童貞ってこんな気持ちなのかな・・・

・でも、演技だとしても喘ぎ声とかめっちゃ興奮する

・攻められているとき、目をつぶらないでこっち見てくれた方がエロい

・抱きしめられると包み込まれるような感じで、圧倒的安心感癒し

・もうなんか全部が柔らかい

身体の疲労とは裏腹に、心は非常に穏やかになった

・一時間半があっという間だった

 

総括:男性とするとき物理的に満たされる感じだが、女性とするとき精神的に安心する、心がほぐされる、つまり癒される

 

なんというか、男性とする場合はこちらは身体的に受け入れる性になるわけで、私も一方的ガンガン攻めていくタイプでもないので、精神的に受け入れる感が強くなるんだと思う。

女性とする場合は、まあ客の立場からってことも大きいけど、受け入れてもらう感じになる。

カオルちゃんの力量の部分は間違いなく大きかったと思います

あ、やっぱり私はバイセクシャルではなかったですね。

 

身体関係をもたないコースだとしても、ただ誰かに抱きしめてほしいとき、話を聞いてほしいとき、単にムラムラしたとき

そういうのが欲しくなったら、また行こうと思いました。

こっちがマナーをわきまえていれば、お姉さんはちゃんと対応してくれるはずです。

 

リクエストは、可能なことであればだいたい聞いてくれます相手プロなので任せましょう。

私が利用したビアンコースもあるけど、デートコースから男性向けの観賞コースなどもあるので、自分気持ち状態に合わせて選んでいったらいいと思います

ビアン風俗は、まだまだ店舗も少なくそもそも需要自体ノンケ市場に比べて少ない。

初めて利用する人はだいたい緊張してると思います大丈夫です。お姉さんは、そういうの慣れてるはずだから。(新人はわからないけど)

 

以上。

http://anond.hatelabo.jp/20160714224121

一般論として、証拠が残ってて犯罪性が明白なら、被疑者が真っ黒で救いようが無いし。犯罪性を示す証拠が弱くて水掛け論なら、一方的被疑者が悪いように言われるなら気の毒だなと思う。

本来、これは被疑者がどんな思想の持ち主だろうとどんな政治的活動をしていようと、等しく主張されるべきなんだけど。「あははネトウヨざまぁ」「パヨク矛盾丸出しで自業自得」とあざけったり、あるいは完全に沈黙したりと、と自分思想に引き寄せて政治的に有利な場合にだけ主張したりしなかったりするヤツらが、ネット特にはてな)に多すぎるのが、本当にイヤ。

2016-07-14

http://anond.hatelabo.jp/20160714133455

こちらメンズです。

興味ない女から一方的に寄せられる好意がどちらかと言えば嫌悪感です。

その上体を使って駆け引きしてきたりするし。透けて見える好意がとても嫌です。

めんどくさくなる女となんかヤラねーよ。

ということでたいがいお互いさまですよ。日々迷惑かけててすみませんなー。

2016-07-13

舞踏会に出るのに新しいドレスがないなんて!

コミケサークル参加するのに新刊がないなんて!」という意味です。使い古されたフレーズですが。

夏コミ印刷所締切迫ってきてるじゃん?

でも気力も体力も能力もないじゃん?

ぶっちゃけ描きたい話はもう描いちゃったんでネタがもうないじゃん?

ならサークル参加するなよって言われるかもだけど既刊がまだまだあるから置きたいし正直買い物もしたいじゃん?

こちとら長いコミケ人生サークル参加じゃなかったことってほぼないじゃん?

落選しない限りは絶対サークル参加なんだけど、新しいドレスがないなんてっっっ!!!

でも気力も体力も能力も…………   エンドレス

虎さんからも「新刊出すなら登録してね」ってメール来てなんかますます辛い……

別に誰も私の新刊なんて待ってないんだけどさ……なんかこう、居心地悪いよね。

みんなこういう時どうしてるのかな。

心と体に鞭打ってがんばってとりあえず出すのかな。

そういえば昔のジャンルの時も新刊出せなくなってお友達サークルさんと本を交換しあうことができなくなって肩身狭くなってやめたんだった……

一方的にもらうばかりってわけにもいかないじゃん……

うーーん今回もそうなるのかなぁ。もうちょっとがんばりたいんだけどなぁ。

あーーーーコミケサークル参加しない自分想像できないよーーー。

新刊新刊っっ!新しいドレスがほしい~~~っ!!

2016-07-12

なぜ竹島仲裁裁判ができないかわかる?

わかんないっしょ?wwww

おまえらwww

馬鹿からwww

 

これはね、南シナ海では、中国領海を主張している場所は島なのかどうかって事を判断したのね。

から一方的に訴えられたわけよwww

 

それ以外の、例えば領土の確定などの判断については2国間が合意した上じゃないと仲裁裁判はできないの。

 

残念でしたwwww

2016-07-10

宮森はやと:今回の50円なんでもやります騒動に対しての謝罪

最近知人の勧めでイルカセラピーを行ったところ清らかな心を取り戻し、

今回の一連の騒動について、あまりにも至らないところが多かったことに今更ながら気づきました。

全ての件について謝り切れず恐縮ですが、いくつか謝罪をさせてください。

http://togetter.com/li/995556

いきなりけんか腰ですみません

@Miyamo_H

自分の1日を50円で売ってますけど、倫理ってありますよね。

条件を書かなかった自分に落ち度があったことを認めもせず、一方的相手を責める言動をしてしまいました。本当にすみません


何でもやると言うのは嘘でした、本当にごめんなさい

@Miyamo_H

そこまで縛ってしまうと面白い依頼が来ない可能性が高くなるので、あまり縛りたくないのです。

‏@tobetobetombe

嬉しいか嬉しくないかの話じゃないよな。

条件を提示してそれに応じて代金を支払ったわけなんだから

「応募すべてにこたえるわけにもいかないので、代金の振込はOKが出るまでお待ちください」とでもしておけばいいわけで。

条件を付けて無難な依頼を受けるのは嫌、

条件を付けずに危ない依頼が来るのも嫌、

世の中の選択肢にはトレードオフというものがありますが、子供のぼくにはそれが理解できていませんでした。

端的にいうと嘘をついて我儘を通そうとしました。本当は何でもやるなんて嘘です。

何度も何度もけんか腰ですみません

@Miyamo_H

何でもするって言いましたけど、その言葉をそのまま受け取る人の知性にぼくは疑問を感じます

@tokumewi

プロブロガー「何でもしまから!」

???「ん?今なんでもするって言ったよね?」

ここで「すみません、何でもやるというのは嘘でした」って謝っていれば良かっただけなんですよね。

自分のことは棚に置き、相手の知性に話をすり替えていました。そもそもこの件で相手の知性に問題はなかったというのに。

最初から条件書いておけばよかったんです、すみません

@Miyamo_H

そういう命の保証が取れないモノはお断りします。相手気持ちを考える想像力を。

@miyachannoatam

プロブロガーの1日を50円で購入して、ヤクザ事務所ピンポンダッシュとかさせたい。

毎度毎度相手を責めるばかりですみません。火元は自分にあるというのに。


誰に嬉しさを提供するのか履き違えていました、本当にごめんなさい

‏@Miyamo_H

あなたがぼくの身になったらどう感じるのですか?それは嬉しいですか。

@tiojobtzp

@Miyamo_H 都内で即日勤務、即日労働力可能案件を何件か見つけましたので、既に「1日を買う」代金の報は入金済みですのでそちらの方での労働を宜しくお願いします🙏🙏

完全に売買契約を履き違えていました。50円いただいた上に自分を嬉しくさせることを要求するなんて狂気の沙汰ですね。何を考えていたんですかねぼくは。


極論で話を逸らしてごめんなさい

‏@Miyamo_H

賃金が支払い済みだとして、「人を殺せ」と言われたらそれに従わないといけないのですか?

‏@tiojobtzp

@Miyamo_H .いや、ってかお金払ったんだからやって下さいよ。じゃあ何でもやるって軽く言わないほうがいいんじゃないですか?もう既に賃金50円は「支払い済み」なんですが?

「何でもやるというのは嘘でした、ごめんなさい」と謝ればよかったところを、また相手を責めることでごまかしてしまいました。しかもまるで小学生のような極論を持ち出してまで。自分の知性の低さが本当に嫌になります


言ってること二転三転してすみません

@Miyamo_H

ぼくが受けたい依頼は依頼者のためになるものです。

本当にぼくが受けたい依頼は「依頼者ではなくぼくが嬉しくなるもの」です。きれいな言葉本音を隠してすみません


ギャグを織り交ぜてすみません

@Miyamo_H

ぼくがタイプ美人の唾だったら喜んで!

@FateJun

吐いた唾飲み込むんか!?

これ渾身のギャグのつもりだったのですが、怒っている相手ギャグますとか最低の行為ですし、そもそもこれクソツマラナイどころか相手言葉意図を履き違えてますね。教養が至らず恐縮です。本当に反省しています


ところどころ子供すみません

@Miyamo_H

赤の他人のことをアホと言う人がアホだと母ちゃんに教わりました!

今どき小学生でもこんな程度の低い返しはしないですよね。恥ずかしいです。


さいごに:最大の謝罪

ブルーアイズ高卒ドラゴン@tiojobtzp さん、50円という大金をお預かりの上、多大なる時間の浪費および不本意なストレスを与えてしまい本当に申し訳ありませんでした。



http://anond.hatelabo.jp/20160710220413

http://anond.hatelabo.jp/20160705133103

http://anond.hatelabo.jp/20160705132228

http://anond.hatelabo.jp/20160705004259

http://anond.hatelabo.jp/20160704155925